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 美津子の検査報告会を午後に控えた坂崎教授の研究室。

「やられたな」
「ああ、『奴』の尻尾が掴めなかったのが全てさ。奴にとってはこれで完了した訳だから、まあこれ以上の介入は無いだろう」
「後は由美が事実をどう受け止めるかだ。今日のは報告会と言うより由美への説明会になるな」
「そうだな…」

坂崎、日生の両教授の会話であった。


ミィちゃんと呼ばないで
(最終話)ミィちゃんの明日
作:
薪喬


『お姉ちゃん』『由美姉ぇ(ゆみねぇ)』うふふ〜、いい響き♪

二人でいる時以外は『由美姉ぇ』ってミィちゃんが自然に使い始めたんだけど、これも悪くないな〜。まだ少し恥ずかしそうだけど女言葉で話す様にもなってきたし、本当に女の子らしくなってきたわね。でも亜季代ちゃんと話をしている時には女言葉もより自然に出るし、仕草なんかも…。まあしょうがないか、私が相手じゃ照れもあるよね。

亜季代ちゃんといえば、この数日ですっかり仲良くなっちゃったわね。亜季代ちゃんあれから毎日やってくるし、昨日なんかはミィちゃん、外出許可貰って亜季代ちゃんの家に遊びに行っちゃうし、なんか妬けちゃうな。あまり仲良くなり過ぎてお姉ちゃん置き去りなんて嫌だよ。でもあの二人本当に可愛いな、今度二人揃ってコスプレとか…

(おーい、後輩が『安心して紹介出来る』って言ったのを裏切るのか?)

『趣味が合えば良いんでしょ?強制しなけりゃね♪』

(これだよ…)

「綾子母さん、行ってきまーす」

あらっ、ミィちゃんの声よね。出掛けるのかな、何処に?…

 

【デート?】

「気を付けてね。大丈夫とは思うけど、まだ最終検査が残ってるんだから気分が悪くなったら生体モニターの非常ボタンを押すのよ」

そう言いながら綾子母さんは優しくボクの頭を撫でて送り出してくれた。ご機嫌だな、昨日初めて『綾子母さん』って呼んだからね。

「嬉しい!本当に私の娘になってくれたのね」思いっきり抱きしめられちゃった。

あぁ〜、由美姉ぇが睨んでる〜。

あっ、そうそう『お姉ちゃん』は解禁したけど、結局二人でいる時以外は由美姉ぇって言う様に自然になっちゃった。まあ、名前の呼びかたなんてそんなものかもしれない。

おじさんはちょっと淋しそう。

「俺の事は『お父さん』って言ってくれないのかな」

「だってミィちゃんのお父さん、まだ生きてるじゃないのぉ」と由美姉ぇ。

言い方に棘があるな。ちょっと不満そうだものね、綾子母さんがボクを抱いたままだから(まったく、この母娘は…。ボクは縫いぐるみじゃないよ)

「そうか、坂崎のやつ生きてるもんな。それならあいつに…」

「一服盛ってやるなんて言ったら、その前にあたしがあなたに一服盛るわよ!まったく、相変わらずあなたの冗談は笑えないのばかりなんだからっ!」

「まだ最後まで言ってないだろ〜」「言われてたまりますかぁ!」

あはっ♪いつもこれだもの。こう言ってると仲悪そうに聞こえるけど違うんだよね〜。漫才みたいに呼吸ぴったり。学生時代から『夫婦漫才』なんて言われてたって父さんが言ってたな。

と、まあ昨日の晩はこんな話しがあったんだけどね…

今日はショッピングと映画♪やっぱり外出するのは楽しいな。由美姉ぇの付き添いで出かけた事はあったけど、今回は由美姉ぇ抜き。それに、

「アキちゃん、おまたせ〜♪」

「あっ、ミィちゃん仕度できたの?」

亜季代ちゃんと一緒なんだよねー♪

由美姉ぇは『私も一緒に行く!』なんて悔しそうだったけど、残念でした。『今日は検査報告会があるでしょ?』の母さんの一言でがっくり肩を落としたまま、

「いいわよ、いいわよ、アタシだけ除け者で…、一人で研究室で時間潰すもん…」

なんて、ぶつぶつ言いながら出て行っちゃった。今晩はくすぐり攻撃を覚悟しなきゃね、涙出るまで止めないんだもん…、まあ仕方ないか。

『手、つないでいきましょ』と亜季代ちゃん。

なんだか小学生になった気分だけど、いいや。

「うん、じゃ行こうね」

つないだ亜季代ちゃんの手は、小さくて柔らかくて、とても気持ち良かった。

 

【美紀、あなた何者?】

つまんない…。今日はミィちゃんの検査報告会で午後は全部潰れちゃうけどさ、だからってミィちゃん遊びに行っちゃう事ないでしょう?

『アキちゃんとショッピング♪』なんて言って、迎えにきた亜季代ちゃんと一緒に行っちゃうんだもん。それにしても、二人で手をつないで出かける後姿はどう見ても小学生の二人連れよね、可愛いー♪

午後の報告会までまだ時間があるし、お父さんの研究室で時間潰そうかな、…と思ったらセキュリティがOFFになってる。誰か先に鍵開けて入ってるのね。誰だろう?今日は土曜だし私しか来る予定無いのに。あらっ?美紀ちゃん何してるのかな、一人で来るなんて珍しいわね。

(このところ美津子の世話で忙しく、研究室には来る事の少なかった由美だが、美紀が一人で来る事自体が珍しい事は知っていた。大抵恋人と一緒で『あん♪判んない』とか言いながら恋人と二人で課題を片付けているのを横目で見て『あーぁ、勝手にやれば』と思っている欲求不満の由美であった)

『ちょっと!誰が欲求不満よっ!だいたい、あんたねぇ、毎度の様に人の台詞の後に勝手なコメント付けて何が楽しいのよ!?』

(趣味です)『あ、そう…』

雑音はどうでもいいとして、取り敢えず美紀ちゃんと時間潰そう。あの子面白いし、料理のレシピなんかもついでに聞こうかな。私も料理は自信ある方だけど彼女のはプロ級だもんね。それにしても…、キャビネットの中を真剣に覗き込んで何見てるのよ?ここは一つ挨拶代わりに♪

「美紀ちゃん、パンツ見えてるわよ」

「えっ?きゃあぁー!!」

(慌てて振り向いた美紀は足を滑らせ床に派手に尻餅をついた。おかげでスカートの裾が捲くれ上がって結果は由美の言った通りになったけど…。おーい、挨拶代わりがそれかい?)

簡単に引っ掛かるわね、相変わらずオモチャにし易い娘…。ちょっとやりすぎたかな。

「ごめんね〜、そんなに驚くなんて思ってなかったのよ。大丈夫?」

「あ〜ん!日生さ〜んひどいですよぉ、びっくりするじゃないですか〜」

「ごめんねぇー、後でお茶奢るから。ところで一人で来るなんて珍しいわね、何を見てたの?…えっ!」

(由美は軽い気持ちで美紀が先程から覗き込んでいたキャビネットの中に視線を移したが、美紀の視線を辿った先にあった物、それは例の怪しいソフト“Fittre”の入ったPCだった)

「美紀ちゃんっ!あなた今このPC覗き込んでいたわねっ、なんでっ!?」

冗談じゃないわ。何をしようとしてたか知れないけど、こんな危ないソフトの入ったPC立ち上げてネットにでもつながれたら何が起きるか判らない。珍しく一人で来てると思ったらこんな怪しいPC見つめてるし、この子って子供っぽいところが人気あるけど、真剣にこのPCを見つめていた様子を見るとどうやらもう一つの顔がありそうね。

「日生さん、その様子だと知っているんですね、このPCの秘密。中に何が潜んでいるかを」

え…

「“Fittre”に何を願ったんですか?」

(この一言は決定的だった。由美は背中に冷たいものが走るのを覚えた)

この子“Fittre”の事知ってた!と言うより使った事あるんだわ、しかも私より先に。

「あなた何者!?このソフトの正体知ってるの?何を企んでいるのよっ!!」

(問い詰めた由美の表情が一瞬強張る。由美の目の前にいるのは、いつもの能天気な美紀ではなくなっていた。少し淋しげに薄い微笑を浮かべた顔は、由美がこれまで見た事のないものだった)

「何もするつもりはありませんよ。今の私には“Fittre”を操るスキルがありませんから起動する事も止める事も出来ません。ただ、近いうちに退学することにしたので懐かしくて寄ってみたんです。まだあったんですね、これ…」

(料理の道に進んで料理学校の講師になるつもりと言う。美紀の懐かしそうな、そして少し淋しげな表情を見て、由美は彼女を厳しく追及する気持ちが萎えて行くのを感じていた)

ミィちゃんもそうだけど、この娘も“Fittre”で人生に大きな影響を受けたんだ…、本人か或いは知り合いの誰かが。

「いいわ、余計な詮索はしない。私はこのソフトがどんなものかだけでも判ればいいの」

「正直言って私も正体が判らないんです。偶然にネットから拾い出して、動作が面白かったから操作画面を作って遊ぶつもりだったんです、私と…、もう一人で。日生さんは既に知ってるでしょう?出力データを書き換えると途中のプロセスを辻褄が合う様に書き換えてしまう事。最初はおもちゃみたいに遊んでいたんですけど、ある事がきっかけでこのソフトが化け物の様なものだと気付いたんです」

「化け物?それってどう言う意味?」

「PC上にある“Fittre”はプログラムの本体じゃないんです。一見するとPC上で動作している様に見えるんですけど、起動するとPCを勝手にネット接続して『本体』の動作が始まります。本体と言いましたが“Fittre”の本体が何処にあるかは判りません、或いはネット上に分散していて、まとまった本体が無いのかも知れません。なにしろ追及しようとしても接続先の情報を消去されてしまうので追跡不能なんです。ただ、影響範囲は非常に大きくて、ネット上の大半のシステムに入り込めるみたいです。その結果、人の人生まで大きく変える事も出来る…」

それでクローンのシミュレーションを行った時にスパコンに接続出来たり、私の妹のデータを見つけたり出来たのね。それから先は危ないと思ってPCをネットから外したけど、本体がPC側に無いと言う事は、

「それじゃ、このPCをネットから外しても…」

「そうです“Fittre”の設定は有効です。入力した『結果』を満足する為に最良の方法を見つけようと動作し続けます。ただ気を付けて下さい “Fittre”にとっての最良の方法は人間にとっての最良の方法とは必ずしも一致しない事を。機械やソフトには悪意も善意もありませんから」

「なんとなく判るような気がするけど、例えばどんな事になるの?」

「“Fittre”は結果が辻褄の合うものなら途中のプロセスに手段は選びません。例え話なんですけど普通はショーケースから宝石を取り出す時には鍵を使って扉を開けますよね? “Fittre”ならショーケースを壊す事に理由をつける事が出来ればケースを壊す事に躊躇いはありません。“Fittre”にとって宝石を取り出すと言う結果が残れば、ケースが宝石を飾るのに必要な物だと言う事は関係ありません、むしろ邪魔で排除すべきものです。ケースとは勿論“Fittre”に破壊、変形させられる情報の事です」

ちょっと待ってよ、それじゃあショーケース(情報)を人間に置き換えたらどうなるのよ。

(話を聞く内に、由美はある恐ろしい考えに至った。そして、その疑惑をどうしても確かめずにはいられなくなった)

 

【小?】

「ミィちゃん、切符二人分買ってくるから待っててね♪」

アキちゃん楽しそうだな…、見てるあたしも楽しい。アキちゃんと一緒だと悩みも気にならないしね。

生理になった時は驚くやら恥ずかしいやらで冷静に物を考える事が出来なかったけど、後になって気がついたんだ、あたしにはもう選択の余地は無いって。

けど、それを救ってくれたのがアキちゃんの存在だった。アキちゃんがいれば今の運命は受け入れられる、そんな気がして…

「お待たせ〜」

あっ、戻って来た。じゃあ行きますか…、あれ?改札を通った時に見慣れないランプが点いた気がしたけど、別に問題なく通れたよね。あれっ?

アキちゃんから受け取った切符には『』の赤い文字がしっかり印刷されていた。

 

【疑惑】

そうよ、これだけは確かめなくては…

「あっ、あのね美紀ちゃん…。あくまで例えばの話なんだけど、私が“Fittre”の手を借りてクローンボディを作ったと仮定するじゃない?その場合、私が望みもしないのに、ある人の脳を私が作らせたクローンに移植する為に“Fittre”が交通事故を起こすって有得るの?」

(美紀は僅かに首を傾げたが、その質問に関しては簡単に否定をした)

「仮に日生さんがその結果を望んだとしても交通事故の様な不確定要素の多い手段は間違えても取らないでしょうね。脳だけ都合良く助かるなんて確率が低過ぎます。“Fittre”なら、あなたが望めばもっと簡単に実行すると思いますよ。例えば健康診断で異常が認められて検査入院させ、その間に医療データを書き換えて移植手術…」

そうか、事故はあくまで偶然だったのね。これが“Fittre”の仕業だったら全部が私の責任だもの。事故の時にクローンボディがあったのは不幸中の幸いと言う事か。少しは気が楽になったけど、今更何が変わる訳でもないし…

(考え込んでいる由美に美紀が放ったさりげない一言は、一瞬彼女を凍りつかせた)

「妹さん可愛いですね。お人形さんみたい」

えっ…?ええぇーっ!!

「なっ、なによ!あなた何が言いたいのよ!?」

しまった!“Fittre”の事知ってる人間にする質問じゃなかった、自分で墓穴を掘ったわね。ミッちゃんが交通事故で昨年亡くなったのは知り合いなら皆知ってる。暫くしてから突然に可愛い妹の自慢話しを始めた事も…。事情を知らない人はミッちゃんの死の悲しみを、久々に帰国した療養中の妹の世話をする事で忘れようとしてるって好意的に解釈してくれてたけど…

「別に…、私の独り言の様なものですから聞き流していただいて構いません。日生さんの『例えば』の話しが本当にあったと仮定して、その相手の人に違う人生を与えてしまったら、それがどのような結果になっても自分を責める前に相手の方に全ての愛情を注いであげて下さいね。私の場合は確信犯だったのでなおさらなんですけど…。私は自分の幸せを掴む為に相手には一生かけても償えない程に大きな罪を犯しました」

悲しそう…。相手の人って、いつも一緒にいる恋人の事なの…

それにしても『どのような結果になっても』って気になるわね。ミィちゃんの身体は完成して既に移植も成功しているし、これから先どんな事が起きるって言うの?そういえばミィちゃんのおかしな記憶の問題もあるし、この際だから彼女に全てを話して相談に乗ってもらおうかな?どうせバレてるし。

「美紀ちゃん、相談したい事があるんだけど…」

(美紀に質問をしようとした由美であったが、研究室に入ってきた人物のおかげで、その質問はされずに終わった)

「おじゃまします。美紀、やっぱりここにいたのか」

(入って来たのは美紀の恋人だった。その瞬間、美紀の様子が一変した。先程までの憂いを浮かべた表情から、いつもの能天気な女の子の顔に…)

「あー♪コォちゃんだ。やっほー!一緒にお昼ご飯食べようね。近くにオープンしたお店すごく美味しいんだよ、学校辞めるまではそこに通ってレシピ自分の物にしちゃうんだ♪晩御飯はコォちゃんの部屋で作ってあげるね。デザートは何がいい?もしかしてア・タ・シなんて…、きゃー!恥ずかしい」

(瞬間、由美の目が点になった)

「バカタレー!!聞いてる方が恥ずかしいわ!他人の目の前でよくもそんな恥ずかしい台詞が出るよな」

「あ…」

(唖然としている由美の視線に気付いた美紀の顔がたちまち真っ赤になる)

「おじゃましました。ほら、美紀行くぞ…、なに固まってるんだよ」

(あまりの美紀の態度の急変に思わず椅子から滑り落ちそうになった由美に向かって、美紀の恋人の幸一は軽く挨拶してから彼女を促して部屋の外に出ていった)

「あ、あ、あのねぇ…。何なのよ〜〜!あの子は〜??」

なんとまぁ、切り替えの早いこと。と言うより上手く逃げられちゃったみたいね。
それにしてもあの娘、彼の為に生涯『献身的で、甘えんぼで、そそっかしい』可愛い女を演じて行くのかな?大変だろうけど、案外普段の彼女って地だったりしてね。そそっかしいのは間違い無いな、今日は白でレース付き、ストッキングはガーターフリーね。立ち上がる時にスカートの裾に注意しないから持ち上げたバッグの金具に裾が引っ掛かってお尻が丸見えよ。まあ、彼氏がいる事だし大丈夫ね。

(閉じられたドアの向こうから女の子の悲鳴らしい声が漏れてきた時、由美は微かに苦笑した)

美紀ちゃん、お幸せにね。“Yoshinori”ってフォルダ、彼氏のか「あなた」のか聞きたかったけど聞かなくて良かったのかもしれないわね。

結局ミィちゃんの話しは聞きそびれちゃったな。まあ、この件はお父さんたちも研究してるし、今日の報告会でも話題を出せば良いよね。それにしても…、人が心配してると言うのにミィちゃん、あの子何処を遊び回ってるのよ〜。

 

【お子様…】

こっ!これは…(汗)

今あたし達の目の前にある食べ物は、21世紀を待たずにほぼ絶滅したと言われる『デパートのお子様ランチ』。何よこれ?日の丸の旗立ってるし、初めて見た…

ちょうどお昼時だったので何処かで食事でも、と思っていたらアキちゃんが『ミィちゃん、今週しか食べられないのがあるのよ、デパートに行きましょう♪』って、デパートの食品フェアの会場につれてこられちゃった。そこでアキちゃんが注文したのが懐かしの(って言っても食べた事ないけど)、

「お子様ランチ二つ〜♪」

あぁ、あのねアキちゃん?確かにフェアの期間限定かもしれないけど何でお子様ランチ?しかも『誠に勝手ではございますが、ご注文は小学生のお子様までとさせていただきます』って書いてあるじゃないの〜。断られるわよ、と思ってたら、

「お待たせしました」

来ちゃった…。断られたら恥ずかしいと思ったけど、断られなかった事を喜ぶ気分にもなれないなー。でもアキちゃんは嬉しそう。

「えへへっ、これって小さめのおかずが沢山盛りつけてあって色々楽しめるじゃない?こんな時って小さいと得した気分よね〜」

なんて言ってるけど、乗車券の子供料金にお子様ランチ…。アキちゃん何考えてるのよ?まさか、この娘って中身まで…

まっ、それはともかく…。あらっ、美味しいじゃないの♪確かに得した気分だな〜。

 

【完璧な治療】

ちょっと雰囲気重いわね、医療データ上は何の問題も無い様に見えるけど。

(坂崎教授の研究室に身内だけが集まり、日生美津子の検査報告会を行っている。日生美津子の「治療」に関して事実上の最終判断を下す会議の筈だが由美は何か違う雰囲気を感じ取っていた)

「う…ん、やはりな、こちらは収穫無しだ。解析に使ったPCはきれいに初期化されて何のデータも残せなかった。その際に“Fittre”の入ったPCもプログラムを破壊されてしまった。どうやらPCを長期間ネットワークから外す事は“Fittre”を警戒していると判断して、電源が入るとプログラム自体を消去する様に仕掛けがしてあったらしい」と坂崎のおじさん。

やはり、駄目だったのね。美紀ちゃんの名前は伏せて“Fittre”の件を話したけど、敵は痕跡も残さずに消え去ってしまった後だった。これで“Fittre”がミィちゃんに何を仕掛けようと、防ぐ術は無くなってしまったんだ、どうしよう…

「由美ちゃん悲観する事は無い、恐らくこれ以上何も起きないさ。何故なら『日生美津子』の治療は終わったからだ。治療としては“Fittre”は最大限の努力を行った、全てを手遅れにする程に」

「手遅れってどう言う意味よ、ミィちゃんの体に何か取り返しのつかない事が起きるって言うの!?」

冗談じゃないわ、せっかく元気に遊びまわれる様になったのに、何が起きるって言うのよ。

(坂崎教授は少し沈んだ表情で話を続けた)

「“Fittre”の目的は日生美津子の『遺伝子治療及び身体欠損再生の為の全身治療』だったな。この時点で“奴”は我々が過去に試みた由紀枝のクローンである日生美津子の情報まで辿り着いていた訳だ。まあ、そのおかげで満夫が(脳だけだが)助かった訳だが、治療はあくまで女性である美津子に対して行われていた。問題はここにある。皆も感じているだろう?満夫の女性化が妙に早かった事を…。本人は男性としての『坂崎満夫』の記憶を持っているから自分の女性化を過少に見ているが、傍目から見てはどうだ?」

確かに…、言葉使いには気を付けていたけど、女の子の服に馴染むのも早かったし、仕草なんかは早い頃から女の子そのものだったわね。そんな仕草と、一生懸命男っぽくしようとしているところが可愛かったんだけど…

「先日、美津子に生理があったね。女性としては自然な事だが、脳は満夫の脳だよ…、男性型の脳でも生殖腺刺激ホルモンは分泌するが、周期的に大量に分泌する事はないのは承知しているね。事実今までその様な兆候は無かったのだから」

あっ!そうだった。何か心に引っ掛かっていると思ったら、なんて事なの。それなら何で今頃…

「 “奴”は患者の美津子を、より完璧に『治療』してしまったんだ。治療中の美津子は女性として不完全だった、何しろ脳は男性だから生殖腺刺激ホルモンの分泌を女性の様にコントロール出来ない。つまりは排卵が起きない『不妊症』と言う訳さ。そこで、我々が脳神経の接続や運動機能のサポートに使っていたナノマシンに細工をして余分な仕事をさせたんだ」

それって、まさか…

「脳の一部、特に視床下部や視索前野周辺を中心に女性化してしまったんだ。改造中の医療データは“奴”がダミーのデータを出力していたので発見できなかった。基本データは由紀枝の脳の組織だろう。作業は非常にゆっくりと進んで、気が付いた時には最早後戻り出来ないところまで来ていた。結果は知っての通りだ」

「そんな…。あっ!でも変化は長い時間かかったのでしょう?ミィちゃんは、かなり早い時期から女性化してる様に見えたから、それって違うのじゃ…」

「残念ながらそれも“Fittre”の仕業の様だ。なあ日生、最初にクローンが出来た時に『日生美津子』の名前から、俺達は由紀枝のデータが気になって検証したよな」

「ああ、確かに」

「“Fittre”が『治療』を、より完全にする為に我々の持っていた『日生美津子』関係のデータは全部吸い上げられたと考えるべきだな。もちろん関連情報として美津子に移植予定だった由紀枝の脳波データも全て…」

えっ…

「満夫の脳には由紀枝の脳波データが書き込まれたと考えられるな」

 

【あたし】

(映画館の窓口に小学生と思しき女の子の二人連れ)

「あっ、ミィちゃん、お金は子供料金でいいからね」

財布を取り出したあたしにアキちゃんが囁いた。

あっ、あのねアキちゃん、あたしたち一応15歳なんだよ。乗車券から映画館まで子供料金で支払っていいの?おまけに昼御飯はお子様ランチ…

乗車券は買い間違いかと思ったけど、そうじゃなかったみたい。市内の『一日フリーパス』を買う時に迷わず『子供』ボタンを押していたもの、確信犯よね。今日は一日中小学生で通すつもりなの?

あーぁ、これじゃ、あっちゃんの時と変わらないじゃないのよ…って、あれっ?何で綾子母さんの名前が浮かぶのさ?由美姉ぇと一緒の時だよね、遊園地に子供料金で入って迷子になっちゃって…、だったかなぁ?由美姉ぇと遊園地…、行った事があるような無いような。たぶん行ってるよね、事故のショックで少し思い出せないだけだよ、うん。

まっ、それは良いとして、誰も疑わないの?得した様な悲しい様な…。でもアキちゃんは楽しそうだし、まあいいか。
最初に会った時は活発な印象は無かったけど、なんだか会う度に元気になってきたみたい。それにつられてあたしも…。彼女と初めて出合った日から一週間も経ってないけど、気が付いたら何年も前からの友達の様に付き合ってるボクが、ううん、あたしがいた、そう『あたし』が。

亜季代ちゃんと出会うまで持っていた不安、自分の中で男と女が分離して存在する事に対する不安が彼女と一緒にいると何故か気にならない。ボクは『あたし』でいられるようになった。何故なんだろう?答えはすぐ近くにあるような気がする。

「子供二枚くださーい♪」

あらー、考え事してたら本当に買っちゃった。しかも疑われてもいないよ〜。

 

【融合】

「脳波データってを書き込んだって、それじゃぁお母さんに脳を乗っ取られて…、やだよ、そんなの嘘でしょう!?」

(泣き出しそうな由美を見ながら、更に坂崎教授は話しを進める)

「いや、それは無いと言える。記憶そのものや人格のコピーなどはそう簡単には出来ないさ。コピーされた情報も断片的な言葉や風景として本人は認識出来るだけだろう。赤の他人ならそれらの情報は意味を成さない物だから、勘違いや事故のショックでの記憶の混乱として本人が納得すれば、意味の無い物として記憶の底に沈んで行く程度の物だろうな」

じゃあ、赤の他人じゃなければ…

「身内なら共通の記憶も多い。言葉や風景の断片に見覚えがあれば、それをつなぎ合わせて意味のある情報にしてしまう事も有りうる。ましてや…」

「日記や写真なんか見せたら…」

「そうだな。関係する記憶の断片をかき集めて過去の記憶を再構成してしまうだろうな。それは決して由紀枝の本当の記憶ではないが極めて近い物であるかもしれない。強く印象に残った事柄は自分自身の記憶として心に焼き付けてしまうだろう、印象が強ければ強いほどにな。
だから現在の自分と同じ年齢の日記や写真に強く惹かれたんだ。鏡を見れば、そこには『記憶』にある『自分』がいる事でもあるしな。この年代の記憶に関しては自分の記憶と再構成された過去の記憶が融合して区別がつかなくなって行くだろう」

そんな…、そんなぁ!ミィちゃんに早く女の子に馴染んでもらいたかったから、同じ年代の頃のお母さんの日記を読んだり、服を着てみたりしてるのを喜んで眺めていたのに、なんて事なのよ!

「嫌だ…、いやだよー!ミィちゃんやっぱりお母さんに人格を乗っ取られちゃうんじゃない!そんなのって…」

(泣き出した由美に坂崎は話しかける)

「大丈夫だ、最初にこれ以上何も起きないだろうと話したね。今の話しはこれから起きるのではなく、既に起こってしまった事なんだよ。由美ちゃんだって、あの子が母親に人格を乗っ取られて別人に変わったなんて感じなかっただろう?」

えっ、それじゃあ…

「再構成された記憶はあくまで満夫自身の物として認識されるだけだよ。本人も記憶に違和感や不安を覚える事が少なくなってきたと言っているが、これは記憶の融合が終了しつつあると言う事だ。恐らくはこれから大きな人格の変化は無いだろう。由美ちゃんの知っている『美津子』は殆ど変わり無いさ、今よりちょっと女性らしくなる程度だろうね」

ほっ、少し安心できた。今のミィちゃんが別人になる訳じゃないんだ。あれ?でも、それならミィちゃんが男性に戻れる日が来たら本人の人格は?

「あの、記憶の融合が完成した場合のミッちゃんの人格って…、それに男性に戻れた時はどうなるの?」

「いや、人格以前の問題として、男性としての坂崎満夫のクローン再生は絶望的だな」

えっ…

 

【美津子としての…】

ちょっと気になってアキちゃんに子供料金の事を聞いてみた。

「だって不公平だと思わない!?あたしが一人でショッピングモールなんか歩いてると小学生と間違われて『駄目よ、一人で。お父さんやお母さんは?』なんてお説教されちゃうんだもん。学生証出しても信用してくれない時もあったし、ミィちゃんだって…、そうか病気療養であまり外出できなかったのよね」

「うん、でも同じ事言われた事はあるよ」母さんの日記に書いてあったもんね。

「あっ、やっぱりそうなんだ。それだけじゃないよ、映画館の座席じゃ前の人が邪魔で良く見えないし遊園地だってさ、アトラクションとかあっても良く見えない、それなのに料金だけ大人なんてぜぇーーったい不公平よ!!学割だって使いたくないもん。学生証出した時におつりの金額見たら子供料金しか取られてないのよ!高校って書いてあるでしょうが〜!」

あらら、かなりたまってるわね、電車は何故?って聞こうとしたけど止めとこう…。でも元気一杯ね。

「以前はね、見つからないかって気にしながらこそこそやってたの。でもミィちゃんと出会ってから何だか元気を貰った様な気がして『不当に取られた分取り返してやる!』って開き直っちゃったのよ」

そりゃどうも…、でも元気になったのは良いけど、料金の不正支払いに一生懸命になられてもねぇ…。でも、あたしと出会った事でアキちゃんが元気になったのは間違いないみたいね。家に遊びに行った時なんか家の人が歓迎してくれたもの『亜季代が明るくなったし、友達連れてくるのは久しぶり』だって。本当に心を許せる友達に会えなかったんだ。母さんの日記にも本当に心を許せるのは『あっちゃん』だけだって書いてあった。

あたしにしてもそう。自分を理解してくれるのは家族だけ、それも『元は坂崎満夫である日生美津子』であり『母親の由紀枝にそっくりな美津子』だもの。由美姉ぇも綾子母さんも、あたしを可愛がってくれているけど実はあたしに自分の夢を投影させているだけ…

今のあたし、女の子の日生美津子を理解している人って本当は誰もいない、今後の人生を考えた時にそれが不安だった。誰も言ってくれないけど、あたしが男に戻れる可能性が無い事は気付いていたから。

でも、それも今は過去形…、今はたった一人だけど女の子としてのあたし、日生美津子の友達がいる。彼女の前では『あたし』でいられる。アキちゃん、あたしたち親友になれるよね?ずっと仲良くしたいな。

「ミィちゃん、どうしたの?急に黙っちゃって、具合でも悪いの?」

あっ!アキちゃん心配そう。だめね心配させちゃ。

「あっ、ごめん、映画の後どうしようかなって…。一応買い物はしたけどさ、あと、二人お揃いのワンピースや夏向けにサマードレス買わない?」
「さんせーい!♪可愛いの買おうね、少し大人っぽいのもいいかな。色々見て回ろう♪合うサイズが無かったら恥なんか忘れて子供服売り場ぁー!」

あははっ、本当に元気…。あたしたち出会えて良かったわね、本当にそう思う。

 

【絶望】

「男性としての坂崎満夫のクローン再生は絶望的だな」

(先程から黙って話しを聞いていた日生教授が坂崎教授の後を受ける)

「えっ!?お父さん、それってどう言う意味?細胞のサンプルがあるじゃない。遺伝子情報の電子データも、リハビリの時比較データを取った腕だってあるじゃないの。完全なクローンが出来れば、脳の女性化された部分だって…」

「それが駄目なんだよ。坂崎の話していた様に治療はあくまで女性の『美津子』に対して行われていた筈なんだ。それは判るな?」

「うん…」

「本来満夫君の情報は不要な筈なんだ。“奴”が治療中に彼の情報を排除しなかったのは、それが『美津子』の治療に役立つからに他ならない。リハビリの際にデータを比較して神経の修正データを作ったりしたな。恐らく他にも治療に活用していた筈だ、それらしい形跡もある。だから治療終了までは残しておいたと考えるべきだな。現在、医療データは『美津子』の治療が完成した事を示している。そうなった場合、彼のデータは不要…、と言うより『美津子』を別な人間に作りかえる可能性の有る有害な情報になってしまうのさ。そうなると…」

「そうなると?」予想はつくけど聞きたくないよ。

「“奴”は有害な情報を排除にかかる。“奴”の性質を想像して危険だと思い、満夫君の情報を守る為に最悪でも細胞サンプルの冷凍保存を行えと指示したが遅かった。メールの指示を書き変えられて細胞のサンプルとクローン腕は既に廃棄処分に回されていた。遺伝子情報のデータは…、敵が“Fittre”なら結果は聞くまでも無かろう。つまり、男性の坂崎満夫の体を再生する方法は最早存在しない」

(話しを聞いた由美の頭の中は一瞬空白になった。そして、その空白は悲しみで次第に満たされていった)

…なによ、それ。そんな話し聞きたくない…。確かに可能性が低いのは判っていたけど、最後には悪魔に魂を売ってもいいから“Fittre”の力を借りてしまえと思っていたのに…。その“Fittre”自身がミッちゃんの復活を不可能にしてしまうなんて…

確かに、ミィちゃんと呼んで女の子扱いして私の可愛い妹にしたいとは思ったけど、男性に戻れる可能性が有るなら戻してあげたかった。ただその日が来るまでは、男性に戻る事だけ考えて悩み続ける姿は見たくなかったから今の生活を楽しめる様にしてあげたかっただけ…

将来一緒になったら、本人にとっては恥ずかしいだろうけど楽しい思い出になると思っていた。もし女性のままでいたいと思うならそれも受け入れてあげようと思ってたのに…

美紀ちゃん、あなたの言った事、正しかったわね…。私は坂崎満夫の魂の仮の宿として日生美津子を望んだけど、“Fittre”は女性である日生美津子を、より完全に「治療」してしまった。そして、治療の為には『坂崎満夫』は使い捨ての情報源にしか過ぎなかった。

「男性に戻る事が絶望と聞いた時のミッちゃん、どうするんだろう?出来れば聞かせたくないけど、そうもいかないでしょうね。なんて言ってあげたらいいの…」

「そうだな、しかし皮肉な事に今の満夫―美津子は男の体を全く必要としないだろう。体は女性、脳の一部も女性型に改造されて、記憶も女性の記憶を上書きされたら人格に影響無しと考える方が無理だな。今の『日生美津子』は坂崎満夫ではなく、彼の記憶を持った女性と考えるしかないだろう。 “奴”でさえも、これを元に戻す事は不可能だろうな。従ってこの件を聞いても今の『美津子』なら自分の運命をさほど抵抗なく受け入れるだろう」

「…死んじゃったんだ」

ミッちゃん、死んじゃったんだ。今、ミィちゃんとして暮らしているのはミッちゃんの記憶を持った女の子…。私が女の子に馴染ませようとして、ミッちゃんの中に眠っていたお母さんの記憶を呼び覚ましてしまった。彼の時間はお母さんの記憶が甦った日に止まってしまったんだ。そう…、その日から既にミッちゃんは死んでしまっていたんだ。私のせいだ、私がミッちゃんを…

(小さな声で『死んじゃった』と呟きながらすすり泣いている由美に坂崎教授は話しかける)

「由美ちゃん、決して満夫は死んだ訳ではないんだ。満夫自身の記憶も破壊されずに持っている。確かに母親の記憶と融合して人格に影響を受けてしまった満夫は元の満夫ではない。でも今は君の妹として確かに生きているんだ」

(そう呼びかける声に、由美は美紀との会話を思い出した。最後に美紀が言った言葉)

『どのような結果になっても、自分を責める前に相手の方に全ての愛情を注いであげて下さいね』

美紀ちゃん、あなたは結果が判っていたの?それともあなたが味わった想いも同じものだったのかしら…

(発言を控えていた由美の母親が坂崎の話しを引き継ぐ)

「ミッちゃんの記憶に関しては私も同罪ね。あの子が由紀枝ちゃんにあまりにもそっくりだったから、懐かしさのあまり学生時代の想い出話しをしたり、当時の服なんかを着せてみたりしたの。それがあの子にどんな影響を与えるかも考えずに…」

「止めよう、結果は既に出ているんだ。我々が“Fittre”の正体を掴めなかった事が全てさ。しかし“奴”の働きで、本来は死んでいる筈の満夫が、姿を変えたとは言え新しい人生を送れる様になった事もまた事実だ。今はあの子の健康と幸せを祈るしかないだろう、今後の経過観察も当分続く事だしな」

(そう言った坂崎教授も内心は手遅れになった事を悔やんでいた。その場の誰もが現実を理解はしたが納得をした者は一人もいなかった。そして発言は次第に減り、室内は沈黙が支配しつつあった)

 

【治療終了】

室内に重い沈黙の時が流れた。この沈黙は永遠に破られないのではと思われたが、それを破った者は室内に侵入してきた小さな人影だった。

「えへへ、来ちゃった。亜季代ちゃんの家に寄ってから戻る途中だったの。近くを通るからついでに寄っていこうって思って」

侵入者は美津子だった。そして一同を驚かせたのは彼女の身なり。今朝出かけた時の服装は彼女の好みで活発に動ける様にデニム地のミニスカートに麻のブラウス、髪もリボンで後ろで束ねただけといったシンプルなスタイルだった筈だが…

最初に目にとまったのは、白い花をあしらった淡いブルーのワンピース、靴もスニーカーからパンプスに履き替えている。耳にはピアス、薄くメイクを施された顔からは普段の子供っぽい可愛さは消え失せていた。一同の前で悪戯っぽく微笑んでいるのは小柄ではあるが、美人であった母親の血を確かに受け継ぐ驚くほどの美少女であった。そして、最早そこには坂崎満夫の想い出に繋がるものは欠片も見出す事は出来なかった。

「ミィ…ちゃん」

先程まで流していた涙を拭いながら漸く由美が声を掛ける。目には再び、いや、更に深い悲しみの色…

「あはっ、ちょっと引いちゃった?亜季代ちゃんのお母さんにメイクしてもらったの『小さいからって、いつも小学生に見られていたんじゃ嫌でしょう?』ってね。ピアスは貰っちゃったんだ。ついでに買ってきた服に全部着替えちゃったの。ねっ、ねっ、見て…。このワンピース、亜季代ちゃんとお揃いなの、可愛いでしょ♪…あれっ、お姉ちゃんどうしたの?」

美津子の目に映ったものは、立ちあがる気力も失せて椅子に座り込む姉の悲しみに沈んだ姿であった。彼女が心配そうに由美に寄り添って肩に手を添えると、それに答える様に由美は彼女を軽く抱き寄せる。

「お姉ちゃん、大丈夫?」

小柄な美津子の胸に顔を埋める形になった由美は、妹の呼びかけと髪を撫でる掌の優しい感触に最早涙を堪える事が出来なかった。

「ミィちゃん、ミィちゃん…」

後は声にならない。先程まで沈黙が支配していた部屋には由美の泣き声だけが満たされていった。

 

プロジェクトコードNo.XN20****
被験者:日生美津子
プロジェクト内容:遺伝子治療及び身体欠損再生の為の全身治療
クローン製造期間:185日
治療期間(リハビリ含む):205日
所見:
健康状態及び生殖機能共に異常無し。移植に関しては引き続き経過観察を要するも、治療は終了と判断される。
詳細:プロジェクト・コードNo.XN20****より「治療記録」参照(アクセス制限)
備考:
治療の際に使用された一部のデータは不要の為、データベースから削除。試験用サンプル廃棄済み。
廃棄データ及び廃棄サンプルの詳細は不明(外部よりの不正アクセス時に消失と推定。治療に際しての実害無しと判断される)

 

日生美津子の治療は終了した。

(終)

 

 

 

【後日談】

「えーっ、あたしが御飯作るのー?!」

「当然でしょ、今まで九年間私が作っていたんだから、今度はミィちゃんの番よ。私なんか小学校の時から坂崎、日生両家の御飯作っていたんだからね」

「そんな事言ったって作った事ないもん…」

「大丈夫よ、あなたのお母さんって料理の名人だったから、あなたも記憶を受け継いでいる筈よねー」

「ミィちゃん思い出せな〜い」

「こらっ!都合の悪いところだけ忘れるんじゃないの。頭で思い出せないなら体で思い出させるまでよ。さあいらっしゃい、思い出すまで私が特訓してあげる」

「嫌だよ〜、何で女の子だって言うだけで料理をしなきゃならないのよー」

「そうは言わないけど私の九年間を無駄にしたくないのよ。将来ミッちゃんのお嫁さんになるつもりで頑張ったんだから。そうでもなければ誰が好きでもない男の子の為に御飯なんか作りますか!」

「そんな事今になって言われても困るわよ。ずっと弟扱いだったじゃないの〜」

「そっ、そりゃぁ面と向かっては言い辛いわよ、恥ずかしいし。まあ、それはともかく可愛いだけで何の取り柄も無しで世の中渡っていけるのは若い内だけなんだからね」

「本当は自分だけ苦労したのが割りに合わないからじゃ…、きゃぁ!お尻叩かないでよ!」

「やかましい!これはあなたの為なんだからねっ!さあいらっしゃい、今まで甘やかした分はしっかり働いてもらうわよ」

「話しが違うよ〜」「違わないっ!」

ミィちゃん、もう後戻り出来ないんだから、将来困らない様にお姉ちゃんがきっちり教育してあげるからね。それがあなたの為なんだから…って、こらっ、逃げるなー!!

(おわり)


薪喬です。終わったー!と言うのが正直な感想です。連続物は初めてなので最終話で話の収集をつけるのに苦労しました。全編説明になるのを防ぐ為に七話で亜季代を投入したのですが説明が増える事自体は避けられませんでした。しかしながら二話に話を分けたりしても中身が薄まるだけなので敢えて予定通り八話終了としました。

書いている途中で「亜季代ちゃんも出した事だし、このまま学園編に…」などとも考えはしたのですが、元々は“Fittre”を核にした話なので、本題から遠ざかってしまうと思い、止めました。まあ、私の筆力ではこのまま続けても結末で躓くのは同じですし、学園編でミィちゃんにペンギンの着ぐるみを着せる様な話にする訳にも行き…(ちょっと着せてみたい…)ませんから。

尚、“Fittre”に関しては何処かで生き残っているので、再度登場するかもしれません。その際にはまた宜しくお付き合いの程を…

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