戻る

 ……淡い光が部屋を満たしていた。
 奇妙な部屋だった。壁や天井、床には見たことのない紋様が一面に描かれている。
 そして部屋の中央には椅子が置かれ、一人の少女が座っていた。
 少女は意識を失っているらしく、身動き一つしない。
 テーブルをはさんで、灰色のフードの被った人物がたたずんでいた。
 何かの呪文を唱えるような声がその人物から聞こえてくるが、その意味はまったく理解できない。
 表情も姿も、フードに隠れてまったくわからない。
 やがてその奇妙な人物は、片手を少女に掲げ、詠唱の声を高めた……

 その瞬間、部屋を光が満たす。

 光が収まった後、少女は目をゆっくりと開ける。……だが、その目は妙に澱んでおり、その顔からは全ての表情が抜け落ちていた。
「終わりだ……お行きなさい。」
 しわがれた声に少女は椅子から立ち上がり、無言のまま部屋を出ていった。
 しばらくして、今度は別の少女が二人、部屋の中に入ってくる。
「あの……お願いします。」
 フードを被った人物は、椅子に座るよう二人に促した。
「……それでは始めようか。」
 また、部屋に声が流れはじめる。

 低く静かに……




精霊戦記シルフィールド

第2話 「占いは死を招く・前編」

作:h.hokura





 あの戦いから、一ヵ月がたっていた。
 八神彰は椅子に座り、頬杖をついて教室の窓から外を見ていた。

(まさか、こんなことになるとはね……)

 深い溜息をつく。
 そう、あのときまでは平凡な一人の男子中学生だったはず、なのに……
「何黄昏れているのよ、亜衣?」
「亜衣ちゃん、どうしたの?」
 声をかけてくる二人の女生徒……村瀬優と遠藤未来。彰のクラスメイトだ。
 だが……二人は彼のことを親しげに“亜衣”と呼ぶ。

 そう。今の彰は“八神亜衣”……彼女たちと同じ「女子生徒」だった。



 ことの発端は一ヵ月前の……異世界からきた者たちとの戦いだった。
 彰はその時、精霊界からやって来たという女性、ラミアと出会った。
 彼女は危機に瀕した世界を救う為にここへ来たと説明し、さらに衝撃的な事実を彰に告げた。
 彰もまたその精霊界の住人であり、精霊シルフィールドの命によりこの世界に送られた“取り替え子”だと……。
 最初は信じられなかったが、結界に捕らわれた学院や、襲いかかってくる巨大な異形の怪物に、その話を信じざるをえなかった。
 なにより彰自身が巨大な機神……かつて精霊シルフィールドがラミアたちの祖先に与えたという機械の女神となって闘ったのだから。
 だがそれ以上衝撃的だったのは……

「はい、貴方は本当は女性なのです。」

 精霊界を滅ぼした敵……“異形の者達”が呪いをかけ、彰を男の姿にした……とラミアは説明した。
 それは、彼女の助言で怪物を倒した直後、彰に起こった出来事で証明された。
 機神から分離した彰は、女の子の姿になっていたのだ。
 パニック状態になる彰に、ラミアはそれが貴方の本来の姿だと告げた。
 どうやら機神の持つ強大な精霊力により、かけられた呪いが解けたらしいのだ。
 ラミアになだめられて、一緒に結界を解いた彰が見たのは、青山学院中等部女子の制服を着た自分の姿。
 親しげに話しかけてくるクラスメイトの優と未来。
 女の子になった彰を避ける、かつての親友、進。
 保健室で学院の養護教師となったラミアとの再会。

 彰の人生は、その瞬間から大きく変わってしまった……



「……ううん、別に黄昏れているわけじゃないの。」
「似合わないからやめておいた方がいいわね。」
 優が腕を組んでうんうんと頷く。
「悪かったわね。……どうせ私には似合いませんよっ。」
 彰……いや、亜衣はそう言って、優を軽くにらんだ。その口調や物腰は、とても一ヵ月前まで「男」だったとは思えない。
 言葉遣いや仕草は優や未来、同年代の少女となんら変わらない。ラミアの話では、かけられていた呪いが消えたことにより「男」だったという事実が抹消され、亜衣(彰)は最初から「女の子」だったことになっているためらしい。
 それでも、彰として……男の子として生きてきた13年間の記憶は残っていた。これは亜衣(彰)の人格を守るために必要なことだ……と、ラミアは言っていたのだが。

 とにかく、そのおかげで亜衣(彰)は、心は「男の子」なのに「女の子」として生活するという状況に直面している。
 “八神亜衣”になってからの人間関係の最大の違いは、小等部時代からの親友が“工藤進”から“村瀬優と遠藤未来”に変わってしまったことだった。
 亜衣(彰)は進に何とか話しかけようとしたのだが、まわりが変に冷やかすので、逆に避けられるようになってしまった。
 進とは何でも話せる間柄と思ってきただけに、ショックだった。

「……何か悩み事でもあるの?」
 未来が心配そうに尋ねる。優も隣で心配そうな表情を浮かべて亜衣を見つめた。
「別に大丈夫だって。」
 亜衣は二人に笑いかけた。彰の時と同様、“亜衣”もまた奇妙な音や影を見ていたことになっているらしく、それを心配しているのだ。
 そうやって気遣かってくれる優たちに、女の子になって戸惑う彰は幾分救われた気持ちになるのだが。
「……おっと、そろそろ着替えに行かないと次の体育の授業に遅れちゃう!」
「そうね、早く行かないと混んじゃって大変だしね。」
 二人の会話に亜衣(彰)は固まった。そう、亜衣(彰)にとって、着替えは女の子になって最も困っていることの一つだ。
 体育の授業となれば、亜衣(彰)は女の子の中で着替えなければならない。女の子なのだから当たり前だと言えばそうなのだが、心は「男」なのだ。
 何か「覗き」をしているようで落ち着かない……だが、それ以上に困っているのは、自分自身の身体を恥かしくてまともに見れないということだったりする。



 女の子に変わってしまったあの日、養護教師になったラミアの勧めで早退した亜衣(彰)は、下宿先である伯父の家の前で考え込んでいた。

(ラミアさんは「大丈夫だ」って言っていたけど……)

 今朝まで「甥」だった人物が、突然「姪」になって帰ってきたのだ。不安は隠せない。
 恐々として家のドアを開ける亜衣(彰)。
 家は伯母がやっているブティックが1階にある。ちなみに伯父は作家としては結構有名であり、伯母のブティックも結構繁盛している。
 二人とも子供がいないせいか、彰のことを可愛がってくれていた。……だが、はたして“亜衣”としてはどうなのか。
「ただいま……」
 玄関は静かだった。何だか空き巣に入る心境だった。
「あら、お帰りなさい亜衣ちゃん。」
 突然後ろから声をかけられ、亜衣(彰)は思わず飛び上がりそうになった。
 緊張しながら、振り返ると、背後に伯母が立っていた。
「今日は随分早いけど……どうかしたの?」
 伯母はそう言って、亜衣(彰)の顔を覗き込んできた。
「その……ちょっと気分が悪くなって。」
 亜衣(彰)は引きつった表情を浮かべ答えた。
 嘘をついてるようで気が引けたが……仕方がなかった。
「まあ……大丈夫なの?」
「だ、大丈夫です。ちょっと大事をとって……」
 亜衣(彰)はそう言って、伯母を安心させようとした。
「そう、ならいいけど……」
 伯母は片手をほほに当て、亜衣(彰)を見つめた。そういう仕草を見ていると、40を越えているようには見えない。
 しかもブティックを経営しているだけあって、伯母のファッションセンスはいい。

(20代って言っても不思議じゃないよなあ……)

「でも残念ね。夏の新作着てもらおうと思ってたのに……」
 伯母のその言葉に固まってしまう亜衣(彰)。

(……そういえば伯母さん、僕が女の子だったら色々着せられたのに……って言ってたっけ。)

 「亜衣ちゃんならあの青いワンピース、絶対似合うわよ。」などと盛り上がっている伯母を見て、苦笑する。
 この様子だと、“亜衣”はしょっちゅう売り物を「試着」させられていたようだ。
「あらいけないっ。とりあえず着替えて休んでいなさい。夕食ができたら呼んであげるから。」
「う、うん……分かりました。」
 我に返った(笑)伯母にそう言うと、亜衣(彰)は2階に上がった。

(伯父さんは執筆中なのかな……)

 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、隣の部屋の扉が開き、当の伯父が顔を出した。
「……おや、お帰り亜衣ちゃん。」
 伯父はにこやかに笑いながら話しかけてきた。亜衣(彰)の父親の兄にあたるこの人物は、いくつもの賞を貰っている有名な作家らしい。
 ……もっとも亜衣(彰)は、この伯父の作品を一度も読んだことはないのだが。
「はい、ただいま伯父さん。」
 亜衣(彰)も笑い返しながら挨拶を返し、ふと気になって尋ねてみた。
「……原稿、書き終わったんですか?」
 その質問に、伯父は額に汗を浮かべて沈黙する(笑)。どうやらまだらしい。
「あの……がんばってくださいね。」
 そう声をかけられ、伯父は泣きそうな顔を浮かべた。
「うーん……亜衣ちゃん、何かいいネタないかな?」
「いえ、私にそう言われても……」
 亜衣(彰)は困惑した表情で答えるしかなかった。
「うーんそうだよね……ごめんごめん。」
 伯父は腕を組み、「何かいいネタないかな……」とつぶやきながら1階へと降りてゆく。
 それを見送り、亜衣(彰)は自分の部屋の前に立った。

♪亜衣の部屋♪

 ……可愛らしい文字で書かれたプレートを、しばし見つめる。

(入っていいんだよな。一応自分の部屋だし。)

 確かに今の自分は“亜衣”なのだから、問題はないのだが……
 だが、ここが「女の子の部屋」だというところに、躊躇が生まれる。
 そうは言っても、何時までもここでつっ立っていてもしょうがない。
 亜衣(彰)は扉を開けて、部屋の中に入った。

「…………」

 そこはまさに「女の子の部屋」だった。
 家具の配置はそれほど変わっていなかったが、今朝までなかったものも増えている。
 例えばカバーに覆われた鏡台や、タンスの上のぬいぐるみ。
 本棚も配置はそのままだが、中に入っている本は大幅に変わっている。ほとんどは少女漫画や少女向け小説、雑誌だった。
 参考書やアルバムはそのままだ。……だが、なんとなく気になって小等部の卒業アルバムを引っ張り出す。
 ページを開いて集合写真のところを見ると、彰の顔は男子側になく女子側に入っている。
 念の為名簿を確認すると、女子側にきちんと『八神亜衣』と記されている。……もちろん男側には八神彰の名前は無い。
「ふ……」
 分かっていたが、やはりショックは隠せない。
 他のアルバムを開いてみても、そこに写っているのはみんな女の子の自分。
 「生まれた時から女の子ということになってます。」という、ラミアの言葉通りなのを改めて思いしらされる。

(何時までもこうしててもしょうがないし……着替えるか。)

 亜衣(彰)はアルバムを本棚に戻すと、胸のリボンタイを解いた。
 続いてセーラー服の両わきのジッパーを上げて脱ぎ、ハンガーにかける。そしてスカートのジッパーを下ろし……
 そこまできて亜衣(彰)はふと気付く。

(え……?)

 ストン! スカートが床に落ちた。
 次の瞬間、亜衣(彰)は自分の下着姿をまともに見てしまった。
「……きゃあっ!!」
 思わず悲鳴を上げてしまう。女の子のそんな姿など、今まで見たこと無かったのだから仕方がないといえるが……

(と、とにかく、何か服を……)

 亜衣(彰)はタンスに駆け寄り、服を取り出そうと中を見て……再び真っ赤になる。
 当然のごとく、タンスの中に入っている服も全て女の子のもの。

(お、落ち着け……落ち着くんだ……)

 心の中でそう唱えながら、何とか服を選んで着替える。
 ようやく一息つく亜衣(彰)。しかし、彼女はこの後トイレや入浴というイベント(笑)が控えていることに気付いていなかった。
 その時何があったかは……永遠の謎である。



 ……というわけで、結局あれから一ヵ月たったが、未だに亜衣(彰)は女の子としての「着替え」に慣れていなかった。
 だから体育の授業の度に、逃げ出したい気分になる。
「ほら行くよ、亜衣。」
「亜衣ちゃん行きましょう。」
 そんな亜衣(彰)の思いなど気付かず、優と未来は彼女を更衣室へ引っ張っていこうとする。
 できれば休みたいところだが、そうすれば二人に余計な心配をかけてしまいかねない。
「う……うん。」
 亜衣(彰)は引きつった笑みを浮かべ、重い足取りで更衣室に向う。
 優と未来は「今日はバレーだって。」「えー嫌だな……」などと会話しながら前を歩く。
 弓道をやっているだけに、体育や運動は嫌いではないのだが、まさか女の子の中でやることになるとは……
 ちょっとブルーな亜衣(彰)だった。
 更衣室に着くと、前の二人は何の躊躇いもなく入っていく(当たり前だ)。
 だが亜衣(彰)は躊躇して立ち止まる。
「何やってんのよ亜衣? 早く来なよ。」
 優が更衣室の中から声をかけてきた。
「開けっ放しにしたら見えちゃうよ。」
 未来が亜衣(彰)の手を引っ張って更衣室の中へ連れ込む。
「えっ? ちょっと……」
 抵抗するまもなく引っ張りこまれる亜衣(彰)。
 既に何人かの女生徒達が、着替えを始めている。
 優と未来は隣り合った場所を確保し、「ほら亜衣っ、こっちこっち。」と手招きする。
 亜衣(彰)は着替えている他の女生徒達を見ないようにしながら、二人の所に行った。
「相変わらず恥ずかしがりだな、同じ女同士なのに。」
 呆れたように亜衣(彰)を見て言う優は、上半身下着姿で堂々としている。
「そう言われても……」
 亜衣(彰)は優のその姿を見ないように、別の方を向いて答える。
「優ちゃんの場合、少し恥ずかしがった方がいいと思うんだけど。」
 未来が優をたしなめるように言う。彼女はもう体操服の上を着替え終わっている。
「そう言うあんたは何時の間に?」
 優は面食らった顔で未来を見た。

(侮れないわね、この娘も……)

 妙なことに対抗心を燃やす優だった。
 その間亜衣(彰)は目を瞑ってセーラー服を脱ぎ、体操服の上を着ていた。
「……ふう。」

(授業の前に疲れちゃうよ……)

 それだけで深い溜息をつく亜衣(彰)。だが、まだ着替えは終わってはいない。
 そう、まだ体操服の下が残っている。ただこちらはスカートの中ということもあり、下着を見ることがないので楽だったが。
 幸いなことに下はブルマではなくハーフパンツだったので、亜衣(彰)にとって救いだった。
 とはいえ、足をむき出しているのには変わりがないので、恥ずかしいことは恥ずかしいのだが。
 特に男女が集まり、男子の視線を受けるとなおさらそれが増してくる。
 男の頃は、女子のそういう姿に自然と目がいくのはしょうがない……と考えていたが、自分が見られる立場に立つと嫌悪感をおぼえてしまう。
 勝手な話だが、男の心で女の身体という亜衣(彰)ならではの経験かもしれない。



 体育の授業を終え、制服に着替えた(もちろんその時も大変だったが)3人は、教室へ向うため廊下を歩いていた。
「それにしても優のサーブは相変わらず凄いわね。」
 未来が感心したように話す。
「へへ……どうだっ。」
 優はVサインを出して鼻高々に答える。彼女の活躍で3人のチームは大勝利だった。
「私たちのことも忘れないでほしいけどね。」
 もちろん未来もレシーブで、亜衣(彰)もトスで優をアシストした。だから亜衣(彰)はそう言って優を見つめた。
「分かっているって。……2人には感謝してますって。」
「ホントかしら?」
「怪しいわね。」
 優の言葉に、未来と亜衣(彰)は顔を見合わせて笑う。
 しばし授業のことや、男子がいやらしい目で見ていたこと(これには彰としては耳が痛かったが)等で盛り上がる。
「……そういえば例の占い屋、人気すごいらしいね。」
 話は最近の話題、今女子の間では知らぬ者はいないという『占いの店』のことになっていた。
「あの、謎の占い師が居るっていう店?」
 未来が顔を輝かせて優に問いかける。つい最近、駅前の商店街にオープンした、経歴不明の占い師が居るという店のことだった。
 中等部だけではなく、高等部のお姉さま達にまでその人気は広がっており、亜衣(彰)のクラスでも話題の中心だ。
 占いなんて頭から信用していない彰としては興味のない話題だが、亜衣としては不本意ながら興味を持っているように見せている。

(またか……ほんと女の子ってこういう話が好きだよな。)

 亜衣(彰)は密かに溜息を付く。実は弓道部の女子部員の間でも、その話題ばかりで閉口しているのだ。
「うちのクラスの佳代達が先日行ったって言うけど、どうだった……」
 だが、次の瞬間廊下に悲鳴が響く。
 3人が目を向けた先には、窓から身を乗り出している一人の女子生徒が。
「あ、あれって佳代!?」「う、うそ!」
 優が驚いた声を上げた。未来も絶句し、亜衣(彰)もあまりのことに硬直してしまう。
「……やめなさい! 何をしてるんだっ!?」
 教師が止めようと声をかける。だが、その女生徒……佳代はその言葉を無視してさらに身を乗り出した。
 落ちる! ……誰もがそう思ったその時、まわりにいた人だかりから一人の女性が飛び出すと、佳代の首筋に手を当てる。

 ガクッ!

 すると、佳代は急にぐったりして、窓の外に落ちそうになった。
「手伝ってください!」
 女性の叫びに教師や男子生徒が駆け寄り、佳代を廊下に引き戻す。
「ほ……」
 見ていた生徒達が、一斉に安堵の吐息をつく。
「良かった……」
 優と未来の2人も抱き合って喜んでいる。
 亜衣(彰)もほっとして、佳代を介抱している女性の方を見た。

(え……ラミアさん?)

 それはこの学院の養護教師となった精霊界の神官、ラミアだった。

(そうか、だからあの時……)

 ラミアが佳代に触れた時、何かの“力”が発動したのを亜衣(彰)は感じていた。

『亜衣さん、放課後になったら保健室に来てください。』

「え……?」
 突然誰かに話しかけられたような気がして周囲を見渡すと、ラミアがこっちを見ているのに気付く。
 彼女は不思議な力を扱うことができる。もっともそれは亜衣(彰)も同様なのだが。

『……何かあるんですか?』

 亜衣(彰)も心の中でラミアに話しかけた。

『その時にお話しします。』

 ラミアはそう言い残すと、他の教師と一緒に佳代を保健室に運んでいった。
 それを見送りながら、亜衣(彰)は言いしれぬ不安を胸中に抱いた。
 結局、次の授業は急遽ホームルームに変更され、事情の説明が行われた。
 「ちょっとしたノイローゼ」……それが学院側の説明だったが、亜衣(彰)にはとても信じられなかった。
 少なくとも前日まで、そんな気配は微塵も感じられなかったからだ。
 ……というのも、昨日帰り際に佳代と数人の生徒達から、例の『占いの店』に行こうと誘われたのだ。
 たまたま亜衣(彰)はその日部活があり、また、後日優や未来と一緒に行く約束をしていたこともあり、断ったのだが。
 だが、その時の佳代はとても自殺するような悩みなど抱えているようには見えなかった。
 それだけではない。佳代と一緒に行った生徒達が、今日は一斉に休んでいる……

(まさか……彼女達まで?)

 亜衣(彰)は、その後の授業全てが身が入らないまま放課後を迎えた。



 放課後、優と未来に「今日は用事があって一緒に帰れない。」と言って別れた亜衣(彰)は、保健室に向った。
「失礼します。」
 ドアをノックして中に入る。
「お待ちしていました。」
 養護教師の結城美佐……ラミアはそう言って、亜衣(彰)を迎えた。
「一体何が起きてるんですか、ラミアさん?」
 亜衣(彰)は挨拶もそこそこに話を切り出した。
 ラミアは彼女に椅子を薦めた。そして、
「まだ私にもよく分からないのですが……取り合えずあの佳代さんという方は……」
 そこまで言うとラミアは暫し言葉を切り、亜衣(彰)を見詰めた。
「……こちらの世界ではただの衰弱ということですが、実際は違います。心を侵食されています。」
「それってまさか?」
「はい。奴ら……異形の者の仕業であることは間違いありません。」
 頷くラミア。予想していたといえ、言葉もない。
「でも結界とかはこの辺では発生してないはずですよね。でもそうすると……?」
 もし、異形の者の結界が近くで発生すれば、神官である2人には必ず分かるはずだ。それが無いということは……
「何か別の方法でしょう。精霊界でも、結界が発生せずに心を侵食された人々もいましたから。……何か心当たりがありませんか?」
 ラミアの質問に、亜衣(彰)は佳代の自殺騒ぎの後から考えていたことを説明した。
「……もしかすると、その“占い師”かもしれません。」
「“占い師”……ですか?」
 ラミアは不思議そうな顔をしてきき返した。
「今女子の間ですごく人気があって・・・佳代もそこに昨日行ったらしいです。」
 亜衣(彰)は、クラスだけでなく学院全ての女生徒達に今人気のある占い師のことを話した。
「こちらの世界では、神官はそんなことをしているのですか?」
 精霊界では、神官が作物の出来不出来や、一族としての判断を占うことがあるらしい。
「いえ、占い師は神官ではありません。占いだけを行うだけです。」
 亜衣(彰)はこの世界の占い師達のことを説明する。占いには主に恋愛関係が多いことや、様々な占い方があることなど。
 ちなみにそれら占いについての知識は、クラスの女子生徒や雑誌から仕入れたものだった。
「まあ、そういうものもあるのですね・・・・」
 ラミアは感心しているようだが、占いに興味のない亜衣(彰)としては、「女の子はどうしてこういうのが好きなのかな?」と、不思議でしょうがない。特に占いによって一喜一憂する友人達には、時々ついていけない時がある。
「確かに休んだ生徒さん達は女の子ばかりですし、聞いた話では皆似たような状態だそうです。」
 ラミアはメモを見ながら、一連の状況を説明する。
「衰弱して寝込んでいる人、今日の様に発作的に自殺を図ろうとする人……もしこれらの人達の原因がその占い師ならば……」
 ラミアはメモから顔を上げると、亜衣(彰)をじっと見詰めながら話を続けた。
「……調べてみる必要があるというわけですね。……そして、連中だとしたら……」
 再び戦うことになる。あのバケモノと……1ヵ月前の時のように。

(あの時は勝てたけど……今度は?)

「心配しないで下さい。私も全力でお助けいたしますから。」
 不安そうな表情を浮かべた亜衣(彰)を、ラミアは元気付けようとした。「……それに、このままでは被害者はどんどん増えていくでしょう。」
 被害者はこの学院の生徒だけではないだろう。この近辺の女の子達が……
「分かりました。やりましょう。」
 決意すれば悩まない性格の亜衣(彰)は、表情を引き締めてラミアを見返した。
 そんな亜衣(彰)にラミアも力強く頷いた。
「取り合えず、明日優と未来とその店に行くことになってますので、その時に調べてみます。」
 今後の予定を話し合うラミアと亜衣(彰)。
「私の方は、それまでに被害者の方の状況を調べておきます。」
 二人はそこで顔を見合わせて頷き合う。
「それで、もしそこが連中の巣窟であることがわかれば……」
 後は戦うだけである。とにかくこれで方針は決まった。
「明日、その占い師の所に行く前に保健室へ来てください。」
 ラミアはそう言って、亜衣(彰)の両手を握りしめた。
「はい。」
 亜衣(彰)は返事をすると立ち上がった。
 新たな戦いが始まろうとしていた。



 していたのだが……
「……とにかく今日は早めに休んで、明日に備えておかないと。」
 亜衣(彰)は今夜の予定を考えていた。

(食事が終わったらすぐに課題を片付けて……入浴は寝る直前でいいかな。)

 入浴のところで少し憂鬱になったが(笑)、後は問題ないだろう。
 そうこうしているうちに家に着き、ドアを開ける亜衣(彰)の前に立っていたのは……
「お帰りなさい亜衣ちゃん。ねえねえ、これ着てみてくれない?」
 ……ひらひらのワンピースを何枚も持って、にこやかに笑っている伯母だった。
「え、えーと……」
 玄関で固まってしまう亜衣(彰)。
「これ今度の新作。絶対亜衣ちゃんに似合うわよ。」
 構わず次々とひらひらワンピース(いわゆるピンクハウス系)を見せる伯母。

(そ、そういえば新作の試着手伝うって言っちゃってたんだっけ……)

 「亜衣ちゃんは私の選んだ服、嫌いなのね……」と、目に涙を浮かべて懇願されてしまっては断るわけにもいかず、とうとう「試着」を承諾させられたのだ。
 そんな伯母の後ろ手に目薬が握られていたのに気付いたのは、約束してしまった後だった(笑)。
「さあさあ、こっちへ来てね亜衣ちゃん。」
「お、伯母さん待ってよ……まだ制服のままなんだけど。」
 そんな抵抗も伯母の一言で片付けられる。
「着替えるんだから構わないわよ。」
 もはや抵抗は無意味だった。



 その日、新作のひらひらワンピースを何着も着させられた上に、店の宣伝にと写真を撮られた……
 お陰で疲れきってしまい、課題を忘れたあげく翌朝寝坊しそうになった亜衣(彰)だった。

続く。



次回予告

 占い師のもとに乗り込む亜衣(彰)。そこで待つものは?
 はたして亜衣(彰)は陰謀を阻止できるのだろうか。
 次回、『占いは死を招く・後編』



亜衣:「続きも是非読んでくださいね。」
伯母:「亜衣ちゃん、そのワンピース似合ってるわよ。」
亜衣:「あーっ、ひらひらのままだったっ!」



後書き

 「巫女遊撃隊」の為中断していた精霊戦記の2話目をお送りします。
 状況説明に前半を取られてしまい、ストーリーの進み具合が遅くなっていますね。
 反省してます。
 後編ではもっとテンポよくいきたいと思いますので。

戻る


□ 感想はこちらに □