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花の精霊
作:Marie




「ユウリ、パチンコに行ってくる。おまえのバイト代を貸してくれ。」
「父さん、あのお金は、今月の食費代だよ。もういい加減にやめなよ?」
「うるせえ、子供は親の言うことに逆らうんじゃねえ!」
 父は悠理の頬を平手打ちで叩き無理矢理に金を奪っていった。
 
 悠理の父はパソコン大手の会社「NGC電気」の社員だった。
 数年前までは日本のパソコンの半数以上を占めていたが、バブルの崩壊と共に売り上げが急落していた。起死回生をねらったOSの方向転換もその個性をなくす結果となり、アメリカ製のパソコン「コンバット」と「オレンジ」にシェアを食われていき、つい半年前に倒産したばかりであった。
 退職金も出ず、就職先も見つからない父は毎日いらいらして悠理にあたっていた。
 貯金も使い果たし、悠理が学校帰りにしている花屋のアルバイトのお金まで手を着けるようになっていた。

 悠理は学校から帰り、いつものように花屋でバイトをしていた。
 花は人の心に安らぎを持たせてくれる。悠理は花が大好きであった。
「悠理くん、帰りにいつもの岩上さんの家に薔薇を届けて行ってくれよ。」
 店主に配達を頼まれて自転車に薔薇を積んで出かけていった。
 岩上家は坂の上の高級住宅街の中でも目立つ豪邸であった。
 数年前に服飾メーカー経営の夫がなくなり、今は妻が女社長としてあとを継いでいた。
 自転車を降り、薔薇の花を持って家の中に入っていくと中から口論している声が聞こえた。そして化粧の濃いブランド品の服を着た娘がドアから出ていった。

「奥さん、ご注文の花を届けに来ました。」
 中から出てきた母親の四万は口元から血を出していた。
「奥さん、どうしたのですか?」
「ええ・・・。娘に殴られたのよ。私の言うことは全く聞いてもらえないの。」
 娘の貴子は数年前の父の死より不良になっていた。毎晩、男と出歩き帰って来るのはいつも朝であった。女子大にはほとんど通っておらず、最近は覚醒剤に手を染めているようであった。その影響かこのところ家庭内暴力が続いていた。
 今日は、四万が貴子の部屋の掃除をしている時にビニールの小袋に入った白い粉を見つけ注意したところ、逆上して無抵抗の母をプラダのバックでたたき、金具が口元にあたり出血していたのであった。

「奥さん、庭が草だらけですね?僕が綺麗にしてあげます。」
「いつも悪いわね。うちも主人がなくなってからなかなか手が出なくて・・・。」
 悠理はいつもこの家に配達に来た時は、いろいろと力仕事を手伝ってあげていた。
 優しい四万を見ると小さい頃に死に別れた母親のイメージを重ねてしまう。
 草むしりが終わると労いの言葉と共に部屋に通された。

「悠理くん、お食事まだでしょう?簡単な料理しかないけど食べていってね。」
 四万の料理は、家庭的な暖かさにあふれた和風料理で、悠理は「お袋の味」とはこんな料理のことと思っていた。
 父が家にある金を飲み代とパチンコ代に使ってしまうため、このところ満足な食事をしていなかったので出された料理は残さず美味しいそうに食べた。
「ああ、美味しかった。こんな美味しい料理が毎日食べられるなんて、ここの家に生まれた子供は幸せですね?」
「うちの娘は私の料理を馬鹿にしてピザやファーストフードばっかりなのよ。ねえ、ご飯のお代わりしてあげようか?」
「はい、ありがとう。」
 うれしそうに食事をしている悠理を四万は暖かいまなざしで見つめていた。
 
 二人は食後にお茶を飲みながらお互いの家庭の話しをした。
 親子の仲が絶望感にあふれている境遇の二人は話しをしていて気があった。
「こんなに美味しい料理を食べたのは久しぶりです。奥さんが僕のお母さんだったらいいのに・・・。」
「そぉ?私の娘は、私が料理を教えてあげたくても、全然その気がないのよ。わがままで言うことは聞いてくれないの。神様にお願いして素直で優しいあなたと交換してもらいたいくらいよ・・。」 

 悠理の父はその後も遊んでばかりで仕事をする気はまったくないようであった。
 家にいる時は、毎晩酒浸りで暴力を振るうことも以前より多くなってきた。
 サラ金にお金を借り出して、支払いの催促の電話がかかってくるようになり、ついに父は家に戻って来なくなった。悠理はひとりぼっちになってしまった。
「もうすぐこの家から出て行かなくちゃ・・。学校にももう行けないんだ。」
 父が会社から退職金替わりにもらって悠理が楽しみに使っていたパソコンも借金の替わりに明日の朝に持って行かれることになってしまった。

「このパソコンとも今夜でお別れか。インターネットにつなぐのも最後だな。」
 悠理のたったひとつの楽しみはインターネットのネットサーフィンであった。
 その中でもお気に入りのサイトは「エレーナの部屋」であった。
 このサイトはネット上の天使と呼ばれている謎の女性「エレーナ」のWEBで彼女の心温まるメッセージは全国の疲れた心を持った人々に癒しを持たせていた。
 悠理は電子メールソフトを立ち上げてキーボードをたたき始めた。

「エレーナさま、私はまだ17歳なのに人生に絶望してしまいました。
 一生懸命真面目に生きているのに、私は幸せになれません。
 貴女は天使だという噂を聞きました。
 もし本当なら神様にお伝え下さいませんか?
 次に生まれて来るときは、私を岩上 四万さんの子供にして下さい。
                         From YURI 」

 涙ぐんでキーボードを叩いていた悠理は署名を書くときに自分の名前をYURIと打ちまちがえしていた。送信ボタンを押す時に涙を拭こうとして勢いでスペースバーに触れて、名前が女性名の百合に変換されていたことに気がつかないまま、その後は2度とパソコンを立ち上げることはなかった。

 悠理の送ったメールはいくつものプロバイダーを経由して数分後にエレーナの元に到着した。風邪をひいていたエレーナは熱で頭がはっきりしない状況でメールを読んでいた。
「可哀想な子・・・。この子の願いは「神様」に送ってあげよう。たしか、花屋でバイトしてる子だったわね・・・。名前は・・百合さんだったわね・・・ええっと性別は、女性・・・。」
 注意力散漫になっていたエレーナは相手をよく確認しないまま神様にメッセージを送るためにキーボードを打ち始めた。
 ”神様、地上の悩める子羊をお助け下さいませ。花を愛する優しい百合を岩上 四万の娘にしてあげて下さい。”
 エレーナは送信ボタンを押し、「神様」へメッセージを送った。
「ああ、天使役も楽じゃないわね・・・。それにしても「神様」って人工知能を持ったコンピューターだって聞いたけど、ちゃんと願いがかなえられるのかしらね?」

 エレーナから送られたメッセージを受け取ったホストコンピューターのディスプレーには次の言葉が表示されていた。
 「I AGREE・・・GOD」

 月の輝く明るい夜空から悠理の住んでる裏山の花畑に一筋の光が射していた。
 光を受けた花畑はやがておぼろげに揺れ始めた。そして花びらから精霊たちが顔を出して悠理の部屋へ飛んでいった。
「ユウリ、イマカラキミヲカエテアゲルヨ。」
 寝ている悠理の回りに精霊たちが楽しそうに踊りだした。
 時計はいつの間にか逆の方向に戻り始め、カレンダーの数字も小さくなっていく。
 1998年・・1997年・・・・1996年・・・・。
 最初の変化は身長が縮み始めたことであった。悠理のパジャマはいつの間にかだぶついてきた。次に面長であった顔が丸くふっくらとなり、顔の毛穴が小さくなって絹のような肌に変わっていった。あわせて短く刈り込んであった髪が、だんだん伸びてきて毛先も優しくカールしてきた。
 そして最後に股間にあった性器は身体の中に沈んでいき、やがて縦に伸びた割れ目と変わっていた。
 カレンダーが1987年で止まった時、17歳の少年は7歳の少女に変わっていた。
「サア、ユキナサイ。アナタノアタラシイジンセイヘ・・・。」
 精霊の言葉にあわせて少女に変わった悠理は時空を越えて別の世界へ旅立った。

 少女は小鳥のさえずりで目を覚ました。
「あれぇ、ここはどこ?」
 おしゃれなフリルのカバーのついたベッドから起きあがろうとすると、枕元にクマのぬいぐるみが目に入った。次に長い柔らかな髪の毛が額にかかった。
「何か変だな・・。あれ、僕ピンクのパジャマを着てるよ・・。」
部屋を見渡すと見たこともない光景が目に入った。
綺麗に片づいた学習机、その後ろにある赤いランドセル。
壁にかかってるフルフリのワンピース・・。
ゆっくり鏡の前に進んで見た姿は、可憐な少女に変身した自分であった。
「これが僕?」
 丸い顔にぱっちりした目、ちちゃくて可愛い鼻、ふっくらとした唇。
 前髪をおろし肩にかかりそうなくらい長い髪・・・。
 頭の中が混乱して何がなんだかわからなくなっていた。
 やがて冷静になりパジャマのズボンに手をかけた。木綿のパンツをおろしてそこに見えたものは・・・つるつるに変わった少女の股間であった。
 悠理は少女に変わったショックでその場に泣き崩れた・・。

 しばらくしてから部屋のドアが開き美しい女性が入ってきた。
 それは10年も若返った岩上 四万であった。
「あら、百合ちゃん。恐い夢でも見たのね?さあ、涙をお拭きなさい。」
「僕・・僕はいったい・・・。」
「何を寝ぼけているの?今日はピアノの発表会よ。お母さんが美味しい朝御飯作ってあげたから早く顔を洗ってきなさい。それにレディは不良のマネをして僕なんて言葉を使ってはダメよ。」

 百合が食べた朝食は、以前に四万にごちそうになった「お袋の味」であった。食後のジュースを飲んでいる頃は自分のおかれている状況がわかってきた。とにかく自分は四万の子供に生まれ変わったらしい。
 女の子の姿にはなってしまったけど、これからは毎日美味しい食事が食べられるんだ・・。それに優しいお母さんも出来たんだね。
「お母さん、いつかあたしにお料理を教えてね・・・。」
 心の中から無意識のうちに女の子の言葉がわき上がっていた。
 言ったあと照れてしまったけど、可愛らしい言葉を使うことは新鮮なことであった。
「さあ、着替えましょう。ピアノ発表会用に作ったドレスにね。きっと百合ちゃんにお似合いよ。」
 
 発表会用の衣装はミニ丈のレースをふんだんに使ったピンクのワンピースであった。しゃがむと下着が見えそうなくらいの短さに恥ずかしかった。
「お母さん、おじぎをするとパンツが見えちゃうよ・・。」
「これくらいの丈のほうが活発そうに見えて良いのよ。それに見えてもいいようにこのブルマーをおはきなさい?」
 百合は白のレースを何段も使ったアンダースコートを受け取り、木綿のパンツの上に重ねばきした。それから衣装が透けることを考えて、ナイロンのミニスリップに着替えた。
「さあ、ワンピースに着替えましょう?」
 百合はお母さんが拡げてくれた中に脚を入れた。それから上に引き上げて背中のボタンをお母さんがかけていってくれた。
 半袖のところがふんわりとしていて丸い襟刳りのところも総レース使いのおしゃれなワンピースであった。背中には大きなリボンがついていた。
「百合ちゃん、どう着た具合は?」
 立ち上がった百合のワンピースはスカートの部分がふわっと広がった。
「お母さん、すごくステキよ。」
「せっかくの晴れの日だし、ステージで映えるようにちょっとお化粧しようね。」

 鏡台の前に座らせれてた。膝をぴったりつけて目をつぶった。
 百合の肌にスポンジに取られた透明感あふれるリキッド・ファンデーションが塗られていた。ああ、なんていい感触・・。あたしも早く大人になりたいわ・・。
 目元がちくちくすると思ったらマツゲにそってマスカラをつけていた。
 赤い口紅をつけてもらい、仕上げに頬にオレンジのチークを伸ばした。
「綺麗になったわ。すごく上品なお嬢さんよ?」
 ゆっくり目を開けるとキュートな少女に変身した自分がいた。
「お母さん・・・。あたし、女の子に生まれて良かった・・。」

 それから10年後。岩上家の台所には二人の女性が料理を作っていた。
 母の四万と美しく育った娘の百合であった。
「お母さん、あたし今日はお友だちと映画を見に行ってくるね。」
「あら、お友だちってひょっとして男の子?」
「うん。あたしの好きなディカプリオの映画を見に行くのよ。」
「始めてのデートね。たっぷりおしゃれしてお行きなさい。」

 百合はブラウンのカットソーに黒のミニスカートをはいたあと、鏡台に向かってお化粧を始めた。ファンデーションを塗りながら、鏡台の横にあるカレンダーを見て思った。
 始めてお母さんにお化粧してもらってから、もう10年もたったのね?
 今ではあたしもお休みには必ずしてる。ふだんの学校に行くときはピンクのリップと眉をいじるくらいだから、今日はたっぷりメイクするわ・・・。
 眉はあんまり細くしないで自然な感じにしようかしら・・。
 リップはグロスで光らせちゃおう・・。
 メイクが終わり髪をブラッシングしながら思った。
 彼が見たときにあたしのこと綺麗って言ってくれるかな?
 前髪をおろして残った髪を頭の高い所でポニーテールにしばり、どの色のマニキュアを塗ろうか迷っていた。

 メイクを終えて階段を下りてきた百合を見た母は娘に注意した。
「あら、そんな短いスカートはくと痴漢に合うわよ。気をつけなさいね?」
「大丈夫よ、暗いところは歩かないようにするわ。」
「女の子は自分で身を守らなくちゃね。それから、坂の下に住んでいた男の子ね、確か貴雄って名前だったかしら?不良の仲間と覚醒剤をやって少年院に送られたらしいわよ。お父さんも会社が倒産して借金取りに追われて夜逃げしたそうなの。可哀想な家族ね・・・。」
「うん、それに比べてあたしたちって幸せだよね。きっと神様が真面目に生きてるあたしたちを守ってくれるような気がするのよ。」
「お母さんもね、神様ってほんとにいると思うわ。百合ちゃん、遅くならないうちに帰って来るのよ?」
「はい。じゃあ、お母さん行って来まーす。」
 スカートをなびかせて百合は歩き出した。

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