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TWIN MINDS II(前)

作:超!海老寿司



 〜プロローグ〜

 小さな男の子が川の近くの草地で遊んでいる。
 転がるように走り回るその姿は実に楽しそうだ。
 走って、跳んで、転んで、泣いてそして・・・・・・笑った。

 不意に景色が闇に包まれ、川も少年も、その笑顔も闇に消えていった。

 次に映ったのは小さな町の夜の道。
 先ほどの男の子が一人立って泣いている。
 一人の男が男の子に近寄っていく。
 男の子はその男に手を引かれ、誰もいない夜の街道を歩いて行った。

 そしてまた、景色が闇に消えていった。

 最後に映ったのは少女の姿だった。
 少女はベッドほどの大きさの台の上へ白衣の男二人にうつ伏せに押さえられながらもその腕から逃れようと必死に抵抗している。
 しかし子供の力ではどんなにあがいても大人の男の力にかなうはずがない。
 少女は程なく台に固定されてしまった。
 白衣を着た別の男がゆっくりと少女に近づいていく。
 少女は恐怖の表情を浮かべ、叫びを上げる。  男はその様子に表情一つ変えずそのの小さな背中に烙印を押し当てた。
 少女が悲鳴を上げた。
 そしてその悲鳴を残し、

  全てが闇に消えた―――――――

 第一章 まずはいつも通りの朝

 「ぅわああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっッ!!!」
 世界大声チャンピオンもビックリなほどの盛大な悲鳴を上げ泉(いずみ)は跳ね起きた。
 窓から入る陽射しが眩しい。  眩しさに反射的に目をそらし、そしてその眩しさに泉は少し落ち着きを取り戻した。
 「・・・・・・また・・・・・・あの夢か」
 まだ少し息が上がっている。
 一つ息を吐くと泉はまた横になった。
 泉はよく夢の中で小さな少年と十二・三歳の少女を見る事がある。
 そして泉はその子供たちを知り過ぎるほどによく知っていた。
 なぜなら、その子供たちはまぎれもない、子供の頃の泉自身の姿だったのだから。
 4年前,泉は<C・N>のある実験で女になった・・・「女にされた」と言った方が正しいだろう。
 泉にも自分が女にされた詳しい理由はわからない。それどころか実験の内容も一部しか知らない。その目的すら聞かされなかったのだ。しかしそれは組織の中でも非公開、<C・N>を抜け出したのならなおさら知る手立ては無い。
 泉はゆっくりと起き上がり、ベッドから降りて服を着た。さほど時間もかけず、肩の露出した袖長のシャツにジーンズと言ったいつもの服装になった。
 実にスムーズな動作、その行動はまるっきり女性のそれだ。泉を知らない者が見たら彼女が男だったとは誰も気付かないだろう。
 慣れというのは怖いものだと泉は思う、いつの間にか女になった自分の裸体を見ても何も思わなくなってしまっていた。
 精神は男のままだというのに。
 不意に戸を叩く音。泉は思い思いの方向に自己主張しまくっている髪を手で撫で付け、短い返事をした。
 「どうぞ。」
 戸を空けて入って来たのは泉と同い年ぐらいの―――そこらの道を行く人に第一印象を聞いたら全員がそろって「優しそう」と言いかねないような―――少年だった。
 「おはよう、今の悲鳴お前だろ?また例の夢でも見たのか?」
 少年が笑いながら言う。泉はベッドに座り込んだ。
 「ヤな夢だよホント」
 心の底から嫌そうな顔をして泉は呟いた。  この町の中で「泉が男だった」ということを知っているのはこの少年、恭(きょう)だけだ。
 「泉、もうちょっと女らしい口調で話したらどうだ?」
 笑顔でさらっと言われた泉は恭を睨みつけ、即答した。
 「俺は男だ」
 しかし自分では「男だ」と言っているが、外見は女、姿勢や仕草にも女が定着してきているのは彼女の動作を見れば一目瞭然。唯一口調だけが男のままだが、それではただのボーイッシュな女の子。現に今、恭を睨んでいるその顔にも「可愛い」という言葉が似合うほどだ。
 恭の言うこともあながち間違ってはいない。
 「それより泉、朝飯作ってあるけど、食べる?」
 いきなり話題を変え、相も変わらず笑顔で言う恭に泉はまたも即答した。
 「もち♪」

 今、泉は恭の家に居候している。恭はなぜかとてつもなく料理が上手いのだ。
 食卓についた泉は、出された皿からサンドイッチを一つ取ってぱくっと一口ほおばった。
 食パンにはさんだ野菜のシャキッとした歯ごたえが実によい感じだ。
 「ん〜っ、うみゃいっ。恭ってホント料理上手いよね」
 しかしまぁ、毎朝同じものを出す恭に、毎朝同じ者を食って同じ言葉を口にする泉、彼女が単純すぎるのか、それとも恭の腕が良すぎるのか――ちなみに「バリエーション無ぇなぁ」とか言うツッコミは無視ね――……まぁどうでも良いだろう。
 皿の上のサンドイッチを早々とたいらげた泉は五つの小瓶に水を満たして蓋をし、それらを全て腰のベルトにぶら下げた。出かける時に水を満たした小瓶を携帯するのは習慣というよりも一種の癖になっている。彼女はこれから朝の散歩に出かけるようだ。
 「じゃ、先に出るから」
 泉は軽く恭に手を振るとドアの取っ手に手を掛け一気に開け放った。
 昇り始めてまだ間もない、柔らかな日の光が一日の始まりを告げてくれる。
 泉はまだ人のいない早朝の道を歩き出した。

 「ん〜っ、いい気持ちだぁ♪」
 朝の空気は少し冷たい。その冷ややかな風を浴びていずみは「ん〜っ」と伸びをした。
 泉はこの「早朝」という時間が好きだ。
 普段は人の多いこの町も、この時間は決まって静かな空間と化す。その静かな空間はそこにいるだけで泉の心を落ち着かせてくれる。
 そんなこの時間が泉は大好きだった。
 泉は先程買った烏龍茶を片手に公園のベンチに座っていた。
 彼女いわく「烏龍茶はサントリー」とのことである。
 お茶を一口飲むと、冷たい液体がのどを通っていくのがわかる。……おいしい。
 「そろそろ時間かな・・・・・・」
 泉は公園の時計を見て呟いた。
 いつもここで時間まで待っていると恭が迎えにきてくれる。そして今日も・・・
 「泉、そろそろ行くよ」
 と、入り口から恭が手を振っている。
 「オッケ」  泉は飲み終えた烏龍茶の缶をゴミ箱に投げ入れて公園を後にした。

 * * *

 「らぁぁっ!!」
 恭の剣戟が盗賊の腹に直撃する。
 鞘に納まったまま、まるで封印でもしてあるかのように鎖でぐるぐるに縛られたその大剣の一撃は盗賊の――お世辞でも絶対に華奢とはいえない――巨体を軽くふっとばした。
 恭はちょくちょく町の近くの森に現れるお尋ね者の盗賊どもを捕えて生活費を得ている。わかりやすく言うと賞金稼ぎだ。ちなみに剣を抜かずに使うのは「殺すと賞金が減る」からだそうだ。まぁもともとの賞金額もしょぼいし……
 茂みの中から別の盗賊――十中八苦さっきの奴の仲間だろう――が恭に飛び掛かる。
 恭はさっき大剣を振り切った直後、剣の重みに加え、殺しきれない慣性に振られて動く事ができない。
 盗賊が逆手に握ったサバイバルナイフを恭めがけて降り降ろす。
 刹那。一筋の閃光と共にサバイバルナイフが宙を飛んだ。
 泉は手にした短剣を納め、先ほど上空に弾き飛ばしたナイフをキャッチして再び恭から離れる様に跳ぶ。一瞬遅れた恭の剣撃が盗賊を薙ぐ。
 「ふっ」
 短い呼気と共に泉は振り向きざま手にしたサバイバルナイフで飛来するナイフを払う。
 ナイフが飛んできた方向には誰もいない。ただ草と木があるばかり。
 直後、泉は勘だけで左に跳んだ。右の茂みからの剣撃がほんの一瞬前まで泉がいたところを薙ぐ。
 そしてすぐ茂みから盗賊が飛び出した。
 両の手に剣を握っている。
 盗賊が左の剣を振る。泉はいつの間にか逆手に持ち変えたサバイバルナイフでそれを受ける。
 すかさず盗賊が右の剣を水平に薙ぐ。
 盗賊の右、すなわち泉の左はガラ空き。
 しかし盗賊の剣撃は寸前で防がれた。瞬時にして現れた泉の左手の先ほど納めたはずの短剣が盗賊のナマクラな剣を叩き落としていた。
 一瞬の出来事に盗賊の動きが止まる。その瞬間、盗賊のみぞおちに泉の膝蹴りがきれいにヒットし、盗賊は腹をかかえて倒れ、動かなくなった。
 泉はそれを確認すると武器をかたづけて恭に手を振った。
 「恭、終わったよ」
 「OK。それじゃそいつら縛んの手伝ってくれよ」
 かる〜く言って恭は縄を泉に投げた。
 そして―――

 がさがさっ

 その草の音に驚き、泉は縄を取りそこなった。ゆっくりと振り向くと後ろに先ほどの盗賊達と似たような服装の男が一人立っている。
 突然の予想外な乱入にその場にいる全員の動きが止まった。
 「・・・・・・・・・なぁ恭・・・・・・」
 「何?」
 「あんた、三人・・・って言ってなかったか?」
 「・・・・・・敵をあざむくにはまず味方から・・・・・・ってな・・・・・・」
 「あざむいてどーする!!」
 その瞬間、我に返った盗賊は泉の腕を瞬時にひねり上げる。
 「ぅぐっ」
 この盗賊、意外に力が強いらしく、泉は腕の痛みに声をもらす。
 「動くなっ、動くとこの女の命は無ぇぞっ!!」
 盗賊は泉にナイフを突きつけ、お決まりのセリフを言い放つ。
 「恭ぉ〜っ、何とかしてくれよこれぇ〜」
 「何とかって言われてもねぇ・・・・・・」
 うんざりとした顔で盗賊をさらっとモノ呼ばわりする泉に、指で顔を掻きながら応える恭、緊張感のカケラもない。
 「しゃーないよな・・・・・・」
 恭が離した大剣はガシャンッと大きな音をたてて地に落ちた。
 「悪ぃ泉。俺にはどうしようもないわ」
 他人事のように肩をすくめる恭。『おいおい』といった顔の泉。
 そんな顔で泉が
 <さすがにヤバいかな?・・・・・・こうなったら最後の手段・・・・・・>
 などと考えていると突然、

 ごんっ

 という音がして、盗賊は泉の腕を放しぶっ倒れた。
 「・・・・・・何が・・・・・・?」
 『何が起こったんだ?』という様な顔で泉が辺りを見回す。
 「ぷっ、あはははっ」
 それを見つけた途端、泉は腹を抱えて大声で笑い出した。
 「大丈夫か?何が起こった?」
 恭が駆け寄って来る。
 「あははっ・・・ははっ。恭、これ見てよ」
 泉が地面を指差してみせる。その先には人の頭ほどの固い木の実。
 それを見てようやく理解したのか恭もふき出した。
 この盗賊、落ちてきた木の実の直撃を頭に受けてぶっ倒れたのだ。
 半ば無視されていたあげく木の実で気絶・・・カワイソウな盗賊・・・・・・(合掌)
 しばらく笑ってから泉は盗賊を縛る事を思い出し、縄を拾おうと身を屈めた。
 刹那。頭のすぐ上、すなわち先ほどまで泉の頭があった位置を何か熱いものがかすめ飛んでいく。
 そしてそれとほぼ同時に聞こえたそれは銃声としかいいようのない音だった。
 一瞬の硬直の後、泉はある一つの不安を抱きながらゆっくりと振り向いた。
 そこには予想通り――そして最悪の光景があった。
 それは銃を構える一人の黒服を着た男の姿――――

 第二章 そして黒服登場

 黒服――それは間違いなく<C・N>の戦闘員・捜索員の服装だった。
 「見つかっちまった・・・・・・」
 泉は小さくつぶやいた。その頬に一筋の汗が流れる。
 先程の銃声を聞きつけて多勢の別な黒服達がそれはもうわらわらと、例えるならゴキブリのように群れをなしてやって来た。

 教訓『黒服を一人見たら辺りに三十人はいると思え』

 泉や恭に比べると雑魚同然の黒服だが、十数人程度ならまだしも、最後尾が見えないほどの大多数となるとさすがに多勢に無勢、戦うだけ無駄と言うもんである。
 「恭ッ、逃げるぞ!」
 二人は瞬時に踵を返し、はじけるように走り出した。
 「逃げたぞ、追えっ!」
 当然、黒服達もお決まりの台詞を吐いて二人の後を追って来る。
 泉は走りながら、ベルトの小瓶に手を伸ばし、そのうちの二つを取りふたを開ける。
 「おいで」
 泉が囁くと、小瓶の中に入っていた水が球となって泉のそばに浮かび上がった。
 後方からとび来る数々の銃弾は、しかし、二人にはかすりもしていない。
 <しっつこいなぁ・・・・・・>
 一瞬、一つの珠の表面がゆらりと揺れ、
 「破っ!!」
 泉の声を合図にしたかのように炸裂、数十本の水の針となって後方の黒服達に降り注ぐ。
 一つ一つはごく小さな水の針、当ったところでただ針が刺さった痛み程度のものだ。実際針なんだし・・・・・・。
 それでも突然手なんぞに刺さっちまった日にゃ、持っているものを放り出してしまうこと請け合いである。実際、後ろで針を受けた黒服達が何人か銃を取り落としている。
 突然の攻撃に後続の黒服達の動きが一瞬止まる。
 その一瞬の間に、泉達はさらに加速した。

 * * *

 泉と恭は町とは反対の方向へ走っていた。
 どのくらい走っただろうか。振り向くともう黒服達は追って来ていない。
 二人は足を止めて手頃な石に座り込んだ。
 「もう・・・・・・大丈夫みたいだな」
 こころなしか泉の息が少し上がっている。
 「泉、さっきのが泉の能力?」
 恭の問いに泉は小さくうなずいた。
 「そういえば恭の前で使ったことなかったっけ」
 泉は恭に笑って見せた。その笑顔はどこか無理をしている様でもあった。
 『能力』というのは<C・N>が研究している『人間の隠された力』のことだ。
 『能力』にはいくつもの種類があるのだが、制御・使用するには必ず二つの精神を一つの肉体に共有し、その二つの精神が同調しなければならない。ちなみにこの地域の<C・N>では二つのうち一方の精神(意識)を強制的に締め出し、強引に同調させる方法をとっている。そのため事実上二人で能力を使用しているのは変わらないのだが、能力を使用する本人も自分以外の他の精神が同居していることを知らない事がほとんどだ。
 泉は立ち上がって恭の方を向いた。
 「これからどーする?森の中にはまだ黒服がいるだろーし町には・・・・・・」
 「泉っ、後ろ!!」
 恭の言葉で泉が反射的に振り向くとほぼ同時にあたりに乾いた銃声が響いた。追って来た黒服達は撒いたはず、おそらく別の捜索員か……
 銃弾は一束の髪を巻き込み、泉の顔の横をかすめ飛んでゆく。寸間をおかず今度は白い光が通り過ぎそして、泉の目には腕を押さえてうずくまる黒服と、浮かべっ放しだった水球に映る右腕に青白い電流を走らせている恭の姿が映った。


 「・・・・・・」
 一帯を静寂が支配している。
 泉は壁に背をつけて座っている。洞窟の壁はひんやりと冷たい。
 あの後、泉は恭にここへ連れて来られた。といってもこの洞窟は恭が仕事の休憩所として使っている所で、泉も何度か来て知っている所だ。そしてその恭は洞窟内を照らす焚き火を見詰めている。
 「なぁ・・・・・・」
 先に沈黙を破ったのは泉だった。
 「<C・N>の能力者・・・・・・だったんだな・・・・・・」
 呟きのような小さな声。
 恭は相変わらず黙ったまま焚き火を見詰めている。
 「返事ぐらいしろよ」
 泉の声にわずかながら怒りがこもる。
 それを聞いてようやく恭が口を開いた。
 「・・・・・・そうだよ。俺も<C・N>の能力者、そして泉と同じ脱走者だ」
 「何で・・・・・・黙ってた・・・・・・」
 「言う必要が無かったから・・・・・・」
 「何でだよ!!」
 泉の声が洞窟内に響いた。・・・・・・震えている。
 「<C・N>から逃げてきたならわかるだろ?親兄弟も親戚もわからない俺の気持ち、一人っきりの・・・寂しさが・・・・・・」
 最後はもう声になっていなかった。裏切られたという悲しみと怒りに声が震え、両目から涙がとめどなく溢れてくる。
 「泉・・・・・・」
 恭は立ち上がり、泉のそばへと近寄った。泉は下を向いている。
 恭は少し間を置いてまた話し始めた。
 「泉、能力者はごく一部例外はあるが、そのほとんどが女だって事は知ってるよな」
 恭が言うように、<C・N>の能力者たちはそのほとんどが女、もしくは女にされた元男である。そのことは泉も知っている。しかし、
 「それが何なんだよ・・・・・・俺が聞きたいのはそんなんじゃねーよ」
 「まぁ聞けよ」
 泉は恭の方を見ようともしない。恭はそんな泉から目を離さず、静かに話しを続けた。
 「俺は性別を変えられなかった少数の中の一人だった訳なんだが、以前奴らがなぜ能力者を女に変えているのか気になって調べてたことがあってね、わかったのが女の体だと能力を使ってもこれといって反動は出ないんだが、これが男だと・・・・・・ってこの話は別にどうでもいいか・・・・・・。とにかく自由に能力を使えないと知った俺は<C・N>や能力のことを忘れてあの町の住人として生きてこうと思ったんだ。だから泉とも<C・N>の脱走者としてじゃなくて、一人の人間として接したかったんだ。・・・・・・と言っても今はそんな事言ってらんない状況だけどね。」
 恭は泉の前にしゃがみ、彼女の肩に手を置いて微笑した。
 「泉は一人なんかじゃないよ」
 泉はゆっくりと顔を上げた。そして一瞬の出来事に泉は言葉を失った。視界を今日の顔が占領し、柔らかなものが泉の口をふさいでいた。不思議と、抵抗は感じなかった。
 二人の唇が離れると恭は優しい笑顔で言った。
 「だって、『俺は泉とずっと一緒にいる』って決めてるんだからさ」
 泉の目から再び涙が溢れ出した。泉にはなぜかそれが暖かく感じられた。

 第三章 あげく強敵出現

 二人が洞窟に逃げ込んでからもう二日が過ぎた。
 泉は床の上に広げた毛布ですやすやと心地よさそうな寝息をたてて眠っている。この洞窟には以前から色々と持ち込んだりしていたおかげで、とりあえず生活用品には困らなかった。
 もともとあまり深くはなかった泉の眠りを妨げたのは人間の足音だった。
 「ん・・・恭?外はどうだった?」
 眠い目をこすりながら泉は上半身だけを起こす。交代で外の様子を見に行っている恭が戻ってきたのだろうと洞窟の入り口に目をやるとそこには二つの人影が立っていた。
 <二人…恭じゃ…ない?>
 この場で恭でないなら、その人影の正体は考えるまでもない。泉はその二人が黒服だと瞬時に悟ると立ち上がり様に小瓶を取り、再度入り口に向き直った。直後、銃を構えた二つの影は一瞬、呻きを上げてのけぞり、崩れた。
 その向こうには、雷撃を放つ恭の姿があった。
 恭は洞窟内に入ると泉に近寄った。
 「恭、まさか今のやつら・・・・・・!?」
 言いかけた泉の腕を突然恭がつかんだ。加減の無い力でつかまれ、泉は痛さに顔を歪める。
 「ちょっ・・・恭、痛い」
 泉の声が耳に入らないのか、恭はさらに腕に力を込め、泉を後ろの壁に押し付けた。
 「だから痛いって言って・・・・・・・・・恭?」
 あからさまに様子が変だ。恭の目は全く焦点が合っていない。彼が正気じゃないのは火を見るよりもずっと明らかだ。
 泉の背を冷たいものが流れた。
 <ヤバイ・・・・・・>
 「放せ恭ッ、俺には男の相手するなんて趣味は無ぇ!!」
 泉は腕を降りほどこうと抵抗した。しかし、精神が男だからと言って女の体で男の力にかなう訳が無かった。
 恭は口を開き――その犬歯は歯と言うより牙と言うほどの長さだった――泉の首筋へと顔を近づけてゆく。
 「恭ッ!!!」
 その半ば悲鳴混じりの声に、恭の動きが止まった。恭は泉を放し、よろめくように数歩下がった。
 「いず・・・み?・・・・・・俺が・・・泉を?俺が・・・・・・・・・俺は・・・・・・」
 恭は膝をつき、頭を抱え、驚きと悲しみ、そして絶望が入り混じった声を上げた。
 「恭・・・」
 名を呼ばれ、恭が顔を上げた。それを覆うように、暖かく、柔らかなものが彼を包み込む。
 泉は恭を抱きしめていた。
 意識してやったのではない。と言うより意識して男を抱きしめるなど泉に言わせれば「死んだほうがマシ」というやつだろう。
 混乱し、苦しんでいる恭を見て、体が自然に『抱きしめる』という行動を起こしたのだ。
 つい数秒前までこの男に襲われていたというのに、不思議なことに、恭に対する恐怖心、それどころか『恭(=「男」)を抱きしめる』という行為に対しての『嫌だ』という感情すら感じなかった。
 泉に抱きしめられ、恭は次第に落ち着きを取り戻していった。

 静寂の中、二人は壁を背に座っていた。
 『自分が泉を襲った』という事に落ち込む恭に泉は何も聞こうとしなかった。聞くのが怖かった。
 静寂を保ったまま泉はゆっくりと立ち上がった。
 「・・・泉?」
 「ちょっと・・・水飲んでくる」
 泉は一言そう言って洞窟から出た。
 この洞窟のすぐそばには大きくはないが、信じられないほどに水のきれいな池がある。泉はその端にしゃがんで池の水をすくい、一口飲んだ。冷たい水が喉を通っていく。
 泉は池のほとりに座り、『<C・N>はなぜ今ごろになって自分達を狙ってきたのか』『このまま<C・N>から逃げ切ることができるのだろうか』などと考え込んでいた。

 それはあまりにも突然な出来事だった。泉は油断していたのだ。水を操るというその能力が油断させたのだろう。しかし、そこが死角だった。今、自分のすぐそばにある、自分の唯一かつ最強の武器であり防具である池の水が突然襲い掛かってくるとは思いもしなかった。泉はとっさに悲鳴を上げたが、そのほとんどが水に遮られ、辺りに届くことは無かった。
 泉は池の水に包み込まれる直前、その外に赤い髪の青年の姿を見た。
 <恭・・・・・・助け・・・・・・て・・・・・・>

 不自然に短い、泉の小さな悲鳴を聞きつけて外に飛び出すと、そこには一人の赤い髪の青年と巨大な水球、そしてその水球の中には泉の姿があった。
 泉はその能力上、少々長い間水中にいても息はつづくのだが、さすがにン十分ももちはしない。肺の空気を漏らすまいと、体を丸めて口を押さえている。
 赤髪の青年は洞窟から飛び出した恭に気付き、振り向いた。
 「久しぶりだな恭」
 彼は恭を知っていた。そして恭もまた、彼を知っている。
 「悠人(ゆうと)・・・泉を放せ・・・・・・」
 恭は殺気を含んだ低い声で言い放った。
 そしてそれを聞いた赤髪の青年、悠人は笑った。
 「何バカなこと言ってるんだ?俺の任務は組織の脱走者であるお前達二人の始末、放してどーする」
 「そう言うと思ったよ・・・・・・」
 恭は愛用の大剣の鞘から鎖をはずし、一気に抜き放った。

続く


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