戻る「T's☆Heart」メインページに戻る

テストプレイ・リプレイ



テストプレイ参加プレイヤー(キャラクター名) (敬称略、登場順)
 MONDO(桜塚真理亜)、南文堂(安藤美沙)、toshi9(生田蜜樹)、猫野丸太丸(井黒万知子)、七斬(守岡深月)

テストプレイ設定
 学校行事 … 「プール掃除(6月、放課後)」
 行動選択肢 … プールの中を掃除する/更衣室を掃除する/見学席を掃除する
 鈴ちゃんの状況 … プールの中を掃除。ホースで水を撒いていたら、すっぽ抜けてずぶ濡れに。
 伶也くんの状況 … 見学席を掃除。隅に置いてあった段ボール箱の中から、差出人不明のラブレターらしき手紙を見つける。
 付記 … プールの中は事前に業者が掃除しているので、コケと藻でずるずるな状態ではない。全員体操服(男子はハーフパンツ、女子はハーフパンツ・スパッツ・ブルマから選択)を着用。ゴミを捨てに行ったり、バケツに水を汲みに行ったりして(移動して)もよい。


1.「デッキブラシ娘の言い訳」 MONDO

 ゲスト……喜多嶋鈴、有賀野伶也

 梅雨の合間の、ピーカン晴れ。
 プールの底は既に水が抜かれている状態だが、ところどころに水たまりが残っている。
「うげぇ……暑い……」
 デッキブラシ片手にそうつぶやくと、真理亜は空いた方の手でブルマのラインを直した。
 そして胸元に風を入れようと体操服の丸襟を引っ張り……まわりの男子たちのなまぬる〜い視線に気づく。
「お……おまえら何見てやがるっ、……です〜っ!!」
 顔を真っ赤にしてブラシを振り回し、真理亜は男子たちを追い払う。
 あわてて語尾を言い直したので、某庭師姉妹の緑色の方みたいな口調になってしまった(笑)。
「真理亜ちゃん、無防備過ぎ」
「う〜っ、まだ慣れてない――のよっ」
 古代遺跡から出土した銅鏡のせいで女の子に変身して四ヶ月。未だ、気を抜くと“男の地”が顔を出す真理亜――真一郎であった。
「慣れてない……って? ねえ、真理亜ちゃんって、もしかして――」
「あ……い、いやその……え、え〜っと……」
 訝しげな表情を浮かべる鈴。しどろもどろになる真理亜。「え〜っと、そ……そう、あ、あたしってば、中学、女子校だったから――」
「な〜んだ、そうか」
 そう言うと、鈴は小首をかしげて真理亜に笑いかけた。

 どきっ――! 「…………そ、そうなのよ。じ……女子校だったから、男の子に慣れていない、って言おうとしたの……よ」

 顔を真っ赤にしてそう言うと、照れ隠しに視線を彷徨わせる真理亜。
 ふと、見学席の階段をホウキで掃いている男子生徒――伶也の姿に目を止める。
「あ……」
 向こうも彼女の視線に気づき、顔を上げるとニッコリ微笑んできた。

 どっきいいいいいいいんっ――!

 ――うわうわうわっ、れ、伶也くんと目が合っちゃった♪ ……あ、いけないっ。もしかしたらさっきの見られてた? やだっ、がさつな女の子って思われちゃったかも……どうしよう…………って、うわああまた何なりきってるんだ俺〜っ!!

「真理亜ちゃん大丈夫? 日陰行こうか?」
 顔を赤くしたり青ざめたりする真理亜に、心配そうな声をかける鈴だった。


2.「白昼の見学席」 南文堂

 ゲスト……喜多嶋鈴、有賀野伶也

 安藤美沙は長い黒髪を一つにまとめて、ヘアクリップでアップにした。彼女の艶やかな長い黒髪は誰しもが賞賛するものであったが、ただ一人、それを快く思っていない者がいた。安藤美沙、彼女自身であった。
「うっとうしいのよね、本当に。切っちゃいたいけど、切るわけにはいかないし……まったく、もうっ」
 美沙はじりじりと肌を焼く太陽に苛立ちながら暑さを髪の毛のせいにして文句を呟いた。しかし、そんな彼女の呟きに答えるものは近くにいなかった。
 それは彼女が17歳と同級生よりも一つ年上なため距離をおかれているわけではない。年上で面倒見のいい性格なので勉強を教えたり、相談に乗ったりと、どちらかといえば慕われていた。ただし、彼女が止まっているという条件付で。
 というのも、彼女は運動音痴――いわゆるドジっ娘なのである。それだけでは普通避ける理由にはならないが、彼女の場合、人並み外れたパワーのあるドジっ娘なのである。うっかり彼女のドジに巻き込まれたら保健室行きは免れない。
「止まっている美沙さんはいい美沙さん。動いている美沙さんは悪い美沙さん」
 入学後に備品を幾つか破壊した後に桜組の合言葉になった。
「そりゃあ、更衣室とかだと棚とか壊しそうだし、プールも防水しているとはいっても水はちょっと遠慮したいから何にもない見学席の掃除っていうのは好都合だけど」
 美沙はホウキにあごを乗せてため息をついた。
(はぁ、サイボーグはつらいよ)
 彼女は一年前、祖父と父親の実験中の事故に巻き込まれて大怪我を負い、開発中の女性型アンドロイドに脳移植されて九死に一生を得たのであった。事故に遭うまで、彼女は普通の健全な男子高校生なのであった。
 そのため、機体の運動制御が完全ではなくドジっ娘となり、リミッターがあるとはいえ人並み外れたパワーがあり、精密機械ゆえに水が苦手だったりする。
「おーい、男子高校生だったというのはスルー?」
 この界隈では珍しくもないので――兄たちに『女の子は紅茶とお菓子』の条件付けで甘いものに目がなくなっていたり、母親と姉たちに『女言葉パッチ』をあてられて、強制的に女言葉だったり、『ポージング機能』でカメラを向けられると思わずポーズをとってしまう機能が備わっているなど――どこにでもあることである。特筆に価しないだろう。
「どこにでもあるかっ!」
 彼女は暑さのせいか幻聴にツッコミを入れていた。日射病にならないように帽子を被った方がよいかもしれない。
「……ふんっ、いいわよ。さあ、掃除しようっと」
 彼女は一人気合を入れると見学席を掃除し始めた。とはいえ、単調な作業の連続で次第に飽きが来る。そんな時にプールの方で歓声が上がった。見ると清掃用ホースが外れて喜多嶋鈴がびしょ濡れになっていた。彼女は不幸の星に愛されたドジっ娘なのだろうか?
「鈴ちゃん、気持ちよさそう……じゃなくって」
 彼女は正直な感想を呟いてからある事に気がついて、息を吸い込むと見学席からプールの方に向かって怒鳴った。
「くぉらぁ、男子! 回れ右っ! 目をつぶれ歯を食いしばれッ」
 彼女の号令に素直に従う男子たち。少し前屈みになっている者もいるが、彼らの気持ちがよくわかる彼女はそれは見なかったことにした。びしょ濡れになって下着が透けてみるのは男心をそそるものである。
 鈴は近くにいた女子にタオルをかけてもらっているのを見て、美沙はとりあえずは一安心と見学席の掃除を再開する事にしたが――
「というか、有賀野くん。従妹の鈴ちゃんがピンチも知らんぷりで何やってるのよ」
 美沙と同じく見学席を掃除していた、有賀野伶也に声をかけた。
「あれぐらいのサービスはしておかないとヒロインの座が危ないから大丈夫♪ それより美沙さん、これ」
 彼はにっこり笑ってからちょっと真面目な顔で少しくたびれた封筒を彼女に差し出した。淡い色で染められたおしゃれな封筒は男女間の特別な手紙のオーラが夏の日差しよりまぶしく染み出していた。
「え、あ、その……あ、有賀野くん、そういうものは放課後に体育館の裏とか伝説の木の下とか……じゃなくて、その夜這い朝駆けとか物には順序というか、そういうものがあるのよ。こんな明るいみんなの見ている前でなんて……」
 美沙は顔を真っ赤にして目に見えて狼狽して、本当に動きもあたふたしていた。
「落ち着いてよ、美沙さん。これは美沙さんにじゃないよ」
 彼は苦笑をしながら手紙を振って否定した。
「へっ? ああ、あ、そうね、ごめんなさい。そりゃそうよね、あたしみたいな女にラブレターなんて似合わないわよね」
 美沙は恥ずかしさで顔を赤くしながらも、少し残念そうに苦笑いを浮かべた。
(男の子に告白されなくてよかったはずなのに……なんなのよ、この変な気分)
「そうかな? 僕はそうは思わないけど。美沙さんって、かわいいと思うよ」
 彼は美沙の心の内を見抜いたように優しい声を彼女にかけると、ますます顔を赤くした。
「まったく、このドンファン・ジゴロ男は!」
 そう言いながら、少しうれしがっている自分に気がついて、美沙はますます恥ずかしがった。
(ああ、あたしは男なのよ〜)


3.「プールの中で」 toshi9

 ゲスト……喜多嶋鈴

 6月とは言え、晴れた日は真夏並みに暑い。
 ましてやコンクリートに囲まれた、水の抜かれたプールの中では尚更である。
 日差しはプールの中を掃除する姫琴高校の生徒たちを容赦なく照りつけていた。
 そしてデッキブラシ片手にハーフスパッツ姿で掃除している蜜樹にも。

「……あつい」
(先生?)
「え? あ、ああ、なんだいハニィ」
(どうしたんですか? ぼーっとして、なにか考えられてたんですか?)
「いやあ、まだ6月だっていうのに暑いなあって。全くくらくらしてくる。それに俺が、ははは、この俺がまさかデッキブラシ持って、こんな格好でプールを掃除することになるなんてなあ。はぁぁぁ」
 大きくため息をついた蜜樹は、デッキブラシの柄先に頬杖をつきながら、己の腰に手を添えた。
 男の頃の自分のものとは違う腰のくびれ、そして紺色の光沢を帯びたショートスパッツに包まれたぷりっとしたお尻の感触がその手に伝わってくる。
(先生ったら、もう観念したんじゃなかったんですか)
「観念したさ。これからはもうこの姿で暮らさなきゃいけないんだし、この格好にも慣れたつもりだ。でもなぁ……はぁ〜〜」

「きゃあ!!!」
 突然蜜樹の背中から上がる女生徒の叫び声。
(先生、後ろ!)
「え? はっ!!」
 殺気を感じ、蜜樹は無意識にデッキブラシを両手で差し上げた。
 だが……。

 そう、差し上げたデッキブラシにぶつかってきたのは、デッキブラシでもましてや剣でもない。
 それは生き物のように蠢く青いホース。
 そして、それとともに蜜樹の頭上から大量の水が降りかかってきた。
「ひっ! つ、つめたい!」
「とめて、とめてぇ」
 叫び声をあげた女生徒が声をあげる。
 それは蜜樹と一緒にプール掃除をしていた鈴の叫び声だった。
 放水係の彼女はホースの先を手で絞って勢いよく水を出そうとしていたのだが、絞りすぎた為かホースが突然蛇口から外れてしまったのだ。
 男子生徒の一人が蛇口を閉め、ようやく水の迸りの勢いが衰える。
 ずぶ濡れになった蜜樹が振り返ると、水道からすっぽ抜けたホースを持ったままの鈴もまたずぶ濡れだった。
「ご、ごめ〜ん、ハニィ」
 ばつが悪そうに蜜樹に駆け寄る鈴。
「もお、鈴ちゃんったら」
「ごめんね、水の勢いが弱いかなって強くつねったら、いきなりホースが外れちゃって、それで……」
「二人ともずぶ濡れってわけか。ぷっ!」
「え?」
「全く鈴ちゃんったらしょうがないわね。でもこれってちょっと……」
 そう言いながら、蜜樹は自分の胸を腕で隠した。
 そう、ずぶ濡れになって、体操着からつけているブラジャーがすっかりスケスケになっていた二人には男子生徒の視線が集まっていた。
「い、いやあ、恥ずかしい!」
 ずぶ濡れの自分の格好にようやくきがついて、蜜樹と同じように胸に腕を回す鈴。 
「こら! お前たちなにやってるんだ! 風邪ひくから早く着替えてこい」
 プールサイドで監督していた先生が、プールの中の二人に向かって叫ぶ。
「ふふっ、仕方ないわね、着替えてきましょう。鈴ちゃん、行こっか」
 鈴のドジに思わず苦笑しながら、男子が注視する中、彼女と連れ立って更衣室に向かう蜜樹だった。


4.「白昼の見学席2」 猫野丸太丸

 ゲスト……安藤美沙、有賀野伶也、喜多嶋鈴、生田蜜樹

 ……プール掃除。専門の業者に清掃を頼んだりして予算を減らしたくない学校と、こんな暑い日には勉強をさぼってのんびりやりたい生徒たちとの、妥協の産物ね。

 井黒万知子はすり切れたプラスチック椅子のひとつにもたれかかり、クラスメイトたちの観察に余念がなかった。ずり下がる眼鏡をときおり左手の甲で上げる。チリ拾い用の金ばさみが、右手の中でカチ、カチ、と、獲物を求めるように鳴った。
 6月にもなって、この新しいクラスにもいくらか慣れた。クラスメイトの名前も全て覚えたつもりだ……。まだ数人、キャラクターのつかめない人がいるケド。
「こらー、井黒! サボってんじゃない!」
「あいあい、せんせー。ぼちぼちやってますぅ」
 万知子は見学席にそってゆっくりと歩き始めた。ごみを探すふりをしながら、その瞳はやはり生徒たちを見つめている。ときおりスパッツのお尻に手をやるのは、うしろのポケットにこっそり使い切りカメラを隠してあるからなのだ。

 むこうで大声あげているのは喜多嶋鈴ちゃんかしら。ホースの水をかぶっちゃったのね、男子にはおいしいリアクションだこと……。
 ずぶ濡れのスケスケになった鈴ちゃんは、生田蜜樹(通称ハニィ)といっしょに更衣室へ歩いていく。なかなかに事件の匂いがするけど、あたしは記者であって出歯亀ではないからさすがに更衣室での着替えを取材に行くことはできない。

 焦らないで。きっと事件はつぎつぎと起こるわ。
 イベントあるところに事件あり。事件あるところに井黒万知子様あり! あたしがいる限りかならずやとんでもハプニングが巻き起こるのよ!
 そんな妄想を抱きつつ、万知子は見学席のあいだを行ったり来たりしているのだった。

 しかし今日の彼女は強運だった。プール掃除というシチュエーションにおいてあるまじき場面を見つけたのである。万知子のまん丸眼鏡の隅に雷光がひらめいた。

 見学席の列の片隅で、有賀野くん――有賀野伶也くんが、美沙と向かい合っているのだ。
 有賀野くんの手には封筒がささげられている。淡い色で花の模様が入っている封筒だなんて、どう見ても入部届けや模試の成績表ではないし、ましてや金一封でもない。そして封筒を突きつけられている美沙は、顔を真っ赤にして胸の前で両手をあたふた……。

 愛の告白じゃないの! なーんて決定的瞬間なのかしらっ!
 シャッターチャンスに出会えた喜びにうちふるえる心の裏で、かすかな痛みを感じる。
(――なんで、なんで有賀野くんが、美沙と……?)
 しかし万知子の妄想パワーはかすかな痛みを凌駕した。
「有賀野くん、美沙にラブレターを渡す。激写ーーーっ!」

 万知子の叫び声に二人は振り向く。万知子は金ばさみを構え……、間違えたことに気づくと携帯カメラに持ち替え、二人に向かって構えたのだった。


5.「白昼の見学席3/プールの中で2」 MONDO

 ゲスト……喜多嶋鈴、生田蜜樹、有賀野伶也、安藤美沙

「くぉらぁ、男子! 回れ右っ! 目をつぶれ歯を食いしばれッ」

 頭の上から降ってきた怒鳴り声に、真理亜は思わずデッキブラシを後ろ手にして従ってしまった。
「……って、しまった! 俺って女なんだから、別にこんなことしなくても……」
 あわてて向き直ったが時すでに遅し。すっぽ抜けたホースの水を頭から被ってびしょ濡れになった鈴と、とばっちりをくってこれまたびしょ濡れになったハニィこと蜜樹のふたりは、他の女子たちに囲まれて更衣室の方へと向かっていた。
 思わずそのあとを追いかけようとした真理亜だったが……

「ちょっと真理亜っ、あんたまでついていってどうするのよっ!? ただでさえ人数足りなくなってんだしっ」

 プールの中を掃除していた女の子のひとりにそう注意されて、しぶしぶ足を止める。
 溜息をひとつついてデッキブラシを持ち直し、ふと見学席を見やると――
「……!」
 真理亜がちょっと意識している男の子(本人曰く「違う〜っ」)、伶也が、クラスメイトの美沙に手紙みたいなものを手渡している。
 瞬間……得体の知れない焦燥感(?)に襲われ、真理亜は脱兎の如くプールを飛び出した。
 後ろでさっきの女の子がまた何か叫んでいるが、その言葉は彼女の耳には全く入ってなかった。
 そのまま二段飛ばしで見学席の階段を駆け上がる。

 ――いったいふたりで何してるのっ!? 伶也くんっ、美沙っ!

 伶也がからむと、すっかり女の子の思考になってしまう真理亜であった。


6.「白昼の見学席4」 七斬

 ゲスト……安藤美沙、有賀野伶也、井黒万知子、喜多嶋鈴、生田蜜樹

 見学席の隅の目立たない場所に、柱が微妙に重なり合って人一人が入れる程度の日陰ができている。
 そこで、守岡深月はにへらと笑いを浮かべた。
「おー。飛び散る水にスケスケ体操服。月並みな映像だけど、ぐっジョブだね。誰だ? ホースのセッティングしたやつは?」
 お前には『みっきちーポイント』を30ばかりくれてやろうと口の中でつぶやく。ポイントといっても特に意味はないが。
 守岡深月は漫画家志望の少年であった。
 半年ほど前までは。
 女の子のキャラクターを魅力的に描くのが苦手だった彼は、ある日夢に出てきた漫画の神様に相談してみたのだ。
 すると、自分で女の子になってみればいいよと言われ、翌朝目覚めてみると女の子になっていたのである。
 それ以来、彼は漫画家志望の女子高生として、この姫琴高校に通っているというわけだ。
 いつもはボードにはさんだ上質紙と、鉛筆消しゴムに墨汁とペン、ついでにトーンにカッターナイフという漫画道具一式を手放さない守岡深月だが、さすがにプールの掃除にそんなものを持ち歩くわけにもいかない。
 今日持ち歩いているのは小さなスケッチブックと鉛筆のみである。
 片手を竹箒でふさいでいるので、それでも十分にかさばるのだが。
「あの二人、着替えのときより色っぽく見えたなあ。さすがずぶぬれ体操服。悩殺シチュのひとつに数えられるだけのことはある。実物は初めて見たよ。勉強になるなあ♪」
 深月は体こそ女子だが、心の中はまだまだ健康な男の子である。
 ニヤけた口調でそうつぶやきつつスケッチブックを取り出し、サラサラと二人の姿態を漫画風の絵にしてしまう。
 一瞬で本日のお色気担当と化してしまった二人にはすでにバスタオルがかけられているが、今も周りの視線は注がれている。
 真ん丸く盛り上がった双丘の形と、それをぴったりとつつむ愛らしいブラジャーの柄までが、わずかな時間とはいえしっかりと公衆の面前へさらけ出されていたのだ。
 深月自身の胸はあそこまで大きくない。
 ゆえにさすがにあれほどのお色気は真似することができない。
 真似することができるなら、自分ひとりのとき好きなだけ堪能することができるのだが。
「うーん、濡れた服の質感がうまくいかんのう」
 描いた絵に満足がいかなかったのか、深月は眉をしかめて鉛筆の尻で頭を掻いた。
「おっと、こんなことばっかしてたら先生にスケッチブックを没収されてしまう」
 掃除の手を休めていたのはほんの一分足らずだったが、深月はあわててスケッチブックをシャツの下にしまう。
 さきほどまでメガネをかけたショートカットの女子をどやしつけていた先生は、いつのまにか消えていた。
 更衣室のほうでも見回っているのだろう。
 ほっと息をつく。
 さて、掃除しないと。
 日陰から外へ一歩踏み出すと梅雨の合間の日差しが目に突き刺さる。
「う…まぶしい…」
 暑さも厳しいが、インドア派の彼女にはこの強烈な光は目にこたえる。
 バイザーか帽子を持ってくればよかったのだが。
「有賀野くん、美沙にラブレターを渡す。激写ーーーっ!」
 いきなりそんな甲高い声が響いた。
「なぬ? ラブレター? どこどこ?」
 突然の萌えワードに深月は敏感に反応した。
 見ると、同級生の有賀野伶也が、同じく同級生の安藤美沙に、封書らしきものを手渡すところだった。
 伶也が持っている封書は確かにラブレターのように見える。
 いまどきの女の子が告白に使うような、いかにもなラブレターである。
 それを白昼堂々と、他のクラスメートも見ている前で渡すあたり、かなり大胆である。
「うむむ…」
 深月は唸った。
 長い黒髪のおっとりお嬢様然とした美沙さんに、かっこいいというよりかわいいという表現が的確とはいえ男子である伶也がかわいく仕上げたラブレターを渡す…。
 少々アンバランスに見える。
 深月は思った。男女のシチュエーションが逆だったらどうだろうか?
 深月は再びスケッチブックを取り出すと、美沙(男バージョン)のかつやく想像図を描きはじめる。
 180センチ近い長身にスポーツ万能のたくましい体、そしてやっぱりちょっとドジなのはお約束の二枚目半がたちまち出来上がった。
 深月は伶也のほうに向き直り、これに伶也の女の子バージョンを組み合わせてやろうと考えた。
 いや、考えるまでいかなかった。
 困ったような、悩んでいるような、伶也の笑顔が目に入ったとたん、深月の頭の中に美沙(男バージョン)と伶也(もちろん男バージョン)の熱いからみがもやもやと形になって浮かんできたのである。

 解説しよう。
 守岡深月が男同士のふれあいを認識したとき、有賀野伶也の微笑みが守岡深月の『汚トメチックハート』を呼び覚まし、細胞内に組み込まれた『やおい遺伝子』を活性化させる。これにより、守岡深月の精神はわずか0.01秒で『腐女子』への変化を完了するのである!
 ではそのやおい妄想を見てみよう。

伶也 「美沙太郎(仮名)、これを読んで欲しいんだ。これが、ボクの本当の気持ちさ」
美沙太郎(仮名) 「フッ、伶也。かわいいやつだ。そんなことをしなくても、俺はお前の気持ちならよく分かっているさ」
伶也 「ウソ! 今までボクのこと、ずっとほったらかしにして! ボクがどれほどキミを…」
美沙太郎(仮名) 「言葉だけでも、手紙だけでも、伝わらない気持ちというものもある」
伶也 「美沙太郎(仮名)…それって…」
美沙太郎(仮名) 「今からそれを、お前の体に刻み込んでやる」
伶也 「あ…あぁん…美沙太郎(仮名)…僕の中に…」

「なかに…なかに…。きゃー! きゃー!」
 深月はスケッチブックを抱きしめていやんいやんと悶え狂った。
 傍目から見たらまさしく変人である。
 具体的に何を考えているのか外側からは見えないのだけが救いであった。

 数十秒後、我に返った深月は激しい自己嫌悪に襲われるのである。


7.「白昼の見学席5」 南文堂

 ゲスト……桜塚真理亜、有賀野伶也、井黒万知子、纏恵美、宇津井健之介、仏浦先生

「有賀野くん、美沙にラブレターを渡す。激写ーーーっ!」
 向けられたカメラは使い捨てであっても、そのレンズの光がフィルムに画像を焼き付ける限り、その機能はかなりの優先順位で作動する。もはや抗いかねない本能――それが安藤美沙に備え付けられた生物にはない特有の本能であった。
 ポージング機能はカメラを向けられた状況から様々なポーズを候補に上げて、更にその中からベストと思われるものが選択する。もちろん美沙本人の意思に関わり無く、『写真としてベスト』なポーズが選択される。
 カメラマン――井黒万知子がカメラを構えた場所は見学席の上段であった。なにしろ、生徒たちを幅広く人間観察するにはそこが一番見渡せるから彼女がそこにいたのは当然だった。
 そして、当然写真は見下ろしの構図になる。上方からの見下ろしでの写真はセクシーさよりもかわいらしさが強調される定番なアングルといってもいい。つまり、無難なポーズはいくらでもあったが、安藤美沙にとって最大の不幸は横に小道具『有賀野伶也』がいたことであった。
 ポージング機能は写真に入るだろう伶也が映像のバランスを崩さないように配慮して、彼を作品の一部に取り込むようなポーズを選択した。
「そんな配慮は余計なお世話よぉ!」
 という美沙の心の叫びは全く無視され、美沙は伶也の腕に自分の腕を絡めて、彼に軽くしなだれかけて、小首をかしげながら上目遣いでカメラ目線を決める。ここまでコンマ数秒。
 そして、シャッターが切られる。
「ああ、もう! なんで、そんなポーズつけるのよ。これじゃあ、ヤラセ写真じゃない」
 井黒万知子はカメラは持っているが、カメラマンではない。彼女は記者なのだ。『写真としてベスト』な写真よりも『記事としてベスト』な写真が欲しい。多少の手ぶれピンぼけ、構図の悪さは無問題。というか、そっちの方が臨場感が出てむしろ歓迎。
「こ、これは体が勝手に……」
 美沙はポージング機能の呪縛に解放されてあわてて、絡めた腕を解いて身を離した。
「美沙さんって、意外に大胆だね。さすがの僕もびっくりしたよ、あははは」
 さすがの伶也も驚いた様子で顔を赤らめて笑っていた。なにせ絡めとられた腕には美沙のふくよかなふくらみの感触がほのかに残っていたので致し方なかった。
「あはは、じゃない! さあ、もう一度、ラブレターを渡す決定的瞬間を再現しなさい。今度はちゃんと撮るから」
 しかし、そんなことは関係ないと万知子はカメラを振って、メガネをくいっと押し上げる。アニメだったら、反射光で白抜きされていること間違いなしだ。
「それこそ、ヤラセじゃないのかな?」
 伶也の純粋でまっとうなな疑問が投げかけられた。
「ふっ。そういうシーンが確かにあったのなら、それはヤラセじゃない。真実の写真よ」
 独自の倫理観を堂々と披露するあたりは、井黒万知子が井黒万知子たる所以だろう。
「おひおひ……」
 桜組の良識派を自任する美沙は苦笑を浮かべてあきれた顔をした。
「おひおひ、じゃないーい!」
 背後からのちょっと待ったに振り返るとそこにはロングヘアーの美少女が息を弾ませて、あわせて豊かな胸を上下させて、デッキブラシをびしっと美沙の方に向けて立っていた。
「真理亜ちゃん?」
 美沙はどうしてプール掃除をしていたはずの真理亜がそこにいるのか理解できずに目をぱちくりとさせた。
「こんなお天道様が高々としたところで、ラブレターだなんて……そういうのは下駄箱とか、海岸の砂浜とか、夜討ち朝立ちでひっそりとこっそりとするものなのに。しかもよりにもよって、伶也くんにだって。伶也くんにラブレターをもらうなんて、しかも抱きついてラブラブ記念写真まで……美沙さんの、美沙さんのばかぁ!」
 最後の方はもうすでに思考は混乱からカオスに突入していた。はっきりいうと駄々っ子モードである。こんな子供の駄々など、大人でお姉さんで姉御キャラの美沙は軽く流して誤解を解くはずであった。しかし、あくまで、『はず』。世の中、思い通りに進むほど素直じゃない。
「ば、ばかぁ? 馬鹿とは何よ、馬鹿とは! そりゃあ、おじいちゃん、お父さん、お母様、お兄ちゃんやお姉ちゃんより頭悪いわよ。だけど、馬鹿じゃないもんっ。馬鹿っていう子が馬鹿だもんっ」
 美沙は思いっきり頬を膨らまして、子供の喧嘩モードで反撃した。予想外の反撃に一同唖然とした。どうやら、美沙にとって「馬鹿」は逆鱗、いや、トラウマだったようだ。
「それでも、美沙さんの方がばかだもん!」
 真理亜ももう後には引けない。こうして壮絶な低次元の戦いが幕を開けた。
「真理亜ちゃんこそ、アボガドロ数をアボガドの数と勘違いして、「アボガドって、一つの森でこんなにいっぱい採れるんだ」ってマジボケしたくせに」
 およそ、一つの森あたり6023垓(がい)個。
「お、乙女の秘密を! 美沙さんこそ、自転車にいまだに乗れないくせに」
「なるほど。それで自転車通学の許可されている区域に住んでいるのに徒歩で通学しているわけね」
「な、内緒にしてたのに。黙っておこうと思ったけど、真理亜ちゃん、日曜日にフリフリの甘ロリの服着て、公園で鳩に餌あげて、小鳥と戯れてたくせに」
「べたべたな甘さ満開な風景だな」
 しかも、父親に写真を撮られている。嫌がっていたくせに最後はなりきりでノリノリだったから恥ずかしさも倍増である。
「そんな恥ずかしい事をばらすなんて、信じられない! 美沙さんも小学校の校庭でお兄さんに付き合ってもらって、体操着のブルマ姿で逆上がりの特訓してたくせに」
「また好事家の喜びそうなシチュエーションを」
 ちなみに、何時間もかかってやっとできるようになり、最後は感動のあまり大泣きしてしまい、嬉しさのあまり腰まで抜けて、お兄さんにおんぶされて帰ったというフルコースデザートつきであった。
「いいでしょ、そんなこと! そんなこというなら、真理亜ちゃんだって――」
「はい。そこまで♪」
 絶妙のタイミングで二人の間に割って入った一つの影。思わず、「ユパ様」と言いたくなりそうなほど見事であった。
「纏(まとい)ちゃん!」
 真理亜を後ろから呼び止めていた彼女と仲のいい友人、纏恵美(まとい めぐみ)であった。普段は控えめで大人しいが、喧嘩を誰よりも嫌い、そんな彼女の言葉は言葉に力があった。そんなわけで桜組の喧嘩の仲裁はほとんど彼女の仕事である。『桜の火消し、め組の人』とは彼女のことであった。
「とにかく、この喧嘩で一番喜んでいるのはマッチぐらいよ」
「二人ともネタの宝庫よね。もうちょっと続けてくれると嬉しかったけど……仲悪くなられると気まずいもんね」
 纏に軽く睨まれて、マッチこと、万知子はぺろりと舌を出した。
「……」
 気をそがれ、なんだか怒気が抜けてしまった喧嘩の主役二人は顔を見合して、目と目で講和条約を交わした。
「まあ、美少女二人の隠れた一面を垣間見れたという意味では伶也が一番楽しんだだろうな」
「う、宇津井君、いつからそこに?」
 いつの間にか話の輪の中に入り込んでいた宇津井健之介に気がついて、全員が驚きの声を上げた。
「話は聞かせてもらった。ということで♪」
「最初からいたというわけね」
「健之介、立ち聞きはよくないなぁ」
 伶也はそういいつつも、顔は笑っている。
「俺の名前がそうさせるのさ♪」
「いつか、怒られるぞ」
「そうだな。それじゃあ、今、怒ってやろう」
 高校生にしてはえらくドスの利いた声が会話に加わり、全員が一斉にそちらを見た。
「うげっ! お――仏浦(ほとけうら)先生」
 仏という名に似合わぬ鬼瓦のような顔立ちで厳しさで有名な名物先生、通称『鬼仏』が仁王の形相で立っていた。
「いつまで掃除をサボっている気だ! 見学席はもういい。お前ら、全員、プールの掃除だ! 目を離すとすぐにサボるからな」
「へーい」
「返事は『はい』だ! ばっかもーん! 総員、駆け足!」
「はいっ!」
 全員直立不動で返事して、きびきびとプールへと向かった。


8.「プールの中で3」 toshi9

 ゲスト……喜多嶋鈴、守岡深月、安藤美沙、桜塚真理亜

 鈴の巻き添えをくらってびしょ濡れになってしまった蜜樹は、すっかり透けてしまった自分の胸を片手で隠しつつ、同じくずぶ濡れでしょぼんとしている鈴を庇って更衣室に向かおうとしていた。
 だがそんな蜜樹と鈴の周りを囲うように女子生徒たちが集まってくる。

「どうしたの、みんな」
「ちょっと何言ってるのよ、ハニィったらそんな格好のままで更衣室まで行こうって言うの?」
「え?」
 元来如月光男という英語教師だった蜜樹。
 彼女は生徒の視線から自分の胸を隠そうとしたものの、それは女性本来の慎ましさとは少し違うものだった。
「ほら、男子が見てるじゃない。もお、あいつらほんとスケベばっかなんだから」
 一呼吸置いて、安藤美沙の声が飛ぶ。
「くぉらぁ、男子! 回れ右っ! 目をつぶれ歯を食いしばれッ」
 それに呼応するように、二人を注視していたプールサイドの男子は慌てて回れ右していた。
 その中に若干一名、女子もいたのだが……。
「真理亜ちゃんったら何やってんだろ。美沙さんが苦手なのかな」
「ハニィ、ぼ、ボク……」
「鈴ちゃん、今のうちだね。早く行こ」
「うん」
(先生、見学者席!)
「見学者席? げ!」
 心の中に住むもう一人のハニィに促され、蜜樹は何気なく見学者席に目をやった。
 その視界に飛び込んできたのは、まるで男子のような目つきでこっちを凝視してスケッチブックに向かって手を動かしている女子生徒だった。
「あれって、みっきち」
 彼女……まさか
 守岡深月、クラスメイトながらいつも漫画ばかり描いている彼女とは普段ほとんど接点がなかったものの、自分と同じ名前を持つ彼女に蜜樹は内心親近感を抱いていた。だが彼女に自分らの痴態がスケッチされているということを理解した途端、その顔がかあっと赤らんだ。

 それは恥ずかしさの為だったのか、怒りの為だったのか……だが次の瞬間、蜜樹は叫んでいた。

「み、みっきちのぶゎかあああああぁ」
(先生、落ち着いて、落ち着いてください)
「だって、俺のこんな格好をあいつったら、あいつったら」
 ぶるぶると体を振るわせて呻くように話す蜜樹だった。
「普段は男勝りのハニィも、やっぱり女の子だね。ほらほら、二人ともこれ被って」
 囲ってくれた女子の一人が、蜜樹と鈴の肩から胸にバスタオルをかける。
「あ、ありがと」
 バスタオルを被った蜜樹が再び見学席を見ると、今度はなにやらそちらでも騒ぎが起こっているようであったが、プールサイドや見学者席を掃除している生徒たちの注意がそちらに向いているのを幸い、バスタオルを被った蜜樹と鈴は足早に更衣室に向かうのだった。

 だが更衣室に入った二人を待っていたのは……。

「ない、制服がないよ!」


9.「白昼の見学席6/謎の手紙」 MONDO

 ゲスト……安藤美沙、井黒万知子、有賀野伶也、仏浦先生

「きりきり手を動かさんかっ! このサボリ魔どもっ!」

 ハートマン軍曹……もとい、仏浦先生の叱咤が飛び、一年桜組の面々はプール掃除を再開する。
 そんな中、どよ〜んとしたオーラを立ちのぼらせ、デッキブラシを動かす乙女(……笑)がふたり。
 先ほど衆人環視の中で低レベルな言い合いを繰り広げた、真理亜と美沙である。

 ――あううううっ、むっちゃ恥ずいっ。……完全に女の子化したあげく、美沙さん相手になんておバカな言い合いを〜っ!
 ――ふぇ〜ん、みんなこの身体が悪いのよ〜っ!! 伶也くんに抱きついたあげく、真理亜ちゃん相手に女言葉でマジ口喧嘩するなんて〜っ!

 ふと、お互いに目が合った。顔が真っ赤になる。
「「は――ははははは……」」
 うつろな笑い声が響いた。
「……そ、そういえば、さっきの手紙って――」
「あ、こ……これ? 伶也くんがベンチの下にあったのを見つけて、何だろう……って見せてくれたのよ」
「……へ?」

 ――な〜んだ、そうか。……でもよかったあ、あたしにもまだまだチャンスありってことよねっ♪ うんっ、真理亜負けない…………ってまた何乙女ちっくな思考してるんだよ俺〜っ!!

 顔面にタテ線を入れ、胸を押さえて両肩を上下させる真理亜。
 美沙のきょとんとした視線に気づき、あわてて取り繕うように尋ねる。「……そ、それで、結局なんの手紙だったわけ?」
「差出人は……書いてないわね。宛名は『大泉蛍一郎様』だって」
「大泉……蛍一郎?」
 美沙の差し出した封筒を覗き込むように見る真理亜。
「聞いたことない名前だ――よね。……中身、見た?」
 語尾を言いなおした真理亜の問いかけに、美沙は首を横に振った。

「匂う……匂うわっ……事件の匂いよっ」

 眼鏡のレンズをぎらりと反射させ、万知子がふたりの間に割って入ってきた。
 そして美沙の手から問題の手紙を取り上げると、いきなり封を破ろうとする。
「ち、ちょっとマッチっ! 他人の手紙見るなんて――」
「いいのっ! プール見学席のベンチの下に置いておくなんて、どうぞ見てくださいって言ってるようなものじゃないっ」
 取り返そうとした美沙の手をするりとかわす万知子。しかし、その手から手紙はひょいと抜き取られた。

「だめだよ。今は知る権利よりプライバシーが優先っ」
「「伶也くんっ♪」」

 真理亜と美沙の1オクターブ高くなった声が、きれいにハモった。


10.「謎の手紙2」 七斬

 ゲスト……桜塚真理亜、井黒万知子、安藤美沙、有賀野伶也、名も無い女生徒

 四人が話しているのを目の端で追いながら、深月は再び妄想の中にいた。

伶也 「蛍一郎様、どうかこれを読んでください。これが、ボクの本当の気持ちです」

 あのラブレターは伶也が拾ってきたものだという事実は彼女の脳内地平の彼方に消えている。

蛍一郎 「フッ、伶也。かわいいやつだ。そんなことをしなくても以下同文」
伶也 「あ…あぁん…蛍一郎さまぁぁ」
 熱い迸りが伶也を満たし…

「ちょっと、みっきち、うわっ! 冷たっ!」
「へ? ああっ! ごめん! わざとじゃないのー!」

 深月の持つホースがいつのまにか隣にいた女生徒を濡れ鼠にしていた。
「ごめんなさいごめんなさい。あたしが悪かった」
 深月は名も無い女生徒に平謝りした。

 そのあと二人で更衣室へ向かうのだが、そこでは先客二人が真っ青になっているのである。


11.「更衣室にて」 七斬

 ゲスト……喜多嶋鈴、生田蜜樹、幡野七瀬

 更衣室に移動した深月と名も無い女生徒を出迎えたのは、蜜樹と鈴の困惑した表情だった。
「どうしたの?」
「あたしたちの制服が…無いのよ」
「え?」
「ボクはちゃんとこのロッカーに入れておいたはずなんだけど」
 深月は自分のロッカーも調べてみた。
「げっ! あたしのも無い!」
「あたしのはあるわ」
 名も無い女生徒が言った。
「悪いけど、先に着替えさせてもらうわよ」
 そう言ってその女生徒は制服に着替え始める。
 鈴、蜜樹、深月の三人は戸惑いつつあたりを見回した。
 自分たちの制服は見つからない。
 蜜樹が深月に話しかけてきた。
「ねえ、そういえばみっきちー」
「何? ハニー」
「さっき、あたしたちが水かぶったとき、あたしたちの恥ずかしいところ、スケッチ…してた…でしょ」
「えっ? そうなの?」
 鈴が驚いて声を上げ、深月の頬がひきつった。
 あのときは見学席のすみっこの、目立たないところにいたはずだが、まさか見られていたとは。
 この蜜樹という娘、目ざといというか、注意力があるというか…。
「どうなの?」
 ジト目で話す鈴と、責めるような目でにらみつける蜜樹に、深月は退いた。
「いやぁ、それはその…きれいだったから」
 深月は目をそらして力なく笑った。
 鈴と蜜樹の視線は相変わらずだ。
「あんな綺麗な胸初めて見てさ、つい我を忘れて…」
 深月は頭をかいた。
 鈴と蜜樹の視線が徐々に冷たく、鋭くなってゆく。
「美しさは罪っていうか…」
 絶対零度以下の温度があるとすれば鈴と蜜樹の視線がそうだろう。
 深月はおもむろに顔を上げ、力強く言い放った。
「あたしには美しい胸を美しいままに守り抜く義務がある!」
 深月は今、冷たさを通り越して熱さを感じている。
 汗をだらだらと流していた。
「美シサハ全テニ優先スル!」
 1オクターブ低く、籠もった声で、コンピュータのような抑揚の無い声を出してみた。
 二人のリアクションは無い。
 深月は悲しげに目を伏せ、静かに言った。
「美しいものが嫌いな人がいて? 美しいものが嫌いな人がいて? 美しいものが…」
「なぜ三回も言う?」
 深月の言葉に反応したのは着替え中の女生徒だった。
「あはははは、いやー、ツッコミありがとう名無しさん」
「誰が名無しだ、誰が。あたしは七瀬よ。幡野七瀬」

 解説しよう。
 幡野七瀬は普通の女子高生。賑やかし汎用キャラクターである。
 これといった特徴は特に無い。
 面子が足りないときや、他のPCを動かしたくないときに使用する。
 後からさりげなくたまたまいっしょにいたことにしておけば、突っ込みや使い走りに役立ってくれるぞ。

「何よこの失礼な解説は」
 解説に突っ込みを入れても反応のしようが無い。
 話を戻そう。
 深月はとうとう観念した。
「ごべんなざい。もうじまぜん」
「最初からそう言えばいいのよ」
「ほら、スケッチブック出しなさい」
 鈴は深月からスケッチブックを取り上げると、問題のページを破り取った。
「没収!」
「あ゛ーっ、そんな殺生なー」
 深月はアメリカンクラッカーのような涙を流して崩れ落ちた。
「あれー? スカートのホックが止まらない…ねえ、あんたたち、制服は見つかったの?」
 着替えの終わった七瀬が話しかけてきた。
「ああそうだった」
「誰かがいたずらで隠したのかしら…くちゅん」
「濡れた服のままじゃ風邪引いちゃうわね」
「んじゃあ、とりあえず、体操服だけでも脱げば?」
 深月が能天気な言葉を出したが、鈴と蜜樹がにらみつけてきたので深月は小さくなった。
「いえ、なんでもありまじぇん」
「みっきちー、目がスケベ」
「いやー、それは誤解だよ鈴ちゃん。…ホントダヨ」
「これは…泥棒にやられたわね」
 蜜樹が言った。
 彼女は時折、周りのもの全てに注意を向けているような聡明さを見せる。
 蜜樹は指差した。
 扉の開いた状態のロッカーがいくつかあり、制服だけが抜き取られているのだ。
 バッグや化粧ポーチなどは残っているのにである。
 クラスの半数程度は被害にあっているだろうか?


12.「更衣室にて2」 toshi9

 ゲスト……喜多嶋鈴、守岡深月

 これは泥棒の仕業だと断定した蜜樹。更衣室の状況もそれを思わせるものではあった。
 だが鈴は思いがけない言葉を口にした。
「ハニィ、みっきちー、ボク、これって校内の人間の仕業だと思う。それももしかしたら……」
 鈴たち1年桜組のクラスメイトたちは、同じ「みつき」という名前の二人を蜜樹のことを「ハニィ」、深月のことを「みっきちー」と呼び分けていた。尤も蜜樹はクラスでの初めての自己紹介で自ら「ハニィって呼んでね」と宣言していたのだが。
「鈴ちゃん、どういうこと? この状況じゃ犯人はあたしたちの制服を狙ったスケべな男に決まっているでしょう。いいえ、もしかしたらあたしたちの制服をショップに売ろうっていう魂胆なのかも」
 姫琴高校の女子制服はかわいいという評判で、ネットオークションでも人気商品なのだ。かつて教師の立場でチェックしていた蜜樹は、咄嗟にそのことが頭に浮かんでいた。
(先生、決め付けるのは早計ですよ。彼女の意見、きちんと聞いてみたらどうですか?)
 心の中のハニィのアドバイスにこくりと頷く蜜樹。
「でも……そうね鈴ちゃん、あなたの意見も聞かせて頂戴」
「ああ、時が見える。あたしが思うに……」
「「あなたは黙ってて」」
「……はい」
 二人の間に入って唐突に自分の意見を述べようとした深月。
 だが二人に一喝されてしょぼんと頭を垂れてしまった。まあ彼女はしばらく二人に頭が上がりそうもない。
「営利目的の単なる泥棒だったら全員の制服が盗まれてる筈でしょう。しかもボクたちがここで着替えてからまだ30分足らず、その間にここから盗み出すなんてとても学外の人間の仕業じゃないと思うの」
「なるほど〜。鈴ちゃんってあったまいい〜」
 七瀬が相槌を打つ。
「おまけに特定のロッカーしか開けられていないでしょう。これって制服が無くなっている人間に何らかの恨みを持った学内の人間の仕業じゃないかしら」
「でも恨みを持つって? あたしそんな覚えは……鈴ちゃんには心当たりがあるの?」
「いいえ、それはボクもわからない。恨みじゃなくって他の意図があるかもしれないし。だからみんなを呼んで、誰が制服を盗まれたのか調べてみましょう」
(先生、彼女の言う通りですね。冷静になりましょう)
「そうだな、じゃあみんなを呼んできましょうか。でもその前に……」
「え?」
「このままじゃあ二人とも風邪ひいちゃうよ。くしゅん」 
 話を続けている間に、寒気を覚えてくしゃみをする蜜樹だった。
「とにかく二人ともそれ脱いでバスタオルで体を拭きなよ。あたしがみんなを呼んでくるから」
「じゃああたしは二人が着られるものを誰かに借りてくるわ」
 七瀬と深月はそう言うと更衣室を足早に出て行った。

「くしゅん! 何だかボクも寒気してきた。こんな格好のままじゃボクたちほんとに風邪ひいちゃうね」
 深月たちと話をしている間、二人の着ている体操服は未だずぶ濡れのままだった。
 鈴は深月たちが出て行くと、自分の持ち物を入れたロッカーの前で上半身を覆っていたバスタオルを取り、濡れた体操服を脱ぎ始めた。
 そう、今や蜜樹の目の前にはブラジャーだけのむき出しの鈴の背中が晒されていた。
 あくまでも白いその肌に、白い清楚なブラジャーの生地がいっそう映える。
 両手を後ろに回し、背中のホックをパチリと外す。
 ブラジャーのストラップを肩から抜く。
 その女の子らしい仕草は、後ろから見ている蜜樹をくらくらとさせた。
 そんな蜜樹の様子を知ってか知らずか、鈴はたった今まで羽織っていたバスタオルで己の上半身を丁寧に拭いていた。
「ハニィどうしたの? 早くしないと風邪ひいちゃうよ」
 蜜樹のほうに向き直って、鈴がハニィを促す。
 だが目の前に迫るバスタオルの影からちらりと覗く鈴の胸の谷間に、思わず赤面して横を向くハニィだった。
(先生、先生はもう女の子なんですから、何もこれ位で恥ずかしがらなくても……)
(馬鹿、恥ずかしいんじゃない。俺は教師なんだ。教師がこんなこと)
(何言ってるんですか、もう女の子同士なんだからいいじゃないですか。もういい加減慣れなきゃいけないと思いますよ)
「それはそうなんだが、それは……」
「ハニィ、どうしたの?」
 いきなり赤くなったかと思うと、今度はぶつぶつと独り言を始めたハニィに怪訝な表情を見せる鈴。
「え? なんでもない、なんでもないの。そうだね、あたしも拭かなきゃね」
 そう言いながら自分も体操服を脱ぐと、バスタオルで体を拭き始める蜜樹だった。


13.「謎の手紙3」 MONDO

 ゲスト……安藤美沙、纏恵美、幡野七瀬、洞井俊介

「大泉蛍一郎……その名前は先輩たちにとってタブーだって聞いたことがあるわ」

 口元に曲げた指を添えてそうつぶやいたのは、桜組の火消し役こと纏恵美であった。「……あまりにモテモテだったから、彼の行くところ、常に女子同士の諍(いさか)いがあったそうよ。……ちょうどさっきの誰かさんたちみたいにね」
「「……うぐぅっ」」
 期せずして同じうめき声を上げる、真理亜と美沙。
 まあ、あくまでも噂だけど……とつけ加えて、恵美は肩をすくめる。

「だけどその話、続きがあるんだよ。知ってる〜?」

 飄々(ひょうひょう)とした口調で話に割り込んできたのは、糸目で長身の男子生徒、洞井俊介。
「……あまりに女子たちが熱狂するもんだから、彼は美術準備室の奥にある白い少女の絵に願いをかけたんだ。『自分のせいで女の子たちが喧嘩しなくなるように』って」
「…………」
「そして絵の中の少女と姿を入れ替えた彼は『大泉ほたる』という女子生徒になり、その存在も元から女の子だったと書き換えられたんだ。だけど女子の一部は大泉蛍一郎のことをかすかにおぼえていて、いるはずもない彼に今でもラブレターを出し続けているんだごぶべっ!!」
「ウソばっか言うんぢゃないっ!!」
 ぐぐっと身をのりだして語る俊介の後頭部にツッコミ手刀をぶち込んだのは、幡野七瀬だった。
「全く、すぐそういう話をアドリブでこしらえるんだからっ……あんたたちも何マジになってきいてんのよっ!? 真理亜、美沙っ」
「あ、い……いや、その、つい――」
「ええ〜と、ま、まあ、なんか妙にリアリティがあったりなかったりして……」
 はははは……と、照れ笑いで頭をかくふたり。
「……と、ところで七瀬、鈴ちゃんたちは?」
 美沙にそう尋ねられ、七瀬は俊介にヘッドロックをかましながら我に返った。
「……そ、そうだった。大変! 鈴ちゃんとハニィの制服が盗まれたみたいなのっ!!」
「い、痛いよ七瀬〜っ、これだとまるでボクが盗ったみたいじゃないか〜」
「おのれは黙っとれっ!」


14.「謎の手紙4/プールの底の名探偵」 南文堂

 ゲスト……桜塚真理亜、有賀野伶也、井黒万知子、仏浦先生、纏恵美、宇津井健之介、幡野七瀬、洞井俊介

「プールサイドに放置されたラブレター、大泉蛍一郎の伝説、そして、更衣室での制服盗難! 一面記事が三つも同時に出てくるなんて、さすがは高校生! これよ、これなのよ、あたしの求めていたのは」
 万知子が拳を握り締めて一気に加熱して燃え上がった。
「一面が三つ集まって三面記事になったりして」
 真理亜は盛り上がる万知子に苦笑を浮かべた。
「だけど、制服盗難は大事件だね。リンのも取られたらしいし――更衣室に行ってみよう」
 伶也の提案に全員が頷いていざ行動を起そうとした、その時――
「話は聞かせてもらった」
「健之介、それはもういいって」
「いや、俺は何も言ってないぞ」
 伶也の突っ込みに宇津井は首を振った。そして、確かにその声は高校生にしてはドスが利いていたことを思い出した。
「仏浦せんせい……」
「事情はわかった。だが、そういうことは教師に任せろ。お前たちはお前たちの仕事をするんだ。わかったか?」
 仏浦は厳しくも真面目な顔で言った。窃盗犯が暴漢に変わらない保障はない。生徒の安全を第一に考えてのことというのがわかるだけに誰も反論はできなかった。
「よろしい。それじゃあ、俺は更衣室に行ってくる。犯人がまだ近くにいるかも知れないから、他の生徒にも注意するように言っておけ。それから、安藤――お前は職員室に連絡して、応援の先生を寄越すように伝えてくれ」
「あ、はい。えーと、ついでに校門と通用門で出入りする人をチェックしてくれるようにも言っておきます」
「そうだな。よろしく頼む」
 仏浦は美沙の機転を少し驚きつつも頷いた。
(やはり一年年上だな、しっかりしている)
 感心したのも束の間、美沙は善は急げと内線電話のある管理棟に向かって走り出した。
「こらっ! プールで走るな!」
「ふへっ? ――きゃっ!」
 思わず怒鳴った仏浦も仏浦だったが、それに反応してバランスを無視して振り返った美沙も美沙であった。普段から複雑な制御をするために日常生活ですら精一杯の制御コンピュータはその無理な体勢をどうにかしようという仕事を潔く諦めて、謝罪会見の原稿を考え出した。
 そして、バランスを崩した美沙は受身も取れずにプールの底に後頭部を打ち付ける予定となった。
「ごぶっ!」
 しかし、蛙の潰れたようなうめき声がして、予想していたような派手な音は鳴り響かなかった。美沙も思った以上にソフトな感触に「?」を浮かべ、起き上がってその理由を理解した。
「仏浦先生!」
 転倒しそうになった美沙を後ろから抱き支えようとしてくれたのだ。もっとも、支えきれずに一緒に転倒してしまったのだが。
「……安藤……お前、もう少しダイエットした方がいいぞ……」
 仏浦はそう呻いて気を失った。安藤美沙はやせてもサイボーグ。乾燥重量で90キログラムはある。見た目は50キロ弱の女の子であるのに、実はその倍近い重量なのである。受け止めるほうとしては意表をつかれること間違いなしであるから、どれほど鍛えた人間でも支えきれるものではない。そう、日頃、闘う数学教師としてトレーニングを欠かさぬ仏浦先生であってもそれは例外ではなかった。
「さすがは、破壊の女王の二つ名は伊達じゃないわね」
「クラッシャー美沙の面目躍如ってところかしら?」
 七瀬と万知子が呟いて、全員がそれに同意の頷きをした。
「あ、あのね〜。あたしはわざとやったわけじゃ――」
「ともかく、指揮官が戦死した場合は残された士官が代行となり、作戦を続行するのが戦場の掟だね。みんな、仏浦先生の死を無駄にしないように、制服窃盗犯を捕まえよう」
 俊介の一言で気絶した仏浦先生は放置され、一同は現場の更衣室へと急いだ。


15.「更衣室にて3」 七斬

 守岡深月は校舎へと向かった。
 これから服を調達しなければいけない。
 普通に考えれば他のクラスの女子から体操着などを借りるのが無難である。
 だが、深月はまっすぐ自分のアジトである漫画同好会の部室へ向かった。
 単に教室棟へ行くより部室棟へ行く方が早かったからなのだが…。
「ごめんください」
「どなたですか」
「守岡深月が衣装を取りにやって参りました」
「お入りください」
「ありがとう」
 一連のセリフを扉を開けながら自分ひとりで言う。
 中へ入るとコスプレ衣装の入ったダンボールを引っ張り出す。
 これらの衣装は本来、文化祭などの催しで使うためのものだ。
 偉大な先輩がたの遺産である。
「あれれ、バニーガールがあったと思ったんだけどなー」
 更衣室へ待つ二人に何を着せるつもりなのか。
「仕方ない。これでいいか」
 やがて深月はテレビアニメの変身ヒロインが着ている白と黒のヒラヒラのたっぷりついた衣装を選んだ。
 そして二人分の衣装をかかえ、鈴と蜜樹の待つ更衣室へと急いだ。
「ぷっ・りっ・きゅーあー♪」
 不気味な歌を歌いながら…。


16.「プールの底の名探偵2」 猫野丸太丸

 ゲスト……安藤美沙、桜塚真理亜、有賀野伶也、纏恵美、宇津井健之介、幡野七瀬、洞井俊介、蛍野泉美

 プールの掃除をしていた一同は更衣室へと足を速めた。ほかの生徒たちも興味本位についてこようとしたが、「こっちはあたしたちに任せて」という纏恵美のひとことでその場は落ち着いた。
「って、あんたもついてこなくていいでしょ。女子更衣室に入り込む気?」
 走りながら纏が宇津井につっこむ。そこへ万知子が猫なで声で言った。
「ううん、犯人がまだ近くにいるかもしれないもの。男手があったほうが頼もしいな」
 頼もしいと言われてにやける宇津井。もちろん万知子は素直に宇津井に頼りたいわけではない。纏にこの場を仕切られっぱなしだった場合、
「マッチもまた取材ごっこをするつもりなんでしょ。ふざけている場合じゃないからあんたも帰って」
と言われかねないからである。宇津井らを隠れみのに使いながら、万知子は無事更衣室前へと来ることができた。

 しかし障害はそれだけではなかった。
「あら。一年生はプールの清掃をしているはずじゃなかったかしら」
 凜、とした声に一同は足が止まった。振り向くと、校庭を背にしてひとりの女子生徒が立っていた。男子かと思うほど背が高い。
 三年生の校章をつけたその女性は、背筋を伸ばして一同を静かに見つめていた。髪はまっすぐな黒髪が腰まで伸び、セーラー服のスカーフにも曲がりひとつない。
 その顔は、入学式のあいさつのときに皆が知っている。彼女こそが姫琴高校の生徒会長なのであった。
「お掃除を抜け出したりして、仏浦先生を困らせてはいけませんよ」
「生徒会長、これには訳があるんです」
 纏が生徒会長に説明をはじめる。のんびりしていては犯人に逃げられるのにと気をもむ万知子だったが、そのとき美沙が小声で言った。

「……ねぇ、そういえば生徒会長の名前って」
 伶也もなにかに気づいたのか、さっきの手紙を取り出してあて名を見る。封筒に書いてある名前は「大泉蛍一郎様」。生徒会長の名前は、たしか「蛍野泉美」。
「別に名字がいっしょってわけでもないじゃない」
「でも、似ているようなそうでもないような……気がしない?」
 封筒をすかしたり上下ひっくり返したりしながら考え込む一同。その様子を生徒会長が気づいた。
「なにをしているのかしら……。まぁ、『大泉蛍一郎』なの?」
 生徒会長はくすっとほほえんだ。またその声が上品ななかに桜の花びらが浮かんでいそうな感じだったので、一同はぼうっとなってしまった。
「一年生にももう流行ってしまったのですね。よろしくてよ。『大泉蛍一郎』あてのお手紙、私が受け取って差し上げます」
「え、でも、この手紙は……」
「おかしくありませんわ。だって私が、その『大泉蛍一郎』ですもの」
 生徒会長は、もともと良かった姿勢をさらに正した。……一同は目を見張った。さっきまで女の子だったはずの生徒会長が、とつぜん紳士の雰囲気を醸し出したからである。
 セーラー服にスカート姿なのに、胸は目立たなくなり、腰の丸みは消えた。立ち方ひとつでこうも違うものなんだ……。きっと、タカラヅカの技だ。
「一年生のお嬢さん。さぁ、僕に君の気持ちを聞かせてくれないか」
 男になった生徒会長は、じっと手紙の持ち主を見つめた。一同は注目する。いま手紙を持っているのは――、桜塚真理亜。
「え、……あたし? あたしはそ、そうじゃなくて、えっと……」
 真理亜は真っ赤になった。


17.「プールの底の名探偵3」 MONDO

 ゲスト……有賀野伶也、安藤美沙、井黒万知子、纏恵美、蛍野泉美、???

「そ、そうじゃなくて、えっと……その、気持ち……気持ちは、その、あの、あ、あた、あたし…………あたしは、その…………えっと……」
「落ち着きなさいよ真理亜っ。そもそもそれ書いたのあなたじゃないでしょう」
 赤面した頬に両手を当ててもじもじする真理亜を見かねて、横合いから恵美が口をはさんだ。
「つまり、文化祭の舞台で生徒会長が演じた美少年役に心奪われた女子生徒が続出し、いつの間にかそのキャラクターがひとり歩きしちゃった……と」
「ええ、そんなところかしら」
 伶也の問いかけに、泉美は口調を元に戻し、柔らかく微笑む。「そうしたファンのあまりの熱狂ぶりが学校側に問題視されてしまい、今では『大泉蛍一郎』の話題を出すことは一種のタブーとなっているはずなのですが……全く、困ったものですわ」
「あんまり困っているようには見えないんですけど」
 ぼそっとつぶやいた美沙の言葉に、何人かがうんうんとうなずいた。
「じゃあ、その手紙書いたのって、いったい……」

「あの……それ、ぼ――わ、わたしが書き、まし……た」

 かすれたような小声とともに、小柄な人影がスカートをひるがえし、泉美の前へと進み出た。
 制服の袖から伸びた、華奢な腕。
 ふわふわとウェーブのかかった、肩まである栗色の髪。
 おとめちっくモードから復帰して、OTLなポーズで固まっている真理亜の手から問題の手紙を取り上げると、それを無言のまま泉美へと差し出す。
「…………」
 うつむいているため、その表情はよく分からない。
「ねえ……あんな子、いた?」
「……さあ」
 見たこともない女子生徒の出現に、桜組の面々は怪訝な表情を浮かべる。

「やれやれ……本当はラブレターも禁止されているんだけどな。まあ、今回は君のその想いに免じて――」

 すかさず男モードにシフトする泉美。
 しかし彼女は、ふと何かに気づいて相手の顔を下から覗き込み、溜息ひとつ……そして、呆れたような笑みを浮かべた。
「やだっ……全く、なんて格好してるの…………浩司くん」
「「…………」」

 な、何いいいいいいいいいっ!?

「こ……浩司って、1年梅組の錦織浩司ぃ?」
「あ、あの飛び級で入学してきた、あの錦織なのかぁ!?」
「ショタ趣味のあるお姉様方イチオシの14歳。分厚い眼鏡をはずすと美形キャラだっていうベタな噂のある、錦織くんだわっ」

 多分に説明的なセリフだが、当の本人の耳には全く入っていなかった。
「だって……だってこうでもしなきゃ、泉美ちゃんはぼくの気持ちに気づいてくれないじゃないかぁっ!」
 あとでわかったことだが……このふたり、年の離れた幼なじみなのだそうだ。
 浩司はがばっと顔を上げてウィッグをむしり取り、泉美に思いをぷつけた。

「あ、以外とかわいい♪」
「スキャンダル……スキャンダルよぉ…………生徒会長と女装ショタ少年の禁断の愛〜っ!!」
「まずいっ!! 誰か……誰か井黒を止めろおおおっ!!」

 前回の――梅組が担当のプール掃除の時、見回りに来る泉美に手紙を見つけてもらおうとしたのだが失敗し、今日、桜組の掃除にまぎれて回収しようとしたのだそうだ。
 『大泉蛍一郎』宛にしたのは、その方が読んでもらえそうだったから。
「……だからって、わざわざ女の子の格好しなくったって」
「泉美ちゃんだって、休みの日には男の子の格好で街に出て、男になりきって女の子ナンパしてるくせに……」
「……! ち――ちょっと!? みんなの見てる前でっ」
 顔を真っ赤にして、すねたような口調でつぶやく浩司。
 目に見えてうろたえだす、生徒会長。
 唖然とした表情を浮かべてそんなふたりを見つめる、桜組の面々だった。



「お騒がせいたしました、みなさん。……それではごきげんよう」
 まだ少し顔を赤らめつつも、優雅な口調で一礼すると、泉美はきびすを返した。
 その後ろをとてとてとついていく女装姿の少年。
 その背中を見送り、ふと誰かがつぶやいた。
「ねえ……あの子が着てる制服、もしかして、鈴ちゃんたちの――」
「あ……」


18.「更衣室にて4」 七斬

 ゲスト……喜多嶋鈴、生田蜜樹

「何なのよ!この服は!」
 蜜樹と鈴はそれぞれ、日曜朝に放送していた番組の変身ヒロインの衣装を着ている。
 蜜樹が着ているのはピンクのフリルがたっぷりついた黒いセパレートの水着のような衣装。
 ちなみにヘソが出ている。
 鈴が着ているのは青いフリルのついたワンピースだ。
「何で俺がこんな…どこから持ってきたのよこの服!」
「しっかり着込んでから突っ込むのはお約束でナイスだよハニィ」
「あ、これ知ってる。妹が毎週見てた、テレビそっくり」
 鈴が感心したように言った。
「でもこんな服しか無かったの?」
「無かったのよ」
 深月が得意げに鈴に答える。
「できれば今年のバージョンを用意したかったんだけどね、先輩たちと違ってあたし裁縫得意じゃないから」
「そういう問題じゃない!」
 蜜樹が声を張り上げる。
「ねえ、ちょっと二人であっち指差して、『闇の力のしもべたちよ、とっととおうちへ帰りなさいっっ!!』って言ってみて」
「言うかっ!このスカタン!」
 蜜樹は深月のスケッチブックを取り上げ、深月の頭をスパーンと叩いた。
「あたしらがこんなカッコしてんのは誰のせいだ誰の!」
「制服ドロのせいじゃん」
 それはそのとおり。
「いだいって、頭がばかになる、やばいって」
「叩かなきゃわかんないでしょあんたは!」
「ハニィ、落ち着いて」
 鈴があきれたようになだめようとするが、蜜樹は深月を叩き続けた。
「いだだだだ。変な趣味に目覚めたらどーすんの! やめて、女王さまーっ」
 深月が何か言うたびに火に油が注がれる。
 スッパンスッパン景気のいい音が、薄暗い更衣室に響いていた。
 場末の怪しいコスプレショーは今しばらくつづく。
 傍から見ればすごく不気味である。


19.「大円団?」 南文堂

 ゲスト……喜多嶋鈴、有賀野伶也、桜塚真理亜、井黒万知子、守岡深月、生田蜜樹、纏恵美、宇津井健之介、幡野七瀬

 事件は全て解決――
「結局、仏浦先生は犬死だったわけよねぇ」
 纏が去っていく二人の後姿を見つめながらぼそりと呟いた。
「スクープのための尊い犠牲よ」
 フォローを入れたのは万知子であったが、フォローにはなっていないのは彼女が井黒万知子であるから仕方ないことであった。
「でも、人は見かけによらないものだね」
「うーん、ある意味見かけどおりかも」
 伶也と宇津井はそう言いつつ、もし街中で錦織浩司(女装)と出会ったら、間違ってナンパしてしまいそうだと心底思った。もちろん、口には出さなかったが。
「男装してナンパ……いいなぁ、でもマネできないわよねぇ」
「あのー美沙さん? 美沙さんって……もしかして?」
 美沙の呟きに真理亜が疑いの視線を送った。
「え? あ、あははは。いや、その、生徒会長に男装されてナンパされたら、ときめいちゃうかもねって思ったのよ」
 美沙は手を必死に振りながら否定した。
(あぶなかった。思わず口に出しちゃった。バレないとは思うけど、百合な人とか思われてないかしら?)
「そっか、そうだよね。格好よかったもんね」
 真理亜は美沙の言葉に微笑を浮かべた。
(美沙さんが百合な人なら俺がお相手にって……そんなわけないよな。でも、美沙さんって言葉遣いとかは女の子だけど、時々考え方が男の子なんだよなぁ。もしかして、俺と同じだったりしてって……そんなわけないか)
 二人は微妙な空気になんだかよくわからない笑顔をお互いに向けていた。
「まだ、終わってなーい! ボクの制服!」
 更衣室の窓から鈴が顔だけ覗かせて半分涙目で叫んでいた。いったい、更衣室の中で何が繰り広げられているのか? 外からはうかがい知れないが、深月の声が断片的に聞こえてくる。
「ねえ、ちょっと二人であっち指差して、『闇の力のしもべたちよ、とっととおうちへ帰りなさいっっ!!』って言ってみて」
「いだだだだ。変な趣味に目覚めたらどーすんの! やめて、女王さまーっ」
「さあ、新しい世界を切り開く一歩をあたしと一緒に。モデルになってくれてもいいじゃない、服のレンタル代替わりということで」
 断片的で意味が不明になっているような、なっていないような……。
「レイちゃん〜、たすけてよぉ〜」
 鈴は目に入った従兄弟に助けを求めた。どうやら、主に逃げ回って時間を稼いでいるのは一緒にいるはずのハニィこと、生田蜜樹のようである。彼女の運動神経ならおなじ『みつき』でも遅れをとることはないだろう。
「うーん、どうしようかな? レイちゃんなんて呼ぶ人を助けるのは気が進まないなぁ」
「レイちゃんの意地悪ー」
「夏とは言っても裸じゃ体が冷えるよ。女の子が身体を冷やすのはよくないことだよ。リンは女の子なんだからそういうことはちゃんと言われなくても気をつけないといけないって、いつも言ってるだろ?」
「ああん、だってだって……もういいもんっ、何とかする!」
 そして、数分後、更衣室のドアから深月がたたき出された。
「『萌の力のしもべたちよ、とっととおうちへ帰りなさいっっ!!』」
 ……なんだかんだ言って、知っていたようである。でなければ、決めポーズは知らないでしょう。ねぇ、ハニィちゃん。
「まあ、だいたい事情は分かったわ」
 一連の騒動が更衣室外で状況説明が行われた。途中で、「スケッチさせて〜」とうるさいみっきちーと「スクープよ〜」とやかましいマッチからスケッチブックとカメラを取り上げて「これ以上、うるさくするなら美沙さんに預ける」と脅して沈黙させなければならなかったが。
「でも、それなら美沙さんと真理亜の制服貸して上げればよかったのに」
「あ……」
 纏の冷静なツッコミに唖然とする一同。しかし、もう過ぎたことである。
「で、錦織君に確認したところ、あれは自前らしいわよ」
 七瀬は会長と錦織を追いかけて聞いたのだが、彼は犯人ではなかったらしい。いつの間にというのは無しである。彼女はそのためのキャラクターなのだ。
「そりゃあ、そうよね。ウィッグまで用意してきたのに制服を現地調達。しかも二着もというのは妙な話よね」
「ということは、犯人は別にいるということか。よりにもよってリンの制服を盗むなんて、とっつかまえてとびっきりのお仕置きをしないとな」
 伶也が真剣な顔で拳を手のひらに打ちつけた。その姿に乙女モードを満開させてしまう、真理亜と美沙、ハニィにみっきちー、それと鈴。
「レイちゃん……ありがとお」
「……いいなぁ……」
 羨ましそうに呟いた真理亜がふとあることを思い出した。
「そういえばさぁ、確か今日の五時限は体育で、鈴ちゃんとハニィ、みっきちーは『着替えるのが面倒』って体操服の上に制服着てHR出てなかった?」
「そういわれてみれば……」
 鈴とハニィ、みっきちーが記憶をたどって、嫌な汗を滴らせた。
「それで、教室で制服脱いでプールに直行するって……」
 駄目押し。
「鈴ちゃん! ハニィ! みっきちー!」
「ご、ごめんなさーい」
 三人は逃げるように教室に制服を取りに戻った。
 こうして、『更衣室制服盗難事件』は幕を閉じた。
 ちなみに、なくなっていたと思われたクラス半数の制服はどこにあったかというと、シャワー室の方にあった。掃除が終わったあとにシャワーを浴びようと思った生徒がそちらの方に制服を置いていたのであったらしい。結局は、三人の早とちりというわけである。
 余談だが、二人はコスプレのまま制服を取りに言ったので、彼女たちの勇姿が多くの生徒の携帯で撮影されて校内に出回ったのは言うまでもないことであった。

戻る「T's☆Heart」メインページに戻る