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 朝、
 学校に向かうため満員電車に乗っていた俺は、突然異様な感覚に襲われた。
 (またか……ったく、後から後からこうウジャウジャと)
 俺は手を動かし、身体を触ろうとする手を払った……が、その手は性懲りもなく再び俺に触ってきた。
 このままじゃ埒があかないと思った俺は、少し離れた俺と同じ制服を着た友人に目配せで合図した。
 そいつは頷いて、周囲にいるやはり同じ制服の連中に目配せで合図を送った。
 そして駅に到着する寸前、俺は身体を触り続けていた奴の手首を掴み、ドアが開くと同時にそいつと一緒に駅のホームへ出た。
 「な、何をする!!」
 俺に手首を捕まれたそいつは、うろたえながらこう言って俺の手を振りほどこうとしたが、俺はその手を離さず
 「『何をする』はこっちのセリフだ!! さっき電車の中でこの手が何をしたか、知らないとは言わせないぜ!!」
 と凄んでみせた。……が、そいつは俺のその言葉を、それ程脅威に感じていなかったのか
 「フン、何の証拠があって……」
 と言いかけたのだが、周囲を囲んだ人影に気付き、言葉を止めた。
 「俺は見たぜ。お前がこいつの身体を触っているのを」
 「ああ、俺も見た」
 「自分の欲望のために弱い立場の人間を苦しめるのは、『男』のする事じゃあねえな」
 「やられる立場の人間がどう感じているか」
 「ぜひとも知ってもらわないとな」
 一人一人に睨まれたところで「怖い」と感じることはないだろうが、10人近くに取り囲まれて、そいつは後ずさりした。
 「お前達……本当に女か!?」
 「「「ああ、俺達は……女だ!!」」」
 悲鳴を上げるそいつの身体を俺達は触って(殴って)やり、触られたそいつはボコボコになった後で痴漢の現行犯として駅員に突き出された。

 このような騒ぎが何度となく続いた後、付近では痴漢行為が激減したという。
 



俺達は女だ!!

(学校編)

作:ライターマン


 俺の名前は溝口……浩美(みぞぐち・ひろみ)。私立美住台(みすみだい)高校の二年生である。
 え? 女なのに「俺」はおかしいって? そんなことを言われても、俺はつい2ヶ月前までは「男」だったんだから仕方ないじゃないか。
 そう、一年生のときまで俺は溝口浩介(みぞぐち・こうすけ)という男だったのだ。
 それが高校一年生最後の日、終業式の最中に隣の化学研究施設で爆発事故が起きたために俺の人生は一変した。
 事故で発生したガスを吸った俺は、1ヶ月ほどで身体が女性化したのである。
 被害は俺だけでなく、その場にいた男性全員に及んだため、現在学校にいる男性は事故後に入学した一年生と新任の男性教師のみ。二年生は全て「女子」である。
 もっとも、「生まれた時から女子だった」生徒と「最近まで男子だった」生徒が体育の授業等で一緒に着替えるというのは問題があるだろう……との配慮から、それぞれを制服のリボンを赤色、青色にすることで区別し、クラスも別々にしている。



 その日、学校に到着して靴箱の中を覗いた俺はため息をついた。
 (……またか)
 靴箱の中には、俺の上履き以外に明らかに俺の物でない白い封筒……すなわちラブレターが入っていた。
 ……恐らく一年生の男子からのものだろう。
 靴箱を開けたまま固まっている俺に、背後から声がかかった。
 「よっ、浩美ちゃん。またラブレターか? もてる女はつらいね」
 からかい混じりにかけられた声に対し、負けじと俺も言葉を返した。
 「あのなあ美穂。下の名前で呼ばないでくれないか? ……恥ずかしいから」
 「……お前もな」
 こいつは同じクラスの緑川で、以前は「武士」という名前だったのだが、今は「美穂」である。
 本人は強固に反対したが両親と兄弟の満場一致で押し切られたらしい。(もっとも父親は最初「瑠璃子」にしようと言って他の全員に却下されたらしい)
 長身でスポーツマンタイプだった緑川は、女になって「可愛くなった」というよりは「凛々しくなった」方である。
 だから……
 トサトサッ
 「!!」
 緑川の靴箱から、二通の封筒が音をたてて落ちてきた。
 ……恐らく一、二年生の女子からのものだろう。
 「美穂『お姉さま』、またラブレターですか? もてる女はつらいですねえ」
 そう言って俺は硬直した緑川を置いてさっさと教室へと向かった。



 5月の終わりごろ
 寝坊した俺は学校までを全力疾走し、チャイムとほぼ同時に教室に飛び込んだ。
 「ギリギリセーフ……だな」 隣に座っている立花が小声で話しかけてきた。
 「ハァ、ハァ……以前より低血圧になってたみたいだから気をつけてたんだが……不覚をとった」
 「大丈夫か? あまり汗をかいてると風邪をひくぞ」
 「平気だよ。制服を着ているし、このくらいの汗なら」
 「……お前、忘れたのか?」
 「何を?」
 「今日これから『身体検査』だということを」

 …………忘れてた。


 保健室
 「身長は……ね。じゃあ次は体重測定の方に移動して」
 「島田、お前結構胸大きいな」「お前こそ」
 「河原はウエストが細くなったんじゃないのか?」「へへっ、最近少しダイエットしてるからな」
 「おっ、これはもしかして『寄せて上げるブラ』か? お前こんな物着けてたのか?」「いいじゃないか、俺は胸が小さいんだからこのくらいしたって」
 俺達は身体測定と健康診断のため、保健室に集合していた。
 体操服を着た女子が体重計の前で上着を脱いで上半身下着姿になっている。
 一年前の身体検査で俺がこの光景を見たとしたら、興奮のあまり鼻血を出していたかもしれない。
 だが、目の前の女子達は(俺も含めて)みんな元男であり、交わされている会話はおよそ女子からぬ内容である(たぶん)。
 それに今の俺は、とても周りを気にしている余裕はなかった。


 自分の順番を前にして俺は震えていた。
 別に寒いわけじゃない。
 今日、俺は寝坊をして慌てて飛び起きた。そして手近にあった下着を引っつかみ、制服を着ると朝食を食べずに家を出た。
 とんでもないことに気がついたのは電車に乗る前のことだ。俺は慌てたのだが、体育の授業がないのを思い出してそのまま登校した……が
 「はい、次は溝口さん」
 体重を測定していた先生が俺の名前を呼んだ。
 「は、はい」
 「あら、あなた制服のまま?」
 「あ、あの……体操服を忘れて……このままでお願いできませんか?」
 俺は俯きながらそう言ったのだが、突然背後から羽交い絞めされた。
 「溝口、俺達が恥ずかしい思いをしているのに、お前だけ服を着たままなんて卑怯だぞ」
 「そうだそうだ、お前も上着ぐらい脱いだらどうなんだ?」
 と言って周りの連中は、俺の上着を脱がせにかかった。
 「うわっ!! やめろ!! やめてくれぇぇっ!!」
 「別に見られるだけなんだから減るもんじゃないだろ……って何だお前そのブラは?」
 みんなの目の前にはブラウスを剥ぎ取られ、スケスケで派手な柄のブラジャー(以前母さんと買い物に行ったとき、母さんがからかって無理矢理つけさせて買ってきたやつだ)を着けた俺がいた。
 「うっ、ば、馬鹿―――!!」
 みんなの爆笑の中、涙を浮かべた俺の叫びは保健室中に響きわたった。



 6月
 梅雨真っ只中、今日も体育館の外では雨が降っている。
 こんな日は憂鬱な気分がますます重たくなってくる。
 今日俺は体育の授業に参加せず見学することにした。理由は……訊かないでくれ。
 普段の調子であれば「あの時」であっても俺は参加しているのだが、今日は特に調子が悪く、やむなく欠席することにしたのだ。
 「そうか……なら仕方ないな」
 赤いジャージを着て髪を後ろに結んでポニーテールにした川崎先生は、俺が理由を述べて欠席したいと言うと了解してくれた。
 傍目で見ると川崎先生は普通の女性教師なのだが、実は俺達と同じあの事故の被害者の一人である。
 男だったときは生活指導をしてたこともあり厳しい面しか見えなかったのだが、最近は優しさと生徒への思いやりの面が見えるようになってきた。
 それとも女性になったために、優しくなったのだろうか?
 「すみません」
 俺は俯きながら謝った。俺としてはこういう理由で休むのはすごく恥ずかしかった。だが……
 「何だ? お前らも休みか?」
 川崎先生は俺の隣で、やはり制服姿で立っている連中を見てこう言った。
 「はい、実は俺も『アレ』で」「俺も」
 連中はこう答えたのだが、その表情は明るくつらそうな感じには見えない。
 今日は雨のため予定していたサッカーが中止になり、マット運動になったのだが……もしかしたらサボるための「口実」に使っているのかもしれなかった。
 「お前ら、確か先々週も同じことを言って授業を休んだよな?」
 川崎先生は連中の魂胆を見破り、こう言って彼らを睨むと、案の定、彼らはしどろもどろになった。
 「そ、そうは言っても突然始まっちゃって……」「そうですよ……すごくつらくて……」
 「うるさいっ!!俺はその真っ最中なんだ!!ふざけた事言ってる暇があったらさっさと着替えて来いっ!!」
 川崎先生に怒鳴られ、連中は慌てて教室に向かって走り出した。



 一学期最終日
 「おーい、溝口ー」
 学校から帰ろうとして駅へ向かっていた俺を、小杉が呼び止めた。
 小杉と俺は別のクラスだが、入院中は同じ病室だったため親しくしている。
 「お前、夏休み何か予定はあるか?」
 「いいや、特に何も無いけど」
 事故の影響で遅れた授業を補うため、俺達の学年は夏休みが8月の第2週からに短縮された。
 宿題とか補習とかは例年より軽めだが、やはりあるので夏休みは何も出来ないな、と思っていたのだが……
 「明後日なんだが、一緒にプールに行かないか?」
 「プール!?」
 「ああ、ここから2つ先の駅の近くに市民体育館とプールが出来ただろ。夏の思い出に一度行ってみないか?」
 「あのなあ、プールに行くのはいいとして着替えはどっちでするつもりなんだ? 特にうちの学校の『女子』に見つかると大変だぞ」
 俺はこう言ったのだが、返ってきた答えは意外なものだった。
 「大丈夫だよ。実はこの話、成田さん達から持ちかけられたんだよ」
 「成田さん達から? ……成田さんって『赤組』のあの成田さん?」
 驚いて思わず聞き返した俺に、小杉は首を大きく縦に振って見せた。
 成田さんは俺が一年生のときの学級委員長で、可愛く頭もよくてよく気がつく彼女は俺の憧れの対象でもあった。
 ちなみに最近俺たちは青リボンを着けている生徒を「青組」、赤リボンを着けている生徒を「赤組」と呼んでいる。
 「そう、俺が『赤組』の連中とよく話をしてるのは知ってるだろ? それで誘われたんだが、一緒にお前と緑川も連れて来てくれ……って頼まれてな」
 「そうか」
 俺は小杉が「赤組」と「青組」の間に精神的な壁が出来るのを心配し、積極的に彼女達とコミュニケーションをとっているのを知っていた。だから
 「わかった行くよ。緑川の方は俺からも話をしておく」
 と答えた。………だが、


 市民プール女子更衣室
 「………おい溝口!! それに小杉!!」
 俺の隣で緑川が声を上げた。
 「お前らまさかあいつらとグルなんじゃないだろうな?」
 「ま、まさか!! 俺達だって立場は同じなんだぜ」
 「そ、そうだよ。……でもこんな事になるなんて……すまん、俺がお前達を誘ったばかりに」
 文句を言う緑川に慌てて否定する俺、そして謝っている小杉。
 それぞれの手にはバスタオルと水着が握りしめられていたのだが、実はこの水着が問題なのだ。
 俺達は駅前で成田さん達と待ち合わせ、プールへ向かおうとしていた。
 しかし、持ってきたスクール水着を「女子」達が地味だと言って俺達を店に連れ込み、そこで買った水着を俺達に押し付けたのだ。
 現在、女子達は俺達の荷物を預かり、更衣室の出入り口に立っている。
 「ふ……しょうがない。着替えるか」
 緑川は俺達の顔を見回すと苦笑いを浮かべて言った。
 「緑川?」
 「連中にとってこれは遊びさ。悪気がある訳じゃない。少しはこういうのにつきあってやらんと仲良くもなれんだろう?」
 そう言って個人用の着替え室に入る緑川。
 それを見て俺と小杉は少しの間お互いを見つめた後、ため息をついてやはり個人用の着替え室に入った。


 「「きゃー可愛い!! 綺麗!! かっこいい!!」」
 俺達が着替え終わったのを見て、女子達は嬌声を上げた。
 「かっこいい」はたぶん緑川だろう。
 緑川は赤い競泳用タイプの水着を着ていた。活発なタイプの緑川には似合ってると思う。
 「綺麗」は小杉の方だろう。
 グリーンのセパレートタイプ(ビキニではない。上の部分がウエストまである「タンキニ」タイプと言うやつだそうだ)を着た小杉は確かに綺麗だった。
 ……となると、「可愛い」と言われたのはやはり俺なのだろうか?
 俺はブルーのセパレートで、腰の方にはヒラヒラしたスカートが付いているタイプだった。
 今までこんな水着を着たことがない(当たり前だ)俺達は、ただ顔を赤くするばかりだった。
 だが、すでに派手な柄や文字の入った水着に着替えていた女子達に比べ、俺達が着ていのは無地に近いものだったし、女子達も嬌声を上げた以外はからかうようなこともしなかった。
 俺達はプールの内外から向けられた男達の視線に戸惑いつつも、成田さん達と泳ぎ、プールサイドでゲームやおしゃべりをして楽しんだ。


 「ごめんなさい、みんながどうしてもあなた達の水着姿が見たい、って言うものだから。……まあ、私も見てみたかったんだけど」
 プールからの帰り道、成田さんはこう言って俺に謝りながらも口に手を当ててクスッと笑った。
 プールの前で俺達は解散となり、それぞれ駅やショッピングモールへと向かったのだが、俺は成田さんに誘われて近くの公園に立ち寄ったのだ。
 「……もういいよ、その話は」
 俺は顔を赤くして答えた。
 「それにしても本当に可愛くなったわね。一年前の溝口君からは想像できないわ」
 「へえ、以前の俺を覚えていてくれたんだ」
 俺は「可愛い」と言われて再び顔を赤くしつつも、成田さんが男の頃の俺を知っていたのを意外だなと思った。
 成田さんにとって会話をしたこともない俺はクラスの中のその他大勢の一人にすぎないはずだった。
 だが、
 「ええ、あなたはハンサムとか格好いいという訳じゃないけど、明るくてよく動きまわってたもの。………あたしいつもあなたを見てた」
 「えっ!? それって……」
 俺は驚いて訊ねたのだが、成田さんはそれには答えず
 「ねえ、溝口君にお願いがあるの。………あたしと……あたしとキスしてくれない?」
 「ええっ!?」
 俺は思わず叫んだのだが、成田さんの表情は真剣そのものだった。………しかし
 「……ごめん、気持ちはうれしいけど……今やると多分お互いが傷つくから」
 憧れていた人からの告白。以前の俺なら飛び上がって喜び、彼女を抱きしめて求めに応じただろう。
 だが俺は変わってしまった。彼女と恋人同士になるのは……恐らくもう無理である。
 にもかかわらず、今ここでキスをしたらお互い不幸な結果にしかならないだろう。
 「そうね……ごめんなさい変な事言って」
 そう言って成田さんは微笑んだが、その目には涙が浮かんでいた。
 成田さんは涙を拭うと再び俺に微笑み
 「でもあたしは溝口『君』が好きだった。これは間違いないわ。溝口『君』とは恋人になれなかったけど……溝口『さん』と友達になら……なれるわよね?」
 と言って手を差し出した。
 「もちろん」
 と俺は答えながらやはり手を差し出し、俺と彼女は握手をした。
 俺にとってその握手はすごく嬉しく……そして少し悲しかった。



 10月
 「ミスコンテスト!?」
 文化祭を3週間後に控えた日のホームルームで、学級委員長の佐倉が伝えた内容にクラスの誰かが声を上げた。
 「そう、美住台高校創立2年目にして初の文化祭が行われる訳だけど、その目玉イベントとして『クラス対抗のミス美住台高校コンテスト』をやることになった」
 クラスのあちこちから「何考えてんだ?」などの声が聞こえたが、小岩が手を挙げて質問した。
 「それ、水着審査とかもあるのか?」
 とたんにクラス中が「おおっ!」とどよめいた。
 だが佐倉が
 「それは無い」
 と答えるとみんな落胆のため息をついた。
 「じゃあ参加要項を言うぞ。各クラスから1名が代表として出場可能。出場者は女子、ただし女装した男子でも可。服装は露出部分の無い物を各クラスが製作して着用すること。なお優勝したクラスには『美住堂』の特製ケーキが贈呈されるそうだ」
 「俺達が服を作らなきゃならないのか?」「何だよそれ?」
 再びクラスがざわめき出したが、佐倉はそれを押さえて
 「これは未確認情報なんだが……コンテストの結果が被服の成績に影響する、という噂だ」
 と言うとクラスのみんなが考え込んだ。
 俺達青組にも被服の授業があるのだが、今年になってから始めたのでみんな惨憺たるものだった。
 このままでは補習、などと言われていたので成績アップができるなら、と思った。
 やがて緑川が口を開いた。
 「本当だったらやる価値はあるな……『美住堂』の特製ケーキはすごく美味しいという話だし……」
 「しかしどんな服を作るつもりなんだ? それに誰が出るんだ?」
 「どんな服を作るかはこれから考える。誰が出るかだが……溝口、お前が出ろ」
 そう言って緑川は俺の方を指差した。
 「ちょっと待て!! 何で俺なんだっ!?」
 「可愛いからだ」
 文句を言う俺の言葉に対し、返事は即行で返ってきた。


 文化祭当日

 「次は2年C組、勝田さんです」

 アナウンスとともにファミレスのウェイトレスの扮装をした生徒が壇上に現れ、会場のあちこちから拍手が起こった。
 ミスコンテスト会場となった体育館。俺は演壇横の用具置き場で順番を待っていた。
 結局俺はミスコンテストに出場することになってしまった。
 ホームルームの後、緑川は手を合わせて「すまん、でもお前なら『みんなのため』であればやるべきことをちゃんとやってくれると思って……」と謝られた。
 俺としては憮然とするしかなかったのだが、結局は引き受けた。
 とは言っても付け焼刃の技術では手の込んだ服など作れる訳がなく、青組のクラスは皆「簡単に作れてインパクトのある服を」作ることになったようだ。
 見れば先程のウェイトレスの他、看護婦、ゲームやアニメのキャラクタを(露出部分が無いように)模したものばかりで、ほとんどコスプレであった。
 対して赤組や1年のクラスの大半は、凝ったデザインのドレスなどが多く、こちらはファッションショーのノリである。


 「次は2年F組、成田さんです」

 成田さんが壇上に出たとたん、会場から「おおーっ!」と声が上がった。
 ウェディングドレスの扮装をした成田さんはすごく綺麗だった。
 最初にその姿を見たとき、俺も思わず声を上げ、「優勝は彼女だろう」と思った。
 そして、それを裏付けるかのように会場から大きな拍手が湧き起こった。


 「次は2年C組、溝口さんです」

 ついに俺の順番がきた。
 緊張と恥ずかしさで顔を赤くしながら、俺は壇上に出た。
 俺の今の格好は、髪を後ろでまとめて白い衣に赤い袴、いわゆる「巫女さん」の扮装であった。
 多少だぶついているが、これは「体を小さく見せることにより可愛らしさを強調する」意図があるらしい。
 俺が壇上に出ると、会場から先程の成田さんと同じくらいの声が上がり、拍手が湧き起こった。
 そのまま俺は中央に向かって歩いていたのだが、途中で袴を踏んづけ転んでしまった。
 びたん! という音を立てて顔を激しく床にぶつけた俺は、涙に目がウルウルになりながらも何とか痛みに耐えて起き上がったのだが、その途端

 「うおぉぉぉーっ」

 会場からどよめきが起こった。
 こうしてすごく恥ずかしい思いをしたのだが、なんとかコスプレショー……もといミスコンテストは終了した。
 後に被服の成績云々の話はデマであることが判明したが、この一件でみんな被服に興味を持ち、腕も向上したため補習は回避された。
 そうそう、美住堂の特製ケーキは噂に違わずすごく美味しかった事を付け加えておく。



 元旦
 「き、きつい……」
 「このくらいがまんしなさい」
 胴回りを締め付けられて悲鳴を上げる俺を、母さんがたしなめた。
 年が明け、おせち料理を食べた俺は初詣に行こうとしたのだが、母さんに呼び止められ振袖を着せられているのだ。
 俺としては別に着なくてもよかったのだが、母さんに「せっかく買ったのに着ないなんてもったいない」と言われて着る事にしたのだ。
 まったく、「不景気でボーナスが少ない」とぼやいておきながら、こういうものを買うなんてうちの親は何を考えているんだろう?
 確か夏の時はそれまで興味を示さなかったデジタルビデオカメラとパソコンを買っていたが、恐らく両方ともローンだろう。
 そして、部屋の外では父さんがビデオカメラを手に待ち構えているはずだった。
 「さあ、出来たわよ」
 そう言って母さんがポンと帯をたたいた。
 目の前の鏡を見ると、青い振袖を着て髪を結わえた俺がいた。
 「どう? 綺麗になったでしょう?」「うん、ありがとう母さん」
 母さんの言葉に俺はうなずいた。


 それにしても……と思う。
 一年前、男だった俺が女になって振袖を着る事になるなんて誰が想像できただろうか? そして俺がそれを喜んでいるなんて……
 俺がそれをはっきりと自覚したのは、冬に入ったあたりだと思う。
 私服で外出する際、俺はいつもジーンズを穿いていたのだが、秋あたりからスカートを穿くようになった。
 それは赤組の人達と行動する機会が多くなり、一人だけ違う服装になるのを避ける為だったはずなのだが、そのうち一人で出かける際もスカートを穿くようになったのだ。
 服の色も変わってきていた。かなり明るい色の服を着るようになり、出かける前に鏡で入念にチェックするようになった。
 そして目の前の鏡の中には、振袖を着て綺麗になった自分を見てはしゃいでいる俺がいた。
 どうやら外見だけでなく、内面的な部分でもかなり女性化してるようだった。


 一時間後、
 渋滞を抜け、車を駐車場に停めて神社に入ると、そこは人でいっぱいだった。
 俺と両親は境内に向かう人の流れに乗って歩き始めた。
 側を歩いている人やすれ違う人の何人かが俺に視線を向けてくる。
 見られていることを意識してしまい、俺は恥ずかしさで顔が赤くなった。
 もしこんな姿を知っている人に見られたら……と思っていたちょうどそのとき
 「浩美?」
 という声がしたので、俺はドキッとして声のした方向に振り向いた。するとそこには成田さんの姿があった。


 成田さんは俺とは対照的な赤い振袖を着ていた。
 そしてその側には、大学生とおぼしき男性が立っており、どうやら二人連れのようだった。
 「浩美、明けましておめでとう。その姿すごく似合ってるわよ」
 「う……あ、明けましておめでとう……舞奈」
 成田さんが微笑みながら俺に年始の挨拶をしたので、俺も顔を赤らめながら成田さんに挨拶を返した。
 そして側にいる男性を見て、「この人、舞奈の彼氏?」と聞いてみた。
 すると成田さんは笑いながら首を横に振り
 「違う違う、これはあたしの兄貴なの」
 と言った。
 男性の方は苦笑いをしながら
 「そうそう、こいつの彼氏は俺の後輩の……」
 と言いかけたところで成田さんが男性の鳩尾に肘打ちをした。
 「余計なことを言わないで! ……まあいいわ、紹介するわね。この人はあたしの同級生で溝口浩美さん」
 「よ、よろしく……」
 「で、こっちが私の兄貴で成田勝一郎」
 「よろしく、溝口さん」

 ドキン

 紹介されて俺に微笑みかけてくるその顔を見たとき、なぜか俺の心臓は跳ね上がった。



 2月
 (……どうしよう)
 学校からの帰り道、俺は歩きながら悩んでいた。
 今日は2月14日。つまりバレンタインデー。そしてカバンの中には綺麗に包装された、とても義理には見えないチョコレートが入っていた。
 元旦に初めて会って以来、俺は成田さんと彼女の兄である勝一郎さんと一緒にどこかに出かけることが多くなった。
 成田さんは「女友達として積極的に応援してあげる」と言って、何かと会う機会を作るようになった。
 どうやら勝一郎さんは俺に気があるらしい。会うたびに俺にやさしい言葉をかけ、俺にいろいろと気を使っている。
 俺としては戸惑うばかりだがそれほど嫌ではなかった。そして勝一郎さんと会うときは着ていく服に迷うようになった。
 一緒に出掛けるときはいつも勝一郎さんの驕りだった。だからお礼の意味でチョコを買ったのだが、渡しに行く途中、俺は考え込んでしまった。
 俺が今日チョコを勝一郎さんに渡すということは、俺が「女の子」として成田勝一郎という男性を好きになった……と宣言するようなものである。
 そして、それは俺が生まれて16年間男であったという事実を自分自身で否定するように思えたのだ。
 渡すべきか渡さざるべきか、答えはなかなか出なかった。


 「よう溝口、どうしたんだ?」
 悩んでいた俺の横から声がしたので、そちらの方を見るとそこには小杉がいた。
 「小杉……そっちこそどうしたんだ? その格好…」
 俺は目の前にいる小杉の格好に驚いた。
 小杉は学校の制服を着ていなかった。
 上の方は少し変わった編み目のベージュのセーターに、同じくベージュ色のマフラーを首に巻いていた。
 そして下の方はキャメルのスカートを穿いていた。
 「これからちょっとデートなんだ。さっき駅のトイレで着替えて制服はロッカーに入れてきた」
 「デート? デートって……その……男と?」
 「当たり前だろ。今の俺は女なんだからな。……とは言っても最初の頃は結構悩んだよ。男だった俺が男を好きになるなんて……な」
 「今は……どうなんだ?」
 「まー開き直った……ってとこかな。いろいろ考えたけど俺がそいつを好きなのは間違いないからな。じゃあ自分の気持ちに正直に生きていくのが一番俺らしいんじゃないかと思ったんだ。ただ、俺は女としてはかなり変な方だから、向こうが好きになってくれるかどうか不安だったんだが、告白したらすぐOKしてくれて、俺、すごく嬉しかった」
 そう言って笑った小杉は本当に嬉しそうで、何だか輝いているようだった。
 「そうか……なんかうらやましいな」
 「何言ってんだよ。お前にも大学生の彼氏がいるじゃねえか」
 そう言って小杉は俺のわき腹を肘で小突き、俺は顔が真っ赤になった。
 小杉は成田さんとも親しくしているから、恐らく彼女から聞いたのだろう。
 「まだ彼氏じゃない……これからだ」
 「……ということは」
 「お前の話を聞いて俺も決心がついたよ。……ありがとう」
 「がんばれよ」
 小杉の声に送られて、俺は勝一郎さんの家に向かって歩き出した。



 3月
 高校2年生の最後の日、終業式で俺達は驚くべきニュースを聞いた。
 なんと春休みにあの川崎先生が結婚するというのだ。
 壇上で紹介された川崎先生は顔を少し赤らめてうつむいてはいたが、とても幸せそうだった。
 俺達は終業式が終わると同時に川崎先生のところに駆け寄り、「相手はどんな人?」とか、「いつ知り合ったの?」などと質問を浴びせた。
 川崎先生の話によると、相手の男性とは近くの公園でジョギング仲間として知り合ったらしい。
 「最初は馴れ馴れしい奴と思っていたんだが、話してみると意外に優しくしかも芯がしっかりしているのが分かったんだ。それで一緒に野球やサッカーの試合を観戦したりしているうちに仲良くなってな……」
 照れながら話す川崎先生に、生徒の一人が「プロポーズの言葉はなんだったんですか?」と質問した。
 「三人で幸せな家庭を築こうって……」
 「「「三人っ!?」」」
 「うっ……い、いやっ……まあ……その……デキちまってな……俺は堕ろそうと思ったんだが……そいつがぜひ産んで欲しいって………」
 顔が真っ赤になった川崎先生の言葉に周りはしばらくの間沈黙し、次の瞬間より大きな歓声と嬌声に包まれた。


 カラーン、カラーン――
 鐘の音とともに川崎先生が教会の扉から出てきた。
 ウェディングドレスに身を包み、周りのみんなから祝福を受けて微笑んでいる川崎先生の姿はすごく綺麗だった。
 そしてこの上なく幸せそうであった。
 結婚式が終わり、俺は勝一郎さんと一緒に帰り道を歩いていたのだが、その心はいまだに興奮していた。
 「綺麗だったなあ」とか「うらやましいなあ」とかを連発する俺の言葉を勝一郎さんは微笑んで聞いていたのだが、人通りの少なくなった所で立ち止まると、「浩美さん」と声をかけた。
 その声に俺が振り向くと、すごく緊張した顔で勝一郎さんが俺を見つめていた。
 前にも同じような状況になったことはあったのだが、そのときはまだ早いと思って断っていた。
 でもこのときは先ほどの結婚式のこともあり、俺は勝一郎さんにコクリと頷いた。
 勝一郎さんの顔が少しずつ近づいてきて、心臓がドキドキとした俺は目を閉じ、その数秒後に俺の唇に勝一郎さんの唇が触れて俺達はキスをした。
 キスの後、「いつか君にウェディングドレスを着せてあげるよ」と言ってくれた勝一郎さんの言葉が俺にはとても嬉しかった。



 4月
 去年は事故のために1ヶ月遅れた始業式も、今年は予定通りに行われ、俺達は高校3年生として学校に登校した。
 赤組、青組に別れていたクラス編成も今年は統合されることになっていた。
 リボンの色は赤と青、どちらをつけてもいいことになっているので俺は赤色のリボンをつけて登校した。
 クラス編成について生徒の中から反対意見は出なかった。
 すでに3学期の前後から学校の内外で赤組と青組の間でお互いにリボンを交換したり、一緒に着替えたりして両者を隔てている壁はほとんど存在しなくなったのだから。
 「浩美」
 クラス編成を確認していた俺は後ろから声をかけられた。振り向くとそこには成田さんと小杉が立っていた。
 「あたし達、あなたと同じクラスよ」
 と成田さんは言って3年C組のボードを指差した。
 するとそこには俺の名前の他、成田さんや小杉、緑川の名前があった。
 俺達は手を取り合い抱き合って喜んだ。


 成田さん達と教室へ向かいながら俺は考えていた。
 一年前の事故で女になって以来、いろいろあったが、俺達もいよいよ3年生になり自分の進路を考えないといけなくなってきた。
 俺はまだはっきりとは決めていないが、医者や看護婦、あるいはカウンセラーとかになれればいいなあと思っている。
 事故で入院したとき、恐怖と不安で押し潰されようとしていた俺を支え励ましてくれたあの人達のように、他の誰かを支えられられるようになれれば……と考えている。
 長い人生から見れば、高校生というのはまだまだ出発点である。
 これからどんな事が起こるか、自分がどんな人間になるか、それはまったくわからない。
 もしかしたら一年前の事故のように人生を大きく変えるような出来事が、また自分の身に起きるかもしれない。
 それでも俺は負けることなく、友人や仲間とともに「自分らしく」生きていけるようになりたい、と思った。
 そんなことを考えているうちに俺達は教室にたどり着き、俺は教室のドアを開けて中のみんなに元気よく挨拶をした。

 「おはよう。みんな、これからもよろしく」

 新しい一年がまた始まる。

(おわり)


おことわり

 この物語はフィクションです。作品中に出てくる人物、団体は全て架空の物で実在の物とは何の関係もありません。


あとがき
 どうも、ライターマンです。
 「学校編」何とか出来上がりました。
 書きながら自分の学生時代を思い出して見たんですが……あんまり役に立ちませんでした。(爆)
 他にもいろいろとイベントがあったとは思いますが、あまり長くなるのも問題なのでまあこの辺までということで……(^_^;)

 それではまた。

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