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「兄さん、助けて兄さん。」
 目の前で妹が辱められている。だが身体が全く動こうとしない。まるで上から重い物で押さえつけられているかのように地面にへばりついている。辱めている男は笑いつづけている。
 妹の身体が裂けた。凄まじい悲鳴が辺りに響き渡る。男が引き裂かれた妹の身体をクチャクチャと食べている。
 そのうちに妹がなにも言わなくなった。こと切れてしまったのか。それとも壊れてしまったのか。
 男が妹を食っている。だが自分は立ち上がる事すらできない。その行為を止める事ができない。
 視界が真っ赤に染まり始めた。それが自分の目から流れる血だと今ならわかる。
 男の哄笑が聞こえてくる。楽しそうに。そして自分を嘲笑うかのように。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
 悲痛な叫びが喉からほとばしった。
 
 そこで彼は、目を覚ました。


狩人 - 逆払い -
作:DEKOI



《 1:事件受託 》

 彼の名前は坂上蘇芳。「狩人」だ。
 「狩人」とは霊や魑魅魍魎といわれるもの達や人外の力を操る悪意ある者達から無力な人々を守り、その見返りに報酬を貰う裏社会の人間だ。
 「狩人」の殆どは特殊能力を操る人間だ。中には本当に人間ではない者もいる。
 蘇芳もまた特殊能力を操る人間だ。彼の能力は自らの肉体を媒介にして作用する念動力だ。それによって彼は人の数十倍の肉体能力を操る事ができる。念動力を全開で用いれば生身で音速を超える事さえ可能だ。ただし反動がでかいが。
 彼が「狩人」をやっているのは自分の目の前で妹を食い殺した仇を探す為だ。そして自分と同じ思いをする者を1人でも救う為。
 彼はある事件に関わっている時、ついに妹の仇に出くわした。その男は魔導師だった。それもすこぶる強力な。
 男は言った。
『蘇芳クン、ゲームをしよう、人類の命運をかけたゲームを。いまから丁度1年後、僕は魔界の門を開く。そして魔界の七王の1人グリードを召喚する。』
 そして男は確かに彼に言ってのけた。『僕の行為を止めれるなら止めてみせろ』と。『止めれなければ人類は滅ぶ』とも。
 蘇芳はこのゲームを受ける事にした。恐らくあの男はやる。例えこのゲームを自分が受けなくても実行するだろう。そう確信させる狂気を彼は持っていた。
 男に会って以来、彼は自分の車であるランクルの中で寝るようになった。夢で妹が死ぬ時の光景を見て苦痛の叫びをあげては目を覚ますのを毎晩続けている。他の人に迷惑をかけたくなかったからだ。
 男に会ってから3ヶ月がたった。その間、蘇芳は男の名前と男が経営する組織の名前を元に捜索を続けていた。だが遅々として彼等を見つける事はできなかった。
 
「かなりの腕前になられましたな。もう免許を皆伝してもいいかもしれません。」
 老人は蘇芳にそう言った。古びた道場に蘇芳はある兵法を学んでいた。
 示現流兵法。彼は正当なるそれを学んでいた。『一ノ太刀ヲ疑ハズ二ノ太刀ハ負ケ』という言葉からわかるように示現流に『受け』という概念はなく『攻め』あるのみ。
 正統な示現流の稽古は、立木が相手である。これを敵に見立てる。稽古には、竹刀も木刀も使わない。堅くて重い樫かユスの木を手頃な長さにして使う。
 この真剣と同じか少し重い木刀で、腹の底から出す激しい気合いとともに、ひたすら立木を打つ。来る日も来る日も、ひたすら打つ。これを3ヶ月、蘇芳は続けた。
 今までの蘇芳の闘法は力任せに剣を振るうだけであった。だが彼はその闘法ではあの男は勝てないと思った。
 二の太刀目など恐らくあの男には通用しない。電光石火の一撃。魂を込めた文字どおり必殺の一閃。それを身につけなければあの男は倒せないと確信していた。
 それにあった兵法こそ示現流であった。そこで蘇芳は正統な示現流を今に伝える道場の門を叩き、学んだのだ。
 示現流の極意は、重い太刀を電光石火に打ち込む早さに達することであり、上達すると、目にも止まらぬ早さで打ち込まれた立木から煙が出るという。
 「人1人切れば免許皆伝」という言葉がある。蘇芳は多くの異形の化物と戦ってきた。彼の腕前は学ぶ前から既に下手な有段者よりも上だっただろう。
 そして今、彼の目の前の立木から煙が立ち上っていた。
 
 蘇芳は久しぶりに「狩人」の仕事斡旋用のHPを開いていた。このページの開設者も「狩人」に近しい人らしい。詳しくは彼は知らないが。
 そこである項目が目についた。それはこのところ世間を騒がしている連続殺人事件の事に触れていた。
 その事件の犯人の正体はわかっていない。だがその嗜好はわかっていた。カニバリズム。すなわち人食いだ。
 16歳前後の少年のみが襲われていた。腹部を食い破られ、肝臓が食われているらしい。
 現在、5名の少年が被害にあっている。そしてその事件はある方向性を持っていた。
 最初の事件から西南の方向に進んでいるのだ。すなわちこの犯人は東北、陰陽道で言う所の艮の方角、鬼門から来ている事になる。
 鬼門とは陰陽道で、鬼が出入りするとされる不吉な方角だ。
 その事に気付いた人がこのHPに書き込みをしたのだ。しかもその人物はどうやら警察の関係者らしい。
 確かに呪術的な要素が伺える。そうなれば警察よりも「狩人」の方が適任だろう。
 それに蘇芳にとって人食いは嫌な事を連想させるものだった。妹の死を。被害者の親族の気持ちを考えると痛ましい気持ちになる。
 まだ誰もこの件について受けていない。蘇芳はそれを確認すると、「受理」の釦をクリックした。
 
《 2:不幸な少年 》

 坂上蘇芳は今までの事件を参考にして、ある1つの町が次の現場になると判断してその町に向かった。
 蘇芳の目から見てもあまり大きな町には見えなかった。だが人はそれなりに密集しており集合団地などがあるようだ。
 蘇芳は聞き込みをしようかと思ったが止めた。自分の姿が他人からすればかなり異様だと思えたからだ。不審がられても困る。
 彼の姿は確かに普通の人とは異なっていた。純白な髪の毛に猛禽類の如き異様に鋭い目。さらに彼の趣味で服は上から下まで全て真っ黒なのだ。何か事件があったら真っ先に『怪しい人』として通報されるだろう。
 蘇芳は困っていた。情報屋からある程度の情報を購入していたが、被害者の特徴があまりにもまちまちだったのだ。被害者は16歳前後の少年なのだが下は中学2年生、上は高校3年生で上下の幅が対象を絞り込みたくても少々あり過ぎる。もう一つどうしても特徴を上げろといったら『健康である』事くらいか。これでは犯行が行われる大体の場所は分かっても被害者になりうる人物を特定する事はほぼ不可能だろう。
 とりあえず情報屋に金を払って現在この町にいる下は中学2年、上は高校3年までの少年の住所を調べさせているがさて何人いることやら。
 この町の中学校と高校の間を車で行ったり来たりしながら彼は注意を払い続けた。
 
 中学校から高校に向かおうとしている時に、蘇芳の車は信号に引っかかった。どうやら結構長いらしく、彼はボーッと待ち続けた。
 その時、彼の視界に1人の人物が歩いてきた。黒ぶち眼鏡をかけた長髪で細面な男性だ。そしてその男を、蘇芳は知っていた。
 すぐさまハンドルを切ると、その男の方に車を向けた。そのムチャな運転にクラクションを鳴らすものがいたが、無視した。
 蘇芳はその男の横に車をつけると窓をあけた。男も彼に気付いて立ち止まる。
「おや、久しぶりですね、蘇芳クン。」
「お久しぶりです。何処か向かうのでしたら乗りませんか?」
「そうですね、ではお誘いにのらせてもらいましょう。」
 男が助手席のドアを開けて乗り込んできた。
「では運んでもらいましょうか。場所は・・・・」
 男は手短に行き先を蘇芳に説明した。
「ところで蘇芳クン。私になにか用があって声をかけたのでしょう?」
 蘇芳は頷いた。そして真剣な顔をして男に話かける。
「ええ、お尋ねしたい事がありまして。「狩人」伊藤 雅之(いとう まさゆき)としてではなく、かつて七王プライドの側近であった魔族バイザに。」
 男−−伊藤の顔が緊張したものになった。
「ふふ、懐かしい名前ですね。いいですよ。言ってみて下さい。答えれるかどうかわかりませんが。」
 顔に反して伊藤は軽い口調で答えた。
 
「グリードの召喚ですか・・・・。」
 伊藤の声はくぐ曇った物になっていた。
「まさかあれを召喚しようと企む者がいようとは、中々根性がある奴がいますな。」
「根性とか言わないで下さいよ。こっちは真剣なんですから。」
 蘇芳は呆れた調子で言った。
「ははは、そう言わないで下さいよ。ですが真面目な話、人間界に七王クラスの召喚となるとかなり条件が必要になりますね。」
 伊藤は手を組んで意地悪そうに笑った。
「妖精界にプライド様を召喚した妖精は、プライド様の囁きに応じて自らの命を捧げる事で魔界の門を開きました。まぁそのせいでプライド様は倒されてしまい、今や長い休眠期間に入ってしまったのですから、プライド様の自業自得というべきか間抜けだったというべきかちょっと答えづらいところですが。」
「自分の命を捧げただけで魔界の門は開くのですか?」
「いいえ、これは人間界より妖精界の方が魔界に次元的に近いから可能だったのです。人間界ではさらに複雑な手順を踏まないと魔界の門は開かないでしょう。」
 伊藤は組んでいた手を解くと、何かを数えるように指を折り始める。
「一つ目は召喚の儀式を行えるほどの高度な魔導技術が必要な事。これは話を聞く限りその男がかなりの魔導の使い手だと思われますからクリアしていると判断していいでしょう。」
 そう言って人差し指を折った。次に中指を折る。
「二つ目は召喚の儀式に必要な触媒となりうる魂を用意する事。これには聖女の魂を666個集めるか、絶望にまみれて死んだ少年少女の魂を666666個集めるかです。数がいくら多くあっても意味がありません。条件にみたした魂が必要数ある事に意味があるのです。そして今の世の中なら後者ならそれほど難しい事ではないでしょう。」
 次に薬指を折る。
「そして三つ目は魔界の門が開きやすい箇所で儀式を行う事。」
 目の前の信号が赤になったので蘇芳はブレーキを踏んだ。車がゆっくりと停車する。
「門が開きやすい場所?」
「そうです。俗に言う不吉な場所とか霊門とか言われている場所です。それもかなり大きな場所でなくては七王を呼び出せるほど大きな門は開きません。そして何日も前からその儀式の下準備をしておかなければならないのです。」
「その3つの条件は完全に満たせば召喚は可能だと?」
「まあ理論的には。こういったオカルトじみた事で『理論』もへったくれもないような気がしますが。」
 伊藤はクスクスと笑った。その笑顔を見るとなるほど、彼が魔族だというのもうなずけてしまう。
 信号が青になった。蘇芳がアクセルを踏むと、車は前に動き始める。
「3つ目の条件、場所ですか・・・。」
「そうです。その男は1年以内に召喚と言ったのですね。そうなるとその男は儀式を行う場所で下準備を今もしているでしょう。」
 伊藤は頭を掻いた。フケがポロポロと落ちて肩にかかる。
「私はその男の名前も組織も知りません。ですが儀式を行うであろう場所はいくつかピックアップできます。今受けている件が解決したら貴方のお手伝いをさせてもらいますよ。」
「よろしいのですか?」
「私はかつてプライド様と妖精界を攻めた時、大怪我を負いましてね。『ゲート』を利用して人間界に逃げたんですよ。その時に私を見つけた人間が助けてくれたんです。化物の姿をしていた私をですよ。それから私は人間を気に入りましてね。だから人間が滅びそうというのなら助けたいのですよ。だからお手伝いさせてもらいますよ。」
「ありがとうございます。」
 蘇芳は丁寧にお辞儀した。
「前を見て運転してくださいな。ああ、もう少しで着きますよ、そこの角を曲がってください。」
 蘇芳はハンドルを切って曲がり角を曲がった。
 
 曲がり角を曲がった先は集合住宅街だった。何軒もの同じような家が建ち並んでいる。屋根の色は異なっているが外観はほとんど同じだ。
「伊藤さんの今受けている件ってなんなんですか?」
 蘇芳は運転しながら尋ねた。伊藤はまた頭をポリポリと掻く。ボトボトとフケが落ちる。
「私のもう一つの職業の方なんですよ。」
「魔医者の方ですか。」
 魔医者とは通常ではありえない症状の病気を魔術や呪術を用いて治す医者の事だ。魔族である伊藤は人間界でも最高の腕を持った魔医者である。ちょっと反則っぽい気がしなくもないが。
「その患者は身体が徐々に石化するという病気にかかっていましてね。そこで私が呼ばれたのですが、」
 そこで伊藤は困ったようになった。
「彼の前世はどうやらかなりの悪党だったらしくてかなりの恨みを受けていましてね。その前世の恨みのせいで発病したようなんですよ。因果応報というやつですね。それで治療をほどこそうとしたのですが、症状が進行しすぎていました。既に生きていくのに必要な器官が半ば石化し始めているんです。病巣が肝臓だという事はわかっているのですが・・・・。」
「もう手がつけれないと?」
「ええ、あと2週間早く呼ばれていれば間に合ったかもしれません。残念ですが私にできるのは彼の苦痛を取り除き、安楽死させるくらいしか手がないんです。」
 伊藤の顔がくやしげに歪んだ。自分の手で前途ある若者の命を助けれないのが悔しいのだ。
「まだ彼は16歳の少年だというのに・・・・。残念です。」
 蘇芳はそれを聞いて何かが心に引っかかった。具体的にどうかとは言えない。だが確かに気になる事があるのだ。
「ああ、そこの家です。」
 伊東が指示した家の前に、蘇芳はランクルを停車した。
 
「永見(ながみ)クン。具合はどうだい?」
 伊藤は少年に声をかけた。結構がっしりとした体格の持ち主だ。顔は結構恐面で、クラスのいじめっ子を連想させる。だが少年はパジャマ姿のまま、ベットに寝転んでいた。顔色も青白く、悪い。
「先生。今日は気分はいいです。」
「そうか。それはよかった。」
 伊藤は永見と呼んだ少年に笑いかけた。その顔はさっき浮べていた笑みと違って心から少年の身を案じている笑顔だ。だが永見少年の顔が曇る。
「先生、はっきし言って下さい。俺、もう助からないんでしょう?」
「何を言っているんだ。諦めたら駄目だと言ってるだろう?」
 だが、永見は顔を横に振った。
「俺が悪いんです。俺、健康だった時は身体の弱い奴とかをいじめて金を巻き上げたりしていたんです。こんな身体になったのもその報いだと思うんです。」
 永見の目から涙がぽたぽたとこぼれた。その涙は着ているパジャマを、かけている布団を濡らす。
「こんな身体になって始めてわかった。あいつらに俺がどんな酷い事をしていたのかを。」
「永見クン・・・。」
 伊藤の顔がわずかに曇った。実は彼がいじめた子達の恨みの念が前世から引き継いでいた恨みを呼び起こして、発病を促したのだ。確かに報いといっても間違いはない。
「永見クン、君は反省したんだ。だったら身体を元に戻していじめた子に謝りにいこう。大丈夫。必ず私が君を救ってみせる。」
「先生。俺、俺、あいつらに謝りにいきたいよ。」
 永見は身体を震わせて泣きつづけた。
 
 伊藤は少年の部屋からでるとそっと溜息をついた。
 昨日往診した時よりも少しだけだが確実に症状が悪化している。このままでは1ヶ月後には彼は物言わぬ石と化すだろう。
「あの先生・・・・。」
 暗い顔をしている伊藤に永見の母親が声をかけてきた。そのお腹は大きく突き出している。
「奥さん、今月中には出産なのでしょう。動かれたら身体に毒ですよ。」
「先生、あの子は大丈夫なのでしょうか。本当に助かるのですか?」
 伊藤は顔を努めて明るくしようとした。だがその顔はどうしても暗くなってしまう。
「最善の努力は致します。ですが1ヶ月以内に何とか治療できなければ、最悪の事態になってしまうでしょう。」
「そんな・・・・。」
 母親の目から涙がこぼれ出た。
「あの子が発病してから夫もどっかいってしまうし、私はこれからどうしたらいいの・・。」
「奥さん、あの子は私が必ず治してみせます。だからあまり悲観的にならないで。お腹の子にも悪いですよ。」
 伊藤は永見の母親を肩を叩きながら励ました。
 
《 3:繋がった糸 》

「蘇芳クン、まだいたのかい?」
 伊藤が永見の家から出てみると、まだランクルが停車していた。無論、中の運転席には蘇芳が座っていた。
 蘇芳に伊藤が話しかけると、蘇芳は組んでいた腕を外して伊藤を見た。その目は真剣な、それでいながら困惑した表情が写っていた。
「どうか、したのかい?」
「ええ、実は相談したい事ができたので。」
 伊藤はランクルの助手席に乗り込んだ。
「それで私に相談したい事とは?」
「それには私がこの町に来た理由から話す必要があります。」
 そして蘇芳は受けている事件について説明しだした。
「・・・・・なるほど。この頃世間を騒がしている連続殺人事件の犯人を追っているのですか。」
「それでどうもさっきから引っかかっているんです。」
 伊藤は不思議そうに蘇芳を見つめている。
「私が追っている犯人が食べている人間の年齢は16歳前後の男性。そして貴方が受診している患者の年齢も16歳で男。」
「蘇芳クン、君まさか。」
 蘇芳は伊藤の声を無視して言葉を続ける。
「私が追っている犯人が食べている箇所は肝臓。そして貴方の患者の病巣も肝臓。」
「・・・・・・」
「犯人は鬼門の方角からこの町に向かって移動している事から呪術的な要素が見られる。そして貴方の患者の病原は恨み、要するに呪いと言っていいもの。」
 そこまで言い終わると、蘇芳は伊藤の方を向いた。その目には困惑が浮いている。
「ここまで一致している事ってあるでしょうか? もしかしたら私の件と貴方の件は結びついているのではないかと思えてしまいまして。」
「うーん。確かに符合している箇所が多いですね。ですが偶然の一致なだけの可能性もあると思いますが。」
「その可能性は否めません。第一からして私の件の犯人は呪術をしているとしても目的がわかっていないのです。」
 蘇芳と伊藤は2人共黙りこんでしまった。どっちの顔にも困惑した表情が浮いている。
「そうですね。原因がわからない以上、2つの件を結び付けて考えるのは危険でしょう。」
「そうですよね・・・・。でも何か引っかかるんですよね。」
 蘇芳は頭を左右に振った。そして心気一転したように顔を上げる。
「すいません。変な事を言ってしまいまして。ところで泊まっている所まで送りますが。」
「そうですか。ではお言葉に甘えさせて頂きます。」
 蘇芳はキーをひねってランクルのエンジンをかけた。アクセルは踏むとゆっくりとランクルが動き出す。
 なにげなく、カーステレオのスイッチを入れる。スピーカーからNHKの放送が流れてくる。どうやら内容はニュースのようだ。
「ところで蘇芳クン。君が使っている剣だが具合はどうなんだね?」
 唐突に伊藤は顎をしごきながら蘇芳に尋ねた。
 伊東が尋ねた『剣』とは蘇芳がメインの武器として使っている剣の事だ。ただあれを『剣』というのは他の刀剣に失礼かもしれない。
 遠目から外観を見れば弥生時代の遺跡にでてくる銅剣に似ている。だが刀身だけで150cmもあり、柄もあわせれば170cmを超えている。更には横幅は50cmを超えており、厚みが10cmもある。『剣』というより『鉄板』といった方が正しいだろう。
 更にはどうやら特殊な製法で出来ているらしく、原子核と電子単位で剣の構成物質が固定している。核ミサイルが直撃してもビクともしない強度を持っているのだ。
「はい? ええやたらと重いですが使い勝手はいいですよ。」
 重いも何も剣の重さは300kg近くあるのだが。こんな物を振りまわせる人間なんて普通はいない。ところが蘇芳は片手でブンブン振りまわしている。その事だけでも彼が常識外れの怪力の持ち主−−正確には念動力でドーピングしているのだが−−なのが想像できるだろう。
 伊藤はそれを聞いてちょっと意地悪そうに笑う。
「ふむ。どうやらあのまんま使っているんですね。」
「『あのまんま』? どういう意味ですか?」
「いやぁ、実はあの剣はね、」
 その時スピーカーからあるニュースが流れてきた。
『XXX沖にて○○丸が転覆しました。乗船者は8名おりましたが全員行方不明・・・・』
 それを聞いた伊藤が強張った。まるで何か重大な事に気付いたかのように。
「船・・・・そうか! そうだったんだ!」
 伊藤の急激な変化に蘇芳はとまどる。
「伊藤さん? どうかしましたか?」
「繋がりましたよ、貴方と私の2つの件が。そうか、それであの家の夫はいなくなったんだ。」
 蘇芳は不思議そうに伊藤を見つめている。いまいち彼が言っている事がわかっていない。
「蘇芳クン、恐らく貴方が追っている犯人の正体は私の患者の父親です。厄払いですよ。彼がやろうとしているのは。」
「船・・・厄払い・・・そうか!」
 昔は船の厄払いをする為になんと穢れ(けがれ)の象徴である筈の死体を乗せるという事があったのだ。また体内を浄化する為に不浄な行為である筈の性行為を行う事もあったという。
「他人の肝臓を体内に取り込む事によって食い殺した者の怨念とかけ合わせて自らの肉体を厄受けとして、息子の呪いの根元である肝臓から呪いを払おうとしているのです。かなりの外法かつ邪法ですが呪術的にはかなっています。」
 伊藤は自分で言って、おぞましいと感じたのか頭をうな垂れた。
「逆払い・・・でしたっけ? 穢れた物をあえて置く事で厄を払う浄化法。」
「そうです。だが何故あの子の父親がそんな呪法を知っていたのでしょう?」
「恐らく誰かがそそのかしたのでしょう。貴方の患者さんを救うにはそれしかないとか言って。」
 蘇芳は歯ぎしりした。患者の父親をそそのかした奴の卑劣な行動を思って。
 伊藤も悲しげに顔を曇らせた。永見の父親の気持ちを考えるとわからないでもなかったからだ。
 他人の、そして自らの命を犠牲にしても息子を救いたい。その気持ちが彼を凶行に走らせたのだ。だがその行為は間違っている。止めなくてはならない。
「急ぎましょう。恐らく父親はあの家の側で人を襲うはず!」
 蘇芳は大きく頷くとブレーキを踏んだ。そして強引にUターンをかける。アクセルを力一杯踏み込んでエンジンをフル回転させるとランクルを凄まじいスピードで元来た道を走らせた。
 
 夕方になり、永見の母親、妙子(たえこ)は買い物に出かける為に重いお腹を抱えて外にでかけた。
 スーパーで買い物し終わり、お腹の子に負担をかけないようにゆっくりと家路についていた。
 近所の公園までさしかかると、彼女は一旦休憩を取る為に公園のベンチに腰掛けた。
 しばらくお腹をさすりながら座っていると、
「うわあぁぁぁぁ!」
 悲鳴が聞こえてきた。
 思わず中腰になって辺りを見渡す。すると公園の入り口から1人の学生服を着た少年が走ってきた。
『まで。』
 まるで強引に喉を押しつぶしたような声が響いた。妙子が目をこらして見ると少年の後ろから何者かが追ってきている。
 それは全身が青黒い肌の全裸の人間のように見えた。黒い髪の毛がまるで針ねずみのように逆立っている。そして指の先から20cmはあろうかと思える鋭い爪が伸びている。そしてその顔は
「あなた・・・?」
 妙子は呆然と呟いた。それは息子が奇病にかかったとほぼ同時に家を出ていった夫の政義(まさよし)の顔をしていたからだ。だがその姿は全く別の物に変わっていた。
 少年の左肩に政義の顔をした化物の爪がかかる。そして大きく少年の肩が裂けた。
「ぎゃああああああ!」
 少年は悲鳴をあげながら地面に倒れる。そして少年の身体めがけて化物が爪を振り下ろそうとする。
「あなた、止めて!」
 走ってきて、妙子が化物の腕を押さえた。
『じゃま゛だ。』
 化物が妙子を振りほどこうと腕を振るう。その為に妙子の身体が吹き飛び、近くにあったすべり台にお腹から激突する。妙子がお腹を抱えてうずくまる。
『だえ゛こ・・・?』
 化物が呆然と妙子を見つめた。そこに凄まじいブレーキ音が鳴り響いた。公園の入り口の方に一台のランクルが停まったのだ。
「奥さん!」
 助手席から伊藤は跳び出した。蘇芳もベルトを外すと運転席からはじける様に出る。
『お、お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!』
 化物は両手で頭を抱え込むと走り出した。蘇芳はそれを見て化物の方に走り出す。
「待て!」
 念動力を用いて加速しようとしたその時、
「蘇芳クン待ってくれ! 奥さんが破水している!」
 破水とは分娩時に胎胞が破れて羊水が出る事だ。出産する時でもないのにこの状態になると、母体もお腹の中の胎児も非常に危険な状態になってしまう。最悪、死んでしまう。
「手伝ってくれ、いそいで家まで運んで手術しないと母体も胎児も危ない!」
「くっ・・・わかりました。」
 くやしげに顔を歪めると化物めがけてポケットの中にあった物を投げつけた。そして伊藤のいるすべり台の所まで走っていく。
 蘇芳は伊藤と一緒に妙子を車の中に運び、後部座席に横たえた。少年は見たところ軽症の為ほおって置く事にする。大声で「怪我人だぞー!」と叫び、人が来る気配を感じると、猛スピードで妙子の家まで車を走らせた。
 
 応接間のテーブルに妙子を横たえて伊藤は手術を始めていた。蘇芳は応接間の外で待っている。
 しばしの時間がたった。
 妙子は目を覚ました。目の前に白衣を着た伊藤が立っているのが見えた。
「先生・・・・。」
「奥さん。大丈夫でしたか。」
「先生、坊やは、お腹の中の坊やは・・・?」
 伊藤は目を閉じて頭を横に振った。助からなかったのだ。
「そんな・・・・。ああ、坊や・・・。」
 妙子の目から涙がこぼれ出た。伊藤はそれをくやしげに、そして辛そうに見つめていた。
 だが唐突に顔をあげると、決意に満ちた目で妙子を見る。
「奥さん。一つ提案があります。」
「なんでしょうか?」
「このままではお腹の子だけでなく永見クンも死んでしまいます。そこで・・・・」
 伊藤はそこで言葉を区切った。
「呪術を用いて永見クンの魂を死んだ胎児に移します。そうすれば永見クンだけでも助かる筈です。」
 妙子の目が大きく見開かれた。伊藤はそれをまっすぐに見つめ返す。
「死んだ子は女の子で永見クンは男ですが肉親が同じ以上、適合性はある筈です。恐らく、いえ必ず成功させてみせます。」
 伊藤は両手をグッと握り締めた。気合をこめるように。
「よろしいでしょうか。これが成功すれば永見クンは赤ん坊からやり直す事になります。それでもよろしいでしょうか。」
 妙子はじっと伊藤を見つめた。そして頷く。
「生まれてきた子もそれならば本望でしょう・・・。先生、よろしくお願いします。」
「はい。まかせて下さい。」
 伊藤は胎児の死体を抱え込むと応接間からでた。そこには蘇芳が立っていた。
「伊藤さん・・・。」
「蘇芳クン、これから私は移魂の法を用いる。それがここの家族に私ができる唯一の事だろう。」
 蘇芳は大きく頷いた。
「質問があります。その子の父親は救えるでしょうか?」
「・・・・もう身体の中の『穢れ』の量が人間であるのを拒否しています。恐らくもう・・・。」
 伊藤は頭を左右に数度、振る。
「そうですか。伊藤さん、この家族を救ってやって下さい。」
 蘇芳は伊藤に背中を向けた。その目に猛禽の如き鋭さを、そして全身に凄まじい殺気をまとう。
「私は奴を・・・・。」
 
《 4:悲しみよさようなら、喜びよこんにちわ 》

『たま゛え・・・・。』
 政義はビルの屋上でうずくまっていた。
 息子の永見が奇病にかかった時、突然ある電話がかかってきた。永見を救う術があると言って。
 その方法は大変非人道的な行為だった。だが政義はそれにとびついた。息子が助かる為ならば自分の命はもちろんの事、他人の命を犠牲にしても構わないと彼は思っていた。
 電話の主は見返りに自分の身体を実験材料に提供しろと言ってきた。彼は自らの身体を差し出した。その結果、彼の身体は人間とはかけ離れた化物の姿に変貌してしまったのだ。人を食えば食うほど、化物化は進行した。それと同時に人間としての心も消えていくようだった。5人目を食べた時はその肉を美味しく感じたほどだ。
 今日の獲物で自分はあの子の厄受けになれる筈だった。だがそれを妻が止めた。自分はそれに気づかずに妻を殴った。そして妻は腹を抱えて動かなくなってしまった。
 妻は大丈夫なのか? お腹の子は大丈夫なのか? 政義はそればかりを考えていた。
 その時、背後で人の気配がした。素早く立ち上がって振り向く。
 そこには1人の青年が立っていた。身長は170cmくらいか。完全なる白に染められた髪の毛と鷹のような鋭い目が印象的だ。上下を真っ黒な服を着ている。そして左手には小さな鉄の箱を、右手には剣のふりをした鉄塊を持っている。その青年は蘇芳だった。
 もし専門知識を持っている人がいたならば、蘇芳の左手に持っている箱がGPSである事に気付いただろう。そして暗視に優れた人がいたならば化物の背中に1つの小さな鉄片がくっついているのがわかるだろう。蘇芳は政義にセンサーをくっつけて、ここまで追ってきたのだ。
 だが政義はどちらも気付かなかった。目の前の青年が見た目より若い−−そう18くらいだというのが臭いでわかった。政義の頭の中が赤く染まっていく。『食イタイ』。その欲望が政義を支配する。
 蘇芳はポケットにGPSを入れると両手に剣を握った。鋭い目で政義を睨み付ける。
「政義といったな、お前が息子を救いたい気持ちはわからないでもない。だがお前は人の道を外れすぎた。もう戻れないところまで行ってしまった。」
 剣が静かに、音もなく上を向いていく。上段の構えを蘇芳は取る。
「富樫 政義。貴様を・・・・「狩る」。」
 
 伊藤は全力で呪術に取りかかっていた。移魂の法は一手順でも間違えれば全てが終わりだ。気が一切抜けない。
 かつて大怪我をして人間界に逃げ込んだ自分を救った人間がいた。彼は最後には悪魔と通じた邪教徒として処刑された。だが伊藤は覚えている。彼は聖教師達が彼の家まで自分を捕まえに来た時、身を挺して自分を逃がしてくれた事を。
 自分を差し出せば彼は処刑されなかった筈だ。彼もそれはわかってた筈だ。なのに彼は自分を救ってくれた。本物の魔族である自分を。友達だからというただそれだけの理由で。
 自分はあんな風に他人の為に生きれるだろうか。自分を投げ出せるだろうか。今でも伊藤は自問する。今でもバイザは覚えている。自分を逃がしてくれた、あの時に浮かべた彼の優しい笑顔を。
 あの時の思いをしたくない。誰かが失われるという思いをしたくない。そして誰にもあんな思いをさせたくはない。バイザはあの時からもしかしたら魔族でなくなってしまったのかもしれない。魔族にはそんな感情はないのだから。
 それでも構わない。今の自分を恥じる気持ちは全くない。それどころかプライド様の側近でいた頃よりも誇りすら感じる。
 今、自分に出来る事。それは目の前の命を救う事。自分はそれをする事ができる力を持っている。それは何て素晴らしい事だろう。誇れる事だろう。
 バイザは集中を続けた。一つの命を救う為に。
 
 政義は蘇芳に突っ込んできた。蘇芳もまた突撃した。剣を振り下ろそうとした時、政義は上に跳び上がった。
 蘇芳は上段の構えを解いて目で政義を追う。蘇芳の背中に廻った政義は地面を蹴って再び蘇芳に突っ込み爪を振るう。
 咄嗟に顔をスウェーさせて攻撃を避ける。爪の先端が頬をかすめる。浅く、細い怪我ができて血が僅かだが飛び散る。
 政義はまるでスーパーボールのように跳ねつづけた。そして蘇芳に接近する度に鋭い爪を振るう。そしてその度に蘇芳の身体に小さな傷ができていく。
 埒があかない。切り札の音速突破を使おうかと思ったが、あれは反動がでかすぎる。不用意には使えない。
 蘇芳は僅かに体勢を崩した。わざとだ。政義の一撃を誘う為に。
 政義は突っ込んでくると右手の爪を今までの中で一番強く突き出してきた。
 蘇芳は左手を強く握ると政義の右手めがけて突き出した。
 蘇芳の左拳に政義の右手の爪が食い込んだ。皮膚を突き破り、筋肉の繊維が切れていく激痛が蘇芳は襲う。
 だが、蘇芳は激痛を無視して左腕で念力を『爆発』させた。その勢いでさらに爪が深く食い込む。
 政義の右腕が蘇芳の左拳が生み出した圧倒的な負荷に押されて縦に潰れていく。腕の骨が皮膚を突き破りながら飛び出し、筋肉が音をたてて押しつぶされる。
 あまりの事に呆然とぐしゃぐしゃに潰れた己の右腕を見る政義。その隙に襲い来る激痛に耐えて蘇芳は左手を開くと剣を握り締めた。
 剣を最上段まで持ち上げる。そして
 
「チェスト−−−−!!!」
 
 裂迫の気合と共に政義めがけて剣を振り下ろした。
 その一刀で政義の身体は右肩から股間にかけて一直線に両断された。凄まじい剣圧が巻き起こる。
 政義の身体がゆっくりと倒れていった。
 
 政義の身体がビクビクと動いている。口から血泡を吐きながらも何か呟いている。
『だま゛え・・・・。』
「大丈夫だ。あんたの奥さんなら大丈夫だよ。お腹の中の子もな。」
 蘇芳は一部嘘をついた。お腹の子は助からなかった筈なのに。だがその事を言うのは何故か酷に感じたのだ。
『な゛が み゛・・・・・』
「息子さんを助ける手段はみつかったよ。あんたの息子は救われる。・・・よかったな。」
 それを聞いて政義は微笑んだ。まるで安堵しきったかのように。目から一筋の涙がこぼれる。
『あ゛り・・・がとう゛・・・・。』
 政義はそう言うと目を閉じた。その顔は安らぎに満ちていた。
「ちくしょう・・・・。」
 蘇芳は悔しそうに呟いた。その目から涙がこぼれてくる。
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
 天を仰ぎ、蘇芳は叫んだ。喉よ裂けろとばかりに。
 
 赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
 泣いているのに新たな生命を受けた事を喜んでいるかの様に・・・・・。



 <あとがき>という名の戯れ言
 
 こんにちわDEKOIです。「狩人」11作目、− 逆払い − をお届けさせて頂きました。
 
 えー今作はどうでしたでしょうか。かなりディープな作風にしたつもりです。この作品は「狩人」という作品を考えていた時から温めていた作品です。やっと作品にする事ができました。
 
 今までのは勧善懲悪的な作風(10作目はそうじゃない気がしますが)で書いてきました。ですが今作はあえて「例え悪い事するにしても何かやるには理由があるんだよ」というのを前提にして書かせて頂きました。
 
 最後のシーンの蘇芳の叫び。彼が何を思って叫んだのかを皆さん考えてみて下さい。あのシーンは出来る限りグッと来るように書いたつもりです。
 
 さて久々に蘇芳が出てきました。この際だからハッキシ言います。蘇芳はこの作品のシリアスモードの主人公です(ギャグモードはヨーミン)。ようするに表の主人公。彼はこれからも多くの戦いをしていきます。怪我します。辛い思いもします。ある意味「狩人」で最も人間臭い主人公。ぜひ皆さんこれからの彼の活躍を見てあげて下さい。
 
 もう1人の「狩人」伊藤さんは −人格− の人です。名前やっと決めれました。この人もこれからの物語を盛り上げるのに重要な要素です。魔族という設定も実はミソです。どうぞこの方も見守って下さい。
 
 政義をそそのかしたのは予想ついてる人ついてるかも知れませんが実はアイツ等です。
 
 ちなみに最後の最後のシーンはあえてぼかしてます。御了承下さい。
 
 今回のあとがきという名の戯れ言はかなり真面目に書いてますね。私らしくないかも。
 
 ではここらで筆を置かせて頂きます。またお会いしましょう。
 
 by DEKOI
 


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