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吸血姫的日常生活



第五話


〜あむあむしたいの♪ 編〜


作:ノイン イラスト:ノイン


あらすじ

 天津赤奈(あまつ・せきな)は突如として女の子になってしまった男の子。しかも吸血鬼にもなってしまったのである。学校での生活にもだいぶん慣れてきたとはいえ、赤奈の苦労は尽きない。みんながみんな、なぜか赤奈に(// //)になってしまうのだ。そしてその顕著な例として、体育のお着替えタイムが挙げられるのだった…。憐れ。


 わいわい。きゃいきゃい。わいわい。きゃいきゃい。

 いつの時代も着替えでの女の子の黄色い声は変らないものだ。それは神様が書き記した預言書よりも確実な事柄である。
 なぜかは言うまでもあるまい。
 この作品はTSを基軸としているからだ。そして、TSのお約束といえば、お着替えだ。
 思えば何故TS的な『お約束』にお着替えが留意されているのかについてはいまだ謎が多い。単純に萌えを追求した結果だろうか。
 いや、おそらくは『服』というものがジェンダー的な役割の仮託されたきわめて象徴的な役割を果たすからではなかろうか。
 つまりは『服』に象徴されたジェンダーを意識する。それとともに服を脱ぎ、本来的な性を了解する。
 それはすなわち…
 肉体的あるいは精神的、その両方における真の意味でのTSである。

 というのはどうでもいいことだった。


 体育の時間が近づいて、赤奈のクラスの女子達はわいわいと騒ぎながらお着替え中であり、赤奈はできるだけ身を小さくして、ミルク色の穢れない肌を他の子たちに見せないようにがんばっていた。
 その姿に女の子でさえ生唾ごっくんな状態であることはもはや揺るがない事実。神の萌えなのだ。そこに論理を持ち込んだところで、ナンセンスであろう。
 ところで、赤奈の初お着替え時間はいろんな意味で激しくやばかったりした。
 今は何回か着替えを経験し、なんとか平静を保っていられるが、やはり男子禁制の花園はうぶな赤奈にとって精神上とっても厳しかったらしく、最初の時、赤奈はただただ完熟トマト並に顔を紅く高揚させ、どきどきしっぱなしだったのである。
 まあそれは今も変らないのだが、最初のときがやはり一番ひどかったのだ。
 悲劇というか喜劇というか、そういう状況下であれば人間誰しもミスをするもの。赤奈は絶対にやってはいけないミスをしてしまった。
 いや、正確にはミスというよりは事故かもしれない。赤奈は勘違いをしていたのだ。
 体育の時にはブラジャーは脱ぐものだと…。
 つまりは迂闊にもクラスの女子の前で、平均よりちょっとだけぷりちぃな胸をお披露目してしまったのである。
 あとは説明するまでもないだろうが、悠久のTS的歴史の神秘に乗っ取り、換言すれば、『TS少女は萌えすぎてしまって、他の女の子達に遊ばれちゃう』という伝説級の黄金律が働くことによって、赤奈は陵辱の一歩手前までは逝ったのであった。
 まあとりあえず、赤奈にぞっこんな女の子、美弥についてはお触りだけではすまなかったとだけは言っておこう。
 あんまり深く言及すると、なんというか…その、言いにくいのだが、この作品自体が掲載されない危険性が出てくるので描写できない。
 それでも、読者の方は知的好奇心に満ち満ちていると思うので、一言だけ婉曲的に述べておこうと思う。
 美弥には吸われた……以上、これが最初のお着替えタイムだった。
 これは赤奈にとっては、トラウマにでもなりかねない恐怖体験であったと言わねばなるまい。
 二度とあんなことにはなりたくないと思い、今は他の女の子達と視線を合わせることなく、黙々と着替えにいそしんでいる。
「ふう……ここが正念場だ」
 どこらへんが正念場なのかは微妙に謎だが、ともあれ赤奈は制服を脱いで上半身はブラジャーだけになった。ちなみに今回のブラジャーは薄ピンク色の可愛らしいタイプ。お色気は抑え目であるが、これは赤奈の性格にもマッチしている。

「せ〜き〜な〜ちゃん♪」
 突然投げかけられた声に赤奈がぎくりと固まった。
 持っている体操服で胸を覆い隠して振り返ると、美弥が満面の笑みを湛えて立っていた。
 お花畑のようににこりと笑う顔が妙に恐い。
「な…何? 美弥ちゃん」
 うわずってはいたがなんとか声を絞り出し、赤奈は冷や汗を浮かべた。
「今日のブラジャーも可愛いにゃん…」
「可愛くない。可愛くないよ!!」
「そう? こんなに可愛いのに…赤奈ちゃんのお胸が可愛いからかな」
 赤奈は頭を振り振りして否定した。しかし美弥の目はすでに遠く陽光に満たされた楽園を見つめている。
「ボク…ボクは違うの…男なのに
 美弥の視線がなぜだか恐くなり、赤奈の涙腺が不覚にも緩んだ。
「やっぱり、赤奈ちゃんのは可愛いにゃ…」
 美弥がうるんだ瞳で赤奈のダークグリーンの瞳を見つめた。そしてそのままゆっくりと赤奈に向かって近づいていく。
 赤奈は後ずさった。しかしガタンと小さな音が響いて、赤奈が視線を後ろに向けると、無情にもそこには鉄のロッカーがたたずんでいた。
 後ろにはもう一歩も下がれない。
 周りをよく見てみると、他の女の子達も微妙に熱を持った目で見つめていた。
 これはやばいかもしれない。いや、もはやチェックメイトというかフラグが立っている。あとは誰がトリガーを引くかである。
 そしてそのトリガーに手をかけたのはやはり美弥だった。
「えいっ♪」
「うきゃ」
 美弥の手の中にすっぽりと収まる赤奈の胸。
 それは命の鼓動を刻む心臓にほど近い場所であるため、体温を直に感じる場所でもある。
「やっぱりちょっとだけあったかいにゃぁ…」
 美弥はほふぅぅっと息を吐き出し、ご満悦の様子である。しかし赤奈はそれどころではない。
 女の子に触られるとなぜか微妙に気持ちよかったりして、でもやっぱり恥ずかしかったりして、どうしてよいかわからないのだ。
「もみゅもみゅ♪ 堅いような柔らかいような、なんだか気持ちいい感触にゃぁ」
「あっうっ…」
 涙がぽろりの赤奈。なぜか少しずつ吐息が荒くなってきつつある。
 その直後、いままで黙っていた女子生徒たちの一人が美弥の肩に手をかけた。
「ん、どうしたの?」
 美弥はお楽しみタイムを邪魔され、若干不満げに声を出した。
 赤奈にこれで助かったと安堵の表情が芽生える。

 

 そして――。


「「「「「美弥ちゃんばっかりずるい!!」」」」」

 絶望♪

 クラスの女子は臆面も無くのたまい、赤奈の脳裏に悲劇の初着替えの記憶がよぎりまくる。
「み、みんな…嘘だよね…ハハ」
「嘘なんてつくわけないじゃない。私も触らないとと気がすまないのぉ」
 割とおとなしめでかわいい系のお方が大胆にも赤奈のうなじを触るか触らないかの絶妙なタッチで撫でた。
「あっ、ちょ……ひゃっ」
 赤奈が妙に艶のある声を出す。その声に牽引されるがごとく、皆の目の色が徐々に獣色に染まっていった。
 場に満ちる奇妙なピンク色の波動。
「ああ、赤奈ちゃんの小さな肢体を未体験の快感が襲い、力が抜け落ちる中で切なく抵抗する様がとっても扇情的なの…」
 名も無きお姉さんキャラが生唾をごくりと飲み込むと、すぐにダイブして赤奈のりょーじょく的お着替えに参戦する。
「みっ…みんなやめ…」
「じゃあ、私は足をおさえとこうかな。あっ…ふとももの内側がすごく柔らくてすべすべだよっ。へへ…かわいいね」
 とA子さん。名前ぐらいつけてやれよとナレーションは思った。

 なぜか熱気が漂ってくるロッカールームで、赤奈はだんだんとだんだんと…名前の通り白い肌が赤く染まっていった。
 断続的に続く高い声。汗ばむ肌。決して運動をしているわけではない。
「あれぇ? 赤奈ちゃんのブラジャーってちょっときつそうじゃない?」
 不意に眼鏡をかけた女の子がわざとらしく声をだし、みんなが一斉にうなずく。
 全員の心が信じられない結束を見せ、美弥がすべての生徒の欲望を仮託して赤奈のブラジャーに手をかけた。
「ちょっとサイズが小さいかにゃぁ? 赤奈ちゃん」
「ご、ごめんなさい……」
 別に謝る必要も無いのに、錯乱の扉に手をかけている赤奈は正常な思考ができていなかった。
「私が取ってあげるね」
「あああ……神様、ごめんなさい。ボク…もう悪いことしませんから…許して許して…」
「汝の罪は赦された♪」
 とか言いつつ、罪を重ねる美弥。
「ふわあっ。何度見てもかわいいよ♪ 赤奈ちゃんの胸」
 美弥はそう言って、ぽちっとな的に某所を触った。
「やうっ」
 危険ゾーンだ。そろそろ17・5キーンは突破した気がする。
 これがあと0・5ほどずれ込むと、この作品は闇へと葬られてしまう!
「では、逝きますか♪ みなさん♪」
 けっして運動場に行こうと言っているわけではない。そんなことは誰しもがわかりきっている。
 みんなの心はひとつだ。こんなんで一つになっていいのかは謎だけども。

「「「「「「「おー♪」」」」」」」

 グレゴリオチャント並に綺麗にハモった。
「や…みんな体育のじゅぎょ…あ…」
 

 …略♪



「あ……ふぅ……もうやめて…」
 ちょっと泣きが入って、ようやく陵辱戦隊ジョシセイトーズは赤奈から手を離した。
「ちょっとしたスキンシップだよ。女の子どうしだしね♪」
「はぁ…はぅ…そ、そうなの…? これが…女の子のスキンシップなの?」
 赤奈は本気で美弥に尋ねた。
 こんなんが本当のスキンシップなわけがないが、実のところ、赤奈の姉が毎度毎度いたずらするときの言い訳として、スキンシップという言葉を言い続けたため、ついに赤奈は女の子とはそんなものなのかと、常識とはかなりかけ離れてしまった認識を持つに至ったのである。
 美弥もこの反応はさすがに予想していなかったらしく慌てた様子で言いつくろった。
「そ、そう。これがスキンシップにゃ!! 女の子どうしだから問題ないにゃ!!」
「そうかぁ…知らなかったよ」
 感心したようにうなずきつつ疲れた声でそう言ったあと、ようやく赤奈は体育用の下着を着た。
 その上からカッターシャツふうの体操着を着込み、下に着るモノを手に取る。
 下はスパッツのような配色だが、実は半ズボンだったりする。
 赤奈としては男の子だった時とさして変らないこの体操着に安心するのであった。
 これが伝説のブルマと呼ばれるものであったら、着替えはとてつもなく厳しかったに違いない。
「赤奈ちゃんって、やっぱり可愛いな。なんだか反応がすっごく幼い女の子って感じで…」
 美弥は小さく唇を開き、顔を紅潮させ、こっそりと赤奈のショーツ姿を目の中に焼き付けた。
 美弥の視線に赤奈だけは気づかない。とりあえずずっと様子をうかがっていた陽子が美弥に向かってこっそりと囁いた。
「美弥さんはなかなかやりますわね。まずは洗脳ですか? 純情な少女にまちがった知識を植えつける。王道といえば王道ですが」
 口調はあくまで丁寧だが、言っている内容は毒を含みまくりである。
「よ…陽子ちゃん…別に私は何もしていないにゃ」
 美弥は焦り顔を浮かべた。そんな様子に赤奈は疑問符を貼り付けて、美弥の顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「なんでもないにゃ!! そう全然なんでもないにゃ…」
 美弥の焦る様子にますます怪訝な表情になる赤奈。そして、陽子はふふふと小さく笑うと、またまた小声で囁いた。
「赤奈さんはああ見えて、なかなかにエッチな女の子ですからね。篭絡するのは意外に簡単かもしれませんよ」
「よ、陽子ちゃん…。私は別に友達としてごにょごにょ…そう!! 友達として胸の大きさが気になっただけにゃ」
 美弥の胸はそのなんというか……ペチャっていた。なので、その理由は結構説得力があったりする。ちなみに陽子は日本人的な美しさを持つかなり長身な少女であるので、該当部分も相応に発達していると見てよい。
 赤奈は何とはなしに視界に入った陽子の胸を見つめ、自分のと見比べてみた。ちょっと自分のは小さいのかもしれない。
 そんな考えがふとよぎる。しかし次の瞬間、美弥の胸を見るとなぜか安心してしまった。
 ああ、一応言っておくが、もう着替えは済んでいるのでブラジャーを見たわけではない。まあさっきの陵辱のせいか、一番着替えが遅かったのは赤奈だから当然である。
 赤奈が小首をかしげた。
「ボクって普通ぐらいかな? 胸」
「ええ。まだ私達は中学生ですし、これからですよ。赤奈さん」
 小声で言ったつもりだったのに、なぜか陽子ににこやかに答えを返され固まってしまう赤奈。
 なんで、自分は胸のことを心配しているんだろう。まさか心まで女の子に!? そんな考えが脳を駆け巡るともう耐えられない。
「ちがう!! ちがうもん!! ボクは別に育たなくていーの!!」
「どうしたにゃ。赤奈ちゃん!!」
 いきなり錯乱しはじめた赤奈に美弥は着替えを中断して驚きの声をあげた。
 クラスの女の子全員から注目を浴び、赤奈は顔を紅くしながら小さく小さくなっていく。
「あらあら…赤奈さんはやっぱり大変ですね」
 陽子はそんな中で聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟くのであった。


 赤い色をした運動靴に履き替えて、赤奈は校舎の外へ出た。
「うーん、お日様がまぶしいね」
 太陽に向かって手をかざすと、手の平全体がだいだい色で満たされる。
 この色。この暖かさ。太陽の祝福に思わず顔が綻んだ。
 吸血鬼にとっては忌み嫌う存在である太陽も、赤奈にだけは優しく微笑みかけてくれる。
 お返しとばかりに太陽へ無垢な微笑みを返していると、美弥がいきなり後ろから抱き付いてきた。
「赤奈ちゃんの髪って、お日様に透けると紅く見えて綺麗だね」
「うん。そうみたいだね。色素が薄いのかな…」
 前髪のわりと長い一本を目の前に持ってきて、太陽に透かして見てみる。普段は闇一色である髪も光の加減で色が変って見えるようだ。
 そうこうしていると、美弥はさらに身体全体を赤奈にすり寄せるようにして、くんくんと匂いをかぎ始めた。
「うわっ。美弥ちゃん、ボクの匂いをかがないでよぉ」
「赤奈ちゃんって、私のおばあちゃんと同じ匂いがする…」
 美弥は安心しきった顔で、赤奈へ体重を預けてきた。
「おばあちゃん?」
 赤奈が怪訝な表情で聞き返すと、すぐに美弥は頷いた。
「私のおばあちゃんは縁側にいるのが好きで、お日様の匂いがするの。赤奈ちゃんも同じ匂いがする。すごくいい匂いにゃぁ」
「そっかぁ、ボクもそういうの好きかも。太陽の光って浴びていると気持ちいいもんね」
 歴代の吸血鬼が聞いたら、うらやましがるに違いない一言である。
 いや、あるいは嫌悪するだろうか。自らを呪う存在を好きだと言う赤奈を。

「あ…バカが来たにゃ」
 校舎からの人影を視認し、美弥がぽつりとつぶやいた。別にどうでもいいといった面持ちだ。
「よっしゃああああああ。体育だぞ。どけどけどけ」
 言わずとしれた健太郎であった。彼は正直言って、勉強と運動が反比例の関係にあるお方である。
 当然というか、勉強が落ち込めば落ち込むほど、運動に学校の希望を見出していた。
 そのためかは知らないが、体育の時間は信じられないほど力が出るようである。
 人並みをかきわけるようにして、赤奈の側までやってきた健太郎は目の前で足並みを止めた。
「ふん…美弥。今日の勝負はもらった」
「勝負…? 別に勝負なんかしてないにゃ!」
「そうか。やる前からすでに逃亡か。今日の体育はお前の得意なサッカーだったのにな。それは残念」
 そこまで言って、健太郎はニヤリと口元をつりあげた。
「むきゃあああ!! バカ健太郎!!」
「負け猫はよく吼えるな♪」
「にゃうううう!! いいにゃ。勝負でもなんでもやるにゃ!!」
 すでに怒りが頂点まで達していた美弥は一も二も無く、勝負を受けた。
 とそこで、ようやく校舎の中から出てきた逼治がこちらに駆け寄ってきた。
 どう見ても体力勝負ではなさげな彼は見た目どおり本当に体力には自信が無い。しかし彼の心は芯が強いのだ。
 逼治は陽子の側に近寄ると、ほふっと息を吐き出した。
「陽子さん…今日も美しいです」
「あら、ありがとうございます」
「陽子さんの美しさの前では太陽さえもかすむようです…ああ、なんで貴方はこんなにも美しいのだろうか。語らえざる美しさを持つものには沈黙しなければならないと言いますが、どうか貴方の美しさを語る傲慢さをお許しください…ウツクシイ…ウツクシイモノヲワタシハミタ…」
 陽子は微笑を浮かべたままだ。何を思っているかは伺い知ることはできない。
 逼治はとりあえず日課としている陽子への賛美を終えたあと、健太郎の方に向き直り、明らかに先程とは違う顔つきになった。
 そう。なんというか『どーでもいいっす』的な表情である。
「お前なぁ…毎回言っているけど、女の子にまで勝負ふっかけなんよなぁ…」
「ばかやろおおお!! 勝負に女も男もあるか!! これは真剣勝負なんだよ。生きるか死ぬか。そんなんがいいんじゃねーか」
 もはや健太郎の論理は常識という範囲を完全に逸脱していた。
 一瞬呆気に取られた逼治たちだったが、すぐにあきれ顔を浮かべると、健太郎を放っておいて運動場へ向かい始める。無視された健太郎はちょっとだけ寂しかったのか、コソコソと後に従った。


 セント・ソフィア中学校。グラウンド。
 土埃が舞う砂の地面は綺麗に整地されており、大きな石はほとんど無いに等しい。
 そして外郭を覆うように緑色のネットが覆ってあり、おそらくは野球などでボールが外に出ないようにしてあるようだ。
 一陣の風が吹く。
 春の陽気と涼やかな風が混ざると、なぜか眠たさが満ちてくるようで、赤奈達の動きもどこか緩慢になった。
 空は澄み渡るような青にぷかぷかと白い雲が浮かんでいる。そのコントラストにはすがすがしさとともに柔らかさもある。
「ぽかぽかにゃ〜」
 いやほんとにぽかぽかだった。
 美弥の言葉のとおり、今日はとても気持ちいい。太陽と風が絶妙のバランスを保っているのだ。
 空色の風とともに白い旗がゆっくりと揺らめく。
 校舎の反対側、すなわちグラウンドの一番奥には校旗が掲げられており、赤奈たちはそこの側に集合していた。
 どこか整列にもだらだらとした感じが漂うのは春のせいだけとは言い切れないだろう。
「おい、お前ら、はやくしろよ」
 体育の先生、鴨川が胸にぶらさげているホイッスルを強く吹いた。
 鴨川先生は20代後半のまだまだ若いお方で、性別は一応女であると言われている。
 なぜ一応かというと、彼女は某ドラクエに代表されるようなファンタジー世界の女戦士並に筋肉がついており、男子生徒が束になってかかっても勝てそうにないからだ。
 また彼女の言動を見てもわかるとおり、割とラフな性格ではあるが別に粗暴というわけではない。どっちかというと生徒の人気もあり、特に女子からのそれは凄まじいものがあるらしかった。
 赤奈のクラスも鴨川先生の言うことは大人しく聞いて、あっという間に一列に並びビシリと一直線を成す。
 鴨川先生はその様子を満足そうに見渡すと、張りのある声を出した。
「よし。今日はサッカーをやるぞ」
 赤奈たちの学校では特に女子と男子を分けることは無い。とりあえずできうるかぎり同じ授業を行うようにされてある。
 男女の平等の徹底化。
 それが形式的なものか実質的なものかはとりあえず置いておいて、まあサッカーぐらいなら男女差は特に出ないだろうし、これでよいのである。
「とりあえずいつものようにやってくれ」
 鴨川先生はそれだけ言うと、とことことベンチ向かって歩いていき、深緑色をした木製のベンチにどかっと座った。完全な放置主義のような感じがしないでもないが、これも生徒の自律心の成長を促すためなのだ。
 生徒達はおのおの四つぐらいのグループに分かれ、その中のうち二つのグループがサッカーの試合をする。他方、残ったものたちは観戦だ。そして決着がついたら入れ替わる。一つのグループがだいたい10人程度なので、これがベストなやり方だった。
 赤奈のグループは後半の試合をするグループであり、運動場と校舎のちょうど境の段差になっているところに腰掛け、サッカー観戦もそこそこに談笑していた。女の子達はサッカーなんかより友達どうしのおしゃべりのほうが楽しいお年頃なのである。
「赤奈ちゃん。赤奈ちゃん」
「ん? なに? 美弥ちゃん」
「赤奈ちゃんももっとお話しようよ」
「ん…うん」
 やはり赤奈としては、女の子のおしゃべりのハイパーさになかなかついていけないところがある。
 それに話題だ。話題が違いすぎる。
 好きなアイドルや少女漫画のお話。果ては好きな男の子のこと…等等。赤奈としてはもはや別世界のことをヘブライ語あたりで話されている気分であったのだ。
 どことなく疎外されているような感じがして、赤奈は寂しそうに顔を伏せた。
「あう…」
 その顔を見ていた女子数名、その他、赤奈をこっそり観察していた男子数名が撃沈される。
 言ってみれば儚げに風に揺れる一厘の花のイメージだろうか。
 赤奈の身体から『癒して♪ お願い♪ 癒してよぅ♪』といった謎波動がでていたために、一瞬で生気を抜かれたのだ。
 いわゆる骨抜き状態である。
 ゼロ距離から萌え波動を喰らった美弥は一瞬気が遠くなるのを感じたが、それでも赤奈が寂しそうなのを心配して、思いついたことを口走った。
「そうにゃ! 赤奈ちゃん。学校の近くにアクセサリー屋さんができたの知ってる?」
「あくせさりぃ? 宝石とかのこと?」
「うん。でもそんなに高くないよ。すごく可愛くて綺麗なのにゃん」
「綺麗…?」
 赤奈は『綺麗』という言葉に微妙に反応した。別に男女に関係なく、見るものを惹きつける美しさというものは存在する。きらきらと輝く宝石は見るだけならば別に無害であるし、赤奈としてもそれなりに興味があるところであったのだ。
「そういえば、赤奈ちゃんの髪飾りもすっごく綺麗だよね。どこで買ったの? それ」
「ん…これ? これはボクの家に代々伝わっているものなんだって」
「そうなの? 珍しいね。こうもりの髪飾りって」
 うっとりとした美弥の視線に、赤奈は少々押されぎみだ。
 どっちかというと視線の先が髪飾りではなくて赤奈の薄紅色をした唇に向けられているような気がしないでもない。
「美弥さんがいつもなさっている黄色いリボンも何か家に縁のあるものなのではないですか?」
 陽子は美弥のブラウンの瞳にじっと視線を合わせ、それから美弥の髪を半分ほど覆っているビッグサイズのリボンに見入った。
 こんなの普通の店には売ってなさそうだ。
「これは、うーん…魔法のアイテムにゃ」
「魔法ですか? それはどのようなものなのでしょう?」
「それは…それは…にゃんでもないにゃ」
 なぜか額に汗を浮かべる美弥。どうにも怪しさが漂う。
「あ…試合に決着がついたようにゃ」
 美弥は言い訳っぽくそう言うと、一気にグラウンドの中心に向かって駆け出した。



「ふふっ…。ついに俺の時代が来た」
 サッカーボールに足下に置き、健太郎は燃え上がる炎をバックに拳を固めた。
 健太郎は身長が高いので黙っていればそれなりにかっこいい。
 だが、さすがにその所作は変態の部類に入りそうな感じなので、まことにかっこよくなかった。
 正面に対峙するは美弥。ちなみに赤奈も美弥のグループである。
「バカ健太郎。勝負にゃ」
「ふん、バカ猫がっ…うん? お前もか」
 なぜか赤奈を睨む健太郎。
 彼の敬愛する赤哉(現在の赤奈)がいなくなったのが同じ時期に転校してきた赤奈のせいだと、よくわからない逆恨みをしているのである。
 一瞬で涙目になった赤奈を守るように美弥が一歩前に出る。
 両者の視線が空中でぶつかりあい、バチバチと火花が散った。
 鴨川先生が笛を吹く。
 一斉に動き出す生徒達。やっと、試合が始まった。

 まずは健太郎が近くにいた逼治にパスを出す。逼治は自信が無いのか、あるいは面倒くさいのか数秒ボールを玩んだあと、すぐに健太郎にボールを返した。
 あとは健太郎の独壇場。高い身体能力を駆使したドリブルだ。
 ゴールに向かって一直線に駆け出し、パスもせずに強引に得点を狙う。
「ん、もう来たか。さすがに速いな」
 すぐ横に美弥が来た。
 小柄な身体な割にその動きは俊敏だ。まるで閃光のような瞬発力であっという間に健太郎に追いつき、執拗に追いすがる。
 二人の動きに誰もついてこれない。
「ちょ、ちょっと待って…」
 迫ってきた二人の姿にゴールキーパーが焦った声を出した。だが、二人は爆走していて気づいていない。
 健太郎が走りながら美弥を見る。やはり女の子のせいか美弥はちょい遅れ気味だ。この隙にとばかりに、健太郎はピッチを上げる。
 目の前にゴール。
「おりゃああっ!」
 健太郎が思いっきりボールを蹴り上げた。
 瞬間、爆発的な勢いでボールは突き進み、ゴールキーパーの身体にぶち当たった。
「ばかぁぁけんたろーうぅぅ!!」
 嘘のようなまことの話だが、キーパーごとゴールを決めてしまったようだ。
 健太郎は振り返って美弥に向かってニヤリな視線を送った。
「ははは、俺の勝利だな。まあ所詮、お前程度では勝てんということだ」
 顔を伏せる美弥。アニメ的に表現すれば髪で目が隠れて哀しみを表現する――の図だ。
「はは…はは……」
 笑い続ける健太郎だったが、ちょっと変だなと思っている。
「はは……は…」
 完全に額には冷や汗。もしかして泣かしちゃったとでも思っているのだろうか。
 健太郎はそっと美弥の顔を覗き込んだ。
「やっぱり健太郎はバカにゃ」
「はっ?」
 美弥は泣いていなかった。というより、むしろ嬉しそうだ。
「なんだ? なんだ?」
「よく、ゴールを見てみるにゃ。バカ健太郎は味方のゴールにシュートしたにゃ!」
「なんだってえぇ!! 騙したなぁ」
「にゃははははははははははは」
 振り返って見てみると、ゴールキーパーがボロボロになりながら、じと目で健太郎のことを睨んでいる。
 世間の風は冷たかった。

「よし、今度はこっちの番だね。はい、赤奈ちゃん」
「えっ。うん」
 美弥から回ってきたボールを赤奈はとりあえずドリブル的な動きで前に進める。
 お世辞にもうまい扱いとは言えないが、これは女の子になったからだろうか…。
「赤奈ちゃん。がんばって」
「う、うん」
 しかしなぜだろう。すぐにでもボールを奪えそうなのに、誰も取りにいけなかった。
 それはきわめて単純な理由だ。
 みんなの心は一つ…。

 

 

ああ、ボールになりたい。いやむしろ蹴ってください。(謎)

 

 

 わけがわからない…。というか彼女のがんばっている様は非常にかわいらしかったのだろう。
 赤奈は自分が男の子だったというプライドもあってか、今の身体のひ弱さを認めたくないところがあり、体力の限界までがんばっていた。
 クラスのみんなが目を奪われている中。ただ一人彼女に向かっていった人物がいる。
「おらおらぁ。今度こそ根性だあ」
 飽きもせずに、またまた健太郎だ。
「うわっ。健太郎くんだ」
 赤奈ピンチ。ここは誰かにパスをと思ったが、よく見てみると赤奈に目を奪われていて皆の目が死んでいた…。
 サッカーなんてやる気ゼロパーセントだ。
「おらおらっ。さっさとボールを渡せぃ!!!」
「うわわっ」
 目の前に弾丸のように飛び出してきた健太郎を必死にかわす赤奈。
 負けたくないという思いがある。だって自分は男の子なんだから。
 しかし現実は厳しい。目の前の野獣もどきは超絶健康優良児なのだ。小柄な少女に過ぎない赤奈では勝てるわけもない。
「ううっ」
 健太郎の執拗かつガサツな足回りに皆の殺気が高まり、健太郎に向かって一直線に走り出した。

(赤奈ちゃんを傷つけたら、コロス)
 
 サッカーはどうでもいいのだろうか。
 しかし、駆け出すのが少しばかり遅かった。ついに赤奈の足の下にあったボールに健太郎の足がかかる。
 赤奈は必死になってボールを守ろうと細い下肢を伸ばす。
 そして、もうもうと湧き上がる砂埃の中、二人の足がもつれた。
「ぬおっ…」
「わきゃ」
 砂煙。すべてを多い尽くす砂。そして、それが晴れたとき、皆の視線が固まった。
 それはもはや現実として起こったことであるが、もっともあってはならない事象だった。
 健太郎の下に組み敷かれているかのように赤奈が小さくうめき、健太郎の手はなぜか赤奈のふっくらな胸に当てられており、さらにはなんというか口と口が微妙に接触していたのである。
 完全にみなが固まっていた。
 感情も思考も何も無い。虚無的な何かが支配するそんな場。
「ん〜…いたたたっ。んお!!」
 なんとか現状復帰した健太郎がいきなり置かれている状況に面食らい、数メートルほど後ずさった。
 赤奈がぼーっとした表情で、身を起こし地面に座る。
「キスされちゃった…はじめて…じゃないけど、男の子としたのは初めて…」
「あ、あの…その…」
「大丈夫だよ、ボク全然気にして無いから」
 赤奈は健太郎ににこりと笑いかけると、すっと立ち上がった。
「ボク…全然気にしない。だって男の子だから…」
 とか言いつつも、なぜか涙目になってきつつある赤奈。
 次の瞬間、赤奈は美弥に抱き締められていた。
「あう…?」
「赤奈ちゃん。大丈夫?」
「うん。全然」
 でも全然じゃなかった。なぜかぽろぽろと泣き始める赤奈。
「よしよし。恐かったね。赤奈ちゃん」
「健太郎君にキスされちゃったよぅ」

 一方、健太郎の方はむごいことだが、天誅を受けつつあった。
「待て…事故だ。事故なんだよぉ!!」
 皆が健太郎の周りにリングを描き、足下には一応サッカーボールが置かれてあり、
 そして、誰かが健太郎の足を引っ掛け、地面に転がした。
「ちょ、お前ら…ま…」
 あとは素敵にドリブルだ。ドリブルの最中、なぜかゲシゲシされているのは気のせいだろう。
 多分、彼が昇天するまでつづけられると思われる。


「先生。赤奈ちゃんが転んじゃったから、ちょっと水飲み場で洗ってきてもいいですか?」
「ああ、いいぞ。だがサボるなよ」
 目の前でリンチもどきのサッカーがなされているのを遠い目で眺めつつ、鴨川先生は美弥に対して微笑を浮かべた。
「あ、美弥ちゃんいいよ。ボクは一人で歩けるし…」
「だめだよ。怪我しているにゃ」
 ほんのかすり傷程度である。肘と膝を少しすりむいたぐらいだ。
 だが、赤奈の柔らかな肢体を抱き締められれば、それでよかったのだろう。言い訳なんか後からついてくるものなのだ。
 美弥の身体がぴったりとくっついてくる。歩きにくいことこの上ない。
 校庭の裏にある水のみ場に向かうには二つのルートがあるのだが、今回は校舎の影になっている細いでこぼこの砂利道を通っていた。
「美弥ちゃん。歩きにくいよ」
「大丈夫、大丈夫。わにゃっ!!」
 いわんこっちゃない。
 二人は盛大にずっこけ、そのままじゃりじゃりした砂とつきでた石が危ない地面に顔ごとずどーんと落ちてしまった。瞬間的に美弥が身体を入れ替えて、赤奈をかばったのはまさに奇跡的である。
「いたた…ごめんね。赤奈ちゃん」
「ん…ボクは大丈夫。あっ、美弥ちゃん怪我しているよ」
 見ると、美弥の顔にすっと横に切ったあとがあった。赤奈が心配そうに美弥の顔を見つめる。
「あ、ほんとだ。でもそんなに深くないみたい。ちょっと痛かったけど、赤奈ちゃんに怪我が無くてよかったにゃ」
 美弥の言葉に安心しつつも赤奈の心配は収まらない。
「美弥ちゃん。ボクにつかまって!」
 赤奈は美弥の腰に手を回し、抱え込むようにして歩き出した。二人の身長がほぼ同じぐらいなので、なんとか運べなくも無い。
 美弥は棚からこぼれてきた幸せをめいいっぱい享受し、顔から笑みがこぼれた。
「赤奈ちゃん。ぎゅっ♪」
「それはくっつきすぎだよ〜」
 ともかく赤奈は行進しはじめた。その足並みは今度は転ばないことを第一としているために遅い。
 美弥は幸せ爆発中。この幸せが長く続くことをせちに願っている。
 水飲み場が近づいた。美弥は最後の最後まで赤奈に抱きつき離れないつもりだ。
「美弥ちゃん。ついたよ」
「にゃ」
「美弥ちゃんってば」
「にゃ」
「美弥ちゃん!」
「にゃ、わかったにゃ」
 しぶしぶ美弥は赤奈から離れ、美弥は蛇口をひねり水を出した。
 パシャパシャと洗う。数秒で綺麗さっぱりだ。
「ふう、さっぱりした」
「大丈夫?」
 こくりと頷く美弥。
 よく見てみると、確かに深くはなかったみたいだ。おそらく傷が残ることはないだろう。
 赤奈はほっと一息つき、しばし、ぼんやりと美弥の顔を見つめた。
 安心すると、なんだか別のもやもやが頭の中を占拠し始めたようだ。
「赤奈ちゃんも顔洗えば?」
「ん…美弥ちゃんの顔…血が垂れてるよ」
「うん。でもこんなの唾でもつけていれば直るよ」
 赤奈はごくりと生唾を飲み込み、美弥に身体を摺り寄せた。
 ここは校舎の裏側の寂れた水のみ場。
 水のみ場と言っても基本的には部活の人が使うのがほとんどで、クラブに通っていない帰宅部の人たちは校舎の表側の購買部近くに設置された冷水機やらで喉を潤すのが普通だ。
 つまりはここらは人が来ることは少ない。
 赤奈はぽにゃーんとした思考でそこまで考え、そのあと美弥の腰に手を回し、手を抱き寄せるようにして身体をくっつかせた。
「赤奈ちゃん?」
 いきなりの大胆な行動に美弥は顔を真っ赤にしてその場で固まってしまった。やるなら今しかない。
 赤奈はすっと薄ピンク色の唇を美弥の血がしたたるあたりまで持っていき――。
 接触させた。あとはぺろぺろとおいしそうに血をなめ取っている。
「あ、赤奈ちゃん? あう」
 明らかにキスでもしたかのような赤奈の行動。
 ただ舐めているだけなのに、ジンジンと痛いような気持ちいいような快感が美弥の身体に広がっていく。
 赤奈を見つめる視線もぼんやりしてきた。
 そして美弥は思った。もしかしたら赤奈ちゃんて、そっち方面の人なんだろうかと。
「赤奈ちゃん…。赤奈ちゃんは…」
「にゃ…」
「にゃ?」
 美弥がまったく同じ言葉を返す。『にゃ言葉』は美弥の十八番のはずだ。なぜ赤奈が『にゃ』と発したのかわからなかった。
「赤奈ちゃんどうしたの? 顔が真っ赤だよ」
「ボクはぜんぜんだいじょーぶにゃ…にゃ…にゃ…」
 酔っていた。今回は何故か『にゃ言葉』つきのようである。もう何がなんだかわけがわからない。
「赤奈ちゃん。ちょっとどうしたにゃ…? 保健室に行くにゃ!」
 いきなり赤奈を引っ張って、強引に保健室に連れて行こうとしたが、赤奈はその場から動こうとしない。
 それよっかもっと盛大に吸いたくなっちゃったようである。
 いつもの姉の血とは違うなんだか甘いような血。
 血って人によって味が違うんだなぁと感慨にふけりながら、ぼんやり酔っ払った頭のまま、美弥の手を逆に引っ張って引き寄せる。
「美弥ちゃんって、すごくおいしそう…にゃ」
「へ?」
 赤奈が見つめていたのは美弥の首筋だ。
 だが、赤奈の言葉をどういうふうに解釈したのかは謎だが、美弥の顔が見る見るうちに桜色に染まった。
「ボク欲しい…美弥ちゃんの初めての血が欲しいにゃ…」

「初めての血ぃぃぃ!?」

 明らかになんらかの誤解をしていると思われる美弥の絶叫が校舎の裏に響いた。
「ボク…美弥ちゃんの首筋にあむあむってして…すごくおいしいだろうにゃぅ…」
 赤奈の熱い吐息が美弥の鼻筋に当たると、美弥の顔がこれ以上無く赤く染まる。
「美弥ちゃん。あむあむってしていい?」
「あむあむ?」
「うん、あむあむ…。そのあとちゅ〜ちゅ〜するにょ」
 もう説明するのも面倒になったのか、赤奈は強引に美弥の身体を引き寄せてやる気まんまんだった。
 美弥の小さい首筋が近づく。
「ふにゃ…赤奈ちゃん…」
 苦しいほどに抱き締められて、それでもやっぱり赤奈は可愛く、力で強引に引き離すこともできたが精神がそれを拒んだ。
 どことなく背徳の香りが漂うのは気のせいだろう。
「ぺろぺろ…」
 まずは首筋を舐めてみた。なんとも甘い感触だ。美弥の顔が奇妙な快感に支配されている。
「ぺろ…ん?」
 いよいよというときになって、赤奈の瞳の中に太陽からの反射する金属の光が飛び込んできた。
 よく見てみると、それは鎖だ。
 銀色のきらきらとした光に赤奈の動きが一瞬とまどったように止まった。
「あう?」
 赤奈のよくわからない微妙な視線。
 美弥は幾分熱い状態から正気に戻り赤奈の視線を探った。
「ああ、これ? これはさっき言ったアクセサリー屋さんで買ったんだよ」
 そう言うと、美弥はそれを懐から取り出す。
「って、十字架ぁぁぁあああああ!!」
 一気に酔いが醒めるのを感じながら、赤奈は数十メートルほど後退し水飲み場の影に隠れてしまった。
 まさかこんなところで赤奈の精神をちくちくと攻撃する悪夢の最終兵器が出現するとは思わなかったのだろう。
 赤奈にとって十字架は全長30cmの超巨大ゴキブリと同じようなものだと考えてもらえればよい。身体的には別にどうとでもないのだが、どうにもこうにも気持ち悪く、恐いのである。
 美弥は脱兎のごとく逃げた赤奈を追うように迫ってきた。
「赤奈ちゃん? どうしたの?」
 手には十字架を持ったまま、美弥が水飲み場をぐるっと一回りして、ガクガクと頭を抱えて震えている赤奈を見下ろした。
 まさか赤奈が十字架を恐れているなんて思ってもいない。
「あ…美弥ちゃん…ごめん。ボク…ボク…」
「だから、どうしたの?」
 目の前に十字架♪ 言ってみればゴキブリが顔にぽとり的な感じ♪
「だから…だから…ああ、神様ぁぁああああ!!」
 微妙に矛盾した助けを求めつつ、赤奈はその場で燃え尽きてしまった。
 残念、あむあむはまだレベルが足りなかったようだ。


 あとがき

 次回はどこかに出かける予定です。
 それにしてもこの作品は小説ではないなぁ…。まあなんというかTS萌えにおけるネタ帳とでも考えてもらえばいいと思います。
 小説書けないわけじゃないけど、ギャグは軽めに書いたほうが簡単に読めるから、そういう形式もありかなと緩やかに解してもらいたいなぁ。
 コソコソ|_-))))
 

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