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Written by John






カーテンを開けっ放しにして正解だった。
昨夜、月を眺めながら寝てそのままだったのが、そのまま朝の輝きを呼び込んでくれた。
やっぱり太陽の光に包まれての目覚めが一番気持ちいい。
眩さに目を細めて起き上がる。
虚空に向かって一回伸びをすると、急激に思考が醒めていった。
…その刹那。

「…………………………!!!!!」

酷い痺れと寒さが全身を襲った。
続いて痛みと熱さが骨の芯を走る。
両腕を抱いて、うつ伏せにベッドに倒れ込んでしまった。
…もう一年も続く、一ヶ月毎に僕を襲う感覚。
この状況には何時まで経っても慣れない。

「…………………………!!!!!」

全身の骨と筋肉が一斉に悲鳴を上げる。
痛みとさえ感じられない感触に、僕は叫んだ。
…喉も痺れきって、望んだ声は出ないけど。
そうするうちに、思考がぼやけて二重写しの写真みたいになってきた。
心が白い霧の中に墜ち込んでいく。
同時に、何かが奥底から浮かんでくるのも分かる。
分離していた写真の像が一つに焦点を結んだ。

「("私"の出番みたいね。
ゴメンけど、選手交代よ♪)」

心の声にあわせたみたいに、一斉に変調が収まり始めた。
頭の霧は晴れて、身体もいう事を聞くようになってくる。
うつ伏せてた身体を勢い良く引き起こしてみた。
背の半ばまで届く髪の毛が、宙を舞って落ちてくる。

「うぅ〜ん…!」

もう一度、背伸びしてみる。
響く声はもう私のモノ。
さっきまでの"僕"とはもう違うから。
満足して、天に伸ばして組んだ指を外したその時。
外から声が聞こえてきた。

「お〜い、キサラ!」

やっぱり、りゅ〜ちゃんだわね。
"僕"の幼馴染で、ネボスケな"僕"を毎朝起こしに来てくれてるの。
りゅ〜ちゃんの声を聞いて、勝手に胸の奥から笑顔が零れる。
次の瞬間にはベッドから飛び降りて走り出してた。

「朝食べないとりゅ〜ちゃん怒るから、トースト一枚だけ食べとこ。
制服は"前"お母さんに頼んどいたからクリーニングしてあるはずだし。
せっかくりゅ〜ちゃん来てくれてるんだから髪梳いて、顔しっかり洗って歯磨いて…。
えっと、まだなんかあったっけ?」

口に出して呟いて、『りゅ〜ちゃん』って単語がたくさんな事に気付いてちょっと赤面。
でも取り敢えず今はそんな事やってる場合じゃない。
さっき言った事全部やって、その上朝錬に行くと…。

「あ゛〜!!!
時間が足りない〜!!!」

数分後、叫びながら食べながら着替えながら髪梳かしながら歯磨きの準備をする私の姿が、食卓にあったとか無かったとか…。










PERSONA











「キサラ、遅刻するぞ!」

ごく普通の一戸建ての前で、俺は今日三度目の声を張り上げた。
小学生の時から続く俺の声は、もうこの辺りの朝の風景に溶け込んでるらしい。
近所の人は誰も『うるさい!』なんて文句はいわず、笑って見ててくれる。
それにしても、五分毎に叫んでるわけだから、もう十五分になるわけか。
いつもは二回叫んだ後くらいに来るから、ちょっと遅いな。
そろそろ、走らないと部活に間に合わない時間なんだけど…。

「ごッめ〜んッ!!!」

バタンッ!
勢いよくドアが閉まる音と同時に、声が響いた。
さっきから待ってる"キサラ"の声質とは違う。
でも、これこそ俺の待ち望んでいた声。
一ヶ月前からずっと…。
努めて平静に、俺は片手を上げて返事した。

「おはよう、紀沙羅。」

自分でも堅い事がよく分かる。
でも、それも仕方がない事だろう。
だって自制心を固めてなきゃいけないんだから…。

「オハヨ、りゅ〜ちゃん☆
待っててくれてアリガト♪」

言いながら抱きついてくる。
コレが、自制心が要る理由。
元が男だからか、こいつには警戒心ってものがない。
幼馴染みだからなのか、特に俺に対しては完全にゼロだ。
今だって、柔らかい胸の感触が…。

「ン……………りゅ〜ちゃん、どぉ?」

紀沙羅は"キサラ"より背が低い。
男の時は同じくらいなのに、今は紀沙羅を見下ろしてる。
当然それは、コイツからしてみれば見上げる事になるわけで…。
悪戯っぽい上目がちな視線に、俺ノックアウトされそうになった。
寸前のところで言葉の内容に気づいて、怒りを取っ掛かりに心を持ち直す。
ちょっと乱暴に腕から引き剥がして…。

「おまえ、わざとなのか!?」
「あ、りゅ〜ちゃん真っ赤♪」

遊ばれてる…。
完全に遊ばれてる…。
ちょっと悔しくなって、急ぎ足で歩き始めた。
いつもなら歩幅の小さい紀沙羅に合わせるところだけど、今日はそんな事はしない。
一瞬何の事か分かってなかったみたいだけど、すぐに気づいて追ってくる。
全力で走って前に回り込んで、紀沙羅は唇を尖らせた。

「りゅ〜ちゃん、ヒドいよ!」
「ヒドくなんかない。
お前起こすのに手間取って部活に遅刻しそうだから、仕方ないんだ。」

思い切り嫌味なぐらいに正論を吐いて見せる。
同時に、バスケで仕込んだフェイントを掛けて…。
"キサラ"の時はテクニカルなプレイやディフェンスが上手い――体力無いけど――紀沙羅なのに、あっけなく抜けてしまった。
女になると体力が減るみたいだから、そのせいだろう。
俺は得意げに振り返って見せる。
…ところが。

「ゴメンね、りゅ〜ちゃん…。」

俯いてへコんでる紀沙羅なんて、初めて見た。
"キサラ"の時におとなしい反動なのか、女になるといつも明るかったのに…。
ドキッとして、慌てて駆け寄る。
まさか泣いちゃいないと思うけど…。

「ハハハっ!
つっかま〜えたっ♪」

やっぱり嘘泣きか、こいつ!
…叫ぼうと思った声は出なかった。
正面から抱きつかれて、見上げる笑顔が眩しい。
自制心が、潮が引くみたいに消えていくのが分かる。
ぶら下がっている手に力が篭る。
抱き締めたい…!

「あ、もうこんな時間!
早く行かないと☆」

意を決して腕を広げた瞬間。
驚いたような声を上げて紀沙羅は飛び離れた。
腕を開いた格好で硬直している俺を見て、ちょっと首を傾げる。
そんな仕草も可愛い…。

「どうかしたの?」
「い、いや、何でもないさ。」

思わず見惚れて、返事に焦ってしまった。
釈然としないみたいで腕を組んで考え込んでる様子。

「…ま、いっか♪」

十秒もしないうちに考えを放棄して、紀沙羅は微笑んだ。
"キサラ"の時は考え込む性格なくせに、女になると切り替えが早いんだ。

「じゃ、行きましょ☆」

まだ広げたままだった俺の腕を取って小走りに走り出す紀沙羅。
…もう口に出す事はすまい。
言っても、どうせさっきみたいに煙に巻かれるのがオチなんだ。
でも、それでもどうしても叫びたい。

「(頼むから胸押し付けるの止めてくれぇぇぇぇぇ!!!!!)」





◇ ◆ ◇






りゅ〜ちゃんは優しい。
"僕"が初めて私になった時、お母さんとお父さん以外で普通に接してくれたのは、りゅ〜ちゃんだけだった。
それでも凄い無理してたみたいだったけど…。
もうあの日から一年になる。
みんなも私の事を分かってくれたみたいで、近頃は女のコとしても結構普通な生活が送れるようになった。
でも、そうは言ってもやっぱり男友達の方が多い。
下心丸見えだから、適当にからかって遊んでるけどね。
…違うのはりゅ〜ちゃんだけ。
りゅ〜ちゃんだけは、"僕"も私も同じに接してくれるから。
それが哀しい時もあるけど…。

「りゅ〜ちゃん、ガンバって!!!」

ヘンな方に行きそうになった考えをムリヤリ捻じ曲げて、練習の方に意識を向けた。
りゅ〜ちゃんを引きずってまで――途中、疲れてからは逆に引っ張られてたけど――学校に来たのはコレのため。
"キサラ"の時はなんとか補欠選手に入ってるけど、女の時は非常勤マネージャー扱い。
私のオプションって事で、りゅ〜ちゃんも遅刻してもいい事になってるけど…。
運動してる時のりゅ〜ちゃんって、カッコいいから♪
…って私、ホントは男なのに何言ってんだか。

「やった、スリーポイント☆」

応援に答える代わりに、りゅ〜ちゃんのシュートが決まった。
不思議に私が応援を始めてから急に激しくなったディフェンス――てゆ〜かもうほとんど体当たり――を避けてのゴール。

「りゅ〜ちゃん、スゴ〜い!」

男の時、自分でシュートを決めた時とは違う、ワケの分からない爽快感が胸に広がる。
いつも思うけど、とってもヘンな感じ。
他の人がポイント取った時も嬉しいけど、それとは全然違う。
どうしてりゅ〜ちゃんだけ特別なの?

ピピーーーーー!!!

…とか考えてるうちに、練習は終わっちゃってた。
みんな汗ダクのはずだから、タオルと飲み物用意しないと。
あ、もう一年の子達とマネージャーで準備してたのね。
じゃあ配るだけでも手伝おっと。

「お疲れ様ぁ〜♪」

両手でタオルを広げて、首に掛けてあげる。
コレは女子マネの仕事。
一年部員の男子は飲み物配布係。
やっぱり、"キサラ"の時の私もこっちの方が嬉しいし、それは仕方ないわよね。
ただ問題なのは…。

「紀沙羅ちゃん、アリガト!」

…とか言いながら抱きついてくるバカがいるコト。
他の女子には当然やらないけど、相手が私だから。
私だって心は女なのに…。
ま、いつもわざわざステップで避けるから、余計相手が楽しがるんだろうけどね。
でもやっぱり、黙ってやられてるのってシャクじゃない?
さてさて、そうやって十人ばかり捌いて、最後はりゅ〜ちゃんの番。
女子マネは五人くらいいるのに、女の時はいつも私に回ってくるってのは不思議。
…それはともかく。

「はい、りゅ〜ちゃん♪
良く出来ました!」

そう言って汗を拭いてあげる。
他の人にはソコまでしたくないけど、りゅ〜ちゃんにはね。
だって、幼馴染だしねぇ……………?
…自分で言ってて分からなくなってきた。
ホントにソレだけなの?
そうやってりゅ〜ちゃんの汗を拭いながら考え込んでると。

「おまえはイイよな、怜!
可愛い彼女がいて!!」

他の部員の人から声が飛んだ。
顔は笑ってるから、からかってるだけみたいだけど。
ちなみに『怜』っていうのはりゅ〜ちゃんの名前。
本名は溢気怜[Ituki Ryou]で、りゅ〜ちゃんっていうのは小学校の時のあだ名。
私も男の時は怜って呼ぶけど、やっぱり呼び捨てにするのも何だし、いまさら君付けもないし…。
…って事で、女になった時はりゅ〜ちゃんって呼んでるわけ。
部員の茶々に、りゅ〜ちゃんは焦ったみたいに答える。

「バッ…!
そんなんじゃないよ!」

何事にもマジメに答えちゃうのは、りゅ〜ちゃんの長所で欠点。
こういう時には扱い方のコツがあるのよ♪

「…だって、りゅ〜ちゃん頑張っててカッコよかったもん。
私、頑張ってる人ってスキよ♪
みんなも一生懸命やったら…。」

ソコで言葉を切って、意味深に笑ってみせる。
とたんに『うぉ〜〜〜〜〜!!!』とか叫び出す選手のみんな。
はぁ、男って単純ね…。
…って、一応私も男なんだけど。

「…………………………?」

何気にりゅ〜ちゃんの方を向いたら…。
真っ赤になってた。
…あ!
よく考えたら、『スキ』って言っちゃったんだっけ?
えと……………ま、いっか。
りゅ〜ちゃんの事嫌いじゃないし、それに私が言ったのは『好き』じゃないしね。

「…………………………。」

でも…。
それならどうして、こんなに胸がドキドキするの?
今は女でも、私はホントは男の"キサラ"なのに…。
真っ赤になったまま急いでシャワールームの方に消えるりゅーちゃんの背中。
何時の間にかソコを見つめてる自分に気づいて、慌てて仕事に戻った。





◇ ◆ ◇






紀沙羅ったら、一体どうしたんでしょうか?
平時は太陽みたいに明るい方なのに、今日は様子が変です。
先ほどの出席確認の時も、一度目で答えられずに先生に注意されてましたし。
何か考え事でもしてるんでしょうか?

「…聞いてみましょうか。
でも、聞かれたくない事だったらいけませんし…。」

優柔不断なのは、私の悪いところ。
…それは"紀沙羅さん"も同じですけれどね。
もっとも、女性の時は違うようですが。

「やはり聞いてみましょう。
だって…。」

声には出さずに――出せずに――続ける言葉。

『私は紀沙羅さんの恋人なんですから。』

…自然に顔が赤くなるのが分かりました。
一ヶ月ほど前偶然から告白し、頂けた返事は承諾。
それなのに、私も"紀沙羅さん"もハッキリしない性格ですから…。
いまだかつて"彼"からお誘いがあった事はありませんし、私も共通の趣味であるクラシックのチケットを買ってみたものの、いざとなると渡す事が出来ません。
それでも――或いはそれだからこそ――、やはり私は好きです。
私と同じモノを見てくれる"彼"の事が…。

「どうしたの、ホノカ?
カオ赤いよ?」

不意に耳元で声。
驚いて振り向くと、やはり紀沙羅でした。
ちなみにホノカというのは私の名前。
フルネームは如月仄香[Kisaragi Honoka]ですが、紀沙羅の発音はカタカナです。
それから私が彼女の事を呼び捨てで呼ぶのは、彼女がそうして欲しいと言ったから。
彼女は親しい人の名を呼び捨てで呼び、相手にも自分の事を呼び捨ててもらうという習性があるようです。
それを初めて知った時、私は大変に喜びました。
すなわち、紀沙羅が私の事を友人と思ってくれていると言う事なのですから。
さて、並列分化する思考の一筋でそんな事を考えつつ、現実世界の私は…。

「べ、別に何でもありませんよ。」

鋭い指摘にちょっとタジタジしていました。
でも、紀沙羅が私を見てくれていたという事が嬉しかったり…。
…一度後ろを向いて大仰に深呼吸をしてから、私は彼女に向き直ります。

「それより、紀沙羅こそどうしたんですか?
いつもの元気がありませんよ?」
「ン…?
ちょっと、ね…。」

そう呟く視線は、溢気さんの方へ向かいます。
胸が苦しくなりました。
姿形に性格も全然違いますが、しかし彼女は紛れもなく"紀沙羅さん"。
自分の好きな人が自分以外の人を気に掛けていて、平静でいられる人は少ないでしょう?
…とすれば、これが嫉妬というものなのでしょうか。
身を焼くとまではいきませんが、何処か心の奥の方で燻っているような…。

「ねぇ、好きな人が出来た時って、どんな感じ?」

続く突然の問いに硬直してしまいました。
その言葉の理由が、彼女が溢気さんを好きになったからだと思ったからです。
…だとすれば、私は一体?
愕ろしい不安が掛け巡ります。
肌の下を何かが這い廻るような悪寒に、知らず言葉を漏らしていました。

「私は…。」
「うん♪」

相槌を打つ紀沙羅の言葉も、私の耳には届きません。
絞り出すような私の呟きは続きます。

「不思議な感覚に囚われていました。
言葉には出来ないような…。
ずっとそれが何なのか分からなかったんです。
それが理解できたのは刹那の出来事。
あの時、"紀沙羅さん"に泣いているのを見られた時…。」

突然羞恥心が込み上げ、視線を下ろしてしまいました。
けれど、勇気を振り絞って言葉を紡ぎます。

「…私はあなたが好きです。
生まれて初めて、心の底から。
言葉になんか出来ません。
本当に言葉に出来ないほど好きなんです。
でも…。」

言って、私は愕然としました。
今この瞬間まで、私は自分の想いに気づいていなかったのです。
驚愕は紀沙羅も同じようでした。
周囲に授業開始前のざわめきが満ちる中、私たちの周りだけを重苦しい雰囲気が取り囲んで…。
私の口は止まりません。

「あなたが誰なのか、分かりません。
紀沙羅なのか、"紀沙羅さん"なのか…。
恋人なのか、友達なのか…。
そしてあなたにとって私が何なのかも…。」

紀沙羅は黙ったままです。
彼女の表情は分かりません。
私は俯いていましたから。
視界に映る床の一隅が、不意にぼやけました。
…それが眼鏡に落ちた泪ゆえだと気付いた時、すでに私の意識は昏い闇へと堕ちていました。





◇ ◆ ◇






紀沙羅のヤツ、落ち込んでる。
如月さんと"キサラ"は付き合ってるって話だから、当然か。
…いや、彼女が倒れる前に何か話してたから、そのせいかも知れないけど。
ちなみに今は三時間目の授業中。
一時間目が始まる前に俺と紀沙羅で如月さんを保健室に運んで、紀沙羅は放課毎に様子を見に行ってる。
それで今も落ち込みっ放しだって事は、まだ目が醒めてないんだろう。
もともと如月さんは体が丈夫じゃないらしいし、大丈夫だといいけど…。

キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン…。

「…じゃあ、今日はここまでだな。
ノートを写し終わったら解散していいぞ。」

先生の号令が掛かった瞬間、紀沙羅は思い詰めたような表情で立ち上がった。
多分また保健室へ行くんだろう。
その視線が、一瞬俺の方を向いた気がした。
当然あれ以来浮かんでいない笑顔じゃなく、哀しげな顔だったように思う。
見直した時はもう教室から出ようとしてたから、よく分からないけど…。
…妙にそれが心に残って、俺は紀沙羅の後を追って歩き始めた。





◇ ◆ ◇






保健室の真っ白なシーツに包まれて、ホノカったらまるで白雪姫みたいね。

「…ってコトは、女王様は私よね。」

知らずに呟いて、私は慌てて口を閉じる。
ホノカの可愛い胸は、呼吸に合わせてゆっくり上下してる。
よかった、起きなくて。
…って、別に寝てろって意味じゃない。
まだ心の整理が付いてないから。
今ホノカが起きたら、またさっきみたいにブツかるだけだと思うから。

「私は誰か…か。」

ホノカを起こさないように、できるだけ小さな声で。
そうしてまで声に出したのは、怖かったから。

「私は誰なの…?」

誰に対する問いなのか私にも分からない。
初めて女性になってから、ずっと考えてきた事。
私が"僕"と別人なのか、それとも同じなのか。

「"僕"と私の記憶は一つ。
なのに、どうして…?」

記憶は一緒なのに、違うんだろう?
"僕"はホノカが好き。
それは間違い無い。
ホノカと一緒で、"僕"もあの時そう分かった。
でも、私は違う。
私にとって彼女はお友達。
親友だけど、でも好きっていうのとは違う。

「私は…誰なんだろ?」

不意に零れた涙が、白雪姫の頬に弾ける。
それでもホノカは眠ったまま。
安堵と悲しみが混ざったような想いが沸き上がって、ベッドに顔を埋めた…。





◇ ◆ ◇






消毒液の独特な匂いが隅々まで染み込んだような保健室。
運動部の俺には、この場所はあまり良い印象が無い。
ここに来た時っていうと怪我した時がほとんどだから。
だけど日当たりはとっても良いし、ロケーションとしては嫌いじゃない。
夏の強い日差しに生まれる黒い翳が、白いベッドに落ちる。
モノクロなイメージはどっちかっていうと好きだった。
色々入り混じった感情にちょっと戸惑いながら、俺は保健室の中に入る。
…ただ静寂だけが響く。
廊下から聞こえる放課のざわめきが、蜃気楼みたいに遠ざかっていった。

「紀沙…。」

如月さんが眠ってるはずだから、小さな声で呟きながらベッドに近づく。
その俺の言葉を遮るように、紀沙羅の言葉が響いた。

「……………。」

何かを抑えたみたいに不自然な声。
よく聞き取れなかった。
ベッドを囲う真っ白なカーテンに近づいて、聞き耳を立てる。
罪悪感どころか、好奇心も湧いてこなかった。

「私は誰なの…?」

抑え込んだ声に、時間が凍った。
俺がずっと隠してきた疑問。
あけっぴろげな紀沙羅だけど、彼女と"キサラ"の違いを話した事は無かった。
"キサラ"の方も同じだ。
だから気にしてないのかと思ってたけど…。
だけど違ったんだ。
俺が混乱する以上に、悩んでたんだ。
雷に打たれたみたいな衝撃に愕然とする俺。
その耳に啜り泣きが飛び込んできた。

「……………。」

いつも明るい紀沙羅の、これが俺の聞いた初めての泣き声。
それはカーテンを透かして…。
俺の眼には"キサラ"の泣き顔が映った。
…小学生の頃おとなしくて本ばかり読んでて、時々苛められて泣いてた"キサラ"。
イジメっ子を撃退しやった事も結構あったけど、中学で俺と一緒にバスケ始めてからは明るくなって、そんな事も無くなった。
なのにどうして突然いまさら…?

「!」

刹那、思い出した。
泣きじゃくるあいつを家に送っていって、そのまま慰めてやった時。
あいつがポツリ呟いた言葉…。

『どうせなら女の子に生まれたかったのに…。』

おとなし過ぎる性格が嫌で、『女なら…』と思ってそう言ったんだろうけど…。
あの頃の俺にはそんな事は分からなかった。
ただ気を紛らわせようとして、俺は笑って答えたんだ。

『おまえが女になるんなら、性格が明るいのがいいな。
騒々しいくらいに。
俺、そういうコが好きだな。』

あいつも真っ赤な眼で笑って、そのあと好きな子の話したっけ…。
……………じゃなくて。
紀沙羅の性格って、俺が言ったそのままじゃないか。
まさか…?

「私は…誰なんだろ?」

不意に心が鎮まるのが分かった。
心の波紋は消えて、明鏡止水の極致。
…ただ一つ残った想いがひとかけら、急に輝きを増していった。





◇ ◆ ◇






泣いたのなんて、何年振りだろ…?
小学校の頃はよくイジメられて泣いて、りゅ〜ちゃんに助けてもらったっけ。
シーツから顔を上げて、心の中で苦笑した。
ホッぺを流れる涙の感触はそのまま。
ベッドの向こう、ガラス窓の景色を泳ぐ視線が、凍りついた。

「りゅ〜ちゃ…!」

風景と一緒に薄く二重映しになってるのは、りゅ〜ちゃんだった。
昔からの付き合い、見間違えるはずなんて無い。

「ダメッ!!!」

泣き顔を見られるのはとってもイヤだった。
でも、それだけじゃない。
心の奥の方から、なんか脅迫観念みたいのが…?
何処から……………?

『おまえが女になるんなら、性格が明るいのがいいな。
騒々しいくらいに。
俺、そういうコが好きだな。』

…ぁ。
そう、そうだったの。
やっと……………分かった。
ガラスに映る眼は真っ赤。
ホッペタを流れる涙も止まらない。
でも、心から笑って振り向いた。

「キサラ…。」

りゅ〜ちゃんの声、私を呼ぶ時は堅かったのに、男の時と一緒になってる。
…ってコトは、りゅ〜ちゃんも?

「お前はお前だよ。」

あ、さっきの独り言も聞かれてたのね。
恥ずかしいけど……………ま、いっか。
それよりも…。

「うん♪」

涙を拭って、りゅ〜ちゃんに抱きつく。
いつもだったら焦って引き剥がすりゅ〜ちゃんだけど、今日は私のなすがまま。
…そうして。
はっきり分かった。
ホノカの言う通り、ホントに突然ね。

「りゅ〜ちゃん、好きよ…。」





◇ ◆ ◇






真っ白な夢。
何もない、只の空間。
いえ、それすらなかったのかも知れません。
そして時の流れも…。
…それは何も考えたくないという思いの現れだったのでしょうか?
不意に目覚めた私。
状況を把握するより先に、視界に映る情景が思考に突き刺さります。

「りゅ〜ちゃん、好きよ…。」

…さながら悪夢。
今まで見ていた無い夢の方が、どれほどか幸せだったでしょう。
気絶する前の想いが再び湧き起こります。

『"紀沙羅さん"なのか紀沙羅なのか…。』

私にその答えが出せるはずもなく。
いえ、それ以前に答えを出そうと思う事すら出来ませんでした。
ただ意味もなく駆け巡るばかりで…。

「ぁ…。」

私の意識とは無関係に漏れる声。
それは紀沙羅さんと溢気さんの注意を引くのに、十分過ぎるものでした。

「ホノカ…?」

声すら出せず、バネ仕掛けのおもちゃのように紀沙羅から離れる溢気さん。
その真っ赤な顔と対照的に、紀沙羅は平然と笑いかけてきました。

「よかった、眼が醒めたのね♪」

…私はただ呆然とするばかり。
いえ、起きた瞬間に恋人が別の人に告白するのを見て、冷静でいられる人がいるでしょうか。
しかもその恋人は悪びれた様子もなく…。

「やっぱり混乱してるわね。
…ま、いいわ。
取り敢えず、まずは答えから。」
「答え…?」

何の事やら分からず、オウム返しに訊ねる私。
答えて彼女は、深みを感じさせる笑顔を浮かべました。
それはまるで"紀沙羅さん"のような…。

「私が誰なのか、よ。」





◇ ◆ ◇






『私も"僕"も同じ人間、同一人物。
記憶も同じだし経験だってまったく一緒。
でも、実際には全然違う。
そのワケが、さっきちょっと分かった気がしたのよ。
"僕"が本当なのか私がホントなのか、そんなコトは分かんない。
とにかく、元になる記憶や経験を持った何かがあって、それが"僕"や私の仮面をかぶってる。
…それだけの事だと思うの。』

紀沙羅の言葉…。
四時間目、教室に戻った私はその事ばかりを考えていました。
…仮面。
それは例えば、眼鏡のような物なのでしょう。
度の強さ、色。
眼鏡を換えれば、そこに見える世界は変わってくるはずです。
紀沙羅は女性の色で怜さんを最上に映しただけ。
それだけの事です。

「ふぅ…。」

眼鏡を外して…。
そこに見えたのは、ピントの合わないぼやけた、けれど変わらない日常。
確かに、世界の姿は変わります…。
そして心に浮かんだ想い。

「(私が好きなのは"紀沙羅さん"の仮面に過ぎないんでしょうか…。)」

自然に俯く視界を戻すと、映るのは紀沙羅。
近視の陽炎に揺らめく教室の中でただ一人、確かな存在に見えます。
ハッキリしない輪郭線の世界の中、授業終了のベルと同時に笑顔を向け合う紀沙羅と溢気さん。
嫉妬が消えたわけではありませんが、微笑ましいと思えるようになったのは違いでしょう。
その光景を見つめて、私は知らず呟きを漏らしていました。

「まだ時間は十分ありますから…。
時間を掛けて二人で考えましょう、今度こそ。」

鞄の中、コンサートのチケットが二枚。
希望のメロディを奏で始めました。










どうも、Johnです。





始めまして…ですね。(^^;
今後ともどうぞ宜しくお付き合いを願います。

ところでコレって、TSなお話だったんでしょうかねぇ…?
少なくともそれが主題でない事だけは確か。(汗)
だって、劇中TSの方法すら説明されてませんし。
まぁ取り敢えず、父母が驚いていないという事なので、遺伝という事にしといて下さい。(拝)

さて、仄香嬢の台詞について…。
『好き』という感情をお題に長々語ってますけど、アレは私の考えと違いますよ♪<ヲイ
私の定義としては、『その相手がいないと淋しく感じる事』ですから。
けど私、恋なんてした事無いんですけどねぇ…。(マジ/激涙)

あ、それから。
劇中に出したかったのですが、主人公の名前は柚木紀沙羅[Yuzuki Kisara]です。
いえまぁ、だからなんだってわけじゃないんですけどね。(^^;

え〜と……………。(汗)
なんかダメダメですけど、何か思うコトがありましたら感想送ってやって下さいね♪

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ではでは、また何処かで〜♪

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