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昼休み

作:こうけい





1 発端

ここは、とある中学校。
昼休み、1年3組の岡部勝は、男子トイレの大へと駆け込んだ。
(ふう…。朝に家で出なかったのが今になって出てきたな…)
用をすませた勝が個室の扉を開けると、同級生の棚橋健也と目が合った。
(わっ、いやなやつと会ったな)
どちらかというといじめられっ子の勝は、いじめっ子のリーダー格である健也が苦手だ。
(ここは場を離れよう)
勝はそう思った瞬間、健也に両肩をつかまれた。
「おい勝。おめえ、今クソしたんだろ?」
「どうでもいいだろ」
勝は話を軽くかわそうとする。
「よくはないさ。個室の外まで、はっきりと音が聞こえてたぜ」
「はずかしいなあ、おい。ふつう、学校でクソなんてしねえよな」
そばにいた、健也の子分格の松村諭も勝の前に立ちはだかる。
「そうだそうだ。勝、くせえぞ」
ほかの男子生徒たちも、尻馬に乗って勝をはやしたてた。
「生理現象だからいいじゃないか!」
勝はとうとう声を荒げた。それがいっそう、いじめっ子たちのからかいの種になる。
「おっ、勝が怒ったぞ」
「勝、ウンコくせえ」
諭が鼻をつまむようなしぐさをした。
「くせえくせえ、逃げろ!」
「今日から勝は大便野郎だ!」
「みんな、近づくな。ほかのやつらにも伝えとけよ」
勝ひとりを残して、健也たち男子生徒は逃げるようにトイレから立ち去った。
この年頃の男子生徒は、どういうわけか、学校のトイレで大をするのをかっこ悪いと感じるものなのだ。

勝が教室に戻ってくると、勝の机は教室の後ろ隅に隔離されるように追いやられていた。
「ああっ、ぼくの席が!どうしてこんなことするんだよ?」
声をあげた勝に、健也が冷たく言い放った。
「大便野郎の近くじゃ勉強する気が起きねえんだよ」
「そんな、ひどいよ!」
「うるせえな、クソしたおまえが悪いんだ」
そのとき、女の声が割って入った。
「くだらないわね!それに岡部くんがかわいそうじゃないの」
声の主は、3組の女子のリーダー格、大原理絵。
「男子ってどうして、学校で大きいのをするのを恥ずかしがるのかしら」
「大原、女には男の美学はわからねえよ!」
健也が反論する。
「それをくだらないって言ってるのよ」
「男ってのはな、学校で使う便器は小だけで済ますもんなんだ。大は使っちゃいけねえんだよ」
「それを言ったら、女子はみんな岡部くんみたいに隔離されなきゃいけなくない?」
「女は関係ねえんだよ。これは男と男の問題なんだからな。わかったか、勝!」
健也は理絵に背を向け、勝に捨てぜりふを吐いてその場を去った。
「なによ、くだらない。岡部くん、あんたも卑屈にならないで、もっと堂々としなさいよ」
「…そうだね、大原」
勝は、頼りなさげにうなずいた。
「もう、情けないんだから」
あきれる理絵。

健也たちのいじめは、放課後になっても続いた。
「やい勝、大便野郎」
「学校のトイレでクソなんてはずかしいなあ、おい」
「男子として情けないぜ。大は家でしてくるもんだぞ」
「おまえは3組の面汚しだな」
廊下で、下駄箱で、健也たちは執拗に勝に声をかけてきた。
そこへ理絵が割り込んでくる。
「やめなさいよ、岡部くんもいやがってるでしょ」
「大原、おめえには関係ねえだろ」
「つまらない意地を張らないでよ!」
健也たちと理絵との口論の間に、勝は逃げ去っていた。


2 前兆

その翌日の昼休みも、勝は大便意を催した。
トイレに向かおうとすると、健也が声をかけてきた。
「おっ大便野郎、今日もクソかい。体の調子は大丈夫?」
諭たちもこちらをにらんでいる。
(これ以上からかわれるくらいだったら、今日は我慢しよう。午後の授業の間だったら、なんとかなるさ)
勝は黙って教室の自分の席に戻った。

「岡部くん、それで黙って戻ってきたわけ?」
理絵が話しかけてくる。
「あのね、がまんしてると体に悪いわよ。学校でも大きいほうに入れるようにしなきゃ」
「女子は大も小もいっしょでいいよな。だけど男子はそうはいかないんだ」
勝もやっぱり男。健也と似たような男の美学を持っていた。
「そんな意地を張ってもしょうがないでしょう」
「でも、ぼくは男子だから。よけいなお世話だよ」
「…知らない!」
機嫌を損ねた理絵は行ってしまった。

それと入れ替わるように、健也や諭たちいじめっ子グループが勝の席を取り囲み、挑発するように話しかけてきた。
「大便野郎、放課後までクソを我慢できるのか?」
「行きたいんなら行ってもいいんだぞ」
「そのあとどうなってもかまわないんだったらな」
(………)
勝は脂汗を流しながら、便意と悪口攻撃をこらえていた。
すると、いじめっ子たちの話に新たな展開がみえてきた。
「勝、そんなに大便野郎がいやか?だったら、女になっちまえばいいんじゃねえか?女子トイレなら大も小も関係ねえからな」
突飛なことを言い出したのは健也だ。
「おっ、そういやこいつ、さっきも大原の前でそんなこと言ってたぜ」
諭が相づちを打った。
「違うよ!あれはそういう意味じゃない!」
勝がそう主張しても、いじめっ子たちは相手にしない。
「そうか。なら俺たちはもう男の勝なんていらないぜ」
「男の美学を破ったからには、男剥奪の刑だな」
「勝、女になれ!」
諭たちがはやしたてる。
「そんな無茶な!ぼくは男なんだ!」
勝は顔を真っ赤にして反論するが、健也たちは聞き流す。
「よし、勝に女の名前をつけてやれ」
「マサコとか、マサミとか?」
「そりゃ安直だな。俺の幼稚園のときな、いつもいじめられてた女で、ヨシコってのがいたんだ。そいつからとって、淑子にしねえか?」
「おっ、それで決まりだな」
健也の提案に、いじめっ子たちは賛同する。
「みんな、ちょっと待ってろよ」
健也はそう言うと、教師用の備品入れから赤色のラベルとフェルトペンを持ち出してきた。
「実はな、面白いことを思いついたんだ」
各生徒の机の右上には、名前が書かれたラベルが貼られている。男子は青色、女子は赤色だ。
「これにな、勝の新しい名前を書いて、席に貼ってやるんだ。そうすれば、勝は女子として生まれ変わるのさ」
健也は、赤ラベルにフェルトペンで“岡部淑子”と書き込むと、勝の机上に貼られた“岡部勝”の青ラベルの上に、それをペタンと貼り付けた。
「さあ、これで今日から君は、女子の岡部淑子さんになりました、と」
「おめでとう!淑子さん!わーっ!」
健也たちは拍手しながら、勝の背中を手のひらでパンパンとたたく。
勝は、屈辱と便意に堪えながらうつむいていた。
しかし、心の片隅では、別の考えが生まれ始めてもいた。
(もしも、ぼくが本当に女子だったら、こんな目にあわなくてもすむのかなあ…)


3 発動

するとそのとき、突然勝の体が震え始めた。
「あれれれれ!?」
素っ頓狂な声をあげる勝に、いじめっ子たちも驚く。
「勝、どうした?」
「うわあああああ!体が、体がなんか変だ!動けないよ!」
勝の体は、まるで蛍光灯のように、青白い光と熱を帯びてきた。
「なんだか勝が怖いことになってるぞ!」
「健也、おまえがラベルを貼ったせいじゃねえのか?」
「そんな無茶な!」
健也たちはあわてふためくばかりで、どうすることもできなかった。
「そんな、誰か助けてよ!」
「勝、俺たちの責任じゃねえからな!逃げろ!」
健也たちいじめっ子は、我先にと勝のそばを離れた。

「ああああ…熱いっ!苦しいっ!」
席に座ったままの勝の服装は、まばゆい光の中で変化しはじめた。
詰め襟の学生服が、あれよあれよという間に紺色のセーラー服へと変形していく。
下半身のズボンも、ふたつの筒がひとつに合わさって、紺色のプリーツスカートに変わった。
この中学の、女子の制服だ。
服の下では、タンクトップのすそが延びてスリップへと変わり、その下にはブラジャーが形づくられる。
下半身では青いブリーフが柔らかい生地に変化して、純白のショーツになった。

そして変化は、服だけではなく体にも及び始めた。
勝の手…腕…肩…、全身が丸みを帯びてくる。
胸がむずむずしたかと思うと、乳房がふくらみ出してブラのカップの中に入り込んできた。
「ぼ、ぼく、どうなっちゃうんだあぁーっ!?」
勝の髪は耳にかからない程度だったのがセミロングにまで伸びていき、両こめかみには茶色の髪留めが現れる。
ウエストはくびれ、お尻はふくれてショーツを充たし、両足からはボサボサのすね毛が消えていった。
そして、股間にあったものが急激にしぼんで、下腹部へと埋まり込んでいく。

勝を包む光と熱が急速に衰えていくと同時に、変身は最終段階に入った。
下腹部に、子供を産むための部分がつくられていく。
それに伴い、直腸に不意な圧迫が加わった!
(わわわわ…もれるっ!)
次の瞬間、勝の今までがまんしていたものが、大きくやわらかくなったお尻とショーツの間に染みていった。
おまけに、膨らみがなくなった股間の前のほうからも、黄色い液体がほとばしり出て、ショーツとスカートをぬらす。
下半身を襲う不快感。
それと同時に、勝は体の自由を取り戻し、反射的に立ち上がって声をあげた。
「あっ、いやっ、いやーっ!」
3組の教室に響きわたった勝の叫び声は、女性のソプラノボイスになっていた。

「岡部!おまえ、もらしたな!」
「床にまでもらしてるわよ、きったなーい!」
「くせえくせえ!!大小いっしょか!?」
教室中がいっせいに勝に注目する。
教室を飛び出す者、隅に張りつく者。クラスメイトは蜘蛛の子を散らすように勝から逃げ出す。
勝は、股をすぼめながら呆然と立ちすくんでいた。
(もらしちゃった…。ぼくの体…いったい何があったんだろう…。なんだか声が変だ…。全身の感触も…。それに、どうして女子の制服に…)
あまりに唐突な出来事に、勝には考えることが多すぎた。

「ほらほらヨシコ、ぼーっとしてないで、早くトイレに行ってきなさい!」
理絵が勝に近寄り、じろっとにらむ。
(あれ? 今、大原のやつ、ぼくのことを“ヨシコ”って言ったよな?)
「あの…ヨシコって、ぼくのこと…?」
「ぼくぅ?あんたねえ、もらしたはずみで記憶までなくしちゃったの!?」
理絵は怪訝そうな目で、勝の顔をのぞきこむように言った。
「とにかくほら、トイレに行ってきなさい!つきあってあげるから!だれか、床の後始末お願いね」
理絵はいやおうなく勝の手を引っ張り、廊下へと連れ出した。
そして、女子トイレの扉を開ける。勝はあわてて声をあげた。
「えっ、男子トイレは隣だけど…」
「なにとぼけてるのよ、ほら!」
勝は生まれて始めての女子トイレへと引きずられ、個室に放り込まれてしまった。


4 認知

(とにかく、気持ち悪い股間をなんとかしよう。まず、このスカートから)
勝は心の混乱を落ち着かせながら、ホックを外し、ぬれたスカートを下ろした。
その下に見えた物は、フリルがついた白いショーツ。もっとも、今は薄黄色に汚れているが。
(どうして、ぼくがこんなものをはいて…?)
ショーツを下ろした次の瞬間、勝はようやく自分の体に起こった変化に気づいた。
「きゃあああああああああ!!!!!」

「どうしたのヨシコ!」
個室の外にいた理絵が、扉をドンドン叩く。
「ぼ、ぼく、おん、女に、女の体になっちゃってる!」
「まだとぼけてるの!?あたしは教室戻るからね!」
理絵はすっかりあきれてしまったようだ。

勝は手が汚れていることも忘れて、自分の体を触りまくった。
股間、胸、お尻、脚。
どこをとっても、女子の体だ。
セーラー服のすそをめくってみると、その下には白いスリップとBカップのブラジャー。
(体も、声も、下着まで…。どうして、ぼくが女に!?)
とりあえずスカートをはきなおし、汚れたショーツを持って個室を出て、おそるおそる洗面台の鏡を見る。
そこに映っていたのは、勝とどことなく似た顔つきをした、セミロングヘアの少女だった。
(こ、これが、今のぼくの顔…)
しかし、驚いてばかりもいられない。早くトイレを出なくては。
まずは、汚れたショーツをどうにかしないといけない。
(まさかノーパンってわけにもいかないし、ここで洗っちゃおう)
勝がショーツを洗面台にもっていこうとしたとき、横から悲鳴があがった。
「きゃーっ、不潔!ここ手を洗う場所じゃない!」
それは、隣の洗面台にいた、クラスメイトの藤野真由美の声だった。
「ヨシコ、あんた何やってんのよ!?」
「ああっ!ごめんなさい!」
勝は反射的に、また個室に飛び込んだ。
(便器で水を流して洗おう。水のレバーを引いて…あっ!)
水流は意外と強かったため、勝は思わずショーツから手を放してしまったのだ。
たちまちのうちにショーツは排水管につまり、水が流れなくなる。
(どうしよう、つまっちゃった?もう一度流せば直るかな?)
もう一度レバーを引くと、水が便器からあふれ出てきた。こうなったら、勝には手のほどこしようがない。


5 恥辱

「だ、だれかあー!うわああああっ…!」
「何があったの!?ヨシコ」
泣きそうな顔で個室から飛び出してきた勝に、真由美が声をかける。
「便器…つまらせて…」
「…ああっ、水があふれてる!早く直さなきゃ。…もしかしたら、下着つまらせたの!?」
「…そう…どうしよう…」
「ヨシコ、直し方知らないの?」
「…うん…」
「だったら教えてあげる!奥の掃除用具入れ開けて、吸盤取って」
勝は焦りながらも、真由美に言われた通りに吸盤の付いた棒を見つけた。
だが、その先どうしたらいいかがわからなかった。
「なにぼさっと突っ立ってるの?」
「…ぼくが直すの?」
「あたりまえでしょ!あたしの指示どおりにして」
「…うん」
勝の態度に、真由美もイライラし始めた。
「まず、裸足になって」
「どうしてぼくが裸足に?」
「あのねえ、上ばきと靴下がぬれるといけないからでしょう!」
「あ、うん」
裸足になって個室に入った勝は、真由美の指示を聞いて便器に吸盤を押し付けようとする。
「そこじゃなくて、もっと手前…もっと素早く!」
「う、うまくいかないよ…あっ!」
ビッチャーン!!
バランスを崩した勝は、水であふれた床にしりもちをついてしまった。
おもらしでぬらしたスカートが、余計にぬれる。
「あーあ、ヨシコって不器用ね」
勝は男子だったときからそうだった。
「しょうがない、あたしがやるから、あんたは外で見てて!」
真由美が裸足になって便器に吸盤を押し付けると、つまりはあっさりと解消した。
「やっと終わったわね…。初めっからあたしがやればよかった!」
「…ごめん…ありがとう…」
「謝るのはいいから、これから気をつけてよ、もう!」
ふたりは靴下と上ばきをはきなおす。
「さあ、戻りましょ」
そう言いながら、真由美は白い目で勝を一瞥する。勝はしょげた顔で、真由美の後についた。

廊下では、健也たち男子のグループが、勝をからかってやろうと待ち構えていた。
「おもらし女の岡部、なんか顔色が悪いぞ」
「また何かしでかしたのか?」
「ヨシコ、下着落として、トイレをつまらせたのよ。本当に困っちゃう」
健也たちに、真由美が説明する。
「そりゃひでえや、さすがおもらし女だ!」

そのとき、勝の下腹部に、今まで感じたこともない、じわっとした生温かい刺激が走った。
思わず勝は廊下に立ち止まる。
すると、スカートの下から、真っ赤な液体がぽたり、ぽたり…。
(これ、月に一度の!? そんな、ここまで女にならなくたって!)
初めての経験に脱力した勝は、血の気が抜けたようにその場にしゃがみこんだ。

「やいおもらし女! 今度はアレまでもらしたのか!?」
健也がつっこみを入れると、とたんに真由美が顔を赤らめた。
「男子は見ないで!」
真由美は健也たち男子を散らしにかかる。
ちょうど廊下を歩いていた理絵も、状況を察して勝のところへかけつけた。
理絵の友人の女子数人が、丸い人垣を作って理絵と勝を取り囲む。
理絵は持ち合わせのナプキンを勝に手渡した。
「ヨシコ、ほらこれ!早くなんとかして」
しかし、勝はナプキンの使い方がわからず、ながめるしかできなかった。
「じれったいわね〜!もしかしたら初めてなの!?貸しなさい、これはこうやって…」
理絵は勝のスカートをめくって、ショーツにナプキンを取り付けようとするが…。
「きゃっ、はいてないの!?」
汚したショーツを流してしまった勝は、スカートの下に何もつけていなかった。
あきれて不機嫌になる理絵。
「…バカにしてるの?あんた」
「………」
自分を襲う理不尽な仕打ちの連続に、勝には答える気力もなかった。
「ふざけないでっ!」
瞬間的に怒りが頂点に達した理絵は、勝のお尻を思いっきりビターンとひっぱたいていた。

「ほら、保健室に行くわよ。スカートと下着借りないと」
勝は、理絵や真由美たち女子に囲まれて連行されていった。
廊下に赤い点々を残しながら…。
「ねえねえ理絵、ヨシコのこと、つまらせ屋さんって呼んでやんない?」
後ろにいた真由美の声だ。
「えっ、ヨシコってトイレつまらせたの?恥ずかしいわね」
「そう。おかげであたしさ、修理するはめになっちゃったのよ。ほんと迷惑!」
「痛っ!」
真由美が勝のお尻にひざ蹴りを入れたのだ。
「それよりノーパンさんがいいんじゃない?」
これは横にいたクラスメイトの声。
「それいい!ヨシコはこれからノーパンさんで決まりー!」
理絵たちの黄色い罵声を受けて、勝はただ沈黙するばかりだった。

勝は保健室でスカートと下着を借り、ナプキンのつけ方を教えてもらった。
保健の先生は、勝の気分がすぐれないならここで休んでいけばと言ってくれた。
だが、勝がそのとおりにしようとすると、理絵たちがじろりとにらむ。
いじめられっ子には、保健室に逃げる自由なんてないのだ。
勝は、理絵たちに取り囲まれながら教室に戻るしかなかった。

戻ってみると、勝の机は、教室の後ろ隅に隔離されるように追いやられていた。
「ああっ、ぼくの席が!どうしてこんなことするんだよ?」
「おもらし女の近くじゃ授業に集中できねえからさ」
諭があざ笑うように言う。
「でも、おもらし女って不思議だよな。女子って俺たち男子と違って、学校でも平気で大に行くんだろ。なんで、もらすまで我慢してたんだ?」
そうけしかける健也を、勝は無言でにらみつけた。
(ぼくが男だったときは、逆のこと言ってたくせに!!)
「大原、こいつらになんか言ってくれよ!」
「あら、あの場所はノーパンさんにはお似合いじゃないの?さ、座って座って」
勝は理絵たち女子に助け船を求めたが、彼女たちも冷たい目で勝を追いやった。
(大原まで…。ぼくが男のときはかばってくれたのに…)


6 抵抗

勝は女になってから、おもらししたりトイレをつまらせたりとあわただしかった。
だから、自分が“ヨシコ”と呼ばれるのを疑ったり、ましてや自分がなぜ女になったか考えたりする間がほとんどなかった。
しかし、席に座って気持ちを落ち着かせるにつれ、心中に疑問が湧きあがってきた。

(どうして…どうしてぼくが女になっちゃったんだよ!?
女子だったら大も小もいっしょでいいなとか、健也たちにいじめられずにすむかもなとか、思ったことはあるよ。だけど思ったくらいで女に変身してしまうんだったら、とっくに世間から男はいなくなってるはず。どうしてぼくだけ?
それにぼくは、女になったとたんにおもらしして、トイレをつまらせて、生理まで始まって、それをもらして、女子たちにまでいじめられて…、女になってよかったことなんて、何にもないじゃないか!)
そう思うにつれて、下腹部にジクジクとした痛みがしみわたってくるのに気づく。
(これって、もしかしたら生理痛?…ちくしょう、女なんて!)

(だいたい、どうしてみんな、ぼくのことをもともと女子だったように扱うんだ?
「ヨシコ、いきなり女になって大変ね」とか「勝のやつ、どこへ消えたんだろう?」とか、気にしてくれるやつがいたっていいじゃないか。
…そういえば、“ヨシコ”っていうのは…?)
健也たちのいたずらが、勝の脳裏によみがえった。

『さあ、これで今日から君は、女子の岡部淑子さんになりました、と』
『おめでとう!淑子さん!わーっ!』

(あいつら、ぼくを“淑子”と呼びたがってたな。まさか、それが現実になった!?)

「おい健也。ぼくが女になったとき、みんなにぼくのこと“淑子”って呼べって言わなかったか?」
勝は、窓際で仲間たちとたむろしている健也に声をかけた。
「おっ、おもらし女。男言葉とは威勢がいいな」
「とぼけるな!おまえらがぼくのことを“淑子さん”って呼んだ直後に、ぼくが女になって、みんながぼくを“淑子”と呼ぶようになった。つまり、そう呼ぶようにおまえらが指示したんじゃないのか!?」
勝は本心では、健也が机に赤ラベルを貼ったせいで自分が女になった、とさえ言いたかった。
だがそれはあまりに根拠が弱くて相手にされなさそうだから、この程度で我慢したのだ。
しかし、健也の答えは勝の望んだものとは全然違っていた。
「何言ってるんだ。おめえは初めっから女だし、岡部淑子だよ」
「おもらし女、まだおもらしのショックでのぼせてるのか?」
横からは、諭も茶々を入れてきた。
「じゃ、じゃあ、男子の岡部勝はどうしたんだよ!?」
「おいおい、オカベマサルなんてやつ、3組にはいねえぞ」
「えっ!?」
そこへ通りかかった理絵に、健也が声をかける。
「あっ大原、おもらし女がわけのわからねえこと言ってるんだけど、おまえにはわかるか?」
「オカベマサル?そんな子、うちのクラスにもほかのクラスにもいないわよ」
理絵の答えも健也と同じだった。
「どうして大原までそんなことを言うんだ?」
「だったら、この名簿を見てみたら?ほら」
理絵はどこからか学年の生徒名簿を取り出して勝に見せる。
3組の欄には、男子の“岡部勝”が載ってないかわりに、勝と住所と生年月日が同じ“岡部淑子”という女子が載っていた。
「ノーパンさん、アレが始まって、心が浮わついてるんじゃないの〜?」
理絵が小声でぼそっとつぶやくと、勝は顔を真っ赤にした。

「じゃ、じゃあ、ぼくの机のラベルの下にある“岡部勝”って名前は…」
「ラベル?」
「健也、おまえさっき、ぼくの、“岡部勝”の名前ラベルに“岡部淑子”って重ね貼りをしたよな?」
「そんなことしてねえよ。な、大原」
「うん、名前のラベルなんて、もとから岡部淑子に決まってるじゃないの」
理絵も健也も勝の言うことが理解できず、顔を見合わせる。
「ねえノーパンさん、あなたのラベル、よく見てちょうだい。どこが重ね貼りなの?」
理絵は勝に自分の机の上を確かめさせた。
貼られていたのは“岡部淑子”と書かれた赤いラベルだけ。ラベルの厚みは1枚分で、重ね貼りされているようには見えなかった。
(そんなばかな…。下に貼ってあったはずの青いラベルはどこに…?)


7 降伏

「ノーパンさん、そんなに自分の名前を信じたくないんだったら、持ち物を調べてみたら?」
理絵は、勝の机のわきを指差して言った。
そこには勝の通学カバンと、体操服を入れる袋がぶらさがっている。
まず勝はカバンの中身を探ってみた。
「…ええっ!これは!?」
カバンや教科書、ノートに書かれた名前は、どれも“1−3 岡部淑子”。
“勝”の持ち物は、まったく見当たらない。それどころか、見覚えのないソーイングセットや、手鏡とヘアブラシ、さらには生理用ナプキンまでもが入っていた。
手鏡の柄に、習いたての筆記体で“Yoshiko Okabe”と書いてあるのが中1らしい。
(嘘だ!こんなの、ぼくの持ち物じゃない!!)
勝は動揺を隠しきれないまま、体操服の袋を開けてみる。
袋自体にも、男の勝ではとても考えられないほど丁寧にたたまれた体操服にも、“1−3 岡部淑子”と書かれた布が縫い付けられていた。
(どうして、体操服の名前まで岡部淑子なんだよ!?)
さらに袋の中からは、体育で女子だけが使う紅白のハチマキ、そして女子用のエンジ色のブルマが出てきた。そこにも、淑子の名前がある。
(そんな!これじゃ、ぼくがもとから岡部淑子って女子だってことじゃないか!?
…違う!きっと、健也や大原たちが持ち物をすりかえたんだ!名簿だってそうだ!)
勝が体操服をしまおうとしたとき、セーラー服の胸のポケットから、生徒手帳がはらりとこぼれ落ちた。
そこには見覚えのある女子生徒の写真が貼られており、“岡部淑子・女”と書かれていた。
(洗面台で見た、あの顔!?)
ハッと気づいた勝はさっきの手鏡を取り出し、自分の顔を映してみる。
鏡の中の蒼ざめた顔をした少女は、紛れもなく写真に写った女子生徒だった。
(ぼくは女になってから証明写真なんて撮ってない…。つまり、これは健也たちのいたずらじゃないんだ!)
“勝”は、ついにとどめをさされた。
(まちがいない…、岡部淑子は、確かにこのぼくなんだ…。
そして、ここにある持ち物…生徒手帳の写真…どれも女子の、岡部淑子のものだ…。
なぜかはわからないけど、“岡部勝”は、はじめからこの世にいないことになってしまったんだ…。
これからは、ぼくは…あたしは、岡部淑子っていう女子になりきらないといけないんだ…)
「…ごめん…。…あ…たし、淑子よね…、どうかしてた…」
淑子は、ようやく自分がだれとして振る舞うべきかを理解したのだった。

どうして女になったのか?どうすれば元に戻れるのか?そんなことはどうでもいい。
とにかく今は、自分が女子の淑子なんだと心の底から思い込むしかない。
勝としての記憶を共有する人は、もうどこにもいないのだ。
「…うううう…ううっ…う………う…うくっっ…うくっ…くうっ…うううっ………」
淑子の頬には、今まで我慢していた熱いものがいく筋も流れて止まらなかった。

チャイムが鳴る。とても長かった昼休みが終わり、午後の授業が始まった。




(作者からのメッセージ)
みなさん、はじめまして。
これがわたしの初めて書いたTS小説です。
お食事中に読まれた方、ごめんなさい。

これから勝くん改め淑子ちゃんは、慣れない女の子生活のため授業中や自宅などでさらに様々なトラブルに遭遇するはずですが、そのあたりは読者のみなさんの想像におまかせします。

ところで、大便をがまんすると、大便から出る有害なガスが直腸の粘膜から吸収されるとかで、マジで体によくないそうですよ。学校のトイレで大をした子をいじめるという悪しき風習は、男の子集団にだけあることです。理絵ちゃんじゃないけど、つまらないことですね。




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