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幻想空間

よっすぃー 作




 「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
 荒い息と激しく打ちつづける、心臓の鼓動だけが聞こえる。
 「これで七人目」
 俺は額を流れる汗を拭った。
 トライアルステージでは一瞬の気の緩みが命取りになる。壁を背に向け、注意する方向を限定する。今の状態で闘えば、こちらのスタミナ負けは必至だ。まずは体力の回復に努めることが先決だろう。
 こっ…
 小さな物音が鳴った。慌てて銃を握りなおす。5秒…10秒…。沈黙のプレッシャーが俺を襲う。
 ふぅ。どうやら大丈夫のようだ。安堵の溜め息をつき、頭を大きく振る。それに寄り添うように、腰まで届く長い黒髪が頬に纏わりつく。伝った汗がまた汗が額に流れた。
 「ちっ」
 鬱陶しさに閉口しながら舌打ちすると、俺は汗を再び拭い、何か汗を止める物を物色した。
 「ろくな物がないな」
 携行していたバックには、使えそうな物は入って無かった。仕方なく俺は、着ている服の肩口のレースを剥ぎ取り、バンダナよろしく額に巻きつけた。これで取り敢えず、汗で視界が妨げられることは無いだろう。
 壁にもたれかかってから約10分。呼吸の方は大分整い出したが、スタミナの回復の方はままならない。露出した肩は、相変わらず激しく上下している。スカートはあちらこちらに穴が開き、ボロギレと言っても差し支えない。ふと目線を下にやれば、二つの豊丘がいやが応にも目に付く。清楚な白のノースリーブのワンピースが、そこだけ艶かしく感じる。但し、俺が着ていなければ…だが。
 「全く、ふざけた身体にしやがって」
 悪態をついた途端、銃を持った男が視界に入ってきた。俺はためらわずにトリガーを引いた。
 パン!
 乾いた音と共に、心臓に弾が命中した男は、ゆっくりと崩れていく。
 「これで8人目…」
 一体何人倒せば、奴のフロアまでたどり着くことが出きるんだ?




 「ゲームだ?」
 おれは素っ頓狂な声を上げた。
 「そう、ゲームだ。今までに無い全く新次元の、体感シュミレーションゲームだ。ここでお前と勝負をする」
 小野寺が自信満々に答えた。ここは俺達の勤める会社の会議室。部屋の隅には得体の知れない機械…新型ゲームのハードが鎮座していた。
 小野寺は俺と同期の社員だ。元来内向的な性格で付き合い下手と、俺とことごとく正反対の奴は、その嗜好性からもいわいる「その筋」の人間として、皆から敬遠される傾向にあった。但し、プログラマーとしての能力は抜群で、俺達の勤めるゲーム会社のソフト開発部では、抜きん出た存在となっていた。
 俺としては別にどうでも良かったのだが、何故か奴は俺を異常なほどに敵対視していた。
 「お前には絶対に負けない!」
 普段からそう公言してはばからず、何事にも食って掛かってきた。一方俺はというと、極々ノーマルでリベラルな人間だと自負している。仕事もそこそこ、趣味やスポーツも楽しみ、もちろん女の子とも楽しくやっている。
 一方、小野寺は趣味がそのまま仕事になったと言ってもよく、インドア派といえば聞こえがいいが、終日部屋でゲームをしているような奴で、女性ともまだ経験が無いともっぱらの噂だ。
 外見にしても、俺は身長が高く(188センチある)やや容姿が目立つ。といっても、デカイだけでたいしたことは無いのだが、158センチと小柄な身長にコンプレックスを持っている小野寺には、それすらも敵対心を煽る元になっているのだろう。
 とまあ、なにからなにまで正反対なのである。
 会社としてもそれが元で、次々と魅力的な製品を生み出す小野寺に対して強く非難せず、「まあ、あんまり、奴を刺激させるな」と、おれに大人の対処を求めて傍観しているようだ。
 だが、食って掛かられる側は迷惑な話だ。しかも本来なら奴と俺とは、開発部と総務部で所属も違い接点は殆ど無い筈なのだ。
 それでも事ある毎に、対抗意識剥き出しで吼える奴は、うざい存在ではある。もっとも悪い事だけではなく、会社もその点を考慮して、給与や考査ではそれなりの優遇はしてくれているみたいだ。故に多少の事は、俺が聞き流し無視を決め込めば、別にどうでも良かったのだ。所詮嗜好ベクトルが違うし、男と突っかかるよりは女の子と楽しくしている方が、いいに決まっている。
 
 そんな訳で、今まで軽くあしらっていた小野寺だったが、俺のふとした一言から、何やら真剣勝負(苦笑)に巻き込まれる羽目になったのだ。
 それは失言なんだろうかなぁ?

 ある日の就業時間。奴にとっては不本意なんだろうが、仕事上でのお金の清算に俺の元に来た小野寺のポーチを見て、俺が言った一言で奴が激しくエキサイトしたのだ。
 「ふ〜ん。子供みたいなポーチを使っているんだなぁ」
 俺としてはなんの思慮も無く言っただけだった。ポーチに描いてある女の子を見て、いい年してそんな物を持っているのは子供っぽいと思っただけだった。ところが小野寺は、『お気に入り』の美少女キャラを侮辱されたと思い、いつも以上に俺に噛みついてきたのである。
 「僕の栞ちゃんを侮辱したな!」
 奴は顔を真っ赤に激怒して、俺につかみ掛かってきた。自社の製品とはいえその辺の世時に疎い俺は、そのキャラクターが小野寺がデザインした恋愛シュミレーションのヒロインだとは、知る由も無かった。
 後でその事を知った俺は素直に詫びたが、奴の怒りは収まらず、あろうことか俺に決闘まで挑んできた。当初は鷹揚に扱っていた俺だったが、小野寺の執拗なまでの挑発に、さすがの俺もぶちきれた。
 奴が提案してきたのは、ゲームでの決闘だった。

 「いくら僕が向こう見ずでも、現実世界で勝負にならない事くらい認識しているさ」
 頭に血が上っているとはいえ、小野寺も自分の身の程と現実を心得ている。自分の得意な分野に絞り込んだのだろう。
 「言っておくが、俺はゲームなんかに興味は無いぞ」
 念のために釘をさす。ゲームに興味が無いのは本当だ。今の会社に勤めているのは就職活動の結果であって、全くの偶然なのだ。
 「なに、そんな裏技や特殊な技量が必要なゲームじゃないさ。そんなもので勝っても単なる自己満足だからね。現実世界でできない事をやろうと思うだけさ」
 意味深に小野寺は言った。
 「体感シュミレーションて奴か?」
 ゲームに疎くても、それくらいの事なら俺にも判る。
 「ふっ。体感シュミレーションと言っても、そこいらのゲームと一緒にしてもらっては困る。これは人間の五感を全てゲーム世界に移植する、画期的な機械なんだ」
 小ばかにするように奴は言い放った。
 「つまりバーチャル空間でありながら、現実世界と同じような体験が出来るのさ。ここでなら撃ち合いでも殴り合いでも、思う存分決闘をする事が出来るからね」
 「いいだろう。付き合ってやるよ。俺も後味の悪い事はしたくないからな」
 「いつまでそんな強気でいられるかな?」
 小野寺は不敵に笑い、俺にコードのついたヘッドギアのような物を手渡した。
 「これでゲーム世界にアクセスする事が出来るのさ」
 そう言いながら、小野寺もヘッドギアを頭に被り、あつらえたパイプベッドに横になった。
 「じゃあ、始めようか。決闘を」
 俺がヘッドギアを被って、ベッドに横になったのを確認すると、小野寺はゲーム機のスイッチを入れた。




 一瞬、自分の感覚が全て無くなった。詳しくは判らないが、感覚をバーチャル空間に電子変換しているのだろう。
 「おい、起きろよ」
 ぞんざいな口調の、小野寺の声で目が醒めた。
 「なんだ、何も変わり映え……」
 そう言いかかって息を飲んだ。周りの風景が一変していた!それまでいた会議室ではなく、市街地の廃墟のようなところにいた。遥か遠く…1キロくらいはあるだろうか?その先にちょっとしたビルがある。
 「ここが決闘の舞台だ」
 ヘッドギア越しに奴の声が聞こえる。
 それにしても……俺の手が少し白くて細いなどの、若干違和感があるが見事な物だ。奴の天才性は認めざる得まい。
 「ゲーム世界を流用したのでこういう世界になっている。廃墟の先のビルが見えるかな?あそこの最上階に俺がいる。辿りついて俺を倒せればお前の勝ちだ」
 これだからゲームオタクの考える事は判らない。決闘と言いながら俺の方に一方的にハンディを押しつけやがる。まぁ、頭ばかりでかくて身体がついてこない奴と決闘するには、これくらいが丁度いいハンディかもしれないが……
 「勝負は銃の撃ち合い、もしくは格闘だ。当たったりしたらもちろんダメージや運動制約はつく。それと、本来はゲームだから痛覚は軽いショック程度なんだが、今回は現実世界と同等に設定してあるからね。当たると痛いよ」
 下品な笑い方をする。
 最初は半殺し程度で済まそうと思っていたが、マジで頭に来た。どうせバーチャルな世界だ。徹底的に痛めつけてやる。
 「今すぐ行ってやる!覚悟して待っていろよ!」
 そう叫んで、自分の違和感の原因に気がついた。
 声が違う…いや、それだけじゃない。性別が違うのだ!
 スーツ姿だった俺の外見は一変していた。腰まで届きそうな癖の無い真っ直ぐな髪。清楚なノースリーブのワンピースに、それとコーディネートされたローヒールとバッグ。服越しにもはっきりと判る二つの膨らみ。まるで蓼科か軽井沢のような高原リゾートのカフェで、ハーブティを飲みながら詩集でも読んでいるのがお似合いの扮装……
 俺は慌てて持っていたバッグをかきむしり、コンパクトを取り出した。鏡の中には小野寺のポーチに描かれていた美少女がいた。
 「瑞希栞ちゃんは気に入ってくれたかな?僕のお気に入りだけあってキレイだろう?」
 下卑た笑いが続く。
 「そうそう。何も知らないんじゃ困るだろうから、彼女についてちょっと教えておくね。身長160センチ・体重49キロ。これで大体僕と同じくらいだね。ハンディは相殺されただろう?スリーサイズも凄いよ。上から88―57―86だから、闘う時には胸がちょっと邪魔かな?女の子だからしょうがないよね」
 「きさま……」
 「それと、栞ちゃんは詩集とかが好きな文学少女だから、運動能力はあんまり高くないよ。じゃあ、頑張ってここまで来てね」
 それだけ言うと、ぷっつりと声が途絶えた。

 何も無い空白の世界に俺はいた。正直、呆然としていたのだろう。2分?3分?実際にはホンの数秒だったのかもしれない。
 「くそっ!」
 可憐な容姿には似合わないとは思うが、俺は悪態をついた。あの男の思考にはついていけない。しかしこの姿で小野寺の許まで行き、奴と対決しなければならないのは事実だ。俺はまず武器を探した。
 自己中な性格の奴のことだ。武器があるかどうか疑わしかったが、暫らく鞄の中身を探していた。その結果、更に溜め息をつく事になった。
 「コイツの趣味は、一体なんなんだ?」
 鞄の中は、奴が言うところの瑞希栞の趣味設定に合わせて、詩集が何冊かと化粧道具などしかなかった。武器は見つかったが、まさか自分のスカートを捲し上げなきゃならないとは思わなかった。とことん栞のディティ―ルに凝ってやがる。確かにこんな雰囲気の女の子が、武器を携行していたらイメージぶち壊しだが、奴が武器の収納に選んだ場所は、右太腿。ここにレースのガンベルトを巻いていたのだ。
 ここまで凝っていながら、銃の方はいい加減な代物だった。奴の性格らしく、興味のない事には手を抜くみたいだ。持っていた銃はリボルバーでもカートリッジでもない。弾は何発でも出るようだ。まあ、ヘンな制限があるよりはマシだが。




 そんなこんなで、雑魚キャラを倒して8人目だ。これまでの闘いで、栞の体力の無さは嫌って程よく判った。小野寺が言う通り、この身体の運動能力は高くない。はっきり言えば、平均的女子高生(多分、17〜8歳位の設定だろう)よりやや劣っている。ここまで何とか切り抜けているのは、持ち前の反射神経と運動センスがあるからだ。
 とはいえ、馴れない女の身体や、劣ってしまった運動能力や筋力の代償は大きく、服は既にボロボロ。手や足にも生傷が多数出来て、満身創痍と行っても過言ではないかもしれない。
 「ちょいと時間は掛かったが、とうとう来たぜ。待っていろよ小野寺!」
 目の前で9人目を屠り、俺は建物の中に入っていった。




 ビルの中は、人の気配が感じないだけで、ごく普通のオフィスビルと変わらない。廊下の両方に扉があり、どこから敵が出てくるか判らない。しかも各階のフロアを抜けないと、上の階に行く階段に辿り付けないという作りになっている。
 「この身体の体力レベルだと、一気に駆け上がるのはちょっと無理だな」
 再び壁にもたれ呼吸を整える。時間はかかるが、各階毎に呼吸を整えてから臨まないと体力が持ちそうに無い。
 4フロア駆け上がったところで息を飲んだ。
 「決闘と言いながら、よくもまあこんな卑怯な事が出きるもんだ!」
 フロアから出てきた雑魚キャラは4人。速射で1人。デスクを盾に更に1人を射殺したが、いかんせん4人が相手だ。2人は撃ち洩らしてしまった。
 「しまった!」 
 そう思ったが、後の祭。雑魚キャラは戦術を変え、俺を羽交い締めにしてきた。
 「放さないか!この野郎!」
 俺は必至に抵抗したが、栞の筋力では振り払う事は出来なかった。そうこうしている内に、雑魚キャラの一人が銃を構えてきた。このままでは万事休す。なんとか活路を見出さないと……
 「はっ!」
 掛け声と共に体勢を落とし、俺は羽交い締めをしている雑魚を投げ飛ばした。投げ飛ばした雑魚が盾となり、もう1人からの銃撃を回避する。その勢いのまま足を払い、もう1人をなぎ倒す。例え筋力が劣っていても、タイミングさえ掴めたら柔術は有効なんだぜ。
 「地獄に落ちな」
 そう言うと俺は引き金を引いた。
 「これで20人。いくら雑魚でもこれだけいたら疲れるぜ」
 再度息を整え、俺は上のフロアを目指す。先ほど切れてしまった汗止めの代わりに、反対側のレースを剥ぎ取り額に当てなおした。
 更に4フロアの雑魚を倒し、俺は最上階に上った。

 大きなガラス窓を背に、小野寺はいた。
 「全く、手間かけさせやがって」
 悪態をつきながら、俺は小野寺と対峙した。
 「可愛い女の子が、そんな汚い言葉使いをしちゃいけないな〜。それに服装もボロボロじゃないか。もっと気を遣って貰わないと……栞ちゃんは僕のお気に入りなんだから」
 「勝手な事を言うな!約束通り、お前を叩きのめしてやる!」
 「そんな可愛い声で凄まれても、ちっとも怖くないよ。それよりもキミは女の子なんだから、もっと身だしなみに気をつけてもらわないと」
 俺の怒りなど意に介さぬ様にあしらう小野寺は、なにかリモコンらしき物を操作した。途端に、先刻までボロギレと言っても差し支えなかった、俺のワンピースが新品同様に再生された。のみならず、これまでの闘いでぼさぼさになってしまった髪の毛や、生傷だらけの四肢も元通りになっていた。
 「これでいい。女の子はキレイでなくっちゃね」
 満足そうに小野寺が頷く。
 「そんなことで決闘は止めないぜ」
 「いや、多分出来ないと思うよ」
 のほほんと答える小野寺。奴の眉間に向かって、俺は銃口を向けようとした。が、つい今しがたまでその重さを誇示していた銃が、突然その存在を消してしまった。
 「栞ちゃんがそんな無粋な物を持っちゃいけないよ」
 にっこりと笑う小野寺。その目は黒く濁っていた。
 「小野寺、お前……」
 俺は始めて奴に恐怖した。それは本能的なもの……
 「そうだよ。やっと気付いたかな?
 そもそも決闘なんて、必要無いんだ。ここは僕が創造した世界なんだから。僕が勝つのは必然なのさ。
 お前ごときと勝負する気はないし、もともとそのつもりだったしね」
 勝ち誇ったように吼える。恐怖と同時に、俺ははっきりと殺意を感じた。
 「殺してやる……」
 武器は無くなったが、奴は目の前にいる。このまま首を締めれば息の根を止める事は出きる。奴の首をつかもうとした途端、俺の動きも止まった。
 「おい、俺の身体に何をした!」
 「やれやれ。話を全然聞いていないね。ここでは僕が全能だと言った筈だよ。お前は僕の栞ちゃんを侮辱した。今までの恨みも含め、その罪は万死を持って当たらなければならないのさ。とはいえ僕も、殺人罪に問われるのは本意ではないからね。ここで君の精神に崩壊してもらって、僕が作ったプログラムをインストールしてあげるさ。ちょっとぎこちないかもしれないけど、素直で温厚。とてもいい性格になるから、みんな喜ぶよきっと」
 吐き捨てる様でもなく淡々と語る小野寺。
 「さて、ちょっと長話をし過ぎたかな?身体は生き続けるから葬式は出来ないけど、安らかに眠ってくれるかな?」
 奴が再びリモコンに手をかけようとした。
 刹那……
 「!!!!!」
 小野寺の表情が凍った。
 俺の身体がまるで壊れたテレビの画像のように、2重にぼやけ出したのだ。俺は一体どうなるんだ?
 「こんなことはある筈が無い!」
 小野寺は我を忘れてうろたえている。この状態は小野寺にとってもイレギュラーのようだ。もっとも、驚いているのは俺も同じだ。
 「駄目よ。そんな事をしては…みんなが悲しむわ」
 「!!!!!」
 今度は俺が凍った。
 今のは確かに俺の声だ。だが、俺は断じて喋っていないぞ。
 「栞ちゃん……」
 小野寺はとんでもない事を口走った。
 ちょっと待て。瑞希栞はうちの会社が製作したキャラクターだぞ。現実にはそんな人間はいないんだ。
 「どうして気がついてくれなかったの?ずっと想い続けていたのに……」
 またしても俺の口から、思ってもいないセリフが飛び出す。
 「あなただけを見ていたに……」
 「ぼ、僕は今まで女の子に、そんな事を言われたことなんか無い。栞ちゃんだってきっとそうさ。僕の理想でも、僕を好きになってくれる筈は無い!」
 絞り出すように小野寺が叫ぶ。
 想像上のキャラクターとはいえ、奴に求愛をよこす異性なんて、今までいなかったのだろう。
 「こいつは絶対に許す訳にはいかないんだ!」
 「嫌いにさせないで」
 「こいつは僕の片思いだった人を奪った極悪人だ。例え栞ちゃんがなんと言っても、天誅を下さなければならない」
 「駄目。小野寺さんは優しい人なのよ。そんな事をしてはいけないわ。お願い。私だけを見て。私を愛して」
 俺の口からそのセリフが飛び出ると、ぼやけ出した俺のシルエットは、完全に2人に分離した。元の姿の俺と、瑞希栞のふたつの身体に……
 栞は小野寺の肩に手を回すと、奴と唇を重ねた。
 「はしたない女だと思わないでね。こんな事が出きるのは小野寺さんだけよ」
 「栞ちゃん……」
 そう言うと、まるでそれを証明するかのごとく、もう一度熱い抱擁を繰り返した。今度は小野寺も積極的に応えた。経験が乏しいのか、或いは皆無なのか、動きはぎこちなかったけどな。
 その様を呆然と見ていた俺に、栞は改めて向きなおした。
 「ごめんなさい。小野寺さんはもう大丈夫。あなたにはご迷惑をおかけしました」
 ぺこりと頭を下げた。
 「すぐに現実世界へお戻しします。本当に申し訳有りませんでした」
 その瞬間、俺の意識は再び飛んだ……
 



 「おい、大丈夫か?」
 同僚の1人が俺を覗きこむ。見まわすと、周りの風景はもといた会議室に戻っていた。
 「小野寺は?」
 「小野寺?誰、それ?」
 同僚が首を傾げる。
 「誰って?開発部にいただろう。これを開発した……」
 「なに寝ぼけているんだ?このバーチャルシステムを開発したのはお前だろう?」
 呆れたように同僚が言う。あたりを見まわしても小野寺の姿は無かった。
 と、いうよりも、小野寺の存在自体が消えていた。このシステムを開発したのは俺になっていたし、配属先も開発部に変わっていた。
 恐らく小野寺が消えた事で、歪んだ因果律を修正するために、こんな事になっているのだろう。
 その後、修正を重ね発売されたバーチャルゲームシステムは、爆発的にヒットし、我が社の主力商品のひとつに踊り出た。
 そして、もうひとつの主力商品だった、恋愛シュミレーションゲームにも異変が起きた。
 メインキャラで、いつも憂いを秘めて微笑んでいた「瑞希栞」が、どんなアニメーターやイラストレーターが描いても、満面の笑みをたたえた表情になってしまうのだ。
 ま、それはそれで人気が出たからいいが……

 「君は幸せになれたんだね。栞ちゃん」
 俺は満面の笑みをたたえたイラストに向かって、そっと呟いた。





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