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暗闇の廊下を走る男女の影。
女性は足が隠れる程長いスカートの為走り辛そうで、寄り添う男性に支えられて、何とか廊下を進んでいた。
あちこちで何かが弾けるような音や、叫び声が上がり、多数の人間が動き回る気配がしている。
「・・・!!」
突然目の前に、銃を持った男が現れる。迷彩柄の軍服を身に着けた兵士だった。
「王女様っ、下がって下さいっ!」
ガンッ! ガンッ!
兵士とは違った軍服を着た男性が、傍らの女性を庇うように前に出て、持っていた銃で兵士を撃つ。
「くぅ・・・」
弾丸を受けた相手が倒れると同時に、撃った男性の方も膝を付いて呻く。
ポタポタ・・・
たちまち足元に広がる赤い雫。それは多量の血液。
「少尉さん!?」
『王女様』と呼ばれた女性が、慌てて男性に駆け寄り、声を掛ける。
「・・・大丈夫、です、シュルミーン王女様・・・これくらい・・・う・・・・・・」
『少尉さん』と呼ばれた男性が、腹部を押さえ、更に呻いて倒れそうになる。
「無理をしないで下さい少尉さん・・・私の為に・・・」
シュルミーン王女は少尉を支え、涙を流しながら彼を抱え上げようとする。
「王女様・・・私はもう駄目です。・・・ですから置いてお逃げ下さい。・・・貴方が生き残れば、連中の企みを阻止できます・・・」
「いやですっ。少尉さんを置いて逃げたくはありませんっ。貴方を失うくらいなら、私も一緒に死にますっ。」
逃げるように諭す少尉を抱きしめながら、シュルミーン王女は叫んだ。高貴なドレスが血まみれになるが、気にも留めずに。
「駄目・・・です、王女様・・・貴方が居なければ・・・この国が・・・・・・」
なおも王女を逃がそうとする少尉だったが、彼女はけっして彼を放そうとはしなかった。
「・・・こんな時に言うのは卑怯かもしれません。でも、私は少尉さんを愛しています。」
突然の告白に、少尉は傷の痛みを忘れて王女を見る。見つめられた王女は笑みを浮かべて少尉を見返す。
「貴方が居ない世界なんて、想像できません。だから死ぬのなら一緒です。」
「王女様・・・私のような下層の人間に・・・そんな言葉を頂けただけで幸せです・・・でも、私達は・・・」
身分が違う・・・そう続けようとした少尉を押し留め、王女は微笑んだ。
「だからこそ、ここで一緒になりたいのです。現世で結ばれないのなら・・・」
「王女様・・・」
どたどた・・・
その時背後から迫る複数の足音。銃をもった兵士達が、二人の居るこの場所に迫っていた。
少尉は何とか立ち上がると、再び王女を庇おうとする。しかし出血が酷く、足元がまったく覚束ない。
「少尉さん・・・」
怯えて彼にしがみつく王女に微笑む。
「心配しないで下さい・・・何としてもお守りいたします。」
銃を兵士達に向け、少尉は王女を背中にかばいながら、ここを何とか切り抜ける方法を思案する。
(何とか王女様を・・・連中に渡すわけには・・・・・・)
そんな彼らの前に兵士が現れる。銃を構える少尉、引き金を引こうとして・・・・
「シュルミーン王女様っ、ご無事ですか!?」
「え・・・!?」
突然掛けられたその声に、二人は顔を見合わせる。
「お前達は反乱軍ではないのか?」
少尉は兵士達に確認の声を掛ける。
「違いますっ。私達は王女様をお守りしようと・・・王宮の反乱軍は鎮圧しましたっ。」
兵士達は持っていた銃を降ろし、両手を挙げて立ち止まって見せる。
少尉は兵士として訓練された経験から、彼らにまったく敵意の無い事が分かった。
「シュルミーン王女様はご無事だ・・・早く、移動を・・・・・・」
そこまで言って、少尉はその場に崩れ落ちる。最早限界に達していた彼は、安心したとたん力尽きる。
「少尉さん・・・少尉さんっ!? 誰かっ、早く少尉さんを病院へっ!!」
泣き叫ぶシュルミーン王女の声を聞きながら少尉は思った。
(王女様を守る事が出来て、私は本望です。しかも最後には愛していると仰って頂けて・・・幸せでした・・・・・・)
そのまま少尉の意識は闇に飲み込まれ、消えていった。


ルベリア王室補佐官

エピソード0:「新補佐官誕生す!」

作:h.hokura


ヨーロッパの小国であるルベリア王国は、国内に稀少金属を産出する鉱山を多く抱えていた。
それ故、古くから列強による干渉を受けてきたのだが、国王に対する国民の強固な支持によって、それを何とか凌いできた。
しかしこの年、列強により支援を受けた国内の王政反対派が決起し、王宮を強襲。国王夫妻を捕縛し、統治権を奪った。
そして軍事政権が樹立し、列強はその混乱を理由に軍事介入を示唆。
まさに王国は終焉を迎えると、人々が絶望したその時、捕縛されたと思われたシュルミーン王女が、突然国内のラジオ放送を使って、国民に呼びかけを行ったのだ。
『私と弟のパーンズ王子は生きています。ルベリア王国は滅びてはいません。今こそ皆さんの力をお貸し下さい。』
絶望に陥っていた国民は、この放送によって希望を取り戻し、全国で反乱軍と一歩も引かず対峙、軍の将兵達も続々離反し始めた。
元々反乱軍の中核には特権階級の者が多く、国民の支持など無いに等しかったので、こうなると彼らの崩壊は早かった。
クーデターを主導した財閥と、加担した軍の上級幹部や王室評議会(国会に相当)の評議員は、逮捕されるか、国外に逃亡した。
こうしてクーデターは3日間で終わった。列強の政府は当てが外れたばかりか、クーデターに密かに支援していた事が判明し大恥を晒した。
ルベリア王国は辛うじて崩壊を免れた。
とはいえ国王は傷付き倒れ、王室評議会も評議員を多数失い、機能停止状態・・・と、状況は最悪だった。
これに対しシュルミーン王女は直ちに、同じく無事だった弟王子であるパーンズに父王から王位を継承させ、新国王として即位させる。
そしてパーンズ王の名の下、今回の元凶の一つである王室評議会を解散させ、新たに一般市民からなる市民評議会を創設する勅命を発する。
その市民評議会に王室や王室評議会の持っていた全ての権限を委譲させ、王政から民政への移行を実行させたのだ。
シュルミーン王女は元々王室による統治を疑問視していたと言われており、今回の事を契機に、王室を「国家の象徴的な存在」に移行したのである。
こうしてルベリア王国はルベリア共和国となり、選ばれた市民評議会は、一年後を目処に選挙を行い、議会を設立する事を決定した。
クーデターは、結局ルベリア王国の維新を促し、流された犠牲者の血は無駄にならなかった。
・・・・とはいえ、やはり近しい者を無くした悲しみは深い。
大胆な改革を断行し、多くの市民を救った、シュルミーン王女ですら。

たたた・・・・
病院の廊下を駆け抜ける3人の足音。その足音は、ICUと書かれた病室へ向かっていた。その前で足音の主を待つ白衣の医者。
「シュルミーン王女様、お待ちしておりました。」
医者の前に立ったのは、シュルミーン王女と、袖にルベリア王室の紋章を付けたスーツを着た二人の王室補佐官の女性。
ちなみにこの「王室補佐官」というのは、文字通り王室の様々な執務を補佐する職務である。
王政の頃は、王室評議会と共に権威を振るっており、今の日本でいうところの「官僚」みたいなものと思ってもらえば分かりやすいだろう。もっとも現在はその権限は縮小され、文字通り王室の「補佐」役である。
なお、補佐官も半数以上が今回のクーデターに加担していた為解任され、残りの人々も改革により辞任。残っているはここにいる二人だけだ。
「・・・少尉の容態は?」
補佐官の一人、レイリア・ノーバックが挨拶抜きで尋ねる。短い髪に引き締まった身体を持つ、体育会系の女性だ。
「レイリア! ・・・すいませんドクター、ご無礼をお許し下さい。」
もう一人の補佐官、パトレリア・マーベックがレイリアを嗜め、医者に謝罪する。こちらは眼鏡を掛けた、いかにも切れ者という知的美女だ。
「そんな事言ってる場合かよ・・・パトレリアは少尉が心配じゃ・・・」
「シュルミーン王女様の気持ちをお考えなさい。・・・それに少尉を心配しているのは、貴方だけではありませんよ。」
その言葉にレイリアは、はっとして王女とパトレリアを見た。
「すみませんでした王女様。パトレリアも・・・・・・」
シュルミーン王女は、そんなレイリアに弱々しい笑みを浮かべて言う。
「わかってますわレイリア。気にしないで下さい。・・・それで少尉さんは?」
「・・・はっきり言えば、残念ながら・・・我々も手を尽くしたのですが・・・申し訳ありません、王女様・・・」
ガタン!
医者の言葉にシュルミーン王女は意識を失いかけ、レイリアとパトレリアに危うく支えられる。
「「王女様!」」
二人は王女を傍のソファに座らせる。そこには、父王や側近を前に王室改革を訴えた強きの王女の姿は無かった。
「・・・・少尉に会えますか、ドクター?」
立ち上がったパトレリアが、医者に聞く。
「本来なら許されないのですが・・・私は見なかった事にしましょう。」
医者はそう言って、「何も聞かなかった」という態度を示すと歩き去る。
パトレリアは彼に深く会釈し、跪いて王女の手を握る。
「王女様・・・私達はここでお待ちしています。ですから・・・・」
シュルミーン王女は顔を上げてパトレリアを見る。王女は自分が最も信頼する補佐官を暫し見つめた後、頷いて立ち上がる。
「ありがとうパトレリア、レイリア。・・・私は行ってまいります。」
王女はICUのドアに手を伸ばす。鍵は既には外されている。先ほどの医者が開けておいてくれたのだ。
ドアが開き、シュルミーン王女はICUに入っていく。その王女を二人の補佐官は黙って見送る。
二人はシュルミーン王女の周りでは、唯一王女の少尉への思いを知る人間達だったのだ。その関係で、彼女達も少尉をよく知っていたのだ。
パトレリアとレイリアの両補佐官は、王女と王子の幼い頃からの付き合いで、その関係もあって王女から少尉の相談をよく受けていたからだ。
「王女様を最後まで守り抜いたんだな、少尉は・・・」
「警護官の中では結構頼りになった人だったわ。・・・良い人を・・・亡くしてしまったわね・・・」
王族を護衛する為に王国警察軍から選ばれたのが、「警護官」と呼ばれる者達だ。少尉はその中の一人。若いが優秀な人物だったのだ。
そして、少尉は主に王女と王子を担当していており、年齢も近いせいか、2人からは結構信頼されていたのだ。
特に王女は、もっとも身近な異性として、少尉に急速に引かれていった。しかし所詮は身分違いの恋。王女はやがては他国の王室へ嫁ぐのだから。
両補佐官も少尉には好意を・・・と言っても恋愛感情では無いが・・・を持っていた。
それというのも、他の警護官達と彼は違ったからだ。
補佐官も警護官も「王室を守る」という仕事ではあったが、「机にかじりついていて人を守れるか」というのが警護官達の口癖であり、逆に補佐官達は、そんな警護官達を「力に頼るだけの連中」と見ていた。お陰で両者の仲はあまり良くはなかったのだ。
そんな中、少尉と二人は王女を通して親交を結んでいたのだ。ただお互いの組織を牛耳る連中の目が有るので、密かに・・・だったが。
まあ、それも今回のクーデターで、警護官側も補佐官側も権威を盾に組織を牛耳っていた上の者達が解任された事により、それを隠す必要は無くなったのだが。
しかしそうなったとたん、少尉がこんな状態になり、さすがの二人もショックを隠しきれないでいた。
パトレリアとレイリアはソファに座り込み、信愛する王女と信頼していた同僚の二人の行く末を、ただ案ずる事しか出来なかった。
だから二人は気付かなかった。王女がICUに入る直前、何かを決意した表情を浮かべていたのを・・・

ICUの中は、機器の発する電子音だけが響いていた。そして中央のベットに眠る一人の男性。王女は静かに近寄っていく。
少尉は酸素マスクを付け、目を硬く閉じて眠っていた。その頬に両手を当てて王女は語りかける。
「少尉さん・・・私がこれからする事を知ったなら、貴方は私を憎むかも、いえ憎むでしょう・・・」
答えぬ少尉の顔を愛おしそうに撫でながら、王女は語り続ける。「・・・でも私は貴方が生きていてくだされば、例え憎まれ、罵倒されても構いません・・・」
生死の境を彷徨う少尉にそう語り掛けながら、王女は胸元から古びたペンダントを取り出す。
それは表面にルベリア王国の紋章が刻まれた、銀色の物だった。
王女がその紋章をなぞると、カチッという音がしてペンダントの表面が開き、白い液体の入った小瓶が現れる。
それを取り出し蓋を開けると、王女は少尉の酸素マスクをずらし、その液体を唇に垂らす。
液体は唇を通し少尉の口の中に染みこんでいった。王女はそれを確認すると酸素マスクを戻し、傍の椅子に座る。
そして密かに持ち込んでいた短剣・・・王女専用の懐剣を取り出した。
もし、この行為が失敗したら、彼女はここで命を絶つつもりなのである。
王女は短剣を膝元に置き、何時までも少尉を黙って見続けていた。そして・・・・・・

クーデターから一年後、ルベリア王宮前。
そこには多くの市民と報道陣が集まり、警護官達がそれを必死に整理しようとしていた。
「皆さん、私は王宮前に来ております。あのクーデタから一年、本日は記念すべき初の総選挙の日であります。」
アナウンサーが興奮した表情でカメラに向かって喋っている。そう、今日はルベリア史上最初の民主的選挙の日だった。
「本日10時にパーンズ王の勅命により、選挙委員会が選挙の開始を宣言し、投票は始まりました。」
この中継はルベリア国内だけではなく、諸外国まで中継されていた。それだけ注目度が大きい事が分かる。
「そして今、投票の視察を終えたシュルミーン王女が、王宮にお帰りになるところです。」
黒塗りの大型車が警護隊の車両に守られながら、王宮前に到着するのが映し出される。
王宮前には警護官や侍女達が一列に並び、その到着を待っている。ただし車は直接そこまで行かず、手前で停止する。
シュルミーン王女は市民との交流を重視しているので、出来る限り彼等の前を通り、王宮に向かう事にしているからだ。
その為警護官達にも、出来る限り市民の前に立たないよう言ってあった。しかし今回はそれが仇になってしまった。
立ち並ぶ市民の中に、王女の命を狙う者が密かにチャンスを待っていたのだ。その懐に一丁の銃を忍ばせて。
その男はかつて軍の一員だったが、クーデターに加担した為、閑職に廻され、裏切り者として蔑まされた。
クーデターが成功していれば、自分はもっと権威ある役職に就けたのに・・・だから彼は王女を憎んでいた。はっきり言って自業自得、王女を憎むのはお門違いだが、狂った彼にそんなものは通用しなかった。
停止した車から先ず補佐官が降り、ドアを開けると、中からドレスに身を包んだ王女が市民に手を振りながら現れる。
わぁぁ・・・・
市民達の歓声が響き、報道陣が我先にと殺到し、警護官達はそれを抑えようとし、王宮前は騒然となる。
だから、刺客が静かに市民の列を離れ、王女に近づいて行くのを誰も気付かなかった・・・そう、ただ一人を除いて。
王宮前に並んだ者達の中から、小柄な影が走り出て、その刺客に急速に接近していった。
「王女死ねえええっ!!」
刺客の男がそう叫び、懐から銃を取り出し構える。
警護官達はその時になって刺客に気付き動こうとするが、とても間に合わない。
だが唯一それに気付いて飛び出していた小柄な影は、その時既に刺客の傍らにたどり着き、銃に手を伸ばしていた。
カチッ・・・
男が引き金を引くが、銃は作動しない。
だが彼もかつては軍人だった。銃が駄目なら・・・と、今度は腰に挿していたナイフを取り出し、邪魔をした小柄な人影に切りかかったのだが、相手は身体を軽く捻ってそれを避けると、男の腕を両手で掴んだ。
ぐるっ!
刺客は何が起こったか分からなかった。急に視界が回転し、背中に鋭い衝撃を受け・・・意識が消える。
王宮前は静寂に包まれた。誰もが目の前で起こった事が理解できなかったからだ。
銃を持った何者かが乱入した事が・・・では無い。その者を取り押さえた人間が、余りにも意外な人物であった事が・・・だ。
袖に王室の紋章を付けた黒のスーツと膝丈のタイトスカート。それは今王女を庇って立つ二人の女性と同じ姿。
刺客に対した人影は、王室補佐官の女子制服を着ていた。・・・だが沈黙の理由は、それだけでは無い。
確かに補佐官・・・それも女性がこんな事をするのは珍しいが、前例が無いわけではなかった。現補佐官のレイリアは外国訪問先で、有名人を襲って名を広めたいという馬鹿者を衆目の眼前で叩き伏せた事がある。
もっとも後でパトレリアと警護官の双方から、越権行為だとコッテリと油を絞られたのは言うまでも無かったが。
とにかく、その武勇伝は国内でも有名だったから、それほど市民は驚かない筈だったが・・・今、刺客を叩き伏せたその人物が、小柄な少女であれば話は別だ。
彼女は補佐官制服を着ていたが、どう見ても17、8歳にしか見えない。・・・小柄なので、もっと年下に見えた者もいた程だ。
その彼女が、自分の倍はあろうかという男の身体を難なく背中から地面に叩きつけ、押さえ込んでいるのだ。
屈強な男が同じ事をやって見せたなら、誰も疑問に思わなかったかもしれない。だがやったのは少女、意外過ぎて誰も動けなかった。
それは本来、身柄確保の為に直ぐ動かなければならない警護官達も同様だった。彼らが動けたのは自分達の守るべき相手の声でだった。
「何をしているのです? 早くその者を取り押さえなさいっ。」
警護官達は慌てて少女と刺客の男の元に殺到した。少女はそれを見ると後は彼等に任せ、その場から素早く離れる。
刺客の男は瞬く間に警護官達に身柄を確保され、連れて行かれる。抵抗は無い、見事に気絶していたからだ。
その場所から離れて見ていた少女はほっとした表情を浮かべる・・・が、少女はそのまま安堵しては居られなくなった。
邪魔にならない様にと離れて立っていた場所が不味かったのだ。そこは報道陣の真ん前。少女は我に返った彼等に囲まれてしまう。
「素晴らしかったですね。今のは一体何と言う技なんですか?」
「貴方は王室補佐官のようですが、あの二人以外に補佐官がいたのですか?」
「貴方のお名前は? 所属は王室補佐官なんですか?」
まるで機関銃のような質問に、少女は固まって動けなくなる。見ようによっては、いたいけな少女を寄って集って苛めているように見える。
「止めてやれよっ。彼女泣きそうじゃないかっ!」
「女の子を苛めるなんて最低よっ!」
その光景に、周りの市民達が報道陣達に食って掛かり、その場は混乱状態になる。だが、掛けられた声にぴたりと騒ぎは止まる。
「皆様・・・私の補佐官を離してくれませんか?」
「お、王女さま!?」
市民も報道陣も驚きのあまりそう言って絶句する。何しろとっくに王宮に入られていたと思っていた王女様が、傍にいるのだから。
こんな事のあった直後なのだ。誰もが警護官によって避難していると思っていたとしても、不思議ではないだろう。
それが後ろに二人の補佐官を引き連れて、その場に残っているのだ。人々は一瞬硬直し、次の瞬間さっと道を開けるように離れる。
王女は硬直して動けなくなっていた少女の元に来ると、その肩を抱き、そのまま後ろの補佐官の方へ押しやる。
「あ、あの王女様・・・彼女は一体? それに今の動きは・・・?」
報道陣の一人が果敢に質問してくる。それに対し王女は報道陣を見渡しながら、優雅に微笑む。
「・・・彼女は王室の新しい補佐官です。本来はこの後の記者会見で正式に発表する予定で、こんな形で出すつもりはなかったのです。」
その滑らかな口調に、報道陣も市民もただ聞き入るだけであった。二人の補佐官も表情を変えずに、王女の後ろに黙って立っている。
ただ、くだんの少女だけが、何故か冷や汗をかいて引きつった笑みを浮かべているようだったが、幸い誰も気付いていなかった。
「詳しい事はこの後の記者会見で発表いたしますので、それまでお待ち頂けると助かります。」
そう言われてしまえば、報道陣もそれ以上質問をする事も出来ずに引き下がる。
「皆様、お騒がせして申し訳ありませんでした。お詫びと言っては何ですが、王宮の一部を開放し宴を催します。」
市民の間にざわめきが生まれ、それが徐々に大きくなっていく。
「楽しんでいってくださいませ。もちろん私も、記者会見後参加させて頂きますわ。」
王女の言葉に市民が一斉に歓声を上げた。何しろ人々にとって王宮は憧れの場所だ。そこを訪れるのだ。
「それでは皆様、失礼いたします。」
優雅に一礼し、王女は王宮に向かう。その後を補佐官の二人が少女を連れて後に続く。人々はそんな一行を歓声を上げながら見送った。

ルベリア王宮、王女執務室。
侍女に迎えられ、執務用の服に着替えたシュルミーン王女は、自分の執務室に入ってくる。
室内には既にレイリアとパトレリアの両補佐官、そして新たな補佐官、と皆に紹介された少女が執務机の前に立って待っていた。
シュルミーン王女は彼女達の横を無言で横切り、執務机の横で立ち止まると、険しい顔で机の前に立つ補佐官達の方に振り返る。
「エクセレン・シルフィルード。私が言いたい事は分かっているわね。」
王女は厳しい叱咤を3人の真ん中に立っている少女に向けながら、その名前を呼ぶ。
少女はびくっと身を縮こませ、上目遣いに王女を見る。普段これほど怒ったことなど見た事がなかったからだ。
「・・・弁解があるのなら、お言いなさい。」
エクセレンは両隣の先輩補佐官を見る、見られた二人は目で彼女にちゃんと話すよう促してくる。
意を決し、エクセレンは一歩前に進み出て口を開く。
「咄嗟の事で誰にも教えている余裕がありませんでした。だから、自分が王女様を守ろうと行動を起こしました。」
王女は何も言わずエクセレンの弁解を聞いていた、ただし目には怒りの炎があり、怒りが収まっていない事が見て取れる。
「あの場合、自分であれば排除できると判断しました。事実犯人を取り押さえ・・・」
「エクセレン!!」
怒りの篭った王女の声に、エクセレンは弁解を止めざるを得なかった。結局どんな弁解も、怒りを納める事が出来そうも無かった。
「私が言っているのはそういう事ではありません。貴方はもう警護官ではないのですよ。」
エクセレンの元に歩み寄りながら、王女は更に声を高くして言う。「・・・何故です? 何故そんな危険な真似をするのです? 私は・・・私は・・・・・・」
ポタポタ・・・床に落ちるのは涙。王女は涙を流しながらエクセレンの前に立ち、そして抱きしめた。
二人は頭一つ分背が違うので、エクセレンは王女の胸に抱かれる感じになる。
「私は・・・もう二度と貴方を失なうかもしれないなんて想いは、したくないのです。どうしてそれを分かってくれないのです?」
それは慈愛溢れる態度と何事にも負けない意思の強さで国民に慕われる王女が、親しい者の前でしか見せない姿だった。
「・・・それとも・・・貴方はやはり、憎んでいるのですか? ・・・貴方をそんな姿にした、この私を?」
「そんな事はありませんっ! あの時、失われかかっていた自分の命を繋ぎとめて下さった王女を、どうして憎めるのですかっ?」
王女の胸から顔を外し、その顔を見上げながらエクセレンは言う。「王女の元に戻る事が出来たのです。自分にはこれ以上の幸せはありません。」
そうだとエクセレンは心の底から思った。・・・あの時死の淵に居た自分を、王女様は救ってくれたのだから。
『エクセレン・シルフィルード』として、再び王女様の傍にいさせて貰えるようにして頂いたのだから。
エクセレンはシュルミーン王女に抱かれながら、一年前の事を思い出していた。

王女様を助けられた安堵感から急速に意識を失った私が、次に目を覚ました時・・・その時は「助かった」という感慨はありませんでした。
何しろ全身を針で突かれている様な激痛に、状況を確認している余裕など有る筈も無く、失神と覚醒を繰り返すばかりだったからです。
それが収まり、意識が明瞭になるにつれ、妙な感覚を覚え始めた・・・それも全身にです。
最初の違和感は声でした。意識が目覚めると医者にいろいろと質問をされたのだが、答える私自身の声が、妙に高く聞こえるのです。
耳がおかしいのかと思ったが、医者や看護師の声は違和感無く聞こえるのです。・・・そうなれば、私の声がおかしいという事になります。
次におかしいと思ったのは、激痛が消え、何とか上半身をベットに起こせるようになった時でした。
首筋が妙にちくちくするので、まだまともに動かせない手を何とか動かして首筋に当ててみたら、それが「髪の毛」だと分かりました。首筋から下へ辿るとそれは背中の半分まであり、困惑させられました。普段から動きやすさを考慮して、短めにしていた筈なのに。
さらに気付きます。自分の身体の様々な異変の数々。
両手は小さくなり、指も細い。腕も以前の半分の大きさ、毛深かった筈の足はつるつるで、引き締まった足首。そして、私の胸に女性の様な膨らみを発見した時、もはや自分の身体に起こった事態を認識せざるを得ませんでした。
私は女性化している・・・そうとしか思えませんでした。その理由は分かりません。・・・王女様が話してくれるまでは。
王女様は毎日、執務の間を縫って自分の事を見舞ってくれていたらしいのです。
そして目覚めた私が異変に気付いた事を知り、私に真実を話す事を決心をなされました。
人払いをおこない、私と王女様だけになった病室で、私は驚愕の事実を知る事になりました。
曰く、私がこうなった原因は、私の命を助ける為に、王女様が自分の叔母様から頂いたという秘薬を用いた結果だと言うのです。
何でもその秘薬は、消えかかった命を回復させる事が出来るものらしいのです。もちろん王女様も半信半疑だったが、叔母様はちゃんと結果が出たと言っていたそうです。ただ、詳しい事は話してもらえなかったようですが。
ただし使用に関しては、次のようにも釘を刺されたと王女様はおっしゃってました。曰く、「これを使えば必ず使った相手の人生を変えてしまうだろう、いい加減な気持ちでは絶対使ってならない」・・・と。
私にその秘薬を使うかどうかを、王女様はとても悩まれたらしい。助ける為とはいえ、私の人生を変える真似までする権利などあるのかと。
結局王女様は、その薬を使われる事を決心なされました。何事があってもそれを受け入れてみせると、お誓いになってまで。
その結果、私は急速に回復していきました。医者が驚きに腰を抜かさんばかりの早さで・・・そしてその結果がもたらす事も、直に分かりました。もっともそれが、“身体の女性化と若返り”などとは王女様も予想していなかったことらしく、暫くは医者ともども途方にくれられたそうです。
そして、それについては自分も同じ気持ちでした。何しろ文字通り身体が女性・・・少女になってしまった事で、人生が変わってしまったのだから。
しかし王女様は、それほど長くは途方にくれていませんでした。直ぐに事態の打開策を考え、実行に移されたのです。
王女様はまず医師たちに、この件に関して箝口令をしかれました。もっとも彼ら医師団は王室直属なので、外部への漏洩はほとんど心配なかったですが。
次に私の新しい身分の用意。こちらは王室の遠縁に、事故で一族全員が亡くなった者達がいたので、その生き残りとされました。
「両親ほか親族全てを失った為、こちらの王家で引き取る」という事にしたらしいです。ちなみにその一族の名が「シルフィルード」家です。
一応シルフィルード家の家系図には、私の新しい名前・・・エクセレンが記されています。もちろん王室が裏から手を廻した結果です。
年齢は検査の結果を元に18歳とされ、王室補佐官の見習いとして、王女様の元で働く事に決まりました。
なお、この辺の事は王女様が自分の考えだけで実行したことなので、当然王室関係者から疑問の声が上がったらしいです。
曰く、王女様の我が侭だと・・・
しかし、王女様の強い熱意と弟君である現王様の力強い口添えで、実現に辿り付く事が出来たとの事。パーンズ様にも感謝の念は尽きません。
それらの事を話されてから、王女様は私に深々と頭を下げておっしゃいました。
「勝手にそんな身体にした上に、新しい身分まで作って押し付けてしまう結果になってしまって・・・本当に申し訳ありません。」
それでも・・・王女様は私の手を握り締め、目に涙を溜めながら続けられました。「貴方にはどんな形でも生きて欲しかったのです。例え、それで貴方に憎まれる事になっても・・・」
私はそんな王女様に、感謝の念を込めて申し上げました。
「憎むなんてとんでもない・・・むしろ新しい人生を頂けて感謝しています。」

こうして私は、『エクセレン・シルフィルード』としてこれからの人生を生きる事になりました。
そして私の正式なお披露目は一年後の総選挙の日に決定し、それまで身体のリハビリと女性としての教育が行われる事になりました。
幸い身体の方は秘薬の効果でしょうか、傷もほとんど目立たなくなるまで消え、身体各機能も問題なく、直ぐに健康体になりました。
一方「女性」としての教育の方ですが、正直いって、こちらの方がかなりきつかったのは、王女様には秘密です。
それこそ下着から各種服装の着方、入浴の作法、仕草から言葉遣い、とあらゆる事を完璧にこなせるまで鍛えられたのですから。
何しろ女性が何年もかけて覚える事を、たった一年で覚えさせられたのですから、それは「過酷」の一言では済まないものがありました。
ところでその教育をしてくれたのが、補佐官のパトレリアでしたが、それを通して彼女の意外な一面を知ったのは収穫と言えば収穫でしょうか。
・・・何を知ったのかはお答え出来ません。ただ20年持っていた女性への憧れが、教育を終える頃には「恐れ」に変わったのは確かです。
それ以外に補佐官としての基礎教育も平行しておこなわれ、一年はあっと言う間に過ぎ去り、当日を迎えたのですが・・・

その時、王宮の前で待っていた私が王女様に刺客が向かっていったのに気付けたのは、長い間警護官として勤めた成果でしょう。
ですが、それを止めるとなると簡単にはいきませんでした。一番手っ取り早い方法は近くにいた警護官の銃を借りて使う事なのですが、警護官の銃は威力がありすぎて、今の私の力では良くて手首の捻挫、悪ければとんでもない方へ撃って他人を殺傷しかねません。
ですから私は咄嗟に刺客に走り寄り、先ずは銃身を押さえ作動不能にし、後は相手の力を使って投げ飛ばす体術を使ったのです。
男の頃に比べば筋力も持久力もかなり落ちましたが、瞬発力や身体の柔軟性は逆に上がっており、だからこそ出来たといえます。
こうして王女様を守る事が出来たのですが、危険な真似をしたとして、お怒りを買う結果になりました。
それにしても・・・王女様はずっと気に悩んでいらっしゃったのですね。私をこんな姿にしてしまった事を・・・・
「私はどの様な姿であっても、王女様の傍に居られるのなら、それ以上望むことなどありません。」
「エクセレン、貴方は・・・・・・ありがとう・・・私も傍にいてくれて、幸せです。」
そう言うと王女様は、私の肩に暫く顔を埋めていらっしゃいました。部屋には何とも言えない暖かいものが流れていました。
「・・・とは言え貴方には罰を受けてもらわなければなりませんね。」
「へっ?」
その空気も長続きしませんでした。私の肩から顔を上げた王女様は、笑みを浮かべてそう言ったのです。それも怖い位の微笑みを浮かべて。
「パトレリア・・・礼儀作法の教育は今日まででしたね?」
「はい王女様。」
そう聞かれたパトレリアも、王女様に負けない位の怖い笑みを浮かべて答えています。
「それではエクセレン、今日無茶をして皆を心配させた罰として、礼儀作法の教育を更に一週間延長します。」
「ちょ、ちょっと待って下さいっ。一週間延長なんて酷すぎますっ。ようやく開放されると思っていたのに・・・」
慌てて二人に詰め寄る私ですが、残念ながらそれは受け入れてもらえないようです。
「当たり前です、罰なのですから。遠慮なくしごきなさいパトレリア。そして二度と今日みたいな無茶が出来ないようにしてちょうだい。」
ああ王女様の顔が、生まれて初めて悪魔の顔に見えるのは・・・錯覚では・・・・・・無い様ですね(泣)。
「分かっておりますとも王女様。淑女の何たるかを嫌と言うほど覚えてもらいましょう。・・・エクセレン、覚悟しなさい。」
こちらは更に悪魔の笑みが増しています。ああ、あの礼儀作法の教育に私は未だに慣れないのです。
美しい歩き方やお茶会の作法、挨拶の仕方、極めつけは社交ダンスのレッスン・・・ドレスを着て男性と踊らないといけないのです。
これは男の気持ちが抜けきれない身としては、トラウマに成りかねないものなのです・・・もちろん補佐官として必要なスキルなのですが。
王族に付いて外国に行った場合に、相手国主催のダンスパーティで、補佐官もダンスをしなければならない時が結構あるのです。でも今までは警護役として見ているだけだった私が、これからは男性とダンスを多くの人の前で踊らなければならなくなるとは。
はっ! まさかパトレリア、毎回自分達は踊らされているのに、それをのほほんと見ていた私に対する仕返しのつもりなのでしょうか?
「ふふふ・・・今度はどんなドレス着てもらおうかしら?」
思わず逃げ出しそうな私に、レイリアが肩を叩いて言います。
「ご愁傷様・・・まあがんばれ。」
・・・何時か慣れる日がくるのでしょうか? パトレリアに引きずられていかれながら、私はそう考えるのでした。

ルベリア王室補佐官。
王室の全ての執務を司る、うら若き優秀な女性達。王族の信頼も厚い彼女たちは、今日も元気に働くのです。


                                              END
〜あとがき〜

はじめまして&お久しぶりです、h.hokuraと申します。
「マッドサイエンティストは美少女がお好き?」以来の投稿になります。
一応、シリーズ物と考えていますので、気長に(この言葉あちこちで使っているなあ(笑))下さい。

この作品の大元は、私の好きな漫画家さんの作品に出てくる、小柄な身体で主を守る小さなSPさん、です。
後は推薦作品に上げた、「魔剣物語 〜レディ・ガーディアン〜」でしょうか。
この二作品から多大なインスピレーションを頂ました。作者の方には深く感謝いたします。

それでは。

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