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Design of My Heart


Je pense,donc je suis




作:ノイン  絵師:地駆鴉

 この世界は目に見えるものがすべてではない。あなたのすぐ側には、違う世界が横たわっている

 おのおのの世界には、おのおのの旋律があり、季節があり、理がある

 しかし、それらの世界はまったく関わりあいがないわけではない

 ふとした拍子に因果律の破れが発生し、世界が接近することもある

 そして、物語は紡ぎだされる、二重奏のように…




「ふわぁぁ」
 先ほどのシリアスな書き出しを台無しにするような、なんとも間の抜けた欠伸
 その発信原はどこにでもいる普通の15歳の少年、神山のぞみ である。
 『のぞみ』という女の子っぽい感じの名前に似合わず、彼はそれとまったく逆の性格で、どちらかと言えば、『望んでないよ』と言いたくなるくらいである。

 まあ、そんな彼のことだから、授業を受ける態度もずさんで
 春の陽気うららかな昨今、彼が座っている席は、ちょうど日の光があたる窓側であり
 学校の授業が苦手な数学だったことも手伝って、あまりの気持ちよさに、こっくりこっくり居眠りしていたのであった。
 そして今しがた漸く、起きたというわけである。
「神山君、 眠たいのかね?」
「いや、眠たくないです」
 のぞみはなんとか、その場を取り繕おうとするが、もう遅い。
 担任のにこやかな顔はよく見ると、こめかみあたりがぴくぴくと動いていた。
「そうか、だったら今日は眠らなくてもいいな、この宿題をやってきなさい」
 憐れ、のぞみは宿題の山を彼の机の上に、どんっっ!! と置かれることになったのだった。



 下校時
 のぞみは幼馴染の博巳(ひろみ)に向かって、愚痴をこぼしている。
「ちくっしょぉ、ついてねえな」
「まあ、しょうがないよ。運が悪かったと思うんだね」
 一応念のために言っておくが、博巳は男である。背格好は小さいが頭は冴えている男で、のぞみは何か事が起こる度に頼りにしている。
 のぞみはなんとも神妙な面持ちで、博巳の目を見据えた。
「なんだよ、のぞみ?」
「あのさ…今日、お前んち寄っていい」
 博巳はまたか…と思いつつも、あきらめた顔を浮かべた。
「しょうがないね、どうせ、宿題を一緒にやってくれって言うんだろう?」
「あはは、まあそういうこと」






 博巳の家にて
「それにしても、なんで世の中に数学なんてもんがあるんだろうな?」
 のぞみはテーブルの上に置いてある、宿題の山を眺めつつ、溜息をついた。
「数学好きな人がいるからじゃない」
 博巳はのぞみのほうをちらりと見ただけで、また勉強のほうに打ちこみだす。彼は典型的なまじめタイプの人間だ。そして、のぞみはその逆の線を歩んでいると言ってもよい。
「やっぱり勉強できるやつはいいよなぁ」
 のぞみは床に寝っころがると、窓の外に見える雲一つない青空を見上げた。
「青い空か…なんで空は青いのか…」
「光の反射だよ」
 のぞみの哲学的な問いかけに、博巳は夢もへったくれもない科学的な答えを返す。
「そうじゃなくてさ、『青いは青い』と感じているのは俺自身だろ。青いを青いと感じている俺は何故、青いを青いと感じているんだろう?」
「なに哲学的なこと言ってるんだよ、そんなことわかるはずないじゃないか」
 呆れ顔で博巳は言った。
「まあ、そうなんだけどな」
 のぞみはそう言いつつ、心の中で思索を続けていた。
 青いは青いか……
 なぜ俺はそう思うのだろう?
 答えは出ない
 そのまま、のぞみは眠りに落ちた。
 あまりにも唐突に…










「のぞみ… のぞみ…」
「うん? なんだ…」
 呼びかける声にのぞみは目覚めた。目をこすって、自分を呼んだ人物を見る。
 年は20代の前半ぐらいだろうか、腰まで伸びた赤い髪は燃え盛る炎を思わせ、目は果てしなく広い青空のごとく、鮮烈な青。そしてかなりの美人である。
 のぞみは健全な男子であり、当然の反応として、その人物と目が合うと顔が赤くなった。

「のぞみ、私はフィンと言います」
「あっ俺は神山のぞみ、15歳です」
 のぞみはよくわからないがとりあえず返事を返す。人が名乗ったら、自分も名乗るのが礼儀だと、彼の家では厳しくしつけれれているのだ。
「先に謝らせていただくわ、どうやらあなたのいる世界に干渉してしまったみたい」
「へ?」
「『シニフィエ』の力で、私達の女王は戯れに世界を乱すことを覚えたのよ」
「何を言ってるんですか?」
 のぞみは目の前にいる人が、もしかして電波な人なのかと思い、不安気な表情をした。 そして目をあわせるのが怖くなり、周りを見渡してみる。  どこかの家の中なのか、そこは石造りの壁がせりだし、そこかしこにある道具類はなんとも奇妙な形をしていた。
「ここはどこなんです?」
「ここは貴方のいた4次元の世界とはまったく違う理が支配する世界」
「そんな…」
 どういう顔をしてよいかわからず、のぞみは顔を伏せた。
「信じられない? だったら自分の体を見てみなさい」
 フィンは悠然として、のぞみに言った。
 自分の体をゆっくりと確認する。まず手が目についた。それはあまりにも白く細かった。自分の手と手をこすりあわせると、しなやかな感触がした。すべすべである。
 次に髪が異常に伸びていることがわかった。しかも黒い髪だったのが、少し茶色がかっている。そして最後に、胸になにやら不思議な感覚があることに気づいた。
「こっこっこれは……俺が女になって…」
 あまりに気が動転しているためか、普通に喋ることができない。
「落ち着きなさい!!」
 フィンにピシリッと言われ、のぞみはびくっと体を振るわせると押し黙った。
「最初から説明するから、よく聞くのよ」
「わかりました…」

「まず私達の住むこの世界は宇宙紐にあたる部分、事象の地平線にあると言われているわ」
「宇宙の紐?」
「あらゆる事象が集束している場所よ、まあそのことはどうでもいいの、ともかく話を進めるわよ」
 フィンは椅子にのぞみを座らせて、続きを話す。
「それで、さっきも話したとおり、女王が戯れに『シニフィエ』の力を使って、世界の調和を乱しているのよ」
「シニフィエ?」
「事象変移装置とも呼ばれているわ。この世界はあらゆる世界にもっとも影響を与えやすい場所に位置するから、この世界に起こった出来事は、すぐさま近くの世界に波及するの。女王はシニフィエを使って、あらゆる世界に干渉し、その様子を見て楽しんでいるのよ、もうすでに7つの世界が壊されたわ」
「なんでそんなことを…」
 のぞみは憤然としている。フィンはさらに言葉を紡いだ。
「私達レジスタンスはそんな女王に対して反抗しているの。とは言ってもこの世界の大部分の人達はこの世界にはまったく関係ないことだからという理由で、女王の戯れに何にも言わないという状況なのよ。結局は私達だけでは絶対に女王の圧制を覆すことはできないの」
「それはわかりました……けど、どうして俺はその…なんていうか、女になっているんですか?」
 のぞみが恥ずかしそうに問い掛ける。
「この世界を動かす根源律は心の表象なのよ、つまりあなたが思うところの『関係』が事象をつくりだすの、したがって、『自分』に最も近い身体については、自分の自分に対するイメージがそれを構築すると言われているわ」
 のぞみはそれを聞いてぎょっとする。
「じゃあ、俺は自分のことを女だと思ってたというわけか…」
「う〜ん、おそらくは貴方の世界から、貴方が弾き出された時に、世界のいろいろな意思がごっちゃになっちゃったんじゃないかしら、なにしろ、この世界に別の世界からやってきたのは貴方が始めてだから、考証のしようがないわ」
「それで、俺は元の世界には戻れるんですか? いや男には戻れるのかも含めてですけど」
 のぞみは一番聞きたいことを聞く。フィンは首を横に振った。
「おそらくは無理ね…女王の持つシニフィエの力を使えば、可能かもしれないけど。城に入る事すら可能かどうか…」
「そんな…」
 のぞみは顔を真っ青にしながら、うな垂れる。
 フィンはのぞみの肩にそっと手を置いた。
「とりあえず、私と一緒に住むといいわ。元の世界に帰れるように努力もする。だから私に時間を頂戴」
「わかりました…」

 にこやかに笑うフィンの顔を見ると、のぞみは少しだけ安堵した。
 そうなると緊張状態から解放されたのか、脳みそがくるくるとよく回りだす。
 そしてのぞみは別の疑問がふっと湧いた。
「あの、何で、フィンさんは、俺の名前を知ってるんですか?」
 フィンはすぐさま答えを返す。
「見ることはできるってことよ」
 のぞみは意味がわからなかった。そして沈黙という名の妙な間があった。
 フィンは一呼吸すると、詳しく説明を加える。
「女王のシニフィエが他の世界に干渉することができる唯一の道具なの、だけど、派生した干渉波を感知することができる機械なら、この世界では珍しくないのよ。『シニフィアン』そう呼ばれているわ」
「つまり、そのシニフィアンを使って、俺のことを調べたというわけですか?」
「まあ、そういうことね、いろいろと興味深かったし」
「そんなあ…」
 のぞみは裸にされて、調べ尽くされたも同然なのだ。恥ずかしさのあまり、彼女は縮こまってしまった。
「いろいろと大変かもしれないけれど、よろしくね、のぞみ」
 フィンは真っ赤になって座り込んでいるのぞみを立たせて、ぎゅっっと手を握った。
「あっはい、こちらこそよろしくお願いします」
 のぞみはぐっと握り返す。
 そうしてのぞみの異世界での生活が始まったのである。










 この世界の科学技術のレベルは、ノゾミの予想を遥かに越えているものだった。女王という言葉から、てっきり中世ぐらいの科学力だと思っていたが、とんでもない。レベル的には、ノゾミのいた世界とほぼ変わりがないものだ、具体的に言えば、水道、ガス、電気がすべて完備されている、まったくもって普通に暮らしている分には、変わりがない世界だ。ちなみに住んでいる人々の格好もほとんど変わりがない。

 フィンはこの世界での仕事、(どうやら武器関係の仕事らしい)があり、自然と、ノゾミが家事を請け負うことになった。
 ノゾミは最初はほとんどの家事が満足にこなせなかったが、時と回数を重ねるごとに、階段を駆け上がるように上達し、いまではフィンよりも数段うまくこなせるようになっていた。

「ノゾミのつくる料理は本当においしいわね、ちょっと羨ましいわ」
 ノゾミが作ったスープをおいしそうに口に運びながら、フィンは言った。
「そんなことないです…」
 ノゾミとしては、フィンを喜ばせようと思っていたら自然に上達しただけなのだが、家事がうまくなった自分を少々恥ずかしく思う気持ちがあり、恥ずかしさで顔を赤くしながら答えを返す。それが毎日の食事風景となっていた。

「ノゾミ、ペコにもご飯をあげてね」
「は〜い」
 ノゾミは棚から白い器を出すと、テーブルの下に置く。
 そのあと、半透明のスープをその中に注いだ。
「ペコ〜〜〜ご飯だよ」
 ペコはフィンが飼っているペットドラゴンのグリーンドラゴン種である。
 この世界にはノゾミの世界では想像の産物に過ぎなかった、ドラゴンや妖精、あるいは天使といった存在があるのだ。
 だが、ドラゴンと言っても、ファンタジーの世界にありがちな、ごっつい顔をして、鉄をも溶かすような劫火を吐くというタイプではなく、愛玩用ペットとして買われている、小さなタイプだ。サイズはだいたい、犬と同じぐらいである。
 ノゾミはぺコの世話をするのが日課であり、仕事になっていた。
「ギュルルルル」
 一通り食事を終えたあと小さな声を出して、ペコが擦り寄ってくる。
 ノゾミは例えようもないほど、いとおしさを感じ、ペコの首の裏を撫でた。ドラゴンはそこを撫でられるのが気持ちいいのだ。

「ぺコはほんとに可愛いね」
「あら、あなたも可愛いわよ」
 フィンが笑いながらノゾミに言った。
「フィンさん、可愛いだなんて」
「ふふ、ノゾミはここ三ヶ月で、すっかり女の子になっちゃったわね」
「そうですか、私はそんなに変わりましたか?」
「そうね、ノゾミはもう本当に女の子って感じね」
 フィンの言葉はノゾミを真っ赤にするには十分だった。
「あら、真っ赤」
「やめてくださいよ〜」
「まあ、冗談はこれぐらいにして…ぺコの散歩にでも行って来てくれないかしら」
「あっはい、じゃあ行って来ますね」
 ノゾミは元気な声を出して、家を飛び出した。
 誰もいなくなった部屋で、フィンは一人……ではなかった。
 物陰から現れる人影が三人…フィンのレジスタンス仲間である。
「ついにチャンスが到来したってか」
 背が高い男、『トール』たくましい体躯が、自信に溢れた声にマッチしている。
「せくでない、なにごとにも成すべき季節ときというものがある」
 魔道師的な格好をした、老人の『モア』言葉の端々から並々ならぬ知恵が溢れ出していた。
「あの変態女王の鼻っ柱を叩き折ってやるわ」
 でっかい黒ぶちのメガネをかけた、女の子、『シュリン』…元気がとりえである。
「作戦会議を始めるわ」
 三人の姿を確認すると、フィンは凛とした声をあげた。






ノゾミのおさんぽ


「ぺコ、おいで」
 ノゾミはぺコが後ろをとことこ追いかけてくるのをちらりちらりと確認しながら、町の郊外にある、公園のような施設の中を散策していた。
 ちなみにぺコのようなペットドラゴンには、首輪なんて無粋なものは、着けなくてもよいことになっている。
 ふと、ノゾミは道路わきにある、奇妙な形をした物体を見て、くすりと笑いをもらした。
 最初の頃はそれがまったくなんなのかわからなかった自分を思い出し、なぜだか無性におかしかったのだ。
 ちょうど腰ぐらいの高さがあるそのオブジェは、この世界の明かりであり、夜になると勝手に点灯する仕組みになっている。ノゾミはどういう原理なのか、フィンに聞いたこともあるのだが、どうやら月の光を蓄えて、発光するらしかった。
 そのあと、月の光をどうやって蓄えるのかも聞いてみたのだが、ノゾミはまったく理解する事ができず、結局は匙を投げたのだった。
 そんなノゾミも三ヶ月前から、フィンにこの世界の事をいろいろと学び、
 今ではこの世界の事もだいたいは分かるようになっていた。三ヶ月、短いようで長い、長いようで短い、微妙な時間である。それでも人を変えるのには十分な時間だ。


カシャッ


 いきなりのシャッターの音
 ノゾミは一瞬身構えたが、目の前に現れた人物の姿を確認すると、警戒を解いた
「いきなり、写真を撮るなんてひどいですよ、ハルさん」
 ハルは28歳の女性で、写真を撮ることを生業としている者である。彼女は散歩をしているノゾミを見初め(と言っても惚れたわけではない)たびたびモデルになることを頼んだのである。そしてそのうちに二人は仲良くなった。ノゾミにとって、この世界ではフィンの次にできた友人であり、知り合いである。
「ノゾミちゃんが綺麗だったから、つい、ね♪ ごめんなさい」
 肩に掛けてあるカメラから手を離し、ハルは手を合わせた。
「もういいですよ」
 呆れ顔と言うよりも楽しんでいる顔のノゾミ

「はい、今の写真、よく撮れているでしょ、ノゾミちゃんにあげるわ」
「えっいいんですか?」
「いいのよ、写真はいつでも撮れるし」
 ノゾミが写真を見てみると、本当によく撮れていた。自分の姿を客観的に眺めてみることに、まだ多少の恥ずかしさを感じながらも、ノゾミは悪い気はしなかった。
「じゃあ、コンクールも近いから、私は帰るわね」
「あっそうでした、コンクールがんばってくださいね」

 コンクール……年に一回開かれる、この世界のあらゆる競技、そして作品展覧を網羅した、超スケールの大会である。三週間に渡って行われるそれは、ノゾミの世界のオリンピックの数十倍の規模があると言っても過言ではない。

 そのコンクールにハルは写真を出品しようとしているのだ。
 このコンクールに各部門の一位に輝いた者は女王から、名誉騎士の称号を与えられ、すなわちあらゆる特権が与えられる、また、その名は全国に轟き、一生遊んで暮らせるほどのお金を手に入れることができる。
 ハルの動機は自分の作品を多くの人に見て貰い、認められたいというものであったが、先述のようなあまりにも巨大な益があるために、その参加者の数は膨大である。
 したがって優勝する確率は極めて小さいと言わざるを得ない。
 それでもノゾミはハルが優勝することを願っていた。










「つまりは、コンクールの隙をついて、シニフィエを奪うってわけだな」
 トールがフィンに確認した。
「そうよ、コンクールが開催されている時は城内の警備が手薄、その時しかチャンスはないわ」
「う〜む、確かにそうじゃの…だがシニフィエは我等では触れることすら叶わんぞ、あれはこの世界で最も『認識』する力が強い者がその持ち主として選択される。だれも女王に異を唱えんのもそのためじゃ」
 モアはフィンとトールを交互に見据えながら答えた。フィンは反論できずに押し黙り
 トールはぽりぽりと頭を掻いた。
「そんなの根性でなんとかなりますって、モアじいさん」
 シュリンはメガネをくいっと押し上げながら、能天気な事を言う。
 フィンとトールはシュリンを無視してモアの言葉を待った。

「やはり、あの娘にやらせるしかあるまい」
「!!……あのコには無理よ!!」
 フィンは数瞬の間も置かずに激しい剣幕で怒鳴る。
「しかし、他に方法はあるまい…この世界に転移するほどの『認識』する力をもつ、ノゾミならば、シニフィエを御することも可能かもしれん」
 フィンは渋い顔をした。
「結局そうするしかねえよ、フィン」
 トールがフィンの目をまっすぐに見つめ、決断を迫る。
「だから、努力と根性があれば大丈夫だってば♪」
 全員シカト・・・

 モアはごほんと咳をし、場を取り直したあと、フィンにまるで教え子を諭すような調子で言う。
「フィンは忘れているかもしれんが、いや忘れようとしているのかもしれんが、あの娘は所詮はこの世界とは異なる世界から来た者、元いた世界に戻すが理であろう」
「わかりました……ノゾミに賭けてみましょう」
 多少の淀みを残した声だったが、ようやっとフィンは決意した。









「ただいまぁ」
 ノゾミが散歩から戻ってきてみると、フィンが神妙な面持ちで待っていた。
「あっこんにちは」
 部屋で同様に、待機している、トール、モア、シュリンを見て、ノゾミは挨拶した。
「よう」
 とトール
「うむ」
 とモア
「やっほ〜」
 とシュリン
 おのおのが、おのおのの言い方で挨拶を返した。
 のぞみは、この三人と何度か話しをしたことがあるのだ。
 最後にフィンがゆっくりと口を開いた。
「ノゾミ…あなたに大事な話があるわ」
 フィンの今までに見せた事のない迫力に、ノゾミは真剣な顔で頷いた。
「私達はコンクールの日に、城内に侵入し、シニフィエを手に入れるわ、その時にあなたにも一緒に来て欲しいの」
 驚愕するノゾミ
「私がですか?」
「そうよ、あなたにやってもらいたいことがあるの」
「私はなにもできないと思います」
 ノゾミは自信がない顔を浮かべると、フィンに力ない答えを返した。
「おぬしにやってもらいたいことは一つだけじゃ」
 モアが鋭い眼光を光らせ、ノゾミを見つめる。
「何を…ですか?」
「シニフィエをお主の制御下に置くのじゃ」
「シニフィエを!!」
 ノゾミは驚愕の声を出し、フィンの顔を見た。
「あなたなら、シニフィエを制御できるかもしれないわ、この世界であなただけが…唯一女王の力が及ばないのだから」
「私だけ?」
「そう、あなただけなの…あなたの世界が干渉されたときに、あなた自身は干渉されずに、この世界に転移してきたでしょう? それがあなたの力なの」
 自分の、白くしなやかな指をじっと見つめるノゾミ
 自分にそんな力があるとは到底信じられない様子であった。

 フィンはそっとノゾミの肩に手を置く。
「この世界では『認識』する力によって存在することが許されるの、あなたの力があなたの存在を実在として了解させているのよ」
「ジュ・パンス・ドンク・ジュ・スイ……とはよく言ったものじゃ」
 モアは不意に言った。
「なんすか、それ」
 トールはまったく理解できないとばかりに、手を上げた。
「ノゾミの世界の一つの国の…確か『フランス』という名じゃったかな…その国の言葉じゃよ。ノゾミの国の言葉に直すと、『我思う、故に我在り』じゃ」
「さっすが、モアじいさん、だてに年はくってないね」
 置いてきぼりだったシュリンが、ひさしぶりに喋った。
「年をくったは余計じゃわい」
 モアは憤然とした面持ちであった。
「まあまあ、老師、それでどうなるんで」
 トールがモアを促した。
「うむ、つまりシニフィエはその所有者を自ら選ぶ…この世界で女王が既に所有者として選ばれているということは、この世界に最初から存在していた者では、その制御は無理というわけじゃ、しかし、その娘は違う、この世界からしてみれば、イレギュラーな存在じゃから、おそらくは女王と同等か、それ以上の力を持っているはず… でなければ、この世界に存在することすらできんはずじゃからの」  

「…そういうわけで、ノゾミ、あなたの力が必要なのよ」
 フィンは沈痛な面持ちでノゾミに言った。
 フィンとしてはノゾミを巻き込みたくはなかった。いやそれだけではない、もし仮にこの作戦が成功したとして、シニフィエを手に入れれば、ノゾミは元いた世界に帰ることになってしまう。フィンはここ三ヶ月の間、ノゾミとともに寝食をともにし、実の妹のように可愛いくてしかたがなくなっていたのだ。
 フィンとしては、ノゾミと別れたくないという気持ちと、元の世界に戻してあげたいという気持ち、そしてレジスタンスのリーダーとしての使命感が混ざり合い、複雑な心境であったのである。

 ノゾミも迷っていた。
 彼女が迷っているのは、自分への信頼の欠如である。
 モアの言うような力が自分にあるとは、到底思えなかったのだ。
「いやだったら、やめてもいいのよ……あなたはここでずっと暮らしてもいい。どうするのか、選びなさい」
 フィンは穏やかな、しかし力強い声で言った。
「私は…私は…」
 ノゾミは迷いを振り払うように、キッと決意の眼差しを返し
「やります!!」と透き通った声で答えた。









 コンクール開会日


「城への侵入は今日の昼2時からよ、夜は逆に警備が厳重になるし、女王が開会式の宣言をするのが、昼の2時からだからね」
 フィンはノゾミと、レジスタンス仲間に対して、一人一人の目を見ながら確認する。みながそれに答え頷いた。

 ノゾミは緊張していた。手をギュっと握り、目はどこか虚ろである。
 フィンはノゾミの目の前で、手をひらひらとさせてみた。
 当然のごとく、反応なし…
「ノゾミ…ノゾミ!!」
「えっ、なんですか?」
 まったく聞いていなかったようである。
 フィンは深く嘆息をついた。
「ノゾミは緊張しすぎね、コンクールでも見に行ってきなさい」
「でも、時間は?」
 どうやら、な〜んも聞いてなかったようである。
「はあ、まったくノゾミは…まあいいわ、作戦開始は2時からだから、ここに1時には帰ってくるのよ」
「はい、わかりました、じゃあ行ってきます」
 ぺコがノゾミの後ろを追った。
「あっ、ぺコも一緒に行く?」
「ギュルル」
 どうやら肯定の意味のようだ。
 ノゾミはぺコを抱いて、家の外に出た。





 町は盛況だった。
 どこを向いても、人、人、人…人の波
 そして、道の両端では仮設の店が所狭しとばかりに並んで、客を呼び込んでいた。
 ぺコを落とさないように、しっかりと抱いて
 ノゾミは人の波をかき分けながら、いつもの散歩コースを歩いて、公園に向かって行く。
「それにしても、すっごい人だね、ぺコ」
「ギュル」
 そうだねと言わんばかりに、ぺコが答えを返す。

 いつものように公園の中央にはハルがいた。
「ハルさ〜ん」
 ノゾミは嬉しそうに手を振ると近づいていった。
「あっノゾミちゃん、コンクールを見にきたの?」
「そうです、ハルさんは作品をもう出品したんですか?」
「ええ、もう出品したわ」
 ハルは嬉しそうに微笑むと、カメラを両手で握った。

 その時ぺコがなにか言いたげに、ノゾミの服の袖を引っ張る。
 時間が迫っていた。
「あ、そろそろ帰らなきゃ…」
「どうしたの? なにか約束でもあるの?」
 ハルが聞いてきた。
「はい、約束が…あるんです…」
 ノゾミは気づいてしまった。もしも、作戦が成功してしまったら、コンクールはめちゃくちゃになってしまうのではないかと…
 ノゾミは思う。自分の都合で、他人を不幸にするのだったら、自分も女王と変わりがないのではないか…
 そう考えると、ノゾミはまるで底の見えない穴のように、自分のやることに対しての迷いが生じた。
「どうしたの? ノゾミちゃん、気分でも悪いの」
 ハルが心配して、声をかけてくる。
「ハルさん……」
「どうしたの?」
「いえ……なんでもないんです」
 言えるはずもなかった。
 ノゾミは、短く挨拶すると、すぐに家に帰った。
 何も考えないように、走って…







 ホリツオント城


 あらゆる建築様式が混ざっていて、それでいて、全体としての調和も申し分ない。
 芸術的な価値も相当なものであろう。
 場所的には、町の中心に座していて、町の隅々までを一望できるほどの高さがある。

 城の前、小さな林の中にて…
「2時になったわ、今ごろ女王は開会宣言をしているはず」
 フィンが低い声で、全員に言う。
「戦闘は俺にまかせろ」
 トールが自信に溢れた声でそう言うと、高らかに笑った。
「戦闘はできるだけ避けるのが基本じゃ」
 モアがトールをたしなめる。
「私は闘うほうが好き♪」
 なんとも間延びした声のシュリン…誰も聞いてない。

「どうしたの、ノゾミ」
 フィンはノゾミが暗い顔をしているのに気づいた。
「なんでもないです…」
 なんとも気のない返事である。
 フィンは先行きが不安になりつつも、とりあえず作戦を確認する。
「みんないい、私達がいる場所はここ、そして、城はここよ」
 地図の場所を指し示しながら、フィンが言った。みんなが頷いたのを見て、さらに続ける
「城の門には、当然哨兵がいる、ここに見つかれば作戦は失敗ね、そこで私達は旧水路の中を通って城に侵入するわ」
「私が城の中で、メイドさんやってて、わかったんだから」
 シュリンは自慢げな様子である。全員が悲しいぐらいに無視

「そこから、二階にでるわ…それからは特殊な警備があるの、みんなこれを」
 フィンがみんなに、紙を渡す。
 そこにはマスメが書いてあり、ところどころが青く塗りつぶされていた。
「これはなんだ?」
 トールが顔に疑問符を浮かべて、フィンに聞く。
「さっきも説明したでしょう、まったく…二階から上の階は全自動警備なのよ、床が一定時間ごとに踏んでもよい場所が変わり、もしも、まちがえて踏んでしまったら、その瞬間に特殊なシールドによって捕縛されるわ…」
 フィンは『終わり』という言葉を使わなかった。だが、みんなはそれを十分に理解したようだ。
「それから上はどうなってるの?」
 今度はノゾミが聞いた。
「よくわからないのよ、ともかくシニフィエがあるのは最上階…気をつけていくしかないわね」

 旧水路
 今は使われなくなった、城へ給水するための水路
 暗闇があたりを支配し、声にエコーがかかる。

 ノゾミは怖くなり、ぺコを抱いている手に力をこめた。
 ドラゴンの表面が冷たく、中が暖かい独特のぬくさ、そのぬくもりがノゾミを安心させた。
「ぺコは置いてきなさいって言ったのに」
 フィンは溜息をつくが、いまさらどうしようもない。
 ぺコがどうしてもついてきてしまうのだ。
 結局、ノゾミはぺコを抱いて、一緒に連れて行くことにしたのだった。

「う〜む、かび臭いのぉ」
 モアが鼻を押えながら、愚痴を言う。
 さすがに何年も使われなくなったとはいえ、元が水路なだけにカビが繁殖しているのだ。




コトッ………


 突然背後から音がした。トールが剣のような武器を構え、フィンは銃のような機械を音のした方向に突き出す。




「にゃあ…」





 暗闇の奥から聞こえた、聞きなれた動物の声
「猫か…」
 安堵して、フィンとトールが警戒を解いた。

「う〜む…なにかがおかしい」
 モアがなにか様子がおかしいことに気づく。
「どうしたんです、老師」
「フィンよ、なにかがおかしいと思わんか、このような食料もない場所で…猫がいるとは、考えられん」
「確かに……」

 と、その直後だった
「おい猫だ…」
 トールがフィンの肩を掴み、思いっきり焦りながら言った。
「そうね、あれはまちがいなく猫の鳴き声だったわ」
「違う!! そうじゃなくて見ろ」
 トールが指差した先には……
 人間の大きさの三倍の大きさはあろうかという超巨大な猫がいた。
 その赤く鋭い眼光が人間を食料として捉えていた。
 ノゾミ達は本能的な恐怖を感じながらも、巨大猫を刺激しないように、じりじりと後退する
 しかし、巨大猫は歩みを止めることなく、じりじりとノゾミ達との距離を詰めていった。
「このままでは…どうすれば」
 フィンが焦りの表情で、銃を構える。
「おい、闘うか」
「ここはまかせて」
 トールとシュリンがほぼ同時に言った。フィンは数瞬考える。
「分かったわ、あとのことは私達に任せて」
 刹那的に踵を返し、ノゾミとモアもフィンに続いた。

「ふー、ふー、年寄りに無茶させよって」
 モアが大きく肩で息をする。
「トールさん達大丈夫かな?」
「今はシニフィエを手に入れることが先決よ」
 ノゾミがフィンを見ると、手がわなわなと震えていた。しかし目は決意を秘めた光を燈し、声に淀みがなかった。
「行きましょう」
 フィンが水路から城へと続くはしごに手をかけながら、強い口調で言った。



 旧水路のはしごから、外に出ると、そこは城の中庭にあたるところだ。
 城の中に、しかも二階に、庭があるなんとも奇妙な構造だが、
 ポンプを使って、完全自動式に給水されているため、植えてある植物が枯れることはない。
「哨兵はいないようね…早く行くわよ」
 フィンがノゾミとモアに手を貸し、二人をはしごから引き上げたあと、旧水路へと続く重い扉をゆっくりと閉めた。
 二階は情報どおり、一辺が30cmほどの正方形のタイルがびっしりと敷き詰められており、フィンは時計を見て、今の時間の安全地帯を探る。
「ノゾミ、老師、気をつけて」
 ノゾミ達は慎重に慎重を重ねて、ゆっくりとタイルを選びながら、進んで行った。
「ふ〜肉体労働は疲れるわい」
「早くしないとタイルが変わるわ、急いで」
 フィンが焦った声で、ノゾミとモアを促す。時間があと数分しか残されていなかった。
「大丈夫、なんとか間に合うよ」
 ノゾミが片足でタイルに立ちながら、フィンに答えを返す。

「むっこの音は…いかんっ!! レグじゃ」
 モアが突然、声をあげる。

 REG…restless.execution.gear静止する事のない処刑装置 の略称、つまりは小型のプロペラを回転させて、空中に浮き、索敵や殲滅を行う完全自立型の偵察機械である。

「このままでは階段に到達する前に、見つかってしまう」
 フィンは叫ぶと一気に階段までの渡り廊下を走り抜ける

 ノゾミは焦っていた。焦れば焦るほど、足が床に張り付いたように動かなくなる。
「早く…早く行かないと…」



VEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEN

「見つかったわ、早く!!」
 フィンが階段まで辿りつくと、大声で叫ぶ。



BYUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU
 空気を切り裂くような鋭い音とともに、REGは青白い光線を発射した。
「くっ、これでどうじゃ」
 モアは杖のような物でシールドを作ると、REGのレーザーを弾き返す。
「ノゾミ、老師…時間が」
 床の安全地帯が変わる時間が刻一刻と迫っていた。
 フィンは銃でREGを破壊していたが、REGは数が多く、きりがない。
「ノゾミよ…」
 シールドを展開しながら、モアがノゾミの方を見る。
「このままでは、二人とも辿りつく事は不可能じゃ、おぬしに賭けるぞ」
「モアさん…」
 モアが杖を振ると、ノゾミの周りに光の玉が出現し、ノゾミはものすごいスピードで渡り廊下を通過し、階段まで運ばれた。
「老師…」
 ノゾミが渡り終わった瞬間に、モアの踏んでいたタイルの色が赤に変わり、モアは虚空の中に消えた。
「行きましょう」
 フィンが短く言った。
 ノゾミは何も言わずに、フィンに従った。

 


「ここからはどんな罠があるのか、予想できないわ、ノゾミは私の後ろをついて来なさい」
 フィンは壁に張り付くと、ゆっくりと角まで進み、階段の前の通路を覗き見た。
 哨兵がいないことを確認すると、ノゾミを手招きで呼び寄せる。
「どうやら、哨兵は全員、女王の開会式のほうに行っているようね、早く行きましょう」
「はい」
 ノゾミはぺコをしっかりと抱きしめ、フィンとともに階段を上った。



「結局、二階以外は大したトラップもなかったわね」
「逆に不気味ですね」
「そうね、気を引き締めて」
 フィンとノゾミが階段を駆け上がると、そこには巨大な扉があった。
 黄金色を基調とし、ところどころの装飾が緻密で、敷いてある絨毯の赤との対比で、一段と輝いているように見えた。
「どうやら、着いたようね」
「この扉の向こうに、シニフィエが…」
 フィンがゆっくりと扉に手をかける。

「汝の名を言え」
 扉からくぐもった声が聞こえた。反射的に扉から手を離すフィン
「なんなの?」
 ノゾミが驚きに声を漏らす。
「汝の名を言え」
 もう一度声があった。フィンは額に汗を浮かべつつ
「私はフィン」と答えを返した。

「それでは、フィン、汝に問う。汝の思うところの『自分』について、余すことなく述べよ」
 フィンは額の汗をぬぐいながら、ノゾミの方を見やる。
「どうやら、この問答に答えなければ、先に進めないようね」

「フィンさん…どうすれば」
「私にもしもの時があったら、あとはお願い」
「そんな…私、一人じゃ無理です」
 いつのまにか、ノゾミは泣いていた。
 フィンはノゾミの肩に手を置き、いつかと同じように、穏やかな声でノゾミを諭す。
「ノゾミ、あなたにしかできないことがあるはずよ、それをあなたはしなさい、力を尽くし、できる限りがんばりなさい」
 フィンは扉の方に向き直った。
「私はレジスタンスのリーダー、フィン=アペテイトウスよ」
「汝の答えは『自分』を語るにはあまりに不足…」
 いきなり門から、光の泡が現れると、フィンはその中に捕らえられた。
「くっ」
 フィンは銃を撃つが、全く効果がない。
 そのまま、光の泡ごと、床に溶けるようにだんだんと吸い込まれていく。
「フィンさーん!!!」
「あとは頼んだわよ…ノゾミ、……私の大切な…いもう………」
 フィンはその言葉を最後に床の中に完全に吸い込まれた。




 どれほどの時間が経ったか…
 ノゾミは床に座りこみ、嗚咽を繰り返していた。
 仲間が次々と消えていく状況に、ノゾミの神経はもう限界寸前だったのだ。
「ギュルルル〜」
 ぺコが心配そうな声をあげる。
「ごめん、ぺコ…私が泣いてたら、なにも始まらないね」
 ノゾミはゆっくりと立ち上がり、扉を睨む。
 遅々たる進行であったが、確実に一歩一歩、扉に歩みよる。



 一瞬の躊躇



 迷い



 それらを頭から追い出して、ノゾミはゆっくりと扉のノブに手をかけた。

「汝の名を述べよ」
 先ほどと同じ問答、ノゾミははっきりとした声で
「私はノゾミ…神山ノゾミ」と答えた。
「それではノゾミ、汝に問う。汝の思うところの『自分』について、余すことなく述べよ」

 ノゾミは考える。
 扉は余すことなく述べよと言った。しかし、『自分』について余すことなく述べることなんてできるだろうか、人は自分のことを自分ですらわかっていない。
 三ヶ月前の自分は自分が今のようになることを想像できただろうか?
 人は変わる、時の流れとともに…
 私は『自分』がどんな存在なのか、ほとんど知らないんだ。
 ノゾミはどのように答えても、答えとしては不足しているように思えた。
 そして………





















「…わからない」
 無限と思われるほどの、熟考のあと、ノゾミは答えを返した。
 その瞬間、門がまばゆい光を放ち、ノゾミは反射的に目を覆った。
 答えを間違えたかと思い、冷や汗が額をつたう。
「わが名はグノーティ・サウトゥーン」
 門が先ほどとは違う言葉を喋った。
「自らを歪みなく捉え、知ろうとする謙虚なる心こそが『自分』を知る為の最も必要な鍵……扉は開かれた………汝、みずからを知れ」


 ノゾミは扉を越えた。
 そこは何もかもが白い世界だった。
 すべての存在が輝き、光を放っているように見える。
「ここは…光が…」
 ノゾミはまるで異空間に迷い込んだ、奇妙な感覚がした。
 なにもかもが綺麗すぎて、逆に存在感が希薄であったのだ。
 ノゾミは不安な気持ちを押し殺すように、ぺコを抱く力を強めた。




 


 どれだけ、時間が流れたか、ノゾミにもわからないほどの時間が経っていた。
「時間が止まった世界みたいだ…」
 人は周りの変化を見て、時間を感じることができる。
 変化が欠如した世界では、人はその時間感覚を狂わせていくのである。
 だが、本当に時が止まっているわけではない。ノゾミはずっと先のほうに、一筋の光を見たような気がした。
「なにかがある…」
 ノゾミは走った、息が切れるのも気にせず、走りつづけた。

「きっと、きっとあれが…」





 そこでは、まばゆい光を放つ宝珠が空間に静かに浮いていた。
「これがシニフィエ…?」
 ゆっくりとシニフィエに手を伸ばしていくノゾミ
 しかし、不意に手を引っ込めた。
「もしもこれを奪えば、ハルさんのコンクールが…」
 ノゾミは苦悩の表情を浮かべた。熱くもないのに汗が絶え間なく流れ落ちていく。
 次の瞬間には、自分をここまで連れてくるために、自らを犠牲にしていった仲間達のことが思い出される
「私はこれを奪うしかない…」
 自分に言い聞かせるようにノゾミは呟き、ゆっくりとシニフィエに手を伸ばした。
 だが、ノゾミがシニフィエに触れると、その輝きは急速に失われてしまい、石のようになってしまった。
「どうして…なの…」
 ノゾミは静かに床に崩れ落ちた。
 彼女の心にあるのは、絶望の二文字であった。
 ぺコが彼女をいたわるように、短く「ギュル」と鳴くが、彼女はただただ、泣き崩れているだけだった。




「心に迷いがある者は、シニフィエを制御することはできないのです」
 不意にノゾミは声をかけられた。
 それは少女だった。年は10歳ぐらいであろう。
 少女は黒いドレスを着ているせいもあるだろうが、顔も手も、まるでろう人形のように、真っ白であった。
 ノゾミは少女に壊れやすい人形のような印象を持った。
 そして、黒いドレスがまるで喪服のように見えた気がした。
「あなたは誰?」
 ノゾミが涙を拭きながら、少女に問う。
「私は女王…アエイ・オン永遠の存在者
 湖に石を投げたあとに波紋が広がる様に、ゆっくりとノゾミの心に伝わる。
 静かだが圧倒的な存在感がある声だった。
 ノゾミは驚愕に目を見開き、まだ信じられない様子であった。
「あなたが女王なの?」
 ノゾミは確認するように、再度女王に聞いた。
「そうです。私がこの世界を統べる女王です」
 その言葉を聞くと、ノゾミの心の中で何かが弾けた。
「あんたが七つの世界を壊したんだな、そしてフィンさん達も!!」
 ノゾミは仲間のことを思い出し、激昂する。瞳が憎しみに燃えた。
「七つの世界を壊したのは、しかたがないことだったのです」
 女王は静かに答えた。ノゾミは少し気勢を削がれたが、シニフェエを握り締めて立ち上がる。
「何がしかたないって言うんだ」
「七つの世界を破壊しなければ、この世界を維持できないことが、シニフェエによって分かったのです。私はこの世界を守るために、しかたなく破壊しました…」
 女王は憂いを湛えた表情をしていた。そしておもむろに手を上空にかざす。
 すると、ノゾミの手に握られているシニフィエが輝きだし、女王の手に収まった。
「あなたの仲間も無事です…」
 シニフェエが光を一層強めると、一瞬の内に、光の膜で包まれたフィン達が現れた。
 フィン達はなにやら声をだして、こちらを呼んでいる様子だが、防音ガラスでもあるかのように、まったく何も聞こえなかった。
「フィンさん!! お願い、フィンさん達を助けて」
「いいですよ…」
 女王の言葉にノゾミは安堵の表情を浮かべた、しかし、それは3秒ほどで驚愕へと変わる。
 女王は表情のない顔、そう、まるで人形の顔で
「私を殺す事ができれば」
 と言った。








 時間が止まっていた。

 今なんて言ったんだ。このコは…

「どうしたのですか…私を殺すことができれば、この人たちを解放してあげます」
 女王は感情のこもらない声で再度言った。
 ノゾミは身構えるが、どうすることもできずにその場を動けない。
「早くしないとあなたの仲間が死んでしまいますよ」
 ノゾミがフィン達の方を見ると、苦しそうに喉を押えていた。
「なにをしたんだ!!」
「たいしたことではありません、あの光の膜の中の酸素がなくなってきているだけですよ」
「くそっ」
 それを聞いた瞬間、ノゾミは一気に女王との距離を詰めて、殴り倒そうとした。
 だが、ノゾミの拳が女王に当たる寸前、ノゾミは空中に静止し、そのまま遥か後方に吹っ飛ばされる。
「シニフィエを制御できる私は、この世界の神に等しい存在なのですよ、私を殺す方法はただひとつ、私よりも強い力でシニフィエを制御することだけです」
 ノゾミは肺に空気をゆっくりと吸い込ませながら、ゆっくりと立ち上がった。
 そのまま助走をつけて、女王までの距離を一気に詰める。
「あたれ!!」
「…無駄です」
 ノゾミは何度やっても女王に触れることができない。

 女王はうっすらと笑うと、シニフィエを輝かせた。
「あなたには失望しました…結局はあなたも私を殺す事はできないのですね」
 ノゾミは光の帯びによって、手足を拘束されていた。手足をばたつかせるが、どうあがいても、抜け出す事ができない。
「くそ…なんでこんなことをするんだ」
 ノゾミが女王を睨みつける。
「私はもう疲れたのです…この世界の女王であることに。シニフィエという名の呪縛、私はそれから逃れたかった。この世界で、私はいつも女王でありつづけることを強制され『自分』を見てくれる人は誰もいなかった。私は孤独だった。…もうそんな生き方に耐えられない。だから、だから……ワタシハ…」
 女王は虚ろな目から透き通った涙を流しつつ、光の帯びに力を加えた。存在そのものを強制的に消されるような激痛が、ノゾミを襲う。そしてノゾミの意識は闇へと沈んでいった。








「のぞみ…起きてよ、のぞみ」
「うん、ここは…」
「何言ってるんだよ、ここは僕の家だよ…」
 ノゾミの目の前には博巳がいた。
 青い空が目の前に広がる。
「博巳? 私は…どうして…」
「はあ? 頭でも打ったの? のぞみが『私』って言うなんて、どういう風の吹き回しなの?」
「夢? そんな…」
 しかし、自分の体を見てみると、いまだ女の子のままであった。
 ノゾミが呆然としていると、後ろのドアがガチャリと音をたてて開いた。
「ぺコ?」
 そこにいたのは、あまりにも場違いな感じがしないでもないペコだった。
「ノゾミ、そいつは僕じゃない」
 ペコが小さな翼で博巳を指し示しながら言った。
「ぺッ…ペコが喋った!!」
 ノゾミが驚いて、一気に飛び起きる。
「ノゾミ、僕も一緒にあの世界に転移したんだよ、そして、ノゾミみたいに『自分』を完全に表象できなかったから、僕はペコと存在が同化してしまったんだ、ってちょっとノゾミ聞いてる?」
 ノゾミはペコを思いっきり抱きしめていた。
「なんなのその生物は!?」
 博巳がびっくりしていた様子でノゾミに問う。ノゾミは一瞬、当惑の表情を浮かべた、ペコが言っていることが本当なら、ここにいる博巳は偽者ということになる。
「どっちが本当の博巳なの? ペコが本物なの?」
「そうだよ、この世界は女王が作り出した幻の世界、ノゾミがシニフィエを制御できないと一生抜け出る事はできないんだ」
「のぞみ、そんなわけのわかんない生物の言うことなんか信じないで、こっちに来るんだ」
 博巳がノゾミに手を差し伸べながら、優しく言う。
「一体どうすれば…」
 ノゾミがペコと博巳を交互に見ながら、思考を繰り返す。

 ペコがノゾミの目をまっすぐ見つめた。
「ノゾミ、君は前にここで、何で空は青いかって聞いたよね」
「うん…」
「それはね、君の心の問題なんだ、例えば『青い』という言葉の意味だってね、昔と今とじゃ意味が違うでしょ。青は緑に近い色も含んでいたし、信号機で名残が残っているけどね」
 ペコはノゾミが頷くのを見て、更に話を続ける。
「言葉というのは、そもそも指示部シニフィアン対象シニフィエで成り立っているんだ。指示部は君が実際に書いたり、見たり、発音したり、聞いたりできる言葉だよ、そして対象は、その言葉の持つ概念的なことを指すんだ」
「よくわからないよ」
「具体例をだすとするなら、『空』と君が発音するのがシニフィアンで、『空』という言葉に君が抱くイメージがシニフィエなんだよ、だから、言葉の持つこの二つは、人がある程度のはばを持てるんだよ、人の恣意性によってね」

 ペコはゆっくりとノゾミに問う。
「なんで空が青いかわかった?」
「私が抱くイメージが私の『空の青さ』なんだね、わかったよペコ、ううん、博巳」
 ノゾミがそう言った時、幻の世界ががらがらと音をたてて崩れていった。








 目覚めると、ほとんど時は経っていなかった。
 ノゾミが起き上がるのを見て、女王は驚嘆の様子である。
「まさか、偽りの世界から抜け出せるとは思いませんでした」
「私はわかったよ…シニフィエの意味が…博巳が教えてくれた」
 ペコが嬉しそうに「ギュル」と言った。
「そうですか…だが、あなたのお仲間はもうそろそろ…遅かったですね」
 女王がそう言うのを、無視して、ノゾミはフィン達のもとへ走る。
「無駄ですよ、人の力では壊せません……」
 ノゾミが手を振りかぶると、光の膜は音もなく崩れ去った。
「なぜ…壊れるの?」
 女王はひどく狼狽した表情を浮かべていた。ノゾミはすぐにフィン達を見る。
「フィンさん達、無事ね」
 ノゾミが確認すると、フィン達は気絶しているが、全員に息があった。
 ノゾミは優しく微笑んで女王の方を振り向いた。

「アエちゃん…」
 それは水がせせらぐような、いつくしみ溢れる声だった。
「アエちゃん。もう大丈夫だから…だからもういいんだよ」
 ノゾミは少しずつ、女王に近づいていく。
 ノゾミにはすべてが見えていたのだ。
 女王の悲しみと、世界を壊していくたびに自らの心をも壊していく彼女の姿が…
 だからこそ、ノゾミは救いたいと思った。なにも考えず、ただ、単純に救いたいと思ったのだ。論理ではなく、感情よりもずっと強いもの、それは人の本性だった。
「何を…」
 女王はじりじりと後ずさる。
「あなたは孤独ひとりじゃない、だから…大丈夫…」
「うるさい、うるさい!!」
 女王は狂ったように叫ぶと、その場に崩れ落ちた。
 シニフィエが空中に浮き上がり、淡い光を放ちはじめる。
「怖かったんだね…アエちゃん」
 ノゾミはアエをしっかりと抱きしめた。いよいよシニフィエが光を強く放ちだす、しかしノゾミは不思議とまぶしさを感じなかった。それどころかどこか、優しい光だと思った。
「うわぁぁぁぁん、うわぁぁぁん」
「よしよし、思いっきり泣いていいんだよ」
 ノゾミはアエの背中を優しくさすりながら、シニフィエに手をかざした。
 光がシニフィエから溢れ出し、白い部屋を、世界を、人々を優しく包んでいく。




 そして、世界は生まれ変わった。









 城の屋上にて
「帰るのね…」
 フィンが名残惜しそうに声を出す、ノゾミをがっしりと抱くと涙を浮かべた
「よくやったぜ、ノゾミ」
 トールが親指をぐっと突き出した。
「しかし、まことに数奇な運命じゃの、ノゾミがこの世界に訪れたのも、神の思し召しかもしれん」
 モアが眼下に広がる町並みを眺めながら言った。
「すっごいね、ノゾミちゃん、女王様になっちゃったんだ」
 シュリンが元気一杯に踊った。最後までハイテンションである。

 ノゾミはいつもの様子に微笑をうかべながら、澄み渡った青空を眺めた。
 シニフィエを通じて、ハルがコンクールで優勝した様子が見えてくる。彼女は心の中で「おめでとう」と呟いた。

「お姉ちゃん行っちゃうの」
 アエが悲しげな声をだす。
「アエちゃん、私は元の世界には戻るけど、時々はこっちにも遊びにくるから」
 ノゾミは膝をついて、アエを抱きしめた。アエが耐え切れなくなり嗚咽をもらす。
「それじゃあみんな、とりあえずちょっとの間だけさようならぁ、行こう博巳」
「ギュルル♪」
 ノゾミは目の前に光の門を開くと、ペコを抱いたまま一気に飛び込んだ。










「よっと、とりあえず、到着♪」
 ノゾミは何事もなく到着した。ペコが腕から飛び出し、床に軟着陸する。
「ギュル…ギュルル」
「へっ? 何?」
「ギュルルル!!」
「わかってるよ、元に戻してくれって言うんでしょ」
 ノゾミが笑いながら手をかざすと、青白い光がペコを包んだ。やがてペコが人の形をとりはじめ、あっと言う間に博巳に戻った。
「ふう、ありがと、ノゾミ」
「ふふ、なんかおかしいね」
「なにがおかしいんだよ、まったく」
 からかわれていると思い、博巳は憤然とした面持ちで言った。
「だって、ペコが博巳だって思ったら、なんかおかしくて」
「まったくひどいな、それを言うなら君だって女の子から男に戻ったほうがいいよ、お母さんとかに見られたら言い訳できないでしょ」
「そうだね、じゃあ戻るよ…………あれ?」
 いくら待っても、ノゾミは元に戻らない。
「もしかして、3ヶ月で自分の体のイメージが固まっちゃったんじゃ…」
 博巳が青い顔をしながら、ノゾミに尋ねる。
「そんな、あああ…ちょっと私は別世界に旅立つから、あとのことはお願いね」
 ノゾミはそう言うと、光の門を開きはじめる。
「ちょ、ちょっと!! 一人だけ逃げるって言うの、ずるいよノゾミ」
 逃げられてはたまらんとばかりに、博巳はノゾミの体にしがみつく。
「ちょっと、やめてよ、制御がうまくできないじゃない…って…あっ」
「えっ…またなのぉぉぉぉ!!」
 光の門が開ききり、ノゾミと博巳はどこか別の世界に旅立った。
 物語は再び紡ぎだされる、世界を越えて…









Fin?











 こんにちはノインです、今回は無謀にもファンタジーに挑戦してみました、いかがだったでしょうか…なんかファンタジーっぽくないですよね、精進します。(汗)このストーリーはおそらく長編向きなのでしょうが、時間の都合とかもあり、むりやり短編にしました。そのせいか描写がいまいち薄かったと思います。それだけでなく、ストーリーがところどころで破綻してたり…(汗)
 それといろいろと哲学っぽい言葉が作中で使われていますが、正しいかどうかはご自分でお確かめください。かなりまちがっていると思いますので。
 それではみなさん、この長い悪文におつきあいいただきありがとうございました。
 最後にこのストーリーを書くきっかけになったイラストを描いてくださった地駆鴉さんに感謝感謝です。

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