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精霊戦記シルフィールド −序章−

作:h.hokura





 光が煌めき、激しく交差する。

「ラミア様! 早く行って下さい!」
 剣を持った騎士が叫び、襲いかかって来た異形な者を切り捨てる。
 ラミアと呼ばれた女性は、何人かの騎士に連れられその場を離れた。
「大丈夫ですか!? ラミア様!!」
 聞かれたラミアは顔を上げて、騎士に答える。
「私は平気です。でも残った方々は・・・」
「彼らなら大丈夫です! それより早く神殿へ! 今はラミア様の無事が第一です!!」
 ラミアと数人の騎士は、襲い掛かる異形の者達の攻撃を退けながら神殿に向かう。
 だが神殿に近づくにつれ攻撃は激しくなり、騎士達は次々と倒されていく。
 ようやくたどり着いた時には、騎士は二人しか残っていなかった。
 ラミア達は素早く入り口への階段を登ると、神殿の門に手を掛ける。
 だが次の瞬間、門の影に潜んでいた異形の者が彼女に襲いかかってきた。

「ラミア様! 危ない!」

 騎士の一人がラミアを突き飛ばす。
 剣の残光と血塗られた爪とが交差し、その騎士と異形の者が同時に倒れる。
 ラミアはその騎士に駆け寄ろうとするが、残った最後の騎士に腕を捕まれて、開かれた門から神殿の中に入れられてしまう。
「ラミア様、儀式を早く!」
 騎士が門を閉じ、異形の者達と戦いながら怒鳴る。
「何を言っているんですか! 貴方も早く!」
 だが、騎士は門の前で戦いながら答える。
「今、私が退いたら神殿に入られてしまいます! 儀式の間くらい保たせますから、早く!!」
「で、でも・・・」
「一刻も早く儀式を! 世界を救う為に! お願いしますラミア様!!」
 騎士の悲痛な言葉に、ラミアは手をぎゅうと握りしめた。
「分かりました。貴方の意思は忘れません。・・・必ず!」
 ラミアは神殿の奥へ向かい、祭壇の前に跪くと、目を閉じ静かに祈りの言葉を唱え始めた。
 やがて、彼女の姿が光り始め、部屋全体を照らしていく。
 そして、見ていることができないほどになった瞬間、高い金属音とともに唐突に光は消えた・・・

 門の騎士を倒し異形の者達は部屋に進入して来たが、そこには誰も居なかった。



「そうか・・・女は行ったんだな。」
 何処とも知れない場所で、闇がそう呟くのが聞こえる。
 いや、闇ではない。闇の中に潜む何かが喋っている。・・・だがその姿は闇に紛れ、まったく見ることができない。
「無駄な事だ。その世界にお前達の希望など最早存在してはおらん。」
 闇はその内から歓喜を発し、高笑いを上げる。
「女よ、お前はそこで絶望を見る。・・・そしてその世界と共に滅びるのだ。」
 闇が更に濃さをましてゆく。そう、全てを覆うように。



 高い金属音を耳元で聞いたような気がして、彰は上を見上げた。
 だがそこには、ただ青い空が見えるだけだった。
「? 空耳かな? でも・・・」
 首を捻り、考え込む。
 八神 彰。私立青山学院中等部2年の13才。所属クラブは弓道部。
 何処にでもいる平凡な中学生の彼は、もう一度空を見上げる。
「彰、なに空をボーと見てんだよ?」
 友人の工藤進が話し掛ける。二人は次の授業の為に次の教室に移動中だった。
 その通り道の途中の渡り廊下で、突然彰は空を見上げ立ち止まったのだった。
「いや、何でもないよ。ちょっと変な音を聞いた様な気がしたから。」
 彰はそう言って進を見る。
「そうか? でも、お前このごろそういうこと多いぞ。」
 進の言う通り、このごろ彰は妙な音を聞いたり、何か影のような気配を感じたりということが多くなった。
 最初は幻覚か何かだと思っていたのだが、余りにも頻繁なので進は心配していた。
 もっとも本人は、「そんなこと昔から時々あったし、すぐ収まるよ。」と言って至って呑気に構えていたが。
「まあ、お前がそう言うなら良いけどさ。」
 だが、彰は進には言ってなかったが、今回の現象は今までと何かが違った。
 さっきの音にしても今までに比べてハッキリ聞こえるようになったし、影の方もその形が分かる様になってきている。
 何かが起き始めている。彰はこの頃そう感じていた。しかし、こんなことを進やまわりの大人達には話せない。
 両親が外国暮らしをしており、伯父夫婦の元に住んでいる彰は、どうしてもまわりに気を使ってしまう。
「とにかく行こうぜ。授業が始まっちまう。」
 進に促されて彰が行こうとした時、突然先ほどの音が再び、それも大音量で響く。
 思わず彰は頭を抱え、うずくまる。
「お・・・おい、彰、どうしたんだよ?」
 だが、彰はその音の為、進の声は届いていなかった。

 助けて・・・。

 金属音の中でそんな声が彰の脳裏に浮かぶ。「・・・え?」

 助けて下さい・・・。

 さっきよりハッキリ聞こえてきたのは、紛れもなく女性の声。顔を上げた彰はグランドの先にある林を見つめる。
(あそこから聞こえる? でも何で分かるんだ? ・・・あっ!)
 彰の目には、声の聞こえた林に影達が集まって行くのが見えた。
(行かなくちゃ。行って・・・)
 彰は突然立ち上がると、驚いた進を残して林の方へ駆け出す。
「お、おい彰、どこに行くんだよ!?」
 だが、彰は進の問いかけに答える事なく、全速力で林へ向かった。
「いったい何だっていうんだよ?」
 突然のことに呆然としまうが、とにかく進は追いかけようとした。
 だが、次の瞬間鋭い金属音が聞こえて、進は急激な眠気を感じた。
「あ、彰・・・。」
 進は一歩踏み出したところでばたっと倒れる。薄れる意識の中、林に入っていく彰の後ろ姿が見えた。



 林の中に入った彰は、あたりに渦巻く異様な雰囲気に、全身の毛が逆立つ感じを受けていた。
「これは・・・?」
 林の中は何時もと雰囲気が違っていた。
 影達があちこちからこちらを伺っている感じがする中、彰は奥へ進んでいった。
 やがて開けた場所に出た彰は、そこに倒れている女性を見つけた。
 年の頃は20歳くらい、見た事もない衣装を身に着けていた。強いて言えば、以前に読んだファンタジー小説のイラストに描かれていた神官の衣装に似ていた。
 彰は恐る恐るその女性に近づいて行く。
「外国の人なのかな?」
 腰まで届く金髪と白い肌。それにしても服装が変だった。
(まさか、コスプレでもしている訳でもないだろうし。)
 そんな事を考えていた彰は、いつの間にか自分と女性が影達に囲まれていることに気付いた。

 KYUUUUUU・・・!!

 奇怪な叫び声を上げ、影達が二人に襲い掛かる。
「・・・え!? うわあああっ!!」
 彰は頭を抱えて座りこむ。
 次の瞬間あたりに光が満ちて、なんとも形容しがたい悲鳴が上がった。

 GYOOOOOO・・・!!

 その声に顔を上げた彰は、襲いかかってきた影達が溶けるように消えていくのを見た。
「・・・何が起こったんだ?」
 彰はまわりを見渡すが、影達の気配はまったく感じられなくなった。

「う、うーん・・・」

 倒れていた女性が、頭を振りながら起き上がった。
(あ、えーと・・・英語なんて分からないじゃないか。)
 そう思った彰はすぐに、彼女が口にした言葉に気付いた。
「日本語?」
 彼女はおでこをしばらくさすっていたが、彰に気付いて顔を上げた。
 奇妙な感覚が沸いてくる。
(・・・? 会ったことがあるのかな?)
 二人は暫くお互いを見詰め合っていたが、彰は慌てて視線を外した。
 だが、女性の方はなおも彰を見続けている。
(何なんだろう? 僕の顔がそんなに珍しいのかな?)
 何だか落ち着かない気分になった彰は、頬を指でかく。
「貴方は・・・」
 彼女はそうつぶやくと、彰の足元に手を組んで跪いた。「ああ・・・ありがとうございます、シルフィールド様。」
「あ、あの・・・? いったい何をしていらっしゃるんですか?」
 何が起きているのか分からない彰は困惑してしまう。
 彼女は突然はっとした表情を浮かべて立ち上がると、彰の両肩を掴んだ。
「ま、待って下さい。貴方、もしかして殿方ですか?」
「え、殿方? 殿方って男かってことですか? 確かに僕は生まれた時から男ですけど。」
「な、何てこと。そんな・・・やっと会うことが出来たというのに・・・」
 彼女は彰の言葉に、青ざめた表情で震え始める。
「あ・・・あのー、いったい何のことをおっしゃっているんですか?」
 落ち着いた彼女が事情を話してくれるのに、しばしの時を有した。
(授業は完全にさぼりだな。先生や進のやつになんて言われるやら・・・)
 そう考えるとユウウツになったが、彼女の次の言葉を聞いて絶句する。
「貴方は、私と同じ精霊界の住人なのです。」
「へ? 僕が、精霊界の住人? 僕はれっきとした人間ですよ。」
「それを説明するには、私達精霊界の現状を説明しなければなりません。」
 守護精霊シルフィールドを信仰する神官のラミアと名乗った女性は説明を始めた。
「太古の昔、私達の世界が危機に瀕した時、守護精霊シルフィールド様は強大な機神を私達にお与えになり、私達はその機神によって世界の危機を回避しました。」
 二人は林の中にあるベンチに座り話をしていたが、彰は初めて聞く話に圧倒され、ラミアの方はこの世界に慣れていなかったため、林の外が異様に静かことに気付いていなかった・・・
「・・・危機がさった後、機神は再び危機が訪れるまで次元の狭間に眠ることになり、機神を操る力は神官の私達が受け継いできました。」
 ラミアは手をきつく握り締め、空を見つめながら話を続けた。彰は引き込まれるように聞き入っていた。
「・・・それから数百年間、世界は平和でした。しかし、突然奴らは現れました。次元間を渡り歩き、見つけた世界を手当たりしだいに食い荒らす者達。」
 ラミアは更に手をきつく握り締め、話を続ける。彰も何時の間にか同じように手を握り締めていた。
「・・・彼らは狡猾でした。自分達が直接手を下すのではなく。人々の不満や猜疑心を煽り、人々を争わせたのです。私達がそれに気付く頃には全てが手遅れでした。争いにより、神官は私以外皆死に絶えてしまいました。」
 ラミアはその目に涙を湛えながらも、健気に話を進める。
「もはや全ての希望が失われたと思われた時、一つの古文書がある事実を教えてくれました。」
 ラミアはそこでようやく握り絞めていた手を外すと、彰を見つめる。
「機神を次元間に眠らせる時、シルフィールド様はあることをご命じになられたそうです。それは・・・」
「それは・・・?」
 ラミアに見つめられ、彰は言いようのない感情が湧き出てくるのを感じていた。
(何だろう、この感じは・・・? 何か懐かしいような・・・)
「シルフィールド様は神官の子供を、一人別の世界にお預けになるよう命じられたのです。」
「別の世界に・・・って、もしかして?」
「はい、この世界にです。この世界で生まれる赤ん坊に神官の魂を宿らせました。それが貴方なのですが・・・」
 ラミアは彰の顔を見つめた。
「な、なんですか?」
 ラミアは心底困惑した表情で答える。
「その子供は女の子として生まれるはずです。私達神官は代々女性なのです。」
「ち、ちょっと待ってください。ということはもしかして僕は・・・」
「はい。貴方は本当は女性なのです。」
「・・・で、でも、そうならどうして僕は男なんです?」
「考えられる理由はただ一つです。奴らがこの世界の理に干渉し、貴方の性別を変えてしまったんです。」
 ラミアはようやく落ち着いた彰に状況を説明した。
「・・・あいつらの考えそうなことです。最後の希望を目の前で打ち砕き最大級の絶望を与える・・・」
 それっきりラミアは、口を真一文字に閉じ黙ってしまった。



 
GYEEEEEE・・・

 身の毛もよだつ声が林に響いたのは、その時だった。
 二人は顔を見合わせると立ち上がり、彰の先導で林の入口へ向かった。
「・・・何だよこれはっ!?」
 彰はその光景に絶叫し、ラミアは顔を青くして絶句する。
 空が変わっていた。・・・青ではなく、ピンクのもやがかかっていた。
 そして、学院のまわりに見える町並みが見えない。いや、正確に言うと見えるのだが、酷く歪んで見えるのだ。
「結界! いつの間に!?」
 ラミアの言葉に、彰は彼女の方を振り向いた。
「結界って、いったい?」
「奴らの仕業です。こんな風に、その世界の重要な場所を不可思議な力で他の場所から隔離するのです。」
 彰に結界の説明をするラミア。その顔は相変わらず青く、身体は震えていた。
「そうやって人々が知らぬ間に、その世界に浸透してゆくのです。ここが終われば次へと場所を変えて。」
「そうだ! 進は? 学院の皆は?」
 彰は慌てて校舎やグランドの方を見る。あちらこちらに生徒達が倒れている。
「今は大丈夫です。しかしこのままにして置けば危険です。彼らは結界に捉えた人々の心に、疑心や不安を植え付けます。」
 ラミアは倒れている人々を見ながら説明を続けた。
「・・・そんな人々が世界のあちらこちらに増えてゆきます。人々は疑心により他人を信じられなくなり、不安により自分のことしか考えられなくなります。」
 ラミアは青い顔を彰に向けた。「その結果、どうなると思いますか?」
 彰は彼女の言おうとすることを、おぼろげに察して声が出ない。
「・・・その世界はもはや秩序を維持できなくなり、争いが絶えなくなるでしょう。争いは個人のものからさらに大きい集団のものになり、やがてその世界は大きな争いの中に滅びます。そしてその後、奴らはその世界を食らうのです。」
「どうしたらいいんだよ? それじゃこのままにしておけないじゃないか?」
 彰はラミアの肩を掴んで詰め寄るが、彼女は顔を背けて答える。
「もはや私の力ではどうしようもありません。こうやって精霊界も滅ぼされていったのです。」
「そんな・・・」
 がっくりとヒザを付き、彰はうめく。
「せめて、機神を蘇らせることができれば・・・」
 そんなラミアの言葉に彰は立ち上がり、ラミアに再び詰め寄った。
「そうだよ、その機神だよ。呼び出せないのか? なんだっけ、異次元の世界から・・・」
 ラミアは首を振って答えた。
「だめです。機神を操れるのは先ほど言った通り、貴方の本当の姿、女性の神官だけです。」
 ラミアは悲しそうな顔で彰を見つめた。
「・・・今の貴方ではダメです。でも私の力では貴方を元に戻すことはできません。」
 空が脈動したようだった。何とも言えない圧迫感が更に増していく。
(ちきしょう! このままではみんなが・・・)
 彰は悔しさの余り、木を殴りつける。
「・・・痛い!」
 尖っていた部分にぶつけたのか、拳の先から血が滲む。
「大丈夫ですか!?」
 驚いたラミアが、彰の手を取った。
 二人の手が合わさったその瞬間、今まで感じたことのない、しかし何か懐かしいものが彰の中に入ってきた。

 ・・・私の力を必要としますか?

 何者かの声(?)が、彰にそう問いかけてきた。
「これは・・・? 彰さん!」
 ラミアは驚愕に表情を凍らせる。
「・・・必要だ。僕を・・・いや、みんなを助けてくれ!」
 彰は必死の思いでその声に答えた。

 ・・・分かりました。私の力を貴方に与えましょう。

 次の瞬間目の前が真っ白になり、彰は自分の身体が拡大していくような感覚を覚えた。



(な、何が起こって・・・?)
 視界が戻ってくる。彰は目の前に展開する光景に絶句した。
 眼下に学校全体が見える。まるで精巧に作られたミニチェアのような校舎とグランドが。
(な、何が起きたんだ?)
 パニックを起こしかけた彰の頭の中に、突然ラミアの声が聞こえてくる。
『落ち着いて下さい。彰さん。』
「え、ラミアさん。ぼ、僕はいったいどうなったんだ!?」
 ラミアの声で何とか落ち着きを取り戻した彰は、彼女の姿を探そうとする。
『貴方は今、機神と一体となっているんです。』
「え? それって?」
 思わず自分の姿を見ようとするが、うまくいかない。
『慌てないで。心を落ち着かせて下さい。』
 彰は深呼吸して、心を平静にしようとする。すると、突然頭の中に映像が浮かび上がった。
(これって・・・・・・女神・・・?)
 「機神」というからには、何かごつくていかめしいものを想像していた彰は、その姿に思わず見入る。
 優美な曲線で描かれたその姿は、女性の姿を模していた。
 それは、まさに機械で出来た女神像そのものだった。
『それが機神、シルフィールドです。』
 ラミアの声が相変わらず続いているが、やはりその姿は見えない。
「その・・・? ラミアさん一体?」
『今、私は貴方の心に直接語りかけています。神官の能力の一つです。』
 そういえば声を聞いているというよりも、頭の中に直接入ってくる感じがする。
「ところで、これから僕は・・・」
 何をしたらと続けようとした彰は、突然、何とも言えない不快感を感じる。
『これは・・・』
 ラミアも気付いたらしい。
「う!? これって・・・」
 先ほど彰達がいた林の上に、どす黒い塊が現われる。
 そしてその塊はどんどん大きくなり、何かの形に変わり始めた。
 やがてそれは地面に足をつき、首をもたげて彰を・・・機神シルフィールドをねめつけた。
(何だよ、こいつ!)
 目の前に立つその姿、それはどうやったらこんな醜悪なものができるのかと思いたくなる代物だった。
 彰は、凄まじい嫌悪感を全身に感じていた。
『これが結界を張った張本人です。悪意の塊と言えばいいでしょうか。』
 説明するラミアの声(?)にも強い嫌悪感が混じっているのが分かる。
 そいつは彰をひとにらみすると、涎の垂れる口を開き、何かを吐きつけてきた。
「う、うわー。」
 彰はそう叫んで目を閉じる。
 だが、怪物が吐き出したものは彰の・・・機神の前で四散した。
「え、何だ?」
『精霊の盾です。機神をあらゆる攻撃から護ります。』
 驚く彰にラミアが説明する。
 攻撃を避けられた怪物は憎悪に満ちた咆哮を上げると、今度は彰に向かって突っ込んできた。
「わ、わ、どうすれば・・・」
 彰はあまりのことにパニックになる。当たり前だ、こんなこと今までTVの中のことだと思っていたのだ。
 対処のしようなど思いつかない。
『落ち着いて機神と心を合わせて下さい。そうすれば機神は貴方の思う通りに動きます。』
「そう言われても・・・」
 彰はそうつぶやきながら、何とか心を落ち着かせようとした。
 すると、今まで水の中にいるような感じだったものがなくなっていくのを感じた。
 そして彰は・・・機神は突っ込んでくる怪物を身をよじって避ける。
「凄いです、彰さん。」
 ラミアは驚いていた。彰は初めて機神に乗りながら、ほんの僅かで操り方を覚えたのだ。
(やはり彰さんは神官だわ。・・・でも、女性でないのに何故?)
 伝説によれば機神を操れるのは、女性の神官のみだったはずである。
「ラミアさん、一体こいつをどうすればいいんですか。」
 彰の声に考えこんでいたラミアの意識が引き戻される。機神は怪物の突進を避けているだけで、まだ反撃できないでいた。
「武器は色々ありますが、彰さんが慣れているものを使うのが適切です。」
「慣れているものって言われても・・・そうだっ!」
 彰は自分の所属クラブを思い出す。
(弓か、でもそんなものあるのか・・・?)
『大丈夫です。それを思い浮かべて。』
 ラミアの言葉を聞き、彰はクラブで使っている自分の弓を思い浮かべた。
 すると機神の手に、いつの間にか弓と矢・・・もちろんその大きさは、人間の使うものの何十倍もある・・・が握られていた。
 一方それを見た怪物は、絶叫を上げて三たび突っ込んでくる。
 彰は弓に矢をつがえ、怪物を見返した。
 集中力が高まるのが自分でも分かる。目をかっと開き、矢を放つ。
 怪物は慌てて口から何かを吐き出す。
 しかし、矢はそれを貫いて粉砕すると、怪物の頭に突き刺さる。
 怪物はその場に立ち止まると身震いして倒れ、激しい土煙を上げる。
「ふー、何とか・・・」
 彰がほっとした瞬間、ラミアの絶叫が頭の中に響き渡る。
『危ない! 奴は自爆しようとしてます!!』
 驚いた彰が見ると、怪物は激しい光を放っている。
「じ、自爆って・・・どうなるんだ?」
『結界内は跡形も無いほど破壊されてしまいます!』
「そんな、それじゃ何の為に! ラミアさん、何とかならないの!?」
『ごめんなさい! もうどうしようもありません! 彰さん、精霊の盾を! 貴方だけでも!』
「そんなこと出来るわけないだろ! 助けるならみんなを・・・」
 次の瞬間光がはじけ、目の前が真っ白になる。
(機神さえ無事なら、精霊界とこの世界は助かります。だから彰さん生き残って・・・)
 だが光の壁が自分に接触する寸前・・・それは何かに遮られた。
「え? まさか・・・?」
 ラミアの見ている前で、進行を止められた光の壁は急速に消えていく。
 そしてそのあとには、怪物の死骸を含め、何も残っていなかった。
「ラミアさん・・・これって・・・?」
 彰は呆然となりながら、ラミアに尋ねた。
『精霊の盾です。でも・・・』
 ラミアは困惑していた。
『精霊の盾は機神しか護らないはずです。こんなことは私も聞いたことがありません。』
 困惑しながらも、ラミアはある考えに達していた。
(彰さんの能力が、機神の力をさらに高めているんだわ。)
 目の前にそびえ立つ機神を見ながら、ラミアは確信した。
(これで世界は救われる・・・)



「あのう、ラミアさん。どうやったら元に戻れるんですか?」
 取りあえず危機は去ったのだから、何時までもこんな状態でいられない。しかし、彰にはどうやったら元に戻れるのかさっぱり分からなかった。
『貴方が戻りたいと思えば大丈夫です。機神は貴方自身なのですから。』
(そんなものなのか?)
 とりあえず、元の姿に戻れるよう意識を集中する。
 すると身体が巨大な存在から抜け出していくような感覚がして、いつの間にか自分の足が地面を踏みしめている事に気付く。
 眩暈に似た感覚に目を閉じていた彰は、ゆっくりと目を開けてまわりを見渡した。
 そこはどうやらグランドの真ん中あたりのようだ。やがて前の方からラミアが走ってくるのが見えた。
「ラミアさん。」
 彰もラミアの方へ走りだす。・・・が、彼女の目の前でこけそうになる。
「あぶない!」
 ラミアは倒れそうになった彰を何とか受け止めた。

 むにゅ・・・。

 彰とラミアはちょうど抱き合う形になり、彰は胸のあたりに柔らかい感触をおぼえた。
「わ、わ! ・・・ゴメンなさい!」
 彰は慌てて離れると、思わず謝ってしまう。しかし、ラミアはそんな彰を困惑した表情で見詰め返した。
「・・・あ、あの、ラミアさん?」
「彰さん・・・ですよね、殿方の。」
「え? そう言ったじゃないですか。・・・生まれてから今まで僕は男だって。」
 彰は苦笑いしながら答える。ラミアは突然彰の手を取ると、彼の胸に触れさせた。
「え? 何を・・・?」
 だが次の瞬間、彰は自分の胸に妙な感触を感じた。
 それは何か柔らかいものをつかんだような、そして柔らかい自分の胸をつかまれたような・・・
(・・・柔らかいもの?)
 彰はシャツのボタンを外し、胸元を覗き込む。
「え? これって?」
 そこには今まで見慣れた自分の胸はなく、ささやかながらもはっきりとその存在を示す二つの山。
 彰は口をパクパクさせて、ラミアを見る。
「先ほど抱き合った時に、私も妙な感じがしたのですが・・・」
 ラミアは困った顔をして答える。
「つまりその・・・彰さん、貴方は女性の身体になってます。最初にあった時より髪が伸びていますし、顔つきも。」
 彰はショックを受けて、思わずラミアの手を掴む。
「・・・それって、いったいどうして?」
「多分彰さんが機神に乗り込んだ時に、機神の精霊力で呪いが解け、本来の姿に戻ったんだと思います。」
 ラミアは彰の手を優しく握り返した。彰はそんなラミアの話を呆けたように聞いていたが、はっと我に返る。
「本来の姿にって、元に戻れないの?」
 半泣きになりながら問い返してくる彰に、ラミアは首を左右に振った。
「先ほども言ったとおり、その姿が貴方の本来の姿です。ある意味元に戻ったといえますが・・・」
「・・・・・・」
「とにかく結界を解きます。協力して下さい。」
 ラミアはそう言って彰の肩に手を置く。そう言われて彰は、自分達がまだ結界の中に居るのに気付いた。
「怪物はやっつけたのに・・・」
「結界は一度張ると、張ったものが消えても残ります。強力な結界ですが、私と貴方の力を合わせれば解くことはできるはずです。」
 ラミアは彰の手と自分の手を合わせると眼を閉じた。
「貴方も目を閉じて下さい。そして祈るのです。」
 彰は言われたように目を閉じ、祈った。
(目を開けたら、すべてが元に戻っていますように・・・)
 自分の意識が拡散されていく。
 そして・・・



(・・・誰かが何かを言っている?)



「亜・・・、ど・・・」



(え? 何言ってるんだ・・・?)



「亜衣、亜衣ってば。」
 彰は両肩を揺すられてようやく目を開けたが、次の瞬間固まってしまう。
 目の前に女の子の顔のアップがあった。
「わっ、き・・・きゃあっ!」
 彰は思わず声を上げて、後ずさってしまう。
 グランドにいたはずなのに、いつの間にか校舎の中だった。
「・・・ちょっと、何よそれっ。」
 突然目の前で叫ばれた少女は、眉根をつり上げて彰をにらみつけた。
「それが心配してあげた親友に対する態度なの?」
 かなりご立腹な様子で彰に迫ってくる。
「優ちゃんやめなよ、亜衣ちゃんも悪気がある訳でないし。」
 隣に居たもう一人の少女が、なだめるような口調で言う。
(遠藤と村瀬じゃないか。何で二人が・・・)
 そう、二人は彰のクラスメイトである。話をしたことはあまりないが。
「亜衣、あんたこの頃本当に変よ。」
 村瀬 優が肩をすくめて、彰の顔を覗き込んできた。彰は思わずあとずさってしまう。
 逃げ出したくなったが、そうするとまた何を言われるか分かったものではないから、かろうじて踏みとどまる。
「亜衣ちゃん、やっぱり保健室に行った方が・・・」
 遠藤未来が心配そうな顔をして、同じように覗き込んでくる。
「う、うん大丈夫よ。ゴメンね二人とも・・・」
 ここにきて流石に彰は気付く。二人がさっきから自分の事を「亜衣」と呼んでいることに。
 そして自分の声色と喋り方に、もの凄い違和感があることに。
「え・・・っと、亜衣って、私のこと・・・?」
(まただ。私・・・って、これじゃ女の子の・・・)
 優と未来は顔を見合わせる。
「あったりまえじゃないの、八神亜衣はここにはあんたしか居ないでしょうが。」
 優が心底呆れた様子で言う。
 未来は本当に心配そうな表情をし、彰の両手を掴んでくる。
「やっぱり保健室に行きましょう。」
 彼女に手を引かれてよろめいた彰は、目の前にもう一人の少女を見て立ち止まる。
 見おぼえのない少女だった。彰くん改め、八神亜衣ちゃん(illust by MONDO)

(え? ・・・誰?)
 思わず凝視してしまう彰に、優がこめかみを押さえて言った。
「そこ、自分の姿をじっと見てないっ。・・・ったくナルシストかい、あんたは。」
 そう言われて初めて、彰は自分が階段の踊り場にある大きな鏡を見ていることに気付く。
(え? それじゃこれが僕・・・?)
 そこに映っていたのは、腰の辺りまで伸びた髪の、整った顔立ちをした少女だった。
 しかもご丁寧に黒のセーラー服に赤いリボン、白のスカートという中等部女子の制服姿である。
(お、女の子になってる・・・。いや、「戻った」の、か・・・)
 先ほどまでの記憶が蘇ってきて、彰は・・・いや亜衣は全てを理解する。
 が、理解できても状況をすんなり受け入られるはずもなかった。
 振り向いて二人を見た亜衣(彰)が何か言おうとした時、階段の下の方から数人の生徒が上がってくる気配がした。
 亜衣(彰)はその生徒達の中に進がいるのに気付いた。

「す・・・」

 ・・・だが、進は亜衣(彰)と視線を合わそうとせず、他の男子生徒達と話をしながら、横を通りすぎていく。
 亜衣(彰)は、改めて自分が「女の子」になったことを思い知った。
「亜衣ちゃん・・・」
 ショックを受け動かない亜衣(彰)に、未来が心配そうに声をかけた。
 結局亜衣(彰)は二人に手を引かれ、保健室へ連れて行かれた。



「・・・すいません。」
 優が保健室の扉を開ける。机で何かの資料を読んでいた先生が顔を上げた。
「あら、どうしたのかしら?」
 白衣を着た、20歳くらいの美しい女の先生だった。
「あの、この娘、朝から様子が変で・・・」
 優が亜衣(彰)を女性の方へ押し出して説明する。
 亜衣(彰)はまだショックから立ち直れず、ぼんやりとその女性を見詰めた。
(・・・保健の先生ってこんな人だったかな?)
 何か違和感をおぼえたが、先ほどのショックからかそれが何か考えられない。
「そう、分かったわ。・・・ちょっと様子を見ましょう。貴方達は戻って担任の先生に言ってくれないかしら。」
 優と未来は顔を見合わせ頷く。
「亜衣、無理しないで休んでなよ。」
「先生お願いします。亜衣ちゃんまた後でね。」
 そう言って二人は保健室を出ていった。扉が閉まり、亜衣(彰)はベットに腰掛けさせられた。
 先生は戸棚を開け、何かを探し始めた。
 ベットに座っていた亜衣(彰)はふと保健室の窓から外を見る。
 そこには何時もと変わらないグランドの光景・・・体育の授業を受ける生徒達の姿があった。
(あそこで化け物と戦ったんだよな・・・)
 だが、そんなことがあったような痕跡はまったくなかった。
「夢? 私は夢を見てたの・・・?」
 亜衣(彰)は何だか訳が分からなくなってきた。
「いえ、夢でありません。現実にあったことです。」
 独り言を言う亜衣(彰)に、突然後ろから声が掛けられる。驚いて振り向いた先には、保健の先生はいなかった。
 そこに立っていたのは、神官のラミアだった。
「あれ・・・? 保健の先生は?」
 そこまで言って亜衣(彰)は、確か保健の先生はもっと年配の人だったと思いだす。
「・・・それじゃ、あの先生は?」
 亜衣(彰)の言葉に、ラミアはにっこりと笑って答える。
「はい、私です。」
 ラミアが手をかざすと光が彼女にまとわり付いて、彼女はさっきまでの先生姿に変わった。
「こちらの世界で生きていくため、この姿を得ました。」
 ラミアはそう言って、亜衣(彰)の側に来る。
「それに貴方の補佐も勤めなければなりませんし。この姿と役職はそれに適任です。」
 亜衣(彰)は呆然とした表情をしていたが、はっと我に返ると、ラミアにすがるようにして問いかけた。
「これってどうなってるんです? 何だかまわりの様子が・・・?」
 ラミアはそんな亜衣(彰)の両肩に手を置き、彼女を再びベッドに座らせると、説明を始める。
「貴方が本来の姿を取り戻すと共に、まわりもそれに合わせて変化したのです。」
 亜衣(彰)の目を見詰めながら、ラミアは説明を続ける。
「・・・というか、これが本来貴方のいるべきところなのです。今の貴方にとっては、多少不本意かもしれませんが。」
 亜衣(彰)は改めて自分の姿を見る。
 細い腕、きゃしゃな肩、スカートから伸びる眩しい太股、そしてセーラー服の下からでもその存在を示す胸。
 13歳になり多少は逞しくなってきていた、かつての男の姿はもう存在しない。
「でも、急に女の子になったわりには、その・・・言葉遣いなんか女の子そのものなんだけど。」
 気がついた時からずっと女の子っぽい喋り方だったし、本人はあまり認めたくないのだが、仕草も女の子している。
「この世界では貴方は生まれた時から女性だったということになっているからです。女性としての言動を身に付けているのは当たり前じゃないですか。」
「でも、記憶は・・・? 今までの、男としてのことを全て覚えているのはなぜなの? ラミアの言うとおりなら、記憶も含めて変わってるはずよ。」
「おそらく貴方の人格を護るためだと思います。人格を最終的に決めるのはそれまで培ってきた記憶ですから。」
 ラミアは、かつて大神官から聞いた話を思い出しながら説明した。
「つまり、これを受け入れて生きなければいけないということなのね。」
 亜衣(彰)の言葉に、ラミアは頷く。
「・・・それに、奴らはこの世界を諦めた訳ではありません。」
 ラミアは窓の外に視線を向けた。
「むしろこれからが大変です。奴らもこちらに機神がいることを知ったでしょうし。」
 再び亜衣(彰)を見詰め、ラミアは言葉を続ける。
「この世界を護るための戦いは、始まったばかりなのです。」



 暗闇が続いている。
「・・・そうか、機神は蘇ったか。」
 闇の中に控える者からの報告を聞きながら、闇は笑ったようだった。
「楽しみが増えた訳だ。は、はははは・・・」
 闇の哄笑は何時までも続いていった。
 何時までも・・・・・・。

END

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