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 先ほどまで静かだった廊下に電子音によるメロディと俺と西園寺さんの走る足音が響く。
 廃校になる前に張られたであろう「廊下は静かに!!」とい張り紙が目に入るが、もちろん今はそんな物に構ってはいられない。
 メロディが鳴り終わるまで1分半。それまでに発信源である携帯電話を、そして一緒にあるはずの「像」を見つけなければここから脱出するチャンスはもうないかもしれないのだ。
 反対側から走ってきた西園寺さんと俺は中央にある玄関付近で立ち止まった。
 「この辺……よね」
 西園寺さんの言葉に俺は頷いた。確かに近いはずなのだが……一体どこに?
 音の発生源を探して俺と西園寺さんがほぼ同時に見たのは玄関の壁際の棚に飾られた1個のオブジェだった。
 卒業生の制作かPTAの寄贈か? いくつもの色のガラスを組み合わせた物体の中から音は響いてきていた。
 俺はオブジェの隙間から中を覗いてみた。
 「あった!!」
 中では俺の携帯電話がランプを光らせながらメロディを奏でていた。そしてあの像もランプに照らされて確認する事が出来た。
 どうやって取り出そうかと考えていた俺だったがその時、像が白く光り始めた。
 そして

 ドウッ!!

 という音とともに校舎が、いや地面が揺れ始めた。
 「くそっ!! また消えるつもりか?」
 俺は必死でバランスを崩さないようにして身体を支えると両手でオブジェを抱え上げ、
 「こおのおぉぉぉーっ!!」
 叫びながら俺はオブジェを床に叩きつけた。

 オブジェは粉々に砕けた。像にもいくつもの亀裂が入り、砕けながら眩い光を発して俺たちを包んだ。



変転(後編)

作:ライターマン



 俺は吉田夏喜(よしだ・なつき)、考古学に興味のあるごく普通の高校生……だった。

 高校2年生の夏休み、俺は遠縁の親戚である鳩山美紗子さんに誘われて廃校になった学校で発見された遺跡の調査を手伝っていた。
 そこで俺は不思議な物を掘り出した。
 それは何で出来ているか判らない、男と女が背中合わせにくっついたような奇妙な形の像のようだった。
 そして買い出しに出かけた美紗子さんが戻ってきて俺が手伝いのために校舎から出た時に異変は起きた。
 俺たちは学校ごと不思議な「壁」に覆われた空間に閉じ込められてしまったのだ。
 大人である美紗子さんや岸譲二(きし・じょうじ)さんは忽然と姿を消してしまい残っているのは発掘を手伝っていた俺たち高校生のみ。そして像も消えてしまっていた。
 「壁」の内と外とでは時間の進みが違い、いつまでたっても暗くならず明るいままだった。
 だが俺たちにとって深刻だったのは水や食料が限られている事、そして……時間をおいて俺たちの何人かの身体が男から女へ、女から男へと変わってしまうということだった。
 俺は異変のとき像のそばにいなかったので例外だと思いたかったのだが……夕食を食べ終えた時、遂に俺の身体にも異変が生じ、俺は女になった。


 像を捜し回っていた俺たちだったがなかなか見つからず、その間にも俺たちの身体は別の性になったり元に戻ったりしていた。
 だが、ふとした事から得た手がかりにより俺は像を見つけることに成功し、再び消え去る前に像を叩き壊した。

 これでこの廃校で起こった異変は終わる。「壁」は消え、俺たちの身体を含め全ては元に戻る…………筈だった。



 光に包まれて俺は気を失っていたらしい。
 目が覚めた時、俺は見知らぬ部屋のベッドの中にいた。
 「気がついた?」
 ベッドの横の方から懐かしく感じる声がした。首をそちらに向けるよりも早く美紗子さんが俺の顔を覗き込んだ。
 美紗子さん無事だったんだ……俺は美紗子さんの姿にホッとすると同時にどうしてここに美紗子さんが、そして俺がこの部屋にいるのかを不思議に思った。
 心配そうな表情で美紗子さんは俺を見ると再び俺に声をかけた。
 「大変だったね。ごめんなさい、私か譲二さんがもっと早く像が見つかった事を知っていればこんな事にはならなかったのに」
 俺は美紗子さんの口にした「像」という言葉を聞いて「ああ、あの出来事は本当にあった事なんだな」とぼんやりと思った。
 正直なところ、こうして美紗子さんと話しているとあの出来事が夢か幻のように思えてしまう。あんな現実離れした出来事が本当に起きたなんていまだに信じられない。
 「あの異変が起きた時、私と譲二さんは学校から少し離れた場所へと弾き出された。中に入れなかったので昔の仲間に連絡をとってたんだけど、『壁』は5分程で消えた……ただ、おそらく中では半日程が過ぎてたんじゃない?」
 俺は頷きながら驚いた。あの一晩に相当する出来事の間に外ではたった5分しか過ぎていなかったなんて……
 「『壁』が消えたのを確認した私たちはすぐに中に入り、気絶していたあなた達を収容して知り合いがやってるこの病院へ運んできたの」
 そう言った美紗子さんの言葉から推測すると俺が眠っていたこの場所は病院の病室らしい。


 「全員ほとんど怪我がなかったのは幸いだったね」
 そう言って美紗子さんは微笑んだ……が、その表情はなんだか暗い。
 「ただ……全員が無事に……という訳にはいかなかったけど」
 「それって……っ!!」
 どういうこと? と訊こうとした言葉を俺は飲み込んだ。いや、発する事が出来なかった。
 今俺の口から出た声……まるで……まさかそんな!?
 「夏喜、落ち着いてゆっくり……そうゆっくりと上半身を起こしてくれる?」
 美紗子さんの言葉に俺は震える右腕でなんとか支えながら上半身をゆっくりと起こしていった。
 首のところまでかかっていた布団が少しずつずれていき、ほぼ起こしきると胸のところに引っかかっていた布団は一気に腰の方へと落ちていった。
 布団が引っかかっていたのは俺の胸から出ていた二つの膨らみ……
 俺は恐る恐る右手で胸の膨らみを、そして左手で股間を確認した。

 俺は……今の俺の身体は……女だった!!

 「この胸……この声……そんな……こんなの……こんなの嘘だあぁぁぁ――――っ!!


 取り乱した俺を美紗子さんは両腕でそっと抱き寄せると優しい声で言った。
 「落ち着いて、落ち着いて夏喜。あなたは変わった。変わってしまった。あなたは女の子になり、そしてこれからは女性として生きなければならない。それはもう誰にも変える事の出来ない……そう、運命のようなもの」
 俺の目から涙がジワリと溢れてきた。
 「男だったあなたにとってそれはつらく苦しい事。でも得られるものもある。だから悲観しないで。それにあなたは生きてここへ戻ってきた。私にはそれが……すごく……嬉しい」
 美紗子さんの涙が俺の頬に落ちてきた。
 「うっ、ううっ……うわああぁぁぁん」
 俺は美紗子さんの胸の中で涙を流して泣いた。そして美紗子さんは俺が泣き疲れて眠るまで黙ったままで俺の頭をなで続けていた。



 しばらくして目が覚めた俺は再び自分の身体を確認した。
 俺の身体はやはり女だった。その事自体はやはりショックだったが、先程のように取り乱す事はなかった。
 今回の出来事を俺が思い出しながら振り返っていると部屋のドアが開き、美紗子さんと譲二さんが入ってきた。
 「どう? 落ち着いた?」
 譲二さんが俺に訊ねる。
 「……さっきよりは」
 「よかった、父さんや母さんもこっちに来るって連絡があったからもうすぐ着く筈だよ」
 美紗子さんの言葉に俺はクスッと笑う。
 「美紗子さんってよく俺の親の事を『父さん、母さん』って言うよね」
 俺の言葉に少し慌てる美紗子さん。
 「そ、そう……だね。もう長いこと一緒に過ごしているから本当の家族みたいに思えて……」
 その様子に何となく違和感を覚えたけれど、俺はさっきふと思った疑問を美紗子さんに訊いてみる事にした。
 「美紗子さん、訊きたい事があるんだけど」
 「何?」
 「美紗子さんは異変が起こる前、俺が像の話をすると『あれは危険な物』って言ったよね。それにさっきも『もっと早く像が見つかった事を知っていれば』とも。あれが何かを美紗子さんは知っているの?」
 俺の質問にハッとなって顔を見合わせる美紗子さんと譲二さん。
 二人はしばらく悩んでいたようだったが
 「もう……話してもいいんじゃないかな?」
 譲二さんの言葉に美紗子さんは頷いて俺の方を見た。


 椅子に座り大きく深呼吸をし、目を開いてこちらを見た美紗子さんはいつもと少し雰囲気が違っていた。
 「さて……と、まずはあの像のことについてだが……実はそんなに多くの事は知らないんだ」
 「え!?」
 「いつ頃作られたのか? 何のために? 材質も含めて全ては謎に包まれている。知っているのは7年前、別の時代の遺跡で同じ像が見つかった事があるということだ」
 「同じ像が?」
 「ああ、おそらくは同じ類のものだ。そして同じように異変が襲い、20人ほどの人間が『壁』の中に閉じ込められてしまったんだ」
 「もしかして……その人たちも?」
 「ああ、時間を置いてランダムに2、3人が男から女に、女から男に変化していった」
 「やっぱり……」
 「今回、中の時間で半日ほどで出られたのは幸運だった。なにしろあの時は3日分の時が流れていたから。水や食料が底をつくと、他人を襲う連中も現われた。『壁』が消えた時はほとんど全員傷だらけだった」
 「…………」
 「あの時、像を発掘したのは……俺だった」
 「ええっ!! 美紗子さんが!?」
 「ああ、俺は他の発掘品と比べて雰囲気が違い、忽然と消えたその像のことが気になっていた。だから偶然その像を再び見つけた俺は迷わずその像を叩き壊した。その瞬間『壁』は消え、俺たちは元の世界に戻ることが出来た。
 …………ただし、俺は女として」
 「すると……美紗子さんは本当は男だったんですか?」
 「そうだ」
 「そして僕は……あたしは女性だった」
 「譲二さんも?」
 「そう、あたしたちはその遺跡の発掘現場でアルバイトの高校生同士として知り合った」
 「そうだったんだ……」


 「話を戻そう。元の世界に戻った俺は自分の身に起こった事を必死で両親に説明した。最初は信じてもらえなかったけどね。ようやく信じてもらえると今度は弟の事が気になった」
 「弟?」
 「当時、俺の弟は盲腸炎で入院していた。そうでなくても小学生だった弟に『お前の兄さんは女になってしまった』なんて話は衝撃が大きいだろうからな。で相談した結果、俺は長期の留学が決まって海外へ行った事にした」
 「えっ!?」
 美紗子さんの説明を聞いて俺は驚いた。盲腸炎、そして海外への留学……それは俺の記憶のある部分にピタリと一致した。しかし、だとすると美紗子さんは……
 「もちろん実際には少し離れた高校へ転校しただけなんだが両親にそう説明してもらった。そして俺は美紗子と名前を変え、女の子として高校に通い、家の近くの大学に合格すると遠縁の親戚として戻ってきた。弟には……お前には高校を卒業した時に打ち明けるつもりだった」
 「そんな……まさか……それじゃあ美紗子さんはもしかして……峻作(しゅんさく)兄さん……なの?」
 恐る恐る、震える声で訊ねた俺。そして……
 「正解」
 美紗子さん、いや峻作兄さんは短く答えて苦笑いをしながら肩をすくめた。






 1ヵ月後、9月1日――

 「那津美(なつみ)、まだなのー?」
 部屋のドアが開いて着替え中の俺を急き立てる声がした。
 「ちょっと待ってよ兄さん。ブレザー服なんて今まで着た事ないんだから……いてっ!!」
 いきなり殴られて俺は頭を抱える。
 「兄さんじゃないでしょ?」
 「うっ、ごめん…なさい。美紗子……姉さん」
 訂正して言った俺の言葉に峻作……もとい美紗子姉さんは満足そうに頷いた。


 あの後、病院にかけつけた両親に確認した俺は美紗子さんの言ってた事がすべて事実だということを知った。
 つまり俺の男としての目標の一つで遠く海外へ行っていたはずの兄さんが実は目の前にいてしかも女になっていたのだ。
 「これからは『姉さん』と……呼んでくれる?」
 少し照れながら微笑む兄さん(?)のその姿がこれ以上ないくらい女らしく見えて、ある意味で俺が女になったことよりもショックだった。
 …………俺もこのままずっと女と過ごしてるとこんなになってしまうのだろうか?


 しかし家族はそんな俺にショックに打ちひしがれる余裕を与えてはくれなかった。
 病院で診察を受け俺の身体が正真正銘の女性である事を確認(やはりすごいショックだった)すると早々に退院をして俺が女の子として生活するための準備を始めた。
 男だった俺が女になって両親と一緒に住むのは近所の目があるから、ということで俺は姉さんの住んでいるマンションに一緒に住む事になった。
 あまり広くない部屋なので私物はほとんど全て家に置いたまま、もちろん本や服もである。
 そして持ち込まれたのは布団と机と小さなタンス、そして俺が着るために母さんと姉さんが選んだスカートやブラウス、それに下着である。(俺に選択の機会は与えられなかった)


 そして俺の女の子としての戸籍も両親により用意された。(7年前の前例があったから楽だったと言っていたがどうやったかは教えてくれなかった)
 吉田那津美(よしだ・なつみ)。
 夏喜が那津美に、安易なネーミングである。そういえば俊作と美紗子も似ていなくもない。
 それでも女の子の名前には違いない。俺は改めて自分が女の子であるという事実を突きつけられた気がした。
 渡された戸籍謄本のコピーの中には「次女」と書かれてあった。
 実は姉さんの鳩山という姓は俺の前だけで使っていたもので戸籍上は既に俺の姉だったらしい。
 気づかなかった俺が間抜けなんだろうが戸籍のチェックなんか普通しないんだから仕方がないだろう。


 女になってしまった俺の身体だが、実は「壁」が消えて以降も少しずつ変化していた。
 病院で目が覚めた時は体つきは筋肉質だった(今から思えば……であるが)し、髪の長さも男だった時とほとんど変わらなかった。
 しかし1ヶ月の間に体の線が少しずつやわらかみを増し、髪は急速に伸びて今では肩の下あたりまで伸びている。
 理由は判らないが姉さんの話では「自分も一月くらい変化してあとは安定したのよね」と言っていた。
 俺としては長い髪なんて鬱陶しかったので短く切りたかったのだが、母さんと姉さんにより女の子らしく髪形を整えた後は髪を切ることを禁止されている。
 今は顔の輪郭も変化してすっかり女の子らしくなってしまった。
 ただ、俺の変化よりも姉さんの最近の変化の方が顕著かもしれない。
 姉さんは外見的な変化はそれほどはないけど内面的にずいぶん変わってきた。
 これの理由は明白だ。譲二さんが姉さんにプロポーズをして正式に婚約したからだ。
 姉さんが明るく微笑む姿は輝くようであり、仕草や言葉使いが以前より格段に女性らしくなって艶やかさを増していった。
 …………ときどき俺が男っぽい行動をしたときに殴って矯正するのは女性らしいとはいえないが。
 そんな姿を見て俺は姉さんの幸せを喜んだ方がいいのか、将来俺も男にプロポーズされて喜ぶ日がくるかもしれないことに悲しんだ方いいのか判断に迷ってしまうのだった。


 そして身体の変化がすっかり安定した……と思った時、いきなり「それ」は訪れた。
 さすがに姉さんは経験済みのことだったので予想はしていたらしいのだが俺には知らせず、ただ黙って俺を見ているだけだった。
 そして身体の不調を訴える俺に「おめでとう」と言いながら説明した内容に俺の頭の中は真っ白になった。
 本来の俺には絶対に起きるはずのないもの、そして今の俺には起きても不思議ではないもの…………
 絶望と怒りと悔しさと悲しさが一度に俺を襲い、俺はその後しばらく何をしたのかを憶えていない。
 そして我に返った時……俺は両親を交えての祝いの席でお赤飯を口に運んでいるところだった。
 …………俺の頭は再び真っ白になった。


「これが……これが俺だなんて……」(illust by MONDO)
 2日前、俺の転校先の学校の制服が届けられた。
 赤のリボンタイに青色のブレザー、グレーのスカートの丈は結構短かった。
 すぐに姉さんが「着てみて」と言ったのだが恥ずかしさでその日はとても着る気にはなれなかった。
 だから今日始めてこれを着るのである。


 下着姿の俺はブラウスに袖を通してボタンを留める。
 ボタンの位置が以前とは逆なのだが、既にいろんな服を着せられて慣れてしまっている自分が少し悲しい。
 襟を立て、リボンタイを首に回して留めると襟を戻す。
 プリーツスカートに脚を通して腰の位置まで引き上げ、ファスナーとホックで留める。
 そしてブレザーを羽織った俺は髪をブラシで梳いて整えると後ろにの方に流した。
 髪なんて手で軽く撫でつければよかった男の時に比べると結構面倒である。


 「ど、どうかな姉さん。どこかおかしいところとかない?」
 俺の言葉に姉さんが色々な角度から俺の姿をチェックする。
 「うーん、特に変なところはないんだけど……あ、そうだ。ちょっと待ってね」
 姉さんはそう言って部屋を出た。そしてリボンを手にして戻るとそのリボンを俺の髪に結びはじめた。
 「ちょ、ちょっと姉さん!!」
 「動かないで!! ……はい、出来た。うん、やっぱりこの方がいいわね」
 そう言って姉さんは満足そうに頷いた。
 「ほら、こっちに来て見てみなさい。ね、ずいぶん可愛くなったでしょう?」
 姉さんに姿身の前まで引っ張られて俺は制服を着た自分の姿を見た。……そして絶句した。
 「そんな……」
 姿身の中の少女は確かに可愛かった。
 真新しいブレザーをきれいに着こなしスカートの下からは白い足がすらりと伸びている。
 少し栗色がかった長い髪に結わえたリボンが少女の可愛らしさを引き立てていた。
 その少女は恥ずかしげに頬を染めながらこっちを見ている。
 はっきり言って今まで出会った女の子の中でもトップレベルの美少女である。
 「ね、これなら問題ないでしょう?」
 と姉さんは言ったが……とんでもない、これは大問題である。
 「これが……これが……俺だなんて…………」
 目の前に映った自分自身の姿に俺は思わず呟き……そして
 「女の子が『俺』なんて言葉を使わないの!!」
 という言葉とともに姉さんの拳骨が飛んできた。



 「あの……お、あたし、吉田……那津美といいます。どうぞよろしくお願いします」
 始業式前のホームルーム。
 教室の教壇の前で教師に転校生として紹介された俺はそう言ってみんなの前で深々と頭を下げた。


 当然の事だが俺は転校する事になった。
 以前の自分を誰も知らない環境の方がいいだろうということで俺も特には反対しなかった……のだが。
 挨拶を終えて頭を上げた俺の目に映るのは右も左も女ばかり、そして教師も、ついでに言えば教室だけでなく校内の人間は全て女性……そう、つまりここは女子高なのである。
 「何で女子高なんだよ!!」
 親から転校先の学校の事を聞いたとき、俺は思わず叫んでしまった。
 家族の話では「その方が早く女の子らしさが身につくから」ということだが、はっきりいって余計なお世話である。
 とはいえ自分一人の力では別の高校への転校など出来る筈もない。仕方なく俺は女子高の生徒として校門をくぐる事になったのである。


 俺が女になってから大勢の人の前で喋るのはこの日が初めてである。
 どこかでぼろが出るんじゃないかと自己紹介や会話の最中は緊張のあまりうまく喋れなかった。
 しかし新しいクラスメイトの彼女達は転校のせいだと思ってくれたようで特にトラブルは起きなかった。
 みんなは気軽に俺に声をかけ、俺に学校のあちこちに案内してくれた。
 こうして俺の女子高生としての1日目はおおむね順調に過ぎていった。



 「ねえ那津美、帰りに商店街へ一緒に行かない?」
 始業式の後、下校しようとした俺はクラスメイトの数人に誘われて一緒に商店街へ行くことにした。
 彼女達の話では今日発売される人気アイドルグループの新曲を買いにいくのだそうだ。
 教室での会話で最近の流行などについてほとんどついていけなかった俺は少しでも彼女達の好みについて知っておこうと思いつきあうことにしたのだ。
 レコード店で山積みされたCDをみんなが手にする。俺も一枚とってレジに並び購入した。
 その後喫茶店に入ってみんなとパフェを食べながら他愛のない会話をし、そして解散した。


 解散した後も俺はしばらく商店街を歩き続け、本屋を見つけるとその中に入っていった。
 雑誌のコーナーで俺は先程の会話の中で彼女らがよく見ているという雑誌を見つけた。
 それは明らかに女の子向けに作られた雑誌だった。
 (うーん、みんなの話題についていくには目を通した方がいいのかも。でもちょっと抵抗があるな)
 などと考えていると、
 「もしかして……吉田君?」
 背後からかけられた声に俺はギクリとした。


 振り向いた俺の目の前にいたのは一人の女の子だった。
 年齢や身長は俺とほぼ同じ女の子は俺が振り返ったのを見て「やっぱり」というような笑みを浮かべていた。
 俺は焦った。彼女の制服は知っている学校のデザインとは違っていたし、その顔にも見覚えはない……筈なのに妙にひっかるものがあった。
 その引っかかるものが何であるか……それに気がついたとき、俺は驚愕に目を見開いた。
 俺は誰もいない学習参考書のコーナーに彼女を引っ張っていくと声をひそめて訊いてみた。
 「お前…あなた……まさか……伊藤…君?」
 すると彼女は微笑みながら頷いた。
 俺は再び衝撃を受けた。
 あの異変の当事者がどうなったかは気になっていたが、大隈や山本、寺内さんや原さんは夏休み中に偶然見かけて以前のままであることを確認していた。(みんなはこっちに気がつかなかったみたいだけど)
 だからこんなになったのは俺だけだと思っていたのに……


 「久しぶり、ずいぶん見違えちゃったね。最初は全然判らなかったよ」
 「お互いにな……まさか黒田や松方とかも?」心配になって訊ねた俺に伊藤は首を横に振った。
 「いや、あいつらは男のままだよ」
 「会ったのか?」
 「松方にはね。黒田の方は見かけただけ」
 「その身体で? どうして……」
 「『あの時』俺は松方にひどい事をしただろう。あの後気まずくなって何も言えなかったけど、どうしても会って謝っておきたかったんだ」
 「松方は……なんと?」
 「『気にするな、あの場合は仕方がない』って」「そうか……」
 その言葉に俺は少しホッとした。それに伊藤がとった行動に俺は伊藤のことを見直していた。
 「それからね、松方はこう言ってくれたよ『頑張れ』って」「頑張れ……か」
 「そう、だからお前には俺が言っておきたい。頑張れ」
 頑張れ……おそらく今言った伊藤も伊藤に言った松方も何をどう頑張ればいいのか。具体的なものはないに違いない。
 それでも何か言っておきたい。下手な同情やその場限りの慰めではない言葉を……そんな気持ちのこもった言葉だった。
 「ありがとう、伊藤」
 「いや、礼には及ばないよ。むしろ謝らなきゃいけない。俺はお前にもふざけたりして迷惑をかけたからね。だから会えてよかったよ。あの時は本当にすまなかった」
 俺は首を横に振り、伊藤に向かって右手を差し出した。伊藤も右手を出し俺たちは固く握手をした。


 そこに一人の男子高校生が近づいてきた。
 どうやら彼は伊藤を捜していたようだった。「じゃあね」と短く言うと伊藤は彼に近づき耳元で何かを囁く。
 驚いてこちらの方を見た彼の顔を見て俺は気がついた。多少背は高くなっているものの、彼の面影は桂さんに似ている事を……
 彼(?)は俺に軽く会釈をし、俺も彼に会釈をした。
 そして伊藤は彼の左腕に自分の腕を絡め、こちらに手を振りながら本屋を出て行った。


 俺は本屋で女の子向けの雑誌やマンガを何冊か購入して店を出た。
 メインストリートを歩きながら俺は先程の伊藤の姿を思い出していた。
 伊藤は俺と同じように女になってしまった。
 見た目はすっかり女の子だった。俺と話しているときの喋り方は男の時と同じだったが、俺と別れるときの言葉や本屋を出て行くときの様子は普通の女の子のように見えた。
 もしかして伊藤本人も気がついていないうちに現在の性に、女の子に近づいているのかもしれない。……そしてそれは俺にも言えるかもしれない。
 だけどあいつは、そして恐らく桂さんも今は前向きに生きている。頑張っているのだ。
 だから俺も前向きに頑張って生きていきたい、そう思った。



 考え事をしながら歩いていた俺は別の通りから歩いてきた人物とぶつかってしまった。
 「あっ!!」「す、すいません……ああっ!!」
 謝ってから顔を上げて相手の顔を見た俺は心臓が止まりそうになった。
 ぶつかったのは俺の通う女子高の近くにある進学校の制服を着た男子だった。
 背は今の俺よりやや高く、スラリとした体格に均整の取れた顔立ち、なかなかの美男子である。
 …………いや、美男子なのは問題じゃない。(美男子と思ってしまったのは問題かもしれないが)
 あの時から身長も体格も顔立ちも髪型も全て変わってしまっているのに、俺には彼が「誰」であるのかがすぐに判ってしまった。
 「やあ、1ヶ月ぶりだね。もしかして今はあそこの学校にいるの?」
 微笑む彼の質問に何度も頷いた俺は顔が熱くなり、激しくなった動悸を抑えることが出来なくなっていた。


 この瞬間……俺の心は……恋に落ちた。

(おわり)


おことわり

この物語はフィクションです。劇中に出てくる人物、団体および病名は全て架空の物で実在の物とは何の関係もありません。


あとがき
 どうも、ライターマンです。
 これはサスペンス……じゃないですね(笑)。
 終わった後の描写がやたら長いのは……作者の趣味です(爆)。
 ドタバタコメディと化したこの作品ですが楽しんでいただければ幸いです。

 それではまた。

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