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星屑の旅人 ―TSバージョン―

作:h.hokura

第四話 「接触」


 宇宙空間を1隻の宇宙艇が、急加速を行いながら航行していた。
 それは流線形のフォルムを持つ宇宙艇だった。
 船名は「シルフィード」。ランバート・トランスポーター所属の宇宙艇である。
 通常は小惑星帯を航行しているのだが、今、「シルフィード」は小惑星帯を抜け、惑星間航路に出ていた。
 それは通常業務ではなく、救難作業が目的の為だった・・・。



 操縦席にいるのは、年の頃は16、7歳、肩まである髪、整った顔付き、スレンダーな体型の少女。
 誰もが「美少女」と認める容姿の持ち主だった。
 彼女は操縦席の前方に様々な情報表示ウィンドゥを浮かび上がらせながら、「シルフィード」を操縦していた。
 そのうちの一つが、明滅して何かの情報を表示する。それは二つの線が交差する図だった。合わせて隣に時間が表示される。
 少女は右耳に付けていたヘッドセットのマイクに話しかける。「・・・そろそろランデブーポイントに着きます。」
 しばらくすると後方のドアが開き、ミリーとフローラが入ってくる。
 二人は少女の座る操縦席の後ろにある座席に腰を下ろし、前方の情報ウィンドゥを見る。
「R−11は?」
 ミリーが操縦席の少女に尋ねる。少女は前方を映しているウィンドゥを拡大する。
 そこに、「シルフィード」の前方を航行する「R−11」が映し出された。
「あれです。あと15分くらいですね。」
 少女は他のウィンドゥから情報を読み取ると二人に伝える。映っている「R−11」は、辺境でよく使われる汎用タイプの貨物船を改装したものだった。
「あれが職業訓練校の実習船ね。・・・でもまあ、年期の入った船だこと。」
 フローラが半ば呆れたように言う。
「私がいた時に、既に耐久年数を越えていると言われてましたからね。」
 ミリーが苦笑いを浮かべながら答える。それを聞いた少女が、ミリーに質問する。
「・・・それじゃ、あの船に乗っているのミリーの後輩ってわけだ。」
 その容姿に似合わない男言葉で喋る少女。それもそのはず、彼女は三ヶ月前までは「男」だったのだから。
 彼女は遺跡の暴走で女性になってしまったクリスだった。
「クリス・・・」
 ミリーが半眼でクリスを睨みつける。
「やば!」
 慌てて口を被ってミリーを見るクリス。
「・・・女の子の喋り方をするんじゃなかったの?」
「そ、それはお袋が勝手にそう言って・・・」
「でも、破ると確か給与減らされるんでしょう?」
 フローラが口を挟んでくる。



 確かに、クリスはメリンダにこう言われていた。
「何時までも、男言葉使ってんじゃないよ。・・・まったく。」
「そんなこと言われても・・・」
 16年間「男」として生きてきたのである。急に女言葉を使えと言われても、できるものではない。
 そんなクリスに、メリンダは深い溜息をつく。
「・・・言っておくけど、その姿で男言葉を喋る方がよっぽど恥ずかしいんだけどね。」
 メリンダはしばし考え込んでいたが、にやりと笑うと、クリスに一方的に宣言する。
「身内だけの時はいいさ。・・・ただし、他人の前で男言葉なんぞ話したら給与減らすことにしようかね。」
「え、それは横暴・・・」
 クリスはメリンダに睨まれて言葉を途切れさせる。・・・もともと、母親に勝てるはずもなかった。



「う、うん。そうなんだよ・・・じゃない、そうなんです。」
 クリスは仕方なく言葉を直しながら答える。
「その方がいいわよ。やっぱり女の子なんだから。」
 ミリーがニコニコ笑いながら言う。
 結局、母親のいない所でも、ミリーをはじめコロニーの女性陣によるチェックが入るのだった。
 どうやら「クリス女の子化計画」は確実に進んでいるらしい(笑)。



 電子音が鳴り、新しいウィンドゥが開く。通信が入った知らせだった。
 クリスはウィンドゥ上に表示された通信メニューを開き、回線を接続する。すると、先ほど通信が来たことを表示していたウィンドゥに相手の顔が映る。
「・・・こちら実習船『R−11』、接近中の『シルフィード』へ応答願います。」
 二十歳位の若い女性だった。クリス同様頭にヘッドセットを付けている。
「こちら『シルフィード』。『R−11』へ現在接近中です、どうぞ。」
 通信オペレーターの女性は、自分の前に投影しているウィンドゥに情報を見て答える。
「確認しました、『シルフィード』。お待ちしてました。」
 こういった手続きはあくまで儀礼的なものだった。通信を交わす前から、既に互いが発するコード(言わば宇宙艇のIDナンバー)を受信し合っており、相手を確認済みなのだから。
 まあ、人間同士のコミュニケーションの為といえるかもしれない。
「それじゃ、ドッキング準備を・・・」
 だが、『R−11』の通信オペレーターは困った顔をした。
「それが、こっちのドッキング誘導システムに故障が・・・」
「故障?」
 クリスはミリーとフローラ達と顔を見合わせる。
「現在修理中なんですが、目処が立たないんです。」
 オペレーターは申し訳なさそうに、クリスに答える。「・・・ですからしばらく待機願いたいのですが。」
「待てといわれても。直る見込みが無いんじゃね。」
 フローラが呟く。
「一刻を争うって言うのに・・・」
 ミリーは焦った顔で自分の時計を見る。
 操縦室に沈黙が落ちる。
「・・・それじゃ誘導システムなしでドッキングをします。」
 クリスが沈黙を破って宣言する。
「え? それはいくらなんでも。もし、失敗したら・・・」
 オペレーターはクリスの言葉に驚く。
「しかし、時間がないんでしょ。・・・それしか方法がないなら。」
 クリスは何とかオペレーターを説得しようとする。
「大丈夫よ、この娘なら。」
 フローラがクリスの後ろから肩を抱いて答える。
 その瞬間、甘い香りがフローラからしてクリスはドキリとさせられる。
 しかし、考えてみればクリスも似たようなものなのだが、未だに慣れないでいた。
「でも・・・」
 オペレーターはまだ躊躇していたが、直後、後ろを振り向いて誰かと話し始めた。
 ただし、相手の声はマイクに入らない為、何を言っているのかは分からなかった。
 やがて話が終わったらしく、オペレーターが正面を向く。
「分かりました。ドッキングを許可します。」
 クリスはニコッと笑うと礼を述べる。「ありがとうございます。」
 同性ながらその笑みにオペレーターが見とれる。・・・がクリスはそのことに気付かない。
 どうも当人は、自分が標準以上に「魅力的」なことに全く気付いていないようだった。



 クリスの身体が女性体になって三ヶ月がたっていた。当人の困惑(女性の身体への)をよそに、周りのお祭り騒ぎは未だに続いていた。
 その熱狂は上がることはあっても下がる気配は無かった(クリスにとってはいい迷惑だが)。
 もっともその原因はクリス本人が自分の容姿が周りに与えるインパクトを認識してない点にあるのだが。
 確かに可愛さと清楚さを併せ持ったその容姿は老若男女に受けるものだ。
 しかし、クリスにはそんな認識はなく、「皆、俺が元男だと知ってるくせに、なんでそうなるんだよ。」としか思っていなかった・・・。



「オートパイロット(自動操縦)解除。コンピューターをサポートモードへ切り替え。」
 クリスは宇宙艇の操縦系統をコンピューター主体の操縦からコンピューター支援の操縦に切り替えた。
 これにより、『シルフィード』はコンピューターの操縦ではなく、コンピューターの支援によってクリスが操縦することになる。
 これは普通非常に危険な行為と言われる。何故ならいくらコンピューターの支援を受けられるとはいえ、ドッキングという微妙な操作を人間が行うということだからだ。まして飛行中の宇宙艇同士である。一瞬でも操作を誤れば、良くてドッキング機器の破損、悪くすれば衝突による気密の喪失ということになる。
 しかし、クリスはまったく気負ったところもなく、コンピューターの支援を受けながら、『シルフィード』を『R−11』に接近させて行く。
 フローラとミリーはそんなクリスを後ろから静かに見つめる。二人とも信じきっているのか、その顔には不安の色は無い。
 ・・・まあ、機器のトラブルや旧式化で、こんなことは辺境のコロニーでは珍しい話ではなく、クリスにとっても日常茶飯事なことだった。
 やがて、軽いショックとともに『シルフィード』は見事なドッキングを決める。
 クリスは両者のドッキング機器が双方ともロックされるのをウィンドゥ上で確認すると、先ほどのオペレーターに通信を入れる。
「ドッキング完了。こちらは異常無しです。」
「あ、はい。こちらもドッキングを確認しました。」
 オペレーターは慌てて、情報ウィンドゥを見ると返答してくる。
「それではそちらに乗船します。」
 クリスはそう言うと、通信を切り、宇宙艇の全システムを待機モードにして立ち上がる。
 フローラとミリーも立ち上がり、三人は操縦室をあとにした。



 通信を終えても、オペレーターはウィンドゥを見つめていた。
「すごいわね。あんな可愛い顔をして・・・」
 隣にいた、別のオペレーターが話しかけてくる。
「さすが、メリンダの息子、いや娘ね。」
 後ろから話しかけてくる人物の声に、オペレーター達が振り向く。
「・・・主任はあの娘をご存知なのですか?」
 クリスと通信したオペレーターが質問する。
「知ってるわ。さて、それじゃ挨拶に行ってくるから、後をお願い。」
 その人物はそう答えると、部屋を出て行く。
「・・・これはニュースね。皆に知らせないと。」
 その一部始終を見ていた少女(他のオペレーター達と違いブルーの作業衣を着ている)が、そう呟くと、小走りに部屋から出て行く。
 が、周りのオペレーター達は今見たことに興奮して話し込んでいた為、誰もそれに気がつかなかった。



 操縦室を出たクリス達は『シルフィード』のエアロックへ向かった。
 扉を開け、宇宙服や船外活動用の機器がある作業室を抜ける。
 エアロックの扉横のスイッチを操作すると、シュッという音とともに扉が横にスライドし、相手側のエアロックの内部が現れる。
 『R−11』は『シルフィード』に比べれば大きな宇宙船なので、エアロックもかなり広い。
 そこに一人の女性が待っていた。グリーンのつなぎを着た彼女は3人に向かって喋りかけてきた。
「実習船『R−11』へようこそ。・・・責任者がまもなく来ますので、しばらくお待ち下さい。」
 フローラがうなずく横で、クリスは物珍しさに周りを見渡す。
 クリスは『シルフィード』よりデカイ宇宙船をあまり見た事がないのである。
 周囲では『R−11』の乗員らしい女性達が作業している。

(ずいぶん女性が多いな。)

 クリスは不思議に思ったが、質問を発する前に、扉が開き、一人の女性が中に入ってきた。
 メリンダと同じくらいの年だろうその女性は、なにか威厳を感じさせる人物だった。服装はタイトなスーツ姿で、手に携帯端末を持って颯爽と歩いてくる。
「お待たせして申し訳ありませんでした。責任者のスザンヌ・レイヤーです。」
「教官。お久しぶりです。」
 ミリーが進みでて、彼女を迎える。「・・・あ、今は主任教官とお呼びしないといけませんね。」
 そんなミリーの言葉に、スザンヌに苦笑いを浮かべつつ答える。
「いや、教官で構わない。むしろそっちの方が落ち着くしね。」
 スザンヌはそう言いながら、ミリーの後ろにいるクリス達を見やる。
「ああ、紹介します。医師のフローラ、そして・・・パイロットのクリスティーヌ・ランバート。」
 ミリーはクリスを前の方に押し出しながら(後ろの方に隠れようとしていたので)紹介する。
「よろしくフローラ、クリス。」
 スザンヌは二人に握手を求めてくる。
 それに対しフローラはにこやかに、クリスは恥ずかしそうにしながら手を握る。
「・・・さて、ゆっくり話したいところなんだけど、事態は緊急を要します。こちらへ。」
 スザンヌは三人を先導して、エアロックを出る。
「患者の様態はどうなんですか。」
 フローラはスザンヌの横に来ると聞く。
「安定はしてるようです。ただ、楽観はできないようですが。」
 スザンヌ達は廊下を足早に駆けて行くが、ふとクリスは視線を感じて後ろを振り向いた。
 廊下の角から覗いている、自分と同じ年代の三人の少女達と目が合う。
「え・・・?」
 何事かとクリスが訝っていると、三人はさっと顔を引っ込める。
「クリス、どうしたの?」
 ミリーに話しかけられて我に返ったクリスは、慌ててその後を追う。

(何だったんだ、あれ・・・?)

 まあ、部外者が珍しいだけだと思い、クリスはそれ以上考えるのをやめた。・・・だが、先ほどの少女達が再び自分を見ているとは思いもしなかった。



 スザンヌに先導されたクリス達は、『医療室』と書かれた部屋の前に到着する。
「ここです。急いで。」
 スザンヌは開閉装置を操作し、ドアを開いて3人と共に『医療室』へ入る。
 中央にはベッドが置かれ、一人の少女が寝かされていた。酸素マスクを付けられ、腕に点滴をされている。
 また、その回りには様々な機械が置かれ、そこから伸びた配線が少女の身体に貼り付いている。
 その側にいた女性が、スザンヌに気付いて駆け寄ってきた。
「どうですか? 彼女は。」
「はい、今は眠ってます。でも相変わらず熱が・・・」
 スザンヌに尋ねられた女性が答える。
「フローラ、お願いします。」
 スザンヌの言葉にフローラは頷くと、持ってきた携帯端末を机の上に置く。
 光ファイバーで機器の一つに手早く接続し、データをダウンロードさせる。
 その一方、クリスとミリーは持ってきたフローラの分析機を組み立てていく。
 二人とも、フローラの助手を務めることが多いので手際は良かった。
「採取した血液は?」
 フローラの問い掛けに、先ほどの女性が直径5ミリほどのガラス管を渡す。フローラはそれを分析機にかけるようクリスに指示した。
 クリスはガラス管を分析機に入れ、作動させる。
 フローラは自分の携帯端末に落とされた少女の診断データを解析しながら、スザンヌ達から状況を聞く。
「熱は3日前から酷くなって。それまでは身体が多少だるかっただけのようでしたが。」
 養護教官の説明と診断データを見ながらフローラは眉をしかめながら呟く。
「どうも、ただの流感という訳ではないみたいね。少々やっかいかも・・・」
 電子音がして、分析機の解析が終了したことを知らせる。クリスはメモリースティックをフローラに手渡す。
 フローラはそれを端末に挿入し、データを付き合わせ始めた。
 画面がスクロールし止まると、フローラは舌打ちをする。
「彼女が発病したのは実習が始まってからかしら?」
 フローラは画面から顔を上げ、養護教官に質問する。
「はい、それは間違いありませんが・・・」
 急に質問され、養護教官は戸惑いながら答える。
「そう、・・・それがせめてもの救いね。」
 そんなフローラの言葉に室内の人々は困惑する。
「フローラ、それってどういう意味なんだ・・・なの?」
 場の雰囲気に、クリスが思わず男言葉に戻りそうになる。
「デルタ2ウイルス、ああ、デルタ2というのは最初に発生が確認されたコロニーなのだけど・・・」
 フローラはそこで言葉を切ると、画面を見ながら溜息を付く。
「異様に長い潜伏期間を持つウイルスよ。」
 分析結果を画面の中でスクロールさせながら、フローラは説明を続ける。「・・・そのくせ発病すると急激に症状が悪化するだけでなく、急速に他への感染が起き始める。」
 フローラは部屋にいる連中を見渡す。
「そのウイルスの潜伏期間はどのくらいなの?」
 スザンヌが寝ている少女を見ながら聞いてくる。
「短くて半年、長い例になると1年以上いうのもあったらしいわ。」
 端末の情報を次々とスクロールさせ、クリス達に見せる。
「せめてもの救いは、潜伏期間中は本人にも回りにも何の実害が無いことかしら。」
 ふと、スザンヌが顔を上げてフローラに尋ねる。
「・・・と言うことは、この船に乗っている我々も既に感染しているというわけね。」
 フローラは頷いて答える。
「そういうこと。・・・まあ、私達三人も、だけどね。」
 言葉の後半は、クリスとミリーに向けて言った言葉だったので、二人は顔を見合わせた。
「・・・で、対応はどうしたらいいのかしら。」
 動揺した様子も無くスザンヌが聞いてくる。
「うちの診療所にはワクチンは四、五人分しかないわ。あとは他のコロニーから取り寄せるしかないけど。」
 フローラは手を眉間に当てて暫く考える。「・・・まあ、一週間はかかるでしょうね。それまではこの船内で待機しているしかないわ。」
 フローラは端末を止めると、少女の傍らに立って機器の表示を見る。
「取り敢えず、この娘ね。早急にワクチンを送ってもらわないと・・・」



「・・・そいつは厄介なことになったもんだ。」
 通信ウィンドゥに映ったメリンダは、そう言って肩をすくめる。「とにかく、ワクチンの件は分かったよ。手配の方は任せな。」
「ええ、頼んだわよ。ただ、ワクチンは無人貨物艇で運ぶようにね。これ以上感染者を増やしたくないから。」
 フローラはそう言って必要なデータを送信する。
「しかし、ワクチンを接種するまでそこで足止めか。」
 メリンダは何かを思いついたのか、ニヤリとする。
「そうね。」
 フローラも、ニヤリとしながら答える。
 その二人の笑みに、クリスは反射的に嫌な予感が沸いてくるのを感じた。
「・・・それじゃあ、クリス、鍛えてもらいな。」
「え、それってどういう意味・・・」
 クリスに答えず、メリンダは通信を切る。
「なあ、フローラ・・・」
 しかし、フローラはクリスの問いを無視すると、後にいたスザンヌに振り向く。
「・・・というわけで、しばらくご厄介になります。」
「構いません。こちらこそお願いします。」
 スザンヌはそう答えると、ほっとした表情になる。
「しかし、貴女たちが全員女性で助かりました。もし、男性がいたら問題になるかもしれませんから。」
 その言葉に驚いたクリスは、慌ててミリーに尋ねる。
「ど、どういうこと?」
「言葉通りよ。だって、この船の乗員は生徒を含め、全員女性だからね。」
「ちょ、ちょっとウソだろ?」
 クリスはあまりのことに、頭が真っ白になった。
「1ヶ月も実習で缶詰状態です。ストレスも溜まっていますので、不慮の事態が起きないとはかぎりませんから。」
 スザンヌはそうクリスに説明するが、彼女には慰めにもならなかった。



 食堂兼集会室に、グリーンの作業服姿を着た20人の少女達が集合していた。
 皆はその前に並ぶ三人、特にクリスを興味深げに見つめ騒いでいる。
 おかげでクリスは先ほどから居心地が悪く、落ち着かなかった。
「なんで俺ばっかり見るんだよ・・・」
 クリスは小声でぼやくが、ミリーに咎められる。
「・・・クリス、言葉遣いが戻ってるわよ。」
「だって、なんかあの子達、お・・・私ばっかり見ているみたいで。」
「まあ、しょうがないわね。何しろ貴方は話題の人だし。」
 フローラがにやにやしながら、クリスをからかう。
「・・・それにクリスはあの娘達と同じ年代だしね、これは注目されるわよ。」
 ミリーは嬉しそうに、クリスと少女達を見比べる。
「されても嬉しくないんだけど・・・」
 クリスは少女達の持つ集団パワーに圧倒されていた。
 それも仕方がないことだった。クリスは学校に通って集団の中で生活した経験がない。
 生まれて短期間、コロニーの集団保育所にいたことを除けば、クリスはこの年になるまで宇宙艇の中で育ったみたいなものである。
 その間はメリンダやフローラに、一般常識から操縦までの教育を受けてきた。その為、クリスは同性の集団はもちろん異性の方とも過ごしたことがあまり無い(もちろん男の頃の話)。
 それだけに、こういう状況にどう対応したらいいか分からないでいたし、女性になってから急に増えた同性(笑)の友達との付き合い方に未だに慣れないことが、輪を掛けてクリスを不安にさせていた。
「・・・今述べたように、ワクチンが届くまで私たちは船内に留まらなければなりません。」
 スザンヌが、ざわめく生徒達の前で説明をしている。
「ただ、このウイルスは、直ぐにも発病する訳ではないのでそれほど心配することはありません。」
 そこで言葉を切り、生徒達を見回すスザンヌ。
「よって実習は予定通り行います、いいですね。」
 少女達から「え〜?」という声が上がるが、スザンヌは気にも止めず、今度はクリス達の方に目を向ける。
「・・・それから、暫く我々とこの船に残ることになった人たちを紹介します。」
 少女達の視線が再び三人に、いやクリスに注がれる。
「医師のフローラと貴方たちの先輩でもあるミリー・レインバーグ、そして・・・」
 スザンヌはクリスの肩に手を置き紹介する。
「貴方たちと同じ年で、既に現役パイロットである、クリスティーヌ・ランバートです。」
 大きくなるざわめきと、同性をチェックする彼女達の視線にクリスは逃げ出したい心境になる。
「・・・将来の参考になる話も三人から聞けるでしょう。ただし迷惑にならない様にしてください。」
 もう一度生徒達を見渡す。
「では、解散。・・・次の実習に備えてください。」
 スザンヌは三人に頷くと、他の教官と共に部屋を出ていった。
 ミリーとフローラもその後に続く。クリスもついていこうとするが、ミリーに止められる。
「クリスは残っていていいわよ。」
「え、でも・・・」
「いい機会よ、同世代の女の子達と交流を深めてきなさい。」
 フローラもそう言って、クリスの後方を見やる。
 実はクリスも後から注がれる視線に気付いてはいた。・・・ただし、怖くて見ることができなかったが(笑)。
「で、でも、お、私も何か手伝わないと・・・」
 クリスは何としても逃げ出したくて、二人に懇願するが、
「必要ないわ。医療室は私と養護教官がいるし。」
「契約の話だから一人で十分よ。」
 ・・・にべも無く二人に断られる。
「じゃ、『シルフィード』の監視を・・・」
「何言ってんの、『シルフィード』は待機状態だから、何かあればコンピューターが報せてくれるでしょ。」
 ミリーの一言でクリスの意図は、いとも簡単に阻まれる。確かに、待機中の宇宙艇はコンピューターが管理し、問題があればパイロットの携帯端末に報せてくれるシステムになっている。

(し、しまった。ミリーは・・・)

 考えてみれば、ミリーは会社の全てのコンピューターを把握しているのだ、そんなことくらい知っている。
 全ての試みを阻止され、クリスはガクッと肩を落とす。
「・・・というわけで、みんな〜、この娘をよろしくね。」
 そのスキをついて、ミリーはクリスを後方へ突き飛ばす。
「ちょ、ちょっと待て〜。」
 不意をつかれ、男言葉に戻ったクリスは、血に飢えた(笑)少女達の中に放り込まれる。
「・・・仲良くやりなさい。」
 フローラはにこやかに笑いながら、ミリーと共に部屋を出て行く。
「この薄情者〜っ!」
 クリスの絶叫は、少女達の黄色い歓声に覆われ空しく消えてゆくだけだった。・・・哀れ。



「少々、荒療治が過ぎたでしょうか?」
 ミリーは廊下まで聞こえてくる少女達の声を聞きながら、隣を歩くフローラに尋ねた。
「確かに、あの娘にとっては猛獣の檻に放り込まれたようなものだからね。」
 フローラは溜息をついて、ミリーを見る。
「でも、ほって置けばクリスの精神に影響が出てしまうわ。」
 そう、今のクリスは変わってしまったその身体ゆえ、「女性として生きなければならない」現実と、「今まで男として生きてきた過去」という二つの状況が生む葛藤の為、情緒不安定なところがある。
 本人は意識していないが、カウンセラーとしての知識のあるフローラはそれを見抜いていた。
 なんていっても彼女は医者である。自分の患者(実験体?)のことは、しっかり見ているのだった。
「まあ強引だけど、これで少しは自分が女の子として生きていかねばならない事を認識できるはずよ。そうすることがクリスにとっても必要だし。」
 フローラはそう言って力なく笑う。「・・・でもこれって自己満足よね、彼女がああなってしまった原因の一人なんだもの、私は。」
 ミリーはそんなフローラの手を握って慰める。
「自分を責めないでください。そんなことはないことぐらい、社長や私、それにクリスだって分かってますよ。」
 フローラはミリーの手を握り返し、微笑む。
「ありがとう、ミリー。そう言ってくれて。」
 二人は手を離すと、医療室に向かう。
 何だかんだ言っても、二人はクリスのことを考えてくれているようである。
「・・・でも今のままでもけっこう楽しいけど。」「そうですね、あのクリスの表情が・・・」
 いや、違ったらしい(笑)。



 一方、猛獣の檻に放り込まれた(笑)クリスの方はといえば・・・
「ねえ、クリス。クリスって呼んでいいかしら。」(もう呼んでるって・・・)
「スタイルいいわね。ねえ、アンダーウェアはどんなやつを着ているの?」(そんなこと恥ずかしくて言えるかっ。)
「髪きれいね。触ってもいい?」(と言いつつ、もう触っているじゃないか・・・)
「あ、私も。」(わあ、そんな大人数で触るな〜っ。)
「その服素敵ね、特にスカートが。」(そ、そうかな、確かに気に入ってはいるけど・・・って違う〜っ。)
「ね、クリスの好きな男の子のタイプってどんなの?」(そんなのある訳ないだろがっ。)
 ・・・という様な質問&スキンシップ攻撃に晒されていた。
 逃げようにもまわりを何十にも包囲され、身動きできない。
 ちなみに質問の大半は、クリスのファッションや、どうしたらそんな容姿を維持できるのかと言う点に集中していた。
 特に服装については、少女達全員ブルーの作業服(訓練学校の制服でもある)の為、私服姿のクリスが羨ましいということもあったようである。
 なお、この時のクリスの服装は初めて着せられた(笑)、黒のジャケットとタイトスカートにブーツといういでたちである。
 クリスの魅力を引き立てている服だが、実はこれ以外の買った(買わされた)服があまりに可愛い過ぎる(クリスの視点で)服だった為に、他に着るものがなかったからなのだが。
 余談だが、買った服の中にスカート以外のものが無かったのはお約束である(笑)。
 しかし、もう一方の容姿に対してはクリスも答えようが無かった。何しろ自分では特に何もしていないのに髪にしろスタイルにしろ理想的な状態(他の女性達から見るとそうらしいが)を維持しているのだから。
 これも遺跡の影響らしいが、クリスにとっては迷惑なだけである。
 そんなクリスの思いを他所に、彼女達の質問コーナーは休憩時間の終わりまで続いた。



「死んだ、死んだよ〜。」
 クリスは机の上に突っ伏してぼやいていた。
 実習の時間になり、少女達はそれぞれの場所に向かった。「続きは後でね。」というセリフを残して。

(まだ、続くのか・・・。)

 この後のことを考えるとクリスは暗澹たる気分になる。しかもこれがあと一週間続くのだ。

(持つかな、オレ・・・。)

「大丈夫かしら、クリス。」

 突然後から声を掛けられて、クリスは文字通り飛び上がってしまう。
「ひゃ〜っ! は、はい。・・・ってあれ?」
 後には笑いを堪えているスザンヌが立っていた。
「ごめんなさい、驚かしてしまったかしら?」
「いえ、大丈夫です。」
 クリスはバクバクした心臓をなんとか抑えようと胸に手を当てるが、返ってきた柔らかい感触に、再び声を上げそうになる。
「大変そうね。・・・でも、許してやってあげて。あの娘達も缶詰状態のうえ、ウイルス感染なんてことになってるから。」
 スザンヌがそう言って頭を下げてくるので、クリスは慌てて答える。
「いや、お、私は気にしてませんから、はは・・・」
 クリスは引きつった笑みを浮かべて答える。スザンヌは目を細め、そんなクリスを見つめる。
「そう、ならいいのだけど・・・」
 そう言って彼女は立ち上がり、部屋を出て行こうとしたが、何かに気付いて戻ってくる。
「・・・そうそう言い忘れるとこだったわ。」
 クリスは何か嫌な予感を感じつつ、スザンヌを見る。
「貴方に泊まってもらう部屋なのだけど、生徒達と一緒ということになったから。」
「へっ?」
 スザンヌの言葉に、クリスの頭は一瞬で真っ白になる。
「ごめんなさいね。開いている部屋はフローラさんやミリーさんで一杯になったの。」
 口をパクパクさせるだけで、何も答えられないクリス。
「さっきから見てる限りあの娘達はクリスを受け入れているし、貴方も問題ないと言ってくれたしね。」
 スザンヌは笑みを浮かべながら(クリスには邪悪な笑みを浮かべている様に見える)両肩に手を置く。
 クリスはあわてて抗議しようとしたが、部屋に入って来た少女達の声にタイミングを外してしまう。
「いいとこに来てくれたわ。クリスは暫く貴方たちと寝起きを共にしますので、宜しくね。」
「わあ〜、本当ですか?」
 女生徒達は喜びを全身で表すと、あっという間にクリスを取り囲み連れて行こうとする。
「ちょっと待ってよ。着替えとか何もないし・・・・」
 そんなクリスの目の前に、すっと何かが突き出される。
「ほら、これを持っていきなさい。」
 突き出されたものは鞄だった。そしてそれを突き出したのは、何時の間にか女生徒達の後から出現してにこやかに笑うミリーだった。
「ミ、ミリー?」
 なぜか都合よく準備されたお泊りセット(笑)を持たされたクリスは、あっと言う間に女生徒達に捕獲され連行される。
「なんかこの頃こんなシーンばっかじゃないか〜。」
 クリスは連行されながら抗議するが、
「「・・・お約束です。」」
 しれっと答えるフローラとミリー、止めようとせず笑って見送るスザンヌ。
「そんなので納得できるかぁ〜っ!!」
 クリスは絶叫するが、やはり誰も聞いてはくれなかった。



 女生徒達の部屋は4人部屋になっており、クリスは丁度一人分が空いていた部屋に連れて行かれる。
 その間にチャンスがあれば逃亡しようとしたクリスだが、敵もさるもの。
 両腕を捕まれ、前後を抑えるという重罪人護送なみの扱いの為、それは不可能だった。
 部屋に着くと、一人だけ私服はおかしいということで、服を脱がされ(笑)、同じ作業服に着替えさせられる。
 しかも、着方が分からないでしょうから手伝ってあげると言われて数人がかりである。(もちろん他の部屋から来た多くのギャラリーの居る前で)
 もはや抵抗する気力もないクリスだった。

(俺ってこうなる運命?)

 そう、それがこの世界の法則なのだ(笑)。



 着替えが終わるころには食事の時間となり、クリスは他の女生徒達と食堂へ戻る。
 クリスとしては、この姿をフローラとミリーに見られたくなかったのだが、抵抗は所詮ムダだった。
 まあ、スカートではないのがせめてもの救いだと思ったクリスだが、回りの注目度はさらに高まっていた。
 それは地味な作業服でさえ魅力的に着こなしてしまう為だったのだが。
 食堂では同室になった女生徒達と同じ机に座らされ、食べるより話している方が長い食事時間を過ごしたのだった。

(女の子ってよくこんなに話すことがあるよな。)

 クリスはそう思いながら適当に相槌を打ったり、愛想笑いをしながら終わるのをひたすら待った。



 食事も終わり、部屋に戻ったクリスはこれで今日は終わりだと思ったが、それは甘かった。
「次のシャワー室使用は7班の人達です。」
 係りの女生徒がクリスの部屋に報せに来るが、クリスはベッドに突っ伏していて気付かない。
「OK、行きましょう、クリス。」
 同室の女生徒がクリスを揺り起こす。
「え、行くって・・・何処へ?」
 クリスはぼけっとした表情で聞き返す。
「シャワーよ、早く準備して。」
「シャ、シャワー? 私は・・・」
 逃げ腰になるが、両手を掴まれ、鞄から着替え(もちろん替えのアンダーウェアも)を取り出され連れて行かれるクリス。

(た、助けてくれ〜)

 クリスにとってはシャワー室は鬼門だった。なにしろ初めて素っ裸にさせられたのはシャワーを浴びる時だったし。
 その後も、シャワーを浴びているとミリーに乱入されたりと、この三ヶ月間ろくな目に遭ってなかった。
 だから、できるなら一人で入りたかったのだが。
「後つかえているんだから、急いでね。」
 こう言われては断ることも出来ないクリスだった。



 更衣室のドアが開き、中の様子が見えたとたん、クリスはその光景に固まった。
 数人の女生徒達が、まだ着替えの最中だったのだ。
 流石に素っ裸という娘は居なかったが、アンダーウェアを半脱ぎ状態にしてたりタオルを巻きつけただけの姿だったりで、あまりの恥ずかしさにクリスは動けなくなる。
「何やってんのクリス? 時間が無くなるわよ。」
 女生徒の声に我を取り戻したクリスは、ロッカーの一つに向う。
 とにかく出来るだけまわりを見ないようにしながら、袖と足首のホックを外して作業服を脱ぎ、アンダーウェア姿になる。
「え・・・?」
 だが、クリスは自分が何時の間にか女生徒達に囲まれているのに今頃気付く。
 既に全員アンダーウェアまで脱ぎ、タオルを巻き付けただけの姿になっていた。
 それは男なら涙を流して喜びそうな光景だが、今のクリスにそんな余裕などあろうはずがなかった。
「あ、あのう、どうかしたの・・・かしら?」
 クリスは引きつった笑みを浮かべながら、女生徒達に尋ねる。
「あ、気にしないで続けていいわよ。」
 女生徒の一人はそう言うが、だからといって続けられるわけもなくクリスは再び固まってしまう。
「・・・ほら、早く脱がないとシャワーを浴びれないわよ。」
 そう言って女生徒の一人が、アンダーウェアの首にあるホックを外してしまう。
「きゃあっ!」
 ハラリとアンダーウェアが脱げてしまい、クリスは可愛い悲鳴をあげてしまう。
「わー、クリスって結構胸あるね。」
 クリスは慌てて胸を隠そうとするが、それより早く女生徒の手がタッチする。
「ふ、ひゃーっ!」
 思わず変な声を出してしまうクリス。
「へー、どれどれ・・・」
「あ、私も。」
 他の女生徒達も触ってくる。
「や、やめてくれ・・・くださーい。」
 クリスは懇願するが、タッチ攻撃は係の女生徒が「時間が無くなるわよ。」と言って止めるまで続けられた。
 この後、タオルを使っての着替え方を教えてもらい、ようやくクリスはシャワーを浴びることが出来たのだった。



 しかし、まわりには裸の女の子達が多数いるというのに、クリスは複雑な思いに駆られていた。
 クリスとて最近までは年頃の男の子(笑)だったのだから、女性に興味がない訳ではなく、男のままだったらある意味「幸運」だと思ったかもしれないが、現状は回りの女性陣に完全に同性とみなされて気安く接してこられるので、逆にこっちの方が恥ずかしくなってしまい興味もなにもあったもんではない。
 第一、クリスの今の身体はその女性達と変わらないのだ。周囲を見渡せばそのことを今更ながら認識させられてしまう。

(やっぱりこのまま・・・。)

 一瞬そう考えそうになるが、頭を振りそんな考えを忘れようとする。
「そうだよ、負けてたまるものか。俺は・・・」
 その時クリスの背後から手が現れて、クリスの胸を鷲づかみする。
 突然のことに頭の中が真っ白になり、口をパクパクさせるだけのクリス。
「こらクリス、時間が無いんだから早く身体を洗わないと。」
「わ、分かったから手を・・・」
 何とか背後の女生徒から逃げようとするが、パニック状態になっている為いいようにもてあそばれる。
 そのうち騒ぎを聞きつけて集まって来た他の女生徒達も加わって、さらにもてあそばれるクリス。
「た・・・助けて〜っ!!」
 残念ながら、ここにクリスを助けてくれるものは(作者も含め)いなかった(笑)。



 結局時間が来たということで開放されたクリスだったが、恥ずかしさと女生徒達にもてあそばれてしまったという事実により、完全にグロッキー状態になってしまった。
 なお、着替えとして持ってこられた服が膝丈のスパッツとTシャツだったのに気付き、身体のラインが出て恥ずかしいので作業服を再び着ようとして女生徒達に阻止され、着替えさせられたのはやはりお約束である。

(なんで、シャワー浴びてこんなに疲れるんだよ。)

 フラフラになりながら、部屋に戻りベッドに倒れこむクリス。

(もう、終わりよね。私、これ以上は・・・)

 すでに一人称が‘私’で、セリフも女言葉になっていたが、直す気力もないらしい。
 しかし、甘かった。宴はまだ始まったばかりだった。
 消灯時間が過ぎると、女生徒達はどこから飲み物や菓子を持ち出してきて、お話会第二弾が始まったのだ。
 話題は最初の頃は実習とか教官達のことだったが、やがてファッションや小物類についての話になり、そして当然のごとく恋愛事の話になってゆく。
 しかも、教官達が居らず自分達しかいない気安さから話はだんだん過激な方に発展していき、そのあまりの内容にクリスは意識が何度も飛びかけた。
 おかげで、お話会が終わってもその内容が頭から離れなかったクリスはロクに寝ることができず、翌日は思いっきり寝不足になってしまった。



「・・・『マーキュリー』からの通信を確認。カプセル分離まであと20分。」
 オペレーターが報告する声が、コントロール室に流れる。
 スザンヌはその報告を聞くと、付けていたヘッドセットのマイクに話しかける。
「クリス、あと20分でカプセルが発射されるわ。準備の方はいいかしら?」
「こっちの準備はOKです、何時でもいけます。」
 クリスの声がヘッドセットから返ってきた。
 前方に投影されているウィンドゥが、エアロックの中で宇宙服にMMU(船外作業機)を背負って待機しているクリスを映している。
「『マーキュリー』より軌道計算完了の報告。これより『R−11』への誘導情報をダウンロード開始します。」
 コントロール室にはミリーも配置についてオペレーターをやっていた。後にはフローラも立って見ている。
 ようやく用意の出来たワクチンを積んだ宇宙艇が接近していた。ただし、ランデブーを行う訳ではなかった。
 宇宙空間で宇宙船同士がランデブーを行うことは緊急事態以外ない。多大な時間とエネルギーを消費する為だ。
 何しろ軌道も速度も違う宇宙船同士が接近するには、場合によっては冒頭の「シルフィード」のように片方が加速して追いつく必要があった。
 その為、物資を受け渡す場合には推進装置の付いたカプセルを使うことが多い。今回もワクチンを受け取るのにこの方法が使われる。
 クリス達はコロニー間の物資輸送を請負っているので、この手の作業は慣れていた。・・・ただし何時もは発射の方で、回収の方は珍しいが。
「誘導情報ダウンロード完了、問題なし。」
 ミリーが受け取った情報をチェックして報告する。これはカプセルを「R−11」側でコントロールする為に必要なものであり、慎重を要する。
 ミスがあれば何処にすっ飛んで行くかわからないし、場合によっては衝突という事態になってしまうからだ。
 ただし、誘導するのは宇宙船の近くまでで、カプセルを直接宇宙船に収容しない。機能的にもそんな精密な誘導は行えない(コストのこともある)。
 その為、今回の様に誰かがMMUと呼ばれる船外作業機を使って収容しなければならなかった。
「カプセル発射5秒前・・・4,3,2,1発射確認。」
 ミリーがウィンドゥの表示を読み上げながら、カウントダウンを行う。
 コントロール室の中央に浮かび上がっている大型のウィンドゥに、「マーキュリー」と「R−11」双方の軌道配置とカプセルの軌道が表示されている。
 今回、「マーキュリー」は「R−11」とは同じ軌道を反対方向から接近する軌道をとっていた。この方が追いつくより費用が掛からない。
「『マーキュリー』よりメッセージ、『我々の天使によろしくとお伝え願う。』って、何これ・・・?」
 通信を受けたオペレーターが不思議そうな顔をしてスザンヌを振りかえる。
「クリスのことよ。・・・連中の間でも彼女、有名人だからね。」
 スザンヌは苦笑しながらオペレーターに答える。
 まあ、あれほどの美少女がむさ苦しい男が多いといわれるアストロノーツをやっているのだから、人気が出ないはずはない。
 おかげで取引先の受けはもちろん最高だったし、同業他社のアストロノーツ連中からもアイドル扱いである。
 社長のメリンダは大喜びだが、クリスにとってはいい迷惑なのは当然だった。
「・・・接近中のカプセルの軌道及び速度、問題なし。後5分で回収ポイントに乗ります。」
 オペレーターの報告を聞き、スザンヌはクリスに指示する。
「クリス、カプセルが来るわ。作業を開始して。」
「了解。」
 クリスはそう答えると、エアロックの扉をMMUのリモコンで開放し、船外へ発進する。
 既にカプセルの情報はクリスの着ている宇宙服のバイザー部分に投影されており、それを見ながらMMUをコントロールして回収ポイントに近付く。
 やがてクリスのバイザーに、MMUが捉えたカプセルの映像が映る。
「カプセルを確認しました。・・・接近します。」
 カプセルと速度を一致させながら、MMUで慎重に接近するクリス。実はこの時が一番危険を伴う。
 視覚的には止まって見えるが、実際はかなりの速度で互いに飛行しているのだ。扱いを間違えれば双方とも宇宙の藻屑だ。
 しかしクリスは、自動装置を使わずにドッキングして見せたように事ともせず、MMUを接近させてカプセルに取り付き、持ってきたケーブルを接続する。
 その手並みはあざやかで、見ていたオペレーター達は思わず感嘆の溜息を付く。
「すごいですね、あの娘。操縦だけじゃなく、MMUの扱いも。」
 作業をモニターしていたオペレーターがそう言ってスザンヌを見る。
「まあね、あの娘はMMUを乳母車代わりに育ったからね。」
 スザンヌの返答に目をまるくして驚くオペレーター達に構わず、スザンヌはさらに続ける。
「ちなみに、ベビーベッドは宇宙艇の操縦席よ。」
 オペレーター達はあまりのことに声が出ないらしい。ミリーとフローラはそれを見て苦笑いしている。
「なにしろ初めて宇宙艇を操縦したのは確か7歳の時よ。10歳の時はもう仕事の手伝いをしていたくらいだし。」
 スザンヌは、ケーブルの巻き取りをリモコンで指示させカプセルを移動させているクリスの姿を見ながら話す。
「操縦ライセンスを取った時なんか、普通3ヶ月かかる教程を1ヶ月で終わらせたそうよ。・・・年齢、期間とも前例がないわ。」
「・・・はあ、何かすごい家庭ですね。」
 オペレーターが思わず呟いてしまう。いくら幼い頃から働くことが多い辺境でも、クリスの例は極端だろう。
「まあ、あの娘の場合は母親が凄いからね。なにしろ旦那さんが亡くなった後、遺された会社を子育てしながら経営してたんだから。」
 オペレーター達は顔を見合わせてスザンヌに質問する。
「随分お詳しいですが、主任教官は彼女の母親のことを知っておられるんですか。」
「ええ、よく知っているわ。何しろ私とは同期だし。つまり貴方たちとっては大先輩にあたる人物よ。」
 イタズラっぽい笑顔をオペレーター達に向けるスザンヌ。
「メリンダ・クライン・・・もっとも今はメリンダ・ランバートと呼んだほうがいいけど。」
 オペレーターの間に驚愕が走った。そして皆口々に、「あの伝説のOGの・・・」と言い始める。
 メリンダ・クライン。職業訓練校卒業者の中で現役・卒業を含めた生徒達に今も名を知られる女性。
 彼女の残した逸話は虚偽を含め数多にあり、半ば伝説になっていた。
「・・・まあ、私が一番驚いたのは、彼女が結婚して子供を生んだことなんだけど。」
 クリスがカプセルをエアロックに入れる映像を見て、スザンヌは次の指示を出す。
「フローラさんはワクチン接種の準備を。あと生徒達を食堂に集めさせて。」
 フローラは頷くとコントロール室を出て行き、オペレーターは女生徒達に集合の指示を行う。



 二時間後、女生徒達及び教官、クリス達へのワクチン接種は終わった。
「これで帰れるよ、よかった。」
 クリスは踊りだしそうな気分でコントロール室に入ってくる。中ではミリーとフローラがスザンヌと話をしている。
「『シルフィード』の準備はOKです。いつでも出発できます。」
 だが、そんなクリスに振り向いたフローラは、何を言っているのかという顔をする。
「無理よ。だってワクチンの効果を確認しなければならないからね。あと二、三日は留まるわよ。」
 クリスは意外な言葉に固まってしまう。
「それに宇宙船内部や設備なんかの消毒もしないとね、もちろん『シルフィード』も。」
 ミリーがフローラの話の後を継いで説明する。
「だから、本船と『シルフィード』はドックに入港するわ。その作業に四、五日はかかるでしょうね。」
 さらにスザンヌが後を続けて、クリスに追い討ちをかける。
「ちょっと待って下さい。それじゃ、あと・・・」
クリスの質問に三人は顔を見合わせてから、声を揃えて答える。
「「「あと一週間はかかるでしょうね。」」」
 クリスはショックのあまり座り込んでしまう。
「そ、そんなー。酷い。」
 目に涙を溜め、弱々しく呟いて女の子座りをするクリスにフローラ達三人だけではなく、室内にいた他の教官達(もちろん全員女性)がときめく(笑)。

 これ以後、消毒が終わりドックを離れるまでの一週間、女生徒達だけではなく教官達までにも可愛がられる(遊ばれる?)クリスだった。



 一連の騒動でクリスを女の子らしくしようとする計画は、メリンダ達が思った程進まなかった様に見えたが、変化が少しだけあった。
 あの後、クリスは船で同室となった4人の女生徒達とメールアドレスを交換し、たびたび連絡を取り合うようになっていた。また、クリスが輸送の仕事で訓練学校のあるコロニーに行った時などは、ショッピングに行ったり(というか連れ回されたり)、喫茶店でオシャベリしたり(話の種にされる事の方が多いが)していた。
 もちろんこんなことがメリンダ達に知られたら何言われるか分からないので、クリスは隠していたつもりだったが、実は全て知られていた。



ミリー 「私の情報網を甘く見ないでほしいわね。まあ、後で私とのショッピングにも付き合ってもらおうかしら。」
フローラ 「うんうん、いい傾向ね。この心境の変化は十分研究対象になるわね。」
スザンヌ 「しかし、とてもメリンダの息子いや娘には見えないわね。まあ、優秀なアストロノーツだし、今度臨時教官になってもらおうかしら。」
女生徒達 「とても元男の子とは思えないわね、あの可愛さは。すぐに赤くなっちゃって、からかい甲斐があるわ。」
同業他社 「仕事には確かに不利だが、クリスが我々の天使であることは変わりない(断言)。」
 そして、全てを影から操った、クリスの母親であり、ランバート・トランスポーター社長であるメリンダは、
「これで『娘』化計画は一歩進んだね。私にとっても会社にとっても嬉しいかぎりだよ。さて次の計画は・・・」



 クリスにとっての最大の不幸は女性の身体になったことではなく、回りの人間がこんな連中だったことかもしれなかった。

<第4話・接触 END>


 次回予告(笑)

 コロニーを訪れた少女。
 ふとしたことから彼女と知り合ったクリスは、ある依頼を受けることになる。
 他人と関わらず一人で花を育てる謎の女性。
 そこに待つものは果たして・・・。
 そして少女の持つ花に隠された秘密とは。

 次回、「第5話・秘密」に、またご期待してくれるとうれしいなーと思ったりして〈笑〉。



 −あとがき−

 いや、こりもせず、「星屑の旅人−TS版−」第4話をお送りします。この頃こちらのTS版の方が書いていて調子がいいです。
 なぜでしょうか?
 ところで小説の方ですが、1話から3話ではあまり宇宙の描写ができなかったので今回は前後にそれを入れてみました。
 そして中間にTS小説お約束の女の子になった主人公が転入してきてというエピソードを入れました(結構こういう場面好きです)。
 まあ、クリスはその年齢ですでに勤労少女(笑)なので、学校に行くというシーンは書けなくてこういう形になりましたが。
 次回ですが、もう一人のTSな人が出ます。そしてキーとなるのは花です(両方とも予定ですが)。

 お詫び 3話で「接触(前編)」と書きましたが、一話完結になりました。すいませんでした。

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