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いずみちゃんと泉くんの1日
作:mk8426


「んー・・・」
ベッドで目覚める人影。起きあがった彼(?)の体がいきなり変化し始める。髪が伸び、胸が膨らむ・・・。3分もしないうちにその人影は彼女(?)になっていた。
「今日もあたしの方が先だったわね。あんなに遅くまでチャットなんかやってるから朝起きれないのよ」
独り言のようにつぶやくと立ち上がり、大きく伸びをした。

彼女の名前は内田泉(うちだ・いずみ)。大学の2年生で双子の姉。弟も同じ大学の2年生で、バイト先まで同じ。顔つきもそっくりなこの双子には、一部の人しか知らない秘密があった。
誰もが二人が一緒にいるところを見たことがない。それどころか、一緒の写真すら一枚もない。感のいい人は気づいているかもしれない。二人は一つの体を共有しているのだ。
二重人格なのではない。朝、先に目覚めた方がその日一日その体を使うことができる。その証拠に、目覚めた瞬間に体に変化がおこるのだ。完全に意識を失うなどの事態が起きない限り、二人が入れ替わることはない。

「おはよー」
朝食の支度をしている母親が彼女を見た。
「おはよう。今日もいずみちゃんなのね」
「だって泉、昨日寝たの2時半だよ。起きれるわけないじゃない」
いずみが迷惑そうな表情で言う。
「またインターネット?いい加減にしないと。電話代だってばかにならないのよ」
母親は変な方の心配をしている。
「電話代は入れてるんじゃなかったっけ?」
「だから、このままいくとアルバイトのお給料の使える分が少なくなるでしょ」
「ま、自業自得じゃないの?」
「それはそうなんだけど・・・」
「本人がわかってやってるんだからかまわないわよ。それより、ごはんは?」
「もうすぐできるから、手伝って」
「はぁーい」
いずみはパジャマの上からエプロンをして、キッチンに入っていった。

「きょうもあれは起きれなかったのか」
父親があきれたように言う。
「泉は夜型だからねー」
まるで他人事のように答えるいずみ。いや、実際に他人事なのだが(笑)。
「今のうちだけよ。そのうちしたくてもできなくなるんだから」
「当たり前だ」
最近泉の出番が少ないのでちょっと機嫌の悪い父親であった。それを察知してか、母親が話題を逸らすかのようにいずみに聞いた。
「今日は何時からなの」
「2講目からだから、10時半からね」
「じゃ、あさごはんの片づけ、お願いしていいかしら。ちょっと出かけなくちゃならなくなったのよ」
「いいわよ」
「ありがとう、助かるわ。それと、お洗濯がもう少ししたら終わるから、干しといてもらえる?」
「オッケー。適当にやっとくわ。心配しないで」
「じゃ、よろしくね」
両親が席を立つ。いずみは父親が置いていった新聞を取ると、社会面に目を通した。最近はろくなニュースがないのであまり読む気がしないのだが、それでも習慣とは恐ろしいもので一応一通りは目を通している。最後に番組表に目を通すと、たたんでテーブルに置き、席を立った。

「行ってくる」
父親が鞄を持って出勤する。
「いってらっしゃーい」
キッチンで洗い物をしながら声をかけるいずみ。
「私も出るから、あとよろしくねー」
母親の声もする。
「はぁーい。いってらっしゃーい」
洗いものを終えると、今度は洗濯機の方へ。表示を見るとすすぎが半分終わったところだった。
「もう少しかかるかな。先に着替えようっと」
いずみはエプロンをはずすと自分の部屋に戻った。

部屋には小さめのクローゼットが2つある。片方はいずみの、そしてもう一方は泉のだ。いずみは自分の方を開けると、トレーナーとキュロットを取り、扉を閉める。そして引き出しからブラとタイツを出し、パジャマを脱いだ。ブラをつけてタイツとキュロットをはき、トレーナーを頭からかぶる。鏡を見ながら軽くブラッシングしていると、洗濯機から終了のアラームが聞こえてきた。
「終わったわね」
つぶやきながら洗濯機の方へ行く。脱水の終わった洗濯物をバスケットに放り込み、物干しへ。雲一つない快晴。
「いいお天気ねー」
そんなことを考えながら干していった。

干し終わってバスケットを洗濯機のところへ戻す。時計を見ると9時をまわっていた。
「いっけない、早く支度しなくちゃ」
ドレッサーの前に座り、軽くメイクをする。
「よし、オッケーね」
それからちょっと大きめのカバンにルーズリーフと今日必要なテキスト、筆記用具が入っているのを確認すると、泉のクローゼットを開け、ジーンズを1本取り出す。
「これが余計なのよね」
念のために男物の着替えを1つ入れておくのだ。いつか授業中に眠り込んでしまい、起きたのが泉の方でどうしようもなくなってしまったことがあってから、忘れないようにしている。なるべく荷物を減らすため、上着は今日のように男女どちらでもいいようなデザインのトレーナーやTシャツにするようにしているのがちょっと寂しい。そんなことを思いながら鏡の前を離れ、2つの携帯電話を手に取る。自動車メーカーのロゴ入りの味気ないストラップがついた泉の携帯が留守電になっていることを確認して、電源を切る。そして、ファンシーなアクセサリのついたストラップの自分の携帯と一緒に鞄のポケットに放り込む。
時計を見ると、9時半をとうに過ぎている。
「ひゃあ、もうこんな時間!」
戸締まりをしてカバンを肩にかけると、自転車に乗って大学へ向かった。

「おはよー、いずみ」
「おはよー」
自転車置き場で親友の香織に声をかけられ、いずみもあいさつを返す。
古川香織。彼女はこの双子の秘密を知る、数少ない一人である。高校の時、同級生だったいずみが彼女の前で失神し、気づいたのが泉の方だったことがあるのだ。それ以来、彼女は二人にとってなくてはならない友人となったのだった。
「掲示板、見ていこ」
「そうね」
二人は学生課に向かった。何人かの学生が掲示板を見ている。二人も掲示板を見上げた。
「えーっとぉ・・・。あ、4講目休講だ、ラッキー」
「ほんと。なになに、『兼木教授海外出張のため、1ヶ月間休講いたします』・・・やったね!」
「でも、続きが・・・『帰国後にレポート提出。テーマは・・・』・・げ」
「レポート・・・」
「ええええ!その上補講まであるの?信じられない」
「まあ、この時期に1ヶ月間も空いたらしょうがないよね。あ、でもレポート提出と補講出席で単位くれるんだってさ。ラッキーじゃない?」
「あ、ほんとだ。よぉし、がんばってレポート書くぞ!」
「できたら見せてね〜」
「なに言ってんのよ。たまには自分で書きなさいよ」
「はぁい」
「じゃ、教室行こ」
「うん」
いずみと香織は教室へ向かった。

「じゃあ、出欠表回すから、名前書いてねー」
講義が始まった。いつものように教壇の上では教授が熱弁をふるっている。この講義、決してつまらないわけじゃないのだが、出席重視なのと講義の始めに出欠をとることでエスケープ者が非常に多い。たぶん、代返もけっこうあるんじゃないだろうか。
いずみがそんなことを考えていると、頭の中で何者かの気配がした。
『あーあ、眠い。今何時だ?』
「泉、やっと起きたの。今は11時前よ。講義中だから静かにしていてね」
『へいへい』
隣の香織が気づいたようだ。
「なになに、泉くん起きたの?」
「うん」
小声で話す。
「泉くん、おはよう」
『香織、おはよう』
「なんか今日は機嫌がいいみたいね」
「そうねぇ」
『いやぁ、実はさ・・・』
そう。香織には泉の声が聞こえるのだ。双子の秘密を知っている何人かも香織と同じように意識だけの存在の方と会話ができるのだ。なんとなく泉のペースにのせられてしまった二人だったが・・・
「はいそこ、私語やめてねー」
教授に見つかってしまった。
「すいません」
『・・・・・』

「はぁー終わった。いずみ、お昼どうする?」
「お金もあまりないし、学食行こっか」
「そうね」
「泉はなにか食べたいものある?」
『別に』
「じゃ、学食ね」
「オッケー。じゃ、早く行こ」
二人は学食へ向かった。学食のある学生会館は一昨年できたばかりで、食堂の他に大学生協の売店や、ちょっとしゃれた雰囲気のカフェテリア”リトル・スクウェア”もある。昼休みなので、すでに多くの学生でごったがえしていた。
「わー、やっぱり多いね」
「どうする?ちょっと高いけど、リトスクにする?」
「食堂でいいんじゃない?多いったって回転は早いから」
「香織がいいんならこのまま並んでいよう」
話している間にも列は進んでいく。この辺が学食らしいところか。
「何食べる?」
「あたしレディスランチ」
「じゃわたしも」
『俺はラーメンセットの方が・・・』
「却下」
レディスランチといっても基本的には日替わり定食と同じ内容。ただ、メインディッシュとご飯の量が少なくて、サラダが多めに、そして食後のデザート(ささやかだけど)がついている。それだけの違いだけど、結構女子学生には人気のメニューだ。二人も、学食でお昼を食べるときはたいがいレディスランチだったりする。
「こっちこっちー」
2人分空いたテーブルを見つけた香織がいずみを呼ぶ。いずみはトレーを持ってそちらへいった。
「いただきまーす」
「いただきます」
『・・・・・・』
今日の日替わりはハンバーグということで、レディスランチもハンバーグ。デザートはなぜかアロエヨーグルトであった。
「アロエって美容にいいのよね」
「たしか傷薬とかにもなるのよね」
「そういえば『アロエは森永〜』ってCMあったよね」
「そうそう」
『・・・何話してんだか』
特に意味のない話で盛り上がる二人であった。そうこうするうちに、皿の上のメニューはすべておなかの中へ。
「ごちそうさま」
「さて、まだ時間あるし、生協のぞいていく?」
いずみが聞くと、香織もうなずいた。二人は生協の売店に入っていった。
「さて・・・。あ、これこれ」
香織がテレビ番組誌をレジへ持っていく。いずみは雑誌のラックを眺めていた。
『あ、俺今週のジャンプまだ読んでない』
「・・・・・・」
結局香織がテレビ番組誌を買っただけで、二人は講義室へ向かった。

3講目はある意味地獄である。昼食後で誰しもボーっとしている。特に今日のような好天だと日差しまでもがまぶたを閉じようとしているかのようだ。香織は既に机に立てているテキストの陰でうつぶせていた。それを横目で見ているいずみもまた、懸命に目を開いていようと無駄な抵抗を続けていた。ここで眠り込んだ場合、先に目覚めるのは間違いなく泉の方だからだ。しかし、シャープペンシルの先で手の甲をつついてみたりといった抵抗も10分は保たなかった。まるで子守歌のような教授の声が遠くなり、いずみの記憶が途切れた。

「じゃ今日はここまで」
静まり返った教室を見渡して、教授が出ていった。目が覚めた者から荷物をまとめて出ていく。香織が目を覚ます。
「あれ、終わったんだ。あーあ」
伸びをしながら隣を見ると、いずみも眠っていた。香織はいずみの肩をゆすった。
「いーずーみ、起きろー」
遠くで鐘が鳴る。既に他の学生はみんな出ていっており、二人だけが残っていた。香織がもう一度肩をゆすると、ようやくいずみ?が目を覚ました。
「あーよく寝た。あの教授の講義は特に眠いんだよな」
香織がはっとする。いずみ?の髪の毛が短い。
「泉くん・・・?」
「ウッス」
あわててまわりを見渡す香織。幸い二人の他にはだれもいない。さらに運のいいことに、この講義室は4講目は入っていなかったので、新たに入ってくる学生もいない。
「早く着替えるのよ!」
言われて気付く泉。
「おっと。このままじゃ変態だな」
「わたし向こう向いてるから」
香織が窓のカーテンを閉めながら言う。
「さてと」
泉はカバンの中からジーンズを取り出すと、慣れた手つきでキュロットとタイツを脱ぎ、履き替えた。それからトレーナーを着たまま器用にブラだけ外す。そして丸めたキュロットとタイツ、ブラをカバンに放り込み、タオルを取り出すと講義室の目の前にあるトイレへ。洗面台で顔を洗い、化粧を落とす。
「ふう」
タオルで顔を拭きながらトイレから出ると、二人分のカバンを抱えた香織が待っていた。
「泉くん、帰ろ」
「あれ、4講目は?」
「休講よ」
香織が笑いながら言う。いずみが掲示板を見たときはまだ泉は眠っていたので、休講のことは知らなかったのだ。
「あ、そう。じゃ帰るか」
そう言いながら泉は自分のカバンを受け取り、中から2つの携帯を取り出す。ファンシーなストラップの携帯の電源を切るとカバンに放り込み、自動車メーカーのロゴのついたストラップの携帯の電源を入れて留守電をチェックする。
「特になにもなし、か」
そうつぶやいて、自分の携帯もカバンの中に放り込んだ。そんな泉に、先に歩き出していた香織が声をかける。
「置いていくわよー」
「おう、ちょっと待ってくれよー」
泉はそう言うと、走り出した。ほどなく香織に追いつき、二人そろって自転車置き場へと向かう。

「じゃあね。いずみによろしくー」
香織が手を振ると右に折れた。
「おう、また明日な」
泉も手を振ると、左へ。まもなく自分の家に着いた。自転車を車庫の片隅に止め、玄関のドアノブを回すが開かなかった。
「留守かい」
つぶやくと鍵を開け、中に入った。朝、母親が出かけるという話をしていたときにはまだ寝ていた泉であった。
『ふわー、よく寝た・・・あ、泉!』
今頃目覚めるいずみ。講義が終わっても目覚めなかったというその神経に泉は脱帽していた。
「やっとお目覚めかい?」
『いやー、ちょっとねー。誰かさんが夜更かしするもんでね』
苦しい言い訳をしている様子が泉の目に浮かぶ。他方が起きていても自分は寝ればいいのだから、この言い訳は言い訳になっていない。しかし、そのことについて泉は何も言わなかった。
『ところで、泉、あたしの服は・・・』
心配そうに訊ねるいずみ。以前、泉に、着替えた後脱いだ服をそのまま置きっ放しにされたことがあったのだ。
「カバンの中」
泉は面倒くさそうに答える。
『ちょっと、ちゃんとなおしといてよ。しわになりやすいんだから』
「へいへい」
実に面倒くさそうな泉である。しかし、脱いだ服は丸めてカバンに放り込んだんじゃなかったっけ?既にしわになっているはずだか・・・。

「さてと、今日は・・・」
泉はつぶやきながらカレンダーを見た。基本的に夕方6時からは近所のスーパー「エブリマート」でのアルバイトが入っているが、曜日によって泉といずみを使い分けているから、もし今日がいずみの日だったらもう一度昼寝をしないといけないのだが。
『今日は泉よ』
いずみの声が響く。泉は無意識に
「今日は俺か。まだ時間はあるな・・・」
とつぶやくと、自分の部屋に行き、パソコンの電源を入れた。
『泉、あんたねぇ。どうせ夜もまたやるんでしょ。なんで今やるのよ』
いずみがあきれたように言う。
「いいじゃねーか、時間があるんだから。俺は時間があればやりたいんだよ」
泉はいずみに答えながら、この辺は男と女の感覚の違いかなと思った。
その間に見慣れた旗のようなマークが表示され、それが消えるとスポーツカーの写真が画面いっぱいに表示される。画面の1/3位にアイコンが表示され、ハードディスクのアクセスランプが消えると、泉はマウスを握り、ネットへアクセスした。接続完了のウィンドウを消すと、電子メールの着信ボックスを開く。送信者を見るとどれもDMだったので、ごみ箱に投げ込んで、メールソフトを終了させた。次にプラウザソフトを立ち上げると「お気に入り」の項目をクリック。
「さてと」
昨晩みつけたゲーム情報のHPを開く。今日いずみの中で目覚めた泉の機嫌がよかったのは、昨晩このHPを見つけることができたから、そして、そこのチャットで長々と話し込んでしまったため、朝起きることができなかったという次第であった。
『・・・・・・』
あきれ果てたのか、また寝たのか、いずみはもう何も言わなかった。
掲示板などを一通り見ていくつかにレスをつけると、泉はネットへの接続を切り、パソコンの電源を落とした。

「少し早いけど、出かけるかな」
そう言うと、泉は自分用のクローゼットを開け、薄い水色のカッターシャツとスラックス、紺にストライプのネクタイを取り出し、着替え始めた。アルバイトとはいえ、二部生はカッターにネクタイ、スラックスが決まりである。そして、店に着いたらその上に男性正社員と同じジャンパーを着ることになっているのだ。つまり、見かけは男性正社員と変わらない格好というわけだ。一応、「高校生アルバイトとの差別化のため」という説明を受けているが、それ以外にも、「夜間にもそれなりの責任のある者が存在している」ということを客に示すという意味合いもあると思われる。
鏡を見ながらネクタイを締め、髪を軽くブラッシングすると、ジャンパーを羽織って携帯をつかみ、泉は家を出る。車庫から自転車を出し、またがったところで、母親が帰ってきた。
「あら、泉、今から?」
「ああ」
「夕飯は?」
「食う」
「あ、そう。じゃ、気をつけて行ってらっしゃい」
泉は片手をあげると自転車を走らせた。

店までは自転車で10分弱。泉はいつもの道を通り、6時20分前には店の駐輪場に自転車を止めていた。
「ちょっと早かったか」
つぶやきながら搬入口に向かう。6時になると防犯のために搬入口のシャッターが下ろされる。それ以降は閉店後を除いて客用出入口で出入りすることになっている。
「おはようございます」
搬入口で帰りのパートさんとすれ違う。
「お疲れさま」
買い物袋を下げたパートさんとあいさつを交わし、泉は搬入口から店内に入った。
「おはようございます」
事務所の前で伝票をチェックしていた店長にあいさつ。
「ん、お疲れさん」
店長は、泉の方を向いてそう言った次の瞬間、また伝票のチェックに戻っていた。
泉は男性用ロッカー室へ。自分のロッカーを開けるとジャンパーを脱ぎ、貸与されている制服のジャンパーを羽織る。脱いだジャンパーをロッカーに仕舞うと、事務所にとって返しタイムカードを押した。

「内田君、ちょっといい?」
店内に向かいかけた泉の足が止まる。振り返ると、高山レジ長が手招きをしている。
「なんですか?」
「万引。今精肉コーナーにいるんだけど、わたし制服だから近寄るとばれるのよ。内田君、ジャンパー脱いで張り付いてくれない?」
この頃不況のせいか、とにかく万引が多い。この店でも3日に1件の割で検挙されている。休日だと警備会社から派遣された私服の女性警備員が1日店内を巡回しているのだが今日は平日。しかも夕方の忙しい時間帯で正社員が張り付けないため、ちょうど出勤してきた泉に話が回ってきたのだった。
「いいですよ。どれですか?」
泉は一度着たジャンパーを脱ぎながら、レジ長に対象者の特長を訊ねた。
「黒のダウンジャケットを着た、パーマの50〜60位のメガネの女性。この間もうちで捕まってた、例の常習のおばちゃんよ。さっき、鮮魚の対面で受け取った包みを陰で手提げに入れたの」
泉が脱いだジャンパーを受け取りながら、レジ長が答える。その女性だったら泉にも見覚えがあった。
「わかりました。じゃ、行って来ます」
「お願いね。あ、今日は6号よ。これ、レジ台に入れとくから」
そう言って、高山レジ長は泉のジャンパーを持って店内に戻っていった。泉も即、店内に入る。
「さてと・・・・・・。あ、いた」
精肉コーナーの方へ向かう泉。対象者は程なく見つかった。今度は惣菜コーナーへと向かうようだ。大きな手提げを提げていて、その口が開いている。泉はある程度の間隔を保ちながら彼女の後をつけた。
「・・・・・・」
惣菜コーナーの隣、日配の飲料水コーナーで野菜ジュースの角パックを手に取るふりをしながら万引を見張る泉。従業員が監視しているとも知らず、彼女は周囲を見渡すと巻き寿司のパックを手提げに落とし込んだ。握りしめている泉の手に力がこもる。
「早く出ろ・・・」
周りに聞こえないような声でつぶやく。万引の現行犯はレジを通さずに店外に出て初めて成立する。そうなってからでないと、「これからレジに行くところだった」という言い訳でごまかされてしまうからだ。
惣菜コーナーで3つほどのパックをスーパーカゴに入れた万引はその後、見張っている泉の隣で牛乳の1Lパックを1つカゴに入れると、ようやくレジに向かった。泉も後を追う。雑誌コーナーで立ち読みをしているふりをしながら、彼女が袋詰めを終えるのを待つ。泉が横目で見ていると、万引はレジに背を向けたポジションで袋詰めをしている。どうやら、どさくさにまぎれて手提げの中身も袋に入れているようだ。その脇でレジ長が万引きの通ったレジの娘に何か言っている。多分レシートの確保をしているのだろう。
万引犯が袋詰めを終えて歩き出す。泉も手にしていた雑誌を棚に戻すと後をつけた。そして、出入口を・・・出た!泉は間合いを詰める。念のため、駐車場に出たところで、彼女の腕をつかんだ。
「失礼します。お買物を改めさせていただきます」
不意をつかれたせいか、万引犯の動きが止まる。すかさず、肩を抱える泉。
「事務所まで、よろしいですか」
観念したのか、彼女は1回頷くと、おとなしく事務所に連行された。

「失礼します」
万引犯の肩を抱えながら泉は事務所に入った。
「え、なになに?」
事務員が泉に訊ねる。
「万引です。店長を」
答える泉。事務員はあわてて店内放送で店長を呼び出す。数瞬後、事務所の扉が開くと店長が入ってきた。
「どうした」
「万引です。内田君が・・・」
店長の問いに事務員が答える。それを聞いて泉の方を向く店長。泉の隣の万引犯を見ると思わず漏らした。
「また、あんたか」
「すいません・・・」
涙声で答える万引犯。
「泣いたら済むと思ってんじゃなかろうな。おい、警察呼んで」
店長はあきれたように漏らすと、事務員に指示した。電話をかける事務員の隣で泉は店内放送用のマイクを握ると
「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、業務連絡いたします。高山レジ長、高山レジ長、事務所までお願いいたします」
と呼び出し放送をかけた。レジ長にはこれで十分通じるはずである。泉はそう思いながらマイクを置くと、万引犯と向かい合って座っている店長の隣に行った。
「なんでしょうか?あ・・・。内田君、お疲れさま」
高山レジ長は事務所の中を見るなり状況が把握できたようで、泉に声をかけてきた。
「レシートは?」
「捨てたそうです」
泉は言いながら「ちゃんと確保してますよね」という目でレジ長を見る。すかさず「もちろん」という視線が返ってきた。
泉と高山レジ長が店長に一通りの状況を説明していると、警察官がやって来た。事務所で取り調べが始まる。
まずは万引した商品の確認。レシートは捨てられていたが、レジ長がすかさずレジの記録紙のその部分を抜いていたのでそれを元に行われた。情報のあった魚と実際に泉の目の前でやられた巻き寿司のパック以外にも、リンゴ1パック(3玉入)、ウナギの蒲焼1パック(特大1尾入)、国産牛すき焼き用2パック、鮮魚寿司2パック、クッキー1箱、菓子パン3個、冷凍食品4個、フルーツ缶詰2個で計7636円。あまりの多さに事務所のテーブルが埋まってしまい、これには泉もあきれるしかなかった。
現金は十分所持していたため、これらの商品はすべて買い取りとなった。店長に指示され、泉はそれらの商品と渡された1万円を持ってレジへ向かった。空いているレジに持ち込む。
「これ、打ち込んで」
「何ですか、これ」
レジの女の子が不思議そうな顔で聞く。泉は一言、
「万引」
とだけ答えると、隣のレジからスーパー袋を引き抜き、レジの女の子が打ち終わった商品を袋詰めしていった。
「8017円・・・うわ、すご」
女の子が思わず漏らす。泉も内心そう思いながら、1万円札を出した。
泉が精算を終え事務所に戻ると、取り調べが一息ついたところだった。と、そこへもう一人の警察官が入ってきた。
「お疲れさまです。車、回してきました」
「じゃ、警察署に行こうか」
取り調べをしていた警察官がそう言って立ち上がる。もう一人の警察官に促され、万引犯も立ち上がった。取り調べをしていた警察官と店長が書類を交わしている脇を、もう一人の警察官に付き添われた万引犯が歩いていく。泉はレジ長と一緒にそれを見送ってから、店内に向かった。

あとは閉店まで何事もなく、二部アルバイト数名で手分けしてレジ上げや戸締まり、ガスの確認、消灯などを済ませ、警備装置をセットして店を出る。みんなで店の表に回り、入口の脇にある自販機で缶コーヒーを買うと、話題は夕方の万引でもちきりだった。万引を捕まえた泉は当然輪の中央に出され、一部始終を説明させられる羽目に。そこで20分ほど話し、解散。それぞれ家路についた。泉も自転車にまたがると、家へ向かった。
帰宅して、入浴。そして遅い夕食をすませると、泉は自分の部屋に戻り、パソコンの電源を入れた。今夜もこうして更けてゆく。
『・・・・・・』
泉の食事中に目が覚めたいずみは、その様子をうかがうと、あきれたように再び眠りについた。「また明日もあたしが起きるのね」と思いながら。

おわり

 

 


皆さまどうも、mk8426でございます。新作(?)をお届けいたします(既に公開されているため、厳密な意味では「新作」とはいえないなぁ)。
さて、今回の作品、実はワタクシにとって3作目(某所に投稿したリレー小説を入れると4作目)となるものですが、これら3作のいずれもスーパーが舞台になっているという、他の2作を読んだことのある方には「おい、またかよ」と言われるような、そんな作品です(すいません、ワタクシスーパー勤務なもんで。なお、他の2作も自分のHPにて公開中)。
ただ、今回はお店で「事件」を起こしてみました。万引ですね。本当、最近多いんですよ。先日も1日で2件検挙されまして、そのときの印象が残っていたので取り入れてみました。ちなみに、ワタクシが今まで遭遇した、「1日でもっとも多く万引が検挙された日」には、4件の検挙がありまして、この日の夕方、最後の検挙があったときにはみんなうんざりしていました。それと、「1件でもっとも金額が大きかった万引」では、12000円を超す金額が万引されており、この時には自分のレジで精算しながら、怒りを通り越して、あきれていました。この犯人は、実にスーパーカゴ山盛り2つ分の量をカートに載せ、レジを通らずに店外に出たのでありました。
最近では、ワタクシの勤める店でも、平日も警備会社の女性私服警備員が入っており、この作品の完成数日前にも万引が検挙されておりました。それらの経験を総合的にふまえ、この作品の万引検挙シーンはできあがったわけです。
はっきり言って、最近の万引は、店勤務者にとっては非常に頭に来ます。お金を持っているのに、万引をするのです。スーパーなんて、薄利多売でなんぼの商売をしています。従業員(特に正社員)は手当もつかないのに、朝早くから夜遅くまで働いています。こんな内情を知って、それでもワタクシ達を踏みにじるような、万引行為ができますか?あるときなどは、精肉コーナーのチーフが万引犯に「俺の肉盗ったのは、お前か!」とくってかかっていました。みんな、くやしいのです。自分たちの労働の結晶である商品を、代価も支払わずに持ち去る輩がいることが。
ここに来られているみなさんは、そんなことをされるような方ではないと信じていますが、どうしても、このことだけは伝えたかったので、こうしてあとがきに書かせていただきました。
大学のシーンは・・・。既に遙か彼方に過ぎ去ったワタクシの学生時代をなんとか思い出しながら、書きました。学食のシーンは特に(笑)。別に、「レディースランチ」は無かったんですが、定食のご飯の量は調整自由だったことを思い出します。総じて女子はご飯を「小盛り」にしてもらっていました。
あとがきが無意味に長くなっているようです。この辺でうち切ることにしましょう。
それでは、みなさま、ここまでつきあっていただき、ありがとうございました。感想等ありましたら、ぜひ掲示板の方に書き込んでやってくださいませ。

 

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