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<プロローグ>


 深夜・・・・・
 人気のない公園。昔は若いカップルが愛を語らっていたこの場所でも、男女比が大きく崩れた今となってはそのような姿を見かけることはまずなかった。
 そして、そこに住み着いていたホームレスも、今や一人としていない。社会の非生産的な人々は、権力による様々な手段で排除されている。
 深夜の公園は、いまやひっそりと静まり返り、文字通り人っ子一人いないのだ。
 その一角に、今、変化が起ころうとしていた。
 ジジジ・・・ジジジ・・・・・
 気にする者は誰一人としていないが、微かな音が徐々に大きくなっていく。そして突如、そこに稲妻が落ちたかのように光が走った。
 ジリジリジリジリジリジリジリジリ・・・・・・
 光が収束していく。それはだんだんと形を取っていった。
 女、だった。光の塊から現れたのは、ロングコートを身に纏った、長い黒髪の女だった。
「う・・・・」一瞬、呻くような声を上げてよろめく女。彼女は、深呼吸をするとゆっくりと自分の様子を確かめた。
「どうやら無事なようね・・・・」つぶやく女。彼女はゆっくりと歩き始めた。















作:KEBO

りぼんの未来













<第一章:ねらわれた少年>

 河原の土手。春の風はまだ冷たい。
 高野 勇希は大きなため息をついてその通知を見ていた。
 新学期からのクラス分けである。
”高野 勇希・二年H組”
 勇希の学校では、現在一学年八クラスである。H組といえば、その中でも最も女子校に一番近いクラスと言われていた。
 成績不振者や、女性化適性が低くない者は総じてG・H組に集められる。そして女性化適性を上げるための授業が行われるのだ。満十五歳以上の彼らは月に一度ある実力試験と適性試験で、「女性化が適切である」と判定されれば、強制的に女性化の道が待っている。
 H組に振り分けられたということは、ある意味で、女性化のレールが敷かれたような物であった。
 もう大昔のことだったが、自然破壊の末、男性の精子数が激減するという事が社会問題となった。時の政府はその対策として原因となる物質を破壊するための除去剤を国中にばらまいたのだが、その結果は生まれてくる子供の九割が男だったという現実になって返ってきた。たちまち男女比のバランスは崩れ、その是正のために「国家再生法」が生まれる。
 いままでに幾度もの修正を加えられてきたその法律だが、基本的には適性がある男性もしくは政府に不要な男性を強制的に女性化させるものであり、その対象は最初は十八歳以上であったのが、今では十五歳以上に引き下げられている。実際はもっと低年齢の者も含まれてはいたが・・・。政府は様々な課程を得て次第に強権化していき、今では反政府的な言動しただけで女性化させられる程だ。しかしその割には男女比が改善したとは言い難い。もっとも、それを声高に言える者はいなかった。
 実際に、高校一年目の去年、彼らの学年は九クラスあった。一クラス分の生徒が、消えたことになる。三分の二は強制的に、残りは将来を考えて自ら希望して女性化されていったのだ。
 それ以前にも、彼の周りで多くの者が女性化されていた。中学時にすでに女性化対象者に指定された者達は、中学卒業と同時に女性化され女子校に入学している。
「ハァ・・・」ため息をつく勇希。彼の成績は決して悪くない。それどころか優秀な方だ。ということは、女性化適性が高いということになる。自分ではまったくそう思っていなかっただけに、勇希は意外な通知に唖然としていたのだ。
(もっとも、H組が何人で始まるのかね・・・・)
 勇希は思った。新学期が始まるまでに、おそらくさらに数人が消え、H組はたぶん定数では始まらない。そして・・・・・
「勇希!」元気な女の声がした。
「なんだ、由利か」
「なんだじゃないわよ。失礼しちゃうわ」
 増田 由利は、勇希の幼なじみである。そして、貴重な生まれながらの女性でもあった。
 由利はすぐに、その紙切れに気付いた。
「なにそれ?」
「来年からのクラス分け」
「H組?」
「そう。俺もいよいよ年貢の治めどきかな」
「何言ってんの。そんなこと言ってる暇があったらせっせと勉強して、文句無しのエリート候補!って証明してやんなさいよ」
「うるさいな。何も俺はエリートになりたいわけじゃない」
「そうよね。勇希たち見てると本当にかわいそうだわ。あくせく勉強ばかりさせられて。せっかく私たちみたいな素敵な女の子たちがいるのに、デートする時間だってありゃしないのよね」
「あのなあ」
「いっそのこと、女の子になっちゃえば?」
「え!」勇希は、由利の意外なセリフに言葉を失った。
「でも、冗談じゃなくて。男の子だった子たち、みんな女の子になって喜んでるわよ。いや、女の子になってってよりもいつも追いつめられていた状況から解放されたことにね。確かに失うものも大きいかもしれない。でも、本来人間は同じはずだわ。失ったのと同じだけ得るものがあるはずよ。もしかしたら、今の社会の状況では得るものの方が大きいかもしれない」
「体制に逆らわない限りはね」勇希は付け加えた。
「そうねえ・・・・あまり無理しちゃだめよ。不思議なものね、今の世の中、一番自由なのは私たち、女子学生なんですもの。でもそれも学生の間だけ。学校を出たら、さっさと結婚して子供産まないと、また何だかんだと締め付けられるわ。よほど成績が良くない限りは就職なんてさせて貰えないし」
 一部の業種を除いて、女性労働者はかなり珍しい。絶対数が少ないだけでなく、政府が政策的に専業子育て主婦を奨励しているのだ。ただでさえ女性の半分は転換者であり、その転換対象が成績不振者や無職、失業者であることを考えればその政策はあまり強く押し進めずとも自然に定着していた。
「ま、ぼちぼちやるさ」勇希はようやく少し笑顔を取り戻した。幼なじみの彼女と居るときは、なぜだか心が落ち着く。
「そう、頑張ってね。じゃあ」
「じゃあ」手を振る由利を見送り、勇希も立ち上がった。


 カシャカシャカシャカシャ・・・・・・・・
 コンピューターに向かう女。人気のない静かなオフィスに、彼女がとんでもないスピードでキーボードを叩く音だけが響く。
「出た・・・・」つぶやく彼女。画面に、一覧表が表示される。
 リストを見渡す。しかし、その顔に次第に焦燥の色が浮かぶ。
「馬鹿な・・・・」
 目当ての名前を見つけられないのだ。
 カツン・・・カツン・・・
 響く足音。
 彼女は、素早くコンピューターの電源を落とすと、窓から外に消えた。


「高野 勇希君だね」
「そう、ですけど・・・・」
 新学期の初日早々、彼は呼び出しを受けていた。
「実は、だ。昨年度の最後に行った適性試験の結果、君は女性化が適切であると判定された。どういう意味かは、わかるな」校長、教頭の他に見かけない男が一人、座っている。
 話をしているのはその男だった。
「・・・・・・」勇希は、思わず黙り込んだ。まさか新学期早々自分がそのような目に遭うとは夢にも思わなかったのだ。
「今から転換処置の手続きを行うので、すぐ第七センターへ行くように。そこで、君の女性化処置が始められる」
「ちょっと待って下さい」ようやく勇希は口を開いた。
「なんだね」
「適性検査の結果、見せて貰えませんか」
「悪いな。我々の一存では見せられないのだ。結果を見るためにはセンター事務局に申請して、閲覧許可を取らなくてはならない。最低でも三日はかかるな」
「そんな!結果も見せないで女性化だなんて・・・・納得できません」
「君が納得するかどうかは関係ない。これは国民に等しく与えられた義務なのだ。君は強制的女性化処置の対象になった。この決定は覆せん。決定に逆らった場合はどうなるかわかるな」
「脅し、ですか」
「どうとっても君の自由だ。どうする、車で送ろうか?」
「いりません、そんなもの」
「そう怒るな。我々とて好きこのんで生徒に処置を受けさせるわけではない。だが、それが法律というものだ。この国は、一応れっきとした法治国家なのでね」
「良く知ってます。国民皆平等、法の下に平等に人権がない」
「あまり言うと、これだけで済まなくなるぞ」
「わかっています。お世話になりました」
 そう言うと、勇希は立ち上がった。
「待て!」やはり立ち上がる男。勇希は彼らの一瞬の隙をついて部屋の外に駆けだした。ここ最近、逃亡を試みる者などいなかったため、彼らの反応は遅れた。
「誰か!彼を捕まえろ!」
 たちまち動き始める警備員。しかし勇希は、巧みにその動きをかいくぐって校外に飛び出す。男は、ため息をつくと受話器を取った。
「馬鹿な奴だ・・・・ん、私だ。高野 勇希が逃亡した。なに、そうだ。手配しろ。なるべく目に付かぬようにな。ん、閣下?そうだな、伝えてやれ。アンタの可愛い子羊は逃げ回っているとな」
 そう言うと、男は叩きつけるように受話器を置いた。
「まったく、上も馬鹿だがそいつに狙われる方も馬鹿とはな。まあいい。車を回せ」
 男は、恭しく頭を下げる校長らを後目に、部屋を出ていった。


「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」
 肩で息をする勇希。とりあえずの危機は脱したようだ。
 彼は、地下の函水路のとある一角に逃げ込んでいた。小さな頃から、よくここには来る。
 今までここに隠れていて見つかったことはない。辛いときや悲しいとき、どうしても現実から逃避したいとき、彼はここで時を過ごしたのだ。
「でも・・・どうしたらいいんだろう・・・」
 ほとんど発作的に逃げ出した彼は、先のことなどもちろん何も考えてはいなかった。
(逃げてはみたけど・・・これって犯罪だし)
(結局、H組になった時点で決まってたんだ)
(仕方がないのかな・・・・でも・・・・)
 ようやく少し落ち着くと、自分の考えのなさが見えてくる。
(今から出ていって、謝れば・・・・)
(たぶん勘弁して貰えるだろうけど・・・・それって)
(それって・・・女性化を認めることだよな・・・)
 やはり彼は自分が女性化されることに納得がいかないのだ。別に女の子の生活が気に入らないわけではない。場合によってはうらやましく思えることもある。
 彼も、一度や二度は自分が女性になった姿を想像したことがある。それは、この時代の男児たちに共通の経験であろう。物心が付いたときからそういう教育が行われているのだ。
 しかし、強制的に女性化され女性の「役割」を与えられるのと、女性として生きることに憧れるのとでは訳が違う。
 しかも、一回女性化されたら二度と元には戻れないのだ。
(俺にだって・・・・)
 勇希にも、夢はある。宇宙開発に携わりたいというのが、その夢だった。確かに女性になったからといって叶わない夢ではない。しかし、社会が、それを許さない時勢なのだ。
「女は、子供を産み育てることで社会に貢献するべき」というのが政府の考えであり、それは女性の社会進出を事実上困難にした。政府の高官の「私的見解」によれば未成年でも生殖能力があればどんどん子供を生むべきであるというぐらいである。
 無論、そのようなことを表に出して言うわけではないが、実際に女性は職場から締め出されていった。既婚、未婚を問わず、女性は子供を産み育て家庭を守ることだけを求められるのだ。それが政府の言うところの「社会貢献」である。
(俺は・・・・)踏ん切りがつかず、佇む勇希。そこで彼ははじめて気がついた。
「あんた、誰?」
 勇希の視線の先に、一人の女が立っていた。
「アンタって・・・失礼ね。人の名を聞くときは自分から名乗るものよ」答える女。
「あ、すみません。僕は、高野 勇希」
「高野 勇希!?」女の顔色が変わる。
「ねえ、こっちは名乗ったんだから・・・」
「そ、そうね。私はマリー」
「マリー?外人さん?」
「いいえ。でも今ではマリーで通ってるわ」
 勇希は、彼女がコートの中で何かを握りしめているのに気がつかなかった。
「へえ。マリーさんは、元々女性?」
 マリーは、答えを渋った。彼女にとって、それは思い出したくない過去だった。
「ごめんなさい。イヤなこと聞いたみたいだね。僕にもわかるよ。じつは、僕も・・・」
 話し始める勇希。マリーは、コートの下のものから手を離した。


「そう・・・それじゃ女になるのがイヤで、逃げ回っているのね」
 マリーは、勇希の話を聞いてやっていた。
「うん。どうしたって納得できないよ、適性が高いなんて。何のためにあくせく勉強してきたんだか・・・・ところで」
「え」
「マリーさんは何をしてるの?」
 少し考えた後、彼女は答えた。
「人を捜しているの」
「人を捜してここへ?」
「いいえ。少し休むところが欲しくて」
「休むって、家は?」
「そんなものないわよ、私には」
「どうして?独身の女の人は親元でなければ集合住宅があてがわれるんじゃ」
「私には関係ないわ」
 顔を背けるマリー。彼女には、帰る所などないのだ。
 気まずい沈黙が流れる。
「ねえ」沈黙を破ったのはマリーの方だ。
「なに」
「納得がいかないのなら、調べてみればいいわ」
「調べる?」
「そう。あなたが受けた適性検査の本当の結果を」
「調べるって、どうやって?」
「今はまだ明るいわ。夜になってからね」
「夜になったら、どうするの」
「ついてくればわかるわよ。私、休むわね」
 横になるマリー。勇希は彼女を眺めながらふう、とため息をついた。


「行くわよ」
 マリーの声で目を覚ます勇希。いつの間にか眠ってしまったらしい。
 マリーの後について、勇希は町を歩いた。人通りは少ない。
 時折見かける警官を避けながら、マリーは慎重に進んだ。
「ねえ」勇希が声をかける。
「なに」
「やけに警官が多いんだけど」
「そうね。たしかに昨夜はこんな事なかったわ」
「マリーさん、もしかしてなにか悪いことをして追われてるの?」
「そうだったらどうする?」
「どうもしないよ。俺だって同じようなものだし。それにマリーさん、悪い人に見えないし」
「人は見かけによらないものよ」
 その言葉は、マリーの本心だった。テレビなどで見る限り、奴が悪い人間に見えたことなどない。しかし奴のおかげで、彼女は決して戻ることができないこの任務を与えられることになったのだ。
 不意に、パトロールカーが現れる。二人は咄嗟に物陰に隠れた。
「あ」走り去るパトロールカーを見て思わず声を上げる勇希。
「どうしたの?」
「今車の中に乗ってた男」
「?」
「校長室で、僕に女性化対象だって言い渡した男」
 マリーはふう、と息をついた。
「どうやら追われているのはあなたみたいね。行くわよ」
 壁を乗り越えるマリー。
「ちょ、ちょっと待ってよ」勇希も慌てて後を追う。
「シッ。小さくなって進んで。あの中に忍び込むわよ」
「あの中って、ここどこ?」
「わからないの?人口開発センターの出先事務所よ」
「センターの事務所!?」
「そう。ここの端末から人口開発センターのメインコンピューターに侵入すれば、あなたが本当に女性化されるべきなのかどうかわかるわ」
 彼女は、コートの中から何かの金具を取り出すと、簡単に窓のカギを開けた。
「すごい・・・」
 驚く勇希を無視して、マリーは建物の中に侵入していく。勇希も後に続いた。
 既に照明を消され、人気のない事務所の机に座るマリー。コンピューターの電源を入れて、彼女は例によって恐ろしい程のスピードでキーを叩いた。
「学校と学生番号は」
 勇希が言うのと同時にそれらが入力される。しかしそこで画面は止まった。
”上級キーワードを入力して下さい”
「そんな馬鹿な」驚く勇希。
「ふふん、なんだかキナ臭い匂いがしてきたわね。見てらっしゃい」
 マリーは再びキーボードを叩き始めた。
「マリーさん、大丈夫かな、外・・・」
「うるさいわね。ちょっと黙ってて」
 カシャカシャカシャカシャ・・・・キーの音だけが響く。やがて、画面が変わった。
「どれどれ・・・・高野 勇希・・・・あった、同姓同名が三人だけどあなたの学校にはいないわね・・・・高野 勇希・・・成績ランクA、女性化適性C」
「そらみろ」
「そらみろ、なんて言ってる場合じゃないわよ。それでも女性化対象に指定されてるわ」
「どういうこと・・・・」
「だいぶ見えてきたわ。いい、答は簡単。誰かがあなたを女性化したがっているのよ。それもセンターに影響力を持つ誰かがね」
「そんな・・・・だれなんだ、そいつは」
「あなたが女性化されてみればすぐにわかるんでしょうけど」
 マリーはキーボードを叩き続ける。しかしそこから先へは進むことができなかった。
「ふう」ため息をつくマリー。
「どうする?適性は低いけど女性化対象には間違いないみたいよ」
「でも・・・そんな理不尽なこと、認めるわけにはいかないじゃないか」
「認めるも認めないも、とりあえずあなたが女性化対象だという現実をどうにかしなきゃならないわ。もしあなたが大人しく女性化されると言うのなら」
「・・・・・言うのなら?」
「私は、あなたを消さなくてはならないわ」
「何だって?」
 マリーはコートの下から徐に拳銃を抜いた。
 驚く勇希。
「あ、あなたはいったい何者なんだ・・・・」
「平たく言えばテロリスト、かしらね。ただし、六十年後の」
「六十年後!?」
「そう。六十年後の世界は、あなたが産んだ息子のおかげで大変なことになってるのよ。私はそれを防ぐためにやってきた」
「僕が、産んだ・・・・・・!」言葉を失う勇希。
「本当は女性のタカノ ユウキを始末しに来たのよ。でも、あなたが男性だったとは思わなかったわ。私たちが手に入れたあなたのデータは、女性のあなたのものばかり。さらに学生時代より前のデータは全くなかった。タカノという旧姓が判明したのも全くの偶然。さっきあなたの名前を聞いて、もしかしてと思って検査させて貰ったの」
「検査?」ようやく口を聞く勇希。
「そう。あなたがうとうとしているうちにね。DNAパターンが一致していた。間違いない。あなたは、未来のヒラタ ユウキなのよ」
「ヒラタ ユウキ・・・・・」
「あなたの息子、ヒラタ アキノブは事実上のクーデターで政権を掌握し、国中にさらにひどい恐怖政治を敷くの。そして、奴はそれだけでは飽きたらず軍事力を背景に周辺諸国を侵略していく。その結果が第三次世界大戦よ。彼のおかげで死んだ人は千万単位。奴の究極の目的は世界を支配すること。邪魔なものは抹殺されるか・・・・」
「されるか?」
「奴の玩具にされる・・・・」
 マリーは目を伏せた。
「私がなんで女にされたかわかる?」
「え?」突然の問いに勇希は詰まった。
「当時、まだ一介のタカ派国会議員に過ぎなかった奴が、私の恋人に興味を示したの。私たちは白昼堂々と拉致された。真っ昼間の出来事でも国会議員に楯突く人などいないわ。私は彼女の目の前でフィメーカーにかけられて、女にされた。ちなみにこの時代では、女性化にどれくらいかかる?」
「約一週間、だけど」
「一週間ね・・・・私の時代はね、たったの二十分よ。恋人の前で機械にかけられて、体中の細胞と深層意識を作り替えられて、二十分後には体も心も女にされていたわ。奴は私と彼女を並べて、そう、まるで犬のように弄びながら私たちを犯し続けた。後で知ったことだけど、奴にはそういう趣味があるのよ。気に入った女がいると玩具にしなくては気が済まない、さらに恋人や夫がいようものなら二人が二度と結ばれないように男の方を女性化して、一緒に弄ぶ。そうやって自分の権力を誇示する事が奴の生き甲斐なのよ。それはまさに奴の生き方そのものだわ。世界中に自分の力を誇示して、自分に楯突くものは有無を言わさず排除する」
 勇希は何も言うことができなかった。彼の想像を絶する世界が、未来にはあるのだ。さらにそれは、彼の子供によるものだという。
「国連が非難決議と経済制裁を採択したとき、奴は迷わず各国への武力行使に踏み切ったわ。まったくではないにしろそれを予想していなかった各国は対応が遅れてそのまま戦争状態になっていったの。そして瞬く間にそれは世界中に拡がって行った・・・わかる?奴のおかげで大勢の人が死ぬのよ」
「それで・・・僕を・・・・」
「私が奴から逃れられたのは、奴が私に飽きたから。突然放り出されて途方に暮れていた私を、リーダーが拾ってくれた。そして、私が人間だったことを思い出させてくれたの。私はね、その時本当に生まれ変わってマリーになった。もっとも、彼ももうこの世にはいないわ。あ、向こうの世界ではね。彼女、麻里は今でも奴の情婦としてあのハーレムに飼われている。かわいそうに、彼女はほとんど奴隷と同じ。自分が誰だったかさえも思い出すことがない生活を送っているわ」
「あなたの名前は・・・」
「そう。かつて愛した麻里の名前」
「僕を・・・・」
「何も言わず消す気で来たわ。でも、別の方法に気がついた。私だって、罪もない人を殺したくはないのよ」
「どういうこと?」
「あなたが女にならなくていい方法を考えましょう。そうすれば、奴が生まれることはないのよ」
 マリーが再びコンピューターに向かおうとした瞬間、部屋に誰かが侵入してきた。
「見つけたぞ!」
「あ!」
 侵入してきたのは、勇希に「女性化対象だ」と言い渡した男だった。
 男は微笑みを浮かべながらゆっくりと勇希に近付いていった。
「フフフ、世話を焼かせる」
「あんた一体誰なんだ」
「国家警察特務課の尾方だ」
 手帳を見せる尾方。
「何だって国家警察が」驚く勇希。
「忘れてはいまい、君は女性化対象者であり、反逆者だ。今ここで投降して大人しく従えば、逃亡したことは見逃してやろう」
「大人しく女になれっていうのか」
「当たり前だ。君にはそういう義務がある」
「嘘だ!僕の女性化適性はCで、成績はAランクのはずだ!それなのになんで」
「わかっていないようだな。これは決定事項なのだ。君は大人しく女性化されなくてはならない。それに、女性化適性など、センターでいくらでも上げられる。まったく心配はない」
「フッフッフッフッフ・・・・」笑うマリー。
「何だ貴様!」
「はっきり言えばいいじゃないの。上の命令でどうしても彼を女性化しなくちゃならないって。そうなんでしょ?あなたも上に逆らえば同じ運命よ」
「黙れ!さては貴様がこいつを・・・国家反逆罪で逮捕してやる」
「フッフッフ、この時代の警察の欠点を教えて上げましょうか」笑いながらゆっくりと拳銃を尾方に向けるマリー。
「な、なんだと・・・」たじろぐ尾方。
「この時代の警察の欠点は、ろくな武装をしていないこと。そして、武装した敵に即応する訓練がまったくされていない事よ」
 尾方が慌てて拳銃を抜く。
 ブァァン!
「ああああ!」手を押さえる尾方。彼の拳銃は弾き飛ばされていた。
「フフフ、上司に報告して始末書でも書くのね。行くわよ、勇希!」
 マリーは、こちらも呆然としている勇希の手を引っ張り、部屋を脱出した。


「これからどうするの」まだ少し状況が把握できていない勇希がつぶやく。
「そうね、とりあえずあなたを狙っている人間と、その目的を突き止めなくちゃ」
 町を駆け抜ける車。尾方の車に乗っていた警官は、マリーの拳銃の前にあっさりと車を明け渡した。しかしいつまでもそんな手配車両に乗っているような彼女ではない。数ブロック先で放置されていた車を簡単に解錠して奪い、今乗っているのは都合四台目の車だった。
『第二十三出張所に忍び込んだ犯人は武装しており、未だ市内に潜伏しているものと思われます。警察が全力を挙げて捜索していますがその足取りは一向に掴めておりません。犯人の動機、目的も今だはっきりとしておらず、市民の間に不安が拡がっています。あ、今入った情報です。警察によりますと犯人は、人質を取って逃走している模様です。人質となっているのは市内の十六歳の少年で、安否はまだ確認されておりません・・・・』
「どうやら誘拐犯になったみたいね」ラジオを聴きながらつぶやくマリー。
「どうするの・・・・」
「あなたが狼狽えちゃ駄目よ。解放されました、って言ってセンターに直行したい?」
「よしてよ」
「そうでしょ。でもあいつ、国家警察の特務課って言ってたわね」
「うん。特務課っていえば・・・・」
「確か、政治犯とか、その手のを扱う所よ。というと・・・」
「というと?」
「たぶん、政治家がらみね」
「どっかの先生が僕を?でもなんで」
「それを調べるのがこれからの仕事」
「心当たり、あるの?」
「ないこともないけど・・・・」
 キキキキ・・・・急ハンドルを切るマリー。
「なになになに!」思わずベルトにしがみつく勇希。
「見つかっちゃったみたい」
 ブウウゥゥゥ!アクセルを踏み込む。
 ウウウウウゥゥゥゥ!サイレンを鳴らしながら追ってくるパトカー。
 ブウン!キキキーー!ブブブブ!激しくハンドルを切り、エンジンを回し、ブレーキを踏む。マリーは必死に車を操って逃走する。
 車は、いつの間にか港へ来ていた。
 バン!キキキー!ドン!後方でパトカーどうしがぶつかり停止する。
 マリーはハンドルを切るとパトカーから死角になるように車を走らせた。
 前方に迫る海。
「勇希!覚悟して」
「何を!」
「合図したら飛び降りるのよ!」
「え!」
「いち、に、さん、それ!」
 飛び降りる二人。
 ドッポーン!
 車は車止めを突き破って海へと転落した。
「ああああああ・・・・」おののきながら暗い海面に浮かぶ泡を見つめる勇希。
「シッ!早くこっちへ」
 物陰に隠れる二人。すぐに、他のパトカーが現れ、辺りは騒然となった。
「たぶんこれでいくらかは時間が稼げるわ。行きましょう」
 マリーは勇希を従えてそそくさとその場を後にした。


<第二章:罠>

「どこへ行くの・・・」
「すぐそこよ」
 小田切 昭、と書かれた表札の邸宅にマリーは正面から入っていった。
「ごめんください・・・・」
「どなた、かな・・・・」
 ドアの中から顔を出す男。
「小田切 昭さん」
「いかにも」小田切は、少し芝居がかった言い方をした。
 思わず微笑むマリー。
「本当、ノボル博士にそっくり。いいえ、失礼。彼があなたによく似ているのですね」
「昇は私の息子だが・・・・一体あなたは」
「私はマリー。六十年後の世界から来ました。オダギリ ノボルが完成させたタイムマシーンで」
「おおおお・・・・・」やはり芝居がかった感じで感銘する小田切。
「ま、中へ入りたまえ」
 小田切は、マリーと勇希を中に迎え入れた。


「でも残念だ。私の世代にあれが完成することはなかったのか・・・・」
「それは・・・」
 小田切の家は日差しが明るい洋館だった。サンルームになっている応接室で、小田切とマリー、そして勇希は紅茶を飲みながら話していた。
「でも嬉しいねえ。昇が私の意志を継いで、あれを完成させてくれるとは。で、その後昇は?」
 目を伏せるマリー。
「・・・・残念ながら」
「もう言わなくてよろしい。君はその未来を変えるために来たんだろう」
「はい。他に私を信じて下さる人を思いつかなくて」
「で、結局僕にどうして欲しいんだい」
「とりあえず、少し知りたいことが」
 マリーは、小田切に今までのいきさつを全て話していた。未来のこと、自分が過去に来た理由、その原因となった勇希のこと、そしてその勇希の不可解な女性化対象のこと・・・・
「私の知る限り、政治家で特務課への影響力を持つ人間はそういない。後でリストを出してあげよう。しかし確かに不可解だな、その、なぜ君なのか」
「はい・・・・心当たりはないんですが」勇希には精一杯の答えだった。
「そりゃあそうだ。心当たりがあったらはじめから呼び出されたりはしないだろう。ここ最近、適性試験で何か変わったことはなかったかい?」
 不意に聞かれて戸惑う勇希。そんなことは考えてみたこともなかった。
「中学校の頃から何度もしていることですから・・・・」
「そうだな。私の息子、そう、昇も今年から何度か受けさせられているよ。可哀想に、まだ両手に指をいくつか足した年でしかないのに、もう将来へのプレッシャーがかけられているんだ」
 頭をひねる勇希を前に、小田切も同じように首を傾げた。小田切は、非常にひょうきんな性格で、そういうところはマリーの記憶にあるノボルの性格ととてもよく似ていた。
「なんと言ったかな、その、未来の暴君は」
「ヒラタ アキノブ」
「ヒラタ・・・・父親の名は、何という」
「父親は、ヒラタ アキラ」
「アキラ、私と同じ名前か。ふむふむ・・・・で、そいつは何者なんだ」
「それが、よくわからないのです。なにか、技術者だったらしいのですが・・・ヒラタ アキノブは、幼い頃に母親を亡くし、父親のヒラタ アキノブも姿を消してます。しかし彼は幼少の頃から異常な程の頭脳の持ち主で、中学校を出る頃までにまったく別々の分野でいくつかの論文を発表し、それぞれの学会で高い評価を受けています。その後大学を出ると同時に当時の大物議員、黒部 業蔵の秘書となりました」
「黒部!あのヒヨっこが・・・奴は将来大物になるのか」
「はい。一時期は影の首相と言われていたほどです」
「そうか。それで」
「黒部の秘書を経て、彼は自保党から国会議員に当選します。それからは飛ぶ鳥を落とす勢いで大臣を歴任。国防大臣時にしっかりと国防隊を掌握し、その後その力を背景に無血クーデターを成功させ、自ら総統を名乗るのです」
「そうか・・・・ヒラタ・・・ヒラタ・・・」
 考え込む小田切。突然、彼の目が見開かれた。
「まさか!そんな・・・しかし・・・」
「なにか思い当たることが?」
「うーむ、かなりこじつけに近いが・・・・特務課に影響力を持つ政治家の一人に、山根というのがいる。たしかその、奥さん側の親戚が、GODというコンサルタントを経営しているはずだが・・・・」
「それとヒラタと、どういう関係が?」
「GODのオーナー社長が、ヒラタという名前だった。一度学会で会ったことがある」
「そのGODというのは、どんな会社なのですか?」
「あまり詳しくは聞かなかったが・・・・センターの委託で、確か遺伝子レベルの性別操作についての研究をしていたと思う。何しろ順序が逆で、その男と話をした後、他の者から彼のバックには山根がついているというのを聞いた覚えがあるんだ」
「なるほど・・・・でもそれが何故勇希を?」
「うーむわからん。なぜ彼がピックアップされたかだ」
 再び頭をひねる小田切。その時、勇希が顔を上げた。
「そういえば・・・・」
「何?」
「なんだ?」
「関係があるかわからないんですけど、去年の暮れの適性検査で、その時だけ血液検査がありました」
「血液検査?健康診断じゃないのか?」
「はい。催眠テストの後、血液を採られました」
「妙だな。適性検査は精神的な適性を測るために行われるものだ。ということは」
 小田切の言葉に突如立ち上がるマリー。
「どうしたんだ?」
「その、GODとかいう会社の場所、教えて下さいませんか」
「まさか、乗り込むつもりじゃ」
「そんな・・・当たり前じゃないですか。血液なら十分な遺伝子研究のサンプルになるんじゃありませんこと?」
「そうだが・・・しかし」
「違ったら違ったで別の可能性を当たればいいことです。事によったら」
「事によったら?」
「勇希はただの女性化対象ではなくて、何かの実験台で・・・・その結果女性化したものかもしれません」
「なるほど。で、もしもその推測が当たっていたとしたらどうする?」
「山根議員の政敵は?」
「・・・・・ほう、そういうことか。彼の敵ならば・・・・力があるのが一人いる。井出 武雄」
「その人にとって、山根と平田の癒着と、彼らの職権を乱用した実験体の採取なんていうスキャンダルは魅力的ではないかしら」
「それが真相ならば、勇希君の女性化対象は取り消せるかもしれんな。しかし・・・そうだな。そうならば確かに動かぬ証拠が必要だ」
「僕も・・・行きます」突然言い出す勇希。
「勇希!」驚くマリー。彼女はここで彼をかくまって貰うつもりだったのだ。
「いかん、勇希君」小田切も彼を止める。
「いいえ、止められても行きます。僕自身のせいで起こっていることだし・・・・」
「しかし・・・・危険すぎる」
「そうよ。こういうことはプロに任せて」
「ここにいたら、小田切さんにも迷惑がかかるかもしれません。それにマリーさんを見ててわかったんだ」
「何が?」
「自分が人間だって事。自分の人生は他人に決められるものじゃない。僕の人生は、僕が決めます」
「勇希君・・・・」
「ふふふ、いいわ」微笑むマリー。
「マリー!」驚く小田切。
「男の子だね。いいわ、一緒にいきましょう。でも覚悟しといて、万一の時には、私があなたを撃つわよ。いいわね」
「そうならないことを信じるよ」
「わかった。では未来に向かって」
 首をすくめる小田切。彼は諦めた口調で言った。
「夜まではここにいなさい。せめてもの餞に私がとっておきの晩餐を用意しよう」
 それを聞いて、マリーと勇希は、急に自分たちが空腹であることに気付いた。
「まあ、恥ずかしい。ではお言葉に甘えて」


 小田切家に明かりが灯っていた。
 彼の自宅は研究所を兼ねており、その多忙な姿に呆れた妻は昇とともにほとんど実家で過ごしている。彼らが一家で食事をするのは、一月のうちに数回しかないとのことだった。
 テレビのニュースが、港から引き上げられた車を映し出している。
「なるほど。一応君たちは死んだ訳だ」厚切りのステーキを囓りながら、小田切は言った。
「ええ。でも死体がないのはバレてますから、今頃国家警察が探し回っているでしょうね」
 やはりステーキを囓るマリー。この家には食事用のナイフなどないらしい。小田切のとっておきの料理というのはつまりこういうことだった。冷凍庫から無造作に凍り付いた肉塊を引きずり出すと、何やらよくわからない切断器具で適当なサイズに切断し、レンジで解凍して(電子レンジのみは、某大手メーカーの家電製品が存在する!)適当にスパイスを振りかけ、串に突き刺してこれまたよくわからない火炎放射器のような器具で丸焼きにする。一瞬にして特製ステーキの出来上がりであった。
 食器は一応あるのだが、機械の部品なのか食器なのかはよく見分けがつかない。さらにフォーク、スプーンなどは全くない。その辺の棒?を箸代わりにして食べる。そのような結果として三人はステーキを囓っているのだ。
 冷蔵庫から引きずり出した他の食材を適当に添え、三人分の晩餐は用意されていた。
「ここしばらく女房が来てくれないから・・・・来てから三日間ぐらいはきれいなんだけどな・・・・」
 ぶつぶつとつぶやく小田切。確かに、こんな環境が子育てによいと思う母親はいないだろう、とマリーは思った。唯一の救いは、適当にかけたスパイスのせいか食材のせいか、決して味が悪くはなかったことであろうか。
 三人の晩餐は黙々と続いた。


「このようなものが・・・」
 その機械に男は圧倒されていた。円筒形の透明なカプセルの中に腰の高さほどの装置が、ちょうどその間に人一人が入るぐらいの間隔で二つ配置されており、頭上の部分と足下には同じような円形のプレートが配置されている。目の前で、数人の女がその機械をセットアップしていた。
「驚くには値しませんわ博士。これはもともとあなたの理論から開発されたものです」
 一人の女が男と話をしている。
「しかし、まさか実現するとは」
「うふふ・・・そう、これが完成するまでには、途中のブランクを含めてまだ半世紀ほどかかります。でも本当に偉大なのは博士、あなたのもう一つの研究の方ですわ」
「なに・・・・」博士、と呼ばれた男は少し驚いた表情を浮かべた。
「隠さなくてもよろしいのですよ、私は未来から来たんですから。逆に私としてはその研究を完遂していただかないと困るのです。輝ける未来のために」
「なるほど・・・・しかしその研究は未来では完成していないのか?」
「いいえ。完成しているからこそ私たちがいるのです。博士の理論ともう一つの研究が融合した素晴らしい技術が・・・・しかし、それを妨害しようとする者が、私たちと同じように未来から来ているのです」
「そういうことか・・・・」
 機械に向き直る男。その横には一人の少年が椅子に拘束されている。少年の額にはヘアバンドのような装置が付けられており、そこからは数本のコードが伸びて別の端末に繋がれていた。
「まもなくお見せできると思いますわ。このフィメーカーの能力を」
 しばらくすると、端末を操作していた女が合図を送り、少年の額の装置が外され拘束も解かれた。少年は苦しそうな表情を浮かべながら抵抗しようとするが、薬か何かを嗅がされているのか抵抗もままならず女たちのされるがまま服を脱がされ裸にされた。
「この少年も三十分かからずに少女に生まれ変わりますわ。今、端末に収集されたデータから、制御装置が最適な女性化プログラム設定をしていますの。でもよろしいのですか、この少年を女性化させてしまっても」
「使い道はある」答える男。男は女の説明そっちのけで見入っている。この少年はやはりセンターに依頼して連れてこさせたのだが、特別な存在としてではなくはじめから実験用としてだったので問題はない。少なくとも彼にとっては。
 やがて裸にされた少年は、開かれた円筒形のカプセルに押し込まれ、立ったままの姿勢で両腕をその、腰の高さほどの機械に拘束された。そうされることによって彼は両腕をほぼ伸ばしたまま機械の間に挟まれるようにして身動きがとれず、必然的に身体は上下のプレートの間に入るようになった。女たちがカプセルを閉じる。
「さて、こちらへどうぞ」女に促されて、男がもう一つ別の端末の前に行く。ここは男の研究室のはずであったが、女の態度は、まるでここが彼女の研究室であるかのようだった。
 モニターに人間型のグラフィック等のデータが表示されていく。最後に、設定終了のサインが表示された。
「では、はじめましょう。入力キーをどうぞ」
 男は促されるままに入力キーを押した。
 ブーン、と低い音をあげて機械が唸りはじめる。上下のプレートの間に稲妻のような光が走り、少年はビクン、と身を振るわせて目を閉じた。防音になっているためカプセルの中の音は聞こえないが、少年の様子からすると悲鳴を上げているのは明白だった。
「被験者はかなり苦しむのか?」興味本位に尋ねる男。
「ええ。でも最初の少しだけです。機械の波動が神経系と脳に完全にシンクロすれば苦痛など・・・むしろ快感を味わうことになりますわ」
 モニターを覗く男。女の言うとおりそこにはシンクロ率なる数字が表示されており、その数字は徐々に百に近付いていった。
 やがて数字が百になると、モニターの表示が変わり、少年の表情も変わっていった。
「ご覧下さい、彼の転生を」微笑みを浮かべながら言う女。
 見入る男。ブーンと単調だった機械の音が、ブオンブオンと波打つように変わっていく。
 少年の身体が小刻みに震え出す。しかし彼はもう苦しみの表情を浮かべてはいなかった。目は閉じられ、口元は力無く弛み、小刻みに震える体を時折ビクン、と大きく痙攣させる。それはどちらかと言えば恍惚感を感じている姿だった。そしてその身体が変わりはじめた。
「ほほう・・・・」男が思わず声を漏らす。彼が入力キーを押してから五分と経ってはいない。
「ここからが本番ですわ」女が付け加える。しかし男の耳には入っていないようだった。
 身体の震えとは別に小刻みに波打つ体の表面。まるで流体金属のように、徐々に徐々に少年の身体の形が変化していく。直線的だったシルエットが丸みを帯びはじめ、腰の辺りが絞られたように細くなっていく。と同時に臀部が丸く膨らみ、胸部も隆起しはじめた。
 やがて、逞しいとは言わないが引き締まっていた少年の面影は全くなくなり、その身体はどう見ても少女としか思えない姿に定着していった。
 再びモニターを覗き込む男。モニターのグラフィックが、少年の肉体の変化をリアルタイムで表している。
「ご心配には及びません。肉体だけでなく、深層意識の底にまで女性となった新しい自我がプログラミングされています。体細胞だけでなく脳細胞も変換されていますから後で彼、いや彼女が新しい自分の身体に違和感を持つことはまったくありません」
「記憶も操作を?」
「いいえ、残念ながらそれは不可能です。しかし」
「しかし?」
「記憶などに何の意味があるのです?現実に明らかに違う人間に変わってしまった後ではかつてそうだったというだけのこと。子供が大人になるのとさして変わらぬのではありませんか」
「それは、そうだが」
「意識はともかく、記憶など機械的に操作するまでのことはありません。都合が悪いことは思い出させなければ済むことではありませんか。人はもともと都合の悪いことは忘れたがるものです。極端な例では古来、独裁者や新興宗教の教祖たちはそうやって人々を支配してきたのですし・・・いわゆる、洗脳ってやつですね」
「なるほどな・・・・・」
 カプセルの中の少年だった少女に、男は目を戻した。女の裸体を見るのは仕事柄慣れているはずだが、目の前で時折痙攣する少女の姿を見て、男は思わず息を呑んだ。
 端末が一連の処置の完了を告げる。モニターには次々と女性化した「少年」のデータが表示されていった。
「データ的にもまったく問題ありません。彼女はもう百パーセント女性ですわ。もちろん、博士が一番関心を持っておられる生殖能力の点においても」
 深く肯く男。モニターの数値はもちろん、瑞々しさを発散させるその身体を見て男はそう認めざるを得なかった。女の言ったとおり、処置をはじめてから三十分どころか二十分少々しか経っていない。この機械は、本物なのだ。彼の商売敵である他のメーカーが開発したあの転換剤方式に比べて、なんと即効性のあることか。
 しかもこれは、彼のいま研究中の理論が結実した物だという。彼は今すぐにでもこれを政府に売り込んでやりたい気分だった。半世紀など待ちきれない。
 その気配を察したのか、女が告げる。
「この機械は博士に差し上げます。でもその前に、今現在の目的を達成しないことには」
「わかっている」
 女たちは、別にこの機械を売り込みに来た訳ではない。彼が現在行っている密かな研究を成功させるためにやって来たのだ。それは、彼女たちの住む世界において重要なことらしい。差し当たっては、政府筋から手を回して捕獲を依頼しているある少年を、確実に女性化する必要がある。できることなら、迅速に。この機械を使えば、転換中に逃亡されたり拉致される心配はまずあるまい。
 他の女たちが、完全に女性化された少女をカプセルから出す。
「あの娘、如何致しましょう」尋ねる女。
「ん、ああ、第四研究室にでも入れておけ。あとで・・・・」
 男は少し考えた。実際、彼女の処遇になど興味はなかったのだ。
「生産業務に入って貰うことにしよう」
「かしこまりました。その前に、面白い実験をして差し上げますわ」
「実験?」
「真由美ちゃん」
 女の声に振り返る少女。男の記憶では、少年の名は宮本 春樹だったはずだ。しかし彼、いや彼女は、女の「真由美」と言う呼びかけに対してごく自然に振り向いた。
 裸のまま連れて行かれる宮本 真由美。彼女は恥ずかしそうに両手で胸を隠していた。
「うふふ、驚かれました?もう彼女にとって、真由美という名前で呼ばれるのはごく自然なことなのです。別に記憶をいじった訳ではありません。機械が設定した、いえ、もともと彼女の潜在的に持っていた女性化願望の中から名前の部分を引きずり出しただけのことですわ。彼女自身、自分がかつては春樹だった事は憶えているはずですし」
「なるほど、記憶など意味がないということか」ある意味、彼女は「真由美」という女として洗脳されてしまっていたのだ。名前だけでなく彼女が示した羞恥心がそれを裏付けている。
「はい。あとは獲物の到着を待つだけ。到着次第、彼も可愛らしい女の子に変えて差し上げますわ」
「別に可愛かろうがそんなことは関係ない。私は娘の卵が欲しいだけだ」
「あら、そうでしたわね」女は微笑んだ。


「こんな山奥に、その、会社の施設が?」
「そうね。他の産業スパイからも、機密は守りやすいんじゃないかしら」
 車に乗るマリーと勇希。マリーは長かった髪をバッサリと切り、服装もカジュアルなシャツにジャンパーというものに変えていた。これだけで、随分と検問の目をごまかせる。ついでに言えば生まれてはじめてという化粧も軽めにしていた。彼女が町中で、つぎつぎと物を調達するのを見て、勇希は目を見張った。もちろん、合法的に手に入れた物は一つもない。今乗っている車でさえそうだ。
 さらに勇希が目を見張ったのは、彼女が着ていたコートの下だった。拳銃だけでなく、ナイフからショットガンから手榴弾まで、大量の武器が現れたのだ。彼女は無造作にそれをジャンパーの下に隠した。
「覚悟してね。おそらくその、研究所、は要塞よ」
 コンピューターを駆使してなんとか場所は突き止めたが、それ以上のデータは一つも出てこない。警備員の配置はおろか建物の構造まで、何一つとしてである。
「要塞って」
「人里離れた山奥に研究所なんて。なにか非合法か、非人道的か、そんな人に知られては困る研究をしている証拠よ。取材やスパイなんて、まず入り込む隙がないでしょうね」
「でも、そんなこといったって」
「そう。後には退けないわ。私たちが侵入して生還したはじめての人間になりましょう」
 月明かりに照らされる山道を、マリーはゆっくりと走った。
「さて、この辺降りましょうか」
「え、まだだいぶ・・・・」
「あのねえ・・・・まさか車で敵地へ乗り付ける気?」
「そうか・・・・」
 渋々車を降りる勇希。
 マリーは、道を外れた森の中に車を隠すと歩き出した。
「直線距離で約二キロ。二時間程ね」
「え」
「道をそのまま歩いて行くわけには行かないわ」
 マリーは時計を見た。午前零時を少し回ったところだ。
「なんなら、ここで待ってる?」
「い、行くよ」
「無理しなくてもいいのよ」
 これはマリーの本音でもあった。実際ああは言ってみたものの、勇希の存在は足手まといに他ならない。それにマリーとしては場合によってはこの研究所ごと片付けるというオプションも考えていた。
「いや、やっぱり僕も行く」はっきりと答える勇希。
 マリーは、バックアップ用の小型拳銃を取り出した。
「これを持っていなさい。撃ち方は、わかる?」
「え・・・・」
「トリガーを引けば、弾が出るわ。トリガーセーフティーになっているから。取り扱いには十分気を付けてね。撃つときは、なるべく至近距離で撃つこと。素人じゃ五メートル先も当たらないわ。でも相手に突きつけちゃ駄目。そう、二メートルぐらいかしらね。それから、絶対にためらわないこと。隙を見せれば自分がやられるわ」
 マリーの話を聞きながら、拳銃を受け取る勇希。
「なんだか、勇気が湧いてきた」
「だめよ、勘違いしちゃ。いい、撃つのはあなたよ。拳銃が撃つ訳じゃないわ。これは道具なの。自分の身を守るためのね」
 肯く勇希。
「行きましょう」
 二人は、月夜の森を進みはじめた。


「そうですか・・・いえしかし、先生のためにもこのプロジェクトは・・・・はい、どうしても彼が必要なのです・・・・申し訳ありません。是非ともよろしく」
 ガチャ、電話を切る男。相当苛ついているようだ。
「どうなさいましたの」妖しく微笑みながら尋ねる女。ここに現れてから女はこの妖しい微笑みを絶やさない。そして彼女の左手が撫でている右手の甲には、その妖しさには似合わない子猫の入れ墨が施されていた。
「まったく・・・警察の馬鹿どもが。いまだに見つけられんそうだ」
「それで、どうなさいますの」
「先生が、標的を変えろと言って来た。さもなくば降りるとな。あの狸め、ビビリおって」
「でもそうも行きますまい?」
「そうだ」
「明日まで待って連絡がなければ、私どもが独自に捜査を開始します。ご心配には及びません」
「な、なんと」
「未来のためですわ」


「あれが・・・・」
 午前二時、マリーの読み通り、約二時間かかって二人はGOD技術研究所のすぐ近くまでやって来た。
 深夜だというのにゲートにはもちろん、敷地内のあちこちに警備員が配置されている。
「これでは・・・・侵入もままならないわ」
 ため息をつくマリー。研究所の壁から五十メートルほどは全くの更地になっており、遮蔽物がない。唯一の救いは警備員たちの装備があまり強力でなさそうなことぐらいか。
 しかし、いくら装備が軽いとはいえ人数で押され、そして警察に応援でも呼ばれれば脱出はおそらく不可能になる。ここまでの道は一本道なのだ。
 建物はどうやら三つ。各々が独立しており、どこに何があるかはまったくわからない。
 マリーは、施設に侵入しさえすれば端末から情報を引き出せると考えていたのだ。
「困ったわね。とりあえず一回りしましょう」
 施設のまわりをゆっくりと一周する二人。と、突然警備員たちが建物の中に引き上げていく。
 この時、さすがに彼女たちは森の中にまで監視装置が備え付けられているとは思わなかった。一応敷地の外は国有林である。丁寧な敷地境界の標示もあった。
「何かしら・・・・でもチャンスだわ。行くわよ!」
 マリーと勇希は森を飛び出し、壁に向かって走った。


「でかしたぞ」
 一礼して下がる警備員。森の中に備え付けられた赤外線センサーが人影を捉えた。直ちに暗視装置で監視塔から覗いた映像を見ると、それはなんと博士が捜していた少年だったのだ。
 博士と女たちは、少年を施設内部に誘導してから捕らえる事にした。暗視装置で動きを監視していると、少年は一人ではなく、女を一人連れていることがわかった。
「あの二人をここに誘導するのだ」
「かしこまりました」下がっていく警備員。
「まさか、向こうから転がり込んできてくれるとは驚きでしたわね」
 女が微笑む。
「まさかそれも知っていたんじゃないだろうな」
「さあ・・・私がしたのはここの情報をネットにほんの少しリークしたことだけですわ」
 博士はまじまじと女の顔を見つめた。


 塀によじ登り、スコープ越しに赤外線センサーの配置を見るマリー。
「何カ所か侵入ルートがあるわ。私の後に、同じように付いてきて」
 しなやかに、赤外線の網目をくぐり抜けるマリー。勇希もそれに習って進む。そして、建物の入り口に辿り着いた。マリーはカメラの配置に気を配りながら廊下を進んでいく。
「おかしいわね、さっきまであれだけ警備がいたのに」
「赤外線に切り替えて寝たんじゃないの」
「だといいけど」
 マリーは施設の案内図を見て一番資料が集まっていそうな場所を探した。彼女の目が、本館地下の「平田研究室」という所で止まった。
 運良くここは本館である。
「ここの地下ね。ついてきて」
 二人は階段を下りた。


「ここだわ」扉の前に立つマリー。扉には電子ロックが掛かっている。
 彼女が手をかけようとした瞬間、ドアが開いた。
「え!」
 驚くマリー。しかしドアの中は真っ暗だ。
 二人はゆっくりとドアの中に侵入した。ドアを閉めると、手探りで照明のスイッチを捜す。
 パチ。明るくなる室内。
「そんな!」叫んだのはマリーだった。
 目の前に、彼女が思い出すことすら厭われる機械があった。
「あなただったとはね。美樹」懐かしい声に振り返るマリー。
「寂しかったのよ、私。あなただけが捨てられてしまって。総統の言うとおり、大人しくしていれば一緒にいられたのに」
「麻里・・・・・どうして」
 麻里はゆっくりと、マリーの前に姿を現した。後ろには白衣の男が立っている。
「だって、私にとって総統の命令は絶対よ。私はもう、昔の私じゃない。総統の影の手足となって働く忠実な飼い猫」
「麻里・・・・・」
「ねえ美樹、今なら間に合うわ、その子を渡して私のもとに帰ってきて」
 麻里の後ろから、四人ほどの女が進み出る。
「だめよ・・・この子は、渡せないわ」
「なら、力づくで貰うわ」
「麻里!やめて」
 ゆっくりと近寄ってくる女たち。マリーはドアを開けようとしたが開かない。
「イヤァ!」叫ぶなりマリーは拳銃を抜いた。
 ダンダンダンダン!銃声が響く。思わずうずくまる勇希。そして、女たちが飛びすさる。
「逃げるのよ!」マリーはショットガンを取り出すと、扉のロックに向かって一発撃ち込んだ。
 ドゥオォォォン!!
 弾けるロック。マリーは扉を開けると勇希を引っ張り逃げ出した。
「フフフ、追うのよ」麻里の声とともに女たちが動き出す。そしてその女たちは、麻里も含めて元の女たちではなかった。
 外見で変わったところと言えば指先ぐらいだろうか。指先の爪が固く、太く鉤状になっている。そして外見からではわからなかったが、彼女たちの目は、暗闇をよく見通していた。さらにその運動を見た者達は、一様に目を疑った。
 細くしなやかな女の肉体が、廊下を飛ぶように駆け抜けていく。その動きは、まるで猫か豹を思わせた。
 ドゥオォォォン!!ショットガンを放ちながら血路を開くマリー。彼女は立ちはだかる警備員に躊躇なく散弾を放った。
 次々と血まみれになって倒れる警備員たち。
 勇希は、警備員たちが吹っ飛ぶ度に悲鳴を聞いた。そしてそれは自分自身の悲鳴だった。
 ようやく入り口のゲートに辿り着くマリーと勇希。その横を、何かの影が飛ぶように追い越していく。
「ホホホホ」マリーの前に立ちはだかったのは四人の女たちだった。
「あなたたち、まさか・・・・」
「そうよ。今頃気付いたの」振り返るマリー。すぐ後ろで麻里が微笑んでいる。
「ま、マリーさん、一体・・・・・」今にも腰が抜けそうな勇希。彼は想像を絶する事態に混乱していた。
「麻里・・・・」
「私たちはバイオソルジャーズ。総統直属の特務部隊よ」
 バイオソルジャーズ、通称BSとは、別名暗殺部隊とも呼ばれている。女性化技術の進化によって得られた遺伝子操作の技術は、女性化だけでなく、進化の過程で書き込まれた別の動物になった遺伝子を人間に組み込むことも可能にした。それを軍事目的に応用し作り出された生物兵器とも言える兵士によって編成されたのがBSである。この部隊のおかげで、ヒラタ総統は大国の大規模な攻撃にもゲリラ戦で対抗することができたのだった。
 マリーの頬に涙が流れる。
「そんな物にされてしまったのね。麻里、あなたはもう麻里じゃないわ」
 マリーは躊躇せずショットガンのトリガーを引く。次の瞬間、前の四人は飛び散るように散開していたが、マリーはその動きを読んでいた。
 ブァン!拳銃の音が響く。
「ウ!」マリーがジャンプしながら放った一撃は、正確にそのうち一人を撃ち抜いていた。
「勇希!」叫ぶマリー。その声に反応して走る勇希。
 ドンドンドンドン!続けざまに拳銃を放つマリー。彼女は女たちを勇希に近づけまいと必死だった。が、
「あ!」その腕の拳銃が跳ね飛ばされる。手を押さえると、血が溢れた。
「美樹、わかってるわよね、私は撃ちたくないの」
 拳銃を持った麻里がゆっくりと近付いてくる。その間に、ついに女の一人が勇希を捕らえた。
「勇希!」
「無駄よ。もう逃がさないわ」
 勇希は必死に拳銃を構えたが、撃つ前に跳ね飛ばされてしまう。そして女たちに両腕を掴まれ羽交い締めにされた。
「マリーさん!逃げて!」叫ぶ勇希。その勇希の頬を、女が平手打ちする。
「勇希・・・」
「さあどうする、美樹。あなたが降伏すれば、命だけは助けてあげる。総統には内緒でね。総統の命令ではテロリストは一人残らず始末することになっているの。私に殺させないで」
 拳銃を構える麻里。そのためらいをマリーは逃さなかった。
 ポン!
「う!何を!」
 煙に包まれる麻里とマリー。マリーは咄嗟に催涙ガスを破裂させたのだ。常人よりも感覚がかなり鋭くなっている麻里には、効果覿面だった。
 走るマリー。彼女は森の奥に逃げ込む。
「うう、追え!」指示する麻里。二人の女がマリーを追って森の中に駆けていく。
「マリーさん!」叫ぶ勇希。麻里はその勇希に近付くとまじまじとその顔を眺めた。
「ようやく会えたわね。覚悟して頂戴、あなたはこれから女の子になるの。そして、私たちの総統を産んで貰わなくてはならないのよ」
 勇希は、麻里の顔に唾を吐きかけた。
「あら威勢のいいこと。まあいいわ。連れて行け」
 勇希は、施設の中に連れ戻された。


「ハ、ハ、ハ、ハ・・・・」
 森の中を走るマリー。後ろからは、BSの女が追ってくる。時折撃たれる銃弾が、彼女の身体を掠めていく。
 どうにか体勢を立て直して勇希を救い出さねばならない。そのためには、まず追っ手の二人を始末することだった。しかし、視覚も聴覚も、そして嗅覚も、追っ手の方が鋭い。ショットガンは撃ち尽くし拳銃はたたき落とされ、催涙弾はさっき使ってしまった。彼女に残されているのはナイフと手榴弾ぐらいなものだ。どうにかして近接戦闘で敵を倒したかったが、格闘能力も相手が上であろう事は分かり切っていた。
 マリーの行く手に、森の切れ目が現れた。水音が聞こえる。どうやら渓谷になっているようだった。たちまち断崖の上に追いつめられる。
「どうやらそこまでね」女の一人が立ち止まる。さっきの麻里の例を見たのかさすがにある程度以上は近寄ってこない。
「ひと思いに、心臓を撃ち抜いてあげるわ」もう一人が、拳銃を構える。マリーには信じられないことだったが、彼女たちは大口径の銃を片手で軽々と扱っていた。常人の女では考えられないことである。
 彼女には、それが他人事のように思えた。信じられないが自分は追いつめられたらしい。彼女は、未来を救うことはできないのか。
 ドォォン!発射される弾丸。マリーの目には、それがスローモーションのように映っていた。弾丸が真っ直ぐに自分の胸に向かってくる。そして当たると同時に凄まじい衝撃が訪れ、身体が崩れる。そこでマリーは意識を失った。
 断崖から下の清流に向かって落下していくマリーの身体。BSの女たちは、それを見届けると森の中に姿を消した。


<第三章:悪夢への転生>

「やめろ!」
「いやよ。あなたの方こそ大人しくなさい」
 押さえつけられる勇希。首に何か注射のようなものが打たれる。たちまち勇希は全身の力が抜けていった。
「ち、ちく・・・しょう・・・」
「なにも怖がることはないわ。一時間もすればあなたは自分が女の子であることを疑いもしなくなるのよ」
 麻里が、動きの緩慢になった勇希の頭に、データ収集用のヘッドギアを取り付ける。もう一人の女が端末を操作すると、勇希は急に頭の中がぼやけ、なにも考えられなくなった。
 やがて、端末のモニターにデータ収集完了が表示され、女は、端末からディスクを引き抜きもう一台の、本体制御用の端末に挿入した。
 ヘッドギアを外され、少し正気を取り戻す勇希。
「うふふ、どう、もうすぐ女の子になる気分は。今収集したデータから、あなたの女性化プログラムが設定されているわ」
 麻里は、女たちに命じて勇希を制御用端末の前に連れてこさせた。さっき注射された薬のせいで、勇希は体の自由が利かない。
 モニターの表示を見せられる勇希。そこには、ワイヤーフレームで描かれた現在の勇希のシルエットと、女性らしいシルエットが並んで表示されていた。やがてそれがレンダリングされ3Dグラフィックになる。確かに男の方は勇希にそっくりだ。モニターにはそのほかにも、何やらよくわからない数字が表示されていた。
「すぐにわかることだけど、右側の女性のシルエットが、三十分後のあなたの姿よ。今のうちに自分の姿をよく見ておくのね」
 勇希は恐怖を感じていた。自分の意志に関わらず、三十分後には自分は女にされているのだ。しかし、彼は抵抗することすらできない。
(体中の細胞と深層意識を作り替えられて、二十分後には体も心も女にされていたわ)
 マリーの言葉が蘇る。彼女は、恋人の目の前で機械にかけられたのだ。そして、マリーとのやり取りから考えるにどうやら今彼の前にいるこの女が、その恋人らしい。何故か彼女は今では敵なのだ。マリーは、女にされることによって、自分の身体や意識だけでなく周りの環境さえ、全てを変えられてしまったのだ。それも、自分の意志に関わりなく。
「さて、はじめましょうか。大丈夫よ、あなたの潜在意識の中にもちゃんと女性化願望があるから。あまり抵抗が強いと苦痛が大きくなるけどあなたはごく普通のレベルだから、そんなに苦しまなくて済むはずよ」
「い、いやだ・・・・」彼はせめてもの抵抗をした。
「気持ちは分かるわ。でもね、すぐにイヤじゃなくなるのよ。美樹を見たでしょ?彼女だって、今は立派な女性だわ。いや、だったと言うべきかしら。彼女はね、本当にいい男だったの。本当の名前を知っていて?森ノ宮 雅人。彼ったらこの名字が気に入らなくてね。女に生まれ変わったときも、名字は変わらないから・・・でも美樹という名前、捨ててしまったのね。マリーだなんて。ま、いいわ。とにかく、あなたももうじき女の方がいいと言うようになるわ」
「やめ、てくれ・・・・」
 麻里が合図をする。女たちは勇希の服を脱がせ、カプセルの方に連れていった。そしてカプセルを開くと勇希をその中に入れる。辛うじて立っている勇希はまったく女たちの成すがまま、カプセルの中の機械に腕を差し込まれ、ロックされた。そして、カプセルは閉じられた。
 スイッチを操作していく麻里。ブーンという大きな音が響きはじめる。
「勇希ちゃん、聞こえて?」マイク越しに、麻里の声が聞こえる。麻里は一方的に話し続けた。
「珍しいわ。あなたの名前は女の子になってもユウキなのね。きっと素敵な女の子に生まれ変われるはずよ。じゃ、はじめるわね」
 麻里が端末を操作する。音が大きくなり、不意に激痛が走った。
「ああ!」思わず声を上げる勇希。目の前で稲妻が走っているのが見える。彼はまるで頭の中を鷲掴みされるような苦痛に耐えるのに精一杯で、なにも考えられなくなった。
「抵抗しては駄目よ。自分から受け容れなさい。そうすれば、とても気持ちよく女の子になれるのよ」
 麻里の声が微かに聞こえる。勇希は、必死に抵抗していたが、やがて自分の身体の感覚が失われていくように感じはじめた。そして同時に抵抗する気力が失せ、むしろ頭の中に入り込んでくる「何か」を心地よくさえ感じはじめた。
 モニターを見つめる麻里。もう時間の問題だった。勇希の脳波は装置の波動に同調しつつある。もうじき勇希は自分で積極的に機械の与える快楽を受け入れるようになり、同時に機械の与える女性化プロセスも無抵抗に受け入れていくのだ。
 やがてシンクロ率が百パーセントになると、勇希の身体が一瞬ビクン、と痙攣した。
 すでに勇希は機械が彼の快楽中枢に直接送り込む波動の虜になっており、その心地よさを求めること以外はなにも考えられなかった。
 機械音が波打ちはじめ、勇希の身体も小刻みに波打ちはじめる。身体から汗のような体液が流れ、身体の変化が始まった。変化していく感覚は、機械によって操作され快感となって彼の脳に流れ込んでいく。そして快楽に囚われ思考が停止した意識の中に、新しい女性としての意識が注入されていく。それは、抵抗できない彼の心の奥深くにまで容赦なく侵入していった。
 麻里は、勇希が何度も痙攣するのを見ながら、かつて彼女の恋人が変身していったときのことを思い出していた。彼女が愛した男が、目の前で抵抗することもできずに女に生まれ変わったときのことを。そう、確かに雅人は美樹になった。しかし美樹は雅人ではなかった。昔雅人だった女というだけのことに過ぎなかったのだ。おそらく本人にとってもショックだったに違いない。しかし麻里にとってもそれは立ち直れないほどのショックだった。
 目の前で、彼女の恋人は永久に失われた。そして恐ろしいことにその恋人だったと名乗る別人が現れたのだ。彼女はどうしてもそれを受け入れることはできなかった。彼女の隣で、権力者に犯され悲鳴を上げる女を、かつての恋人とは頭ではわかっていても決して認めたくなかったのだ。
 彼女はもう忘れていた、というより自分の中で記憶をロックしてしまっていたが、彼女たちには暴力や薬物を用いた洗脳が行われた。人格を破壊され、思考もほとんど麻痺させられた麻里には、ヒラタに対する服従が深く植え付けられ、麻里にとって権力者、すなわちヒラタはいつのまにか絶対の存在となっていた。しかし比較的簡単に洗脳されてしまった麻里に対して、抵抗し続けた美樹は薬物中毒になり、ほとんど生ける屍と化して町の片隅に放置された。捨てる方もまさか生き延びるとは思わなかったであろうぐらい、美樹は破壊されていた。
 ヒラタの忠実な奴隷となった麻里は、麻里の肉体に飽きた彼の気まぐれによって生化学研究所に人体実験用の素材として他の数人の女と共に送られた。彼女はヒラタの命令に喜んで従った。ヒラタの命令を実行することは、彼女にとっていまや無上の喜びになっていたのだ。そして彼女はフィメーカーを改造した人間改造器の実験体となった。今まで味わったことがないほどの快楽に包まれた彼女は豹の遺伝子の一部を組み込まれ、生物兵器として生まれ変わっていった。不思議なことに、機械の与える快感に思考が押し流される寸前、彼女の頭の中に浮かんでいたのは、かつて愛した恋人に抱かれている自分の姿だった。
 実験は成功した。彼女ははじめての成功例となったのだ。そしてその後続々と改造された女たちと共に、彼女はヒラタの忠実な暗殺者となり、次々とテロ活動を行っていった。
 カプセルの中の勇希の肉体が変化していく。彼は今男性から女性へと移行しつつあるのだ。モニターが、3Dで勇希の体のシルエットをほぼリアルタイムで表示する。変化し続ける左側の画像が、徐々に右側の女性体の画像に近付いていく。
 この機械の特徴は被験者の抵抗を奪うために快楽中枢を支配することだった。麻薬的な効果によって被験者の思考能力を奪い、感覚を麻痺させる。そして、肉体を改造し新しい意識を定着させていく。その処置は個人のデータに基づいて行われるため、何人たりとも抵抗することは不可能だ。
 いまや勇希の思考は完全に停止していた。夢中で機械の波動を受け入れ続ける勇希。身体全体のラインが曲線的になっていく。体脂肪の移動により腰が徐々に細くなり、臀部が丸みを帯びつつ膨らんでいった。体脂肪が集まりはじめた胸は隆起し、二つの膨らみを形作っていく。四肢が細くなり、相対的に長くしなやかになった。
 思考が停止した勇希にはもうどうでもいいことだったが、彼の男としての意識は彼が自覚できないままに浸食され、機械によって書き換えられていった。もしこの途中で機械が止まったら、彼はおそらく発狂するだろう。フィメーカーの開発中には犠牲者がたくさん出ている。男とも女ともつかぬ、酷くなるととても人間とは思えない姿となり果てて、精神的にも破綻してしまった犠牲者が。
 もちろん変化しているのは外見だけではない。体内でも変化は起こっていた。生殖器官や内分泌器官が波打つように変化し、女性化していった。脳細胞をはじめあらゆる細胞が女性へと変化しているのだ。開発者の最大の目的である女性としての生殖能力が、男性の生殖能力を失うことと引き替えに発生していく。
 勇希が男性を喪い女性化していくのを、麻里はモニターをチェックしながら眺めていた。今までの所、何の異常もない。むしろ順調すぎるぐらいだ。彼女はいままでこのプロセスを何度となく見ている。実際に彼女が誘拐し、機械にかけて女性化した者も多かった。ヒラタの命令で、彼女は何人もの男、特に敵対勢力の子息を誘拐しては女性化した。そして女性化された者達は彼女と同じように暴力や薬物、そして機械によって洗脳され、やがて改造されて同類を増やしていった。そこには、倫理観などかけらもない。権力者は、科学を都合のいいように使い、自分の権力をさらに増大させることのみに興じている。それはどこか、かつての独裁主義国家やカルト的宗教団体に似ていた。そして実際に、この国は独裁主義国家になった。
 勇希の女性化は、最終チェックの段階に入っていた。すでにその身体は男性のそれから完全に女性のそれとなり、カプセルの中には、やや未成熟な少女の肉体があった。
 モニターに、女性化した勇希のデータが表示されていく。生殖機能や内分泌機能を含めて、勇希はもう完全に女性でしかなかった。男であったことは、もう記憶の中にしか残っていないのだ。
「完璧・・・だな」いつの間にか横でモニターを眺めていた平田博士がつぶやく。
「はい。博士のお望み通りに」
 機械が止まる。ゆっくりと目を開く勇希。肩で息をしている。
「どう、女の子になった気分は」マイク越しに聞こえる麻里の声に、勇希は自分の身体を見回す。しかし彼女がはじめて示した反応は、頬を赤く染めて目を背けることだった。
 勇希が最初に感じたのは羞恥心だった。腕が自由ならば今すぐ身体を隠したいという思いに駆られて、彼女は身をくねらせた。
 二人の女がカプセルを開き、勇希の拘束を解除する。勇希は両腕で胸を押さえるとそこにうずくまった。女がタオルを渡すと、勇希は慌てて身体にタオルを巻き付けた。その仕草にも、まったく不自然なところはない。胸から下を隠すように、彼女はタオルを巻いていた。
 ようやく少し落ち着いたのか、勇希は自分の状況を把握しようとしていた。しかし不思議なことに身体については何の疑問も違和感も浮かばなかった。彼女は自分自身に起こった事を憶えていたし、自分が男であった事も憶えていた。しかしそのことは今の彼女にとっては無意味なことだった。まるで深い眠りから覚めたように、彼女にとってそれらのことは遠い昔のことのように思えたのだ。彼女が強烈に憶えているのは機械に与えられた快感と、目を開けた瞬間突き刺さってきた麻里の視線だった。そして今勇希にとって一番重要だったのは、これからの彼女の運命だった。
「私を・・・どうするつもり」口から出たのは、彼女が憶えているよりも数オクターブ高くなった声だったが、そのことは気にならなかった。
「さあ、どうしようかしらね」満足げな顔で、麻里は勇希を眺める。勇希は無意識に女らしくない言葉を避けているようだ。機械のデータどおり、勇希の意識は完全に女性化していた。
「通常、採卵はどの程度で可能なのだ?」そんな勇希を無視して技術的なことを訊く平田。
「そうですね、一週間から十日ほどでしょう。内分泌系は正常に機能しているようですから」麻里が答える。
「そうか・・・もっと早くはできぬのか」
「この機械では・・・・その辺はどちらかと言えば博士の分野ではありません事?」
「そうだが・・・普通の女と同様にある程度の制御が可能なものかと思ってな」
「あら、博士の実験台に普通の女がおりまして?」
「それは・・・・」
 その通りだった。平田の実験台は、すべて女性化された元男性である。
「わかった。第四研究室へ連れて行け」
 女たちに両腕をがっちりと捕まれる勇希。彼女の身体からはすでに注射の効果は消えていたが、筋力が大幅に落ちたことによって、彼女は抵抗することもできずにタオル一枚のまま連れて行かれた。平田と麻里も一緒に来る。
 一行が入ったのは、同じフロアにある別の研究室だった。部屋の中は多数のカーテンで仕切られており、まるで病院の大部屋のようだったが、どのくらいの広さかは一目ではわからなかった。室温は寒くもなく熱くもない。
 そのうちの一つの仕切を開ける平田。
 平田の助手と思われる男の研究員が、拘束器具付きのベッドの周りでそそくさと作業をしていた。
「一体何を・・・・」勇希の声に、はじめて平田が反応した。
「これを見ろ」
 ササー、別のカーテンを開ける平田。やはり同じようなベッドと機械が置いてあり、ベッドには、女が一人裸のまま拘束され、身体のあちこち、特に頭にたくさんの電極を繋がれて眠っていた。
「これは・・・・・!?」理解に苦しむ勇希。
「彼女は今とても幸せなのだよ。言うならば夢を見ているのだ。夢というにはあまりにリアルで現実にしか感じられない夢をな。その夢には関係なく肉体の方は我々が利用させて貰っている。ここにいる女たちは私があらゆるデータを元に組み合わせた超良血の人間を産み出すための母体になって貰っているのだ」
「・・・・どういう、意味、ですか」
「全国から集められた遺伝情報が私の手元にある。それを分析して交配することによって、より優秀な人間を作り出す」
「そんな・・・狂ってる・・・」
「狂ってなどいないわ」麻里が口を開いた。
「愚かな民衆は、優秀な人間によって正しく導かれるべきなのよ」
「・・・・」
「さあ、おまえにはその優秀な卵を生産して貰わなくてはならん。喜べ、おまえと私の遺伝子を引き継いだ息子が、未来の世界を支配することになるのだ」
「いや、離して!」じたばたともがく勇希。しかし女たちはビクともしなかった。
「怖がることはない。実際に産むのはここにいる女たちだ。おまえはできるだけたくさんの卵を生産してくれればいい。その生産サイクルは様子を見ながら早くしていこうと思う。なに、おまえは夢を見ていればいいのだ。この装置がおまえ身体をコントロールしてくれる。卵巣を刺激したり排卵を抑制するホルモンを装置が適宜投与して、おまえの卵巣の中ではいくつもの卵胞が成長しはじめる。十分に成長した卵は採卵して、私の精子と体外受精させ、他の女の子宮に移植する。その間おまえは夢を見るだけだ。痛みもなにも感じることはない」
「この・・・人でなし・・・・」
「人でなしか、結構。私がどれだけおまえのような存在を捜したと思っているんだ?山根を騙して丸め込み、国家警察の権力を動員までして・・・・そして未来から来た彼女たちの援助を受けてだ。私にはもう女性化設備の利権などいらん。私の子供たちが、世界を支配するんだからな」
 平田が合図する。勇希は再びそのあまりに薄い防壁に過ぎなかったタオルさえも奪い取られ、ベッドに押しつけられた。そして助手たちが、彼女の身体を拘束具を用いてベッドに縛り付けていく。
 身動きのとれなくなった勇希の全身に、たくさんの電極が取り付けられる。それは彼女の意志に関わりなく、体中のあらゆる部分に取り付けられた。
「心配はいらん。夢の中は現実と変わらぬ。二度と醒めたくなくなるはずだ」
「おやすみなさい、勇希ちゃん」
 たくさんの電極が取り付けられた顔を背ける勇希。その頬に、涙が伝う。助手がスイッチを入れると、彼女の瞼はだんだんと重くなり、やがて上げることができなくなった。不思議な心地よさに意識が遠のいていく・・・・。こうして、彼女は自分からは醒めることのない夢の中に落ちていった。
 一分後、完全に眠りに落ちた勇希に、平田たちは卵を採取するための装置をセットアップした。そして、栄養剤の点滴を取り付けると、彼らは部屋を後にした。


(やめろ・・・・・)
(ハハハ・・・おまえたちもすぐに私の足下に跪く)
(あああああ・・・・)
(やめろ!麻里に何を)
(おまえたちは私の奴隷になったのだ。奴隷には人権などない)
(雅人!助けて・・・)
(どうだ、女になった気分は)
(私は・・・私は美樹)
(イヤぁ!やめてぇ!)
(麻里!)
 不意に、目が覚めた。日の光が眩しい。
 懐かしい匂いがする。気がつくと彼女はベッドの中にいた。布団にくるまって眠ったのは、何年ぶりのことかわからない。
(痛!)同時に、全身に痛みが走る。特に左の胸はズキンズキンと痛んだ。
 記憶を手繰る。強烈な衝撃と共に断崖の上から吹き飛ばされた。そこまでは憶えている。
「あら、気がついたみたいね」不意に、女の声がした。
 起きあがろうとするマリー。しかし痛みが酷くすぐには起きられない。
「大丈夫ですよ。命には別状ないみたいですから」女はそう言った。どこかで聞き覚えがあるような声なのだが、マリーは思い出すことができなかった。
「ここは・・・・」ようやくマリーは口を聞くことができた。
「ウチの診療所です。大丈夫ですよ、こんな山奥では政府もなにもありません」
 見回すと、マリーの服が掛けてある。ポケットの手榴弾やナイフも見られてしまったようだ。
「どうして私を・・・」
「どうしてって、河原に人が倒れているという村人の話で、主人が飛んでいったのです。そうしたら、あなたが倒れていた。ここではたまにあるのです。上流の方にある、どこだかの研究所が、おそらくよからぬ研究をしているのでしょうね。年に何人か、逃げてきたり死体が流れ着いたり・・・・前に一度警察にそのことを言ったら、取り合って貰えなかったの。ついでに逃げてきた子まで連れて行かれて。ちらっと小耳に挟んだのは、上の圧力って言葉」
「そんなことが・・・・」
 予想はついていたが、マリーには何となくそんな気がしていた。確認したわけではないが何せフィメーカーがあったのである。研究所で人体実験が行われているのは明白だったし、勇希を捕らえようとする権力の使い方からすれば実験台に女性化対象の少年たちを使うのはごく当然に思えた。
「でも不思議ね。いつもはもっと若い女の子、それも私みたいに明らかに女性化処置をされた子ばかりなのに・・・私、あなたのことを他人だと思えないの。ここにかつぎ込まれてきたときから」
 ようやく、マリーは女の顔を見ることができた。マリーと同年代のその女の顔を見た瞬間、マリーは驚いて声を上げそうになった。
(もしかして・・・・)
 壁に飾ってある写真が目に入る。ささやかな結婚式の写真だ。そしてマリーはその写真を見たことがあった。
(おばあちゃん・・・・!?)
 マリーは確信した。母方の実家は、確かに田舎で医者をしていた。どこかは憶えていないが幼い頃に一度だけ遊びに行ったことがある。そういえばどことなくこの部屋にも見た覚えがあった。おそらく今目の前にいる、妊娠中の看護婦こそ、マリーの祖母、留美なのだろう。その胎内には母が宿っているのだと思われた。
「どうかして?」驚いているマリーの表情に気付いたのか、留美がマリーの顔を覗き込む。
「いいえ・・・」慌てて顔を背けるマリー。留美は若くして女性化処置を受けたと聞いている。そのおかげで職業を持つことができたのだろう。
 背けた顔の先にあるカレンダーがマリーの目に入った。
「今日は、何日ですか」
「十四日よ」こたえる留美。研究所に乗り込んだのが十二日の晩だったので、まだ丸一日しか過ぎてはいない。
 思い切って立ち上がるマリー。激痛が走る。
「駄目よ、まだ寝てなくちゃ」慌てて駆け寄る留美。
「しかし・・・」
 ドアが開く。
「おうおう、お目覚めのようですね」入ってきたのは、長身でハンサムな男だった。
 マリーは祖父、靖彦の事ははっきりと憶えていた。間違いなくここは母方の実家だ。
「何があったかは知らないし、聞きもしませんけど、無理しない方がいいですよ。骨は肋骨一本以外折れていないけど全身打撲や打ち身だらけ。生きてるのが奇跡みたいなもんだ。それにその左胸。相当酷く打ってるみたいですね。たぶんしばらくは腫れが引かないと思いますよ」
 左胸には包帯が巻かれていた。BSの女たちはミスを犯した。彼女は、組織が立った一着だけ手に入れた女性用のボディスーツ形ボディアーマーを着ていたのだ。海外のブラックマーケットから、なんとか一着だけ手に入れたグレードAの物である。このスーツに命中する限り五十口径の弾でも貫通しない強度を持っている。しかし、貫通しないだけで衝撃は受けるが・・・。このおかげで、彼女は骨折だけで奇跡的に助かったのだ。もし頭を撃ち抜かれていればもちろん命はない。今頃は、村はずれの墓地に埋められているところだったであろう。
「まあ座って」
 靖彦の指示に従うマリー。祖父母にも若い頃があったのだと、今更のように思う。
「この人ったら、あなたの服を脱がせてから、手当するまでしばらく見とれてたのよ」
「これこれ、そういうことを言うもんじゃない。どれどれ、見せてご覧なさい」
 包帯を替え、手当をする靖彦と留美。その仲睦まじい姿に、マリーは久しぶりに笑顔を見せた。
「そうだね・・・とりあえず二、三日はここで休んでいることですね」
 考えるマリー。フィメーカーがあったからには、もう勇希は女性化されているはずである。そしておそらく、麻里の後ろに立っていた男は平田だろう。しかし、まだ女性化したばかりの勇希が妊娠するためにはまだ少し時間がある。その前に、あの研究所から勇希を救い出すか、平田を抹殺しさえすれば、勇希を消さなくともヒラタを未来の歴史から抹殺できるはずであった。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「家内同様、僕も君を他人だと思えなくてね」
「もう!あなたったら」
「あの、奥さん、あまり虐めないで下さいね」
 ハハハハ、笑う三人。マリーはようやく仲のよい祖父母にとけ込んだ。


 二日後・・・・
「すごい回復力だ」驚く靖彦をよそに、マリーはせめてもの恩返しと、妊娠中の留美に変わって家事を手伝っていた。
 居間に張ってあった地図から、研究所とのだいたいの位置関係は特定できた。そしてもう一つ、彼女が必要としている物がある場所も。
”ご迷惑をお掛けしました。くれぐれもお元気で”
 深夜、寝静まった二人に書き置きを残してマリーは診療所を出た。
 祖父母は、彼女のいた未来ではもうこの世にいない。
「ありがとう、おじいちゃん、おばあちゃん・・・・」
 マリーはもう一度だけそう呟くと、夜の森に消えた。


<第四章:明日への闘争>

 一応回復したとはいえ、全快にはほど遠いマリーにとって、二十キロの道のりは非常に苦しく、目的地に行き着くまで丸一日を費やしてしまった。おかげでまたもや深夜である。
 国防隊駐屯地の塀を乗り越えるマリー。研究所に比べれば朝飯前だった。あちこちから簡単に武器弾薬を集めてくる。彼女の時代と違ってこの時代はまだ警備が甘いのだ。強いて言えば、弾薬と武器の貯蔵場所が別々なので面倒なぐらいか。
 集めた武器をまとめて、人気のない格納庫に踏み込む。そこで彼女はお目当ての物を発見した。
 一昨日の晩、診療所のコンピューターを使ってここの基地のホストをハッキングした。その情報によれば、即応体制を整えた攻撃ヘリが一機だけあるはずだった。それが今、目の前にある。完全武装状態の攻撃ヘリに、武器を集めたバッグをかついで乗り込む。
 スイッチを入れてエンジンをかける。さすがにその音まで隠し通すことはできない。警備の人間が走ってくる。しかしその時すでにキャノピーは閉じられていた。
 動き出したヘリを照らし出すサーチライト。しかし警備の人間たちは取り囲むだけで何もできない。銃には弾が装填されておらず、実弾を使うためには許可がいるのだ。しかしこの深夜では、その許可の権限を持つ人間が判断を下すまでは時間がいるだろう。
「攻撃ヘリ二〇三号に告ぐ。直ちに停止せよ」
 無線を通じて「警告」が聞こえてくる。しかしマリーはそれを無視してヘリを移動させ続けた。かなりの旧式とはいえ、マリーの知っている最新型と、操縦法は大差がない。
 やがてヘリは格納庫の外に出た。一気に上昇するヘリ。
 いつまでもうるさく怒鳴り続ける無線に向かって彼女は答えた。
「うるさいわね、山根先生にツケといて」
 無線は沈黙した。


 ドコドコドコドコドコドコ・・・・・・・
 森の上空を低空飛行するヘリ。最悪、国防隊航空団の戦闘機が現れる可能性がある。マリーはレーダー網を避けるため低空を飛んだ。とはいえ、研究所までの距離はたかがしれている。ヘリはたちまちGOD技術研究所の上空に達した。
 突然の武装ヘリの出現に驚く警備員たち。しかし彼らは国防隊よりも制約が少なかった。
 次々と武器を構え、ヘリに向かって発砲する彼ら。一般民間人の持つことのできないはずの武器が、政府、いや議員関係の民間企業には何故かあるのだ。マリーは容赦しなかった。
 ブオォォォォォン!!唸るバルカン砲。空中騎兵の圧倒的な火力の前に警備員、いや警備兵たちは吹き飛ばされていく。警備兵だけでなく、警備システムや武器庫らしい建物にも、マリーは容赦なくバルカンやロケット弾を打ち込んだ。研究所内のあちこちで爆発が起こり、炎が上がる。どこから持ち出したのか、敷地内には装甲車まで出現した。しかしマリーは冷静に照準を合わせると、トリガーを引いた。
 ブシュー!炎の尾を引いて飛んでいく対戦車ロケット。一瞬後、装甲車はさらに大きな炎を上げて燃え上がっていた。
 研究所はいまや、地獄と化していた。ほとんど一方的な虐殺といってもよかったが、マリーにしてみれば、ここに捕らえられ実験台にされた少年や少女たちの見た地獄に比べれば、この程度の破壊でもまだまだ甘いように思えた。彼女はここを再び襲うのを決めた時点で、研究所もろとも破壊してしまうことを決心していた。もちろん、最優先するのは勇希の救出ではあったが。
 研究所の方もさすがにヘリによる攻撃までは予想していなかったようだ。やがて研究所は炎の中に沈黙した。


「博士!」第四研究室に駆け込む麻里。平田は取り込み中だった。
「もうしばらく待て。後少しで作業は終わる」
 勇希が眠るベッドの横で、平田は作業をしていた。内分泌系制御装置によって投与された特殊なホルモンによって卵巣を刺激させ、自然排卵を押さえつつ成長させた複数の卵を採取しているのだ。
 平田の開発した装置は、麻里、そしてマリーの計算よりもかなり速く卵胞を成長させることに成功していた。元来は出生率を上げるために開発された装置であるが、その能力は平田が自らの野望のために利用するのには十分であり、彼の求める方向に改造が加えられている。そして今、勇希の卵巣から十分に成長した卵が取り出されようとしていた。
「おわかりでしょうけど、何者かがここを攻撃しています。残念ですがここを放棄して、その娘とともに脱出を・・・」
「よし。ハハハ、これで世界は私の物となるのだ」勇希の下腹部から伸びたチューブが、装置に繋がっている。平田は麻里の警告を無視してスコープを覗きながら装置を操作していた。取り出した卵子と自分の精子を早速顕微受精させているのだ。スコープから顔が離れ、何かのボタンを押す。装置の中でシュー、という音がして、下の方の蓋が開いた。
「これでよしと」開いた蓋の中から、何かをとりだし別のボックスに収める平田。
「もしや・・・・」麻里が口を開きかけるが、彼女が聞かなくとも平田は得意げに話し始めた。その目には、麻里さえもがぞっとするような狂気じみた光が湛えられていた。
「我が子の凍結受精卵だ。これさえあれば・・・・」
 ドドーン・・・聞こえる爆発音。
「博士!」
「おお。今からこの娘を覚醒させる。二人ほど予備を覚醒させているから私はその二人とともに先に行っている。あんたはその娘を連れて後から来てくれ。最悪の場合、この娘は放棄してもかまわん」
「わかりました。くれぐれもご無事で」
 平田にとっては、ここにいる娘たちはただの「もの」にしか過ぎない。手に入れた受精卵が育つのなら、誰の子宮でもよいのだ。勇希からまだたくさんの卵子を採取したいのはやまやまだが、彼にとって手に入れた受精卵を確実に成長させる方が当面は大事なことだった。被験者を機械を付けたまま移送することは不可能だったし、覚醒させずに停止させると発狂したり、最悪死ぬこともある。勇希を覚醒させるということは運が良ければまた後で彼女から卵を採取するチャンスが生まれるというだけのことだ。
 麻里が手下の女たちに合図する。二人のBSが平田と共に部屋を出ていった。
 すでに内分泌系制御装置は停止し、勇希の下腹部に突き刺さっていたチューブも抜かれていた。平田の操作によって、勇希の覚醒は始まっている。眠らせるときと違って覚醒させるのには時間が掛かるらしい。
「いいわ。あなたと心中してあげる」麻里はそう呟くと、ベッドサイドに腰掛けた。


 あちこちから煙が上がる研究所の敷地に、マリーはヘリを着地させた。煙だけでなく、そこら中に吹き飛んだ警備兵たちの死体散らばっている。
 カチャ、カチャ、スッ、スス・・・・
 てきぱきと装備を身につけるマリー。戦闘服ではなかったが、コンバットブーツと個人装備一式は奪ってきた。それらを身につけ、完全武装でヘリから降り立つ。
 一歩一歩研究所内を進むマリー。先日彼女が乗り込んだ建物に侵入していく。入り口がきれいに吹き飛んでいる。時折現れる警備兵をマリーは逃さず撃った。後で障害となりそうな者は、容赦なく片付ける。躊躇すれば自分が死ぬことになるのだ。表沙汰になれば普通はただでは済むまいが、ここでの研究内容を考えればおそらく表沙汰にはできない。必死でもみ消そうとする山根議員の顔か目に浮かぶようだった。仮に表沙汰になったとしても彼女は本来存在しないはずの人間であった。
 マリーが警戒していたのは、BSだけである。不意を突かれさえしなければ、対応策は考えてあった。この間の催涙ガスに対する麻里の反応は、参考とするに十分だった。ガスマスクも用意してある。マリーは用心深く地下へと降りていった。
 地下は比較的に被害が少なかったが、主電源は落ちている。非常灯だけが点く廊下をマリーは進んだ。
「勇希!」叫ぶマリー。すでに身を隠すまでもない。彼女の目的は勇希を救い出すことだけだ。
 ガタン、奥のドアが開く。中から誰かが現れた。
「美樹・・・・あなただと思ったけどやっぱり生きてたのね」
「麻里・・・・・勇希はどこ」
「彼女はここにいるわ。他にも、たくさんの子たちがね。心配しなくてもいいわ、ここに残っているのは私だけ。平田は逃げたわ、彼と勇希ちゃんの凍結受精卵を持ってね」
「なんですって」
「あのマッドな博士、私たちも知らないような機械を持ってたのよ。おそらくこのまま歴史の中に埋もれたんでしょうけど」
 しばし沈黙が流れる。
「麻里」
「ここで決着をつけましょう。忠告するけど、これ以上ここを破壊したら、彼女たちの命は保証できないわ。電源が落ちれば正常に戻ることはできなくなるの。いいこと美樹、簡単な理屈よ。あなたは私を倒さければ勇希も救えないし平田を追うこともできない。私はあなたを倒さなくては未来の総統を救うことをできない・・・」
「そこまで・・・・麻里、目を覚まして!あなたは奴らに洗脳されてしまっただけなのよ」
「そうよ。でもそのことに何の意味があって?今の私は、総統の忠実なしもべ。洗脳されたのだとしても、今の私はこの私なのよ」
「麻里・・・」
「ごめんね美樹、いえ雅人。もう遅すぎるのよ」
 麻里はその指から、鉤状になった爪を伸ばし身構えた。マリーもそれを見てゆっくりと、ナイフを抜く。
 非常灯の灯る地下の廊下で、二人は正対しつつ徐々に間合いを詰めていった。
「行くわよ」
 不意に、麻里の姿が視界から消える。反射的にマリーは身を低くしていた。頭の上を、素早い動きで麻里の気配が通り抜けていく。マリーは再び向き直って身構えた。
「さすがね。この攻撃をかわしたのは三人目だわ」両手の爪を研ぐように擦り合わせる麻里。その手の甲に、マリーは小さな入れ墨を見つけた。
「子猫の入れ墨・・・・麻里、あなたが」
「そうよ、私がパープルキャット。だから言ったでしょう、もう遅すぎるのよ」
 世界を震え上がらせたBS特殊部隊の中でも、パープルキャットといえば別格の存在であった。破壊活動の現場には、必ず子猫の描かれたカードが残され、そして、その顔を見た者は誘拐されて戻ってこないか死んでいる。ただ人づてに言い聞かされているのは、右手の甲にある子猫の入れ墨だけであった。
「そう・・・・」目を閉じるマリー。麻里の言うとおりだった。彼女はもう十分その手を血に染めすぎている。マリーがアジトを出た少しの間に、彼女が女としてはじめて愛した男であったリーダーは、血まみれになって死んでいた。そしてその喉元には、子猫のカードが血に染まって突き刺さっていた。
 マリーは、リーダーが残した最後の計画を実行するためにこの時代にやって来たのだ。
「そうよ、私は文字通りもう人間じゃないの」ゆっくりと、はっきりと言い放つ麻里。その表情からは、感情というものが消えていた。いや、消していたと言った方がいいだろう。彼女が普通の生活に戻ることはもう不可能なのだ。
「わかったわ」ゆっくりと立ち上がるマリー。彼女の目にも決意の光が灯っていた。彼女もまた、厳しく過酷な秘密訓練において鍛え上げられた戦士だった。そして、国内に残った反政府組織の、最後の一人でもあった。
 かつては愛し合ったこともある二人は、再び正対した。マリーにとって麻里は、昔の恋人であっただけでなく、恋人の仇でもあったのだ。
 目を閉じるマリー。常人を遙かに越える速さを持つ麻里の気配に、マリーは集中した。
 音なく動く麻里。その気配を感じ取るマリー。
 スッ!一瞬、二人が交錯する。
 目を開くマリー。
「そ、そんな・・・・」麻里の顔に、はじめて狼狽が浮かんだ。右腕にはぱっくりと大きな傷が開いている。
 無言で向き直るマリー。彼女の頬にも一閃の血が流れていた。
「ううう・・・」右腕を押さえながら振り返る麻里。再び戦闘態勢に入る彼女の姿を見て、マリーはまたもや目を閉じた。
 シュッ!麻里が跳ぶ。マリーのナイフが煌めく。
「え!?」
 ドォン!
 麻里の身体が、転がりながらかわすマリーを掠めて通り過ぎていく。
 パタ・・・着地する麻里。しかし・・・・
「ア・・・」
 麻里が崩れ落ちる。マリーの左手に握られた拳銃の銃口に、まだ煙が残っていた。麻里が空中で身を翻してナイフをかわした所へ、マリーは身体を回転させつつ拳銃を撃ち込んだのだ。その弾丸は、麻里の腹部を捉えていた。
 拳銃を収めるマリー。
「どうやら・・・わたしの・・・」腹部を押さえて苦しむ麻里。
「ごめんね、麻里」マリーは、麻里を抱き起こした。
「いいのよ・・・・雅人・・・」
「麻里・・・」
「わたし・・・ずっと待っていたのよ・・・・あなたが・・・帰ってくるのを・・・」
「・・・・・」
「だって・・・あなたが・・・いなくなったら・・・あいつらの・・・おもちゃになるしか・・・ないじゃない・・・」
 麻里は安らいだ表情でマリーに微笑みかけた。その顔から、急激に生気が消えていく。
「麻里」
「さよなら、雅人・・・私のことは忘れて・・・」
 麻里の目に、最後まで残っていた命の光が失われていく。
 マリーは、その目を優しく閉じてやった。麻里の閉じられた瞼の上に、水滴が落ちる。それは、マリーの涙の滴だった。
「さようなら、麻里・・・・さようなら、私の過去・・・・・」
 涙を拭って立ち上がるマリー。まだやるべき事が残っているのだ。


「だからさ、由利」
「えぇー!」
「キャハハハハ!」
 風が冷たい、河原の土手の上を、仲良しの由利と、あまり意味はないが飽きることもないおしゃべりをしながら彼女は歩いていた。学校の帰りか、二人とも女子校の制服を着ている。カーディガンを羽織らなければ、まだ震えてしまうほど、頬に当たる風は冷たさを感じさせていた。
 今日の話題は、ついに発覚した由利の密かな思い人である。彼女は由利が前々から彼に興味を示しているのは薄々感じてはいたが、今日ついに白状させたのだ。
 女子校は自由だ。適性試験に追われることもない。同年代の男の子たちと比べてなんと伸び伸びしていることか。
 彼女は思った。私は女でよかった、と。自分がもし男だったら、あんなむさ苦しい生活には耐えられないだろう。もっとも、将来的にはわからない。学校を出たら、好きでもない男との見合いをわんさと勧められるに違いないのだ。辟易するのか、それともわくわくするのか、その時になってみなくてはわからない。でも彼女もオトコ、というものには興味があった。自分と似て非なるその存在に。
 一瞬、自分は昔、男であったのではないか、という奇妙な想いが頭の中を駆け抜ける。でもそんなことはないはずだ。昔のことはよく憶えてはいないが、別に無理して思い出す気もしない。きっと、周りが男の人ばかりだからそんな気がするのだろう。現在の男女比は七対三ほどで、男の人は女の倍以上いるのだから。そんなことより、彼女にとっては今が楽しいのだ。そんなくだらないことを考えている暇などない。彼女は気にしないことにした。
 と、その時、彼女の前から突然、その由利の思い人が歩いてくるのが目に入った。思わず由利の方を見る彼女。由利は、顔を真っ赤にして目を背けている。普段とは違ってやはり男の前では緊張するのだ。意外と可愛気があるな、と彼女は思った。
「ほら、チャーンス!」彼女は由利をつつく。
「え、やだぁ・・・・」恥ずかしがる由利。彼女は由利がうらやましかった。自分も早くそんな相手が欲しい。そう思いながらその男の方に視線を戻す。すると、何故だか少し目眩がした。
「やだ、由利・・・・」彼女は由利に助けを求めたが、返事はない。
 さらに彼女を襲ったのは脱力感だった。体中から力が抜けていく。だんだんと気が遠くなっていき・・・・そして・・・・


 ゆっくりと目を開ける勇希。そこは、河原ではなかった。目の前に、由利ではない見覚えのある女の顔がある。
「マリー、さん?」
「やっぱりあなたが勇希だったのね」
 まじまじと勇希を見つめるマリー。勇希の姿は、今ではどう見ても十代後半の少女にしか見えない。辛うじて、顔立ちがかつての勇希の面影を残しているぐらいだった。
 不意に、勇希は自分の状況を思い出した。
「私・・・・なっちゃった・・・・」涙が溢れる。
「わかっているわ。ごめんなさいね、私、あなたを守りきることができなかった」
「じゃあ・・・私・・・」言いかけて勇希は詰まった。下腹部に痛みを感じる。
「無理しないで。あなたに夢を見させている間に、卵巣を刺激して強引に卵を育て、さらにそれを抜き取ったの。目が覚めれば痛くて当然だわ」
 マリーが勇希の身体に付けられた電極を外していく。その間、勇希の目からは止めどなく涙が溢れ出ていた。
 拘束具を外して勇希を抱き起こすマリー。着られそうな服をとりあえず勇希に羽織らせる。
「私、死ななきゃ・・・・」
「何を言うの!?」勇希の突然の言葉にマリーは驚いた。
「だって、私・・・・」
「もういいのよ」
「でも」
「私は、未来を守ることなんかできなかった。せめて、あなたの命は守りたい」
「マリーさん・・・・」
 マリーの胸を、勇希の涙が濡らしていた。


『今朝早く、国会議員の山根 正三氏が自宅で首を吊って死んでいるのが見つかりました。遺書などは残されておらず、警察では自殺と他殺の両面から捜査をしている模様です』
 カーラジオのスピーカーからニュースが流れている。
「マリーさん」マリーの顔を見る勇希。しかしマリーは気にした様子もなく車を運転し続けた。
 マリーの読み通り、国防隊は現れなかった。代わりに現れたのは、地元の警察だった。囚われていた少女たちは解放され、様々な証言と破壊されてはいるが見慣れぬ機械は警察本部の興味を引いた。国家警察の特務課が現れたときには、現場の状況は警察本部に報告され、それは有力な国会議員たちの知るところとなっていた。もちろんその中には山根議員も、井出議員も含まれている。
 もちろん事実は公表されなかった。特務課の課長補佐は、自己の栄達のために課長と山根議員の関係を警察機構内部にリークし、その結果課長は辞職せざるを得なくなった。また国防隊のとある基地幹部は、山のような始末書とともに免職となった。
 GODという会社は突如夜逃げをしたようにして閉鎖され、そこで行われていた研究は闇に葬り去られた。
 平田博士の行方はまったく掴めなかった。彼と二人のBSは完全に姿を消したまま、手がかりすら掴むことはできなかった。
「さて、お昼にしましょうか」海沿いのレストランに、車を入れるマリー。
 彼女は勇希を連れてレストランへと入っていった。
「いやあ、今時珍しいね、女の二人連れなんて」店主か、太った男が陽気に迎える。
「ランチを、二つ」笑顔で告げるマリー。
「はい、かしこまりました」マリーの注文に、男は笑顔で応えると下がっていった。
「これから、どうするの」少し落ち着いた顔の勇希がささやくように聞く。
「そうね、どこか平和なところへ」
「海外?」
「それもいかしら。私、まだいくらか自然が残っているこの時代を旅してみたいわ」
「私も一緒に?」
「もちろんよ」
 眼下の海を眺めるマリーと勇希。その色は、透きとおるように青かった。


<エピローグ:三十数年後>

「国政に新しい風を!古い体制を見直し、硬直した官僚体制の柔軟化を!」
 一人の男が、街角で演説をしていた。男の名は、平田 彰伸。政界の影の首領と呼ばれる黒部 業蔵の秘書をしていた男で、今回の選挙で初の立候補となる。
 彼の生い立ちは一種の伝説である。両親は幼い頃に行方不明になり、施設で育てられた彼は小学校に入った頃から異常な程の優秀さで、中学までにいくつかの論文を発表し、各界からの高い評価を受けていた。大学を出ると共に黒部の秘書となり、今回の立候補に至っている。マスコミは黒部からの圧力もあって密着取材し、いやがおうにもその知名度と支持率は上がっていった。
 町行く人と握手する平田候補。将来、この男がどういう大物になるか予想している者などおらぬのだろうし、本人もわかっていないに違いない。彼は笑顔で支持者に応えていた。
 一人の初老の女と握手をしたときだった。女はこれ以上ないほどの歓びを浮かべて彼の手を固く握った。平田は笑顔を返したが、いつもの握手と少し違う手触りに戸惑った。
「未来を、救って下さい」女は一言そういった。
 手を離した平田候補の顔が恐怖にひきつっていく。
 自分と握手をした女の手には、なぜか手榴弾が握られている。そして、そのピンは既に抜かれていた。一瞬後・・・・
 ドゥオォォォォォン!


 同じ頃・・・・・
「ほら、赤ちゃん出てきたよ」助産婦の暖かい声。
「ウウ・・・アア・・・・」
「もう少しだ、がんばれ」夫らしい男がしっかりと手を握っている。
 数十秒後・・・・
 オギャア!響く産声。
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
「旦那さんによく似ておりますね」
「あなた・・・・」
 助産婦に取り上げられた、まだ臍の緒がついたままの子供を受け取り、夫と顔を見合わせて泣きそうな微笑みを見せる女。
「よかった・・・・本当に」
 森ノ宮家の、長男の誕生であった。

<FIN>

*このお話は、全てフィクションであり、登場する人物、団体名等は全て架空のものであり実在のものとはまったく関係ありません。

<あとがき>
 前回の「時代」に引き続いて、ほんの思いつきで書いてしまいました。「未来」です。
 いやあ、実にアーノルド・シュワルツェネッガー的ご都合主義の世界ですね。タイムパラドックスだとかそういう話はよくわかっていないので(!)完璧に超超弩級御都合主義の世界です(ほっといて!!)。「なんでやねん!」て叫んだ方、いません?だいたいいろんな映画からエッセンス貰ってきちゃってるし。ま、世の中タイムレンジャーのご時世なので良しとしましょう(なんのこっちゃ・・・笑)。
 だいたい最後の方なんかはほとんど頭の中ターミネーターのテーマ状態でしたね。書きながら頭の中で「ダダンダンダダン」というあの音楽が流れてました。(笑)
 ちなみに採卵の件で、今回体外受精についてのHPを多数見て参考にしましたが、今回お話の中に出てきたその辺の件についてはまったく現実に基づいてはおりません。それっぽいところを都合よくつなげただけの話です。現実にはそんなに簡単にいきません。あくまでもフィクションですのでその辺はご理解いただきたいと考えております。
 で、今回のお話ですが、散々派手そうなことを宣伝したあげく見に行くと最後の方がちょっと派手だっただけというB級アクション映画、よくありますよね(特に特殊部隊系)。最近は制作費のないビデオ作品に多いようですが、まさにそのパターンです。それもほんの少し。一方的に破壊しまくるだけなので迫力にも負けます。やっぱりハリアーにしとけばよかったかな・・・・なんて思ったりもするわけですが、この未来にハリアーがあるかどうかはわからないし(発展型はあるだろうけど)。おかしいな、文書いてるだけなら制作費かからないから何でもありなはずなんだけど・・・・(先にストーリーを練れってば・・・)
 近未来の話というのは兵器の描写がし辛いです。特にこのシリーズ(になっちゃった!)の場合はどれぐらい未来かはっきりと言ってませんのでなおさらですね。私の場合、アクション映画を見に行くと兵器の方から見るので(マニアなんですぅ)、その辺が書けないのはちと寂しいです。その代わりにミーミルでは本度さんにマニアックなの持たせてたりして・・・・・
 ちなみにこの「りぼん」ネタ、もし万が一使いたい方がいればご自由にどうぞ。べつにそんなにオリジナリティの高い設定じゃないし。こんな設定、好きなんです。無理矢理やられちゃうパターン。海外のやつとか読んでても、やっぱり嫌がるのを無理矢理女性化するのは楽しく萌え(燃え?)ますね。(なっちゃう、じゃなくてされちゃうやつ)
 私の方はこの設定でこれから書くかはわかりませんが・・・・・
 というわけで何書いてんだかわからなくなってきた・・・ま、今回も長々と最後までおつきあいいただきありがとうございました。
 ではまた

KEBO


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