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あさひはまた昇る

作:あおき あきお


−1−

「先輩、お先に失礼します」
 ほとんど人のいなくなったグラウンドに向かって、まだあどけなさの残る少年が、挨拶をする。
「ああ、気をつけて帰れよ」
 グラウンドに残ってトレーニングを続けている二人の先輩のうち、髪を少し刈り上げた方が、手を振って答えた。
「オレ達もそろそろクールダウンして、上がるか」
「そうだな、キャプテン」
「……まだキャプテンじゃねーよ」
 面倒見の良い次期キャプテン、太田匡(ただし)は、陸上部のエースであり親友である武本透を小突いた。
「でも、実質そうじゃないか。先輩たちはそろって進学組だから、本格的な活動はできないって言ってたし」
「そうだな。去年の大会が不振で誰も推薦がとれなくて、受験勉強を本格的にやらなければならないらしい。
 ……透はいいな。今の記録を続ければ、確実に推薦とれそうじゃん」

 そのとき綺麗なハミングのような挨拶が、体育館から聞こえてくる。
「「お疲れ様でしたー」」

「バレー部も今終わったところなのか……」
「そうだな。ずいぶん遅くまでやっているみたいだ」
 透がきょろきょろと誰かをさがすような仕種をしているのに、目ざとく気づく匡。
「なんか今日は変だぞ……」「そ、そんなことないって!」
 ちょっともじもじしている透。知りあってからもう1年ほどになるが、こんな浮ついた姿は初めて見る。
「うりゃっ。吐け、吐け」
 透に飛びつきヘッドロックをかます匡。
「いて、いてて、……やめろっ」
「言うまでやめね〜っ」
「……わかった、わかったっ!」
 匡は腕組をしてニヤニヤしながら、透が話し始めるのを待っている。
 なんとなく訳知りのようだ。
「バレー部の飯室沙代子。……ち、ちょっといいなって思ってさ」
 こめかみをさすりながら透は話し始める。匡は一瞬ドキッとした。
 沙代子は、匡も中学のときから気になっていた女のコである。
 だけど下級生ということもあり、思うばかりで自分の気持ちを伝えるまでいっていない。
 飯室沙代子はそのかわいさだけでなく、バレー部においても将来を保証されるほどの運動神経と、定期テストで学年で上位に入るほどの才女でもあった。
 その人気は非常に高く、入学して2ヶ月で学校のアイドル的存在になっている。親衛隊が組織されるのも時間の問題だろう。
 でも、その動揺を透に知られるわけにはいかなかった。
「………………」
「どうしたんだよ?」
「いや、おまえの口からそんな言葉を聞くとは思わなかったから……。てっきり女性には興味が無いのかと思ってた」
「人をホモみたいに言うなよ」
「だって今まで何通もラブレターをもらって告白されても、誰ともつきあってないじゃないか」
「俺だって好みはある」
「へぇ、じゃあ飯室みたいなのが好みか。……でも今までに彼女みたいなタイプもいただろうに」
「なんか、あの娘(こ)は『ぐっと』くるものがあるんだよ。……うまく言えないけど」
「ふ〜ん、……じゃあ告(こく)れよ」
「そんな……いきなりできるかよっ。第一彼女は下級生で、中学も違ったから全く面識が無いんだぞ」
「透、……本気で告白する気があるか」
 いつになくまじめな顔で匡が問う。
「……あ、ああ。たとえ結果がどうなろうと、やるときはやる。でも本当にいきなりはまずいだろう」
「よし。ま、オレにまかしとけって」


 帰り道に、匡は近所の幼馴染みの家に寄ることにした。

「あれ、匡お兄ちゃん。久しぶり」
 玄関から、ショートカットのボーイッシュな少女と見紛う下級生が顔を覗かせた。
「ボクに用だよね? ここじゃなんだから上がってよ」
 幼馴染みの、河村旭(あさひ)。小さいときから自分の弟のようにかわいがってきた後輩だ。
 童顔で、話し方も小学生っぽいため、初対面では絶対に女の子に間違えられるのだが、小さいころから河村家の跡取として母親に鍛えられてきたおかげか、見た目に反して打たれ強く、その辺の男よりはいろんな面で頑丈にできている。
 実績としては、古武道の全国大会に3位入賞したこともある。
 優しく気さくな性格なので、男女問わず人気があり、そして約束は必ず守るので、匡も気軽にいろんな秘密を話すことができた。また旭も、なんでも相談してくれた。
 ライバル且つ親友の透とはまた違った絆が、この旭との間にはある。
「お前を男と見込んで頼みがあるのだが……」
 旭の部屋は非常にシンプルである。これは彼にこれといった趣味が無いからだ。
 モノトーンで統一された、家具や雑貨の中から、黒いクッションを取りだし、匡に薦める。匡はクッションを受け取るとフローリングの床の上に敷いてあぐらをかく。
「お兄ちゃんの頼みなら、ボク、ちょっとぐらいの無理でも聞いてあげるよ」
 『男と見込んで』。このフレーズに旭はちょっとだけ舞い上がっている。
 ちなみに旭が自分のことを「ボク」と称したりするのは、母親に対するちょっとした反抗なのだ。
「…………なあ、旭。お前、飯室沙代子と従兄妹同士だったよな」
「そうだよ」
 実は、旭は沙代子とは従兄妹同士。なおかつ同い年なので大変仲が良い。
 匡自身、よく沙代子の話をそれとなく聞いたものだ。
 誰も知らないような話を面白おかしく話す旭。そんな彼に嫉妬したことがあったぐらいだ。
 何度か紹介してもらうかと思ったが、恥ずかしさが勝って言うことができなった。
 今回は透が当事者ということで気軽に言える。『玉砕』という恐怖は無いからだ。
「今、彼女、付き合ってる人とか好きな人とかいるのか?」
「う〜ん、そんな話は聞かないね。ラブレターとかはすごいらしいけど……」
「もし良かったら、紹介してもらえないかな」
「え? 沙代ちゃんを?」
 恋愛に疎い旭も、匡が沙代子のことを意識していることを薄々勘づいていた。
 旭が中学に上がってぐらいからか、たまに匡が沙代子のことを聞いてくるのだった。
 当時の匡は彼女の話を聞くだけで満足していたという感じがあって、旭でさえイライラしたことがあったぐらいだ。
「あっ、わかった。ついにお兄ちゃんも勝負に出るんだね。……でも、何でこんなに積極的なの?」
「え? あ、ああ。そのなんだ……」
「へへへ、照れちゃって。……でもボク、応援しているからね。ガンバって!」
「それじゃあ、今度の土曜日にクラブボックス裏まで来てもらえるように、話をしてくれよ」
「わかった、土曜日だね。……時間は5時ぐらいでいい? それくらいだよね、運動部の練習終了時間」
「……ああ」

 その後、旭に散々からかわれたのだが、何を言われて、何を言い返したか匡は覚えてない。

「じゃ、オレそろそろ帰るから。よろしく頼むな」
「うん、まかせておいて」

 なんとなく未練が残る中、意を決する匡であった。


 その夜、早速旭は沙代子に電話をした。
「沙代ちゃん。ボクだよ。旭」
「あー君? どうしたの? 突然あー君が電話をしてくるなんて……」
 沙代子に『あー君』と呼ばれるのは、実はちょっと恥ずかしかった。
 親戚同士の集まりや、2人のときはいいけど、学校でこう呼ばれるのが嫌で、中学校に上がってからは沙代子を避けていたぐらいである。
「あのさ……いきなり本題で申し訳ないけど、沙代ちゃん今付き合ってる人っていないよね?」
「え? なによ突然? 一体どうしたの?」
「実はね、ボクの知り合いの人が沙代ちゃんを紹介してほしいって……。もちろんボクの保証付きだから、話だけでも聞いてあげてよ」
「え〜っ、ちょっとそういうの苦手だな。……あー君もよく知ってるでしょ?」
 沙代子が告白を受けたり、ラブレターをもらったりして困っていることは知っている。何度か断りの手伝いをしたこともある。
「うん……でも今回の人は特別なんだよ。今まで沙代ちゃんにこんなお願いしたことなかったでしょ」
 ちょっとの間を置いてから、沙代子はやれやれといった感じで話し始める。
「しょうがないな、あー君の頼みなら。……会うぐらい会ってあげるわよ」
「本当? ありがとう! でも、とっても良い人だから前向きに考えてあげてね」
「はいはい」
「じゃ、土曜の5時に陸上部のクラブボックス裏に来てね。……誰かはそのときのお楽しみということで」
「わかった。あー君を信じるよ」

−2−

 そして土曜の夕方5時。
 4つの影がそれぞれの思いを抱いて動いていた。

(本当はいけないんだろうけど、一応紹介者としての責任もあるし……)

 旭は物陰に隠れながら、クラブボックス裏の様子をうかがう。そしてそこで意外なものを見た。
 クラブボックス裏には、匡と沙代子の2人だけではなく、陸上部の武本透がいたのだ。
 しかも、匡は何か沙代子達に話し掛けると、すぐにその場を立ち去った。

(どう言うこと? 告白するのはお兄ちゃんじゃなかったの?)

 なんだか匡にだまされたような気がするのと、沙代子に申し訳ないという感情が噴出し、旭の頭の中は混乱した。
 飛び出していこうかと思ったとき、沙代子の様子がいつもと違うのに気がついた。
 落ち着きがなくもじもじしている。いつもなら数分話した後、ゆっくりと頭を下げてごめんなさいをして、今は誰とも付き合う気持ちが無いことをはっきりというのだが、今回は右手をゆっくりと差し出している。
「……!」
 そして左手を口元に当ててはにかんでいるのだ。一方の透も右手で沙代子の手を握り、左手を後頭部にやり照れ笑いを浮かべている。

 沙代子の幸せそうな笑顔を見て、旭は狐につままれたような感覚のまま立ちつくしていた。


 次の日、旭は朝練に向かう匡を捕まえた。
「お兄ちゃん、昨日はどうだったの?」
 何も知らないふりをして、問い掛ける。
「え? あ、あれな。……すまんだめだった。せっかく旭がお膳立てしてくれたのに……」
「…………」
「飯室、同じ陸上部の武本が好きだったらしいんだ」
「うそつき。ボク見てた。最初からお兄ちゃんは、武本さんを紹介しようとしていた」
「…………」
 なんとなく気まずい雰囲気が流れ、お互い黙りこむ。
 沈黙を破るように旭が話を繰り出した。
「お兄ちゃんは、それでいいの?」
「え? なんのことだ?」
「お兄ちゃん、沙代ちゃんのこと好きだったんでしょ?」
「ま、透はオレにとっての大事な親友であり、陸上部にとっても期待のエースなんだ。
 ……ここは、がんばってもらうためにも、精神的にもフォローしてやらないとな」
「……でも」
「結局飯室と透は相思相愛だったし……」
 匡には、何かを我慢して他人を立ててしまうといった一面がある。
 そのことをよく知っているからこそ、旭はそんな兄貴肌の匡にあこがれた。
「最初にそう言ってくれれば良かったのに。なんかだまされたみたいで嫌だった」
「本当にすまん。旭にには悪いことをした」
 突然両手を合わせ、顔を伏せる匡。
 旭は慌てて、「わかったから、そこまでしなくていいよ」とだけつぶやいた。
「ま、結果は出たからいいんじゃないか。誰も傷つかなったっていうことで」

 なんとなく納得がいかなかった。だが、旭は黙って匡を見ているだけだった。


 放課後、旭は喜色満面の沙代子に声をかけられた。
「あー君、今回のことはありがとう。まさか武本先輩だったとは思わなくてっ」
「え? あ、ううん」
「私ね、実は武本先輩にあこがれてたんだ。
 でも言い出せなかったし、面識もないし……あこがれているだけだったの」
「そうだったんだ。ちっとも気づかなかった。沙代ちゃんてそういう話、誰にもしないもんね」
「う〜ん、なんか恥ずかしいしね。思うだけで十分だった。……それが今回夢がかなったみたいでうれしい」
「本当によかったよ、良い結果になって。がんばってねっ」
「あー君のときも遠慮しないで言って。今度は私が力になってあげるよ。……じゃあ、私これから部活だから」
 体育館へ走って行く沙代子を見送ると、横のグラウンドに自然と目がいく。
 余計なお節介だと思いつつも、匡のことが気になるのだ。
 今回は匡の自業自得、かつ、旭は巻き込まれたという形で何も悪くはないのだが、かかわってしまった以上妙な責任感にさいなまれる。
 実際、その心配は現実となり、旭の目の前でハードルを踏み倒していく匡がいた。


 次の日も、職員室の前の廊下で教師とぶつかり、運んでいたプリントをばら撒く匡を目撃する。
 それからは、旭は匡のことが気になりだし、彼の行動を追うようになった。
 なまじ付き合いが長いだけに、無理していることがなんとなくわかってしまう。
 終始元気がなく、部活の練習前など空を見上げてため息を付いている匡をみて、旭も同じように沈んでしまう。
 練習が終わって透を迎えにきた沙代子を、物悲しそうに見つめる匡。
 旭は彼女に未練を残している匡を何とかしたいと考えていた。

−3−

 自宅に帰ってからも、旭は考えつづける。
 とはいえ、旭も恋愛に関しては疎いところがあり、どうするべきかは全くわからなかった。
「告白もできず、失恋した人を慰める方法か……」
「ほほう、それはだ〜れのことかな〜?」
「!!」
 突然、後ろから声をかけられる。
「ね……姉ちゃん」
 よりによって、姉に愚痴を聞かれてしまうとは。旭は自分の不幸を呪った。
 旭の姉、香は、強引な性格で、いわゆる『親分さん』である。
 特に中学から演劇部に入り、その魅力に目覚めてからは、手がつけられなかった。

「エンターテイメントなんだから、面白ければ許されるのよ」

 自分が楽しむために勝手な理屈をつけ、旭もいろいろやらされたのだ。
 無理やり女装させられたり、スタントマンに仕立て上げられたりと、何度も散々な目に会わされている。
 完全な道具……いや、おもちゃ扱いである。
 ただ、その野生(?)の直感と行動力のおかげで救われることもたびたびあった。
 そのため旭も……匡さえも、彼女には絶対逆らえないのだ。
 この姉がいたから、旭は「女みたい」などといじめられなかったのかもしれない。
「…………」
 興味を持たれてしまってしまっては、もはやどうすることもできない。
 ここは、事態が悪化しないように気をつけながら、協力(?)してもらうしかなさそうだ。
 旭は、これまでのいきさつを香に語った。
「……ふむふむ」
 うなずきながら話しを聞く香。いつになく目が真剣だ。
「だいたいわかったわ。……匡君を励ましてあげることができれば、問題は解決ね」
「でも元気付けるってたって……」
 それがわからないから悩んでいるんじゃないか……と言わんばかりの旭。
 香はしばらく顎に指を当てて考え込む。
「……やっぱり失恋には、新しい恋かな……」
 旭に聞こえるか聞こえないかの声でつぶやくと、突然その肩をつかんだ。
「旭、匡君のためになんでもできる?」
「う……うん、兄ちゃんが元気になれるなら、なんでもするよっ」
「まっかせなさい! この香お姉さんが一肌脱いであげようっ」
「……で、具体的にはどうするの?」
「慰めてあげるのよ」
「誰が?」
「一肌脱ぐって言ったでしょ」
「えええっ、……ま、まさか姉ちゃんが匡兄ちゃんと付き合うの!?」
 そりゃ二度と立ち直れないよ……と心の中で付け足す旭。
「ばかね、そんなことするわけないじゃない。もっといい適任者がいるのに」
「本当!? 誰か当てがあるの?」
「もちろんっ! ……で、さっきの言葉に偽りはないでしょうね? 旭っ」
「……え?」

(なんかいやな予感がする……)「……うん、できることはやるよ」

「だいじょ〜ぶっ。旭にできないことはさせないから、安心して」
 慈愛に満ちた女神のような笑顔で、弟のほほをなでる姉。
「……匡君は沙代ちゃんが好きだったのよね」
「そ、そうだよ」
「ふうん……。…………あたしの記憶が確かなら……」
 今度は悪魔の笑みを浮かべる。


 はっと気付くと旭は椅子にぐるぐる巻きに縛り付けられていた。
 ウイッグをつけられ、髪形をセットされ、眉などを整えられて軽く化粧までされる。

「ほら、そっくり! ・・・・・・読みどおりだわっ、ほ〜ほほほっ!!」

 旭の中で、封印されていた過去の忌まわしい記憶がよみがえる。
「ひ、ひどいよ眉毛まで剃って! 元に戻せないじゃないか!」
「そんなものペンで書けばいいのよ。そんな複雑なメイクしてないし、ちゃんと戻してあげるわよ」
 演劇部の手伝いと称されて、旭は香に何度も無理やり女装させられたことがある。
 幸い同級生たち
や匡にはバレていないが、その女装姿は自分でも違和感をおぼえないほど女の子になっていたので、生まれてはじめての屈辱感をおぼえたりもした
 薄い水色のワンピースを無理矢理着せられ、ただでさえ薄いすね毛を剃られてしまう。
「ほら、あんたも見れば世界が変わるからっ」
 そういって手鏡を差し出す香。「世界が変わる」ってどう言う意味だ……と心の中で悪態をつきながらのぞくと……

「・・・・・・ほえ? 沙代ちゃん?」

「いいえ。旭、あんたよそれ」
 ほほに手をやると、鏡の中の沙代子そっくりの少女も同じ動きをする。
 信じられない面持ちで香を見やる旭。
「演劇部の手伝いさせたときに気がついたの。あんた、女装したら沙代ちゃんにそっくりだってことを。
 ……そういえば、あんたがもっと小さいときは沙代ちゃんとよく双子に間違えられていたって父さん言ってたわよ」
「父さんと叔父さんが双子だから?」
「そうかもね。女の子は男親に似るっていうし」
「ボクは男だっ!」
「まあまあ怒らないでよ。顔の部分部分を女っぽくするだけでそうなったのよ。
 ……あんたが女の子に生まれていれば、沙代ちゃんとそっくりになったってことよね」
「へえ〜」
 女装させられているということを忘れて、思わず感心する旭。
「さて、役者もそろったし、後はより完璧にする作業だけね。
 ……そうね、名前はあんたが旭だから、夕……夕姫(ゆうき)ちゃんで行きましょう。
 旭、あんたはこれから謎の美少女『山村夕姫』になるのよっ」
「どうしてもボクなの?」
「あんたしかいないでしょう」
「で……でもばれたら、お兄ちゃん今度こそ二度と立ち直れないよ」
「だからばれないように、徹底的に演じきるのよ」
「そんなの無理だよ、それにお兄ちゃんが本気になっちゃったらどうすんの?」
「……旭、まさかそうなりたいわけ?」
「んなわけないだろ!!」
「でしょ。だからあんたは、匡君を元気付けて、『女の子は沙代ちゃんだけじゃないよ』
 ……ってことを彼に教えてあげれば、それで任務完了ってわけ」
「無茶だよそんな……」
「要は彼に自信をつけさせればいいのよ。おれは女の子の扱いがうまいんだって。
 ……あたしがその都度演技指導してあげるから大丈夫。遠高演劇部の白い悪魔の実力を見せてあげるわっ」

(やっぱり悪魔だったんだ……)

 心の中で、世間の評価と自分の認識は間違っていないことを確認する旭だった。


「……なんで下着まで女物なの?」
「バカね、ラインが出ちゃうでしょう。男物なんか一発でばれちゃうわよ」
「…………わああお姉ちゃんっ、や、やめてよっ! ボク達一応姉弟なんだよっ。そんなとこ……」
「なにいってんの。姉弟だから真剣にやってるんでしょ。……邪念を入れるからそう思うだけよっ」
 無理やり「男の子」をテーピングされ、固定される。

「いいっ? 手を抜いたら、ばれると思いなさい!」

 作業をする香は真剣そのものだった。一切の照れはなく、まさに職人(笑)。
 その気迫にされるがままに、下の毛もビキニラインまで処理されてしまう。
「姉ちゃん、と……トイレは?」
「自分でやり方をマスターしなさい。……いい、ばれて困るのはあんただからね!」


 そして言葉遣いと発声法、しぐさの特訓が延々と続いた。
「…………さて、『山村夕姫』のキャラクターはほとんど完璧だし……後は出会いの問題よね」
 そこまでやるの〜といった表情で、旭が香を見る。
「やっぱ印象的な出会いが必要でしょっ」
「ボクはやだよ。パンを咥えて『遅刻〜、遅刻〜』と言いながらぶつかるなんて……」
「なかなかツボを押さえているわね、旭。でも、今回はちょっと違うんだなぁ。
 『避暑地のお嬢様』というのが夕姫ちゃんのイメージ。だから清楚な感じでいきたいわね。……そうだっ」
 ポン! と胸の前で手をたたき、押入れの小物を物色する香。
 水色のリボンの付いた白いつば広帽子を引っぱり出してきて、旭の頭にかぶせる。
「風で飛んだ帽子を拾ってもらう。……これだわっ!!」
「……どうしてもそんな恥ずかしいことしないといけないの?」
「初対面の相手にいきなり『デートしてください!』って言うよりかは、ましだと思うけど」
 指を立てて香は凄む。「いい? シナリオはこうよっ」

 香の頭の中に描かれた台本を、叩き込まれる旭であった……。

−4−

 いよいよデートに誘う “シーン” が始まる。
 香は物陰に隠れ、キューを出す。その目は「逃げ出したらただではすまないわよ」と物語っていた。
 なんでこんなことになったんだろう……と思いつつも準備をする夕姫(旭)。
 多分自分は一生姉のおもちゃなんだろうな、と自分の人生を悲観した。
 そして、河原でストレッチをしている匡を見つめる。
「……!」
 そこへ都合よく風が吹く。
 手で押さえれば、帽子は飛ばされることないが、それでは香の台本どおりにならない。
 あえて、帽子を風に任せる。
 帽子は匡のほうへひらひらと舞って行く。それに気がついた匡は、手を伸ばしてキャッチする。
「ん……?」
 土手の上から人が降りてくる気配がする。振り向くと目の前に、白いサマードレスを着た少女が立っていた。
 腰にまかれた水色のリボンが、彼女に清楚なイメージを与えている。
「飯室?」
 その顔を見て、思わず声を上げる匡。

(知らんふり知らんふり……)

 かわいく首をかしげ、きょとん……としたような表情を作る夕姫(旭)。
「あの……、どうかなさいました?」
「え!? い、いや、その、知り合いによく似ていたもので……」
「そうですか……。あの、そ、その……」
「どうかしました?」
「……帽子を……」
「あ……? す、すみませんっ。これ、お返ししますっ」
「ありがとうございました」
 帽子を受け取り、わざとらしくないように演技を続ける。
「……もしかして、遠山高校の陸上部のお、太田匡さんですか?」
「はい、そうですけど。あの……あなたは? どっかで会ったことありました?」
「いっ、いえっ、な……ないですっ。絶対にないですっ!」
 思わず緊張して全力で否定しまう。その勢いに思わず匡は気圧されてしまう。
「あ、あのぼ、……ワタシ、や……山村夕姫といいます。こ、光華学園女子の1年生です」
 郊外にある、お嬢様校で有名な学校の名前を挙げる。
「わ……ワタシ、その、と、遠山高校の山手に住んでいて、それで、いつもグラウンドで練習しているお……太田さんの姿を見てました。そ……それで、競技会とかも見に行って、お名前も知りました……」
「そ……そうなんですか」
「……え〜と、その、わ…………ワタシ、太田さんのファンなんですっ!!」

 バレないかという緊張感が、告白をする女の子のドキドキをリアルに再現した。

「え?」
 突然の告白(?)に驚く匡。心臓が飛び出そうになる。
「あ、そ……その、すみません。ご、ご迷惑ですよね……」

 わたわた。おたおた。

「い、いや……そんな迷惑なんて。…………なんか恥ずかしいな、オレのファンなんて……」
「ははははははは」っと、照れを笑ってごまかす匡。
 よくよく考えれば、この出会い自体がすごく不自然でわざとらしい。

 …………ということに舞い上がってしまった匡は気づかない。

 そしてその後しばらく、今までの大会の話で盛り上がる。
 ほとんど誉め殺し状態である。これも、匡に実力があるからできるのだ。
 そして、夕姫(旭)は、シナリオのクライマックスシーンへ向かうためのセリフを切り出した。
「あの……失礼なことかと思いますが、さ、最近どうかなされたんですか?」
「へ?」
 初対面の人物から今の自分を見ぬかれ、豆鉄砲を食らったような顔で凍りつく匡。
「なんだか、調子が悪そうな感じが、見ててわかります」
「あはは、そ……そんなことわかるんですか?」
「はい。い、いつも見てますから……」
「そうか、わかるのか……。
 実はちょっと最近スランプなんです。……でもよく見てますね。そんなに今のオレは不甲斐ないですか?」
「そんな……。ふ、不甲斐ないということはありませんが、でも調子悪いのは誰が見てもわかります」
「…………そうか……」
 沈黙が2人を包みこむ。そしてゆっくりと空がオレンジ色に染まっていく。
「……あ、あの、おに……じゃなくて太田さん。その、……き、気分転換しませんか?」
「は?」
「お、思いつめていると煮詰まるだけだと思うんです。
 その、わ、ワタシで良ければいっしょに、ど……どこかに遊びに…………行きま、せん……か?」

「え、え……え?」
「……そ、そうですよね。き、今日はじめて出会ったばかりなのに、へ、変ですよね。どうかしてますね、ワタシ」
「い、いや、そ……そんなことないですよっ。…………お、オレなんか誘ってくれてうれしいですっ」
 思わず夕姫(旭)の手を取る匡。
「おに……っ、
お、太田さん……」
「い、行きましょう山村さんっ。気分転換にっ! そういや、最近遊びに行ってないし。久しぶりに行きたいですっ」
 顔を赤らめながらも、ブンブンと夕姫(旭)の手を振り回す。
「…………お、太田さん……その、わかりましたから…………手を……」
「あ! すっ、すみません。ちょっと舞いあがってしま……、いえ緊張してしまって。本当にすみませんっ!」
 お互いの顔が、夕日より赤くなる……。
「そ、それじゃあ、こ……今度の日曜日の12時に、駅前の時計塔の下で待ってます……」
 夕姫(旭)は、それだけをはっきり伝えると、逃げるように走り去っていった。
 呆然とその後ろ姿を見送る匡。
「…………よく考えたらこれってデートだよな……。オレ、女の子にデートに誘われたのか……」


 紫に変わる空の下、知らない人間が見ると怪訝な顔をしそうな歓声を上げる匡がいた。




(illustration by MONDO)


 デート当日、空は晴れ渡り、文句のない天気だった。
「これ、プリケー。困ったら使いなさい。あと電話番号を聞かれたら、これの番号を教えればいいから」
 姉の香からプリペイド式の携帯電話を渡される旭。
 香の携帯の番号を登録し、自局の電話番号を表示してそれを覚える。
「使い過ぎない限り、その料金はあたしが持ってあげるから。でも月千円までね。
 ……できるだけ相手にかけてもらうようにしなさい」
「うん、わかった。ありがとうお姉ちゃん」
「あたしの言ったことを忘れずに実行するのよ」
 なんだか香が頼もしく思える。
 しかし、本当にここまでする必要などあるのだろうか?


 ちょっと早い目に、待ち合わせ場所に行く。
 今日の夕姫(旭)の服装は、この前と同じ、つば広の帽子に白いサマードレス。
 知り合いに見つからないように帽子で目元を隠し、気配だけで匡を待つ。
 匡は約束時間の5分前に、やってきた。
「ま…………待った?」
「い……っ、
いえ、ワタシも50分ぐらいに着たところ、です……」
 匡の格好はTシャツにジーンズといった。デートの割には恐ろしく普通な格好だった。
 恋愛には晩生の、匡らしい格好である。
「「…………」」
 妙な間ができ、お互いを見つめてしまう。匡はウキウキ、夕姫(旭)はドキドキしていた。
「……で、ど、どこへ行きましょうか?」
 香の描いたシナリオでは、今回は「取り合えずぼろが出ないようにいこう」ということだった。
 具体的には、あまり話さなくてもいいように、映画を見て軽く食事をするというものだ。
 話の内容もある程度決められている。匡のファンだという設定を生かして、活躍する姿を誉めまくるというものだ。
 匡は女の子との会話に慣れてないので、夕姫(旭)が話題の主導権を握れば詮索されることはないだろう。
「え、映画でもどう……ですか? ちょうど、無料のチケットを持ってます……の」
 地獄の特訓の成果あってか、想定問答程度なら女言葉で返せる。
 しかし、付け焼刃だけあって応用はきかない。絶対に匡に話題の主導権を握られていけない。
「え、映画ですか?」
「ええ、今話題の『A・I 』という作品です」
「オレ、雑誌で記事を読みました。……感動大作らしいですね」
「おに……太田さん。それでよろしいですか?」
「もちろん。……じゃあ、行きましょう」
 2人は映画館のある繁華街の方へ歩いて行く。
 その間、夕姫(旭)は知り合いに見つからないように帽子を深くかぶり、下を向く。
 端から見ると始めてのデートに恥じらっているようにも見える。匡は何を話そうか考えあぐねてしまう。
 無言で歩くうちにあせって、思わず、「映画お好きですか」とたずねてしまう。
 いきなりの質問に戸惑う夕姫(旭)だったが、律儀に答える。
「は、はい、で……でも映画館へ行くのは久しぶりです。ほ、ほとんどレンタル屋さんで借りてます」
「お、オレもどちらかというと、そうですね。
 ただ、よっぽど時間があるときでないと見られないので、レンタルでさえ最近は行ってないですけどね」
「そうなんですか。わ、ワタシは結構話題作は、ジャンルにかかわらず見てしまいます」
 そこまで話すと、いつの間にか映画館についてしまった。中に入ると匡は席に夕姫を残し、飲み物を買いに行く。
 ここで、思わず一息つく夕姫(旭)。「は〜ぁ、緊張するよ……」
 その声は地のちょっと低い声に戻っていた。後ろを振り返って匡の姿を確認し、再び気合を入れなおす。


 映画が始まると、夕姫(旭)は思わずすべてを忘れ、見るのに夢中になった。
 一方匡は、「ここで彼女の手を握ればどうだろう」などとヨコシマなことを考えてしまい、映画どころではなかった。
 いつしか、映画を見ながら表情をくるくる変える夕姫の姿に見とれていた。
 特にクライマックスシーンで涙する彼女を見て、優しくていい娘だな……と改めて惚れなおすのだった。


 そのあと、近くのファーストフードで軽い食事をとる。話題は、映画の話一色になった。
 これは、匡がちゃんと見ていなかったので、夕姫(旭)があきれながらも、映画の解説をしたためだ。
 うまく詮索は避けたが、初めての会話としてはこんなものだろう。
 なんだかあっさりとしたデートだったが、これでも匡にはいい気分転換になったようだ。
「あの、山村さん、……また良かったらいっしょに出かけてくれませんか?」
「え?」
 ここで夕姫(旭)は考えてしまう。
 このままずるずるとこの関係を続けてしまうと、いつか正体がバレてしまうのではと。

 バレたとき、自分と匡の関係はどうなってしまうのか……。

 でも匡の、今まで見たこのない笑顔を見たとたん、不思議な感覚に包まれ、思わず言葉が出てしまった。
「え、ええ。時間が合えば……その、ワタシでよければ、喜んで……」
 お互いの電話番号を交換し合った。もちろん夕姫(旭)は手にした携帯電話の番号を教えた。


 家に帰って、ウイッグをはずしメイクを落とす。
 『夕姫』から旭に戻るやいなや、香に今日のデートのことを根掘り葉掘り聞かれる。
 心身ともに疲れているので早く休みたかったが、香の尋問は容赦なかった。
 話を聞き終えて、香が旭を釈放したのはもう深夜になろうという頃だった。

−5−

 2〜3日は平和な日々が続いた。
 旭は、眉が生えるまで毎日、香にペンで書いてもらって学校に行っている。
 そして次回の「お誘い」のために、帰ってからは無理やり『女の子』レッスンを受けさせられた。
 だが、匡が年上なのが幸いして、敬語や丁寧語でほとんどのことは足りていたし、さしもの香もそれ以上旭を追い詰めなかった。
 しかし、香のレッスンを受けながら旭は真剣に悩んでいた。
 これからのことが主だったが、やっぱり匡に対する罪悪感が一番割合を占めていた。
 ただ、ひとつだけ無意識的に考えないようにしていた事柄があった。
 それは、帰り際に匡を見ておぼえた、あの不思議な感覚だった。


 だが、沈む旭とは対照的に、匡は絶好調だった。

 電話番号を教えた以上お誘いの電話がかかってくるのは当たり前だったが、こんなに早くかかってくるとは旭も予想していなかった。
「あの……今度の日曜日、開いていますか?」
 緊張しながらも、弾むような声で、休日の予定を聞いてくる。
 このところの匡の好調さと、電話口での楽しそうな声を聞いて、旭は断ることができなった。
 しかし電話を切った後、どうして返事をしたのだろうと後悔する。
 真剣な面持ちで、このことを香に相談すると、
「わかった。旭がそんなに悩んでいるなら、匡君が傷がつかないように『夕姫』が自然消滅する方法を考えてあげるよ」
 香は、やさしい顔で旭に微笑みかける。
「……さて、そうなると今度のシナリオは大変そうね」
 そう言いながら2階に上がろうとするが、途中でくるりと振り向いた。「でも、間に合わなかったらごめんね〜」
 真顔でそう答えられ、思わず神様に成功を祈る旭だった。


 だが願いはかなわないというか、天罰(?)の神様は本当にいるのか。
 それとも自分を追い詰める旭の想いなのか、金曜に信じられないことが起こった。

 香が居間でネットサーフィンをしていて、途中でトイレに行った一瞬の出来事だった。
 思いつめるあまり、ボーと歩いていた旭がノートパソコンの電源コードに引っかかったのだ。
「……わわっ」
 パソコンのコードは、デスクの上にあったコップをひっくり返してしまう。
 まるでストップモーションのように、中の液体が弧を描いてパソコンに飛び散った。

 ……次の瞬間、それは起きた。

ぱしっ!

 パソコンがショートし、電源ケーブルから小さな稲妻が旭に向かってほとばしる。

「うああああああああっ!!」

 旭の体が、もんどりうって痙攣した。
 胸に圧迫感を感じ、内臓を引き抜かれるような感覚に気を失いそうになるのを必死にこらえる。
「し……死んじゃう!!」

ボンッ!!

 白煙が室内を包み、焦げ臭いにおいが広がった。
「……なになに、どうしたのっ!?
 ・・・旭っ!?」
 香が血相を変えて、部屋の中に飛び込んできた。
「う、うう……」
 一時は体が溶けるかと思うほど熱かったが、今ではその名残は汗しか残っていない。
 気絶するかと思ったが、なんとか持ちこたえたようだ。
 体のしびれはまだ残っており、感覚は鈍くなっている。……だが、とりあえず大丈夫そうだ。
「お、……お姉ちゃん……」
「い、いったい何があったの!?」
「その、パソコンの線に、ひ、ひっかかちゃって、た……多分コップをひっくり返して、感電しちゃっんだと、思う……」
「感電って……あんたほんとに大丈夫なの」
「な、なんとか生きているみたい……」
 とりあえず弟が無事なのを確認する。香は、焦げ臭い部屋の中を見渡した。
「あ〜〜〜っ! あたしのパソコンが〜っ!! ……旭っ! なんてことしてくれんのよっ!!」
 怒りの形相を浮かべる姉。条件反射的に後ろににじり下がる旭。

 その時、左手が胸元に触れた。

「え!?」
 今まで感じたことのない感触が、手のひらから伝わってくる。
 確かめるように、何度も胸に手を当ててみる。
「あ〜さ〜ひ〜っ!!」
 突っ込んできた香の顔が、次の瞬間柔らかい感触に包まれた。「……?」
「ああん、お姉ちゃんやめて。くすぐったいよ」
 少し色っぽい声を上げる旭に、香は反射的に顔を上げた。
「へ?」
 あわてて顔を離し、次の瞬間むんずと旭の胸を鷲掴みする。
「ひゃああああっ! お姉ちゃん、い、痛い!」
 その声で、香が正気に戻る。
「…………あんたいくら母さんへのあてつけだといっても、豊胸手術はやりすぎよっ」
「そ、そんなんじゃないよ……」
「でもその胸…………あっ! もしかしてっ」
 無理やり、旭のズボンの中に手を突っ込み、股間をまさぐる香。
 くすぐったさとともに、何かの喪失感がある。気を失いそうになりながら、旭は香に抗議をする。
「な、何するんだよっ!? ……ちょっとお姉ちゃんのへんた〜いっ!!」
「旭、…………
あんた女になってるわよ、完全に」
「…………ま、まさか、ほんとに?」
「ええ、完全にナニがなくなって、あたしと同じものがあった……」

 ぐらっ、とよろめく旭に香が宣言した。

「旭ちゃん……ううん、
あさひちゃんの誕生よ!」

 旭の頭の中で、香のその叫びが何度も何度もリフレインする……。
「ちょっと待ってなさい。すぐになんとかしてあげるからっ」
 薄れかかる意識の中、やっぱりいざというときは肉親って頼りになるな……と感動する旭。

 しかし、自分の家族にそれは当てはまらないということを、このあと彼(?)はとことん思い知ることになる。


「これってTSよね。……すごいわっ! 肉親にTS者が出るなんてっ。
 惜しむべくは『妖精少女』じゃなかったことね。
 ……あ、でもよく考えたらこれって『親友萌え』じゃない。
 やったわっ、ここ数ヶ月間TS小説HP開いて、『旭が女の子になりますように』って祈ってたかいがあったわっ!」

 元凶はどうやらこの姉であったらしい……(?)。


 そして……

「お、お姉ちゃん、こ、これって……」
「ブラよ。つけ方わかんないでしょ」
「なんで、その……ブラ?」
「バカね、形が崩れるし、肩はこるし、こすれて痛いし、良いことがないからに決まってるでしょ」
「でも、ボク……おとこ……」
「抵抗していいけど、それはあたしに火をつけることになるわよ?」
 かわいく顔を傾ける香。本能的に逆らえないとわかった旭……いや、あさひは、その言うことにしたがった。
「やっぱり、あたしの小学校の時のお古でもサイズは合わないわね。あさひ、あなたの胸小さすぎるわ」
「そんなことボクに言っても…………」
「でもおかしいわね。お約束ならあたしよりナイスバディになるはずなんだけど……
 ま、いいわ、どっちみちあたしのかわいいあさひちゃんにはかわりはないし」
「…………おもちゃの間違いじゃ……」
「ふふん、どうやら覚悟はできてるようね。安心しなさい。
絶対元には戻れないから」
「そんな、元に戻れないってどう言うことだよっ!」
「そういうお約束なの! そして明日の昼はデパートへ買い物よ! 着せ替えだわ! おーほほほっ!!」
「お姉ちゃん壊れてる…………じゃなくて、どうしよう、母さんにしかられるよお」
「ま〜かせてっ! お姉ちゃんは味方よ。何とかしてあげるわっ」
 香はあさひをの肩をしっかり抱きしめる。
「お姉ちゃん……」
「その代わり、あたしの命令は絶対服従ね」

 
どうやら悪魔との契約は、成立したらしい……。


 その夜、河村家では、緊急家族会議が行われた。

「どういうことなの香? 旭ちゃんが女の子になっちゃったっていうのは……」
「母さんも触ってみればわかるわよ」
「豊胸手術でもしたの?」
「さらに下も」
 香は母の手を取って、あさひの下着のなかに導いた。
「ひっ! ……お、お姉ちゃんっ!」
「…………ない、『男の子』がなくなっている。……そんな、そんなバカな……

 か、河村家・・・河村家の後継ぎがあああああ〜っ!!」

 そのまま母親は気を失った。
「かあさん!!」
 とっさにその身体を受け止めるあさひ。
「……ほ、本当なのか? 本当に女になってしまったのか、旭」
 父親が確認しようとするが、あさひは拒み、香が突っ込みを入れる。
「父さんのH!!」
 しばらくして母、みちるが、意識を取り戻す。香が説明を始める。
「現実を受け止めて、母さん。いい、旭はもう元に戻らないの。一生を女の子として暮らしていかないとだめなのよ」
「お姉ちゃん!!」
 旭が悲壮な面持ちで抗議の声を上げる。だが香は母の耳元に近寄り、悪魔のようにささやいた。
「……でもよく考えて母さん。災い転じてなんとやら、もともと旭は気が弱くて女の子のような子だったし、この際だからもっとしっかりした人を河村家の後継ぎにしたほうがいいわよ」
「どういうこと?」
 つい香のトーンに合わせてひそひそ声になる母。
「ほらっ、いいのがいるじゃない。太田さん家の匡君。……彼を婿養子として我が家に迎えるのよ」
「…………」
「彼なら、成績は抜群、次期陸上部キャプテンと言われ、運動だけではなくその指導力も買われている。将来も安心だと思わない?」
「……それと旭ちゃんが女の子になっちゃったのと、どう関係があるの? 母さんよくわからないわ」
「匡君は旭と仲が良い。だから今の間に旭を魅力的な女性にして、彼の心をがっちりキープすれば完璧よっ。
 ……ね、どう?」
「な、なるほど……」
 香の強引さが、ついに河村家の家長である母親を上回ったというべきだろうか。
 ともあれ、信じられないほどバカくさいが、混乱に乗じて香は家族にあさひの存在を認めさせた。

「というわけで本日から河村旭15歳男は、河村あさひ15歳女ということになりました! はい、拍手〜っ!」

 なぜか香が仕切って、家族に宣言する。
「かわいい女の子になるのよ、あさひ。……姉ちゃんが全面協力するから」
「か……母さんもあきらめはついたわ。その代わり、婿に来たいと言わせれらる素敵な女の子になるのよっ」
「ち、ちょっとなに勝手に決めてんだよ!! ボクはまだあきらめてないよっ!!」


 家族全員(正確には母と姉)が落ち着き、ようやく河村家に静寂が訪れたとき、傷心のあさひの元へ一人の訪問者が訪れた。
 河村家の婿養子である父、政利であった。
「たとえどんなことがあろうと、あさひは旭だ。父さんは応援している」
「…………」

 父のやさしさが身にしみる。原因は分からないが、父さんが支えてくれるなら、きっと男に戻ることも……

「あさひ、お前だけは……母さんや香のような女性にはならんでおくれ。希望なんだよ」
「へ?」
「……なんというかな、女性はやはりおしとやかなのがいいな。やっぱり大和撫子というぐらいだからな。
 ずっとおとなしかったお前なら大丈夫だろう。な、あさひ」
 あさひの身体がプルプルと震え出す。
 ひざの上では、しっかりと拳が握り締められる。
「そうだ、お前が望むなら、日本舞踊とか生け花とか着付けとか習ってもいいぞ。
 父さんも少ない小遣い節約して貯めているから、月謝ぐらい払ってやる。
 ……あと、髪も長いほうがいいな。あさひは綺麗な黒髪だからきっときれいになるぞ。
 そうそう、ほしい洋服とかあったら相談してくれよ。なんとか買ってやるから」
「父さん……」
 涙ぐみながら父を見つめるあさひ。
「……あさひ……」

「バカヤロ〜〜っ!! ボクに味方はいないのかよ〜っ!!!!」 

 あさひの絶叫がご町内に木霊するのであった……。

後半へ続く

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 十郎太さんの『真・サルでも書けるTS小説』にしたがって、お約束オンリーのものを勢いだけで書いてしまいました。
 どっかで見たようなことオンパレードで申し訳ありませんが、とりあえず自己満足です。
 前半はあっさりとしたエピソードばかりですが、後半はラブラブエピソードにしたいと思ってます。
 後半もこっぱずかしさ大爆発です。

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