戻る「T's☆Heart」メインページに戻る

−第4話(前編)−

テストプレイは、こちらをクリック)(第1話は、こちらをクリック)(第2話は、こちらをクリック)(第3話は、こちらをクリック

第4話設定
 学校行事 … 「進級パーティ(2月)」
 状況 … ささいなことで喧嘩して、お互い気まずくなってしまった鈴ちゃんと伶也。
 「ここでバレンタインのプレゼントを送ると恋が成就する」と言われている姫琴高校恒例の進級パーティで、二人を仲直りさせよう。
 あと、意中の人が居るなら(男女関係なく)チョコなどを送って告白してもよし。
 場所 … 姫琴高校第二講堂
 行動選択肢(プレイヤーの立ち位置)
  (1)鈴ちゃんの側から二人の関係を修復する。→ 学生寮の食堂でお料理(NPC…鈴、健之介)
  (2)怜也の側から二人の関係を修復する。→ 講堂でパーティの準備(NPC…怜也、恵美)
  (3)自分の恋心優先。→ パーティグッズや飲料の買い出し(NPC…俊介、七瀬)
 鈴ちゃん&伶也くんの状況 … 絶交継続中。
 付記1 … 校内でのパーティなので、酒類は当然NG。
 付記2 … 参加は1年生のみだが、上級生のNPCを「様子を見に来た」「差し入れに来た」ことにして登場させてもよい。
 付記3 … 選択肢(1)と(2)を選んで、この隙に鈴ちゃんや怜也と良い仲になろうとしても構わないが……必ず失敗すること(笑)。
 付記4 … 選択肢(3)を選んだ人は、最終日までに必ず意中の相手に告白しましょう。なお特例で、その相手にだけ自分の「秘密」を語って良いこととします(語らなくても構いません)。

−PCの参加状況(敬称略)−
 (1)に参加 … 涼風穂香(ほたる)、片津雪魅(Zyuka)、国津沙羅(天爛)、若宮詩音(kardy)、榎矢るみな(こうけい)、安藤美沙(南文堂)
 (2)に参加 … 葛木朔夜(小夜啼鳥)、レン・レボンルゴポ・レ・ルゼメボガド(K.伊藤)、井黒万知子(猫野)、桜塚真理亜(MONDO)、生田蜜希(toshi9)、三枝すぐる(華村天稀)、西川小太郎(きりか進之介)
 (3)に参加 … 鏡月 恵(泉美樹)、八口虎郎(無糖)


1.第4話プロローグ 姫琴高校生徒会

 2月14日――その日は喜多嶋鈴にとって最悪の日だった。

 数日前から始まった、女の子として初めての月のもの。その鈍い痛みに閉口しているときにかけられた、伶也のこのひと言。
「そんなしかめっ面して、相変わらず女の子らしくないな〜リンは」
 この言葉に鈴は、かちんときた。
 そもそも一年前に突然女の子になった鈴にとっては、生理痛など本来感じなくてもいい痛み。
 それを“女の子”として耐えて……我慢しているときに「女の子らしくない」ときたもんだ。

「レイちゃんの……レイちゃんのバカあああっ!!」

 もしかしたら女の子にチョコを貰ってにやけていた(ように見えた)伶也に、そしてチョコを渡した女の子たちに、軽く嫉妬していたのかもしれない……
 だって自分は彼にチョコを用意するのを、すっかり忘れていたのだから。


 ……そして迎えた、1年生最後のイベント「進級パーティ」。
 またの名を、「バレンタイン・リベンジ・パーティ」。
 何年か前に、バレンタインデーにお目当ての男子にチョコをプレゼントできなかった女の子が、その年の進級パーティで遅ればせながらチョコを渡し、めでたく結ばれたという話があり、それ以来、この進級パーティで本命のバレンタインチョコを渡せば、あるいはもう一度チャレンジすれば、はたまたホワイトデーの前渡しをすれば、恋の花咲くこともある……

「見知らぬあなたと、パンチで――」
「やかましいっ!! お・の・れ・はいつの生まれだあああああああああっ!!」

 ……と言われている(笑)。

 さまざまな生徒たちの思惑が入り交じり、パーティの幕が上がる……


2.パーティーの前に、すべきこと・その1(涼風穂香) ほたる

 出演:喜多嶋鈴(NPC)、涼風穂香

 その日穂香は、起きるなりすぐに、便座に腰を下ろした。
 昨日から腹具合が悪かったので、そろそろかとは思っていたのだが……
「やっぱりな…………」
 身体的には普通の女子高生であるので、穂香にも月一回の割合でやってくる。
 こんな日にこなくても……とか、予想より早くきたな……とか思いながら、穂香はトイレの中で、後始末に追われていた。

 今日は姫琴高校恒例の、『進級パーティー』の日。
 バレンタインと近いこともあり、その時に渡しそびれた意中の相手に、チョコをはじめとするプレゼントを渡す女子も多い。噂によると、『このパーティーでプレゼントを渡すと結ばれる』とかなんとか。

 穂香にはもちろん、そんな気はない。バレンタイン当日にもチョコは渡していない。

 端からはそう見えないのだが、穂香……クリルは修行中の身である。
 『性転換+魔力封印の上、異世界で3年以上生活』という課題を課せられているが、この秘密がばれるようなことがあると…………今の状態で固定されてしまうのである。前例はいくつかあるらしい。
 もっとも、それには”本人の意志によるもの”も、含まれていたりするのだが。

 ――チョコなんて渡すと、『固定』は間違いないだろうな……

 自分をきちんとコントロールすれば大丈夫、と自分自身に言い聞かせながら、穂香は部屋を出て、学生寮内の食堂に向かった。パーティーで出される料理は、ここで作られる。


 食堂に入ると、一人の女子が、黙々と作業をこなしていた。
 ちょっと早く来すぎたかなと思っていたので、誰かがいるのは予想外であった。

「鈴ちゃん、がんばってるね」
 作業をこなしていた女子……喜多嶋鈴に声をかけたが、いつもと様子が異なっていた。
 普段は元気な声で、一言二言返してくるはずなのだが、それがなかった。

 ――何かあったな。

 様子の変化に人一倍敏感なのが、穂香である。そのおかげで、文化祭ではメイド喫茶を手伝うことになったりしたのだが。

 穂香は鈴とテーブルを挟んだ、真向かいに位置取り、パーティーで出される料理のメニューを確認しながら、鈴に問いかけてみた。
「何かあったの?」
「ううん、別に…………」
 あまり話したくなさそうだが、悩みはあるらしい。否定はしているものの、そういう意味だとくみ取れた。
 普段の穂香なら(相手の様子をうかがいつつ)さらに突っ込んでいくところだが、今日は少し先のところにまで、考えが及んだ。

 ――もし、俺と同じ状況だったとしたら…………?

 今自身に起きていることについて話題にしてよいのは、同性の家族やごくごく親しい同性の友人ぐらいのものだろう。穂香もそのことを、あまり話題にはされたくない。鈴もそうだろうか?
 だが、今この部屋にいるのは、自分と鈴の二人だけだ。悩みがそれであれば、”ごくごく親しい”かはわからないが、一応”同性の友人”である、自分が聞いてあげることで、鈴の悩みがある程度は解消されるかもしれない。

 突っ込んで話すべきか、今は放っておくべきか。
 手を動かしながら、しばらくそれに悩んでいると、食堂のドアが音を立てて開いた。


3.買出し部隊はこれから帰還 (鏡月恵) 泉美樹

 ゲスト:八口虎郎 (洞井俊介、幡野七瀬)

「足りない物は無い?」
スーパーの自動ドアを通り抜け、外に出た我ら進級パーティー買出し部隊。僕は持っているビニール袋の口を覗きながら聞いた。
中には紙コップやスナック菓子、割り箸、フォーク、卵、チーズ、レタス、トマト、食パン、ジュース等等が入っている。
「まあ、無かったらまた買いにこれば良いわけだし、とりあえず戻ろうよ」
そう幡野七瀬さん(”ナナっち”って姉さんは呼んでる)は、オードブルを大切に抱えながら応えた。
せっかく学生寮の食堂で料理をするのに何で?って聞いたら、つまみ食い対策ですって。流石。
「なあなあ、サンドイッチの材料にキャベツを使う国があるんだけど、何処だか知ってるか?」
と、洞井くんが聞いて来た。両手には一杯のパーティーグッズ。乳房の形をしたジョークグッズの胸当ても中には入っている。
同じ物を一時期使っていた身としては、恥かしくて見るに堪えない。
「無いよそんな国」
即答する。
「そうよ、確かにキャベツとレタスって形が似ているけど、サンドイッチの材料にキャベツを買おうとする人なんてはじめて見たわ」
デパ地下でサンドイッチの材料を買おうとしたところ”レタスいくつ要る〜?”と聞きながらキャベツを取った顔は真顔だった。
結局二つ(二玉って数えるんだっけ?)取って、洞井くんにはパーティーグッズを買って来させたけど。
「お、男は料理なんてしないのが普通なんだよ」
それで買出し部隊に入った訳か。講堂でパーティーの準備をしてれば良かったのに。
「おせーぞお前ら!」
と、ドスの利いた声で呼び止められた。
ガラの悪いしゃがみ方で僕たちを見上げながら睨みつけるその顔にはもう慣れたけど、胸を触ろうとする行為には慣れそうも無い。
八口虎郎だった。この人もどうせ準備とか面倒くさいと思って外に出られる買出し部隊に入ったんだろう。
「悪かったわね、4人での買出しを3人でやってたんだから遅くもなるわよ」
「おー悪かったな。で、何買って来た?」
と、言いながら袋の中身を覗いて、ナナっちの持つオードブルを見るとすかさず開けてつまみ食いをした。
「ちょっと、コラ!つまみ食いしてないで一つくらい持ってよ」
と、ペットボトルの入った袋を差し出す。
「全然役に立ってないじゃない」
「役に立ってないか?じゃあちょっと待ってろ」
そう言うと一人先に学校のほうへ向かって歩き出した。
言っている事とやっている事がいまいち理解できないまま三人で少し離れながら様子を見ているとハロは何を思ったのか
一人の中学生に向かって歩いていった。そして・・・・・・。
「ああっ!かつあげしてる!ちょっと洞井くん止めてきて!」
「無茶言うな!どうやって・・・・・・」
「どんな手段を使ってもいいから!早く!あの中学生PTSDになっちゃう」
「わ、分かった」
そう言うとハロくんに向かって歩いて行った。
「お〜い、ハロ〜。メグちゃんと幡野がむね揉ませてあげるってよ〜」
「なに!?本当か?」
嬉嬉とした目が僕とナナっちの胸を交互に見ている。どっちが大きいか比べているのは明白だ。
「「だれが!」」
僕とナナっちは顔を真っ赤にしてレタスをつかみ・・・・・・。
「「させるかー!」」
そろってレタスを投げて、ひとつは洞井の後頭部。もうひとつはハロの顔面にクリーンヒット。
「もう、早く学校に着きたい」涙声でナナっちが嘆く。
「今日ほど学校への道のりが遠いと感じたことは無いわ」


4.準備をしましょう(片津雪魅) Zyuka

「話がある」
「え……?」
 片津雪魅の前に来た一人の男子生徒はそういうと、一枚の封筒を置いて、立ち去った。

「……斉藤友樹……大槻里美……」
 斉藤友樹、姫琴高校桜組の男子生徒。ほとんど一言しかしゃべらない、『一言主』……
 体が弱いとかで、体育などはいつも休んでいる。
 美形ではあるが、無口なのと近寄りがたい雰囲気があるため、誰も親しくなろうとは思わない。

 が、それはすべて嘘。

 友樹の本当の名前は――『大槻里美』

 皇賀忍軍六家大槻家の三女で、雪魅と同じ、忍者見習いの身だ。
 二つの姿……片津雪魅と街勝之、女と男。それを誰にも見破られずに使いこなす事が雪魅に与えられた命題なら、里美はもう一つの姿、すなわち斉藤友樹の姿で生活し続ける事を命題としている。

 しかし、里美にはある物が欠落していた。

 ――演技力――

 雪見が(すぐに地が出てしまうものの)それぞれの姿にあったしゃべり方、しぐさができるのに対し、里美はそうではない。
 話す言葉使いなどは変えられないし、行動一つでもいつぼろが出るかわからない。

 だからこそあまりしゃべらず、あまり動かず、目立とうとしない。

 だがその実態、里美の方は陽気でおしゃべり……でもどこかつかみ所がない。
「何を考えてるのかわからないと言うのが本当のところでござる……」

 皇君高との結婚話だってそうだ。里美も雪魅と同じ君高の婚約者候補だが、雪魅はまだ里美の真意を知らない。
 君高との結婚を望んでいるのか、望んでいないのか?
 望んでいるのならどれくらい望んでいるのか? 雪魅を押しのけて婚約者の座につきたいとでもいうのか?

「そういうのなら、拙者は喜んで身を引くでござるがな……」

 雪魅は数瞬、封筒を眺めた後それをあけた。
 そこには……

『進級パーティの時に会いましょう ――大槻里美――』

 とだけあった。

「…………?」
 首をかしげる――意味がわからない。
 とにかく、大槻里美は進級パーティの時に話があるようだ。
「……斉藤友樹じゃなくて、大槻里美……?」

 考えても始まらない。

「とりあえず、パーティの準備でもしますか」
 思考を、いつもの片津雪魅に切り替え立ち上がる。
「……?」

 いつもにも増して、そこは騒がしかった。


5.パーティーの前に、すべきこと・その2(国津沙羅) 天爛

 出演:涼風穂香、喜多嶋鈴(NPC)、布津奈緒子(NPC)

 学生寮の食堂のドアが音を立てて開く。
 穂香が目を向けるとそこには二人の女生徒がいた。
 どう見ても小学生としか見えない――実際、8歳なので小学生に見えてもおかしくないのだが――桃組の国津沙羅と、その連れ、布津奈緒子だった。
 寮に住んでいる穂香達とは違い、自宅暮らしの沙羅はそこからやって来た為もともと、学生寮に住んでいた穂香に遅れてきたのである。
「こんにちは〜」
「みなさん、こんにちは。遅くなってすいません。」
「ううん、いいよいいよ」
「じゃあ、お料理がんばりましょうね♪」
「うん♪」
「鈴さんも、がんばりましょうね♪」
「う、うん……」
「……?」
 沙羅は鈴の脇を離れ、穂香にそっと声を掛けた。
「あ、あの穂香さん……?」
「なに?」
「鈴さん、なんかあったんですか? なんか元気ないようですけど……」
「それ、あたしも気になってるんだけど……」
「そうですか……」
 元気のない鈴を何とかしたい。そう思う物の理由が分からないのでどうしようもない。 だと言って、無碍に聞くのも失礼だし……そう思い、仕方なく沙羅は、自分の作業に入ることにした。
 その時である。穂香が沙羅と一種に来たやって来た奈緒子の手にある大量の荷物に気付いた。
「あれ、布津さん。その荷物は?」
 奈緒子は、これ?と言う風に手にした荷物を少し上にあげて答える。
「チョコレートとかの材料だって」
「はい、やっぱ手作りチョコとかあった方がいいかなって思って用意してたんです」
「うわぁ、ありがと」
「じゃあ、早速準備しますね」
 それからしばらく、手作りチョコのため用意してた沙羅だが……
「あれっ、コレじゃチョコレートが足りない……」
「あっ、なら、あたし買ってこようか?」
 沙羅の言葉を目ざとく聞きつけ、奈緒子が提案する。
「あっ、お願いします。奈緒子さん」
「いいわよ。んじゃ、ついでにスナック菓子とかの予備もかって来ておくわ、先行組も買ってくると思うけど、多くても困らないとは思うし」
「はい、お願いします」
「わかった♪」
 そう行って奈緒子は食堂を出て行った。

 奈緒子が食堂を出てからボソッと呟いた一人言に気付く者はいなかった……
「……スナック菓子はプロ野球チップスでもいいよね?」


6.パーティーの前に、すべきこと・その3(榎矢るみな) こうけい

 ゲスト:国津沙羅、涼風穂香、喜多嶋鈴(NPC)

「へえ、学生寮ってここだったのね」
 榎矢るみなは手許のメモ用紙と目の前の建物を見比べてから、軽く首を縦に振った。
 欠席や早退が多く部活動にも所属していないるみなの場合、学校の敷地内でも授業で使われない場所にはまず足を運ばない。
 今日の進級パーティーのために、料理づくりをしようなんて考えなければ、この学生寮を目にすることすらなく三年間を過ごしていたかもしれない。

 「進級パーティー」とは、意中の相手にプレゼントを渡せば想いが成就するという伝説のある、2月の校内行事である。
 けれど、るみなは自分の立場をわきまえていた。芸能人である以上、特定のクラスメイトにプレゼントを渡すことはまず無理であると。
 もちろん、先日のバレンタインのときもだれにもチョコを渡してはいない。真相を言えば、バレンタインの日はお仕事のため、学校には顔を出していなかったのだけど。
 TSっ娘のるみなに意中の男子がいるかどうか、それはまた別の問題として。

 とにかく今日は進級パーティー。本番開始に先がけて、生徒たちは事前の準備にとりかかっている。
 幸運にもオフがもらえたるみなは、パーティーのための料理をつくる組に加わった。
 けれどもるみなは、女子の中では料理がそれほど得意なほうではない。
 講堂での準備作業や、飲料などの買い出し部隊という選択肢もあったはず。
 しかしあえて、今回は料理組に加わりたかった。台所で包丁を握りはしないにしても、背後でお手伝いくらいはしようと考えていた。
 るみなにはるみななりの事情があったのだ。

 榎矢るみなが子役男優・一輝の十年のキャリアを捨て、チョイ役若手女優としてデビューしてから早一年。正統派美少女のルックスと、色物キャラを得意とする気風とのミスマッチが注目を浴び、トントン拍子に助演を重ねてついにドラマ主演の座をもぎ取った。
 現在放映中のドラマ『奈落の境界』でるみなの演じる主人公は、少女の体に男と女の精神が同居しており、ふたつの人格が交替するという人物。元は男の子であるるみなにとっては、うってつけの役のはずだ。
 しかし撮影の現場でも、放映が始まってからの巷でも、るみなのもっぱらの評判は「女人格は完璧に演じているのに男人格のほうになりきれてない」というもの。これは、るみな当人も自覚していたが、どうにも直しようがわからないことだった。
 るみなは、女優として初めて迎える大きな壁に突き当たっていた。

 姫琴高校一年桜組は、どういうわけか「女人格になりきれていない女子」が多い。るみなもそんな環境に影響されて、男としての感覚が中途半端になってしまったのか。
 あるいは、必要以上に意識して女の子女の子していたせいで、男時代の自分を忘れてしまったのか。
 それとも単に、女優としての演技力がまだまだなのか。
 るみなはこの悩みで勉強にも集中できず、学校の成績も下がり始めていた。ただでさえ主演で忙しくて出席日数がギリギリ。その上に成績までこれでは、二年生への進級が危ぶまれるのだ。

 同じころ、るみなはクラスの雰囲気の異変にも気付いていた。
 それというのも喜多嶋鈴と有賀野伶也のふたりが、互いに相手を避けているからだ。
 なんでも、バレンタインの日に何やらふたりの間にいざこざがあって、それ以来仲違い状態なのだという。けれども詳しいいざこざの原因はわからない。
 クラスのイメージリーダーというべきふたりがこんな状態では、るみなの気分もすぐれない。演技にも勉強にも一層のマイナスになりそうだ。

 だからるみなとしては、今日のパーティーで鈴と伶也の仲が回復することを望んでいた。
 そこで考えたのだ。料理組に加わって、女の子どうしとして鈴から仲違いの真相を聞き出そう。場合によっては、自分からも鈴に悩みを打ち明けて、力になってあげたい。
 鈴たちの仲を修復することを通じて男の子と女の子の心理を理解しなおすことが自分の課題だ。これをこなせば、自分も壁を乗り越えることができるんじゃないか。
 るみなは、根拠は弱いけれどそう思い込みながら、学生寮の廊下を食堂へと歩いていった。

 集合時刻にはまだ少しあるけれども食堂の扉を開けてみると、まだ料理本番は始まっておらず、数人の女子が調理器具の準備をしているところだった。
「みんなー、早くからおつかれさん」
「あっ、るみなさん。お互いお料理がんばりましょうね♪」
 真っ先に気付いたのは、桃組の国津沙羅だった。
「うん、わたしでよければ、一緒にがんばりましょう♪」
 るみなは沙羅に営業スマイルで返事しながらも、近くにいる鈴に目がとまる。
「ほら、るみなも、棚から器具出すの手伝って」
 そう言う鈴の声は高い。けれども、何かを振り切るような空元気さが感じられた。
 やっぱり、伶也との悩みは深刻なものなのだろう。
「うん、でも鈴、だいじょ……」
「榎矢さん、計量マスと大さじ小さじお願い。いちばん左下の棚ね」
 るみなの声を遮るかのように、寮住まいの涼風穂香が勝手知ったる口調で言った。

 ――とにかく、今は準備作業をがんばらなくては。


7.パーティ会場、ただいま準備中(桜塚真理亜) MONDO

 ゲスト:井黒万知子、生田蜜希、レン・レボンルゴポ・レ・ルゼメボガド、纏恵美(NPC)

「…………」
 色とりどりの紙テープチェーン、お花紙でこしらえた紅白の飾り――
 脚立を使ってそれらを壁に飾りながら、真理亜は後ろをちらっと振り返った。
 姫琴高校毎年恒例の、1・2年生進級パーティ……今年の1年生は恵美たちが交渉してくれたおかげで、普段は剣道部が使っている第二講堂を会場として確保できた。今は有志の面々がおやつやパーティグッズの買い出しに行ったり、家庭科室で簡単な料理を準備したりしている。
 真理亜たちの役目は、会場の準備と飾りつけ。いつもはひきっぱなしになっている畳マットは、ひとまとめにして後ろの隅に積んである……
「あの上にあぐらかいて座ったら、時代劇の牢名主みたいよねぇ」
「ローナヌシって……何だ?」
 物置から長机を持ってきて、脚を組み立てて並べていく。そこへ白いシーツをテーブルクロスとして被せると、ビュッフェスタイルのテーブルのできあがりだ。
「真ん中に花なんか飾ったらどうかな?」
「確か、園芸部に鉢植えのやつがいくつか残ってたわよね……貰ってきてくれる? 水受け皿と一緒に」
「OKっ」
 恵美の指示に、何人かがぱたぱたと外に走り出ていく。
「ちょっと真理亜、手が止まってるよ?」
「……え? ああ、えっと……ゴメンです」
 蜜希に声をかけられ、真理亜はあわてて作業に戻った。「……ハニィ、押しピン取って」
「押しピン? ……ああ、画鋲のことね」
 渡された画鋲で、紙チェーンを壁に貼り付けていく。
「ところで真理亜、……やっぱ気になるの?」
 反対側から、万知子が意味深な笑みを浮かべて尋ねてきた。
「な……何が?」
「またまたとぼけちゃって。伶也くんのこ・と。……鈴ちゃんと喧嘩してるってのは知ってるんでしょ?」
「か……関係ないっ、ですっ」
 脚立からとび下り、真理亜はそっぽを向いた。
「壁の飾りはこれでよしですっ。……次は窓の方ですっ。とっととやるですっ」
「はいはい。……でも、用意してるんでしょ? リベンジチョコ」

 ぎく――っ! 「な……ななな何のことだですっ」

 と〜っても分かりやすいリアクションをしてしまい、真理亜はあわてて言い繕う。
「ばっバレンタインデーの時は金欠だったから、ここで改めて渡そうと思っているだけだですっ。べべべ別に進級パーティでリベンジチョコ渡したらラブラブになるとかっ、ふたりが喧嘩してるからその隙にっとか思ってるわけじゃないですっ」
 バレンタインの時はお金がなくてチョコが用意できなかった……というのはウソではない。一月の末からディア〇スティーニの罠にはまって、「週刊ロボ〇ック」の定期購読を始めてしまったからだ。月8000円近くの出費は、現役女子高生にはちょっと痛い。

 ――あの服とあのアクセと、それからあのパンプスもあきらめて…………はっ!!

 オレハオトコナノニナニヲカンガエテイルノダ……

「どうかしたの? 真理亜」「また何か変なこと思い出して、トラウマスイッチが入ったんでしょ? いつものことよ」


8.パーティ会場、ただいま準備中2(井黒万知子) 猫野

 ゲスト:有賀野伶也

 なにものかの陰謀だわっ。
 部屋の飾り付けをしながら、井黒万知子は思った。
 班分けの方法に意図を感じるのよ。どうしてお料理と部屋の準備で班を分けたのかしら。
 女の子はお料理の準備で女らしさをアピールして、男の子は部屋の準備で力仕事。教育委員会の人がそれを見て、いやー、美しき男女の協力プレーですな、いいお父さんお母さんになりますよ少子化問題もこれで解決、って思ったり? そうは問屋がおろすもんですか。男女差別、反対!

 料理なんて玉子焼きすら作ったことがないからそう言うのかどうなのか、万知子はふん、と鼻息を荒くしてみせるのであった。あたしはアクティブなのが似合う女なの。男だ、女だなんて関係ない、ほら、パイプ椅子だって一度にみっつ運んでみせるわ……あいたた、手をすりむいちゃった。

 しかし姫琴高校にそういった区別は実際はないようで、レンや恵美も部屋の準備のほうをつき合ってくれているのであった。いま壁の飾り付けを終え、いく人かで机の準備を始めているところだ。

 手を動かしながら、それでも万知子は違うことを考えていた。バレンタインデーも……、お菓子会社の陰謀なのよ。

 バレンタインデーなんてお菓子会社の罠だと悔しがるのは、なにも男子の特権ではない。特定の相手がいない女の子としても、その日にはちょっと気まずい気分になることがあるのだ。
 こづかいが少ないからって少ない数しか配らないと、本命チョコだとかん違いされないか、とか。義理チョコを大盤振る舞いするのも、恋を諦めた負け犬女みたいじゃないかな、とか。あれこれ考えてもしかたがない気をもむのである。

 もし万知子がチョコを贈るとしたらそれは有賀野伶也に対してなのだろうが……、なぜ伶也かといったら、かっこよくて普通の娘が憧れていてもおかしくなくて、ある意味「無難にチョコを贈れる」相手だからにすぎない。
 たとえば目の前であわてふためく桜塚真理亜のように意味深な想いがめらめらと燃えているかといえばそうでもない。ことば通り、微妙な気持ち、なのである。

 だからバレンタイン・リベンジ・パーティにおいて万知子がとった作戦は、アルファベットチョコを大皿に山盛りにしてこのパーティに出すことだった。これなら誰が食べてもおかしくない、もしかしたら伶也くんも食べてくれるかもしれない。チョコを贈ったような贈っていないような、そんな微妙な気分のままでいられるのだ。

 いま目の前を「第二の本命チョコ候補」が通り過ぎたような気もしたが、それを無視して万知子は気合いを入れた。あとはパーティを盛り上げるだけよ。明るい写真を撮ってそれを一年生最後の思い出にしましょ。

 しかしそのとき有賀野伶也が目の前に花を持ってきたので万知子は心臓が止まりそうになった。うわさの伶也、いつもは喜多嶋鈴といっしょにいるのにともっかふたりはケンカ中だから今日に限って別行動でいる、理由の詳細は知らない、そんなニュースもささやかれている伶也なのだ。
 伶也は万知子のほうを見ているような見ていないような、浮かない顔でテーブルクロスの上に鉢植えを置くと、ふと傍らにあったチョコレートの山に手を伸ばした。そして寸前で止めて――、手ぶらのまま去ろうとした。
「ちょっと、いちど手を伸ばしたんなら食べていきなさいよ」
「あ……、マッチごめん、つまみ食いしようとして」
 元気なく頭を下げて、結局その場を立ち去る伶也だった。まるで会話が通じていないのだ。万知子は呆れるよりも不安を感じた。もしかして伶也くん、今回は重傷なのかも。


9.買出し部隊のその横で(八口虎郎) 無糖

 ゲスト:鏡月恵(幡野七瀬、女医さん、姉貴)

 ぐぅ、と腹の虫が鳴った。場を抜け出し、全力でダッシュしたせいだろうが、そういえばここ一週間ほどまともな物を食った覚えがない。
「クソまじぃな……」
 とは言え、スーパーで売ってるような野菜を生で食べるもんじゃない。恵のヤツにぶつけられたレタスをかじって口の中に広がった青臭い味にぼやくと、咎めるような視線が返ってきた。
「ちょっと、食べないでってば!」
 健康的な歯形がくっきりとついたレタス玉をひょいと取り返される。面白くもない。
 七瀬は強気にも何か説教を始めたようだが、オレの耳には届かない。ただ、その喋り方は先ほどまで会っていたクソったれの女医を思い出させ、オレの機嫌を損なわせた。
「うるせえぞっ!!」
 ガードレール脇に設置されていた立て看板に全力で蹴りを叩き込み、ぶち壊す。七瀬がひっと悲鳴をあげて後ずさり、尻餅をついた。少しだけその目には涙が浮かんでいる。
「……悪りぃ」
 ふ、と正気に戻った。他人に当たったって仕方のないことだ。オレは地面に転がっていたビニール袋を拾い上げ、ついでに恵の持っている荷物も奪い取るように持つと、後ろも振り返らずに学校への帰路についた。
「恵、七瀬を起こしてやれ。オレなんかと歩きたくねぇだろ。先に行く」
 泣いている女を見るのは未だに慣れない。どうしても、守り続けたい大切な女性を思い出してしまうから。

──いつまで続けるつもりなんだい?──
 あの女医はそう言いやがった。どんなに努力しても無駄なのだと。オレの行動はガキのわがままに過ぎないのだと。
 直接口にはしなかったが、あの言葉にはそういう意味が含まれていたに違いない。
──キミが無理をしたって、絶対に彼女は喜ばないよ──
 てめえに何がわかる。大切な両親を失い、自分自身の未来すら望めないアイツのたった一つの思い出くらい残してやれなくて、オレが男である意味が……いや、生きている価値なんてあるものか。

 問題ってのは単純だ。金がない。これだけのことだ。至ってシンプルこの上ない。
 アイツがぶっ倒れて入院して大金がいるようになり、やべーなーってところに両親が事故で一緒に死んじまったのだが、ま、別にそれは大したことじゃない。人はいつか死ぬもんだ。
 問題なのは、家を建てたばかりで金がなかったからアイツの入院費用を出すために限界以上の節約を重ね、両親が保険をすべて解約してたってことだ。
 普通は死んだらいくらかは保険金が入ってくるものなんだが、それがなかった。ついでに言うと、頼れるような親戚もいない。
 ま、日本ってのは素晴らしい国で、生活保護だかなんだかで姉貴の入院費やオレの学費くらいは出るのだが、さすがに家のローンまでは払ってくれないらしい。
 家を手放せば問題はないのだが、オレはそうはしなかった。いや、できなかった。
──ごめんね、姉ちゃん迷惑ばっかりかけて。ごめんね──
 じわっと目に涙を浮かべて顔をあわせるたびに謝ってばかり、オレの心配をしてばかりのアイツ。
 病気で苦しくても、いつも穏やかに微笑んでるアイツ。
 オレのつまらない世間話を、目を輝かせて聞いてくれるアイツ。
 そんなアイツの、たった一つの願いくらい叶えてやりたいと思って何が悪いってんだ。
 保険金が下りなかったことは秘密にしてある。あの女医にも口止めはしてある。話したら目をえぐりとってやると脅してある。
 生活費をすべて家のローンに回し、それでも足りない部分はオレの唯一の特技……暴力で他人から奪い取る。
 それが道徳的に許されないということも、知られればまたアイツを泣かせてしまうだろうこともわかっている。だけどオレは他人を何百人不幸にしようとも、アイツ一人が幸せになってくれるならそれでいい。

「ああ、オレは何グチグチ考え込んでるんだ」
 最近どうも調子が出ない。昔は喧嘩もカツアゲも、他人を傷つけることなんてなんとも思っていなかった。ストレス発散になっていたくらいだ。
「進級パーティ、ね……まあ、今月分の金はなんとかなったことだし、何か食えるなら不満はねーけど……」
 意外と重たいビニール袋の中身を覗きながら、一人ぼやく。ジュースもお菓子もたくさん詰まっていて、これを貰って帰ればしばらく食料に困ることはないに違いない。
 が、どうしてだろうか。オレはこのまま逃げる気にはならなかった。素直に学校に帰る道を選んで歩いて行く。
 一年前の自分なら考えられない行動に、内心オレ自身も戸惑っていた。
「……フン」
 約束と、機会がそこにあるからだと心の中で言い聞かせ、オレは走り出した。

──ねえねえ、虎くんは彼女とかいないの? 毎日お見舞いばっかり来ててつまんないでしょ──
──舐めんなよ、いるに決まってるだろ。学校でも、面会時間終わってからも遊びまくってる。心配するな──
──ホント? じゃあ、今度連れてきてよ──
──お、おう──
 ふざけた約束をしたものだ。当てはないが、今回のパーティは『機会』だ。なんとかするしかない。

──今年の冬を越えられたのには、実際のところ驚いているよ。だけど、来年の春は恐らく──
 クソったれの医者の声が、偏頭痛のようにオレの頭に響いてくる。きっとパーティは楽しいものになるだろうに、気分は晴れない。


10.パーティ会場、ただいま準備中・その3(生田蜜希) toshi9

 ゲスト … 桜塚真理亜、井黒万知子、有賀野伶也(NPC)、纏恵美(NPC)

 普段は蜜希が所属している剣道部が使用している第二講堂。
 部活時には部員の気合のこもった掛け声に包まれるその室内は、恵美の指示で蜜希が見慣れた姿から今や全く違う雰囲気に変わり始めていた。
 もう少ししたら、ここで進級パーティが始まる。

「さあ急ぎましょう。ぐずぐずしていると料理が来ちゃうわよ」
 まあ実際はそんなに早く料理が出来上がることはないのだが、早く設営が終えるのにこしたことはない。恵美はてきぱきと設営メンバーに指示を出していく。

(先生、あたしたちが一緒になって、もう1年近く経つんですね)
「そうだな、それにしてもいつまでたっても馴染めんものだな」
(馴染めないって?)
「女の子としての生活にだよ」
(くすっ)
「え? 何かおかしいこと言ったかな?」
(先生、先生はもう立派に女の子してると思いますよ)
「そりゃあ、ハニィがいろい教えてくれたし……」
(いいえ、もうあたしのアドバイスがなくても先生ってちゃんと馴染んでますよ。ところで先生、伶也さんどう思います?)
「どおって、そりゃかわいい男の子だと思うけど、俺はあいつと付き合う気はないぞ」
(そうじゃなくって、彼が鈴ちゃんと喧嘩している原因ですよ。あんなに仲よかった二人が、こんなに口もきかない、目も合わせないなんて、ただ事じゃないと思うんです)
「確かに、何かあるよな〜」
「ほら、ハニィ、なにぶつぶつ言ってるの、手がお留守じゃないの!」
「ごめ〜ん、恵美さん」
 そう答えながら、ついさっき真理亜に言った言葉をそっくりそのまま恵美に言われていることに気がついて、思わず苦笑する蜜樹だった。

(ところで、真理亜さんって伶也さんのことが好きなんですよね)
「え? そうだったのか?」
(先生、気が付かなかったんですか。今日だって彼女リベンジチョコを用意してきてるでしょう)
「うーん、そういうことには疎くて……」
 そう言えばマッチが真理亜ちゃんにリベンジがどうのこうのと言っているな……あれ、真理亜ちゃん固まっちゃった。

「どうしたの? 真理亜」
「また何か変なこと思い出して、トラウマスイッチが入ったんでしょ? いつものことよ」

 マッチがやれやれといった表情で手を広げる。
 伶也くん……か。
 話題の本人は、黙々と壁に向かって飾りつけをしたり、テーブルクロスの上に鉢植えを置いたり動き回っていた。

「よし!」
 蜜希は意を決すると、伶也の隣に駆け寄った。
「ねえ伶也くん、鈴ちゃんと何があったの?」
「え? いや、何でもないから」
 目を伏せて恵美のほうに歩いていく伶也。
「うーん駄目か」
「そんな単刀直入に聞いたって彼が話すわけないでしょう」
 少し元気なく万知子が言う。
「しかし折角の進級パーティなのに伶也くんがアレじゃ、何か空気が重いなあ」


11.パーティ会場、ただいま準備中。その4(レン(以下略)) K.伊藤

 ゲスト:西川小太郎、纏恵美(NPC)

「てせらいあ、てせらいあや、てあてありーえらん。てさあいあ……にゃう、なーあ」

 ふぅ、と溜め息ひとつ。
 携帯を閉じてポケットにしまう。

 かしゃり、かしゃん。もう聞き慣れた音。
 カメラのシャッターが降りる音、フィルムを巻き上げる動作音。
 この音は、マッチの持ってるカメラの音ではない、だとするならば――。

「よっ、レンちゃん」
「はすら。いあいあ、らいあ。コタロウ」
「……あの、ごめん、日本語でおねがい」
「にゃぅ。Hello,コタロー」
「おう、おはろー。……ふむ?」
「……なにデス?」
「いや、レンちゃん、何か元気なくない?」
「レンは元気デスヨ?」
「そう? なんか憂いてるような……そんな表情もまた良いけどね」

 そう言ってカメラを構えるコタロー。かしゃり、かしゃん。
 なるほど、人物ばかりを被写体にしてる彼なら、レンの悩みにも気付くのかもしれない。

「……ンー、憂いというかデスね」
「うん」
「コタロー」
「なに?」
「レンと結婚しませんカ?」
「…………………」

 カメラを構えたまま固まるコタロー。
 と、いうか、回りの人間も何人か固まってる。
 レンの話はいつも唐突で、一年やそこらでは慣れきらないらしい。

「冗談デス」
「……はっ!? だ、だよなぁ!? だと思ったぜ!?」
「コタロー」
「お、おう、なんだぜ?」
「社会の窓が開いてマス」
「なにぃっ!?」
「冗談デス」
「お、おう、ちゃんと閉まってるだぜ!」

 でも一応確認する小太郎。
 その様子が、ちょっと可愛い。

「クス……コタロー、レンは元気デス」
「お、おう、レンちゃんは笑顔の方が可愛いだぜ!」
「冗談デス」
「なにいっ!?」

 悩み、か。
 話してもしょうがないと言えばしょうがない。
 だいたい話すわけにもいかない悩みだ。

 ――母星帰還命令。
 「この星の生命体はあまりに未熟」
 未熟、然り。この星では今この瞬間も人と人が殺し合っているのだ。
 「危険を冒してまで現地調査員を派遣する必要なし」
 以降は治安の優れた地域に少数の報告員を残し、外部からの観察にとどめるのだとか。

 レンは運良く、「治安の優れた地域」に派遣された調査員だ。
 希望すれば、残ることも出来るのだろう。だがそれは、つまり――。

 地球人になるか、母星に帰るか。その二択。
 いっそ恋でもすれば、「離れたくない特定の人」でも出来れば。
 帰らない決心も、出来るのだろうが――。

「ほらほら、二人とも働く! 西川君、カメラ没収するわよ!」

 と、恵美がやってきた。
 いけない、ちょっとサボりすぎたか。

「うおっ! 待ってくれ、いいんちょ! コイツは俺の大切な相棒なんだ!」
「じゃぁ働く!」
「へいへいー」
「返事は一回!」
「うへーい!」

 旗色が悪いと踏んだのか、素直に退散し、パイプ椅子を運搬に走るコタロー。
 パイプ椅子を二つ抱えてからマッチに気づき、四つに増やして抱え直す。
 あーゆーのを、男の意地とか言うらしい。可愛い。

「ほらほら、レンさんも働いて」
「ねぇ、エミ」
「な、なに? ま、真面目な顔して」
「レンと結婚してくだサイ」
「……………………………は、は、はいっ!?」
「ハイですか。婚約成立デス」
「ちょ、ちょっ、待っ、あ、あたしは女の子でっ!」
「問題ないデス」
「あるわよっ! 女同士で結婚って――あ、レンさんの国だと同性の結婚認めてるのかしら? ……って、そ、そういう問題でもなくっ!」

 母星帰還命令。――まだ少しだけど、時間はある。
 恋。恋人。――恋ってなんだろう。それまでに知ることが出来るだろうか。

「――うにゃう。恋人同士、デスカ」

 身の回りでその関係に一番近いのは――鈴と怜也だろうか?
 今はちょっと仲違いしてるらしいけれど――仲直りさせたいと思う。
 そしてできれば、恋というモノが何なのか、レンに見せて欲しいと思う。

「ここ、恋人!? ちっ、ちがうっ、あ、あたしはっ、そそそ、そんな趣味はっ」

 何だか騒がしい恵美を残し、どうやったら仲直りさせられるか考えるレンであった。


12.パーティ会場、ただいま準備中。その5(西川コタロー) きりか進ノ介

 ゲスト:講堂の全員! 今回はちょっと多いですね……

 ケ、ケッコン!?
 ってことは、レンちゃんが俺の、花嫁?

 うわあ、ウエディングドレス似合うだろうなあ。褐色の肌に純白のドレス、いやクリーム色の方が似合うか。ブルーの大きな瞳のちょっと幼顔で、さらさらの金の髪が光の川のように……。ブーケは白より色付きだな、黄色かオレンジ、真っ赤なバラなんかも似合うだろうなあ。お色直しのドレスもやっぱり明るい色でオレンジか赤、いやでもブルーのドレスも似合うかもしれない。
 で、結婚式が終わったらおんなじ家へ帰って、そ、それで、レンちゃんスタイルいいし肌もしっとり滑らかだし、えっと、その、……ほんとにいいのか? レンは大丈夫デス、でも優しくするデスよ? なんて、うへへへ。

「西川君、申し訳ないんだけど、ちょっとそこ動いてくれるかな」
「え? ああっ葛木さんゴメン! 邪魔だよねここは」

 レンちゃんが妙なことを言うものだから、ついつい会場準備の最中にぼうっとしちまった。長机を抱えたままで葛木さんが困っている。って、葛木さんこの机を一人で運んできたの?

「えーと、手伝うよ、この辺でいいのかな」
「うん、あとここにもう2台並べて、委員長、それでいいですよね?」
「え? ごめんなさい聞いてなかったわ、なにって?」
「……なんだか今日はみんな調子がおかしいみたいですね」

 いや、みんなっていうか俺といいんちょはレンちゃんにペース乱されただけだと思うけど。それっていつものことじゃんか。まあ違うのは、当のレンちゃんがいつもみたいにニコニコしてないことか。あとはだいたい普通じゃないのか?
 すぐるが会場のいちばん前の所に横断幕を掛けている。相変わらずの達筆だ。あいつに力仕事をさせるわけにはいかないから、椅子とか机とかは伶也と俺でセットしていくしかないんだよな。えっと、まだもうちょっと椅子がいるのか?

「よ、伶也」
 椅子を運びながら、俺は伶也に並んだ。

「あ、コタロー。」
「おう。どうよ調子は」
「……なんの調子だよ」
 あれ、なんだかつっけんどん。

「まあいいや。とにかくあれだ、後でチョコくれよ、な?」

「コタロー。」
 がっしゃん、と椅子を放り出すようにおいて、伶也は声を荒げた。

「どうして、僕が君にチョコレートをやるなんて思考が出てくるんだ?」
「え、いやお前のことだからいっぱい貰うだろ? ちょっとぐらいお裾分けを、さ?」
「……なんだそういうことか、ってあげられるわけ無いよ! くれた人の気持ちってあるでしょう!」
 え。中学の時はいっつも友達から貰っていたが。

「いや、別に喜多嶋さんのチョコをくれって言ってるわけじゃないし、な?」
「……どうしてリンの名前がそこで出てくるよ」
「どうしてってお前ら仲いいじゃん、毎年貰ってるんだろ?」
「今年はそんな状況じゃないんだよっ!」

 ぴくっ、と桜塚さんと生田さん、それにブンヤがこっちを振り向いた。伶也の声はそんなに大きくは無かったんだけど。

「そ、そっか、何があったかは知らねえけど、悪かったな」
「……いや、こっちこそ、ちょっと気が立ってて」
「何か、俺に出来そうなことがあるか?」
「ごめん、今はちょっと一人にして」

 しょうがねえ。そういう時ってあるしな。俺はそこにあったアルファベットチョコの山にちょっと手を伸ばして、ってなぜ逃げるチョコレート? 向こう側から山を引っ張ったのはブンヤだ。

「ちょっと気軽に取らないでよ、意地汚いわね」
「え? だって取るために置いてあるんじゃ」
「そ、それはほら、準備に決まってるじゃないの。まだパーティも始まってないでしょ」
「……さっき誰かに勧めてなかったっけ?」
「しつこいわね。ちょっとは有賀野君を見習ったらどう? ツマミ食いばっかりしてないでとっとと働く!」
「うへーい」
 まあ準備を急ぐのは確か。パーティはもうすぐだ。


「今年は……?」
 有賀野伶也はつぶやいた。

「……去年までって、どうしていたんだろう」


13.パーティーの前に、すべきこと・その4(涼風穂香) ほたる

 出演:喜多嶋鈴(NPC)、幡野七瀬(NPC)、榎矢るみな、涼風穂香

 買い出し班が持ち帰った食材を使い、料理が始まった。
 料理が得意な鈴を始め、それぞれが分担して作業を始めていた。
「ねえ、このレタス歯形がついちゃってるけど…………」
「ハロが生でかじっちゃったのよ」
「それに、妙に汚れてるんだけど…………」
 虎郎と俊介のセクハラまがいの行動に対して、投げつけたレタスだ。汚れが多いのも無理はない。

 買い出ししてきたものには、オードブルとお菓子が多かったので、自ら作らないといけないものは、さして多くない。件のレタスを使うのは、サンドイッチだろうか。
 そんな理由もあってか、沙羅をはじめとする別班は、奈緒子の荷物に含まれていた材料を用いて、チョコを手作りしていた。

 そんな中、穂香は手持ち無沙汰な様子を見せる、るみなに気づいた。
「榎矢さん、どうしたの?」
「わたし、あまり料理が得意じゃないから、雑用してた方がいいと思うし…………」
 他の人の足を引っ張ってはいけないとでも、思っているのだろうか。
 そんなことはないから…………と言おうとした穂香であったが、先に聞きたいことがあったので、それは後回しにした。

「さっき、何か言おうとしたよね」
「え?」
「あのとき、鈴ちゃんになにを聞こうとしたの?」
 もしかすると、詳しい事情を知っているかもしれない。穂香はるみなに聞くことにした。
 るみなも鈴のいるところで話すのはよくないと思ったためか、トイレを装って二人で食堂から出ることにした。

「鈴ちゃんと有賀野くん、最近仲が悪いのって、知ってる?」
「うん…………なんとなく。今日もどこか様子が変に思うし」
 それは穂香も気になっていたが、理由次第では鈴にそれを聞くことが望ましくないと思ったので、直接聞いてみることをやめていた。
「だから、鈴ちゃんにその理由を聞いてみようって、思ってるの」
 るみなも詳しい理由は知らなかったので、直接聞くことで知ろうと思っていた。場合によっては、自分が今抱えている悩み……主演しているドラマでの役作りに苦労していること……も、打ち明けることで。
「うん、聞いてみてもいいかも。でも…………」
「でも?」
「鈴ちゃんが、あたしたちにも言いたくない理由で、悩んで…………」
 そう言いかけたところで、穂香は下腹部に鈍い痛みを覚えた。
 思わず腹を押さえ、顔をしかめてしまう。
「どうかしたの?」
「う、ううん。気にしないで」
 笑みを見せた穂香だったが、その顔からは無理をしている様子がうかがえた。るみなは敏感に、その様子に気づいた。
 穂香の耳に口を近づけ、小声で聞く。

「…………もしかして、『始まっちゃって』るの?」

 ――言っていいのか!?悪いのか!?

 対応に困ったあげく、よけいに難しい顔になってしまう。

「無理しなくて、いいと思うよ」
「えっ…………」
「痛いんでしょ?さっきもだけど、時々顔にでてるから」

 ――榎矢さん、俺を気遣ってくれてる…………

 隠し通すのはるみなに対して悪いと思ったため、素直に認めることにした。

「そうだったんだ…………」
「何度もきてるから慣れたはずなんだけど、まだ…………ね」
 痛みのせいか、恥ずかしさのせいか。うつむいたままでも、必死に笑みを作ろうとしている穂香を見て、るみなはあることを思いついた。
「ねえ、痛みを顔に出さない方法、教えてあげようか?」
「え…………そんなこと、できるの?」
「収録中に、カメラの前でそんな風にはできないから、顔に出さなくてすむよう必死になって特訓したの」
 さすが女優、というべきだろう。
「…………教えてくれる?」
 こんな顔をしたまま、パーティーに出たくはない。仲のよい(はずの)るみなにばれたのはともかく、他のクラスメートにはばれてほしくない。
 穂香はるみなに、その方法を聞くことにした。

「…………と、こんな感じかしら」
「ありがとう。やってみるね」
 いつもは無意識のうちに、るみなを励ましてきた穂香だが、今回はその立場が逆になった。
「で…………鈴ちゃんはどうするの?」
「やっぱり、聞いてみる方がいいと思う。わたしたちにしか言えないことも、あるかもしれないし」
「…………………………うん」
 自分の身体の状況からして、あまり大きく動かない方がいいだろう。
 そんな理由もあり、今回の事態の収拾は榎矢さんに任せようと、穂香は考えていた。


14.パーティーの前に、すべきこと・その5(安藤美沙) 南文堂

 出演:喜多嶋鈴(NPC)、宇津井健之介(NPC)、幡野七瀬(NPC)

「もうすぐ、進級か」
 安藤美沙は春めいた風の通る渡り廊下で感慨深げにつぶやいてみたが、まったく感慨は浮かんでこない。
 それもそうである。卒業するわけでもなく、ただ単に進級するだけである。確率的には4分の1は同じクラスになる。感慨が沸くわけがない。
 女性として一年、学校に通った。女性になったのが入学の半年前なので感慨としては微妙であった。
「あと九年もあるんだから、一年ぐらいで感慨を感じていたら身が持たないわよ」
 彼女らしい考え方だが、彼女自身、それが理知的で好きな考え方であった。もっとも、兄や姉たちには「美沙ちゃんにはそういうのは似合わない」と笑われるのだが。
「ふーんだ。あたしはこれでも、しっかり者の美沙さんなんだぞ」
 一人で言ってもむなしい限りだ。
「さて、それはともかく、今は今しなくちゃいけないことに集中」
 美沙は気合を入れて学生寮の調理場の扉を開いた。
 今日は進級パーティーが行われ、美沙はその料理係となった。選択の理由は簡単。料理が一応できることと、身動きが一番少なくてすむこと。会場準備などすれば、飾り付けよりも破壊。買出しに行けば、ゆっくり歩くために時間がかかる。消去法で選択されたわけである。
 扉を開くと、中には数人の女子が既に準備に取り掛かっていた。といっても、まだ下ごしらえも終えていないのではじめたばかりだろう。
「こんにちは。遅くなってごめん」
 返事は返ってくるが、空気が重い。
 かばんの中からエプロンを取り出して、手を洗いつつ、周囲を見渡した。鈴にしては珍しく『触らないで』オーラがびしばしと出ていたし、るみなは慣れない調理でそれどころじゃない感じがした。かといって、沙羅に聞くのも違う気がした。ほのかはじっと何かに耐えているように見え、これも声がかけにくかった。
 そこまで見渡して、美沙は考えるまでもないことに気がついた。この重さの原因はわかっている。喜多嶋鈴と有賀野伶也の仲違い。それがこの空気を作っている。
「せっかくのパーティーなのに。仕方ないなぁ」
 美沙は料理班の面々を思い浮かべてみたが、切り込み隊長となってくれそうな人はいなかった。
(恵美がいれば連携は楽なのにね。マッチでも切り込んでくれるからこっちはフォローで足場を作っていけたし、真理亜ちゃんなら大ボケかまして場の空気を変えて話を持っていきやすいのに……間が悪いわね。三人とも)
 勝手なことを思いながら、さりげなく鈴の隣に場所を移した。
「もうすぐ進級だね、鈴ちゃん」
「うん、そうだね」
 たまねぎをみじん切りにする手を止めず、そっけない返事。
「このクラスでの行事もこれが最後だね」
「うん、そうだね」
 たまねぎを刻む包丁の音。
「来年は別々のクラスになっちゃうかもね」
「うん、そうだね」
 まな板をたたく包丁のリズム。
「伶也くんとも」
 包丁のリズムが乱れた。しかし、再びリズムを取り戻し、
「レイちゃんなんて、別のクラスでも構わないもん」
「あたしが、のつもりだったんだけど?」
 美沙が見事に誘導に引っかかった鈴におかしさをにじませつつ訂正した。
「美沙さん、しゃべりすぎだよ! ぜんぜん手が動いてないじゃない。ジャガイモの皮むき?」
 鈴は顔を赤らめつつも美沙をきっとにらみつけた。険のある表情に美沙はいつもと違うものを感じながらも怯むことなく笑顔で受け止めた。
「ほのかがやってる」
「キャベツの千切り」
「宇津井くん」
「じゃあ、食器の準備」
「それをあたしにやらせるほど、みんな付き合いは短くないわよ。るみながやってる」
 破壊王、安藤美沙に皿など持たせる勇者は居ない。
「じゃあ、たまねぎのみじん切り」
「自分がやってるじゃない」
 自分の手元を指差され、顔がさらに赤らんだ。
「暇なら手伝ってよ」
「はいはい。――宇津井君、鶏が漬け汁に浸してあったから、衣を着けて一度あげておいて。出す前に二度揚げするから」
「今日の仕切りは安藤さんか。ところで、そっちは何を作るんだ?」
 たまねぎのみじん切りに合びきミンチ。
「材料的には、ハンバーグ……いや、ミートボールね」
「了解。――そういえば、伶也が喜多嶋さんのミートボールは絶品だって言ってたっけ。たのしみだね」
 宇津井は千切りにしたキャベツをボールに盛って、鶏唐の下ごしらえにかかった。
「……」
「で、何があったの?」
 伶也の名前で手が止まっていた鈴に美沙は小声で聞いた。
「何にもない」
「じゃあ、なんでそんな顔しているの?」
「勝手でしょ。いいじゃない。美沙さん、ミートボールお願いね」
「こらっ! 得意料理を放棄しないでよ。第一、あたしが握ったミートボールなんて固くて食べれないわよ」
 どこかに行こうとする鈴の腕をつかんで引き止めた。
「じゃあ、ほっといて。どうして、かまうのよ。美沙さんだって、レイちゃんフリーになったらうれしいくせに」
 美沙の腕を振りほどいて、びっくりするほど大きな声で言い返され、調理場の全員が固まった。
 硬直からいち早く立ち直ったのは当事者の美沙だった。しかし、理性までは立ち直ってなかった。
「わ、わかんない娘ね! 仲違いしている時に付け込んでもフェアーじゃないでしょ。あたしだって、真理亜ちゃんだって、そんなことまでして伶也くんにリベンジチョコ渡そうなんて思わないわよ。馬鹿にしないでよ」
 真理亜は用意していたりするのだが、知らぬが仏で啖呵をきった。切ってしまった以上は止められない。
「だいたい、仲違いしているのに相手の好きなものを真っ先に作っちゃうような人から奪える? あたしたち、その程度の友達? そんなんだったら、本当に奪っちゃうわよ」
 理性が再起動し始めたが、勢いに乗ってしゃべりだしている美沙の口は止まらない。
「……やだ」
 鈴は首を振って、力なく否定の言葉を口にした。
「じゃあ、言いなさいよ。じゃないと何もしてあげられないでしょ」
「やだっ」
 はっきりと否定の言葉。美沙が大人とはいえ、たかだか一年の差である。いい加減、鈴の強情には理性の限界も超えていた。
「ああ、もうっ! チョコ持ってきて! あたしもリベンジチョコ作る!」
「やだ、やだ!」
「いいえ、渡してやるわよ。とびっきり愛情こめたのを作って伶也くんに渡す」
「やっ!」
 もはや子供のけんかである。
「あ、安藤さん、ストップ! 喜多嶋さん、泣いてる!」
 やっと現実に追いついた宇津井が止めに入った。しかし、時既に遅い感もあった。
「たまねぎのせいよ!」
「そりゃ、むちゃくちゃだよ、安藤さん」
 宇津井は周りを見渡したが、榎矢るみなと涼風穂香はどこかに行っていない。
「幡野さん、鈴ちゃん頼む。頭を冷やさせてくる」
 宇津井は美沙を羽交い絞めにして引き離そうとしたが、美沙の体重にさほど引き離すことは出来なかった。
「あたしは冷静よ! 邪魔しないで」
 羽交い絞めを振りほどいて宇津井の方に向き直った。
「じゃ、じゃあ、から揚げの卵を取りに行くから手伝って。――と、とにかく、そっちは頼んだよ」
 宇津井は残ったメンバーに後を託すと、美沙を連れて調理場を後にした。
 残ったのは泣いている鈴と途方にくれる人々だけであった。


15.カミングアウト!(鏡月恵) 泉美樹

 ゲスト:八口虎郎(洞井俊介、幡野七瀬) 涼風穂香、国津沙羅、榎矢るみな

「おら、買って来たぞ。さっさと作って食わせろ。待ち切れねーぞ!」
かなり虫の居所の悪い声で買って来た食材をテーブルの上に置くと、ハロは自分が注目の的になっているのに気付く。
「なに見てんだてめーら!」
しん・・・・・・と、食堂が静まり返る。
「えぐっ、ひっく・・・・・・」
沙羅ちゃんが眼に涙を蓄え今にもあふれ出しそうになるのを必死に堪えている。それを涼風さんが必死になだめる。
「あ、ありがと。じゃあ、悪いけど講堂に行って準備とかして来てくれる?」
涼風さんが無難な提案をした。実際の所買出しが終われば追加派遣でもない限り後は講堂で準備かここで料理するくらいしかないのだ。
ダン!と、乱暴にもう片方の手に持っていたペットボトルの入った袋を置くと
「俺に命令するな!」
そう言い残し足早に食堂から立ち去ろうとする。出入り口の所で後から入って来た残りの買出し部隊にぶつかりそうになり、
また悪態をつき、出て行った。

「とりあえずこれだけあれば足りると思うけど」
僕とナナっちが袋から食材を出しながら聞くと料理の準備をしていた女子が群がって来た。
「あーっ!なにこれー!」
「いやー!喰われてるー!」
「ちょっと鏡月さん、なにこれ?説明してくれる?」
そう言って歯形がくっきりとついたレタス玉を見せつけられた。
「あの、それは・・・・・・帰る途中に八つ口がある虎に襲われそうになってレタスを投げて迎撃したんです」
「そう!ひどいんですよ洞井くんって。私達を生贄に差し出そうとしたんだから」
と、ナナっちも”八つ口がある虎”と言う表現に吹き出しそうになるのを堪えながら説明した。
話を聞いてる女子達は何を言っているのか分からないという表情をしたが、何を言っているのか分かっている洞井くんは
「おっ、オレも講堂に行って準備してくるから。それじゃ!」
そう言って足早に立ち去った。
「あっ逃げた」
と、ナナっち。
「いいわ、行かせてあげなさいよ。それよりも早く作っちゃいましょ」
「あれ?るみなは?」
さりげなく何処にいるか聞いた。
「さっき涼風さんと二人でお手洗いに・・・・・・あっ、後ろにいるよ」
そう言われて振り向く。
「おつかれ、メグ」
るみなさんが労ってくれた。
「あ、うん・・・・・・」
るみなさん、今日はどうしてもあなたに伝えないといけない事があるの。
姉さんと4ヶ月くらいずっと話し合って来て言おうか言うまいか迷っていたけど、もう隠し通すのは止める。
「・・・・・・」
「どうしたの?」
「ううん、あの、あとでちょっと・・・・・・」
二人きりで話がしたいと言おうとしたところ邪魔が入った。
「あ、そうだ。榎矢さん」
涼風さんがるみなさんに話しかける。
「はい」
「悪いけど音楽室に行ってCDラジカセ取って来てくれない?あと、パーティーっぽい感じのBGMのCDも」
「え!」
「音楽室?!」
僕も思わず問い返す。
「パーティーだから雰囲気のいいBGMも必要だからさ。お願いね」
あの肝試しの時にどんな経験をしたのか知らない涼風さんはにこやかにお願いした。

「いい?ちょっとでも超常現象らしき事が起きたら構わず逃げるのよ」
かつて閉まって行くシャッターをくぐり抜けながら走った廊下を歩きながら、るみなさんは言った。もうすぐあの音楽室だ。
「わかってる。でも逃げる時は一緒だから」
僕はそう言ってから右手を前に突き出し空間を縦横に切りながら
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
と、唱えた。るみなさんが目を丸くして聞く。
「なにそれ?」
「九字。ディフェンス・グリッドって私は呼んでるけど、魔除けのお守りみたいなものよ」
姉さんがお化けとか物の怪の類が苦手なだけにこういう魔除けとかの知識が豊富なのだ。実際、肝試しから帰って来て、ドアを開けたら
塩を思いっきりかけられたのだから。
「ところでさっきの続きだけど・・・・・・」
と、るみなさんが話題を変えた。
「あ・・・・・・うん。その・・・・・・」
今言おうか?本当は屋上に呼んでカミングアウトしようとしていたけど。・・・・・・今にしよう。今しかない!
「今日のイベントがイベントなだけにプレゼントとかを出すんじゃあないかと思っているかもしれないけど、それとは違うの」
「そう?あっ、ここだわ」
音楽室のドアの前に止まる。僕は思わず舌打ちをした。
「入るわよ」
「ええ」
タイミングが悪い。るみなさんは僕の話を聞き流すようには振舞わないのは分かっている。
けどここは音楽室。一刻も早くCDラジカセとCDを探して出ないといけない。そして今しかカミングアウトのタイミングは無いと思う。
手際良くCDラジカセとCDを見つけたるみなさんに意を決して話しかけた。
「るみな、いいえ、るみなさん・・・・・・」
声色を姉さんから元の地声に変えて話し掛ける。
「どうしたの改まって?」
”さん”付けで呼ばれる事を可笑しく思っているのか笑顔で応えた。
「ごめん、こんな事を言ったら怒るかも知れない。ひょっとしたら言うべきでは無いかも知れない。でも言わないままにして置いたら
るみなさんに嘘を付いたままになると思うから。だまし続けている事になるから」
「・・・・・・」
真剣に話そうとしているのを理解したのか手を止め黙って聞いている。
「るみなさん、感がいいのか洞察力が鋭いのか知らないけど、姫琴祭の時真実を言い当てていた時があるの。憶えてる?」
「?。いきなり言われても・・・・・・。あの時は色々あったし」
「一緒にキャンプファイヤーを見ていた時よ」
「ケイ君と?」
「そう・・・・・・ケイ君と。まだ気付かない?今あなたが話している相手は・・・・・・」
片手で髪を押さえ、ゆっくりとウイッグをはずした。
「鏡月ケイだったんです。るみなさん」


16.すぐるのチョコレートパニック(って設営は?)其の1  天稀

 出演:西川小太郎、有賀野伶也、八口虎郎

 弐月弐拾陸日。いや二月二十六日。第二次世界大戦ちょっと前に起きた軍事事件の日だったり、どこぞの青髪の馬鹿の誕生日だったりするが、それはここではあまり意味がない。
 この学校、日頃のカリキュラムが詰まっている分、授業を潰してのイベントが少なくない。今日もそんなイベントの一つ、進級パーティというものを行う。留年生の出たクラスは参加を許されない、という厳しい掟があったりする。なので、やるということは全員無事に進級できたということだ。
 そんなイベントには、なぜか「バレンタインの日に渡しそびれたチョコを、この日に渡すと想いがかなう」というジンクスができあがっている。
 そんな日の朝。
「…………」
 チョコを差し出された西川小太郎は、固まっていた。
「……」
 差し出した相手も、固まっていた。『そうくると思ったよ』と言わんばかりの表情で。
「そ、そうか、すぐるは女になることにしたのか。一応、言っておくがな、おまえはオレの趣味じゃないぞ?」
『それだけ動揺されると照れ隠しにしか見えなくて、まんざら悪い気はしないんだけど、その勘違いは一応きっぱり否定しておく』
 三枝すぐる。親友とはいえ、男からバレンタインチョコなんぞ渡されれば固まるのは当たり前、と言いたいが彼に関してはもう少し事態が複雑になる。
 姫琴高校には男子として通っている彼だが、ターナー症候群で仮性半陰陽らしい彼は、現在のところ確固とした性別のない人間であり、現在は今後の性別を慎重に考えている状態であるのだ。家族や主治医などを除いて、このことを知っているのは、二カ月前に転校した霧谷霞と、西川小太郎の二人だけだ。
 というわけで、女になるかもしれない、なったら文句なしの美少女、という彼にチョコを渡されたもんだから、動揺してしどろもどろの小太郎。
『これはさとり姉さんから。日頃お世話になってるから、感謝の印に――だって』
「あ、おまえじゃないのか、なるほどでも何で?」
 すぐるの主治医である醍豪路さとりと、西川小太郎は別に個人的な付き合いはないのだが。
『たぶん、僕のことだと思う。ちょっと過保護』
「なるほど。でもおまえ、心配してくれる人を、そんなふうに言うもんじゃないぞ」
『別に嫌ってる訳じゃないよ。もうちょっと自分を顧みてもいいだろ、って思うだけ』
 チョコの出自を知って安心した小太郎は、チョコを受け取り早速包み紙を剥いで、
「ま、朝飯食ってなかったからちょうどよかった。それじゃさっそく、いただきまーす」
『ちなみにそれ、渡しておいて何だけど、食べない方がいいよ。化学兵器だから』
 すぐるが『化学兵器』と大きく書いて『ゲテモノ料理』とルビを振るが、その字を見せる前に小太郎はチョコをかじってしまう。
『ごめん、遅かった』
「げほっげほっ、ぅおえぇぇ……すぐるてめ、これは何の嫌がらせ――って」
『あれ、声がユリカちゃん?』
 さとりのチョコレートは、いつぞやのチョークドリンクと同じ効果があったようだ。あなおそろしや。
「ぬぁー、どうしてくれんだ、これじゃますます正体がばれ――って戻った」
 飲み込まなかったからかもしれない。
『一応、作った中で一番まともなのを選ばせたんだけどな』
「一番マトモ、でこれかい……」
『じゃ、これ口直しにどうぞ。僕の作』
 再び差し出された箱を、今度は恐る恐る受け取り、慎重にラッピングをはがす。はたして出てきたチョコレートは、さっきのものよりも心なし色合いがよい。口にしてみると、男の口にも合う甘みのほどよいビターテイスト。市販のそれより遥かに美味い。
「おまえ、いい嫁さんになれるな」
『褒めてくれても、コタの嫁になるかどうかは別』
「……すぐる、頼むからその、本気とも冗談ともつかない返事はやめてくれ」
『まあ別に、女の子してみようとして作ったんじゃなくて、姉さんの手本として作っただけなんだけどね。捨てるのはもったいないし、家族だけじゃ食べきれないから』
「にしちゃラッピングが本格的じゃないか」
『ラッピングの手本も兼ねてる。といっても下手すぎてモノにならなかったんで、そっちも僕が包んだんだけど』
「なるほど……さとりさんって凄そうに見えて、なんだか色々とダメな人だな」
『あれは医療以外は根っからのダメ人間だと思う』

 んで、講堂で会場設営……
『ちょっとハロ探してくる』
 開始直後のエスケープ宣言。をひをひ、と思ってもよさそうなものだが、苦情らしきものはなかった。
 なにしろ、長机を並べたりパイプ椅子を並べたりと、体力仕事が多いのだ。体育の授業をドクターストップのすぐるに頼める仕事じゃないことは、よくよく考えれば一目瞭然。下手に仕事してもらって倒れられても困る。
 もっとも、なら別のことをやってくれ、とは思わなくもないようだが。
「なんでまた八口君を?」
 一同を代表して、というわけでもないだろうが、有賀野伶也がいぶかしんで、すぐるに尋ねてきた。
 さとり姉さんから預かったチョコを渡すため、というのが最初の動機だったのだが、答えとして挙げたのはなぜか、気になっている別の事柄になった。
『彼、最近荒れてるから、放っておいたら帰るかも』
「いいじゃないか、帰りたいなら帰らせれば」
「…………」
 すぐるの筆が、一瞬止まる。彼とはそれほどの付き合いはないので、性格をそれほどわかっているわけではないのだが、ここまで「他人は他人」な態度は、彼らしくないような気がする。
『有賀野君、気が立ってる?』
「……ごめん、少しね」
『よければ相談に乗るけど』
「いいよ」
 彼の返事は、控えめだがきっぱりとした、拒絶。
「それより、早くしないと八口君は帰ってしまうかもしれないよ」
『行ってくるね、悪いけど後よろしく』
 これ以上は話題に踏み込めない、折を見たほうがいい。設営にもろくに手を貸せないと踏んだすぐるは、その場を後にした。

 八口虎郎。彼の苦労話については、すぐるはさとりからある程度聞いている。一言で言えば、姫琴総合病院(略称:姫総)に入院中の姉の医療費の工面に四苦八苦している、らしい。
 なぜ姫総の医師ではない、下町の診療医である醍豪路さとり女史がそんなことまで知っているのかは、謎と言えば謎だ。彼女は姫琴市近辺の医療施設に対して絶大な影響力を持つ、なんていう噂も、姫総や姫琴市民病院ではまことしやかにささやかれている。たしかに医術の腕と知識は絶品なのだが……
 ちなみに、これは当然のごとく彼のプライバシー情報なので、医師には守秘義務があるはずなのだが、さとり女医は時折ついうっかりすぐるに色々漏らしてしまったりする。
 そんなわけで、もちろんすぐるに医療費の工面を手伝ったり、いい手段を紹介したりする能力はない。しかし、パーティを楽しませるなり何なりして、気苦労だけでも多少は緩和できれば――
 などと考えていると、居た。買出し帰りで、ナニやら不機嫌そうな、八口虎郎。呼び止めようにも声はかけられないから、自分のことに気づかせるには、コレが一番。
 すぐるは、首にかけてある小さな笛を口にくわえ、思いっきり吹き鳴らした。


17.パーティーの前に、すべきこと・その6(榎矢るみな) こうけい

 ゲスト:鏡月恵、涼風穂香、国津沙羅、喜多嶋鈴(NPC)

 るみなの目の前で、友人が思いがけぬ変貌をとげていた。
「今あなたが話している相手は」
 恵は片手で髪を押さえ、ゆっくりとウイッグを外す。下から出てきた別の髪の毛を軽く手で梳くと、るみなには見覚えある少年の姿になった。
「……鏡月ケイだったんです。るみなさん」

『ケイ君、メグちゃんの振りするの得意じゃないかしら』
 るみなは確かに文化祭で、そんな言葉を口にした覚えがある。
 でも、あれはあくまで冗談で言ったことなのに。

「……メ、メグちゃんはどこなの? あなたがケイ君だったら……本物のメグちゃんは?」
「家にいます。姉は生理痛に弱くて、月に一度は学校を休むんです。その間、僕が代わりに姫琴に登校させてもらってるんです、姉の姿をして」
「二人一役、ダブルキャストか……よく、バレなかったわね……」
 確かにケイの顔はメグミと瓜二つだし、扮装は女優のるみなすら欺いたほど見事だけれど、細かい仕草や体格は違うはず。
「メグはアレのときは人が変わるんだ、って思われたんで、怪しまれずに済んだんです。体育も生理だからと見学してましたしね」
 あまりのことに絶句状態のるみなと対照的に、ケイは滔々とこれまでの経緯を語る。
 肝試しのときにも姉の代わりに登校し、それがるみなと初めて心を通じたイベントになったこと。
 二学期が始まって、メグミがあらためてるみなにあいさつして、ふたりは友人関係となったこと。
 文化祭のときはケイの姿でるみなと初対面して、バレはしないかとひやひやものだったこと。
 このカミングアウトはメグミも承知しているということ。
「今までだましていてごめんなさい、るみなさん。このことはだれにも秘密にしといてください」
「…………」
「あと、これだけはわかってください。僕も姉も、るみなさんと友達になれて本当によかったと思っています。芸能人じゃなくて、ひとりの高校生としてのるみなさんと」
「…………」
 沈黙を保ちながらも、るみなの思考は明後日のほうへと飛んでいた。
 ――ケイ君は男女両方の人格を切り替えられるんだ。今のドラマの役作りの参考になるかもしれない。
 そんな、妙に冷静じみた思惑から。
 ――わああ、ヘンタイ、スケベ! 他校の男が女子に紛れ込むなんて信じられない! 早くここから出てってよ!
 女の防御本能に任せた心の絶叫まで。
 しかし最後は、TSっ娘としての立場に行き着いた。
 ――ケイ君は女装娘なんだ。ウィッグを外せば手軽に男に戻れるんだ。でも、わたしは違う。男の体と、大人の男優になる夢を捨てるしかなかった。ぼくは……ぼくは……。
 るみなの目から大粒の涙がこぼれ落ち、眼鏡の縁を伝う。
「……どうして、もっと堂々と男の子しないの!?」
「るみな、さん?」
「女の子はメグちゃんに任せてればいいでしょ。ケイ君、男の子でしょう? ヘンなことはやめて!!」
 音楽室の空気を引き裂かんかの絶叫。二本の三つ編みがコンパスのように母線を描いて回り、ケイのほうを向く。
「男の夢と誇り、忘れないでよ!! うわあああぁぁぁ…………」
 るみなはラジカセとCDを放り出すように机に置き、なおも泣き声をあげながら音楽室を出て行った。
 まさに、ドラマのワンシーン。

 肝試しのときは、次々と下りるシャッターに追われるように走った廊下。
 今日はだれにも追われていないのに、泣きながら夢中で駆けていく。
 やっぱり音楽室はアンラッキースポットだ。早く学生寮に戻らないと。
 ラジカセとCDはケイが持ってきてくれるだろう――メグミの姿に戻って。

 折角、穂香をバックにつけて、鈴から話を聞き出せるチャンスだったのに。
 メグミのほうも思いつめていたようだから、さぞかし大切な話だろうと音楽室までつきあってみれば、たかが女装のカミングアウト。
 TSっ娘にしてみれば、気持ちを逆撫でされたような気分だった。
 大きな用件を妨害された不快感も、そんな負の感情を増幅していたかもしれない。

 ――わたしはTSっ娘。今では生理だってある。こんな気持ち、ケイ君には女装したって理解できやしないんだから。
 るみなの脳裏で、そんな言葉がリフレインする。
 しかし、それに別のセリフが割り込んできた。
『姉は生理痛に弱くて、月に一度は学校を休むんです。その間、僕が代わりに姫琴に登校させてもらってるんです』
 さっきのケイの言葉だ。

 リフレインは止まった。
 ――ケイ君だって、理解していたんだ。理解してないのは、わたしのほうだったんだ。
 るみなの足も止まった。音楽室へ戻ろうと踵が返った。
 しかし、一瞬ためらってから、再度の回れ右。
 ――わたしだけじゃ、ないはずだ……。

「榎矢さーん、いいところに戻ってくれた」
 るみなが学生寮の食堂の扉を開けると、穂香が椅子に腰掛けたまま声をあげた。けれども鈴が見当たらない。
「ほら見てよ、鈴ちゃん、まだ泣きやまなくって」
 よく見れば鈴は膝を床につけ、穂香の腰に頭を埋めるようにしゃがみこんでいる。嗚咽の声が、るみなの耳にも時折入ってくる。
 美沙と宇津井は戻っていない様子だ。ほかの生徒たちは調理作業を再開しているが、鈴の様子が気になるらしくちらちらと後ろを向いてくる。
「彼女をあやすだけで、あたしの集中力限界なのよ。榎矢さん、お願い」
「わかったわ」
 穂香はCDラジカセについては何も言わなかった。そうだろう、恵とるみなをふたりにさせるための口実なのだから。

 るみなは穂香たちに近づくと、目の高さを鈴に合わせるようにしゃがんだ。そして小声で言った。
「鈴、単刀直入に訊くわ」
「う……えっ?」
「ずばり『あの日』だったんでしょう。伶也くんと仲違いしたとき」
 鈴の泣き声が止んで、神妙な表情になった。
「図星ね。言ってみるものだわ」
「榎矢さん、どうして?」
「いろいろね、なんとなく想像力が働いて」
 穂香の問いに、るみなはお茶を濁した。
「るみなぁ……レイちゃんったら、ひどいんだよぉ」
「うん、うん」
「アレのときあんなに痛いのに、レイちゃん『女の子らしくない』なんて言うんだもん」
「うん、わかる。痛いよね。でも、痛みを顔に出さない方法もあるのよ」
「えっ、本当? 教えて」
「それはね…………」
「なーるほど、わかった。ありがと、るみな」
「わたしや穂香でよかったら、いくらで愚痴言っていいのよ」
「るみなさん、まるで鈴ちゃんのお母さんみたいです。これなら母親役もこなせそうですね」
 目の前に、沙羅の顔がぬっと現れた。
「せ、せめてルミナ姫って言ってよ、沙羅ちゃん」
「うふふ、沙羅ちゃんのおかげでボクもリラックスできたよ」
 鈴の口から久しぶりの微笑み声がこぼれた。穂香も、沙羅も、るみなも笑った。
 鈴と伶也の関係修復作戦が、ようやく一歩を踏み出したところだった。

「でも榎矢さん、鏡月さんとなんかあったの?」
 穂香がるみなの顔を覗き込むようにして言った。
「ど、どうしてそう思うの?」
「あらあら、自分のことになると鈍いのね。眼鏡が涙で汚れてるじゃないの。それに鏡月さん帰ってこないし」
「……わかったわ。わたし、メグちゃん呼んでくるから」
 鈴と伶也の件よりまず、自分がケイに謝らなくては。そんな思いを秘めつつ、るみなは床から立ち上がった。


18.……君は……天狗さん? Zyuka

 ゲスト 喜多島鈴、有賀野伶也、国津沙羅、纏恵美、喜多島鈴也(回想)

 一般的に女性は男性よりも周りの事に気がつくと言われている。
 が、片津雪魅にはそんな事例はない。
 一つの事に集中できないで、何が忍びなのか……

 たとえ、周りで何が起ころうとも、任務は忠実に実行する。
 たとえ、心にかかることがあろうとも、それを完全に忘れさせ、今やる事に集中する。
 たとえ、周りで何が起ころうとも、誰が暴れようが誰が謎の物質を食べて泡を吹こうが誰が出て行こうが誰が誰の胸を触ろうとして半殺しの目にあおうが、関係ない。

 今やる事……チョコケーキを完成させること……

 雪魅には、チョコに対するこだわりがある。
 一番好きなのはホワイトチョコレート。
 甘ったるいが、やっぱりおいしい……
 次がミルクチョコレート。ホワイトチョコにはかなわないが、甘いしおいしいし。
 ブラックチョコレートはダメだ。
 なんか食べてもあんまりおいしくない。
 カカオ99%なんてとてもじゃないが食べられない。

 今回のケーキに使われているチョコはミルクチョコとホワイトチョコだ。だからこそ、ケーキを作るのにも並以上の気を使う。

「……ここにちょっとバニラエッセンスを加えて……ホワイトチョコの文字は……」
 だから、これは薬の調合なんかじゃないんだよ、雪魅ちゃん。
 どこからかの突っ込みを適当に受け流しつつ、チョコケーキは完成した。

「あ、それ、できてたの」
「うん?」

 完成したケーキを持ち上げたとき、後ろから声がかかった。

「あ、鈴ちゃん」
 そこにいたのは、ちょっと元気のない喜多島鈴だった。
「ま、私にかかればこの程度造作もないこと」
「……へえ……」
 そう言って、鈴は周りを見渡した。周りのことを気にしなかった雪魅だが、なるほど、周りはひどい状況だった。
 まともに仕事しているのは委員長の纏恵美ぐらいか。ざっと見渡してみてきちんと働いているのは彼女くらいか。あと、国津沙羅ちゃんもまじめに働いている部類に入るかも。
「子供にまで働かせて、他の連中は何をやっているでござるか……?」
 ビン底眼鏡の奥の瞳が細くとがる。が……
「……ま、拙者も似たようなものかも知れぬでござるが……」
 作業に集中していたときには気がつかなかった胸のもやもやが一気に噴出する。
 特に大きなそれは斉藤友樹/大槻里美の事か……
 他にもたくさん、もやもやが沸いてくる。なぜだろう、最近こういうことが多い。
「こんなんで一人前の忍者になれるでござろうか……?」
「ボクじゃとてもじゃないけどこうはいかないよ」
 自問していた雪魅に鈴が語りかけてくる。そういえば、この鈴にも雪魅はもやもやを感じるのだ。
「そういえば、あんまりこの鈴ちゃんとかかわった事はなかったでござるな」
 同じクラスではあったが、鈴はいつもクラスの中心にいた。
 雪魅は、いつもそこから一歩引いていた。歩み寄ろうとは思わなかった。忍者が目立つわけにはいかなかったから……
 それに、鈴にはいつも伶也がそばにいた。今は絶交中らしいが、なんか近づくのためらわれたのだ……
 まるでそれは…………

 …………なんだろう、

「思い出せない……?」

 もやもやの中に、フト、違和感を覚える。なにかを忘れている!?
 確かに、雪魅は忍者の見習いだ。一人前になるためには、必要ないことは忘れるに限る。その忘れた物の中に、鈴にかかわる物があったのか……

 その時、鈴が雪魅に声をかけた。
「すごいね、雪魅ちゃん」

「――!!」

『すごいね、天狗さん――』


『天狗じゃないって』
『でもここには天狗が出るって、おばあちゃんが言ってたんだから』
『あのね……』

 それは、7、8年位前……小学生の時だったと思う。

 残虐な姉とその友人、片津甘魅と安土桃香に修行と称して放りこまれた山の中での出来事……

 そこで会ったのは、従兄弟と共に山に住む祖母の家に遊びに来ていたという、同い年の男の子だった。

『じゃあ、君はこの山に天狗はいないって言うの?』
『見つけたら、姉上が捕まえて見世物にしてると思うよ……』
『じゃあ、なんでも願いをかなえてくれるって言う天狗石は?』
『それはこの山のどこかにあるって聞いた事があるけど……そんなの探してどうするの――君』
『僕じゃないよ。――ちゃんがどうしてもかなえてみたい願いがあるんだって』
『ふ〜ん。仲がいいんだね――君と――ちゃんって』
『そうだよ、お母さんは、僕らのことを幼馴染だから仲がいいんだって言っていた。幼馴染は、大きくなったら恋人同士になる事があるんだって』
『そうなの……』

 雪魅には、そんな関係の人間はいなかった。だからちょっと、その子の事をうらやましく思ったのかもしれない。
 天狗を探していて――正確には願いをかなえてくれる天狗岩を探していて迷子になった少年を、祖母の家にまで送っていった時の会話だ。
 その子は、その幼馴染の従兄弟のことをずっと話していた。

 まるで、思い人のことを話すように。

 そのこの名前は――――

「……鈴也君……」
「――!!」

 雪魅がそうつぶやいた時、鈴の目が大きく見開かれた。
「雪魅ちゃん、今誰の事言ったの!?」
「……うん? 昔あった男の子の事だけど?」
「その子が……鈴也君……」
「うん、ま、名字は知らなかったけど、確かそういう子がいたなっと……」
「それは……」
「あ、片津さん、それ終わったらこっち手伝ってくれない」
 纏恵美が雪魅を呼ぶ。まじめに働いている人間は、この中では貴重なのだろう。
「あ、はいはい。今行きます」
 地味系少女を装っている以上、それにそって行動をとらないといけない。雪魅は恵美の方へ歩みだす。
「雪魅ちゃん、その鈴也って子……」
 鈴がその手を取り、真剣な目で雪魅を見る。
「鈴ちゃんには関係ないよ。だって鈴也君は――――


19.サーラのお料理がんばるぞっ♪(国津沙羅) 天爛

 ゲスト:若宮詩音

 時は少し遡る。買い出し班が買出しから帰ってきた頃の話だ。

 その頃、沙羅は小さな体で食堂を動き回っていた。奈緒子に運んで来てもらった材料を使って、皆とは別にデザートを作っていたのである。

 沙羅は文化祭で簡単なデザートを作りを手伝ってから、すっかりデザート作りにハマってしまっってから、食後のデザートが欠かせなくなった為、もう慣れた物である。今では少々複雑な洋菓子でも、レシピなしで作れるほどになっていのだ。

「さてっと、まず、チョコは外せないよね♪」
 そう行って、荷物がらチョコを取り出す。もちろん、直接火に掛けるなんて事はせず、湯せんで溶かす。初めて時こそ、やってしまったが、それは既に過去の可愛い思い出だ。
 普通のチョコだけでなく、ホワイトチョコやピンクのストロベリーチョコも溶かす。もちろん、それらも型に入れて固めるのだが全部は使わない。一部はトッピング用に文字を書くためとっておくつもりだ。
 もちろん、固める方もただ固めるだけじゃない。二段重ねにしてみたり、軽くかき混ぜてマーブル模様にして見たりと、かなり凝った物にしている。アーモンドやパフを入れた物まで作っている。

「次は、うん、パフェ作ろう」
 しゃかしゃかと生クリームを泡立てたのち、少々冷やす。
 その間に手早く荷物から透明のプラチック製のカップを取り出し机に並べ、シリアルを軽く入れていく。缶詰のフルーツも乗せた後、先ほど冷やしたクリームを絞り袋に入れて絞る。「うん、あとは……」
 また、荷物を置いてある場所まで行き、チョコソース、ブルーベリーソース、抹茶ソースなど色取り取りのキューブを取り出す。そして、沙羅はそのソースをカップそれぞれに掛けていった。
 ある物はシンプルにひとつのソースたけを、またあるものは複数を組み合わせて色鮮やかに……
「あとは……」
 出来上がった物を冷蔵庫に入れる。これで、並べる直前にトッピング用のカラフルスプレーやウエハースなどで更に飾りつけをすれば沙羅特製カップパフェ完成だ。

「沙羅ちゃん、この蓋の付いたマクドのコップ見たいなんは何につかうん?」
 見ると、わかみーこと、若宮詩音が、ファーストフード店などでよく出される蓋付きカップの束を取り出していた。
「あっ、それは、ちょっと遊びでロシアンジュ−スを作ろうと思って、そのクーラーボックスの中に、ジュースがいろいろ入ってるんで単独でも混ぜても良いんで出来等に入れてください」
「それ、おもろそうやね。わかった。おいしいの作ったるから任せとき」
「じゃあ、わかみーさん。お願いします♪」
「え〜と、りんごジュースにオレンジジュース、カルビスに飲むヨーグルト。ざくろジュースにサイダー。トマトジュースに青汁?! ……うわっ、ニッキ水やん!懐かしいわぁ、あと、これって幻のアレやんか、どうやって手に入れたん!?」
「それは秘密です♪ さて、僕は何つくろっかな♪」

 こうして着々とパーティーの料理(主に甘味)が用意されていった。


20.パーティ会場、ただいま準備中。その5(桜塚真理亜) MONDO

 ゲスト:井黒万知子、西川小太郎、三枝すぐる、纏恵美(NPC)、有賀野伶也(NPC)

「今年はそんな状況じゃないんだよっ!」

 唐突な伶也の声に、真理亜はびくっと肩を震わせて振り向いた。

「何か、俺に出来そうなことがあるか?」
「ごめん、今はちょっと一人にして」

 伶也にそう言われて、小太郎は彼から離れていく。
 途中でテーブルの上にあったチョコレートの皿に手を伸ばして、万知子と何やら言い合いをしているが……真理亜の耳には、そんな二人のやり取りは全く入ってこなかった。

 ――そっか……鈴ちゃん、伶也くんにチョコあげてないんだ……

『有賀野君、気が立ってる?』
「……ごめん、少しね」
『よければ相談に乗るけど』
「いいよ」

 今度はすぐるが筆談ボードを使って伶也に話しかけた。
 だが、取っかかりが見つからなかったのか、二、三度言葉を交わし、やはり小太郎と同じようにその場を立ち去っていく。
 無言のまま、作業を続ける伶也。……その背中を脚立の上から見つめながら、真理亜はぽつりとつぶやいた。
「今チョコを渡しても、たぶん受け取ってくれないよなです……」

 ――あれっ? そういえば……

 いつもだったら伶也の姿を見るたびに、伶也の声が聞こえてくるたびに、身も心も「恋する乙女(笑)」と化してしまうはずなのに……今日に限ってそれがない。
「なんで……?」

 仮説その1 女の子モードが常態化してしまった。

 父親が発掘した謎の銅鏡の力で男から女の子に変身してしまってはや一年。「女の子」としての自覚も自然に持てるようになったし、「真理亜」としての人間関係も、もはや揺るぎないものとなっている。元に戻る方法が未だ見つからない以上、いい加減「女性として生きる」覚悟を決めないといけないかもしれない……

 ――冗談じゃないっ! 万に一つの可能性がある限り、絶対あきらめるものかですっ!

 モノローグまで「〜だです」になっている時点で、すでに手遅れという気もするが(……笑)。
「大きなお世話ですっ」
「ちょっと真理亜、誰に怒ってるのよ?」
「えっ? あ、えっと……あはははは」

 仮説その2 伶也の魅力が減衰している。

 では……何故?
 答えはすぐに出た。伶也と鈴ちゃんが絶交中だからだ。
 思えば二人はいつも一緒だった。夏休みの肝試しでも、文化祭のメイドさん喫茶でも……そしてそんな時の伶也の笑顔に、真理亜は「女の子」として恋をしたのである。
 だったら、今自分がしなければならないことは――
「…………」
 真理亜はいきなり脚立からとび下りると、大股で伶也の元へと歩み寄った。
 そして手にしたチョコの包み――ブルーのリボンがかけられたそれを、迷惑そうに顔を上げた伶也の胸元に押しつけた。
「パーティが始まったら……これを鈴ちゃんに渡すですっ!」

「「……!!」」

 その場にいた全員の視線が、集まった。

「あれって……ホワイトデー用のチョコよね……」
「まあ、時期が時期だからね〜。……普通手作りでしょが」

 呆然とした表情で真理亜の顔を見つめていた伶也は、ため息をつくと首を振った。
「いいよ、そんなことしてもらわなくても。桜塚さんには関係ない――」
「ドントセイッ! フォー、オア、ファイブだですっ!!」
 直訳すると、「四の五の言うな」。
 どこからともなく抜き払ったハリセンの先端を伶也の鼻先に向け、真理亜は涙目で怒鳴りつけた。
「……喧嘩したら仲直りするっ! でないとオレ……あたし、伶也くんも鈴ちゃんもキライになるですっ!!」
 そのままくるっと背中を向け、大股で歩きだす真理亜。
 脚立のところまで戻ると、万知子たちが心配顔で駆け寄ってきた。
「ま、真理亜……」
「いいんだです。まだ二年もあるし……いつもの伶也くんと鈴ちゃんに戻ったら、また改めてアタックするですっ」
 ふんっ、と胸を張り、吹っ切れた笑顔を浮かべ――
「あ……あれ? なんで……涙が……出るです……?」


21.女の子を口説く三十六計・実践編(八口虎郎) 無糖

 ゲスト:三枝すぐる、桜塚 真理亜、井黒 万知子

 買い物も終わったことだし、気分転換に昼寝でもしてくるか……などと考え、歩いていると、突然空気を切り裂くような甲高い音が廊下に響いた。
「……っ!」
 片目を閉じて衝撃に耐え振り向く。と、三枝の野郎が笛をくわえたままオレを見ていた。
 三枝すぐる。女みたいな顔をしているが、ヤツはれっきとした男だ。何かの病気だと聞いたことがある気もするが、よくは知らないし別に興味もない。ただ、コイツは口がきけず、会話をスケッチブックを使った筆談に頼っている。
 どこか飄々として、つかみどころのない性格をしているせいか、目の前にすると毒気を抜かれ、普段は喧嘩を売る気にならない。
「何しやがんだテメェっ!」
 だがオレは内心苛立っていたのもあり、気づくと三枝の襟をつかんで片手でその華奢な体を持ち上げていた。
 それでも三枝は怯まず、すでに書き込んであったスケッチブックを目の前にかざしてくる。
『ワタシ トモダチ チョコレート モテキタ』
「ふぅ……馬鹿にしてんのか?」
 首を絞められているというのに余裕の態度に思わず力が抜ける。落っこちた三枝は、けほけほと咳き込んでいた。
 笛を吹いたのは声をかけられない三枝の工夫で、怒るほどのものじゃない。半ばオレの八つ当たりだ。
 が、素直に謝れるほどオレは人間ができていない。表情は不機嫌なまま、三枝を見下ろす。
「で、本当は何の用なんだ」
『こっちがさとり姉さんの作ったチョコ。こっちが僕の作ったチョコ。よかったら食べて。片方は劇物だけど』
「……? なんだそれ」
 意味を理解する前に差し出された箱を受け取る。人がものをくれる──それも食料だ──のなら、たとえそれが敵から渡されたものだとしても遠慮する理由はない。
 綺麗に包装された包みを乱暴に破き、ひとかけら口に入れる。
『あ、そっちは危』
 口の中に爆発したような痛みが走る。
「ぐっ……くそマジぃな。まぁ、サンキュ」
 男が作ったチョコレートなんて、こんなものだろう。味にこだわる性格ではないし、チョコレートは栄養価が高い。一欠片で一日生きられると聞いたこともあるし、この衝撃的な味なら大量に食う気になれなくて逆に長持ちしそうだ。
『ハロはそれ食べて大丈夫なの?』
 不思議そうな顔をした三枝がスケッチブックに書いた。
「オレは体だけは丈夫だからな」
 適当に返事をしてその場を離れようとする。と、服の袖をつかまれた。
『待って。ハロが困ってるだろうから渡しておけってさとり姉さんに頼まれたものがあるから』
「……あのクソ医者が?」
 オレが眉をしかめたのも気にせず、三枝はごそごそと手提げ袋から荷物を取り出した。
『なんだか知らないけど徹夜で作ったみたい。はい』
 いつもと変わらず無表情の三枝から受け取った袋には、数冊のノートが入っていた──


──女の子を口説く三十六計・準備編──
──女の子を口説く三十六計・実践編──
──女の子を口説く三十六計・風雲編──

 三冊のノートの表紙にマジックで書かれた文字を見て、最初は破り捨ててやろうかと思った。いや、実際一度窓から投げ捨てた。
 何もかも見通したような医者からのプレゼントだ。嬉しいどころか喧嘩を売られているように思えてしまう。
 が、藁をも掴む気持ちというのはこのことだ。確かにオレはクラスの女子から避けられている傾向にある。すぐにでも彼女を用意しなければならない現状の問題を打破するのに、役に立つなら悪魔の手だって借りてやろう。そう思い、投げ捨てたノートのうちの一冊を拾ってきた。どこかに消えたのか一冊しか見つからなかったとも言う。

 ダメで元々。オレはノートに書かれた計略を実行してみることにした。相手は……。
 三枝と別れ、教室に戻って手ごろな女子を探す。っと、あれに見えるはレンと並んで桜組女子Bランキングトップと予想される桜塚 真理亜じゃないか。オレは獲物を見つけた喜びに口の端を歪ませ、真理亜の元に近づいていった。
 ちなみにBランキングってのは、スリーサイズで言う胸のでかさのことだ。スリーサイズとは一般的に上からBKB(ボンキュボン)の三文字で表される。Kは腰のK、最後のBはケツの形に似てるから尻のサイズと覚えるといい。オレ的豆知識だ。
 ともかく、早速三十六計ノートを開いてみた。

──1、雰囲気作りが大切! まずは女の子と二人きりになるために、人気のない場所に呼び出すのだ──

「よお、真理亜」
 声をかけると、ふわりと長い髪を揺らし、真理亜が振り返った。どことなく生気のない表情、目には涙が浮かんでいる……?
「なんだ……です、か? 笑いに来たならおとといきやがれ、です」
 くすんと鼻を鳴らし、真理亜はオレを睨みつけてきた。なんだか知らないが不機嫌なようだ。
「いや、お前に大事な話がある。体育倉庫の裏まで一緒に来てくれ」
「なっ、なんだってー!? って、ハロ、その手に持ってるのは……!?」
「チョコレートだけど、それがどうした。万知子には関係ねえよ、黙ってろ」
「ぎゃー!」
 近くの女子どもが騒ぎ出す。妙な騒ぎが起きはじめていた。

──1、軟弱な男は嫌われる! 少し強引に思われても、女の子をリードすべし──

「真理亜だけに用があるんだ。一緒に来い」
「え、いや、ちょっ、何するんだ、ですぅぅぅ!」
 真理亜の手を引っ張って、教室から連れ出す。驚いたのか最初は嫌がっていたが、途中でため息をついたと思うと態度を変え、大人しくついてきた。そのまま校舎裏に移動。

──1、きっぱりと自分の気持ちを伝えるべし。結論から最初に話すのが重要──

「で、話って?」
 普段は勝ち気な真理亜もさすがに緊張している様子。その緊張が伝染したのか、オレの心臓の鼓動も早くなっていった。
 だって、他人に頼みごとをするなんて、それも女に頼みごとをするなんてオレらしくない。彼女の振りをして、姉貴に会って欲しいだなんて、どんな顔をして言えばいいのだろう。
「だから、俺は、お前に……」
 ノートどおりにするならはっきり結論を言わなければならない。彼女のフリをしてほしい。彼女のフリをしてほしい。OK、いくぜ。
「真理亜……お前が欲しいっ!!」
「……え? ええええっ!?」
 真理亜が顔色を変えた。なんだ、緊張してオレ何か別のことを言っただろうか。まずい、ノートだ。ノートを思い出せ。そう、結論を、結論を話せばいいのだ。
「大丈夫、安心しろ! 病院にはオレも一緒についていくから!」
「ちょっ、ええっ、病院って、どういう意味だ……ですかっ!」
 しまった、真理亜が病院という言葉に引いているようだ。言い方を間違えたか。フォローしなければっ!
「心配するな、痛くねーから! お前は何もしなくていい、なんなら寝てても構わない!」
 めちゃくちゃ下手に出る俺。頼みごとをするんだ、プライドを捨てるくらいなんだってんだ。
「寝て……て、俺……じゃなくて、あたしはそーゆーコトしたことないし」
「オレだって初めてだぞ!」
「そ、そうなんだ……ハハ」
 何故か真理亜は赤くなって、乾いた笑いを浮かべている。と、オレの灰色の脳細胞が真理亜の思考を読んだ。
 彼女のフリをしていたらそのまま恋愛に発展して、本物になってしまう……そんな物語は世界に溢れているし、真理亜もきっとそれを心配したんじゃないだろうか。真理亜は胸もでかいし見た目は可愛らしい。性格はちょっと男勝りなのが気にならないでもないが、オレとしては問題のないレベルだ。
 本物の恋愛関係……つまり、デキてしまうことを心配しているのなら。
「大丈夫、デキた時は責任を取るから!」
「責任なんてゆわれても……心の準備とかその他いろいろと……」
「頼む真理亜、この通りだ。一回、一回だけでいいから!!」
 男らしく頭を下げる。が、真理亜は固まっているだけで返事をしてくれない。

──1、耳元で甘く囁くのも効果的。逃げられない、と思わせると◎──

「真理亜」
 バシっと真理亜の顔の横、壁に叩きつけるように手をつく。そのまま背をかがめ、耳の側に顔を近づける。
「なあ……頼むよ。別にオレのこと好きにならなくても構わない。そんなに時間は取らせねーからよ」
 ふう、と耳に息を吹きかける。と。
「ぅ……う……うああぁ!」
 ドン、と胸を突き飛ばされたと思ったら、真理亜はすごい速度で逃げ去ってしまった。
「くそ、失敗か……あのノートのせいか……?」
 オレはどこで失敗したのだろう。わからねーが、ううむ……次はレンにでも頼んでみようか。


22.性の境界(鏡月恵) 泉美樹

 ゲスト:榎矢るみな

「ケイ君?」
音楽室のドアを開け、ケイ君を呼んだ。机に突っ伏して泣いているのかと思い、中に入って見渡してもいない。
「一体何処に?」
置きっぱなしのCDラジカセの下にスコアが何枚か裏返して置いてあった。何かが書いてある。
”榎矢るみなさんへ”と、スコアシートの真ん中に書いてあり、クリップで閉じられていた。
手に取って一枚捲るとびっしりと丁寧な字で文がスコアシートの裏面の白紙を埋め尽くしている。
遺書?!一瞬そう思った。まさかそんなはずはない。・・・・・・でも万が一のこともある。
とりあえず全部読んでみることにした。


榎矢るみなさんへ
あれから、ずっとるみなさんに言われた事が何度も頭の中でリピート再生していて止まりません。

”どうして、もっと堂々と男の子しないの!?”
”女の子はメグちゃんに任せてればいいでしょ。ケイ君、男の子でしょう? ヘンなことはやめて!!”
”男の夢と誇り、忘れないでよ!! ”

正直に言いますが、僕は男子校に通っていて、そこでは女装している事を誰にも知られない為に堂々と男の子しています。
”ヘンなこと”をしているのは充分分かっています。でも、趣味なんです。大好きで綺麗な姉さんと瓜二つになれるのが
嬉しくて止められないんです。こう書くとヘンタイで倒錯してる様に思われると思いますが、憧れだと思ってください。
誓って言いますが姉とは近親相姦な関係にはありません。姉はとてもプライドが高い人です。
肝試しから帰り、体験した事を話した時、姉はとても怖がっていました。冗談で”一緒に寝てあげようか”と言ったら
思いっきり張り倒されました。
ただ、”男の夢と誇り”はちょっとよく分かりません。
月に一回姉さんが生理の時に代わって姫琴に来る時と家に居る時以外は男ですからいつも女装のままでいる訳ではないです。

僕はTS又はTV、トランスベスタイトと言う分類に入るみたいです。女装を楽しんで生活していますが、
性同一性障害の人には申し訳ないと思っています。会った事が無いので僕のやっている事をどう思われるか分かりませんが
あまり快くは思っていないでしょうね。

そもそもの始まりは中学の頃でした。
今の姉からは想像がつかないと思いますがベリーショートヘアだった頃があり、クローン姉弟と呼ばれたりしました。
試しにセーラー服と学ランを取り替えて学校に行っても誰も気付きませんでした。それで面白がって調子に乗って
一緒に同じ高校に進学し、いつまでばれないか試そうと思っていました。
が、不幸にも僕が姫琴の受験に落ちて泣く泣く男子校に行く羽目になったのです。
女装が好きな事を知っている姉は月に1回、生理中の時に女装して姫琴高校に通う事を許してくれました。

姉も人見知りする方ですし僕も月に一回しか来れないのであまり交友関係を広げるつもりはありませんでした。
でも、肝試しでるみなさんと友達になれたのは嬉しい誤算でした。姫琴に姉さんの代わりに行くのが楽しくて楽しくて・・・。
ですが、楽しいのもつかの間"ケイ君、メグちゃんの振りするの得意じゃないかしら"と言われた時、見破られたと思いました。
以来今日に至るまでの四ヶ月。姉と色々相談した結果カミングアウトすると決めたんです。
姉を悪く思わないで下さい。姉は僕の趣味を理解しながらも僕が暴走しない様に色々注意してくれたり警告してくれました。

ただ、現実の問題として姉に報告しなければいけません。突然のカミングアウトで驚かれているとは思いますが、
落ち着いて、今後の事をお話したいです。下校のチャイムが鳴る時まで屋上で待ってます。来なくても構いません。
その時は姉の鏡月メグミしかこれから学校には来ませんから。
お元気で。
鏡月ケイ


「バカ・・・・・・」
るみなは音楽室を出て屋上に向かった。
屋上に出るドアを開け、辺りを見渡す。見慣れた友達の後姿が手摺にもたれて眼下の運動場を見ている。
呼吸を整え、ゆっくりと近ずいて行った。
近ずくにつれケイ君の体が徐々にこわばっていくのが見て取れる。
少し離れた所で立ち止まる。
「・・・・・・最初これを見た時は遺書かと思ったわ」
「・・・・・・」
「他の誰かが見つけて読んでしまうという事を考えなかったの?」
もたれていた手摺から体を離し、ゆっくりと振り向いた。
「考えて・・・・・・いませんでした」


(後編に続く……

戻る「T's☆Heart」メインページに戻る