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ミィちゃんと呼ばないで
(第三話)妹?

作:薪喬


ついにミッちゃんに知られちゃった…。本人もさすがにショックが大きかったみたい。でも無理は承知でも立ち直ってもらわないと、男性に戻れる日まで悩んだまま過ごすなんて見ていられない。
女の子として楽しく暮らせる様に色々教えてあげたいな。なにしろ私の妹になったんだから。これからはお姉ちゃんがずっと一緒よ。出歩ける様になったらどんな服着せてあげようかな〜。

(由美ちゃん、君は良かったと思ってるだろう)

 

【現実】

自分の脳が女の身体に移植されていたのはさすがにショックだった。頭に血が昇ってベッドから転げ落ちそうになったが、由美が俺の身体を抱き止めて泣きながら諭してくれたおかげで少しは落ち着く事が出来た。

由美は今までの経緯を最初から話してくれた。俺が女の子に産まれていたらどんな娘になったかシミュレーションを行った事(最近の意味ありげな視線はそう言う事かよ…)。シミュレーションを行った時に謎のソフトの干渉で治療名目の予算コードが付いた事で俺の女性化クローンが作られてしまった事。おまけにクローンが作られた理由が、由美がPCの電源を落とす時にうっかり設定が残ったままだった為と言う。まったく…運が良いのか悪いのか…

怪しげなソフトの干渉とは言え、全身クローンが作れるように辻褄が上手く合わせられたのは不思議だったが、これは親父が「あくまで推測だが」と前置きして説明してくれた。どうやら以前に親父たちは全身クローン再生を試みたらしい。その際、女性は既に死亡届が出されていた為、裏ルートで戸籍を買ったとの事だった。(親父たちやっぱり裏で危ない橋を渡ってたな)結局クローンは失敗に終わったが、戸籍だけはそのまま残していたので辻褄を合わせるには一番都合が良かったのだろうとの事だ。
(と言う事は機会が有ればまたやるつもりだったな)

そうか…、他に選択の余地は無かった訳だ。現状では成功例は俺だけ、違法な実験を何度も繰り返す訳にも行かないだろう。このまま女性として一生を終える可能性が高いのかな。理由は判ったけど納得出来た訳じゃない。これからの生活を考えると気持ちが沈むばかりだ。

由美…、幼なじみの「ミッちゃん」から、やっと「満夫さん」と呼ばれるようになってまだ間もないと言うのに、これからどうやって付き合って行けばいいんだよ。彼女が結婚する時、隣にいるのは俺じゃないかもしれない。では俺の隣には誰が居るんだ?男と結婚して子供を産むなんて事があるのかな…、想像なんて出来やしない。俺って子供が産める身体になっちまったんだよな…、それでも死ぬよりはましと考えるしかないんだろうな。

「ねっ、黙ってたのはごめんなさい。でも全部一度に話したらショックが大きいと思って」

確かに大きかったよ、充分にね。

「でもね、女の子の暮らしだって馴染めば悪くないよ。それに男性に戻れる可能性だってあるんだし、それまでの間、新しい人生を送れるように私がずっと一緒に付き合うから、ねっ…」

俺を抱きしめて一生懸命話しかける由美を見ながら俺は次第に気持ちが和らいで行くのを感じていた。辛い想いをしたのは俺だけじゃない。彼女にしても自分が運転していた車で起きた事故だけにショックは大きい筈だし怪我もしていた様だが、強引に退院して研究所に向かい、その後は家に帰らずに研究所併設の病院で寝泊まりして俺の面倒をみてくれていたんだ。大切な恋人にこれ以上心配させたらいけないな…

「判ったよ、心配かけて済まなかった、現実は受け入れなければね…どうなるか判らないけど、これからも宜しく」

「うん…」由美は泣きながら俺を抱きしめて続けていた。

 

【俺が妹?】

あれから二週間、経過は順調で有難い事に暑苦しいスーツともお別れの日は近いらしい。なにしろ、このスーツときたら動きにくいし暑苦しいし、いっその事培養液に浸かってる方がましか、なんて思うような物だったから。
その為なんだろうか?相変わらず毎晩の様に変な夢を見るのは。俺が何処か暗い場所に閉じ込められて出口を探してさまよう夢だった。「タスケテ」「アッチャン」まただ、誰の事?「車が」「ごめんね、もう駄目かも…」そんな言葉の切れ端とステンドグラスの断片の様な風景が一緒に心に浮かんでくる時もあった。風景は俺の子供の時の家だったり、若い頃の親父の顔、見知らぬ女子学生、鏡を覗き込んでいる自分、何故か鏡を覗き込んでいる自分は女の子だったが、何故それが自分だと判ったのだろう?今の俺は鏡で自分の顔を見ていないのに…。夢から覚めると切ない想いがこみ上げて来て思わず涙を流してしまう事もあった。

「事故のショックと思い通りに動けない焦燥感からそんな夢を見るのじゃない?あまり長く続く様なら心理分析も受けた方がいいわね。でも、それより楽しい事を考えて過ごした方が良いんじゃない?」

俺の訴える不安に対して由美はそう答えたけど…、あのー、由美?楽しい事って自分が楽しんでるんじゃないの?何なのさ、毎日の様に嬉しそうに抱えてくる恋愛小説、女の子向けのコミック雑誌、恋愛映画のビデオ、ファッション雑誌etc、…実際そうだから仕方ないけど、女の子教育を始めたものな〜。

「早く女の子に馴染む為には我慢してね」

と言われてもなあ…、いきなりそんな物見せられても楽しめる訳ないよ。と、ぼやいているところに由美が来たけど、あれ?なんか嬉しそう。

「ミツコちゃん、今日からスーツ着なくていいからね♪」

えッ?何?ミツコちゃんって?

「今のあなたの戸籍上の名前よ。日生美津子、私の妹の…」

い・も・う・と…?

「名前はミツコ、字は美津子って書くのよ、前の字の満じゃちょっとね…」

お気使い恐れ入ります。確かに満子じゃ音読みされたら…って、そんな問題じゃなーい!何なんだ妹って!?

「言ったでしょ前に、戸籍を手に入れてたって…。あれって日生の籍に入れていたのよ。だから戸籍上はあなたが私の妹になるの」

妹…、俺が…?由美の…

「ちょうど良いと思うのよ。あなたの家ってお母さん早くに亡くなってるし、おじ様も研究所に篭りっぱなしでしょ?だから一人で居るよりは私の家に来た方がねっ♪」

ねっ、て言われたってなー。

(最初の被験者と美津子の名前の由来は後に知る事となるのだが、今の俺にはそんな事を考えている余裕は無かった。)

由美の妹になったのかよ俺…。あーあ嬉しそうに、もう好きにしてくれ。

「はいッ、保護スーツはもういらないから、パジャマと下着。起きられるようになったらブラも買わなきゃね♪」由美が持ってきたのはピンクのパジャマに花柄のプリントのパンツ。はぁ、これ着るのか…。

「じゃあ着替えましょう、先ずはお風呂ねっ」

まだ上手く動けないのでバスルームで身体を洗うところから着替えまで全部由美の世話になった。

「はーい♪きれいにしましょうね」って、俺は赤ん坊じゃないぞー!

恥ずかしいよなー、目隠しされてた頃の方が良かったかも…

「パジャマだからおしゃれは出来ないけど、下着は可愛いのたくさん買ってきたから」

紙袋の中は…一面の花畑だったり…あ、頭が痛くなってきた。

「手術で髪は剃っちゃったから伸びるまではこれね。まあ、髪は早く伸びる様に調整してもらったからすぐに要らなくなるとは思うけど」とロングヘアーのカツラを差し出す。

「いいよ、どうせ出歩ける様になるまでには伸びるんだから、このままで」

「だめよ!女の子らしくする為には形も大事なのっ」とカツラを付けられてしまった。

「髪はまとめておかないと」と両肩に垂らした髪にリボンまで…

「うーん、可愛い♪出歩けるようになったら可愛い服たくさん買ってあげるからね」

着せ替え人形にする気かよ、もうすっかり妹扱いだな、一人で浮かれて…。俺は由美の浮かれた様子に次第に苛立ち始めていた。

「ねっ『お姉ちゃん』って呼んでみて♪」と由美が嬉しそうに言った時、俺の我慢の限界が来た。

「一人で浮かれてるんじゃねえよ!コスプレじゃないんだ。確かに俺は女の身体になったし、それは理解してるつもりだ!でもな、頭の中身が切り替わった訳じゃないんだ。今の由美みたいにはしゃいでいる気分にはなれないんだよ!!大体自分の恋人がいきなり妹になっちまったのがそんなに嬉しいのかよ!!」

俺は髪に結んだリボンを毟り取った。強く引いた為カツラも外れて床に落ちる。

たちまち由美の表情が曇る、眼に涙が浮かんで、

「ごめんなさい、満夫さんの気持ちも考えないで一人ではしゃいで。でも私、死んじゃった筈の満夫さんが、姿が変わったとはいえ生きていてくれたのが嬉しかったし、新しい生活に早く馴染んで欲しかったから…、だから…、でも、ごめんなさい」俯いたまま部屋を出ていってしまった。

しまった、言っちまった…。由美自身も責任を感じて自分なりに俺の事を早く女の子に馴染ませようとして一生懸命なんだよな。今後も男に戻れる保証は無いし、違法なクローン実験も何処から情報が漏れるか判らないので何度も行う訳には行かないだろう。現実を直視すれば、今は嫌でもこの身体に慣れるしかないのに俺は…

由美に謝らなきゃ、とにかく彼女の部屋へ。俺はベッドから降りて…、くそっ、うまく動けない。運動プログラムが未完成な状態だからだ。俺の脳にしてみれば、今の身体は自分本来の身体では無いと言う訳か。

前の身体と今の身体では同じ動きをしても手足の神経から伝わってくる信号が同じじゃない。今の俺は自分の動きを見ながら、頭の中で次の動作を考えて修正しながら動いている状態だ。身体のバランスも悪い、何度も倒れながら由美の部屋へ漸くたどり着く。不自然に筋肉を使っているので恐ろしく疲れた。堪らず座り込んでドアをノックする。

「お父さんなの…えッ!?満夫さんどうしたのよ、こんなところで。身体の具合悪いの?苦しいの?大変!お父さん呼ばなきゃ」

由美は俺が荒い息をして座り込んでいるのを見て慌てていた。

「大丈夫だよ由美、無理に歩いて疲れただけだから」

そんな、まだ歩けない筈なのにどうして無茶するのよ、と言う彼女の声を聞きながら、

「さっきはごめん。女の子に早く慣れさせるようにって由美が考えてくれているのは判ってはいたつもりなんだけど気持ちの余裕が無いんだよ。でもいつまで悩んでいても何の解決にもならないからな、俺も前向きに努力するからさ、それが言いたくて…」

「だからって、なにもこんな思いしてまで」

「早く謝りたかったんだ」

「バカ、無理して…」とつぶやいている由美に、

「ま、とにかく出来るだけ馴染む様に努力するからさ『お姉ちゃん』はまだ勘弁してよ。さすがに恥ずかしいからね」

「やっぱりいきなりじゃ無理よね、ごめんなさい」漸く僅かに微笑んだ由美に向かって、

「今日は一回だけ特別だからね…」

えっ?と首を傾げる由美に、さっき毟り取ったカツラとリボンを差し出して、

「リボン取っちゃってごめん。また結んでね、…、…お、姉ちゃん」

うー、耳まで赤くなったのが自分でも判る。

「はいっ!♪」

この時の由美の表情は今でも鮮明に覚えている。嬉しそうに俺に話しかけながらリボンを結んでいる時の顔には俺が男の時には見せた事がない表情を浮かべていた。

(優しい顔だな、まるで…)

俺は子供の時に亡くなった母親の笑顔のイメージを彼女に重ねていた。

その夜は由美と一つのベッドで寝た。俺が疲れて彼女の部屋で動けなくなってしまったので、そのまま彼女のベッドで寝ようと言う事になったんだ。暫くの間他愛の無い雑談で時を過ごす。由美と一緒のベッドなんてもう無いと思ってた。なんだか話をしているだけで落ち着いてくるな。

気がついたら由美は寝息をたてていた。彼女の寝顔を眺める。由美も疲れてるんだな、俺の世話で。俺も、いつのまにか眠りに落ちて…

けど、俺はうっかり忘れていた。由美はいまだに寝るときに縫いぐるみを使っていたんだ。男の時は抱きつかれても問題無かったが、今は由美より一回り以上小さくなってる。気がついた時は寝ぼけた由美の腕が延びて来た時だった。

わー!俺は縫いぐるみじゃないぞ。

しかし遅かった。しっかり胸に抱き抱えられてしまう。由美の胸に顔を埋める形になってしまって慌てたが日頃俺の世話で疲れている彼女を起すわけには行かない。ここは我慢するか(あ、でも気持ちいいからこのままでもいいかも…)
それに、抱かれていると彼女の胸の鼓動が小さく聞こえてきてなんだか落ち着く。こんな気持ち久しぶりだな。最近は変な夢のせいで眠りが浅くて、夜こんな気分でベッドに入った事はないよな。…いい気持ち。俺は幼い頃母親に抱かれている夢を見ながら久しぶりに快適に眠ることが出来た。

その後も由美から誘われたり、自分から「えー、縫いぐるみの代わりに御用はありませんか?」とか言って由美のベッドに度々お邪魔する事になり、その度に気持ち良く眠る事が出来たけど、この日の由美の日記を見てたらちょっと考え直したかも…

 

【由美の日記】

昨日はミッちゃんが私の妹、美津子ちゃんになった記念の日。戸籍上は前からだけど姉妹って伝えたのは初めてよね。彼も(あ、今は彼女か)心境は複雑で私に当たったりもしたけど、最後に少しつっかえながらも「お姉ちゃん」って言ってくれて嬉しかった。耳まで真っ赤になって可愛かったなー。

これから、どう呼ぼうかな?「ミッちゃん」ううん駄目ね、これって小さい頃から呼んでたから男の子の時と変わらないよね。

「ミィちゃん」うん、これがいいや。子猫みたいに可愛いもの、イメージぴったりじゃない!

宜しくね、ミィちゃん♪

うふふふ、それに、もっと嬉しい事も…
昨日同じベッドに寝ていたら…、夜中に目をさまして「あれ?確か今日は縫いぐるみは無しだよね」と思ったら…、ひゃーッ!間違えてミィちゃん抱いちゃってる。私の胸に顔を埋めて眠ってるよー。あわわ、どうしよう。力が弱いから逃げられなかったのかな?でも起されなかったよね、気を遣ってくれたのかな?起きたら謝って聞いてみよう。

でも、ミィちゃん可愛いな。お肌も赤ちゃんみたいにきれいで、身体の世話をしてる時なんか、何度抱きしめたかったか…、ミッちゃん怒るに決まってるから出来なかったけど。でも今は良いよね、もう抱いちゃってるし。抱き心地なんか最高!柔らかくていい匂い。
ほっぺに触ってみよう…、わッ、柔らかーい…。キスしちゃお。うーん、もうこのまま食べちゃいたい。ママ…だって、小さい時の夢みてるのかな?パジャマの前を少し開けて直接顔が触れるように…、なんかお母さんになった気分。

あーん、もう縫いぐるみなんか要らない、毎晩ミィちゃん抱いて寝たいよー。今度、何か理由つけて誘ってみようっと。
それと、早く「ミィちゃん」「お姉ちゃん」って呼び合えるようになりたいな。

 

と、まあ、こんな事があったとは知らず、俺は快適な一夜を過ごして朝を迎えた。

「おはよう!ミィちゃん♪」

由美の嬉しそうな笑顔と全身の筋肉痛と共に。

(うひー、無理に動くんじゃなかった。痛いよー!…なに?ミィちゃんって?)

(続く)


薪喬です。前作では暗いままで終わってしまったので、今回はこの様なラストになりました。今後の満夫君の運命は、単なる由美のおもちゃか、或いは…
さて、次回第4話は少々時間を飛ばしてリハビリの途中から始まります。ミィちゃん、少しは女の子らしくなっているでしょうか…。(こらっ、ミィちゃんって誰の事だよ…by満夫)

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