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明日の天気は晴れのち天使?

作:M3




 夜、暗闇の空、光の当てられた砂金のように星々は光り輝いていた。
 2階の自分の部屋からベランダに出て、屋根と壁を伝い、器用によじ登る。まだ、雨が完全に乾ききってないため、所々濡れていて滑りやすい。
「よっと。」 
屋根に手が掛かり、屋根の上へ一気に体を持ち上げた。慣れてしまえばさして難しいことではない。こうやって屋根に上り、斜面になっている瓦の上に寝そべって、満天の星空を見上げるのが彼の日課だった。
 中背中肉、年の割には大人びた端整な顔立ち、少し切れ目のある茶色が掛かった瞳。それに合わせたかのように真っ黒ではないダークブラウンの髪。しかし人から目が据わっていると言われること意外これとした特徴がない彼―川迫 雄は、微睡む意識の中、必死扱いて星空を見ている。雨上がりのためかきれいに星が見えていた。春が過ぎ、ゴールデンウィークの真っ直中だが、まだ、ここでは寝たくない。夏の夜のならここで寝ていてもさして問題はないが、夏に近いこの季節でも、まだ夜は少し冷えてしまう。風邪を引くのは勘弁したいところだ。
「なんだかな〜」
 雄は重い瞼を擦りながら、唸るようにそう言う。
「どうにかならないものかね…これ…」
 これとは、毎日の日課のことであった。人間、寝るときに一種の儀式を行う人がいる。いわゆる脅迫概念だ。これを寝る前にしないと寝られないというもので、雄の場合、それがこの満天の星空を眺めるということで、これを行わないと雄の寝付きは本当に悪い。雨の日が多いこの時期、空が見上げられないこの時期、雄は慢性寝不足に陥り、絶不調になってしまうことなど毎年に数回のことであった。
「ぐすっ…やっぱり寒い。」
 今度は鼻をずずっと啜る。寝間着だけでなにも羽織っていないのだ、この季節に加え、雨上がり、当たり前の結果である。
 刹那…空に輝く一閃。
「お、流れ星…って…なんか持続時間の長い流れ星だな…」
 彼の発見した流れ星は光の尾を引いてこちらに向かっているようにも見える。いや、確実に向かっていた。だんだんその光は雄の視界の占有率を広げ、まるでこちらに狙い澄ましたかのように突っ込んできた。もう数秒もすればぶつかるという感じである。
「なんか…あの流れ星…ヘン?」
 最近の寝不足と、現段階の眠気と相まって雄の思考回路が全然回らない。
俺はあの流れ星の直撃を受けて、死ぬんかも…。
 何て、危機感を完全に無視して、結果だけはきっちりとはじき出している始末である。とことん危機感のないヤツだ。彼の頭の中で危機という警鐘を鳴らしたのは流れ星と接触までもう0コンマ何秒という時であった。
「お…やべ。」
 頭がそう判断しても、彼自身、緊張感のヘッタクリもない。避けようと思ったのか上半身を起き上げた。
 その瞬間。
 
ごちっ
 
いい音であった。勢いがあったのか、雄は後ろに倒れ込む。
 
ごちっ
 
今度は倒れたとき、屋根に思い切り後頭部をぶつけてしまう。何とも運の悪いヤツである。
「あ〜、いって〜いって〜」
 眠気のためか、雄は痛覚にも鈍感になっているらしい。肘をつき、流れ星が当たった場所を少し目を潤ませながらさすっている。その場所が軽くたんこぶになってしまっていた。
 というか、流れ星が当たったのである。それもちょうどおでこに…。
 死なないのか…コイツは?
「一体、何だったんだ〜?全く…天気予報でも今日は流れ星が当たるなんてなかったし…それに今日の俺の運勢は並くらいには良かったんだぞ。」
 天気予報で行う流れ星予想…あったら見てみたいものだ。その上、今日の運勢で並くらいっていうのもどういうものか気になるところである。
「僕は天使が落ちてこないか、そういう天気予報を見てみたいね。」
 雄の声ではなかった。もっとイタズラ好きの少年っぽい声が雄の後ろから発せられる。
「そうだな…なかなか良いかもしれん。」
 雄が振り返って、相づちを打つ。そこにはブルーの綺麗な瞳とサラサラの金髪そして、背から広がる白い翼を大きく広げ、優雅に空に浮かんでいる天使がいた。しかし、あぐらをかき、親父がちゃぶ台で晩酌してるときのように左手を膝にのせているのが微妙に不格好である。雄とぶつかった場所であろう場所、おでこを右手でさすっている少年とも青年ともつかない…形容するなら…美少年の天使がそこにいた。多分、間違いなく100%、雄と正面衝突した流れ星の招待はこいつだ。
「で、貴様は誰だ?」
 雄は頭をぶつけられて、眠いなりに機嫌が悪いらしい。普段から不機嫌そうな仏頂面を更にしわ寄せよせしてパワーアップしている仏頂面でそう天使に言う。
「僕?一応天使。」
 見れば分かるようなことを、屈託のない爽やかな笑顔でそう答える。しかし、どこか裏があるような爽やかすぎる笑顔だ。その答えに雄はその天使をまじまじと睨め付けるように観察し、一つの答えに達したようだ。
「そうか、天使か…。だが、貴様は場違いだ。」
 大概の意味は合っている気がするが何か違う…裏があるような発言である。
「な、なんでそうなるの…?」
「何故なら…頭をぶつけるなら、慌てん坊の魔女っ子か、綺麗なお姉さんのサンタクロース夏ばーじょん、と相場が決まっているだろう。俺は男趣味でないのでな。男の天使なんて気にくわん。今すぐ変われ。女に。それなら許す。」
 その前者の相場にはすごく同感したいが、言っていることが無茶苦茶である。まさに煩悩大爆発と言ったところだろうか。下手したら死んでいたというのに。
「あ〜、なんか言ってることが無茶苦茶なんですけど…それに君…目つき悪い…」
 ドスの利いた雄の睨みに、天使が困った表情で苦笑してみせた。
「あいにく、目つきが悪いのは今に始まったことじゃない。貴様の態度次第では俺様特製天使のような微笑みを向けてもやらなくもないぞ。」
 そういって、試しにニカッと笑ってみせる。が、どこか怖い。いや、後ろから黒いオーラがもんもんと発せられていた。
「う〜、初対面で普通そこまで脅すか…?」
 天使が涙目になりながらそう訴えてくるが、雄は眠いとき、機嫌が悪いのである。ちょっと気に障る程度の些細なことでも(この場合、全然些細なことではないが…)怒りに素直に反映してしまう。だから、天使の泣き落としも通用しない。
「うっせー、さあ、早くっ!俺の恋人となるべきかあいい天使ちゃんを出せっ!」
 正気の雄が聞いたら、たぶん赤面してしまうだろう。それほど今は煩悩に素直になってしまう雄であった。
「無理だよ〜、僕は女の子に友達いないしー、今から呼んでこれたとしても、君の条件に合う人なんて…そういないよ〜。」
 天使がお手上げ状態を示してみせるが、何か思い浮かんだらしい、一瞬、ダークな笑みが漏れていた。
「じゃあ、どうにかしろっ!」
 雄は相変わらず無茶なことを言い続けていた。
「う〜、手はないこともないよ…でも、後悔しない?恋愛は難しいよ〜。」
 涙目になり、そう訴えかける天使。でもどこか裏があるようだ。
「この際、かあいい子だったら、許すっ!」
 雄がこのままでは埒があかないと判断したのだろう、(よく頭の中を所狭しと暴れ回っている煩悩と眠気のタッグと戦って妥協案を出せたものだ…)そう、妥協案を出す。
「うんっ…それだったらどうにかなるよっ!」
 何を企んでいるのか…この天使。妥協案を聞いた瞬間、一瞬大悪魔的邪悪な笑みを浮かべる。雄が見えていない程度に…。そして、それをすぐに伏せ、直ぐに爽やかに微笑んでいた。
「うむっ!よろしく頼む。」
 天使の大悪魔的の笑みを知ってか知らずか…まあ、眠気で注意力散漫になっている雄にそれに気づけと言う方が無理だが、天使にそう言ってしまう。
「じゃあ、行くよっ!」
 天使が元気よくそう返事して、雄の額にすっと手を当てると、雄は急に意識が薄れていく。
「あ…」
 薄れ行く意識の中、何となくこの天使の名前は?と自分に問いかけるが、もちろんそんな答えが返ってくるはずもなく、雄はあっという間に意識を失い、そこに倒れ込んでしまう。
 ずるずると滑って屋根から落ちそうになる雄の体をガシッ襟首をつかむ天使。案外力があるものだ。
「ふふ…かわいい女の子にだね…了解したよ…君の目の前に…用意してあげるよ…でも、鏡の前かもしれないけど…ね…ふふふふ…ははははは〜」
 天使がマッドサイエンティスト並のダークな笑みと、企みを持っていることにこの時、雄を始め、誰も気づいていなかった…。
 いや、満天の星空だけはこのことを知っていたかもしれない。だが、誰もどうすることもできなかった…。
 
 
 雄はサウナ状の所に入れられていた。そこにサウナがあると感じるだけで、ほかには何もない。虚構の闇。なぜ自分がそこにいるのも分からず、助けを呼ぼうにも声が出ない。喉が振るわない。
 助けを呼ぼうと腕を振り上げようとするが、それも叶わない。動かそうとすると、激痛に加え、とんでもない重みを感じた。何も出来ず、ただ熱湯から伝わる熱気に耐えるだけだった。
 まさに悪夢だ。
 このまま死んでしまうのかと雄は思ったが、どうも現実感から懸け離れているような気もした。
 その中で段々意識が薄れ、どこかに移るように視界が変わり始め、暗闇は暗闇だが、また、違う暗闇へ移ろうとしていた。しかし、体はまだ苦しみを訴えていた。
 不意に五感が正常に戻り、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚からくる情報が正確になり、雄は辺りをやっと自分を知覚することが出来た。
 まだ眩しさを残す目をゆっくりと開け、辺りを確認する、そこは少し暗いが触覚との情報を総合すると、どうも丸くなるように横に寝ており、布団に頭からすっぽりとくるまっているらしい。それを確かめるかのように布団の日差しの臭いを嗅覚は伝えてくる。だが、さっきの悪夢に比べ、弱まってはいるが、体の芯から熱せられるような感覚はまだハッキリと残っていた。
 これまでの情報から、さっきのサウナのような所は夢だったらしい。それともこちらが夢か…?
 戻った思考で雄は状況を必死で理解しようするが、うまく考えが纏まらない。それよりも、体が熱い。芯から熱されているような気分で、至極気分が悪い。風邪を拗らせ肺炎直前まで行ったときのくらいに体が熱く、気怠く、頭に鈍痛を覚え、気分が悪かった。
 体を起こそうにも意識と筋肉がそれに反対し、全く言うことを聞かない。
 トタットタットタッ ガチャッ
「雄〜、起きてる?」
 部屋の扉が開かれたと同時に少し間延びをした甘ったるい雰囲気の声が部屋に響き、やがて布団越しに雄の耳に届く。それと同時に三十代後半から四十代前半くらいだろうか、美人とも、かわいいともつかない、年相応の落ち着きが感じられない女性−雄の母親がお粥と水をお盆に乗せ、入ってくる。雄は気づいてないが、定番の薬袋がない。
「あれ?まだ、起きてないの?」
「起きてる。」
 雄は声を出すことに反対をしている声帯を無理矢理押しのけ、そう一言を発する。
「あら、起きたんだ。母さん、少し安心したわ。調子はどう?」
「最悪…」
「ご飯食べられそう?」
「いらん。」
 雄は一言言うだけでも辛かった。毎度のごとく声帯が激痛で反撃してくるのである。これならば、いっそ、もう一回寝入りたい気分であった。
「そう…残念。お母さん、一生懸命作ったのに…」
 雄からは母親の表情は伺えないが、せっかく作ったお粥を拒否され、眉根を寄せ、少し落ち込んだらしい。
「でも、少しでも、食べないと…」
 風邪時はごもっともである。エネルギーを得るとか、薬を飲むには少し食べた方が胃腸にも良い。雄はそう思って、風邪を引いてもどんなに辛くても、多少は食べるように努力はするが、今はその余裕さえない。
「ここに置いておくから食べたくなったら食べなさい。でも、早く食べてね。冷えちゃうと美味しくないからね。」
 母親はそう言うと、雄の寝ているベッドの頭の方にお盆を置く。
「ああ。」
 雄の素っ気ない返事。
「じゃあね、ちゃんと寝てなさいよ。心配だけど、ちょっと楽しみなんだから。」
 と、にこやかに言う母親。
 何が楽しみなんだ?と問いなったが、これ以上無駄な体力を使って全身から激痛の反撃を食らうのもイヤなので、雄は気にしないでおくことにした。
「おやすみなさい。母さん、あの子とお茶してるからね〜。」
 母親はその言葉を残すと、さっさと下へ降りていってしまった。あの子と言うのは妹のことだろうかと、雄は思ったが、また激しくなる痛みとそれと相反しているはずの眠気が同時に襲ってきたため耐えきれず、眠気へと身を委ねてしまう。雄は意識を失うかのようにまた深い眠りへと入っていった。
 
 悪夢は続く…。雄は一人。
 
 そこへ一点の光が射し込んだ。
 
 疲れ切っていた体を光が優しく包む。
 
 次第に体の苦しみが消え、頭の中に渦巻いていたもやもやが一気にとれた感じがした。
 
 雄は思った…。
 
「起きられる日が近いかな?」
 
 なぜそう思ったかは分からない、だが、そう思った瞬間、それは現実となる。
 
 一人の若い…中性的な天使が彼の体を軽々と引っ張り上げ、光の中へと誘っていった。
 
 
 
 雄は目を覚ました。
 ぼやけてはいるが雄の目はしっかりと彼の部屋の天井を映し出していた。ついでに目が届く範囲で辺りを確認する。間違いない雄の部屋だ。カーテンが閉められているが、今までの経験と勘からいくと、午前中くらいだろうか…と、雄は予想を立てた。
 それを確証へと持っていくため、上半身だけむくっと起き上がらせ、ベッドの頭の方に鎮座させてあるデジタル時計を確認する。この時計、時間だけでなく日時も表示され、更に簡易の天気予報までしてくれる何ともおかしな時計で、雄はこの無駄な機能ぶりに心底感銘を受け、ここ4年間、この時計を愛用していた。
 まずは日時を確認…○×日…土曜日…
(げっ…俺、一週間も寝てたわけ…?)そう、時計に日時は雄が最後に確認した日から丁度一週間を指していたのだ。
(その上、もう10時かよ〜、学校にもまにあわねぇ〜)雄はもう一度寝てしまおうかと思ったが、さすがにそう言う眠気はどこにもなかった。仕方なく、もぞもぞと動きだし、ベッドから這い出る。一週間も寝ていたせいか妙に体が重く感じられる。
 ちなみに起き上がる元気はあっても、一人で声を出す気は更々ない雄であった。
 (何だか…パジャマがでけえな…)
 雄の思った通り、自分のパジャマのはずなのに何故か、微妙に大きく感じ、一方では局部的に狭苦しく感じる…。特に胸とか…尻とか…。違和感と言えば、髪がうざったいし、おまけに重量感を感じる…。しかし、いちいち理由を考えるのも面倒になっている雄は大したことはないだろうと結論づけた。
(さぁ〜ってどうしようか…)とは言うものの、行動など2階の雄の部屋から出て、一階のどこかにいる母親に会うのだと、一瞬に決めてしまう。とにかく、回復したぞ〜っと伝えねばならないと雄は思ったからである。
 立ち上がり、一回大きく延びをしてみる。曲がりなりにも1週間寝ていたのである。あちらこちらどうも違和感が絶えない。延びをしたときでさえ、バランスを崩し倒れそうになった。
 雄はその内、感覚を取り戻すだろうと楽観したあと、スタスタと部屋を移動する。この時も妙な違和感が全身を襲い、何度も転げそうになったが、雄は人並み外れた運動神経でその違和感を数歩歩いただけで無理矢理体の中へ押し込め、ヨタヨタした足取りながらも、何とか転ばずに歩いていった。
 だが、それでも妙な違和感は残っていた。特に髪、胸、尻だ。
 階段を下りる途中、母親の笑い声が、居間の方から聞こえてきた、近所のおばさんか、誰かと談笑しているのだろう、いやに明るい声だ。
 程なくして、雄は居間に到達し、廊下と居間を仕切ってある襖をガラガラッと開ける。
 その居間の光景を見るなり、雄はあのときの記憶が蘇り、それに触発され感情が瞬時に沸点を通り越す。そのため雄は半ば放心状態になってしまった。
 そこには雄が予想していたとおり、人が二人、お茶を飲みながら談笑をしていた。だが、雄にとってその母親の談笑相手が問題だった。
 「クソ天使…」
 甲高い少女の声が天使の翼がなくとも間違いなく雄にぶつかった天使に向かって鋭く突きつけられる。その突きつけられた声の怒気を知ってかしらずかにっこりと、知らない人が見ればかわいいっ!と叫びたくなるような笑みで天使が答える。だが、そんな笑顔を雄に返されても逆効果であった。
「あら、雄、おはよ〜、やっと起きたのね。」
 周りの険悪(雄だけだが)を全く気にしない口調で、そう母親。
「やあ、雄くん」
 先ほどから笑顔を絶やさない天使がそう言ってくる。
「それにしても、お母さん、予想以上でしたよ…、やっぱり素材が良いっ!これも一重にお母さんのお力でしょう。」
 雄には天使が何を言っているのか皆目見当がつかなかったが、そんな些細なことより、今すぐにでもこの天使をタコ殴りにして玄関に逆てるてる坊主として逆さ吊りにしてやりたい。だが、こちら側には母親が座っているため、さすがの雄でも、母親の前で殴り倒すという行動は起こせないでいた。
「そうね〜、お母さんも想像以上だったわ〜、私の若い頃をきりっとした感じね〜。」
「でも、すみません、お母さん…大事な一人息子さんをこんなことにしてしまって…でも、あの状況でこうするしか雄くんの命を助ける方法がなかったんですっ!」
 天使は急に顔が涙目になり、そう母親に訴えかける。
「良いのよ…。天使ちゃん…。大切な息子だったけど、命が助かれば、何だって良いの。例えそれが娘になろうと…」
 母親も、瞬時に涙目になり、どこからともなくハンカチを取り出し、目頭を押さえ始め、オロオロと傍目からは嘘泣きにしか見えないような泣き方で泣き始めた。
「でも!でも!僕が力不足のためにっ…」
「もう言わないでっ!何も天使ちゃんせいじゃないのっ!偶然に偶然が重なってしまっただけ…言いたくないけど…天命だったかもしれないの…」
「そんなっ…お母さんっ…僕に僕に…」
「いいのよっ…私だって…いつまでもこんなこと…」
「僕に責任をとらしてくださいっ!必ず…必ず!幸せにして見せますっ!」
「そんなこと…お願いそんなこと言わないで…急にそんなこと言われても…この子とよく相談させて…って、さすがに天使ちゃん、そこまでは行き過ぎじゃない?」
 どうもさっきまでのは本当に芝居だったらしい。
「あっ…すみません…つい…」
「良いのよ。うん、天使ちゃん、なかなか良かったわよ〜。」
「いや〜、ありがとうございます。」
 天使と母親は雄のことを完全に忘れ、二人でさっきまでの芝居を誉め合っていた。
「何言ってんだよ…」
 雄はその場に完全に取り残され、二度目だが、雄は濁りのない透き通った少女の声でそう呻いてみせる。当の本人はどこをどうすればこんなに鈍感なのか…本当に自分の変化に気づいていないらしい。
「えっ…雄ちゃんまだ気づいてないの…?それじゃ、さっきまでの演技意味ないじゃない〜。」
 母親は驚いた声でそう言う。当の雄は謎が増えているだけだった。
「全く…お母さんには悪いけど、鈍感すぎますね…」
「しょうがない…雄、ちょっと洗面所まできなさい。」
 そう雄に言うと、自分は立ち上がり、まだ納得のいかず頭の上にクエッションマークを連発している雄の背中を押しながら、廊下へと出て洗面所まで誘導する。ちなみに天使はそのあとをしっかりと付いてきていた。
「ほらっ!」
 母親が洗面所への扉を開け、そこに雄を押し込む。元々洗面所は二人半くらいしかスペースがなく、そこへ雄、母親、天使が入ろうとしているのである。雄と母親は入ったが、天使は半分廊下へ体を出てしまっているという感じだが一応は収まっていた。
「鏡見るっ!」
 母親に促され、まだ何のことだか考え倦ねていた雄は渋々と顔を上げ、自分のいつもの顔を確認しようとする。
 
が、
 
「誰コイツ?」
 雄の前に立っていた少女…少し目がつり上がっているが大きめ。髪は微妙にウェーブがかかっているが、艶があり綺麗な髪、で、肩より少し下辺りまで伸ばされている。そして誰がみても美少女と答えそうな均整のとれた綺麗な細面。雄はそのかなりの美少女の分類に入るだろう少女を指さす。それに合わせ、雄も目の前の少女も自分を指さすのが横目でも見て取れた。
「誰って…」
 母親が両手を洗面台につき、完全に肩を落としている。完璧にあきれたらしい。
「もう救いようがないくらいの鈍感ですかね…コレは…」
 体半分洗面所へ突き出している天使が肩をすくませて、やれやれと言う感じにため息をついてみせる。
「んだよっ…さっきからっ!人をおちょっくてるのかっ!?」
 本来は精霊の歌声が表現できそうな綺麗な声ではあるが、怒りが混じっている分、金切り声に近くなってしまっている。勿体ない。
「お母さん達の方がおちょくられてるって感じよね…ねぇ、天使ちゃん?」
「全くです…そろそろびしっと言ってあげた方が本人の為じゃないんですか…?」
「そうよね…全く…この子ったら…」
 だいたいの人は、この二人の会話の内容が理解できると思われる、しかし、当の雄は二人が一体何でこんな会話を交わしているのか、何を言われるのか依然として理解できないでいた。
 全く…鈍感すぎる。
 母親は何かの決心…と言うかそんなものはいらない気がするが、大きくため息をつくと、おなかを痛め、手塩に掛けた自分の息子を凝視する。
「何だよ…母さん…」
 母親に睨まれるように凝視され、半歩下がりたい気分の雄だが、後ろは風呂場へと続く扉で逃げ道はあるが、それを使おうとは思わない。
バチンッ
「いてっ」
 母親が雄の均整のとれた綺麗な細面の頬に再度から張り手を食らわし、そのままむんずと掴み、ぐりっと鏡の方へと雄の顔を向かせる。再度少女と顔を合わせた雄は、誰かに両頬をぐっと握られている少女の顔が微少に可笑しかったのか、ぷっと微妙に笑ってしまう。ちなみにお分かりの通り、少女も全く同時にぷっと笑っている。
「さて、あなたはだあれ?」
母親が鏡の中へ入ってくる、そして、少女へ向かって問いかけた。
 そこでようやく雄は、鏡に映る母親の手は少女の両頬をしっかりと掴んでいることに気がついた。そして、その鏡が現すかのごとく自分の両頬をしっかりと掴んでいるのも母親である。
 もう冷静にそのことを判断した脳と、それを否定したい精神が互いに雄の頭の中で格闘し始める。
 
………格闘中………
 
「おれ…?」
 永遠とも思われる戦いは冷静な脳が勝利し、雄の主導権を握ったらしい。か弱い声で母親に向かって雄は呟く。表情はかなり青ざめ、動揺している様子である。
「ぴんぽ〜ん」
 母親が至極笑顔でそう言い放つ。
 
静寂…
 
「なぜだっーーーーー!!?」
 正気を取り戻した雄だが錯乱状態に陥り、壁へ向かって拳を突き立てる。ごんっと言う音とともに慣れていないため雄の拳には痛みはしり、痛みを振り払うかのように手をブンブンと振っている。まさに滑稽な光景であった。
「バカ…」
 母親が一言。
「マヌケですね…」
 天使が一言。
「くそっ…元はと言えば貴様が悪いんだなっ…!!?えっ…!!?そこのクソ天使!!」
 そう雄は決めつけ(あながち間違ってないが…)、母親を押しのけ、天使に掴みかかろうとする。
「止めなさい、天使ちゃんはあなたを助けてくれたのよっ!?」
 雄の強行を母親は体を張って留め、そう叫ぶ。
「一体何から助けたって言うんだっ!?答えろっ!」
「天使ちゃんわね…天使ちゃんわね…あなたが何かの落下物に頭を打って、血だらけ…重傷になっているところを天使ちゃんが通りがかって…見捨てられず、自分の命を省みず助けてくれたのよっ…多少の失敗は目を瞑ってあげなさいっ!」
 母親は叫き散らす娘となった雄にそう諭すように言うが…
「ほっほう…なんか俺が思い出した記憶とかなり食い違いがあるようだが…どうだね…天使ちゃんとやら…?」
 一応は落ち着きを取り戻した雄は殺気のこもったセリフと切れ目の綺麗な瞳に殺意をため込んでそれを天使へと投げ掛けた。そのだぶるぱんちにさすがの天使も顔中にに大量の冷や汗を浮かべている。それ程、雄の殺気は凄まじさを現していた。
「えっと…僕が述べたものは概ね事実で…多少の脚色はあるにしても…嘘偽りなく…」
 天使は完全にしどろもどろになってしまっていた。目も、雄と目を合わせることが出来ず、上の空という感じである。
「確かに…隕石…落下物にぶつかった…これは間違いないな…瀕死の重傷…コレも万歩譲って間違えではないとしよう…命を助けられた…?、失敗…?大きな脚色があるとオレは思うのだが…どうかね…その辺は…天使ちゃん…?」 
「いや、概ね事実かなっと…」
 その一言で雄が堪忍袋の緒が切れたのか…
「まだ言うかっ!落下物は貴様でっ、瀕死の重傷もしてなく、コブ二つ!命なんて助けられてないっ!!更にオレがぶつかった時の慰謝料を請求したらこんなことしやがってっ!!裁判起こすぞ!!」
 まだ母親に押さえつけられているため、ギャーギャー喚くしかできない雄。結構情けない姿である。
「慰謝料って…あれのこと…?」
 その一言で、雄が凍り付く。思い出したのだ、煩悩爆発状態で言った慰謝料のことを…「あのきれ…わぷっ」
 雄が必死で身を乗り出し、天使の口を手で押さえつけた。
「何だか…どっちが本当なの…?ねえ…慰謝料って何だったの…?」
 母親が数々の疑問を投げ掛けてくるが、今ここで真実を語ろうとする者はいない。天使にしても雄に口を塞がれているし、まあそれ以前に本当のことを喋ろうなど微塵も思っていないだろう。雄に至っては流石に慰謝料が「かあいい天使ちゃん」とか「かあいい女の子」なんて死んでも知られたくない事実である。そのため今の状態が出来上がったのだ。「あははは…母さん、すんじまったことは仕方ないさ。今後元に戻れるか、コイツと話し合いたいんで部屋に戻るね、んじゃ。」
 雄はそう言うと、天使の口を塞ぎながらズルズルと二階の自分の部屋へと引きずっていく。天使がムームーと何か言いたげだったが雄はこの際無視している。
「ちょっと雄。午後からデパートに行くからね。一緒に来なさいよ。っていうか、来ないとダメ。」
「何で?」
 会談に差し掛かった頃、母さんにそう言われ、雄は思いっきりイヤそうな返事をしてしまう。
「何でって…あなたの着る物を買いに行くの。いくら女の子になって身長が幾らか縮んでも流石に恭子のは着れないでしょ?だから、新しいのを買いに行くのよ、うふふふ〜」
 母親の顔が悦に入っている…。雄は身の危険を感じたが、確かに男の時の服は今着ているパジャマが実証するようにブカブカで外には着ていられそうにない。かといってまだ中学校に入ったばかりの妹の服が着られるはずない。母親の物があるが共有できる物もあろうが多分ほとんどが大きめになってしまうだろう。その上、趣味が古い。
「ヤダ。」
 身の危険を優先し、雄はキッパリサッパリハッキリと断る。ようは元に戻るまで家から出なければいい。これは結構簡単なことだと雄は判断したのだ。
「何言ってるの。どうせすぐに元に戻っても残った物は恭子が着れるから、その辺は心配しなくても良いのよ。」
「そんなんじゃない。女物を着るのがイヤだ。」
 男の威厳としては当たり前である。そう言う願望がないわけではないが、四六時中それをしているつもりは雄は到底なかった。
「えっと…ちょっと、良いですか…?」
 母子が微妙に険悪ムードの中、申し訳なさそうに天使が口を挟む。
「発言を許します。」
 少しムッとしている母親が威厳有りげにそう言う。
「この人…当分戻れませんよ…」
 
 瞬間………場が凍り付く。
 
「…マジ?」
 凍り付いた場から何とか立ち直った優雅そう力無く質問すると…
「かなりマジ。」
 力強く答える天使。
「どれくらいで元に戻れるんだ?」
「さあ?特異系法術を使ったから他人がこの法術を再度使えるとは思えないし、僕に至ってはこの法術初めてだったから色々実験的な意味合いがあって遠回り遠回りで余分な力使いすぎてスッカラカンだし…。」
「お前が再度使えるようになるには…?」
「天界に戻れれば一年と分かってるけど、ここ地上だし…戻りたくても力がスッカラカンじゃ、戻れないし…その上一般的に種族に当てはまらない世界に行くと、どんなことになるか分からないし…。ハッキリ言って分かんない。一年かもしれないし、十年かもしれない。まあ、最低で一年かな。」
 天使があっさりそう言う。
「……殺す…」
 一瞬の放心状態を置いた雄は、そう言い放つとすっと天使の後ろに回り込む。突然のことで天使は反応できず、簡単に首に腕を絡められ一気に締め上げられてしまう。
「!!…ぎぶっぎぶっ…!」
 容赦ない絞め技に首に絡み付いている雄の腕をパンパンと叩き、ギブアップを宣言する天使。だが、もちろんそれで雄は緩めるつもりはない。正真正銘、本当に殺すつもりでやっている。
「あ…が……たす…け…」
 天使の首はどんどん絞まっていき、顔面から血の気が引き蒼白へ変化する、体が痙攣し始め、口からはとうとう泡を吹き始めていた。そこへ来て、やっと現状を理解した母親が止めに入り、極まっていた腕を解かせた。天使はがくっと、床に跪く。何とか死地への一歩手前で解放されたのである。
「…はあ…はあ…はあ…はあ…死ぬかと思った…」
 喉に手を当て、大きく息を吸い、吐き、何とか生にしがみつくことに成功した天使が荒く息を使っていた。
「ちょっと、雄…洒落になってないわよ…」
「洒落じゃなく、マジでやってた。」
 呆れたように注意する母親に、トンでもないことをしれっと答える雄。まだ怒りが修まらないのか、殺気に満ちた瞳を天使へと向けていた。正に「積年の恨み、今はらさんっ!」と言った感じである。
「雄…怒るのは分かるけど、この天使ちゃん殺しちゃうとあなた本当に元に戻れなくなっちゃうかもしれないのよ?」
「ぐっ…」
 流石に元に戻るための生命線を突き出されると、雄は退かざる得なくなってしまう。
「天使ちゃん、当分はこの家に置いてあげるから、雄をちゃんと元に戻してあげてよ。」「うぐ…はい…」
 天使も母親の諭すような言い方には流石に効果絶大らしくブラックホールも形成できそうな天使のひん曲がった根性でも「はい」と素直に答えさせたようだ。
「雄、諦めなさい。一年も外に出ないわけにはいかないでしょう?学校にはこの子と一緒に言って事情を説明するし、逆にこそこそしていると余計に笑われちゃうちゃったり、囃し立てられちゃうわよ?お母さん達が守ってあげるからしばらく我慢しなさい。」
 雄はさっきから黙ったままである。ご近所さんとは良くしてもらっているし、笑われる事もないし、逆に協力もして貰えるだろう。しかし、流石に一年も戻れないとなると、ショックは計り知れないものがあるようだ。
 雄はしばし考え込んだ結果…
「…この天使を絶対に許すつもりはないが…すんじまったことは仕方ねえし。反省は次に繋がっても、悔やむのは次に繋がらねえしな。」
 大ショック…雄にはそうでもないようだった。何とも前向きな少年…いや、少女だろう。
「前向きでよろしい。」
 母親も我が息子もとい我が娘、雄の前向きな態度に好感触のようだ。うんうんと腕を組んで肯いている。
「ははは〜、良かったね〜。」
 首を絞めたときのダメージはどこへやら、いつの間にか完全に復活していた天使も笑顔で割り込んできた。
「何言ってやがる、全部てめえのせいじゃねえかっ!!」
 雄は天使の頭をがしっと鷲掴みにすると、そのまま勢い良く壁へ。ごんっと言う景気のいい音がし、天使は突っ伏してしまう。おでこを打ったのか、形の良いたんこぶがぷくっと膨れて出来ていた。
「ふんっ」
 雄は眉根を寄せながら、わしっと今度は天使の襟首をひっつかむと、階段にも関わらずズルズルと引きずって階段を登っていく。
「あ、母さん。俺の負け!最低一年じゃあね…覚悟を決めるよ。」
 振り返り、吹っ切れた表情で母親に向かってそう言った。
「そう、じゃあ、1時には家を出たいから。それとデパートまでの服はお母さんの服を着ていきなさい。後で持っていって上げるから。」
「へいへい。」
 雄は生返事だけ返し、階段を登っていく、天使はと言うとまたもやいつの間にか復活しており、母親に手を振っていた。数瞬後、ごんっと言う音が家中にまで聞こえてきたが…。
                
 
 
 雄の部屋は小綺麗に掃除、整頓はされているが、あまり飾り気がない。一通りの家具−勉強机、大きめの本棚、ベッドにクローゼットはあるが、興味がないのか熱心に支持している芸能人がいないためそう言うポスターも全く貼られていなかった。一時期、親友に勧められ、そう言うものを貼ってはみたが性に合わないのが分かり3日で剥がしてしまっている。あると言えば雄が紆余迂曲3ヶ月を費やして完成させた4000ピースの巨大ジグソーパズル壁に掛けられているくらいであった(途中何度か妹・恭子を筆頭に手伝うと称した家族の破壊を受け、そのため結局は自分一人でやった方が早かった)。まあ、綺麗に整頓されていると言っても、本棚に入りきらない本がクローゼットや勉強机の上を浸食するかのように山積みにされているが…
 雄は部屋に入るなり、手にひっつかんでいた天使を入り口近くに捨てると、肩からずりおちそうになっているパジャマの襟の部分を上げる。そして、疲れたのか、倒れるように自分の部屋のベッドにごろんと身を任せた。
「そういえば名前聞いてなかったな。」
 いつの間にか全快し、辺りを見回している天使に言う。
「あれ?名前言ってなかったっけ?」
「言ってねぇよ。母さんもお前のこと『天使ちゃん』としか呼んでなかったしな。これから一応は同居人になるんだからな、名前ぐらい教えろよ。」
 いくら痛めつけてもちっとも堪えない天使に呆れているのか不機嫌な声でそう答える。「えっと…名前はそうだね…ミックチャル・ソルトリュートン・シングリリーネ・ヒートリアム・(中略)134世ってとこかな。」
 雄が無言で枕を手に取り、上半身を起こす勢いを利用して、そのまま全力投球で投げつける。枕は進攻上に天使の顔面を捕らえボスッと思い切りヒットした。
「何をする。」
 枕がズルリと顔面から落ちると、同時に天使は雄に非難の声を上げる。
「うそを言うな。そんな長い名前あるかっ!」
 因みに中略をそのまま朗読すると永延5分は続く。と言うか、雄はその5分ちゃんと聞いていたのである。変なところで律儀なヤツだ。
「ちっ…冗談のつもりだったのに。」
 イヤな冗談である。
「本当の名前言え、本当の名前。」
「ふ…聞いちゃうと、耳が腐って落ちるぞ。」
「50音で表現できるものに何で耳が腐るって言う現象が起きるんだ?」
 冷静な突っ込みだ。
「今度はこの4年間愛用ものの時計を投げつけるぞ。プラスチックだが重量感があり、その重みもかなりあるぞ、全力投球して当たると痛いだろうな…」
 時計に手をやり、それを眺めながら微妙に怪しく、ふっと笑う美少女…なかなか怖いものがある。
「あの、それはちょっと…殺人的行為じゃ…?」
 回復力だけやたら高い天使でも流石に痛いのはイヤらしい。冷や汗を浮かべながら、頬を引きつらせていた。
「大丈夫、さっきあれだけ首締め上げても死ななかったんだから、コレくらい耐えて見せろっ!」
 雄は問答無用で時計を投げつける。投げつけた瞬間、ああさらば4年間。毎朝ご苦労様でした。と、心の中で呟いてしまった雄であった。しかし、その尊い犠牲を払った一撃は流石の天使も喰らうわけもいかずひょいっと避けられてしまう。
 
がしゃん。
 
 時計は壁に激突、大破し残骸がバラバラと部屋の床に転がる。
「さらば、4年間…。」
 何となく、雄は黙祷をあげてしまう。
「さて、本題を忘れそうになっているが、名前を教えてもらおうか。」
 黙祷を綺麗サッパリ終わらせると、雄は天使に振り向き、今度は「本当に殺しにかかるぞ」と脅しのかかった笑みで天使に訪ねた。しかし、今までのことはなかったかのような切り替えの良である。
 天使もそれを見て、もう冗談は通じないことを悟ったのか、
「ヴェーシェル。ヴェーシェル・エリアオル。」
「ふーん…そう言う名前なんだから愛称ってヤツがあるだろ?流石にヴェーシェルって言うのは言いにくいぞ。」
「一応、ヴェルって言うのが多いけど…人によってはヴェーリとかシェルだけって言う場合もあるし…」
「じゃあ、ヴェルでいいや。」
「じゃあ、こっちはゆうこちゃんで良い?一応女の子だし。」
「…死にたいか?」
 瞬時に殺意のオーラが雄から放出される。どうも女の子呼ばわりは相当癪に障るらしい。「何でっ…伝統の『子』を付けるって言うのは女性が綺麗で健やかにって意味があるんだぞ。多分。」
「ほう…天使のくせにこの国の文化と風習を心得ているのか?ここ一週間で隕石のように無様に落ちてきた天使ヴェルくんがか?」
「何たって『子』って良いじゃないかっ!!可愛らしくて!!」
 こっちが本音らしい。しかし、今時『子』が趣味とはなかなかどうして。
「自分の趣味を人に押しつけるなっ、確かに女に変わったが、名前まで変えるつもりはないっ!」
「お約束じゃないかっ…それをそれを…君は何だと思ってるんだっ!!せ、せめて…漢字を換えて『優』に…」
 そう言ってヴェルは目を潤ませながら空にさっさっさっと優しいの『優』の字を書いてみせる。
「それでもイヤだって言ってるちゅうにっ、わらかんヤツだな…てめえは…こっちは聞きたいことがあるんだ…」
「え、何?」
 さっきまでの泣き落としの顔から一変し、そう聞き返してくる。
「無節操…まあ良いが…で、常識からいくと天使なら飛行能力があるだろ…?お前何でオレとぶつかったんだ?」
「うんめぇい」
 至極真顔で言ってるところと、それに合わない口調がメチャメチャ怪しい。
「冗談はやめろ…」
「まあ、ホントのことを言うと、ちょっと言いにくくてね…。まあ掻い摘んで言うと、とある悪の組織に付け狙われて、そこから逃げてるとでも言うのかな…?フッ…僕って悲しい運命を背負ってるんだな…」
 天使は宝塚的身振り手振りを入れながら、自嘲するかのようにそう言う。
「…オレなりの解釈をすると、天使の世界で洒落にならないイタズラをして警察みたいなのから逃げて、追っかけられた末にオレにぶつかったと…?」
「遠からず、近からずってとこだね。及第、及第。」
「…ドコ行っても迷惑をかけることしか知らないヤツだな…」
「いやー、はっはっはっ。それが僕ですから。まさに最大の賛辞ですね。」
 開き直られると、これほど扱いにくいものはない。と言うか、迷惑を掛けているという自覚がある上で迷惑を掛けて人を困らせようとする…質が悪すぎる。
「全く誉めたくないが…それと、オレの服だろそれ…」
 そう言って、雄はヴェルの来ている藍色の長袖のシャツとジーパンを交互に観察する。両方とも雄が気に入り、結構愛用していたヤツだ。
「そうだよ。サイズがぴったしだったし、どうせ雄は着れないじゃん?ちゃんとお母様に許可取って着てるんだよ。」
「微妙に癪に障るが…使えるものは使わねえとな…」 
 愛用していただけにこのクソ天使ヴェルには自分のものを何もされたくない気分だが、これから自分にかかる費用を考えると、母親の判断に従わざる得ないところがあった。
「そうそう、再利用再利用。」
「それと、確認だが…本当にオレは元に戻れるんだな?」
「多分。」
「…確証じゃないぞ…」
「と言うか、ホントに多分だし。」
「どういうことだ…貴様…」
「うーん、女性化の法術なんて本来は邪術だし、定型があるわけじゃないんだ。それにオリジナルを大量に詰め込んだから、完璧に同じ魔術なんて絶対に出来ない。もし、それが一つでも欠けてたら戻れないかもしれないし、戻れるかもしれない。要は雄の運次第。」
 にこやかに言ってるいるが、内容はトンでもない。この天使、本当に雄を戻すつもりがあるのか?疑いたくなるほど、先ほどから不安を煽りまくっている。
「そんなものをオレに掛けたのか…阿呆みたいな先が分からないような法術とやらを…」
 雄は怒りを通り越して完全に呆れ返っていた。
「あー、何かこう、新しいおもちゃが手に入るとすぐに使ってみたくなる心境と同じで…」 すこししどろもどろになっているヴェルに雄はベッドから降り、ズンズンとヴェルに近づいていく。
「ヴェル。お前人を何だと思ってる?」
  鼻先が触れるのではないかと思うくらい雄はヴェルに近づき、真剣な面もちでそう言うと、雄はか細くなってしまった左腕を大きく振り上げる。
「え?」
 ヴェルが雄の振り上げられた腕を眺めていると…
 
パンッ!
 
「もう一発!」
 今度は右手を大きく振り上げ…
 
パンッ!  
 
 二度に渡るヴェルの頬を叩く音が部屋に響く。叩かれたヴェルは目はじっと雄の方を向いていたが、半ば放心状態であった。ヴェルは叩かれた頬に手を掛けてみる。頬からは叩かれた痛みがジンジンと伝わってきていた。こんなに真剣に殴られたのは甘やかされて育ったヴェルとって初めての経験だったようだ。
「少しは反省しろ。」
 雄はそう少し震えた声で言うと、プイッと背を向けた。この時少し雄は涙目になっていたのと、ヴェルの放心状態を見ているのが雄は耐えられなかったのである。
 雄は普段、口喧嘩は良くするが、殴り合いまでのケンカまではしたことがない。そこまで行きそうになると、どんなに卑下されようと、雄は一歩下がってしまう。確かに痛みに対して臆病な部分もあるが、雄は殴られたときの痛みが分かる分それを相手にしたくないのだ。殴ってしまった時でも相手への同情心と殴ってしまったという罪悪感に襲われることが殆どであった。
「ごめん…」
 流石の笑って誤魔化すヴェルでもコレばっかりは反省しているようだ。俯き加減でそう言う。
「全く…ちゃんと収拾をつけろよな。」
 さっきとはうって変わって大分柔らかい口調である。相変わらず眉根は寄せて難しそうな…怒ったような表情はしているが…。
「うん…努力します…」
 ヴェルの方は相当こたえたようで口調は暗転したままだ。
「あーっとそれと…」
 雄はヴェルに再度鼻先が付くくらいまで接近する。ヴェルは雄の急な接近がまた頬を叩かれた恐怖感からか体を少し仰け反らせてしまう。しかし、逃がそうとしまいと左右から雄の腕が伸びてくる。ヴェルはまた頬を叩かれるのではないかと思い強く目を瞑ったが…
 
むぎゅっ
 
思いっきり両頬を抓られた。まだ叩かれた痛みが微妙に残っている頬を…
「笑え。」
 この一言とにやっと笑う雄の笑顔とともに。
「いたひっ…」
 雄に抓られ、更にそれと上にぎゅ〜と吊り上げられる。正に強制的に笑わせている状態と言えよう。
「わーらーえー。このっこのっついでにほれっ!」
 雄はヴェルの両頬をグイグイと上に吊り上げ、あろう事か目尻を人差し指で押さえると、それを下に吊り下げるようにする。ヴェルの顔は正に顔はおかめさんか福の神の状態であった。
「やーえーおー!」
 「止めろ」と言いたいらしいが聞こえようには「笑おう」と聞こえなくもないのが可笑しいところである。
「オレはしみったれた面は大っきらいでね。さっきまでのことは一応許してやるから、ほら笑えっ!ほらほらほら〜っ」
 ヴェルのその滑稽な姿に余程気をよくしたのか、どんどんエスカレートしていく。もうヴェルの顔は原型を留めないくらいに狂いまくっていた。
「おーがー、やめれぇーっ」
 当然、エスカレートしていけばヴェルにかかる痛みも増していき、それを振り払うかのように手足を主に使い、ヴェルはバタバタと暴れ始めていた。正に子供が駄々をこねている状態である。
 しかし、幸か不幸…って雄にとっては不幸だが…ヴェルのバタバタさせていた腕が丁度雄の顎に入ろうとしていた。「このままでは直撃は免れない」そうとっさに判断した雄は超一流のプロボクサー並の驚異的な反応で体を仰け反り交わそうとする。
 しかし。
 
ずぼっ
 
 瞬間、雄を顔をししかめた。微妙な鋭い痛みが脳へと伝わったのだ。
「あれ?」
 完全にかわしたはずなのに…この痛みは…?雄が痛みの元を辿ると…
「なにしやがるてめぇっ!!?」
 ヴェルの人差し指と中指がピッタリと雄の鼻に入り込んでいた。ヴェルが混乱しているためそれを無理矢理上に抜こうとするものだから引っ張り上げられて、そこから痛みが伝わってきたのだ。
 その上暴れる。
 痛いことこの上ない。
 いや、雄の自業自得の部分があるのだが…。
 しかし、それでヴェルの頬を抓っている指を雄が易々と離すはずもなく、復讐とばかりに力のあらん限り抓る。その上で上下、左右の運動まで加えるものだから、その痛みからヴェルが更に暴れ、指はぐいっと押し上げられのであった。
 正に泥沼状態である。
「ぐぎぎぎぎぎっ…」
「んあーあーあーあっ」
 どちらも負けじとばかりに必死の形相で頬を抓り、指を突き上げる。美少年と美少女のする事でないのないケンカだ。
 ヴェルはおかめさん…または福の神…
 雄はブタさん…
 の状態であった。せっかくの美少年と美少女が台無しである。
 
コンコン
 
 雄の部屋をノックする音がする。しかし、二人とも聞いちゃいない。
 
コンコン
 
 再度ノックする音。同じように二人とも聞いてはない。
 
「雄〜っ入るわよ〜っ!」
 扉越しに母親の声がするが、コレでも二人は全く聞いていない。扉の直ぐ脇に居るにも関わらず。
 そして扉は開かれた。
「きゃあ。」
 驚いている時のセリフであるが、口調があんまり驚いていない。表情は一応驚いているが、顔の作りがおっとりした感じのため驚いたと時の緊迫感というかそう言うものが一切感じられない表情だ。
「何やってるの…?二人とも…」
 母親は腕を異様に絡み合わせ、硬直している二人を凝視し…一つの結論に達したらしい。ポンと手を打つと、
「二人とも仲がいいのね。」
『断じて違うっ!!』
 同時に手を引っ込め、見事にハモった。意外に気があっているようである。
「やっぱり。仲良いのね。」
 にこやかな笑顔でそう言う。こっちはこっちで聞いていないらしい。
「あ、そうそう、雄の着る服持ってきたわよ。」
 そう母親は言うと、綺麗に折り畳まれている服をすっと雄の前に差し出す。
「雄ちゃんに何が似合うか色々考えちゃって…。」
「ちゃん付けは止めてくれ…。」
 抗議しつつも差し出された衣服を受け取り、雄は服の確認を始めた。
「雄ちゃん、スラリとした綺麗な足だから、あたしには似合わないくって若い子が着てそうな…ミ…」
「着られるかっこんなもんっ!!!」
 母親が言い切る前に雄は発見してしまったらしい。ほかの衣類を脇に抱えると、微妙に隠すように折り挟まれていた薄茶色を基調にしたチェックの柄のミニスカートを引っ張り出し、ばっと雄は母親の広げてみせた。確かに母親が持っているにしてはカジュアルな感じではある。
「何で…可愛いのに…似合うと思うよ…」
 元息子に持ってきたものを思いっきり避難され、母親は拗ねたようにそう言う。
「そう言う問題じゃなく…せめて女物のジーパンとかにして欲しいんだが…女物を着ないと言ってるわけじゃないんだから…」 
「それもいいと思ったんだけど…でもっでもっ…」
 下手に出つつも、母親は引き下がるつもりは毛頭ないらしい。目を潤ませながらそうもと息子に訴える。嘘泣きとは分かっていても、目を潤ませた女性を見ると弱くなってしまう。…今は女性といえども、さっきまで男だった雄にとってそれは同じだった。
「うぐ…」
 更によよよっと膝を付くようにわざと倒れ込み、雄のパジャマのシャツをひしっと見た目は弱々しく…しかし、しっかりと掴まれてしまう。
 完全に泣き落としの体勢だった。
「母さんをっ…母さんをっ…捨てる気っ!!?」
 迫真の演技である。しかし、迫真過ぎる。
「何か…違わなくないか?」
 冷静に突っ込む元息子。
「良いじゃない。何かそんな感じだったし。」
「まあ、良いと思うが…早くその裾を離してくれ。」
「じゃあ、これ着て。」
 すっとミニスカートを差し出す母。
「イヤだ。」
 キッパリと断る元息子
「一生のお願い…」
「一生のお願いは何回も聞いた。」
「聞いて減るもんじゃないから聞きなさい。」
「一生のお願いなんて聞きたくないぞ。もう。特に今のお願いは。」
「いけず…親はもっと大切にするものよ。少しぐらいの我が儘は聞いてあげなきゃ。」
 そう言って右手で床に「の」の字を何度も空書きして、いじけているつもりらしい。しかし、諦めてないらしく左手はまだ裾をしっかりと握っていた。
「もの凄く逆だろうって気がするが…絶対にヤダ。」
「ヤダヤダって好き嫌いしていると、大きくなりませんよっ!」
 急に立ち上がり、子供叱りつけるようにそう言う。まあ、確かに子供を叱るには違いないだろうが…
「何というか…これ以上大きくならなくても良いぞ。って感じ。別にそんなに背を気にしてたわけじゃないし。」
 男の時の身長でも良かったし、今でもまあ、多少は低くなってしまったが、これくらいはどうってことないだろうと、雄は思っていた。そして、はたと気付く。
「ヴェルの野郎は?」
 雄が母親と押し問答をしている間にいつの間にかヴェルの姿が消えていた。
「あれ?ほんと、天使ちゃんドコ?」
 母親も気付かなかったらしい。しかし…
 雄は部屋を一通り見回し…いつの間にか扉に貼られている紙切れに気付く。
“下で声がしたので見てきます。探さないでください…。追伸ミニスカートを着る方にこの1000円。”
 それを発見したと同時に階段の降りる音がする。
「しっかりした子ねぇ〜。」
 母親は感心しているようである。しかし、ヴェルの伝言が雄の1000円札に書かれていることに、二人が気付いたのは数秒後のことであった。
 
 
「さっすがに母娘ゲンカに介入は出来ないな〜。」
 ヴェルは階段を下りながら、さっきまで押し問答を続けていた母娘を思い出す。メイド達に遠回しに育てられ、生みの母の顔さえも覚えていないヴェルにとっては羨ましい光景であったし、いつか自分もあんな感じの関係が持てたらなとヴェルは珍しくそう思っていた。
 しかし、あの場には何か少し居辛かった。自分でもよく分からないで。
「さて、さっき声が聞こえたのはこっちだったかな〜?」
 一応ヴェルは雄に女性化の法術をかけた後、直ぐに母親に挨拶している。そして、雄とぶつかったこと、帰れなくなってしまったことなど、大体の経緯を話し、(嘘8、本当2の割合くらい)家の手伝いをするならと言う条件でこの家に置かせてもらっていた。今もそれは変わらないし、居ることを許してくれた雄の母親にはヴェルは多大な感謝をしているつもりだし、報いるつもりでいた。
 そんなことを思いつつ、ヴェルは玄関の方へ向かう。声を聞いたときに大体は想像は付いた。
「恭子ちゃんお帰り〜。」
 階段が終わる一歩上の段で立ち止まりそう言う。もちろん、返事もないし、ヴェルの視界には誰もいなかった。
「…恭子ちゃん、もう無駄だよ〜、僕だって一応学習できるんだから〜」
 しかし、返事はない。
「全く〜、しつこい人は嫌われるよ?」
 そこでようやく観念したらしい。驚かせるつもりだったのか、ヴェルからは見えないところからひょこっと小柄な少女が顔を出す。
 年は13,4ぐらいヴェルと同じくらいあろうか。雄の女性バージョンを幼くした感じではあるが、もっとそれよりは柔らかく、可愛いという顔立ちである。服はどこかのブレザータイプの制服を着ていた。
「むう…やっぱしバレた?」
 心底残念そうだが、どこかいつも幸せを感じているような笑みでそう言う。ヴェルは母親と面会したときにこの少女―恭子とも面会している。それ以来の仲で精神年齢が微妙な位置で近いせいか良く一緒に遊んでいた。にしても、この年代の子は異性を気にし出すというのだが、恭子には全くそれがなかった。子供っぽいのか、人当たりはかなり良い性格をしている。
「そりゃ、まあねぇ〜、4度もやられたから…天使といえども学習しますって。」
「う〜む…今度から方法を変えようかな〜?」
 唸りながら、次なるイタズラを考え始める少女。しかし、思い当たらなかったのか話題を変えてくる。
「そう言えばさっ、ヴェルって天使だよね?」
「え?あ、うん、そうだけど…何だい突然?」
「天使なら翼っ!」
 そう言い、恭子はばっと手を広げて見せる。翼を表現しているつもりらしい。
「はいっ?」
 唐突に言われ、ヴェルは困惑する。
「だーかーらー、翼っ!見せてよっ!」
 そう言い、好奇心一杯の子供特有の瞳をヴェルに向ける。一心に見つめられ、そう言うことにあまり慣れないヴェルは少し退いてしまう。ヴェルは恭子のこういうところが少し苦手であった。
「えーっと…そう言うものは軽々しく見せてはいけないもので…翼は天使にとって戦闘態勢時のみで…えーと…あーと…」
「なにしどろもどろになってるの…?」
「え…っと…何て言うか…ここじゃ狭いし…今力がカランカランだから出ない。」
「結論出るまで長いよ〜。まっ、いいや。大人の都合って事にしておくね。」
 少し残念そうに恭子はそう言う。
「あー、大人の都合って訳じゃないけど…いいや、今度…またいつかね。」
「うん。いつかね〜。でさ、みんな上にいるの?」
 そう言って、ヴェルの脇から上を覗いてみる。その視線の先にはまだ階段の上の方にいる母親の姿があった。
「あ、おかーさん。ただいま〜。」
「おかえり。そう言えば、今日は土曜だから半日なのね。」
「そ。それよりもお腹空いた〜、お昼ご飯まだ〜?」
 恭子は今にもお腹が空腹で鳴りそうと言わんばかりにお腹を押さえてみせる。
「じゃあ、ちょっと変わってくれる?お兄ちゃん…じゃなかったお姉ちゃんにスカートの穿き方を教えてあげて。」
 それを聞いた瞬間、恭子の表情が一変する。好奇心溢れんばかりと言う感じであった。
「お兄ちゃん…じゃなかった…お姉ちゃん起きたのっ!?」
「起きたわよ。しっかりとね。でも、スカートを穿かせようとすると嫌がるんだもん。手に負えなくって。お母さんはお昼ご飯作るから、恭子は何とかお姉ちゃんに服を着せるように説得してみて。」
 この二人。雄が寝ていたとき一番の話題が「雄に何を着せたら可愛く似合うか?」だったのだ。今その長い間暖めてきた(?)アイディアが一つ成就しようとしている時である。 二人にとってこんなに良い祭りは滅多にない。
「まっかせといてっ!おにい…違った。お姉ちゃんの弱みをちらつかせれば絶対に屈服するわっ!」
 可愛い顔してかなり根性が醜悪で恐ろしい妹のようだ。
「任せたわよ、恭子。」
「うんっ!任せられた!じゃ、ヴェルいこっ!!」
 そう言うと、恭子は話題に乗り遅れていたヴェルの手を取り、猪突猛進を体で現したのごとく、階段を上がっていった。
 その頼もしい次女の姿を見て母親は
「我らが野望のためにっ」
 と、呟き少し悪役っぽく格好を付けてみる母親の姿があった。
 
 



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