上空。気持ち良いほどの青空を切り裂く、一条の飛行機曇。
「クストくん、この通信はデートのお邪魔かなぁ?」
 通信機からのギアナの冷やかし。発信源のオーディスからは結構離れているが、さすがに電子戦用の3号機だけあって通信状態は良好だ。
「ああ、哨戒偵察の邪魔だ。通信終わり」
 クストは3号機の後部座席で、冷たく言い放つ。
 今クストはミィの乗機であるテンペスト3号機の後部座席に同乗して、哨戒飛行を行なっている所だ。クストの1号機はちょうど整備中で、整備の終わっていた3号機に相乗りさせてもらったのだ。もちろん本来のパイロットであるミィも一緒である。そこを指して、この哨戒飛行をギアナは「デート」と呼んでいた。
 実際、ミィの方も半分そのつもりのようだ。
「二人きりなんて初めてですね、クスト中尉」
 シタゴコロ丸見えの発言である。クストは少し苦笑しつつ、それに応じた。
「まぁ基地じゃギアナもうるさいしな。でもケイツ曹長」
「『ミィ』って呼んで下さいよ、二人きりの時ぐらい」
「でもねぇ『ミィちゃん』じゃネコみたいで・・・・・・ん?」
 視界の端に何かが映った。いくら他愛のない会話の最中でも、戦場で鍛えた観察眼はそれを見逃さない。
「曹長、そこ。もう少し機首を左に傾けて」
「え?あ、はい」
 ミィが操縦桿を左に傾けると、それに同調してキャノピーから覗く青空に緑色の大地が競りあがってくる。近年になって植林された森林郡だ。
 その一角に、何か街のような集落が見える。遺跡ではない。明らかに最近になって建てられた集落だ。さらにモニターで拡大。街の一角に、建物とは明らかに違う鉄の塊がある。その鉄の塊が、威圧するかのようにギロリと一つ目を光らせた。
 間違いない。あれはコスモ同盟軍の主力トルーパー、T−03Cジップだ。ジップはこちらの統合軍も使っているが、友軍が付近を移動しているといった報告は入っていない。考えられる可能性は一つしかなかった。
「コスモ軍が、あの街に駐留しているのか・・・・・・」
 このときクストはまだ全く気付いていなかった。いい土産話ができた、その程度にしか思っていなかったし、普通ならそれ以上は思いつかない。
しかしあの街で、彼は、そして彼女は運命の出会いを知ることになる。

 


機動妖精撫子
作 TRACE


 

 宇宙暦102年10月。
 大局的に見れば、この時期に大きな戦闘は見られない。各地で中規模な小競り合いが繰り返され、統合軍・コスモ同盟軍とも一進一退といった所だ。しかし各地で統合から独立した軍閥政権は日増しに崩壊を続け、戦局は確実に統合軍の有利へと移りつつある。
 そんな中、統合軍の軍内報でも何かと話題のマキシム少佐率いるアイネイアス艦隊に、正体不明の軍団が襲い掛かった。識別信号は不明。軍団の装備は強化されたジップ数機で、背後には保守点検の艦も存在している可能性が高い。強襲の意図は定かではないが、巡洋艦アイネイアスに搭載中の試作機セイバークラフト3号機、あるいはコンスタンツ研究所から保護を任された少女の強奪が目的と思われる。一説には、アイネイアスを襲った軍団は他でもない統合軍の極秘部隊だという。あくまで噂だ。
 兎にも角にも、追撃を振り払ったアイネイアス艦隊は進路を東に向けて転進した。目的地は、クストたち105隊の活動拠点でもある、東南アジア地区である。

 

フライト3.運命の乙女たち

 

 コスモ軍の駐留拠点発見の報は、いち早くオーディス基地司令部に伝えられた。
「トンルサップ湖付近か・・・・・・」
「司令、叩きますか?」
 居合わせる副官の発言に、クボタ大佐は首を振って応じた。
相手の意図が読めん。おそらくシンガポールからの部隊だろうが、なぜこんな辺境に?」
 現在シンガポールは、月の裏側コスモ帝国本国からの地上部隊によって占拠されている。付近は採掘資源が豊富で、地形的にも重要な戦略拠点だ。そこからわざわざ戦力を割いてまで、この近辺の兵力を強化する理由がどうも釈然としない。
「11月下旬にシンガポールの奪回を行なうとの見通しだ。ここは様子を伺うだけにしておこう。各部隊にもそう伝えてくれ」
 そう告げたクボタ大佐だったが、怪訝な面持ちは変わらなかった。

 

「よ、クストくん」
 ロッカールームで哨戒飛行を終えたクストを出迎えたギアナは、やけにニヤニヤしていた。
「今度のデートの約束はこぎつけたかい?」
「あのなギアナ。別に俺はそういう気で誘った訳じゃないぞ」
「分かってます分かってます、クストくん。お前さんがそういうのが嫌いなのは、知っておるとも。以前の部隊からの仲じゃないか。で、ミィちゃんはどこだい?」
「シャワーだよ」
 そういう会話を交わしながら、クストはパイロットスーツを脱ぎ始めた。
 ふと視線をそらせば、クストの隣のロッカーはクミコ、つまり女性のときのクスト専用のロッカーがある。もちろん中には、クミコのサイズにあったミニスカの軍服と下着が納められている。ちなみに香水や化粧用具も置いてあった。誰が置いたのか、言うまでもない。
「不思議な感じだよなぁ。ホントにお前さんとクミコさんって、同一人物か?」
「その話、絶対にグエンの前ではするなよ」
「呼んだか?」
「びくっ!?」
 噂をすれば影。グエンもロッカールームにやってきた。
「なぁ、クミコさんってどこにいるか分かるか?ここ数日見かけないんだけど」
「あ、あの、え〜っと・・・・・・」
 返答に困るクスト。まさか「目の前にいる」などとは絶対に言えまい。
「ち、ちょっと体が弱くってね。最近病院に泊り込みなんだ」
「そうそう。多分あと二日ぐらいで戻ってくるって」
 とっさに二人は口裏を合わせた。
(しかし何倍ものGに平気で耐える身体の、どこが病弱なんだろうなぁ?)
 言ってから、自分のついたウソの矛盾に苦笑する。
「あ、そうか。じゃ」
 グエンは二人のウソを素直に信じたのか、そのままロッカールームを後にした。
「ありゃ、本気だな」
 去っていく背中を見つめながら、ギアナがポツリと一言。
「アイツのためにも、さっさとクミコさんになってあげたらどうだ?」
「簡単に言うなよ・・・・・・」
 クストはため息交じりにがっくりと肩を落とした。

 

「あ〜、いい気分だったY
 シャワー上がりのミィが、ビール片手に待合室へ入ってきた。外見も言動も幼い彼女だが、実際は20代そこそこらしい。
 待合室にはクストたち105隊の面々も居合わせている。
「ん?コマツ軍曹は?」
「さっきから研究室に立てこもってますよ。変な薬でも作ってなきゃいいんですけどねぇ」
 すぐ近くにいたロップが答えた。続いてクストの方に振り向き、尋ねる。
「ところで、見つけた集落はどうするんですか?」
「様子を見るだけ、だそうだ。クボタ大佐もそう言ってたよ」
「そこで、僕なりに考えたんですが・・・・・・」
「どうしたんだよ?データ収集とは言え、基地指令の命令に逆らっちゃうのか?」
 口を挟んだギアナに、ロップは軽く首を振る。
「そうじゃありません。その・・・・・・
偵察を兼ねてあの集落に潜入、なんてどうでしょうか?」
「いいんじゃないか」
 ギアナの代わりに答えたのは、ちょうど入ってきたマゼンタだった。
「おやおや大尉さん、『そんな暇があるなら運用試験でもしろ』とでも言うと思ったんだがな」
 ギアナの口調が皮肉交じりだ。クスト⇔クミコの件以来、どうもマゼンタとはそりが合わないようだ。
 マゼンタは眼鏡の向こうの目を軽く細めて応じる。
「心外だな。俺だってそれ程仕事熱心じゃない。シンガポール奪回作戦が近い。息抜きも兼ねて偵察というのもいいだろう。幸い、ここ数日は105隊に割り振りはないしな」
 これで決まった。別に反対する道理はない。
「なんかワクワクするわね」
「デートじゃないぞ、ミィちゃん」
「分かってます!」
「ホントに分かってんのかねぇ?なぁクストくん」
 そう言ってギアナはまたもニヤニヤ。
「勘弁してくれ・・・・・・」

 

 こうして数日後、105隊はピクニックもとい偵察のために、発見した集落へ出向くことになった。外出許可も移動用のジープを借りる手続きも済ませたし、後は出向くだけだ。
「ほんじゃ行って来ますわ」
「お土産忘れんなよ」
「じゃあ観光地お決まりの『○○名物○○まんじゅう』でも買ってこよか」
 挨拶代わりに基地警備兵と会話を交わし、ギアナはジープのペダルを踏んだ。ここから例の集落では車で1時間弱。結構なドライブだ。
「え〜っと、カメラにお弁当、水筒の準備も良し・・・・・・と」
「ミィちゃん、やっぱり勘違いしてないかい?」
「してません!これも任務ですからッ!!」
 その隣で、クストは大きなあくびをかいていた。
「なんか眠いな・・・・・・」
「中尉もですか?」
 ロップがクストに振り向く。どうやら彼も眠いらしい。その目が虚ろだ。
「夕べは夜更かしなんてしてないけど・・・・・・」
「寝た方が体にいいですよ」
 忠告よろしく答えたのはユイだ。
「そうだな・・・・・・」
 クストは素直に頷き、重くなり始めた目蓋をそっと閉じた。そして5分としないうちに、クストはすやすやと寝息を立て始めた。
 そんな二人を見つめ、ふとユイは口の中でつぶやく。
「寝ておいた方が、ショックも小さいでしょうからね」

 

「・・・・・・ん?」
 目を覚ますと、いつの間にか辺りの景色が変わっていた。右側一面に広がるのは、日の光に照らされて輝く大きな湖。
「トンルサップ湖か・・・・・・」
 上空で偵察中も、この湖が見えた。寝ている間に、目的地のすぐ近くまで来たことになる。
「よ、クスト。おはよ・・・・・・」
 操縦席からギアナが振り向き、その動きが硬直した。いつかと同じように。
「く、クスト・・・・・・?」
 クストを見つめるギアナの目が丸い。ところで中尉、運転中に脇見はいけないぞ。
「?」
 クスト本人に思い当たる節はなかったが、とりあえず自分の体を見下ろしてみた。
「・・・・・・ま゛!?」
 もちろん服装は男物の軍服姿のままだ。それにしては、やけに軍服が大きめに感じられる。その割に、胸の周りだけはぴっちりしていた。
「ま、まさ・・・・・・か・・・・・・」
 イヤーな予感がする。
 クストは夢中になって上着を脱ぎ捨てた。イヤな予感が正しければ・・・・・・・
「や、やっぱり・・・・・・そんな・・・・・・」
 的中してしまった
インナーシャツ越しに、あるはずのないふくらみが二つ。そして股間に手を突っ込んでみると、あるはずのブツがキレイさっぱり無くなっていた。
「で、でも、何で・・・・・・?」
 言い知れぬ虚脱感と同時に、疑問も浮かぶ。
 今までクストはずっとジープに乗っていた。今日は1号機に乗っていないし、そもそも「ナデシコ」はここ数日起動していない。クストがクミコになる原因に思い当たる節がないのだ。
 しかし、クミコの時とは異なる点があった。
「髪が、長い・・・・・・?」
 自分の黒い髪が、肩に掛かるくらいまで長くなっていた。「ナデシコ」の影響でクミコになったときは、銀色の髪になるはずだ。そう言えば、肌の色もほんの少し色白になった程度だ。クミコ特有の、透き通るような白人の肌ではない。
 どうやらクストは、クミコになった訳ではなく、ヤマトナデシコになってしまったらしい。とは言っても「ナデシコ」とは全くの無関係だ。念のため。
「じゃあ、何で・・・・・・?」
「う〜ん、ステキですよ中尉Yむにゃむにゃむにゃ・・・・・・」
「!!」
 そのユイの寝言が、全ての真相だった。
「こ、コマツ軍曹、まさか・・・・・・」
 答えは返ってこない。ユイは気持ち良さそうに、すやすやと寝息を立てていた。
「軍曹、アンタ悪魔だよ・・・・・・」
「まぁまぁクストちゃん。ヤマトナデシコでも結構カワイイじゃんか」
 フォローなのか、からかっているのか、ニヤニヤ笑ってギアナは告げた。
「そんな事言われても・・・・・・」
 クストは肩を狭めて、顔を桃色に染める。
(コレ・・・・・・元に戻れるのか!?)
 それが一番の不安要素だ。
 しかし無邪気に寝息を立てるユイは、こんな寝言をつぶやく。
「ギアナ中尉もいつか、私が・・・・・・うにゃうにゃうにゃ・・・・・・」
「へっ!?」
 それを耳にしたギアナは、思わずハンドルから手を離してしまった。その慌てぶりがおかしくて、クストはくすくす笑いながら一言。
「ギアナ、お前も他人事じゃないかもよ」
「縁起でもないコト言うな!」
「しかし・・・・・・軍曹、アンタどんな夢を見てるんだ?」
 それが何より、最大の謎だった。

 

「このGパンがギアナ中尉で、このトレーナーは私の、このホットパンツがケイツ曹長ので、このワンピースがコウサカ中尉ので・・・・・・」
 目的地のすぐ近くの森で、一行はジープを止めた。統合軍服を脱ぎ捨てて、私服に着替えるためだ。そこまでは、ごく普通の偵察である。
 しかしクストにあてがわれた衣服は、誰がどう見ても女物の洋服だった。用意したのが誰か、言うまでもない。
「コマツ軍曹!アンタ何考えてんだ!?」
 クミコとも違う甲高い声で怒鳴ったクストに対し、ユイの返事はというと。
「あら、男の兵士は女性には弱いんですよ。だからしばらくの間、我慢して下さいね」
 と、平然と答えるユイであった。
「それにしても、一体いつの間にどうやって・・・・・・?」
「あら、簡単でしたよ。数日前からあなたの食事に、薬品を混入してたんです。今朝の食事の分で効果が現れるように調整するのは大変でした。あ、薬の成分は企業秘密ですよ。ただ効力が現れるか不安だったんで、ロップくんにも投与しちゃいました」
「僕は保険だったんですか!?」
「ロップくんには効果が出なかったみたいですけど。でもクスト中尉、なかなかカワイイですよ」
「『カワイイ』なんて言うな!
俺のキンタマ返せッ!!」
 うーん。作者自身書いてて思うが、すごい台詞だな、コレ(苦笑)。
「大丈夫。個人差はありますが、24時間以内に元に戻れます」
「そういう問題じゃないッ!」
「あら中尉、その喋りはいけませんね。クミコ少尉の時みたいに、ネ?」
「・・・・・・」
「まぁまぁ、それくらいにしとけ。これから先どうするか、それが問題だろ」
 全く噛み合ってないやり取りに苦笑しつつ、ギアナが間に入った。
「どうするかって言われても・・・・・・コレ着るしか、ないよなぁ・・・・・・」
 クストはうなだれながら、渡されたワンピースをいじくり回す。
「で?クスト、これからどうすんだ?」
「俺に訊くなよ」

 

「綺麗な町ですね」
 ミィがつぶやいたとおり、実際歩いて見ると目に付いたのは、整然とした町の様子だった。コスモ軍のモスグリーン軍服を着た兵士が所々でうろついているが、それ以外は何も戦争を思わせる雰囲気がない。脇道も綺麗に清掃されている。
「統合の管轄地でも、こんなに警備が行き届いてる所はそう多くはないぞ」
「兵士の規律が徹底してるのね」
 白いワンピースに身を包んだクストがさりげなく付け加えると、ギアナはだんまり黙り込んでしまった。心の動揺そのままの、何とも言えない微妙な表情だった。
「どうしたのギアナ?」
「あ、あのさクスト、できるだけ女っぽく喋ろうとするお前さんの気持ちは分かるんだが、元のお前さんと結び付いちまってさ・・・・・・」
「ひっどーい!私がオカマに見えるって言うの!?」
 両の手を腰に当て、クストが身を乗り出す。その口元と襟から覗く胸元にギアナはごくりと生唾を飲み込み、さらに慌てふためいた。
「そ、そ、そんなに近寄るなクスト。変な気を起こすじゃねーか・・・・・・」
 冷や汗をごまかすように、ギアナはとっさに壁の張り紙に目を向けた。
そうでもして気を紛らわせないと、本気でクスト(♀)を口説いてしまいそうなのだ。
「ほ、ほら、コレ見ろよ。今夜、この町の地主の邸宅で、軍の幹部も誘って晩餐会が開かれるって・・・・・・ん?」
 ギアナの目が真面目な物に変わった。
(お、コレは使えるな)
「ギアナ?」
「クスト、モノは相談なんだが・・・・・・」
 怪訝そうに眉をひそめるクストに対し、ギアナは頼み込むような口調で話し始めた。

 

※      ※      ※

 

「こんばんわ」
 その優しげな女性の声に、警備の兵は振り向いた。
 そこには、蒼いチャイナドレスに身を包んだ清楚な黒髪の女性が、毅然と背筋を伸ばして立っていた。その後ろにも、連れと思われる小柄な少年が立っている。
(か、カワイイ!)
 ツボにはまったらしい。警備兵は鼻の下が伸びるのを必死に押さえつつ、優しく微笑んでお辞儀をする。
「いらっしゃいませ。ささ、どうぞ。あなたのお名前は?」
「はい。コウサカ=エイコです」
 黒髪の女性は優雅に微笑んで、警備兵にそう名乗った。

「アッサリ入れましたね、中尉」
 入った後しばらくして、後ろの少年が黒髪の女性に小声で話しかけた。だが、振り向いた彼女の顔には、先程までの優雅な微笑みは微塵もなかった。その代わりに大きなため息を吐いて一言。
「もうイヤだよ・・・・・・」

 

 事の始まりは、ギアナが見つけた張り紙だった。
「晩餐会に?」
 クストは思わず、ギアナに訊き返した。応じる方のギアナも少々申し訳なさそうである。
「だってこの晩餐会、コスモ軍の幹部も出席するみたいだしさ。だから、お前さんが嫌がるのは承知の上なんだが・・・・・・」
 そう言って、晩餐会に出席してもらうようクストに頼み込んだのである。
「何で私なのよ」
「だってお前さん、その・・・・・・カワイイから、さ」
「『カワイイ』なんて言うな!今の私はクストよ!クミコじゃないのよッ!!」
「あら、でも女性であることに変わりはないじゃないですか。しかも口調も自然と女っぽくなってますし。つまり、クミコ少尉としての振る舞いに慣れ始めたってことですよね?」
「ま、マジ?私・・・・・・女を演じることに、慣れ始めてるの?」
「クスト中尉、その口調がすでに・・・・・・(泣)」
「では決まりですね
Y
「こら軍曹、ヒトの話を聞けよ」
 しかしユイは全く聞いていない。クストたちに背を向け、どこかへ足を進めていた。
「ユイちゃん?どこに?」
 ギアナの声に、ユイは振り返ってニッコリ。
「そんなワンピースじゃ、パーティーで浮きますよ。ちゃんとドレスで着飾らないと、ネ?」
「・・・・・・」
 その無邪気な口調に、その場の誰もが言葉を失った。

 

「コマツ軍曹、こんなドレスなんか私に着せて・・・・・・」
 蒼いチャイナドレスの裾をいじくり回して、クストは再びため息をつく。今日だけで一体何回ため息をついただろうか?
「中尉、ところで・・・・・・」
「こら、今の私は『エイコ』でしょ?」
 言い直すクスト。クミコの時もそうだが、やはり恥ずかしい喋り方だ。にもかかわらずユイが言うには「慣れ始めている」らしい。危険な兆候である。
「そこですよ。何で『エイコ』なんですか?」
 「コウサカ=エイコ」とは、この場でのクストのコードネームだ。基地で控えているギアナたちと連絡を取るときは、この名前を使うことになっている。ちなみにロップはやはり「保険」としての同行で、クストの「エイコ」にあやかり(男なのに)「B子」という情けないコードネームを頂いていた。
 そのエイコは、今までの崩れ顔から一転して少し寂しい顔になった。
「ああ、『エイコ』ね・・・・・・」
 ふとクストは夜空を見上げた。頭上に広がるのは、数え切れないほどの星の輝き。
いや、もしかしたらこの星の幾つかは、宇宙を舞台にした戦闘の光芒なのかもしれない。
 その星を見つめるクストの目は、どこか遠くを見ていた。
「彼女は・・・・・・」
 口を開こうとした刹那、二人の間に人影が滑り込んできた。
「子ネコちゃん、こんにちはっ!」
「はぁ?」
 クストを「子ネコちゃん」呼ばわりした男は、二人が呆れ顔になるのも気付かず寄ってきた。
 コスモ軍の軍服をラフに着こなした彼は、顔も少々赤い。酒気を帯びているのは明らかだ。軍服を着ていなければ、ただのスケベな酔っ払いである。
(ははは、古今東西どこの軍隊にも、こういうヤツはいるんだな)
 以前基地で絡んできたオッサンを思い出し、クストは苦笑する。
「そんな子供のおもりははつまらんでしょう。赤い二連星こと愛しのジュリーも話に入れて下さいな」
「何で『赤い二連星』なんですか?」
 ロップがムッとしつつ尋ねる。もっともそれは、一番まずい応対だった。
 男の顔がパッと晴れ、さらに仲間を促す。つまり、ナンパ仲間である。
「あ、それはなボウヤ。おーい、お前もこっちに来いよ!」
「どれどれ。おや、カワイコちゃん」
 やってきたコスモ軍服の男は、目の前のオッサンに比べればいくらかは男前だ。しかし鼻の下の伸び具合が、彼のシタゴコロ度数をそのまま表している。そういえば男の目は、チャイナドレスのスリットから覗くクストの太モモに釘付けだ。
「では、そのおみ足に乾杯」
 そう言ってエイコ(クスト)の肩を抱き寄せ、手にしたグラスを口にした。あまりに古典的な手法だが、まだまだ純真なクストには十分な効力があった。
「えっ!?あ、あの・・・・・・」
 別に尻を触られている訳ではないのだが、思いっきり困惑した表情を浮かべるクスト(エイコ)。こういうことにはまだ慣れていないらしい。
「今夜はとことんベッドまで一緒に、どう?」
「あ、あの・・・・・・」
「中尉・・・・・・いや彼女に何するんですか!?」
「うるせい!ガキはお家に帰って寝てろ!!」
「僕は子供じゃありません!もう18です!!」
「俺から見りゃまだまだ小便たれのクソガキなんだよ、ボウヤ!」

「おやめなさい!」

  その時だった。凛とした、女性の声が響いたのは。
「ッ!?お、お嬢様!!」
 兵士二人の態度が急変した。即座に直立不動になり、声のした方に頭を下げる。
 すると、鋭い声が返ってきた。
「不愉快です、お下がりなさい!」
「は、はっ!申し訳、ありませんでした!!」
 兵士二人は最敬礼し、一目散にその場を駆け去っていった。
「・・・・・・?」
 エイコ(クスト)とロップは何が起こっているか分からず、ただ呆然とする。そんな二人に、声の主の女性は歩み寄った。
「申し訳ありません。どうしても軍隊というのは男社会ですから、ああいう人たちが出てきてしまって」
 申し訳なさそうにそう言い、クストに頭を下げた。
「・・・・・・」
 なぜだかクストには、その女性の顔に見覚えがあるような気がした。
 少々青みがかった銀色のロングヘアー。キメの細かくて透き通るような白人の肌。そして何より不思議な点は、ゴーグルのような眼鏡を身に付けている点だった。
「・・・・・・」
 やはり見覚えのない顔だ。しかし、眼鏡越しに見える彼女の瞳は、ある人物の雰囲気を彷彿とさせるものがあった。
「エイコ・・・・・・」
「?」
「あ・・・・・・ごめんなさい。何でもありません」
(そうだよな。彼女は・・・・・・)
 クストは少し寂しそうな顔をした。
 その顔をどう取ったのか、眼鏡の女性は先程の鋭い口調とは打って変わった優しい声で、二人に尋ねた。
「よかったら、少しお話してもよろしいですか?」
「僕たちとですか?」
「はい。こんなパーティーだから、話のできる人が見つからなくて。あなたたち、地元の人でしょう?」
 そう言って彼女は、軍人たちの集っている方に顔を向ける。彼女もまた、どこか寂しそうな顔をしていた。
「お兄様・・・・・・」
「・・・・・・?」
「すいません。さ、ここでは難ですから、こちらに」
 とりあえずクストとロップは、この女性に付き添うことにした。彼女の正体はよく分からないが、クストには彼女と何処かで出逢ったような気がして仕方がなかった。

 

 眼鏡の女性、ミス・ペリオットが見つめていた、その視線の先では。
「ブランド少佐、ようこそいらっしゃった」
 長身の男性に向かって、小太りの男が上機嫌で出迎えた。
「肥えてるな。
その栄養源は絞り上げた税収か?それとも粛清で流れた血か?」
 皮肉で返す。少し長めの金髪に少々やつれ気味の顔が印象的な男性だ。小太りの男が「少佐」と呼んだように、この男性も軍人のようだ。
 小太りはブランド少佐の皮肉に開き直ったような笑顔で応じる。
「きつい冗談ですな。さすが本国のエリートは違う。ところで少佐、
ここに訪れたのはやはり、例の『アレ』の研究ですか?」
「そうだ。やはり私自身が面倒を見た方がいいと思ってな」
「結構なことです。これで我々も、コスモ帝国の理念に同調した甲斐があります」
「狸め。これ以上肥えてどうするつもりだ?」
「いえいえ。我々は公明正大ですとも。さて少佐、私はこれからスピーチをせねば」
「そうか。では」
 身を翻し、小太りは会場の舞台へと向かっていった。あれ程の皮肉も完全に受け流し、すっかり上機嫌のようである。
「・・・・・・ゴミめ」
 少佐は嫌悪感を隠そうともせず、口の中で吐き捨てた。
「ああやって統合からの独立をこぎつけ、戦争の漁夫の利を得たつもりなのだ。本当はコスモ帝国も統合もどうでも良いくせに、我々に尻尾を振って保護を取り付けているのだ。もっとも、ああいう権力者の方が、かえって私の研究には好都合だがな」
 小太りの美辞麗句ばかりのスピーチに耳を傾けつつ、少佐はほくそ笑みを浮かべながらつぶやいた。

「ブランド少佐・・・・・・」
 その様子を見つめる一人の軍人。恰幅のいい体格と褐色の肌が、いかにも軍人らしい男だ。襟元の階級章から、彼も少佐と窺える。
「・・・・・・」
 少佐の背中に何か言おうとしたが、それは戸惑われた。その代わりに、別の方向に視線を向ける。視線の先には、寄り添って話をしている二人の女性と一人の少年。
 その中でも銀色のロングヘアーの女性に、彼は優しげな目を向けていた。見守っているようにも、案じているようにも見える。
「シルフィードお嬢様、アナタは・・・・・・」

 

「『エイコ』って、誰なんですか?」
「え?」
 銀髪の女性が切り出した話に、自称エイコのクストは思わず訊き返した。その傍らで、ロップが急に慌て出す。
「あ、あのつまりですね。エイコというのは彼、じゃない彼女の本名であって、決して中尉の、いえ彼女のニックネームではなくって、早い話が・・・・・・」
「ロップ、それ以上言うな」
 ロップの暴走を止めたクストは、ふと先程のように空を見上げる。
「『エイコ』ね。彼女は・・・・・・」
 どこか悲しげな口調だった。
「中尉?」
「・・・・・・彼女は、私の幼馴染みだった」
「『だった』?」
 銀髪の女性が尋ねる。言葉が過去形であったことが気に掛かったのだ。
「そう。彼女は8年前から、ずっと高い空の上に・・・・・・」
「・・・・・・箱舟ですね。どこのアーク群にいるのですか?」
「いいえ、もっと高い所。彼女は天国にいる」
 クストの顔が沈んでいた。
「あ・・・・・・」
 彼女の心の傷に触れてしまったかもしれない。だとしたら、申し訳ないことをしてしまった。銀髪の彼女はふと、自分の言動に罪悪感を持った。
(8年前って、エスペランサ事件のことかしら?)
「ごめんなさい。悪いこと訊いてしまったみたいね」
「いいんです。もう8年も前の事ですから」
 構わないと首を振るクストだったが、やはりその顔は悲しげだった。
(でも、何でこんな話をする気になったのだろう?)
 クストの頭にぼんやりと疑問が浮かぶ。
 ロップとはもちろん部隊仲間だが、いま一緒にいる銀髪の女性とは当然初対面だ。なのに、いきなりこんな身内の話をしてしまった。
 いや、やはりどこかで逢ったような気がするのだ。もちろん直接ではない。しかし、いま目の前の彼女の雰囲気は、間違いなくどこかで感じたことがある。
 そう、どこかで。
(彼女は一体、誰なんだ?)

 だが、そこでタイムオーバーだった。

 「ん?」
 クストは思わず胸を触っていた。
 胸がムズムズする。もちろん誰かに触られている訳でも、ドレスの中に虫が入っている訳でもない。いつの間にか股の間もムズムズしてきた。
「どうしたのですか?」
「い、いえ、別に・・・・・・」
(まさか!?)
 クストの脳裏に、ユイの説明がひらめく。

「個人差はありますが、24時間以内に元に戻れます」

(ええっ、そんな!?こんな所で・・・・・・)
 慌ててもどうしようもない。自称エイコのクストは、正真正銘のクストに戻りつつありのだ。
(頼む!まだ戻らないでくれ、俺の身体・・・・・・せめて、彼女の前でだけは・・・・・・!!)
「し、失礼しますっ!!」
 一目散にクストはその場を駆け去った。シンデレラよろしく、ハイヒールの一足をその場に残して。
「中尉!?ご、ごめんなさい、失礼します!」
 ロップもすぐにその後を追った。
「・・・・・・?」
 その場には、銀髪の女性だけが残された。突然駆け去っていったクストとロップに、呆然としたまま。
 彼女はハイヒールを拾い上げ、夜空を見上げた。
 流れ星。
 宇宙での戦闘で大破した艦艇の残骸が、大気圏に落下したのだろう。今この瞬間においても、流れ星の元は生み出され続けているに違いない。
 そんな流れ星に、彼女は何を念じたのだろう。
「どうかご無事で、クストさん・・・・・・」

 

 その頃、オーディス基地の管制室にて。
 監視用のレーダーに、一条の光点が光った。
「コウサカ中尉!?」
 レーダーを見つめていたユイはそれを見逃さなかった。すぐさま基地の格納庫に繋いで、待機しているギアナを呼び出す。
「ギアナ中尉、北北西に第一級救難信号。パターンも間違いなく、コウサカ中尉のものです!」
「アッサリばれちまったな。了解、待ってろよクスト。夜間飛行は得意じゃないが、
アルバート=ギアナ、105−1号機、出るぜ!!」
 轟音とともに、1号機が夜空へ羽ばたいた。その翼端灯を煌々と照らしながら。

 

 森林の間を器用に縫いながら、トルーパーの集団が地を滑るように走る。先頭の一機を追いかけているようだ。人型という形状もあって、トルーパー同士の鬼ごっこをしているようにも見える。
 そう、これは全体に捕まってはいけない鬼ごっこなのだ。だが鬼は一人ではなく、先頭の一機を追う残り全ての機体だ。
 その先頭を走るずんぐりとした機体、T−05マッドドックのコクピット内にて。
「中尉、何でばれたんでしょうね?」
「アナタが私のこと『中尉』なんて呼ぶからでしょ!」
 そう怒鳴ったクストは、すでに男に戻っていた。化粧をしたままの顔にきつくて苦しそうなチャイナドレスがあまりにも見苦しい。ハイヒールは途中で脱いだため、生足裸足だ
 二人はあらかじめ携帯しておいた信号弾を打ち上げた後に守備隊のトルーパー1機を奪い、逃走しているのである。
「臭くないですか?コクピットの中」
「多分私の香水のせいね。仕方ないでしょ、死にはしないだろうから」
「中尉。もう男に戻ってるんだから、そんな喋り方しないで下さい。それにその顔、気色悪いです」
「仕方ないって言ってるでしょ!
コマツ軍曹、呪ってやる・・・・・・」
 そんな会話をしていると、回線に野太い声が飛び込んできた。
「よくも俺をだましやがったな、このオカマ野郎が!」
 聞き覚えのある声だ。自称“赤い2連星”の、スケベなオッサンだ。
「あの人だ!」
「なぁロップ、アイツの機体・・・・・・墜としてもいいか?」
「はい」
 ロップはアッサリ頷く。クストもすぐに操縦桿へ手を伸ばした。窮屈なチャイナドレスのせいで、少々動作がぎこちない。
 傾けた操縦桿に呼応して、マッドドッグは急速旋回。ホバーフローターをふかしてその場に留まり、右手の長大な得物を構える。256ミリ炸薬バズーカ。艦艇の砲門に匹敵する破壊力を持っているが、無反動砲ではないため反動も半端ではない。逆に言えば、このバズーカを撃てるように設計された機体がマッドドッグなのだ。
 周囲に大音響と硝煙をばら撒き、バズーカが火を噴く。砲弾は放物線を描いて落下し、着弾点周囲のトルーパー数機を軽々と吹き飛ばす。散開が遅れたようだ。
「す、すごい・・・・・・」
 クストは素直にその威力に驚いた。立場が逆なら、吹き飛ばされているのは自分の方なのだ。
 だが。
「赤い2連星をなめんなよ!」
 砂煙を縫って、1機のマッドドッグが飛び出してくる。あのオッサンの機体に違いない。さすがに口先の男ではないようだ。間違いなく手練れのパイロットだ。これではこちらの分が悪い。
「クスト!ロップ!!」
 そんな二人に、吉報が飛び込んできた。
 見上げれば、星空に瞬く赤と青の翼端灯。
「ギアナ中尉!」
 ロップの呼びかけに応じて、マッドドッグのサブモニターにギアナの顔が映る。通信同調。クストたちの顔もギアナのコクピットに映っているはずだ。案の定、モニター越しのギアナの顔が奇妙に歪む。笑いを噛み殺しているようだ。
「・・・・・・何笑ってんだよ」
「お前さん、そのカッコじゃホントにオカマだな」
「うるさい」
「まぁまぁ。
俺もお前さんの後を追ってやるから」
 モニター越しのギアナが、コクピット脇に手を伸ばす。
「ギアナ?お前まさか、俺の1号機に乗ってるのか!?」
「グレイフォックスのエースがお前さんだけじゃないってこと、見せてやるぜ!あとの12時間が癪だけどな」
「お、おい!『ナデシコ』はそんな簡単なモンじゃ・・・・・・」
 しかしギアナは聞いていない。
「さぁ、ナデシコちゃんのお披露目パーティと行こうか!!」
 快哉を上げ、パネルを押し破って起動スイッチを押し込む。

『乱暴ナ人ハ嫌イ・・・・・・』

「なに!?」
 クストは叫んだ。
 あの“声”だ。1号機に乗っている訳でもないのに、あの女の“声”が聞こえたのだ。
「おや?おやおや??」
 その一方で、ギアナも眉をひそめていた。
「『ナデシコ』が起動してるのに・・・・・・?」
 そうなのである。1号機のモニターには確かに「NADESICO」の文字が点滅した。しかし、ギアナの身体に全く変化は見られない。それどころか、ギアナの操縦を全く受け付けないのだ。
「おい、こら!ナデシコちゃん、動け、動け!!」
 でたらめに操縦桿やスロットルを動かし、ペダルを踏みまくってみるか、それでも一向に1号機はギアナの言うことを聞かない。そのまま失速していく。主人の言うことを聞かない飼い犬だ。いや、主人のわがままにうんざりした飼い犬だろうか。
「まさか、ナデシコは・・・・・・」
 その様子をモニターで窺っていたクストが、ふとつぶやく。
(俺じゃないと動かないのか?)
 クストは意を決したように表情を引き締め、マイクに向かった。
「ギアナ、1号機から降りろ!」
「お、おい!んなムチャな!?」
 クストの発言は常軌を逸している。いくら制御不能とは言え、無傷の1号機をそのままにして降りろなど。
 その間にも1号機は、クストたちのマッドドッグに向かって落下しつつあった。
「俺はともかく、1号機はどうするんだよ!?」
 クストは暫し押し黙り、決然とした顔で言い放つ。
「俺が乗る」
 言い放ちざま、足元のペダルを目一杯踏み込む。スロットルレバーも限界まで押し込んだ。
 マッドドッグが全身のロケットモーターを唸らせ、蒼白い炎を噴射して一気にジャンプする。既に1号機の速度はかなり低下しており、鈍重なマッドドッグでも相対速度を合わせることができた。
「ギアナ、降りろ!」
「ちゃんと捕まえてくれよ!」
 ギアナはクストの指示に従ってキャノピーを押し開き、マッドドッグが差し出した手の平に飛び乗った。トルーパーの手の平の上なら、一人ぐらいなら十分乗れる広さだ。
 いつの間にかマッドドッグは1号機の高度を追い越していた。パイロットなしでも飛行し続ける1号機が足元に見える。
「ん?おいコラ!何でお前が命令してんだ!?先任中尉は俺だろーが!!」
 マッドドッグの腕に運ばれてコクピットに滑り込んだギアナは開口一番、クストに怒鳴り返した。
 しかしクストはそれに構わず、今度は自分がマッドドッグの手の平に飛び乗る。
「ロップ、その機体を頼む!」
「え?ち、中尉!?」
 ロップの声を聞いた直後、クストは足元を蹴って手の平から飛び降りた。蒼いチャイナドレスが宙を舞い、風になびく。
「お、おいマジかよ!?
空中で1号機に乗ろうってのか!?」
 しかしギアナの叫びに反して、クストの蒼いチャイナドレスが1号機のコクピットへ吸い込まれるように降下していく。1号機もそれを待っていたかのようにキャノピーを開き、機体の位置を微調整する。言うことを全く聞かなかったギアナの時とは対照的だ。
 1号機がわずかに降下し、クストがシートに落下した衝撃を和らげる。シートに収まったクストはすぐにシートベルトを縛り付け、キャノピーを再び閉ざした。キャノピーカバーがコクピットを覆い、一時的にコクピットが真っ暗になる。

(今日は、目を開けたままでいよう)

 不思議と、クストの心は落ち着いていた。これから自分の身に起こることを、全て受け入れる心の余裕があるのだ。
『Now convertible・・・・・・』
 真っ暗なコクピットで、どこからともなく光のリボンが現れた。よく見るとそのリボンには電気基盤のような幾何学的紋様が浮かんでいる。やがてそのリボンはクストの身体にまとわりつき、クストの身体を締め付け始めた。
(胸を締め付ける感覚は、これだったのか)
 その間も光のリボンは胸を、腰を、手を、足を締め付けていく。気がつくと顔全体もリボンで覆われていた。身体の感覚が変わっていく。頭の中の感覚も一転する。思考が一気に広がり、裸で宇宙空間に放り出されたような感覚さえ感じる。
『Synchronize・・・・・・』
 やがて光のリボンはほどけていき、そこから現れた自分の身体は、細身で白い肌に変わっていた。胸元も膨れ上がり、股の間のブツも綺麗サッパリ消滅し、窮屈だったチャイナドレスも見事にフィットする。サブモニターに自分の顔を映し出してみると、そこには清楚な白人女性が映っていた。淡い化粧と口紅がその美しさをより際立たせ、引き締まった表情からは凛々しさも感じられる。
「・・・・・・いくぞ!」
 クストは、いやクミコは脇のレバーを押し倒し、1号機をトルーパー形態に変形させた。機首を折りたたみ、エンジンを脚部として下方に伸ばし、腕を伸ばして肘に設えられたトンファーを展開する。変形して失速した勢いを利用して、1号機は急速に落下した。
 落下速度を利用して、右腕のトンファーを振り下ろす。真下にいた無用心なジップの頭部が見る影もなく叩き潰された。敵を撃破する必要はない。とりあえず相手を足止めして、逃げる隙さえ作ればいいのだ。
 そのジップを踏みつけて、迫ってくる機体が1機。
「しつこいんだよ、このオカマ野郎が!」
「私はオカマじゃ・・・・・・」
「へっ?お、女??」
「・・・・・・ないんだってば!!」
 右ストレート。突進していたマッドドッグはもろに顔面に喰らって、逆に弾き飛ばされた。
「どわぁーっ!?な、何で女が・・・・・・さっき確かにオカマ野郎が乗ったはず・・・・・・」
 もうろうとする頭を振ったパイロットだったが、今度はその目の前にナイフが飛んできた。
「ほえっ!?」
 回避する間もなかった。ナイフは自機の肩に突き刺さる。
「ヘ、ヘイト少佐!味方まで巻き添えですか!?」
 パイロットは上官の名を呼ぶ。すると、激喝が返ってきた。
「格闘戦では1対1しかできん。邪魔だ、どけっ!」
「は、はいぃっ!」
 頭のへこんだマッドドックが去っていく。
 先ほどのナイフは1号機の放った物ではない。どこからか放たれたナイフを1号機がかわし、不幸にもその延長線上にあのパイロットのマッドドッグが擱座していたのだ。
「新型機!?」
 それを叫んだのは、自らも「新型機」テンペストに乗っているクミコだ。
 1号機の二つ目が見つめる先から、ジップともマッドドッグとも違う重厚な機体が現れる。
 クミコが知る由もないが、その機体はT−09ケルベロスというコスモ同盟軍の新型機だった。腰に当たる部分に数本のメタルナイフを備え付けているが、それはパイロットに応じたカスタマイズだろう。
「このケルベロスがどこまでやれるか・・・・・・」
 そのパイロット、ヘイト少佐はコクピットの中で独りごちる。その顔は、先ほどクストや銀髪の女性を見つめていた少佐のものだ。しかし今彼が浮かべている表情は、間違いなく生粋の軍人の面である。
「お前には、沢山訊きたいことがあるのでな!お嬢様を騙しおって!!」
 ヘイト少佐は叫び、自機のケルベロスを突っ込ませた。左腕に設えられたシールドを振り上げ、殴りかかろうとする。
「早い!?」
 クミコは相手のスピードに一瞬圧倒されたが、すぐに相手の懐に潜り込んだ。敵機の性能は分からないが、この間合いでは肉弾戦に持ち込んだ方が早いと判じたのだ。
「お互い格闘戦か!・・・・・・だが!!」
 ヘイトは左腕でフックを放つ。
 だが、その左フックは虚しく空を切った。
「なに!?」
 1号機は真下でしゃがみ込んでいた。右腕のトンファーを腰だめにして。
「どぉおりぁああああああああっ!!」
 可憐な姿に似合わぬ野太い咆哮を発し、クミコは右アッパーを繰り出した。その鉄拳がケルベロスの喉元を捕らえ、その巨体を大きくのけ反らせる。さらに左脚でニーキックを腹部に喰らわせ、ケルベロスを後方に蹴り飛ばした。
「くおっ!?」
 コクピットのヘイトはキックの衝撃でシートに叩きつけられ、呻き声を漏らす。
「やはり新型では性に合わんか・・・・・・」
「よし、相手の動きが止まった!」
 クミコは敵機の動きが止まったのを見計らって自機を反転させ、一気にジャンプして戦闘機形態に変形した。機首が安定したところですぐに通信を入れる。
「ロップ、ギアナ、そっちは大丈夫!?」
「おう!お前さんのおかげでな。追っ手も振り切ったみたいだぜ」
「りょーかい。では、撤収と行きましょか」
 エンジンブロックに戻った脚部から蒼白い光芒を噴き出し、1号機は一路オーディス基地へと戻っていった。
「・・・・・・」
 キャノピーカバーを後方に戻し、ガラススクリーン越しに夜空を見上げる。
 その夜空に、あの女性の顔が浮かんだ。
「エイコ・・・・・・」
(でも、彼女は8年前に、あの「事件」で・・・・・・あ)
 そういえば彼女の名前を聞くのを忘れていた。あまりに迂闊であった。
「ねぇナデシコ、あの女の人は誰だったと思う?」
『?』
「いや・・・・・・何でもない。そうだよな。なに訊いてんだか、俺は・・・・・・」
 自嘲気味につぶやき、クミコは操縦桿を握りなおした。化粧の乗ったその顔に、優しい微笑を残して。

 

「馬ぁ鹿ぁものがぁああっ!!」
 基地に帰ったクミコたち105隊を待っていたのは、クボタ大佐の激喝だった。理由はもちろん、勝手な偵察による戦闘行為である。
「ひえっ!ご、ごめんなさいっ!!」
 真っ先に謝ったのはロップだった
「申し訳ありません。私が全て責任を取りますから」
「ん?おいクス・・・・・・じゃない、クミコさん。部隊の最高上官は俺だぞ?」
 ギアナは「中尉」、クミコは「少尉」。普通に考えれば責任を取るべきは上官である。
「いいえ、私が謹慎にでも禁固刑にでもなりますから。だからお願い!大佐、どうか許してっ!!」
「クスト・・・・・・その頼み方、ホントに女っぽいな・・・・・・」
「あのな、キミたち・・・・・・」
 この場で一番困っているのは、いや、うんざりしているのはクボタである。
「・・・・・・全く、何で私の部隊はこうも厄介者ばかりなのだ・・・・・・まぁいい。ではコウサカ=クミコ少尉、1週間の謹慎を言い渡す・・・・・・と言いたいところだが、やっぱりやめだ」
「は?」
「では改めて、
コウサカ=クミコ少尉、明日から終戦までの間、基地の女性トイレ掃除を言い渡す!」
「はぁ!?」
「言っておくが、私はコウサカ少尉に言い渡したのだからな。コウサカ中尉に言った訳ではないぞ」
「つ、つまり、トイレ掃除をするため、ただそれだけのために、私に毎日女になれ、と・・・・・・」
 愕然とするクミコ。その傍らで、ギアナたちが大爆笑を始めた。
「うわっはははは!こりゃ傑作だ。謹慎なんかよりよっぽど辛い刑罰だわ!!」
「がーんばってね、クミコ・少尉!」
「・・・・・・」
「あら中尉、私がお手伝いしましょうか?」
「ひええっ!?軍曹に任すと何されるか分かんないから、遠慮しますッ!!」
 しばらく痴話と爆笑の嵐は収まりそうもない。クボタ大佐は机に頬づえをつき、呆れ返ってため息をついた。
「やれやれ。どこまで厄介者になるのだ、105グレイフォックス・・・・・・」

 

 時は宇宙暦102年10月。2年の長きに渡る第3次アーク大戦はまだ続きそうである。

 

THE NEXT FLIGHT 「ASSAULT!SINGAPORE」NOWPRINTING

 


 

メカニック解説
(設定協力:深山さん)

  

 コスモ同盟軍はトルーパーを用途に応じて新規設計する方式を取っており、統合軍のようにサックス1形式を集中生産する方式とは対照的である。これは第二次世界大戦での戦車開発過程と良く似ており、ドイツ軍は複数の形式を、連合軍は少数の形式を集中生産する方式と同じである。複数形式を生産するのは、一説には貧弱な生産ラインを補うためとも言われているが、逆に生産ラインを混乱させる事態に陥っていたらしい。実際、前線では補給部品の不足により、別形式の部品で応急措置を施すことも多かった。

  

コスモ同盟軍 汎用 量産型トルーパー
T−03C ジップ
  トルーパーの代名詞とも言える、コスモ軍の主力標準機。統合軍でも捕獲機を元にレプリカ機を生産しており、今大戦を通じて総生産数は10000機を超えると言われる。宇宙用のC1型と陸戦用のC2型に大別され、各地の事情に合わせた改造機も多数確認されている。現在、全般的に性能を向上させた後期生産型のF型との置き換えが急ピッチで進んでいる。

コスモ同盟軍 砲撃用 量産型重量級トルーパー
T−05 マッドドッグ
 高出力・重火力を目標に造られた重量級のトルーパー。256ミリ砲を中心とした大口径砲の反動に耐えられる頑強な機体構造を誇る。その分機体が鈍重で機動性に劣るが、同時期に開発されたトルーパー用輸送システム“ホバーフローター”に搭乗することで機動性そのものは補うことが出来た。大戦後期にはその高出力を活かし、プラズマランチャーが運用できるように改修された機体も多い。

コスモ同盟軍 汎用 量産型トルーパー
T−09 ケルベロス
 ジップに代わるコスモ同盟軍次期標準機。当初は射撃戦に特化される予定であったが、汎用型に変更された。基本性能が高く、プラズマランチャー・プラズマセイバーを標準搭載している。既存機とは殆ど別規格のため生産コストを抑えられず、操縦の“クセ”も既存機とは大きく異なってしまったため、結果的に生産数が少なく大した戦果を残せなかった。また、この機体とのセット運用を前提とした機体としてT−10ライラップスがあり、こちらはプラズマランスによる突撃戦が主体である。こちらも生産数が少なく、戦況を打開する力は持ち得なかった。

 


 メカニック解説がまんまジ●ンになっちゃいました。変に別物を意識するとパッとしない危険性があったので、開き直って●オン(同じ文字伏せろよ)そのままです。「コスモのヤラレ役」ジップの絵が描きたかったのですが、根っからの連邦軍人であるTRACEには描けません(泣)。「統合のヤラレ役」サックス小隊の絵はクリンナップしたのに・・・・・・。
 クミコの変身シーンは、うろ覚えのセーラー●ーンっぽくしようと思ったら、ファイナルフュージョンになってしまいました(苦笑)。
 しかしトルーパーの殴り合い、再放送中だった「はじめの一歩」の影響強し。右アッパーはガゼルパンチです(苦笑)。
 この第3話で「ブルー」からは脱却できたと思いますが、戦記モノってやはり難しいです。

 ではフライト4.「強襲!シンガポール奪回作戦」をお楽しみに。ようやく戦記らしくなるはずなので。

 あ、同時掲載の番外編もどうかよしなに。

 


戻る

□ 感想はこちらに □