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ミィちゃんと呼ばないで
(第二話)衝撃

作:薪喬


移植手術から1ヶ月近く経過、手術は成功で意識が戻るのも近いみたいね。良かった、ミッちゃん助かって。あのー、良かったと言うのはあくまでミッちゃんが助かって良かったって言ってるんだから、私の願望が叶ってとか言う訳じゃないんだからね。信じてね、お願い!
(おーい、由美ちゃん、君は誰に向かって言い訳してるんだ?)

【満夫】

何から話したら良いのだろう、今の俺の何とも言いがたい状況を・・・。俺自身最近になって一時のパニック状態から抜け出す事が出来たのだが、かと言って状況が好転した訳でもなく、これからの生活を考えると不安要素だらけ。
由美も言っていたが、今の俺は形の無い檻に閉じ込められた様なもので、しかも、いつになったら出られるといった保証も無い。当面は今の生活を続けるしかないが、取り敢えず俺の身に起こった事を話しておきたい。何故か今の内に話しておかないと自分の心が何処かに消えてしまいそうな不安があるからだ。

今晩もまた訳の判らない夢を見るのだろう。いや、次第に夢の意味がはっきりしてくるようだ。そして、その度毎に自分が別な人間に変わって行く様な気がする。そう、夢が現実に滲み出してきて俺の心を侵食して行く様な…。そう自覚している内はまだ俺は正気なのだろう、そう思いながら俺の身に起こった事を最初から整理してみよう。

それは、自動車事故から始まった…

 

【事故の記憶】

事故は常にそうであるように突然だった。
その日、ハンドルを握っていたのは恋人の由美、俺は助手席で左車線の前を走るトラックを気にしていた。

(荷台の上で鉄骨がぐらついてるじゃないか、ワイヤー固定が甘いな)

車間距離を取った方が、と言おうとした瞬間、トラックの荷台の上でワイヤーが踊るのを見た。

(ヤバイ!ワイヤーが!!)

そして、ワイヤーの固定を失った鉄骨が荷台の上で大きく動いた為か、トラックがバランスを失い大きくふらついた挙句にガードレールに接触、積荷の鉄骨がこちらの車に向かって崩れ落ちて来た。由美の悲鳴と急ブレーキ、タイヤが軋む音。しかし、鉄骨は目の前に迫ってくる。

(間に合わない!!)

そこから先はモノクロのスロー映像の様な記憶になっている。
こちらに向かって崩れ落ちてきた鉄骨が、窓を突き抜けて自分の身体に向かって来るのを他人事の様に眺めていた。そして衝撃…。何故か痛みは感じなかった気がする。

(腕のスペアじゃぁ間に合わないな)そう思いながら俺の意識は急速に薄れていった。

腕のスペア…。俺はその日、自分の腕のクローンを見に行った帰りだった。
人間そのもののクローン製造は禁止されていたが、事故に依る欠損や病気での切除部位を補う意味でのクローン製造の研究は急速に進んでいた。
俺の父親である坂崎俊勝も研究の最前線にいる一人であり、友人で共同研究者の日生政信(由美の父親)もまた同様だった。二人は同じ大学の教授であり大学病院(クローン再生治療専門の)の敷地内に共同の研究所を構えていた。

ある日、日生教授から電話で、
「満夫君、ちょっと君の腕を借りたいんだが」

「えっ!オジサン(家族付き合いなので普段はこう呼んでる)正式なスタッフでもないのに何でわざわざ僕に?」

行って見たら細胞のサンプルを取られただけだった。

(何だ?サンプルなら誰でもいいじゃないか)

俺は拍子抜けして家に引き上げたが、その時に日生教授の意味ありげな視線だけは少し気になっていた。

そして、そんな事も忘れてしまったある日

「君の腕のクローンが出来たよ」と嬉しそうな日生教授からの電話。

「えっ!そんなもの作っていたんですか?本人の承諾も無しに」

「腕を貸してくれって言ったろ(笑)」

…この人の冗談は全く笑えないな

「まあ、いいじゃないか君の親父さんも了解済みだしね、見に来るかね?」

そりゃぁ勿論見に行きますよ、自分の腕だ。ついでに由美と帰りに食事にでも行くかな。最近食事に行く回数も減っていた事だし…

 

大学で合流した由美と一緒に研究所に向かう。
しかし何だ?最近の由美の意味有り気な視線…。何?って聞いても「…あはは、何でもないのよ」って笑ってごまかされるし。俺と会っていても別な事を考えている様な気がする。俺は恋人としては物足りないのかな?年下だし、最近まで弟扱いだもんな…。まあ、食事をOKしてくれた事は良かったな。義理とかではなく嬉しそうだったし、大学で合流した時も最近珍しい事に少し甘える仕草をしてきたから、まだ見込みは有ると言う事か。

(勿論、当時の俺は由美が抱えていた問題など知る由も無かった)

「お父さん」

「おっ由美も一緒に来たか」

「形になってきたんですよね?」

「ああ、これで満夫君いつ腕が取れても大丈夫だ。何だったらついでに1本余分に付けてみるかね?何かあった時の為に『奥の手』とか…(笑)」

「気持ち悪い!お父さんの冗談は笑えないから止めて!!」

ホント、いつもこうだからなあ。

「ねえ…、本当に見るの?」何だか複雑な表情だな、何でだ?

「だって、その為に来たんだよ」

「私は見ないわ。ねえ、それよりこの後」「うん、判ってる」

後で食事に行く予定だったが…、うーん、筋肉を慣らす為に電気信号で腕だけが勝手に運動している光景は原理は判っていても見ていて気持ちのいい物じゃない。それも自分の腕だからな…

(…食欲無くなりそう)気を取りなおして研究所を出たけど、何で俺の腕のクローンなんか作ったんだ?由美にも聞いたけど「さあ、私も良く判らない」と言ってた。でも、これは嘘だな、彼女の表情がこれは訳有りの実験だと語っていた。

まあ、深く追求はしないさ、食事が不味くなる。由美も機嫌が良いし、こんな時は余計な事は忘れよう。さて、食事は何処にするかな…

そして、事故は食事に向かった先で起きたのだった。

【悪夢】

暗い…。何モ見えない。俺は今何処にゐるンだ?「アッチャン助けテ!」俺ノ頭の中に響いテいる言葉だ、誰の事だろう?真っ暗、イヤ、何か見えル。子供?チイサイ頃の俺じゃないか、デも何で俺がオレを見ていルんだ?見ている俺はダレ?身動き出キない。狭い部屋にトじ込められているのか?外にデタイ。で・も、アタシの手足ハ何処にある?

「…サン…ミツオサン…満夫さん!!」

(ん?ダ・れ?ユ…み…オ・レは…)呼びかける由美の声に次第に意識がはっきりしてきた。

そう…か、あの時車がトラックから落ちた鉄骨に突っ込んで俺の身体は…。それにしては痛みがないな。
でも身体を動かせない。脊椎損傷?いやその割には手足の感覚はある。でも神経にゴムの膜でも被さっている様に感覚が鈍いし手足に全く力が入らない。

ここは?どうやら親父と日生オジサンの共同研究所か…、何で病院じゃないんだ?

「気がついたのね!よかった」

目の前に由美の涙に濡れた顔があった。良かった…、由美に怪我は無いらしい。

「ごめんなさい…、私のせいでこんな事に」

(君のせいじゃない。あの場合誰でも避けられないよ。君だけでも助かって良かった)

彼女に話しかけようとしたが。

「ゆ・ミ・・キみの・・」

何だ?!上手く言葉が出ない。声もか細い女の子のような声しか出ない。いったいどうなったんだ、俺の身体は!?

「まだ、身体に馴染んでいないから無理もないな」親父の声…、だよな。

「四肢を動かそうとする意思が見られるし、神経の接合は問題無さそうだ」日生オジサンか?

「無理しないでね、新しい身体に馴染むまで私がずっと一緒にいるから」由美の涙声。

新しい身体?まさか、今の俺の身体は…

「意識は鮮明になってきた様だな、説明を…」と親父。

「待って!私がします」と由美が遮って説明を始めた。

「落ち着いて聞いてね」

俺の聞いた話。それは事故から既に1ヶ月も経過していた事、そして俺の身体の事…

やはりそうか。今の俺の身体は、俺自身の細胞から作られたクローンボディだった。
現場で緊急処置を行い酸欠による脳へのダメージは免れたものの、身体の方は半分近くが鉄骨で潰されていて、救急隊が到着する寸前まで心臓が動いていた事自体が奇跡と言える状態だった様だ。

取りあえず人工臓器で命を繋いだものの、臓器の大半が失われた状態では救えるのは頭部だけとなっていた。これでは部分再生のクローンパーツでは間に合わず、結局全身のクローンを作って脳を移植するしか手段が無かったと言う事だった。俺の意識が無かった1ヶ月近くは、身体に注入されたナノマシンが神経の接合と損傷部分の修復を行っていたらしい。

全身のクローン再生は完全に違法行為だな。おまけにぶっつけ本番でいきなり手術が成功する筈がない。親父たちどのくらい前から研究やってたんだ?裏で結構危ない橋を渡っていたんじゃないか?まあ、おかげで助かったのだから文句は言えないかな…。

まてよ?いくらクローンの高速増殖技術が発達していると言っても1ヶ月ってのは早過ぎないか?確かに身体は小さい様だけど。それに、仮に1ヶ月でクローンが出来たとしても、脳の神経接合にナノマシンを使って微細な部分の接続に1ヶ月近くかかったと言ったよな。計算が合わないじゃないか、俺の事故は1ヶ月前だぞ。これじゃあ、俺が事故で死にそこなった時点でクローンが出来ていたと言う事になるけど…?

由美にこの疑問を伝えると一瞬困った様な顔をして説明を始めた。

「実はね、7ヶ月程前にクローン制作が始まったの。あなたに黙っていたのは悪かったけど、最初はシミュレーションだけで終わらせるつもりだったから。それが色々理由があって実際にクローンが製造される事になって、偶然にもあなたの事故の時にクローンが出来ていたのよ」

ふーん…、その「色々な理由」ってところを是非聞きたいもんだけど、まあそれは後でいいか。どんな理由があったにせよ俺が助かった事に文句を付ける気は無いからな。それにしては日生オジサンはそれとは別に俺の腕のクローンを作っていたのは何でだ?まさか本当に3本目の腕を付けようと…

馬鹿か俺は…。まあそれはいいとして腕のクローンなら、その時点で出来つつあった俺のクローンがあった訳だし、何でわざわざ俺からサンプルを採取する必要があったんだ?これも変な話だ。

そんな事を考えている間にも由美の説明は続いていた。

「あなたの脳を移植したのは1ヶ月前だからクローン培養としては6ヶ月目ね。でも6ヶ月ではやっぱり時間が足りなかったのよ。成長途中の身体に移植するしかなくて、今のあなたの身体は14、5歳くらいの年齢なの。それに、筋肉をコントロールする運動プログラムも未完成だから自分で動けるまでは時間が必要よ」

俺は電気信号で運動していた自分の腕を思い出した。クローンパーツに本人の脳と同じ制御パターンの信号を送って運動させる事により、リハビリ期間を短縮する為の技術だったが今回はそれが間に合わなかったと言う事か。
そうか、今の俺は外見は中学生で中身は寝たきり老人の様なものか。どうりで身体が思うように動かない筈だ。でも、それ以外に感じる違和感は何だ?俺は説明を聞きながらも、由美の複雑な表情が妙に気になっていた。

その日の夜は奇妙な夢を見た。夢?と言えば夢なんだろうが…、なんだかガラクタの入った箱の中身をぶちまけた様な、意味を成さない映像と言葉の欠片が頭の中を駆け巡っていた、そんな感じの夢だった。意味のある映像や言葉も少しだが見つかった。家の中の母親の部屋、その部屋の姿見に映った自分…、いや、母親の姿…、何で一瞬自分なんて思ったんだ?親父の顔、由美の両親の顔、何故か俺の姿…、鏡に映った姿ではないし、何で?と思ったが、どうせ訳の判らない夢の一部だ。見覚えの無い女の子の顔もあったが、何故か心の底では「これは*&#ちゃん」と認識しているもう一人の自分がいる。言葉にしても「アッチャン」って何だろう?前にも夢に出てきた様な、これも心の底では「知っている」自分がいるみたいだ。「名前何にしようかしら…」何で女言葉?「ごめんね、駄目みたい」最後の言葉だけど、誰の最後なんだ?「ミツコ」人の名前、それとも香水?何でこんな事覚えているんだ?

疲れた…。夜中に何度も目がさめて、その度に訳の判らない夢の記憶に悩む事の繰り返しだった。こんな事なら眠らないで起きていた方が余程ましだ。

そんな事を考えている時だった。

「満夫さん大丈夫?うなされていた様だけど…、身体の具合は?何処か痛いとこ無い?」

由美が心配そうに覗き込んでいた。やはり心配で部屋を覗きに来たらしい。

「大丈夫だよ、変な夢を見ていただけだから。これって手術の影響なのかな、それとも事故の…」

「まあ、そのあたりは検査結果を見ないと何とも言えないけど、事故のショックもあるかもしれないわね」

その後二言三言話しをする間に俺は再び眠りに落ちた様だ。由美が傍にいてくれたので安心できたのだろうか、その後は何故か変な夢は見ないで朝を迎える事が出来た。しかし、起きた時に俺の頭の中に残っていた台詞、あれは何だったのか…

「大丈夫よ、お姉ちゃんがついているからね」

眠りに落ちる前なのか夢の中で聞いたのか、今となっては良く判らないが、本当に言っていたとすれば俺はまだ弟扱いか…。まあ、只でさえ年下なのに今度は14、5歳じゃぁ弟にされても仕方ないか。

(今後は恋人としての付き合いは出来なくなるのかな…、とその時は考えていたのだが、その後に知った現実は更に俺を打ちのめす事になる)

 

【発覚】

翌日からリハビリのプログラムが始まるものと思っていたが、どうやらそうはいかないらしい。何だか変な服を着せられている事に気が付いたのは朝食の時だった。前日より僅かではあるけど身体を動かせる様になった俺は、自分で毛布を捲くってみたけど…、何これ?宇宙服の出来損ないみたいな変な服。おまけに手まで覆っているじゃないか・・・

由美曰く、

「培養槽から途中で出したので、皮膚がまだ弱いのよ、普通の衣類だと擦れるだけで皮膚に炎症を起すほどにね。だから全身に保湿と殺菌作用のあるクリームを塗って専用のスーツで保護する必要があるの、あと2〜3週間位は我慢してね」

「えー!そんなに長いことこの宇宙服に入っているのかー?」

「保護スーツよッ!これが無いと培養液の中に酸素チューブを咥えて1日中潜っていなければならないんだから。意識の無いうちはそれで良かったけど、今そんな事出来ないでしょ?」

「顔は出ているよ…」

「衣類で擦れたりする事が少ないからね、その代りコーティング剤で覆っているでしょ」

あっ!そう言えば顔が強張っているような気がしたけど、これって女性のパックの様な物だったのか、パックよりは顔に良く貼りつく様で、食事も会話も問題無いみたいだけど。部屋に鏡が無いのが幸いと言うべきか、想像すると俺はかなり情けない姿になっているらしい。

俺は何とも言えない思いで、自分の着ている保護スーツを見ていた。

翌日になっても相変わらず初日に感じた自分の身体に関する違和感は消えていなかった。分厚い保護スーツの為に自分の身体を見ることは出来ないのだが、14、5歳と言うわりには華奢過ぎないか?自分の目で見たいのだが、自分でスーツを脱ぐことも出来ない。トイレに関してはは小さい方はチューブで排出されてるから問題無いけど他は由美の世話に…、うぅ情けない。食事から保護クリームの塗り替えまで全部由美がやってくれているのだが、俺を裸にする時は目隠しをされてしまう。

「だって、見られてたらこっちが恥ずかしいわよ!」だってさ。

なにしろこちらは力が全く出ないし身体の感覚が鈍くなっているので、抵抗したくても出来ないのが情けない。それと、今の自分の声。話をするのは何とか問題無くなったが、変声期前の身体としても自分で聞いていると高くて女の子の声みたいな…、自分自身で聞く声は実際に出している声と違うのは判っているけど周りにはどう聞こえてるんだろう?もしかして実際の俺の身体は小学生位で、ショックを与えないように14、5歳と言っているのか?それとも…いや、まさか有得ない…。しかし俺の疑問の解ける時は突然やって来た、そのまさかの回答となって。

由美はいつも通りに俺に目隠しをしてスーツを脱がせて身体を拭き始めたのだが、今回は目隠しがずれていた。
そこで、俺の視界に映った物、それは男には無縁な…

「由美、何で俺の胸が膨らんでいるんだ?」

ひっ!と小さく声を出して由美の肩が一瞬震えた。ゆっくり振り返る…

「見られちゃったね」由美は眼に涙を浮かべていた。

「いつまでも隠せるものじゃないのは判ってたけど」

俺は上手く動かない身体を無理やり動かして自分の身体を見た。小さいながらもそれと判る乳房、有るべき物を失った下腹部、目隠しの訳がそこにあった。

「何故だ!この身体は俺のクローンなんだろう、なんで女の身体なんだ?!それとも、これは親父たちの違法実験の続きかよ。どうせ死ぬなら勿体無いってか!俺は奴らのモルモットなのかよ!!」

自分の身体の現実を知らされたショックと自由に動けない身体への苛立ちで、俺は感情を押さえられなくなっていた。
出来もしないのに立ち上がろうとして、ベッドから転げ落ちそうになり由美が慌てて俺を抱きとめる。

「満夫さん!訳は話すから落ち着いて!モルモットなんかじゃないわ、これ以外に方法が無かったのよ。お父さんたちだって面白半分に手術していた余裕なんか無かった事は事故の状況を聞いて判っている筈でしょう?だからお願い、話しを聞いてちょうだい!!」

泣きじゃくりながら俺の身体を抱きしめる由美の涙が裸の肩に熱かった。俺は急速に身体の力が抜けていくのを感じていた。

(続く)


薪喬です。「ミィちゃん…」2作目ですが、いやどうも暗いままで終わってしまいましたね。これで第一話冒頭の話にどうやってつながるのか?まあ、そのあたりは連続投稿の第3話で…

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