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fit…
作:薪喬


(幼い頃)

 はい、撮るから動かないでね。 ふふふ、本当に可愛いわね、お姉ちゃんの着物ぴったり。
とても男の子には見えないわね。 さ、あなたも一緒に撮りましょ、二人で並んでね。
「うん♪」


【美紀の部屋】

 今日はコォちゃんとデート♪ふふっ、楽しみだな〜、デートらしいデートって始めてじゃない?
遊園地に行って帰りはショッピング。

後のお楽しみは夕食よね、彼の部屋で作ってあげるんだ。
外でする食事より美味しいって自信あるもんね。
で、デザートはア・タ・シ…、なんて(キャッ!♪)

はぁ〜、そうなれば良いんだけど…。

 中学の時に知り合ってから6年になるけど未だにキスもしてくれないのよね。
私の事好きじゃないの? ううん違うよね、大切に思ってくれてるのは判ってるもの。
でも、私が甘えようとすると一瞬引いちゃうのよね、なんでだろう?…。

 それでも今日こそは特別の日にしたいな。
彼、このところすごく優しいもの、私の気持ち届いてるといいな。

服…、なに着て行こう?
彼、派手なのは嫌いみたいだから、うん、これにしよう、淡いピンクのワンピースっと。
下着は…、一番のお気に入りだけど、見せることになったらどうしよう。
やだー!恥かしい。

 …なに考えてるんだろ私…。
時間は…と、まだ早いけど、いいや、行っちゃおう♪


【幸一の部屋】

(うーん、今日は美紀とデート。 約束したから仕方ないけど、デートねえ…)
と思ってたら、誰か来たのか?ノックの音がしたけど。

「おはよう、コォちゃん♪ ちょっと早いけど来ちゃった」 (げっ、美紀だ。 もう来たのかよ)

まあ来ちまったものは仕方ない、部屋に入れない訳にはいかないし。

「おーい、約束は昼に駅前だろ。 今8時前だぞ、お前の『ちょっと』ってのは何時間だよ?」

「えへっ、ごめんなさい。 待ちきれなくて来ちゃった。 朝御飯まだでしょ?ついでに作ってあげるね」

キッチンに掛かっている自分用のエプロンを着けて、馴れた手付きで食事の仕度を始める。

まあ、いいか…、美紀の作る食事は何でも美味いしな。

それにしても今日はピンクのワンピースか。
普段のラフな服装でも充分可愛いけど今日は一段と…、連れ出したら周りの男どもが羨ましがるだろうな。

 えっ、そんな可愛い子とデートで乗り気じゃないのは何でだ?それは色々と訳がね…。
事の始まりは10日前、デートの約束をする前の日の事だったんだ。


(10日前)***************************************************************


【奇妙なプログラム】

「幸ちゃん、変なプログラムみつけたんだ、ちょっと見てよ」と美紀。

「何?新しいHゲームとか?」

「そんなのじゃないよ、ウィルスプログラムの一種だろうけど、面白いんだ♪」
(このPCマニアめ、何を拾ってきたんだ? ハッカー紛いの事もやってる様だし)

「大丈夫か?PC壊れても知らないぞ」

「面白いから操作メニュー画面を作って見たの、これ見てよ」

画面上には「Fittre」のタイトルの操作画面が表示されていた。(ん?間違ってるぞ・・)

「Fittre?何だ、Fitterの間違いじゃないか?」

「最初はそう思ったけど、Fit it to the resultの略みたいだね、Fitterにも引っ掛けてると思うけど」

直訳すると「結果にそいつを合わせろ」って意味だろ、どんなプログラムなんだ?

画面が切り替わってPCの画面上にはありきたりの表計算ソフトが表示されていた。
こいつに問題のプログラムが寄生しているのか?。

適当な計算式を入れてみてと言われて、面倒なんで[=1+1]と入力してやった。
もちろん、入力後はセル内に結果の[2]が表示される。

「なにそれ?やる気ないな、まあ見てて」と美紀は不満そうに俺の入力したセルに[3]を入力した。

普通の表計算なら、3を入力した時点で、セル内の式はキャンセルされて数字の3だけが残る筈だが、次の瞬間、3と表示されたセルが一度に20個も表示された。 (何だ、エラーか?)

「セルの中を見てよ」と言われるままに見てみると[=1+2]、[=3*1]、[=4-1]…と、計算結果が3になるような計算式が全部入っていた。 (どう言う事だ?)

その後、計算式だけでなく文章の一箇所を書き換えると、前後の脈絡が合わなくなった文章を意味が通る文章に書き換えた物が、同じように20種類一度に表示された。 (どうなってるんだ?薄気味悪い)

「どう?これは結果を書き換えると、答えを満足するために途中の式やデータを自分で書き換えてしまう動作をさせるの。 計算式や文章は条件を限定したから20までしか出なかったけど、条件に制限が無ければPCの能力限界まで達してフリーズするかもね」 美紀は得意そうに説明を始めた。

「やっぱりヤバイじゃないか、そのプログラム、と言うかウィルス…」

 美紀曰く、条件を付ければ飼いならせるそうだ。

このプログラムはコンピュータとシステム全体のグレードが高い程能力を発揮出来るらしい。
選択肢が大量に作れるから、辻褄合わせがより完璧に出来るとの話だった。

だから、大きなシステムにこれを仕込めば、自分の望んだ結果を入力すると、コンピュータシステム自身が結果に合う様に関係する情報を都合よく書き換えてくれるとの事だった。

普通のハッキングとは意味が違うな、なにしろコンピュータ自身が答えに矛盾が出ない様にデータベース上の情報を勝手に書き換えてくれるんだから。

例えば、免許の反則点数を0に書き換えると、元データの反則履歴が0に書き変わる様な事も出来る、それも点数を0にするだけで、後は放っておけばいいんだから楽なもんだ。

「金儲けも出来るのか?」

「株のPCに依る自動取引なんかがいいよ。
設定価格で売買の自動発注をするシステムだけど、株価自体をこちらが希望するように操作出来たら、絶対に損は無くなるね。
しかも価格操作は株取引システムが内部で辻褄が合う様に自分で書き換えて、外部からのアクセス記録も消してしまえるから、余程でたらめな価格操作をしなけりゃ絶対に判らないよ。
証券情報の株価予測価格推移の範囲でやればいいんだから」

「おまえ、危ない奴だな、本当にそんな事する気かよ」

「いや、もうやっちゃった、50万程ね。 ついでに取引記録も抹消して証拠も無し…」

「・・…」 やったのかよ、おい。

こいつの救いは大きな犯罪を犯す気が無い事だな、自分の興味だけで後はちょっとした小遣い稼ぎが出来れば良いと考えてるんだよな。 ハッカーには有りがちなタイプってか?

俺としてはギャンブルで稼いだ方が罪の意識は少ないけどね。

「宝くじはどうなんだよ?当選番号の書き換えは出来るだろ?」

「うーん、出来ると思うけど新聞発表が残るよ、印刷物は書き換えられないからね。 でもどうなるか試しにやってみようか」

美紀は面白がって夕方に発表される宝くじの当選番号を書き換える事にした。

この時の一言が取り返しのつかない事になるとは、この時点で二人とも想像もしていなかったんだ。


(現在)***********************************************************************


「デートらしいデートって初めてじゃない?いつも一緒に出掛けるのってパソコンショップとか、コンピュータ関係の施設ばかりだったよね」

美紀は俺の腕に自分の腕を絡ませて嬉しそうに話しかけてくる。
(そりゃ、お前の趣味だったからな。 あ、こらっ、そんなにくっついて来たら変な気に…)

本人は気にしてる様子は無いけど、美紀が嬉しそうに腕に絡みついてくる度に俺の腕に美紀の胸が当たってくるんだよな(あ、柔らかい。 ノーブラかよ、また着け忘れたな)

その感触を感じてこっちはドキドキしちまう。 (美紀のやつ全然意識してないからな、人の気も知らないで困ったもんだ)

遊園地に行ってからも美紀は終始ご機嫌で俺に甘えてくるけど、俺は微妙に避けるのに苦労し続けていた。

 ん?なんでそんなに苦労して付き合ってるのか?そんなに嫌なら別れちまえって?
とんでもない!俺は美紀の事が大事だし、俺の事を一番理解してくれてるのも彼女なんだよ。
美紀は性格も素直だし、家事も大好き、特に料理はプロ級…。
妹か?外れ! 結局のろけてるのか?自分がもてるのを自慢してるだと?それも違う。
まあ…、すぐに判るさ。

遊園地の後はデパートでショッピングに付き合わされる。

それにしても女の子の買い物は長いねぇ。(ふー、疲れるよホント。 前は必要な物だけ買ったらさっさと帰ったもんだけどな)

「ねぇ、これなんかどう?」「あっ、これ可愛い!」とか、なかなか決まらない。

下着売り場まで付き合わされたのには参ったな、さすがに逃げたけど。

やっと一区切りついてデパート内の喫茶店で一休み、美紀は美味そうにパフェを食べている。
(こうして見ているとホント、可愛いよな、でも…)

「あたしたち、知り合ってから6年にもなるよね」

(うん?何か記憶に引っ掛かる事でもあるのかな)

「あたし、前の学校での虐めが原因で転校したのよね。 転校した時は不安だったけどコォちゃんと出合えて良かった。 とても優しくしてくれたから、嬉しかったの…」

美紀は嬉しそうに、俺達の出合いからの想い出を語り始めた。

俺達の将来の事もさりげなく話題に入れて話しているので、美紀はどうやら今日という日を特別な日にしたいらしい。 おまけに、

「晩御飯、楽しみにしててね。 それと…、あの…、あたしの料理って毎日食べても飽きないかなぁ?」

美紀、顔を赤くして俯き加減で上目使いに俺を見て言った。
(げっ!それって、俺と将来…、って事なのか?)

でもなぁ美紀、俺達の想い出話は概ね間違いは無いんだけど、たった一点違っているんだ。

お前は覚えていないだろうけどさ、10日前まではお前は美紀(みき)じゃなくて美紀(よしのり)、もちろん恋人じゃなく友人。

(男だったんだよお前は…)

はぁ〜、あの時俺の記憶も書き換えられていたら悩む事も無かったんだけどな。


(再び10日前)*********************************************************


【化け物?】

 宝くじの当選番号が発表されると同時に、美紀は銀行のシステムにハッキングを仕掛けて当選番号を書き換えて、電話で報告してきた。

「成功!簡単に書き換えられたよ。 でも、今の時点でテレビでも発表されてるし、新聞にも載るから番号を戻さないとね」 嬉しそうにそれだけ言うと、そのまま電話を切ってしまった。

まったく、嬉しそうに…、まぁ騒ぎにならない内に戻しておいてくれよな、と思いながら俺はテレビのニュースを横目で見ていた。

『本日19時頃、**市郊外にある素粒子研究所の超高エネルギー粒子加速器が試験運転に成功しました。 この加速器のエネルギーはマイクロブラックホールを形成して、狭い範囲ながら時間と空間も歪ませる力があると言われており、20分間継続して順調に作動を・・#%$…・』

(近くにある研究所だよな…、ふーん、そのうちタイムマシンでも出来れば面白いな…)と思いながら俺は翌日提出の課題に取りかかった。

 翌日、1限目の授業には出てこない事の多い美紀が珍しく教室に来ていた、それも深刻な表情で。

「ちょっと話があるんだ、この授業抜けてくれない?」(何だ?こんな朝早く、嫌な予感…)

取りあえず図書室に移動して話しを聞く事にする。

「おかしいんだよ何か!」 開口一番これかよ、何をやらかしたんだ?

「宝くじの当選番号が書き換わってるんだ」

「それはお前が昨日書き換えたからだろう?」

「そうじゃないんだ、新聞発表もTV発表も僕が入力した番号に書き換わってるんだよ!」
(えっ、どう言う意味だ?)

「そう言えば活字は書き換えようが無いよな。 でも新聞は印刷前にお前の入力した番号に差し替えたかもしれないじゃないか?」

「それは有り得るけど、決定的に違うんだ! 僕が昨日当選番号のチェックの為に録画していたビデオ映像の番号まで入れ替わっていたんだよ!!」

「なにぃー!?」俺はメモ帳に使っているノートを取り出した。
書き換える前の当選番号を控えていたんだ…、美紀がドジって番号を忘れた時の為に。

そこに見たものは…、俺が書いた覚えの無い数字、それは美紀が書き換えた当選番号そのものだった。

(俺はこれを書いた時点では美紀の書き換えた番号を見ていないし、明らかに自分の書いた記憶と違う番号に変わっている…)

 どう言う事なんだ…。 俺達は呆然とノートの数字を眺めていた。

やがて、美紀が「これって、過去に遡って情報が書き換えられたと言う事だよね」と呟いた。

「おい待てよ、あのプログラムにそんな力があるのかよ? 過去の情報はともかく、手書き文字まで書き換える様な…」

「そんな訳無いよ!情報の操作を行うのは、あくまでコンピュータシステムだからね。 過去の手書き文字を書き換える様な能力なんか有る訳ないもの。 もっとも、過去に干渉出来るようなシステムがあれば、そこに介入して過去を改変するかも知れないけど…」 (えっ!それって、まさか…)

「美紀!昨日のニュースを見たか?」

「いや、宝くじの当選番号以外は見てないよ。 例のFittreで別な事を試してたからね」

「何を試したんだ?」

「戸籍の性別の変更♪ ほらっ、性同一性障害の人って外見は手術で変えられるけど、この国って戸籍の性別は変えられないよね。 そんな人の為に役に立つかなと思ってさ…。 なにしろ100年前の意味の無い法律でも変えろ!変えない!で揉める様な国だからね」

「本当に変更したのかよ?モルモットは誰だ」

「僕と幸ちゃん…」(げー!!)

「おっ、お前なんて事を、しかも俺まで…。 美紀!今すぐデータを戻せ、大至急!!」

「うん、試しただけで戻すつもりだったけど、なんで急ぐのさ?」

俺が昨日の粒子加速器の件を説明し始めると美紀の顔色が変わっていった。

美紀は面白いオモチャを手に入れたつもりでいた様だけど、あのプログラムは実はとんでもない化け物だったみたいだ。

ネットの中を何処まで触手を延ばしているのか、見当が付かない。

美紀が拾ったのはプログラムの一部、興味を引く為の餌だったと言う事なのか?

「でも…、どうして?粒子加速器のシステムなんてネットに接続されているとは思わないけど。 外部の干渉を防ぐ為に閉鎖系システムになってるんじゃないの?…」

「データ解析にスーパーコンピュータを接続する事も有るだろうさ、それも研究機関用にネット接続されているやつを。
外部接続が開放されていたとしたらどうする? しかも、指示を出したのが人間じゃないとしたら。」

「それは…、あるかも。 えっ!それじゃぁ…」

「とにかく、粒子加速器が始動しない内に早くデータを戻すんだ。
まだ試験運転で昨日は20分間しか動いていないけど、データを戻す前に作動したら俺達どうなるか判らないぞ、当選番号をを書き換えた様に俺達の過去も書き換えられたら…」

「わぁー!幸ちゃんどうしよう」 (泣くなー!!)

とにかく、データを早く戻せと美紀を急かしたが。

「駄目だ、PDAじゃアクセス出来ないよ…、恐らくブロックされてるんだ。 僕の家のPCか幸ちゃんのPCならソフトの本体が入ってるから…、あっ、まずい!」

「どうした?」

「ネット情報で、加速器の試験運転2回目は今から30分後だって…」 (へっ!?)

俺の頭の中は一瞬空白になったが、気を取りなおして、

「俺の家の方が近い、先に行くぞ!データを戻す手順を教えろ!」

「教えてたら間に合わないからプログラムの停止方法をメールで送っておくよ、止めさえすればデータを戻すのは後で大丈夫だからね。 僕も後から行く!」

 頼むぞ、と言い残して俺は自分のアパートの部屋に急いだ。
走れば20分で到着出来るから、時間は何とかなるとは思うけど、こんな時は気持ちばかり先に行ってしまう。 (くそ!足が動いていないみたいだ、もっと早く…、こんな日に限ってタクシーもいない)

アパートに到着、階段を駆け上がって部屋に飛びこむ。
息を整える間も無く、とにかくPCの電源を入れる。
(早く立ちあがれ!早く!! メールは?よしっ!来てる)

携帯を別なPCに接続して停止方法を画面に出しながらメインのPCが立ち上がるのを待つ。

システムが立ちあがった。 時間を確認、あと5分も無い!(何とかなるか!)

メールの画面を見ながらFittreの起動を行う(早く出ろよ起動画面。 もたもたするんじゃねぇ!! …出たっ!)

手順に従って操作画面を出して停止メニューから「動作凍結」を選択し、再確認のパスワードを入力して、リターンを押す。(時間は!?)

時間を見ると残り0分! 間に合ったのか?! (うっ、気分が悪い)

瞬間、軽い眩暈が襲ってきた。 机に手をついて堪える。 (何だ?今のは、まさか・・)

いや、急に思いっきり走ったから気分が悪くなっただけだ、と自ら言い聞かせて自分の身体を確かめるが、何処と言って変わったところは無い。
念の為鏡を見ても毎度見飽きた俺の顔が映っているだけだった。

(ふー、なんとか助かったな)と思いながら、PCの画面を見ると…。

デスクトップ上には何も表示されていない。(なんだ?プログラムが停止しただけじゃないのか?)

Fittreの操作画面が消えてしまっている。

(何だろう?まあ、待ってれば美紀も来るし、下手にいじってプログラムが再起動したら困るしな。
でも何かまだおかしい…、あれ?いつのまにかメールが消えてる!?)

別なPCに出していた美紀からのメールが画面から消えている。 携帯の着信記録を見ても今日の日付の着信記録が無くなっていた。

そんな馬鹿な、そうだ!美紀、先ず美紀の無事を確かめないと始まらない。



【美紀(よしのり)】


 俺はアパートを出て、先程走ってきた道を逆に大学に向かって急いだ。 その途中に。

女の子が道端に屈みこんでいた。どうやら転んで膝を擦り剥いた様だ、痛そうに血が滲んだ膝を押さえている。(泣いてるのか?美紀を探すのも大事だけど、放っても置けないな)

「大丈夫?」と呼び掛けた声に女の子は顔を上げた(わっ、可愛い)

俺を見上げている女の子は、俺が今まで見た中でも一番と言える(と言うか、好みの)女の子だった。

長い髪と涙に濡れた瞳が堪らなく可愛い。 一瞬美紀の事は頭の中から追い出してしまっていた。

(さて、声を掛けたけど、どうする?…)と俺が考えていた時、女の子は俺の予測しない行動に出た。

いきなり俺に抱きついてきたんだ(あ、柔らかい、いい匂いだな…、じゃない!何なんだぁ?!)

「わー、コォちゃん、ひどいよ〜、いきなり『急用だっ!』って言って走り出しちゃうんだもの。
あたし追いかけたけど転んじゃったよ〜」

(えっ!コォちゃんってまさか、この娘…)俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

「お前、じゃなくって君、ああ・・、どう言えばいいんだ?美紀(よしのり)か?」

「ヨシノリって誰よ〜、あたしミキだよ、コォちゃんこそどうしたのよ?」

(まさか、そんな…、間に合わなかったってのかよ…)「俺が誰だか判るの?」

「何言ってるのよ…、ねぇどうしちゃったのよ。 まさかコォちゃんも転んだの?頭とかぶつけなかった?」

俺がその場で固まってしまったので、ミキと名乗る女の子は自分の膝の傷も忘れて俺の頭を撫でまわして心配そうにしている。

なんて事だ、間に合ったと思ったのに、不完全な形で過去の改変は行われてしまったらしい。

 とにかく、彼女が本当に元は美紀(よしのり)だったか確かめなくてはならないな。

でも、美紀だったとして、過去を書き換えられてどの程度以前の記憶が残っているんだろう?下手な事を言って、こちらの精神状態を疑われても困るし。

「いや、気分が悪くなって眩暈がね、それでちょっと記憶が混乱してるんだ」

「やだ−、本当に大丈夫?お医者さん行かなくて…」 女の子は本当に心配そうな顔で俺の顔を覗きこんでいる。

「平気だよ、取りあえず部屋に戻って休みたいな、それに君の膝の傷も手当てをしよう」

女の子は頷いて素直に俺についてきた。 部屋に入る時も躊躇う様子も無しに入ってきて、美紀がいつも座っている場所に椅子を引き寄せ、自然な様子で腰を下ろした。

(やはりこの娘は美紀だな、椅子を引き寄せる仕草も、座る場所も美紀と全く同じだし、部屋の中を見回す様子も美紀そのものだ。
記憶の方はどうなんだろう?少なくとも俺と、この部屋の記憶は間違い無くあるよな…。
まっ、それはともかく先ずは膝の傷を手当てしてやらなきゃ)

 手当ての為に彼女の足に触っても、ちょっと恥かしそうにするけど嫌がっている様子は無い。
先程抱きついて来た事といい、少なくとも好意は持たれている様だな。

「ありがとう、やっぱりコォちゃん優しいね、でもどうしてさっき、いきなり走り出しちゃったの?」

傷の手当てが終わると、彼女は俺の行動の訳を聞いて来た。どうやら今日の1限目からの会話は記憶に無い様だ。

「いやー、出掛けに鍵を掛けた記憶が無かったんだよ。それで慌てて戻ったんだ」
取りあえずごまかしておくしかないな。

「ふーん、さすがに鍵無しじゃ危ないもんね。 でも、それならちゃんと説明してほしかったな」
ミキちょっと膨れる。 (あっ、怒っても可愛い。 いや、何考えてんだ俺…)

「ごめん、今度何か奢るから」

「やだ、デートがいい」 (はい?)

「なんでいきなりデートの話になるんだよ?」

(そりゃぁ、普通はこんな可愛い女の子にデートに誘われれば嬉しいけど、でも元がねぇ…)

「だって、あたしたちって一緒に遊びに行く事はあっても何だかデートって雰囲気じゃなかったもの、ちゃんとしたデートがしたいの、ねっ、デートしようよ」

(そりゃまあデートした記憶はないだろうよ。まあ、この際仕方ないか、現状を確かめる必要もあるし)

「判ったよ、じゃあ来週の土曜でいいだろ、何処か行きたいところは?」

「えっ、本当!?それじゃねぇ、遊園地に行って、それから*$#…」 (あーあ、嬉しそうに)

 彼女と話している内、次第に俺と今の美紀との関係が判ってきた。

先ず、彼女の名前は美紀(みき)字は同じで読み方が違うだけだ。
(みき、と読む方が普通だな。 美紀『よしのり』がミキちゃんと呼ばれてたのも仕方ないか)

記憶の方はと言うと、全部確かめられた訳じゃないけど、中学生時代に俺と出合った時からの記憶は変わらず持っている様に思える。

当然の事ながら「女の子として俺と付き合った記憶」に差し替えられているけど…。

但し、記憶の書き換えも完璧じゃない。 一緒に遊びに行った記憶もあるけど、行った場所が男の時の美紀が好きな場所だった事で、内容に違和感があるのかデートの記憶にすり替わる事は無かった様だ。

それがデートらしいデートをした事が無いとの美紀(ミキ)の欲求不満につながっている様に思える。

つまり、今の美紀にとっての俺は、6年間の付き合いの彼氏で、自分を大事に思ってくれているけど今一つ女の子扱いしてくれないのが不満と言ったところか?

実は、美紀とは幼稚園時代に家が近所だった関係で出会っているけど、その部分は俺も記憶が曖昧で確かめていない。 まあ支障は無いだろう。

 そして肝心な部分、そう、例のプログラムに絡む件だが美紀は全く覚えていない様子だった。

「パソコン?コォちゃん、私が初心者よりちょっとましな程度しか使えないの知ってるでしょ、何?そのFit…何とかって言うプログラム」

PCの画面からFittreの操作画面が消えた原因が判った様な気がする。

美紀の過去が書き換わった時、彼女の能力も書き換えられてしまったからに違いない。

つまり、男だった時の美紀にあったコンピュータのプロ並みの能力が、別な才能に置き換わってしまった為、今の世界では美紀がFittreを何処からか拾って来た先日の出来事も無くなってしまった。

それでPC上の操作画面もプログラムの停止方法のメールも最初から無かった事になってしまったと言う事らしい。 プログラム自体も俺のPC内部から消え失せていた。

(でも、俺の記憶には確かに存在しているよな。 過去の改変が不完全に終わって俺の記憶が残っている以上、Fittreが消えた事も完全には確信が持てない。 まあ、今の俺には証明する手段が無いけど)

 で、今の彼女の能力はと言うと、

「ちょっと早いけど昼御飯作っちゃうね♪」 デートが決まってご機嫌な美紀は楽しそうに食事の仕度を始めた。

美紀の能力は家事の才能に置き換わっていた。 キッチンに置いてある自分用のエプロンを着けて料理をしている。
(俺は料理はしないから調理用具も彼女が持ち込んで来たよな「若い時だからこそ栄養のバランスが大事なの」って言って。 それに、そこらのファミレスなんかより美味いし…、あれ?)

今、俺は何を考えていたんだ!?なんで元は無かった筈の美紀のエプロンの事や、買った覚えの無い調理器具が有る事を何故知っているんだ、それに料理の腕も。

 …どうやら、俺も影響が全く無かった訳では無さそうだ。

だとしたら俺の受けた影響って何だ?

今回の出来事を覚えているからには美紀より影響が少なかったとは思うが、記憶が100%保証された物ではないと判った以上、何を基準に今の俺の変化した部分を検証すればいいんだ?

Fittreが目の前から消えた今、それを検証する手段があるのか?いや、必ずある筈だ、俺の記憶が残っている以上(それがどの程度正しいかは別として)過去の改変は不完全に終わっている訳で、何処かに綻びは見つけられる筈だ。

(でも、それを見つけてどうするんだ? 俺自身の真実を確かめるだけでなく美紀を男に戻したいのか? もしかしたら美紀にとっては今が…)



【美紀(ミキ)】


 Fittreが消えた今となっては美紀が女に変わったプロセスは闇の中だ。

ただ、俺が見たところ歴史そのものが変化したのではなく、あの時(俺がプログラムを停止した)を境に美紀が女に変わって、それ以前の記録や俺達の周囲の記憶が差し替えられている様に思える。

まあ、実験レベルの粒子加速器がどの様な役割を果たしたかは判らないが、歴史そのものを変更する程のパワーの持ち合わせは無かった事になる。

何故なら美紀が最初から女として産まれた様に過去が改変されたなら、男としての記憶を中途半端に持っている訳はないからだ。

その為か、本人自身も違和感を持っているようにも思えるし、行動もどこかおかしい。

ただ、本人はと言うと、今の女の子としての生活が快適な様で、細かい事は気にしていないみたいだ。

女の子になってからの美紀は俺の部屋で話しをしたり料理を作ったりして、とても楽しそうに見える。

美紀の料理は本当に美味い。 なにしろ通っていた料理教室で腕を認められて生徒から臨時講師になってしまったと言う話だった。 (この辺が大きく記憶を書き換えられている部分だな)

コンピュータのプロの才能が料理のプロの才能に置き換わった訳だ。

大学でもいつも一緒で「よッ、新婚夫婦!」なんてからかわれる事もあるけど、美紀にとってはそれも嬉しいみたいだ。(俺はちょっと引いてる、実際は保護者気分なんだけどな)

男の頃の美紀はと言うと、名前の事もあって「ミキちゃん」と言われて女の子扱いされ、からかわれる事も日常的にあった様だ。
(まったく、子供は名前を自分で選べないから、親の勝手な思い込みでつけられた方はいい迷惑だよな。ヨシノリなら義紀とかにすれば良かったのに)

元々、男っぽさは無くて内気、外見も女装すれば女の子に見えるんじゃないかと思う程だから、転校してきた中学で俺と再会する前には虐めにも会っていた様だ。 (制服を女生徒のものと取りかえられたりとか、体育の時間がプールでの授業だった時は着替えに戻った時、制服だけじゃなく下着まで…、まあ後は勝手に想像してくれ)

転校してきた後は、成績がトップクラスだった事もあって、あからさまな虐めの対象にはならなかったけど「ミキちゃん」って呼び名は半分定着してしまったな。

その後も内気な性格は直る事はなく、コンピュータだけが生き甲斐になってしまった。

友達も結局は俺一人、何故か「幸ちゃん」と俺を頼りにしてくるので、同い年ながら弟を面倒見ている様な気分になって今までつきあってきたんだが、その記憶が今の美紀にとっては、出会って以来ずっと女の子として優しくしてもらっていると言う記憶に置き換わっているらしい。

そして今は、

「今日は暑いわね、歩いてきたら汗かいちゃった。 ちょっと着替えちゃうね」 今日も美紀は俺の部屋に来ているけど…、わあ!俺の目の前でいきなり脱ぎ始める事は無いだろう、しかもノーブラなんて何考えてるんだ。

「みっ、美紀!お前いきなり俺の見ている前で裸になるなんて、恥かしくないのか!?」

「えっ、何で? あっ、やだー!」 真っ赤になってバスルームに飛びこんだ。
(これだよ、言われてから気がつくんだよな、自分が女の子だって)

過去の書き換えの不完全な影響なのか、美紀は頻繁にこの様な行動を取って俺を慌てさせる。
その為、この数日間というもの、俺は美紀から目が離せないでいる。

(まったく…、ミニスカートで大股開きで椅子に座ったり、元気に動き回っている時もスカートの裾を気にしないから中が丸見え、男子トイレに入りそうになって慌てて連れ戻したりもしたよな、それ以外にも色々と…。 おまけにブラジャー付け忘れる事が多くて、そのままふざけて抱きつかれると…、うぅ、俺の理性が)

どうやら、男としての動作が記憶に残っていて、無意識の内に行動に出てしまうらしい。

他にも女の子らしくない珍妙な行動が学校内でも有名になって、美紀は「天然物」のレッテルを貼られてしまった。

もっとも、男の目から見れば、それも「可愛い」と言う事で、美紀のファンが出来ちまったみたいだけど。 (全く人間なんて勝手なもんだな、男だったら馬鹿にされて終わりだろうに)

そんな訳で俺は美紀が女の子になった時から、トラブル防止の為に出来るだけ行動を共にしている。

朝迎えに行き、学校では一日中、夜は俺の部屋で過ごした後で家に送るまで。
まったく、保護者だな、ふぅ〜。

美紀は、と言うと、
「今まで女の子扱いしてもらえなかったのが、いつも一緒で気遣ってもらって嬉しい♪」となっているみたいだ。 (そりゃ女の子じゃなかったからな)

そのおかげで、美紀は今回のデートを機会に今までの関係を一歩進めたいと思っている様だな。


(現在)******************************************************


 何?俺の気持ち?
そこなんだよ問題は…、今の美紀は俺の事を心から好きになってくれているのは判るし、俺自身も女の子としての美紀は、放っておけないだけではなく、魅力を感じてはいるんだけどな。
後は俺自身の問題だ。 俺の記憶も100%保証された物では無い以上、俺自身に加えられた変化が気になって仕方がないのさ。
自分の心の整理が出来ない内は、女の子としての美紀を受け入れるには未だ抵抗が有るんだ。
(でも、それでも良いかと思い始めているのも確かだけど)

「どうしたの?コォちゃん。 考えこんだりして、何か気になる事でもあるの?」 美紀に話しかけられて我に帰った。

駄目だな不機嫌に考えこんでいては、美紀のせいじゃないのに。 (いや、美紀が原因そのものか…)

「うん?いやー、今朝の事といい買い物といい、美紀と俺の時計は進み具合が違うなと思ってさ」

「やだー!ごめんなさい。 あたし夢中になると時間忘れちゃうの。 コォちゃんはこれから買い物とかあるの?」

「いや、無いよ。 それより、そろそろ食品売り場に行く時間じゃないか?」

「うん♪今晩の食材買わなきゃ…、美味しいのたくさん作るからね」 (本当に楽しそうだな)

なんだか美紀の笑顔を見る度に俺の悩みなんかどうでも良いような気分になって来るのは不思議だ。

お互いこれで良かったのかな?美紀は今の方が幸せそうだし、俺としても彼女無し状態から誰もが羨むような可愛い恋人が出来た訳だし。

後は俺自身の問題か?不完全な過去の改変の綻びを探して今の自分自身の変化を確かめたいのか、このまま気にせず済ませるのか…。

「わあー、綺麗!」 美紀の一言で思考を中断された俺は、彼女の視線の先を見た。そこには…。

(ウェディングドレス!)美紀が覗きこんでいるショーウィンドウの中のあったものを見た時、俺の心臓の鼓動が一瞬高まった。
(なんだよ…、男の俺がドキドキしてどうする。 えっ!まさか俺の変化って…)

「どうしたの?コォちゃん。 じっと見つめちゃって♪」 (わっ!) 気がつくと美紀が俺の顔を興味深そうに覗きこんでいた。

「あ、いや別になんでもないよ。 行こうか」 (あー、びっくりした)

「ふふ、変なの…、じゃあ行こうねっ、地下の食品売り場♪」

結局この後も買い物で1時間待たされた。 やれやれ、女になったからって買い物の長い事まで真似しなくても…。



【決断】


 部屋に戻って美紀の料理で夕食。

味は?もちろん大満足!料理を誉められた美紀は本当に幸せそうで、こっちまで嬉しくなってくる。

そんな美紀を見ていて、俺自身も最近はこうして美紀と一緒にいる時間が一番楽しいと、改めて気が付いた。

(夕方、この時間に美紀が一緒にいるのが自然な風景になっているよな。 この風景がこの先ずっと続いても構わない、いや続いて欲しい…、一生?そう、一生でも)

美紀がキッチンで後片付けをしている時に俺はアルバムを取り出した。

(この中に、男の頃の美紀の写真が何枚か入っていた筈なんだけど。 代わりに今の美紀の写真が入る事になるのかな)

それはフィルムを使った古いタイプの写真のアルバムだった。

美紀(男の)映っている写真は、電子ファイル化されたものは全て今の美紀(ミキ)に入れ替わっている。

フィルムを使った方はと言うと結果は色々で、紛失したり、破れたり、変色で見えなくなったり、とにかく美紀が写っていたと思しい写真は全て誰が写っているか確認できない様になっていた。

(ふーん、美紀の写真だけで他は無事ねぇ、この女の子の写真も無事だったけど、俺こんな写真撮ったかな?「さちこ」中学卒業記念…、高校のもあるな、親戚の娘…、だったかな?)

俺が美紀以外を撮った写真は無事だったから、これも過去の改変の結果だろうけど、中途半端に破損した写真が残っているのは改変が不完全だった証だろう。

(やれやれ、苦労の跡が歴然だね…、おや?この古い1枚はまともに写っているけど誰の写真だ?)

それは幼稚園児程の年齢と思える着物姿の女の子が二人並んでいる写真だった。

(両方とも女の子だよな、名前は…っと良く見えないな「よしのり」って美紀か?何で女の子の着物を着ているんだ? まさか隣は・・、擦れて見えない「さ…?」) と、その時、後から手が伸びて写真を摘み上げられてしまった。

振り向くと美紀が写真を見つめていた。 一瞬美紀が別人の様な鋭い目付きをした様に思えたけど、恐らく俺の錯覚だろう。 すぐに嬉しそうな顔になって、

「わー♪懐かしいねー。あっ、ごめんなさい取っちゃって、でも約束だったよね、この写真あったら貰えるって」

美紀はどうやら幼い時に俺と会っていた記憶がある様だった。

幼稚園の頃、二人揃って姉のお古の着物を着せられて写真を撮られたとの事だった。

そう言えば小さい頃「男の子とは思えないわねぇ」「本当、可愛い」とか言っている大人達の会話を聞いた事を思い出した。
(でも誰が言っていたんだろう?そこまでは覚えてないな)

「その時の写真って家に無かったの。 コォちゃんは持っている筈だけど見つからなくて、それで見つかった時は貰う約束をしてたのよね、忘れちゃった?」

それは正直言って記憶に無かったけど、俺の記憶も確かなものではないし、まあ写真の1枚くらいは構わないな。

「約束ねぇ?まあ構わないけど」

「本当?嬉しい♪ でも本当可愛いわよねコォちゃん。 もしかして見つからないって、本当は恥かしくて隠してたんじゃないの?」

「馬鹿言えっ、そんなの忘れてたよ」

俺は美紀が幼い頃の想い出も共有しているのが嬉しかった、たとえそれが一部書き換わっていても。

しばらく幼い頃の思い出話しで盛り上がった後、美紀が何か改まった様子で俺に問い掛けてきた。

「ねえ、コォちゃん、今日ウエディングドレス、じっと見つめてたよね?あれって…」

来たな!正直あの時の気持ちは自分でも説明がつかない…、俺の変化に関わる事なのか、美紀が将来の事を話したがっているのを察して気にしただけの話なのか。

(もうどうでもいいじゃないか! 俺は今の美紀が大事だし、彼女との生活を望んでいる。 俺の過去を気にしたところで元に戻る可能性が無いなら、今以上の幸せを望むのは無理だろうな)

「いや、何と言ったらいいのか…、美紀が着たら綺麗だろうなって…、今すぐと言う訳にも行かないだろうけど、俺の…」 言い終わらない内に美紀が俺に抱きついてきた。

「嬉しい!今まで恋人扱いしてもらえてないと思ってたから、このまま友達で終わるのかなって思ってたから私…」 後は涙声でうまく聞き取れない。

美紀の涙が俺の頬に熱かった。 抱き止めた体の柔らかさと甘い匂いに改めて美紀の身体を抱きしめる。

その後何の躊躇いも無く美紀の唇に自分のそれを重ねた。 (これでいいんだよな)

ベッドに行こうかと言うと恥かしそうに小さく頷いた。

美紀の身体を抱き上げる(これから先はFittreがいたら「自主規制」とかで勝手に書き換えるんだろうな)と思いながら。

(一部空白:by Fittre)

 深夜、隣で寝息を立てている美紀を起さないようにバスルームに行き、冷たい水で顔を洗いながら改めて自分の意思を確認する。

これで良いんだよな、後悔する事は無いさ。 これからは美紀を幸せにする事だけ考えよう。

俺の心は決まっていた。 Fittreの存在の証明なんかどうだっていい。

ふぅ、それにしても最初から俺の記憶も書き換わっていたら悩む事も無かったんだけどな。

まったく!美紀のやつ俺まで巻き込んで…、美紀は元々女の子になりたい願望があったかも知れないけどさ…「性同一性障害者の為」なんて言ってたけど案外自分の為だったりしてな。

俺に対しても、もしかしたら特別な感情を持っているかと思える事もあったし…。

うん?まてよ、それが本当だとして、女の子になって俺と結ばれるのが美紀の願望としたら、何で俺の性別まで逆転する必要があったんだ? ウェディングドレスを見た時の気持ちって…。

いや、まさか…、気のせいだよな、粒子加速器の事は翌朝俺に聞くまで知らなかった筈だし。
俺の思い過ごしだよ、うん。



【終章】


 コォちゃん?いないな、バスルームか…。

ありがとうね、私を受け入れてくれて。

そして、ごめんなさい、あなたを巻き込んでしまって。

私の記憶の書き換えも不完全だったみたい…、あの懐かしい写真を見た時に記憶の封印が解けて思い出してしまったの、あなたを巻き込んでしまった事を。

あの日、あなたがプログラムを止めに走った時、私は既にFittreが粒子加速器を使って過去に干渉出来る事を知っていたの、そして結果がどうなるかも…。

あれは私の賭けだった。
あなたが間に合わなければ私の願いが叶う、もし間に合えば一切を諦めようって。

そして私の願いは叶った、不完全な形で…。

私自身は男の時の記憶を封印されていたから判らなかったけど、今までのあなたとの会話や態度を思い出して判ったの。
あなたの中にはFittreに関わる事件と私が男だった記憶が残ってしまった事を。

それでもあなたは私の過去を承知で受け入れてくれた。 それは私にとっては望外の喜びだった。

でも、私はそんなあなたに謝らなければいけない、それはあなたに真実を伝えられない事…。

もし、真実を知ったらあなたは私を許してくれないでしょうね。 私の都合だけで全く違う人生を歩まされる事になったのだから。

その代わり、私はあなたが幸せな人生を送れる様に精一杯努力することを誓います、一生をかけて。

だから…、ありがとう幸ちゃん(コォちゃん)そして、ごめんなさい幸ちゃん(さっちゃん)…。



********【写真の中の幼い日の記憶】********

美紀の手に握られた写真は二度と幸一の目に触れる事は無いだろう

よしのり(美紀)、さちこ(幸子)と微かに読み取れる写真は

 

「ミキちゃん、キモノにあうね、おんなのこみたいでかわいい♪」

「ミキじゃなくてよしのりだよ」

「そおなの?でもおじさんたちもミキちゃんっていってるよ、ミキちゃんのほうがいいよ」

「さっちゃん、ぼく、さっちゃんのおよめさんになりたいの」

「だめよ、おとこのこでしょ、およめさんにはなれないのよ」

「ふーん、そうなの?」

「そうよ」

「じゃぁ、さっちゃんが、ぼくのおむこさんになってね」

「それもだめよ、おんなのこはおむこさんになれないもの」

「そうなんだ…」

「うん…」

「…」

「だいじょうぶよ、あたしはいつもミキちゃんといっしょよ」

「ほんとうに?」

「うん」

「ずっとだよ♪」

「ん」

(fin)

(fi…n)

(fit…)


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