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TWIN MINDS II(後)

作:超!海老寿司



第四章 理由


 悠人の何度目かの剣撃を恭は大剣で受け止めた。一見日本刀のように見える悠人の剣だが、とてつもなく重い。そして、まるでガラスのように透き通っていた。
 「大量の水を圧縮した剣だ、一撃の重さなら金属とは比べ物になんねぇぜ?」
 悠人が冷たい笑みをうかべる。彼も泉と同じように水を操る能力者なのだ。
 これも能力の一部なのか、大量の水を圧縮したのなら極度に重いはずの水の剣を、悠人は片手だけで楽々と振り回している。その剣撃の速さに恭はついていくのがやっとといった様子だ。それでも何とか一瞬の隙を見つけ、恭が斬りかかる。
 刹那、一瞬水剣が震え多と思うと、それが膨張し、不規則な形の――もともと水には形などないが――水の壁となって広がり、恭の剣撃を受け止めた。
 膨張によって圧力は低下している。しかしもともとの量が量だ、少しぐらい水圧が下がってもそれは微々たるものと言っても過言ではないだろう。その水壁に、恭が放った剣撃の勢いは殺がれ、剣の切っ先が水の壁に浅く喰い込んだだけに終わった……かに見えた。
 「がぁッ!?」
 突然、悠人が悲鳴と共に大きくのけぞった。
 水壁が力を失い流れ落ちていく。
 「・・・電流か・・・・・・油断したな・・・・・・」  悠人は一部解放した水の剣の柄だった部分に触れていた。そこから恭が剣撃にのせた電流が流れ込んだのだ。
 「もう限界みたいだな悠人」
 恭は腕を押さえて両膝をついている悠人を見て呟いた。
 水壁が崩れたのは電流のせいだけではない。それとは違う何かが悠人の能力を妨げていた。いや、悠人だけではない、恭もまた、同じように能力の使用を制限されているのだろう、明らかに戦闘とは違う疲れが表情に表れてきている。
 「『Yの染色体は能力にとって邪魔な存在でしかない。Yの染色体をもつ以上、男の肉体では能力の使用に限界がある』・・・悠人、おまえが教えてくれたことだろ?」
 恭が小さな声で悠人に聞いた。
 人間の性別には男と女、YXとXXのふたつがある。彼らが使用する能力はYの染色体に激しく反発する。それゆえにYの染色体を持つ男性の肉体による能力の使用に限界が生じるのだ。能力の反発による人体への影響は大きく、限界を無視して能力を使用すれば、最悪の場合、死に至る事すらある。
 「使用に限界がある以上そう長時間は継続して使えないからな・・・・・・来たんだろ?限界が」
 悠人は舌打ちした。それは恭の指摘が的を射ていることの証明となった。
 彼は戦闘を始める前、泉を池の水の中に捕えたときからずっと能力を全開使用しっ放していた、限界がきて当然だ。それらのことを踏まえ、恭は勝利を確信した。
 しかし、悠人の突然の言葉と不適な笑みに、それが間違いであったことを瞬時に悟った。
 「・・・俺が何であっちを放っておいたと思う?」
 言って悠人は走り出した。一瞬恭はその行動を目で追い、初めて彼のねらいに気づいた。
 「!!」
 悠人が向かうその先にあるもの・・・・・・。それは悠人の干渉がなくなり力を失った水の中から解放され、ぐったりと横たわる泉の姿だった。
 

 水が力を失い、崩れていく。それにしたがって水中に浮かんでいた泉の体が地に付いた。
 体に力が入らないのか、泉はそのままゆっくりと倒れ、飲んでしまった水を吐き出した。かすかにだが意識はある、ぼんやりとではあるがが目も見える。ただ、全身に力が入らず、動けない。あれだけの間水中にいたのだ、体を動かす体力など残っているはずもない。もしあと数十秒遅ければ、いかに水の能力者である泉であっても窒息して意識を失っていただろう。
 ぼやける視界の中、赤髪の青年(話を聞いていると悠人という名前だということがわかった)の手の水剣は崩れてもとの水に戻り、彼の周りに――そのほとんどは地面に吸われ――水溜りを作っている。何が起こったのか一瞬理解できなかったが、泉は途切れ途切れ聞こえる話の中に一つの言葉を聞いた。
 <能力の・・・・・・限界・・・・・・?>
 信じられなかった。自分の知る限り能力の使用に限界などはないはずである。単に能力者の精神力がもつかどうかの話のはずだ。
 しかし今、泉の目の前で実際に悠人の能力が突然途絶えた。そして洞窟で恭が言っていたあの言葉―――

―――能力者はごく一部例外はあるが、そのほとんどが女―――

―――女の体だと能力を使ってもこれといって反動は出ないんだが、これが男だと―――

 <まさか…能力の使用に限りがあったなんて・・・・・・もしかしてあの時のアレは・・・・・・>
 そこまで考えて泉は気づいた。いつの間にか悠人が自分の方へと走り出していること、そしてその口の端からは牙のように長く伸びた二本の犬歯が突き出していることに。泉にはその姿に自分を襲ったときの恭の姿が重なって見えた。

 悠人は泉の腕をつかんで引き上げ、片腕で支えると、その首筋にナイフを突きつけ、恭との距離をとった。
 「残念だったなぁ、生きてる女の細胞…血液を取り込めば能力は回復する・・・まさか忘れたワケじゃないよなァ?」
 狂気を含んだ笑みを浮かべたその口が、笑い混じりの声をつむぎだす。
 「泉ッ、逃げろ!」
 「無理に決まってるだろ、水の能力者でもあれだけの間水中にいたんだ、動けるわけがない。それにもし動けたとしても俺がそう易々と逃がすワケが無いだろ?」
 悠人が冷たく、それでいて状況を楽しんでいるかのように言い放つ。  恭も泉が動けない状態であることはわかっている。わかってはいるのだが、泉が悠人の手にある以上、彼になす術はない。そもそも彼は彼女を助けるために戦っていたのだから。
 「俺の勝ちだ、諦めな」

 悠人のナイフが泉の首筋をつたい、首周りから服の中に入り込む。そしてその刃が一気に肩口までを引き裂いた。彼は後ろから抱き込むように泉を引き寄せ、露出したその白い首筋に長く伸びた2本の牙を突き立てた。
 不思議と痛みは感じなかった。ぼやけた意識の中、鉛のように重く、動かない身体から血液が流れ出ていくのがわかる。
 <俺・・・このまま死ぬのかな・・・・・・なんか、実感無ぇや・・・・・・>
 こんな状況の中、泉はそんなことを考えていた。これは夢なのではないか・・・そう思えるほどに現実感は無かった。
 悠人の赤い髪が視界の端でちらついている。もしそのまま血を奪われ続けていれば泉は死んでいただろう。だが今、泉の血を吸っているこの青年は――確かに血を吸ってはいるが――本物の吸血鬼ではない、人間だ。当然そこまで血を吸い出すことなどできるわけがなかった。

 不意に首筋から悠人の顔が離れ、泉は軽く突き放された。支えを失った泉の体は再びゆっくりと地面に倒れた。
 首筋に小さな傷がふたつ、その白い肌に対照的な朱い傷が残っている。
 「泉ッ!!」
 恭は倒れた泉を抱き上げると、一気に後方へ跳び、悠人との距離をとった。
 「・・・きょ・・・う・・・・・・」
 泉は恭を見上げ、彼の名を呼んだ、しかしその声は小さく、弱々しいものだった。死にはしなかったとはいえ、失った血液は少量ではない、体力の面からみてもこれでは『生き殺し』というものだ。
 「泉、大丈夫か?」
 『大丈夫なワケないだろうが』と、自分に言いながらも、恭にはそれ以外に言葉が見つけられなかった。
 一瞬の冷たい殺気に、恭は泉を抱いたまま大きく横に飛んだ。ほとんど同時に無数の水の刃がその場に降り注ぐ。かわし損ねた一筋の水が、恭の頬を浅く斬り裂いた。
 振り向くと、悠人が笑っていた。周りに浮かぶ水球が能力の回復をこれでもかというほど明確に物語っている。
 「どうせ死ぬんだ、そんな動けない奴はほっとけよ、それとも俺みたいにそいつの血を・・・・・・」
 そこまで言いかけて悠人は身をひねった。直後、悠人の体すれすれを『電気を圧縮した』としか言い様の無い球状の光が彼のすぐ隣をかすめ飛んだ。
 「うるせぇよ」
 恭は電流が走る右腕を押さえながら悠人を睨んでいた。その様子はどことなくさっきより苦しそうに見える。それを見て悠人は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにその表情を変えて笑いだした。
 「・・・なんだ、おまえも限界なんじゃねーか、まさか能力なしで勝とうなんて考えてるワケじゃねーだろ?だったらさっさとそいつの血を奪えよ。まぁ、そんなことしたらそいつがどーなるかは目に見えてるけどなぁ?」
 悠人の言うように泉の血液を奪えば勝ち目はある。だがそんなことをすれば今度こそ泉は死ぬ。まぁもともと恭にそんな気は無いが……。  恭は悠人が一人で喋っている間に泉の耳元に顔を寄せ、一言囁くと彼女の体をその場にそっと寝かせた。泉はその言葉に驚愕の表情を浮かべた。動かぬ体を動かして、必死に何かを訴えようとする泉を尻目に立ち上がると、恭はまっすぐに悠人を睨み据え、地を蹴った。

第五章 そして最後に残る者

 「がァッ!?」
 悠人は一瞬何が起きたのか理解できなかった。恭が泉を地面に寝かせ、立ち上がったと同時にその姿が消えた。そして気が付くと後ろの大木へと叩き付けられていたのだ。
 「・・・バカな・・・能力は使えないハズ・・・・・・」
 冷静に考えれば悠人にも恭が何をしたかぐらいの想像できた。おそらく電流によって筋肉を刺激し、一時的に筋力を極限まで、それも人間の視可速度を大幅に超えるほど高めたのだろう。だがそんなはずは無い。恭の能力はとっくに限界に達しているはず。そんな状況でも能力を使用すると言うことは・・・・・・
 「貴様っ、死ぬ気で能力を―――ッ」
 「もちろん、おまえも道連れにな」
 恭は笑っていた。大切なものを守り抜いた、そんな笑顔。彼の決意は例え神でも変えることはできないだろう。悠人の背に冷たいものが走る。
 「チぃッ!!」
 悠人の舌打ちとほぼ同時に、浮遊する水の球が槍となって恭に襲い掛かる。しかし、それが彼の体に届くのよりも一瞬早く、恭の掌が悠人の体を貫いていた。
 心臓を一突き――即死だった。
 主の力を失った水の槍はただの水に戻り、悠人の最後の攻撃は恭の背を濡らすだけに終わった。


 「ゲームセット・・・・・・いや、オーバー・・・か・・・・・・」
 恭はその場に崩れるように倒れた。体に全く力が入らない。意識もだんだんとぼやけ、消えてゆく視界の中、彼は一人の少女を見詰めていた。地に倒れながらも、必死に腕を動かし、彼に近寄ろうとしている少女を。
 もういいんだ・・・そう言おうと口を開こうとしたとき、恭は気づいた。
 もう、声を出す力も残っていないことに。
 <ごめんな・・・約束破っちまって・・・・・・>
 自分の方へと必死に近寄ろうとしている少女を見詰め、恭は胸の内で誤った。
 そして彼は思う、それが叶わぬ事と知りながら。
 <最後に、もう一度触れたかったな・・・・・・>
 あの時自分を包んでくれた、
 あの優しいぬくもりに―――


 恭の体が音を立てて倒れた。
 「恭ッ!!」そう叫んだつもりだった。だが、悲鳴を超越した叫びは声にすらなってくれなかった。
 泉は動かない腕を無理やり動かし、恭の元へと体を引きずろうとした。全身の力を腕に込め、やっとのことで腕を動かす。しかし進んだのはほんの数センチ、歩けば『距離』ともいえないような距離がとてつもなく長く、遠く感じられた。

 どれだけの時間がかかっただろう、短かった気もするし、永かった気もする。泉は何度も何度も腕を動かし、石や草でズタズタになりながらも必死に体を引きずって、やっと恭のもとへ辿り着いた。二度と帰ることの無い人のもとへ。
 「きょ・・・う・・・起きろ・・・よ・・・・・・」
   恭はピクリとも動かない。泉は傷だらけになったその手で彼の体を揺さぶった。
 「おい、起きろって・・・帰るぞ、聞いてんのか?」
 「恭ッ!」泉は冷たくなった恭の胸に拳をたたきつけた。そして彼女の頬を一筋のしずくが流れた。
 「何が『ずっと一緒にいる』だよ・・・おまえがいなきゃ話になんねーじゃねーか・・・・・・」
 まるで止まることを知らないかのように次々と涙が溢れ、泉の頬を濡らしてゆく。
 「起きてくれよ……」
 何でこんなにつらいんだろう・・・・・・
 「帰るんだよ……」
 何でこんなに苦しいんだろう・・・・・・
 「頼むからさぁ……」
 涙が・・・・・・押さえられない・・・・・・

 泉は一人、嗚咽を漏らした。

 他人同士のはずなのに・・・・・・
 ほんの少しのあいだ一緒にいただけなのに・・・・・・
 何でだろう・・・・・・
 胸が・・・痛い・・・・・・
 友達の死・・・そんなのじゃない・・・・・・もっと・・・大切な…・・・
 「・・・そうか・・・だからなんだ・・・・・・俺は・・・もう・・・・・・」
 今ならわかるよ・・・・・・俺は・・・・・・
 泉の中で、何かが音を立てて切れた。
 私は・・・恭・・・ずっとあなたのことが・・・・・・
 「私はもう・・・・・・女なんだ・・・・・・」

 好きだった―――――――



終章 残された者の思い

 科学者達は不意に開かれた扉の向こうに、そこにいるはずの無い人物に驚愕の表情を浮かべた。
 「なぜ…お前がここに・・・・・・」
 科学者の一人が月並みな台詞を吐く。
 「気かなかったの?堂々と正面から入って来たんだけど」
 扉を開いた人物・・・泉はまるで全てに疲れ果てたような表情で、淡々と言葉をつむいだ。
 「まぁ、見張りは全員連絡される前につぶしたし、カメラの位置は知ってるから死角の場所もわかるし、気づかなくても当然か・・・・・・」
 泉の口調は明らかに変わっていた。以前の戦いの後から・・・あるいはもっと前から変わっていて、彼女自身がそれを認めようとしなかっただけなのかもしれない。
 「お前は一度ここから逃走した。追っ手も倒し、我々の捜索をほぼ完全に振り切ったはずだ。それなのになぜお前はこの場にいる?なぜ自ら現れた?」
 「わかってるんじゃないの?」
 科学者の問いに、さもそれが当然というように泉が答えた。
 集まってきた能力者達が科学者達を守るべく、泉と科学者達の間に割って入る。
 「お前の能力は水だ。今ここには、水に有効な能力者はいないが、水のない場所でこれだけの能力者を相手に戦えるのか?大人しくした方が・・・・・・」
 そこまで言いかけ、科学者はあることに気づいた。
 部屋全体がわずかに震えている。
 「水が無い?嘘言わないでよ、水なんてそこら中にあるんだから、例えば・・・・・・」
 突然部屋の一角の壁が内部から吹き飛んだ。吹き出した大量の水が近くの能力者の不意を討ち、吹き飛ばす。
 壁の中にあったもの、それは――――
 「水道管・・・とか」
 吹き出してきた水が球となって泉の周りに浮遊する。泉は自然体で立っているが、水球の配置には隙が無い。それが水の能力者の戦闘体勢なのだ。
 「私の居場所を…返して・・・・・・」
 泉は小さく呟いた。誰にも聞こえない、小さな声で――――

 泉は延々と戦い続けた。能力を持つものとそうでないものの戦闘力の差は大きく、十数人の能力者が集まればおそらく組織の黒服を総動員しても止める事はできないだろう。しかし、泉は十数人どころか30人近くの能力者を相手に互角以上の戦いをしていた。あるものは水の刃に切り伏せられ、またあるものは水の針に打ちぬかれ、少しずつだが能力者の数は確実に減っていった。

 科学者の数もまた減っていた。泉の攻撃は能力者の後ろの科学者へも届いていた。最後の能力者を切り伏せたころには、科学者もここの研究の責任者に当たる人物一人を除いて全てが倒れ付していた。
 「バカな・・・あれだけの能力者をたった一人で・・・・・・」
 泉は科学者の数メートル前で止まった。確実に的を落とせる距離。そこまで来た泉は自分のすぐ隣に一人の青年の姿を形作った。そしてそれはすぐに崩れ去り、再び水の集まりと化した。
 「今のは・・・・・・」
 科学者もその青年の姿には見覚えがあった。とある一人の能力者、以前ここで唯一電気を操ることができたその青年の姿に。
 「彼とは町で偶然知り合ったの・・・私と同じ、ここの脱走者だった人……少し前に、私を置いて先に逝ってしまった人」
 泉はゆっくりと、そして静かに話し始めた。
 「ずっとあの人のことが好きだった。それなのに私は最後まで自分の気持ちに気付くことができなかった・・・。ばかだよね、大切な人を・・・全てを失ってから気付くなんて。そんなの、遅すぎるよね……」
 ひと集まりの水がゆっくりと泉のそばに浮かび上がる。まるで泉の心を代弁するかのように、ゆっくりと―――
 「脱走者は命を狙われる。当然のことじゃないか……」
 泉から視線をそらし、科学者はその表情に恐怖の色を浮かべたまま言った。
 「私たちは好きでここにいたわけじゃない、連れて来られただけ・・・こんな組織さえなければあんな思いはしなくてよかった」
 泉は小さかった頃に両親が先立ち、ここに連れてこられた。
 「だがここにいたからこそお前は今まで生きていられた」
 当時、泉に身内はいなかった。<C・N>に連れてこられたからこそ、今こうして生きている。
 「こんな思いをするくらいなら、いっそあの時に死んでしまった方が良かった……でも全てはもう過去の話、過ぎ去った時間はもう戻ってはこない・・・。だからこそ、私はあの人を奪ったあんた達を・・・・・・」
 泉が右腕を振り上げようとした。その瞬間、轟音と共に爆発が巻き起こった。科学者の足元からの爆発、床の隙間に流れた水が偶然そこにあった機械をショートさせ、その結果爆発を引き起こしたのだ。
 泉は中途半端に持ち上げた右手を見詰め、硬く握り締めた。
 「神様って、意地悪だね・・・最後まで自分でやらせてくれないなんてさ・・・・・・」
 建物全体が大きく揺れ始めた。今の爆発がデータ(及び関係者)抹消プログラムの引き金となったらしく、ビルのあちこちで爆発が始まったようだ。ビルが崩れるのも時間の問題だろう。
 泉は動こうとしなかった。もうどうでもよかった。己の生死すらも・・・・・・
 「お姉ちゃん、どうしたの?」
 声は突然聞こえてきた。ふと隣を見ると10歳ぐらいの少女が泉を見上げていた。
 「どこかいたいの?早くここから出ないと死んじゃうよ?」
 少女の声は優しかった。ここが<C・N>の本拠地だということを忘れてしまうほどに。
 少女は泉を心配しているらしく「早く早く」と泉を促す。
 「早く、急がないと・・・・・・」
 この子は脱出してどこへ行こうと言うのだろう・・・そんなことを考えながら泉は少女の声を聞いた。
 「私ね・・・もう、どうでも良くなっちゃった・・・生きることも、何もかも・・・・・・」
 泉は少女と向き合い、無気力に答えた。少女は一瞬考え、不思議そうに聞いた。

 「じゃあ・・・」

 ―――どうして泣いているの?

 泉は驚き、自分の頬に手を触れて初めて気が付いた。
 自分の頬を止まることなく伝う涙に。
 そして、悲しみから逃げようとしていた自分に―――
 「生きる・・・・・・でも、何のために?」
 思わず口に出してしまった。それを聞いた少女は少し考え、やがてにっこりと笑って言った。
 「よくわからないけど、『それを見つけるため』に生きる。それでいいんじゃないかなぁ」
 少女の言葉は一つの衝撃となって泉を襲った。そしてそれは暗闇となっていた泉の心に小さな光を甦らせた。一度甦った光は少しずつその輝きを増し始める。

 ああ・・・そうか、そうだよね。生きるのに理由なんて要らないよね。
 『目的』は生きている間に見つければいいんだよね。
 生きたい・・・生きていよう・・・・・・
 「そうだね・・・・・・」
 泉は少女の頭に手を乗せた。自然と、笑顔になれた。
 「生きてみるよ、最後まで」
 それは久しぶりの…恭がいなくなってからはじめて微笑みだった。

エピローグ

 「これはまた派手に暴れたようだな」
 崩れゆくビルから脱出した泉を待っていたのは白衣を着た一人の男だった。見た事の無い男、科学者風の姿だがビルの中にいた科学者などとはまるで比べ物にならないほどの威厳に満ちた男だ。
 「羅畏(らい)に頼まれて来てみたが…これほどとはな……」
 男は呟き、笑みを浮かべた。暗く、冷たい、仮面のような笑みを。
 そしてすぐに男の顔は無表情という色に染まった。  「あなた…誰?」
 泉は男が自分の方を見ていることに気づき、聞いた。
 「<C・N>の最高幹部……は羅畏だったな、その羅畏のオリジナル…と言えばいいか?」
 <C・N>と聞いて泉は身構えた。しかし<C・N>の拠点は今つぶれたはずだ。『羅畏』という人物にも心当たりは無い。なら今ここにいるこの男はいったい何なのか……
 「安心しろ、お前と殺り合うつもりは無い」
 いつの間に近づいたのか、気が付くと男はすぐ隣に立っていた。泉の背に冷たいものがすべる。泉はそれを悟られないよう完全に表情を殺したつもりだったが、それがこの男にどこまで通じるかは定かではない。
 「だったら、行かせてもらうわ」
 泉は声を押さえて言うと歩き出した。まるでその男から逃げるように。
 「待て」
 男の呼びかけに泉は立ち止まった。泉の中にあるこの男に対する感情はおそらく恐怖のそれなのかもしれない。いや、その通りだろう、この男を前にして平然としていられるのはどうしようもないバカか性別を変えて作られた跳びぬけて明るい彼のクローンぐらいだろう。
 それでも泉はなんとか動揺を押さえ、無理矢理にも『余裕』という名の仮面を自らの表情に作り上げた。
 「何なの?」
 「頼み…と言うのだろうな」
 「頼み?」
 泉は一瞬考え、聞き返した。
 「そうだ、<C・N>の人間の俺がこんな事を言っても信用できんかもしれんが、まぁ聞いてくれ」
 男は簡単に用件を話し出した。そしてその内容に、泉は我が耳を疑った。まさか<C・N>の人間、しかも最高幹部に匹敵する地位のものがあんなことを言い出すなんて思いもしなかったのだ。
 『人々を救うため、お前の力を貸してくれ』
 それは、裏を返せば組織の能力者をかき集めても足りない、それどころか組織にいる普通の能力者では戦力に入らないほどの脅威が存在すると言うことだ。しかし、泉の知る限りそんな話は噂のかけらも無かった。だがもしそれが本当だったら?実際に危機は存在し、それを<C・N>…しかもその一部のみにしか知られていないのだとしたら?
 泉は迷っていた。あいては<C・N>だ、信じるにはリスクが大きすぎる。かといって放っておくわけにもいかない。そんな泉の迷いに気付いたのか、男は一つの条件を付け足した。
 「だったらお前をある場所へ連れて行こう、そこにはお前と同じ、<C・N>の脱走者がいる。もちろん実力の認められた能力者だ。どの道そいつにも力を借りなければならんのでな。もし俺の言葉を嘘だと思うのならそいつと手を組んで裏切ればいい。それでどうだ?」
 男は問いながら泉に手を差し出した。  少し考え、泉はゆっくりと首を縦に振った。
 <C・N>は信用できない。だから自分の目で確かめたい。そのためなら<C・N>に手を貸すことも……悪くないかもね―――
 そう心に決め、泉は差し出された男の手を取った。


 恭
 私はあなたのことが好きだった
 こないだまで気づかなかったけど
 ずっと好きだった
 でも、あなたはもういない
 あなたの命の灯は
 <C・N>に消されてしまった
 そして今
 私はその<C・N>に
 手を貸そうとしている
 私は真実が何なのかを知りたい
 そのためなら何だってする
 例えそれが
 私たちの人生を壊した組織に
 手を貸すことであろうと

 こんな私を

      あなたは許してくれますか

FIN

 後書き
 どうも、超!海老寿司です。
 長らくお待たせいたしました。「TWIN MINDS」第二段をここにお送りします。これも龍酒さんのおかげ、感謝です。
 読んでいただいた方はもうお分かりだと思いますが、この話には前作のキャラがぜんぜん出てきません。「礫や沙耶はどうした!」とか「仁の出番は?」「緒里カムバァ〜ック!!」なんて思った方はご安心を、彼らにはIIIでたっぷりと活躍していただくつもりです。(あ、緒里は戦闘シーンに出れないかも……出れなかったら御免してね)
 まぁ勘の良い人は一人だけ「もしかして…あの人?」ってなキャラに気付くかも…ってか前作読んだ方は皆お分かりですよね、そう、あの人ですよ。フフフ……。
 そうそう、今回は精神同居の話じゃないんですよ。「じゃあ、どのへんが『TWIN』なんだ?」と言う方、落ち着いて。この話は 「III」へとつなぐための話なんです。メインはあくまで「礫&沙耶」ですからね。まぁ、あえて言うなら「男の記憶を持つ女」でしょうか。「精神は男だったときの記憶」、「女へと変わってしまった心」そのどちらも同じ自分だと言うことです。(『TSなんだから当たり前』とかゆー突っ込みはとりあえず無視)
 泉は結局後者に落ち着いたようですね。(笑)
 とりあえずこの話も無事終わりを向かえることができたようです。殺人級にへタッピな作品を読んでいただき、ありがとうございました。執筆スピードがとてつもなく遅い私ですが、「V」はちゃんと出すつもりなので首をキリンのように長〜くして待っていてください。
……いつになることやら。
最後に一言
 「あえて言おうっ、キーボード上での私の手はカメであるとッ!!!」
……ガンバリマス(泣)


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