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<ジリリリリリリリ>

今日も目覚ましの音がうるさい。

ベッドから身を乗り出し止める。

<ピリリリリリリリ>

携帯のアラームが鳴る。

自然と聞き流し、また眠りにつく。

「朝よ、起きなさい。」

やさしい声が聞こえる。しぶしぶと起き上がり答える。

「起きてるよ〜〜〜〜…。」ちっとも起きてない。

むくと起き上がり、時計を見る。まだ、いや、もう7時15分。

「ふ〜〜〜〜、今日も学校か。」


光る丘は

第二章 ドキドキ?学園生活


作:日比野


章音はまだ寝ぼけているようだ。章弘のときから朝の性格だけ妙に怖い。だが、章弘の母親は起きない章弘を見るともっと怖かった。だから朝、起きれていたのだ。今のはとてもやさしい声、章音が起きるはずもない。

「む〜、あと五ふ…。」

自分の声がいつもと違う。ソプラノがかった声に驚き、居間に行ってみる。すると、誰か知らない人が朝ごはんの用意をしているではないか。

「何がなんだか…。そうか、これは夢か!早く起きなきゃ。」

「なに言ってるの章音ちゃん。早く支度しないと学校に遅れるわよ。」

…えっ?章音って誰?そうか、これはまだ夢なんだ。夢なら早く覚めてくれよ!…

まだまだ自分の置かれている環境を受け入れられない章音だった。そこへ居間にずっといたキリサワが話しかけた。

「おいおい、昨日起こったことをもう忘れてしまったのかい。まあ、夢には変わりはないのだがね。佐和子さん、章音ちゃんを洗面所へ連れてってくれないか?」

「さっきから俺のことを章音、章音って。俺の名前は章弘だよ。」

「まあまあ、とりあえずこちらへ。」

洗面所へ行って顔を洗う。…すっきりしたー…

………………………………………………………

…は?鏡のなかに俺好みの女の子がいるぞ…

 

ギャ〜〜〜!!!という奇声が家中に広がった。耳を押さえながらキリサワが説明する。

「やっと思い出しましたか。あなたはいま章音という女の子なんですよ。ちゃんとしてください。転校初日から遅刻するわけにもいかないでしょう。」

「キ〜リ〜サ〜ワ〜、だったら元に戻せ!」

「あなたのわがままさには、ほとほと呆れてしまいますね。あなたがなりたいと願ったのでしょう。」

それはそうなのだが、なりたいと思うのと、なってしまったのとは気持ちの面でだいぶ違う。なんてめんどくさくて厄介なことを考えていたのだろうと章音は思っていた。

「実際になると色々いやな面もいっぱいあることに気づいたんだよ!女にできるんだから元に戻すくらいわけないだろ?お前の好みで俺をこのままにするつもりか?」

「実はですね…、もろもろの事情で私では元にもどすことができないのですよ。」

「もろもろってなんだ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

家がぶち壊れそうな叫び声がこだまする。そんなこんなで時間が経ってしまった。

「そろそろ、ごはんを食べないと本当に遅刻してしまいますわよ。」

「それもそうだなって…、だからあんたはいったい誰だ!」

キリサワが説明する。

「失礼なひとですね。昨晩紹介したでしょう、あなたの叔母ということになっている日比野佐和子さんですよ。ちなみに、叔父にあたる昌俊さんはもう会社に行っていますよ。」

…そうだった、だんだん思い出してきた…思い出したところで朝ごはんを急いで食べる、と。

「そうですわ〜、うちは学校から近いのでそんなに焦らなくても大丈夫ですよ。」

佐和子の気の抜けた声と同時に章音が叫ぶ。

「だ〜〜。だったら最初に言ってください!」

「章音ちゃん、あなた結構短気ですね。女の子はもっとおおらかでないといけませんよ。」

「お前が言うな、お前が。」

「それと、そんなにかわいいのに口が悪くてはもてませんよ。」

「俺は男なんかにもてたくないっ!」

朝から章音の怒鳴り声が何度となく響きわたり、そしてキリサワが受け流す。疲れた章音は部屋へと戻って行った。

「あいつと話してると疲れるんだよな〜。佐和子さんもどっかぬけてるし、どうしてこんな奴ばっかが俺の周りにいるんだよ〜。」

充分その一員の章音は大きくため息をついた。その後、自分の部屋を見回してみる。なんとも女の子らしい部屋で、こんなところに恥ずかしくていられないよ。と、章音は思った。

…まあ、いい。そろそろ着替えなきゃ。…

「え゛!」

章音の部屋のドアが開いた。その手には光丘高校の女子の制服が。黒一色のジミ〜な制服だが、よく言えば史実さをかもし出しもしているかもしれない。

「やっぱりこれを着なきゃいけないんですよね?」

「もちろんですよ〜。章音ちゃんなら、きっと似合いますわよ。」

「学ランじゃだめですよね?」

「ダメです〜!!」

なくなく女子の制服を着ることになってしまった。しかし更なる悲劇が章音を襲った。章音がパジャマを脱ぐと、そこには見たこともない自分の胸が。…あ〜、なんて魅力的な胸だろう…なんて自分で思いながら、初めて生でみる女性の胸に出そうになる鼻血をこらえつつ、できるだけ下を見ないように努力する。しかし、また次の攻撃が章音を襲う。

「あ〜、まだトランクスなんかはいてる〜。ダメですよ、もう女の子なんですから。こっちの女性用のパンツをちゃんとはいてください。それとブラジャーもつけなきゃダメですよ。」

そういって佐和子はタンスからパンツとブラジャーを取り、章音に着けようとする。そのとき章音は、鼻を押さえながら必死に耐えていた。こんな状況では、章音に拒否権があるはずもなっかった。佐和子が下着を着け終わると、そのムズムズした感覚に興味を引かれて自然と視線が下へいってしまった。もちろん、そこには下着姿の女性がいるわけで、いままで一度も女の子と付き合ったことのない章音にとって、我慢の限界がきてしまった。章音はついに鼻血を豪快に吹き出し、その場に倒れこんでしまった。

章音が気づくと、もう自分の着替えが終了していた。なんとか立ち上がり佐和子に謝罪する。なんとも恥ずかしくて、章音の顔は真っ赤だった。

「ごめんなさいね。いきなりあんなことしてしまって。さすがに昨日まで男の子だった子にとって、刺激が強すぎたわね。」

再び部屋に戻り、姿見で自分の格好を見てみた。いままでじっくりと自分の姿を見てなかったので、かなり興味があったようだ。それに女になったとしても、章音は色気づく年頃で、制服が自分にあっているかは大事だった。

…かわいい。制服を着ているせいか、よけいかわいく感じてしまう。これが自分でなかったらどんなに良いことだろう。…

自分でも認めるほどののナイスプロモーションであるということは、さっきわかったが、顔もこんなにいいのかと、自分で思ってしまう章音だった。しいて言うと、背が170前後くらいと高めなことか。男のときから180近くあって高かかったのが原因なのだろうか?そこへ佐和子さんが入ってきた。

「良く似合っているわよ、章音ちゃん。でも髪がまだボサボサね。女の子は身だしなみが大事なんだから。さあ、そこに座って。」

姿見の前に座り髪を梳かしてもらう。男のときには少しくせっ毛だったが、女の子になって髪がサラサラになったようだ、みるみるうちに髪が綺麗なストレートにまとまっていく。

「はい、オッケイ。そろそろ行かないと。」

「ありがとうございます。それじゃあ行ってきま〜す。」

出て行く前にキリサワが話しかけてきた。

「おっ、すばらしくかわいいですね。その絶世の美少女たる所以も、元に戻れない理由と一緒に帰ってきたら話してさしあげますよ。」

かわいいと言われると、少しのうれしさと、大きな恥ずかしさで顔が赤くなる。

「その前に帰ってきたら覚えていろよ!キリサワ!」

「それと学校では、前みたいに力を使わないように。」

「わ〜ってるよ。んじゃ、行ってくるよ。」

と、そこへ佐和子が。

「待って、章音ちゃん。転校最初の日だから、保護者として私もいくわ。」

日比野の家と光丘高校とは15分ほどの所にあって、いつもの通学路の途中にあった。学校に着くと、まず校長に挨拶。そして前と同じクラスになることになり、その担任にも挨拶をした。この姿で初めて知り合いとあうことが、ものすごく恥ずかしかった章音だが、次は一人でクラスに紹介される番だ。佐和子は、がんばってねと声をかけ、学校をあとにした。

 

章音は前と同じ27HRの扉の前に立っていた。担任はもうクラスに入り、章音を紹介しようとしていた。

…自然に、自然にだ。俺のことは他のみんなは知らないのだから。…

ガラガラっと扉を開け、中に入る。教卓の前に立ち、自己紹介をする。すでに顔は真っ赤だ。

「初めまして、名前はなか…じゃなっかった、日比野章音です。元の家では男兄弟だけだったので、言葉使いや仕草が男っぽいかもしれませんが、どうかよろしくお願いします。」

…よっし、完璧だ!男っぽい言い訳まですでに言っている。スピーチの才能があるんじゃないのか、俺。…

と、自画自賛を心の中でしながら、最後にニコっと首を傾けて笑ってみせた。その姿はものすごくかわいらしかった。

《うお〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!》

という男からの大声援が送られた。だが章音はこの全員のことを知っているのだ。

…バカだな、こいつら。中身が俺とは知らずに。まあ、知るわけないんだけどね…

と、心でクスクスと笑いながらみんなの反応を聞いていた。なかには。

《あの子、絶対猫かぶってるわよ》

などという批判の声も聞こえたが、気にはしなかった。

「じゃあ、日比野の席は…、前の中嶋の席でいいな。日比野!あそこに座ってくれ。」

と前の自分の席を指さしながら、担任は言った。そして章音はいつものようにドカッとイスに座った。とたん男からの反応も少し悪くなった気がした。

…そうか、行動ひとつひとつが男なのに気をつけなきゃな…

そう思っているくせに座り方が、足を開いて男っぽい。さすがに担任から注意された。

前の自分のことが気になり、席を立ち、歩いてきた隆司に聞いてみる。これはかなり大胆な行動だったと、少し後悔したが、結果オーライでその日から隆司と友達になれた。転校初日の女子が、いきなり男子に話しかけるとはなんて大胆なんだ、と隆司も周りのみんなも思ったが、男っぽいということでなんとか噂にならずにすんだ。

「あなたの名前はなんですか?」

と、わざとらしく聞いてみた。

「俺?俺は山田隆司だよ。で、何?」

隆司はドキドキしていた。転校初日のこんなにもかわいらしい女の子が、一番初めに自分に話しかけてきたのだ。仕草はどこをとっても男っぽいが、隆司には逆に魅力的に思えた。隆司はこの女の子に恋をしてしまった。いわゆる一目惚れである。一方、章音は自分が女の子であること自覚していないので、普通に話している。

「前にここに座っていた、中嶋君?っていう人はどうしたの?」

と、やはりわざとらしく語尾を上げた。今は章音より、隆司のほうが顔が赤い。隆司は女の子と話すのが得意ではないので、どうもトチリながら話してしまう。それが章音にはおかしくて、…いつもの山田君じゃないな、もしかして俺が女なのを気にしてるのか?なんかおかしいな、ふふふ。…なんて思っていた。

「ああ、中嶋ね。なんか…勝手にひとり旅に出たらし…いよ。親はなんか、納得?してるみたいなのかな。そこらへん、よくわかんない…けど。」

…キリサワがみんなの中の俺を殺したって言たけど、あいつなりに気を使ってくれたみたいだな。…と、少し安心したようだ。

「山田君、そんなに緊張しないでよ。こんなに気楽に話してる俺…(やっぱ俺はまずいかな)僕もなんだけどね。…そうだ!山田君、他の人のことも紹介してよ。学校のこととかもよくわからないし、友達になろう!」

転校して初めてできた友達が男、という女の子も少ないだろう。それに隆司は、こんなに積極的だったら別に大丈夫じゃないかと思いつつ、…うおっしゃ〜〜〜!!…と心の中で叫んでいた。章音はクラスよりも部活を大事にする傾向があったので、クラスでの出来事はこんなもんでいいだろう。あとは昨日からいろいろあったおかげで疲れていたのか、二時間目に眠りこけてしまったこと。これはみんなに、やっぱりあいつ少し変だな、と思わせたのと、その寝顔によりまた男子のポイントを上げてしまい、その日中にファンクラブができてしまったことぐらいか。あと、クラスの女子に陸上部に入るためにはどうしたらいいのかを聞き、(でも本当は知っているよ、だって部長だもん By章音)26HRにいる陸上部マネージャーの田中真紀に言えば、なんとかなるという情報を手に入れた。

 

放課後のチャイムが鳴る。章音は帰りのHRを終え、26HRに向かった。外に出ると、転入生の情報を聞いた他の生徒がギャラリーとしていた。なかには章音の知り合いもいたので、恥ずかしながら26HRに入った。章音がなぜ、わざわざ陸上部に入るのか。今、ほとんどの部活が引退にむけて必死に練習している。そこへ、今度新三年生になる章音が部活に入るのはとても不自然だが、章音はこの高校生活を部活に捧げてきたのだ。最後の最後で部活を強制的にやめさせられても、納得がいくはずもない。…せめて形だけでも部活に残って、おとしまえをつけたい!…それが章音の思いだった。

「陸上部の田中さんですか?」

「はい、そうですけど。」

真紀はかなりコギャルっぽいが、礼儀正しいし、仕事もしっかりやっていて、いわゆるひとつのお姉さんタイプだ。髪を何回もそめていて枝毛がすごいのだが…おっと、これは関係ないな。

「今日、転校してきた日比野章音です。前の高校で陸上部に入っていて、少しの間でも部活をやりたいんですけど。」

「ほんとに!?今からじゃ引退まで一ヶ月くらいまでしかないよ。いいのそれでも。」

「全然オッケイです!陸上が好きなんで、少しでもやりたいだけですから。」

「そう、じゃあ部長達にも連絡しないとね。いま、うちの部活は部長がいきなりいなくなっちゃて大変なの。だから臨時の部長と、短距離の部長と、長距離の部長と、いろいろ複雑で三人の部長がいるから。あっ、でもみんな22HRにいるから大丈夫なんだけどね。」

「もしかして、いなくなっちゃった人って、うちのクラスだった中嶋って人?」

「そうそう、よく知ってるね。いきなりいなくなっちゃて、一番大事なときに逃げ出すような人だとは思ってもみなかったのに!」

真紀の顔に怒りがこもっている。章音は、…その思ってもみなかった人がここにいるよ。…と、内心ふくれ面だったが、顔にはださなかった。

「章音ちゃん…だったよね。そんなにかわいかったら、みんな大歓迎だと思うよ。私も惚れちゃいそうだもん。それと私のことは真紀ちゃんでいいよ。そのかわり私も章音ちゃんって呼んじゃうからね!もう呼んでるけど。」

かわいいと言われると、かならず赤くなってしまう章音。学校でさんざんみんなから言われて、親しい部活の仲間にも言われて、目が少し潤んできているようだ。

「真紀…さん、かわいいなんていわないで…。お願い。」

「章音ちゃんかわいい!」

真紀が耐えかねて抱きついてきた。章音にしてみれば、異性に、しかも友達にいきなり抱きつかれたとあっては、正常でいられるはずもない。薄れゆく意識の中、…あ〜女ってやっぱいいかも〜。…なんて思ってしまう章音だった。

 

……きねちゃん…

「章音ちゃん!大丈夫?いきなり失神しちゃって、びっくりしたんだから。すぐ気づいたから良かったけど、早く22HRに行こっ!」

真紀は章音の左手を握って、22HRへと向かった。今の臨時部長は原幸太という奴で、顔と頭は悪いが、人付き合いがいいというかんじだ。長距離部長は水野孝志、頑固でライバル心が強いが、目標に対しての努力がハンパじゃない。章音は長距離をやっていたが、こいつだけにはさすがに勝てず、孝志を目指して努力をするのだが、さらに上の努力を孝志がするので、追いつくはずもなかった。短距離部長は田中千春、真紀と同じ苗字で、章音は二人ともに「田中、田中」言っていたのでよく間違えられていた。実はさっき真紀のことを呼んだときも、恥ずかしくて仕方がなく”さん”をつけたのだ。千春の性格は明るく社交的で、話を盛り上げるタイプだ。

「原君と、水野君と、千春いる?」

真紀が22HRの人に聞いた。三人ともクラスにまだいたようだ。序章で書いたように、男子部室は入室停止になっていてクラスで着替えなければいけないので、真紀はきっといるとふんでいたようだ。

ほどなくして、三人が扉のところまで来た。章音はまだ隠れている。章音と男子陸上部員との関係はかなり深く、一緒に泊まったり、バーベキューをしたり、釣りをしたりなど、まさに親友というべき存在なので、そんな相手に自分の女姿は見られたくない、と思っていた。

「今日転校してきた子が、うちの部活に入りたいんだって。一ヶ月間くらいだけど、陸上が好きで、やっていたいんだって。章音ちゃん、入ってきて。」

大きく首をふる章音。その顔は半分泣きそうになっていた。しかし、男の意地でなんとかこらえている。

「ごめんね、なんか変な子なの。じゃあ三人ともこっちへきて。」

章音は走り去ろうとしたが、真紀の手がそれをゆるさなかった。章音はそれでも必死に顔を隠した。

「章音ちゃん!部活がやりたいんだったら、こういうことはちゃんとしなきゃだめだよ。どうせ顔なんか見られるんだし。」

「わかった…。」

顔を隠していた手をどけ、挨拶する。

「日比野章音です。どうかよろしくお願いします。」

幸太と孝志は、ゴクッとつばを飲んだ。…なんてかわいいんだろう…二人ともそう思った。幸太はかっこ悪いくせに女に目がなくて、いつも彼女が欲しいとあせっているのだが、孝志のほうはあんまり興味がなく、(といっても、年頃の男の子がしていることには興味がある)めったに女の子をかわいいなどとは思わなかった。とりあえず孝志が口を開いた。

「ところで、種目は何がしたいの?」

「前の学校でも長距離をやっていて、やっぱり長距離がやりたいな。」

自分が少し女の子っぽいのに、いままでなかった嫌悪感が押し寄せてくる。…こいつらとだけは普通に話したいのに…章音はひとつ決心した。…よっし、長距離男子とだけはフレンドリーに早くなればいいんだ。…そう思ったら、とたんに顔が明るくなった。真紀はそれをみて安心したようだ。幸太は章音に見とれている。そこへ、千春が章音に話しかけた。

「うちの長距離はハンパなくつらいんだよ。やめたほうがいいんじゃない?」

「知ってるよそれぐらい。大丈夫、結構体力には自信があるんだ。」

本当に光丘高校陸上部長距離の練習はつらい。そこらへんの公立高校とは比較にならないくらいだ。もちろん、メニューを決めているのが孝志なので、妥協を一切ゆるさないからなのだが。それでも章音はついていっていた。それに女子の練習は男子の60%なので、全然大丈夫だろうという自信があるのは当たり前だ。なんで知っているのか不思議がりながらも、孝志が話した。

「俺が長距離部長なんだけど、専門は何?」

そう、陸上という競技は長距離になると走るだけだと思われがちだが、その距離によって練習の仕方が変わってくるのだ。みんなが思っているより陸上とは複雑なものなのだ。章音の専門は長い距離、男子でいうと5000mだ。女子でいうと3000mになる。孝志と同じ距離適性だ。だから章音はライバル視していたのだ。章音が孝志の質問に答えた。

「5000mかな?」

《5000め〜とる〜!!》

章音以外の四人の声が響き渡った。あわてて言い直す。

「あ〜、3000mの間違いでした。ごめんなさい。」

「なんだびっくりした〜。じゃあオッケイだよな原。」

「おい原!聞いてんのか!」

「あっ、ああ、そうだな。大丈夫じゃないか。」

「お前しっかりしろよな。先生にも言っといたほうがいいんじゃないか?」

「そうか、じゃあ言って来る。」

幸太が走り去っていく。…すまない原君、いきなり部長の役目を負わせてしまって。…と章音は思ったっていたところに、真紀が話した。

「原君、ずうっと章音ちゃんに見とれているんだもの。だめだよね、部長があれじゃあ。」

びっくりした章音が叫ぶ。

「まっ、真紀ちゃん!そういうこと言わないでって言ったじゃん!」

「あっ、真紀ちゃんって言ってくれた。やったね。それで、章音ちゃんはなんでそんなにほめられるのが嫌いなの?そういう章音ちゃんもかわいいけどさ。」

「あ〜、二人で楽しんでないで私も入れてよ!私の名前は田中千春。千春でいいからね、章音ちゃん。で、なんでほめれるのが嫌いなの?」

「別に、ほめられるのが嫌いなんじゃなくて、かわいい…とか、そういうなんか女の子をほめるようなのが恥ずかしくて…。」

赤くなっている章音に、千春の追尾攻撃がくる。

「いいじゃん、章音ちゃんは女の子なんだからさ。」

「う゛〜〜〜…。」

俺は男だよ!と言えるはずもなく、どうしていいか困る章音。なんとか違う理由を考えて言う。

「僕は男兄弟のなか育てられたから、女の子だって自覚がなくて。こんなスカートとか、女の子っぽい服も嫌なんだ。」

ついでに服装への不満も飛び出てしまった。スカートがなんとも動きづらく、中が見えそうなのがたまらなく嫌だったからだ。佐和子になんとか言って、短くはされなかったのだが。

「もったいないな〜、こんなにかわいいのに!」

「だから、やめてって!」

「おもしろい、章音ちゃん。」

「千春さん、僕のことからかって楽しんでるでしょ。」

「あっ、わかった。だって嫌がる章音ちゃん、かわいいんだもん。それに”さん”はいらないよ。」

そのころ孝志は、その場にいづらくなっていた。女の世界になってしまっているからだ。章音はそんな孝志と話したかった。

「水野君?どうしたの、顔色悪いけど。」

と章音は顔を覗き込みながら言った。やはり、対男のほうが仕草も自然になるみたいだ。一方孝志は、かなりの照れ屋で、女と話すときは態度が少し変わってしまう。しかも、こんなに顔を近づけられると、いつもは絶対にしないモジモジしたかんじになってしまう。孝志の数少ない弱点のひとつといっていい。この前の卒業式のときなんか、追い出し会という先輩の卒業を祝う会があって、そのときに劇をして場を盛り上げる風習があり、孝志は千春と寄り添わなくてちゃならなくて、その照れようは見てるこっちまで恥ずかしくなるくらいだった。もちろん章音はそのことを知っていて、半分わざとやっている。お前もからかって楽しんでないか?という声が今にも聞こえてきそうだが、そんなことより孝志はこの場からなんとか脱出したかった。

「あのさ、そろそろ着替えたほうがいいんじゃないの?ねぇ、真紀さん。」

孝志は恥ずかしいと人に話しをふる癖があった。

「そうね、そろそろ部室へいきましょう。」

ホッと胸を撫で下ろす孝志。目の前の少女が、チェっという顔をしているのが妙に親近感が持てた。

 

章音と千春と真紀の三人は、部室へと向かった。突然だが、光丘高校の特徴はボロいことだ、神奈川県はお金がなくて学校を建て直せない。だから、創立当初のままなのだ。例えば体育館、押すときしきしなって、人の力でも十分破壊できそうだ。部室は個別になっていて、その部室棟の天井からは、セメントがボロボロ落ちてくるし、扉は力いっぱいひかないと開かないし、…etc。それでも光丘高校はこの地域でトップ校なのだ。不思議だねぇ…。と、三人ともその部室に入った。章音はこの部室に入るのが初めてではない。悪い意味にとらないで欲しい。章音は決して法に触れることはしていません。先輩の引退試合のときに鉢巻を作ったときに、真紀と一緒にここで作業をしていたこともあったからだ。何度も言うが、そのときにも変なことはしていません。

「さあ、ここが部室。じゃあ千春の隣を使ってね。」

女子部室は男子部室と比べてかなり綺麗だ。男子部室なんか、ジャージは散乱しているし、いかがわしい本やビデオまである。それが原因で部室停止になったわけじゃないが。しかし、千春の場所だけは汚さがあふれていた。…噂には聞いていたが、これほどとは。原君には負けるが、女子としてはいけないレベルだろ。あ〜、でも俺も今は女なんだ。人のこと言えないよな。…なんて思ったりした。他のみんなは、もう着替えてグランドに行ったらしい。千春が促す。

「さあ、早くしないとね。」

と言って、服を脱ぎ始めた。

「ギョ!!」

とても人間とは思えない声が章音から出た。

「ちょっと待って!!」

「どうしたの?早く着替えないと遅刻しちゃうよ。」

「僕、人の着替えも…あんまし見たことないし…その、なんていうか、恥ずかしくて。」

「なに言ってんのよ、自分だって女なんだから早く着替えないと。」

すでに千春は下着姿で、章音は目のやりどころに困り、ずっと下を向いたままだ。

…知り合いの裸を見るわけにはいかない…よな、どうしよう。それに、俺のも見られるのかよ!やばいぞ〜これは。ピンチすぎるよ〜。…

そこに真紀の助け舟が来た。

「千春。章音ちゃんって、私が抱きついただけで失神しちゃったのよ。それほどまでに女の子と付合っていないのよ。」

しかし、無常にも千春の答えた。

「甘い!真紀ちゃんは甘いよ。これからどうしたって女の子と付合うんだから、徐々に慣れていかないと。」

…お前は露出狂か!…と思ったが、女同士ではあたりまえである。

「わかったよ〜、でも隠れながら見えないように、見られないように着替えてもいい?」

「え〜〜!やっぱり女の子同士、スキンシップを取りたいよね。」

「そんなこと言わないでよ〜。」

「まあ、いいわ。」

なんとか千春を説得して着替える。ジャージなどは全て章弘のころから新しくしていた。それを取り出し、上着を脱ぐ。

とそのとき、千春の不意打ちが決まった。「それっ!」という掛け声とともに、章音の体をグルンと180度回転させた。

「章音ちゃん、いいプロポーションしてるね〜。あれ?章音ちゃん!もしも〜し、章音ちゃ〜ん!」

そんな状況に耐えられる章音ではないので、今日二度目の失神をしてしまった。でも章音は男のうれしさを感じていたのは、言うまでもない。章音を起こしたあと、着替え終わっていた千春と真紀は、部室の外で待つことにした。章音は精一杯あやまり、そして安心しながら着替えた。男子のときはランパン(パンツをはかなくてもいいやつ)だったが、さすがに女子の練習中はハーフパンツなのに気づいて、もっと安心したのだった。陸上とは変な競技で、試合のときとなると女子でもランパンなのだ。それはいいとして、いろいろやっていたおかげで完璧に遅刻した三人だったが、新入部員がいるということで、みんな待っていてくれた。章音の今の髪型は走りやすいようにと、真紀にポニーテールにしてもらった。

幸太が部活を始める。

「それでは始めます。」まだ、ぎこちなさが残っている。

《はい》(このとき章音も言ってしまっている。)

「今日は二年の新入部員がいるので紹介します。日比野さん、自己紹介してください。」

「はい。今日転校してきた日比野章音です。長距離が好きで、一ヶ月間という短い間ですが、どうかよろしくお願いします。」

「うおおお〜〜〜〜〜〜!!」

叫びながら走っている奴がいる。こいつを含めて、章音のために全員の自己紹介がおこなわれた。同じ二年だけ紹介しよう。

堀内哲部活のムードメイカーで、部活ではいつもうるさくしているが、楽しい奴だ。女子とも良く話して、かっこいいわけではないがもてる。長距離
原本憲明典型的ムッツリタイプ。かなりの知り合いでないと女と話せない。かっこはいい。長距離
安達勉外見はまるで〔の○太〕だが、決していじめられっこではない。短距離
高松実晴女に対して手が早い。ホストみたいな奴。短距離
小野寺薫女で唯一の長距離。日ごろからなにか疲れているような奴だが、話づきあいは割りといい。
市川葉子章音の好きな人。そしてふった人。章音とは小学校から一緒だが、章音が好きになったのは高二から。強気で男勝りで自分の意見をはっきりというが、弱い面もある。短距離

幸太がまた話す。

「ということで、アップを始めてください。」

《はい》

章音は孝志に呼ばれた。

「今日は初日だから、実力をみたいんだけど、いきなりじゃ大変だからjogにする?」

jogとはジョギングの略で、ゆっくり走ること。

「全然大丈夫!何でも来いってかんじかな。」

章音はグッと拳に力を入れて、自分の前で小さなガッツポーズをした。幸太がそれに見とれている。章音はこのごろ調子が良かった。昨日の部活でも、孝志についていけている。

「それじゃあ、今日は3000mを走ってみてよ。ここのグランドはひどいけどさ。」

校舎が悪ければ、グランドも悪い。広いけど凸凹していて、走るにはいい環境じゃない。章音はそれくらい知っている。それに3000mでは、章音には少なかった。章音は距離が長いほど得意なのだ。スタミナが多くて、スピードがない完璧な長距離選手だからだ。

「できれば5000mにしてくれる?そっちのほうが力出せると思うし。」

「ほんと?そんなに無理することないって。流す程度でいいんだから。」

孝志の言葉には説得力がある。相手に、そうだなと思わせてしまうぐらいの。章音も男のときから、孝志にはまいっていた。反論もするが、だいたいは言いくるめられてしまう。それには、章音の相手の意見を取り入れようとする性格も、からんできているからもある。

「ん〜、わかった。」

「じゃあ、アップはうちらと一緒にやって、本練習のときにやろう。こっちは勝手に練習しっちゃってるから、マネさんの真紀さんにお願いしてタイムとってもらって、あとで聞かせてくれればいいから。」

孝志は置いてけぼりのところがあって、勝手にやっててみたいなかんじが章音は好かないが、納得した。

いつものアップが始まる。320mのグランドを12週したあとに、100mを流して3本走るのだ。普通の人ならこの時点でもうヘロヘロだが、章音はゆうゆう走った。そのとき哲が早くも話しかけてきた。

「この時期に入部なんて、日比野さんって変わってるね。」

「そうかな、僕はただ、部活をやっていたくて。堀内君は部活が好き?」

「好きじゃないと、こんなことやれてないよね、お互い。なかじもそうだと思ったのにな。」

「そうなんじゃないかな。その中嶋君って人も部活が大好きだと思うよ。じゃなきゃ走ってこなかったでしょ。」

「そうかな?いきなりいなくなるなんて、信用ならないよ…。」

「信じてあげてよ〜。多分なんかの理由があるんじゃないの。同じ部員だったら信じてあげてもいいと思うよ。」

「日比野さんって、なんかなかじに似てるね。その抽象的なところとか、ちょっとくさいこと言ったりするところとか。ん〜、そうだねとりあえず信じてみることにするよ。」

ドキッとした章音はわざとらしく返事をする。

「そうなの?じゃあ中嶋君の変わりだと思って仲良くしてね。」

「はは、そうすることにするよ。でもなかじはこんなにかわいくはないけどね。」

「そんなこと言うなって、俺だって大変なんだから。」

自然な会話だったので、ついつい俺とかいってしまった章音。

「日比野さんって、自分のこと”俺”て言ったりするんだ。へぇ〜。それに言葉使いも男みたいだね。」

…やばっ…と思った章音。すぐお決まりの言い訳をする。

「いままでほとんど男の子としかしゃっべたことなくて、染み付いっちゃたんだ。できるだけ”僕”っていうようにしてるんだけどね。」

「だからこんなに自然に男子としゃべれるんだ。なんか妙に昔から知ってるような感じでさ。」

「そう…かもね。」

…それは俺が中嶋章弘だからだよ!…と口に出してしまいたい章音。それをグッとこらえた。そこで、会話は終了した。

 

アップで、その日の調子がだいたいわかるのだが、章音は…男のときと、もしかしたら変わらないかもしれない…なんて思っていた。

その考えは的中した。章音は流すつもりなんてなかった。いまの自分がどれくらい走れるのかが知りたかったからだ。それでも、グラウンドで、しかも女子が10分00秒で走ってしまったのはすごすぎた。みんな章音を見てびっくりしていた。どれくらい速いかというと、50mを10秒でずっと走り続けるとこのタイムだ。子供の全力疾走というところ、それで3000mを走ってしまった。男のときの章音がここでやっても同じタイムか、少し速いくらいだろう。練習が終了した孝志に報告した。

「章音さんって、速いんだなぁ。それなら関東くらいまでいけるレベルだよ。」

孝志は強い人が好きだ。しかもこんなかわいい子だ。惚れてしまそうになっていた。章音が孝志に返す。

「ね?大丈夫って言ったでしょ。でも、自分でも少しびっくりしたよ。」

さらに薫も顔を出す。

「いいなあ、章音ちゃんはそんなに足が速くて。私なんか、遅すぎて困っちゃうよね。」

薫は人をうらやんでしまう性格だったので、こんな言葉が嫌味に出てしまった。章音はそれを良しとは思わない。

「薫さんも、もっとがんばればきっと早くなるよ。」

実は章音はかなり遅くなっているとふんでいたので、このタイムには自分も驚いていた。そのあと、みんなからも速い速いと言われて、ちょっといい気分になった。

この日の陽気は春とは思えないほど暑かった。これぐらい暑いと、光丘高校夏の名物…じゃないが男子がランパン一枚で水浴びをするのだった。これはただ遊んでいるのではなくて、練習後のクールダウンの役目がある。哲がさっそく着ていた上着を脱ぎ、蛇口のところで水を浴びていた。そこへ章音がやって来た。

「うわ〜〜、今日あちいって。まじで。あっ日比野さん、ごめんねこんな格好しちゃって。」

「全然、そういうの慣れてるからから。」

「日比野さんって、ほんと男慣れしてるよね。普通、女の子だったらこういうの嫌がらない?」

「そういうもんかね。まあいいや、僕も暑いし水浴びしよ〜っと。」

「えっ?」っという哲の言葉は章音には聞こえず、上に着ていたTシャツを脱いだ。と同時に髪をまとめていたゴムを取り左右に大きく頭を振る。髪についた汗がキラキラッと舞い、章音のみごとなプロポーションがあらわになった。それはまるで水の精のようだ。それに魅了された哲は身動きがとれなくなった。そのままの状態で髪をパシャパシャと洗い、手や、体にも水をかけていく。その動作ひとつひとつが魅力的だった。どこもやましさを感じさせず、ただただ綺麗だった。髪をまとめている章音に、ようやく気づいた千春が叫ぶ。

「章音ちゃん何やってんの!」

「なにって、水浴びしてるだけだよ。」

「水浴びしてるだけ、じゃないよ!堀内もそこでなにやってんの!早くどっか行きなさい!章音ちゃんも早く上を着て!」

ようやく恥ずかしいことをしていることに気づいた章音と、止まってしまっていたことに気づいた哲。章音は急いでTシャツを着て、哲は赤くなって走り去っていった。

「千春!そういうことは早く言ってよ!」

「章音ちゃん、自分が女だっていう自覚がないでしょ。」

「まっ、まあね…。はは。」

「これからは女の子の自覚をつけていかないとね。」

「千春〜。それ人のこと言えないと思うよ。」

葉子が割って入った。章音はみんなにこんな姿を見られてしまったのと、好きな人に自分が女であることを見せてしまったのが、悲しくて、悔しくて、恥ずかしくて、そう思うと今にも泣いてしまいそうになってしまった。

「章音ちゃんよりは女っぽいからいいもん!ね、章音ちゃん。」

「章音…ちゃん、ちょっと大丈夫。なんで泣いてんの!」

「べっ別に、ヒック…泣いてなんか…クスンな…いよ。」

「思いっきり泣いてるじゃん!どうしたの。」

葉子が話す。

「もしかして私がなんかした?」

「うううん、そうじゃないんだけど…、みんなに女の子っていう…ことを証明した?…ていうかなんていうか、女として、あんまし…グス見られたくないっていうか。」

特に葉子だけには、自分が女だということを知られたくなかった。どうみても今の章音は女の子だが、そういうことじゃなく、精神的にだ。そういうことでいうと、こんなにボロボロ泣いている自分も嫌だった。章音は男のときから涙もろかったが、女になってさらに泣きやすくなっていた。がんばって泣かないように、と思っても自然に涙が出てしまう。そんな章音を千春と葉子は励まし、なんとか平常に戻った章音。そんな章音を、千春と葉子は…女の子なのに女の子として見られたくないって、この子どういう子なんだろう…と思った。

そんなこんなで部活が終わり、帰ることになった。いつもは先生に部活終了を告げにいかなければならないのだが、それをしなくていいので時間に余裕が持てた。そのときに憲明とも話しておこうと思ったが、相変わらずの話べたで、うなづくだけなばかりか、こっちの目を見ようともしなかった。そんな憲明に章音はむかついていたが、…いつかからっかってやろう…といういたずら心が芽生えた。着替えるときはやはりみんなに待ってもらった。章音の帰る方面と一緒なのが男子は、孝志、哲、憲明。女子は真紀と薫だ。章音は男子達と帰りたかったが、いきなり男子を誘って帰るわけにはいかなっかたので、今日は女子と帰ることにした。もっとも家は近いのだが。

「ただいま〜。」

章音が帰ってきた。そこへ佐和子がやさしく出迎える。

「おかえりなさい章音ちゃん。疲れたでしょう。先にお風呂入っちゃえば?」

「そうします。」

章音はそのままお風呂に向かった。なるべく自分の体を見ないようにして服を脱ぐ。見てしまったら、その後はおわかりだろう。上をずっと向きながら、体を洗ったりしようとするが、初めて使う浴室なので使い勝手がわからない。ついつい顔を下げてシャンプーを探したりしてしまい、自分の胸が目の前に現れてとまどう。何度も倒れそうになりながら、浴室を後にした。

「お風呂ありがとうございました。あれ、昌俊おじさん今晩は。」

「章音ちゃん、お帰りなさい。昨日からここでくつろげているかい?」

「いえ、まだあまり。」

「そうか、昨日も言ったけど、ここが自分の家だと思ってもらって構わないから。もうご飯ができてるね、お腹すいたろう、いっぱい食べなさい。」

「はい。」

食事の後、居間でキリサワと二人っきりになった。

「今日の学校はどうでした?」

「はっきりいって、大変だったよ。恥ずかしいことも、びっくりすることも、こんなに多い日は初めてだよ。」

「そうでしょう。特に章音ちゃん、君がかわいいのと、足が速いことに一番驚いているようだね。」

「まあね、何回を失神しそうになったり、泣きそうになったり大変だったんだぞ。実際にもしたけどさ。」

「そのかわいいさや、足の速さを説明するにはまず、ドリームパワーについて話す必要がある。」

「どり〜むぱわ〜?日本語の夢の力を英語にしただけじゃないか。ひねりがないなぁ。」

「そういう文句は私に言わないで欲しいな。普通略してDPという。夢現実者が使う力のことだ。」

「そうそう、俺がいまほとんど使えないやつだよね。意識を集中しないとでないみたいで、学校じゃあ一度も使わなかったよ。」

「それもそうですよ、いきなり使える時点ですごいものなんですから。いいですか、夢現実者は世界に一万人近く存在するのですよ。ひとつの力を一万分の一にしているのですから、みんな力を減らしたくないので必死なんですよ。自分の力と、他の人の力は反比例してるんです。」

「そんなにいるのか?大変な仕事だなこりゃ。」

「私達政府の人間が五分の二、そして革命派と呼ばれる人達が五分の二で、その革命派と呼ばれる人だけ倒せばよいので、一万人ではないですよ。」

「多いことには変わりないじゃん。」

「そうですね、それでそのDPなんですが、なんでもかんでも出来てしまうのではなく、大まかに六個に分類されているんですよ。その六個の力とは…

〔発〕 物を自然発生する力。火や水を出したり、そのレベルに応じていろいろな物が出せる。一番基本的な力

〔操〕 人や生き物の、感情や本能を操る力。もちろん自分の心も変化できる。

〔因〕 因果律を操る力。物理的な法則を変えてしまうことができる。

〔消〕 物を自然消滅させる力。使いがっては悪いが、初めから強力。

〔変〕 物を変化する力。状態変化を起こせたり、二つの物を化学変化させたりできる。

〔生〕 物に生命をあたえる力。他の力と比べて特殊である。

と、あるわけです。ちなみに、それぞれが独立しているわけでなく、隣り合った力は友好関係にあります。発と生ももちろんです。また、発と消、操と変、因と生は対立関係にあります。そして夢現実者には、それぞれ得意なDPがあるわけです。それ以外のDPはほとんど使えません。」

「まあ、なんとなくわっかたよ。ということは、俺はこの前火を出せたから、DPは発になるわけだな。」

「そういうことです。そして、私のDPはおわかりでしょうが操です。」

「操のDPを持つものがだいたいエージェントになるんだろ?そっちのほうが夢に導きやすいもんな。で、操のDPを持つキリサワが何で俺を女にできたのか、が問題なんだろ?」

「よくおわかりで、あなたを選んだかいがありますね。そのとおりで、あのとき、つまり夢現実者になった暁に、願い事をかなえるときにDPを使ったのが私ではないのです。あのときは政府の変のDPをもつ者にお願いして、DPをお借りしたというわけです。その人は政府でもかなりのお偉いさんで、そういう人しかできないことなのです。」

「だったらもう一度頼めばいいんじゃないの?」

「よほどのときでないかぎり、DPなんて貸してくれませんよ。大事なものですからね。ということで元には戻せないということです。そのかわいいさは、かなりの実力者がDPを使った証拠で、章音ちゃんがこういう女になりたいという願望を、最大限にかなえた結果なのです。それに章音ちゃんは体力が落ちることを望んでなかったので、足も速いということですよ。」

「そういうことか。じゃあ、ずっとこのままなのかよ〜。」

「でも、悪くはないのですからいいでしょう。さっ、次は修行ですよ。早くDPを使いこなせるようになってくださいね。」

「は〜い…。」

「今日はイメージトレーニングからいきましょう。」

 

修行が終わり、布団に入る章音。ふと、今日の出来事を思い返してみる。

…こんなに疲れた日はなかったかもしれないけど、こんなに退屈しない日もなかったよな。いろいろ新しいことばかりで、これから退屈することもないだろう。やっぱり、女になってよかったのかな?…

章音の長い一日が終わりを告げようとしていた。



次回予告?(変更多々あり)

「章音です。なんと光丘高校に、僕以外の夢現実者がいるんだって。知らなかったなぁ。えっ、いきなり戦えって?そんな〜聞いてないよ〜。誰か、た〜すけて〜。次回、乙女はつらいよ。できれば見てほしいよ。」

 

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