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 ……そこは病室のようだった。
 中央に置かれたベッドの上に、一人の女性が上半身を起こしていた。
 何かを考えているのか、彼女は虚空を見詰めている。
 部屋のドアが開き、別の女性が入ってきた。ベッドにいる女性と同じ年くらいだ。
「結果が出たわ。……まあ、貴方の予想どおりだったけど。」
「そうか。……でも、当ってたからと言っても嬉しくもないな……」
 ベッドの女性は視線を戻すと、肩を竦めて男のような口調で答えた。
「そうね……」
「……で、どうなるんだ、オレの処遇は?」
「……」
 尋ねられた女性は目を瞑り、しばし沈黙する。
「そうか……どうせこのままと言うんだろ。……連中の考えそうなことだな。」
「ごめんなさい。でも必ず貴方を自由に……」
 苦笑いを浮かべるベッドの女性に、彼女はすまなそうに答え、そして抱きついてきた。
「お、おい……」
「ごめんなさい、私がもっと早く気付いていれば……」
 抱きつかれたベッドの女性は真っ赤になるが、彼女は涙ぐみながら、さらに腕に力をこめてくる。
「お前のせいじゃないさ。……それにオレを助けてくれたじゃないか。」
 そう言いながら、彼女の背中を優しくさすった。「……感謝している。お前がいなかったら……」
 二人は暫く抱き合っていた。
「必ず……」




星屑の旅人
 −TSバージョン−

作:h.hokura

第五話 「秘密」





「……OKです、荷物の方は確かに受け取りました。」
 係員はそう言って、目の前に浮かんだウィンドゥを消した。「……どうも、お疲れ様でした。」
 ここは、宇宙港にある荷物の受け渡し手続きを行うオフィス。
 若い男性の係員は普段以上に愛想よく応対し、そして自分の前に立つ相手に熱い視線を送った。
「あ……ありがとうございますね。」
 そんな視線を送られた当の本人は、引きつった笑顔を浮かべながら答えた。
 16、7歳の、ミニのタイトスカートを履いた美少女だった。
「いえいえ、当然ですよ。」
 係員は美少女の返事にますます浮かれてそう答える。……後ろにいる他の係員(男性も女性もいる)から注がれる、冷たい視線をもろともせずに。
 熱視線と冷視線に引きながらも、少女は自分の持つ携帯端末で受け渡しの最終確認をする。
 そして、少女は引きつった笑顔を浮かべながら帰ろうとした。
「あ、もう帰られるんですか? それじゃ……」
 しかし、次の瞬間その係員は、後ろから伸びてきた複数の腕に掴まれて引きずり倒された。
「……えーと」
 少女はその光景に、さらに笑顔を引きつらせる。
「それでは、お気をつけてお帰りくださいね。」
 先ほどの係員を押さえ込んでいる他の係員の一人が、笑顔で少女にそう言った。
「あ、はい。それでは……」
 少女は逃げるようにオフィスを出ていく。……後ろの方から聞こえる、「この野郎調子にのりやがって」とか「馴れ馴れしいわよ」といった言葉と、打撃音を聞きながら。


 少女はオフィスから出ると、近くの壁に手をついて深い溜息をついた。
「……ったく、いい加減にしてほしいよな。」
 外見に合わない言葉で毒づく彼女の名は、クリスティーヌ・ランバート。
 通称クリス。ランバート・トランスポーターの宇宙艇パイロット。
 半年前に、とある事件で身体が女性化した薄幸の「元」少年。
 ……今日も今日とてその容姿ゆえに人々の注目を集めている。
「…………」
 クリスは手の代わりに背を壁に預け、自分の身体を見下ろす。
 タイトスカートから伸びる眩しい太股と細い足首、シャツの下からでもその存在を見せ付ける豊かな胸。
 これが自分の身体でなければどんなに嬉しいか……憂鬱な気分になっていたクリスは、自分に向けられる周囲の視線に気付く。
 まあ、美少女が憂いを帯びた表情(本人に自覚は無い)して壁にもたれていたら、注目されて当然であろう。
 クリスは顔を真っ赤にしながら、そそくさとその場を離れた。


 ステーション・アトラック7。
 辺境のコロニーへの、いわば玄関にあたるステーションである。
 他の地域から来た人々や荷物は、ここで目的のコロニーへ向う便に乗り換える。
 様々な人や荷物が集まり、活気にあふれるステーションの商業区メインストリートをクリスは歩いていた。
 ちなみにここまでくる間に、ナンパ(本人ではなく、まわりが撃退した)やサイン攻めにあっていた。

(出歩くたびにこれじゃ、身がもたないよ……)

 ぼやきながら歩いていたクリスは、とある横道の前に立つとあたりを見渡す。
 自分を見ている人がいないことを確かめ、その横道に入ってゆく。
 その道は薄暗く、他に歩く人影もないが、クリスはよく知っているのかどんどん奥へ向っていく。
 やがてある建物の前で立ち止まり、もう一度まわりを見渡す。
 通りに他の人影が無いことを確認し、クリスは小さな看板が掛かったドアを開けた。
 その看板には洒落た文字でこう書いてあった。

「ブルーウィンド」

 ドアを開けた正面にカウンター、左右にテーブルとイスという喫茶店だった。
「……ようクリス、久しぶりだな。」
 カウンターに、ぬうっと大きな人影が立ち上がり、クリスに話しかけてきた。
 顔中に傷のある大男だった。
 普通の人間なら逃げ出すだろう容姿だが、クリスは気にもとめずにカウンターへ近付き、大男の前に座った。
「そうだったかな? ……まあいいや。」
 ここは、クリスがこの中継ステーションに来るたびに必ず寄る喫茶店である。
 そして傷だらけのこの大男が、店のマスターなのだ。
 名前はマックス……ただしフルネームはクリスも知らない。
 2メートル近い身長と傷だらけの顔で、知らない人間が見たら海賊と勘違いされそうな風貌をしている。
 お陰で場所とも相まって、この店の存在を知っている人間は限られている。
 クリスはその数少ない人間の一人で、男だったころからの常連である。


「何時ものやつでいいのか?」
「あ……うん、お願い。」
 クリスは顔を赤らめながら(言葉使いも女の子っぽくなってしまう)、マスターにそう答える。
 ここのお薦めはマスター自慢のコーヒーである。その香りと味は他の所では絶対に味わうことのできないもので、クリスも大ファンだ。
「豆も淹れ方も、他所とは違うからな。」
 ……とは、マックスの言葉である。
 おかげで、他の所のコーヒーは飲めなくなったのに、ここのコーヒーは女の子になった今でも飲むことができる。
 だからコーヒーを飲むならここしかないのだが、じつはもう一つ美味しいものがあった。
 それはクリスが女性になってからその味をおぼえてしまったもの、チョコアイスだ。
 マックスの作るチョコアイスも、コーヒーに負けず劣らず美味しかった。今ではコーヒーを頼むより、そちらを頼む方が増えたくらいだ。
 クリスがよくここに来るのは、それだけではない。女性になったクリスに対してまわりの態度が180度変わった中で、マックスの態度だけは全く変わらなかったからだ。
 ……もちろん初めて会った時は、さしもの彼もかなり驚いてはいたが。
 だからクリスにとって、ここは落ち着ける数少ない場所だった。


「……ほれ、出来たぞ。」
 目の前に特製チョコアイスが置かれた。
「あ、ありがとうマックス。」
 クリスはそう言ってスプーンを持ち、チョコアイスを食べ始めた。「……うーん、美味しい。」
 その姿は甘いものに目が無い普通の女の子のようで、マックスは思わず苦笑した。
「……どうしたの?」
 そんなマックスを不思議そうに見るクリス。
「何でもないさ……まあゆっくり食べな。」
 マックスはそう言って、傷だらけの顔に笑みを浮かべた。


 着いたばかりの貨客船から、荷物を抱えた一人の少女が降りてきた。
 彼女は荷物を一旦床に置くと、「ふうっ……」と溜息をついた。
 普通の旅行カバンに加えて、直径20センチくらいの円錐形のケースを持っている。
 一息ついた少女は携帯端末を取り出すと、情報ウィンドゥを空中に投影する。
 しばらくそれを眺め、やがて彼女はウィンドゥを消し、通路の先の案内カウンターに向う。
 その姿はあまり“旅行慣れ”しているとは言えなかった。……現に、彼女を物影から見ている数人の男たちが、「カモだぜ」と言ってそのあとをつけ始めていた。
 そして少女はそのことに全く気付いていなかった。
 カウンターで係員としばらく話していた少女は、落胆した表情で近くのソファに座りこんだ。
「どうしよ……」
 目的地に行くための定期便が無いというのが、係員の返事だった。

「……そこへ行きたいのだったら、宇宙艇をチャーターしないと駄目だな。」

 チャーターと言われても、やり方も知らないし、だいたいお金がいくらかかるかも分からない。
 途方にくれていた少女に、先ほどの男たちが声をかけてきた……


 最後の一杯を美味しそうに食べ、クリスはスプーンを置いた。
「うーん流石はマックスだね。……相変わらず美味しいや。」
 満足そうな笑顔を浮かべ、伸びをする。
「まあ……それだけ美味しそうに食べてくれればこちらも嬉しいがな。」
 マックスはその傷だらけの顔に笑みを浮かべ、クリスの使った食器を片付け始めた。
 だが、ふと顔を上げたその表情が急に険しいものになる。
「どうしたの?」
 その表情に気付いたクリスが振りかえると、窓の外を4人の男たちと、旅行カバンを抱えた少女が通っていくのが見えた。
「マックス、あれって……」
 事態に気付き、マックスの方に向き直る。
「あの連中、まったく懲りんな……」
 マックスは溜息を付き、カウンターから出てきた。
「自警団を呼んだほうが……」
 クリスがマックスの意図を察して言う。自警団とは警察の無い辺境で、住人の中から選ばれて治安維持をする連中のことだ。
「時間がかかる。一番近い詰め所でも20分……」
 そう言ってマックスはクリスを見る。「……お前さん、確かスタンガン持っていたな。」
「あ、うん。有るけど……」
 マックスに言われクリスは腰の後ろ、ジャケットの下にある小型拳銃に触る。
 それは女性の身体になったクリスが仕事に復帰した時に、母親のメリンダが持たせたものだった。
 最初クリスはこんなもの要らないと断ったのだが、
「用心の為さ、あんたは今までとは違うんだよ。」
 女性になって半年も過ぎれば、母親の言った意味も理解できるようになっていた。
 そしてその時ほど、身体が女性になったことが恨めしかったことはなかった。
「取り合えず、バックアップを頼む。」
 クリスの心情を察しつつ、肩を叩いてマックスは店の外へ出た。クリスはそんな気遣いに感謝しつつ、マックスの後に続いた。


「あの……どこに行かれるのですか?」
 少女は不安な表情でまわりを囲む男たちに尋ねた。
 彼女は「チャーター便を紹介してやるよ」と言われ、ここまでついてきてしまったのだった。
 今になってそれが、浅はかな行為だったと思い始めていた。流石に人通りのない場所に連れて来られれば、嫌でも気付く。
 しかし、遅かった。
「……そうだな、この辺でいいだろう。」
 少女の問いかけに、男の一人がにやにやした笑みを浮かべて近付いてきた。他の男たちも同じような笑いを浮かべ、少女が逃げられないよう囲みを狭めてくる。
 少女は顔を恐怖で引きつらせながら、何とか助けを呼ぼうとまわりを見た。
 そして、男たちが少女の肩に手を伸ばしたその瞬間、
「え……?」
 一人が横にあったゴミ集積所に、頭から吹っ飛ばされた。
 あっけに取られた少女の前に立つ、大きな人影。
「きゃあああっ!」
 彼女は思わず悲鳴を上げる。
 一方他の男たちは、ゴミまみれになった仲間と、突然現われた大男に唖然とする。
「お前ら、いい加減にしておけよ……」
 大男は、少女を自分の背後に庇って男たちを睨み付けた。
「う、うるせえっ!」
 我に返った男の一人が大男……マックスに殴りかかろうとした。

 ズバッ!

 小気味よい音がして、殴りかかった男は後ろに吹き飛ばされる。
「お……お前はあの店のマスター!」
 自分たちの邪魔をした相手の正体に気付き、残った男の一人が指差して喚く。
「懲りたと思ったが違ったらしいな……」
 マックスは嘲るような笑みを浮かべ、彼らを見渡す。
「ちっ! でも今回は負けないぜっ。」
 男たちはマックスと少女を包囲し、じりじりと間隔を詰めてきた。「……人数も前の時の倍だしなっ。」
「はんっ! 人数を揃えなければケンカもできんのか、情けない。」
 その言葉に男達がキレて、殴りかかってくる。
 マックスは正面から来た男のパンチを払ってバランスを崩させると、その鳩尾に一発叩き込む。
「ぐえっ……」
 一発で決められ、男はその場にくずれ落ちる。その有様にびびりながらも左右から殴り掛かってくる他の男たちを、その図体に似合わない機敏さでかわし、その手首をすばやくつかんで思い切り引っ張った。

 ゴチン!

 鈍い音を立て、頭をぶつけ合った二人の男が地面に倒れ込む。
「こ、このおっ!!」
 最後の一人は逆上すると、ナイフを取り出し、マックスに突っ込んできた。
「きゃああっ!」
 少女が悲鳴を上げ、目を瞑る。
 だが、マックスはその男のナイフを腕ごとつかんで捻りあげる。
「い、いてて……」
 男が痛みにナイフを落とすと、すかさずその顔面にパンチを叩き込む。
 少女が目を再び開けた時には、ナイフを持っていた男は地面にうつ伏せになって呻いていた。
 まわりを見渡すと、他の男たちも全員地面に伸びている。
 突然のことに、少女は訳も分からず呆然としてしまう。
「大丈夫か?」
「え……は、はい…………あっ!」
 少女はマックスの肩ごしに、ナイフを持った男がよろよろと立ち上がるのを見た。
 男は手にしたナイフを腰だめに構え……

 シュッ!

 何かの音がして、男はふらふらっ……と前のめりに倒れた。
 その後方、メインストリートから入ってくる眩しい光の中に浮かぶ人影。
 人影は手に持っていたスタンガンを腰の後ろにしまうと、少女に歩み寄り、その顔を覗きこんだ。
「立てるか……しら?」
 涼しげで、それでいて力強さを感じさせるその声に、少女は思わず相手の顔を凝視してしまう。
 自分と同じ位の年頃の女の子だった。
 美しい髪の毛を肩まで伸ばしており、顔の造型も自分とは比べられないほど整っている。
 少女は、いつしか鼓動が激しくなり、顔がみるみる赤くなっていく自分に気付いた。

(え? 何で……こんなにドキドキと……)

「……?」
 自分を見詰めてきたと思ったら、急に顔を赤くしはじめた相手に困惑するクリス。
「どうした?」
「え……きゃああっ!」
 突然横から声をかけてきた傷だらけの大男に、少女は悲鳴を上げてしまう。
 傷ついたような表情を見せるマックスに、クリスは悪いと思いながらもつい笑ってしまった。

(ステキな笑顔……)

 そんなクリスに再び見とれてしまう少女。
「うーんと、いいかな?」
「はい、……あの……ありがとうございます。」
 少女はクリスに手を取られて立ち上がると、二人に頭を下げた。
「……とにかく何時までもここに居ててもしょうがない。店に戻るぞ。」
 マックスはそう言って少女の荷物を持ち歩きだした。クリスもふらつく少女に手を貸し、マックスの後を追う。
「……こいつらどうするの?」
 クリスは地面で伸びている男達を見ながらマックスに尋ねた。
「後で自警団の連中に言って連れてってもらうさ。」
 マックスはそう言って男たちを見やった。「……それまでここで頭を冷やしてもらおう。」


 店に戻り、とりあえず落ち着く。
「……ソフィー?」
 意外な名前に、クリスとマックスは顔を見合わせた。
「はい、その方にお会いしたいのですが……」
 そんな二人の反応に、リョウコと名乗った少女は不安そうな表情を浮かべる。
 実は先ほどの受付カウンターでも、同じような対応をされたのだった。
「よりによって『先生』に会いたいとはね……」
 クリスは腕を組んでぼやき、マックスは肩を竦めて頷く。
 先生……ソフィーのことをクリスたちはそう呼んでいる。
 ソフィーは小惑星帯の端の方にある小規模なコロニーに一人で住む変わり者として知られている。
 そのコロニーは、かつてどこかの企業が植物を研究する為に建設したものだったのだが、最近まで閉鎖されていた。それが二年くらい前に突然、ソフィーと名乗る女性らしい人物が住み着いたのだ。
 「らしい」と言うのは、誰も最近までその人物の顔を見たことがなかったからだ。
 そのコロニーから全く出ることがなく、必要な物資はメールを通じてクリス達運送業者に頼んで取り寄せる。
 クリスも何度か荷物を届けに行ったことがあるが、何時も指示通りエアロックに置いて帰るだけだった。
 ……ただし、最近ではその事情が少し変わってきたのだが。
「あの、やっぱり駄目なんでしょうか……?」
 リョウコは諦めきれず、二人に尋ねた。
「どうする? お前さんなら……」
「そりゃまあ……」
 マックスの言葉に、クリスは渋い表情を浮かべながら答えた。「……うーん。」


『航法システム異常無し。』
『補助スラスター、主スラスター異常無し。』
『エアロック閉鎖。艇内気密問題無し。』

「……管制室、こちらシルフィールド。出港許可をお願いします。」
 クリスは発進前点検を終えると、管制室へ通信を入れた。
 ……が、返答がない。
 クリスは再度呼びかける。しかし通信は繋がっているのに反応が無い。何か言い争う声と、どったんばったんやっている音が微かに聞こえるのだが……
 痺れを切らしたクリスがもう一度呼びかけようとしたその時、ようやく返答があった。
「か……管制室了解。出港を許可します。お気をつけて。」
 ウィンドゥに現われた管制官が微笑みながら答える。
 制服がぐちゃぐちゃに乱れ、顔に引っかき傷やら青タンやらがあるその姿に絶句するクリス。
「あ、あのう、何か……」
「別に何もありませんよ。……気にしないでください。」

(いや、そんな姿で言われても説得力が……)

 クリスは心の中でツッコむが、あえて何も言わなかった。「……分かりました。それではお世話になりました。」
 そう言って通信を終わる。
 それにしても、入港や出港の時の会話も変わったといえば変わったものである。
 男の頃は、「それじゃ行くぜ。」「おお、行ってこいっ。」とか、「さっさと入れろっ。」「暫く待ってろっ。」といった感じだったのだが。
 ちなみに先ほど返答が遅れたのは、「誰がクリスに返事するか」でモメていたからなのだが、当のクリスは知るよしもなかった。
「…………」
 その一方、クリスは後ろから注がれる視線にも戸惑っていた。
「えっと、リョウコさん……そろそろ行くけど?」
「はい! クリスお姉さまっ!」
 手を組み目をキラキラさせながら見つめてくる彼女に、ぞぞっとした悪寒を背筋に感じてしまうクリスだった。


「……こいつは、その先生に唯一会える人間だからな。」
 マックスはそう言って、クリスに視線を向けた。
 リョウコは表情をぱっと輝かせて、クリスの顔を見つめた。
「でも、先生、お……私以外の人を連れて行くと怒るだろうし……」
 今まで頑なに人と接触することを避けていた先生……ソフィーは、何故かクリスとはちょくちょく顔を合わせるようになっていた。
 それはクリスが遺跡の力で女の子になってしまった後、仕事に復帰した直後のことだった。
 何時ものように頼まれた荷物を届けにきたクリスは、メールではなく通常の通信で呼びかけられた。

「……こっちに来ないか。」

 初めて聞くその声は、しっとりとした大人の女性の声。
 戸惑いながらも招待に応じたクリス(多分に好奇心があった)は、初めてコロニーに足を踏み入れたのだった。
 そこで会った人物は、髪を無造作に三つ編みにし、擦り切れたジーンズとシャツに白衣を引っ掛けた20歳前半の美女だった。

(もう少し服装や髪に気を配れば、凄い美人なのに……)

 自分のことを棚に上げ、クリスは思った。
「どうした? 私の顔に何かついているのか。」
 その美女は似合わない口調で話しかけてくる。

(言葉遣いも気をつければいいのに……)

 再び自分のことを棚に上げ、そう思うクリス(笑)。
 ともあれ、それがクリスと先生の出会いだった。その後、荷物を届けたり引き取りに行くたびに、クリスは先生とお茶を飲みながら雑談するようになった。
 しかし先生はクリスに、「自分のことは他人に話すな」と釘をさしており、また、クリス以外の人間とは絶対会おうとはしない。
 相変わらず謎の人物に変わりはなかった。
 クリスはリョウコを連れて行ってもいいか自信が持てなかった。
「……たぶん大丈夫だと思います。私の母とは友人だったそうですし、今回のことはその母の頼みですし。」
 リョウコは旅行カバンとは別に持ってきたケースを見せる。
「OK。それなら行ってみよう。」
 クリスは組んでいた腕をほどき、頷いた。
「あ、でも料金が……」
「そんなこと心配しなくてもいいよ。……どうせ帰り道だしね。」
「あ……ありがとうございます。クリスお姉さま。」
 感極まったリョウコの発言にクリスはこけそうになる。
「お、お姉さま……って……」
 今まで呼ばれたことのない名称に、完全に引いてしまう。
「感激です、助けて貰ったうえにこんなに親身になって頂いて……」
 リョウコはそんなクリスの心情に気付かず、熱っぽい視線を向けてくる。どうやら一連の出来事で、クリスはリョウコにとって白馬の王子様(?)になったらしい。
 唖然とした表情のクリスは、マックスが必死に笑うのを我慢しているのに気付く。
「マックス……」
 ジト目で睨むクリス。
「悪い悪い……しかし、『お姉さま』ね……」
 マックスは意地の悪い笑みを浮かべる。
「はー。」
 深い溜息を付くクリスだった。


 リョウコの熱い視線(笑)に閉口しながらも、航法データを確認しようとウィンドゥを見渡す。するとその一つが瞬いて何かの情報を表示し、それを見たクリスの表情が変わる。

(これは……?)

 クリスは暫く何かを考えると、右手の操作レバーを小刻みに動かした。
 そして再びウィンドゥに目をやったクリスは、自分の懸念が事実であることを確信する。

(つけられてる……どういうつもりなのかしら…………って、なんで女言葉になってんだ!)

 自分で自分にツッコむクリス。女言葉も板に付いてきたようである(笑)。
 そんなクリスの凛々しい姿(?)に、さらに見とれるリョウコ。クリスがふと気付いた時には、その熱い視線はさらに倍増していた……

(何とかしてくれぇ……)

 クリスは激しい頭痛を感じるのだった。


 一時間後、ウィンドゥの一つが開き、接近中のコロニーからの呼び出しがあることを知らせてきた。
 ホットミルクを飲みながら携帯端末の小説を読んでいたクリスは、端末を脇にやって通信メニューを開く。
 ちなみにクリスが読んでいたのは、「男の子が魔法によって女の子になってしまう」という内容の小説だ。

(急に女の子になったらやっぱ混乱するよな。それにまわりにおもちゃにされるとこなんて……)

 主人公の男の子の境遇が、自分にあまりにも似ていることに溜息を付く(……笑)。
『……接近中の宇宙艇シルフィールド、接近の理由を知らせたし。』
 コロニーからの通信は、宇宙艇が接近すると自動で送られてくるものだった。
 先生は直接通信に出ること無く、まず相手の身元をこれで確認する。
「クリスです。先生に至急会って相談したいことがあります。」
 クリスがそう答えると、『暫くお待ち下さい。メッセージを転送中です』という返答が返ってくる。
 そんなやり取りを、リョウコが後ろの方で心配そうに見詰めている。
 そんなにまでして他人との接触を避ける人間が、果たして会ってくれるのか……クリスにも自信は無かった。
 三分後、通信用ウィンドゥがコロニーから通信が入ったことを知らせてくる。
 クリスは通信メニューを操作し回線を開く。
『……クリスか、今日は何も頼んでいないぞ。』
 音声だけで画像は送られてこないが、何時ものことなのでクリスは気にしないで答える。
「先生、実は……先生にお客さんなんです。」
『おいクリス、前に言ったと思うが私はお前さん以外とは会うつもりは……』
 思った通りの反応にクリスは苦笑してしまう。「……でも、先生の知り合いらしいですよ。」
 そう言って、クリスはリョウコを促す。
「あ、あの、私はリョウコ・ササキ、マサミ・ササキの娘です。……お会いしたくてここまで来ました。」
 通信が暫く沈黙する。
『…………マサミ……君は本当に彼女の娘なのか?』
 やがて聞こえてきた声は、何時もとは違ってひどく動揺しているように、クリスには聞こえた。
「はい。母の遺言で、貴方にある物を渡して欲しいと……」
『遺言……やはり彼女は……。……それで渡したい物とは?』
 固い声で先生が尋ねてくる。
「花です。そう言えば分かると……」
 先ほどより長い沈黙が続いた。そして……
『クリス、彼女をこちらに連れてきてくれないか。私は何時もの所にいるから……』
「分かりました。……では10分後に。」
 クリスはリョウコを横目で見ながらそう答えた。
 ドッキングコースにシルフィールドを乗せながら、クリスはリョウコの様子をうかがう。
 彼女が先生に会いたい理由を、クリスは聞いていない。辺境では他人の事情にむやみに深く関わらないという不問律があるからなのだが……

(花……ね。それとさっきのこと……繋がりがあるのかな?)


 シルフィールドは誘導情報に乗って接近し、コロニーにドッキングした。
 ウィンドゥでドッキングの完了を確認したクリスだったが、何時もと違って船内システムを待機モードに移行させなかった。
 通信メニューとセンサー関係を操作したのち、自分の端末を取り出しウィンドゥを表示させる。
 それら一連の操作を終え、端末を戻すと立ち上がり、リョウコの方に向き直る。
「それじゃ行こうか。」

 ずさ。

 目をキラキラ光らせながら自分を見つめてくるリョウコに、思わず後ずさってしまう。
 どうやら先ほどのきびきびしたクリスの姿に、さらに深く感激したようだった。
「は……ははは。」
 クリスは今までにないこの反応に、乾いた笑い声を上げる。
 まわりの女の子たちは、クリスのことを「おもちゃ扱い」することが多い。それがこんなに目をキラキラさせ慕ってくるのだから、クリスは困惑してしまう。
 身体は女の子だが、心は男の子(笑)。
 女の子に慕われて悪い気はしないが、残念ながら相手は自分のことを男ではなく、「憧れのお姉さま」と思っている。

(できれば普通に対応してくれればいいんだけどな……)

 もっともそれは無理な話だったが……


 二人はエアロックを抜け、内部に入った。
 コロニーといっても、一般のコロニーに比べればその規模はかなり小さい。
 施設の大半は植物を育てる為の物であり、人が生活する区画は限られている。
 クリスとリョウコはその数少ない区画へと歩いていった。
 幾つかのドアを抜け、先生……ソフィーとクリスが何時もお茶を飲むリビングにたどり着く。
 二人が部屋に入ると、座っていた白衣の女性が立ち上がり振り向く。
 クリスはリョウコの肩を押して先生の方に向わせた。
「リョウコくんか。……確かに彼女に似ているな。」
 先生はそう言うと微かに笑う。
「あの、これを……」
 リョウコは持ってきたケースを先生に見せた。
「……まあ、二人とも突っ立っていないで座ってくれ。今お茶でも出すから……」
 ケースを受け取った先生は、二人にテーブルに付くように言うと、リビングの隣にあるキッチンに向かった。


「そうか……マサミは病気で……」
 席に着いた先生は、しばしの沈黙のあと、リョウコに彼女の母親のことを尋ねた。
「はい、3ヶ月前に……」
 俯いて答えるリョウコ。
「そうか……会いたかったな。」
 先生は目を瞑る。何かを思い出しているようだった。
「私と彼女の母親は、同じ職場の同僚だったんだ。」
 黙っているクリスに、そう説明する。
「そうだったんですか……」
「まあ、色々あってマサミとはその後会っていなかったんだが…………そうか、死んだのか。」
「先……」
 クリスが声をかけようとした瞬間、その胸元で電子音が響いた。
 先生とリョウコが驚いている前で、クリスは自分の携帯端末を取り出し、ウィンドゥを表示させる。
「何があったんだ? クリス。」
「……どうやら新しいお客さんの到着です。」
 クリスはニコリとせず答えた。「……それもとびきり怪しい感じのね。」


 30分ほど前に遡る。
 センサーがコロニーに接近する一隻の宇宙艇を発見し、問い合わせの通信を送った。
 しかし、宇宙艇からの信号を受信すると、コロニーのコンピューターは何故かドッキングの誘導情報を送り始めた。
 そして、その報告は一切なされなかった……


「やっぱり駄目だ……ですね。コロニーの管理コンピューター、乗っ取られた……ましたね。」
 先ほどから男言葉と女言葉がちゃんぽんになっている……
 クリスは管理用コンピューターの端末を操作しながら、そうつぶやいた。
「……そんな簡単に乗っ取られるものなのか?」
 後ろに立っている先生が驚いた顔をして尋ねてきた。
「管理者コードを使われたんだ……ですね。先生、ここに来た時に変更しましたか?」
「いや、私はコンピューターについては専門外だしな。管理者コードなんか今知ったよ。」
 先生は苦笑いして答える。
 管理者コードとは、コロニーの管理用コンピューターを操作する為のもので、これがあればコロニーの全てを自由にできる。もっとも、生命維持システムなどの重要な操作には二重のセーフティがあるから、破滅的なこと(例えば内部の空気を抜くとか)などはできないのだが。
「……お前さんで何とかできないのか?」
 後ろからウィンドゥを覗き込みながら、先生は端末を操作しているクリスにきく。
 クリスはキーボードから手を離すと溜息をついた。
「お……私ではどうしようもないな……ですね。ここにミリーがいてくれたら……」
 ミリーならこういった操作に慣れているので、それなりの対応策を考えついてくれるだろうが。
「お手上げってわけか……」
 先生は腕を組んで天井を見上げる。
 クリスは端末の前から立ち上がると、自分の端末をジャケットから取り出した。
「とりあえずシルフィールドの通信機で、救難信号を出しておきます。付近に他の宇宙艇がいれば、誰かが来てくれるかもしれません。」
 そう言いながら、今度はスカートの後ろにあるホルスターからスタンガンを引き抜く。
「それまで、お……私たちで何とかしないと。」
 ウィンドゥの表示は、宇宙艇がドッキングしたことを表示してくる。「……あまり時間はないようですけど。」
 先生とリョウコは顔を見合わせた。


 その頃、コロニー近くの宙域を一隻の貨物艇が飛行していた。
 当直についていた若い通信員は、突然入って来た救難信号を見て驚く。
「この船籍ナンバー……まさか!」
 急いで艇長室へ連絡を入れる。数十分後、この宇宙艇から付近を航行している全ての宇宙艇に、シルフィールドの救難信号のことが伝えられた。
 そして、最初に救難信号を受信した宇宙艇だけでなく、宙域全ての宇宙艇がその進路を変更した。
 ……シルフィールドの、いや「クリス」のいるコロニーへと。


「とにかく君はここに隠れているんだ……いてね。」
 クリスはリョウコをコロニーの倉庫の一つに待避させていた。
「何があってもここを開けないこと。……わかった?」
 リョウコは不安な表情をしてクリスを見詰めている。
「あいつらは先生とお……私がなんとかするから。なあに大丈夫、心配しないで…………って!?」
 突然リョウコが抱きついてきた。
 女の子になってから何故か抱きつかれることが多くなったクリスだが、こればかりは未だに慣れない。
「クリスお姉さま、お気をつけて……」
 クリスは震えているリョウコに気付き、彼女を軽く抱きしめ返す。「……大丈夫だって。それじゃ。」
 倉庫のドアを閉め、クリスは先生の待つ植物プラントに向った。


 侵入者たちは、迷うことなく居住エリアに向った。
 手に大型のスタンガンを持ち、周囲を警戒しながら進む男たち三人。
 やがて彼らは、さっきまでクリス達のいたリビングに到着する。
 部屋には誰も居なかったが、机の上にまだ暖かいカップが置かれていることに気付き、しばらく前まで居住者たちがここにいたと確信する。
 キッチンなどを一応確認したのち、さらに奥に進む。残っている箇所は、植物プラントだけである。


 コロニー中心にある植物プラントは、用途に応じて幾つかの階層に分かれている。
 男たちは、その一つ一つを慎重に確認していく。
「おい、どうなっているんだ? 誰も居ないぞ。」
「そんなはずはない。管理人のあいつとターゲットを持ってきた娘、それに運送屋。」
「少なくとも三人……」
 そこで男達は言葉を途切らせた。
 背の高い植物が生い茂る部屋の奥にある、ガラスで囲まれた部屋の中に、一人の女が立っている。
 その女は薄笑いを浮かべ、男達を見ている。
 三人は顔を見合わせると、その部屋に向かった。


「随分無粋な訪問だな。……うちの会社は何時からそんなになったんだい。」
 部屋に入って来た男たちに、先生は挑発的な言葉を浴びせかけた。
「……まあ、あんたらにそんなことを期待してもしょうがないか。」
「あの娘の持ってきた物を我々に返してもらおう。」
 男たちはスタンガンを向けながら、取り囲む。
「……これかい?」
 先生は自分の後ろに隠していた物を取り出し、男たちに向かって掲げてみせた。
 それは……薄いピンクの花だった。
「カ、カバーは……!?」
「ほう……この花の効用を知っているようだね。」
 動揺する男たちに、先生はそう言って笑みを浮かべた。「……それに、気付いてるかい? この部屋。」
 慌ててまわりを見る男達。
 部屋の棚に並べられている花々は……そう、先生の持っている物と同じものだった。
「そういうこと。お陰でコロニーの中はこいつの花粉だらけだよ。」
 慌てふためく男達をあざ笑いながら先生は話を続ける。「……さて、何年後かね。あんたたちが変わってしまうのは。」
 男の一人が焦った様に自分の身体をまさぐりはじめる。
「い、何時だ? 何時変わりはじめる?!」
 もう一人の男が絶叫する。
「そんなこと分かるわけないだろう。……まあ、楽しみにしてるんだね。」
 男たちの顔が引きつっていく。
「き、きさま!」
「……クリス!」
 先生がそう叫んだ瞬間、植物の陰から小柄な人影が飛び出してくる。
 それはスタンガンを構えたクリスだった。気付いた男たちが振り向く前に、クリスはスタンガンの全弾を叩き込む。
 いくら小型のスタンガンとはいえ、至近距離で撃たれればたまったものではない。
「ぐげえぇっ……」
 悲鳴を上げ倒れる男たち。全員白目を見せている。
 撃ち尽くしたスタンガンに新しいカートリッジを入れ、クリスは先生の隣に並んだ。
「いい腕だね、クリス。」
 先生はにこりと笑うとクリスを見る。
「なんていう無茶をするんだ……ですか。」
 クリスは苦虫を噛み潰したような表情で答える。だが先生の方は、そんなクリスの言葉など気にしていなかった。


 全員をロープでしばり、用具倉庫に放り込む。
 先生は、あとで彼らの宇宙艇ともども会社に引き取らせるつもりらしい。
 片付けを終え、先ほどの部屋に戻ったクリスは、くだんの花を持ち上げてみる。
「そういえば、花粉で変わるとかなんとか言ってましたけど……」
 あとから部屋に入ってきた先生は、クリスからその花を受け取ると、それをじっと見詰めた。
「この花の花粉はね、生き物の雌雄を変える働きをするんだ。」
「は? それって……」
 クリスは慌てて自分の身体をまさぐる。それを見ていた先生はぷっと吹き出した。
「大丈夫さ、今のところこれは雄を雌に変える効果だけしか確認されていない。」
「そうですか……」
 クリスは複雑な表情を浮かべる。
「……残念かい? 男に戻れなくて。」
 先生は人の悪い笑みを浮かべ、クリスの顔を覗き込んでくる。
「別にそういうわけでは……それよりこの部屋の花全部が?」
 クリスは顔を赤くしながら、まわりを見回した。
「違うよ。これらは形は似ているが効果はまったくない。」
 持っていた花を机の上に置き、先生は深い溜息をつく。
「この数十年、研究を続けてはいるんだがね……」
 クリスは花と先生を交互に見ながら、ふと沸いた疑問を口にした。
「それにしても、この花の効果って本当なんですか。」
 雌雄を変えるものがそうごろごろしているなんて、クリスはあまり考えたくなかった。
「本当さ、なにしろ実例がここにいるんだから。」
 先生は自分で自分を指しながら答える。
「へーそうなんですか。それじゃ連中が慌てるわけで……」
 クリスはそこまで言って固まってしまう。「……せ、先生、今なんて言いました?」
 何となくとんでもないことを聞いたような気がして、クリスは先生を見やる。
「言葉通りさ。私が男性から女性に変わった実例だと言ったんだよ。」
「え、え、え、え……えええええええ〜っ!!」


 ……数年前、私は男性だった。この花に関わるまではね。
 今回この連中を送り込んで来た会社のもとで、私は新種の花の開発をしていたんだ。
 そしてある日、私はある花の花粉に含まれる物質が、生物の遺伝子に影響を与えることに気付いた。
 リョウコの母親とともにそれを研究していた私は、それがもたらすものの意味を、自分の身体に起こった変化という形で知るはめになった。
 それに気付いた時は、もうどうにもならなかった。変化は急激に起こって止めようになかったんだ。
 もちろん大騒ぎさ。まあ、直接関わったスタッフに男は自分ひとりだったんで、私だけで済んだんだがね。
 その花? もちろん処分したさ。……会社は反対したがね。こんなもの何に使われるか分かったもんじゃない。
 おかげで私はしばらく軟禁状態。
 連中はそうやって私からその花のことを聞き出そうとした。もちろん黙っていたがね。
 その後、私はここに島流し。まあ、秘密を回りに知られるのを避けたかったからだろうが。
 それにしたって、自分が男から女になったなんて知られるのを誰が喜ぶと思ったんだろうな……


「……マサミには女性として生きていく為の様々なことを教えてもらった。」
 先生は花を見詰めながら、話し続ける。「……それにしてもマサミのやつ、まさか残していたとはな。」
 クリスは何かに気付いたように先生を見た。
「それってもしかして……」
「ああ、研究していたんだろうな。私を元の姿に戻そうと……」
 先生は顔を両手で覆いながら呟く。
「マサミ……お前さんのせいではないのにな。」
 クリスは黙ってその花と先生を見ていた。


 花を保管庫に入れ、二人はリョウコのいる倉庫へ向っていた。
「それで先生は僕に興味を持ったんですね。」
「まあな、自分以外にそんな境遇の人間がいるなんて思わなかったしな。」
「それは僕も同じですよ。」
 この世界で、自分だけがこんな境遇だったわけではないと知って、クリスは少し気が楽になった。

 ピー。

 クリスの持つ携帯端末から電子音がする。
 端末を取り出し、情報を空中のウィンドゥに表示する。
「な、なんだこれは……!?」
「どうしたんだ? クリス。」
 引きつった笑いを浮かべ、クリスは先生の方を見た。「……付近を航行中の宇宙艇が、全てこちらに向っています。」
 ウィンドゥの情報を、クリスは信じられない思いで見つめる。
「これって、一体どうなってんだ……」
 これだけ集まって来たのは、クリスの人気ゆえなのだが、本人はまったく気付いていない。

(もう少し自分の影響度というものを知ったほうがいいんじゃないのか……)

 そう思う先生だった。
 なおこの時、付近の物資の輸送は完全に麻痺してしまったと報告されている。
 この事件をアストロノーツたち……いや全ての人たちは、のちにこう呼んだという。
 天使のワンコール、と。


 倉庫に隠れているリョウコは、うずくまったままじっとしていた。

(大丈夫なのかしら、ソフィーさんとクリスお姉さまは……)

 本当はこんなところに一人でいたくなかった。
 だが、大好きな「クリスお姉さま(笑)」の足手まといになるわけにはいかない。

 カチ……

「リョウコさん、大丈夫かい……って、わっ!!」
 次の瞬間、クリスは飛びついてきたリョウコに押し倒された。
「ク、クリスお姉さま……よかったぁ!!」
 涙で顔をぐしゃぐしゃにして抱きついてくる。
「ちょっと、は……離してリョウコさんっ!」
 だがリョウコはますます強く抱きついてくる。女の子同士が抱き合う感触に、クリスは真っ赤になる。
 抱き合うことで、いっそう自分の体が「女の子」であることを自覚させられる。
「お取り込み中みたいだから、私は先に戻っているが……」
 先生はにやにやしながら二人を見ている。
「ちょっと先生、見てないで助けてくださいっ。」
 クリスの絶叫が倉庫に響いた。


 リョウコを落ち着かせてリビングに戻るのに、戦った時より気力を使ってしまった。
 その後、集まって来た宇宙艇の乗員たちに事情を説明し、クリスは母親に連絡を入れた。
「まあ、後始末は任せな。それにしても……」
 メリンダは必死に笑いを堪えている。先ほどからクリスを憧れの眼差しで見つめているリョウコの姿が、ウィンドゥに映っているのだ。
「ク、『クリスお姉さま』ね……、ぷ……ぷ……」
「我慢しないで笑ったら……」
「ぶ…………ぶはははははははっ!!」
「笑いすぎだああっ!!」


「それではお世話になりました。」
 リョウコはそう言って、深々とお辞儀をした。
「いや気にしなくともいいさ。それよりこれからどうするんだ?」
「とりあえず学校に戻ります。学費は奨学生なので問題ありませんし。」
 先生の問いかけに、リョウコはエアロックの前でにこりと笑った。
「……卒業したら、またここに来ます。構いませんか?」
「こんな所で良ければ歓迎するよ。」
 先生は苦笑すると手を差し出す。
「はい、もちろんです。それに……」
 リョウコは隣に立っているクリスに熱い視線を向ける。「……クリスお姉さまもいらっしゃいますし。」
「そうか、それは良かった……なあクリス。」
「せ、先生……」
 世にも情けない顔をするクリスであった。



「大変だったみたいね。」
 通信ウィンドゥに映っている人物、フローラが話しかけてきた。
 「まあ、予定は狂ったけど目的は果たした。」
 先生は机の上に置いた花を見ながら答えた。
 シルフィールドは既にコロニーを離れ、アトラック7に向かっている。
「……で、どうするんだ。あんたが保管するのかい?」
「いえ、植物は流石にね……。それはあなたの方できちんと保管しておいて。その方が安心できるわ。」
「そうか、分かった。それにしても……」
 先生はウィンドゥの中のフローラに顔を向けた。
「……あの遺跡といい、この花といい、先史文明の連中はいったい何を考えていたのかね。」
 クリスには内緒にしていたが、この花もまた先史文明の残された遺物なのである。
「分からない。……でもこれで彼らが滅びた理由が推察できるわ。」
 フローラは声を落として答えた。
「性が一方に傾いた結果、種族としての繁殖能力を無くしてしまった……と。」
 二人にしばし沈黙が落ちる。
「……いやな未来だな。」
 先生はそう言って目を瞑った。
「そうならない為にも、これらは慎重に扱わないとね……」
 フローラは肩を竦める。
「とにかく助かったわ。」
「礼を言うならクリスに言ってくれ。あの娘が居なかったら……」
 先生はそう言ってにやりと笑った。「……なかなか機転がきくし、頭もいい。」
「クリスのこと、気にいったようね。」
 フローラは自分のことのように喜ぶ。
「……これからも、あの娘のこと宜しくね。」
「ああ、『先輩』として助言は惜しまないよ。」
 二人は暫く笑いあった。


 余談だが、クリスの「お姉さま」騒動は瞬く間に人々の間に知れ渡り、同じようなお願いがクリスに殺到したとか。
「もう、いい加減にしてくれえええええっ!!」

 クリスの受難はまだまだ終わりそうもなかった……

第5話 「秘密」 END






次回予告

 結婚、それは女性にとって憧れの一つ。
 いつかバージンロードを……

「クリス、実は俺お前のことが……」
「だー止めろ! 俺にそんな気はないんだよっ!!」

 迫り来る(?)プロポーズの嵐(ウソ?)。
 はたしてクリスは結婚してしまうのか(……なわけありません)。

 次回、第6話 「結婚」

 見てくれると嬉しいです。

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