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 昔々、とある村で――

「こらっ! 五兵衛っ、また酒を呑んだだねっ!!」

 気の強そうな若い娘が、きつい口調で目の前の男を怒鳴りつけた。
「う〜い呑んだっさぁ〜っ、それがぁ、どうしたぁ〜? オラの稼ぎでっ、オラが呑むぅ。……それのど〜こがワリいいっ!?」
 男はろれつの回らない口調で、そう言い返す。
 五兵衛という名のこの男、年は数えで26。だが、酒に酔った赤ら顔と千鳥足で、実年齢より老けて見えた。
 田畑を耕し、合間に狩りなどもしてまじめに暮している五兵衛の唯一の楽しみが酒。
 ただ、仕事が終わったといえど、陽の高いうちからべろんべろんになるまで飲むのが玉に瑕だった。
「アンタ普段は真面目なのに、酒癖が悪いから言ってんだっ!」
「げへへへへ〜っ、んなこたどーでもいいっ、……それよかオラの嫁さならねぇかぁ〜?」
 五兵衛は下卑た笑いを浮かべて、詰め寄る娘――お静の着物を捲し上げた。
 この時代、下着などつけていない。
 お静も警戒していたのだろうが、あまりの早業に、裾を押さえる手が間にあわなかった。

「☆▲※∞♂∂#&*〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!」

 声にならない悲鳴を上げるお静。「もうお嫁にいけない〜!」とでも叫んでいるのだろうか。
 それをよそ目に五兵衛はニヤニヤ笑みを浮かべ、鼻唄まじりにフラフラと歩き去っていった。



 その夜、「10人目」の被害者になってしまったお静も加わり、村の女たちが寄合を開いた。
「もうガマンできないっ!! 代官所に突き出して、お仕置きしてもらうだっ!!」
 全員が全員、今でいうところの「セクハラ」被害者なのだが、
「な、何もそこまでせずとも」
「五兵衛どんも酒さえ呑まなんだら、気のいい男なんじゃし」
「働き者じゃし」
 ……と、かばう者もいる。
 素面の五兵衛は、どちらかというと村に多くの貢献をしていた。問題なのは酒癖の悪さだけなのだ。
 普段真面目な分、その反動で酔うととてつもなく酒癖が悪く、しかも若い娘にみさかいなしにいたずらするのだから困ったものなのだ。
「ようは、酒をやめさせりゃいいんだ」
「けんど、ちゃんと金を払ってるんだから、売らんわけにはいかんし」
「あれだけが五兵衛どんの楽しみじゃから、自分から酒をやめるとは思えんし……」
 堂々巡りになってしまった。
「仕方ない……あれをやるか」
 相談を受けていた年増の女――お鶴がつぶやく。
 そして懐に入れていた紙を取り出し、その中にしまっていた一本の髪の毛を藁人形の中に入れ込んだ。
「お鶴さん、まさかお百度参り……」
「殺さぬさ。けんどわしらの受けた痛みは身を持って味わってもらおうかの……お主らも力を貸せ。これにはおなごの恨みの力がいるのじゃ」
 互いの顔を見合わせ、躊躇する女たち。その様子を見てお鶴はにやっと笑うと、
「この呪(まじな)い、実はな……」

 ……説明を聞いた娘たちの表情が、変わった。



 翌日。
 畑仕事を早々に切り上げると、五兵衛は街道脇の畦道に腰掛け、早速一杯やり始めた。

「ぷは〜っ!! くううぅ〜っ、五臓六腑に染み渡るだ〜っ!!」

 湯飲みの冷や酒を、美味そうに飲み干す。
 二杯、三杯……そして酔いが回ってくる。その途端――

 ボンッ!

 そんな音を立てて、五兵衛は突然白煙に包まれた。
 そして煙が晴れると、そこには五兵衛の姿はなく、代わりに着物姿の娘がちょこんと座っていた。
「な……なんだあぁ〜っ!?」
 娘はとろりとした焦点の合わぬ目で立ち上がると、袖を、胸元をしげしげと眺める。
「もう酔っ払っただか〜? オラが女に……こりゃあ夢、かあぁ〜?」
 手先、着物の袖、そして膨らんだ胸元に触り……我が身に起こった非現実的な出来事を、夢か酒のせいにする。
 酒のせいなら……と、さらに一杯、また一杯。
 けれど、酔いが回れば回るほど、自分の心がどんどん「おなご」へと染まっていく……

「あれぇ……これはいったい、どうしたことでしょう……?」

 なんと、酔うにつれて着物までもが艶やかに変わっていく。髷もいわゆる女髪に……ご丁寧にかんざしまで差してある。

「うまく行ったようじゃの……」

 隠れてその様子を見ていたお鶴たちが、娘――五兵衛の前に現れた。
「……あれ、お鶴さん? これは……夢なのぉ……?」
「夢などではない。呪いじゃ」
「……呪い〜?」
「そうじゃ。戒めのための呪いじゃ。五兵衛、お主は今後、酒を呑むとおなごになるぞ」
「そ、そんなぁ……」
「酒癖は理屈では治らん。だから酒を呑むとおなごになる呪いをかけた。酒が呑めなくなる呪いもないことはないが、おなごになってしまった方が、わしらの痛みを身を持って知ることができるじゃろう。おなごになりたくなくば、金輪際酒を呑まぬことじゃな……呪い殺されぬだけありがたいと思え」
 五兵衛だった娘は、その場にふらふらとへたり込んだ。



 四半刻(30分)ほど、そうしていたか……
「もし、娘さん、どうなさった?」
 旅姿の若侍が通りかかり、うなだれていた娘――五兵衛に声をかけてきた。
「お侍様……はい、少し気分が悪くなりまして……」
 その若侍の端正な顔を見つめ、頬を赤らめると、五兵衛は消え入りそうな声でそう答えた。
 そう、気持ちまで「おなご」になってきている。
「それはいかぬな……」
 そうとは気づかぬ若侍は、娘と化した五兵衛を介抱し、家まで送った。
 五兵衛はそのお礼にと、若侍を家へと招き入れた……
 そして――



 次の日、若侍は神妙な面持ちで、五兵衛の家をあとにした。
 一方、五兵衛は酔いがさめ、姿はいまだに娘のままだが、
「お……オラ男なのに、あの侍と…………」
 それも自分の方から誘って――である。「あわわ、恐ろしか……酒を呑むと、身も心もすっかりおなごになっちまうのか……」
 酒が抜けるにつれて、姿も男へと戻っていく。
 おなごのままで一生を送るのかと思っていた五兵衛は、とりあえず安堵の表情を浮かべた。
 しかし、それと同時に、酒を呑んで「おなごになりきっていた」ことに恐怖した。



 以来、五兵衛は死ぬまで二度と酒を口にしなかった。
 元々真面目な男である。その後、五兵衛は村の娘と祝言を挙げて、夫婦仲良く暮らしたという。



 この話はこれで終わるはずだった。
 そう、呪いが末代まで続いていなければ――





とらぶる☆すぴりっつ

一杯目「呑まれたら女の子?」
作:城弾





 時は流れて、現代。
 舞台はとある商社。朝のミーティングで、この春新しく来た社員を紹介しているところである。

「このたび、この本郷支社でお世話になります酒井真澄です。よろしくお願いします」

 女性のような名前だが、立派な男性である。ただ、優しげな顔立ちは「女顔」ともいえたし、背もそんなには高くない。
「酒井君はまだ25歳と若いが、優秀な人材だ。即戦力になるだろう」
 隣に立つ課長が、そう言って酒井の肩を叩く。
「よし、今夜は酒井の歓迎会だ。吉野君、どこか店を押さえてくれ」
「もうやっときましたよ、越野さん」
 ロングヘアを束ねたOL、吉野桜子が笑顔を返す。彼女も25歳なので、酒井と同期である。
「さすが吉野さん。気配り上手」
 吉野より二つ上の男性社員、菊水(きくみ)晃一がややおどけてそう言った。
「当然です。吉野先輩はあたしたちのお手本ですもの」
 顔に幼さの残る、宇良かすみが先輩を持ち上げる。
「そうよね。それにお酒も強いし」
 仕事ができるのと酒の強さは関係ないと思うが、かすみと同期の澤野いずみには、同列扱いらしい。
「ま、お前とは違うってわけだ」
「ひどいっすよ、竹葉さん」
 ベテランの竹葉(ちくは)忠正に菊水がそう抗議すると、まわりで笑いが巻き起こった。
 しかし、その場の主役である酒井がひとりだけ、浮かない表情をしていた。
「あら? お酒、嫌いなの?」
 いきなりフランクに話しかける吉野。
「いえ……ただ、今まで酒を飲んだことがないんですよ」
 酒井はそう答える。こちらはさすがに硬さが残っている。
「へえ……25にもなるのに珍しい」
「本当だな。一度飲んでみて、体質に合わなくてやめたってこと?」
「宗教上の理由とか?」
「……いや、そういうわけじゃ」
「それじゃあ、試してみましょうよ。もしかしたら新しい自分を発見できるかもよ」
「はぁ……」
 自分を歓迎しての宴だけに、無下に断れない。
 人付き合いはぞんざいには出来ない。でも本音は行きたくない……浮かない表情だった。
 浮かない顔は酒井だけではない。後輩の女子社員たちもだ。
「吉野先輩、あれさえなければ本当に尊敬できるんだけどなぁ」
「ザルだもんね」
 吉野桜子は有能な社員である。そして性格も穏やかで、かつ美人でスタイルもいい。
 しかし、とんでもない大酒飲みである。いわゆる「うわばみ」。
 休日で朝食を採ろうと冷蔵庫を開けたがワインしかなかったため、それで空腹を紛らわせていた――という逸話もあるつわものだ。
「まあまあ、下戸なら下戸で楽しみ方はある。……さぁ、仕事に入るぞ。吉野君、とりあえず彼に本郷支社のことを色々教えてあげてくれ」
「わかりました、課長」



 一日の仕事も終わり、予約していた居酒屋に繰り出す。
 週のはじめで宴会も入ってなく、八人が楽に座れた。掘りごたつの席のまわりには他の客の姿もない。貸しきり状態だ。
「それじゃ酒井君の参加を祝って、かんぱーい!!」
 8人のうち6人がビールのグラス。主役である酒井は烏龍茶、吉野はいきなりコップ酒だ。



 宴は進む。よくある話だが本来の目的がどこかにいってしまい、ただの飲み会と化していた。
 課長と越野は仕事の話、竹葉と菊水はギャンブルの話、かすみといずみは女同士の他愛もない話を肴に酒が進む。
 そして桜子の甲高い声が響く。片手には空になった竹筒。

「竹酒もういっぽーん♪」

 上機嫌ではあるが、頬が染まったりはしていない。
 顔だけ見ると酔っ払っているとは思えない桜子を、酒井はぽかーんとした表情を浮かべて見ていた。
「なによ? そんなにあたしの顔見て」
「いや……凄い飲んでるのにちっとも酔っぱらわないんだな、って思ってさ」
「酔ってるわよ。……でもあなたは全然なのね、男なのに」
 隣が飲まないというのは、結構白ける。
 ちょっとカラミが入っているが、酒井はまじめに答えを返した。「おじいちゃんが言っていた、『酒井家の男子は酒を呑んではいけない』って」
「……なに? それ?」
「呪い、なんだそうだ」
 それを語る時の祖父、そして父親の異様なまでの迫力と真剣さは、今でも鮮明に覚えている。
 酒井がこれまで一度も酒を口にしなかったのは、それが原因なのだ。
 しかも、子どもの頃から繰り返し聞かされていたため、彼の頭の中には「酒=よくないもの」といったイメージが確固としてできあがっている。
「呪い?」
 ここで笑われればそれでおしまいだった。
 しかし、桜子が真面目に問い返したので、酒井も自分の家に伝わる話を語りだした。



「酒癖の悪さで呪われて、酔うと女になる呪い〜〜〜〜?」
 桜子の素っ頓狂な声は、その場にいた全員に聞こえた。
「いや……だからあくまで言い伝えだから、そんなに吹聴しないでくださいよ」
 素面の酒井は慌てて止めに入る。……だが、
「ふーん、面白そうじゃない。ね……だったら試してみない?」
 舌なめずりでもしそうな表情の桜子。
「イヤですよ。迷信だとは思うけど……それにオレ、酔っ払い嫌いだし……」
 酒井のその言葉に、桜子はカチンときた。
「ふ〜〜〜〜〜〜〜〜ん……………………根性なし」
「なっ!?」
 知り合ったその日に言われるような台詞ではない。酒井も眉を吊り上げる。
「だってそうじゃないっ! そんなわけもわからない言い伝えにびびって人生の楽しみの三分の二を捨てるなんて、根性なし以外のなんだっていうのよっ!! くやしかったら飲んでみろ〜っ! この男女ぁ〜っ!!」
 顔に出でいないだけで、きっちり酔っぱらっていた。
 吉野先輩の中で、お酒の占める比率ってそんなに高かったんだ……。後輩女子たちは、皆一様にそう思った。
「お……おい、吉野君、飲みたくない人間に無理やり――」

「……わかったよ」

 せっかく越野が取りなしたのに、当の酒井が挑発に乗ってしまった。
「飲んでやろうじゃないか……根性なしかどうかよく見てろ」
 そう言うなり、彼は余っていた瓶ビールをラッパ呑みする。
 残量としてはコップ一杯分だが、その行為そのものが危険兆候だった。
「……げほっ、げほっ」
 生まれて初めての飲酒でラッパのみをやらかせばむせもする。しかもビールだ。
「おー、いい飲みっぷりじゃないの。それじゃあこれもいってみよ〜っ」
 ぐい飲みは何故か二つ用意されていた。店員が余計な気を利かせたようだ。
 使われてないほうに注がれた酒を、酒井は半分やけくそ気味にぐいっとあおった。
 どうやらむせたのを治めるつもりで、水と間違えて飲んでしまったらしい。
「なーんだ、飲めるじゃない。良かったわねー、これで人生の楽しみが増えたわよ〜っ」
 桜子はからからと笑うと、酒井の背中をバンバン叩く。
 当の酒井は赤い顔をして、そして――
「……ひっく」

 べたなしゃっくりをしたかと思うと、次の瞬間…………「爆発」した。

「な、何なの?」
 正確に言おう。足下から、ボン! という音ともに白煙が立ちのぼり、酒井の姿を覆い尽くしたのだ。
 「浦島太郎」の玉手箱を開けると、こんな感じだろうか?
 そしてその煙が晴れると、そこには酒井ではなく……見たこともない美女が座っていた。
「「……!?」」
 紺色のレディスーツ。薄いピンクのブラウス。無難な配色のスカーフ。
 肉体的には誰が見ても巨乳。そして若干ウェーブの掛かった腰にまで達する黒髪。
 とろんとした目つきだが、切れ長の涼しげな目元。長いまつげ。
 口紅を塗ったばかりのような赤い唇。
 白い肌だが頬がピンクに染まり、なんとも色っぽい。
 全身からフェロモンを撒き散らしているような大人の女性が、そこにいた。

「だ……誰よ? あんた? 酒井君はどこ?」
「え〜っ? な〜に言ってんですかぁ〜? あたしですよぉ〜、あ・た・しぃ〜、酒井真澄ですよぉ〜、桜子さ〜ん」



本日付けで配属されました、酒井真澄で〜す♪
(illust by MONDO)




 そのOL風の美女は、酔っ払いそのものの口調でそう答えた。
「な、なんですってえええぇっ!?」
 元々酒に強い桜子だが、流石に酔いもさめる。「それじゃあ……呪いの話って、本当――」
 目の前で「変身」されては、信じないわけにはいかない。
「ほ……本当に酒井なのか?」
 越野の問いかけに、酒井――いや、この姿の時は「真澄」と下の名前で呼ぼう――は口元にとろりとした微笑みを浮かべた。
「越野さ〜ん、さっきは庇ってくれて、ありがとうございます〜」
「えっ? ……あ、ああ、大したことは――」
 してないよ……と越野が言いかけたその時、真澄か両腕を首に回してきた。
「さ……酒井?」
「うふふふ〜っ、あたしからの、お・れ・い〜っ」
 そう言うと、真澄はいきなり唇を重ねてきた。
 あまりに突拍子もない出来事に、無防備だった越野はもろに「唇を奪われ」てしまう。

 その場にいた全員のお脳が……完全にフリーズした。

「こ……ここここ越野さんっっ! おっおっおっ、男同士でえええええ〜っ!?」
「はっ!? ケータイケータイっ!! 撮らなくちゃああっ!!」
 かすみが絶叫し、我に返った桜子が携帯電話を取り出し撮影を始めた。
「あああ……桜子さんのもう一つの悪癖、腐女子……いや、薹が立ってるから『貴腐人』だったっけ……」
 なんてバカなことを口走っていた菊水だったが、
「菊水さんもぉ〜、いい男よねぇ〜。……お近づきのし・る・し〜っ」
 いつのまにかそばにきていた真澄がその唇を重ねてきた。
「ん――っ! んぐんんんんん〜っ!!」
 据え膳食わぬは……というものの、元は男だとわかっている。いくら美人とはいえ、そんな彼女にキスされても――



 そして――
「あああっ、竹葉さんまでええええっ!!」
「残りは課長、課長だけよっ!」
「いやあああっ!! 男同士なんて不毛よおおおお〜っ!!」
 女子は完全にスルー(でも誰も止めない)。そして真澄はとろんとした目つきのまま、笑みを浮かべて課長へとにじり寄る。
 しかし――

「……酒井君、まずは飲もうじゃないか。……それからだよ、男と女は」
「は〜い、真澄、飲みま〜す」
「「…………」」

 TS娘の扱いに、妙に手慣れている課長であった。
 そのまま真澄は課長のペースに載せられ、潰れるまで飲まされてしまった……



「ひでえ目にあった」
 真澄の「被害」に顔をしかめる男性社員三名。
 しかし、当の本人はすーすーと可愛らしい寝息を立てて、のん気に爆睡していた。
「こいつは女……そういうことにしておこう……」「もしくは犬に噛まれたっていうところですね……」
 男たちは自分の中で折り合いをつけるのが大変だった。
「さて。主役がこれじゃお開きにするしかないが……どうするかな? 一応は男だし、君らのうち誰かが泊めてくれると助かるが」
 課長の言葉に三人は青くなって首を横に振る。無理もない。
「うーん、しかしウチも四人家族――いや、嫁さんの方の姪も一緒だから五人か……ちょっと無理だな。……かといって、宇良くんや澤野くんにも頼めないし」
 そう言って、ちらりと横目で「元凶」を見る。
「はいはい……責任とってあたしが泊めればいいんですよね」
 いたたまれなくなって、桜子がやけくそ気味で名乗りを上げる。
「悪いけどそうしてくれるか?」
「わかりましたよ、課長。……まあ、この状態なら何かされることもないだろうし……それに今は女だし」



「う……うーん」
 自分のうめき声で、真澄は目を覚ました。
「あ、起きた」
 けろっとした表情の桜子は、エプロン姿で味噌汁を作ってたりする。どうやら昨日の酒は残ってないようだ。
「吉野さん……オレ……」
「おはよう、酒井くん。初めてのお酒であそこまで弾ける人も珍しいわ」
「そっか……酔いつぶれて……なんだ? 声が妙に高いな?」
「そりゃ女だもん。そんな声でしょ」
「女って…………うわわわっなんだこりゃあっ!?」
 上半身を起こした真澄は、自分のふくよかな胸元に驚愕した。
 皺になるからとブラウスやスーツは脱がされたが、ランジェリーまで手が回らなかったようだ。
 桜子は自分のネグリジェを着せようとしたものの、真澄が完全に酔いつぶれていて、重くて着せるどころではなかったのだ。
 だからといって素っ裸にも出来ず、下着姿のまま。
「驚いたわ。本当に女になるなんて……しかも服が変化する上に、化粧までちゃんとしてるんですもの」
 一応メイクを落としてから、ベッドに寝かされている。
「の……呪いは本当…………あつつつっ」
 うめき声を上げて頭を抑える真澄。二日酔いだ。
「はい、お味噌汁。……二日酔いにはいいわよ」
「あ……ありがとうございます」
「姿は女のままだけど、気持ちは男に戻ったようね……」
「なんのことです?」
「憶えてないの?」
 桜子は手鏡を渡し、真澄にまず今の女としての顔を見せた。
「これが……俺の顔…………完全に女になってる……」
「昨日はもっと『オンナ』だったわよ」
 携帯電話で撮った写真も見せる。
 そう……男性社員相手に「キス魔」と化した時の写真を、である。
「……あ゛」
「んふふふっ。あーいいもの見せてもらったわぁ。どうせなら男の姿だと完璧だったけどねぇ」
 からかうための芝居ではなく、本気で喜んでいる。……なんとも幸せそうな笑顔を見せる桜子。
「あ……あああ……」
 二日酔いとは別の理由で青くなる真澄。そのまま布団にもぐりこんでしまう。
「どうしたの。お味噌汁冷めるわよ」
「もう……絶対に酒は飲まない、飲まないぞ……」
 それは図らずも二日酔いの後悔で「酒を飲まない」と自分で宣しているのと似ていた。



 結局は男に戻れず、しかし「二日酔い」を理由に仕事を休むわけにはいかないと考えて、真澄は無理をおして出社する。
「や……やぁ、酒井。……大丈夫か? 寝てた方がいいんじゃ」
 菊水がそう声をかけてきた。ちょっと怯えている。
「だ、大丈夫です。昨日はご迷惑をかけたようで、申し訳ありません」
 頭が痛むのか苦痛に顔を歪める真澄。
「ホントに大丈夫? 迎え酒するなら付き合うわよ」
 迎え酒とは二日酔いの苦痛を忘れるために、あえてまた飲む行為。
 しかし実際は酔いに酔いが重なり、更なる泥沼に陥るのでしない方が賢明である。
「結構です!! もう二度と酒を口にしたくありません」

(そりゃあそうだろうなぁ……)

「……それにしても困ったな。女子の制服の予備がない」
 と、課長。何やら妙に「場馴れ」している。
「昨日は飲み会だったから会社帰りみたいな格好になったけど、今ここで飲んだらOL姿になったりして」
 と、桜子。
「まっさかぁ」
「それに先輩。飲ませるったって、オフィスにお酒なんて――」
「目の前に酒屋があるじゃない♪」
 そう言うと、課長が止める間もなく桜子は飛び出していた。どうも酒が絡むと人格が変わるようだ。



 そして真澄の目の前に、一杯のカップ酒が用意された。
 助けを求めるように課長に視線を送るが……
「やれやれ仕方ない。特別に許すから飲んじゃいなさい。どうせ制服もないし、今の女の姿では落ち着かないだろう」
 興味津々といった表情の桜子。確かに落ち着かない。
「酔っぱらったらそのまま家に帰っていいから。そうすれば吉野君も気が済むだろう」
「……わかりました」
 あきらめ気味に真澄は一口飲む。安物が口に合わなかったのか、途端にむせる。
 同時に、また白煙が立ちのぼった。
「あら、やって見るものね」
 煙が晴れると、真澄は制服姿になっていた。
「便利なもんだな。変身すると服まで変わるのか……」
 突拍子のない光景にもかかわらず、妙に落ち着いている課長。
「どう? 気分は?」
「はい。……なんだかお酒を飲んだのに、酔いを忘れたって感じですわ」



 何も出来ないどころか、むしろ男のときよりてきぱきと仕事をしている真澄。しかもそのきびきびした態度がオフィスを引き締め、いつになく全員の能率が良い。
「うーん、職場で酒なんてとんでもないと思ったが、例外というのはどこにでもあるもんだな」
「ついでに言うと、迎え酒でしゃきっとしたなんてのも初めて見ました」
 課長のつぶやきに、越野が感心したように答えた。
 しかも変身して女の心になってても、仕事に支障を来たすほどの酔い方ではないためか、間違いもない。
 いいほうにいいほうにと転がっていく。本人としては大失敗をしでかせば、二度と酒を強要されずに済んだわけなのだが。



 よほどアルコールに弱いのか、午後になっても女の姿のままの真澄。
 そんな時――

「た……大変だみんな。抜き打ちで『ご隠居』がお見えになったぞ!」

 頭の薄い小柄な中年男性がオフィスに飛び込んできた。
 その後ろから、髪を一九分けにしたコメディアンみたいな男性社員がついてきた。
「鳥山専務……と、秘書の丸さん」
 課長がつぶやく。
「な〜にを落ち着いているんだね君は。お得意様のへそを曲げたら大変だぞっ。……そうだ、宇良くんか澤野君、お相手しなさい」
「えー」
「それはちょっと」
 いっぱしのOLである二人がごねる。
 何故ならこの「ご隠居」、節原(せつはら)相談役は典型的な「セクハラ親父」なのである。
 接待相手はOL限定、それもほとんどホステス扱い――そのせいで、お得意様ではあるものの、女子社員には露骨に嫌われていた。
「あたしは前に、酔った勢いで殴ったことがあるしなぁ」
 頬を掻きながら、桜子がつぶやく。
 ちなみにこのときは「ご隠居」も行き過ぎを認め、彼女の行為は不問に処された。……なにしろ会社で無理やり酒を飲ませたのだから。
 もっとも、桜子の方も嬉々として飲んでいたのは言うまでもない。

「あの……それならあたしが行きます」

 前夜の醜態の汚名返上とばかりに、志願する真澄。
「誰だ君は? 君みたいな子、この課にいたっけか?」
 鳥山専務がそう言うのも当然である。なにしろ真澄自身、この姿は前日の夜に生まれて初めてなのだから。
「まぁまぁ専務、ひとつここは彼女に任せてみましょう」
「し……知らんぞ私はっ。この責任は君が取るんだぞっ!」



「お待たせしました」
「ん? 初めて見る顔じゃの」
「はい、酒井真澄と申します」
 お茶を差し出し、真澄は丁寧に頭を下げる。さらさらの長い髪が零れ落ちた。
「ほう……美人じゃの。どうじゃ、となりにこんか?」
「はい、では失礼して」
 事前に逆らわないように指示されていたので、言われるままに隣に座る真澄。
 緊張したその表情が、スケベ老人の心を刺激する。
「うんうん、可愛いのう」
「は……はい。ありがとうございます」
 心は女性になってはいるが、それをあしらえるほどではなかった。……そこがまた初々しく、節原老人の『萌え』を刺激する。



 厄介者の相手を押し付けた形で後ろめたかったのか、桜子たちはドアを僅かに開けて、かわるがわる様子をうかがう。
「あのジジイ、相変わらずのセクハラだな」
「気をつけろ。相談役といっても誰も頭が上がらないんだからな。暇ではあっても事実上トップに君臨しているようなもんだ。機嫌を損ねる形で契約をご破算にされたら大変だぞ」
 だから言われるままに、女子社員たちが(嫌々)相手していたのだが。
「越野さん、大変! ご隠居ったら!」
 いずみの声でみんなが覗くと、なんと老人は紙パックの酒を真澄に差し出していた。



「あ……あの……勤務中ですので……」
 かすかに残る、前夜の醜態の記憶。そうでなくても建前じゃなくても、勤務中に飲酒などもってのほかである。既にタブーを破ってはいるが……
「なんじゃ、ワシの酒が飲めんと言うのか」
 たちまち不機嫌になる節原。空気が悪くなる。
 そのときだ。

「アルコール解禁っ! これは業務命令だっ」

 制限時間は60秒……とは言わなかった。
 自らの保身に余念のない鳥山専務が乱入して、いきなり「お墨付き」を出してしまったのだ。
「ほれ、お前さんとこの専務もああ言っとる。飲め飲め」
 セクハラとアルハラ――アルコールハラスメントのツープラトンだ。
「は……はい。そ、それではいただきます」
 あちこちから飲むように仕向けられて、やむなく真澄は酒を口にした。
 そしてあっという間に酔いが回る。
 頬が赤く、目つきがとろけたようになる。なんとも色っぽかった。
 さらに老人に絡みつくように豊満な胸元を押し付ける。
「お! おおぅっ」
 女子をからかって悦に入っていた節原だったが、嬉しい「逆襲」に声を上げる。
「ねーえ、おじいさまぁ。……真澄〜、お願いがあるんだけどぉ〜」
 声色も、淫靡な響きになっている。
「おう、なんじゃ? 言うてみぃ」
「ウチの会社と契約してくださらない?」
「……そんなことか。ふんっ、つまらん」
 いきなり仕事の話ではしらけもするだろう。もっともここはオフィスだが。
「そんなこといわないでぇ〜。ねぇ……」
 真澄は節原の皺だらけの手を、自分のむき出しの太ももに触れさせる。さらにぎゅっと密着していく。
 胸元のボタンを外してちらちらと谷間を見せ、挙句の果てには開いていた節原の手をその谷間に自ら導く。
「おおおおっ! こりゃたまらん。わ、わかった、契約を回すようにしてやるから」
「きゃーっ! ありがとうおじいちゃんっ。……これはお・れ・い・よっ」
 電光石火の早業で真澄は老人の頬に軽いキスをした。



「あーあ、また後悔することになったわね……」
「上手くご隠居の相手をしてくれたのは感謝だが」
「物凄く申し訳ない気が――」
「酒井さん、不潔〜っ!」

 口々につぶやく同僚や上司の視線の先で、当の二人は酒盛りを続けていた。



 電車の中。
 酔いが醒めてきた真澄は、意識が男へと戻る。
 今までの行状を思い出し、途端に恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
 まわりの乗客はOLらしい女がいきなり赤面しだしたから、「痴漢か?」と疑うが、真澄の背後には誰もいない。

(お……オレは……酔った勢いでなんて恥ずかしいマネを……)

 皮肉にも白い頬を朱に染めるその姿が可愛らしくて、無差別にまわりの男を興奮させていた。



 自宅に戻ると、一刻も早く女物の服から解放されたくて、部屋の中を歩きながら脱ぎ捨てる。
 そして替えのトランクスを身につけたとき、ふと鏡に目を向ける。
 そこに映る姿は、紛れもない女の裸身。腰につけているのが男物のトランクスでシュールな印象があった。
 広いはずの肩幅は狭く華奢ななで肩に。
 スポーツで焼けたはずの肌は雪のように白く。
 胸板には大きめの二つの膨らみに。
 元々引き締まった腹部だったが、こんな折れそうな細さではなかった。
 足には無駄毛がまったくなかった。……どこからどう見ても女の姿。
「……寝よう」
 悪夢から逃れるために、真澄は布団に入った。



 翌朝。
「ん……んん」
 太い声のうめき声。その声でがばっと目が覚める。
「元に……戻ったのか?」
 酒井はパジャマの前を開く。膨らみはなく、引き締まった胸板に戻っている。
 起きぬけでトイレに出向くと、歓迎会以来ご無沙汰だった「男のシンボル」が戻っていた。
「よかった……一生あのままかと思った」
 安堵のため息をつく。



 着替えるためにベッドルームに戻ると、そこには衣類が乱雑に脱ぎ散らかされていた。
 ストッキングは紳士用靴下に、ショーツはトランクスに、ブラジャーはランニングシャツに、ブラウスはワイシャツへと戻っていた。
 ふと気づくと、足の無駄毛どころか、無精ひげがきっちり伸びていた。
「不思議な話だ……だけどもう二度と酒は飲まないぞ。そもそもオフィスで飲むなんてのが例外中の例外だ……」
 しかし……そうは問屋が卸さなかった。



 出勤した酒井は、自分の耳を疑った。
「いやぁ、昨日の謎のOLちゃんのおかげで、うちに契約が舞い込んできてね。なんでもご隠居は今度の仕事を依頼する相手を探していたらしい。まぁ、あの接待で落ちるんだから拍子抜けだがな〜」
 ほくほく顔の鳥山専務。酒井は逆に顔を青くする。
「……そんなわけで、彼女のため特例でオフィスでの飲酒を認めよう。むろん、経費で用意するぞ」
「きゃーっっ、やったぁ」
「こらこら吉野君、君じゃない」
「えーっ。……でもひとりだけだなんて辛いですよ。あたしが相手役を務めると言うことで」
「とかなんとか言って、結局飲みたいだけだろう? 君はっ」
 能天気な会話が交わされる中、酒井はさらに青くなる。

(なんてこった……業務命令で飲まされる……仕事じゃ逃げられない…………辞表出そうか……)

 上機嫌の専務が立ち去り、残された面々。
「あの、オレ……」
「諦めてくれ、酒井。こういう体質はおもちゃになる運命なんだ」
 課長が諭すように、そう言った。

「それにしても二村課長、何であんなに冷静なのかしら?」
「……噂じゃ課長の息子さんが、似たような体質らしいわよ」

 硬直する酒井の肩をぽんと叩いたのは桜子だった。
「吉野さん、オフィスで酒なんて非常識ですよね」
「うん、でも良かったわね。会社公認でお酒飲めるわよ。しかも経費だし」
「経費?」
 そのタイミングで来るから恐ろしい。

「ちわー、酒のゲキヤスです。ご注文のビール1ケースと日本酒一升、ウィスキーです、が……ほんとにここでいいんですか?」

 贈答用ならまだしも……と、怪訝な表情の酒屋さん。
「はーい、いいですよ。ほらほら酒井君、あなたのなんだから運ぶの手伝って」
 自分もついでに飲むつもりの桜子が、にこにこと受け取りにサインする。



 本気でこの会社に辞表を提出しようかと考える、酒井だった。


 酒を呑んで調子に乗って色々やって、冷めてから激しく後悔というのと、
 TS娘が調子に乗って女としていろいろやって、元の姿に戻ってから猛烈に恥ずかしくなって後悔するのが似てるなぁと思ったのがきっかけです。

 やっていることが物の見事に「着せ替え少年」ですが、もともと25歳の司で行こうかと思ってました。
 高校生のつかさには着せられない衣装も25歳の社会人ならありだなと。
 結局、呪いと言う設定にしたため別人になりましたが。

 ただどうせ似てるならと「着せ替え少年」とはリンクしてます。
 それがあの課長で。

 姉妹編と言うことでこちらはウルトラなゲスト(笑)
 いきなりあの小役人な上司が登場で。

 登場人物の名前はほとんどは日本酒の銘柄です。
 「吉野」も「桜子」もそうです。
 「宇良かすみ」と「澤野いずみ」は姓名合わせてで。

 好評ならシリーズ化も視野に入れてます。
 そのためもう一つの設定は今回は見送り。
 こっちのほうが「着せ替え少年」の姉妹編たる所以ですが

 ああ。シリーズ化したら課長の一日を追うのも面白そうですね。
 家庭ではセーラー服の息子。職場ではOLの制服の男子で(笑)

 今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。

城弾

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