「じゃあ伊織ちゃん、また明日ね。」
「あ、うんっ。じゃあね♪」
ブリリアントな陽光がさす放課後。
伊織はいつもの商店街を抜け、家路についていた。
その背後に、なにやら怪しげな人影・・・。

影は電柱の影から伊織に近づくと、黒く長い、鈍重な金属を伊織に向けた。
そしてひとつ、また一つ、運命のゴングが鳴らされてゆく・・・。

「あれ?・・・今、誰かに呼ばれたような気がしたんだけど・・・」


――少年少女文庫100万Hit記念作品――

原作 100万Hit記念作品製作委員会

第七話担当 kardy



第7話:閑話休題(いんたーみっしょん)



前日からの雨もすっかり上がり、雲ひとつ無い青空となった東京地方。照りつける朝日は、早くも今日一日の灼熱地獄を予感させる。
今日も今日とて早川神社では、今や「ご神体」的な扱いを受けて悦に入っているパラレルがいた。
その隣で、両手で頭を抱え込んでいる伊織。その脇でかしこまる守衛。
「さぁてぇ、今日のイオちゃんの『お仕事』ですけどぉ・・・」
「とりあえず『外へ出て2時間歩きっぱなし』はもう・・・2度と・・・2度と勘弁してよ!!」
先日の「お仕事」の際、伊織はターゲットとなる女子高生の趣味を探るため、2時間にわたって炎天下の中を歩きつづけた。ターゲットが「日射病?何それ」というぐらい元気だったためだが、伊織にとってはこの世の地獄とも思える時間であり、その顔色は赤から青、最後はなぜか黄色くなっていた。
やっと彼女がお菓子作りを生き甲斐にしている事を突き止めた時には、もう脳内血管バースト寸前の状態であり、帰宅した伊織はそのまま丸一日寝込んでしまったのである。
「全く、少しは水分を補給することを覚えろよ・・・」
横から猫・・・もとい、シリアルが的確なツッコミを入れる。
「だって、途中でおトイレ行きたくなっちゃったら・・・」
「まぁ、あのお仕事は失敗でしたわぁ。イオちゃんの健康状態まで計算に入れてなかった、わたくしのミスです〜。」
「それで、今日こそはまともな内容なんでしょうね?」
精一杯凄んでみせる伊織。しかし、ヘアクリップの影響で精神構造が女性化しているせいか、今ひとつ迫力に欠ける。
そして、とどめが昨日のアレ。

昨晩真須美に頼まれ、晩酌中の守衛の部屋へ徳利を持っていった時のこと。
守衛が何を思ったか「伊織くんもどうかね?」と誘ってきた。神に仕える人間が未成年に酒を勧める意図もよくは分からないが、他の宗教に比べて戒律のゆるい神道ならではの光景と言えよう。
伊織も誘われるまま、差し出されたお猪口を両手で持って、こくこく。その姿が、ちと酩酊の入っている守衛のツボに来たようで、
「いやぁ、いい呑みっぷりだね!ささ、もう一つ。」
とガンガン勧めて行く。そのペースにまんまと乗せられ、こくこく。
また、こくこく。
守衛の部屋に入ること3時間、一向に出てこない伊織を不審に思った真織が偵察に来た時には、すでに意味不明な呪文を口走りながら、真っ赤な顔でのびていた。
「父さん!!」

そして今朝、妙な時間に目が覚めた伊織は、起き上がるなり強烈な頭痛を覚えた。
無理もない。年頃の女子高生が、中年親父に勧められるまま杯を重ねていたのでは、二日酔いになるのも当然だ。
頭を抑えてふらふら歩く伊織を見て、さすがにはめを外しすぎたと思った守衛が、「二日酔いもいっぺんで覚める」と言って、早川流の呼吸法を伊織に教えていた。
が、開始早々、中途半端なタイミングでパラレルが出てきたせいで、変な形で頭痛が残ってしまったのである。
まぁそんなわけで、半死半生の伊織。
それでも、(パラレルのせいで)ここ数日ろくな目にあっていない伊織の「今日こそは無傷で家に帰りたい!」という切なる願いは、その座りきった目とあいまって、怪しげなオーラとなって伊織を包んでいた。
「イオちゃん・・・そんな目でにらまないでぇ〜」
「さぁ、今日のお仕事の内容を聞かせてちょうだい!」
「それでは今日の・・・え〜っとぉ・・・『その生まれ持った魅力で、街中の人々に華やかな一時を捧げる』・・・
 これって、何の事でしょうかぁ〜?」
・・・これが、天然だから始末におえない。
伊織の顔に、「欽ちゃ○の仮装大賞の点数ボード」みたいな勢いで、ぶちぶちと浮かび上がる青筋。
「・・・何のことって、こっちが聞きたいわよっ!!パラレルがわかんないのに、あたしに理解できるはず無いでしょ!!」

その時、真織がドタドタと足音を立てながら近づいてきた。あわてて姿を隠すパラレル。シリアルはいつのまにか、本物のネコのようにごろごろと床にのびている。
「たたたたたたたたた大変よ伊織ちゃんっ!!!!!」
といいながら、文字通り飛び込んでくるように部屋に入ってきた真織を、まず守衛がとがめた。
「何だ、朝から騒々しい。呼吸法の鍛錬も、また心身の・・・」
「それどころじゃないんだってば!見てよこれ!!」
「どうしたの?真織ちゃん」
「いいから、まずこのページ!!」
といって、真織が差し出した写真週刊誌。それを見た瞬間、伊織の表情がフリーズする。
「な・・・な・・・何これぇ〜っ!!!!????」
「ほほぅ、『街角で発見!いまだ健在・清純派素人女子高生を激写』とな?」
「こんな写真・・・どこで撮ったんだか・・・」
「何々・・・『豊急線・天が丘駅前で見かけた、キュートで元気いっぱいの女の子。何かを一心に見つめる、その表情がまたステキ・・・』・・・ほぉ。」
ようやく落ち着きを取り戻し始めた伊織が、まだ完全には自由にならぬ声で尋ねる。
「ま、真織ちゃん・・・これ、一体どうしたの?」
「たった今、レイと尚美が持ってきたのよ。伊織ちゃんがこんなに大きく写ってる、って。」
「『フラッパー』・・・これって、確か今日発売の週刊誌だったよな。」
「あの2人も大はしゃぎだったわよぉ・・・これじゃ、今日の学校がどんな状態になってるか・・・」
背筋が液体窒素よりも冷たくなる伊織&真織。

そして、3人の予感は見事に的中するのである。



「・・・おい、あの子じゃないか?今朝の『フラッパー』に出てた子って・・・」
「・・・確かに、ちょっと女の子っぽくないけど、よく見ると結構かわいいわよねぇ・・・」
「・・・気が付かなかったなぁ・・・あんな子が今まで天高にいたなんて・・・」
通学中、伊織たちは常に天高生の視線に晒される結果となってしまった。それだけではない。
「・・・あ、伊織ちゃん来たよっ!」
「おーいっ、早川さ〜ん!今朝のフラッパー読んだよぉっ!」
「・・・あれだろ?隣のクラスの早川伊織って。写真もいいけど、現物はまた格別だよなぁ・・・」
どこで情報が伝わったのか、クラスメイトはもちろん、隣のクラスと思しき生徒までが、早々と写真の女子高生が伊織であるという情報をつかんでいた。
「・・・こりゃ今朝って言うより、昨日の段階で速刷版を手に入れてきた人がいるようね・・・」
真織が冷静に状況を分析しているが、伊織はそれどころではない。
女の子になりたての時にも、自分が女装して歩いているようだという感覚にとらわれていたせいもあり、まわり中がすべて自分の方を見ているようで恥ずかしかった。しかし、今回のそれは以前の比ではない。
何しろ、伊織は全国シェアトップの写真週刊誌に載ってしまった、いわば「超有名人」である。しかも撮影された時、ご丁寧に天高の制服なんぞを着てしまっていた。つまり、「写真そのままの彼女」が、自分たちの目の前を歩いているのである。これでは、ご町内中の視線に晒されないはずがなかった。
しかも習性とは悲しきもの。ヘアクリップによって女性化が進行している伊織は、通行人と目が合うたびに、額に脂汗を浮かべながらも、無意識のうちに内気な微笑を浮かべていた。伊織の中の女の子の部分が「もっと見て!注目して!」と叫んでいるかのようだった。そして、すぐに男の子の部分が我に返り、あああ何やってんだ俺は的な激しい自己嫌悪に陥ることになる。
結局、教室に到着するまでの間、伊織は常に数人からの野次馬に囲まれる結果となってしまった。
「・・・ま、毎朝これじゃ、精神的に持たないよ・・・・」
「仕方ありませんわぁ。『人の噂も75日』、世間の皆さんがイオちゃんから興味を無くすまでの辛抱ですわ〜。」
「75日・・・2ヵ月半・・・勘弁してよ・・・」

「勘弁してよ」は、伊織だけのセリフではなかった。
授業中も、教室移動中や自習となったクラスの生徒たちが、教室の隙間から鈴なりになってこちらを覗いている。
結局、彼らを排除するために強面で知られる体育教師(通称「ツキノワグマ」)がやってくる事態となった。
「全く、これじゃ授業にならんな!」
教師たちの毒気たっぷりの捨て台詞に、伊織の心中は針のムシロであった。

「あああああ〜っ!!!うぜぇうぜぇうぜぇよぉぉぉぉぉぉっ!」
その日の夜、伊織は自分の部屋で現況を嘆き、じたばたと蠢いていた。
「・・・災難だと思うしかないね。パラレルが言った通り、みんなが伊織から興味を無くすのを待つ。これが最善の道だと思うよ。」
冷静にツッコミを入れるシリアル。
「そうは言うけどさぁ・・・何か、時間を追うごとにオレ目当てのギャラリーが増えてるような気がするんだよな・・・」
「よっぽどヒマな連中が多いんだな、人間って。」
「てゆーか、多分『今のうちにお近づきに』って考えてる連中ばっかりなんだな、きっと。」
「・・・おぉ、これほどまでに人間の本性があさましいものだったとは!僕もさすがに呆れるよ。」
「シリアルぅ・・・お前、人事だと思って・・・」
その時、パラレルが部屋に入ってきた。
「イオちゃん、学校からお電話ですわぁ。」

「・・・はい?朝、校長室ですか?・・・はぁ、分かりました。じゃあ、いつもより早めに出たほうが・・・あ、いいんですか、ホームルーム出なくて。・・・はい、分かりました。じゃあ、また明日。・・・お休みなさい。」
「伊織ちゃん、電話誰から?」
「八重垣先生から。明日、保護者と一緒に校長室に来てほしい、だって。」
「それじゃ、父さんと一緒に行くことになるわね。」
「ん?わしがどうかしたのか?」
通りがかった守衛に、伊織は事の顛末を説明し、明朝の校長室同行の了承を取りつけた。
「しかし、伊織君も大変だな・・・」
「あたし、もう何がなんだか・・・これが『諸行無常』って事なんでしょうか・・・」
今日、古文の時間に教わった言葉が、早速伊織の身にしみる。



「(゚Д゚)はぁ!?」

翌朝。
守衛とともに校長室に出向いた伊織は、校長の口から出た、学校教育関係者の発言にしてはあまりに突飛なアイデアに、思わずつんのめりかけた。
「あ・・・あの、すいませんけど、もう一度お願いします・・・」
「失礼ですが私も、ちと理解しかねる部分がありましたので。」
しかし、校長は涼しい顔で受け流した。
「はっはっは。いきなりで驚かせてしまったようですな。
 先ほども申し上げました通り、早川伊織くんを町内会のアイドルにしよう、という事です。
 えーと、保護者の方・・・」
「叔父の早川守衛と申します。現在、伊織の父親が海外赴任中ということで、私が親権を代行しております。」
「そうそう、確か早川神社の宮司の方でしたか。
 失礼ですが、御神職は昨日発売された、この雑誌をご覧になられましたかな?」
と言って、校長が差し出した昨日発売のフラッパー。
「詳細は見ておりませんが、伊織が載っているという話は本人、および真織から聞き及んでおります。」
「この雑誌を昨日、天ヶ丘町内会の会長と、豊急天ヶ丘商工会の会長がご覧になられたようでしてね。
 あぁ、ご紹介が遅れました。こちらの方が、商工会のほうの会長です。」
校長に紹介されて、初めてソファに人が座っている事に気がついた伊織。
その人物が、やおら形相を崩し、もみ手で伊織と守衛のほうに近づいてきた。
「やぁどうもどうも。豊急天ヶ丘商工会の南牟礼と申します。
 いやぁ、写真もいいけど現物は何倍もかわいいですなぁ。
 実はですね。昨年選んだミス天ヶ丘が、先日結婚してしまいまして。
 まぁ、当然結婚となればミセスですから、ミス天ヶ丘は卒業と言う形にさせてもらったんですが、なにしろ後任がいない。」
「そういう時って、準ミスから選ぶんじゃ・・・」
「それなんですが、何分小さな街の商工会のキャンペーンガールなので、そこまで決めてなかったんですよ。
 そんなわけで、スポンサーである豊急電鉄さんの方からも、早く決めろとせっつかれとったんですわ。
 しかし、簡単に後任を選べない、コンテストを開けない事情がありまして。」
そこで南牟礼は額の汗を拭いた。すると、それまで黙っていた守衛が口を開いた。
「今年の春に当選した、あの婦人議員ですな。」
「そうなんです。彼女の支持団体から圧力がかかってましてねぇ。」
地方自治のことは寡聞にして無知な伊織も、大体の背景は読めてきた。

今年の春に行われた市議選で、全国的に有名な学者が当選を果たした。ところが、これがT嶋洋子のクローンじゃないかと思えるほどのフェミニスト。選挙期間中から「女性の自立」「男性優位社会を、地方から改革しよう」を公約に掲げてマスコミを食いつかせた。さらに初登庁となった議会で、彼女は早速「議員にお茶を持ってくるのが、メイドの格好をした女性である必要はない!」と主張。その後も数々の暴論をぶち上げ、今やすっかり男性議員の脅威となり、逆に女性有権者からは圧倒的な支持を得ている。
伊織もテレビで見ていて「怖いおばさん」という認識は持っていた。

「・・・それで、あたしを臨時ミス天ヶ丘に?」
「そうなんですよ。
 いやぁ、『フラッパー』を見たときは驚きました。こんなかわいいお嬢さんが天高にいたなんて!」
「で、でも、あたしそんなの無理ですよ。」
「いやいや、伊織ちゃんは普段どおりしてもらえばいいんです。時々、イベントとかに出席してもらえばそれでいいわけで。」
さらに校長が加勢する。
「学校側としては、次の2点を条件に快諾しようかと思っております。
 1.高校生としてふさわしくない業務、いわゆる水着などの露出系ですとか、深夜に及ぶ仕事ですな。こういう事はさせない。
 2.スケジュールについて、早川君の希望を最大限取り入れた上で、学校側のイニシアチブで決定する。これは学業や健康に支障をきたさないための措置です。
 既に、今朝の教員会議ではおおむね好反応を得ておりまして、後は早川君本人と御神職の承諾を頂くだけとなっております。」
「お願いです!ぜひ、ぜひ!天ヶ丘商工会を助けると思って!」
握り締めた伊織の手を引き寄せつつ、南牟礼が押しの強い、アブラギッシュな顔を近づけてくる。伊織としては一刻も早く、この場から逃げ出したかった。
それに、天ヶ丘ローカルとはいえアイドル的な扱い。伊織も結構まんざらでもなかった。・・・というより、伊織の「女の子の部分」が、心の奥底で引き受けろ引き受けろと呪文のように繰り返しているのである。かろうじて「男の子の部分」が拒絶しているため、なんとか精神的なバランスは保っていたが、何かのはずみでコロッといってしまうのは必至だった。
そして、最後のダメ押しは校長だった。
「早川君。もし引き受けてくれるなら、業務当日の授業はもちろん公認欠席。さらに、夏休みの補習も免除しようかと考えておるよ。」

もしこの世に悪魔と言う代物が実在するなら、伊織を惑わすには十分なエサだった。

その日、伊織は授業どころではなかった。
いや、すでに「学校公認・ミス天ヶ丘」の話が校長から全校に発表され、教室前は昨日に輪をかけた混乱となっていたのは事実だが、それ以上に伊織は自分の迂闊さを呪っていた。
(あうぅ・・・俺、もしかして校長のとんでもない口車に乗せられたんじゃ・・・)
(そんなことはありませんわぁ。ご町内のアイドルなんて、すばらしいじゃありませんか。)
(だったら、パラレルが代わってくれるか?)
(・・・考えてみれば、これもお仕事ですわ。昨日の朝、天界から出されたメッセージ、覚えてらっしゃいますぅ?)
(確か・・・『その生まれ持った魅力で、街中の人々に華やかな一時を捧げる』・・・)

Σ( ̄▽ ̄;)

(これこそ、アイドルの使命じゃありませんかぁ。)
(みゅ〜)
嘆いてみても後の祭だった。



3日後、正式に商工会本会議で伊織の臨時ミス天ヶ丘就任が発表された。
それからと言うもの、伊織は思わず「ウソツキー!!」と南牟礼を呪いたくなるほどの過密スケジュールを余儀なくされていた。
ちょうど、駅前の豊急デパートで全国駅弁&物産大会が開かれていたこともあり、伊織は全国からやってきた「ミス○○焼」や「ミス海鮮○○」といった、あんたらそんな看板背負って恥ずかしいとかないんかオラァ的なキャンギャルとの写真撮影などに追われていた。もう何人、漁業組合関連の肩書きを持つ人と握手したことだろう。
ひどい時には、3時間で5箱もの駅弁を試食する羽目になった。駅弁と言うコストパフォーマンスの極端に悪い食べ物が相手なだけに、男だったらなんとかなったかもしれないが、今の伊織の胃袋では勝負にならなかった。

それが終わると、市内の幼稚園巡回が待っていた。どういうわけかこの時期、市内の幼稚園が一斉に「お泊り保育」を実施している。過去には伊織自身も参加していた。
(そういえば・・・俺の時にはどこかの劇団が来てたな・・・そういう事をやらされるわけか・・・)
そう軽々しく結論付けたことを、伊織は現地で激しく後悔する事になる。
なんと、衣装と称して手渡されたのは・・・マジカルイオ!!
商工会の係員からようやく聞き出した所では、何でも昨日伊織の「母」と称する人から、「ぜひ明日はこのコスチュームを」と手渡されたらしい。同封されていた説明書でようやく事態を把握した商工会だったが、何しろフラッパーの記事だけでミス天ヶ丘を選んでしまうような人種である。いかにも腹黒そうな笑顔を浮かべて「やりましょう」になるまでの所要時間、わずか15分。
最後まで聞くんじゃなかった、と眩暈を覚えながら呟く伊織。




気を取り直し・・・と言うより開き直って、園児たちの掛け声(「司会のお姉さん@商工会」の練習つき)に呼ばれ「マジカルイオ」のノリで登場した伊織を待っていたのは、怒涛のごとく押し寄せる園児たちの群れ、群れ、群れ・・・。
現代の幼稚園児は、伊織の時代には考えられないほど狡猾でマセている。「マジカルイオのおねーちゃーん!」とわらわら取り囲んで、隙を見てハイキック・バストタッチ・ジャブジャブストレートという高等戦術に何度引っかかったことか。しかも伊織がちょっとでも不満そうな顔をすれば「おねーちゃんがこわいよぉ!」と嘘泣き。取り囲んだ時点で、教師の方が「迷惑をかけている」という自覚が多少なりともあるのが救いだが、それでも泣かれた瞬間の気まずさは一度経験して見ないとわからない。
【つーか、子供にウソ泣きされて児童産業から足洗った人、絶対いるはず!!by作者】
心で「いいパンチだったぜ・・・幼いの・・・」と涙しながら、それでも園児たちの見ている前では、バカみたいな陽気を前面に押し出さなくてはならない。
伊織はこの慰問活動(?)が期間限定であることを神に感謝していた。
(「といっても、その神が生み出したのがパラレルだけどね」とはシリアルの弁である)

それでも、伊織は何とかハードスケジュールをこなしてきた。
ヘトヘトに疲れて帰ってきた伊織を、パラレルがにこやかにヒーリングしている。
「今回のお仕事は、正直言ってダメかと思ってましたわぁ。」
「・・・お前、簡単に言ってくれるなよ・・・俺の、男としての人生がかかってんだからな・・・」


「みなさん、こんにちわぁ!
 今日は鶴来屋酒造プレゼンツ、第11回天ヶ丘利き酒コンテストに、ようこそいらっしゃいました!」
ある晴れた日曜日、伊織は公民館の大ホールで引きつった笑顔を浮かべていた。
隣町にある大手酒造メーカーが、10年ほど前から開いている利き酒コンテスト。すでに呑助の間では有名なイベントとなっており、市内はもちろん全国から腕利きの酒呑みがやってくる。伊織も、協賛である天ヶ丘商工会の代表として招かれていた。しかし、イベントの内容が内容だけに、会場内は早くもアルコールのむせかえるような匂い。
そんな事とはつゆ知らず、南牟礼は伊織を酒造業者たちに紹介していく。
人前ではどんな時でも笑顔。アイドルの鉄則ではあったが、すでに伊織の額には、ガマガエルと勝負できるほどの脂汗が滲んでいた。
そしてもう一つ、伊織の笑顔を引きつらせている要因があった。

このコンテスト、入場無料の上ご丁寧にも駅前や市役所でビラを配っているため、会場内には色々な人種が押し寄せている。その中には、アブラギッシュな格好をしたカメラ小僧も含まれていた。
ただでさえ混雑している会場内。この手のカメラ小僧が発する独特の香りは、充満するアルコールの匂いとあいまって、ノックダウン寸前の伊織にとどめの一撃を突きつけていた。

そして、遂に伊織が壊れた。

いきなり満面に笑顔を浮かべたかと思うと、低〜い声で「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」とつぶやいた。その姿を、たまたま見ていた商工会関係者は後に「『貞子』かと思った」と懐述している。
そこへやってきたカメラ小僧、何を思ったか「ポーズとってぇ」と要求した。
「両手を胸の前に持ってきて・・・『だっちゅ〜のっ』」パシャ。
「その腕を上に持ち上げて・・・『ワインドア〜ップ』」パシャ。
「回れ右して、顔だけこっち向けて・・・『セクシーポーズ』」パシャ。
だんだん、カメラ小僧の人数が増え、伊織へのリクエストがエスカレートしていく。
しかし、既に精神半壊状態の伊織は状況をよく理解できず、カメラ小僧の要求するままのポーズをとりつづけていた。
そのうち、伊織自身が悪ノリしはじめた。
「ねぇ、もっと凄い写真、とってみたくな〜い?」
その声にカメラ小僧、さらに会場内の助平親父が一斉に反応する。
シャツのボタンを外して胸の谷間を露出・・・パシャ。
スカートをたくし上げて太腿チラ・・・パシャ。一斉に上がる歓声。
ヒップをカメラに向けて、スカートを少しずつ上げていく。パンツが見えるギリギリの場面で・・・会場から怒鳴り声が上がった。

「なんです、この騒ぎは!ここはストリップ場ですか!!」
よく見ると、フェミニズム言論テロでおなじみの市議だった。
しかし、大胆にも伊織はその市議にしなだれかかった。
「怒っちゃいやん。お姉さんも、あたしといい事しましょ♪」
やっと騒ぎを聞きつけた商工会関係者が、顔面蒼白で伊織をひっぺがし、奥の控室へ連れて行く。
会場から一斉にあがるブーイング。

この瞬間、会場に「彼ら」がいたことが、後に伊織の不幸となるのであった。



数日後。

「まぁ、あの子が・・・」
「そうよ。全く、商工会も何だってあんな子を選んだのかしら・・・」
「破廉恥ここに極まれり、って感じよね・・・」
「しかし、よくまぁ外を歩けるもんだ。」


通学途中の伊織の心境は、まさに針のムシロであった。

既に会場内にいた関係者から、事の次第が詳細に、しかも尾ヒレ胸ビレ背ビレまるごとつけて面白おかしく伝えられていた。
翌日、学校に着いた伊織を待っていたのは、ユデダコ状態の南牟礼と、珍しく顔から笑顔の消えていた校長だった。たっぷり1日にわたる雷を頂戴したあげく、翌日一日の校長室における謹慎で、ようやくその日は開放された。
・・・が、街を歩けば町内の後ろ指が待っている。許されるなら、布団でもかぶって歩きたかったぐらいだ。

しかも数日後、その蛮行が「フラッパー」に掲載されることになる。
フラッパー編集部としては、全国的に有名なイベントに、自分達が載せた女子高生がマスコットとして参加するとなれば、その足取りを追うだけでも十分記事となった。だが、事態は編集部の予想をはるかに超えた、非常に読者の食いつきやすい方向へと進んでいった。ましてや、こういう事に目くじらを立てないはずのない著名人までが会場内にいる。
こんな美味しいネタ、記事にするなと言うほうが横暴だろう。
掲載された記事には伊織自身も思い出すのに時間を要するような恥ずかしい思い出話、さらに会場内で激怒していたフェミニスト市議の「怒りの談話」までが添えられていた。
瑞樹が面白半分に持ってきたフラッパーを引ったくる伊織、読み進むうちにその手が震える。
「な・・・なんでこんな事に・・・」
「ま、有名人の宿命、ってやつだな!あっははははは。」
「仕方ありませんわぁ。『人の噂も75日』、世間の皆さんがイオちゃんから興味を無くすまでの辛抱ですわ〜。」

「・・・誰か・・・いっそ殺して・・・」
るるる〜状態で、空にむかってつぶやく伊織。

この時、伊織は知るよしもなかった。
10日後には、自分の痴態を赤裸々に掲載した、投稿写真雑誌が発売されることを・・・。
合掌。

(Fin)


第8話☆予告

ん、なになに? バカ伊織が女の子修行を始めたって? おまけに女の子の恋愛指南? 大丈夫かねまったく……。

「あのね、女の子の”乙女のエナジー”ってどこから来るか知っている?」

「海はいいですわぁぁん。さすがは娯楽の殿堂」

「ごめんなさい…、ただ、勇気を持って助けなくちゃとおもっただけなんです」

次回、『天使のお仕事』 第八話。
「乙女のエナジー」(担当:MOTOさん)

浜辺の視線はあたしの水着に釘付けだぜぃ! ……って、こらっ、なんだそのシラケた顔はっ!



少年少女文庫100万ヒット記念作品
「天使のお仕事」
閑話休題(いんたーみっしょん)

Presented by 100万ヒット記念作品制作委員会


◆ 感想はこちらに ◆



[戻る]