とらぶる☆すぴりっつ
三杯目「呑まれたら童女?」
作:城弾
か〜な〜り間が空いちゃったので、登場人物紹介など……
酒井真澄 | 主人公。25歳の会社員。男性。 先祖にかけられた呪いを引き継いで、お酒を飲んで酔うと美女に(衣服ごと)変身してしまう。 性格は真面目。ただし女性化するとその限りではない(笑)。 |
吉野桜子 | 女性社員。酒井と同じ25歳。 仕事の上では有能だが、大酒飲み(ザル)で「やおい」大好きな性格。 下戸の酒井に無理矢理お酒を飲ませて女性に変身させるのも大好き(爆)。 |
菊水晃一 | 酒井の同僚。27歳の男性社員。 キス魔美女と化した酒井に唇を奪われている。 |
竹葉忠正 | 男性社員。30代らしい。以下同文(乾笑)。 |
越野 | 男性社員。課長の補佐らしい。やっぱり以下同文(乾笑)。 |
宇良かすみ | 女性社員。童顔。女性化した酒井の言動にドン引きしている? |
澤野いずみ | 女性社員。酒に強い桜子を尊敬している。 |
恵里衣 | 女性社員。時々出てきては無表情で機械的にしゃべる。 もしかしたら、うなじのあたりに起動スイッチがあるかもしれない(……)。 |
二村課長 | 酒井たちの上司。『着せ替え少年』のヒロイン(違)つかっちゃんこと二村 司の父親。 なのでTSっ娘のあしらい(あつかい?)に慣れている(?)。 |
朝――
酒井真澄の勤めるオフィスで、一人の青年が着任の挨拶をしていた。
「福岡支社から、このたびこちらの部署に配属となりました山崎きららです。よろしくお願いします」
そう言って深々と礼をすると、顔を上げて柔和な笑顔を浮かべる。
少々演出過多とも取れるが、印象は悪くない。
髪はやや長め……営業課の社員としては、ちょっと冒険かもしれない。身長はそれほど高くはないが、引き締まった体つきをしている。
精悍なタイプの好男子――着ているスーツも、「吊るし」ではあるがセンスのよさを感じさせた。
しかし、酒井たちオフィスの面々の耳目を集めたのは、その名前だった。
(きらら? 男につけるにはちょっと度胸のいる名前だな……)
竹葉(ちくは)が率直な思いを抱くが、もちろん口にしたりはしない。
だが、全員が同じ感想を抱いていた。たぶん当の山崎自身も、「そう思われている」と承知の上だろう。
「あー、山崎くんにはちょっとした事情で、うちで仕事をしてもらうことになった」
「……?」
課長の二村がそう付け加えた。酒井は、その視線がほんの一瞬、自分に向いたように感じた。
(……何だ? 今の意味ありげな視線は?)
「吉野くん、山崎くんに社内を案内してやってくれ」
「わかりました」
課長の指示に、この部署には三人しかいない(実質「四人目」がいるのだが……)女性社員の桜子がうなずいた。
と、そこで終わる話の筈だったのだが。
「課長……できれば案内は、女性よりも男性の方がいいんですが」
山崎がそう切り出した。
「そうか、それなら酒井――は、まだ日が浅いな……菊水、頼めるか?」
「あ。はい。それはいいんですけど――」
菊水は遠慮がちにそう言いながら、桜子の顔をちらっと見た。
「女性よりも……」なんて言われて面白いわけはない。事実、桜子の表情が硬い。
ところが、
「……お願いします。右も左もわからない僕にとって、あなただけが頼りなのです」
山崎は低い位置から、やや上目遣いになってすがるように菊水を見つめた。
その光景に、「貴腐人」たる桜子は一転、目を輝かせて笑顔になった。
「そっ、そうよねっ。女なんかより男同士よねっ。わっ、わたしったらヤボでごめんなさいねぇ……」
高く作った声でオホホホホっと笑いながら身を引く。
「あ、あの……吉野さん?」
上機嫌の桜子と裏腹に、山崎に手を包み込むように握られた菊水は青ざめた。
助けを求めてまわりを見回す。その表情が「絶望した」といわんばかりになったのを、全員見て見ぬ振りをした。
男は我が身に降りかからぬように、女子はこんないいものを生で見られるなんて――と。
「あー、それじゃ吉野くん、君には――」
「はいはいはいっ、歓迎会ですね。お店はちゃんとピックアップしてますよっ」
元々有能だが、酒が絡むとさらに頭の回転が早くなる。
すっかり上機嫌の桜子は、課長に言われる前にプリントアウトしておいた料理店検索サイト「くいなび」のページを見せる。
「相変わらず手回しがいいな、吉野くん」
苦笑する課長。それをよそ目に菊水相手に過剰なスキンシップをしていた山崎は、
「あ、できれば個室のあるところがいいですね」
「あら、なーに? 男同士二人きりになりたいの?」
「改めてする自己紹介で、ちょっと……ね」
「……?」
一日の業務を終えて夜の街へ繰り出した酒井たち一同は、予約していた「伊丹(いたみ)」というチェーン店の居酒屋に出向いた。
平日だったので、山崎のリクエストどおりに個室の予約が楽々取れた。掘りごたつ式の部屋に通される。
主役である山崎が上座に座り、そこから時計回りで、酒井、吉野、菊水、山崎の向かい合わせに課長、澤野いずみと宇良かすみのOLコンビが腰を下ろした。
竹葉は山崎の隣だ。
「それでは、山崎きららくんを歓迎して……乾杯っ!」
課長自らの音頭でジョッキやグラスが掲げ上げられた。桜子はいきなりコップ酒、下戸の酒井は烏龍茶、他は全員生ビールの中ジョッキだ。
「……いやぁ、それにしても移動先にこんないい男たちがそろってて嬉しいですよ」
「…………」
「女性たち」の間違いだと思いたい……と、思う菊水と竹葉、そして酒井。
「お前、もしかしてそっちの気があるの?」
菊水が直球で尋ねた。
ここへ来るまでやたらとスキンシップを図られて辟易していたが、もし『そっちの気がある』なら、ある意味納得だ。
「いいえ、いたってノーマルですよ僕は」
「おいおい、普通の男がやたらに男相手に触ってくるか?」
「納得させてあげますよ。ただ、僕はちょっと酒に強いもんだから、時間が――」
「何で酒が? ……!!」
ま・さ・か・・・
間髪入れずに酒井の方を振り返る面々。そして当の酒井も口元を引きつらせた。
「さぁて……そろそろかなぁ〜」
ろれつの怪しくなった山崎がそう言ったとたん、彼の足元から煙が上がった。
「……えっ?」
「やっぱりっ!?」
課長以外の全員が驚いた。特に酒井が驚いた。
(ま、まさか!? でも、親戚に俺と同じ体質の奴なんかいないし……)
予想が的中して驚くことがある。今がそのときだった。
そして煙が晴れたら、予想通り山崎の代わりに、美女が座っていた。
髪は金に近い茶色のソバージュ。
体にフィットしたヒョウ柄のワンピースが浮き彫りにするボディラインは、「凄まじい」の一言につきた。
とにかく胸の自己主張が激しい。ウエストのくびれも本物の女以上。ヒップは文字通りの安産体形。
化粧はきつめで、特にくっきりとした口紅の赤さがケバい。暗い飲み屋でくっきりと見せる目的ならなるほどと頷けるメイクだった。
「や……山崎くん、なの?」
「はーい、きららでぇ〜す♪」
どこからどう見ても女性……それもバーやクラブにいるようなホステスっぽい。
山崎変じた美女は、若干ハスキーな声で可愛らしく答えた。
(なるほど……酔えば女になるのがわかっていれば、最初から女でも通用する名前を付けるか……)
納得した一同であった。
「キャハハハっ、ビックリした? ねえビックリした? きららねぇ、朝からもうこれをずっと楽しみにしてたのよぉ♪」
「悪戯」が成功して、ご満悦のケバ姫。
(同じような奴が先にいれば、そりゃこっちに廻されるか……扱い慣れてるってことでな……)
やたらと男である自分にモーションかけてきたはずだ――と菊水はため息をつく……が、
「んふふ〜っ、菊水さ〜ん♪」
「……え゛!?」
「もしかして課長、知ってました?」
課のサブリーダーでもある竹葉が、二村課長に尋ねた。
「ああ……ウチのせがれが似たような体質でな。それで任された。酒井の時は半信半疑だったんだが――」
その時、桜子が「きゃーっ♪」と嬌声を上げて慌ててバッグを手繰り寄せ、中から小型のビデオカメラを取り出した。
「酒井くんのために購入したんだけど……まさか他にも使う相手が出てくるなんて……」
「むごーっ!!」
「…………」
何にどこからどう突っ込んでいいのか、見当もつかない酒井だった。
そしてきららは彼女の期待通り、いきなり過激な挨拶――キスを菊水相手にかましていた。
「ま、待てっ山崎っ! お前男相手にキスして気持ち悪くないのかっ!?」
続いてにじり寄られる竹葉だが、菊水より人生経験の長い彼は、さすがに一度の失敗(VS真澄)で懲りている。
「なんでぇ? 今は女やけん、平気とよ」
どうやら女性化すると、言葉遣いまで変わるらしい。「……だいたいウチのとーちゃんからしてそうなんよ。大昔にご先祖様が呪われて、その家系とか。とーちゃんはその直系なんだけど、女になったのを実は喜んでて……もう随分いろんな男の人と寝たらしいちゃ」
「…………」
酒井は眩暈を覚えた。そう言えば自分の父親も、それに近いことを話していた。
(お、俺も酔ったらやばいのか? だとしたら……いや、そうでなくても絶対に飲みたくないが――)
きららは妙に色っぽい流し目を浮かべた。
「今でもほとんど酔っ払って、女で過ごしとーよ。だから素面のときも女装してて。アタシそんな環境で育ったから男相手も女相手も抵抗ないんよ……あ、でも女のときは男がいいやね。男のときは女も悪くないけど――」
「…………」
その場の視線が酒井に集中するが、彼は「知らない」と首を必死になって横に振った。
その間に隙を突かれて、竹葉も唇を奪われた。
どうやら酔女モードのきららは、女子は「対象外」らしい。
いずみもかすみも完全に傍観者――相撲でいうところの「砂被り」、リングサイドで食い入るようにその醜態?を見物している。
実際の「腐っている女子」は、現実のリアルな男同士のガチ行為には嫌悪を覚えるらしいのだが、この場合きららが女姿なので、普通のラブシーン?ともれる。そのため「男同士」の実感が乏しく、「見世物」状態なのだ。
だがそうはいかないのは、実際に唇を狙われている男たち。
酒井自身も初めて酒を飲んで女性化したときにそれをやらかしているのだが、今度は被害者になりかけていた。
「さーさー酒井さ〜ん、次はあんたの番やね〜っ♪」
本当に男好きらしく、色っぽく迫ってくるきらら。
(そ、そうだ……)
酒井はこの危機を乗り切るべく、手近にあった飲み差しのビールをぐいっと一気にあおった。
あっという間に酔いが回ってくる。
「こ、これでも……できる……かぁ〜?」
顔を真っ赤にした酒井がたどたどしく言うと同時に、その足元から煙が上がった。
「な……なんね!?」
自分と父親だけと思っていた変身現象を引き起こす輩がいる……きららは驚いた。
煙が晴れると、やはりそこには美女がいた。とにかく目立つその胸元。そしてOLの私服のようなカジュアルな服装。
「あ……あんた、アタシと同じ?」
「はーい、どうやら親戚みたいでぇ〜す♪」
生真面目な男のときとは打って変わって、軽い乗りの真澄。
可愛らしい声で言うと、にっこり微笑む。
「それじゃあんたの父親って、ウチの父ちゃんの兄弟? そういや『酒井』いうとったけど、そんな珍しい名前じゃないし……まさかと思ったら」
「親戚なのか? しかし酒井の一族の呪いは男にだけかかるんだろ? 苗字が違うなら……婿養子か?」
「そうたい。ウチの父ちゃんは母ちゃんに婿入りしたとよ。酒井は旧姓で」
「もしかしてお母さんって」
「うん。体は女だけど男みたいにしてるたい」
つまり逆転夫婦だった。
「そのせいかあたしもそんなに男だ女だと拘らなくて……初体験も二十歳の時に大学のイケメン相手やったし……きゃっ♪」
「…………」
可愛らしく頬を染め、手を当てて「いやんいやん」するきらら。その「告白」にドン引きする菊水と竹葉。
いずみとかすみの女子二人も、フィクション――というかファンタジーでない「これ」はか〜な〜り恐いらしく、表情が強張っている。
しかし、「筋金入り」の桜子は違った。
「ふっ、甘いわね……女の肉体で男を求めるのはただの肉欲、本当の愛はたとえ同性でも相手を求めるところにあるわっ」
酒が入ってるせいもあるのか、やたらとえらそうに講釈する。
「だ〜からアタシはノーマルやって。今は女だから相手は男がいいんよ。強いて言うなれば『バイ』やね」
(それじゃ男の時にスルーされたあたしたちの立場は……?)
ささやかに傷つけられた女のプライド。よよとうなだれるいずみとかすみ。
そちらには目もくれず、きららは真澄に唇でなく、コップを差し出した。
「まさか転勤先で親戚に会えるとは思わんかったわ。乾杯しよっ」
「うんっ、かんぱーい」
唇を守るために既に女性化している。今更呑むのを躊躇う理由もない。
そして酔って女性化したためか性格も軽めに変貌した真澄は、軽やかにグラスを合わせるのだった。
「そう……きららさんのパパ、お爺ちゃんに勘当されてたのね」
すっかり女同士の関係になっている真澄ときらら。ビールから始まりチューハイ、今はロックの焼酎。そのグラスを両手で可愛らしく持っている。
アルコール度数がどんどん強くなる、典型的な悪酔いパターンだった。
他の面々もセクハラTS女二人が互いに相殺してくれたことでとりあえず安心し、二人の会話をアテに飲んでいた。
「そうらしいわ。アタシが十歳の時……だから母ちゃんの故郷の福岡に越して」
「あー、それで博多弁がちょっと」
「おかしいやろ? でも博多の男は気がいいから、誰もそげなことでバカになんかせんたい。……まぁ、ベッドの中でよくからかわれはするけど」
「ベッドって……あの、男の人とそんな関係になるって――」
「なにゆうてんの? せっかく女にもなれるんよ。楽しまなくちゃもったいないじゃない」
(こういうのって、「ダメポジティブ」と言わないか……?)
ツッコミを入れたいところだが、自分にまた矛先が向いてはかなわないので沈黙する菊水であった。
「あんたそんなに綺麗で、おっぱいも立派なんやから、男も選り取りみどりやろ? いっぺん愛してもらいんさい。次の日には男に戻ってるから妊娠もせんよ。ただ病気もらったらあかんからゴムはいるけど――」
そんな胸の内を知ってか知らずか、きららはますます饒舌になる。酔うとテンションが上がるタイプらしい。
「やっぱり……気持ちいいの?」
頬が赤いのは酔いか羞恥か――女性としての「その感触」に興味津々の真澄。この段階では身も心も完全に女性である。
「愛されるのは、とてもいいもんよ……」
そんな真澄を優しい目で見つめるきらら。表情にあった穏やかな口調でそう諭す。
「そうですかぁ……う〜ん、どこかにいい男の人が――」
真澄は物欲しそうな目つきを同僚の男子社員に向けた。
「ま、まぁ飲め酒井。女は飲んだ方が(快感が増して)いいらしいぞ?」
「え? そうなんですか?」
「山崎を見ろ。飲んで気持ちよくなるからあれだけ言えるんだろ?」
「ああ、なるほど」
そういう風に言われると、敬遠していた酒が急に大事なものに思えてきた。「わかりました。それならもっと飲みま〜すっ」
既に酔ってて正常な判断ができなくなっていることと、「色欲」が招いた結果として、真澄は自ら飲み始めた。
「おーっいい飲みっぷりやねっ。女二人、とことんまで飲もうか?」
「ちょっとぉ、あたしも混ぜなさいよ」
純正女子である桜子が乱入してきた。「貴腐人」としてより、「のんだくれプリンセス」としての方が上回った。
ふう……助かった……
実はまた迫ってこられないために、きらら(と真澄)を単純に酔い潰そうという男性社員たちの企みだったのだ。
普通は女性を酔い潰して「あーんなこと」や「こーんなこと」をするのが定番だが、逆に身を守るためというのだから面白い。
桜子ときららにつられて、真澄も限界以上に飲んでしまった。結局まともに歩けなくなったため、またもや桜子の部屋で世話になることに。
「しょうがないわねぇ……ちょっと、酒井くんの荷物はどこ?」
いずみたちに尋ねるが、二人は逆に見知らぬ女物のバッグを差し出してきた。
「吉野先輩、これ先輩のですか?」
「あたしこんなの持ってないわよ。あんたたちのじゃ?」
二人も首を横に振る。
仕方ないのでバッグを開けると、中から女性物のバッグに似つかわしくない書類や、男性用デザインの手帳やサイフが出てきた。
「酒井くんのみたいね」
手帳に挟まっているクレジットカードの名義から判断できた。「……本当に便利よね。本人が女になると身の回りのものまで変わるなんて」
その場は誰も気がつかなかった。多少なりともアルコールが回っていて正常にものを考えられなかったのかもしれない。
酒井が変身した時に、そのバッグに触れていなかったことを。
なんとか真澄を連れて帰った桜子は、彼女?をソファに寝かせた。その間も、真澄はうなされて「もう飲みたくない……」とつぶやき続けていた。
「そんなの迎え酒で収まるわよ」
桜子はひとり言のつもりだったが、それはしっかり真澄の耳に届いていた。
もういらない……お酒勧めないで…………
悪酔いして苦しみながら、真澄は頭の中でそう繰り返していた。
そして、酒を勧められないようにするためには……という思考がぐるぐると回り続けていた。
翌朝。ひどい喉の渇きと頭痛で、真澄は最悪の目覚めをした。
「おはよ。お姫さま」
けろっとした桜子が、ちょっぴり皮肉を込めて呼びかけてきた。
「……吉野さん……俺、また――」
かすれる声でそう尋ねる。
可愛い声もこれでは台無しであるが、意識だけは既に男に戻っている。拘りそうになかった。
「はいはい、酒のミスなんて忘れなさい。ほいお水」
透明な液体の入ったコップを渡される。まだ頭痛がしている真澄は、何も考えずにその液体をあおって――
「ぐぇほぐぇほぐぇほっ……!!」
激しくむせた。
「目が醒めた? 二日酔いなんて迎え酒で治まるわよっ」
安物の日本酒だった。そのせいか、さらにひどい酔いに見舞われる。
「おぇええええええええ……………………ひっく――」
真澄の身体から煙が出た。ここまでは桜子の予想の範疇だったが、その煙が晴れた時、彼女は仰天した。
「さっ、酒井くん……なのっ!?」
始業時間。男子社員のほとんどが二日酔い気味だが、男の姿に戻った山崎はケロリとしている。
「……お前……酒強いな――うぷっ」
胃液が逆流しそうな感覚を覚えて、竹葉が口元を押さえた。
「ええ、博多じゃバイトでホステスもしてましたからね。客の相手で飲むうちに鍛えられたんですよ」
ちなみに菊水の方は下痢を起こし、朝からずっとトイレに籠もっている。
「……けど、真澄くんは違うようですね。仕事に支障が出ちゃまずいかな?」
酒井が従兄弟だったことはちゃんと覚えていた。女性になった時の記憶もちゃんとある。
逆に言えば、女性として男たちにキスをしたことも覚えているはずだが、それにしても平然としている。
「おはようございます……」
妙に沈んだトーンで、桜子が出社してきた。
「遅かったな吉野くん……ん? その子は?」
桜子は小学生くらいの女の子を連れてきていた。
黄色いワンピースを着て、見た目は6〜7歳。背中に真っ赤なランドセルをしょっている。
セミロングをツインテールにして、ボンボンの髪飾りで分けていた。
「きゃーっ、可愛い」
その愛らしさに、かすみが黄色い声を上げた。
「ねえお嬢ちゃん、お名前は?」
いずみもしゃがんで視線を合わせ、そう尋ねた。
「さかい、ますみです」
小さな子どもらしい、よく通る声。少女はやや舌足らずな口調でそう名乗った。
「……はい?」
「さかいますみです。みなさんおはようございます」
まさに小学校低学年のように、元気に挨拶する少女。
「ええええええっ!?」
さすがの課長も、これには驚いた。
「吉野さん吉野さん、本当に酒井さんなんですか?」
「本当よ。あたしが迎え酒飲ませたらこんなになっちゃったのよ……」
「お前のせいかよっ!」
全員がそう突っ込んだ。
「しかし、なんだってこんな姿に?」
一同の視線が山崎の方を向く。しかし彼も首をかしげた。
「いや……僕もこんなのは……ただ、昨日は真澄くんもかなり限界超えてましたからね。……もしかしたらそれで何か超越してしまったのかも」
「そうねぇ、寝言で何度も『飲みたくない』とうなされてたし――」
「つまり……もう限界超えてたのに、さらに飲んで」
「飲まされない姿――未成年になったと?」
仮説ができあがった。
「それにしても、ここまで若返ったのはなんでだ?」
「そりゃこんな子どもに酒飲ませるバカはいませんし……防衛本能みたいなもんじゃないすか?」
「もう、そんな難しい話はあとあと」
いずみがそう言って、真澄の頭をなでた。「ねえ酒井さん……真澄ちゃん」
同僚で年上の男性に呼びかける口調だったが、小さな女の子相手のそれに改める。
「お姉ちゃんたちとお写真撮らない?」
「いいよ」
何の意味があるかといわれれば、遊園地でマスコットと記念写真をとるような感覚であろう。
いずみとかすみは早速ケータイを取り出すが、
「はいはい、あたしがあとでデータ送ってあげるから」
桜子が本格的なデジカメを用意して撮影し始めた。しかも三脚まで使っている。
「いいんですか? 課長」
「ああいう体質はおもちゃになる運命なんだ。たぶん酔いが醒めれば終わるから放っておけ」
「…………」
達観した課長の一言に、黙り込む竹葉だった。
見た目と人格は小学生女児だが、頭の中身は成人のままらしい。
仕事はきっちりこなせていた。ただし椅子を目一杯高くしても机に届かないので、隣の応接室の机をデスク代わりにしていた。
椅子に使っていたクッションを座布団代わりにして正座する。
一方、いずみとかすみは逆に仕事にならなかった。真澄の愛らしい姿にめろめろで何かと覗きに来るからだ。
「真澄ちゃん、書類できたかな?」
「はい、できました」
まるっきり小学生ののりで、菊水に書類を差し出す真澄。
「そうかぁ、いい子だねぇ」
中身が酒井だと知りつつも、この姿で可愛い態度をとられると、思わず頭をなでてしまっても無理はない。
真澄本人は照れて笑っているが、
「菊水のお兄ちゃん」
「なんだい?」
「大好き。大きくなったら真澄、お兄ちゃんのお嫁さんになってあげる」
「はは……そりゃどーも」
たとえ子どもの姿でも、男に積極的な「魔性」は健在か……
午後一時頃になると、小学生だった真澄の姿が中学生に変わった。
身長が伸び、胸もささやかに膨らみ、着ているものも夏用の半そでセーラー服になる。
「酒井、その姿はまだ……」
「あ? 何か文句あんのか? おっさん」
「お、オッサン? 27だぞ。俺は」
「おっさん」呼ばわりされてむきになる菊水。
「二十歳越えてたらオッサンオバハンだよ。その年になってもこんな場所で机にしがみついてるたぁご愁傷様だなっ」
どうやら「反抗期」らしい。表情も言葉もきつい。
「お……お前さっきは『お嫁さんになってあげる』とか可愛いこと言ってたのに」
「ああ? ガキのころの話しだろ?」
今だってガキだろっ。全員が心中で突っ込んだ。
「見てろ。あたしはこんなところじゃ終わらねぇ。いつか世界に羽ばたいてやるんだっ」
具体的にどうこう言ってないが、どうやら芸能関係のつもりらしい。
瞳がぎらぎらしている。自分が特別な存在だと、根拠もなく信じられるお年頃だ。
(「中二病」って、男の子だけがかかると思ってました……)
(本来は男の子だからじゃない?)
今度はかすみと桜子が、ひそひそ話。
午後四時頃に、さらに変身。
今度はブレザー姿になり、背丈はそんなに変わらないが胸が大きくなった。
「どうやら高校生くらいか。酔いが醒めるにつれて元に……というのも変だが、大人に近づいているらしいな」
「でも高校生ともなると、結構色気が出てきますね」
確かに肌のつやが段違いだった。
「いいなぁ……あたしたちもあんなころがあったんだよね……」
少し前に思いを馳せるいずみとかすみ。
「あたしはもう少し前になるけどね……」
ややひがんだ感じの桜子。
「ああっ、そんなつもりじゃ――」
「ぷぷっ、くくく……キャハハハハハッ!」
突然明るく弾けた笑い声が響いた。女子高生の真澄だ。「やだぁもう何? 会社で漫才しないでくださいよー。……やだもうっ、お腹よじれるぅ〜」
「…………」
「あー、箸が転げてもおかしい年頃か。上の娘がそうだったなぁ」
などと感慨深げにつぶやく二村課長。
ちなみに彼には厳密には「娘」は一人しかいないのだが、現状では三人娘に近い家庭環境である(笑)。
「酒井、笑ってないで仕事しろ」
竹葉が怒鳴りつけるが、
「やだっ、怒っちゃ嫌ですよ、お・じ・さ・ま」
「おじさま!?」
たとえ女子とはいえど、「おっさん」「おじさん」と言われるとむかつくが、「おじさま」ならちょっと言われてみたい。そんな男心だった。
「……たく、大人をからかうな」
「はぁーい」
真澄は可愛らしく舌を出した。
就業時間は過ぎたが、真澄の変転を見届けたくて全員居残っていた。
その合間に、ちょっと一息。
いずみとかすみに真澄が加わり、男性アイドルの話に盛り上がっていた。
「そろそろじゃないか?」
そう言うと同時に煙が上がり、真澄は「いつもの」OL姿に変わった。
「おー」
「『女子大生』はとばされたね」
「大学生はコンパとかで飲むから無意味なんでしょ? それで一足飛びにあの姿になったようね」
つまりだいぶ酔いが醒めてきたということだ。
「課長、書類のチェック願います」
落ち着いた事務的な口調で、真澄は書類を提出した。
「おー」
「やっとここまで戻ったか」
「はい?」
首を傾げる真澄。
「まだ意識は女のままみたいね」
「明日が楽しみですねぇ……」
翌日。酒井はやっと酔いが抜けて男に戻った。
「あー痛てえ……頭痛いぞ。また何かやっちまったのか……?」
最近はもう女性として「暴走」した程度では動じなくなっていた。しかし、頭が冴えるにつれて脳裏に蘇えってきたのは「若さゆえの過ち」。
「……!!」
『大きくなったら真澄、お兄ちゃんのお嫁さんになってあげる』
『あたしはこんなところじゃ終わらねぇ。いつか世界に羽ばたいてやるんだっ』
『やだっ、怒っちゃ嫌ですよ、お・じ・さ・ま』
「…………」
自分でも頬が熱くなるのが実感できる。酒井は思わず布団の中ににもぐりこんだ。
(こ、これはきつい。でもなんで「女の子」としての記憶まであるんだ?)
正直、誰とも顔を合わせたくなかったのだが、根が真面目な酒井は平日に休むなどできなかった。
かなり気が進まない状態で出社する。そして――
「おはよう真澄ちゃん。今日は挨拶してくれないの?」
いずみとかすみにケータイの待ち受けで、小学生の自分の写真を見せられ、
「酒井くん、女優になるつもりでも枕営業はダメよ♪」
桜子に揶揄され、
「酒井、も……もう一度変身して『おじさま』と言ってくれないか?」
真面目な竹葉にまでそう言われる始末。
「…………」
覚悟してきたつもりだったが、赤くなったり青くなったり。
そんな酒井の肩を、誰かがぽんと叩いた。
「山崎……って何でいきなりホステスに!?」
「酔っ払ってしたことなんて仕方ないことやね。飲んで忘れるが一番よっ」
「…………」
ちゃっかり「中州のホステス」になっていたきららに差し出されたコップ酒を、羞恥から逃れるべく、ぐいっとあおる酒井であった。
こうして酒井真澄は、「酔っ払って女の子らしく振舞った記憶」に付け加えて、「既に成人男子なのに未成年女子の恥が次々と追加される」という不幸体質に開眼した。
まわりにはこれに同情するものもなく、むしろ面白がっている。
不幸の度合いは増す一方であった。
飲まなきゃやってられないほどに。
前回からかーなーりあきました。
その間にサブタイのパターンや「女の子としていろいろやって後で恥ずかしい思いをする」と言うのを「セーラ」に持っていかれて(笑)
さらに「ウルトラパロ」を入れ損ねて。
本当は飲みすぎて急性アルコール中毒になって、担ぎ込まれた病院でついた看護士が南さんだったというつもりで。
ちなみに恋人が「北斗くん」というつもりで(笑)
結局「迎え酒」の件のために入院はやめました。
いくら桜子でも急性アルコール中毒で担ぎこまれた病院で酒を勧めるはずはないし(笑)
今回は「城弾シアター」でとっているアンケートを反映させました。
一つは「変身する新キャラ」。
しかし呪いはあの一族だけ。そうなると勘当されたか何かで疎遠になっていた親戚でとなりました。
山崎という苗字は和製ウイスキーから。下の名前は最初同じ「響(ひびき)」としてたのですが、どうしても太鼓を叩く鬼のイメージが(笑)
それもあってさらに突き抜けた名前で「きらら」と。
これは焼酎の銘柄です。
お約束でこちらは女性化をポジティブに捉えています。
だから積極的に飲みにも行きます。
もう一つは「泥酔するともう一度変身」という意見を取り入れました。
考えた結果「年齢退行」に。
つまり「酔った勢いでバカやらかす」に加えて「子供ならではの恥ずかしい思い出」がどんどん追加されると。
さらに二話で出た世界のお酒でその国らしさが出るという設定と組み合わせると…
ウオッカで泥酔してロシア美少女。
紹興酒で泥酔してチャイナ美少女という感じに。
この設定が出たらもうやるしかないですね。
変身後の年齢とつりあう年頃の男の子に惚れられると言うのを(笑)
しかも酔っている最中なので恥ずかしい台詞がばんばん出て…酒井君。出社拒否というか引きこもりになりそうです(笑)
次はなるべくあけないでお送りしたいものです(^_^;)
お読みいただきましてありがとうございました。
城弾
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