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 …ざわざわざわ……

 「なぁ、健二。」

 「なんだい?瞳ちゃん♪」

 「……お前まで、瞳ちゃん扱いするのか?」

 「わ、わかった!わかったから、その右手の物は置いてくれ!それでも、俺の大切なギターだ!!」

 …コツコツコツ……

 「……健二。」

 「…なんだよ!雪野!」

 「ホントにやるのか?」

 「もちろん!」

 「この格好、この声で?」

 「当然(ニヤッ)!」

 「なんでわざわざ、今、やるんだ?声が戻ってからでもいいだろ?」

 「そんなこと言わずに頼むよ〜!俺、今月どころか、今週苦しいんだ!友達だろ?なんとか助けてくれよ!」

 「しかたない…。 ただし、お前のためにこんな格好までしてやるんだ。今日の分は八割よこせ。」

 「八割ー!!ちょっと待て!そりゃ取りすぎだ!せめて六割!」

 「…まぁいいだろう。」

 …ざわざわざわ…… …コツコツコツ…………

 「それよりさー。お前、せめて知らない人の前では、もう少し女らしく話せよな!」

 「わかってるって。 ……じゃあ、そろそろ始めるか!」

 「おっけー!」




The voice of ours

作者 : 水無月

ACT . 2  A school festival






 俺の声が変わって一週間が経つ。いまだ戻らず………。   だーーー!! いつまでこの声なんだーーー!!

 この一週間、俺は女装で過ごしてきた。もうスカートを穿く恥ずかしさは、ほとんど残っていない。だが、ショーツとブラをつけるときには気が滅入る。

 そう、ショーツとブラだ…。 ある日、タンスを開けると、男物の下着がすべて無くなっていた。代わりに鎮座していたのは、色とりどりのショーツとブラ……。
「母さん!俺の下着はどうしたんだよ!」
「すべて処分…は、してないけど、隠させてもらったわ♪今のあなたはあれをつけなさい♪」
「なんでそうなるのさ!」
「スカート穿いてるのに男物じゃだめよ♪ ブラもつけなさい♪ パッドを買ってきたから♪ いくらなんでも、ぺったんこじゃおかしいわ♪ それに………かわいいパンティーじゃないと、スカートをめくる楽しみがないわ♪」
「……………。」

 というわけで、今は女物の下着をつけている。確かに、胸がぺったんこでおかしいと思っていたのもそうだし、スカートがめくれそうになる度にドキドキしていたのは事実だが…。

 さらに言うと、今日は、そのときいっしょに買われていたスカートとブラウスを身につけている。

 俺と健二は今、駅前の広場にいる。何をしようとしているかというと、俺たちはストリートライブをしようとしているのだ。俺たちはよく、二人でストリ−トライブをしている。目的はもちろん、小遣稼ぎ♪これがけっこういい稼ぎになるのだ♪

 じゃ〜〜ん♪ 健二が軽く音を出す。 見向きもしなかった通行人達がこちらに目を向ける。

 ちなみに、俺も少しはギターができるので、いつもは俺もギターを弾く。健二ほどは弾けないが。

 日が沈み、暗くなった駅前。帰宅途中のサラリーマンや学生たちが多い。

 「おー!兄ちゃん! またやってるのかー!」 一人の酔っ払いが近づいてきた。よく聞きにきてくれるおっさんだ。(酔っ払っていないのを見たことがない)

 「今日も何か聞かせてくれよ! ……おや?いつものもう一人の兄ちゃんがいないようだが?」

 「あいつは今日は休みだ。というわけで、ピンチヒッターを連れてきた。あいつの妹だ。」 と言って、健二は俺の背中を叩く。

 「ど〜も!瞳っていいます!」

 「おやおや!これはかわいらしいお嬢さんだ! じゃあ瞳ちゃん、聞かせてもらうよ。」

 さぁ!やるか!!マイクを持ち、前へ出る。

 「みなさぁ〜ん♪これから歌うので、聞いてくださぁ〜〜い♪」 ふっふっふっ!ここ二・三日で身につけた秘技『男を惑わす甘い声』だ!後ろで健二が、青い顔をして冷や汗を流しているが気にしない。

 急ぎ足で歩いていた通行人たちの何人かが足を止める。宣伝効果あり♪(いつもはここまでしない) 女装していても、開き直ってしまえば、何も恐れるものはない!!(笑)

 じゃじゃ〜〜ん♪ 健二のギターが響く。 いつもは、即興で歌を作り歌っている。これがなかなか楽しい。 でも、女声でのストリートライブは初めてなので、何を歌うか先にいくつか決めていた。

 ちなみに、マイクはもっているが、拡声効果はない。用は気持ちの問題だ。

 そして俺は、ギターに合わせて歌いだす。

 〜〜〜♪〜〜♪〜〜〜♪♪〜〜




 数時間後………




 「どーもーーー!ありがとうございましたーー!」

 パチパチパチパチパチパチパチ…!!  ワーワー!ヒューヒュー!

 「瞳ちゃん最高〜〜〜!!」 「かわい〜〜〜!」 「もっと歌って〜〜〜!」 「きゃーー!!こっち見て〜〜!」

 アンコールの嵐………(汗)。

 いつの間にか、俺と健二を中心に、広場いっぱいの人が集まっていた。 さすがに、俺と健二も唖然とするのみ……。 マイクにホントの拡声機能がほしい…。

 ええ〜い!!ここまできたら、とことんやっちゃる!!

 「次、いきまぁ〜〜〜〜す♪」

 俺と健二は、いつしか、ふっ切れていた。



 この騒ぎが終わったのは、日付が変わってからだった。





 「す、すごいことに、なったな……。」

 「あ、ああ………。」

 お金を入れてもらっていたギターケースには、溢れ出さんばかりのお金がたまっていた。

 「す、すごいな……。いつもの三倍…いや、五倍はあるぞ!」

 俺と健二は驚くばかりだ。 そして、儲けを計算して、さらに驚くこととなった(汗)。

 「な、なぁ!これからストリートライブやるときは、お前、女でやれ!」

 「………。」 いやだ!とも、いい!とも言えなかった……。







 翌日。声が変わって、八日目。 未だ戻らず……。

 バスの中でのいつもの視線は気にせず、いつものように通学。 あぁ、スカートでの通学が日常になってゆく………(涙)。

 教室に入る。 ………入った瞬間に、みんなが俺を見る。 な、なんだ?

 「おはよう、潤。あんた、昨日何やったの?」 ドキッ!! あずさが声をかけてきた。こいつ、普段は俺を瞳ちゃん瞳ちゃんと呼びまわるくせに、何か含みがあるときだけ潤と呼ぶ。

 「な、何って…。別に何も……。」

 「とぼけないで!あんたたち、昨日駅前で何してたのよ!」

 「い、いや…。いつものように稼ぎに…。」

 「全く…朝から学校中、あんたたちの噂で持切りよ!」 昨日、あれだけ人が集まっていたのだ。うちの学校の生徒が、何人かいてもおかしくない。

 そして、休み時間ごとに、俺たちを(俺をかも…)見に来る生徒が増えてきた。



 お昼休み………


 「大変なことになったな。」 「あ、ああ…」 「どうするんだ?」 「どうするって言われても…。」

 俺と健二は、例の屋上へ急いで逃げてきた。『瞳ちゃんとはだれだ?』という話は、どうやら、二・三年生にも広がっており、見学者は増えるばかり…。

 弁当を食べ終え、二人(主に俺だけ)が苦悩していると、あずさと塚原がやってきた。

 「やっぱりここにいたわね!」 「すごい人気ね、瞳ちゃん♪」 少しイラつきぎみのあずさに対し、とても楽しそうな塚原。

 「まったくもう、考えもなしにあんなことして…! 潤!あんた、いつまで女してるつもりよ!」

 「何そんなに怒ってんだよ。第一、女装を強要したのはお前だろ!」

 「それはそうだけど…。でも、本当にバンドどうする気なの?学園祭まで、あと二十日しかないのよ!」 練習は五日に一回ぐらいしかできないので、もう本当に時間がない。

 「………急いで声を治します…。」 それしか言うことができなかった。


 「………これは、あの計画を実行に移すしかないようね!(キラン)」 この時、塚原が目を光らせていたのに、俺は気がつかなかった。







 二日後。声が変わって、十日目。 未だ戻らず……。

 休み時間の見学者は減ったが、廊下を歩くだけで視線を感じる…。 はぁー…。ストレスがたまる……。

 授業中が一番平和だ。だが、出席名簿を見かけたとき、雪野潤の名が消されていて、女子の欄に雪野瞳の名が乗っていたのには驚いた。 男の俺が消されている…(涙)。 最初、嫌な目つきで俺を睨んでいた生活指導の先生も、もはや普通の女子生徒扱いだ。 あとに引けなくなってきたような気がする…。

 しかし、体育は別だ。こんな声でも、俺は健全な男児であって女ではない。かつらを取って、普通に男として授業を受けている。声は出さないが。 ただし、着替えは特別室を与えられている。(新見先生の権限で…)  だが、女子の体育に入れられるのも、時間の問題のような気が…。

 昼飯は、いつもなら健二たちと食べていたのだが、最近は、沙耶香たちに引っ張られて、いっしょに食べている。居心地は悪いが、他の男といっしょにいると、何やらいやらしい視線を感じてしまうのでしかたない。 俺は男なのにー!!

 そして、その日の放課後………。



 「おい、沙耶香!塚原! ここに俺を呼び出して何の用だよ!」 ここはいつもの防音室。

 「塚原!今日ここは、俺たちは使えないはずだろ?」

 沙耶香と塚原…、この二人が揃うと、はっきり言ってろくな事がない。 だからと言って、呼び出しに応じないと、さらにひどいことになってしまう…。

 「ふっふっふっ♪今日は瞳ちゃんの使える日よ♪ 見なさい、この新しい予定表を♪」 塚原に見せられた予定表には、俺たちの『ノルン』や他のバンドの名が並ぶその間に、『雪野瞳』の名が…。 い、いつの間に…。

 「『瞳ちゃんが使いたがってる』って言ったら、一部の先輩方が、喜んで空けてくれたわ♪ さぁ!学園祭で歌うために! みんなのために練習よ!!」

 「ちょ、ちょっと待てよ!なんで俺が、瞳で歌わなきゃならないんだ!!」

 「あなたねー! これだけ人気がありながら、今更何言ってんのよ! 瞳ちゃんが歌わなければ暴動が起こるわよ!」 呆れたように沙耶香が言う。

 「時間が取れたと言っても、今日を入れて三回しかないわ! というわけで、特別講師を頼んであるの♪沙耶香ちゃん、呼んできて!」

 沙耶香が部屋を出て、隣の音楽準備室に入っていく。 ま、まさか………

 「あなたが噂の瞳ちゃんね♪ かわいい娘ねぇ〜♪ これからビシビシ鍛えて、一人前の女の子にしてあげますからね♪」 げげっ!! やってきたのは、演劇部顧問でそのスパルタ教育で有名な、音楽の早乙女、通称:ネクロマンサー(←意味不明)だ。 なぜ、そのネクロマンサーがここにっ!!

 「ふっふっふっ♪もう逃げられないわよ、瞳ちゃん♪」

 なぜだーーー!!







 さらに一週間が経った。 声が変わって、十七日目。学園祭まであと、十一日。 未だ声、戻らず………。  もう戻らないのかなぁ……(涙)。弱気になってきた。

 ここまで来ると、周りは俺がもう男には戻れないことを前提にしてしまっている。というか、元から女だったと認識しているような…。沙耶香たちは、終始『女の子らしい言葉使い』を強要してくる。 俺は男だーーー!!

 「おい雪野!どうするつもりだ!もう学園祭まで時間がないぞ!!」 康祐が言う。かなり怒っている。

 「そんなことはわかってるよ!」 俺だって焦っているんだ。 いやだが、ネクロマンサーに教えてもらった発声練習を、毎日朝晩くりかえし練習している。発声の仕方がよくなれば、男声に直るかもしれないと考えたからだ。 だが、未だ成果無し…。

 「あー!瞳ちゃん、こんなところにいたの? 早く行くわよ!!」 塚原が飛び込んできた。

 「行くってどこへ?」

 「どこって… 今日は瞳ちゃんの練習日よ!」 そ、そうだった!

 康祐に睨まれながらも、俺は塚原につれていかれる。


 塚原のピアノに合わせて俺が歌う。それを黙って聞いていたネクロマンサーが、

 「あなた、私の教えた発声練習を、毎日しっかり続けていたようね。声が見違えるようだわ! こんなにまじめな教え子をもったのは初めてだわ(涙)」

 と感動していた。そんなつもりでやってたんじゃないんだけどな…。 あの発声練習の効果があったというのは嬉しい。ネクロ……いや、早乙女先生にも少しは感謝しないとな。 でも、女声がよくなってもなぁー。

 「そういえば、塚原。 この計画には、あずさが参加していないようだが…?」

 「なんかね〜。 あずさちゃん、この計画にはあんまり乗ってくれないの。」 ふ〜ん。珍しいこともあるもんだ。







 そして、それはある日、突然に起こった。



 声が変わって、十八日目。学園祭まであと、十日。

 朝の発声練習は………今日はやめよう。昨日のはやり過ぎだ!

 あのあと、調子に乗ったネクロマンサーが、鬼のスパルタ指導を始めたのだ。そして、なぜか俺以上に塚原が鍛えられていたような…。これは塚原も計算違いだったのだろう。俺といっしょにヒーヒー言っていた…。

 いつものように(女子の)ブレザーを着てかつらをつけ、朝食を食べに行く。

 「おはよう、母さん……………   !!っ 」 自分の声に驚いた!そう、男声が出たのだ。

 「やったーーー! 男声にもどったぞ!!」

 「あら〜。戻っちゃったの? 残念ねぇ〜。」 心底残念そうな母さん。

 「というわけで母さん!男物の服、返せ!!」

 「せっかくそれ着てるんだし、今日はそれで行かない?」 俺のブレザー姿を名残惜しそうに見つめる母さん。

 「いやだね! さぁ、早く返せ!」



 いつものように学校に登校する。 そう、今までのように男子のブレザーだ。

 これでもう、バスでチラチラと見られることはない!スカートが風でめくれることもない!男に色目を使われることも、ナンパされることも、もう無いんだ!!

 これで今までの、平凡な高校生活に戻れる!! 俺の気分は、これ以上ないくらい晴れやかだった。

 教室へ入る。

 「おはよう!!」 さわやかにあいさつする俺。

 「……………。」 しかし、返事はない。 謎の沈黙…。

 「…どうしたんだよ、みんな?」

 「……………おまえ、だれ?」 近づいてきた一人の男子が、俺に聞く。

 「………は?」

 「いや、だから………おまえは、だれだ?」

 「何を言い出すんだ!俺は雪野だ! お前はクラスメートの顔を忘れたのか!!」

 「………えーーー!!」 周りにいた他の生徒達まで叫ぶ。

 「あなた……瞳ちゃん…なの?」 「なんで瞳ちゃんがまた男装してるんだ!」 「俺の瞳を返せーーー!!」 ざわざわざわざわ………

 「うるさーーーい!!俺は男だーー!瞳じゃなくて潤だーーー!!」

 「………ああ、そうか。そういや、お前は潤だったな…。」 「声が戻ったのね…。」 「そう言えばそうだったわね……。 でも…ねぇ〜。」 「うん……。 雪野君、今のあなた……男装した女性に見えるよ…。」 頷くクラスメート達。

 「そんな馬鹿な!! 俺は今までと変わってないぞ!」 声だって、今までどうりの男声だ!(のはずだ!)

 「騒いでないで早く座りなさい! …………ああ!あなた、雪野君ね!声が治ったの?」 新見先生がやってきた。 俺を見たあとの、一瞬の沈黙は何?

 「はい!おかげさまで!今朝起きたら戻っていました!」

 「そう………残念ね……。」 そ、そこまで残念がられましても…。

 その後は普通に授業が続いた。ただ、女でいたときとはまた違った、妙な視線を感じながらだが…。



 放課後………。

 「そうか! 雪野、声治ったんだな!」

 「ああ! なんとか学園祭には間に合ったよ!」 康祐は本当に安心したようだ。

 「間に合ってよかった! ……いや、しかし……」 康祐までもが他の人と同じように、奇妙な視線を送ってくる。

 「なんだよ。言いたいことがあるならはっきり言え!」

 「雪野! みんな、おまえがなんとなく男装した女に見えるんだよ。」 応えたのは健二だ。

 「そうなのよね…。声は元に戻ったみたいなんだけど。ただ、なんとなくね。」 あずさまでがそんなことを言う。

 「俺は女じゃない!れっきとした男だ!」

 「それはわかっているんだが…」 「ねぇ〜…」

 「ふむ……。 これはたぶん、雪野がかわいかったからだろう。」

 「どういう意味だ!」

 「いや、待て!そういうことじゃない! これは、昨日までの雪野があまりにも自然だったからだ。お前のその女顔は、女の格好の方が不自然さが全くないんだ。」 ふん!どうせ俺は女顔ですよ!

 「じゃあ今までは、なんで今ほど言われなかったんだよ!」

 「それは、みんながお前の女姿を見たからだ。今までは、まず服を見ただけで、雪野は男だという先入観を持って見ていたんだ。だから男の姿に疑問を感じなかったんだ。しかし、あまりにも自然な女姿を見たために、男に見えなくなってしまったんだろう。」

 康祐が熱弁する。 う〜ん、わかったようなわからないような…。他のみんなも首を傾げている。

 「そのことはどうでもいいんだけどさぁ。 雪野、もう女声は出なくなっちゃったの?」 塚原が俺に尋ねてきた。

 「実は、そういうわけでもないんだよな。」 と俺は女声で応える。 そう、少し切り替えるでけで、どっちも出せるようになってしまったのだ。 みんなは、俺が突然女声で話したので、かなり驚いている。 いい特技ができちゃったな。

 「そう…。なら、問題ないわね。」

 「それより、早く合わせようぜ!やっぱりバンドにはボーカルがいないとな!!」

 「そうだな。健二の言うと通り、合わせてみよう!」

 俺たちは楽器を(俺はマイクを)とった。



 「すごいな!雪野!! お前、歌うまくなったな!!」

 自分でも驚いている。声がよく響くようになっているのだ。 おそらく、女声でしていた発声練習の効果が、男声にも現れているのだろう。

 「すごいじゃない!潤!」 「これなら大丈夫だな!」

 久しぶりにみんなでやる練習は、いつも以上に楽しいものだった。



 「今日の練習、よかったわね!」

 「ああ! 学園祭が待ちどうしいな!」

 いつものように、あずさと帰りのバスを待つ。

 あずさはここ数日、機嫌が悪かった。たぶん俺のせいでバンドができなかったからだろう。今日は機嫌がいい。 そして、気分がいいのは俺も同じだ。見ていることしかできなかった練習に、久しぶりに参加することができ、思いきり歌えたのだ。ここ数日分のストレスが吹き飛んだ。 早くステージで歌いたいなぁ!

 「潤! もう女装はしないの?」 バスに乗り込み、あずさが俺に言う。

 「するわけないじゃないか!!声も治ったのに、なんでしないといけないのさ!」

 「え〜!瞳ちゃん、かわいかったんだけどなぁ〜。」

 「おいおい!昨日までは、早く男に戻れと言ってたくせに、今度はまた女になれって言うのか?」

 「冗談よ! …でも、なんか今までの潤とはどこか違うのよねー。」

 「あずさ、俺はどこも変わっちゃいない!」 と、自分では思っているんだが…。







 それから、一週間があっという間に過ぎていった。


 朝がきた…。 学園祭まで、あと三日。

 マーー♪マーー♪マーーーーー♪ もう日課になってしまった、朝の発声練習。男声と女声、両方で発声練習を行う。 これをして声を確認しないと、また男声がでなくなっていそうで怖いのだ。 実際に歌声もよくなっているとは思うんだが…。

 男声に戻ってからは、問題なくごく普通にこの一週間を過ごせた。戻ったすぐは、周りや先生達にいろいろ言われたが、三日もすればそれまでとなんら変わることなく生活できた。 ただ、女声も出るからと言って、国語や英語で何度も一人朗読をさせるのはやめてほしい…。

 今日も問題なく一日の授業が終わり、そして、再び放課後…。


 「………で、塚原は、なんでまたそれを俺に手渡すんだ?」 渡されたものは、見慣れた女子の制服とかつら…。

 「何言ってるの!今日は、瞳ちゃんの最後の練習の日よ♪」

 「だからなぜだ!!声が戻ったんだから、瞳ちゃんで歌う必要はないだろう!」

 「うだうだ言わないの! 前にも言ったじゃない!瞳ちゃんが歌わなければ、暴動が起きるわよ!って!! 早乙女先生を呼んでくるから、早く着替えなさい!」 そう言うと、沙耶香は出ていった。

 バンドだけではなく、演劇部も練習は大詰めなのだ。沙耶香は演劇部の練習場へ向かったようだ。沙耶香も忙しそうで、今日はもうこっちに顔は出さないだろう。 忙しい中、こっちの練習に付き合ってくれる早乙女先生に感謝もしないといけない。

 「早く着替えなさい! 先生は、瞳ちゃんが男って知らないんだから!」 ほー…。 おそらく、俺のことを男っぽい女の子と説明してあるのだろう。どうりで、『それではお嫁にいけませんよ!!』と叱ってくるわけだ…。

 着替えも終わり、しばらくして早乙女先生がやってきた。 ………な、なんか殺気だってるような…。

 いつも以上に厳しい練習が始まった。 ………よく演劇部の連中は、こんなスパルタ指導を毎日受けられるものだ…。

 俺が女声で歌うのは、今まで全く歌っていなかったバラードのような曲だ。 普段の俺はバラードを歌わない。他の曲と違って疲れるし、なにより歌が上手いか下手かがはっきり出てしまうので、練習もなしに歌いたくはなかった。慣れない曲なので、割とまじめに練習に取り組んでいる。

 早乙女先生は、いつもの倍以上の練習メニューを課し、早々と演劇部の練習の方へ帰っていった。 こっちより、あっちの方が心配らしい。

 「塚原、俺たちの歌う順番ってのは決まったのか?」

 「瞳ちゃん、突然男に戻らないでね♪」 す、すいません…!突然男声で話した俺が悪かったです! だから、その笑顔はやめてくれー!!

 「ノルンの方は二番目。 瞳ちゃんは七番目、最後ね♪」 最後か……。なんかやだな…。

 いくら学園祭が近いと言っても、夜まで練習は許されていない。 下校時刻ぎりぎりまで練習を続け、最後の練習は終わった(例の練習メニューの三分の一くらいで)。

 あとは明日の、ノルンとしての最終練習だけとなった。







 そして、学園祭当日…。 いよいよだ!

 うちの高校の学園祭は、三日かけて行われる。 一日目に劇やバンドの演奏。残りの二日は学校内や外に出店などが立ち並ぶ。これは外来にも開け放って行われる。

 一日目は市の市民ホールを貸しきって行われる。午前に演劇部の劇を、午後に吹奏楽部の演奏とバンドの演奏がある。

 バスに乗り、学校に近いいつものバス停を過ぎ、市街へ向かう。 緊張はしていない。ただ、ゾクゾクとしている。 ステージの上で、何百人もの人の前で歌を歌うのは初めてだ。なにか興奮して、昨日もなかなか寝付けなかった。

 バスを降りて市民ホールへ向かって歩いていると、康祐に出会った。

 「おはよ! いよいよ、だな…。 調子はどうだ?」

 「ばっちりだ! …お前、顔色よくないぞ。大丈夫か?」 気分のいい俺とは違い、康祐は、どことなく重い空気を背負っている。

 「俺、昨日から緊張してしまって…。 お前は緊張してないのか?」 おいおい! しっかりしてくれよ、リーダー!

 「全然。 緊張はしてないんだが。 でも、なんかゾクゾクするっていうか、居ても立っても居られないような…。」

 「……お前のそれは、武者震いって言うんだよ…。」



 広い二階建てのホールは、生徒や教師、それに一部生徒の親達で埋まっていた。ホール収容人数の関係で、保護者の参加はいいが、一般への公開はされていないのだ。

 午前。演劇部の劇が始まった。

 さすが、ネクロ…早乙女先生の演劇部だ。役者一人一人が、すごい迫力ある演技だ。 うちの高校の演劇部はかなりレベルが高く、毎年、コンクールで賞をとっているらしい。 お!沙耶香だ! なかなかいい演技をしてるじゃないか! 今年は一年だから無理だったが、来年は主役を狙えるんじゃないか?俺なんか勧誘してないで、もっと自分の演技を磨けばいいだろうに。

 大きな拍手とともに、幕が下りた。これで午前の部が終了。 昼休みを挟み、午後の部となる。

 俺たち『ノルン』の五人は、吹奏楽部の演奏を遠く聞きながら、ロビーで出番を待っている。それぞれのバンドに個室が与えられているわけではない。男子と女子、更衣室は一部屋ずつ与えられてはいる。

 「お、おい… みんな、大丈夫か…?」

 「っていうか、お前が大丈夫か?」 康祐につっこむ健二。

 なにかとこういうことに抵抗の無い…というより、場慣れしている健二、塚原の二人は、緊張の色も見せずに、目を輝かせている。(この二人はいつも、騒ぎの中心にいるような…) 俺も、周りから見れば、同じように見えているのだろうが。

 逆に、康祐はかなり緊張している。中学は生徒会長までやっていた男が何を今更…。 あずさも少し、緊張しているようだ。

 しばらく、康祐をからかって時間を潰す。そして、俺たちが呼ばれた。

 「…よし! いくぞ!!」 少し緊張のほぐれた康祐の声に、俺たちはそれぞれ楽器を手にとる。



 「続いては一年のバンドグループですね! 『ノルン』です!どうぞ!!」 司会の声に俺たちは、拍手舞うステージへ。

 各バンドに与えられた時間は十五分。二曲歌って、少しの会話で終わる。 康祐も、一度舞台に立ってしまえば、もう緊張の色はなかった。

 中央に立っている俺は、一度みんなを見回し、軽く頷く。

 そして、俺たちの歌は始まった。

 ♪〜〜♪〜♪♪〜〜〜♪〜



 パチパチパチパチ……!!

 「いいぞー!!ノルンーーー!!」 「ヒューヒュー!!」 「キャーー!! 雪野く〜〜ん!!!」

 お!!女の子達からの声援が!! 笑顔で手を振る。(←一年の分際で…) 視界の隅に、ムッとしているあずさをとらえたような…。

 「やったな!!」 舞台袖に戻り、安心している康祐。

 「もちろんよ!!」 当然!という顔の塚原。

 「気持ちよかったわね! まだここまで声援が聞こえてるわ!!」 興奮して喜ぶあずさ。

 「これじゃあ、次のバンドはやりにくいだろうな!」 ニヤリと笑う健二。

 「ああ!!  やっぱりステージの上は一味違うな! またやりたいな!!」 ステージの上で思いっきり歌うのは、かなりの快感だった。なんだかはまりそうだ。

 「すぐできるじゃない、雪野! これから第二ステージよ! さぁ、行きましょう!」 そ、そうだった!!このあと女装して歌うんだった…!

 「がんばってね〜♪ 瞳ちゃん♪」 あずさたち三人と別れ、俺は塚原につれていかれる。



 ここは女子の控え部屋。女子だけのバンドが一組いるが、今は演奏中だろう。幸い、ここにはいるのは塚原………となぜか沙耶香、の二人だけである。

 「ふーー…。」 大きな鏡を前に、俺はため息をついた。

 「何ため息ついてんのよ!」 「そうよ♪そんな顔じゃ美人が台無しよ♪」 ………。

 鏡には、自分ではない自分が映っていた。 大きなドレスに身を包み化粧をした美少女の自分が映っていた。本格的に化粧をすると、こんなにも変わるんだ…。いつもとは違うかつらが重い。

 自分でもきれいだと思う。そう…、どこからどう見ても男には全く見えない。

 「はぁーー…。」

 「もっとシャキっとしなさい!」 塚原も俺と同じように、大きなドレスに身を包んでいる。

 「そんなこと言われてもなぁー。」 塚原に抗議する。 俺は緊張していた。

 「何緊張してるのよ!ついさっきのまでの元気はどうしたの! それに、男声でしゃべるな!」 男でやるときは、全然緊張しなかったんだけどなー。

 「そろそろ時間よ! いきましょう!」

 楽屋を出る。 っと、そこにはノルンの三人がいた。

 「様子、見にきたんだけど…。 ……ほ…ホントに、潤なの……?」 あずさが恐る恐る俺に聞く。康祐と健二は、絶句している。

 「…ああ。」 女声で返す。

 「…ゆ……雪野なのか…? ……………き、きれいだぞ…。」 赤くなり、戸惑いながら言う康祐。

 「………」 意外な康祐の反応に、俺はなんとも言えない気持ちになった。 何赤くなってるんだ、康祐!!何赤くなってるんだ、俺!!!

 「さ、瞳ちゃん! 女の子やってないで、ほら、行くわよ!」

 「がんばってね〜〜♪」 ノルンの三人と別れ、気楽な沙耶香の声に見送られる。



 「さぁ、これが最後ですね! 雪野瞳さん、塚原萌さん!どうぞ!!」

 おおーーー!! ざわざわざわ………

 ステージに立つ。 俺達二人は明らかに、他のバンド達と雰囲気が異なっていた。 ちなみに、俺達二人にチーム名はない。ただプログラムには、『雪野瞳』の名前が書いてあるだけだ。

 俺はステージの下を見回した。 おそらく、この客の内六割ほどは、俺が男だと言う噂を聞いたことがあるだろう。俺を見て、かなり驚いているようだ。

 準備を整えた塚原に、目で合図をする。 観客もわかったようで、すぐにシーンとなる。

 そして俺は、静かに歌い始めた。

 〜♪〜〜♪♪〜〜〜〜♪〜〜〜



 塚原のピアノは、お世辞なしでかなりうまい。なぜこいつがベースをやっているのか不思議なくらいだ。小学校、中学校と、コンテストでもいろいろ賞を取っていたらしい。だが、高校生になってやめてしまったらしい。もったいないなと思う。やめた理由については、聞いても教えてくれない。

 いくら女装してやると言っても、やるからには完璧に仕上げたかった。 練習時間はたいして取れていなかったのに、予想以上の仕上がりになっていた。

 塚原は、プログラムに自分の名前を書いていなかった。 あくまで自分は瞳の引き立て役なのだと………。



 そして俺の歌が終わった。

 拍手もなく、シーンと静まりかえるホール。

 だめだったのか! 一瞬、不安がよぎる。 しかし、その不安は、そのあとの大きな拍手によってかき消された。

 ……パチパチパチパチパチパチ…!! 波紋のように広がる大きな拍手。 やった!

 静かに礼をし、ステージから立ち去る俺と塚原。

 二人が消えた後も、その拍手は、しばらく鳴り止むことがなかった。



 美しく歌う瞳を見て、優雅に立ち去る瞳を見て、観客達は魅了されていた。

 そして、瞳が男だという噂を聞いていた者達(教師含む)は、「ああ!やっぱり瞳ちゃんは、女なんだ。」と思った。



 ふーー…。 控え室に戻った。 ノルンの時とはまた違い、俺は、大きな安心感と深い満足感に包まれていた。 塚原も満足そうだ。

 着替えをして(俺がいるのに塚原は気にしないのか?)、俺は男に戻り、控え室を出る。

 出るとそこには、ノルンの残りの三人、と沙耶香、そしてもう一人………   !!っ  母さん!!

 「よかったじゃない、潤! あんたがあそこまでやるとは思わなかったわ!!」

 「母さん!! なんで母さんがここにいるんだよ!!」

 「息子の…娘の晴れ舞台を見にきたんじゃないの♪ これからもがんばるのよ!瞳ちゃん♪」 それだけ言って、母さんは去っていく。

 「おばさん!例のこと、お願いしますね〜♪(ニヤリ)」 あずさと母さんが、目で言葉を交わす……。い、嫌な予感が……。

 そのあとは、他のバンドメンバーや、演劇部、吹奏楽部の部員達とともに、盛大に打ち上げを行った。 学園祭は終わってはいないが、俺達の出番は終わった。







 次の日の朝。学園祭二日目。

 う〜〜ん…… 昨日は飲みすぎたー。(←未成年) 少し頭が痛い…。 頭を抱えて、いつものクローゼットを開ける。

 ……………。

 クローゼットを閉じる。 ……俺、寝ぼけてるな…。 …そうだ、そうにちがいない! 頬を軽く叩き、再びクローゼットを開ける。

 ……………。 そこにはあるはずのブレザーはなく、代わりにあるのはあまりにも見慣れた女子のブレザー…。


 「母さん!どういうことだ!!」 制服を片手に、俺は母さんに怒鳴る。

 「………昨日で息子の潤は、どこか遠くへ行ってしまったのよ……(遠い目)。 さぁ瞳ちゃん!早く着替えないと遅刻するわよ♪」

 「(怒)!!だれが瞳ちゃんだ!早く服を返せ!!」

 「そんなこと言わないで、お願いだから!せめてあと二日、学園祭の間だけでもそれ着てよ!」

 「いやだね!返してくれないなら、俺は学校へ行かないからな!」 授業ならともかく、学園祭ぐらい行かなくたってかまわない。

 「あら?行かないの? だったら、私が代わりに行ってこようかしら。 これを売ってこようかな♪」 母さんが取り出したものは、俺……いや、瞳ちゃんの写真。制服姿はもちろん、私服姿や、(かつらをわざわざセットして撮ったと思われる)幸せそうな寝顔まで……。 い、いつの間に………。

 「瞳ちゃん本人が行かないのなら、男の子達にはこれで我慢してもらいましょう♪」

 「だーーー!! わかったから!行くから、その写真をばら蒔くのはやめろー!!」

 全く、いつの間にこんなものを…。母さんから写真を奪い取り、ビリビリとやぶる。 くっそ〜!いつか写真とネガを、母さんのへそくりごと全て回収してやる〜!

 「……仕方ないからこの制服を着ていくけど…。 ただし!着ていくのはこの二日だけだからな!!あとでちゃんと返せよ!!」 きつく母さんに言う。



 またこれを着ることになるとは…。 いつものようにバスに乗る。この格好だと、なにか視線を感じるんだよな…。

 次のバス停で、あずさが乗ってきた。

 「おはよう、瞳ちゃん! ちゃんとそれ、着てるわね(ニヤッ)!」

 「………。」 おそらく、母さんをけしかけたのもこいつだろう。

 「や、や〜ね〜… 私は何もしてないわよ……(汗)」 ……お前は俺に何をさせる気だ!



 学校へ行った俺は、どこまでも「瞳ちゃんだ!」と騒がれつづけた。



 ちなみに、母さんがばら蒔かなくても、瞳ちゃんの写真はすでに出回っていた。
もちろん、母さんの写真の方がレアだったのは言うまでもない…。







〜あとがき〜

 読んでいただき、感謝です!

 学園祭の二日目、三日目は書きませんが、これにて学園祭のお話は終わりです。

 雪野くん、声戻っちゃいましたね。 こうしないと、話が先に進まないので(^^;

 ところで、私の学校には、ネクロマンサーと呼ばれる先生がホントにいました(笑) でも、ネクロマンサーに操られる演劇って…(爆)

 でわでわ〜! 水無月でした♪






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