戻る

 


ミィちゃんと呼ばないで
(第五話)想い出
作:薪喬


[坂崎俊勝]と表札のある家の前に車が停まる。中から少女が一人。

「大丈夫?最初は私もいた方が」

「ううん、いいの、ボク一人で行かなくちゃ」

「そう…、じゃあ後で迎えに来るからね」「うん」

【由美】

ミッちゃん自分自身とお別れね。実際にお葬式はしているし、彼の抜け殻の身体は今は既に火葬されて納骨も済んでいる。この家に帰ると言う事は坂崎満夫という人間がこの世に居ない事を認めなければならない事。…大丈夫かしらね、一人にしておいて。理屈では判ってはいても、現実と直面したらやはり辛いでしょうね(心配だから少し早目に迎えに来よう)
私もそう、私の満夫さんはもういないんだよね。小さい頃からいつも一緒で、これからも一緒にいる事を疑ってもいなかった「ミッちゃん」「満夫さん」と呼び方が変わって「あなた」「パパ」と変わりながら、ずっと一緒に…
あの事故さえ無ければ…。皆は私に責任は無いと言う。でも、あの時私は目の前に鉄骨が落ちてくるまで判らなかった。彼はトラックのワイヤーが緩んで鉄骨が落ちるまでを見ていた。運転していたのが彼なら避けられたかもしれない。もし避けられなくて私が潰されてもそのほうが良かった、私が美津子の身体に脳を移植されるだけだもの。戸籍上は自分の妹になるだけだし、ミッちゃんとも結婚できる(遺伝子を考えたら赤ちゃんは作らない方がいいけど)でも結果はそうはならなかった。

彼の脳が女性化クローンに入った時、私は気を失って病院のベッドの上で何も知らずにいた。その事自体が悔しかった。心ならず別な人生を歩まなければならなくなったミッちゃんの為に、私は出来る限りの努力をしなければ。

(そう言いながら、由美の頭の中はミィちゃんしか無かった)

『ちょっと!!なによ、脇から変な突っ込みしないでちょうだいっ!』(あれっ、聞こえた?)

でも考え様に依ってはラッキーかも。ミッちゃんは助かるし、おまけにクローンの問題は解決して可愛い妹は出来るし…、取り敢えずミィちゃんには嫌でも女の子修行してもらわなくちゃねー♪花嫁修行までいくわよ、覚悟しなさい。大人になってウェディングドレス着たらきっと綺麗よね〜。あれっ?でも、相手はだれ?んー、まあいいか。
あ、そうそう、帰る前にちょっと寄り道しようっと。可愛いエプロンドレス見つけたんだ、ミィちゃんにプレゼント♪研究所から出て本当に私の妹になるんだもの、うふふ、楽しみー。

(どーでもいいけど、由美ちゃん、君の本音はどっちだ?)

【主のいない部屋】

自分の家だったのになんだか入り辛いな。一瞬ためらった後玄関のチャイムを押すと暫くして父さんが出てきた。

「なんだ、自分の家なんだから遠慮する必要はないぞ」と言いながらも、父さんも複雑な表情をしている。

今日のボクの服装はTシャツにジーンズ、薄手のジャンパーを羽織って髪はポニーテールにしている。

由美が「今日はいいのよ、無理にスカート履かなくて」って言ってくれたのは有り難かった。

ボクの今の姿は父さんも当然知ってるけど、思いっきり女の子して行ったらさすがに引いちゃうだろうからね。

「元気そうだな、身体に異常は?」

「うん、大丈夫」

「日生の家にはもうすぐ行くんだろう?」

「そうだね…」

しばらくの沈黙の後、お互いに苦笑し「全く、娘を嫁に出す訳じゃなし」

「ほんとだね、お父さん今まで有難うございましたとか」両手をついてお辞儀をしてみる。

「止めんかい(笑)、それにしても今日はどうしたんだ?由美ちゃんが服を選んでたらミニスカートとかで、化粧もしてくるんじゃないかと思ったけど。帰ってきたら『パパただいまー!』とか言うんじゃないかと思ってたぞ」

「えっ、まさか期待してたの?」

やだよ、そんなの…

「いや、どんな風に迎えりゃいいのかって悩んでた」

あ、やっぱり。

「まあ、戸籍上は他人になったけど、親子である事に変わりはないからな」

「うん、判ってる」

「お前には済まないと思っているが、今はその身体で我慢してもらうしかない」

「仕方がないよ、運命は受け入れなきゃならない時もあるしね。それより母さんに報告しなきゃね、それに坂崎満夫にもお線香あげなきゃ、けじめはつけないと」

そうだな、と父さんが呟く。

ボクの身体、即ち坂崎満夫は交通事故で死んでいる(ボクの脳を除いて)。だから仏壇には新しい位牌が母さんの位牌と共に並んでいた。

母さんの位牌に向かって(母さん初めまして、娘になった美津子です。驚いているでしょうね、ボクもです。これからの暮らしを思うと不安ですけど、仲良しの由美ちゃんと一緒になんとか生きていけると思います。どうか見守ってください)

そして、真新しい位牌に向かって(さよなら)とだけ呟いた。

自分の部屋に入る。
懐かしいはずの部屋が何故かよそよそしい雰囲気…。春だと言うのになんだか寒々とした光景だな。自分が小さくなってしまったので部屋が大きく見える事もあるけど、生活の匂いも違うんだ。自分では女の子に馴染むのに苦労しているつもりでいたけど、いざ男の時の自分の部屋に入ると違和感に戸惑ってしまう。ボクはもう否応無しに女の子と言う事か。部屋の中を見渡しても今のボクには必要な物が見当たらないのが悲しかった。それに、もしも男に戻れても坂崎満夫としてこの部屋に戻る事はない。身内以外にとってはボクは過去の人間なんだ。「日生美津子」?そんな人間なんか誰も知らないよ…、出身は?学校は?友達は?何も無いじゃないか!

今、こうして坂崎満夫の部屋の中に立っているボクって誰?存在の証明はたった三人の身内の記憶…。秘密を保つ為、他人には坂崎満夫の存在を証明する事も出来ない。目の前に友人がいても語りかける事も出来ないんだ。これじゃぁまるで幽霊じゃないか、自分の存在を証明できないって…

幽霊?そうだ、この世に未練があって他人の身体に憑依するって物語はよくあるよね。もしも霊魂が実在して他人に憑依出来るとしたら、それって今のボクと何処が違うと言うんだ?

今のボクは、帰る人間のいなくなった部屋に佇んでいる幽霊と言う訳か…

「あははっ、どうせならお盆にでも帰ればちょうど良かったかな?そうすれば母さんにも会えたかも…。残念だったなぁ〜…」

馬鹿か…、ボクは何を自棄になっているんだ。その時だった、ふいに目頭が熱くなったのは。

あれ?やだな、涙出てきた…、涙腺が緩くなっちゃったのかな。

一度涙が出ると今までの記憶があふれてきて涙が止まらなくなった。自分が女の子になった事を知らされたショック。自分の過去を全て捨て去らなければならなくなった事。自分で動けないので由美に幼児扱いされて情けなかった事。自分は由美にとっては恋人ではなくなってしまった事。そんな今まで心の中に溜めていたものが一度に出てきて…、ベッドに倒れこんだままボクは泣き続けた。

 

【鏡の中の夢】

暫くして、やっと落ち着く事ができた。
『もう、この部屋に戻る事は無いかもしれないな』などと思いながら父さんの部屋に向かう。

「大丈夫か?」泣いた後で目が赤いの見られちゃったな。

「うん、母さんのアルバムあったら見たいんだけど」と頼んでみる。

「アルバムだけじゃなく母さんの遺品も見てみるか?母さんはコレクション好きで自分の物で気に入った物を年代別にしまってあるんだ。日記もあるし、気に入ってた服とかアクセサリーもな。服は年代が合わないだろうけど、欲しいものがあったら何でも持っていっていいぞ。女の子になった目で見れば母さんの想い出もまた違って見えるかもしれないしな」

母さんの部屋の収納を始めて見たけど、へー、こんなにあったんだ。年代別に収納ボックスに丁寧に収められているけど洋服からアクセサリー、本、日記、アルバム、CD何でもありだね。日記やアルバムも年代別のボックスに分けられているんだな。それにしても何だか懐かしいような…、自分の部屋よりも居心地が良いのは何故だろう?

まあいいか。えーと、ボクと同年代の…、とすれば中学三年か高校一年だから先ずは中学三年のボックスは…っと、思ったら何故か自然に手が伸びて掴んだボックスがそうだった。中を覗くと、あったあった母さんのアルバム。卒業写真も入ってるな、母さん前の方に座ってる、小さい方だったんだ。他の写真は友達とだよね。

へーっ可愛いな、母さんって中学の時こんな女の子だったのか。一緒にいるのが、あれ?どこかで見た様な…「あっちゃん」って書いてあるな、あっ!由美のお母さん(綾子おばさん)。

それじゃぁ夢の中に出てくる「アッチャン」って綾子おばさんの事?そんな訳ないか…。それにしてもこの頃って母さん小さかったんだね、綾子おばさんと頭半分以上違うよ。これって今の由美とボクみたいな…。確か綾子おばさんと母さんは背の高さは同じ位だったから、高校に入ってからなのかな?背が伸びたのは。…と言う事は、この頃の母さんと今のボクって同じくらいの背丈?

同じボックスに中学の制服も入ってた。へー、服なんかは全部真空パックで傷まない様になってるんだね。あっ、サイズ同じ、今のボクと同じ体格だったんだ。考えてみればクローンを女性化したんだから母さんの遺伝子が支配的なのかもしれないな。と、言う事は今のボクって体格だけでなく顔つきも母さんにそっくりなのかも、もともと母親似って言われてたし…。あれ、制服以外にブラウスやソックスまでわざわざ新品を入れてあるよ。忘れられない想い出がたくさんあったのかな。

由美が「ね、学校に行ってみようよ」と言っていたのを思い出した。

「…着てみようかな」

写真を見たら今まで以上に母さんの事が気になってきて、それに今のボクが母さんにどの位似ているか確かめてみたくなってきたんだ。
そうだよ、確かめる為なんだからねっ!別に積極的に女の子の服が着たいなんて事はないんだから、…ってボクは誰に言い訳してるのさ?

着替えてみよう。こんな事になるのが判ってたら下着も少し可愛いのを…、じゃない!目的が違うだろ!!
ブラウスは…、あっ、着てみるとサイズぴったり、胸も同じだったんだ。今のボクと同じサイズでは女の子としては悩んだろうな。(いや、実はボクも少しは…)

スカートはヒダの少ない4本ボックスとか言うタイプだけど、何でこんな事知ってるのさ?長さは普通に膝丈みたいだけど…。あー、母さんやってたな、ウエストに微かに折り返した跡がある〜♪学校以外では短くしていたんだ。

細めのタイを結んで、後は髪型か。写真では両脇を細い三つ編みにして、下はリボンで留めてたね。うん、リボンもある。三つ編みはやった事ないけど何とかなりそうな…ポニーテールは解いてっと、うーん三つ編みって結構面倒だな、でも何故か自然に手が動くような気がする。身体が覚えて…いる訳ないよね。…んと、これで完成かな?(あ、なんだかこの髪型好きかも…)

後はベストとブレザーを着てっと…、これでいいかな?姿見で見てみようっと。

へぇー、似合うじゃない、サイズもぴったり。三つ編みも自分でも驚くほどきれいにできてるね。スカートはもう少し短い方が可愛いかな〜?なんて…、えへっ、なんか嬉しいな。
ボクが最初から女の子として生まれていたなら、こんな恰好した時代もあった訳だね。
そのせいかな?鏡に写った自分の姿を見てたら何故か次第に懐かしい様な気持ちになってくるのは、何だか無くした物を取り戻した様な…。そして、それとは別に何か思い出せそうな…、あっ!

そうだよ!夢の中に出てきたボクの姿そのものじゃないか。

何故なんだ?ボクは女の子の制服着たのは今が始めての筈なのに…。しかも、ボクが初めて『鏡を覗き込んでいる女の子の自分』の夢を見たのは、リハビリも始まっていない頃からだ。勿論その時は自分が女の子になってるなんて事は判らなかったし、こんな事ってあるんだろうか?記憶の混乱だけで済むとは思えない。

驚きはそれだけではなかった。

「これじゃ双子だよ…」

思わず声に出してしまったほど、今のボクと中学時代の母さんってよく似てる。母さんが大きく写っている写真と一緒に鏡を見たら一卵性双生児と言われる事間違いない程だった。家に帰ってきたのはボクが同じ年齢の頃の母さんに似ているんじゃないか?と言う興味からだったけど、まさかこれほど似ているとは。

これって、夢に導かれたのかな?

始めて女の子の服を着た自分と向き合った時に『鏡に映った女の子の自分』の夢と母さんの面影が心に浮かんだものだったが、その日から夢の内容が少し変わってきた気がする。相変わらず雑多な映像と言葉の羅列ではあるけど、少しずつ具体的な形に固まってきた様な印象があるんだ。特に、鏡に映った女の子のボクと母さんのイメージ。これがボクをこの部屋に導いたのだろうか?

次第に夢と現実が溶け合って来る様な気持ちになってきたけど不思議と不安は無く…いや、むしろ懐かしい想いがボクの心を満たしてくれるようで幸せな気分だった。そして、今まで以上に母さんの事が気になり始めた。

「母さん、15歳の時ってどんな女の子だったの…」

今までは単に母親としか感じていなかったけど、同年代の女の子として母さんが何を考え、どんな学生時代を送ってきたのか知りたくなってきた。

確か日記もあったな?これか。ふーん、毎日じゃなく何かある度に書いてるのか。遊びに行った時、落ち込んだ時、それから友達のあっちゃん(綾子おばさん)との事とか。

『あっちゃんの困ったところは、何かというと私を抱きしめたがること「抱き心地がいいの」なんて、小さいからって私は縫いぐるみじゃないわよ!』

あはは、母娘そろって同じ趣味だね。何かと言うと抱きつかれてたみたい。

遊びに行くのもいつも二人で一緒に出かけていた様だね。これ見ると友達に関しての記述は「あっちゃん」が圧倒的に多いね。小さいから子供扱いされるのが不満だったみたい、「あっちゃん」だけが心を許せる友達だったんだ…

読み進む内に日付は高校一年に。

『あっちゃんのばかー!』なっ、なんだ??いきなり。

 

【由紀枝15歳】

『もーっ、ばかばかっ!私が小さいからって小学生みたいな服着せて子供料金で電車賃や遊園地の入場料浮かせる事ないじゃないの。おかげで…』

今日のあたしの服装は淡い水色のチェックのワンピース、それも超ミニでフリル付きの『子供服』!。大きなリボンの付いた帽子を被った姿が似合うのが悲し過ぎるよ〜。これじゃちょっとお洒落した小学生にしか見えないじゃないの〜。「お小遣い浮かそうね」って、あっちゃんに言われて着てみたけどさ、ちょっと屈んだらパンツ見えちゃうよ、小学生の時なら何とも思わなかったかもしれないけど…、あたし高校生よ〜。

「ねぇ、あっちゃん…、恥ずかしいよぉ〜」あたしがあっちゃんの袖を引くと、

「だめよユキっ!お姉ちゃんって呼ばなきゃ。あんた今小学生なんだからね。せっかく子供料金で遊園地に入れたのに、バレたら元も子もないでしょ。それより迷子にならないでね」

「なるかぁ!」

外見はともかく高校生なんだからね、と思ってたら…。あっ、あれれ?あっちゃん何処?今まで一緒にいたのに…

「あっちゃ…」じゃなく「お姉ちゃ〜ん!!」うー、恥ずかしいの我慢して大声出して見たけど、周りの人が振り向いただけで、あっちゃん来てくれない。

やだ、本当に迷っちゃったみたい。ふぇ〜、なんか心細いよ〜。考えてみたら、あたしって一人で遊びに出た事無かったんだ。一人でいると「どこの小学校?駄目よ一人で。お父さんやお母さんは?」なんて補導員や婦警さんにお説教されちゃうんだもん。あーあ、どうせ見た目は小学生ですよー。それだけじゃないよ、生理用品買うのだって「お母さんのお使い?」「ううん、あたしの…」「へー、近頃の女の子は早いのね」って、あたしゃ高校生だぁー!!

やだよ〜、落ち込むばかりじゃないの。もぉ!あっちゃん何処よ〜、泣いちゃうぞ…

「どうしたの。迷ったの?」

あっ、係のお兄さん、今の「お姉ちゃーん」って呼んだの聞かれちゃったんだ。余計なお世話よ、迷った訳じゃ…、いや、迷ってるのは本当だけど。

「お姉ちゃんと会えないの?呼び出してあげるから事務所に行こうね」

やだ、本当の迷子になっちゃうよ。あっちゃんに知られたら大笑いされちゃうじゃない…、えっ?今の声って何処かで聞いた様な…
きゃーっ!坂崎先輩じゃないのー!!ここでバイトしてたんだ。やっ、やだよ〜、こんな恰好してるのがあたしだって知られたら何て思われるか、幸い帽子で顔は半分隠れてるし、逃げちゃお〜。

「あれ?君は…」

あっ!ヤバっ、気が付いたかも。ちがいますよー、あたしは通りすがりのただの小学生ですよー。このまま振り切って、と思ったらぁぁー!

「ユキッ、こんなところにいたの?探したわよ。…あら?坂崎先輩ですよねぇ」

ああぁー!あっちゃん最悪のタイミングだよー、バレちゃうじゃないの。とにかくこの場所を離れなきゃ。

「あっ、お姉ちゃん早くいこうよ」って、手を引っ張ったつもりが、いやー!先輩の方に引っ張られてるー。ちょっと、やだ、帽子取らないでよ…、きゃぁー!先輩に見られちゃった。

「ねっ、先輩っ、由紀枝ちゃん可愛いでしょ♪」

いやぁぁーー!!

【現在】

はぁ…、あの時は、あれから大泣きしちゃって、先輩もあっちゃんもなだめるのに苦労したとは思うけどさ、本当に恥ずかしかったんだからね。…あれ?なんでボクがこんな事覚えているのよ、じゃなくてぇ!知っているんだ?そんな筈無いんだけど、日記を読んでたらリアルに頭の中にその時の光景が浮かんで来た様な…。何でかな?

坂崎先輩って父さんの事か、その時何て思ったんだろうね。まさか、それが付き合うきっかけだったとか…

それにしても母さんも綾子おばさんにおもちゃにされてたのか。やれやれ、あの母娘って…

高校も三年になる頃には身体も成長してきた様だね。

『あっちゃんの身長にもう少しで届くね。生理も三ヶ月に一度位が定期的にあるようになって安心した。他の子たちは「面倒で嫌だ、こんなの鬱陶しい」って言ってるけど私にとっては貴重なの。「このまま大人になりきれないんじゃないか」って悩んでたから。
あっちゃんにだけは悩みを打ち明けていたんだけど、自分の事の様に喜んでくれた。それはいいけど、後で渡されたのって、コン○―ム「坂崎先輩との赤ちゃんは結婚してからの方がいいでしょ」だって。もう真っ赤!でも助かっちゃった、買いに行くの恥ずかしいもんね』

…読んでる方が恥ずかしいもんね。

他には何か…、あっ「みっちゃんの記録」だってボクの事書いてあるのか、これも後で見よう。

服も制服だけじゃ物足りないな、確か一段下のボックスにお気に入りのワンピースが…、ん?何でそんな事知ってるんだよ…

「おーい、由美ちゃん迎えにきてるぞ」父さんの声、あれ?もうそんな時間か。

「由紀枝!…ああお前か、驚いた」

あっ、日記に夢中で制服着たままだ。大変だ着替えなきゃ!由美に見られたら。

「少し早めに来ちゃった。今日お母さん家にいるから寄っていきましょう…、あらー♪」

わっ、見られちゃった〜。

「やーん、可愛いー、よく似合ってるじゃない。お母さんの制服?やっぱり関心があるのね」

「あ、いやこれはその…」

「これはやっぱり学校に行くしかないわね。その前にせっかく制服着てるんだから記念撮影しましょ、中学卒業記念の代わり。研究所の庭の桜咲いてるからちょうどいいわね」

「あの、一度着替えて」

制服を脱ごうとしたら、ゆっ、由美ちゃん手を引っ張らないでよー!

「だーめっ!このまま行くの。お母さんにも見てもらおうね」

日記のシーンが頭に浮かんだのがちょっと判った様な気がする。日記の中の綾子おばさんのイメージって由美とそっくりなんだよ。まさか由美って綾子おばさんのクローンじゃないだろうな?

 

(この時、美津子は気付かなかったが、二人を見送る父親の表情は非常に険しいものだった。その後研究室の助手に連絡を行う)

「例のソフトの解析は?…そうか、無駄だったか。取り敢えずそちらの追求は止めて身体データと体内のナノマシンの制御データをチェックしてくれ。特に制御データの更新履歴を追って、大きな書き換えが無かったか…、そうだ、その場合には変更の差分抽出も頼む」
(連絡を終えた後で一人呟く)

「予想が当たっていなければ良いがな…」

 

【由紀枝と美津子】

結局そのまま連れ出されて桜の木の下で記念撮影?のあと由美の家に一泊する事になった。最終検査終了はあと一ヶ月かかるけど、経過に問題無いので今日は由美の家に泊まるのは問題無しだって。

由美の家に到着、と言ってもマンションだけど…、部屋がすごく広いし部屋数も多い。小さい頃はかくれんぼをして遊んだよね。来月からはここが自分の家になるのか。

「ただいまー」

「お帰りなさい、ミッちゃんも来たのね。えっ?ユキっ!!」

ボクを見て綾子おばさん目を丸くしてる。本当に母さんそっくりなんだな。

「ああ、びっくりした。ミッちゃんよね。お母さんの制服ね、それ」

「へー、そんなに似てるの?」と由美。

「似てるなんてものじゃないわよ、本人かと思っちゃった。中学の頃の由紀枝ちゃんはね、小さくて可愛くて、きゅっと抱きしめるととてもいい気持ちだったのよ。わー、抱き心地も同じね、可愛い」

綾子おばさんに抱きしめられちゃった。

「あーっ!お母さんずるい、私のよ」

あの…、ボクは縫いぐるみじゃないんですけど。

「本当にそっくり、俊勝さん辛いわね」と綾子おばさん、悲しそうに小さく呟く。

え、どう言う事?

 

その日の夕刻、日生おじさんも帰ってきた。これで新しい家族がそろった訳だ。

「えーと、あのぉ、お父さん、お母さん、お姉さん、これから宜しくお願いします」

改めて言うと、言いにくいなー。でもきちんとしなければね。

「ははっ、いいよ、そんなに改まらなくても」

「そうよ、ミッちゃん、今まで通りでいいわよ、おじさん、おばさんで。そのうち慣れてきたらお母さんて言ってくれると嬉しいけど」

「そうね、ミィちゃん、お姉ちゃんて呼ぶのはまだ先でいいわよ」

あー!由美、どさくさ紛れにミィちゃんって言ったー!

「あら、ミッちゃんどうしたの?急にむくれて、由美!なにかしたでしょ」

「違うよー、ミィちゃんって呼びたいだけだもん」

不思議そうにしているおばさんに、ボクは「ミィちゃん」が嫌な理由を話した。

「由美が悪い!赤ちゃん扱いしたら傷つくわよ。でも気持ちは判るけど」いや、あのね…

「でもね、ミッちゃん、私もミィちゃんて可愛い呼び方で好きよ。今のあなたには良く似合ってると思う。あなたにとっては嫌な思い出が残ってるかも知れないけど、忘れられる様になったらミィちゃんって呼ばせてね」

「…はい」本当はボクも意地になってるだけなのは判っているんだ。

由美はボクの手を握って「ごめんね、でも、いつかきっと、ね?」

「うん…」そうだね、そのうちお姉ちゃんとも呼べるようになるよ。

「じゃ、機嫌直して食事の仕度ね。由美っ」

「はーい」もう何年も前から日生家の料理長は由美なんだ。

由美が食事の用意をしている時、ボクは綾子おばさんに気になる事を聞いてみた。

「ね、ボクの父さん辛いねって言ってたでしょう?それってボクが亡くなった母さんに似てるからなの?」

と、おじさんが「そうだなー、それだけ似てたら辛いよな。間違えて『由紀枝ー!』なんて襲ったり」

「お父さん!!」「あなた!!」

二人同時に爆発、由美はキッチンにいるのにね。いやー、いいタイミング。そう言えば昔からそうだった様な…

「もう!あなたの冗談は本当に笑えないんだから止めてよね」

「そうよ、お父さん、美津子ちゃん、家に帰れなくなるじゃないの!」

「わー、ごめんごめん」

…まったく、この人は。

改めて聞いた話はボクの母さんの死から始まる話だった。
母さんが交通事故で重態となった当時、父さんたちは既に身体各部のクローン培養研究を行っていた。しかし技術的に未完成で培養時間が長く、身体の損傷を直す前に母さんが亡くなるのは避けられない運命だった。そこで父さんが違法覚悟である計画を行った。それは、母さんの脳を単独で生かしておいて、その間に細胞サンプルから母さんのクローンを作る事だった。

リスクは極めて大きかった。現在では数ヶ月でボクの様な身体まで成長出来るけど、当時は成長速度は遅く、脳の容積を考えると最低4、5年は必要との見通しだった。そんな長期間の脳の単独保存は前例が無いし、その間の脳のダメージも未知数だった。生物学的に問題無い場合でも精神的にどのような影響があるか、検証した例などある訳が無いのだ。

「成功確率が極めて低いのは判っていた筈だけど、あなたのお父さんの気持ちとしてはどうしてもやり遂げたかったのね。私たちも協力したのよ。技術的な問題点の検証は将来の研究に役立つ事もあって研究者としての興味も正直あったわね」

本当は綾子おばさんも親友である母さんを助けたかったのが本音だろうな。但し、結果としては実験は中止。

最初に衝動的に始めた父さんも次第に悩み始めた。長期保存の際の脳に与えるダメージが判らない状況で母さんの脳を保存する事は、もしかすると何年にもわたって母さんを苦しめる事になるかも知れない。なにしろ、経験した人間は誰もいないのだ。しかし、悩みは長くは続かなかった。脳の単独保存も技術的に未完成で、ある時期から急速に脳の活動レベルが低下してしまったのだった。父さんはそれを機会に脳の保存を停止する決断を下したのだ。但し、そこで検討された技術はその後の研究に活用されてボクの命(と言うより、脳)を救う事になるのだった。

脳の保存を停止した瞬間の父さんの気持ちって、想像するだけで胸が締め付けられる様な…。それに、その時母さんはどんな気持ちだったのかな、答えられる人間はいないよね。クローン培養もその時点で中止になったが順調に行けば今年で十五歳相当になっている筈、と言う事は…

「そう、日生美津子の戸籍はあなたのお母さんのクローンの為のものだったのよ」

そうだったのか。なんで都合良く戸籍が用意されていたのか不思議だったけど、その戸籍をボクが使う事になるとはね、しかも母さんとそっくりの姿になって。

「あなたが事故にあって、今の身体に脳を移植したとき、あなたのお父さんの落ち込みようはひどいものだったわね」

『俺はこんな研究をやっていながら、家族を二人とも助けられなかった。一人は死に一人は別の人間として生きなければならない、それも性別が変わって。これで本当に命を救ったと言えるのか?しかも満夫の命を救ったのは俺達ではない。プログラムの悪戯で偶然出来あがってしまったクローンが無ければ死んでいた筈じゃないか!俺の研究は自分の家族さえも助ける事が出来ない程度の物なのか…』

そんな話をしていたと言う。最近顔を合わせる事も少なくなってたのはその為?

「あなたって本当にお母さんの由紀枝ちゃんにそっくりね。もしもお母さんのクローン実験が成功していたとしたら、今のあなたと同じ姿に成長した由紀枝ちゃんがここにいるでしょうね。あなたのお父さんにとって、今のあなたを見る事は由紀枝ちゃんの時の悲しみと挫折、自分の治療の成果ではなく、偶然できてしまったクローンであなたに女の子の身体を与える事になってしまった無念な気持ちを同時に思い知らされる事になると思うのよ」

父さん、そんな気持ちで…。知らずに涙があふれてきた。ボクの肩に手が添えられた。いつのまにか由美がボクの隣に来ている。由美は黙ってボクを抱きしめてくれた。しばらく由美の胸に顔を埋める。

「自分がいない方がいいなんて考えないでね、本来ならこの世にいない筈のあなた自身は今こうして生きているのだから。あなたが今するべき事は自分の生き方を見つける事…。運命を受け入れるも良し、運命に逆らう事もまた一つの人生よ。どちらでもいいと思う、あなたが幸せになれさえすれば…」

綾子おばさんはボクの頭を優しく撫でながらそう言ってくれた。

「ちょっと出かけてくるよ、今晩は帰らないからね」とおじさんの声。

あまり飲み過ぎちゃ駄目よ、とおばさんの声に送られて出かけていった。

「ま、こんな時は男同士の方が良いでしょう。あなたのお父さんには考え方を変えてもらわなければね。失敗なんて思ってはいけないのよ。偶然出来たクローンとは言っても、あの人たちの研究成果が無ければそれも無かったのだから」と綾子おばさん。

そうか、父さんのところへ…

「さて、俊勝さんのほうはうちのお父さんに任せるとして、ミッちゃんは自分のするべき事をしなくてはね」

えっ?なに?

「それはもう」「ねーっ」

な、何だ?二人そろって嬉しそうに。

「やっぱり、女の子修行でしょう」

えー!何するのさ?

「先ずは料理、裁縫、洗濯、その他家事全般、その他にお茶、お花、和服の着付け…」

ひえーっ!

「と、思ったけどまあ後でいいでしょう。由美とも話したんだけど、やっぱり学校は行きましょうね。同年代の(あ、今の肉体年齢のね)お友達も作った方がいいわよ」

「そうよ、女の子に馴染むには家の中に閉じこもっては駄目よ」

うわー、両面攻撃かよ。でも、それもいいかな。ボクは母さんが自分の想い出の品を入れた収納ボックスを思い出していた。学生時代が一番多かったよね、日記も。ボクもそんな想い出が欲しい様な気分になっていたんだ。

「うん、行ってみようかな、今日母さんのアルバム見てたらそんな気になってたんだよね。三年間いるつもりはないけど、三年生に編入出来るなら来年春まで通ってみたいな」

「やったー!私の母校でいいよね、お父さんに頼んでもらうから、5月から通えるようにね」

「はい、話がきまったところで食事にしましょう、料理冷めちゃったかな?」

「大丈夫よ、込み入った話になりそうなんで仕上げ前で止めてあるから、5分もあれば完成よ」

さすが日生、坂崎、両家の料理長。

「ミッちゃん、お母さんの制服着替えた方がいいんじゃない?食事で汚れると困るでしょ」

「うん、でも着替えは家に置いてきちゃったから」と言うと由美が、「大丈夫、こっちに来て」とボクを奥に誘った。

『美津子ちゃんのお部屋』と書かれたプレートが掛かっているドア。(あ、ボクの部屋なんだ)

「ここがあなたの部屋よ、さ、入って」

言われて中に入ると、何とまあ、部屋だけじゃなく家具も全部用意してあったのか!もうすっかり女の子の部屋になってるよ。これって由美が全部選んだな。全体に白が基調で、いかにも女の子が好きそうなデザイン。

「はい、これに着替えてね」と渡されたのはピンクのエプロンドレス。

うわー、また少女趣味な…。まあいいか、今日はいろいろあって疲れたし、ここで服の事で揉めるのも面倒だ。

「うん、ありがとうね、じゃあ着替えて行くから」と言ってドレスを受け取ると由美はきょとんとした表情でボクを見ている。

ふーん、由美のやつ、ボクが嫌がると思っていたのが、あっさりと受け取ったんで拍子抜けしてるな?

「どうかしたの?」って聞いたら「あ、いや別に何でも…」と言って不思議そうな顔して出ていった。やっぱりそうだったな。

一人になって部屋の中を見まわす。ここが来月からボクの部屋なんだ。昼間見てきた自分の部屋を思い出してみる。あそこには、もうボクの居場所は無かった。この部屋は…、ちょっと恥かしいけど、なんだか暖かいな。そのうちこれが自然に感じる時がくるのかな?
着替える前にクローゼットや引出しを開けて見る。中には…、あはは、やっぱりね、由美が用意したんだろうな、服も下着も全部用意してあるよ。それにしても、ズボンの類は無しか、スカート以外禁止な訳ね…。ま、取りあえず着替えますか。

着替え終わって姿見を見てみると、へー、自分で言うのもなんだけど可愛いじゃない。まあ、まだ慣れていないせいで恥かしいけどさ。そのうち「あ、こんな服欲しいな」とか「このアクセサリー可愛い!」なんて思うようになるのかな?正直、まだ想像できないよ。(と言いながら、母さんの制服が似合って嬉しかったり、おまけに気が付いたら三つ編み解いて大きなリボン結び直しているボクって…)

「あら可愛い!」

着替えてダイニングに戻ると綾子おばさん。由美も料理を運んできたところ。そこで、くるっと回ってみせて「えへっ♪似合う?」と言ってみたら。

「やだー!どうしちゃったのよー」と言いながら、由美はもうニコニコ顔。

ま、日頃ボクの為に一生懸命面倒見てくれてる(半分は自分の趣味だろうけど…、いや全部?)お姉ちゃんの為に、少しはサービスしてあげないとね。でも、いきなり抱きしめないでね、ホントこの母娘は…

食事が終わってお茶の時間には、由美が学校の制服のカタログを出してきてみんなでどれにしようか話し合ったりして過ごした。なんだか楽しい気分だな。由美なんか本当に嬉しそうだし、綾子おばさんも親友だった母さんに生き写しのボクを見て喜んでいるみたい。こんな気持ちって久しぶり。今日、満夫とさよならしたから少し気が楽になれたのかな?でも、本当は少し悲しいけど…。5月からはここが自分の家、日生美津子の生活が始まるんだ。

 

―その頃、坂崎邸 酔っ払いが二人―

「さ・か・ざ・きー、お前なぁー、二言目には失敗って言ってるけど、俺に言わせりゃラッキーだぞ」

「うぅーーん?なんでだ?」

「だってよー、美津子ちゃんって、由紀枝ちゃんに生き写しだぞ、あんな可愛い女の子が自分の娘なんてさぁ、いや、由美も負けずに可愛いけど。それに由紀枝ちゃんも最初は女の子が欲しかったんだろ〜?名前だって彼女の希望通り「美津子」になったじゃないか、彼女だって墓の下で喜んでるさ、もっとも喜ぶ前に腰抜かしてるかも知れんけどな、わっはっは!」

「おまえなー!慰めになってないぞ」

「誰が慰めると言ったー。俺は嬉しいっ!!花嫁の父の悲しみを味わうのが俺一人では不公平だったけど、お前も味わう事になるんだ!美津子ちゃんがウェディングドレス姿で「お父さん今までありがとう」なーんて、言ってきたらお前だって泣く…、より逃げるか?こら!敵前逃亡は銃殺だぞ」

「お前、何しに来たんだ…?」

翌日、二人ともひどい二日酔いになって、旦那を迎えに来た日生の妻の綾子に「飲みすぎちゃ駄目よって言ったでしょ!まったく、男二人にしておくとこれだもの」とお説教を食らうのであった。

 

【ミィちゃん日誌】

今日は本当に色々あったわね。ミッちゃん、自分とお別れってどんな気持ちだったのかな?こればかりは本人じゃないと判らないし聞いてはいけないだろうな。きっと、聞いたら泣いちゃうよ。

それに、お母さんの由紀枝おばさんの件。事故で亡くなった後にそんな話があったなんて知らなかった。この話もショックだったみたい…、今の自分がお父さんから見れば挫折と失敗の象徴にしか見られていないんじゃないかって知らされて泣いちゃった。でも立ち直ってもらわないとね。満夫さんが美津子ちゃんとして幸せになれることが、本人だけでなくお父さんも救う事になるのだから。

で、ミッちゃんとしての件はここまで。やっぱりミィちゃんよねー♪
迎えに行ったら、まっ!お母さんの中学の時の制服着てるじゃない。良く似合ってて可愛いの。本人は慌てて着替えようとしたけど、逃がさないもんね。しっかり記念撮影しちゃった♪中学卒業記念の代わりにね。

うちのお母さんも驚いていたけど、ミィちゃんって亡くなった由紀枝おばさんに生き写しなのね。後でお母さんに写真見せてもらったら本当、びっくりしちゃった。お母さんが「ユキっ!」って思わず言ってしまったのも判るわね。髪型まで同じにしてたもの。

髪型と言えば、由紀枝おばさんの髪型お気に入りみたいね。自分で三つ編みしたんだ、良く似合ってるよねー。両脇に垂らすだけじゃなく、後ろで纏めて大きなリボンで留めたりしてみたいって、うふっ、お母さんの思い出を通して女の子に目覚めてきたのかな?

でも今日は驚き、学校行くのはOKだし、制服も、みんなで選んでたらスカートなんか「ワインレッドでチェックの柄がいい」なんてリクエストしたり。それよりビックリはエプロンドレスかな?似合うと思って買ったけど「少女趣味で嫌だ!」とか言われると思ってたら「ありがとうね」ってあっさり受け取るし、着替えた後くるっと回ってみせて「えへっ♪似合う?」だって。可愛いー!思わず抱きしめちゃった。

でも、お願いだから無理しないでね。いろいろあって立ち直ろうとして無理に明るくしてる様にも思えるし、何かあったらいつでも相談してよ、これからは本当に姉妹になるんだしね。ベッドの私の隣はいつでも空けておくからねー♪あ、お母さんに盗られないようにしないと。なにしろ、由紀枝おばさんの一番可愛い頃に生き写しなんだもん。今日なんか先に抱きしめちゃうし、名前でも書いておこうかな「由美の!」って。

(おいおい、縫いぐるみじゃないぞ。おまけに満夫よりやっぱりミィちゃんか…)

 

【美津子】

家に戻った日から三日が過ぎたが、あの日母さんの部屋で味わった奇妙な感覚は今もボクの心に強く焼き付いている。

ボクの心の中に浮かんだ母さんの記憶…、記憶?そうなのかな…。まさか、あの部屋に母さんの霊が…、なんて事ある訳ないよね、それなら何故?

もしかしたら、あの時のボクの心理状態に関係でもあるんだろうか?
あの時のボクは自分の「過去」が無い事を思い知らされて落ち込んでいた。過去が無い…、そうなんだ「坂崎満夫」としての想い出を語る訳には行かない、かと言って現在の自分である「日生美津子」の過去など存在しない。幽霊みたいな存在しない筈の人間…、それが堪らなく嫌だった。そんな状態で母さんの部屋で見たものは、今の自分と双子の様にそっくりな中学時代の母さんのアルバムと日記だった。過去の無いボクは替わりになる物を必要としたのだろうか、その中に綴られた想い出を乾いたスポンジが水を吸い込む様に吸収してしまったのだろう。そして、強く心に焼き付いた日記の想い出話を自分の記憶の様に頭の中で組み立ててしまったのかもしれない。

ま、そのあたりは心理分析でも受ければはっきりするだろうけど…。あれから大きく変わった事と言えば、女の子の服に抵抗が無くなった事かな?あの日、エプロンドレスを着た時に「疲れているし、揉めるのも面倒」なんて自分に言い聞かせていたけど、今にして思えば着る時に全然抵抗が無かったよね。朝起きた後も変わった。今までは鏡を見るのも面倒で、パジャマ姿でぼんやりと過ごしている事が多く、由美に「ちゃんと着替えなさいよ。ほらっ、髪もブラッシングしないからバラバラじゃない!」なんて急かされていたのが、何故か自分でもみっともないと思い始めて朝食の前には髪を整えて女の子らしい服装に着替える様になった。これってあの日の影響かしら…、って何で女言葉になるんだ?これも不思議…

他に変わったところと言えば夢かな?ボクの変な夢は相変わらず続いているけど、少し変わり始めている様な印象だ。雑多な言葉と光景の羅列は相変わらずなんだけど、それが少しずつ組み合わさって意味のある物になりつつあるような…。そして意味を持った言葉や光景は自分の記憶として頭の中に定着し始めている、そんな感覚なんだ。その為なのか、経験していない筈の事を「思い出す」事も多い、行った筈のない場所とか女子更衣室の中とか(ボクは覗きは絶対にやってないよ!)

そんな事がある度に「これって夢の中で見た光景の様な…」と思ったりするけど、それも確かなものではない。ただ、言えるのは自分が少しずつ変わって行く感覚…、それが良い事なのか悪い事なのか、今のボクには見当がつかないが、心の中でそれを望んでいる自分がいる様な気がする。これって、今の環境に慣れてきたと言う事なのかな?それとも…

夢の一番大きな変化は「鏡に映った女の子のボク」。何故かあの日以来、鏡に映ったボクの夢は見る事がなくなった。奇妙な事とは思ったけど、別にこの事に関しては不安を覚える事も無かった。
もしかしたら、夜中に見ていた夢が朝の現実に溶け出してきたのかもしれないな。

えっ?それはどう言う意味かって…

朝起きて鏡を見れば…、ほらっ、そこには女の子の服を着た夢の中のあたしがいるじゃないの。

(続く)


薪喬です。ミィちゃんは家に戻った事で心理的に大きな影響を受けた様です。さて、この原因は?“Fittre”なのか、母娘(?)二代にわたって日生家の母娘におもちゃにされる運命だったのか?と言った話は最終話で語るとして、肝心の由美ちゃんですが、ミィちゃんの女性化が促進されて単純に喜んでいる始末。ミィちゃんの急速な女性化の原因を追求する気も無いようなので、最終話に向けてのネタを仕込みつつも6話以降もミィちゃんはおもちゃのままな様です。
次回第6話は、そんなミィちゃんの一日を切り取った「綾子おばさんの休日」
あーあ、おばさん、あんたもかい…

戻る

□ 感想はこちらに □