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TWIN MINDS(前)


作:龍酒 原案:超!海老寿司


プロローグ

「はい、また俺の勝ち♪」
「何で私ばっかまけるのよ」
 年の頃12,13歳ぐらいの少年と少女が二人、一本の蛍光灯のみが明かりの狭い部屋の中でポーカーをやっていた。が、どうも少女の方は負けが込んでいるらしくぶつぶつと文句を言っている。そんな少女に少年は一言さくっと言い放った。
「お前、感情が顔に出過ぎ」
「うっ」
「良いカードが来たら思いっきり笑うし」
「ううっ」
「ねらってたのがなかなかこないとどす黒いオーラ放つし、役さえ知ってればガキだって勝てるぜ」
「ぬうう」
 もっともなことを指摘され少女は、多少ダメージを受けたようだがすぐに復活し、
「とにかくあたしが言いたいのは!礫(れき)ばっか勝ってズルイって事よ」
「だからそれは沙耶(さや)が弱いのがいけないんだよ」
 沙耶と呼ばれた少女はトランプをこすりながら礫と言う少年に文句を言い出した。さっきから礫が勝つたびずっとこの会話が繰り返されている。と礫が一つ提案をした。
「じゃあさ、罰ゲームつけないか?」
「罰ゲーム?どんな?」
「負けた方が服を脱いで...」
 礫の顔面に沙耶の拳が深々と食い込む。
「誰が脱ぐか!」
「沙耶が♪」
 さわやかな顔でさわやかに言う礫の額にサクサクッとさわやかにトランプが刺さる。半分以上が顔の中に埋まっているのでさすがにぴくりとも動かない。
「バッカみたい」
 沙耶は、しかしそんなことは毛ほども気にせずに吐き捨てるように言い放つと、そのままベッドに潜り込んだ。
 沙耶は数年前にここに連れてこられた。それからは別に何をされるでもなく毎日をここで過ごしている。ただ日に何度か外に連れ出されてジムのような場所でトレーニングを強要されるのみで三食はちゃんと支給されてるから余計に気味が悪い。いったい自分は何のためにここに連れてこられたのか。なぜ彼らは私達を生かしているのか。沙耶はほぼ毎日をそれを考えることに費やした。まぁ礫の方は何も考えていないようだが。
 沙耶はそんなことを考えながら夢も見ぬほどの深い眠りに落ちた。

 翌朝
「...朝か...おい、沙耶起きろよ」
 目を閉じていても分かるほどの光で半分目が覚めた礫はベッドを一人で使っている沙耶を起こそうと上半身だけをもたげ、呼びかけた。
....返事はない。まだ眠っているのかと再度呼びかけてみてもいっこうに返事はない。と、礫はあることに気がついた。
「今の声、俺が出したのか?」
 未だ変声期を迎えていない礫の声は確かに多少高いがそれにしても今聞こえてきた声はまるで女の声のようだった。自分で考え自分の喉を使って出したはずなのにあきらかに声の質が違っている。しかし礫はその声に聞き覚えがあった。
 そう、今のは確かに<沙耶>の声だった。礫は何かイヤな感じを覚えつつもゆっくりと目を開け、自分の体をぐるりと見渡した。
 胴体の上の方には控えめながらも懸命に主張している二つの膨らみがあり、逆に股間の辺りには言いようのない喪失感があった。
「...マジですか?」
 礫があまりに常識はずれな出来事に呆然としていると、部屋の扉が音を立てながら開いた。そこには多少見覚えのある二人の研究員風の男が立っていた。
「お前ら俺に何をした!?沙耶はどこだっ?」
「成功のようだな、沙耶の方もじき目覚めるだろう。どうだ?女になった感想は?」
 白衣の男達は礫の質問には答えずニヤニヤと下卑た笑いのまま彼女を見下ろしている。
「後はデータを取るだけ、か」
「答えろ!いったいなにをしたんだ!?」
「<TWIN>」
 白衣はただ一言そう答えた。
「なんだよそれ?」
「もうちょっと親切に教えてあげなよ」
「ら、羅畏(らい)様!?」
 二人の男の間からひょっこりと長髪の女性の顔が出てきた。もちろん彼らにそんな物が生えているわけではない。ちゃんと首から下もついている。彼女はワインレッドのスーツを着、顔には笑顔を浮かべているのだが、どことなくその笑みは仮面のような無機質な物に見える。どうみても20代前半ほどにしか見えないその女性が現れたとたん、白衣の二人は急にかしこまったかのような顔になった。その顔にはどことなく恐怖がこびりついているように見えなくもない。
 羅畏と呼ばれた女性はそんなことを気にするでもなくすこしかがんで礫に目線を合わせた。
「<TWIN>っていうのは私達が進めていた計画の一つでね、人間の中にある隠れた能力を制御するために二つの精神を一つの肉体に入れるってものなの。分かる?」
 礫は無言でうなずいた。
「そう、でもよかった。他の子達は精神と肉体の拒絶反応が出ちゃってもうどろどろのぐっちゃぐっちゃ。あれはもう人間じゃないわね」
 女性はやれやれと肩をすくめながらそんなことを言った。礫は未だ彼女の後ろに直立不動のまま立っている白衣二人の気持ちが分かった気がした。
「...あんた、いったいだれだ」 
「ああ、まだ言ってなかったわね。私は羅畏。あなたをそんな風にした<C・N>。カーズ・オブ・ナイトメアの元締めよ」
「なっ!?」
「ああ、それとあなた、えっと、礫君、だったけ?君の体はもうないから元には戻れないわよ」
 礫は彼女の言葉が終わる前に渾身の力を込めて正拳を顔面めがけて打ち込んだ。辺りに肉を打つイヤな音が響く。が、礫の拳は羅畏の手によって阻まれていた。そのままものすごい力で腕を後ろに捻られる。
「くっ....」
「こんなに可愛いのに残念だわ、あんたたち」
 羅畏は白衣の方を振り返るとこともなげに言った。
「この子、破棄しといて」
「し、しかし、せっかくの成功体ですし...」
 礫を破棄しろと言った羅畏に白衣の一人が情けない顔で反論したが羅畏の一言で口をつぐんだ。
「しつこい男って嫌いなのよ」
 その言葉の裏には隠そうともしない殺気がこもっている。ただ、その殺気は礫には向けられていない。単に自分の手で殺す気がないのか、それとも別の何かなのか。
「じゃね」
 羅畏は礫の腕を放すと白衣二人をおいて部屋を出ていった。白衣二人はしばらく入り口に立っていたが、二人そろって羅畏の後を追うように戸を閉め部屋を出ていった。
「破棄...か」
 羅畏に掴まれ少し赤くなっている腕を見ながら礫は歯ぎしりをした。結局の所、自分達はこのために生かされ、そして、殺されようとしている。
 自分には何もできないのか。
 礫がそんな思いでいると頭の中に聞き慣れた声が響いた。
<礫!呆けてんのよっ。早く逃げるわよ>
 いきなり聞こえてきた沙耶の声に礫はさして驚きもせずごく自然に答えた。
<沙耶、起きてたのか>
<白衣二人が入ってきた辺りからね。それより早く着替えてよ>
<着替え...今俺の体は女の子...自分の体に何したって別に良い...>
「さぁ!思う存分着替えてやろうじゃないか!」
 さっきまでの暗い気持ちはどこへやら。瞬時にイヤな計算をして思いっきり煩悩全快モードで目を輝かせている礫がいた。そこに沙耶がくぎを差す。
<いっとくけどあたしの体でもあるんだから変な事しないでよ?>
「はっはっは、いやだなぁ。僕はただ自分の体のことは良く知っておかないといけないな、という実にまっとうな理由からするのであって別にナニしようとかアレしようとか考えちゃいないよ」
<そーいうせりふは、胸をもんでいる手を止めてからいってほしいわね>
「...っち」
 端から見れば一人で見えない何かとくっちゃべっている電波の世界の人と間違われかねない行動をとりながらも礫は何とか着替え終わるとドアに手をかけた。鍵が掛かっていると思ったが案外あっけなくドアは開いた。
「おお!あいつら鍵閉め忘れたのか!ラッキー」
<ンな分けないでしょ!怪しいとか思いなさいよ>
「良いじゃん。開いてんだから」
<こらーっ!!>
 礫はそのまま通路を走っていった。

 同じ頃壁一面に大小さまざまなディスプレイがびっしりとならんでいる部屋の中に羅畏と先ほどの二人とは別の白衣の男がいた。
 先ほどの二人が完全に萎縮していたのに対し、この男は半ば呆れたように羅畏のことを見ている。
「しかし、わざわざ逃がす必要があるのか?俺の所によこせばちゃんと強くしてやるぞ?」
「あんたに渡したら、強くなる前に十中八九死んじゃうでしょ」
「それを超えて生き残る気がなけりゃ、人間強くなれん」
「だ〜か〜ら〜、それで死んじゃったら元も子もないでしょうがっ!!」
「死んだら単にそこまでだったと諦めるしかないな」
「バカ」
 そんなことを話している間にモニターから礫の姿が消えていた。


第一章 脱走者×2

「ん〜ふっふっふ♪大漁、大漁」
 ジーパンにタンクトップという格好で腰までとどきそうな長い髪をポニーテールにした、いかにも活溌そうな少女がその容貌にはおよそ似合わない十数個のがらくたを腕一杯に抱えたまま通りを歩いている。
「よう、沙紀ちゃん。ジャンクの仕入れかい?」
 どこの街にでもいそうな、このごろ少し腹が出てきて妻からは白い目で見られ、娘と一緒に風呂に入ろうとしていきなり蹴りを喰らう、そんな中年のオヤヂが少女、沙紀に話しかけてきた。
「はい。今日は良いのが手に入ったんですけど、重くて重くて」
  沙紀はオヤヂに半分営業用の笑顔で答えた。
「大変そうだね、手伝おうか?」
「いえ、これくらいいつものことです。店もすぐそこだし」
「そうかい。それじゃまた後でよらしてもらうよ。沙紀ちゃん達の店は良いのがあるからね」
「ありがとうございます♪今後ともジャンクショップ『TWIN MINDS』をよろしくお願いします」
 沙紀は軽く会釈すると自分のジャンクショップ「TWIN MINDS」に向かって歩き出した。
 彼女は店にはいるとジャンクパーツを無造作に箱に放り込むとどっかとイスに座り込んだ。
「あ゛〜、疲れた。女のふりって何年やっても慣れねーな〜」
<何いってんのよ。さっきおもいっきり営業用スマイル振りまいてたじゃん>
「あれは商売だって割り切ってるからできるんだよ。プライベートであんな事できるか」
 沙紀は何も二重人格でもなければ電波な人でもない。
<こないだ、お客に告白されたってうれしがってたのって誰だったけ?>
「...お前だったと思う」
<...あは♪>
「なにが...あは♪だ」
<いや〜それにしても時が過ぎるのって早いもんね。もうあたしたちが<C・N>から脱走して5年になるのね>
「そうか、もう5年目か...」
 沙紀はどこか遠くを見るような目で窓から外をのぞいた。視線の先には整然とならんだ建物とどこまでも続く道路が横たわっている。
 <TWIN>。一つの肉体に二つの精神を入れることにより、限界まで引き出した人間の能力を制御する。
 その計画の実験体とされ<C・N>を脱走してきた礫と沙耶はこの町で人の手を借りジャンクショップを開き、礫は沙紀と言う名前で沙耶の双子の妹として沙耶と入れ替わり立ち替わり暮らしている。てゆーかばれるだろ。というつっこみは右から左に聞き流して。
 そんな感傷に浸っている沙紀の頭に沙耶の声が響いた。
<ねぇ...>
「うん?」
<あたし達の他にも脱走してきた人っていると思う?>
「いるかもな...てゆーか絶対いる」
<何で?>
「いま目の前で15.6歳の女の子が黒服に追いかけられてた」
<その子が脱走者だっての?単にロリコンからにげてるだけかもよ>
「その黒服に見覚えがあったんだよ!」 
 そういうと沙紀は窓から外に躍り出た。

 その黒服に追われていた少女はお約束通り行き止まりに追い込まれていた。
 黒服二人がゆっくりと歩を進める。少女は徐々に後ずさっていったが、もうすでに後はなく背中には冷たく固い壁の感覚があるだけだ。
「戻って来て自分の“仕事”をするか?それとぅぶほっ!?」
 いきなり黒服の一人が足の付け根のちょうど中間辺りを抱えたまま悶絶した。
「ど、どうしたっ?どこをやられた?!」
「そ...それは言えない...言えないと...こ....ろ」
「すいませ〜ん。足すべっちゃいました♪」
<うっわ〜、えげつな〜>
 倒れた黒服の後ろに立っていたのは、もちろん沙紀だ。しかし、まぁ、追いつめられる→悪役が脅迫する→いきなり悪役をへちりたおす。基本に忠実なやつだ。
「そういうことはもうちょっと文章を磨いてから言え」
 げふぅ
「ちっ!!だれだ、おま――」
 こちらもお決まりのせりふを言う前に沈黙させられる。どこをやられたかは推測にお任せする。
 あまりにあっけなく悪役二人を下した沙紀は追われていた少女の方を振り返った。  瞬間、少女がびくっと体を振るわせ先ほどまで黒服達に向けていたおびえた目線を今度は先に向けた。
「えっと、大丈夫?」
「こ、こないでぇぇぇぇっ!!」
 少女はそれ以上後ろに下がれない壁を背に悲鳴を上げうずくまった。
 沙紀のことを新手の変態と思ったか、それとも未だ混乱しているだけなのか。こちらの話を全く聞こうとしない。
「いや、別に何もしないから」
「いっやぁぁぁぁぁ!!」
「え〜と...」
「やめてぇぇぇぇ!!」
<礫、あたしと変わって> 
 沙紀の頭の中に沙耶の声が響く。
<大丈夫か?むちゃくちゃ混乱してるぞ?>
<大丈夫、大丈夫っ。任せといて>
<じゃぁ...>
 瞬間、沙紀の顔が微妙に変化した。もちろん人格が入れ替わっただけで顔の形が変わったわけではないが、それでも性格の違いで印象という物は結構変わる物だ。
「さてっと...」
「うっきゅううう!!」
「うるさい」
 ごき
 <おい...どういう黙らせ方をしてるんだ>
「あら、古今東西うるさい奴を黙らせるのはこれが一番と相場が決まってるのよ」
 2秒でできる黙らせ方
1,手近にある何か固い物を手に持ちます。
2,鋭角45度で渾身の力を込めて腕を振り下ろします。
  「このときにくい奴を思い浮かべるとなお良し」
<なお良し、じゃなくて。これじゃ永遠に沈黙しちまうだろうが>
「だ〜いじょうぶっ!!ちゃんと手加減したから。あ、それと運ぶのは礫がやってね」
<...何故?>
「あたし、疲れるのやだもん♪」
 そういうと沙耶はほんのりと血の付いた石を無造作に放り投げた。
 

「しっかしまあ、可愛い娘だねぇ」
 ベッドに寝かされた少女を見て、沙紀がのほほんと言う。ちなみに頭には包帯がぐるぐると巻いてある。
<礫、手ェ出しちゃだめだからね>
「何を言う。俺にロリコンの気はないぞ?」
<じゃぁ、その手は何?>
 沙紀の手がなぜか少女の下腹部辺りにのびていた。
「...えへ♪」
<女と見たら見境ないんだから。それにしてもこの子15歳ってとこかしら>
 周りの喧噪も気にせずすやすやと未だあどけない顔で眠る少女は、金髪に近いほのかに茶色い髪を肩の辺りまで伸ばし、顔の方も個々のパーツが絶妙のバランスで配置されている、明らかに上の上辺りにランクされる美少女であった。だがどうもおかしい。何がこれといっておかしいというわけではないが、陰があるというか、どうも外側からは計り知れない何かを抱えているような感じがある。とはいえ礫は全くそのことに気づいていない。
「15歳ってロリコンなのか?」
「う〜ん、微妙なとこだなぁ」
「うわっ!?じ、仁!?どっからわいて出たっ?」
 少女の顔をのぞき込む沙耶の横にいつの間にか二十歳ほどの黒髪の男が立って一緒になってのぞき込んでいた。
「客に対して『どっからわいて出た』はないんじゃないか?」
「あ〜、びっくりした。で?今日も売却?」
「ああ、カウンターにおいてある、見積もってくれ」
「はいよ....なぜ一緒にこない?」
 仁は店に戻ろうとする沙紀にはついて行かずベッドに腰掛けたまま少女の顔をじっと見ている。
「えっ?イヤ別に手ェだそうとかはしてないからな。うん」
「説得力皆無なんだけど」
「あっはっはっは。さぁ、沙紀ちゃん。お仕事お仕事」
 むかつくほどにさわやかな笑みに切り替えた仁は沙紀の方に手を回してきた。
「は・な・せ」
「ああ、つれないなぁ」
 

「ん〜と、30」
 仁の持ってきたジャンクパーツの鑑定の結果がこれだ。
「いや、もうちょっと色つけてくれよ。50」
「慈善事業じゃないんだよ。こっちも。33」
「生活かかってんだよ。十を頭に子供が十二人。43」
「計算合わないんだけど。35」
「双子が二組いてね。40」
「ていうか作るような相手いないだろ?35と20」
「お前が相手になってくんない?この際。45」
「増えてるゾ。36。これ以上やる気ならもう買い取らない」
「わかったよ。それで手を打つか」
「まいどありぃ〜♪」
 沙紀がレジカウンターから紙幣を数枚取り出し仁に手渡した。
「ところで、さっきの子だけどな。」
「かわいいよねぇ〜。頭ン中で同居してるのがどす黒い分あーゆーこが新鮮でさぁ」
「そうじゃなくて、<C・N>の関係者だろ?」
「へぇ。よく分かったね」
 仁が<C・N>の名を口に出したことにさして驚きもせず沙紀はジャンクパーツをさらに細かく分解し出した。
「あんまり首を突っ込むんじゃない。わかったな」
「無茶言うなよ。目の前で追っかけられてたから助けただけだよ」
「とにかく、だ。しばらくは奴らがここら辺うろつくだろうから外出はなるべくさけろよ」
「ご忠告どーも。でも、注文の品お客さんに届けないといけないんだ」
「俺が行ってきてやるよ」
「有料で、だろ?いいよ。こういうもんは自分で届けないとだめなんだよ」
「好きにしろ。だが、外出するときは気をつけろ」
「へいへい。」
 仁が店を出たのを見ると、沙紀はジャンクパーツを棚に載せ少女を寝かせている部屋の戸に手をかけた。
<れ〜き〜。さっき言ってたどす黒いって誰のことかなぁ?と〜っても興味あるんだけどなぁ>
「おまえ以外誰がいる..んむっ??!」
 戸を開けた瞬間寝ていたはずの少女がいきなり沙紀に抱きつきその唇を強引に奪った。いきなりの事に混乱する沙紀の口の中で少女の舌がうねうねと別の生き物のように動き回る。
「んっ...むぅ...はぁ...ぷはっ!!な、何すんだ!?」
 力任せに少女を引き剥がし、口を拭う。少女は床にしりもちをついたまま上目遣いで沙紀のことを不思議そうに見上げた。
「何って...助けてくれたのあなたでしょ?だからそのお礼」
「いや、お礼って...ふつうは物とかなんじゃあ?」
「嫌いですか?こういうの」
「いや、どっちかと言えばむしろ好きな方だけど...」
「じゃあ、良いじゃないですか」
 少女は立ち上がると再び沙紀の顔に自らの顔を近づけた。少女の赤い口がとんでもないことを紡ぎだす。
「大丈夫...あたし女性のお相手も慣れてますから」
「???」
 少女の言ったことの意味が分からずに混乱する沙紀の頭の中に沙耶の声が響いた。
<礫っ!あたしと変わって!!>
 いつものおちゃらけた声ではなく真剣な声である。
「また、はたき倒す気じゃないだろうな」
<いいから!はやく!!>
「お、おう」
 思わず気押されて返事も弱気になる。
 人格が沙耶に変わった瞬間、少女の体が一瞬びくっとふるえ、沙耶の顔から離れた。無意識下で沙耶に度突き倒されたことを覚えているのかもしれない。
「いいから。もうそんな事しないでも」
「...え?」
 少女の顔に困惑の色が浮かぶ。沙耶の言っていることの意味が分からない、と言った感じの顔だ。
 そんな少女を沙耶はそっと抱きしめた。優しく、その顔には心なしか涙が浮かんでいる。
 礫には信じられなかった。沙耶が泣いている場面など今までほとんど出くわしたことが無かったのだ。そんな礫の心の中に沙耶の心が流れ込んできた。もちろん意識が完全に融合しているわけではないのでなんとなくという感じだが。
 沙耶の心には暗い影があった。表面にではない。もっと深い、深いところに。
 そこにあったのは、果てしない悲しみの感情であった。一体何があったのか、おそらくは<C・N>にいたころに刻みまれたトラウマ的なものだろう。
 どんなに忘れようとしても忘れられない。乗り越えようとしても思い出すたびに体が震える。それほどまでに深い悲しみであった。
 礫は体が無い意識の中で歯軋りをした。一体自分はなにをやっていたのだ。五年も同じ意識の中にいて、このことを感じてやることすら出来なかった。いや、気づいたところでどうこうできる問題ではない。こればかりは礫には何も手の打ちようがない。沙耶自身が自分で乗り越えない限りは。
「もう、いいから」
 沙耶は優しく諭すように言う。その言葉に反応して少女も口を開いた。その口から出てくる言葉は年相応の感情があった。
「でも、あたしこれ以外なにも...何もやらされてない。他に何をすればいいか分からないんです」
「今は分からなくていいの。ただ生きてくれてさえいれば。それだけで良いから」
「...」
 少女は急にむせび泣きだした。沙耶の胸に顔を埋め声をあらん限りに絞り出し、泣き続けた。沙耶はずっと、ただ抱きしめていた。声をかけるわけでもなく。それ以上は自分にできることはないと分かっているかのように。
 しばらく泣き続けた少女は、顔を上げると涙で濡れた顔にかわいらしい笑顔を浮かべた。
「ありがとうございました」
「うん」
 沙耶は一言そう言うと少女を抱きかかえベッドまで行きそっと少女をベッドに寝かした。
「あの...私がいると迷惑掛かりますよ?だから」
「だから、外に放り出せっての?<C・N>の連中がうろうろしてるっていうのに?そんなことできるわけないでしょ」
「知ってるんですか?!<C・N>のことを!」
 沙耶の口から出た<C・N>という言葉に少女は反応して上半身だけをがばっと起き上った。その様子を見て沙耶は一言付け加えた「私もあなたと一緒。<C・N>から逃げてきたの」その言葉を聞くと少女は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、じっと沙耶の顔をみて、ゆっくりと口を開いた。
「少し...少し一人にしてもらえませんか?」
「...ん」
「すみません」
 そう言うと沙耶は少女を残し部屋を後にしカウンターの中に腰掛けた。戸に鍵はかけてはいないし、窓だって開いている。逃げようと思えばいつでも逃げることができる状況に少女を残して出ていった沙耶に礫は質問をぶつけた。
<なんで何も聞かねぇんだ?>
「聞く必要もないでしょ?あたしはこれ以上<C・N>に関わりたくないし」
<そりゃあ...そうだけどよ。あの子助けた時点でもうあいつらに関わってるんじゃないのか?>
「礫、あの子が何で逃げ出してきたと思う?」
 沙耶は礫の質問に答える代わりに質問を返した。
<何でって...俺達みたいに破棄されそうになったとか、なんか耐えきれないことがあったとか?>
「多分ね。考えてみて。あいつらがわざわざ破棄する予定だった人を捕まえる必要がどこにあるっていうの?」
<...>
 礫は言葉に詰まった。確かに沙耶の言うとおりである。実際自分達には考えていたような<C・N>からの追っ手という物は一人も来てはいない。
「それにあの子は多分...」 
 沙耶はさらに何か言おうとして押し黙ってしまった。沙耶の心の中に再びあの少女を抱きしめたときの悲しみがあふれてくる。
<...なぁ、沙耶>
「なに?」
<あそこに、<C・N>に居た頃なんかあったのか。俺が知らないところで>
「...うん。でも、ごめん。礫には教えたくない」
<...>
 礫には無理に問いただすことができなかった。辺りに重い空気が立ちこめる。
 と、その時部屋に中から少女が出てきた。
「待たせてしまってすいません。お話しします。あたしがなぜ<C・N>から逃げてきたか」
「辛かったら話さなくても良いからね」
「はい、でも聞いてほしいんです。あなたに」
「...分かったわ」
  少女は、沙耶の向かい側に座るとゆっくりと話し始めた。
「あたしは緒里(いおり)といいます。あたしは物心ついたときから<C・N>に育てられてきました。両親のことは何も、顔すらも覚えていません。
 最初<C・N>はあたしから能力を引き出そうとしました。でもできた能力は<C・N>の目的にはなんの役にも立たない物でその時に破棄を言い渡されました。その時のあたしにはその意味がなんなのかは分かりませんでしたが、何かイヤな物を感じて<C・N>の研究員の一人に泣いて頼みました。もしかしたら死んでしまった方が楽だったのに。するとそいつはイヤらしい笑みを浮かべるとあたしを狭い部屋の中に連れていき、そこで自分の性欲処理の道具に使ったんです。それでも最初はそいつだけだったんですがだんだんと人数が増えてきて...。そんな事が4年ぐらい続いたんです。それで....」
 少女、緒里はそこで言葉を切った。
「ありがとう、話してくれて。じゃあ、つぎは私達の話を聞いてくれる?」
 沙耶の言葉に緒里は不思議そうな顔をした。
「私...達?他にも誰か居るんですか?」
「うん、ここに、ね」
 沙耶はそう言うと自分の頭を指さし、自分と礫のこと、<TWIN>のことなどを緒里に説明した。
「よく、町の人たちにばれませんね」
「まあ、そこんとこは深く考えないように、ところで」
「なんですか?」
 沙耶がカウンターから身を乗り出してくる。
「あなたの能力って何?」
「鳥と話ができるんです、ただそれだけで...」
「いいなー」
「え?」
「いいじゃない、鳥と話ができるなんて。羨ましいわ」
 緒里は沙耶の言葉に顔を赤らめ俯き、小声で聞いてきた。
「本当...ですか?」
「うん、昔からそう言うのできたら良いなぁって思ってたんだ」
 沙耶の感情を隠さない物言いに緒里はさらに顔を真っ赤にして黙りこくってしまった。
「さてっと、あなたに一つ頼みたいことがあるんだけど」
「頼みですか?」
「うちに一緒に住んでよ」
「え?」
 沙耶はひらりとカウンターを飛び越え緒里を力一杯抱きしめた。
「わっ...!?」
「私、妹ってほしかったんだ〜!!」
「妹...ですか?」
「うん、だからさ。うちに居てよ」
「...いいんですか?」
「いいっいいっ!!もうず〜っとうちにいても良い!!」
「...はい」 
 緒里はそう言うと自分からも沙耶を抱きしめた。沙耶の方が20cmほど上背があるのでちょうど沙耶の胸の辺りが顔にあたる。沙耶の暖かい体温と一定のリズムを刻む心臓の音が心地よい。緒里は生まれてはじめて心からの安らぎを覚え、そのまま深い眠りに落ちていった。
 沙耶は緒里を抱きかかえベッドに連れていき寝かせると再び店に出ていった。
「分かってるから。バカだってんでしょ?」
<自覚あるだけまだましか>
「色ボケの自覚無いあんたよりはね。さ〜て、お仕事よろしく」
「おいっ!」
 強制的に入れ替わりをさせられ、文句を声に出してみても沙耶の返事はない。沙紀は一つ大きなため息をつくといつもよりは大分遅く店を開けた。

続く

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