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ミィちゃんと呼ばないで
(第六話)綾子おばさんの休日
作:薪喬


【綾子】

あぁーあ、やっと終わった。今日は休暇だから昨日の内に資料整理してしまうつもりだったのだけど、結局早起きして片付ける事になっちゃった。

(綾子は何故か懐かしそうにPCの画面を眺める。そこには不規則に絡みあった波の模様が緩やかに動いていた)

久しぶりね、このスクリーンセーバー見るの…。暫く封印していたんだけど、ミッちゃんの一件があってから懐かしくなってまた使う様になった。やっぱり思い出しちゃったからね。

 

『ごめんね、もうだめみたい…』

今でも思い出す…九年前、事故で重体となっていた由紀枝ちゃんの最後の言葉。

一番の親友とのあまりに早過ぎる別れ。私は落ち込んだまま仕事も手に付かない、そんな時だった、坂崎さんに『研究を手伝ってくれないか、極秘に行う為に君たち夫婦の力だけが頼りなんだ』と持ちかけられたのは。
その時は詳しくは説明してくれなかったけど由紀枝ちゃんに関わる話だと言うので、とにかく話だけでも聞こうと思い、出向いた先で私は親友との想像も出来なかった再会を果たす事となった。

再会した時に私が見たのは彼女の変わり果てた姿…、いや、そんな生易しいものじゃない。培養槽の中に浮いた灰白色の脳…、それが再会した彼女の全てだった。

「坂崎さん!あなた由紀枝ちゃんを実験のサンプルに使うつもりなの、何考えてるのよ!!」

許さないっ!私の親友を…、思わず私は彼の頬を手加減無しで思いっきり殴ってしまった、手の腫れが引くまで2週間もかかる程…。冷静さを失った私に彼は静かに告げた。

「由紀枝を再生させる…」えっ!?

違法覚悟の試みだった…、当時の坂崎さんの目には狂気が宿っていた様にも思えるけど、由紀枝ちゃんを失いたくなかった私はそれを承知で実験に参加したのだった。
私の旦那と坂崎さんはクローン培養、私は脳の活動状態の管理…。たくさんのデータを取ったわね、苦しんでいないか、淋しくないか…、脳波データの意味を捉えようと必死でデータ収集したものよ。安定期に移行してからは夢を見ている様な状態が続いていたから意味の有る思考はしていなかった様だけど…

でも結果は失敗。当時の私たちの力ではどうにもならなかった。後にその時の研究がクローンの急速培養技術と脳の単独保存技術の発展に役立ったのが僅かな救いだった。

今、私の目の前にあるPCの中でゆったりと波打っているスクリーンセーバーは、当時の由紀枝ちゃんの脳波データを3Dグラフィック化したもの。これ見ながらのモーニングコーヒーは、少し悲しいけど心が落ち着いて…、くる筈が今朝は落ち着かないわねっ、ムードぶち壊しじゃないの〜。

(何やら言い争う声が美津子の部屋の方から聞こえているのだ)

あぁー、騒がしい!! 朝起きバトルもついに姉妹喧嘩に突入か…、何やってるんだろう?

(気になった綾子は美津子の部屋の前に行ったが、そこで聞こえてきたのは…)

「痛ぁー!胸掴むなっ、反則よー!」

「へーん。悔しかったらやり返してみれば?掴めるもんなら掴んでみなー」

「あんた自分で言ってて虚しくない?」

「なっ、なによ、あたしの胸の問題なんだからほっといてよっ!」

小学生か?あの二人…

ミッちゃん、何だか完全に女の子レベルで喧嘩してるわね。本人は気が付いているのか、時々女言葉で話すようになってきたし。

ミッちゃん自身はまだ自分の気持ちが割り切れないのか言葉使いだけは注意している様だけど、傍目から見ると完全に女の子なんだけどな〜。由美がおもちゃにしてるんで、意固地になってるのかもしれないわね、ミィちゃんの名前の件もそれで嫌がってるんでしょう。おや?諦めて出てきたわね、今日は研究室に行くからそろそろ時間かな。

 

【あっちゃん復活!】

「行ってきまーす。3時前には帰るわね」

「いってらっしゃい、気を付けてね。慌てて早く帰って来ようとして事故なんか起さないでね」

「なによそれ?私が慌てるような理由なんて…」

「顔に書いてあるわよ、留守中ミッちゃんが心配だって。お母さんがミッちゃんをおもちゃにする様に見える?」

「見える!」「あらら、信用ないのね」

「だってさ、ミィちゃんって由紀枝おばさんの一番可愛い頃にそっくりじゃないの。だから…」

「だからって、取って食おうって訳じゃないんだから、ほらほら早く行かないと遅刻よ」

「う…ん。あっ!そうだ、お母さん、ミィちゃんの事ちゃんと起してよね。あの子最近甘え癖がついてなかなか起きてこないんだから。ちゃんと躾てあげないと…」

「はいはい、判ったからいってらっしゃい」

『なんでこんな日に限ってお母さん休暇なのよ』と、ぶつぶつ言いながら車に乗り込む由美を見送って綾子は部屋に戻る。

「うふふ、取って食おうとは言わないし、おもちゃにするとも言わないけど…、着せ替え人形にしないとは言ってないわよ〜♪」

(それっておもちゃにするって言うんじゃないの?おばさん、あんたもかい…)

『ちょっと!誰がおばさんよ!他人におばさん呼ばわりされる謂れはないわよ!』

(何て呼べって?)

『お姉さん』

(近づかんとこ…)

「今の誰??まあいいか。うふっ、ミッちゃんだけど由紀枝ちゃんに本当にそっくりなんだもん、思い出しちゃうな中学、高校時代」

由紀枝ちゃん、小さくて可愛くてさ、膝の上に抱っこすると髪のいい匂いがして、柔らかくていい気持ちだったな。人形が着るような可愛いドレス着せて膝に抱いた時なんか「ね、あっちゃん、恥ずかしいよ」なんて顔赤くしてたのも良かったわね〜(そう言えばあの服まだあった筈)さすがに学校じゃ思いっきり嫌がったけど仕方ないか。

ミッちゃんも同じ様にしてあげたいけど、由美の目が光ってるし『あたしのだからね!』って目で言ってるもの。どうやらあの子も同じ様な事してるみたいね。

でも、今日は3時近くまで由美は帰らないからチャーンス!!あっ、その前にあの子の夏用に買った服着せてみよう。それだけじゃつまらないわね、他にも何かないかな〜

今日は何種類くらいにしておこうかな『こんな家居たくない!』なんて言われたら困るし、なにしろ母娘揃って着せ替え人形にされたらちょっとね…

(そう思うなら自重して…)

『おだまり!!』(…)

そうよ!ミッちゃんは私の娘なんだから、母親が娘に可愛い服着せてあげるのって、むしろ義務と言うべきじゃないの?絶対そうよ!!由美だけに楽しい思い…、あっ、いや…由美だけには任せておけないから私がきちんとしなくてはね。

でも運命って判らないものね。由紀枝ちゃんのクローンを作ろうとして挫折、その時の事は自分たちの歴史の一コマとして記憶に埋もれていた筈なのに今になって甦ってくるとは、しかも原因は由美の悪戯で結果的に死ぬ運命だったミッちゃんを助けた事になるなんて…。

おまけに、出来たクローンが女性化で由紀枝ちゃんにそっくり。初めてミッちゃんを見た時心臓が止まるかと思った。
思わず抱きしめちゃった、抱き心地もあの頃と全く同じ。懐かしいやらちょっと悲しいやらで離したくなかったけど、由美がむくれているし仕方なく…

でも今日こそは必ず、うふふふふっ。

さて…と。そろそろミッちゃん起こさないと、なんだか二度寝してるみたいね…

由美も『最近あの子、甘え癖がついてなかなか起きない…』なんて言ってたけど、甘え癖を付けたのは誰かしらね〜。
起す時だってあの子ったら遊んでいるとしか思えないもの。あれで躾なんてしてるつもりなのかな?

いつも騒がしいんでミッちゃんに聞いてみたら…、上から圧し掛かるは、ベッドにもぐり込んで抱きつくは、パジャマを脱がしたり、足の裏をくすぐったり…。

この前なんか、ミッちゃんが頭から布団を被って抵抗した時『あらら、熱でもあるのかな〜』なんて体温計持って部屋に入ったと思ったら、その後でミッちゃんの悲鳴が聞こえてきたし…、どんな熱の測り方したのよ(想像は出来るけど、まさか本当に使ってはいないでしょうね…)まったく!何やってるんだか。

あれじゃぁミッちゃんも意固地になって起きようとしないだろうし、抵抗もするわよね。今朝なんか、ついに喧嘩になったし…

何だか普通の姉妹になってきたみたいだけど、ミッちゃん自身はどうなのかしらね。まだ自分の進む道で悩んでいる様にも見えるし…。まあ、そのあたりはそのうち慣れて行くでしょう。

あっ、そろそろ起さないと…

「ミッちゃん起きなさい。朝御飯出来てるわよー」

 

ふわー、良く寝たぁ、二度寝は気持ちいいな。
最近は研究所に5日、家に2日の割合で暮らしてるんだよね、勿論新しい方の家。ここに来ると変な夢も少ないし、良く眠れるんだ。その代りに記憶が少し混乱したり、女言葉が良く出る様になるし、経験した事がない筈の事を「思い出す」んだけど、いったい何なんだろう?おばさんと関係あるのかな?由美だけしかいない時は研究所に居る時とあまり変わらないんだけど…

そう言えば由美は午前中は研究室に行くって言ってたっけ。それで途中で諦めて出ていったんだな。
まったく!布団を頭から被ってると上から覆い被さってくるし、『重い』なんて一言でも言ったら足の裏をくすぐられるし、それでも抵抗した時なんかパジャマのズボンを脱がされたりで大変なんだ。一度なんかパジャマのズボンだけでなく…、あぁ〜、あの時の『お熱測りましょうね♪』は早く忘れたい…

囁き攻撃の時もあるよ。ボクの耳元で『みぃーぃちゃーん♪』これやられて生返事でもしようものなら認めた事になっちゃうから、飛び起きるんだよね。但し、毎度の様にこれをやられたら、ボクが本気で怒るのを由美は知っているからあまりやらないけど。

えっ?たかが一文字の違いなんて些細な事になんで拘るんだって?そりゃボクだって単に意固地になってるだけなのは判っているんだけどさ、これを認めちゃったら後戻り出来ない…、理屈じゃなくそう感じているんだよ。

ま、それはともかく、最近はミツコって言わないでミッちゃんって呼ぶ様になったね。綾子おばさんがいつも「ミッちゃん」って呼ぶから由美も面倒になって昔通りの呼び方するようになってきたのは良かった。このまま「ミィちゃん」を忘れて…、くれる訳ないか。

さて、と。今日は何しようかな?午前中は由美の着せ替え人形にされないで済むから…。この家は居心地はいいんだけどさ、由美のやつ自分が着なくなった服まで引っ張り出してボクに着せようとするんだもの。昨日なんかも『高校時代のサマードレスのサイズ直してみたの、ちょっと着てみる?』とか言われて着たんだけど…、胸のあたりなんかスカスカで鏡で横から見たら…脇の隙間から全部見えちゃってるじゃない!
『うーん、やっぱり高校時代のじゃ無理か。背中開いてるからブラは付けられないし、これって、ある程度胸が無ければ…』って判ってるなら着せないでよ!どうせ扁平胸だよー。
ボクも人の事言えないけどね。由美の中学時代の制服着せられた時「なーにこれ?ウエスト緩くてスカート落ちちゃうよ」って言ったら思いっきり傷付いたみたい。後で涙出る程くすぐられちゃった。まあ今日は少なくとも午前中は無事に過ごせるな。

先にシャワー浴びていらっしゃい、っておばさんに言われてバスルーム。髪は夜洗えばいいかな、長い髪はこんな時面倒だね、まあ最近は慣れたけど。

「着替え置いておくわよ」

あっ、はーい。何だろう?替えの下着は持ってるし、着替えるなら部屋に戻ればいいんだし…、まあいいか。

胸…、相変わらず小さいわね。身体が小さいから仕方ないけど、夏になって水着を着る事になったらどうしよう。由美なんか『そうね、ビキニじゃバンザイしたらブラがずり上がっちゃうし、タンクトップじゃ腹巻か金太郎さんにしか見えないし…』だって、ほっといてよ!『スクール水着とか』止めんか!…はあ、やっぱりワンピースかな、デザインは、…ってあたし何考えてるんだろう。中身は男だぞ、水着の心配してどうするのよ…、あっ、またやっちゃった女言葉。

出よう。着替えはっと、あれ?この服ってまさか…、せ・え・ら・あ・ふ・く?…おばさん、やってくれたなぁー!おまけに『着ないと朝御飯抜き!』なんて書いてあるし〜。

「おばさ〜〜ん!何これ〜」

「あら似合うじゃない!○#小学校のセーラー服」

しょっ、しょうがっこう!?…。あっ、それはともかく…

「なんで朝からこんな物着せるのー!?」

「ああ、ごめんなさいね。最近セーラー服って中学も高校も制服に採用しているところって殆ど無いのよ。それは私の友達の娘さんが今年中学に進学したんで譲ってもらったの。私立の小学校で伝統的にセーラー服を制服にしていたのよ。小学校と言ってもデザインは中学や高校と変わらないから問題無いでしょ?」

「へぇー、それなら良く…、ないーっ!!根本的に問題が違うでしょ!何で朝からボクがセーラー服着なきゃならないの??」

「そうね〜、これからの時期なら少し早いけど夏服の方が良かったかな?夏服もとても可愛いのよ」

えっ♪…、じゃなくて〜〜。

「何でボクが朝から制服着なきゃならないの?って聞いてるのっ!」

「似合うわよ、とっても可愛い♪」

あぁぁ〜、人の言う事聞いてない〜〜。
由美がいる時には「ちょっと!いいかげんにしておきなさいね、ミッちゃん困ってるでしょう?」なんて由美を止めてくれるんだけど、やっぱりこの人って由美の親ぁ〜(泣)
もしかして由美を止めたのって、自分がやりたいのに出来ないから止めてただけじゃないの?これじゃぁ、母さんの日記の中の「あっちゃん」そのものじゃない…。せっかく午前中は無事に過ごせると思ったのに〜。おばさん、これで終わりにしてよね…

「はい、朝御飯にしましょう。ミッちゃんエプロン付けてね、制服汚さない様に」

それなら制服着るの朝御飯の後でもいいじゃない…、と思ったら、おばさん何だか楽しそう?

「後で可愛いドレス着せてあげるね」

次があるの〜!?

朝御飯のあとは、夏の制服(やっぱり着せられた〜)とおばさんがボクの為にって買ってきた夏服の試着…、と言うより着せ替え人形状態(あーあ、由美と同じ〜〜)

ワンピースにミニスカート、タンクトップ(あっ、本当に腹巻にしか見えない、胸欲しいな…)どーでも良いけど、スカートもワンピースもみんな丈が短いね。

前に『スカート短いのばかりじゃ嫌だ、長いのも欲しい』って由美に頼んだけどさ、いざ履いてみると『袋詰めされて上半身だけ出してるみたい♪』って笑われて、鏡を見たら本当にそう見えるんだもん。やっぱりお子様体型じゃ、ミニスカートの方が似合ってるのが情けなかったけど、そのうちそれも気にならなくなっちゃった。

あっ、これは丈が長いけど好きだな、シンプルなデザインの白いサマードレス。きれいだけど新しくはないみたい。古着かな?何処かで見た様な気もするし、着てみると自然に体に馴染んで来る…、と言うより、これ着た事ある様な…

「それ、お母さんのよ、あなたの…」えっ?

母さんが亡くなった時、形見分けで貰ったんだって。体に馴染むからには、同じ年頃に買ったものだね。ずいぶん大事に取っておいたんだ…

「これも着てみてね」

おばさんが次に取り出したのはフリルの沢山付いたドレス…、ロリータファッションとでも言うのかな、人形が着てる様なドレスだけど、これも母さんの?でも、これ着て出歩くのはかなり恥ずかしいと思うけどな。

「これはね、あなたのお母さんが家に来た時に着てもらったの。ねっ、お願い、一度着てみて…」

なんだろうね、まあ、ついでだから着てようかな。

あっ、これも体に自然に馴染むし、なんだか懐かしい気がする。間違いなく母さんが着ていたんだ。

「ね、ミッちゃん、こっちに来て」

言われておばさんの腰掛けてるソファーの前まで行ったけど、あっ、あれれ?手を引っ張ってどうするの?おばさんの膝の上に抱かれた恰好になっちゃった…。おばさん、どうしたの?ボクは由美に同じ様な事されてるから慣れてるけど、由美と違って何だか悲しそう…

「ミッちゃん、ごめんなさいね。いくらそっくりでもあなたとお母さんは別…、それは判ってはいるんだけど、それでも…」

無理ないよね、ボクと母さんって本当にそっくりなんだから。由美とボクがじゃれあってる時なんか少し淋しそうだし、こんな時くらいはいいかな。

「うん。いいよ、代わりでも。…あっちゃん」おばさんの肩が少し震えた。

「由紀枝ちゃん…」ボクを抱く腕の力が少し強くなる。おばさんは言葉少なにその日の想い出を語ってくれた。

思い出してるんだね、あの頃を。

…あたしも思い出した。

「ねえ、あっちゃん…、本当にこれ着るの?」

「うん♪きっとお人形さんみたいに可愛いわよ」

うーん、それは良いとして、どうせまた膝に抱っこされちゃうんだ。お人形さんみたいに可愛いって言われるのは嬉しいけど、あたし人形じゃないわよ。特に学校では絶対嫌だもん!『綾子、保母さん目指して実習中?』とか『おむつ替えてもらった?』とか言われてさ…。あたしが最近逃げるものだから、あっちゃん少し淋しそう、それでかな?今日のは…

でも…、本当は嫌じゃないんだよ。あたしは、あっちゃんと一緒じゃないと心細いし、一人じゃ楽しくない。友達はいるけど、みんな少し距離を置いてるみたい。あっちゃんみたいに距離を感じさせない子なんていないもん。いいよ、お人形でも、どうせあっちゃんの家で誰も見てないし。

と、思ったら何よ、逆に恥ずかしいじゃないのよ〜〜!静かで他に誰もいないから、あっちゃんの胸の鼓動が伝わってくるし、体温も、手の感触もはっきり伝わってきて…、やだっ、顔が火照っちゃうよ〜。

 

「ミッちゃん、ありがとうね。あらっ?どうしたの、遠い目をして。おばさんの膝の上、気持ち良かった?また今度と言いたいけど、由美に恨まれちゃうわね」

あれっ、なんだ?今の…、この前みたいにその時の光景が心に浮かんだ、何なんだろう?今のはちょっと疲れたけど、まあいいか取り敢えずおばさんは満足してくれたらしいし、今日はこれで打ち止めかな。

「えーと、次はね…」

いやぁーー!!

 

【想い出の代わり…、ってそんなのあり?】

(暫し休憩…、美津子が疲れてジュースを飲んでいる時、綾子が部屋に入ってくる。逃げ腰の美津子ではあったが、綾子の抱えている箱の中を見ると、嫌そうにしている割には少し興味がある様子)

ふう、なんか由美が二人になっちゃったと言うか…、あっちゃんが二人と言った方が正しいのかなぁ?

「はい、由美の着物だけど、今なら丈はちょうど合う筈だから着てみてね」

…って着物を着せられちゃった。も〜、母娘そろって同じ趣味だから二人に着せ替え人形にされたボクって可愛そう、うぅぅっ(泣)

「うふっ、さすがの由美も着物の着付けは苦手だから、これだけは私の勝ちね♪」って、娘と張り合ってどうするの!!

でも綺麗だな、振袖かぁ…。かなり前の事だけど、由美の振袖姿を見た時、綺麗で何だか胸がドキドキした記憶がある。由美が『どう?ミッちゃん…』って話しかけてきた時も、上手い言葉が見つからず『うん…』て頷いただけ、自分でもみっともないと思ったけど顔が火照って由美のことをまともに見ることが出来なかった。あの時の着物だね、見覚えがあるもの。

でも、まさかそれをボクが着るなんてね。運命って判らない。

着物の着付けなんて知ってる訳無いし、綾子おばさんに全部任せっきりだったけど…。なんでこんなにややこしいの?紐やら帯やら訳判んないよ。丈長くないの?これじゃ床について引きずっちゃうよ。ふーん、裾の位置を決めて腰紐で縛って折り返すの…。身八ッ口ってなに??あっちを押さえて、変なところから紐を通してこっちを縛って???帯や着付けが崩れない様にタオルを詰めて、なんか水引の付いたお歳暮になった気分。「着付け教室」なんて、服着るだけで何でそんなところに通わなきゃ着られないの?と思ってたけど、今日で納得出来た、これって最早職人芸の世界…

あとは髪型だけど、日本髪はおばさんも無理みたいなので、上で軽くまとめて髪飾りと櫛で押さえる事にした。

「ミッちゃんの髪、綺麗ねー」櫛でボクの髪を梳きながらおばさん嬉しそう。

えへっ、そうでしょう♪由美が日頃羨ましがってるんだよね、今や背中まで伸びたサラサラのストレートヘア。

「いいなー、私なんて癖っ毛だからそこまで伸ばしても面倒なだけだし…」

その所為か日頃オモチャにされる事が多いのが困るけどさ。この前も大きな三つ編み作られて『でっかいエビの尻尾〜♪』なんて…、まあいいけど。

「はい、出来たわよ。やっぱり女の子は着物ね」

おばさん嬉しそうだね。ボクも姿見で見てみようっと。

へーっ、何だかちょっと恥ずかしい様な嬉しい様な…、あたしって可愛いじゃない、って…、何で女言葉になるのよ、じゃなくってぇ!あーーっ、自己嫌悪〜。

気が付くと最近心の中では半分近く女言葉を使ってる気がするんだよね。まぁ、ボクの今の外見を考えればそれが自然なんだろうけどさ。

「どぉ?その様子じゃ気に入ったみたいね。来年のお正月にはこれ着て初詣に行きましょうね」と綾子おばさん。

うん…、とても気に入ったよ。由美の振袖姿を見て胸がドキドキした記憶が甦ってきた懐かしさと、それを今自分が着ている運命の不思議、あとは…、やっぱり自分でも良く似合って嬉しい事かな。そんな想いが混ざって少し複雑でちょっとくすぐったい様な気持ち…

「良かった♪由美の五年生の時の着物取っておいて。この年頃の女の子って大きくなるの早いんで、仕立て直してもすぐに着られなくなるから、まさか役に立つとはね…、あら?ミッちゃんどうしたの?急に落ち込んで…」

ご・ね・ん・せ・い…、五年生…、小学校の…。ひ〜ん!ボクってやっぱりお子様ぁ〜。

(その時、ドアが開く音、どうやら由美が帰ってきた様だ)

あっ!由美だ。これ着てるの見られたら…。かと言って、こんなややこしいもの脱ぐのも大変だし、どうしよう。

「ただいま…、あら?」

あー、見られちゃった。何言われるんだよ〜、…と思ったら何も言わないね。何だか不満そうな顔付きなんだよね。どうしたの?普段と違うじゃないのよ、似合わない?可愛くないの?機嫌悪いのかなぁ。由美の着物、本人に断り無しに着ちゃったから?

「あ、由美ごめんね、断り無しに着せちゃって」

由美の普段と違う態度に、おばさんもちょっと不安そう。

「ううん、良いのよ。どうせ私が着られる訳無いんだし、ミッちゃん良く似合って可愛いから自由に着せてあげて」

とは言うものの、素っ気無い態度は変わらないね。やっぱり女の子にとって自分の着物は…、ん?何だか一人でぶつぶつ言ってるよ。

「何よ、お母さん!私が先にミィちゃんに着せてあげたかったのにさ…。私が着付け苦手なのを知ってて、私が帰る前に着せちゃうんだもん。そりゃ勿論可愛いわよ、だから尚更私が着せてあげたかったのに…」

聞こえてますよー。そうか、妬いてたんだ。

「着せたら、次は帯を解いて独楽の様に回して遊んでさ…。『あーれー!お許しを、お代官様〜』『ふふふ、愛い奴じゃ。良いではないか、良いではないか』なんて思ってたのにー!」

…由美ちゃん、脳味噌に蟲でも涌いてるの…?おばさんもさすがに呆れるし…

(呆れて見ていた美津子だったが、振り向いた由美が、ぼそっ、と言った一言で小さな胸をを抉られる事になる)

「七五三」

へっ?なっ、なんだよ?それ…

「わぁー!!いくらなんでもそんなに小さくないぞ!馬鹿にしてー!もういい!脱いじゃうから、おばさん手ぇ貸して!!」

もういいわよ!こんなの着たくない…、あれ?涙出そう。嫌だよー、何で涙腺緩くなっちゃったんだろう。

「あっ、あぁ、ごめんなさい、泣かないで…、そんなに傷つくとは思ってなかったの。ねっ、機嫌直して…」

あっ、由美の心配そうな顔…、逆に由美が泣きそうになってる。

「あーらら、泣〜かした♪」…おばさん歳幾つよ。

「お母さん!!」

「うーん、実は私も同罪かな?ミッちゃん気に入って喜んでる時に『由美の小学校の時の…』って言ったら落ち込んじゃって」

「あぁー、そこに私が止めを刺しちゃったのね。ミッちゃんごめんなさい、お母さんに先越されちゃって、ちょっと…、ね。でもミッちゃんに八つ当たりしたのは私の間違い。本当にごめんなさい」

こんな時に由美の本当の気持ちが判る。由美は今のボクの境遇は全て自分の責任と思っているんだ。だからボクが傷つくのは全部自分の所為と一人で責任を背負い込んでいる。普段、面白半分にボクをオモチャにしている様に見えても、ボクが恥ずかしがってるのか本当に嫌がってるのか常に注意しているんだ。ボクが傷付かない様にいつも気遣っていてくれる。

もっとも…、裏を返せば『傷付かないなら何でもあり』と思ってる部分もあったりして…、なんか不安だけど。

「もういいよ。ユミちゃんの着物、断り無しに着た事を怒ってなければいいんだ」

「怒ってなんかいないわよ。私のお古で良かったら何でも自由に着ていいからね。スクール水着もあるわよ♪」

それが余計だって…

「でも懐かしい、あの時の着物ね。ミッちゃんの前で着物姿を見せたのってあの時が最初だったわね。二人とも照れちゃってお互いまともに顔を見られなかったよね」

「そうだね」

そうか、由美も恥ずかしかったんだ。思えばあの時からなのかな、お互いに意識し始めたのは…。もっとも、それから先も姉弟の様な関係が続いたけどね。やっと恋人になれたと思ったら今度は姉妹、これからどうなるのかな。

由美も遠い目をしてる、思い出しているんだ、あの頃を。今の由美って本当のところボクの事をどう思っているんだろう?今やただの妹?それとも…

ボクが家に戻った時に一つだけ判った事がある。一人になると、自分がこの世に存在しない人間なんだと思い知らされて果てしなく落ち込んでしまうんだ。ところが、由美と一緒にいて遊んで(遊ばれて?)いる時には今の境遇を忘れる事が出来る。少なくとも淋しい思いは味わった事がない、いや味わう暇がないのかも…。もしかしたら由美は今のボクの心境を察して余計な事を考えない様に常に気遣ってくれているのかも知れない。だから今の様にボクが少しでも涙を見せると慌ててしまうのかな…

仮にそれが本当の事だとしても、由美がボクに望んでいる人生は何か?と言う答えにはなっていないよね。まあ暫くはこのままかな…。ん?またカメラ持ち出して、あーぁやっぱり写真はしっかり撮る訳ね。

「まだ着てるでしょ?写真撮らせてね、本当に良く似合って可愛いわよ」

えへへっ、そう言われると、もう少し着ていようかな〜、なんて…、あれ?由美とおばさん何をひそひそ話をしてるのよ?

「だからね〜、*#って合成…%&」「でも、そんなの今の時期売ってないし」「大丈夫$%で**から」

なんだか気になりますね〜?

「ちょっと待っててね」と言って由美がいそいそと部屋を出て行った後でおばさん、

「ミッちゃん、着物気に入った?」

「うん、なんか好きになりそう」

「それじゃ、夏は浴衣買いましょうね。柄は可愛く金魚なんかどぉ?」

「あっ、いいかも…。で、由美ちゃんは出目金とか」

「それもいいわね〜」

二人で由美のリアクション想像して笑っちゃった。

「今度着つけ教えてあげるね」とか、おばさんが嬉しそうに話しかける。何だかいいな〜、今の雰囲気。お母さんとお姉ちゃん、口に出すのはまだ出来ないけど、二人をそう呼ぶのも近いような気がする。

「お待たせ〜」

30分程して由美が部屋に戻ってきたけど、今まで何やってたの?手に持ってる細長い大きな紙袋なに?と思っていたら…、何よそれまさか…

「千歳飴ーー!」

「やだー!!」

「何よ、まだ何も言ってないでしょ?」

「言わなくたって判るわよ…。それ持って写真撮るんでしょう?嫌よ!」

あれ?また女言葉出ちゃった。落ち着いてる時は別だけど、つい出ちゃうんだ。それにしても七五三って本気で写真撮るの?おばさんもその気なの?なんで…

「ねえ、ミッちゃん、一枚位は良いでしょう?ミッちゃんは書類上だけとは言え私の実の娘になってるんだから、小さい頃の雰囲気だけでも想い出の代わりに味わいたいのよ、ねっ?」

そう言われちゃうとなぁー。あーあ、仕方ないか、一枚くらい…

「…うん。でも何処で写真撮るの?まさか神社で撮るなんて言わないでよ」

「言ったら?」と由美。

「泣く…」

「しょうがないか…、神社は別に撮って合成するわね。はい、これ持ってね」

と言って由美が千歳飴の袋を差し出したけど、考えてみたら今は4月だし、そんなの何処で売ってるの?それに外出した様子も無いし…

「あぁ、それね、本物じゃないのよ。写真データから千歳飴の袋だけ抜き出して色と輪郭の補正して引き伸ばしたの。良く出来てるでしょ?中身は苺ポッキーの大きなの、おやつに買ってあったんだ。後でみんなで食べようね♪」

部屋を出て何かやってたのはそれだったのか。何で変な事に一生懸命になるのかなぁ?ふぅ、これから先何をやらされる事やら、先が思いやられる。まっ、それは良いとして…

あの…、由美ちゃん、可愛く撮ってね。

【翌日】

写真出来たわよ、と由美に言われて居間に行ってみたら、先におばさんが大きく引き伸ばした写真を嬉しそうに見ている。

「あっ、ミッちゃん。可愛く写ってるわよ」

どれどれ…?あ、あぁー!やってくれたな由美ぃー!そりゃ確かに可愛くは写ってるよ、だけど…

バックに合成されたのは神社だけじゃなかったんだ。8年前の由美と綾子おばさん、二人の間にボク…、なんだけどさ、縮んでるじゃないかー!!

タイトルは『**神社にて、七五三_ミィちゃん七歳』歳相応に縮小しちゃったのね…

ボクがへこんでいるのに由美は得意そう。

「いやー、我ながら上手く合成できたわね。不自然さは無いでしょ?合成跡も綺麗に消せてるし、ミッちゃんの縮小もね。まあ、ミッちゃんの場合はあまり縮小する必要が無かったから不自然じゃ…、あっ、ごめん…」

由美の馬鹿ぁー!!

【綾子】

うふふっ、ついにミッちゃん抱けたし、大満足♪でも本当に不思議、あの時私が抱いていたのは由紀枝ちゃんそのものに思えてならない。そんな事があるのかしら?あの子の記憶に問題があるのは指摘されてるけど、これも関係あるのかな?

う…ん、まあいいか。由美の邪魔も殆ど入らないでミッちゃんと遊べたし本当に良い日だったわね〜♪

良くない…

(続く)


薪喬です。「ミィちゃん…」では今回の話は最終話へのネタは多少仕込んでいるものの、番外編に近い様な…。
(と言うより作者の遊びだったりして…)
今のは由美か?

まあ、日頃こんな具合にミィちゃんはおもちゃになってる訳ですが、第7話では検査の最終段階も近づいている事もあり、少々現実に引き戻されます。そんな心境を知ってか知らずか(いや、知っていても平気な)由美は「ミィちゃん」解禁に秘密兵器(?)を投入する模様です。いったい何やってるんだか…

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