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 「みんな、大丈夫かっ!?」
 地震の後、俺は急いで校舎だった建物に入り、みんながいる筈の部屋に飛び込んだ。


 職員室として使われていた部屋には9人の高校生と台の上に並べられた大小さまざまな発掘品。さっき俺がこの部屋を出た時と何ら変わりがないように思えた。
 全員が無事である事を確認して少しだけホッとした俺だったがすぐにハッとなって訊いてみた。
 「譲二さんは? 岸さんはまだ戻ってないのか?」
 「えっ? あ、ああ、岸さんならまだ戻ってないけど……」
 山本の答えに俺は不安になった。まさか譲二さんまで……


 俺の心の中を恐怖が支配し始めた。
 みんなは今のをただの地震と思っているようだがこれは単なる自然現象などでは絶対ない。
 だがその事をみんなに伝えようとしたその時、

 「うわっ!!」

 部屋中に叫び声が響き渡った。



変転(前編)

作:ライターマン



 俺は吉田夏喜(よしだ・なつき)、もうじき17歳で高校2年生。
 現在俺は夏休みを利用して廃校になった学校の校庭で発見された遺跡の発掘現場を訪れていた。
 「勉強の息抜きにでもどうかしら?」
 海外に留学している兄さんの影響もあって以前から考古学に興味のあった俺は喜んでこの誘いを受ける事にした。

 それが……まさかあんな事になるなんて。


 そこは過疎化により誰も住まなくなった地区なのだが、近くを高速道路が通る事になり村が活性化のために工業団地を作る事にしたらしい。
 それで造成を開始しようとしたところで遺跡が見つかったのだ。
 普通、事業を始めようとした土地で遺跡が見つかった場合、事業主の企業や自治体はいい顔はしないらしい。
 発掘調査が終わるまで工事を進めることが出来なくなる上に調査にかかる費用の全てが事業主の負担になるからだそうだ。
 中には遺跡が見つかっても届け出をせずにそのまま工事を強行して後で問題になるケースもあるらしい。
 また今回のように地域活性化を狙っている場合、最初はニュースになる程の発見を期待され、それが無いと判るとあからさまに邪魔者扱いされる事も多いと言う。
 「結構プレッシャー大きいのよね」と今回の発掘作業に俺を誘ってくれた人はよくこんなことを言っている。


 今回の遺跡も最初の調査で場所こそ珍しいものの規模も小さく真新しい発見はないだろうと予想された。
 そして「なるべく経費がかからないように」と頼まれて大学側が考えたのが「主要スタッフの数を減らしキャンプを兼ねて高校生に発掘調査を手伝ってもらう」事だった。
 その日、発掘現場にいたのは俺を含めて10人の高校生と大学考古学部の研究員である主要スタッフ2人、しかもそのうちの1人は夕食の買出しで車で出かけていた。


 異変が起きる1時間ほど前、

 サクッ…サクッ……カチンッ!!

 発掘現場の土を削りながら調べていた俺は、手応えを感じてその部分の土をを慎重に取り除き、そこにあった物体を掘り出した。
 それは男と女が背中合わせにくっついたような奇妙な形の像のようだった。
 土偶? 埴輪? そもそもこれは土で出来ているのか? まだまだ素人の俺にはそれが何なのか見当もつかなかった。
 俺はタグに発掘した日付と時刻、場所と発掘者である俺の名前を書いてその像に取り付けた。
 そして暗くなり始めた事もありそれまでの発掘品と一緒に箱に入れて校舎だった建物へと歩き出した。


 その日の発掘作業を終えた俺たちは道具の点検をしている岸譲二(きし・じょうじ)さんを除いて発掘品の保管場所である旧職員室に集まっていた。
 「へーっ、面白い形をしるわね」
 俺が掘り出した像を見て西園寺さんが興味深そうに覗き込む。
 「確かにな。けど、本当にこいつが埋まっていたのか?」
 片手で像を持ち上げるながら伊藤がこんな事を言う。俺は少しムッときて言った。
 「どういうことだそれは? 俺がでっち上げたとでも言うのか?」
 睨み合う俺と伊藤の間に黒田と桂さんが割り込んだ。
 「おいおい落ち着けよ2人とも」
 「そうよ、吉田君がそんな事をする訳ないじゃない」
 二人に止められて俺は2、3歩下がって伊藤から離れた。
 伊藤は像を持ったままその場を動かなかったのだが、桂さんに注意されて俺から目を逸らせた。
 伊藤と同じ学校の松方によると伊藤は考古学には興味ないけど桂さんが目当てで今回の発掘に参加したらしいが、なかなか2人きりになれずに不満がたまってるらしい。
 ……まったく、まじめに参加している者にとっては迷惑な存在である。


 伊藤から離れた俺のズボンのポケットから軽快な音楽が鳴り始めた。
 俺はズボンから出ていたストラップの紐を引っ張り、買ってもらったばかりの携帯を取り出した。
 「あ、美紗子さんからだ」
 発信者を確認した俺は通話ボタンを押して携帯を耳に当てた。
 「もしもし夏喜?」
 携帯電話から多少ノイズが入っているものの親しげな声が聞こえてきた。
 「はい、美紗子さんは今どの辺ですか?」
 「もうすぐ到着……。材料……多い……運ぶ……手伝って…………」
 「美紗子さん?」
 美紗子さんの声が聞きづらくなり俺は聞き直したけど携帯からはザーッという音がしたかと思うと何も聞こえなくなった。
 携帯の画面を見ると”圏外”の表示が出ていた。
 「あれ? おかしいな」
 俺は首を傾げた。普段人の住んでいないここは電波の入りが悪い事はあったけど、聞こえなくなる事なんてなかったのに……
 「どうした吉田?」黒田が俺に尋ねた。
 「ああ、携帯が通じなくなったんだ。何かあったのかな? とにかく荷物運びもあるんで外まで迎えに行ってくる」
 携帯を置いた俺はそう言ってみんなを残して部屋を出た。


 俺が校舎を出るのとほぼ同時に1台の車が校庭の入り口からこちらに向かって近づいてきた
 それを見て俺は少しホッとする。先程の携帯の不通で美紗子さんが事故に巻き込まれたためじゃないかと心配していたからだ。
 車から降りてきたのは若い女性。鳩山美紗子(はとやま・みさこ)さんだ。
 彼女は大学の考古学部の研究室に所属して今回の発掘作業のメインスタッフであり俺を誘った人でもある。
 母方の遠縁の親戚なのだが大学進学のために俺の家の近くに引越したことで母さんに紹介されて知り合った。
 彼女はよくうちに遊びに来て俺の家族と一緒に食事をしたり今は留守になっている兄の部屋に泊まっていったりしている。
 正直に言えば明るくて活動的な美紗子さんに俺は強く惹かれるものがあった。……が、彼女は既に譲二さんと付き合っていて俺の入り込む隙はなかった。
 最初は口惜しかったけど譲二さんはいい人だし美紗子さんが幸せそうだったので俺は二人の仲を認める事にした。おそらく婚約するのもそう遠くないだろう。


 「ごめんなさい、急に携帯が通じなくなっちゃって」
 そう言って美紗子さんは僕に笑顔を見せた。
 「いえ、美紗子さんのせいじゃないですから。それより荷物は?」「後ろのトランクの中よ」
 俺たちは車の後ろの方に回り美紗子さんがトランクを開けた。
 「そうだ、俺さっき面白い物を掘り出したんですよ」「へえ、どんな物なの?」
 尋ねてくる美紗子さんに俺は少し自慢するように言った。
 「何で出来ているかはよく判らないけど、男と女が背中合わせになったような変わった形の像なんです」

 ドサドサッ!!

 俺の言葉を聞いた瞬間、美紗子さんの顔が真っ青になり手に持っていた荷物が音を立てて落ちていった。


 「いけないっ!!」
 一瞬呆然とした美紗子さんは我に返ると校舎の入り口に向かって走り始めた。
 「ど、どうしたんです?」
 後を追いかけて尋ねた俺に美紗子さんは振り返らずに言った。
 「一刻も早くその像を壊さないと」「ええっ!?」
 美紗子さんの言葉に俺は驚きの声を上げる。
 「ど、どうして?」
 「あれは危険な物なのっ!! 像の力が発動する前に壊さないとここの周囲が……」
 美紗子さんが走りながらそう言いかけたその時、

 ドウンッ!!

 大地が大きく揺れ、俺はバランスを崩して倒れこんだ。


 「ふうっ、危なかった。大丈夫ですか美紗子……さん?」
 揺れはほぼ一瞬で収まり、俺は美紗子さんに話し掛けようとした。……が、そこに美紗子さんの姿はなかった。
 校舎の入り口までにはまだ距離がある。俺が美紗子さんを見失った一瞬に校舎に入り込んだとは考えにくい。
 「消えた? ……まさか!?」
 俺は慌てて周りを見回した。近くに発掘した跡のくぼみはいくつもあるが人が隠れられるような場所はない。
 念のために後ろを振り返った俺はそこに信じられないものを見た。
 「そんな……景色が……歪んでる?」
 校庭と外を隔てている塀、そこまでははっきり見えているのだが、そこから先の景色が「歪んで」見えた。
 よく見るとその1箇所だけでなく左右の塀や校門の向こうも歪んで見えた。そして校舎の向こう側や真上の空に浮かんでいる雲が「揺らいで」見える……ということは……
 「…………と、閉じ込められた……のか?」
 俺の身体はガタガタと震えだした。
 校舎へ向かって俺は走り出した。目の前の非現実的な光景から逃げ出すために。


 校舎に入った俺はみんなのいる部屋へ飛び込んだ。
 美紗子さんはどこにもいなかった。もしかしたら既に校舎に入っただけかも……と期待したのだが……
 そして未だに姿が見えない譲二さん。次々と起きる異変に俺は不安になった。
 しかし……本当の異変はこんなものじゃなかったのだ!!




 「うわっ!!」

 最初にその悲鳴を聞いた時、俺は女の子が上げたものだと思っていた。
 しかし声のしたほうを見ると悲鳴を上げたのは男子の松方のようだった。
 松方は恐怖の表情を浮かべて自分を抱くような格好で2、3歩後ずさりした。
 「どうしたんだ松方?」
 尋ねてみるが松方は首を横に振るだけで答えようとしない。
 そして隣にいた伊藤が驚いたように松方の身体に手を伸ばす。
 「松方……お前……胸が膨らんでないか?」
 「さ、触るなっ!!」


 胸に触れようとした伊藤の手を払いのけ叫んだ松方の声に俺は……いや全員が愕然とした。
 松方が発した声は……高くてとても男のものとは思えない……女のような声だったからだ。



 それからしばらく後、
 学校の周りを調べていた俺たち男子は重い足取りで旧職員室へと戻ってきた。
 「駄目だ」
 入るなり大隈が吐き捨てるように言った。
 「学校の外は『壁』で覆われている。今のままじゃ脱出は無理だ」
 そう、最初に異変が起きたとき俺が「閉じ込められた」と感じていたのは正しかった。
 俺たちは「壁」を突き抜けようとしたけれど見えない力に押し戻されて脱出は不可能だった。
 「譲二さんも美紗子さんもどこにもいないし……それに『像』も消えてしまった」
 呟くように俺は言った。
 学校中を捜したけど二人の姿は見つからなかった。そして異変が起きたとき、伊藤が持っていたという例の像も忽然と姿を消していた。


 ちょうどその時、女子たちが旧職員室へ戻ってきた。
 周囲の探索は男子がやる事にして身体に異変が生じた(らしい)松方の方は女子に任せて旧保健室に連れて行ってもらった。
 そこは薬とかは無かったけどベッドやカーテンはそのままになっていたのだ。
 「どうだった、松方の様子は?」
 山本が尋ねると原さんが難しい顔をして答えた。
 「まだ興奮してるからベッドに寝かせてきたわ。誰かいると落ち着かないだろうからみんな戻ってきたの。まあ無理もないわ、身体があんな事になったんだから」
 「その……松方だけど……本当に…女に?」
 俺が恐る恐る聞いてみると原さんは大きく溜息をつきながら言った。
 「服を脱がせる訳にはいかなかったけど……たぶん間違いないでしょうね。胸は確かに膨らんでいたし、その……脚の付け根の方に手を当てて……『無い』……って言ってたし」
 言った原さんも聞いた俺たちも顔が真っ赤になった。あまり考えたくはないがこの場合何が「無い」のかは明らかだろう。


 「や、やめろっ!!」

 ちょうどその時、旧保健室の方から声がしたので俺は駆け出した。
 そして旧保健室に飛び込んだ俺が見たのは身体を隠すような格好で壁際まで後ずさりした松方と彼(?)の服に手をかけようとしている伊藤の姿だった。
 「何をしてるんだっ!?」
 俺が怒鳴ると伊藤は松方の服の襟を掴んだままこっちの方を向いた
 「な、何をって、確かめてるんだよ。松方が本当に女になってるかどうか」
 「何でそんな事をする!!」
 「だ、だってこんな事信じられるかよ!! 俺たち見えない壁に閉じ込められ、大人は2人とも消えてしまって……おまけに松方が女になっただと? みんな嘘だ!! でっち上げに決まってる!!」
 興奮してわめく伊藤の言葉を聞いて何となく俺は判った。
 伊藤は現状を認めたくないのだ。非現実的な現象から目を逸らし全ては嘘だと思い込みたいらしい。
 俺は声を抑えて伊藤に語りかけた。
 「伊藤、落ち着いて話を……」「うるさいっ!!」
 伊藤が叫びながらこちらの方を向く。そのとき、伊藤が掴んでいた松方の服の襟の部分がシャツと共に引き裂かれた。
 「「っ!!」」「わあぁっ!! み、見るなあぁぁぁっ!!」
 俺たちは全員息を飲み、松方は絹を引き裂くような悲鳴をあげた。

 服が引き裂かれてあらわになった松方の胸、そこから紛れもない乳房が見えていたのだから。


 「うっ!!」
 俺たちが松方の胸を見て呆然としていたとき、伊藤がうめき声を上げた。
 「伊藤?」
 俺が伊藤に声をかけると伊藤はつかんでいた松方の服を放して自分の両手を見ながら言った。
 「か、身体が……痺れる?」
 そして俺の隣にいた山本が震えながら伊藤を指差した。
 「い、伊藤!! お、お前……胸が……」
 その言葉に伊藤の身体を見て俺は絶句した。
 伊藤の胸の部分が膨らみ服の布地を押し上げている。しかもさらに膨らみ続けている。
 変化は胸だけじゃなかった。
 肩幅が狭くなっていき、服の肩の部分が緩くなっていく。
 ズボンのベルトの部分も緩くなってずり落ちそうになるが臀部の方が大きくなっていたためにそこで引っかかりベルトがカチャカチャと音を立てていた。
 そして心なしか伊藤の顔が少し細くなったように見えた。
 「そ、そんな……お、俺が……女に? って、こ、声まで!!」
 震えながら言っていた伊藤の声がだんだんと高く澄んでいき、最後は完全に女の声になっていた!!

 伊藤は……女になった。

 その時、俺たちのいた旧保健室に桂さんが飛び込んできた。
 「みんな大変よ!! 西園寺さんが……」



 立て続けで起きる異変に俺たちは完全にパニックに陥っていた。
 そんな俺たちをまとめたのは意外にも西園寺さんだった。
 西園寺さんは自分の身体が男に変わってしまったにもかかわらずみんなの前に立って「このままではみんな死んでしまう。とにかく脱出する方法を探しましょう」と言った。
 そしてとりあえず夕食を作って食べる事にした。
 幸い水は用意していた分が十分あったし材料は美紗子さんが買ってきていたものを使う事ができた。
 俺たちは作業を分担して夕食を作ってそれを食べた。
 空腹は最高のソース、という言葉を聞いたことがある。
 しかしその食事は全然美味しくはなかった。いや、味そのものを感じる余裕すらなかったと言ってもいいだろう。


 食事を作っている最中にも山本と寺内さんに異変が起きた。
 これで松方、伊藤と山本が男から女に、西園寺さんと寺内さんが女から男になってしまった。
 黒田、大隈、それに桂さんと原さんに変化はないが異変があった時、あの像の側にいたのでいつ変化が起きてもおかしくはない。
 それにもう一つ、夕食を作っている途中で気が付いた事がある。
 外の景色が暗くならないのだ。
 俺自身は時計を持っていなかったのですぐには判らなかったが実はもう既に午後九時を回っているらしい。……にもかかわらず外の明るさは異変が起きた時とほとんど変わらない。
 もしかしたら「壁」の内と外とでは時間の流れが違うのかもしれない……と俺は思った。
 身体が別の性に変化する事を考えれば大した事じゃないのかもしれない。
 しかしこの推測が正しければ「壁」の外から俺たちを助け出してくれる、という可能性はかなり低い事になる。



 全員が食事を終えた事を確認すると俺は口を開いた。
 「とにかく原因はあの像にあると思う。見つけることができればここから出ることも身体を戻す事もできるかもしれない」
 その言葉にみんなが頷く。
 「よし、それじゃ身体が変わった人は動きにくいだろうから校舎内を、変わってない人は俺と校舎の外を……」
 立ち上がってみんなに捜索場所の提案をしようとしていた俺、しかしその時

 ザワッ!!

 軽い不快感に襲われ俺は身体のバランスを崩しかけた。
 苦痛、という程ではないが身体のあちこちがぴくぴくと動き、痺れるような感じが……痺れる!?
 その時、俺は伊藤の身体が変化している時のことを思い出し慌てて胸に手を当てた。

 (まさか!? そんな……俺はあの時、像からかなり離れていた筈だ。それなのに何で!?)


 激しく動揺してしまう俺。しかしその俺の掌の下で俺の胸が少しずつ、だが確実に丸く柔らかく膨らみ始めていた。

(つづく)


おことわり

この物語はフィクションです。劇中に出てくる人物、団体および病名は全て架空の物で実在の物とは何の関係もありません。


あとがき
 どうも、ライターマンです。
 一応こういうのもサスペンスものと言えるんでしょうか?
 異様な空間に閉じ込められた主人公達、彼らは無事にここから脱出できるでしょうか?
 まあ無事に、というのは難しいかもしれない(爆)。
 いずれにしても楽しんでいただければ幸いです。
 次回は中編をお送りする予定です。

 それではまた。

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