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イチゴのお弁当箱
作:Marie




「ほら、真奈〜!早くパスちょうだいよ〜!・・。それぇ、シュート!」
 由美の右足から放ったシュートは、見事にゴールキーパーの頭上を越えてゴールネットに突き刺さった。
「やったね、由美!これで女子サッカー大会の優勝は決まりよぉ。」

 緑のグラウンドの上で抱き合って喜んでいる二人を由美の両親は木陰から見守っていた。
「お父さん、由美ったら相変わらずあんな男勝りで・・困ったものだわ。」
「まあ、いいじゃないか。身体の変化でショックを受けて自殺なんかされるより、あんなに明るくやってるんだからな。」

 試合の帰りに由美と真奈は、いつものとおり河原の河川敷に腰かけて話しを始めた。
「由美、女の子の生活にはもう慣れた?そろそろ昔のことは、忘れた方がいいよ。」
「そんなこと言ったって、ボク、女の子になってからまだ3ヶ月しか経ってないんだよ。真奈みたいに何年も女の子やってるのとは、訳が違うよ・・・。」

 由美は少し前までは、雪雄という名前の元気なサッカー少年であった。
 中学のサッカー大会では、彼の活躍でチームの優勝に貢献し素早いドリブルには定評があった。このまま行けば、Jリーグからスカウトされるのも夢ではなかった。

 雪雄には、ガールフレンドがいた。それが真奈であった。女の子なのに男の子の気持ちを理解してくれる不思議な存在であった。妙に気が合い異性を意識しないでつきあえるので、二人はいつしか恋人のような関係になった。
 ある日、学校の帰りに二人が並んで歩いていたときに工事現場にさしかかった。
「あ、危ない!」
 頭上から鉄骨が落ちてきたことに気がついた雪雄は、真奈を助けるために真奈を突き飛ばし鉄骨の直撃を受けてしまった。鉄骨は雪雄の股間に刺さり救急車で運ばれた。
「雪雄くん、わたしのためにこんなことになって・・・。」
「真奈・・・下半身の感覚がないんだ・・。もう僕は死ぬのかな・・・。」
 雪雄は、真奈に手を握られたまま意識を失った。

 病院に運ばれて、緊急の手術が行われた。鉄骨は、股間をえぐり取り雪雄の性器は見る影もなかった。睾丸は完全に破裂しており生殖機能はすべて破壊されてしまった。もう命はないと思われた・・・。
 病院に駆けつけた両親は、医師の待つ部屋に呼ばれた。
「とりあえず止血は済みました。しかし、睾丸を失ってしまった以上生殖機能をつかさどるホルモンを生産することが出来ない身体になってしまいました。このままでは、死を待つだけです。生きていくためには思い切った決断が必要です。」
「どんな方法でもいいから雪雄を助けてやって下さい!あの子はまだ15歳なんですよ。」
「あなたの息子さんが助かるには・・・性器の移植手術しか方法がありません。実は、先ほど自殺した若い女性が運ばれてきました。ガス自殺だったので、身体は綺麗なままです。その娘さんのご両親に先ほど相談しましたら人助けになるなら娘さんの性器の部分を提供してもいいそうです。」
「娘さんの性器?では、雪雄は・・・女になるのですか?」

「生殖をつかさどる機能はとてもデリケートなんです。死後6時間以内に移植をしないと成功は望めません。娘さんが亡くなってからもう4時間以上は経ってます。今からでは、新鮮な死体を見つけることは不可能です。緊急に子宮の移植手術を行いたいのです。他に生きる方法は考えられません。」
「子宮の移植ですか?そんなことが現実的に出来るのですか?」
「先日、埼玉大学で性別再判定の学会が開かれて、多数決でやっと性転換手術がこの日本で医療行為として認められました。今までは、非合法で闇で行われていたのです。合法的な性転換手術は、あなた達の息子さんが第一号ということになるでしょう。男性の性器はとても複雑な構造をしています。男に戻ることは難しいのです。今の医学では、男性から女性への移行のほうがうまく行くと考えられています。」
「たとえ女になっても、雪雄を生かしてやって下さい・・。ねえ、お父さん?」
「・・・ああ、生きていればきっといいことがある。お願いします!」
「運がいいことにあなた達の息子さんは、身体が小柄で骨格がその娘さんとほとんど一致していますから、きっと成功しますよ。」
 何時間もかかって手術は無事に成功した。目を覚ました時には雪雄は・・・・。

「あら、やっと目を覚ましたわね。手術は無事に成功したの。もう大丈夫よ。」
「あ、お母さん・・。ボクは助かったんだね。これでまたサッカーが出来るんだね。あれ、なんでボクは女物のパジャマなんか着てるの?恥ずかしいから、早く家から替えのパジャマを持って来てよ・・。」
「もう家のパジャマは、あなたのは必要ないの。これからは、ずっと女物のパジャマを着ることになるの。あなた、女の子になったのよ。」
「えっ・・?それってどういう意味なの?」
 雪雄は、あわてて股間を押さえた。そこはまだ包帯が巻かれていたが、明らかに男の股間と違い、ゆるいカーブを描いていた。
「そんな・・ウソだよ!ウソだって言ってよ・・。」
 雪雄はショックを受けて涙が止まらなかった。
「今日から貴女は私たちの娘よ。お父さんが女らしい名前にしたいというので・・・。これからは、由美って名前で呼ばせてもらうわ。」

 退院後に性別再判定が行われ、由美は正式に女として認められた。
 高校へはガールフレンドの真奈といっしょの高校へ行くことになった。
 ただ、突然の身体の変化に精神がついていけないため自分から望まない限りは制服以外は、女性の衣服の着用を強要しないことになっていた。

 入学式の日に制服に始めて手を通した。始めてはくスカートは、股間が落ち着かなくてすぐにでもズボンにはきかえたくなる心境であった。
「お母さん、ボクこんなカッコで人前に出るの?イヤだよ・・。」
「これから毎日スカートの生活をしなくちゃならないの。そのうちには慣れるわよ。」
「それにさぁ・・ブラジャーしなくちゃダメなの?まだ胸がぺったんこなんだから、いらないでしょう?」
「ダメよ。女の子が人前でノーブラで出歩くなんて、そんなはしたないことは・・。まだつけ始めだからスポーツブラにしてあるので、気にならないはずよ。」
「・・・ああ、ボク気が重いな・・。」

 高校では、過去のことを詮索するものはおらず、むしろサッカーのヒーローがヒロインになって入学してことを大歓迎していた。高校には、女子のサッカー部があったので、いきなりレギュラーに抜擢された。また、真奈ももともと運動神経はいい方だったので、いっしょに入部した。二人は息のあったコンビで試合を勝ち進み、最初の大会でいきなり優勝するという大活躍ぶりであった。由美の明るい性格は、みんなから愛されていて人気者の存在となった。

「由美、食事の時は、そんなにガツガツ食べないで、もっと落ち着いて食べなさいよ。あなたは、もう女の子なんだから・・。」
「だって、お母さん?サッカーで走り回っているとね、たくさん食べていないと身体がもたないんだよ。はい、おかわり!。」
「まったくこの子ったら、いつになったら女の子に目覚めてくれるのかしらね?お医者様の話では、そのうちに女性ホルモンが体内で大量に作られてくるはずだから心も自然に女の子になっていくはずだって言ってたけど。」
「ははは、まだそんな気は起こらないよ。それからスカートは制服だけでたくさんだよ。今のジャージが穴が開きそうなので、あとで買っておいてね。」

 由美の身体には、ほとんど変化は見られなかった。肩が少し丸くなり、胸が小学生高学年の女の子程度に膨らんできた程度であった。
 下着もスポーツブラは着用していたがショーツは相変わらずおへその上の方まである色気のないものをはいていた。母は由美のために可愛らしいイチゴ柄やスヌーピーの絵のショーツをタンスに入れておいたが、由美は見向きもしなかった。

 秋になっても目立った変化がないため、少々心配になった母は、医師に相談に行った。
「このまま身体が変わっていかなかったら心配です。女性ホルモンの注射をするとか豊胸手術をするとか・・・・女らしくする方法はないのでしょうか?このまま中途半端な身体のまま大人になるのは、可哀想な気がして・・・。」
「本人が自分が女性になったと受け入れる気持ちができていないため、卵巣の動きがあまり活発でないようです。健康状態には、問題がないため心配はないでしょう。きっとそのうちに自分の中の女性に目覚める時がくるはずです。そのときから急激に身体の女性化が始まるでしょう。今は見守ってあげることが必要ですよ。」

 手術より一年が過ぎた。相変わらず、由美は自分のことを「ボク」といい、制服以外ではぜったいにスカートをはこうとしなかった。まだ自分の中の女性を受け入れていない様であった。他の男の子からは同性のように扱われていて楽しい高校生活を送っていた。
 それが夏になったころから、やっと変化が現れて来た。
 妙に胸が痛いと思っていたら、急激に膨らみ始めてきた。
 張っていた肩の形が丸くなってきてお尻も大きくなってきた。
 まるで身体の中の筋肉が溶けて、脂肪に変わってきたようであった。
 由美は、そんな身体の変化を周囲の人にわからないようにしていた。身体の変化に伴い体調が崩れていた由美は、当分サッカーから遠ざかることになった。

 変化の原因は、甘酸っぱい恋の始まりであった。

 由美は、いつしかヒロシのことが気になり始めていた。
 美術の時間に重たい荷物を動かすときにこう言ってくれた。
「女の子には、こんな重たい物は持たせられないよ。さ、そっちで休んでなよ。」
 学校で女の子扱いされたのは、始めてであった。
 ヒロシは長身でいっしょに並ぶと、由美は胸のところくらいしかなかった。
 由美はそれから、そんなヒロシに惹かれていた。
 同じロックファンであることがわかり、時々は話しをする間柄となっていた。
 他の男の子と話しをしている時は以前と変わらず普通に話しが出来るのに、ヒロシの前ではなぜか心がどきどきしていた。

 ある時、お昼の休みに外でパンをかじっているヒロシを見かけた。
 由美は制服のスカートを伸ばしながら、横に座った。
「ねえ、ヒロシ。どうしたの?お母さんがお弁当作ってくれないの?」
「ああ、身体を壊して入院しちゃったんだかた。。うちは、オヤジが早く死んじゃったからオフクロがいないときは、食事にありつけないんだよ・・。」
 由美は、ヒロシの話しを聞いているうちに心が熱くなっていた。
「じゃあ、ボクが来週からお弁当を作ってきてあげるよ・・。」
「え、そうかい?うれしいなぁ。このところパンの生活にあきていたんだ。男っぽく見えても、やっぱり由美は女の子なんだね。」
「え?・・まあね・・。」
 由美は、思わず顔が赤くなっていた。ヒロシは由美の胸元をじっと見ていた。
「あれ?由美のおっぱいは、けっこう大きいんだね・・」
「ばか・・・ヒロシのえっち・・。」

「ねえ、母さん?お料理を教えてくれない?」
「え?いったいどういった心境の変化なの?いいわよ、由美。」
 由美は始めて持った包丁を母に教わりながら、少しづつ料理に挑戦していった。
 由美は、ヒロシの喜ぶ顔を想像しながら、真剣に母の言葉を聞いて包丁をていねいに動かしていた。母は由美の表情に女性らしい優しさが出てきたことを感じた。
「あら?由美の胸、ずいぶん大きくなって来たわね。そろそろ普通のカップのブラが必要ね。明日買いにいってらっしゃい。」
「新しいブラジャー?・・うん。じゃあ、真奈といっしょに買いに行くよ。」

 次の日曜の朝は、珍しく由美は早起きして台所におりてきた。
「お母さん、今日はご飯の炊き方を教えてよ。」
「やけに真剣ね。ひょっとして誰か好きな男の子でも出来たの?」
「・・まさか。友達の親が入院しちゃったんで、可哀想だからお弁当を作ってあげようと思って・・。」
「そうなの?じゃあ、美味しいお弁当を作って彼を喜ばしてあげなさいね。さあ、このエプロンを着けなさい。」
 母は、花柄のフリルを使った可愛いエプロンを由美に渡した。
 以前なら絶対に着けなかったのが今日は、素直に身につけている。
(やっと、女の子らしくなってきたわね・・・)
「けっこうお似合いよ。やっぱり由美は女の子ね。」
「・・えへへ。そう?」
 由美は、母の教えのとおりに料理をこなしていった。
「由美、なんだかうれしそうね?」
「うん、お料理って以外と楽しいんだね。」
「ヒロシくん、美味しいって言ってくれるといいね?」
「・・うん。ちょっと心配だなぁ。」

 入浴の時にタンスから着替えを出そうとして、以前からあったイチゴ柄のショーツが目に入った。うわぁ、可愛いな・・・。今夜からはいてみようかな?あ、スリップだ・・・。明日は下着売場でサイズを測るのにお店の人に見られるし・・。
 いつものババシャツには目もくれず、裾にレースをふんだんに使ったフェミニンなスリップを取り出した。バスに向かう由美は心がうきうきしていた。

 翌日、10時過ぎに真奈とデパートの前で待ち合わせをした。
 時間を少し遅れて真奈が到着した。
「由美、いったいどんな心境の変化なの?電話でブラジャー買いに行くの手伝ってて言われた時は、驚いちゃったよ。」
「だって、お母さんが・・今のスポーツブラは、サイズが合わないから大きめのにしなさいって・・・言うんだもん・・。」
「今日の由美、なんだか女っぽいよ。そんな、か細い由美の声を聞くのは始めてよ。やっと女心に目覚めてきたのね?」

 二人は、デパートの下着売場でいろいろと見て歩いた。
「へえ〜、ブラジャーっていろんな形があるんだねぇ。ボクのサイズはどれかな?」
「胸の一番出てる部分をトップバストって呼ぶの。それから、膨らみの下の部分をアンダーバストっていうのよ。サイズはアンダーバストとカップの大きさで決まるの。トップとアンダーの差がカップのサイズよ。」
「へえ、詳しいんだね?」
「女の子の常識よ。それくらい覚えておきなさいよ。」

 店員のお姉さんにサイズを計ってもらったら、B75であることがわかった。
「 由美、いきなりBカップ?いつのまにか、ずいぶん大きくなっていたんだね・・。」
「うん、どうも胸がしっくりこないと思っていたら、サイズがあっていなかったんだね。ちょっと激しく動くと胸がブラの中で動いちゃうんだ。」
「早く試着してみなさいよ。」
 カーテンを閉めてからしばらくして、中から声がかかった。
「真奈?なんだか胸元がゆるいよ・・・。これでサイズは合ってるのかな?」
「どうれ?見せてごらんなさい?」
 真奈もいっしょに試着室の中に入った。
「由美?ずいぶん、ふくよかな乳房になったわね。」
「乳房?たしかにそう呼んだほうがいいかな?」
「由美、ブラジャーをつけるコツはね、ちょっと前のめりになってつけてから、乳房をカップの中にきちんと入れて、それから背中のホックをするの。それで上体を起こして、乳房が脇の方に流れていたらね、寄せるようにカップの中に入れるのよ。最後に肩紐を調節するの。」
 由美は、真奈のいう通りにやってみた。すると見事な谷間ができあがった。
「ちょっと恥ずかしいなぁ・・・。」
「何いってるのよ?男の子の視線は、最初に胸元に行くんだからこれくらい大きければきっともてるわよ。ちょっと店員さん?このままつけて帰るから精算してくださいね。」

 それから、同じサイズの色違いのブラを何枚かとショーツやパンストを買って二人は、デパートをでた。
 その日は、ニットのシャツだったので胸の膨らみが強調されていた。
「ねえ、真奈?胸がじゃまで下がよく見えないよ・・。これじゃあ、ドリブルもできないよ・・。」
「もうサッカーは、卒業みたいね。これからは、もっと女らしいクラブに入ろうよ。手芸とか、生け花とかね。」
「うん・・。真奈もいっしょにやってくれるよね?」

 歩きながら、ブティックのショウウインドウにかわいらしいスカートが目に付いた。
「由美、このスカート可愛いね。そろそろ由美もこんなスカートはきたいでしょ?」
「え〜?こんな短いスカートなんかはけないよぉ・・。」
 でも心の中では、すこしづつ気持ちが揺らいできていた。
 ヒロシは、こんなミニのスカートをはいていったら、どんな風に思うかな?
 もう強がりを言っていないで、素直に甘えんぼの女の子になりたいな・・・。
 あんなミニのスカートがはいてみたい・・。
 ちょうどキャラクターショップの前にさしかかった時に、お弁当箱を見ていこうと思った。
 真奈と二人でいろいろ手に取り、結局選んだのは、サイズが大きめと小さめのペアになったイチゴの柄の入ったお弁当箱であった。
「真奈?ちょっと少女趣味かな?」
「由美はまだ女の子になったばかりみたいなものだから、これがお似合いよ。」

 その夜、由美は鮮烈な夢を見た。長い髪をした乳房の盛り上がった美しい女性が裸で立っていた。よく見るとそれは、由美自身であった。
 霧がかかったような向こう側から誰かがやってくる・・・。
 それは、女の子になる前の自分、雪雄であった。手にしているサッカーボールはきらきらと七色に光っていた。
「由美、いよいよお別れだね?もうボクはあちらの世界に行くよ。強がりを言っていないで自分に素直になった方がいいよ。これからは、女の子として僕の分も人生を楽しんでくれよな。くれぐれもお母さんやお父さんを大切にしてくれよ。じゃあ、最後にボクからのプレゼントを受け取ってくれ・・。」
 雪雄は、光るサッカーボールを由美に向かって打ち込んだ。
 光るボールは、由美の下腹部にぶつかり、身体の中へ消えていった。
「じゃあ、元気でね・・」
 そういうと雪雄の姿は、霧の中に消えていった。
「さようなら、男の子のボク・・・。あたし、きっとステキな女の子になるね。」

 夢から覚めると、まるで夢の続きのように腹痛が由美の身体に起きていた。
 見るとパジャマの下腹部に赤いにじみがしみでていた。
 由美は、雪雄からのメッセージをそのときに理解できた。
「雪雄・・ありがとう。」

「お母さん?下着を汚しちゃったよ・・。あそこから血が出てきちゃたの・・。」
「あら?やっと生理が来たのね?よかったじゃないの。これであなたも一人前の女よ。早くシャワーで流してきなさい。」
 シャワーを終えて出てきた由美に、母はビニールに入った白いものを渡した。
「さあ、ナプキンをおつけなさい。生理のはじめのころは出血の量が多いから下着を汚しやすいの。しばらくは、生理用のショーツをはくのよ。」
 母に教わり、慣れない手つきでナプキンをつけた。
「お母さん、女って面倒くさいんだね。これから毎月こんな思いをしなくちゃならないなんて、不便だな・・。」
「何をいってるの?女の幸せは愛する人の子供を産むことよ。あなたもこれで出産する資格ができたのよ。お喜びなさい。明日はお赤飯を炊いてあげるわよ。」
 自分の中でもやもやとしていた部分が吹っ切れたような気がした。
「は〜い。」

 今日は月曜日。いよいよヒロシにお弁当を食べさせる日であった。
 学校の制服に着替えて、珍しく母が買ってくれた鏡台の前に座った。
 髪がいつもぼさぼさのまま学校に通っていたが、今日は少しは整えていこう。
 ヘアーブラシですこし伸びてきた髪をゆっくりととかした。
 台所に降りてゆき、いつものように花柄のエプロンを着けた。
 母が手伝ってくれておべんとうは何とか格好が付いて、この前に買ってきてあったイチゴの絵の入った可愛いお弁当箱に入れた。
 それから由美のために母が炊いてくれたお赤飯をゆっくりあじわった。
「おいしい、お母さん。ありがとう。」
 ノドの入り口まで、「あたし、うれしい・・・」という言葉が出かかったけど・・・・照れて言葉を飲み込んでしまった。

 その日、由美はお昼休みがくるのが待ちどおしかった。

「どお?あんまり味には自信がないけど・・」
「うん。すごくおいしいよ!こんなにおいしいお弁当を食べるのは久しぶりだよ。由美のこと見直しちゃったよ。」
「・・・ボクだっていちおうは・・・女の子だからね。」
「ねえ、由美さぁ、そのボクって言い方は、似合わないよ。このところ、めっきり女らしくなってきてるしね?」
「え?そうかな・・。でも、ヒロシがそう言うなら・・・直してみるよ・・・。」

 毎日、ヒロシのお弁当を作っているうちに、由美はどんどん女の子らしく変わっていった。 以前なら、座る時に股を開いたままで気にしていなかったのが、このところ足をぴったりつけて座る習慣が身についていた。
 街で仲のいいカップルとすれ違った。男の子に甘えてる女の子を見て、自分もいつかあんな風に甘えてみたいと、ふと思った。

 ある日、いつものように一緒にお弁当を食べていた。
「由美、やっとお袋が退院できることになったんだよ。それでね、ささやかに家族で退院祝いをやることになったんだ。お袋がさぁ、由美にお礼を言いたいのでつれてきなさいって言っているんだよ。今度の日曜にうちへきてくれないか?」
「えぇ?ボクが・・・あたしが・・行っても・・・いいの?」
「ぜひ、お袋に紹介したいんだよ。俺の彼女だって・・」
「あたし・・・恥ずかしいな・・。」
 うつむきながら照れている由美は、自分がいつのまにか自然に女言葉を使っていることに気がつかなかった。

 彼女か・・。少しはおしゃれな格好をしていきたいなぁ。
 家へ帰り夕飯の支度を手伝いながら、由美はずっとそのことを考えていた。

 食事が終わって洗い物が終わり、二人でお茶を飲みながら話を始めた。
「由美、このところ家事を手伝ってもらって感謝してるわよ。」
「うん、あたしも少しは女の子らしくしないとね・・。ねえ、お母さん?買いたい服があるんだけど?」
「うん、何でも好きなものを買ってあげるわよ。何が欲しいの?」
「うん。・・・・・あのね・・・あたし、スカートがほしいの・・。」
「 あら、やっとその気になってくれたのね?じゃあさっそく明日買いにいってらっしゃい。また真奈ちゃんについていってもらわないとね。」

 いつものようにデパートの前で待ち合わせをしていた。
 約束の時間よりまた、遅れて真奈はやってきた。
「ごめん、由美。ちょっとお化粧に時間がかかっちゃって。」
「え〜、真奈ったら高校生のくせにお化粧してるの? 」
「まったく由美は無知なんだから・・。帰りに化粧品売場を覗いていこうね。」

 今までおしゃれに無頓着であった由美には、スカート売場で見るものは新鮮な印象があった。どれもみんなはいてみたいものばかり・・・。
「どれがあたしに似合うのかな?あんまり短いのは恥ずかしいしね?」
「今は、若い子向けのスカートは、ミニ丈が標準よ。このプリーツスカートが可愛いくていいんじゃない?さっそく試着してみなさいよ。」

「真奈・・どう、似合う?」
「うん、すっごく可愛いよ!由美はプロポーションがいいのね。」
「じゃあ、これにするね。あと、このスカートにあったブラウスも欲しいんだ。」
 二人は、ブラウス売場で服を選びながら、いろんなおしゃべりをしていた。
 この楽しさは男の子時代にはないものであった。
 結局、薄いピンク色のブラウスを買った。
「由美、せっかくだから着替えちゃいなさいよ。」
「うん、あたしも早く着たかったの・・・。じゃあ、そうするね」
「ねえ、1階の化粧品売場に寄っていこうよ。私、あそこは常連なのよ。」

 ちょっと派手目な化粧をした店員が真奈を見つけ声をかけた。
「あら、真奈ちゃんいらっしゃい。今日はお友達と一緒ね?」
「はい、お姉さん。親友の由美っていうの。この子は奥手だから、まだお化粧は初めてなのよ。」
「由美さん、きれいな肌をしてるわね?でもね、若いうちに手入れをしておかないと年をとった時に見られない顔になっちゃうわよ。」
「お化粧って・・・・面倒くさいんでしょう?」
「由美さんは綺麗になりたくない?男の子から綺麗と言われたくないの?」
「あたしだって・・女の子だもの・・言われたいです。」
「じゃあ、ここにお座りなさい?お姉さんがとびっきりの美人にしてあげる。」
 由美が照れながら鏡の前に座ってから、店員のお姉さんはまわりにいた女子高校生たちに声をかけた。
「ねえ、君たち?今からお化粧のレッスンをするから見ていかない?」
 由美はいつのまにか、化粧品のモデルにされていた。
(わ〜、はずかしいな・・・。でもどんな風に顔が変わるのかしら?)

「由美さんは、まゆの手入れを全然していないでしょう?こんな太い眉では男の子が寄ってこないわよ。いいこと?今からまゆを細くするからね。最初にファンデーションを眉のところに塗るの。それで元のまゆの形がわからなくなったらね、眉すみで形を書いていくのよ。慣れないようだったらテンプレートを使うのもいいわね。それから、形ができたらカミソリで余ったマユゲをカットして行くの。こうすれば簡単よ。」
 お姉さんは、手際よく由美の眉を仕上げていった。ファンデーションを落として、仕上がった眉を見ていたまわりの女子高生は、あまりの顔の変化に驚いていた。
「ねえ?まゆが細くなっただけですごく女らしい顔立ちになったでしょう?顔の印象は眉で決まるのよ。次からは、毛抜きで抜くとすっきりするわね。」
 由美自身もフェミニンな顔だちになった自分を見てうっとりしていた。

「みんなは高校生だからふだんは、お化粧できないよね。でもお休みの時なんかは、大人っぽく変身したいでしょう?こんどは、ナチュラルメイクをするわね。」
 お姉さんは、由美の顔にコットンで化粧水をなじましてから、ファンデーションを塗り始めた。気になっていたソバカスやニキビのあとが消えてゆき、顔全体がうっすらと白いベールをかぶったように変わっていった。
 それからマツゲのカールの仕方、マスカラの動かし方、アイシャドウのぼかすコツなどをじっくりと説明していった。最後に紅筆でピンクのルージュを塗っていった。

「どう、由美さん?すごく大人っぽくなったわね。お綺麗よ。」
 お姉さんの言葉にまわりで見ていた女の子たちもいっせいにうなずいた。
「あたし・・綺麗?」由美は心の中で鏡の中の美少女に話しかけていた。
 結局、由美はお姉さんが使った化粧道具をみんな買ってしまった。ただ、由美のモデルのおかげで他の女子高生もたくさん化粧品を買っていってくれたので、化粧品のサンプルを山のようにもらえて、真奈と二人で喜んでしまった。

 買い物が終わり、二人で喫茶店に入った。
「ねえ、真奈?あたしなんだか、おなかが空いちゃった。パスタでも食べようかな?」
「由美は昔から緊張するとおなかが空くのよね。女の子になってもかわらないね。」
 パスタが運ばれてきて由美は食べ始めた。
「あれ?由美はおなかが空いていたんでしょう?ずいぶん、ゆっくり食べてるのね?」
「だって・・せっかくのお化粧がとれちゃいそうなんだもん。」
「それで小さくお口を開けて、ゆっくり食べてるのね?今日の一日だけでずいぶん変わったよ。もう仕草まで女の子だよ。ねえ?窓際の男の子がずっと由美のこと、見とれてるよ。」
「・・・いやだわ、あたし恥ずかしいな・・・・。」
 由美は、消えそうなか細い声でそっとつぶやいた。

 家に帰ると長期の出張から父が帰っていた。
「お父さん、お返りなさ〜い。」
 あまりにも可愛らしい声に父は驚いて振り向いた。そしてミニスカートをはき、お化粧までした由美の姿を見て、もっと驚いた。
「・・・おまえ、ほんとうに由美か?なんて綺麗になったんだい?」
「あたしだって・・・女の子なのよ。少しはおしゃれをしないの。」
「そうか、よかった。よかったな、お母さん?」
「ええ、このところ急に女らしくなったの。家事も手伝ってくれるのよ。」
「あれ?お父さんはまだお食事前なの?じゃあ、あたしがお食事をつくってあげるね。お母さん、エプロン貸してちょうだい。」
 ミニスカにエプロン姿で台所に立っている由美を、父はうれしそうにずっと眺めていた。

 いよいよヒロシの家に遊びにいく日となった。鏡台の前でお化粧を始めた。
 濃いお化粧は、はしたなく見えるので眉を描くのとピンクのリップ程度に止めていた。
 昨日、真奈から「足が綺麗に見えるからパンストをはいていきなさいよ」と忠告されていたので、言われたとおりはいてみた。
 なんだか大人っぽい足になったような気がした。

 行く途中で手みやげのケーキを買って、ヒロシの家についた。
「ごめんくださ〜い」
 奥から出てきたヒロシは、魅力的なミニスカ姿の由美を見て、息をのんでしまった。
「・・・あたし、どこかおかしい?」
「由美・・すごくいいよ。可愛いよ・・・。さあ、上がって・・。」
 部屋の奥にいたヒロシの母は、大変美しい女性であった。
「いらっしゃい、由美さん。いろいろとヒロシがお世話になってありがとう。ねえ、ヒロシ?男の子っぽい子だなんて、ウソをついて・・。こんなに素敵なお嬢さんじゃないの・・。」

 それから楽しく談笑をしながら食事をした。
「やっぱり可愛いお嬢さんがいるだけで、家の中が花が咲いたみたいね?」
「そんな・・あたし、お嬢さんなんて柄ではないですよぉ・・。」
「ちょっと、テーブルの上の食器を片づけちゃうから、待っててね。」
「あ、お母さま、洗い物ならわたしが手伝います。」
 ヒロシの母からエプロンを借りて手際よく食器を洗い、片づけていた。

「ありがとう、由美さん。うちにも娘がいたら、ああやっていっしょに台所にたてるのね。よかったらうちの娘にならない?」
「それって、ヒロシさんのお嫁さんになるってことですか?」
 コーヒーを飲んでいたヒロシは、話しの飛躍の仕方におもわず吹き出してしまった。
「おい、お母さん。俺も由美もまだ高校生なんだよ〜。」
「あら?じゃあ、ずっと仲良くおつきあいをお願いしなさいよ。」
「まあ、お母様ったら・・・。」
 由美は口もとに手を当てて笑っていた。すごく女らしかった。

 帰り道は暗くなったため、途中までヒロシが送っていってくれた。
「ヒロシさん、素敵なお母様ね?あんな綺麗な人とは思わなかったわ。」
「おかあさんは、女一人で俺をここまで育ててくれたんだ。おれの理想の女性なんだ。」
「あら、ヒロシくんはマザコンなのね?」
「そんなことはないよ!でもね、最初に俺にお弁当を作ってくれた時のおまえは・・・うちのお母さんと同じような表情をしていたんだ。すごく優しい笑顔で素敵だったよ。」
 そう言って、由美を後ろから抱きしめた。由美は目をつぶったまま、ゆっくり顔をヒロシのほうへ振り向かせた。やがて二人は口づけをかわしていた・・・・。

「好きだよ・・由美!」
「あたしもよ、ヒロシ・・。」

 家に帰って部屋の階段を上ろうとしてら、母が声をかけてきた。
「どうだった?恥はかかなかったわね?」
「うん、あたしをお嫁さんに欲しいってヒロシのお母様が言ってたわよ。」
「まあ、ごちそうさま。ねえ、由美?髪がずいぶん伸びたけどそろそろカットに行く?」
「・・あたし、髪を伸ばそうと思うの・・。」

 由美は部屋に戻り鏡台の前に座り自分の顔を見つめた。
「あたし、もっと綺麗になりたい。ヒロシのために・・・」
 お化粧をクレンジング・クリームで落としながら、鏡台の横に置いてあるイチゴのお弁当箱が目に入った。ヒロシと由美を結びつけてくれた記念のアイテムであった。
「ありがとう、あなたのおかげよ!」

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