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  ※この話は、ふらっと様作「坂道」の続編にあたります。(ふらっと様の快諾を頂いた上で執筆しています)
    ふらっと様の坂道はhttp://ts.novels.jp/novel/200109/15004009/slope.htmlを参照ください。


続・坂道


よっすぃー 版


 


 坂道を登った先にある墓地に僕達は来ていた。
 いつもの展望台に行く道の途中から分岐して、桜並木の小道の先にある共同墓地。
 ここから見る街並みも絶景なんだけど、彼女と来るのは初めてだった。
 理由?墓参り以外に何がある。ちゃんと二人とも花束やら線香なんかを持ってきているよ。
 丘の上にある先祖代々の墓地にそれぞれ手を合わせる。
 「なんだか不思議な気分だよね〜」
 線香をあげた後、彼女が言った。
 「本当ならあなたがお参りするところなんだよね。この墓前」
 「そう…かな?」
 曖昧に答える。
 「で、こっちのお墓は本来私がお参りするところ」
 小さく肩をすぼめて笑った。
 「いいよ。両方お参りするから」
 どっちみち今日は大事な報告をしに来たんだ。どちらのお墓にもきちっと挨拶しておかないとね。
 しばらく無言でそれぞれのお墓に手を合わせた。

 「さて、やることはやったし。ちょっとゆっくりしようか?」
 そう言って、持ってきたポットからコーヒーを注ぎ、薫りを楽しみながら二人でゆっくり飲んだ。意外と言えば意外だが、ここはなかなかのビューポイントだったりもする。
 「ちょっと不思議な感覚だね?」
 猫舌で紙コップに息を吹きかけ、必死に冷ませている彼女が話しかけてきた。
 「うん、何が?」
 「だって、あたし……お嫁にいくんだよ。信じられる?」
 「う〜ん、確かに……」
 信じられない気分だよなぁ。
 「中学の途中までは、将来の夢はエンジニアだったのにね。世の中って不思議だね」
 「いや……、それは違うと思うけどな」
 普通はエンジニアを目指してきた“男の子”がお嫁に行くことなんて無い。ただ、この口調からも判るように、彼女はホントは男の子だったんだ。
 「もう10年になるもんね。自分がかつては男だったなんて、今じゃ信じられないわよ」
 「まあね。僕ももう、『この姿』がなんの違和感も無いしね」
 「可愛い彼女も出来たって?」
 じと目で彼女が答える。それはお互い様だろう。
 10年前。二人がまだ中学生だった頃、僕こと渡瀬由香里と隣にいる奥山健史は、ひょんなきっかけからお互いの心と体が入れ替わった。それまで僕は由香里という女の子だったし、健史はもちろん男の子だった。お互い好き同士だったけれど、その頃の僕たちは「自分と恋愛なんてちょっとなぁ……」という気持ちだった。それがきっかけで高校時代は別々に過ごし(僕がこの町を離れたという理由もあるけども)、大学進学と同時に再会して再び付き合うようになった(お互いの性別は入れ替わっちゃったままけどね)。

 それから6年。結局、僕達は別れることになったが、心を打ち解け合える親友としては今も交際は続いている。
 「そりゃそうだけど、結婚まではまだ考えてないよ」
 「そのうち考えるようになるわよ。知っている?あたしたちの業界って、実質25歳定年制だって」
 「なに、それ?」
 「公立の保育所は違うけど、あたしたちみたいな私立に勤務している幼稚園教諭って、だいたいその年齢で寿退職する先生が多いの」
 なるほど。意外なところで僕は感心した。僕が由香里だった頃は漠然と「保母さんていいな〜」位しか考えてなかったもんな。(幼稚園が文部科学省管轄で保育所が厚生労働省管轄なんて、由香里が就職するまで全然知らなかったし、保育士と幼稚園教諭の免許が違うのも、その時知ったんだ)
 「それにしても安直なところで、結婚相手を見つけたよな」
 安直なところ……由香里の結婚相手は大学時代に知り合った僕の友人。いつも一緒にいる内に恋心が芽生えた……って、やつ。
 「あ〜っ、そんなこと言う?健史だってお互い様じゃない?」
 あはは、確かにそうだ。今僕が付き合っている女の子は由香里の勤める幼稚園の同僚。結局似たもの同士なのかな?僕たちは。
 「しかし、よくあのお父さんが承諾したね。どう考えても信じられない?」
 「ふふ。娘溺愛の父親だからね」
 僕と由香里が本格的(つまり、大人の交際ってやつかな?)に付き合い始めた頃、僕は渡瀬の小父さん(由香里のお父さん…つまり僕の本当の父親だ)と一緒に飲みに行った事がある。小父さんにしたら娘のBF(あっ、店子でもあったんだ)はどんな奴だ?という気持ちからだと思うけど、僕は内心びくびくだったんだ。思えばお父さんと二人っきりで食事(今回はお酒が入ってたけど)をするなんて、入れ替わって以来初めてではないだろうか?何を注文して何を飲んだり食べたりしたかは覚えていないけど、異常に緊張した事だけは覚えている。
 「僕が真面目に交際させてもらってます。と言ったら、「娘をよろしく」と頭を下げた上に、何度もお酌してくれたんだぜ。あのお父さんが?信じられないよ」
 「それだけ溺愛なのよ」
 「う〜ん。元わが父ながら、あれ程だったとは思いもしなかった」
 感慨に耽る僕。
 「ほらほら、これ以上長居すると恭子先生がヤキモチ焼くわよ。戻ろう」
 きびすをきって健史が僕を引っ張った。
 それが事件の始まりだった。
 「わっ!」
 「きゃ〜!」
 無理に健史が僕の手を引っ張ったものだから、足を踏み外して、二人して再び坂道を転げ落ちてしまった。

 そして意識がブラックアウト……

 気がつくと、僕は由香里に健史は僕に、体と意識が入れ替わっていた。



・・・・・・



 さすがに2度目の入れ替わりともなると、パニックを起こすとかいう初歩的な問題はしなかったが、現実問題として困ったことが山積している。
 「大変なことになっちゃった。ねぇ、どうしよう?」
 となりで健史の姿をした健史(元健史)がうろたえている。
 「そう言われてもなぁ……」
 久々に感じるスカートの感覚に閉口しながら、由香里の姿をした僕(元由香里)が答えた。
 入れ替わったって言うと大変なことに聞こえるが、僕達の場合は元に戻ったと表現した方が適切なんだろう。でもなんで今更……
 僕達が入れ替わって既に10年の歳月が流れてしまった。最初は馴れない異性に戸惑ったり、入れ替わってしまった交友関係や家族に困ったりもしたが、今ではそれがごく当たり前のこととして受け入れている。
 その証拠に、二人とも恋人(健史に至っては婚約者だ!)もいるし、振る舞いや感覚にしたって、その辺りにいる男女と何ら変わるところが無い。
 10年前だったら元に戻れて喜んだかもしれないが、今となっては戸惑うことのほうが多すぎる。再度元に戻ろうとしたら、2度の経験からここを転げ落ちるしかないのだろうな?でも、
 「あの石段をもう一度転がり落ちる勇気は無いよ……」
 石段を顎でしゃくって僕が答える。誰だってあの急坂を見れば転がり落ちるのは躊躇するだろう。それに先刻の転倒でストッキングが見事に破け、あっちこっちが擦り傷だらけだ。
 「ぅ〜」
 不満顔で健史(元健史)が唸る。仕方ないじゃないか。
 「じゃあ、健史は自分からすすんで転げ落ちれるか?」
 「そんな、意地悪だよ由香里は……」
 健史が拗ねた声をだす。はっきり言って可愛くない。
 「とにかく今日はこのまま帰ろう。善後策を考えるのは帰って夜になってからだ」
 「それしかないのかな……」
 まだちょっと不満顔だが他に良い考えもなく、観念したらしい。健史(元健史)も渋々同意して、石段下にある駐車場に向った。
 駐車場の置いてある車…1.5リッターのありきたりのハッチバックだけど、僕にとっては思い入れがある。子供の頃からの夢だった(元の健史が、だけどね)自動車関係の仕事について、初めて設計に参加した「作品」なんだ。それはそうと、ついついいつもの癖でポケットに入れてあるキーを探す……
 「あれっ、無い?」
 で、気がついた。
 「健史〜ぃ。ポケットからキーを出してくれ〜」
 「えっ?あっ、そうか…」
 僕の言葉を理解して、健史(くどいようだけど元健史で、今は健史)がポケットからキーを捜し出し僕に放り投げる。
 「で、どうして健史が助手席に座ろうとするの?」
 当然のように助手席に座る健史に僕は苦言を呈した。
 既に僕の身体は154センチと小柄な由香里(元々僕は由香里だったんだけどね…)の姿になっている。当然健史身体のサイズでセッティングしてあるシートの位置とかが全然合わないのだけど。
 「あたしが運転できると思う?オートマ限定よ」
 「そうか……」
 あう、困ったことがまた一つ増えた。僕が普段乗っている車はMTだ。今日は僕が運転するとしても(よくよく考えると、見た目でいえば無免と同じなんだよな)、早晩健史にマニュアルミッションの運転技術を身につけてもらうか、AT車に買い換えないといけないかも知れない。
 健史を僕が住んでいたマンションまで送り届け、車を車庫に入れてから由香里の家(元はといえば自分の家なんだけどね)に戻ったのは、日もどっぷりと落ちた後だった。



・・・・・・




 「墓参りくらいでどうしてこんなに遅くなるのかねェ〜この子は」
 帰った途端、由香里の母親(つまりは元僕の母親だ)小言を言ってきた。
 「そんなこと言ったって、色々あったし……」
 ホントに色々あったのだが、それは言えない。
 「とにかくさっさとご飯を片付けてお風呂に入って頂戴。もうちょっとしたらお嫁に行く子がこんな調子では、先方の親御さんに申し訳が立たないわ」
 「は〜い」
 元はといえば自分の身体、口調や仕草を真似るのも簡単だと思っていた。
 でも、
 「今日はいやに素直じゃない?いつもなら一言二言、言い返してくるの
 「そうかなぁ〜」
 あれで結構きつい性格も持っていたんだね。やっぱり以前と全く同じという訳ではないな。僕は晩ご飯を食べながら妙なところで感心した。
 「ほらほら、さっさと食べる。それでなくてもアンタはとろいのだから」
 う〜。実の母親がそんなこと言うか?それに僕はどんくさくないぞ。女の子になった健史って、一体どんな生活をしていたんだ。付き合っていた頃の健史を思い出す……そういえば、異常なほどにおっとりしていたな。正体がばれないようにしていたせいもあるだろうけど、それだけじゃないな。あれは一種天然だよね。ひとり思い出し笑いをする。気持ち悪かったかな?
 「終わった?片付けが遅くなるから、食器を洗ったら直ぐにお風呂に入って頂戴」
 まるで追い立てられるように、ダイニングから追い出された。我が母親ながら、あんなにキツかったとは。
 「次はお風呂かぁ〜」
 不快にまとわりつく、スカートの裾をつまみ、呟いた。
 入れ替わりのときの転倒で、ちょっと泥がつきストッキングの破れも気になる。こんな格好で帰ってきた娘を見てどう思うか不安を感じたのだけど、「なに、また転んだの?」の一言で片付けられてしまった。以前の僕ってそんなにそそっかしく無かったと思うのだけど、健史の性格なのかな?着替えの下着と部屋着のスェットを持って風呂場に向かった。

 うっ。
 脱衣場では思わず硬直してしまった。
 何気に上着を脱ぎ捨てた途端、眼下にたわわに実ったふたつの膨らみが目にはいったからだ。僕のときとは比較にならない『由香里』のバスト。「高校に入った途端、急に育ったのよね〜」健史(ああ、ややこしい。元々あいつが健史なのに)が言っていたな。僕がこの身体だった時はAカップだったはずなんだ。昔は付き合っていたのだから今のサイズは知っていたけど、こんなに重たく肩がこるとは実感として知らなかった。(どうして知っているのかだって?そんなこと言わせるなよ)
 「今更ながら良く育ったよなぁ〜」見る角度が変わると更に大きく見える。
 ちょっと泥のついたスカートに手をかける。この汚れ落ちるかな〜?普段着の中ではお気に入りだと言っていたのに。僕がやったのじゃないけど、自分が着ているとなんとなく罪悪感が。
 ファスナーに手をかけると、微かな衣擦れの音と共にスカートが床に落ちた。トランクスではなくショーツを穿いている下半身。ブラジャーでいっそう強調された胸元。下着だけになると、自分の肢体を嫌でも意識してしまう。自分の身体なのに出歯亀になった気分だ。
 そんな複雑な心境を持ちながら風呂場に入ると、今更ながらに自分の身体が『女の子』ではなく『女』なんだと実感する。元の自分の身体。しげしげ見たからってなんの問題がある?
 頭では判っていてもとても直視出来ない。クソッ。
 「そんな初心な奴でも無い筈なのに」
 今だって恭子と付き合っているし、この身体ともいわゆる大人の関係も経験済だ。こんなことでおどおどすることは無いはずなんだ。たかが風呂に入って身体を洗うくらいで……
 対処できたかって?あたりまえだろう。生れてから15年近くもこの身体で過ごしてきたんだ。久し振りなので戸惑っているだけだよ。絶対に……多分……

 やや戸惑いながらも入浴を済ませた頃、ハンドバッグから可愛らしい着信音が聞こえた。一瞬ぎくりとしたが、発信元が健史だと判ってほっとした。落ち着いて聴くと、耳に覚えのある曲だな。『トトロ』?まぁ、あいつらしいけど、ちょっとねぇ。時代遅れだし、なんだかなぁ。曲変えようかなぁ?僕としては、古いにしたって、クリストファー・クロスや10CCとかイーグルスのほうが断然お気に入りなのに。
 [もしもし……]
 受話器を取ると、10年間慣れ親しんだ声が受話器から漏れてきた。
 [由香里、そっちはどう?ヘンなことしていない?]
 ちょっとあせったような声。元々は僕の家、僕の家族だぞ。しかもなんだ、ヘンなことって?時候の挨拶からとは言わないけど、もう少し言い方があるだろう。
 「ヘンな事って?」
 ちょっと意地悪な言い方で答える。
 [その……え〜と……色々よ]
 しどろもどろに健史が答える。
 「色々ってなんだよ。判らないから具体的に言ってくれよ」
 [もう!だから理系人間ってキライよ]
 おいおい、元々はオマエが理系志望だったんだぞ。
 [その……お風呂とかで……触ったりとか……トイレでその]
 いやらしい言い方するなぁ。こっちの方が意識しちゃうじゃないか。
 「あのさぁ、そんなの、日常生活で必要不可欠な行為だぞ。この身体をふけや垢でべとべとにしたり、膀胱炎にさせたいか?」
 [う〜。それも嫌だ。でもぅ〜]
 付き合っていたときは、語尾を伸ばす口調も可愛かったけど、男の…それも自分の声で言われるとちょっと。
 「頼むからその声で『女言葉』はやめてくれないか。オカマっぽくて気持ち悪い」
 つい、耳に障ったので言ってしまった。
 途端に、受話器から大きな嗚咽が飛び込んだ。
 しまった!そう思ったときは遅かった。健史が涙声になっていた。
 [だって、しょうがないじゃない!10年前はあたしだって同じことを言ったわよ!]
 精神的に不安定になっている時に言われたからとっても傷ついたよなぁ、あの時は……
 [意地悪を言う由香里は嫌い]
 今は健史が『女』なんだ。思春期を越えた10年は、僕や健史の意識を完全に入れ替えてしまっていた。あの時僕は健史に同じセリフを言われてひどく傷ついたというのに、ちっとも経験が生きていない。
 自分が同じことをしちゃいけないよな。うん。
 きちんと謝って、それからは出来るだけ事務的に明日の打ち合わせを行った。
 「明日そっちのマンションに顔を出すよ。そのときにこれからのことや善後策について話し合おう」
 [判った……わ]
 何とか健史をなだめすかして、電話を切った。
 ふぃー、疲れた。今日はもうなにも考えたくない。
 寝ようと思ってはたと気がついた。
 おーい、パジャマはどこに仕舞ってあるんだ?


・・・・・・



 翌日。僕は健史の待つマンションに顔を出した。学生時代に住んでいたアパートから、就職と同時にここに引っ越してきたんだ。
 「昨日は眠れた?」
 朝食の差し入れ(具沢山のサンドイッチ)を渡しながら、僕が尋ねた。
 「ありがとう。お母さんが作ったの?」
 「ぶー、外れ。僕が作ったのさ」
 大学からひとり暮らしをしていたので、一通りの家事は出来るのさ。
 恐る恐る手を伸ばし、まるで毒味でもするように、端っこの方をちょっとかじって食べる健史。
 「おいし〜ぃ」って、疑ってたなコイツ。失礼な奴。
 一口食って味を確認すると、「昨日、ろくなモン食っていないのよ」と、貪るようにかぶりつく。現金な奴。
 満腹になったら機嫌が良くなったのか、一夜明けた感想を述べだした。
 「男の子になって、肌のケアや髪の手入れなんかを気にしなくて済むのはいいけど、なんか気持ち悪い。ごつごつしているし、妙な感覚がして朝が嫌だ」
 て、元々お前の身体だぞ。ちょっとムカつく。
 まぁ、今日はそんなことを口論するために来たんじゃない。問題は僕の、というか、健史の仕事のことだ。
 由香里の方は『花嫁修業中』の身で既に幼稚園教諭の職を辞しているので、入れ替わったからといっても、今のところは特に問題は無いが、健史にはエンジニアとしての仕事がある。
 この点をなんとかしておかないと、早晩生活することが出来なくなる。(早い話が失業者になっちゃう)
 勝手知ったる自分のマンション。カップを取り出し、コーヒーを用意しながら話のきっかけを作った。
 「あのさ、入れ替わって、というか、今頃になって元に戻っていろいろ戸惑うこともあると思うんだ」
 「そうね。服が慣れないし、身体が硬いし。肩がこらないのはいいけど、朝はヘンなことになっちゃうし、大変よ」
 健史は即答したけど、そんなことを聞いたつもりじゃないんだよ。
 「そうじゃなくて、お互いの社会的立場だよ」
 「あっ」
 やっと理解したみたいだ。
 「さしあたって急ぎの仕事はないし、明日・明後日は有給をとってある。正直、また入れ替わりがあるのかどうかも見当もつかないから、今のうちに僕の仕事を覚えておいたほうがいいと思うんだ」
 今何をしないといけないのか、努めて事務的に話した。
 「そんな……急に言われても無理よ」
 案の定、健史がしり込みした。まぁ、無理も無いか。機械好き車好きだったといっても中学までの話しだし、今じゃ全く縁の無い生活を送っている。機械図面なんてまず見ることないよなぁ。
 「難しいことは考えなくていいよ。家のPCにもCADはインストールしてあるから、ある程度はバックアップできると思うし」
 「でも、こんな難しいもの……」
 「暫くの間は、打ち合わせた内容をメールで送ってくれたら、何とかするよ。いつまでこの状態が続くか判らないから、最悪のことを考えておかないと」
 「最悪のことって?」
 健史は尋ねてきたが、答えは言わなくてもわかっている。それ以上は聞いてこなかった。その後は日没まで黙々とCADの操作を練習していた。(ま、時々「由香里〜っ。こんなの判らない〜!」とぼやいたり、ヒスを起こしていたけど)




・・・・・・



 1週間が過ぎた。相変わらず僕たちは、入れ替わったというか元に戻ったままだ。
 特訓が効いたのか元々素質があったのか、なんだかんだといいながらも健史も設計の仕事をこなしている。元々好きだった(大昔の話だけどね)仕事だし、僕がまだそれ程重要なところを任されていないこと、判らないところはメールでやりとりして、僕が書いて返信したりしているのでなんとかなっているみたいだ。
 でも、やっぱり不安はある。特に健史は仕事の内容からストレスも溜まるらしく、必ず愚痴が添付される。僕にしたって料理を作れば、「アンタ、味付け濃くなったわね」とお母さんに言われてぎくりとしたり、服の着こなしが雑になったと、細かいところをチェックされてその都度ひやひやしている。
 そんな訳だから、今僕たちは毎日何らかの形で会ったり連絡を取り合っている。そうなると問題なのが、お互いの彼氏彼女……博之と恭子のことだ。今の状態で付き合うのは抵抗があるが、やっぱり好きな相手と理不尽な理由で別れたくないし。いろいろ考えた末、ぼろが出てもフォローできる会い方をして、交際をつなぎとめようという事に意見が一致したのだけど……
 「やっぱり、あたしが言わなきゃ駄目?」
 すがるような目つきで健史が尋ねてきた。
 「だ〜め。健史が言わないとおかしいよ」
 「でもぅ……」
 「じゃあ、僕が言うの?博之に。結婚決まっているのに、今度のデートは健史たちとダブルデートにしようって?僕が……面識があるっても、他の女の子が言ったらヘンじゃない?」
 そんなことしたら博之でなくても勘ぐるよな。僕たちは元々恋人同士だったのだから、ヘンな誤解をされたくないし。
 「その代わり、僕は恭子に同じことを言うんだよ」
 それを聞いてやっと納得したみたいだ。

 「もしもし、恭子。今度の日曜日出かけないか?」
 それを聞きながら僕も携帯を手に取った。
 「あっ。博之?うん、ゴメンね。ここのところ電話おろそかになっちゃって。それで今度の日曜日………」



・・・・・・



 僕たち二人が入れ替わって2週間が過ぎた。少なくても表面的には僕たちは上手くやっていると思う。元々は自分の体だし、だいぶ忘れていたとはいえ、生理の処理だってちゃんと出来る(はずだ)。
 ただ、お互いの恋人のこととなると話は別だ。意識の上では僕はもう男だし、由香里を経験した健史は完全に女の子になっている。当然恋愛対象も変化していて、昔の……身も心も女の子だった時代ならともかく、今の僕は博之に対して仲のよい友達以上の感情は無い。でも、由香里の社会的立場から考えると博之は彼女の婚約者だし、恭子だって健史の恋人として認知されている。
その関係は崩したくないが、単独で会うと仲が深いだけにどんなぼろが出るか判らないし、いわいる『大人の関係』はちょっと勘弁して欲しい。(それは判るでしょ?)
 その苦肉の策がダブルデートなんだけど、恭子と博之はどう思っているのかな?ちょっと不安だ。
 「4人で遊びに行くなんて、飲みに行く位しかなかったから、すっごく新鮮に感じるわね」
 「そういや半年振りかな?」
 「今シーズンは滑りに行かなかったもんね」
 「わたし達は行ったわよね。健史」
 表面的には大丈夫みたいだ。でも会話の内容に注意しておかないと、いきなり僕の知らない事柄を振られたら大変だ。
 「さて、荷物も積んだし出かけるか?」
 「「「OK」」」
 博之の車にバーベキューセットを積み込み、僕たちは高台の公園に出かけた。

 「健史〜っ。ぼーっとしていないで、荷物運ぶの手伝えよ」
 「あ、ああ」
 自分の役目を理解していなかった健史が、博之に注意されて慌ててクーラーBOXや木炭などの荷物を持って運び出した。この間まで女の子をしていたのだから仕方が無いか。こういうところをさりげなく気がつかないと、『気の利かない男』の烙印を押されるのだけどね。
 そう思いながらボーっとしていると、僕も『女の子』として気が利かないことをしてしまった。 
 「由香里先生……あっ、もう先生じゃないわね。そこのお肉と野菜を取って」
 いきなり恭子から声をかけられてしまった。料理の下準備は肉体労働をしない者がやんないとね。健史と博之がセッティングと火をおこしている間に、僕と恭子がそれに当たった。

 「「「「乾杯〜っ」」」」
 準備が終わって、健史と博之がビール。僕と恭子がチューハイの缶を持ち、博之の音頭で缶を合わせた。
 ホントはビールがいいのだけど、由香里の身体ではあの味覚についていけない。晩酌をやってみて、リキュール類かチューハイが精一杯のアルコールなのは、嫌というほどよく判った。
 肉の焼ける香ばしい匂いと、酒がすすむにつれて会話が弾むのだけれど、お互いにとっても友人という間柄からか、会話でボロを出すことはなさそうだ。そういう意味ではちょっとほっとしている。
 でも、お酒っていうのはやっぱり程々にしておかないといけない。ほんのり赤い間はよかったが、度を越して飲んでしまった博之が、僕(由香里)に対する不満を述べ始めた。
 やばい!!!っと、思ったときは既に手遅れで、ちょっと呂律の回らない口調で、「だいたい健史はなぁ〜」と健史にからみ出したのだ。
 「由香里とおまえが付き合っていたなんて昔の話じゃないか。それなのに最近どういう事だ?あん。妙に仲良くなりやがって」
 「ちょっと博之言い過ぎよ」
 「駄目だよ。そんなこと言っちゃ」
 僕と恭子がやんわりと止めようとしたが、「女どもは黙っておけ!」と一蹴して、全くとりつくしまもない。コイツこんなに絡み酒だったっけ?
 で、健史とはいうと、突然の博之の豹変にただただ戸惑っているだけだった。今まで婚約者の『由香里』として、博之のいい面しかみていなかった健史にとって、今の博之の態度は思いもつかないのだろう。(二人で飲みに行っても、悪酔いするほど飲まないだろうし)
 「恭子も恭子だ。こいつらが焼けぼっくいに火がつかないように、ちゃんと監視しておく義務があるだろう!」
 からみの対象が恭子にまで移ったかと思うと、真っ青になって突っ伏した。おいおい、勝手にぶっ倒れるなよ。
 「しょうがないわね、博之には……」
 そう言って笑って済まそうと思っていたのに、今度は恭子が健史にからみ出していた。
 「ちょっと健史。いくら友達だからって、あそこまで言われっぱなしになること無いじゃない?そりゃ私は健史の優しいところが好きだけど、今のは意気地なしって思われても仕方ないわよ」
 「いや、あた…僕はそんなつもりは」
 「だから、そこでやんわりでも言い返しておかないと、私だって疑問に思うもの」
 恭子もそんなこと思っていたのか?
 「優しさと毅然とした態度は別なんだから」
 「ゴメン……」
 健史もそう言うしかなかった。
 「ゴメンね。誤解させちゃって」
 僕もそれしか言えなかった。
 ホントの理由は言えない。そんな事したら、僕たちの仲はもう終わってしまう。
 「健史と由香里の仲は知っているわよ。私も博之君も。二人が昔、付き合っていたのは承知の上で、今の関係があるのだし。昔のことは蒸し返すつもりもないし、今は親友だってのも認めているつもりよ」
 僕も健史も黙って聞くしかなかった。
 「だからこそ気を遣ってほしいの。やっぱり不安になるんだもん。ここのところ何の連絡もなかったし。ゴメンね、ちょっと愚痴っぽくなっちゃって」
 彼女も自分で何を言っているのか判らなくなっているようだ。ただ、本気で僕……健史のことが好きなのが痛いほど判る。博之にしてもそうだ。いくら心が入れ替わったからといっても、そんな二人を騙し続けていいのだろうか?ちょっと心が痛い。
 「恭子……」
 何か言わなきゃと思った僕のセリフを別の意味にとったのか、恭子は僕の口に手を当て、ゆっくりと首を振った
 「今日はゴメン。もう楽しむ気持ちじゃないわ。帰りましょう」
 「そうだね」
 完全に場が白けてしまったもんな。同意せざる得ないか。僕も黙って頷き、片づけの準備をした。
 「さっ、博之君。帰るから起きるのよ」
 健史と恭子が博之をかかえて立ち上がった。大柄な博之は健史一人では、ちょっと手に余る。そこで恭子も手を貸したのだけど、今の博之は完全な酔っぱらい、足下がおぼつかない。1歩2歩歩き出した途端、二人では支えきれずやっぱりよろけてしまった。
 「ちょっ、ちょっ、ちょっと、由香里〜っ。手伝って〜」
 恭子の悲鳴に急いで僕も駆け寄ったが、ワンテンポ遅かった。足元がふらついた博之が恭子の方に全体重を乗せてしまったのだ。しかもその先は石段!
 「いや〜っ!」
 悲鳴とともに、僕たちの目の前で恭子と博之が一緒に転げ落ちた。これって、まさか……
 「ねぇ、ひょっとして?」
 「ああ」
 僕たちはお互いに目を見合わせた。
 「とにかく二人を介抱しないと」
 「そうだね」

 急いで石段を降りていくと、恭子と博之が怪訝そうな表情を浮かべながら起き上がった。最初は呆然とした表情でお互いを見つめていたようだけど、だんだん意識がはっきりしてきたのかしきりに自分と相手の身体を見回している。
 そして……
 「無い!」「有る!」
 「俺がいる!」「アタシがいる!」
 驚愕の表情を浮かべた二人が立っていた。
 どうやら石段を転げ落ちたショックで二人の精神が入れ替わったみたいだ。僕たちのように。
 「ねぇ、言っても信じてくれないかもしれないけど、アタシ恭子だから!」
 「お、俺も見た目は恭子ちゃんかもしれないけど、中身は博之なんだ!」
 動揺しつつも必死に真相と弁明をする博之と恭子。
 なんだか可笑しいような悲しいような……
 僕と由香里はお互いの顔を見合わせくすりと笑った。
 「ねぇ。これって、ハッピーエンドなんだろうか?」
 「さぁ?神様の悪戯に理由なんて存在しないと思うわよ」
 人生なんて案外ギャグなのかも知れないな?どこでどんなオチがついているのやら。こんな大団円なんて一体誰が想像する?
 さ〜て、どう説明してあげようか。
 「あのね、実は……」
 僕はパニクっている二人をなだめてゆっくりと口を開いた。



FIN



お付き合いくださって有難うございます。
読み返してみて……こっ恥ずかしい!!!

このネタは、元々別の話であたためていたアイデアだったのですが、ふらっと 様のお誘いにより、「坂道」の続編として書きました。
その時点で、シリアスな話からハーフコメディに内容も一変。結果的にはこの方が、書きやすくて自分らしいという結果になりました。(皮肉ですね)
同じネタ、キャラクターを使って、書き手が変わるとどんな風に話が変わるのか?結果はこんな感じです。
で……
読み比べてみると、自分の作品の粗さがよく判ります。
恥ずかしい話がまたひとつ増えてしまいました。
ペコリッ。


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