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 電子音が鳴っている。
(くそーっ、メインスラスターが動かない! 補助スラスターは……!?)
 操縦席に投影されている画面の一つに、巨大な岩塊が迫ってくるのが映った。
(……駄目だ! 衝突する!)
 次の瞬間、強烈な衝撃が訪れ、宇宙艇の気密が破られるのが分かる。
 そして、クリスは座席ごと宇宙へ吸い出された。

「……うわーっ!!」



星屑の旅人 -TSバージョン-

作:h.hokura

第二話 「変化・1」


 

 消毒薬の匂いと単調な電子音が聞こえる部屋に、少女のうわずった声が響く。
 部屋にあるベッドの上には16、7歳の少女……肩まで伸びた髪、整った顔立ち、誰もが「美少女」だと認めるだろう……が、呆然とした表情で上半身を起こしていた。
 しばらくして我に返った彼女は、部屋を見渡し、ため息をつく。
「夢か。……まったく縁起でもない。」
 似合わない口調でそう愚痴る。もっともその外見も、髪が汗で額に張りつき、着衣も乱れているなどお世辞にも良いとは言えない状態だったが。
「汗ビショビショだよ。シャワーでも浴びたほうが……」
 少女はしばらく沈黙し、そして自分の体を見下ろした。
 たっぷり数十秒たってから、少女……クリスは絶叫した。

「お・・・女の身体っ!!??」

 呆然となったクリスが、昨日自分に起きた事を思い出して落ち着くまで、しばし時間がかかった。

「……起きたようね。体調の方はどうかしら?」
 クリスがなんとか落ち着きを取り戻したころ、部屋のドアが開いてフローラが入ってきた。
「最悪です。夢見が悪かったうえに、覚めたらこうでしたから。」
 クリスは自分の身体をユウウツそうな顔で見ながら、そう答える。
「そう。……ところでクリス、その格好はちょっと刺激が強すぎるわね。」
「へっ?」
 改めて自分の身体を見たクリスは、ローブが汗で身体に密着し、昨日より更に身体のラインを際出させているのに気付いた。
「……ひゃあ!」
 クリスは恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にして身体を隠そうとする。
「ぷっ。くく……。」
 フローラはクリスのそんな姿を見て、思わず吹き出した。「リアクションはもうすっかり女の子ね。初々しいわ。」
「フ、フローラ。な、何言ってんだよ。そんな訳……」
 クリスは顔を真っ赤にしながら怒鳴るが、可愛さだけが目立ち、迫力がない。
「はいはい。分かったからシャワーを浴びてきなさい。」
 フローラはクリスの抗議を軽くいなすと、ロッカーからタオルと替えのローブをひっぱり出してきた。
「シャワー室は分かるわね。……戻って来たら検査を始めるわよ。」
「え、シャワー?」
 クリスは真っ赤な顔をさらに赤くして、聞き返す。
 昨晩、トイレに行った時に、喪失の衝撃を受けてしばらく立ち直れなかった程である。
 今シャワーを浴びるということは、着ているものを脱がねばならないことになる。すなわち……
「い、いいです。別にシャワーなんて……」
「何言ってるの。女の子なんだから、清潔にしないと駄目よ。」
 ……と、フローラに強引にシャワー室へと連行されてしまう。
「さあ、さっさとシャワーを浴びて来なさいっ。」
「い……いや、やっぱり、い、いいってばっ!」
 抵抗を試みるものの、いとも簡単にひん剥かれ、シャワー室に放り込まれる。
 その後、中から響いてくる「わーっ」だの「ひえーっ」とかいったクリスの悲鳴を、フローラはにやにやしながら聞いていたのだった。

 クリスがシャワー室から出てきたのは、それから10分後だった。
 新しいローブに着替えさせられ(もはや抵抗する気力もなくなっていた)、早速診察室へ連れていかれる。
 検査の方はこれといって何事もなく進んだ。……というのも憔悴しきったクリスが、フローラの言うがままだったからなのだが。
「異常は無いわ。……これなら退院してもOKよ。」
 フローラが端末から顔を上げ、クリスに告げる。「通常通りの生活をしても問題なし。……ただ、診察は定期的に受けること。」
 医者らしい様子で話すフローラを見ながら、クリスはため息をついた。
(まさかフローラが、こんな性格だったとは……。)
 フローラ。……フルネーム、年齢、出身地、ここへ来るまでの経歴、全てが謎の女性。
 医学全般に優れた腕を持つだけではなく、他分野にも通じており、コロニーに起きる様々なトラブルを解決してきた才女である。
 その為、クリスの母親メリンダと共に、コロニーの住人からは敬われている女性なのだが、クリスには今のフローラが、「獲物を前にして舌なめずりしている猛獣」に見えた……。

 ドアがノックされ、メリンダとミリーの二人が診察室に入ってきた。
「終わったのかい?」「ええ。検査の方は問題なし。極めて健康よ。」
(女性になってしまったのは問題じゃないのか……?)
 クリスはそう思ったが、口には出さなかった。賢明な判断かもしれない。
「そうかい。良かったよ。……ところでフローラ、あんたに相談があるんだけど。」
 フローラは、メリンダが何か重要な話をしたいのだと察して立ち上がる。
「分かったわ。それじゃこっちで。」「……ミリー、あと頼むよ。」
「はい、任せておいて下さい。準備はOKです。」
 入り口で待っていたミリーは力強く返事をし、その手に持つ鞄を見せた。
「うん。……じゃあよろしく、ミリー。」
「楽しみにしてるわ、クリス。」
「……?」
 フローラとメリンダは、喜色満面のミリーと不安な顔をして椅子に座るクリスを残して、診察室を出て行く。
「……さてと。クリス、私のお古で悪いけど、一応服を持ってきたわ。」
 そう言ってミリーは、持って来た鞄をベッドの上に置いて、中身をそこに広げ出した。
 クリスは逃げ出したい気分だったが、このままの格好で外にとび出す訳にもいかない。
「さあ、最初はこれね。」「こ、これは……?」
 ミリーがクリスに渡したのは、女性用のアンダーウェアだった。
 ちょうど袖なしのレオタードのような形をしている。
 これは宇宙空間で生活する人々が普段着や宇宙服の下に必ず着用しているもので、いわゆる「下着」としての機能と、宇宙で生活する上で必要な機能を併せ持つものである。
 もちろん女性用と男性用があり、女性用にはその体形を維持する為の機能も付いていた。
「い、いいよ、自分のを着るから……。」
 流石に女性用のアンダーウェアを着るのは、抵抗が大きかった。
「何を言ってるのよ。だいたい男性用なんてサイズが合わないし、今の身体じゃこっちを着ないと駄目よっ。」
 ミリーはそう言って、クリスのローブを脱がそうとした。
「や……やめてよ、ミリーってば!」
 しかし、抵抗虚しく再びひん剥かれたクリスは、ニコニコ顔でアンダーウェアを持って迫ってくるミリーに部屋の隅に追い詰められる。
(ミ……ミリー! 貴女だけは違うと信じていたのにっ!!)
 クリスは心の中で泣きながら、自分の初恋が終わったことを悟った。
 ミリー・レインバーグ。……年齢21歳。職業訓練校卒業後、メリンダの運送会社に事務員として就職。すぐに会社の経理業務と営業を任されたやり手の女性。
 交渉事において、相手がどんなに強面でも真正面から渡り合う。それで付いたあだ名が、「ミス・ネゴシエイター」。
 クリスには少々「近寄りがたい」女性ではあったが、その反面憧れの存在でもあった。
 ……が、今やそれは恐怖の存在となった。

 結局、逃げ切れず「捕獲」されたクリスは、生まれて初めて(当たり前だ……)女性用アンダーウェアを着せられた。
「どうかしら? 何か安心できるでしょ?」
 そう言われクリスは真っ赤になって俯いてしまう。
 確かに男性用に比べると付け心地がまったく違う。不安定だった胸もしっかりサポートされており、ミリーの言う通り安心感がある。
「……さて、次はこっち。クリスは足が長いから、これきっと似合うわよっ。」
 そう言ってミリーは、鞄から次のものを取り出してクリスに渡そうとする。
 だが、それを見たクリスは恥ずかしさのあまり、思わず後ずさった。
 それは、黒の膝上丈のタイトスカートだった。
「な……何言ってんだよ。そんなの履けるわけないだろう!」
 クリスは真っ赤な顔を左右に激しく振る。
 しかしそんなクリスの抗議が通る訳がなく、ミリーの薦め(事実上の強制だが)によって、そのスカートを履かされる。illust by MONDO

 その後、シャツ、ジャケット、ブーツとあっという間に着せられていく。普段の姿からでは想像出来ないミリーのパワーにクリスは為す術がなかった。
 数分後、診察室には肩パッド入りの黒いジャケット、カーキ色のシャツ、黒の膝上丈のタイトスカートに白のブーツという格好をした美少女が立っていた。
「やっぱり私の思った通りね。……似合うわよ、クリス。」
 ミリーはクリスの姿を上から下まで見て、満足そうに頷く。
 メリンダ達が戻って来たのは、その時だった。
「ミリー、終わったのか……い?」
 メリンダは目を丸くして、自分の前に立つ元「息子」をまじまじと見つめる。
「……。」
 フローラも同じように目を見開き、親友の元「息子」を見つめる。
「……。」
 当の元「息子」は恥ずかしさのあまり、二人に顔を向けられない。
「……驚いた。我が子ながら、なかなかの別嬪じゃないか。」
「ええ、そうね。……モテるわよ、きっと。」
「も……モテるって、だ、誰にだよ?」
「もちろんコロニーの男の子によ。……こんな可愛い子、みんなほっとかないわよ。」
 ミリーは自分のことのように喜んでいるが、クリスにとってはそれどころではない。
「冗談じゃない! 男にモテたって嬉しい訳ないだろうっ。」
 クリスは母親たちに詰め寄ろうとするが、可愛い女の子が真っ赤になりながら迫ってきても大した迫力はない。
「……そうすると、悪い虫が付かないようにしないとね。」
 メリンダはにやりと笑みを浮かべると、ポケットから何か取り出し、クリスに投げてよこした。
「え……?」
 受け取ったクリスは、それが自分のID(身分証明)カードだと気づく。
 だが、その内容を見て驚きの声を上げた。

NAME Christinue Ranbart

AGE 16

SEX female

ASTRONAUT
CDS-008326US

(氏名 クリスティーヌ・ランバート/年齢 16歳/性別 女)


「ク、クリスティーヌって……それにお、『女』!?」
「お前の新しいIDだよ。まさかこっちを使うわけにはいかないだろう?」
 メリンダはそう言うと、クリスが男だった頃のIDカードを取り出した。
「こうなった以上、もう『男』としては生活していけないし……ね。」
 そう言って、手の中のそれを指先で弾く。「……こいつは破棄しておくよ。今日からそっちがお前のだ。」
「そっちが、って言われても、そんな簡単にできるわけ……」
 クリスはメリンダの言葉に不満顔でそう答えてから、この母親がコロニーでは最高の実力者であることを思い出す。
「まあ、状況が状況だけに、説明には苦労したけどね。」
 メリンダは、クリスと手にしたIDカードを交互に見ながら話を続ける。
「とにかくなっちまったものはしょうがない。管理局には遺跡の事を含め、全てぶちまけてある。」
 その口調と顔つきに、クリスは言葉を返せずただ黙って聞いているしかなかった。
「あんたは遺跡の暴走によって女性になったので、特例としてIDの変更を認める……という訳さ。一応、ライセンスも変更済みだ。」
 そう言って、メリンダはクリスが持つIDカードを指し示す。確かに付属している操縦ライセンスの方も、性別、名前とも変更されていた。
「身体の変化の説明は、私がしてあげるから心配はいらないわよ。」
「心配いらない……って、そんな気楽な。」
「大丈夫だって。フローラ先生なら完璧よっ。」
 ミリーが「完璧」を強調する。
「そう言う訳で、安心してあたしの娘として生きられるぞ。」
 メリンダは「娘」というところを強調する。
 結局、クリスの控えめな抗議は三人の女性陣には通用しなかった……。

「さてと……そろそろ行こうか、ふたりとも。」
 愛用の懐中時計(夫の遺品)を見たメリンダは、クリスとミリーを促した。
「……遺跡の件は任せたよ、フローラ。」「ええ、分かってるわ。……あ、クリス。」
 フローラは、診察室の出入り口でミリーに抵抗していたクリスに声をかける。
「次の診察は来週の木曜日よ。忘れないでね。」
 ちゃんと来ないと、どうなるかしら……という脅しを込めた言葉と笑顔に、クリスは硬直した。
「大丈夫です。私が責任もって来させますから。……じゃ、行こう、クリス。」
 ミリーはフローラにそう答えると、硬直したクリスをここぞとばかり引っぱっていく。
「ち、ちょっと、ミリー、勝手に……」
 二人の見事な連携に苦笑しながら、メリンダはフローラに頷くと診察室を出ていった。
「放せよ! ミリーってば!」
「もう、クリスったら可愛いんだから、そんな乱暴な言葉遣いしちゃ駄目よ。」
 廊下に出たメリンダの耳に、クリスとミリーの言い合う声が聞こえてくる。
「か、可愛いって、何を言って……」
 クリスは強引に姿見の方へと顔を向けさせられていた。
「……え? もしかして、これが俺……?」
 お約束な言葉を言いつつ、クリスはそこから目を逸らすことができなかった。
 鏡の中に立っていたのは、顔を真っ赤にしながらミリーに肩を抱かれている、タイトスカートから伸びた足が眩しい美少女だった。
 意識を回復した直後に、診察室の鏡でバストアップの自分を見て以来、極力自分の姿を見ないようにしていたので、自分の全身を見たのは初めてである。
 シャワー室にも姿見用の鏡はあったのだが、もちろんクリスは恥ずかしくてまともに見ていない。
「分かったでしょ? だから女の子らしくしないと駄目なのよっ。」
 ミリーはクリスの肩を抱きながら、そう諭した。
「う、うん……って、そうじゃなくてっ!」
 危うく丸め込まれそうになったクリスは、姿見から何とか目を逸らし、ミリーの手から逃げようとする。
 だが、ミリーは逃げられても大して気にした様子もなく、ニコニコしながらクリスの後を追う。
 二人のあとに待合室に入ってきたメリンダは、そんな娘(?)を見て思わず笑ってしまう。
(まあ、こうして見てみると姉妹……それもとびっきりの美人姉妹だね。)
 メリンダは二人を微笑ましく見ながら、そう思った。

(……ったく、お袋といいミリーやフローラといい、俺を何だと思ってるんだよっ!)
 クリスは憤慨しながら待合室のドアを開け、診療所の外に出ていく。
 だが、通りに出たとたん、クリスは何時もと違う感覚に立ち止まってしまった。
 まず感じたのは、太股から下がスースーしている事だった。まるで何もはいていないような気分にさせられる。
 さらに通りすがりの男達の視線をそのあたりに感じて、恥ずかしさがこみ上げてくる。
 まあ、スカートはきっちりしたタイトスカートなので、めくれ上がるという心配をする必要はないのだが……今更ながら自分が女性の格好しているんだということを意識させられ、そこから一歩も動けなくなる。
「うーっ。何でこんなに恥ずかしいんだよ……。」
 俯いたまま動けなくなったクリス。メリンダがそのお尻を叩いて背筋を伸ばさせる。
「何してんだい、まったく。……そんなんじゃ町を歩けないじゃないか。」
「そ、そんなこと言ったって……。」
 クリスは半泣きで抗議するが、メリンダは取り合わない。
「しゃきっとしてたらいいんだよ。そんな風にしてるから余計目立つんだ。」
 ぴしゃりとそう言い放つと、さっさと先に行ってしまう。
(……俺、これからどうなるんだろう?)
 ふと気づくと、母親とミリーはかなり先へ行ってしまっていた。
 そして、回りの男達の視線。
「ま、待ってよ。……置いて行かないでよっ。」
 クリスは慌てて二人を追って駆け出した。

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