〜〜〜♪〜〜〜♪♪〜〜♪…
パチパチパチパチ…!!
「ども!おそまつさまでした!!」
「おお……何度聞いてもうまいなぁ。」 「ホントに雪野って、歌うまいわよねぇ。」
「そんなことはないさ。みんなと同じだよ。」
「どうしてそんなきれいな声が出るの?雪野って、男にしておくのはもったいないわ!」 「そうよね。声も顔もきれいだもの。」
「そんなことはないよ!俺だって声変わりで、全然声が出なかったんだぞ。ここ一年くらいで、やっと歌えるようになったんだから。」
「それにしては、高い声が出てるじゃないか。俺なんか、さっきの歌のキーでさえ歌えないぞ。」 「もしかすると私よりも高い声、出せるんじゃないの?」
「出るわけないじゃないか。男と女だぞ。のどが違うんだぞ。」
「でもね〜、私聞いたことあるんだけど〜。男と女ってのどはいっしょなんだって〜。ただ声を出すポイントが少し違うんだって〜。のど仏もあるしね〜。だからうまくすれば男でも女の声、女でも男の声が出せるんだって〜。」 「へ〜〜!そうだったのか。 なぁ雪野、おまえ女声だしてみろ!」
「は?!無理に決まっるだろう!!」
「でも雪野なら出そう…。」 「だよなあ…。雪野、ちょっと練習してみようぜ!」
「う〜ん………まぁ、やってみないことにはわからないな。」
ア! ア! アーーー!!
「ちがうよ!もっと高く!」
マー!マー!マーーーー!!
「裏声までいっちゃうとねー。もう少し低く………そう、それぐらいで。」
ママ、マ、マーー! マーーー! おっ!! ア〜〜〜♪
「どうだー?女声か?」
「わーー!すごい!!」 「おお!!ホントに出たなぁ!!」 「かわいい〜〜!!」 「マジで声だけ聞くと女だぞ!」
「おもしろいな、これ♪ よっしゃーー!ここで一曲!!」
「わ〜〜〜♪」 「じゃ、このアイドルのを!」 パチパチパチ!!
「女声もいいなぁ♪」
「ホントおもしれーよな!…で、雪野。いつまでその声でしゃべってるんだ?」
「ああ、そうか!」 ア〜、ア、ア、ア〜〜〜〜!!
「…?」
マ〜〜〜! マ〜〜…! ………………。
「どうした?」
「……………元に…戻らない……(涙)。」
「え〜〜〜〜!!」
この日を境に、俺の運命は廻り始めた……。
はぁー!なんでこんなことに〜〜!
あのあと、散々馬鹿笑いされた俺は、一人とぼとぼと歩いている。今は十月。夜道の風が肌寒く感じるようになってきた。
俺の名前は、雪野潤(ゆきのじゅん)。今年で十六になる高校一年生だ。歌うことが好きで、夏から友達とバンド活動を始めたばかりだ。 昨日で中間テストが終わったので、今日は友人達とカラオケへ行っていた。だが、こんなことになるなんて…。
まぁ、声もそのうち、元に戻るだろうと思い、帰路についている。歩きながら、たまに声を出してみるが、まだ戻らない。そろそろ家が見えてきた。
がちゃっ!! 「………。」 いつもなら「ただいま!」ぐらいは言うのだが…。
「潤、おかえり!帰ってきたなら『ただいま』ぐらい言いなさい!」 台所から母さんが、こっちも見ずに言ってくる。
「…ただいま……。」
「ん?」 母さんが料理していた手を止める。そして、振り返って、
「あら?潤だけ…? 変ねーー?今、女の子の声が聞こえたんだけど。」
「お、俺だよ。母さん…」 きょろきょろしていた母さんの目が、俺で止まる。
「潤の声なの?もう一度しゃべってみなさい。」
「……俺の声だよ。カラオケで遊んでいて、元に戻らなくなったんだ!」
「ホントに潤の声なのね …クスッ! あははははは!!」
「笑うなーー!」
「そんなこと言ったって! あははは!!」
「だから笑うなーー!!」
「あはは! そんなかわいい声で怒っても無駄よ♪」 くっそー!だから聞かれたくなかったんだー!
「クスクス!…… で、どうするの?戻りそうなの?」
「いくらなんでも朝には戻るよ!!」
「そう。かわいい声なのに残念ねーー♪ あははははは!」
その後俺は、帰ってきた父さんにも大笑いされた。ふてくされた俺は、今日はもう寝ることにした。ちなみに、俺に兄弟はいない。こんな時はいなくてよかったなと思ってしまうが。 そして俺は眠りについた。
はっ!! 朝か…… 枕もとのケイタイで時間を見る。やばい、いつもより遅い! 急いで着替え、朝食を食べにいく。
「おはよう、母さん! ………!!」 その瞬間、俺は自分の口をおさえた。 まだ戻ってないーーー!!
「あらあら!!まだ戻ってないのね♪」 なぜか嬉しそうに言う母さん。
「くっそ〜!まだ戻ってないのか!! …ど、どうしよう…。」
「どうでもいいけど、早くしないと遅刻するわよ。」 そうだった!!急いで朝食を詰め込む。
「どうせなら女子のブレザー着れば?かわいい顔してるから似合うわよ♪」
「だれが着るかーーーー!!! ……じゃあ、いってきます!」 憮然とした顔で家を飛び出し、走り出した。
ふ〜〜〜!間に合った! この時間のバスに間に合えば、遅刻はぎりぎり免れる。たまに渋滞で間に合わないこともあるが…。
落ち着いたところで、思い出した…。どうしよう、この声……。
何もしゃべらないわけにはいかないしなぁー。かと言って、授業を休むわけにもいかないし。バンドもあるしなぁー。こんな声じゃ歌えないな…。 いろいろ考えているうちに、バスは到着する。
はぁ〜。また大笑いされるのか〜〜〜…。 あきらめて校門をくぐる…。
「おはよう、潤♪ どうしたの、朝から暗い顔して?」 げっ!!こいつか…!!
声をかけてきたのは、早川あずさ(はやかわあずさ)だ。俺の幼なじみで、昨日のカラオケメンバーの一人である。
「なによ? 何か言いなさいよ!」
「……お、おはよう…。」
「……」
「……」
「きゃー!まだ戻ってないのねーー! あはははは!」 くっそ〜!おまえまで〜〜!! しゃべりたくない俺は、あずさを睨む。
「そんな怖い顔しないでよ。あはははは!!」 そうこうしているうちに、俺たちは教室に着いた。
「おはようー!!早川!雪野! ん?どうしたんだ?何かおもしろいことでもあったのか?」 能天気な声がかけられた。この男は、黒崎健二(くろさきけんじ)。当然、昨日のメンバーの一人である。
「それがさーー! 潤ねー!まだ、声が戻んないんだって♪」 「なにーー!それは本当か!! わはははは! そうか!またあのかわいい声が聞けるんだな♪」 キッ!っと俺は健二を睨みつける。
「なになに〜?どうしたの〜〜?」 「それがねー!雪野が、昨日カラオケでー………♪」 「え〜〜!!ホントに〜〜!! 雪野くん!声聞かせてよぉ〜〜!」 「えっ!なになに! どうしたの?」 「それがさー♪昨日雪野が……♪」
次々に集まってくるクラスメートたち。おまえらーーー!!人事だと思ってーーー!!! 「ねぇねぇ!!」「声聞かせてよぉ〜♪」「別にいいじゃんかよー!」
「おーまーえーらーーー!! いいかげんにしろーーーーー!!!」
「……」 そして、一瞬で静まりかえる教室…。
「……」
「…かっ、かわいい声〜〜!!」 「うわっ!すごいなぁーーー!!」 「ねぇ!もっとしゃべってよー♪」 「男の声、どこかに忘れてきちゃったの?」 こいつらーーー!!!
「何しているの!早く席に着きなさい!もうチャイムは鳴ったのよ!!」 そこへ助け舟が現れた。担任の新見里香(にいみりか)先生だ。若い女の先生だが、生徒から人気があり、職員室での権力も高いらしい。 みんな、自分の席へ散っていく。
そして、いつものように朝のSHR(ショートホームルーム)は進んでゆく。
「連絡は以上ね……。 ん?どうしたの?みんな、何笑ってるの?」 クスクスと笑う声が聞こえる。あいつらー!そんなに笑うなー!!
「それがですね。雪野が…」 「雪野君がどうしたの?」 「本人に聞けばわかりますよ♪」
こちらを見る先生。……う!目が合っちゃったなぁ…(汗)。 「どうしたの?雪野君?」
「……じ、実はですねー…。声が戻らなくなってしまって…。」
「……」 聞いた瞬間固まる先生。 「……く…くくく……あははは!あっはっはっはっ!!」 笑い始める先生。つられて、関を切ったように笑い始めるクラスメート達。
「おまえら笑うなーーーー!!!」
「ご、ごめんなさい、雪野君。 か、かわいい声ね。戻りそうなの?」
「わかりませんよ!そのうち戻るんじゃないですか!!」 憮然と応える俺。
「そう…。 それにしても…、今のあなたの声じゃ、すごい違和感を感じるわねー…。」 そりゃそうだ。俺でも違和感を感じている。
「一時間目は私の数学ね……。 …よし! 杉山さん、雪野君に女子のブレザーを着せてあげてきて!」
「でーーーーー!!!」 なにーーー!!なんてことを言い出すんだ、この教師は!!
「ちょ、ちょっとまってくださいよ!!なんで俺が女装しないといけないんですか!!」
「何言ってるのよ、そんなかわいい声していて。今のあなたは、男の格好でいるのがおかしいわ。大丈夫よ!あなたかわいい顔してるから、きっと似合うわよ!ということで、杉山さん、あとよろしくね♪」 「は〜い♪まかせてください♪とびきりの女の子にしてきます!! さ!というわけで、行くわよ、雪野!!」
「ま、まてまてーー!! せ、先生も、生徒に授業サボらせていいんですか!」
「だからあなたと杉山さんなんじゃない!あなたたちは数学一回ぐらいサボっても問題ないわ! さぁ、いってらっしゃい!!」 「ぐずぐずしないで行くわよ!雪野!!」
「いーやーだーーーー!!」 断末魔を残し、俺は引きずられてゆく………(涙)。
俺を引っ張っていくのは杉山沙耶香(すぎやまさやか)。昨日、俺の声を女声にした張本人の一人である。なぜか俺と沙耶香は、数学が非常にいい。演劇部に入っており、ことあるごとに「きみのその声を、舞台でいかしてみないかい(キラン)!!」と勧誘してくる。バンドを理由に断っているのだが。
「ついたわよ!早く中に入って!」 しぶしぶ演劇部の楽屋(部室)に入る。 先に入った沙耶香は、ごそごそと女子のブレザーを取り出す。
「ここにはね、ブレザーの予備も一通り置いてあるのよ。雪野って身長170あったっけ?」
「168だよ。 なぁ…、ホントに着るのかぁ…?」
「当たり前じゃない! さぁ、これを着てみて!」 もはや逃げられそうにない。腹をくくるしかないか…。
「こ、ここで着替えるのか?」
「だれもあんたの裸なんて見たかないわよ!! ……そうね!かつらもほしいわね♪」
今着ている男子のブレザーを脱ぐ。別にトランクス姿を見られるぐらいは恥ずかしくないんだが…。それよりもスカート姿の方が恥ずかしい。いやいやながらも女子のブレザーを着る。
「さ!これも被りなさい!」 がぼっ! 問答無用で、かつらを被せられる。
「ったく…。 どうだ?」 髪を整え、沙耶香に向き直る。
「………か、かわいいわね……雪野、ホントに男なの…?」 何を言い出すんだこいつは?
「当たり前だろう。スカートなんて穿いたのは初めてだよ。」
「そうよね…。 でも、これは……………(ニヤッ)♪」
その後、顔を剃られ眉を整えられ、軽く化粧をされる。 ……すね毛なんかも剃られてしまった。
「うん、よし♪ 学校一の美少女の完成よ♪ どうせなら、ブラとショーツもほしいわね♪」
「おいおい!何言ってんだよ!」
「いいから鏡を見てみなさい♪」
俺は、さっきから鏡を避けていた。見るのが怖い…。 意を決して鏡を見る。
!!っ そこには、俺の知らないかわいい少女がいた。
「こ、これが俺………。」 俺は、テレビでも見ないような美少女になっていた。 …ホントに俺か? 俺と全く同じように動く彼女は、間違いなく俺なのだろう。う〜ん、沙耶香よりかわいいかも(本人には口が裂けても言えない)。
「全く男には見えないわねー♪ さぁ!!みんなに見せに行きましょう♪」 着ていた男の服を紙袋に入れ、再び俺は沙耶香に引っ張られ、教室へ向かった。
足がスースーする。恥ずかしいなぁ…。
「な、なぁ…。や…やっぱり、やめないか…?」
「ここまでやっといて何言ってんのよ!いいかげんにあきらめなさい! 心配することはないわよ(ニヤリ)♪」
先に沙耶香が教室に入っていく。 「雪野をつれてきました〜♪」 「おかえりなさい。 どうなったの?」 「完璧よ(ニヤリ)♪ さぁ、雪野!早く中に入って!!」
おそるおそる教室に入る…。
おお〜〜〜!! どよどよどよ……
「…おい!お前、雪野か…?」 「かわいいーー♪」 「あ…あの子、ホントに男なの?」 「すっげ〜〜!! うちのクラスの女子よりかわいいんじゃないか?」
「よ、予想以上ね………。」 珍しく動揺している新見先生が言う。 俺も、予想外のクラスの反応に引いてしまう。
「では、雪野君…いえ、雪野さん! あなたは、声が直るまでその格好でいなさい♪」
「え!! ずっとですか…?」
「そうよ♪ うん!その声、全く違和感を感じないわね♪ トイレは普通のを使わせるわけにはいかないから、職員用のを使いなさい♪」
「私達はかまいませんよ〜〜♪」 一部の女子が言う。 俺がかまうんだよ!!
「そういうわけにもいかないでしょう。 おっと。もうチャイムが鳴るわね。 あなたのことは、他の先生方にも言っといてあげるから♪ じゃあ、雪野君♪がんばって(ニヤリ)♪」
そう言うと、先生はボーゼンと佇む俺を残し、教室を出て行った。そして、取り残された俺は、クラスメート達に取り囲まれる…。
「かわいいわよねぇ♪」 「うむ!まちがいなく、学校一の美少女だな♪」 「お前、実は女だったんじゃねえの?」 「そうよねぇ!男にしてはきれいな顔立ちしてたもんねぇー!」 「あやしいと思ってたのよね〜♪ 雪野さん♪どうして男装していったの?」
「俺は男だーーーー!!!」
そんな俺の叫びは届くはずもなく……。 俺が解放されたのは、次の授業の先生が来た時だった。
「騒いでないで、早く座りなさい!!」 やってきたのは、新見先生と仲のよい英語の先生。 先生は教室を見回し、俺で目を止める。
「あなたが雪野君?」 「…はい……。」 「なるほど! 里香が大騒ぎするわけだ♪ ホントにかわいくなったわね…♪」
先生はそれだけ言って、普通に授業を始めた。 ただ、何度も俺を当てるのはやめてほしい……(涙)。
英語の授業も終わり、再び俺は囲まれる…。 おかしいぞ?さっきより、増えてる…?
見ると、他のクラスの女の子たちまで集まってきていた。 だれだよ!そんなに噂をばら蒔くのは!! この休み時間も、俺は席を立つことができなかった。
午前の授業が終わった。俺は授業が終わると同時に、弁当を持って逃げ出した。
ふー!ここならひとまず大丈夫だろう! ここは、うちの学校の別館、芸術棟の屋上である。本館の屋上には、弁当を食べている生徒もいるが、ここの屋上にはめったに人がこないのだ。
落ち着いて弁当を食べ始める。 それにしても、なんでどの先生も止めてくれないんだ!あんな堅そうな現国の先生まで、じろじろ見るだけで止めさせないし!
弁当を食べ終え、ボーっと空を見ていると……、 げ!!だれかやってきた!!
「きみ、こんなところで、一人で何してるの? …あれ?きみみたいな子、うちの学年にいたっけ?」 やってきた数人の男子生徒のうち、一人が声をかけてきた。うちの学校は学年によって、ついている刺繍の色が違うのだが。
「……なんだ、康祐か。」 やってきたのは瀬木康祐(せぎこうすけ)、とその他数名。知っているの半分、知らないの半分ってとこだ。
「? なんで俺の名前知ってんの?」 言ってしまってから、はっ!っとした。 気づかないなら適当に誤魔化すんだった。 「おいおい!康祐の知り合いか?」 「俺たちにも紹介しろよ!」 外野はうるさいなぁ〜。
「俺はこんな子知らないんだって! …で、きみだれ?」
「だから、俺は昨日から………って、そういやお前、昨日はいなかったんだっけ?」
「昨日ってなんだ?」 う〜ん…こいつには黙っていても、放課後にはどうせばれるんだしなぁ〜。他のやつも、そのうち噂で聞くだろうし…。
「…驚くなよ……。 俺は雪野だ。」
「へ〜、雪野っていうんだ。でも俺は、雪野っていう娘は知らないぞ。 雪野潤っていう男なら知っているが。」
「だから、俺がその雪野潤だよ! わけあって、こんな格好をしているんだ!」
「………は? 雪野潤だって? そんな馬鹿な……! でも声が全然違うぞ!」
「だからー!それは昨日………」 康祐たちに、昨日のこと、そして今朝のことを話した。
「う〜ん、たしかに言われてみれば雪野の顔だが…」 「おいおい!マジかよ!!」 「へー! 雪野って女だったんだ!」
「違うって言ってるだろうがー!!!」
その時、後ろから康祐が気づかないうちに近づいてきて、「おー!本当だ! 胸はないなぁ!」 と俺の胸を鷲づかみにする。
どすっ!! 悲鳴も上げずに悶絶する康祐。俺の肘がクリーンヒットしていた。 ふん!自業自得だ!!
「じゃあ、女子達が騒いでる例の転校生って、雪野のことだったんだ。」
「なんだそりゃ?」
「なんでも、八組に突然、すっげー美人の転校生が来たとかなんとかって…。」 そんな話になっていたのか……。 ちなみに俺は八組。こいつらは三組だろう。
「どんなもんかと思っていたが…。 こりゃ見て納得だ。」 何納得してるんだーー!!
「ゆ……雪野…。…バンド…どうするんだ? …もどりそう…なのか…?」 辛うじて復活した康祐が、涙目で聞いてくる。
「さぁ……。だから、今日は歌えないな。 でも、さすがに来週には戻っているだろ?」 と自分では思っている。
「来月は学園祭だからな!なんとか直せよ!」
そうなのだ。来月は学園祭だ。貴重な練習時間が減るのは悔しい。
やつらと別れ、教室へ戻る。 ………。この声で、初めて笑われなかったな…。でも、かなり驚かれたが。 やっぱりこの声には、こういう格好なのか……。まぁ、笑われるよりはマシだろう。
………見られてる…? 来るときは気がつかなかったが、どうもいろんな視線を感じる…。すれちがう生徒たちが、俺をじろじろ見てゆく。……男ってばれたか?
「ねぇねぇ、あの子だれ?」 「あんな子いたっけ?」 「あの子、かなりレベル高くない?」 「きれい……。」
……別にばれてるわけでは、ないらしい。 ………気にしないようにしよう…。
そして、俺の戻った教室は、再び喧騒に包まれる……。
午後の授業も全て終わって、放課後……。
「ねぇ、潤ちゃん♪練習は行くんでしょ♪」 あずさが聞いてくる。 ちゃん付けで呼ぶなー!!
「……歌えないけど。まぁ、行った方がいいな。」
芸術棟の三階。ここには防音設備が整っており、この学校で唯一、バンド活動の許可がおりているところだ。
今現在、この学校でバンド活動をしているのは全部で六組いて、日や時間で分けて、交代で使っている。今日の放課後は、俺たちの割り当てだ。この貴重な練習時間を無駄にはできない。
「お! 来たな!」 「わぉ!! ホントに雪野君? 噂以上ね♪」 部屋に入ると、すでにメンバーはそろっていた。
ここで、俺たちのチーム『ノルン』のメンバーの紹介。
リーダーの瀬木康祐。キーボード担当。作曲は主にこいつの担当。と言ってもまだ二曲だけだが。PC部とかけもちをしている。PCを使っていろいろしてくれるので、なにかと便利だ。
黒崎健二。ギター担当。一番の遊び人である。ナンパをしているのは見るが、つかまえているのを見たことがない。
塚原萌(つかはらもえ)。主にベース担当。昨日のカラオケメンバーの一人。ピアノもうまい。なぜキーボードはしないのかと聞くと、「他の楽器も楽しい♪」とのこと。他にもいろんな楽器の使える器用なやつ。
早川あずさ。ドラム担当。なぜか康祐よりもリーダーっぽい。 俺をあごで使う女…。
そして俺、雪野潤。ボーカル担当。 おそらく、このバンドで一番楽をしているのは俺だろう。なんせ、たいした練習もせずに歌うだけだ。
「で、どうするんだ、雪野?声は戻ってないんだろ?」
「ああ。だから、今日はとりあえず見学だ。」
「そうか…。歌えないんならしかたないなぁ。」 康祐は、頭を悩ませている。
「何言ってるのよ!歌えるじゃない!! あ、そっか! 康祐は昨日、いなかったんだ!」 何かを言い出す塚原。
「歌えるのか…?」 「ばっちりよ♪」
「おい! 歌うのか…?この声で……?」
「昨日あれだけ歌ってたじゃない! 大丈夫よ♪問題ないわ(ニヤリ)♪」 「それもそうだな!」 「あの歌声なら大丈夫ね♪」 健二もあずさも同意する。
「そうだな。 二三曲、合わせてみよう。」
何曲か合わせてみる。 ………そして、結論は出た。
「だめだな!」 「そうね…。」
そう。 歌声は問題ない。むしろ、男声よりきれいだろう。だが、その声は俺たちの曲には合わなかった。俺たちの曲には、男のもっと力強い声の方が合うのだ。
「だめねー!! あんた!その声で、ソロでやってみれば?」 何を言い出すんだ、あずさ!
「いやだよ!! 俺は男だ!女装だって、声が戻るまでなんだからな!!」
「そんなかわいい格好で『俺は男だ!』なんて言われてもなぁ〜。」 「ね〜〜。」 そこ!勝手に頷き合っているんじゃない!!
「でも、なんかもったいないわね〜!」
「まぁ、その話はおいといて。とりあえず当面は、早く雪野に元の声に戻ってもらおう。」 はい。努力します。
結局、この日俺は、見学だけで終わった。
……帰ろう…。
鞄といっしょに置いてある、服の入った紙袋を取ろうと……あれ? 紙袋がない!!
「まさか!男に戻るつもりなの!!」 そこには、紙袋を持ったあずさがいた。
「当たり前だ!!なんで通学まで女の格好しないといけないんだ!何も話さなければ問題無いだろ?」
「だめよ!! いっしょに帰るなら、無口な男より、かわいい女の子の方がいいわ♪」 そう言うと、あずさは俺を気にせず、紙袋を持ったまま部屋を出て行ってしまった。
「おい!こら!ちょっと待て!!」 俺は慌てて追いかける。
あずさと俺は家が近く、同じバス通学だ。バス停でバスを待つ間も、俺はあずさの説得を試みる。
「いくらなんでも、この格好じゃ家に帰れないって!」
「あのおばさんなら大丈夫よ♪ちゃんと理解してくれるわ♪ あ、バスが来たわよ!」 いったい何の理解だよ!!
「ご近所さんの目もあるし、さすがに無理だよ!!」
「それもそうよねぇ…。 でも、明日学校じゃ、また着てくれるんでしょ!」 紙袋を俺に渡し、言ってくるあずさ。
「なんでまた着ないといけないんだ! 明日には声は元に戻ってるよ!」 たぶん…。
「え〜〜〜!!ずっとこのままなんでしょ!!」
「馬鹿言うな!俺は男だ!!」
ぎょっとしたバスの乗客がすべて(運転手さんまで…)、俺を見る。 し、しまった〜〜!!
「あんたは女でしょ!男になりたいのもわかるけど、いいかげんにしなさい!!」 あずさがフォロー(?)を入れる。
少し視線が減ったところで、あずさが俺をぐっと引き寄せ、「あんた、もう少し場所を考えなさいよ!」と小声で言ってきた。俺は恥ずかしくなって俯いてしまった。
「じゃあ、私は降りるから。いい!明日もそれ、着てくるのよ!!」 それだけ言って、あずさはバスから降りていった。 ……あれ?紙袋がない!!
窓の外で、紙袋を持ったあずさが笑っていた。 ガシャー!! 無情にも閉まるドア。
「がんばってね〜♪ Good luck! 」 親指を立てて、二ッと笑うあずさ。 あのやろーーー!!!
残されたのは、俺と乗客の怪しい視線……。 う〜、いやだな〜〜。 と言っても、俺はあずさの降りた次のバス停で降りるので、たいした時間ではなかったが。
早く帰りたい時には道のりは長く感じ、帰りたくない時は道のりは短く感じてしまうもので……。
…家の前まできてしまった。昨日以上に入りにくい…。 しかし、ご近所さんの目も気になる。ここまではまだ、一人も会っていない。
玄関を開けたら、まず、母さんにばれないうちに、部屋に戻って私服に着替えよう。母さんにばれたらどんなことになるか……。
意を決して扉を開ける。 !!っ そこには、たまたま通りかかったと思われる母さんがいた。
「………」
「………」
「………あなただれ?」
「………俺だよ、母さん……」
「…あなたみたいなかわいい娘を産んだ覚えはないわ。」
「…俺は…潤だよ……!」 俺は被っていたかつらを取る。
「……………は?…」
俺は、再び朝からのことを一から説明することになった。
そして説明の終わった今、母さんは笑い転げている。
「あははははは!! 潤がー!潤が〜〜〜〜!! あっはっはっ!!!」
「そんなに笑うなーーー!!!」
「だ、だって!!潤があんなにもかわいくなるなんて〜〜!!あははは! …ひー…お、お腹が痛い…!な、涙が〜〜〜!!」
「泣くほど笑うなーーー!!」
「はー…はー… そ、それにしても……あんたって、かつらと眉毛を揃えただけで、ホントに女の子になるのね〜♪」 嬉しそうな母さん…。
結局、そのあと帰ってきた父さんにも大笑いされた。
晩ご飯を食べ、風呂に入ったあと、俺は自室に戻り、ベットに倒れこんだ。 今日は疲れた……。
ふと、かけてある女子のブレザーに目がいく。あずさが俺のブレザーを持っていってしまったため、明日は、声が戻っていてもあれしか着るものがない。 ……………。
俺はそのまま眠ってしまった。
母さんは俺が起きたのを確認するといってしまった。なぜか異常に機嫌がいいのが気になる。
マ〜♪マ〜♪マ〜〜〜〜♪ 朝の発声練習。 ……今日も戻ってない(涙)。
……これしかないんだよなぁ…。あきらめて女子のブレザーを着て、かつらをつける。そして、確認するために鏡を見る。 うわ!!ホントに女の子だよ! そこには、かなしいくらいに制服の似合う女の子が立っていた。
こうして、改めて見てみると、俺ってこんなにかわいかったんだなぁと、妙に感心してしまう。今の俺は、どこからどう見ても女にしか見えない。 あずさ達よりかわいいかも…。
変な自信がついてしまった俺は、とりあえず朝食を食べにいく。
「潤ちゃ〜ん♪ 早く食べないと遅刻するわよ〜〜♪」
「母さん!朝から、潤ちゃん潤ちゃんって連呼するな!!」
「いいじゃない♪こんなにかわいいんだもの♪」
「よくない!! 今の格好で潤って呼ばれているのを、ご近所さんに聞かれてみろよ!!」 『や〜ね〜!あそこの息子さん、あーいう趣味があるんだって!』と噂するおばさんたちが目に浮かぶ。
「そ〜ね〜。それは困るわね〜〜。 ………よし! 今日からあなたは『瞳(ひとみ)』ちゃんよ♪」
「なんで俺が『瞳ちゃん』なんだよ!」
「昔、あなたの名前を決めたときの第二候補よ!あなたはその格好のときは瞳ちゃんを名乗りなさい♪潤のいとこかなんかにしとけばいいわ♪」
「おいおい!第二候補って…… 俺思うんだけどさ、『ジュン』も『ヒトミ』も女の名前じゃないのか?」
「何言ってんのよ!『ジュン』も『ヒトミ』も男の名前よ! ほら、あのお向かいの藤田さん。あそこのおじいさんもたしか仁見(ひとみ)さんよ!」 なに!俺はあの偏屈じーさんと同じ名前か!!
「……わかったよ。」 俺も、ご近所さんにオカマ扱いはされたくない。
鞄をとりに部屋へ戻る。 気が重たい……。
すると、玄関の方から、「瞳ちゃ〜ん!あずさちゃんが来てくれたわよ〜〜!!」と言う声が聞こえた。急いで向かうと、そこにはあずさがいた。
「なんであずさが来るんだよ!」
「ちゃんと制服着てるわね。感心感心!声もまだ戻ってないのね!」
「だから、なんでお前がいるんだ!」
「なんでって、あなたがちゃんと学校来てくれるか心配だったから、わざわざ遠回りして来てあげたんじゃない♪」 ほー!つまり俺の監視か!!
「よかったわね、瞳ちゃん♪優しいお友達を持てて♪」 ……どいつもこいつも…!
「ところでおばさん!なんで潤が瞳ちゃんなんですか?」
「今日から潤は、瞳ちゃんになったの♪」 説明になってないぞ、母さん!
「あ!そういうことですか!!わかりました♪」 納得するな!!
「………いってきます…。」 俺はあずさを放って、そのまま家を出た。
「あっ! 待ってよ瞳ちゃん!!」
また、憂鬱な一日が始まった………
〜あとがき〜
はじめまして!水無月です! ここまで呼んでくれてありがとうございました!
こういう作品はいけなかったでしょうか?
このあとの話も考えてあるのですが…。
雪野は(おそらく)、肉体的に女性になることはありません!!
ああー! みなさん、座布団を、マウスを投げないでください!
一応この作品は、声の女性化ってことでお願いします。
いずれは、精神が女性化していくのですが、この主人公、頑固(というより自己中)だからなぁ。
なるとしても五話くらいからかも…。
要望や批判があれば、母さんのストッパーを外します(笑)。
できれば、デビューまでは書きたいと思っています。
物語考えるのって楽しいですね♪
ではでは、この未熟者を、どうかよろしくお願いします。
水無月
□ 感想はこちらに □