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 占い師




 作:逃げ馬




   僕は小林勝彦。23歳。世間では名門といわれている城南工業大学で遺伝子工学を専攻して去年、”東西食品株式会社”に入社した。この会社は総合食品メーカーで、業界でも上位の売上のあるメーカーだ。
 その日、僕たち社員は朝一番に上司に呼び集められていたいったい何があるのか・・・社員たちは、いろいろ噂をしていた。
 「やっぱりあの件かなあ・・・」
 女子社員たちが不安げな表情で集まって話をしている。
 「あの件って?」
 「ほら・・・製品の表示の書き換えの件よ・・・あれでうちの会社、世間から非難を浴びているじゃない。それで・・・」
 ドアが開き、部長が入ってきた。私語を交わしていた者も、部長に向き直り姿勢を正す。
 部長がみんなの前に立った。その表情は冴えない。顔は土気色になっていた。咳払いをすると、背中を伸ばしてようやく話し始めた。
 「みんな・・・新聞やニュースで今、わが社の置かれている状況は知ってくれていると思う」
 部長が居並ぶスタッフを見渡した。
 「わが社は、一部の社員の過失によって、今、社会からの厳しい荒波にさらされている。しかし、報道されているような会社ぐるみで不正を行ったようなことは、断じてない!!」
 部長が拳を振り上げ、顔を真っ赤にして大きな声で叫ぶ。しかし、社員たちは醒めた表情で部長を見つめている。部長は大きな咳払いをすると、
 「しかし、社会の目は厳しい・・・わが社の誠意ある説明も、残念ながら聞き入れられていない・・・」
 部長は、まるで苦虫を噛み潰したような表情になった。
 「・・・わが社の親会社である“東西牛乳”も、あおりを食って売上が大幅に落ち込んでいる・・・したがって・・・」
 部長は大きく息をつくと、
 「わが社は、今月いっぱいで解散する!!」
 社員たちの表情が一気に凍りついた。誰も・・・何も言わない・・・・。僕は、あまりに突然のことで、事態が理解できていなかった。
 「解散っていったい・・・」
 ようやく呟いた。
 「社員の転職先は、出来る限り会社で探すようにするが、この不景気だ・・・あまり期待は出来ないから、社員各自でも探してくれ・・・」
 部長がみんなを見回しながら言った。
 「質問があります!」
 女子社員の一人が手を上げた。
 「・・・なんだね・・・・?」
 部長が困惑した表情でその女子社員を見た。
 「部長をはじめ、この会社の役員の方々はどうされるのですか?」
 「私たちかね・・・」
 部長はニヤリと笑うと、
 「・・・私たちの扱いは、東西牛乳からの出向になっている・・・」
 部長は胸を張ると、
 「この会社がなくなれば、私たちはいても仕方がない・・・東西牛乳に戻ることになっている」
 社員たちは騒然となった。
 「そんな?!」
 「あんたたちだけ逃げ出すのか?!!」
 「あんまりです!!」
 部長は見下したような表情で社員たちを見つめている。
 『俺とおまえたちは違うんだよ・・・』
 そう言いたげだった。
 「他に質問はないのかね?」
 部長が周りを見回す。社員たちは、落胆したように俯いている。
 「じゃあ、仕事にかかろう!」
 部長はそう言うと、さっさと部屋を出て行ってしまった・・・。



 その日は一日、社員たちは、不安に押しつぶされそうになりながら仕事をこなしていた。
 僕は仕事を終えると、重い足取りで会社を出た。
 会社を出て後ろを振り返った。“東西食品”と大きく書かれた看板が目に飛び込んでくる。
 大学を出て、未来への希望に胸を膨らませてこの会社に最初にやって来たのは、わずか一年前だ・・・そして一年経って、僕は、今、未来への不安に押しつぶされそうになっている。
 僕は、重い足を引きずるように歩くと、会社の近くの居酒屋のドアを開けた・・・。



 「まったくやってられないよなあ・・・」
 店に入ってどれくらいの時間がたっただろう? 僕は、飲み慣れないお酒の入ったコップを片手にテーブル突っ伏していた。
 「・・・幹部は、でたらめをやって会社を食いつぶしても親会社に助けてもらえる・・・でも、僕たちは・・・」
 僕は、悔しくて涙が出てきていた。
 「キャハハハハッ・・・」
 「おまえ・・・なに馬鹿なことをやっているんだよ・・・」
 「だって〜・・・」
 僕の耳に楽しそうな声が飛び込んできた。声の聞こえる方に振り返る。酔いが回っているのか、僕の状態はフラフラと揺れているようだ。
 僕の視線の先では、大学生たちがコンパをしていた。みんなが楽しそうにはしゃいでいる。
 「いいなあ・・・」
 僕はしばらく大学生たちを見つめていた。
 それは、一年前の僕たちの姿だった。不安など少しも感じさせない。あるのは夢と希望・・・一年前は、僕もそうだったのだ。
 『それなのに・・・・僕は・・・』
 いつのまにか、僕の目は涙で潤んでいた。僕は、指で涙を拭うと、
 「すいません、帰ります・・・」
 伝票を店員に渡すと、支払いを済ませておぼつかない足取りで街に出た・・・。



 僕は、夜の街を歩いていた。夜の繁華街は活気にあふれている。楽しそうに歩くカップルや女子大生のグループ。その中で、僕は一人だけ取り残されているようで、たまらなく寂しかった。
 「もしもし・・・そこのお兄さんや・・・」
 突然、誰かが僕を呼び止めた。僕は辺りを見回した。
 「お兄さん!」
 また声が聞こえた。僕は声のした方に振り返った。白い顎鬚を蓄えた和服を着たおじいさんが、布がかぶせられた机を前に置いて座っている。布には大きな手相の絵が描いてある。そして、“易”と大きく書かれた文字。
 「僕のこと?」
 「ああ・・・そうじゃよ・・・」
 おじいさんが笑った。僕は、なぜかそのおじいさんに引き寄せられるように、もつれる足で近づいていった。おじいさんは微笑みながら僕の目を見つめている。吸い込まれるような綺麗な目だった。
 「あんた・・・悩んでいるようじゃのぉ・・・」
 おじいさんが僕の顔を覗き込みながら言った。なぜだろう・・・僕は素直に頷いていた。
 「ちょっと見てやろうかの・・・そこに座りなさい」
 おじいさんが机の前に置かれた椅子を指差した。僕は戸惑った。もともと僕は、占いなどはあまり信じないタイプだった。どうも胡散臭く見えてしまうのだ。
 「・・・わしが、信じられないのかな・・・?」
 おじいさんが喉の奥で小さく笑った。僕は突っ立ったまま、じっとその占い師のおじいさんを見つめていた。
 「まあ、ものは試しじゃよ・・・そこに座りなさい・・・」
 おじいさんに促されて、僕はおじいさんと机を挟んで向かい合う形で椅子に腰をおろした。おじいさんは、僕の右腕を握ると、
 「さあ、ちょっと手相を見せてもらおうかの・・・」
 拡大鏡を片手に持って、僕の右手の手相を見始めた。ため息をついたり、手元のメモに何かを書いて首を傾げたりしている。
 「ふむ・・・」
 おじいさんがニッコリ笑った。
 「あんた・・・相当疲れているようじゃのう・・・」
 「エッ?」
 僕は、少し驚いたが、
 『まあ、それくらいは顔を見れば分かるか・・・』
 酔った頭でそう思っていた。
 「会社が上手くいかない・・・」
 おじいさんが手相を見ながら呟いた。
 『まあ、この不景気だし・・・それくらいはな・・・』
 僕はニヤニヤ笑いながら、拡大鏡で手相を見るおじいさんを見つめていた。
 「フム・・・そして・・・あんたの会社は潰れてしまった・・・」
 僕は何も言えずにその占い師のおじいさんを見つめていた。
 『・・・いったいなぜ・・・?』
 「・・・あんたは、会社の幹部を憎んでいる・・・不正を行い、結果的にあんたたちを放り出してしまった会社の役員たちをのぉ・・・」
 「・・・・」
 僕は呆然としていた。絶対この占い師のおじいさんが知らないはずの今の僕の立場。いったいなぜ、このおじいさんが、まるで見ていたように言い当てられるのか?
 「しかし、あんた・・・こうなってしまうと、会社の役員を憎んでも仕方ないのではないかのぉ・・・」
 占い師のおじいさんは澄んだ目を僕に向けて笑った。
 「でも、僕は・・・」
 僕は俯きながら、内から込み上げてくる感情に拳を震わせていた。
 「食品の表示を書き換えて消費者を騙してお金をもうけて、それがバレると・・・」
 僕はいつの間にか泣いていた・・・涙が膝の上で握り締められた拳を濡らしていた。おじいさんは、微笑をたたえた優しい顔で僕を見つめている。
 「・・・僕たちを切り捨てて会社を潰して・・・自分たちは親会社へ・・・」
 僕は声を噛み殺して泣いていた。涙が止まらない。
 「うん・・・」
 占い師のおじいさんが頷いた。
 「・・・しかし、あんたはこれからを生きなければいけない・・・憎しみに捕らわれると未来を失うぞ!」
 おじいさんが少し語気を強めて言った。
 「未来・・・?」
 「ああ・・・あんたにはわしと違って未来がある・・・老い先短いわしと違ってのぉ・・・」
 「アハハハハッ・・・」
 僕は笑った。
 「この不景気に会社から放り出された僕にそんなものはないよ・・・」
 僕は辺りを見回した。コンパが終わったのだろうか、居酒屋にいた女の子たちが椅子に座る僕の後ろを歩いて行く。化粧の甘い香りが僕の鼻をくすぐる。
 「・・・僕はあの娘たちのように未来が輝いているわけじゃない・・・お先真っ暗さ・・・」
 僕はおじいさんを見つめながら寂しく笑った。
 「どれどれ・・・」
 おじいさんが再び僕の右手を見つめた。
 「そうでもないようじゃよ・・・」
 おじいさんが僕に笑顔を向けた。
 「・・・」
 「あんたにも、これから輝く未来がある・・・」
 僕はじっとおじいさんの顔を見つめている。
 「・・・あの娘たちと同じようにのぉ・・・」
 おじいさんが優しく微笑んだ。僕は苦笑いをしながら頷いた。
 「ありがとう・・・少しは楽になったよ・・・」
 僕は財布からお金を出すと机の上に置いた。椅子から腰を挙げて歩き出そうとすると、
 「未来を信じろ・・・あんたには未来があるんだからのぉ・・・」
 僕は苦笑いしながら頷くと、夜の街を家に向かって帰っていった・・・。



 翌日

 窓から、朝の日差しが僕の部屋に差し込んでいる。
 「痛い!」
 僕は頭を抑えながらベッドに起き上がった。
 『昨夜・・・飲み過ぎたかなあ・・・・』
 そう思いながら僕は頭を抑えながらキッチンまで行くと、冷蔵庫を開けてコップにミネラルウオーターを注ぐと一気に飲み干した。
 「フウ〜ッ・・・」
 僕は大きく息をついた瞬間・・・。
 「・・・?」
 僕の視界に見慣れないものが入ってきた。パジャマの胸の辺りがふっくらと膨らんでいる。
 「エッ?」
 思わず胸に手を当ててみた。今までの僕の指とは全く違う白く細い綺麗な指がそのふくらみを掴んだ。やわらかい感覚が指から伝わってくる。
 「そんな・・・」
 呟いたその声に驚いた。聞き慣れた自分の声ではない・・・・なんだかいつもより柔らかい・・・高く澄んだ女の子のような声だった。僕は慌てて洗面所に走った。洗面台の鏡を見た瞬間、僕は凍りついてしまった。そこに映っていたのは、さらさらのショートカットの髪のまだ二十歳前に見える可愛らしい女の子だったのだ。その女の子が、ピンク色のパジャマを着て鏡の向こうからこちらを見ている・・・そして、それはまさしく今の僕の姿なのだ。
 「なぜ・・・」
 僕は自分の部屋を振り返った。
 「エッ?」
 それは、まるで女の子の部屋のようだった。ベッドには可愛らしいカバーが掛けられ、枕もとには大きなぬいぐるみが置かれていた。慌てて部屋に戻りクローゼットを開けると、中からは女の子の服が・・・。
 「そんな・・・馬鹿な!」
 突然、また頭痛が頭を襲う・・・僕の頭の中に、何かが入ってくる・・・。
 「アアッ!!」
 頭を抱えて僕はうずくまってしまった・・・。

 どのくらい時間がたっただろう? わたしはゆっくり立ち上がった。
 「わたしは・・・?」
 部屋の壁に掛けられた可愛らしい時計に目をやった。
 「・・・いけない! 早く着替えなきゃ!」
 わたしは、立ち上がると白いブラウスを着てジーンズを履いた。ドレッサーの前に座ると手早くお化粧を済ませた。姿身の前に立ち、身だしなみをチェックした。
 「さあ、今日から大学・・・がんばらなきゃ!」
 わたしはバッグを持って元気に部屋を出て行った。



 その占い師は、今日も街中にいた。
 その彼の前を、彼女が大学に向かって元気に歩いて行く。その姿を見ると、占い師はニッコリ微笑んだ。
 「おはよう・・・」
 占い師が声をかけた。
 「おはようございます!!」
 彼女が元気に応えた。占い師が微笑みながら頷いた。彼はしばらく彼女の後ろ姿を見つめていた。
 「ここにおられましたか・・・」
 突然、彼の背後で声がした。占い師の老人が振り返ると、輝く光の中に、白い服を着た青年が立っていた。
 「そろそろお戻り頂きませんと・・・」
 青年の言葉に、占い師の老人が頷いた。光が占い師の老人を包む。すると老人も青年と同じ白い服を着て光に包まれていた。しかし、朝の街を行き交う人々は彼らには気がつかない。誰も、見慣れない服を着た二人に興味を示そうとはしなかった。
 「彼を・・・女子大学生にされたのですか・・・?」
 青年が老人に尋ねた。
 「ああ・・・あの男はすっかり打ちひしがれていたからのぉ・・・あのままでは自殺をしかねない・・・それで、女の子にしてもう一度大学に行って気分転換をしてもらおうと思ってな・・・」
 二人が彼女の後ろ姿を見つめている。老人はニッコリ微笑むと、
 「未来への希望を掴むのを手助けするのは、わたしたちの仕事だからねえ・・・」
 二人はニッコリ微笑み頷くと、光の中に姿を消していった・・・。




 占い師(終わり)



 こんにちは、逃げ馬です。
 今回はSSを書いてみました。 今回は、逃げ馬の好きな?変身シーンがありません(^^;;; たまにはちょっと違う展開のものも書いてみたかったので・・・(^^;;;

 では、最後までお付き合いいただいてありがとうございました。また、次回作でお会いしましょう!

 なお、この小説はフィクションであり、登場する団体・個人は実在のものとは一切関係のないことをお断りしておきます。


 2002年4月 逃げ馬







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