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 (そんな……まさか!?)

 激しく動揺する俺の手の中で俺の胸の部分が少しずつ変化していった。
 丸く……柔らかく……男の胸板から……女の乳房へと。
 「吉田……君、まさかあなたまで?」
 隣にいた西園寺さんが手で隠しきれなくなった俺の胸を見て呆然と呟く。
 そして変化は胸だけではなかった。
 お腹の中で何かが動き腰の部分が大きく、逆にウエストの部分が細くなっていく。
 俺はバランスを崩してしまいその場にペタンと座り込んだ。
 両ひざの先がくっついた形で足の先が腰の両側に広がった形の男には出来ないような座り方だった。
 「は、はは……あははは……」
 乾いた笑い声を上げてしまう俺。その声もさっきまでとは違い細く……そして高い声だった。

 俺は……女になってしまった。



変転(中編)

作:ライターマン



 俺は吉田夏喜(よしだ・なつき)、考古学に興味のあるごく普通の高校2年生……の筈だった。

 遠縁の親戚である鳩山美紗子さんに誘われて夏休みの初めに廃校になった学校で発見された遺跡の調査を手伝っていた俺はそこで不思議な物を掘り出した。
 それは何で出来ているか判らない、男と女が背中合わせにくっついたような奇妙な形の像のようだった。
 ちょうど買い出しに出かけていた美紗子さんはその話を聞くと血相を変えた。
 しかしちょうどその時、異変が起きて俺たちは学校ごと不思議な「壁」に覆われた空間に閉じ込められた。
 大人である美紗子さんや岸譲二さんは忽然と姿を消してしまい残っているのは発掘を手伝っていた俺たち高校生のみ。そして像も消えてしまっていた。
 「壁」の内と外とでは時間の進みが違うのかみんなの時計は午後九時を回っているのにまだ明るいままだ。
 しかし……そんな事ですら時間をおいて俺たちの何人かの身体が男から女へ、女から男へと変わってしまうという現象に比べたらそれ程大した事ではなかった。
 異変のとき像の側にいなかったから俺は大丈夫、と思っていた(思いたかった)俺だったがどうやらその考えは甘かったようだった。
 夕食を終えて行動を開始しようとした俺に変化が起き始め、俺はとうとう女になってしまったのだ。



 「誰か他に身体が変わった人はいない?」
 西園寺さんが俺の身体を支え周りを見ながら言った。
 リーダーシップをとる西園寺さんは男になって声が低くなったこともあり何となく頼もしく見えてしまう。
 「あの……」
 西園寺さんの声に応えて1人が声を上げる。それは最初に身体が変わってしまった松方だった。
 「僕……変わった、というよりは戻ったというべきなんだけど……」
 俺たちは一斉に松方を見た。



 「……ここにもないか」
 2階の男子トイレを捜し終えた俺は溜息をつきながら呟き鏡を見た。
 顔はわずかに変化したのみで面影はあるし服は以前と全く同じなのだが……それでも鏡に映る俺はやはり女の子だった。
 「こっちは見つからなかったけどそっちはどう?」
 少し悲しくなって涙が出そうになった俺に女子トイレを調べていた西園寺さんが入口から声をかける。俺は鏡から目を離し首を横に振った。
 「そう、じゃあ次は3階へいきましょう」
 そう言って西園寺さんは歩き始めた。


 あれから俺たちは例の像を捜して歩き回っている。
 最初に男から女へと変わった松方が元に戻った事により時間が過ぎる事で元に戻るのかも……と期待したがそれは甘かったようだ。
 その後、残っていた黒田、大隈、桂さんが変化し、最後に残っていたと原さんもさっき男になってしまったことを知らされた。
 寺内さんは女に戻る事が出来たけど、男に戻っていた松方は再び女になってしまった。
 変化は30分から1時間に1度起き、1〜2人が変わるらしい事が判ってきたが誰が変わるかは全く予想が出来なかった。


 「痛っ!!」
 階段を上っていた俺は思わず声を上げてしまった。
 「どうしたの?」
 先を進んでいた西園寺さんが心配そうにこちらの方を見たけど、俺が顔をしかめて胸に手を当てているのを見て納得したような表情をした。
 「そうか……ね、ちょっとこっちへ来て」
 そう言って西園寺さんは俺の手を引っ張っていった。


 連れて行かれたのは女子用の宿泊場所に割り当てられた教室だった。
 西園寺さんはバッグの一つを開けて中を探ると
 「ねえ、これを着けてみて」
 と言って俺に小さな布切れを差し出した。
 渡された俺はその布切れを広げてみた。それは……ブラジャーだった。
 「こ、こ、こ……これを着けろと?」
 硬直して震える声で尋ねた俺に西園寺さんはあっけらかんとした表情で言った。
 「だって乳首が擦れて痛いんでしょう?」
 確かにそのとおりだ。そのとおりなのだが……
 「だからと言ってブラジャーを着けるのは……」
 「いいじゃない。今のあなたは女の子なんだし」
 「しかし……」
 「つべこべ言わない。手伝ってあげるから早く着けなさい!!」
 「え!? ち、ちょっと!! いや、やめてぇぇっ!!」
 胸のボタンに手をかけられた俺は思わず女の子のような悲鳴を上げてしまった。


 「はいっ終わりっと」
 「ううっ……汚された……汚されてしまったよう」
 にこやかに微笑む西園寺さんとは対照的に止まらない涙を流す俺、その胸にはブラジャーがしっかりと固定されていた。
 「何言ってるの、たかがブラジャーくらいで。で、どう?ブラジャーの着け心地は?」
 「……少しきつい」
 「ええっ!? 女になったばかりなのになんて生意気な」
 「なりたくてなった訳じゃない!!」
 「まあいいわ。それより早く服を着ましょう」
 「そうだな……あれ?俺の服は?」「ちょっと借りてるわ。自分のは身体が大きくなったせいで動きにくくなったから」
 そう言った西園寺さんは既に俺の服を着終えた後だった。
 「ちょ、ちょっと!! じゃあ俺は何を?」
 「あたしの着替えを貸してあげるわ」
 「結局そういうオチかよ」
 にこやかに微笑みながら答えた西園寺さんの言葉に俺は再び涙を流した。



 「ふうっ」
 部屋の扉を閉め鍵をかけた俺は溜息をついた。
 ここは昔の校長室。大きな机や空の書棚は残っていたが他には何もないこの部屋に俺は一組の布団と着替えを持ち込んで臨時の仮眠室としていた。
 像の捜索は依然続けられていたが、さすがにみんなの時計が11時近くになった頃は全員の疲労は頂点に達していた。
 しかし寝る時に、あるいは寝ている間に自分の身体が女になり、そして隣の人物が男になって自分に襲い掛かってきたら……そう思うと他の人と同じ部屋で寝るのは避けたかった。
 幸い岸さんと美紗子さんが使っていた部屋には他のいくつかの部屋の鍵が保管してあったのでみんなは鍵を分け合って使う事にしたのだ。


 俺は服を脱いで布団に潜り込んだ……が、すぐに上半身を起こした。
 「忘れてた……こいつも外さないと」
 俺はシャツを脱ぎ、ブラジャーを外した。すると俺の胸の膨らみが顕わになり俺の顔は真っ赤になった。
 男の俺の身体が女になるなんて……信じられない事だが目の前の乳房がそれを事実だと告げていた。
 もしこのまま元に戻らなかったら俺はこの先の一生を女として生きなければならない。それは俺にとって恐るべき事だった。
 しかし俺は首を何度も振って不安になる気持ちを振り払った。
 まずはここから脱出する事が先決だった。
 食料と水はあと2、3回分しかない。切り詰めたとしてもここの時間で数日も経てばそれらは全て尽きてしまう。
 それまでに「壁」を消すか突破して脱出しなければ、そのためにはあの像を見つける事が重要だった。
 「とにかく今は寝よう。像を捜す方法とかは起きてから考えよう」
 俺はそう言ってシャツを着ると布団を頭からかぶった。
 外が明るいままのせいもあり、なかなか寝付けなかった俺だが大分時間が経った頃にようやくうとうととしはじめた。



 「…………大丈夫か?……早く起きろ」
 目が覚めた俺は目の前に意外な人物がいたことに驚き思わず訊ねてみた。
 「峻作……兄さん?」
 そう、そこにいたのは俺の6つ違いの峻作(しゅんさく)兄さんだった。
 行動力があって明るくいつも俺の目標だった兄さん。
 だけど俺が盲腸炎で入院している間に海外への留学が決まり、戻ってくるのは再来年の春の筈なのに……
 「どうしたんだ一体? 地震の後、急に倒れて気を失うもんだから心配したぞ」
 その言葉に驚いて俺は周りを見た。
 するとそこは発掘現場の廃校の校庭で塀の向こう側に「壁」は……無かった。
 「か、『壁』は? それに兄さんはどうしてここに?」
 「『壁』? 何の事だ? それに俺がここにいるのは当たり前じゃないか。俺はここの遺跡発掘のスタッフなんだから」
 少し呆れた表情で言う兄さんを見て俺の頭は完全に混乱した。

 今までの事は一体なんだったんだ? 俺は夢でも見てたのか? しかしどこからが夢でどこからが現実なのだ?

 「それより荷物を運ぶのを手伝ってくれ。さすがに俺一人では持ちきれないからな」
 兄さんはそう言って車のトランクを開けた。
 「…………兄さん……俺、夢を見ていたみたいだ」
 俺のその言葉に兄さんは首をこちらに向けて尋ねた。
 「夢?」
 「うん……地震が起きた後で学校が不思議な『壁』に包まれて出られなくなって……それに俺の身体が女になってしまう……そんな夢だった」
 「何だよそれ? 変な夢だな」
 思い出しながら呟くように喋った俺の言葉に兄さんは吹き出し笑いながら言った。
 それはそうだろう。俺だっていまだに信じられない。しかし……
 「それにお前の身体は最初からから女じゃないか」「えっ!?」
 兄さんの言葉に俺は驚いて自分の身体を見た。
 すると俺の胸は柔らかく膨らんでいて身体全体が女性特有のラインを描いていた。
 それだけじゃない。俺はスカートを穿いていてさらに下を向いた俺の顔の前に長い髪がハラリと落ちてきたではないか!!
 「そ、そんな……どうして俺が女に!?」
 「お前は生まれた時から女の子じゃないか。どうしたんだ美紗子? お前ちょっと様子が変だぞ」
 「俺が美紗子さん? そんな馬鹿な!?」
 完全にパニックに陥った俺は心配そうに近づいてくる兄さんから逃げるように後退った。

 「そんな……こんなの……こんなの嘘だあぁぁぁ――――っ!!



 ガバッ!!

 叫び声と同時に俺は目を覚ました。
 「はあっ……はあぁーっ……よかった、夢だったのか」
 俺はホッと胸をなで下ろした。……が、その胸には相変わらず自分の身体が女性である事を示す二つの膨らみがあった。
 溜息をつきながら俺はシャツを脱ぎ、ブラジャーのカップに乳房を入れるとホックを留めるために手を後ろに回した。
 いつもなら背中に手が届かないのだが今なら楽に届いてしまう。これも女になったためだろうか?
 さすがにホックを留めるのは慣れないためにかなり苦労したが、何とか着け終えた俺はその上からシャツと西園寺さんから借りた服を着てからドアを開け廊下に出た。
 「今何時かな?」
 そう言って周りを見回したけど時間が判りそうなものは何もなかった。
 外は相変わらず明るいままで「壁」が学校の塀から向こうの景色を歪めていた。


 廊下をしばらく歩いていると階段を上ってきた大隈に「やあ」と声をかけられた。
 大隈の身体は男に戻っていた。
 「よう……そうか戻ったんだな」
 「ああ、寝ている間にな。そっちは相変わらず美少女のままか?」
 「美少女なんて言うなよ。恥ずかしくてしょうがないんだから」
 顔を赤くして文句を言う俺に大隈はニヤニヤしながら言った。
 「実際美少女なんだからいいじゃないか。それにその服、下着だって……」
 言われて俺は自分の身体に視線を向けた。
 すると夏用の薄手の服の布地越しにうっすらとブラジャーの線が見えていた。
 「こっ、これは西園寺さんに無理矢理……」
 「そうかあ? そういえば伊藤も桂さんと服を交換してたな」
 「伊藤が?」
 「ああ、あいつは『滅多に経験できないことだし桂さんと親しくなれたから』と喜んでいたけど」
 「俺はあいつとは違う!!」
 「まあまあ……それよりさ」
 「何?」
 「俺たち……戻れるのかな?」
 不安そうに呟いた大隈の言葉に一瞬迷った俺だったが思い切って言った。
 「正直なところそれは判らない。だけど諦めて何もしなかったら戻れるものも戻れないだろう? だから信じよう。必ず戻れると」
 そう言うと大隈も俺に微笑み返した。



 「ところで今は何時なのかな?」
 俺の問いに大隈が腕時計を見ながら言った。
 「ええっと午前6時を少し過ぎた頃だな。お前、時計をもってないのか?」
 「ああ、時計代わりの携帯電話があの異変の後から見つからなくてな。どこかで見なかったか?」
 俺は肩をすくめながら答えた。
 買ってもらったばかりの携帯電話はあの時、電波が入らなくなった事もあってつい旧職員室に置いたままで出たのだが、それ以降何度捜しても見つからなかった。
 大隈は少し首をひねった格好で思い出しながら言った。
 「そういえば……お前が出て行った後に伊藤が携帯のストラップを像に絡めたりしてふざけていたよな。松方が注意しようとしていた時に地震が起きたから……」
 「ちょっと待て!! それじゃあもしかして俺の携帯は像と一緒という事か?」
 「あ、ああ……そうかも知れないな」
 その言葉に俺は考え込んだ。
 像と一緒に俺の携帯電話も消えた。もし携帯電話のストラップが像に絡まって同じ場所にあるとすれば携帯電話を探し出せばそこに像もあると言う事になる。
 しかしどうやって捜す? 誰かに電話を掛けてもらう? 駄目だ、今は電波が届かない。
 いや待て!! そういえば確か……
 その時、俺はあることを思い出して閃いた!!


 「そうだこの手なら……うっ!!」
 アイデアが閃きそれを大隈に伝えようとした俺だったが、そのとき身体に異変が起きた。
 それは俺が女になる時に感じたのと同じものだった。
 胸に手をあてるとブラジャーの中の乳房が少しずつ小さくなっていくのが判った。
 同様にウエストや腰の部分にも変化が起こる。バランスを崩しかけた俺だったが一度経験済みだったこともあり何とかふんばった。
 そして俺は……男に戻った。


 「吉田……元に戻ったのか?」
 「ああ、ようやくな」
 尋ねてきた大隈に俺は微笑みながら答えた。
 ずいぶん長い間、女の身体でいたような気もしたがようやく俺も男に戻る事が出来た。後はこの状態でここから脱出できれば万事OKなのだが……
 「具合はどうだ?」「ええっと、ちょっと息苦しいような……」
 それほど大した事じゃないが身体の不調を訴えた俺だったが、それに対し大隈はニヤリと笑って俺を指差しながら言った。
 「そりゃそうだろう。そんなものを着てるんじゃあな」
 指摘されて俺は思い出した。
 今の俺は西園寺さんから借りた服を着ているのだが男になった俺の身体にとってそれは窮屈なものだった。それに……ブラジャーが俺の胸を締め付けていた。
 「うっ!! ちょ、ちょっと着替えてくる。…………そうだ、みんなを急いで起こして旧職員室に集めてくれ。うまくすれば像が見つかるかもしれないぞ」
 俺は自分の着替えが置いてある旧校長室へと急ぎながら大声を上げて大隈にみんなを集めるように頼んだ。



 「……そろそろだな」
 1階の階段のそばで待機していた俺はそう呟いて唾を飲み込んだ。
 反対側の階段のところには西園寺さんが、そして他のみんなも各階の階段のところや校庭の各所に立っていて「その時」が来るのを待っている。
 さっき旧職員室を出る時に確認した時刻が6時50分、そろそろ7時になる頃である。
 俺の持っていた携帯電話は目覚し時計も兼ねていた。
 アラーム機能を使って7時から1分半の間、目覚まし用のメロディが鳴るように設定している。
 だからそのメロディを聞き取る事が出来ればその発生源を捜す事により俺の携帯電話が、そしてあの像を見つけることが出来るはずだ。
 俺のこの考えをみんなに話し、全員が協力して校内全体をカバーできるような位置に立つ事になった。
 しかも幸運な事にこの少し前、伊藤と桂さんの身体が変化し俺たちは全員元のの身体、つまり男子は男の、女子は女の身体に戻ることが出来た。
 再び誰かの身体が変わる前にあの像を止めるか壊すかすれば俺たちは全員無事にここから脱出する事が出来るだろう。
 俺はそれがどんな小さな音でも聞き逃すまいと耳を済ませた。


 「来たっ!!」
 毎朝聞いているメロディを耳にした俺は思わず叫んだ。
 俺は全神経を耳に集中し音の発生源を探った。
 それは俺のいる1階の中央付近からだった。
 アラームが鳴り終わる前に見つけ出さないと!!
 俺は音のする方に向かって駆け出した。

(つづく)


おことわり

この物語はフィクションです。劇中に出てくる人物、団体および病名は全て架空の物で実在の物とは何の関係もありません。


あとがき
 どうも、ライターマンです。
 これはサスペンスなのだろうか?どうも違うような気が(笑)。
 まあ、少し(?)は萌えな展開を入れないとね。
 さて次回はいよいよ後編です。彼らは無事にこの世界から脱出できるのでしょうか?

 それではまた。

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