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絆 〜全てを見通す者〜
作:樹遠零




 薄暗い部屋・・・狭き部屋。  部屋の中には香が焚かれ、心地よい匂いが部屋を包み込んでいる。  その部屋の中央に置かれる机に座る、一人の人物。  ・・・女性・・・ 「・・・ついに来たよ」  女性・・・神秘的な美しさを秘めた女性。  神話の中から抜け出したかのように、固く、整えられた美貌を持つ女性。  ・・・その女性が、虚空に向けて言葉を紡ぐ。 「私達と同じ悩みを共有する二人。  ・・・同じ破滅を未来に抱く二人。」  女性の声が微かに震え、それに呼応する様に部屋の四隅に置かれた燭台の 蝋燭から昇る炎が、その身を揺らぐ。 「君の願い・・・だったよね。  悲劇を繰り返さぬ事・・・道を紡ぐ事・・・」  何時の間にか、机の上に二つの指輪が置かれている。 「これは、君の全て・・・唯一残された絆・・・  それでも、彼等の幸せを願うのかな?」  ぽたり・・・  机の上に雫が落ちる。 「私に命を残し、子供達に希望を捧げる・・・  それで、良かったのかい?」  ぽたり・・・  再び雫・・・いや、涙が机の上に落ちる。  女性の瞳から、絶える事無く流される涙が・・・ 「大丈夫だよ・・・  私は君との約束は破らない・・・絶対にね」  ギギィ・・・  何処からか、金属の軋む音が部屋に響き渡る。 「・・・そうだよ、約束だ。  君と私に残された数少ない絆の・・・」  ギギィ・・・  ぽたり・・・  女性の涙の落ちる音と、金属音が綺麗に重なる。  そして、同時に部屋の明かりが立ち消え、そして、暗闇の中へ、女性の最 後の呟きが溶け込んでいった。 「そうだね・・・ありがとう・・・」
「我が娘・・・セルフィの命は、もう長くはない」  整えられた庭園に佇む二人の男性。  そのうち、年老いた初老の紳士が、悲しそうに呟く。 「長く・・・ない?」  年若い青年・・・銀の装飾の施された純白のマントを羽織った人物が、紳 士の言葉に、呆然と言葉を返す。 「そうだ、我が家に伝わる代々の呪いでな。  我等が家系に生まれる、女子に降り掛かる死の呪いだ・・・」 「何故・・・です?」 「理由は分からぬ・・・だが、我等が家系の女子の胸元・・・そこに浮き出 る黒き痣、それが・・・」  紳士の言葉に、青年が弾かれる様に視線を上げる。  セルフィ・・・彼女の胸元にある、漆黒の痣・・・確かに、青年はその痣 を目にしている。 「助かる方法は・・・?」 「無い・・・過去、私も妻に、ありとあらゆる手を尽くしたが、駄目だった」  震える青年の声から顔を逸らし、紳士は拳を血が滲むほどに握りこむ。  過去の記憶・・・決して逃れられぬ血の呪い・・・  それが、紳士の心を再び切り裂き、青年の心に傷をつける。 「セルフィの命は後一年程だ・・・君も覚悟しておくが良い」 「・・・覚悟?」  青年自体、その意味は分かってはいたが、それでも口に出して問いかける。 「娘を・・・セルフィを失う、覚悟・・・だ」 「・・・はい」  二人の心情を表すように、庭園の光が翳り、その場に立つ二人を暗い影が 包む込んで行く。 「・・・そして、君にも選択する権利がある」 「選択を・・・?」 「そうだ・・・娘を忘れ、この場を立ち去るか・・・  私と同じように、娘と子を成し、それを形見として生きて行くか・・・  ・・・どれを選択したとて、私は君を恨まぬよ」  紳士が、優しそうな目で青年に微笑み、そして語り掛ける。  その言葉に、青年は暫しの間沈黙し、そして意を決して言葉を紡ぐ。 「私は彼女と別れるつもりはありません・・・  ですが、私と彼女は子を成す事は出来ません」 「・・・どう言う意味かね?」 「セルフィ・・・彼女は子を成す能力を喪失しています。  私も・・・最近知ったのですが・・・」  青年の顔は、言葉の重さに相応しくないほど落ち着いており、また、それ が故に、青年の言葉の真偽を嫌でも紳士に知らしめる。 「そうか・・・稀代の術師たる君の言う言葉ならば、間違いあるまい・・・」 「・・・ですから、私も最後の別れのその時まで、彼女の命を救う為に、私 の全てを捧げるつもりです」 「徒労に終わるのが分かっていてもか?」  紳士が青年に向かって現実を語り、その意味を、その悲しみを知る青年は、 紳士と、この場には居ない女性に向かって、その決意を語る。 「分かっていても・・・です。  私の最初で最後の愛する人・・・セルフィの為ですから・・・」
「ウィン・・・お茶、ここに置くね」  椅子に座り、熱心に資料を読み漁る青年に、女性が声をかける。  その女性・・・いや、少女とも呼べる女性は、手に持ったお盆の上のコッ プの一つを手に取り、青年・・・ウィンの机へと置く。  そして、すぐ背後に置かれたソファーへと座り、黙ったままでウィンの姿 を見つめる。 「・・・ありがとう、セルフィ」  ウィンが、女性・・・セルフィへと、振り向きもせずに礼を返し、そして 置かれたコップを手に取って、自分の口へと運ぶ。  そして、そんなウィンの後ろ姿を見つめていたセルフィは、悲しそうに目 を伏せ、小さな声でウィンへと問いかける。 「・・・何の研究をしてるの?」 「呪い・・・その解呪方法の研究・・・そう言えば良いかな?」  あくまで背後を振り返らずにウィンは言葉を返す。  そして、それが故に、「呪い」の言葉に身体を震わせたセルフィの姿には 気付かなかった。 「・・・そう」 「あぁ・・・もうじき、結論が出る。  ・・・それが終わったら・・・」  ウィンはそこで口を閉じ、背後を振り向いてセルフィと見つめ合う。 「・・・終わったら?」 「終わったら、君と式を挙げる・・・」  ウィンのその言葉に、セルフィは目を見開き、そして絶句する。 「・・・嫌なのかい?」 「い・・・嫌じゃないわ・・・でも」 「・・・君に子供が成せないのは分かってる。  でも、大丈夫さ・・・この研究さえ成就すれば、全てが上手く行く」  ウィンが優しくセルフィに微笑みかけ、それに答える様に、セルフィの顔 にも笑顔が浮かぶ。 「・・・本当?」 「本当さ・・・嘘はつかないよ。  全てが上手く行くんだ・・・全てが・・・」  ウィンが自分に言い聞かせる様に呟き、そして再び作業へと戻る。  そして、それを見つめていたセルフィは、軽く寂しそうな笑みを浮かべる と、音を立てないように部屋を退出していく。 「・・・そうだ、全てが上手くいく」  閉じられたドアの音に重なり、ウィンの呟きが、闇に掻き消えた。
「遺伝する原因は分かっている・・・」  一人になり、数刻の時が過ぎたところで、ウィンは作業を止め、一人闇に 向かって語り始める。 「女子にのみ遺伝する呪い・・・男子には遺伝せず、呪いを受けた母親から、 女子の娘にのみ呪いが受け継がれる・・・」  ウィンは一人独白し、そして目を閉じる。  そして、自分の言葉の真偽を確かめつつ、さらに言葉を紡いで行く。 「・・・いや、正確には男子にも遺伝する。  だが、男子の中に芽生えた呪いは、その効力を失い・・・消滅する」 (・・・逆にいえば、それ以外の方法で解呪出来る呪いではない・・・) 「・・・つまり、セルフィを男子に変形(へんぎょう)できれば、呪いは 消滅し、セルフィの命も助かる」 (そして、男子となれば、セルフィも子を成す事が出来る) 「それが、残された唯一の手段。  ・・・だが、代償は私の命・・・か」  神の領域の力・・・それを行使する意味に、ウィンは刹那の間、身体を震 わせ、己が出した結論の意味を反芻する。  そして、誰に見せるとも無く、優しげな微笑を浮かべ、そして呟く。 「しかし・・・それでセルフィの命が助かる・・・  ならば、悩む事は無いな・・・」
「・・・「魂」の遊離と「器」への移動。  ・・・それは可能。  だけど、この呪いも、魂と共に受け継がれる・・・」  静かな寝室の中、ベットに横たわるセルフィの声が響き渡る。 「「魂」は元が身体のまま・・・セルフィである私のまま・・・  幾ら死霊術師の私でも、「魂」を変形させる事なんて出来ない」 (それは、神の力・・・人の扱える力じゃない)  セルフィの言葉が微かに震え、彼女の心が揺らぐさまを、聞くものに感じ させる。 「多分、ウィンも私の呪いの事を知っている・・・そして、私の為に調べて くれてる。  ・・・でも、駄目・・・私、絶対に助からない」  顔を隠す様に交差された腕の間から覗く頬に、一筋の雫が流れ落ちてゆく のが見える。 「怖い・・・死ぬのは怖いよ・・・  私・・・まだ、死にたく無い。  ウィンと別れたくないよ・・・助けて・・・誰か」  光の射さぬ薄暗い寝室の中、セルフィの嗚咽の声だけが響きつづけた。
 ぽう・・・ぽぽう・・・  音と共に、部屋に光が灯る。  そして、揺らめく空気の中、光が部屋を満たし、再び時が刻み始める。 「逃げた・・・か」  その光の中、椅子に腰掛けた女性が自嘲気味に呟く。  先程から焚きつづけている香が、部屋の中に充満し、息苦しいほどである と言うのに、女性はそれを苦にする事も無く、言葉を続ける。 「・・・死を見る事を恐れ、より安易な逃げに走った・・・  そう・・・確かに逃げたんだよね・・・」  ギギィ・・・  女性が呟き、頭を垂れると、それを待っていたかのように、部屋に金属音 が鳴り響く。 「そして、君を失った・・・全てを・・・失った」  ギ・・・ギィ・・・ 「うん・・・分かってる」  慈しむような音に答え、女性は机に突っ伏して嗚咽を始める。 「・・・でもね、今だけは泣かせて欲しいんだ。  昔を・・・別れの日を思い出したから・・・」
 カッチ・・・カッチ・・・カッチ・・  広間に、時計を刻む音が鳴り響く。  そして、その音の中・・・三人の人物が、椅子に座ったままで、彫像の様 にその動きを凍らせている。 「お嬢さん・・・セルフィを助ける手段があります・・・」  三人の中の一人、ウィンが沈黙の中、静かに言葉を紡ぐ。 「・・・嘘!?」 「・・・本当かね?」  残りの二人、セルフィと初老の紳士が、その言葉が信じられないと言う面 持ちで声を上げる。 「・・・やはり、君も知ってたか」  セルフィの言葉を目ざとく聞きつけ、ウィンが呟く。 「・・・えぇ、知ってたわ。  私の命が短い事も、絶対に助からないって言う、その事実も」  セルフィが僅かに震える声で言葉を返し、頭を垂れる。  そして、そんなセルフィに、ウィンは小さく微笑みかけ、そして精一杯の 優しい声で、語り掛ける。 「君には嘘はつかないよ・・・  ちゃんと見つかったんだ・・・呪いを解く、その方法が」  再度のウィンのその言葉に、ゆっくりとセルフィが頭を上げた。 「・・・本当なの?」 「本当だよ。  ・・・聞いてくれるかな?」  セルフィが小さく首を縦に振り、ウィンはそれを確認してから、紳士のほ うへと視線を移し、言葉を紡ぎ始める。 「かの呪いは、女子にのみ発現する死の呪いです。  ・・・男子においては、その呪いは消滅し、一切の効果も持ちません」 「・・・分かってる」 「あぁ・・・そこまでは私も調べた」  二人が忌々しそうに呟き、同時に悲しそうに視線を下ろす。 「重要なのは、男子にも遺伝すると言う事です・・・  すぐに消滅してしまうと言う事実を除いてはね」 「あの魔力構成を・・・そこまで解析できたのかね?」  紳士が、本当に驚いた様子でウィンを見つめ、それを受けたウィンは軽く 微笑み返すことで返事とする。 「つまり、セルフィが男であれば、彼の呪いも消滅すると言う事になります」 「私が・・・男に?」 「それで助かるとして・・・  手段は・・・どうするつもりだね?」  呆然と呟くセルフィの隣で、紳士が現実的な質問を投げる。  ・・・この世の魔法力全てを用いても困難であろう、その所業に対しての。 「私が、魔法具を作ります。  性を変換させるだけの力を秘めた・・・ね」 「それで、私が男に・・・」 「そう・・・セルフィと、私が・・・」 (命を捧げる呪法にて、私が生きている事は有り得ないが・・・)  呟くセルフィにウィンは優しく微笑み、心の中の懸念を隠して語り掛ける。 「ウィン・・・も?」 「全てが終わったら結婚しよう・・・そう言ったよね」 「・・・うん」 「だったら、当然の選択だろう?」  その言葉に、セルフィは僅かに頬を染めて頷く。  そして、それを聞いていた紳士が、言葉を切ったウィンに向かって遠慮が ちに問い掛ける。 「君は・・・男を捨てられるのかね?」 「・・・当然です」  と、その紳士の問いを微笑みながら答え、そして、紳士の瞳を覗きこみな がらゆっくりと言葉を紡ぐ。  まるで・・・挫け掛ける自分の決心を揺るがぬものにするために。 「自分の愛するものの命と、どちらが大切か・・・  考える必要もありませんよ」 (セルフィさえ助かるのならば、この命・・・差し出しても惜しくは無い)
「・・・助かるのだね、娘・・・セルフィは・・・」  ウィンの研究室・・・そこに、数々の研究機材を前にして、ウィンと初老 の紳士が向かい合い、言葉を交わしている。 「えぇ・・・魔道具の作成も、その効果も保証できます。  ・・・助かりますよ、セルフィはね」 「そうか・・・助かるのか・・・」  紳士は、ウィンの言葉に、涙を浮かべて安堵の溜息をつく。  それを見ていたウィンは、小さく、俯き加減で言葉を紡いで行く。 「しかし・・・貴方にも手伝って欲しい事があります」 「ん・・・何だね?」 「魔道具を完成させるための最後の一手・・・封魂の呪文を、貴方に唱えて 欲しいのです」 「・・・それは構わぬが・・・何故、君がやらないのだ?」  紳士が当然涌き出るであろう疑問を呟き、ウィンの顔を覗きこむ。 「・・・出来ないからですよ。  その時には、既に私は存在していないのですから」 「・・・何だと!?  そうか、封魂・・・それに、君は自分の魂を使うつもりか?」  封魂・・・魔道具に魂を封ずるための手段。  強力な魔道具ほど、封じる魂は貴重なものを必要とする。  そして、術者に近いもの程、貴重な魂となる。 「変形の呪法・・・それも、存在その物を変形させる魔道具です。  そして、それは神の領域の力・・・  術者に最も近い存在を使う以外に方法はありません」 「し、しかし・・・」  何かを悟りきったようなウィンの言葉に、紳士は絶句し、その言葉を失う。 「私の命一つで、セルフィが助かるのなら・・・  喜んで差し出しますよ、私の命くらい。  貴方なら・・・分かっていただけるはずです」 (・・・私と同じ苦しみを耐えた貴方なら・・・) 「あぁ・・・私も、君と同じ立場なら、君と同じ結論を出すだろう・・・  しかし、怖くないのかね?恐ろしくは無いのかね?  封魂した魂は、二度と・・・転生する事は叶わないのだぞ」 「・・・怖いですよ。  逃げ出したいくらい、叫び出したいくらいにね。  でも・・・それ以上に、セルフィを失う事が、私には恐ろしい・・・」  ウィンは、震える掌を紳士のほうへと差し出し、自分の正直な気持ちを告 白する。  そして、近くに置かれた二つの指輪・・・魔道具となる雛型・・・に、指 を這わせ、そして呟く。 「セルフィには・・・最後まで知らせないでください。  とても、許してくれるとは思えませんから」  黙ったままで頷く紳士の姿を確認し、ウィンは満足げに微笑み、そして椅 子に深く座りなおす。  部屋の明かりが、何処からか吹き込んだ風に煽られて小さく揺らめき、そ して静かに座る二人の姿を映し出す。  受け入れたものと、抵抗するもの・・・そんな、二人の姿を映し出した。  ・・・かたり・・・  そして、静寂に包まれた部屋の外・・・薄く開かれたドアの向こうで、小 さな、部屋の主達にも聞こえないほどの小さな音が、確かに響き渡った。
「あの時・・・私が、物音に気付いていたら・・・」  ギギィ・・・  揺らめく炎の明かりを見つめながら、女性が呟く。  そして、その女性の言葉に答える様に、金属音が鳴り響く。 「あの時・・・部屋の扉をしっかりと閉じていたのならば・・・」  ギギィ・・・  香の煙は、目に見えるほどの濃度になり、部屋の中を覆い尽くしている。 「違う結果になったのだろうか・・・」  ギギィ・・・ 「・・・失わずにすんだのだろうか・・・」  ギ・・・  再度、炎が大きく揺らぎ、軽く軋むような金属音が部屋の中に響くと、女 性は沈黙し、部屋が暗転した・・・
 漆黒の暗闇の中に女性の声が響き渡る。  震え、時折嗚咽の声を響かせながら、女性の声が響き渡る。 「死ぬのは嫌・・・」 「私は・・・死にたく無い。  ・・・でも、ウィンを失うのはもっと嫌」 「・・・ウィンを置いて、一人で生きるのはもっと嫌・・・」 「・・・死にたく無い・・・」 「・・・一人は嫌・・・」 「・・・」 「ウィンは・・・封魂したら消えちゃう・・・」 「・・・でも・・・」 「でも・・・私なら・・・」 「・・・死霊術師の私なら・・・」 「・・・消える事は無い・・・」 「・・・意志は消えても、魂は残る・・・」 「・・・呪いの影響も、身体を持たねば発現しない・・・」 「・・・なら・・・」 「・・・それならば・・・」 「・・・言葉は交わせなくても・・・」 「一緒に居られる・・・一つになれる・・・」 「・・・死ななくて良い・・・」 「・・・一人にならなくてすむ・・・」 「・・・ウィン・・・」  女性の言葉が途切れ、部屋を静寂が支配していった。
 小さく炎の揺らめく研究室・・・  そこに座る一人の青年・・・ウィン・・・そして響く、彼の呟き・・・ 「死・・・」 「死ぬ・・・消えてしまう・・・」 「セルフィを抱く事も・・・愛する事も叶わなくなる・・・」 「それが・・・私に耐えられるか?」 「それが・・・許容できるか?」 「・・・いや・・・」 「出来るかではない・・・しなければならない・・・」 「セルフィを失うくらいなら・・・」 「その苦しみを、この身に味わうくらいならば・・・」 「そして・・・どちらにしろ、セルフィと会えないならば・・・」 「私が消え、セルフィが生きていてくれたほうが良い」 「セルフィさえ、幸せであってくれれば良い・・・」 「ならば・・・納得・・・できる・・・」 「捨てられる・・・この命を・・・」 「・・・さよなら・・・」 「セルフィ・・・」  ウィンが瞳を閉じると同時に、研究室の明かりが消え、研究室の中を静寂 が支配した。
「・・・良いのかね?」 「えぇ・・・覚悟は出来ています」  初老の紳士の言葉に、ウィンは落ち着いた様子で答える。 「・・・ところで、セルフィは?」 「未だ寝ておるよ・・・」 「・・・そうですか。  なら、今のうちに始めましょう・・・」  ウィンは寂しそうに一言呟き、魔道具に命を吹き込む「儀式」を開始する。 「・・・魔道具の使い方は説明した通りです。  後は、頼みます」  ウィンが言葉を切り、机の上に置いてある小刀を手に取る。  そして、つと目を細めると、躊躇いも無く自分の右手首へと刃を滑らせ、 そして手を前方へと差し出す。  同時に、刃の滑った手首に、綺麗に赤い筋が現れ、その刹那、弾けるよう な勢いで、血が噴出する。  ウィンから流れ出た血は、まっすぐに机の上へと落ち、そして机の上に置 かれた二つの指輪を真紅に染めて行く。  ウィンは、その光景を静かに見つめながら、朗々と呪文を詠唱して行き、 そして呪文が終わると同時に、その場に崩れる様に倒れこんだ。  紳士は、それを確認してからゆっくりと腰を上げ、そして、ウィンに指示 された呪文の詠唱を開始する。  それに合わせて、部屋の明かりが、次第に机の上に置かれた二つの指輪に 向かって、収束を始める。  キィイン・・・・  そして、甲高い金属音が部屋に響き渡ると、部屋の明かりが消失し、部屋 の中を漆黒の闇が覆い尽くす。 「・・・これで、良かったのか?  セルフィ・・・ウィン君・・・」  後に、紳士の言葉が響き、そして暫くすると、机の上の指輪が、鈍く光を 発し始めた。
 ・・・ウィンが倒れる刹那前。  ウィンの研究室前で中を伺う、女性が一人。 (私は死なない・・・眠るだけ。  ・・・でも、言えば貴方は反対するから・・・ごめんなさい)  女性・・・セルフィは、心の中でそう呟き、ゆっくりと呪文の詠唱に入る。 (私には封魂の行える魔道具を作る力は無い。  ・・・だから、貴方の魔道具で私は生きるの・・・  貴方と一緒に私は生きるの・・・)  セルフィは、その場に座り込み、目を静かに閉じながらも、小声で呪文詠 唱を続けてゆく。 (貴方も・・・私と共に生きるの。  止めても・・・反対するから、勝手にやるね)  そして、セルフィの身体から、ふと力が抜け、その場に崩れ落ちる。 (すぐに会えるよ・・・ウィン)
「死・・・か」  何も無い空間、何も感じられぬ空間。  ・・・そこで、ウィンの意思が言葉を発する。 「私の魂は、魔道具に封じられ、そして消える・・・」  空間に何かが響く。  何かが震え、その身を揺らす。 「・・・怖いか?  あぁ・・・怖いな・・・死とは・・・無とは、このような物か・・・」  空間に漂う「何か」が、次第に掻き消えて行くのが見える。  ・・・そして、それをウィンも感じる。 「消える・・・終わりか・・・  さよならだな・・・セルフィ・・・」  と、ウィンが意識を閉じようとしたその瞬間、辺りを爆発的な光が包み込 み、ウィンの脳裏に、セルフィの姿が映りこむ。 「セルフィ・・・」 (・・・さようなら・・・)  ウィンの呟きに答え、セルフィが言葉を返す。 「最後に・・・君の姿を見れて、よかったよ・・・  さようなら・・・セルフィ・・・」  ウィンが意識を閉じ、そしてセルフィの姿も掻き消える。  ・・・二人とも、互いに顔に微笑を投げながら・・・
「あの時・・・あの瞬間が、君との最後の記憶・・・」  漆黒の闇の中、更に密度を増して行く香の香りに包まれながら、静かに、 女性の声が響き渡る。 「私達の紡いだ未来は・・・正しかったのかい?」
 朝日に包まれた寝室の中・・・  そこに置かれたベットの中で静かに寝息を立てる女性。  それは、ウィンのただ一人愛した女性・・・セルフィ。 (・・・気持ち良い・・・)  女性は、己が身を包む布の感触に心の中で悦びの声を上げ、そして僅かに 身を震わせる。 (朝・・・) 「・・・おはよう」  次第に覚醒する意識が、今を朝だと認識した瞬間、優しげな男性の声がセ ルフィの耳に届き、そしてセルフィは意識を現実に固定する。 「・・・おはよう・・・ございます」  セルフィは、その男性を認識すると同時に、意識を失う前の全ての記憶が 綺麗に組みあがり、そしてその意味を認識する。 「失敗・・・したみたいですね」 「・・・?」  セルフィの言葉に、男性・・・初老の紳士は、僅かに首を傾げ、そして、 ようやく合点が行ったのか、少々複雑な表情をしながら、優しくセルフィへ 語り掛ける。 「・・・知っておったのか。  だが、無事「儀式」は成功したよ」 「・・・成功?」  紳士の言葉に、セルフィは納得いかないのか、首を傾げて呟きをもらす。 「そう、成功したんだよ」  そう言って、紳士は女性の掌の上に二つの指輪を置く。  その指輪は、確かに綺麗な七色の光を発し、その内に秘める力を、セルフ ィに感じさせる。 「これは・・・何故?」 「ウィン君の命をかけた魔道具だ。  これで、お前の命が助かるんだよ・・・セルフィ」  呆然と呟くセルフィに、紳士は優しく微笑みかけ、そしてセルフィの髪に その手を這わせる。 「・・・え?」 「セルフィ・・・お前が悲しいのは分かる。  でも、ウィン君も悩みぬいた末に出した、ただ一つの結論だったんだ」  再度、紳士が悲しそうに顔を顰めながら、セルフィに話しかける。  そして、その言葉を聞いたセルフィは、指輪へと落としていた視線を、弾 かれる様に紳士へと向ける。 「ウィン君?・・・セルフィ?」 「・・・残念だが、ウィン君は死んだんだよ。  セルフィ・・・お前を助けるためにね・・・」  再度の紳士の言葉に、セルフィは何かに気付き、そしてゆっくりと自分の 顔へと、己が手を導いて行く。  そして、自分の顔を撫でた後、自分の髪の感触を、長さを確かめ、そして ゆっくりと自分の身体へと、視線を下ろす。 「セ・・・ルフィ・・・」  突如、セルフィは自分の名を呟き、己が身体を抱きながら、ベットの中へ と、再び崩れ落ちる。  そして、片方の手に握る指輪を力一杯握り締め、その指輪の意味する事に、 涙を流し、嗚咽を漏らす。 「何故だ・・・何故、私は生きている?  セルフィ・・・お前の中に入って・・・」 「・・・セルフィ?」  紳士が、セルフィへと言葉をかけるが、セルフィは軽く首を振りながら、 紳士に言葉を返す。 「違います・・・私は、ウィン・・・です」
「あの時・・・私は自らの成した事を、本気で後悔した。  君との別れの時を、自ら早めてしまったのだからね」  暗闇の中を、綺麗な空気が駆けぬけて行く。 「その悲しみから、私は、本気で自殺をも決意した・・・」  部屋中に充満した香を、吹き込む風が連れ去って行く。 「でも・・・気付いたんだ。  君の成したかった事を・・・そして、その意味を・・・」
「ウィン・・・君?」  顔を伏せ、嗚咽を続けるセルフィに向かって、初老の紳士が、遠慮がちに 話しかける。  その言葉に、セルフィは少しばかり身体を震わせ、そして涙に濡れる顔を 持ち上げ、そして途切れ途切れに答える。 「そう・・・です。  私が・・・セルフィの身体に入って・・・いるんです」 「なら・・・セルフィは何処に?」  紳士が呆然と呟き問いかけるが、その問いに、セルフィは、つと視線を下 げ、己が手の中に置かれた二つの指輪を見つめる。 「ここに・・・この指輪の中に・・・おそらく。  私の代わりに・・・封魂・・・された」  その言葉の意味を理解し、紳士は崩れる様にその場に倒れる。 「・・・「儀式」が終わったその後に気付いたんだがね。  セルフィが、君の部屋の前に倒れて居たんだよ。  まさか・・・とは思ったが」 「セルフィ・・・は、死霊術師だった。  身体を離れた私の魂を捕まえ、自分の身体の中に押し込める事も、不可能 じゃない」 「つまり・・・セルフィは死んだのだな?」  紳士の言葉に、セルフィは無言で首を縦に振る。 「封魂された魂は、魔道具が滅ぶときまで、決して解放される事は無い。  ・・・そして、既にセルフィの人格も・・・」 (私が生き・・・セルフィが消えた・・・死んだ) 「もう・・・この魔道具も・・・必要・・・ない」 (使う物の居ない魔道具など、存在価値など無い・・・) 「私には・・・何も・・・無い」 (私が生きている意味も・・・ない)  キィィィ・・・ン  セルフィが、溢れ出る涙をそのままに、手の中の指輪を投げ捨て様とした その時、二つの指輪が大きく瞬き、そして甲高い金属音が鳴り響いた。 (・・・ィン・・・) 「・・・っ!!」  キィィィィ・・・ン (・・・ウ・・・ィン・・・) 「セ・・・ルフィ?」  金属音は断続的に鳴り響き、そして同時に、セルフィの脳裏に、ウィンの 名呼ぶ言葉が鳴り響く。 「・・・どうしたのだね?」 「セルフィ・・・セルフィだな?」  キィィ・・・ン (・・・ウィン・・・)  紳士の言葉に耳を貸さず、指輪に向かって話しかけるセルフィの脳裏に、 また大きくウィンの名を呼ぶ声が響き、指輪はゆっくりとその光を失って行 く。 「・・・ウィン・・・そう呼んだんです。  指輪が・・・セルフィが・・・」  誰に聞かせるとも無く、セルフィは、滝のように涙を流しながら呟き、指 輪を本当に愛しそうに、己の掌で優しく包み込む。 「セルフィは・・・生きているんです」  ・・・そう呟くセルフィの胸元には、白く綺麗な肌が覗いていた・・・  ・・・そう、黒き痣など最初から無かったかのように・・・
 ギギィ・・・  漆黒の闇に包まれた部屋の中に、金属音が響き渡る。  と、それに答える様に部屋の明かりが灯り、そして何処からか香の香りが 立ち込める。 「・・・セルフィ・・・早いな」  明かりが灯ると同時に夢から覚めた女性が、背後にある闇へと言葉を投げ る。  ギギィ・・・ 「あぁ・・・今日は彼女達が来る日だ・・・」  女性は金属音に向かって、そう答え、そして背後に引かれたカーテンに手 をかける。 「今日が、別れの日になる・・・良いのかい?」  光を受け、明るくなった闇の向こうに、一体の彫像が現れる。  鈍く光る金属・・・鉄ではない、何か神秘的な金属で作られた彫像。  ・・・そして、それを見つめる女性と寸分違わぬ姿で作られた彫像。 「その身体も・・・今日が最後だ・・・」  ギギィ・・・  女性のその言葉を受け、その彫像が僅かに身動ぎをする。  手を僅かに上げ、そして目の前の女性の頬へと、その手を伸ばす。 「指輪が砕ければ、君の魂も消失する・・・  ・・・そして、その身体も、塵となり消え失せる」  彫像の動きを受けて、女性も彫像の頬へとその手を伸ばし、そしてゆっく りと顔を近づけて行く。 「・・・あの指輪には「枷」を掛けてある。  互いが互いの為に命を捨てられるだけの決意・・・それが無ければ指輪は 発動しない・・・」  二つの顔の距離がゼロとなり、その唇が互いの唇に接触する。 「・・・発動しなければ、私の従者に殺されるさ・・・」  ギギィ・・・  女性は、暫くそのまま硬直していたが、つとその唇を放し、そして彫像を 優しく抱きしめながら、再び口を開く。 「だけど・・・心配は要らないよ・・・  君の選んだ子供達だからね・・・」  抱かれたままの彫像も、その手を女性の腰へとまわし、そして何時までも 二人は抱き合っていた。
 キィ・・・  遠慮がちに扉が開き、その扉をくぐって、一人の女性が現れる。  ・・・まだ、成人して間も無いと感じさせる女性。  腰に剣を差し、それなりに使いこまれた鎧を身につけた女性。  純粋な、汚れの無い美しさに満ちた、剣士の女性。  その彼女が、僅かに視線を下ろし、躊躇いがちに椅子に座る。 「・・・さて、貴方、お名前は?」  既に椅子に座って、彼女を見つめていた女性が口を開く。  その女性の視線は、剣士の女性の胸元に注がれ、そして憂いを含んだ光を 帯びている。 「ら・・・ライナ・・・です」 「そう・・・で、話したい事って何?」  剣士の女性・・・ライナが、向かいの女性の言葉に身体を震わせ、そして 沈黙する。  向かいに座る女性は、優しく微笑みながらライナを見つめ、そしてライナ が口を開くのを優しく待つ。  そして、たっぷりと香の一束が燃え尽きるだけの時間の後、ようやくライ ナが口を開いた。 「私には愛を語る資格は無いんです。  ・・・いえ・・・」  紡がれて行く、ライナの言葉を聞きながらも、向かいの女性の視線は、た だ一点に固定されていた。  それは、ライナの胸元・・・覗く肌の胸元・・・  ・・・そこには、確かに存在している。  ・・・闇よりも暗い、漆黒の痣が・・・

<後書き>  樹遠零(きおん・れい)です。  絆三部作(?)の、まとめの作品になります。  前作、前々作の絆の核となっていた「指輪」の誕生のお話ですね。  さて、この作品・・・「萌え」度0%じゃ無いでしょうか?  「その手の」キャラは出てますが、これがまた萌え的な展開皆無。  ・・・しかも、サービスシーンが0!!  ははは・・・怒らないでくださいね・・・って、既に遅いか。  ええと、これからは「きずな〜ミドちゃんの憂鬱〜」の方を更新して行く 予定です。  ・・・まあ、某所で公開している「絆〜次なる者〜」を正式連載開始する って選択肢もあるんですけどね。  因みに、この作品、「きずな〜ミドちゃんの憂鬱〜」よりも「壊れた」作 品です・・・第一話目からそんな感じでして・・・  あ・・・と、では、ここまでお付き合いありがとうございました。  それでは、最後にエピローグでもどうぞ・・・  −樹遠零−

<エピローグ>

 ピキィィィ・・・ン・・・  部屋に、何かが砕けたような甲高い音が鳴り響き、その音に反応して女性 が目を覚ます。  常に引かれていたカーテンが開け放たれ、外から心地よい風が吹き込むそ の部屋の中で、女性は大きく溜息をつき、その身を起こす。 「終わった・・・な」  そう呟いてから、女性は背後へと視線を動かし、そして軽く微笑む。  ・・・先程までそこにあった彫像・・・それは、今はその姿を消し、その 位置には、少しばかり山になった何かの塵が積もっている。 「これで・・・私の凍った時も動き始める。  君と共に居るために使った呪いも、その意味を失う・・・」  そして、女性は自分の身体をその身に抱き、そして目を閉じたまま呟く。 「本当なら、私もすぐに君の後を追う予定だった・・・  ・・・だけど、私の中の「これ」が、その想いを断ちきってしまう」  言葉と同時に、女性は自分の下腹部の辺りを撫でる。 「君は私に抱かれるまで男を知らなかった・・・  ・・・私はこの身体を君から貰ってからは、誰とも肌を合わせてはいない」  女性は、ゆっくりとその瞳を開け、虚空を見つめる。 「・・・そして、君は子を成す力を持ってはいなかった・・・」  ・・・とくん・・・  女性の手に、微かな震えが走る。 「なら・・・これは・・・」  ・・・とくん・・・ 「この命は・・・」  ・・・とくん・・・ 「・・・何故、私の中で芽吹いたのか・・・」  ・・・とくん・・・ 「もしかして・・・君なのかい?  ・・・セルフィ」  ・・・見上げる女性の視界の中、一人の女性が微笑んでいた・・・
〜Fin〜



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