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TWIN MINDS(後)

作:龍酒 原案:超!海老寿司


第三章 危ないチ・カ・ラ


「ありがとうございましたっ」
 ジャンクショップ『TWIN MINDS』にまだ幼い少女の声が響いた。緒里である。ただでさえ沙耶達以外の従業員の居ないこの店にはかなりの助力となることもあり、半ば自発的に店を手伝っている。
 この数日で客のさばき方も大体覚えてきた緒里に沙紀が声をかける。
「緒里〜、昼休みにするから札かけといて〜」
 言われたとおりに「CLOSE」の札を入り口にかけ、昼食を撮るために部屋に入っていった緒里に沙紀が紙袋を一つ差し出した。
「なんですか?これ」
「緒里の服だよ。いつまでも俺達の服着てるわけにもいかないだろ?」
 そういうと、沙紀は紙袋ごと服を手渡した。中を覗いてみると数着の服が折り重なって入っている。
「こんなに...!ありがとうございます」
「そんなかしこまらなくていいからさ。ちょっと着てみてくれよ」
「はいっ」
 と、いって勢い良く服を脱ごうとした緒里の動きがはたと止まった。どことなく恥ずかしそうである。
「どした?」
「あの...ちょっと出てもらえませんか?なんか恥ずかしくて」
「ああ、わりい」
 緒里に言われて気がついた沙紀が部屋を出ていくと、ドアを閉めたとたんびたっと張り付いた。見た目完全に変態であるが、そんなことはみじんも気にせずに耳に神経を集中する。
<変態、ロリコン、鬼畜、外道>
 頭の中で沙耶の罵詈雑言が波のように止めどなく響いてくる。が、あいかわらず気にせずに中から聞こえる衣擦れの音に妄想を膨らませる変態一人。
 と、音がやみ勢い良くドアが開けられる。もちろん着替えが終わったのだがそんなことに気づかないほど沙紀も経験(?)は浅くない。が、あまりに聞き入っていたためにほんの少し反応が送れてしまった。で、お約束通りに、鼻を押さえうずくまる沙紀の姿がそこにあった。部屋から出てきた緒里は不思議そうにそんな沙紀を見下ろしていた。
「えっと....似合いますか?」
「ふえ?...」
 とりあえず気を取り直して聞いてきた緒里を見た瞬間、沙紀の動きがストップした。そこにいたのは、少なくとも今まで沙紀が見てきた女性の中でトップクラスの物だった。緒里の顔には未だ幼さが残っているがそれもまた発育過多な躰にミスマッチして相乗効果を生んでいるし、服もさらにそれに花を添えている。もちろん元からの女性である沙耶の意見はとり入れてチョイスしてきたが、まさかここまでとは当の本人も思っていなかった。
「か...」
「?」
「可愛い〜っ!!」
 と言うわけで理性の崩壊した沙紀が数十分間緒里を離さなかったのは言うまでもない。
「さ、沙紀さん、ご飯食べましょう、ご飯」
「う〜ん、緒里を食べちゃいたい」
「...はい?」
 その時天の助けか、はたまたご都合主義の産物か。店の入り口に取り付けてあるベルがからんからんと小気味よいを音たてた。
 そこは理性を失っていても商売人の性で一秒にも満たぬ間に服の乱れを直しカウンターにつき営業用の笑顔を顔に張り付かせ、
「いらっしゃいませ〜っ」
 とやってしまった後ではたと気がついた。今店には「CLOSE」の札がかけてあるはずだ。それを無視して入ってくる客など今のところ一人しか居ない。
「っち...仁か。良いところだったのに」
「いっとくが外から丸見えだったからな、お前ら」
「...ご注文はなんですか?お客様♪」
「うんにゃ。暇つぶしに来ただけ」
「帰れ、貧乏人」
 仁は苦笑しながら淡い空色の髪留めをカウンターにおいた。
「?なんのつもりだ」
「プレゼント」
「お前が?俺に?沙耶にじゃなくて?」
「いらないのなら、別にいい」
「誰がいらないと言った?もらえるもんはもらっとく」
 言いつつ仁の手から髪留めをかすめ取り、胸の前に合わせた手の中でぎゅっと握る。どことなく嬉しそうにも見えるがおそらく本人に聞けば「ただで手に入ったから」と答えるだろう。
「一応今まで追っ手は来てないが、油断はするなよ」
「分かってる」
仁が店を出たのを見送ってから沙紀はさっきの続きをしようと緒里のいたところを見たが案の定そこにはすでに緒里の姿はなかった。
「し、しまったぁぁぁぁっ!!」
<アホ>

 そんなこんなで夕方
 とりあえず理性を取り戻した沙紀は冷蔵庫を開けしばらく涼んだ後ぱたんと閉めると、
「緒里、外に食べにいこ」
<...残りの食材ぐらいチェックしときなさいよ>
「細かいことは気にしない」
 

 で、数時間後油まみれになった仕事着から空色のワンピースに着替えた沙紀と緒里とが中華飯店から満足げな顔で出てきた。頭には仁からもらったあの髪留めが着けられている。
「はふぅ。ここの海老チリはやっぱ最高だぁ」
「沙紀さんってホント美味しそうに食べるんですね。見てるだけでこっちの食欲まで吸い取られたみたいですよ」
「当たり前だろ?大海を気持ちよく泳ぎ回っていたところを仲間ごと網で一網打尽にされたあげく、揚げられるわゆでられるわ真っ赤な海に放り込まれるわ。美味しそうに食べてやらなきゃな」
「...海老を食べられなくなりそうです」
「なにっ!?それはだめだぞ。天が人間に与えたもうた最高の食材、ゆでれば口の中でそのみをかみ切った瞬間のあのプリプりっとした食感、生で食べればとろけるように口に広がるあの味。その名はEBI!!これを食べないとは人生の三分の一は失ったも同然だぞ」
「...三分の一が海老の人生って、なんか嫌です」
 馬鹿なことをいっている沙紀の頭の中に沙耶の声が響く。
<礫、気づいてる?なんかうようよいるよ>
<無視するか...いや店で暴れられたら困るし...>
「さ、沙紀さんっ。」
  緒里が沙紀のワンピースをギュッと握った。心なしかしっとりと汗ばんでふるえている。周りにいる黒服達の気配にこの間までされていたことを思い出してしまったようだ。そんな緒里に沙紀はそっと耳打ちした。「大丈夫だよ」と。その言葉を聞いた緒里が恐怖に駆られた目で沙紀を見上げる。沙紀は柔らかい笑顔を緒里に向けた。それで安心したのか、緒里はワンピースから手を離した。

「どこが大丈夫なんですか」
「あっはっはっは。まさか町中でこんなにもいるなんて思ってなかったもんで」
<少しは危機感持ったら?>
 数分後沙紀達は行き止まりにいた。
 目の前には4メートルはある高い壁、後ろにはチャバネゴキブリのごとくわらわらとうごめいている黒服の集団。まこうと思っても、常に黒服達が先回りをしているのでこんな所に追いつめられてしまった。
 沙紀一人ならば何とかなるのだが、緒里を残して行くわけにも行かない。どうしようかと考えていると、黒服の一人が一歩前に出た。
「こっちへ来い、緒里。今ならその女は助けてやる」
 しかしその問いに答えたのは沙紀のほうだった。
「あんたら何で、緒里を連れ戻しに来た?緒里から聞いた限りじゃどうも連れ帰る理由が見えてこないんだよな」
 沙紀の言うとおり、緒里がただの性欲処理の道具ならわざわざ連れ帰らなくても換えはごまんといるはずだ。が黒服は苦虫をかみつぶしたような顔で
「そんなこと知るか。俺達はただ”緒里を連れてこい”と言われただけだ」
「あっそ」
 短く答えた沙紀は緒里を引き寄せると不適に笑った。
「緒里、しっかり掴まってろよ」
<沙耶。あれやるぞ>
<うみゅ〜。いたいのやだなぁ...>
<文句言わない、非常事態だ>
「さあ、こっちへ来い」
「じゃあね、おじさん」
 何とかの一つ覚えのように同じ言葉を繰り返す黒服にそう言い捨てると、沙紀は思い切り手のひらを地面にたたきつけた。
 次の瞬間地面が一瞬にして無数のチリに変わり黒服達の視界をふさぐ。
「ちっ」
 目的は緒里の奪還であるために無闇に銃を乱射するわけにもいかず、黒服は後ろの黒服達が抜こうとしているのを腕で制し、舌打ちをした。
 もうもうと立ちこめる粉塵はその役目をつしっかりと果たし、万有引力の法則に従って地面に落ちる頃には沙紀達の姿はなくその変わり二人が立っていた場所にはぽっかりと大きな穴が口を開けていた。
「地下道に逃げたか...追え」
   黒服の一言に何人かが穴に飛び込んだが、黒服は彼らの帰りは待たずすぐに踵を返し歩き出した。他の者もそれに習う。
 彼らは知っていたのだ。ここに張り巡らされている地下道は知らぬ者が入れば二度と出られぬ事も。入っていったのは新人達ばかり。彼らはつまり運が良ければ沙紀達に遭遇して倒され、運が悪ければ二度とでられずにのたれ死ぬ。と言う運命なのだ。

「すっごいです!!沙紀さん達あんな事できたんですか!」
 緒里が興奮気味に叫ぶ。延々と続く通路にその声がこだまする。高さはかなりあるはずだが明かり一つなくペンライト一つを頼りに歩いている沙紀達にはよく分からない。ここは昔は港からの荷物の運搬に使われていたものだが今はすでに見放されている。
「まあ...な」
「沙紀...さん?」
 無邪気にはしゃぐ緒里を握っていた沙紀の手がじっとりと汗でにじんでいる。極度の疲労と激しい痛み。それが暗闇を通して緒里にも伝わってきた。ペンライトが音を立てて床に落ちる。あんなおよそつかれるはずのないことで何がここまで彼女を疲れさせるのか。緒里の心配を読みとったのか沙紀が口を開いた。
「...俺達の力の一つはさっき使った、物を粉状にする能力だ。俺達の場合二人のタイミングを合わせることが必要なんだが...ちょっとずれたんだよ。で、これがそのリスク」
 沙紀は緒里が拾ってきたペンライトで自分の腕を照らした。暗闇の中で緒里が息をのむのが分かった。そこにあったのはいつもの白く健康的な腕ではなく、赤黒く変色した物だった。
「こんな...!大丈夫なんですか!?」
「まあ、一日たてば治るんだけど、痛くてしょうがないんだよ。なんて言うかな。こう、無数の釘がぐさぐさと刺さっててさらにそれが腕の中でぐりぐりとかき回されてるような」
「ごめんなさい...あたしのせいで」
 泣きそうになる緒里の頭に沙紀はぽんと手を置いた。
「良いんだよ。元は俺が助けに行ったのが原因なんだから」
「でも...っ!!」
「しっ、ペンライト消して。来た」
 沙紀が口に人差し指を当てる。たしかに足音と灯りがいくつか揺れながらこちらに向かってきている。
 あと少しというところで沙紀の良く知った声が通路に響いた。
「お前ら!!目ェふさげ!!」
 とっさに反応した沙紀が緒里をかかえこみ体の向きを変えるのと同時に強烈な光が辺りに広がった。
「な、なんだ!?」
 おそらく黒服のものであろう。困惑した声がいくつも聞こえてくる。と、沙紀達は誰かに腕をぐいっと引っ張られた。沙紀はその人物の名を呼ぼうとして、声を上げるまもなく気絶した。その人物が掴んだ腕は先ほど能力を使った方の腕であった。

「きさん...沙紀さん!」
「ごめん、礫はまだ寝てる」
「沙耶さん?でもとりあえずお二人とも無事なんですね」
「なんとかね、でもここは...」
沙耶は状況の把握をしようと周りを見渡してみた。おそらくは地下道内に点在する仮眠室の一つであるこの部屋の無愛想なコンクリートの壁に頼りないランプの光がゆらゆらとある。お世辞にも広いとは言えないその部屋の隅で一人の男が呑気にもコーヒーをすすっている。
「う〜ん。ブルーマウンテン」
「仁、サンキュ」
「あら?気づいてた?」
 男はイスごとからだを回転させるそこに座っていたのは沙耶の考え通り仁であった。
「てゆうかさぁ、何でここにいるの?」
「細かいことは気にしな〜い」
「細かくない」
 仁は沙耶の声を聞き流しどこからか大量の武器をとりだし、床に並べた。
「さあ、好きなの選べ」
「いや、選べと言われてもねぇ...じゃ、これを」
 沙耶は手近にあった長さ1メートルほどの棍を手に取った。見ため以上にずっしりと手に重量が掛かる。
 緒里はと見ると、かなり迷っているようで、銃火器の方をじっと見ている。
「これ、乱射したら気持ちいいだろうな〜。でも銃の扱いなんて知らないし」
「...とりあえずスタンガンでももってたら?」
 沙耶の助言に素直に従い緒里はスタンガンを手にとった。仁はと言うと、いつの間にか着込んだマントの中にすべての武器をしまい込みランプを持ってすでに通路に出ようとしている。
「ん?どした?早く来いよ」
 総重量は軽く60キロを超えるであろう武器のすべてを持って動き回るその力もすごいが、いったいどうやってしまったかは永遠の謎である。
「ライトとか暗視ゴーグルとかないの?」
「武器に金かけすぎてそこまで手が回りましぇ〜ん」
「アホ」

 「ここもダメっと」
 黒服達の目をさけて通路内を動き回っていた沙耶達だが、出入り口の近くには常に10人以上の黒服達がいるし、通路内にも暗視ゴーグルをつけた奴らがうろうろしていてとてもでは無いが抜けられそうにない。沙耶たちは例の罠の張ってある出口についた。
「ここだけやけに少ないなぁ」
「なんか罠って感じがむんむんとしますね」
 緒里が呆れた感じで呟く。
「多分、進んだら通る分岐点全部から黒服が来ると思うけど、行くか?」
「てゆうか、行くしかないでしょ。あいつらもこんな狭い所じゃ銃も使えないから何とかなるでしょ」
「じゃあ行きましょうか」
 緒里の声を合図に通路に飛び出すと、案の定黒服達がわき出してきた。
「ホンット、ゴキブリみたいですねぇ」
 際限無く出てくる黒服達に緒里がぽつりと漏らした。
「じゃあ、バルサンでも焚くか。目ェつぶってろよ」
「もう先行っちゃうからね。緒里ちゃん掴まって」
「でも仁さん一人じゃ...」
「いいの、いいの。あいつワンマンアーミーだから」
 心配する緒里を小脇に抱えると沙耶は天井に向かって跳躍し、そこに走る2本の鉄パイプに棍を通し、下り坂になっている通路を一気にすべりおりる。と後ろで沙耶達の時と同じ様な強烈な光はほとばしった。
「あの、あれって...」
「閃光弾だよ。暗視ゴーグルつけてる分きくだろうね。っと、そろそろ降りるから、準備して」
 出口に続く階段が見えてきたところで棍から手を離すと、緒里はうまく着地したが言った沙耶の方がバランスを崩してしまった。だが、なんか妙に柔らかい場所に落ちたようで痛みはない。はてと思い下を見ると、沙耶は黒服の一人の顔に胸をつける形で倒れていた。服には鼻血がついてたりする。以外と純だなぁ。黒服。てか羨ましい。
<う〜、この服気に入ってたのになぁ>
「礫起きての?」
<さっき起きたとこ。それよかまた出てきたぞ。肉弾戦なら俺の領分だ。変わってくれ>
「うん、緒里ちゃんもちゃんと守ってよ」
 だがその必要は全くなかった。黒服達はスタンガンを持った緒里一人に苦戦していた。緒里が持っている物は仁の手が加えられているらしくうっかりふれてしまったらしき連中はミディアムに焼き上がっていた。
「緒里〜、ちゃんとついてこいよ〜」
 先は自分に掛かってくる黒服連中のアレを棍で突きつぶしながら出口に向かって走っていった。仁もそろそろ追いつく頃だから、大丈夫だろう。
「港...か」


第四章 レディー・ファイッ!!

 階段を上りきると目の前にはどこまでも続く水平線といくつかの船が停泊している港に出た。周りにはいくつも倉庫がでんと構えている。もちろんここにもゴキブリ、もとい黒服はいる。
 と、黒服の集団の中から顔以外の全身をピッチリとした黒のインナースーツでつつんだ長身、長髪の女がその美しい顔には似合わぬ黒鞘に入れた日本刀を持ってでてきた。
「羅畏...」
「あら、名前覚えててくれたの?光栄だわ」
「たかだか脱走者捕まえるのにボスが出てくるとはね、<C・N>って人材不足?」
「ま、否定はしないわ」
不意に沙紀は後ろに飛んだ。その胸元のワンピースが裂け下着と白い肌が少し見える。
「反射神経、まあまあ」  いつの間に抜いたのか羅畏は刀を抜き身で持っていた。
 二度三度と羅畏の剣撃を受け、棍で受け流して致命傷はさけているものの服はすでにただの布地となっている。
「攻撃はどうしたの?五年待ってこれじゃあ時間の無駄だわ」
「じゃあやってやるよ!」
 羅畏に向かって無数の突きを放つ。が、しかし、すべて軽くさばかれてしまう。実力の差が如実に現れている。
「うん、こっちはなかなか。でも...」
 一閃。少なくとも沙紀の目にはそう映ったのだが、光の軌跡が生まれ消えた瞬間沙紀の棍が三つに分かれた。
「速っ...!」
「きゃあああああ!!」
 唐突に後ろで緒里の悲鳴が上がる。追いついたはいいが黒服におそわれたらしい。
「緒里っ!」
「よそみしな〜い」
「かはっ..!」
 緒里に気を取られた瞬間、沙紀の腹に鈍い痛みが走り、そのまま2,3メートル吹っ飛び、地面に思い切りたたきつけられる。
「うぐっ...」
 沙紀の口から昨日食べた海老チリが黄色い胃液に混じって流れ出した。
 あらかた吐いてしまった沙紀は口に付いた胃液を腕で拭う。口の中に酸っぱい味が残る。その様子を見て羅畏が楽しそうに言う。
「人に気を取られてるからそうなるんだよ♪ 闘ってるときは自分だけ考えること。これはあなたのテストなんだから」
「俺の?緒里を捕まえに来たんじゃないのか」
「まさか。あんなのなら換えはいくらでもあるわよ。ほら、人って守る者があった方が強くなるでしょ?あなたにもそんなのを作ってもらうために逃がしたんだけど」
 羅畏はそこで大げさに首を振った。
「この調子じゃ期待したほどじゃないみたいね。強くなってたら連れ帰るつもりだったけど。これじゃ無理みたいね」
「そうかよ...」
沙紀の周りの空気が変わった。次の瞬間沙紀は羅畏の懐に潜り込み、強烈な正拳の連打を放っていた。むろん、羅畏もただやられるわけはなく、つっと、体をかわし、すくい上げるように刀を振った。が沙紀はそれを足で押さえつけた上全体重をかけ叩きおろうとする。羅畏は自ら刀を手放し、3メートルほど後ろに飛んだ。その顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。
「うん、これならいいわ。でも怒りで力を引き出すと...」
 沙紀は羅畏の言葉が終わらぬうちにまた凄まじい拳撃を打ち出す。が、それもまた羅畏は両の手のみでさばいている。完全に見切っているわけではない。怒りにまかせて拳を放てば威力はますが、精細を欠く。顔に拳が集中しているし、また目が攻撃するつもりの場所を向いている。それでも黒服相手なら十分に勝てるであろう。だが今目の前にいるのは<C・N>の長である。
 狂ったように拳を放ち続ける沙紀の脛に強烈な蹴りが入る。
「視界が狭くなるからおすすめできないわね」
 脛の辺りが奇妙な角度で曲がり膝を突いた沙耶はそれでももう一方の足で羅畏に蹴りを放つ。羅畏は冷静にその蹴り足を踏みつけた。辺りに嫌な音が響き、続いて甲高い悲鳴が上がる。
「ああああああああああああっ!!」
「もうこれ以上じゃ期待できそうにないわね。それじゃあ」
 羅畏は足をかかえたまま呻いている沙紀の頭を踏みつけるとその顔に微笑を張り付けたまま、静かに言った。
「サヨナラ」
 一陣の風がおこり、羅畏は5,6メートルほど後ろに飛び退いた。その代わり今まで羅畏のいた場所にはぼろぼろのマントの端々から銃火器をのぞかせたまま、いわゆる「お姫様だっこ」で沙紀を抱きかかえている仁が立っていた。
「正義の味方参上....なんちゃって」
「遅いよ...仁」
「ん〜、ちょっと野暮用で」
 痛みと安心感からうっすらと目を潤ませている沙紀をそっと倉庫の壁にもたれかけさせると仁は羅畏の方に向き直り歩を進めた。同じく歩いてきた羅畏と至近距離に来たとき先に羅畏が口を開いた。
「あなたが彼女たちの「守るべき人」?」
「女に守ってもらうほど弱っちくはないが、そうなら嬉しいな」
「ふ〜ん...強そうね」
「光栄だな。あんたにそう言ってもらえるとは。...俺が勝ったら帰ってもらえるか?」
「そうね...勝ったら...ね」
 羅畏の殺気が一気に膨れ上がり沙紀はその余波をもろに受けてしまった。たとえるならば炎の中に放り込まれたような、比喩ではなく実際に体力が削られていく。ここでふと沙紀は気づいた。先ほどの戦いの中羅畏は欠片ほども殺気を出していなかったことに。そしてもう一つ気づいた。仁からもまた羅畏と同等以上の殺気が放たれていることに。辺り一帯を包み込むほどの殺気の渦がぶつかり合い異様な雰囲気が漂う。否。そんな生やさしいものではない。二つの紅蓮がぶつかり合い、混ざり合い一つの途方もない殺気となり、そこここでうち消し合っている。否応なしに精神が疲労していく。足が動くものならば今すぐにでもこの場から逃げ出したかった。たとえ仁を見捨てることになろうとも。
 沙紀は心の中でそんなことを考えている自分に苦笑した。いったいどこに行こうというのか。愛しき者を捨て、親しき者を捨て、それでもなお執着するほどに「生」とはすばらしいものだろうか。本来ならばとうの昔に消えていたはずの魂の火が今消えたところで大差ない。
 

 殺気が消えた

 仁の腕が羅畏の腹に深々とささっている。羅畏はあいかわらずあの微笑を浮かべたまま、仁も表情こそ分からないが腕を戻した。お互いに手がべっとりと血に塗れている。そのまま沙紀には聞こえない会話が二人の間で交わされた。
「で?あんたから見て俺は勝ったのかい?」
「あなたはあのまま私の内臓を引きちぎってしまえば良かったのにしなかったじゃない。しかも器用に内蔵の隙間を縫って貫手を通した。でも私はそこまでも届かなかった。完敗ね」
「じゃあ、帰ってもらえるかな」
「約束って破るためにあるのよ?」
「...今度は心臓を貫いてやろうか?」
「冗談よ。それじゃ、あの子達をもうしばらく預かっといて。いつか取りに来るから」
「もういらないんじゃないか?」
「ちゃんと訓練すれば強くなるわよ。予想以上に健闘してくれたし」
「じゃあ何で殺そうとしたんだ?」
「あの子の足を折ったときすごい殺気とばしてたでしょ?だから挑発したのよ。あなたと闘いたくて」
「病気だな」
「かもね」
 羅畏はくすっと笑うと、停泊していた船の一つに乗り込むとこちらに向かって手を振りながら、声を張り上げた。
「礫く〜んっ!!沙耶ちゃ〜んっ!!また来るからもっと強くなっててね〜っ!!」
 そう言うと羅畏は水平線に向かって船を走らせた。
「な〜んか気ぃ抜けるな」
 仁は頭をかきながら沙紀の方に歩いてきた。腹部から出血はしているものの命に関わると言うこともないだろう。ぱっくりと裂けていることをのぞけば。どちらにしろ沙紀を病院に連れていかなければならないし、腹はその時に縫ってもらえばいい。
 仁は少しかがむとまたも沙紀を「お姫様だっこ」で持ち上げた。さっきは混乱していて嫌がる暇もなかったが今は多少落ち着いているので思いっきり暴れる沙紀であった。両足の痛みは言葉にできないほどでとても歩けるわけないが、沙紀の中の礫の部分の感情がそれに勝っている。
「放せっ!!自分で歩く!」
「両足折れてんの忘れてないか?お前」
「それでも歩く!こんな恥ずかしいかっこできるか!!」
「あのな、お前は今女で俺は男。男としてお前を歩かせるわけにはいかん」
 そう言いつつ近づいてきた仁の顔を見て頭がカーッと熱くなった沙紀はしぼり出すように一言、
「沙耶と代わる...」
「そうしてくれ、お前に暴れられた所為で傷口が痛み出した」
「ごめん...」
 そこで仁の顔を見ないようにと俯いた沙紀の目に楽しそうに二人を見ている小さな少女が入った。緒里である。緒里は楽しそうに一言、
「沙紀さん。女の子なんですから男の方に頼ったていいんですよ?」
   追い打ちをかけるように頭に沙耶の声が響いた。
<そーそー。可愛いって事はそれだけで武器になるんだから使わないと損だよ。沙紀♪>
 唯一自分のことを男名である「礫」と呼んでいた沙耶にまで女名で呼ばれ沙紀は目にうっすらと涙を浮かべながら声を出した。
「俺は...」
 空は抜けるように青く、
「俺は...」
 水平線もどこまでも続いている。
「俺は、男だーっ!!」
 羅畏に置き去りにされた黒服もいとをかし。


終章 大団円?

 一週間後の深夜、一人の少女が病室ですーすーと寝息を立てていた。顔に似合わぬギプスがその両足を固めていた。と静かに病室のドアが開いた。その行動はただ単に真夜中だから、と言うわけでもなさそうだ。そうっと少女のベッドに近づくと少女を担ぎ、そのまま病室から出ていった。

「う...ん?」
 少女、沙耶は少し寒さを感じ、目を開けるとなぜか電球がやたらとついている妙な椅子に座らされていることに気づいた。椅子に着いているコードを目でたどってみるとその沙紀には緑がかった溶液に満たされたカプセルがありその中には、胎児のように体を丸めている全裸の少女が浮いていた。沙耶はその少女にかなり見覚えがあった。なぜならそれはまるっきり沙耶だったのだから。
「えーと?何がどうなってんの?」
「あ、沙耶さん起きたんですか」
「緒里ちゃん!?これ、どういうこと?」
 なぜかそこにいた緒里に問いをぶつけるとその答えは後ろから返ってきた。
「お前と沙紀を分けようと思ってな」
「仁?じゃあこれって...」
 沙耶が座っている椅子の後ろで何かいじくっていた仁は、立ち上がりのびをすると、沙耶の言葉の先を言った。
「性格分離器。<C・N>が使ってた奴だよ」
「すごいですよね。仁さん、ほとんど自分一人で作っちゃたんですよ。肉体の方だっていつの間にか用意してたし」
 興奮した様子で喋る緒里を見ながら、沙耶は一つため息をつくと、仁に向かっていった。
「もしかして、こないだ言ってた野暮用って、これ?」
「まーな。体はもうできてたんだが、人格を電気信号に変換するやり方がよく分からなくて困ってたんだ。」
 そう言うと仁はイスの横に回った。
「ねぇ、一つ聞いていい?」
「なんだ?」
「この電球ってなんか意味あんの?」
「いや、俺の趣味」
「あっそ」
「つーわけで、スイッチオーン!!」
 そう言うと仁はレバーをガコンとおろした。一瞬身構えた沙耶だったが予想に反し痛みどころか、なんの刺激もない。と、頭上の電球がちかちかと点灯をはじめ、これからかな、と思うと仁の口から
「はい、終了〜」
「あっさりしすぎじゃないの?」
「シンプルイズベストですよ。沙耶さん」
 と、カプセルの中の少女が目を開けゆっくりとのびをするときょとんとした顔になり、ついでカプセルをどんどん叩きはじめた。仁はカプセルに歩み寄ると、溶液が急に減り始め、上から溶けるようにカプセルが消えていった。未だ溶液は体についていたが少女はいきなり仁に掴みかかった。
「仁!一体何したんだ?あれは一体なんだ」
「う〜ん。いい眺め」
「あん?って、何で俺服着てねーんだよ!?」
 胸と股間を腕で隠したまま少女、沙紀はぺたんと座り込んだ。そのまま上目遣いで仁をにらみつける。
「...服」
「良いんじゃないか、それで」
「服!!」
 半分涙目になって叫ぶ沙紀に車椅子に乗った沙耶が沙紀のいつもの作業服を持ってきた。
「はい、服」
「サンキュ...沙耶?何で...」
 困惑する沙紀に沙耶がかいつまんで事の次第を説明する。
 そんな彼らを窓の外の木から見つめる四つの瞳。そのうちの一対は羅畏の物であった。
「へー。仁って結構頭いいんだ」
 羅畏のつぶやきに呼応するようにもう一対の瞳の持ち主が口を開いた。
「設計図と材料さえあれば誰にだってできる」
「その設計図にプロテクトかけてたのって誰だっけ?」
 羅畏のからかうような口調に相手は言葉を返せなかった。その人物は五年前羅畏と一緒にいたあの白衣の男だが、白衣の胸元、心臓の真上辺りが真っ赤な血に染まっていた。
「にしても、自分で生体実験するとは。あんたってマゾ?それともサド?」
「生物兵器の開発なんてその両方がなけりゃやっていけん」
「ったく、いい気なもんね。組織の管理はあたしに任せて自分は研究に没頭だなんて」
「お前は俺のクローンだ。俺がどうしようと俺の勝手だ」
「そりゃ、そうだけどさ。ここんとこかまってくんないし...」
「ああ、そりゃ悪かったな」
 そういうと、男はいじけた調子の羅畏の顔を自分の方に向けさせると強引にその唇を奪った。最初は虚を突かれ抵抗していた羅畏もおとなしくなった。ただ口をとがらせ、
「外じゃヤだ。寒い」
「いいのか?見てなくても」
「時間はたっぷりある。そうでしょ?」
「まあ、な」
 そう言うと二人は寄り添うような格好で、闇の中に消えていった。


エピローグ

 さらに一ヶ月後医者にケダモノ並だと言わしめた回復力をもって早々に退院してきた沙耶のおかげで店の方も活気が戻ってきた。と言っても今日の客は仁しかいない。
 沙紀は仁の持ってきたパーツを解体しながら、ふとした疑問をぶつけた。
「そういやさ、あのとき何で地下道にいたんだ?ふつうあんな所入ってかないだろ」
 仁は無言で沙紀の頭に光っている髪留めを指さした。怪訝な顔をしていた沙紀ははっと何か思いついたような顔になり、
「まさか、これ、発信器?」
「そのとおり」
「お前はストーカーか」
「いや、結果的に助かったんだからいいじゃん。だからスパナを振り上げたままこっちむかないで」
 沙紀はふっと笑うと腕をおろしスパナをカウンターにおいた。
「嘘。仁がくれた物だったら何でも嬉しいよ」
「へ?それって...」
 仁が何か言う前に、店の入り口から緒里の声が飛んできた。
「沙紀さ〜ん!!沙耶さんが待ちくたびれてますよ〜っ」
「っと、そうだった。仁、悪いけど店番しといてくんないか?」
「わかった」
「沙紀!!早く!!」
「分かってるよ!!それじゃ仁」
 沙紀はそう言うと、店の出入り口に走っていき、扉に手をかけ、一瞬後仁の方を向き直り
「仁!!今度一緒に海行こうな!!」
 そう言うと返事も聞かずに飛び出していった。一人残された仁は苦笑して沙紀の出ていったドアを見つめた。
「沙紀さん。最後何言ってたんですか?」
 外で待っていた緒里と沙耶がニヤニヤした顔で聞いてくる。ほとんどすべて聞こえていたのだがあえて聞くあたり沙紀の初々しい反応を楽しみにしているのだ。
 二人の希望通り沙紀は耳まで真っ赤にしてさっさと歩き出してしまった。
「ほら、早く水着買いに行こうぜ」
「仁に見せるための、ね」
「そんなんじゃない!!」
「照れない、照れない。あんた昔のあたしと一緒で、感情読みやすいわ」
「うっさい」
 緒里はそんな二人の実のない会話を聞きながら空を見上げた。
 どこまでも、吸い込まれるように青い、青い空を。
 緒里は肺一杯に少ししめった夏の空気を吸い込むと、二人の後を追ってかけだした。


 今が楽しい
 今が愛しい
 ただ起き、ただ働き、ただ眠るだけのこの日々が
 ほんの少しつついただけでバラバラになってしまうこの日々が
 だからこそ楽しい
 だからこそ愛しい
 ならば祈ろう
 ならば願おう
 今この時が


      永遠でありますように

FIN


 後書き
 知り合いの超!海老寿司から原案を強奪してTS仕立てでやってみましたがどうでしたか?
 なんつーか、設定に無理ありすぎなんですが、そこら辺は勘弁して下さい。最初は羅畏が男だったり、最後は爆死したり、礫が仁の弟だったりと色々変えちゃってあるんですが、一応は終わりを迎えることができました。
 結局<C・N>との縁はまだまだ切れそうにない彼らですが少なくとも最後の最後まで生き残っていることでしょう。
 

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