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 私の名前は、塚原萌。

 父と母と、三人暮らし。兄弟はいない。


 私の趣味はピアノを弾くこと。

 きっかけは、母のピアノを弾く姿だった。

 音楽評論家である母に、私はピアノを教えてもらい、私は夢中になってピアノを弾いた。


 そして、私の将来の夢はプロのピアニスト…



 ……だった。




The voice of ours

作者 : 水無月

番外編 「翼を見つけた妖精」






 「塚原さん!ありがとうございましたー!!」

 パチパチパチパチ…!!

 静かに礼をして、舞台から立ち去る私。 ちょっと気取ってるかな?って自分でも思う。

 あんなに練習したんだもん!当然、また優勝…だよね!

 まだ小学生だから参加はできないけど、大人の演奏に交じっても引けは取らないと思う。 …自信過剰かな?

 それでも、自分にも音楽を診る目はあると思っている。

 来年からは、いよいよ中学生。

 これで、夢にまた一歩近づく!



 十二歳の春。小学生最後のコンクール。

 この頃の私は、自分の才能を信じ、光り輝く大きな夢を持っていた。







 今日から中学生!

 入学式もついさっき終わり、新しい教室で新しい担任の先生を待つ。

 教室は、ガヤガヤと騒がしい…と思いきや、意外に静かで、一部の子がぼそぼそと話しているくらい…。 みんな緊張してるのかな?

 とかいう私も、少し緊張していた。 まだ新しい制服の着心地が、気持ちをいっそう引き締める…。

 ここには、私の知っている子が全くいなかったからだ。

 小学校の友達は、みんな公立の中学校へ行ってしまい、この中学へ来たのは、私一人だった。

 私には、親友と呼べる友達がいなかった。 私には誰にも負けないピアノがある、という慢心があったせいかもしれない…。

 少し寂しいかなって思うときもあったけど、私はそれで構わなかった。

 私には、ピアノがあるのだから…。



 「こ、こんにちわ…」 隣の席の女の子が話し掛けてきた。

 その子は、小さな女の子だった。少し緊張した顔で、おそるおそる話し掛けてきた。

 「こんにちは! 私は塚原萌。よろしく!」

 「あ… わ、私は中村優希(なかむらゆうき)。よろしく…」



 第一印象は、シャイで可愛い女の子。

 これが、優希との出会いだった。







 中学入学から数日。

 教室の空気にも、みんな、だいぶ慣れてきたみたい…。 私にも、何人かの友達ができた。それぞれの、小学校の話で盛り上がる。

 私のこの中学校での最初の友達――優希ちゃんは、なかなか話の輪に入れず、いつももじもじとしていた。

 堪り兼ねた私は、恥ずかしがる優希ちゃんを引っ張って、話の輪に参加していった。


 私と優希は、いっしょにいることが多かった。



 この中学には吹奏楽部があったので、私は見学に行った。

 しかし、その吹奏楽部の演奏には酷く落胆した。もともと入部する気は無かったとはいえ、その演奏のあまりの酷さに、かなりがっかりした。

 私は、音楽室のピアノを自由に弾かせてもらえるよう、先生達に頼みに行った。 そしたら、一人の講師の先生が、自分がいるときなら自由に使ってもいいと言ってくれた。

 なんと、その先生は、私のことを知っていた。先月のコンクールでの優勝のことも知っていた。 こんなことは初めてだったので、私は嬉しかった。

 私は放課後、気が向いたときに、この音楽室のピアノを弾くようになった。

 家には、防音設備の整った練習部屋があるので、学校で練習する意味は無いんだけれど、なんとなく気分転換になっておもしろい。

 たまにその先生が聞きに来るだけで、いつも一人で弾いていた。



 ガラッ!!

 !!っ 突然の訪問者に驚く私。ピアノを弾く指を止め、ドアの方を見る。

 「あ… 塚原さんだったの…?」 入ってきたのは、優希ちゃんだった。

 たまたま音楽室の前を通りかかった優希ちゃんは、ピアノの音に誘われて、教室に入ってきてしまったらしい。

 「…塚原さんって、こんなに上手かったんだ…」

 「そんなことないよー」 と返すけど、内心は嬉しい私。

 「ねぇ。なんか一曲、弾いてくれない?」

 「うん。じゃあねぇ…」 私は、この前のコンクールで弾いた曲を弾き始めた。

 〜♪〜〜♪♪〜♪〜

 弾きながら、横目で優希ちゃんを見る。うっとりと曲を聴いている優希ちゃん。 あ!なんか優希ちゃん、可愛い♪


 この日から、学校での練習にはいつも優希がついてくることになった。



 ゴールデンウィークも終わった、五月の中旬。

 いつものように、音楽室でピアノを弾く。

 あれから、例の先生以外にも何人か、音楽室の前を通りかかった子が私の練習を覗きに来た。

 そして、今日も優希が横にいる。

 「ねぇ。優希は何かクラブには入らないの?」

 「うん…。私は何もできないから…。 私、トロいから…」

 うんうん。それはこの一ヶ月見ていて、よ〜くわかった。 なんかこの子、とってもドジなんだよね…。

 「…やっぱり私にできることなんて……」 ああー!落ち込まないで!!

 「じゃ、じゃあさぁ! 私といっしょに、ピアノの練習、してみない?」

 「わ、私がー?! む、無理だよ〜!!私は塚原さんみたいに弾けないし…」

 「当たり前よ!すぐできるわけ無いじゃない! 少しずつ、練習すればいいの! 大丈夫!私が教えてあげるから!」

 「うん…。…じゃあ、やってみようかな…?」

 小さく頷く優希。

 「おねがいします、塚原さん!」

 「まかせといて! それより、いつまでも『さん』付けで呼ぶの、やめてくれない?私達、友達でしょ?」 私なんて、すでに呼び捨てだし…。

 「うん…。 …じゃあ、萌ちゃん!よろしく!」



 こうして私は優希にピアノを教え始めた。


 もしかすると、最初はただ、優越感を感じて喜んでいただけかもしれない…。







 七月。もうすぐ一学期が終わる。

 例の講師の先生がいなくなった。 産休でいなかった先生の代わりの、臨時の講師だったからだ。

 私と優希は、音楽室を使わせてくれる代わりの先生を探した。



 おかしい…。避けられている……?

 先生達に話しかけても、なかなか話も聞いてもらえず、聞いてもらえたとしても、曖昧な返事で濁されてしまう…。

 なんでだろう…?


 私は気づいていた。

 避けられているのは、私達ではなく、優希だった。


 どうして…?

 優希は普通の女の子だった。

 内気で恥ずかしがりやで、体育のときも恥ずかしがって端っこの方で着替えている…。そんな女の子。

 生活態度が悪いとか、そんなのは無いはず…。 いったい、どうして…?


 そのことに、優希は気づいているようだった。 …というより、知っている?

 優希は、そのことを十分知っていて、あえて黙っているようだった。

 何か、優希に後ろめたいことでもあるのだろうか…。

 気にはなったが、私は詮索することをしなかった。 いつか、優希自身が話してくれる、そう信じていた。



 「ああー!どうしよう!! ピアノが使えないよ!!」

 「………」 優希は何か考え込んでるみたい…。

 なんとか優希に、ピアノを弾かせてあげたいな。でも、毎日うちに呼ぶわけにもいかないし…。他に、ピアノの弾けるところなんて…。

 「ねぇ、萌ちゃん…。 私達、友達…だよね?」

 突然、そんなことを話し始めた優希。

 「何言ってんのよ!当たり前じゃない!」

 「…たとえ、私が普通じゃなくても、私の友達でいてくれる…?」

 「……あ」 すぐに答えようとして、私は口を閉ざした。

 優希の目が、見たこともないほどに真剣だった。

 「…優希が何であっても、私は優希の友達だよ。それは変わらないよ」

 私は、優希の目を見て言った。

 「……ありがとう」



 コンコン! 「失礼します!」

 優希に続いて、理事長室に入る。

 わぁ!理事長室だよ! …いいのかな、こんなとこに来ちゃって。

 理事長室は、扉一つ隔てた隣の部屋とは明らかに空気が異なっていた。 左右の壁には、高価そうな置物や絵画。

 そして、優希の小さな背中の向こうに、その理事長の姿は見えた。

 理事長は年をとった優しそうな女性だった。若いおばあさんっていう表現がぴったりかもしれない。 優希とは知り合いのようで、優希の顔を見て、ニコッと微笑んだ。

 「こんにちは、中村さん。どうですか、この学園の生活は?」

 「はい。楽しく過ごさせてもらってます。理事長のおかげです。本当にありがとうございます!」

 嬉しそうに頭を下げる優希。

 「そう、それはよかった。この学園で一人でもつらい思いをしている人がいてはいけませんからね。 …しかし。 私の所に来るということは、何か問題があるのですね。 遠慮せずに話なさい」

 理事長は命令口調だったが、その言葉には優しさが込められていた。

 「…はい。実は…」



 優希は理事長に事情を説明していった。 私は、必死で説明をする優希の横顔を、じっと見つめていた。

 話を聞き終えた理事長は、黙ったまま窓の外を見ている。

 「…わかりました。ピアノが使えれば良いのですね。 では、明日の放課後、再びここへ来てください」

 俯いていた優希と私は、顔を上げ、理事長を見る。理事長は、ニコッと私達にウインクを送った。





 翌日の放課後。

 私と優希は理事長に連れられ、運動場の端に来ていた。

 「理事長、いったいどこへ行くんですか?」

 「ふふふっ。まさか、あそこが役に立つとは思ってもいなかったわ」

 そう言って理事長は、運動場の端から林の中へ入っていく。 私と優希は、慌てて理事長の後を追いかける。

 林の中は、今は夏なのに、涼しい空気に満ちていた。 さわさわ…っと木の囁く声が聞こえる。

 少し先、林の拓けたところに、古い木造の建物があった。

 「あの、理事長。これは…」

 「これはね、前に立て替えられた旧校舎の別館。ほとんどの校舎が壊されたのだけれど、ここだけは倉庫として残されたの」

 理事長は、その小さな入口へ向かって歩いてゆく。

 小さな下駄箱の並ぶ入り口。靴を脱ごうとしたが、理事長は気にせず靴を履いたまま中に入っていくので、私達は慌てて追いかけた。

 ギシギシと音を立てる廊下。 この建物には、小さな教室が四つしかなかった。使い古された机や椅子が、たくさん置かれている教室を通り過ぎる。

 理事長は一番奥の教室の扉を開けた。

 中は意外に日当たりの良い教室だった。 そして、その部屋には一台の古いピアノがあった。

 「あ…」 優希がピアノに近づく。

 「どう?ここでよければ、好きなだけピアノを弾いていいわ」 理事長は、閉めきられた窓を全て空けてゆく。涼しい風が教室の中に吹き込む。

 「校舎を建て替えた時に、いっしょにあのグランドピアノをいれたから…。それ以来このピアノは使われなくなったの…」

 私もピアノに近づき、その白い鍵盤を軽く弾く。

 ポロン〜♪

 意外にも、力強い音が教室中に響く。

 「今日、調律師さんに来てもらったから。古いけど、まだまだ使えるって」

 理事長は、話しながらゆっくりピアノに近づく。

 「このピアノはね…。昔、私が練習した物なの」

 そう言って、懐かしそうにピアノの上に手を置く。

 「あ、ありがとうございます!こんないいところを紹介してもらえて!」 私と優希は、理事長に頭を下げる。

 「ふふっ。気に入ってもらえてよかったわ。 ここでよければ、いくらでもピアノを弾いていいわ。 …でも、いくら人が来ないからと言っても、暗くなる前にはちゃんと帰るのよ!」

 理事長はそう言って戻っていった。 理事長の顔は、どことなく嬉しそうだった。

 私と優希は、まるで秘密基地を見つけた男の子達のように喜んだ。

 薄汚れた丸い椅子の表面を軽く払い、私はピアノの前に座る。

 私は、ゆっくりとピアノを弾き始めた。

 〜♪〜〜♪♪〜♪〜

 ピアノの音が、旧校舎全体に響き渡る。

 ピアノは、お世辞にも良い品とは言えない。音楽室のグランドピアノに比べれば、音が響くこともない。

 しかし、この使い古されたピアノからは、音楽室のピアノの真新しい音とは違って、優しい音が流れてくる。

 私と優希は、この優しい音楽に聞き惚れた。



 私と優希は、夏休みも毎日ここに来て、ピアノを弾き続けた。







 九月。また、学校が始まった。

 新学期が始まっても、私達はピアノを弾き続けた。

 あの旧校舎の教室は、防音設備が全くない。開け放たれた窓からは、ピアノの音が外に流れ出す。 だが、その音が本館まで届くことはない。

 ただ、体育館の裏や運動場の端にいると、たまにピアノの音が風で流れてくるらしい。 それに気づいたバレー部の女の子達や、林に入ったボールを拾いに来た野球部の男の子達が、何人か私達のところへやってきた。

 いつの間にか、私達の噂は広まっていた。

 教師達は、ただちらりと優希を睨むだけで、何も言ってこなかった。



 〜〜♪〜♪♪〜〜♪〜

 ピアノを必死で弾く優希の横顔を見つめる。 …可愛いなぁ♪

 それにしても、優希って上達早いよね…。私の持ってきた初級レベルのは、もうほとんど弾きこなしてしまっている。 そろそろ、中級のを持ってこようかな…?

 今日もいつものように旧校舎の教室でピアノの練習をする。

 涼しい秋の風が窓から吹き込む。今年ももう、夏が終わる。

 今年は泳がなかったわね…。 市民プールに行こうって優希を誘ったんだけど、なんか妙にいやがるのよね…。優希ってカナヅチ…?

 なぜか先生達には嫌われている優希だけど、生徒達の中での評判はいい。 優希のその可愛い仕草が、男子の間でも女子の間でもなかなかの人気になっていた。本人は、全然自覚してないけどね…。

 でも、なんで優希は先生達に嫌われているんだろう? この前、たまたま遅刻をしてしまった優希に、生徒指導の先生は必要以上に怒鳴っていたような気がするし…。まるで、お前は誰のおかげでここにいれるんだ、とでもいうように…。

 気にはなるんだけど、私は優希を詮索するようなことはしなかった。 いつか優希自身が話してくれると信じていた。

 ちなみに、その時優希が遅刻をした原因は、私が貸したピアノの楽譜を忘れてしまったから、らしい。 もう!そんなのどうだっていいのに!

 優希は、一途で単純だ。 …つまり、気持ちが顔に出やすい。

 「…優希。今、好きな子いるでしょ!」

 あ、音間違えた♪

 「そ、そんなのいないよ〜!!」 間違えたところを必死で弾き直しながら、優希は必死で弁解する。

 「クラス委員の青山くんかな〜? あ!サッカー部の中西くんでしょ!」

 「!っ…」 指が止まり、顔を真っ赤にする優希。ビンゴ♪

 「へ〜、中西くんかぁ〜!この前も、いっしょに日直の仕事してたもんね。 …で!中西くんのどこが好きになったの?」

 「…あの…その……………優しくしてくれたとことか…」 お!ついに認めたな!

 「そうなんだー♪ でも、中西くんは人気が高いから、倍率高いわよ!」 まぁ、優希もそれに負けないぐらい人気なんだけどね。

 「で! いつ告白するの?」

 「こ、告白なんてしないよ〜!」

 「何言ってんのよ!いくら優希でも、早くしないと他の子にとられちゃうよ!」

 シャイな優希は、誰かが背中を押してあげないとなかなか前に進まない。 私はあともう一押ししようとして…


 「だめ!私にはできないの!」


 意外にも強い口調に、私は驚いた。

 「どうして! 優希は中村くんのことが好きなんでしょ? だったら…」

 「だめなの!私には、好きになる資格がないの!!」

 「人を好きになるのに資格なんて……」 私はそれ以上言うことができなかった。

 優希は、とても悲しい、辛い顔をしていた。 こんな優希!初めて見る!! ピアノが使えなかった時でさえ、こんな表情は見せなかったのに…。



 私は、その時の優希の表情を、今でもはっきり覚えている…。



 優希は私に何を隠しているの?

 優希の秘密について、最初はただの興味本意だったけど…。 もう優希のことが、本当に心配になってきた。

 …私じゃ、まだだめなの?


 「……優希。いつまで隠しているつもりなの?」

 ピクッと優希が反応を見せる。だが何事も無いように、優希はピアノを弾き続ける。

 「隠してるって何を?」

 「…私じゃだめなの?! 優希は私の友達。優希が何であっても、それは変わらない!そう言ったじゃない!!」

 私は優希をじっと見つめた。優希は私を見てとても辛そうな顔をした。

 だが、優希は、少し笑顔になって…

 「…ありがとう」

 私は、その優希の切なそうな顔にドキッとした。

 「…わかった。萌ちゃんだから言う。 驚かないで聞いてね…」

 私は優希の言葉に身構える…。


 「実は私、……男なの」


 ………

 「……は?」

 「私、女の子じゃないの」

 ………

 「………いやいや、またそんな冗談を…!」

 優希の目を見て、冗談ではないとわかっていつつも、私は思わず聞き返していた。

 「冗談じゃないの!ホントに私は女じゃないの!!」

 少し涙目の優希から、生徒手帳を見せてもらう。そこには、間違いなく優希の顔写真の下に『中村結城・男』と書いてあった。 うっそ〜!!

 「私の本当の名前は、中村結城(なかむらゆうき)。 理事長のおかげで、この中学には女子生徒として、優希として扱ってもらってるんだけど… 生徒手帳は規則だからって……」

 語尾が徐々に小さくなってゆく優希。 私は驚いて…というよりむしろ、呆れて目が点である。

 優希は、性同一性障害という病気なのだそうだ。

―――性同一性障害/ Gender Identity Disorder (GID)
 『身体の性別(sex)とこころの性(gender)との間に食い違いが生じ、それゆえに何らかの "障害" を感じている状態』

 優希はずっと苦しんでいるらしい…。 私にはよくわからない病気なんだけど……。


 「……あの…女性ホルモンとかってのは…」

 「……飲んでない。だから、胸はないけど…」

 「ち、ちなみに、初恋の相手は…?」

 「………男の子」

 私は、恥ずかしそうにしている優希を、まじまじと観察する。 白くて細い華奢な腕、ぱっちりとした瞳、抱きしめたくなるような可愛い仕草…。 だ、だめだ!!どこから見ても男に見えん!!

 こ、こんな可愛い子が男の子なんて…! 世の中、なんかおかしいぞ!!

 「私のこと、きらいになった…?」 優希が心配そうに聞いてくる。

 「そ、そんなことないよー! ただ、ちょっぴり驚いただけで…」 いやもうかなり…

 「体は男の子でも、あなたは優希なんでしょ?」

 「……う、うん」

 私の言葉に、優希は小さく頷く。

 「たとえ、優希が女であろうと男であろうと、優希は優希。そして、私は優希の友達。それは変わらないわ」

 泣きそうだった優希の顔に、少し笑顔に戻った…。

 「……うん。ありがとう」

 「こっちこそ、ありがとう。そんな秘密、私に話してくれて…」

 その後数日、優希とは少しギクシャクとしていたけど、すぐ元の関係に戻ることができた。



 ちなみに数日間、私が優希に襲われる夢を見て魘されていた、というのは秘密である…。







 私達は三年生になった。

 私達は、今も相変わらず、あそこでピアノを弾き続けている。 クラスが変わっても、私と優希はいつもいっしょだった。

 優希は本当にすごい。たった二年で、優希のピアノの腕は、二年前の私ぐらいになっていた。

 たった二年よ!私がそこまでなるのに何年もかかったのに…。 さ、さすが、私の弟子…!

 とかいう私も、この二年で、かなり成長したと思う。優希に教えるようになってから、お母さんにもよく褒められるようになったしね。 なんだかんだ言って、私もいっしょに成長してたみたい。



 「で、塚原は、高校はどうするんだ?」

 私達ももう三年生。 高校受験が控えている。

 この学園には、付属の高等部があるので、普通ならばエレベーターでいくので問題ないんだけど…。

 「塚原なら、音楽高校へ行くことや留学を考えることも出来るんだぞ!」 担任の先生は、期待を含む声で私に言う。

 「私は、普通に高校へ通うつもりですよ。」 私は、そう答えた。

 いやな先生が多い中、この担任の先生は、まだいい先生だ。ちゃんと生徒のことを考えてくれている。ほかの先生なら、こんな面談も行わずに、当然のようにこの学園の高等部へ行かされるだろう。

 それに、この先生は…

 「また中村のところへ行くのか?」

 話も終わり、立ち上がった私に、先生は聞く。

 「はい。そうですよ」

 「そうか…。アイツのことをあまりよく思っていない先生方が多いからな…。 とっ…そういや塚原は、中村のことを…」

 「はい、知ってます。本人から聞きました」

 「そうか…。それでもお前達は親友なんだな…。 …塚原、中村のことをたのむぞ…」

 私は、足元の鞄を肩にかけ、一応礼をして職員室をあとにした。



 留学か…。それもいいかも…♪

 この前春のコンクールで、私は優勝することが出来た。去年落としていただけに、今年の優勝は嬉しかった。

 昔の私なら、すぐに音楽高校や留学を目指しただろう。 だが、今の私は、自分の夢を疑うようになっていた。 いったいどうしたんだろうなぁ、私…。

 考え事をしながら、ゆっくりと優希のところへ向かう。 そう、あの旧校舎のピアノの教室へだ。

 「あれ〜?萌ちゃん、ここにいたんだ!」

 突然後ろから声がかけられた。 声をかけてきたのは、女子バレー部の友達だ。

 「うん。今日私、面談だったんだ。 …何?」

 「へ〜。じゃあ、今ピアノ弾いてるの、優希ちゃんだったんだ〜」

 あそこで、私が優希にピアノを教えているという話は、割と有名だった。

 「優希ちゃんもうまくなったよね〜。 てっきり、萌ちゃんが弾いてるんだと思ったよ」


 ……え…


 「今日も今からあそこに行くんでしょ?」

 「……あ、うん…」

 「優希ちゃん、いいなぁ〜。私もバレーしてないで、萌ちゃんにピアノ教えてもらうんだったなー。 あ…じゃあ、私行くね。バイバ〜イ!」 その子は走っていった。

 ……なんだろう…。今、私の心に、影が過ぎった気がする…。

 …ま!気のせいだよね!

 私は優希のもとへ急ぐ。



 〜♪♪〜〜♪〜♪〜

 ピアノを弾く優希のじゃまをしないように、足を忍ばせピアノの教室に入る。

 「優希……」

 優希の指が白い鍵盤の上を踊る。その動きに合わせ、優しい音楽が紡ぎだされる…。

 ふと、その優しい音楽は止まり…

 「あー、萌ちゃんだー! 聞いて聞いて!つまずいてたあの小節が、やっとうまく弾けるようになったんだよ〜!」

 「…え。あ、うん…」

 「…萌ちゃん、どうしたの?」

 「ううん…。なんでもないよ…」

 優希のピアノに聞き惚れていた自分に気づき、慌てて取り繕う。

 「ねぇ!またいっしょに連弾しよ!」 (連弾:一台のピアノを二人で弾くこと)

 「あ…うん」

 楽しそうにピアノを弾き始める優希。

 優希……。

 私の心には、不安が広がっていった…。







 秋になった。

 ここ数日、私と優希は、それぞれ別れてピアノの練習をしていた。 もうすぐ、大きなコンクールがあるからだ。

 と言っても、行われるのは地方予選みたいなもので、本選は冬に行われる。

 優希はいやがっていたが、私は優希にも出場するように説得をした。

 私は家で、家で弾けない優希は旧校舎の教室で、それぞれ練習に打ち込んだ。


 私は、このコンクールで、はっきりとさせたかった。

 ……優希には負けられない…。



 コンクール当日。

 舞台袖で、私と優希は出番を待つ。

 「う〜。緊張するよ〜」

 可愛いドレスに身を包んだ優希は、不安そうな顔で、私の服を掴んでいる。

 実は、このコンクールに優希は、『中村結城・男』ではなく『中村優希・女』として登録をしている。 …まぁ、所詮予選だし、ばれなきゃ問題無いでしょ!

 お客さんの拍手と共に、舞台の上の演奏者は入れ替わっていく。 …この人の後は、いよいよ私だ。

 「ねぇ、萌ちゃん…。大丈夫?」

 「大丈夫よ。コンクールには何度も出場してるから、けっこう慣れちゃってるんだよね」

 心配そうに聞いてくる優希に、私は答えた。

 「そうなの? …でもホントに大丈夫? 最近萌ちゃん、なんかいらいらしてるみたいだし…」

 「何言ってんのよ!アンタは私の心配してないで、自分の心配をしていなさい!」

 「えへへ。そーだね」 照れたような笑いを浮かべる優希。

 前の人の演奏が終わった。 さぁ、次は私だ…。

 「がんばってねぇ〜。萌ちゃん!」

 優希に見送られ、私は舞台の上へゆく。



 私自身も気づいていた。私が、なにかいらいらしていることに…。 どうしちゃったんだろうなぁ、私…。

 舞台の真ん中にある、大きなグランドピアノの前の小さな椅子に座る。

 落ち着け、私。いつものように…。 私は、自分にそう言い聞かせる。

 大きく深呼吸をし、私はゆっくりと弾き始めた。

 〜〜♪〜〜♪〜♪〜



 …よし!

 大きな拍手の音を背に、私は舞台の袖に戻る。

 練習以上にうまくいった! 満足のいくものだった。

 舞台袖で優希の笑顔に迎えられる。思わず、笑みがこぼれた。

 「さぁ優希。次は、あなたの番よ!」



 優希の背中を押してあげる。 優希は、舞台の下の観客を見て、一度こちらに泣きそうな顔を見せたあと、恥ずかしそうにピアノの前へ歩いていった。

 …そういえば、こうやって優希の演奏を聞くのって、初めてよね…。

 優希は、あの古いピアノでしか練習をしていない。 私は、優希があの古いピアノ以外で弾くのを初めて聞く。

 本人も初めてなのだろう。大きなグランドピアノに、少し戸惑っているようだ。

 この大きなホールで、よく音の響くあのグランドピアノで、優希の演奏を聞くとどうなのかな…?

 戸惑いながらも、優希はゆっくりと演奏を始めた…。



 優希…!!

 優希の演奏は終わった…。 小さく礼をして、優希は急ぎ足で舞台袖に戻ってきた。

 「わ〜ん!萌ちゃ〜ん! 恥ずかしかったよ〜!」 優希は緊張が解けたのか、私のところに抱きついてきた。

 私は呆然と、腕の中の優希を見つめる…。

 「…あれ?萌ちゃん、どうしたの…?」

 ……え? …あ……

 「……ううん。なんでもないよ…」

 不思議そうに私を見つめる優希に、私は答えた。

 ……優希…。



 参加者の演奏は全て終わった。 私と優希は、観客席の端から審査結果の発表を待つ。

 「さぁ!いよいよ、審査結果の発表です!」 司会者の声が、ホールの中に響く。


 …結果なんて、聞くまでもない…。


 「優勝者は…!!」

 優勝者は…!



 ………優勝は、優希…。



 驚く優希を舞台の上へ送り出し、私はホールを出た…。





 …今、私は、どんな表情をしているんだろう……。

 会場の外の公園にある小さなベンチ。 私はベンチに座り、夕日が沈み、薄暗くなった公園をどことなく眺めている。

 …気づいていなかったわけではない。むしろ、大分前から予感していた。

 ……でも、素直に認められるほど、私は大人じゃない!!

 …どうして……!



 人が近づいてくるのに、私は気づいていた。

 「萌ちゃ〜ん!ここにいたんだー!!」

 息を切らせて、優希はやってきた。

 「萌ちゃん!どうしてこんなとこにいるの?! 萌ちゃんも準優勝だったのに…! 会場のどこにもいないから、探したんだよ!!」

 優希が言う。優希の顔は、どことなく嬉しそう。

 「それにしても、私が優勝なんて…! なんか信じられないよ! 嬉しいような恥ずかしいような…!」


 その優希の笑顔を見た時、私の中のなにかが弾けた…。


 「……るさい…!」

 「…え?」

 「うるさい!!」

 突然声を上げた私に、優希はビクッと驚いた。

 …どうして!

 「どうして!! どうして私じゃなくて優希なの!!」

 …私は!

 「私は、ずっとピアノをやってきたのに! がんばって練習を続けてきたのに!!」

 …なんで!

 「なんで私じゃなくて優希なの!! なんで!!」

 「……ごめん、萌ちゃん。私、そんなつもりじゃ…」

 少し怯えている優希。 私は優希を睨みつける。 …だめ!抑えられない!!

 「…なんでアンタなのよ! 何もできないくせに!私がいないと何にもできなかったくせに!!」

 「……萌ちゃん…」


 「何よ、アンタなんて!! アンタなんて、女じゃないくせに!男のくせに!!」


 「!!っ」


 …私には、優希が、音の無い悲鳴を上げたのがわかった……。

 少し肩を震わせている優希…。 優希の顔を見ることが…、私にはできなかった…。

 私は…

 私は…優希の前から逃げ出してしまった……。




 …優希……。

 …なんで、あんなこと言っちゃったんだろう…。

 家に帰った私は、コンクールのことをお母さんに何も言わず、夕食も食べずに部屋に篭っていた。

 一度、心配そうに私の部屋の扉を叩いたきり、お母さんは何も言ってこなかった。今日、会場にいたお母さんは、結果を知っていたから…。

 …なんで負けたんだろう…。

 私の幼い頃の記憶はピアノを弾いている姿ばかり…。練習ばかりで嫌になるときもあったけど、それでも私はピアノを弾き続けた。自分には、才能があると信じていたから…。

 私は、服も着替えずに、布団の中に包まっていた。

 ……だめ…!

 目を閉じると、優希の辛そうな表情を思い出し、胸の中が後悔の念でたまらなくなる。


 この夜私は、布団に顔を押し付け、声を殺して泣いた…。




 あの日の私の涙は、自分の夢を失ったことへの涙だったのだろうか…。

 親友を失ったことへの涙だったのだろうか……。







 コンクールから数日。私はまだ、優希と一言も話していない…。

 コンクールの次の日も、優希は何事もなかったように、学校へ登校していた。 あの夜の私の思考は、『優希の自殺』まで考えてしまっていたので、正直、優希の姿を見た時ほっとした。

 ここ数日、優希がちらちらと、私を見ているのに気がついた。 でも、私は優希から逃げていた…。

 私は、徹底的に優希を避けた。 次に優希の前に立った時に、私は何を言っていいのかわからなかったから…。

 私は、優希の顔を見ることができなかった…。

 他の友達は、珍しくケンカをしている私と優希に、なんとか仲直りをさせようとしていたみたいだったけど、あまりに深刻そうな二人の様子に、それ以上、口を挟まなくなった。

 三年生の今年は、優希とは違うクラスだったので、ほとんど優希の姿を見ることなく生活していた。この中学に来てから、ここまで優希の顔を見ない生活は初めてだった…。



 「あ……萌ちゃん。……おは…よ……」

 「………」

 朝、学校の昇降口。

 優希とすれ違った私は、できるだけ優希の顔を見ないように、そそくさと横を通り過ぎた。


 ……まただ…! また優希から逃げてしまった…。

 優希から離れ、一人になったところで、私はまた後悔をする…。 こんな日が、いったい何日続いているんだろう……。

 優希と向かい合って、ちゃんと謝りたい! また、二人でいっしょにピアノを弾きたい!

 私は、何度も優希に謝ろうと決心をした。 でも…

 私は未だに、優希の前に、まともに立つことさえできないでいた。 優希を見ると、私はその場から逃げ出してしまう…。


 その日の放課後。

 …今日こそは…!

 運動場の端。優希といつもいっしょにピアノを弾いていた、あの旧校舎のある林の端。

 優希は、あれからも毎日、あそこでピアノを弾いている。

 私は、何度もあの優希のいるピアノの教室へ行こうとした。 でも、私は、あそこに近づくことができなかった。

 〜〜♪〜♪〜〜♪〜

 あ… またピアノの音が聞こえる……

 この優希のピアノの旋律を聞くと、私の足は、あのピアノの教室へ向かうことを止める…。


 優希がなんだっていうの…! あの子は、私から夢を奪った子じゃない…!!


 優希への嫉妬が、私の中の黒い闇が、私の心を満たしてゆく…。




 この日も私は、優希に謝ることができなかった…。







 十二月になった。

 優希とは仲直りのできないまま、二学期が終わろうとしている…。

 「…ねぇ、塚原さん。あなたと優希ちゃん、まだケンカしてるの?」

 「………」

 心配そうに声をかけてきた友達数人に、私は黙ったまま…。その子達を無視して、私は教科書類を鞄に詰め、帰りの準備を進める。

 「あのさー、なんでケンカしてるかは知らないけど…。いいかげんに仲直り、しなさいよ!」 別の子が、少し強い口調で私に言う。

 そんなこと、言われなくてもわかってるわよ!…でも、できないんだから仕方ないじゃない!!

 「………」 そんな心の内を見せず、私は再び沈黙を返す。

 「…まったくもう!強情ねぇ…!」

 「…そういえばさー。優希ちゃん、この前のコンクールで優勝してたでしょう」

 …ピクッ

 「シー! ばか!萌ちゃんの前でその話は…」

 「構わないわよ! それより優希ちゃんねー、もうすぐある、そのコンクールの本選に出場するらしいわよ」

 ……えっ!

 「へー、そうなんだー!優希ちゃん、やるわね〜」

 「うん、それでねー。 その話を優希ちゃんに聞いたらねー、せっかくだから、私達にも聞きに来てほしいんだって!」

 ……!!っ…

 「へー!優希ちゃんの演奏、聞きたいなぁー! ……って、何?どうしたの萌ちゃん!急に立ち上がって…!」

 「その話、本当なの?!」 その話をした子に、私は詰め寄る。

 「…う、うん。優希ちゃん本人から聞いたから、間違いないけど…」

 私はその子の話を最後まで聞かず、鞄を掴んで教室を飛び出した。



 その日は珍しく、ピアノの音が鳴っていなかった。でも、私は確信していた。優希はあの教室にいる、と…。

 「優希!」

 優希は、ピアノの鍵盤のところに、腕を組んで頭を伏せていた。 一見、寝ているようにも、泣いているようにも見えた。

 「…萌ちゃん…?」

 「……あ…」

 優希が頭を上げ、こちらを見る。

 優希の顔を見た時、私はまた、逃げ出したくなってしまった。

 …でも、もうこれ以上、逃げるわけにはいかない。

 「…あの……

   ……優希…ごめんなさい。あんなこと言っちゃって…」

 私は顔を伏せていた。

 優希からの返事はない…。

 私は、恐る恐る顔を上げた。 優希の顔は……

 優希は悲しいようでいて、それ以上に嬉しそうな顔で、目に涙を浮かべ笑っていた。

 「…萌ちゃん。やっと、私の顔を見てくれた…!」

 「優希…」

 この瞬間、私は優希に抱きつき、涙を流して優希に謝った……。




 「ごめんなさい、優希。あんなこと言っちゃって…。私、あの時…」

 「ううん。 それより、私の方こそごめんなさい。私…」

 「優希!なんで優希が謝るのよ! 私は、実力で優希に負けたの! …だから、優希は謝っちゃだめなの!」

 「…うん。…でも…」

 なぜかしつこく私に謝る優希。 もう!この子は…!

 いつも、それぞれが座っていたピアノの前の椅子に座って、優希と話をする。

 「萌ちゃんが、また来てくれて、嬉しい! ここでピアノを弾いていても、そこの席はいつも空席だったから…。そこの空席を見ると、いつも寂しくなってきて…」

 嬉しそうに私を見ている優希。その優希の笑顔で、私の心は救われた気がした…。

 「…それより、優希! 本選に出場するって本当なの?」

 「…うん」

 「…わかっているの?本選は予選とは違うのよ…!」

 「…うん、わかってる。コンクールの主催者の方と、ちゃんと話したから。予選のときのことも話したから…。私が望むんだったら、本選に出場するのは、全然構わないって」

 「……でも、本当にそれでいいの…?」

 「うん。私もいつまでも逃げてちゃいけないってわかったから」

 「そう…」

 私からは、もう何も言えなかった…。 その優希の瞳からは、固い決意が見えた。







 コンクール当日、コンクール会場。 楽屋。

 「優希、いよいよね」

 「うん…」 鏡を前に座る優希の顔からは、幾分の緊張の色が窺える。

 当然だ。私だって、こんな大きなコンクールには出たことがない。 この選手控え室に聞こえてくる微かな音からも、このコンクールが日本のトップクラスだということがわかる。 私にもここまで弾けるかどうか…。

 「萌ちゃん、どうして出場しないの…?!」 恨みがましそうに、私を見る優希…。

 秋のコンクール、優希に続いて準優勝だった私は、一応、このコンクールへの出場権を持っている。

 だが、私はエントリーをしなかった。

 「いいじゃない、たまには…♪ 優希!私の分まで責任取ってがんばりなさいよ!!」 と優希に全てを押し付けてみたり…

 「うぅ〜…」 あ!涙目で怒った顔がとってもらぶり〜♪  ……あなたホントに男なの…?(汗)

 「もう少しで優希の出番でしょ! 私は客席からみんなと応援してるわよ!」

 優希も少し緊張がほぐれたようだし、そろそろ戻ろうかとドアノブに手をかけ……

 「……優希。 どうなったって、私は最後まで優希の味方だからね…」

 私は振り返り、優希を見つめる…。

 「…うん!ありがと、萌ちゃん!」

 優希は嬉しそうに微笑んだ。



 私は、負けるとわかっている試合はしない。 …ヤな性格だわ…(汗)

 私にも強いプライドがある。

 だがその私のプライドは、優希の演奏の前に崩れ去った…。

 ――崩れ去った…? いや、崩れてはいない。私の強いプライドは、今も心に強く残ったまま…。

 「あ、きたきた!萌ちゃん早くー!もうすぐ優希ちゃんの演奏、始まっちゃうよ!!」

 いっしょに応援にきた何人かの友達のいる座席に、急いで戻る。

 「優希ちゃん、どうだった?」

 「ガチガチに緊張してた!少しはほぐしてあげれたけど…」

 優希はただ緊張してるわけではない。 でもこれは、優希自身が望んだこと…。

 優希と仲直りをしてからは、私は毎日、付きっきりで優希の練習に付き合った。 ホントに優希はすごい!目を見張る上達ぶりだ!

 はっきり言って、技術だけならまだ私の方が上だ。 …でも、優希は私の持っていないものを持っている…。

 このコンクールの選手は、主に十代後半の人。このコンクールで優勝をすれば、オーストリア・ウィーンの国際音楽大学への留学の権利が与えられる。 いわば、新人の大きな登竜門のようなもの。

 今、舞台の上でピアノを弾いている女の人も、年は私達とほとんど変わらないだろう。

 …なんだろう……。あの舞台の上の女の人を見てると、優希に出会わなかった私を思い浮かべてしまう…。

 「あ!演奏、終わったよ!次はいよいよ優希ちゃんだ!!」 隣の席の友達が、待ってましたと言わんばかりに言う。

 …そう。いよいよ、優希だ。



 『次の方は、中村結城さん。十四歳の中学三年生の男の子、今大会最年少の方ですね。どうぞ〜!!』 司会の人の声が、大きなホール全体に響き渡る。

 「やーねー!司会者さん、優希ちゃんのこと男の子だって!!間違ってるじゃない!!」

 「………」

 隣の子の呼びかけに、私は無言のまま…。

 パチパチパチ!!  …ざわざわざわ……

 大きな拍手とともに、優希は舞台の上を進む。優希は、可愛らしいドレスに身を包み、小さな水色のリボンで髪をとめている。さっき、私が付けてあげたリボン…。

 優希はピアノの前の椅子の横に立ち、客席に向かって礼をする。拍手の止んだ客席からは、少しざわめきが…。

 『え、え〜と…(汗) 結城さん。あなたは、男の方……ですよね…?』 司会者が、進行表やプログラムを見比べながら優希に向かって問う。

 優希――いや、結城は、司会者・そして客席へ向けて、ニコリと悲しそうに微笑んだ。 その瞬間、再び盛り返したようにざわめきが広がる客席。

 「ちょ、ちょっと…!なんで優希ちゃん、否定しないのよ…!!」

 隣にいる友達も、驚き、戸惑い始める。 私を除いて…。

 「つ、塚原さん…!まさか、優希ちゃん、本当に…!!」

 『えー!皆さん、お静かに願います!! ……それでは結城さん。演奏の方へどうぞ…』

 司会者の言葉に、やがてざわめきが小さくなる客席。 そして、舞台の上の大きなピアノの前に座った結城は、その小さな白い指から優希の旋律を紡ぎ始める…。

 〜♪〜〜♪〜♪〜〜



 優希にあって、私になかったもの…。 それは、深い感受性…。

 言葉ではうまく言い表せられないけど、優希の演奏からは、何か心に響くものが伝わってくる。 私の演奏は、ただ上手いだけ…。

 舞台の上の優希の音楽に、私は、観客達は魅せられていた。

 私は以前に、優希のお母さんから、小学校の優希の話を聞いたことがあった。

 周りの子とは違う自分に気づいたこと…。自分が男だと気づいたこと…。そして、今の中学で私達に出会って、どんなに幸せだったかということ…。 今の優希からは全く感じられないような、辛い過去もあったんだと思う……。

 そんな優希の切ない思いが、強くピアノの旋律に込められているみたい……。

 優希が、男だろうと女だろうと関係ない。

 その小さな指から紡ぎだされる音楽は、私達の心に染み込み、その思いの全てを伝え……


 ………あれ…? …私……泣いてる……?



 舞台の上でピアノを弾く優希の姿は…

 …それはまるで、妖精のように………















 「う〜ん… ここも今日でお別れだね」

 「そうね」

 私物も全て片づけ、再び何もなくなった、ピアノ以外何もなくなった、旧校舎のピアノの教室を二人で眺める。

 今日は、私達の卒業式。 義務教育を終えた私達は、それぞれの道へ進み始める…。

 「明日には、ここを発つんでしょ?」

 「…うん。明日の朝一には…」

 「そっかー。じゃあ優希とも、今日でしばらくお別れね」

 「…うん」

 私達がいなくなって、使われなくなるこの旧校舎はどうなるのだろう?

 おそらく、取り壊しになるんじゃないかな…? あの理事長先生も辞めてしまうみたいだし…。

 あのコンクールで優勝した優希は、ウィーンへ留学することができる。 …でも、優希は留学を取り消してもらっていた。 優希の中に迷いがあるらしい。 もったいない!

 では、なぜ優希はここから引っ越してしまうかというと…。

 実は、優希のお母さんが再婚することになったのだ。

 幼い頃に父親を亡くした優希。父親の背中を知らない優希のことを、おばさんはとても不憫に思っていたらしい。

 優希のおかげで、なかなか再婚に踏み切ることができなかったみたいだけど、なんかいろいろあったようだ。

 相手の方も、優希のことをきちんと理解してくれているようで、優希もなかなかの好評を…♪

 「私のことばっかり考えてないで、お母さんにも幸せになってほしい」 とは優希。

 優希と別れてしまうのは、正直、すごく悲しいけど…。

 優希はもう、どこへ行っても私が心配をすることはないだろう。 …優希って強いな。

 「萌ちゃん。私、ピアノやめないよ!!」

 「当たり前よ!やめるなんて言ったら承知しないわよ!!」 と言って、ニヤリと笑ってみせる。

 「う…(汗)」 言葉につまる優希。

 あんな演奏できるのは優希しかいない。そして、その才能はまだ開花したばかり…。 こんな輝かしい宝石の原石を磨かないなんて…!!

 「優希…!がんばりなさいよ!」

 「うん!」

 優希は嬉しそうに微笑む。

 「………萌ちゃん、ありがとう…」

 「…いえいえ!」

 とは言ったものの…………何が?

 …ふと、私は優希の顔を覗き込み…… 見られて少し顔を赤くする優希。


 …チュッ


 きゃーーー!!やっちゃった〜〜♪ 優希のくちびる、うばっちゃった〜〜〜♪

 前から一度、優希にやってみたかったのよね〜♪ (とくに優希が男とわかってから…)

 優希は顔をこれ以上ないってくらい真っ赤にして、恥ずかしそうにもじもじしている。きゃ〜〜♪可愛い〜!!

 これがキスをした時の男の子の反応なのね…♪(←違う)

 コンコン! あれ?後ろから窓を叩く音が…

 「お〜い!あんた達、二人で何やってんのよ!!」
 「みんなで写真とろ〜!」
 「早く出てきなさーい!!」

 げーーーー!!み、見られた〜〜〜!!!

 何人かの子がやってきていた。 慌ててみんなに背を向ける優希。 思わず私は、優希を背中で隠していた…。

 「…み……見た…?」

 「何をよ? あんたの背中しか見えてないわよ!」

 よ、よかったー!!見られてはいないらしい…(汗)

 みんなに男だとばらした優希。その噂は、コンクールの優勝とともに、学校中にいつの間にか広まっていた。 それによって、奇異の目を向ける者達が、同じクラスの中にも現れてきた…。

 しかしそれでも、仲のいい友達やほとんどの生徒達は、優希のことを受け入れてくれたみたい。

 …なんとか顔を誤魔化し……

 「…さ!私達も行こ!」

 「う、うん…」 まだもじもじしてる優希。

 私は優希の手を引っ張り、そのまま窓枠を飛び越えみんなの所へと向かう…。




 こうして、私達の中学校生活は終わった。














 『謎の双子ユニット?!「シオン」 彗星のごとく現れ…!』

 「おー!雪野、なかなかやるぢゃない…!!」

 とある音楽雑誌。最初のページには、大きな見出しとともに『シオン』の緊急特集が載っている。

 「潤、すごいわねぇ…。なんかワイドショーでも、いろいろ取り上げられてるみたいよ…」

 横にいるあずさちゃんは、呆れた表情で記事を読んでいる。

 それにしても、雪野って写真写りがいいわね…。 …雪野ってホントに男なの…? っとは、どこかで一度言ったことがあるような無いような…?

 雪野の抜けた『ノルン』は活動停止…かと思いきや、なぜかいろいろと引っ張り出されていたりする。練習、手を抜くわけにはいかないわね。

 あの学園の付属の高等部には行かず、私はこの高校に来た。今では、こっちにきてよかったなと思っている。 優希もいないし、いやな先生が多かったからね。 中三の冬、遅くに勉強を始め、なんとかこの高校に入ることが出来た。

 高校生になって、雪野達に誘われバンドを始めた私。ピアノしか弾いたことのなかった私は、健二くん達にギターやベースの弾き方を教えてもらった。

 これがなかなかおもしろい♪ あんまりあっさり弾けるようになったもんで、雪野なんか涙を流して悔しがってたわね…♪

 あずさちゃんにドラムも教えてもらったけど…。どうやら私にはあまり向いてなかったらしい…。 …さて、次は何を弾いてみようかな?

 雑誌をぱらぱらとめくる。 …あれ?これは…

 『音楽界の期待の星!!妖精はウィーンへ…!』 へー!優希、ついに留学する気になったんだ〜!!

 二年連続でコンクール優勝を決めた優希は、いろいろな雑誌にも取り上げられていた。

 「この子、男の子なんだってねー…。なんか本物の女としては…… フクザツだわ…」 あずさちゃんは、ジト目で優希の写真を眺めている。 …た、確かに……(汗)

 「…優希の場合、なにより表情や仕草が女の子より女の子だからね……」

 「へー。 ……って!萌ちゃん、この子と知り合い?」

 「…うん、ちょっとねー。大切な友達なんだー……」

 「ふーん…」

 一瞬驚いたように私を見たあずさちゃんだったが、私の顔を見て、再び黙って記事に目を向ける…。 ……あれ?私ってどんな顔してた…?

 実は、優希のことを書いてある記事っておもしろいんだよねー。 「なぜ妖精は男なんだー!!」と、記事を書いた人の嘆きが伝わってくる…♪

 私は、自分の見ていた将来の夢を、全て優希に託すことにした。 やはり、本当に才能のある人間っていうのは違う! そして、それは雪野も……

 「萌ちゃん、そろそろ次の体育に行きましょ…。 なんか潤――いや、瞳が…」 あずさちゃんのはく息は、いつの間にかため息に変わっている…。 あずさちゃ〜ん!がんばれー!

 パタンと雑誌を閉じ、私とあずさちゃんは急いで次の授業へ向かう。




 …さて。 優希がウィーンへ行っちゃう前に、また手紙でも書こうかな…?








〜あとがき〜

 最後まで読んでいただけて、本当にありがとうございます!
 なんか割とありがちな話ですが、書きたかったので書いてみました。
 …本編と雰囲気が違い過ぎますね(汗)
 この話は、最初のキャラ設定の時からなんとなく考えていたんです。
 そして、あいかわらずこのシリーズには、女装キャラしか登場しませんので…
 こんな話ですが、これからもどうかよろしくお願いします…。

    水無月









 それにしても…

 おかしいなぁ〜 最初は本編も、も少し真面目な話になるつもりだったのに…(汗)
 実は、あまりの雰囲気の違いのために、このあとに載せるつもりだった『おまけ』の話が、載せることが出来なくなった…。
 どーしよかな?第二提示板にでも載せよかな…




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