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蒼い闇
作:けぼ



<プロローグ>
 南太平洋、深度300メートル...
 原子力潜水艦のブリッジ。
「ソナーに反応無し」
「本艦以外の音源は何ら認められません」
「どういうことだ...やむをえん、全速後進」
「全速後進...艦長、後進しません!」
「機関出力は最大です!」
「か、艦長、船体が...」
 操艦不能になった船体を、異常なきしみ音が襲った。
「馬鹿な、この新鋭艦は1000メートルは潜れるはずだ!」
「うわー!機関室浸水!」
「発射管室!」
 言い終える間もなく、ブリッジにも大量の海水が流れ込んだ。
「うわー!!」
 最新原子力潜水艦は、一瞬のうちに押し潰され、海の藻屑と消えた。

 ホワイトハウス、朝。
「大統領閣下!残念な報告です」
 大統領は朝食を取りながら報告を聞いていた。
「まさか、イーグルシャークまで消息を絶ったというのかね」
「残念ながら...」
 先日南太平洋に、気圧の変化がないにも係わらず台風のような渦が発生した。
 それ自体は大したことではない。
 問題は、その衛星写真だった。
 黒い、のである。
 各関係機関が早速調査を開始したが、民間の調査機、調査船はすべて消息を絶ち、その後出動した軍の偵察機もすべて消息を絶った。
 原因は分からず、さらにそれらはすべて前ぶれなく連絡を絶っていた。
 そして、大統領はついに最新鋭原潜の派遣を決断したのである。よもや水中から接近できないということはあるまい、と。
 しかし...
「そうか...それで現状はどうなっている?」
「はい、渦の外縁部に、哨戒艇を待機させていますが、渦の中の情報はまったく得られず、さらに外縁部でも気象状態がかなり悪いとのことです」
「わかった。渦の状況から目を離すな。それと、イーグルシャークの件はマスコミには絶対漏らすな、いいな。対策委員会を至急招集しろ」

 東京、深夜。
 高層ビル街の一角。
 妖しげな女が数人、一人の娘を囲んでいた。
 囲まれた方の娘は、恐怖に怯えた表情を浮かべている。
 やがて、女たちは娘を押さえつけると、ブラウスを引きちぎり娘の上半身を裸にさせ、そこに現れた双丘の中央部に短剣を突き立てた。
 その瞬間、短剣が光ったかに見えた。血飛沫をあげ崩れ落ちる娘の上に、一枚の写真が落とされる。それは、その娘が写った写真だった。
 そして、女たちは、何事もなかったように消え去った。そこに無惨な娘の亡骸を残したまま。

<第1章:悪夢の始まり>
「どうしたんだよ、何か変だよ、おまえ」
 家に帰ってくると、朝気分悪いと言っていた妻が、妙に元気だった。
「何かあった?」
「うん!」果織は元気に答えると、紙切れを出した。
「じゃーん!」
「何これ?」典之は、紙切れを見て質問した。
「えー、知らないのぉー」果織がもったいぶる。
 その紙切れには、なにか扇形の模様と、何やら数字が印刷されている。
「これ見て!」果織が、扇形模様の中の米粒のような所を指さした。
「ん?」
「八週目だって」
「・・・これが?」
「そう。あ、か、ちゃ、ん」
「じゃもしかして...」
「そ。気分悪かったのはつわりだったの」
「そうじゃなくて、俺、パパ?」
「何いってんの、だからさっきからそう言ってるじゃない」
 一瞬の沈黙の後、典之はやっと顔を綻ばせた。
「よかったなぁ果織ぃ。んじゃあうまいものたくさん食って家で大人しくしてろよ。力仕事はダメだぞ。高いところに手を伸ばすのもダメだぞ。自転車も乗ったらダメだぞ。とにかく絶対無理はするなよ」
「ばかねえ。あまり食べ過ぎてもダメなのよ。まあ無理はしないようにするから」
 果織も満面の笑顔で答えた。
「さ、ご飯とお風呂、どっち先にする?」

『大統領は現状を緊急事態と位置づけた上、あらゆる手段を使ってこの黒い渦の調査を行い一刻も早くこの事態を収集したい意向です』
 テレビのニュースが告げている。
 だが二人にとっては遠い海の向こうの出来事に過ぎない。
『続いて、連続殺人事件です...』
「いやあねえ、若い女の子ばかり、裸にして胸を一突きだって。私も気を付けなくちゃ」果織がつぶやく。
『今日午前零時頃、女性が死んでいるとの通報を受け、警察が駆けつけたところ、若い女性が胸を鋭利な刃物で刺されて死んでおり、警察では、手口などから連続殺人犯の犯行と断定し、捜査を続けています』
「そうだ。もう家からでないでじっとしとけ」と典之。
「やったあ。じゃあ買い物も頼むわね」
「え...」
『これで犠牲者は五人になり、後手後手に回っている警察の捜査に非難が集まっています』
「まあそうだよな。警察はいつも被害が出てから動くからな」典之は話題を逸らした。
「おかわり」

 その夜...
 果織は寝付けなかった。典之に自分の力のことをどう伝えたらよいのか迷っていたのだ。
 彼女が自分の力に気付いたのは一週間ほど前だった。
 冷蔵庫に買い物してきたものをしまっていたその時、手が滑ってオレンジが一つ下に落ちた。
「落ちる!」と思った瞬間、オレンジは宙に浮き、ゆっくりと床に降りた。
 その時は偶然かと思った。
 しかし、不思議な出来事はそれだけではなかった。
 彼女が病院へ行ったのは今日が始めてではない。今日行ったところが実に四軒目だったのだ。
 最初に病院へ行ったとき、待合室で待っている間に、彼女とは別の思考が頭の中に入ってきた。
(この患者は儲かりそうだ...)
 それがそこの医者の思考であることは、すぐ分かった。彼女は、急用を思い出したからと言って、病院を出た。
 似たようなことがもう二回あった。自分の妊娠に心当たりのあった彼女は、四軒目の医者、つまり自分と子供を一番に考えてくれる医者を選んだ。
 四軒目にに行く頃には、彼女は自分の力についてわかり始めていた。そして、それが決して人には歓迎されない力であろう事も。
 もちろん、典之の思考も感じることができた。その結果、彼女は典之と結婚して本当によかったと思った。
 彼女は別に彼が他の女を見て魅力的だと思うのを嫉妬するほど独占欲が強いわけではない。それより、彼が本当に彼女を愛しているのを感じられたことがとても嬉しく、そんな彼の心を覗き見た自分を恥ずかしく思った。
 そういうわけで、彼女は寝付けなかったのだ。
「どうした」典之が目を覚ましたらしく、優しく声を掛けた。
「典之...」彼女は彼の胸に、顔を埋めた。
「どうしたんだい、ママは明るくしてなきゃ、胎児に悪いんじゃないのかい」
 彼は優しい。
「典之、私ね...」言いかけたその時、彼女は何かを感じた。
「何?」
 次の瞬間、玄関のドアノブが吹っ飛び、ドアが開いた。
 外から、冷たい風と共にローブ姿の数人が侵入してきた。
「なんなんだ、おまえら!」叫ぶ典之に、一人が何か刃物を持って斬りかかってくる。
「この人たち、心がない!」果織が叫んだ。
「なんだって!?」
 果織を守りつつ攻撃をかわす典之は、彼女の言っている事が分からなかった。
「この人たち、感情や思考がまったく感じられないの!ただ私に向かって動いてるだけ!」
「どういうことだ!?」典之は手近にあった目覚ましを一人の頭にたたきつける。
「ごめんなさい典之。私人の心が読めるみたいなの。それだけじゃない」
 果織は目を閉じて、イメージした。
 台所の包丁が飛び出し、侵入者の一人を貫く。
 ウグ、と倒れる侵入者を見て、驚いた典之は果織の方を見る。
 その隙をついて、別の侵入者が突っ込んできた。
「典之!危ない!」典之を突き飛ばす果織。
 次の瞬間、何かが果織の胸に刺さっていた。
「かおりぃー!」
 生き残りの侵入者たちは、果織の胸が血の色に染まるのを確認すると、何も言わずに玄関から逃げていった。
「わたしの、こと、きらいになった...」彼女を抱える典之の胸の中で、彼女はそうつぶやいた。
「ばか!おまえを嫌いなわけないじゃないか!そんなことより今救急車呼ぶからがんばって...」
「もう、おそいわ。もう、わたし、は、たすからない」
「そんなこと言うな!俺が目を離したばっかりに...」
「いいの。のりゆき、あいし、てるわ。あなたの、からだを、かして」
「かおり!」
「このこの、ことを、おねがい、します」
 言い終えると果織は、目を閉じて、最後の力を振り絞った。
 彼女の体は光の塊へと変化し、典之の前に直立した。
「果織....」
 光の塊から、果織のぬくもりが伝わってくるのが分かる。
「わかるよ、果織。さあ、僕の中へおいで」典之は両手を光に向かって差し出した。
 光の塊は、彼の体を包むと、彼に同化していった。
 目の前には、果織が着ていたパジャマだけが残っている。
 典之は、ぼーっとそのパジャマを眺めた。
 その時、後ろから話しかける声がした。
「遅かったようね」
 振り向くと、そこに女が一人、立っていた。
「落ち着いて。私は敵ではないわ」
「じゃあ何者だ!」やり場のない怒りをぶつける典之。
「私はあなたの奥さんと同じ力を持つ者」
「同じ力?」
(ごめんなさい典之。私人の心が読めるみたいなの。それだけじゃない)
 典之は包丁に刺されて死んでいるローブ姿の侵入者をゆっくりと見た。
「そう。私も人の心が見えるの。それに、念動力もね」
「一体何なんだ?突然変な奴らが押し入ってきたと思ったら、嫁さんは変なこと言い始める。おまけに変な奴らに刺されて消えちまう。そんでこんどはあんたが現れる!一体どうなってるんだよ!」
「落ち着いて。あなたが混乱するのは当然だわ。順を追って説明してあげるから、まず手短に荷物をまとめて」
「荷物をまとめろだと」
「また奴らが来るわ。急いで」
「奴らって一体...」
「だからその説明は後。それと、奥さんの衣類も必ず入れて」
「え?」
「あとで必要になるわ。とにかく早く!」

 30分後、典之は女と二人、深夜の町をドライブしていた。
「どこへ行くんだ?」
「とりあえずどこか、ホテルへでも」
「え?」
「奴らから身を隠すのに手っ取り早いわ」
「わかったけど、奴らって一体、何なんだ」
「宙の声って、知らない?」
 知るも何も、今一番話題になっている宗教団体だった。
「それと奴らと、どういう関係が」
 典之は、かなり落ち着いてきていた。それに、自分では気付いていなかったが女の心から切迫感を感じ取り、事態の深刻さを無意識に理解していたのだ。
「あれはね、ただの宗教団体ではないわ」
「どういうことだ」
「奴らは、いえ奴は宗教という形を利用して、闇の神を復活させようとしている」
「その闇の神とか奴とか、何のこと?」
「教祖、内藤。奴は、人間ではないわ」
「?」
「奴の正体もまた、太古の昔に宇宙から来たいわゆる邪神の一人」
「え!?」
「一万二千年前、闇の神は一度復活し古代文明を滅ぼした。そのとき闇の神の復活を告げた、『赤い衣の予言者』こそ内藤なのよ」
「そんな話、あったか?」
「わからない。でも私が力に目覚めたとき、既にこの記憶が頭の中にあったの」
「夢でも見たんじゃないの?」
「もちろんそうかもしれない。でも、南太平洋での出来事は知ってるわね」
「それって、黒い渦のこと?」
「そう。この記憶によれば闇の神が封印されていると言う場所が、まさに南太平洋なのよ。そして、宙の声教団の聖地とされているのも、南太平洋の無人島」
(そういえば、宙の声教団は無料で南太平洋巡礼ツアーをやるっていうんで最初信者集めたんだっけ)典之は新聞記事を思い出した。
「じゃあそのなんだ、『赤い衣の予言者』が内藤の名をかたって何らかの方法で闇の神を復活させようとしてるってのかい」
「やっとわかってくれたみたいね」
「でも実際に黒い渦はもうでてるんだぜ」
「まだあれは序の口。本格的に動き出したら文字通り世界は破滅するわ」
 典之はあまりのスケールの大きさに、驚いていた。というより、まったく実感が湧いてこなかった。
「わかったわかった。それはいいとして、それと家の嫁さんが襲われるのとどういう関係があるんだ」やっと話は核心に辿り着いた。
「私が自分の力に気付いたのが二週間前。そして黒い渦が発生したのも二週間前。それからもう一つ、ここ十日ほど世間を騒がしている事件があるわね」
「美女連続殺人事件...」
「そう。被害者の間に若い女性という以外の共通点はない、と思われているけど実はあるのよ」
「もしかして、君も襲われた?」
 彼女は頷いた。
「おそらく私と、あなたの奥さんを含めて狙われたのは力を持っている人間なのよ。私はたまたま力に目覚めていたから奴らを撃退することができた。たぶん内藤は私たちを恐れているのよ」
「恐れる?」
「まだわからないけど私たちの力が何か、奴にとってか奴のもくろみにとって脅威になるのではないかって私は思っているの」
「そんな...」
「黒い渦が発生したって事は、闇の神の復活も近いと考えた方がいい。でもそれは絶対阻止しなくてはならない。もしかしたら、それを阻止できるのは私たちだけかもしれない」
「君は一体何者なんだ」典之は改めて彼女に聞いた。
「どう見える」
「そんなこと言わなければ、普通の美人な女の子なんだけど...」
「でしょ。私だってそんな特殊な人間だと自分では思ってなかった。ほんの何日か前まで普通にOLしてたのよ」
「で、」
「あの日、目覚めたら頭の中にこの記憶があった。そして力も。奴らに襲われたとき、私は彼と食事してたわ。力を使って何とか奴らを追い払った後、彼ったらなんて言ったと思う」
「....」典之にはわかるような気がした。
「ばけもの、ですって。守ってくれるどころか腰抜かしてろくに動けもしなかったくせに。翌日には会社中に知れ渡ってて、上司に辞表を求められたわ」
「もういい、わかった。これ以上傷の舐め合いをしても始まらないさ」
「そうね、ごめんなさい。私は綾香」
「僕は典之。とりあえずその、闇の神の復活を阻止するにも作戦を考えんと」
「じゃあ、協力してくれるの?」
「協力も何も、果織と、子供の仇は討つ」
「仇じゃないわよ。まだ二人ともあなたの中で生きてるんだから」
「そうか。でも実感湧かないから悔しくって」
「今にイヤでもわかるようになるわ。それより、とりあえずそこのホテルでどう」
 典之は、駐車場に車を突っ込んだ。


<第2章:闇の鼓動>
 内藤は、満足そうに神殿の奥に鎮座していた。
 愚かな人間どもの中に入って過ごした一万二千年の無為の日々は長かったが、もうじきそれからも解放される。
 生贄の供給もここへ来て順調に進んでいる。ただ一つ難を言えば自分が仕向けたとはいえスールの方が好みにうるさく、人間の女のみを欲することぐらいか。
 一万二千数百年前、彼は宇宙を放浪していた。太古の昔、宇宙の支配を賭けた戦いに敗れ、仲間たちは宇宙の僻地に封印され、彼もまた力を失い宇宙を彷徨っていたのだ。
 そこで彼は仲間の波動を感じた。その発信源は、銀河の片隅にある小さな星、地球だったのだ。
 地球に降り立った彼は、力を回復しつつある仲間、スールと再会した。仲間は、この星に棲む「人間」という生物が豊富に持つ「闇の感情」の力を吸収、徐々に力を回復しつつあった。
 彼は仲間の復活を早めるべく、人間社会に入り込み、人間どもの「闇の感情」を大いに増幅させた。そして、ついに仲間の復活に成功する。
 しかし、彼はその人間を生み出した「地球」という星の力とさらに地球を生み出した「太陽」という星の力を見くびっていた。地球の怒りと助けの求めに応じた太陽の力で、仲間は再び封印されてしまい、彼はまた振り出しに戻った。
 だが彼は、人間が潜在的に持つ闇の力の利用を諦めた訳ではなかった。
 それから一万二千年、彼は生き残った人間どもをうまく使い、「闇の感情」の力を徐々に集めると共に地球を彼らの手によって蝕んで行くように仕向けていったのだ。
 そして彼は、仲間に直接生贄を与えることによって、復活を加速しようと考えた。その生贄にふさわしいのは、潜在的により強力に恐怖を感じる力、そして何より強力な嫉妬する力を持つ人間の女だ。
 彼が導いた人間どもの力によって地球はいよいよ死に瀕している。
 今こそ復活の時なのだ。
 仲間も生贄に喜んでいる。
 復活の暁には再び宇宙の支配権を得るべく他の仲間たちを探し出し、戦いに臨むのだ。
 そんなことを考えながら、内藤は、地下神殿を進み、謁見の間へと入った。
 たくさんの信者たちが彼を崇める。
「巡礼者」なる女達が彼の前に跪き、またあるものは跪かされた。
「神の御姿を拝する栄誉を賜いし者達よ」内藤は仰々しく宣った。
「己のあるがままの姿を神の目に晒すのじゃ。そうすればすべての俗念から解放され、心は洗い清められるであろう」
 内藤が言うのはある意味で真実だった。彼女らはスールに心ごと全ての感情を吸い取られるのだから。
 彼女らの内、ある者は幸福の笑みを浮かべながら服を脱ぎ捨て、ある者は、必死の抵抗を試みたものの周囲の信者に服を脱がされ、内藤に続いて神の間へと入り、押し込まれていった。神の間の大きな扉が閉ざされる。
「さあ、見よ。偉大なる神の御姿を」内藤が言い放つと共に、広大な部屋の奥で、何かが蠢いた。
 突如、黒い光の中にその姿が浮かんだ。黒く輝く巨大な塊に、蛸の足のような無数の触手が絡み合うその姿は、彼女たちの本能的な恐怖を誘った。
 望んでこの部屋に入った者も、強引に押し込まれた者も、悲鳴を上げる間もなく恐怖に表情を歪ませ、次々と力無く膝を突いた。「神」ことスールが女たちの身体から立ち上る何か白い靄のようなものを吸い取っていく。やがて靄のようなものがすべて抜けきると、女たちはバタバタと倒れていった。
「闇の命を授けよう」内藤の言葉と共に、スールの蛸のような触手が伸びて倒れた女たちの口に挿入された。すると一瞬彼女たちの身体は黒いオーラのような光を放ち、触手が口から抜かれると共にのろのろと立ち上がった。
 立ち上がった女たちは、一人残らず生気のない、虚ろな表情を浮かべていた。
「スールよ」内藤は呼びかけた。
「いま少しで貴様も元の力を取り戻すであろう。まもなく人間どもの恐怖も絶頂に達する。時は近いぞ」
(ワカッテオルワ、ナイ。ココマデキタノモキサマガアレバコソダ。コタビコソハ・・・)
「今度こそは」内藤はスールから伝わってくる波動に頷くと、女たちを従え神の間を出た。
(そうとも、今度こそ失敗はならぬ。もうこれ以上屈辱の日々を送るのは耐え切れぬ)
 信者達の声が、彼を我に返らせる。内藤は、従えた女たちを信者たちに崇めさせた。
「いま新たに神の僕となりしものじゃ。皆もこの者たちのように励むがよい」
 内藤は早々に謁見の間から下がった。
(愚か者どもめ)彼には既に、「信者」達のお守りなどどうでもよかったのだ。
 ただ確実に、生贄さえ供給できれば愚かな信者どもには用はない。
 彼が作り上げた巧妙なマインドコントロールによって、信者となった者達は心から「神の僕」となること(つまりは生贄となりすべての感情を吸い取られることだが)を望んでいる。そして神の僕になれるのは女性だけであると吹き込めば、男性信者達は競って女になろうとする。
 そうでなくても信者となる男性には、入信前から将来抵抗無く女性化させるためにセミナーなどを通じて徹底的な洗脳が施されていた。
 ただ、さすがの内藤でも、いろいろ試みたがやはり男性を即座に完全に女性化させることはできず、限りなく女性に近づいたにしろそこから完全に女性化するまで長い時間が掛かった。
 内藤には女性と男性の感情エネルギーの差がどうしてこんなに大きいのか解らなかった。そのため単純に男性を肉体的にも精神的にも女性化すれば感情エネルギーが大きくなりより効率的に感情エネルギーが集められるのではと考えたのだ。
 そうでなければ男性信者はお荷物になるばかりで、少しも彼の役には立たない。
 一刻も早い復活のために、男性信者の在庫を使ってしまいたかった。
 転生の間に来た彼は、今回の実験の効果を確認していた。
 巨大な繭が、いくつもぶら下がっている。中には、どれにも人間が入っている。
 彼はここで、男性信者を様々な方法で女性化させる実験を行っているのだ。
 しかし、どれも彼の思ったような効果は上げられていない。
(どうやら男性信者の使い道は他に考えた方がよさそうだ)彼は頭をひねった。
 既に彼らの頭上にはスールの波動に同調して暗黒のエネルギーが渦巻いている。
 しかしここからのあと一押しが重要かつ困難なのだ。
 それほど脅威とは思っていないがこざかしい力を持った人間も中にはいる。
 完全なる復活には慎重を期さねばならない。
 内藤は、次なる計画を実行することにした。


<第3章:嵐>
 朝、気持ち悪さで目が覚めた。
 夕べはいろいろなことがありすぎて、ホテルの部屋に入るなりベッドに潜り込んだのだった。
 ふと時計を見ると針が10時を指している。
 もう一つのベッドの方は空だった。ユニットバスの方から水音がする。
 どうやら綾香がシャワーを使っているようだった。
 典之の気持ち悪さは限界に達しようとしていた。
 キュっと水音が収まり、さわさわという音の後ユニットバスのドアが開いてバスタオル一枚の綾香が現れた。
「どうぞ。気持ち悪いんでしょ」
 典之は物も言わずにユニットバスの方へ行くと、便器に向かって吐いた。
 吐き気が収まったので口を濯ごうと洗面台に顔を上げると、鏡の中に見慣れた女の顔がある。
「果織...!?」
 思わず口走った声が自分の物ではなかった。
「どうなってるんだ?」
「見ればわかるでしょ。あなたの身体が奥さんの身体に変化したの」
 落ち着き払った綾香の声がそう告げた。
「仕方ないわね。いまのあなたは奥さんと一心同体。さらに子供もいるんでしょ?男の体内は子供が成長できる環境じゃないんだから、奥さんの方の身体構造になっていた方がいいんじゃないの」
「俺の身体はどこへ行ったんだ」
「だから身体が入れ替わったんじゃなくて、あなたの身体が奥さんの身体構造に変身したんだって」
(「あなたの、からだを、かして」)
 果織の言葉は、こういう意味だったのだ。
(そうだったのか。果織....)典之は納得がいった。
「でもこの気持ち悪さ、何とかならないのか」
「ならないんじゃない。ま、私はまだ妊娠したことないからわかんないけど」
 綾香はあっさりと言った。
「それより、無理してでも女っぽい仕草しないと目立っちゃうわよ」
「そうね、そうするわ、とか?」典之はぎこちなく女っぽい言葉遣いをしてみた。
「あっはっは!うまいうまい!」はじめて綾香は笑顔を見せた。

 綾香が仕入れてきた食事を取りながら、二人は昼のニュースを見ていた。
 典之は綾香に言われたとおり用意してあった果織の服を着ていた。が、さすがに化粧には抵抗があった。
「まだ目立たないけど妊婦さんだし、元が綺麗だからノーメークでもいいんじゃない。あなた化粧までおぼえる気はないでしょ。奥さん美人でよかったわね」
 綾香は結構この状態を楽しんでいるようだった。
 ニュースが告げている。
『今日朝から各地で起こった連続爆破事件は、鉄道や道路など公共性の高い物を狙った極めて悪質な犯行であり、また日本だけでなく、世界各地からも同様の事件の報告が次々と送られてきていることから、事件は世界の混乱を狙った極めて異例な事態に発展しています...』
「なんてこった」典之がつぶやいた。彼(?)は間違いなく自分のことが報道されていると思っていたので、事件の内容以上に驚いていた。
 ニュースによれば、日本時間の今朝から世界中で、鉄道施設や道路、その他公共性の高い物を狙った爆弾テロが相次ぎ、死傷者が相当数出ているらしい。
 そして...
『今入ったニュースです。つい先ほど当社を始めとする世界のマスコミ各社に、”宙の声”教団を名乗る者から犯行声明が送りつけられている模様です』
 典之と綾香は顔を見合わせた。
『犯行声明によると、教主内藤の名で、これは神を信じぬ世界人類への罰であると綴られています...』ニュースは続く。
「何がねらいだ...?」と典之。
「世界中を敵に回して得することって何」と綾香。
 二人はしばらくテレビを見続けた。
 やがて内閣が臨時の閣議を召集したこと、米大統領が臨時の国家安全保障会議を召集したこと、警察が準備でき次第「宙の声」教団の関係各所を強制捜査する事等の報道が行われた。
「私たちもじっとしている場合じゃなさそうね」綾香が口を開いたのは夕方だった。
「っていっても、どうする?」
「決まってるじゃない。教団の事務所に乗り込んで...」
「乗り込んで?」
「できれば奴の居場所を突き止めてそこへ乗り込む」
「おいおい、ちょっと無謀すぎない?」
「でもそれ以外に奴の狙いを潰す方法ある?」
(もしかしてこの女、実は何も考えてないんじゃないの)
 綾香の剣幕を見て、典之はそう思った。

「大統領閣下、ご決断を」
 先日からの対策委員会及び国家安全保障会議において、次々と報告される情報は、大統領についに重大な決断を迫るまでの物になっていた。
 まず明らかになったのは、「黒い渦」の中心部に孤島が存在することだった。
 付近の水深は1000メートル以上あるにも係わらず、その島は数年前突然隆起して現れた物だという。
 そして、今回の「宙の声」教団がその島が隆起してから忽然と活動を開始したこと、さらにその島を聖地としていること等も明らかになった。
 教団について情報部も警戒はしていたが内偵をするまでには至らず、今回のような破壊活動を突如開始するとは予想だにしていなかった。
 犯行声明が出てすぐに教団支部の捜査を行ったが、捜査員が到着する前に建物もろとも爆破されたという報告も入っている。
 犯行声明の内容からすればこれは明らかな宣戦布告でもあった。
 あらゆる検討の結果おそらく内藤は「聖地」である島にいるであろう事、また黒い渦を含む今回の事件は教団の陰謀であろうということに収まった。
 会議は、必然的に教団本部があるはずのその島に対する実力行使の方向で進んだ。しかし、国防省が作成した攻撃計画は、大統領にとってとうてい首を縦に振れる物ではなかったのだ。
「今回の場合、目標付近は謎のエネルギー体、すなわち『黒い渦』によって覆われており、目標の現状確認はできておりません。また今までの経験より海上、海中、空中どのルートをとっても接近することは不可能です。よって、上陸作戦はもとより、空爆、巡航ミサイル、艦砲射撃等通常兵器による攻撃は成功率が非常に低いと思われます」
「馬鹿な、ではどうやって奴らは島から出入りしているのだ?」
「非常に残念ですが、それについては未だに解明されていません。各地の教団施設は既に彼らの手で破壊されており、『黒い渦』についてのデータもまったく発見されていないのが現状です」
「ではもう少し情報が集まるまで攻撃を待った方がよいのではないか」
「それはできない相談だ。こうしている間にも奴らのテロ攻撃による被害は拡がっているのだ」
 委員会のメンバーは激論を続けた。
 大統領が口を開く。
「国防長官、そろそろ君のプランを提示してくれたまえ」
「はい。非常に申し上げにくいのですが」
「前置きはよい。プランを」
「はい。現状のあらゆる情報を用いて検討した結果、もっとも効果を得られる可能性がある作戦、いや、作戦と申し上げるには...」
「構わぬ、言ってみよ」
「はい。現状のあらゆる情報を用いて検討した結果、効果を上げうるのは弾道ミサイルによる核攻撃しかないものと思われます」
 一瞬、メンバー全員が凍り付いた。
 国防長官は続けた。
「恐れずに申し上げるなら、それでも効果の保証はできません。しかしこれで効果を得られないのなら、我々に打つ手は無い物と考えます。幸い目標は南太平洋の孤島であり、『黒い渦』のおかげで核爆発の影響範囲には一切立ち入ることも不可能です。またかつての核実験場からもそう離れた場所ではないので各国の理解は得られると考えます」
「核か....」大統領はじめ他のメンバーはしばし沈黙した。
「大統領閣下、ご決断を」
 重苦しい沈黙の後、大統領は口を開いた。
「たとえ相手が得体の知れぬテロ組織といえども、世界のリーダーたる合衆国が平和を乱す者を看過するわけには行かぬ。国防長官は直ちに具体的な攻撃計画を立案せよ。各国首脳にホットラインをつなげ」

 交通が各所で寸断されているので、車での移動は困難を極めた。
 普段の自分の体でない典之にとっては気持ち悪さも手伝って最悪の気分だ。
 そんなわけでハンドルは綾香が握っていた。
「で、どこまで行くの」
「港」綾香は素っ気なく答えた。
「なんで」
「奴らの国外との移動手段は内藤の自家用機だったけど、飛行場はおそらく警察が抑えてるだろうし、そうすると残るは海ってわけ」
「でもただやみくもに港ったって」
「わからないの?」
「え?」
「あの手下達の波動」
「はどう?」
「私たちを襲った内藤の手下達。あの子たちからは心が無い代わりにすごく、なんていうか吸い込まれるような冷たいエネルギーを感じるの」
「それが波動?」
「波動、っていう感じがわかりやすいと思う」
「今感じる?」
「何となく。そんなに強くないけど」
 そうこうしている内にとあるコンテナバースに着いた。
「感じない?」
「この、何か寒気みたいなやつ?」
「だいぶん判ってきたみたいね」
「気持ち悪くて寒気がするのかと思った」
 そこには、1万トンクラスのコンテナ船が着いていた。
 荷役作業は行われていない。
「気を付けて、どこから出てくるか判らないわよ」
「んなこと言ったって...う、トイレ行きたい」典之は気分悪そうに言った。
「こんな所で何言ってんのよ」
 その時だった。
 バコンバコン!という音と共に何かが車を叩いた。
「え!?」
 後ろを見ると数人の線の細い影が、何か鉄パイプのような物で車を叩いていた。
「しまった...手下の方に気を取られて信者がいることわすれてたわ...」
 あっという間に車は取り囲まれた。
「どうするんだよ」
「ちょっと待って、こいつら、私たちを内藤の所へ連れていく指令を受けてるわ」
「なんだって!」
 ドアがこじ開けられ、二人は信者達に腕を掴まれた。
「一応レデぇなんだから、それなりに扱ってよね」典之は半ばやけくそに言った。


<第4章:破局へのカウントダウン>
 綾香と典之は、コンテナ船の船室の一つに軟禁された。
 とはいっても、彼らの態度は非常に紳士的だったので、部屋を出さえしなければ行動制限は受けていない。
 世話役と思われる信者の一人は、わざわざエアコンやテレビの使い方まで教えてくれたりもした。
「今晩出航して、明日の夕方には内藤様の元へ到着します」その信者は説明した。
「え?」綾香と典之は顔を見合わせた。どんなに頑張ってもこの船では一日足らずで南太平洋に着くはずはない。
「明日の昼過ぎに、一度この部屋から移動していただきます」信者は説明する。「その後、内藤様のお力で別の空間を移動します」そういうことらしい。
「そんな力使える内藤のことを何とも思わないの」典之は聞いてみた。
「あの方もまた、神なのです」
(だめだ、完全にいっちゃってる)典之は思った。
「あの方は仰った。愚かな子羊達よ、悔い改めよ。されば神の国へと導かんと」
「それとテロ活動と、どう関係あるの」
「あれはテロではありません」
「....」
「テロの目的は社会不安を増大させることにありますが、我々の活動は救済なのです」
「きゅうさい!?」典之は目が点になった。
「そうです。文明に毒された人間を救済するために文明そのものの破壊を行っているのです」
「でもそのおかげで何人も犠牲者が出てるんだぞ」
「あなたは何か考え違いをしてらっしゃるようだ」
「考え違い?」
「神を忘れた人間は、この地球上に生きる資格はないのです」
「何だと!」
「もともと人間は、神が創りだした物。神が自らの子供達を産むために創り出した物なのです」信者は恍惚とした表情で続けた。
「神は昔、自らの子供を得るためにこの世に人間すなわち女性を創り出した。しかしあろう事か人間は自らが繁殖するために男性を産みだしたのです」
「はあ」
「やがて人間は地球上に溢れ、神の居場所をも奪ってしまった。さらに自らが創り出した文明を万能の物と思い上がり、神など忘れていったのです」
「はあ」典之はもう馬鹿らしくてまともに聞いてはいなかった。
「神は怒っておられる。我々は神の御前にて悔い改め、神の僕に戻らねばならない。そのためには...」
「そのためには、神様を信じない者達は皆殺しにするってか」
「そうではありません。文明を捨てて神の声を聞くのです。そして、悔い改めるために元の姿に戻るのです」
「元の姿って?」
「神が創られたままの女性の姿に戻らねばなりません」
「.....?」
「人間文明がいかに進歩しようと、変異体である我々男性が文明の力で女性に戻ることはできません。しかし、我々は違う。神を信じ修行を積み重ねて内藤様に認められれば、その御力で女性すなわちより神に近い存在へと帰ることができるのです」
(そういえばこいつ、男のくせに妙に女っぽいな。線も細いし)今更のように典之は思った。
「じゃあ元から女で生まれてきたのは?」
「それは神の僕たるべくこの世に生を受けたもうたもの。もし人間文明に毒されているなら悔い改めねばなりません。特にあなた方のような美しい女性は」
(なるほど、そういう教義だったのか)典之ははじめて知った。
(でも美しい女性、なんて言われてもなあ...)
「そのぐらいにしたら。それより大変なことになってるみたいよ」綾香の声が世話役の講演を中断した。
 綾香は世話役の話など目もくれず、さっきからずっと映りの悪いテレビを見ていた。
『...すでにフランス、イギリス、中国、ロシアなど各国は、アメリカの方針に支持を表明しており、攻撃が行われる可能性は非常に高くなっています。首相は軍事力の行使については理解を示したものの、核兵器の使用については...』
「核兵器って、どういうこと?」典之はびっくりして綾香に聞いた。
「アメリカが黒い渦の中心に向かって核ミサイル打ち込むんだって」
「何ということだ」世話役が驚いていた。
「これ以上地球を文明の力で傷つけようというのか」
「そんなことより、私たちも一緒に吹っ飛ぶわよ」綾香が言った。
『...大統領はテレビ演説を通じて、”宙の声”教団に対し期限付きの降伏勧告と教主内藤の即時出頭命令を宣告しました。24時間以内に何らかの返答がない限り、現地時間の明後日午前0時をもって黒い渦の中心に位置する島に向かって核ミサイルが発射されます。しかし教団側がこれに応じる見込みは薄く、これにより、戦後50年以上なんとか守られていた核の封印が解かれることになります...』特派員は深刻な顔でカメラに向いていた。
「でも核なんて闇の神に効くのかしら...」綾香はつぶやいた。

 それでも船は予定通り進んでいった。
 翌日、とはいっても現地時間はわからなかったが、与えられた昼食を食べてしばらくすると、またあの世話役がやってきた。
「部屋を出ていただきます」
 二人は大人しく従った。慣れない船旅で二人ともかなり疲れていた。
 二人は甲板上を歩かされた。辺りは見渡す限り海で、どの辺を走っているのかは判らない。
 船の中央付近に、小型のクルーザーが置かれていた。
「これに乗っていただきます」
「え?」
「お二人とお世話の者が乗った後、船を海面に降ろし、島へ向かっていただきます」別の信者が言った。
 見ていると、コンテナのいくつかが開けられ、てきぱきと機械が組み立てられている。
 10分後、小型クルーザーはコンテナ船を離れ、海上を走っていた。
「少しショックを感じますのでご注意下さい」世話役が告げるや否や、パッと何かが光ったように思えた。次の瞬間、いままで目が痛いほど晴れ渡っていた海の景色が、真っ黒な雲に覆われた景色に変わっていた。
 そして、船の前方に島が現れていた。
「何が起こったの?」典之は戸惑っていた。
「どうやらどこかへ瞬間移動したみたいね」綾香が答える。
「間もなく到着します」世話役が告げる。
 どうやら前方の島が、目的地のようだ。
(いよいよ敵の本拠地か...)典之の鼓動が早くなった。

「ようこそ我らが聖地へ」
 赤いローブを纏った黒い老人が、数人の従者を従え二人を出迎えた。
「お前たちの考えることは分かっているぞ。分かっているとも。そう尖るでない」
「き、貴様が内藤か」典之はその異様な容貌に、思わず口走った。
「だからそう尖るでない。我は何もそなたらに危害を加えるために呼び寄せたのではないのだ」
「お生憎様。もう遅いわ。もうじきあなたは吹っ飛ぶのよ、私たちと一緒に」
 綾香がとりあえずといった感じで言い捨てた。
「フォッフォッフォ、面白いことを言う。命の恩人に向かってそれは無かろう」
「命の恩人だと」
「そうとも。もうすぐ人間世界は滅びる。人間の中で生き残るのはそなたたち二人のみだ」
「何ですって」
「間もなく我が友スールも復活する。その暁にはもうこの地球などに用はない。そなたたちは我らの花嫁となるに相応しい力を持っておる。我らと共に宇宙を支配するのだ」
「いい加減にしろ!」典之は怒り心頭に達しつつあった。
「目の前で地球が滅びるのを見れば考えも変わろう。ゆっくり見ておるがよい」
「まさか...」綾香は思い至ったようだ。
「そうとも。人間など愚かで単純な物じゃ。核エネルギーを兵器に使えと吹き込めばその通りに使う。少し挑発してやればこちらの注文通りに核爆発を起こしてくれる。見ているがよい、ここで起こる核、いや自己顕示欲と権力欲と、その他あらゆる憎しみと欲望が入り交じってできた兵器の爆発を」
「どういうことだ?」典之は理解に苦しんでいた。
「内藤は核を使わせるためにテロ活動を起こしたって事よ」
「何で?」
「核エネルギーが、いえ、核爆発にこめられた憎しみと欲望のエネルギーが闇の神を復活させるのよ」
「なんてこった!何とか止めないと」
「フォッフォッフォ!もう手遅れじゃ。今手を打った。間もなくミサイルは発射される」
 内藤は高笑いをしながら不敵に言い放った。
  
 大統領が、いや全米が怒りに打ちふるえていた。
 大統領のテレビ演説が行われた数時間後、ニューヨークのリバティ島がテロに襲われ、1時間後には全世界に衝撃の映像と犯行声明が流れていた。
 その映像に映っていたのは、胴体から真っ二つに割れ横たわる自由の女神の姿だったのである。
 「宙の声」教団の犯行声明には、不敵にも「神は不滅なり」とあった。
 完璧なまでの挑発である。
 大統領は専用機でとある核ミサイル基地へと移動、自ら司令室に入り、そこから再びテレビ演説を行った。
「諸君、残念なことについにこれを使うときが来てしまった。しかし、『宙の声』教団なる悪質なテロ集団を撲滅するためには、やむを得ない。我々は断固としてこの全人類への挑戦に立ち向かわなくてはならないのだ。核兵器を使わざるを得ないことは非常に残念だ。よって私は、このすべての罪をを自ら受けよう。他の何人にも核は使わせない。禁忌を犯すのは私一人で十分なのだ。私が、自らこのキーを回すことをここに宣告する」
 全米の国民が、熱狂的な支持を送っていた。
 大統領は、テレビカメラの前で、ゆっくりとミサイルの発射キーを回した。

 全世界が見守る中、ミサイルは発射された。
 轟音と共にミサイルが成層圏に向かって飛んでいく。
 ミサイルは南太平洋上空で再突入し、そして...


<第5章:終末>
「来た...」
 空の彼方から、光点が近づいてくる。
「あれが...」
「核ミサイル...」
「フォッフォッフォ!人間どもよ、思い知るのだ。己の愚かさを!」
 ピカ!
 島の上空で、閃光と共に巨大なエネルギーが炸裂した。
 ドオオオオオオオオ!
 典之と綾香は身をかがめ、ムダとは思いつつ来るべき爆発に備えた。
 が....
「な、何が起こってるんだ....!?」
 そこには巨大な火の玉も、キノコ雲もなかった。
 巨大な炎の竜巻が、いや、爆発が渦に吸い込まれるように島の一角に吸収されていく。
「おおお、力を感じるぞ。いでよ、スール!」
 炎の竜巻が消えると同時に、その周辺が隆起を開始した。
 ゴゴゴゴゴゴォー!!
 巨大な塔のようにいくつもの岩山が隆起し、その中央部に、巨大な影が出現した。
「フォッフォッフォ!見よ、スールの復活を!」
 内藤が歓喜の声を上げる。
 巨大な影が、伸び上がるようにその体を広げた。
 闇の神スールの復活である。

「やったか!?」
 大統領が哨戒艇と衛星から送られる映像を見つめていた。
「渦の回転が止まりました!」
「渦の中の映像が入ります!」
「最大望遠でモニターに映せ!」
「効果の確認を」
「あらゆる手段を講じて効果の確認を行え!」
 周囲があわただしく動く中、大統領はモニターを凝視していた。
 一瞬、映像の奥に何か巨大な物体が蠢くのが映った。
「あれは、何だ?」
 次の瞬間、映像が途切れた。
「衛星回線どうした!」
「地上波もダメです!」
「一体どうなっているんだ?」
「うろたえるな!映像無しでもいい、状況の把握を」
「大統領閣下、哨戒艇からの報告では渦の動きは止まるも黒い雲は拡大を開始しているとのことです」
「何!?」
「閣下、哨戒艇からの連絡が途絶えました。最後の報告は...」
「最後の報告は何だ!」
「化け物、と」
 やはりさっきの蠢く物体は化け物だったのか?
 大統領の判断は速かった。
「国防長官、総力を挙げてその化け物を探索、撃滅せよ。核以外のあらゆる兵器の使用を許可する」
「大統領閣下....」
「聞こえなかったのか、あれは、悪魔だ」
 国防長官が各方面へ指令を伝える間、大統領は思わず座り込んだ。
 さっきの映像の奥の物体に、彼は底知れぬ恐怖を感じていた。

 黒い雲は、恐るべきスピードで地上を覆い始めていた。
 そして、黒い雲に覆われた場所には、容赦なく蒼い稲妻が降り注ぎ、全てを破壊していった。

「目標固定よし」
「撃て!」
 急行した第7艦隊の各艦から、巡航ミサイルが発射された。
「全弾命中!」
「効果を確認せよ」
「目標物体、依然そのまま、効果認められません!」
「司令!我が艦隊の頭上にも雲が!」
「うろたえるな、我々の使命は目標の撃滅だ」
「しかし、うわー!」
 艦隊の頭上に、蒼い稲妻が降り注いだ。
 ズドーン!!ドッカーン!!
 瞬く間に、各艦は炎上していく。
「司令官閣下...」
「馬鹿な...世界最強の我が艦隊が...」
 司令官は旗艦のブリッジに立ち尽くしていた。
 次の瞬間、そのブリッジを稲妻が直撃した。

「所詮兵器などという物は人間の悪意の塊にすぎぬ」
 内藤の言うとおりだった。飛来したミサイルは全てスールの寸前で爆発し、そしてその爆発はスールに吸い込まれていった。
「この期に及んでまだ自分たちの身の程を知らぬとは...」
 典之と綾香は呆然と立ち尽くしていた。内藤が宙空に映し出した映像の中で、人間の世界は為す術もなくことごとく破壊され、人々は恐怖に怯えていた。
 スールは「雲」を通じてその「恐怖」を吸収し、どんどん巨大化していく。時折「雲」からスールにエネルギーが送られているのが分かった。
「やがて世界中が雲により闇に包まれる。そして人間文明は最期を迎えるのじゃ」

「大統領閣下、第7艦隊が...」
 大統領は力無く首を振った。
「一切の攻撃を中止しろ」
「しかし...」
「全軍を動員して速やかにパニックの収拾と国民の安全を図るのだ」
 国防長官は悔しさを隠さない表情で一礼すると各方面に指示をした。
「長官、人間は滅びると思うか?」大統領は彼に一声掛けた。
「全力を挙げて人類生存の方法を検討します!」
 国防長官は大統領に敬礼すると、自分の部署へ走っていった。

 しかし....
 いまや自由の女神どころではなかった。
 世界中が「雲」に覆われ、巨大な闇の力によって破壊されつつあったのだ。
 東京が、ニューヨークが、パリが、北京が....
 威容を誇った大都市はことごとく火の海になり、人々はどこへともなく逃げまどった。
 国家や政府などという物は、とっくに機能しなくなっていた。人々は何よりも自分の命大事と逃げまどい、各地で暴動が発生していた。
 内藤の目論んだ通り、世界中に人間のエゴが充満している。
 このエネルギーこそ、内藤が、スールが求めていた物だった。
 そんな中、一人の母親が、生まれたばかりの子供を抱きしめ、懸命に暴徒から逃れようとしていた。
 彼女は祈った「どうか、この子だけは」と。
 別の場所でも、ある母親が、何人もの子供を先に逃がし、自らは炎を抑える壁になっていた。
「私はいいの、それよりこの子を」
「お願い、この子を助けて」
 各地でこんなやりとりが交わされていた。しかし世界は確実に闇に包まれ、破壊されようとしている。

(おとうさん!)
「え!」典之は耳を疑った。
(おとうさん、おかあさん)
「聞こえる、確かに聞こえる!」
 次の瞬間、数え切れない「想い」が彼の頭の中に入ってきた。
(どうか、この子を)
(この子を...)
(この子だけは...)
「わかる、わかるよ!」
「どうしたの!」
「聞こえるんだ!みんなの声が」
「え!」
「わかったんだ、どうして果織の体になったのか」
「どういうこと!」
「いいから、手を貸して!」
 典之は、綾香の手を握りしめると、目を閉じた。

「フッ、悪あがきかのう」内藤はつぶやくと、空に向かって両手を差し上げた。「我に暗黒の力を!」
 内藤の体に無数の稲妻が降り注ぎ、その暗黒のエネルギーによって彼はついにその正体を現した。
「我蘇り。我こそはナイ」
 ナイはその巨大な紅い翼を拡げ、叫んだ。
「人間よ、宇宙の歴史から消えるがよい!」
 ナイがその翼を一振りすると、巨大な津波が現れ、全世界に向かっていった。

「ママ!あれなあに」
 迫り来る巨大津波を見て、子供が叫ぶ。
「ああ、神様...」母親は子供を抱きしめた。
 その時...。
(この体をみんなで使って!)
 頭の中に響いた声に、彼女は立ち上がった。

 典之は、綾香のパワーをも借りて、全身全霊を込めて世界中に呼びかけた。
「この体をみんなで使って!」
 そして...

(未来を!)
(子供たちに残す大地を!)
(子供たちに、明日を!)
(明日を!)
 世界中で無数の「想い」が繋がっていく。
 巨大な津波が一瞬にして粉砕された。
 そして、その向こうから数え切れない「想い」がエネルギーとなって典之の、いや果織の体に向かってくる。
「一体何なのだ!」ナイは予想だにしていなかった事態に慌てていた。
 「想い」はやがて典之に集束して光り輝き、巨大な光の塊となって行く。
 ナイは眩しさに翼をかざしながらスールに呼びかけた。
「ええい、所詮こんな物は人間の感情の一部にすぎん!スールよ、ちょうどよい、
飲み込んでしまえ!」
 スールがその無数の触手を広げ、中央の嘴を開いた。
 巨大な光の塊は、スールをしのぐ大きさになっていたが、徐々にスールの方に引っ張られていく。
 スールはその光の塊を触手で包み込むと、やがて完全に飲み込んでしまった。
「フォッフォッフォッフォッフォ」
 ナイの高笑いだけが、世界中に響いていた。
 そして、世界は完全に闇に包まれた。


<エピローグ:青い水平線>
「さあスールよ、再び星々の海へと旅立とうぞ」
 スールがその体を伸び上がるように開いた。
 しかし、その体は伸びきったところで、動きをピタリ、と止めた。
「どうしたのだ、スール!」
 小さな「ピキ、ピキ」という音が、徐々に大きくなり、そして次の瞬間
 グォォォォォォォォン!!
 スールは跡形もなく砕け散っていた。
「スール...」
 ナイは自分の体が燃えているのになかなか気付かなかった。
 スールのいたところには、さっきスールが飲み込んだ筈の巨大な光の塊が眩い光を放って輝いている。
「人間、如きに...」ナイは、黒い雲と共に炎の中に消滅していった。
 
 気が付くと、典之は海岸に立っていた。
 砂浜に、波が打ち寄せている。
 そして、水平線の向こうから、朝日が昇ろうとしていた。
「ありがとう」
「え?」典之がふと我に返り振り向くと、そこには綾香が立っていた。
「ありがとう」何となく、綾香の声と違うような気がした。
「何言ってるんだい?」
「私は地球。子供たちよ、私はこれからもあなた達を見守り続けるでしょう」
 ふっ、と彼女の体が崩れた。
「おい、大丈夫か」
 綾香は目をぱちくりさせて、典之の方を見ると言った。
「終わった、の?」
「いいや、始まったんだよ」
「?」
「結局奴らがエネルギーにしていたのは、人間の持つ闇だったんだ。あの怪物の体内で、僕らはその心の闇を光で照らしたんだ」
「で、それがなんで始まりなの?」
「人が人である限り、心の闇は無くならない。だから、これからもずっとその心の闇を光で照らし続けなくてはいけないんだ」
「ふーん、よくわかんないけど。ま、世界中これから大変だしね」
「ああ。それより今のは?」
「今のって?」
 やはり彼女ではなかったのかなあ、典之は思った。そして、あの力は地球が貸してくれた物なのかなあ、とも。
「あー!」突然綾香が声を上げた。
「何?」
「戻ってる」
 慌てて見ると、典之の体が元に戻っていた。
「もう果織には会えないのか...」彼は自分の中に彼女と子供を感じなかった。
 が、
「いいえ」
 今度は本当に聞き慣れた声だ。
「果織!」
 顔を上げると、海から、赤ん坊を抱いた果織がこちらに向かって歩いていた。
「ねえ、早く行ってあげなさいよ」と綾香。
 典之は、彼の妻と子供を迎えに駆け出した。 

             <蒼い闇 おわり>

注:このお話はフィクションであり、お話の中の登場人物、団体その他はすべて実在の物とはまったく関係ありません。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−補足とあとがきもどき

 毎度最後までご覧頂きありがとうございます。
 「蒼い闇」です。(見りゃわかるって?)
 今回のタイトルは最後の青い水平線に対して付けました。

・補足(蛇足?)
 一応このお話は、「黄色い闇」「紅い闇」と三点セットになってます。
 黄色はともかく紅の方を見てないとわからない部分があろうかと思いますのでもしこのお話が少しでも「おもしろい」と思った方でまだ紅を読まれていない方がおられましたら是非ご覧になって下さい。(つまらなかったらごめんなさい)
 それと、一応ご説明いたしますが、ここの人間の登場人物に力と知識を与えたのは地球という設定にしています。
 それから典之君を果織の体にしたのは最後に母性で同調して欲しかったからです。
 そこらへんについて本文では説明してませんのであしからず。
 内藤さん改めナイの容姿は、本文中では説明しませんでしたが、鳥とコウモリと蝶を足して3で割ったようなイメージです。(よけい解らないって?)

・というわけであとがきもどき
 ふう、おわっちまいました。
 また何か新しいアイデアがあったら書いてみたいと思います。
 私のお話はたいていおまけで性転換が強引についているので、ここの読者の方には「ちょっと違う」と思われることがあると思います。
 でもそれはそれ。これからもあまり肩張らずに書けたらいいと思います。
 暇つぶしにでもしておくんなはれ。
 では
 けぼ



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