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「先生が呼んでいるというから、来たのに!じょ、冗談じゃないよっ!!」
姿を見られてしまったという事実に一瞬唖然とするが、我に戻り、強引に振り返る”彼女”の黒髪は風に揺れ、そしてその風貌からは想像もつかないような、激しい足音を廊下に響かせながら去ってゆく。やがて、階段を駆け上がる音とともに、その音は小さくなっていく。
『せっかく、彼が様子を見てきてくれたのに』
そのような感じでその有様をみて呆れる3人の女の子とともに、
『………一条……はるか………か。やはり、そうだったんだ………』
と、”彼女”にそう思う、”彼女”の幼馴染みの姿。ほんのわずかな十数秒という時間であっても、滅多に見ることができないといわれている女子指定のジャージ、そしてそれを着ていた紛れもない”親友”のその姿に、高坂は一瞬我を失った。




『私の思い、君の気持ち』

第1話

作:神川綾乃




「じゃ、そういうわけで、高坂君はここまでね。」
少し力の抜けた声で、制服を着た3人の女の子のうち、一番左に立っている彼女がそういった。
「あ、ああ………。」
3人の女の子、高坂にとっては中等部女子の3人を前に、そう答えるしかなかった。
「早くしないと、みんな帰ってきて大変な事になっちゃうよ、急いで」
せかすように言うのは、真ん中に立つ彼女。
「あー、そうだな………。」
高坂は、口々に言われて我に返る。
『そうだ、そういえばここ女子寮だったっけ。』
「じゃー、俺は行くよ。あいつの事、頼むな。」
「うん、任せといて!」
今度は一番右に立つ彼女が答える。
『内心、こいつが一番任せられないよーな気もするけど。』
高坂がどう思っているなんてことよりも、ここは急いで高坂を退散させることが先決なようだった。

”俺からみても、確かに昔からあいつは女っぽかった。でも、あいつが女だって事隠してるなんて知らなかった。”
 高坂はそんな事を思っていた。1週間前、町中で突然倒れたあいつは、それまで男子寮で過ごしていた。一度は病院に運ばれ、どうなることかと思っていたら、ある日を境に女子寮にあいつの部屋がある。この事は、すでに中等部の女子部でも男子部でも、ほとんどすべての、いや全員の生徒が知ってしまった事実である。
 高坂は、中等部の女子3人が女子寮の出入り口のあたりを見張りをお願いして、そして誰もいないことを確認すると、女子寮の敷地からこそこそと退散した。


 ”彼女”の部屋は、無造作に広げられた荷物で散らかっていた。どうも、部屋の様子はアンバランス。誰かが住んでいたところに、突然転がり込んできた”彼女”が一人で占領してしまったように見える。
「あーあ、ぼくどうなっちゃうんだろう………」
高く澄んだ声は、哀しさの鳴き声を混ぜている。
「みられちゃったし………」
その散らかった部屋の片隅で、”彼女”は背中を壁に寄りつけ、そして体育座りで座ってうずくまっている。


 話は、いまから2週間前にさかのぼる。


「では、1年A組の出し物は、演劇に決定!」
それは、2ヶ月後に行われる親睦会の出し物を決める、学級活動の時間のことだった。入学してまもなく、ほとんどまだ生徒同士がそれぞれとけ込んでない中で、なんとなく決まってしまったそれが、ある一人の生徒に、13歳にして一生最大のイベントを起こしてしまうことになるとは、誰も思わなかった。
「で、さっそく、何をやるか決めたいと思います!」
その流れは自然だった。高坂は、隣に座る一条のほうをみた。
「劇かよー。男だけの劇って、いったい何するんだよ?」
「ま、まぁ、なにかあるんじゃない?まだこれからだしさ。」
高坂の話しかけに、一条はまだ声変わりのしていないきれいな声で答えた。高坂も一条も、小学校からの幼馴染み。ただ、二人はいわゆるそれなりの資産を持った家に生まれた、世間ではこれから”御曹司”とよばれるかもしれない存在であることは間違い。
 そしてこの春、地元でも有名な全寮制の聖クリスティン女学院大学付属の中等部に入学したばかりであった。この学校、女学院ではあるが、最近少子化の影響で中等部と高等部には男子部が設けられていた。しかし、男女は完全な別学で、校舎などの施設、そしてカリキュラムも完全に別々に独立した学校として、運営されている。

 そして、いつのまにか
「白雪姫」
を演目にすることになってしまった。男子しかいないのに、なぜか白雪姫。それは、ひとえに”一条”という存在によってしまう。
 どうみても、というか傍目からみると、まだ小学生高学年くらいの女の子、しかも並はずれたルックス。というか、なぜ男子の制服を着て男子部にいるのかがわからない。はっきりいえば、”何かの事情で仕方なく男子として生活している悲劇の美少女にしか見えない”彼がいたからである。クラスの男子達は、高坂という存在がいたから、一条をむやみにからかったりするような事はしなかったのではある。なにせ、一条は入試試験で首位、高坂が2位。そして、入学式でも新入学生代表をつとめた一条であった。外見からは想像つかない部分は大きいが、入学当初から二人は目立った存在になっていた。

 クラスの誰が思いついたのかは知らないが、いつのまにか
「一条に白雪姫、高坂に白馬の王子様」
というイメージができてしまったようで、終わってみれば、

” 白雪姫 = 一条  王子 = 高坂 ”
という文字が、黒板に書かれてしまったのである。

「なんでボクが白雪姫!!」
学校の日程が終わり、男子寮の部屋に戻った折り、高坂の部屋に来た一条はすぐに高坂にいちゃもんをつけるように声を高らげた。
「まぁ、そんなに気にするなよ、あくまでも劇だよ、劇。」
幼い頃からお互いのことをよく知ってはいたが、高坂もある疑問をもっていることはあった。それは、体育の時間、見学ばかり。着替えることもなかった。修学旅行は、といえば病気で参加しない。小学校6年間で、いわゆる”裸のつきあい”をしたことは一度もなかったのである。そして、中等部に入っての寮生活では、二人はそれぞれの個室、しかも両親がそれぞれ多額のお金を払っているため、各部屋に風呂トイレがついている環境。かんがえてみれば、一条のプライベートな部分は、かなり謎が多いのは間違いない。
「とにかく、決まったからにはがんばらないとな。」
「う………」
高坂に諭された一条は、すぐに静かになってしまった。

 それからまもなくして、さっそく練習にとりかかることになった。でも、一条は納得できてはいない。

「なんで、ボクが白雪姫なんかに………」
今週の週末の休日が終われば、来週からは放課後に稽古がはじまる。彼は、かなりいやになっていた。担任の須藤先生は、まず姿からなれましょうというアドバイスから、来週の稽古になってすぐ、先生の服を貸してくれると言っていた。つまり、女装をして稽古をすることになる。
 日曜日の午後、買い物をしようと高坂とともに街に出ていた。高坂はというと、いまはトイレに行ってしまった。一条は一人、デパートの中で待っていた。
「ぼくが…………まさか………?」
一条は、ショーウインドーに飾られている、きれいなドレスをみつめていた。
『白雪姫って、こーいう格好なのかなぁ?ぼくがこんなのを着るわけ?』
ショーウインドーをみつめる彼の様子は、傍目からみるとショートカットの美少女が大人の女性にあこがれる、そのようにも見えなくもなかった。

 と、そのときである。
いきなり一条の腹部に今までに彼が感じたことのない激痛が走った。
「って………………いったい………………おなかが…………」
突然の激痛で、ショーウインドーのガラスに苦しそうに寄りかかったところに、高坂がもどってきた。
「お待たせー、一条………って、おい、どうした!!」
顔面蒼白、激しい脂汗とうめき声を出す一条の様子に、ただならぬ事態であることを察知した彼は、
「誰か、救急車をっ!」
倒れそうになる一条の体を支えながら、そう叫んだ。




「原因はよくわからないのですが、とにかく息子様の体は内面的には全く完全な女性の体となっております。」
「間違いないのですか?」
「はい、それも、ちょうど第2次性徴を迎えようとしているころの女性の体だと思います。」
その日の夜、一条が運ばれた病院で、彼の両親が医師から説明を受けていた。
「そうですか………。」
彼の父親はそういった。
「治る見込みはあるのですか?」
彼の母親は医師に尋ねた。
「現在の診断では、完全に女性の体です。DNAレベルでの解析ではまだ時間がかかると思います。ただいえることは、息子様は、本来は男性ではなく女性であったという事です。」
「そうですか、その解析はいつ頃に?」
「明日の夕方には答えが出ると思います。」
「では、よろしくおねがいいたします。」
医師にそういうと、両親は深く頭を下げた。

 そして、”彼女”が気がついたとき、知らない場所にいることに気づく。
「ん………ここは………」
”彼女”は目を覚ました。そして、まもなく病室に非常に高い絶叫が響き渡ると、すぐに看護師たちが”彼女”の病室にやってきた。



 そして、一条は「一条光(ひかる)」から「一条はるか」と名前を変え、女子寮に新しく設定された”彼女”の部屋はあった。しばらくの間は、学校側も対応について、他の女子生徒と突然同じ部屋にするのはどうかという懸念から、部屋割りを変えた。女子寮の方は、男子寮とちがい古い施設のままで、2〜4人までの相部屋と共同の食堂、トイレ、そして風呂などという設備。
 元々の部屋の住人は他の部屋にしばらくの間うつることになり、中等部の女子生徒として、女子寮に4人部屋の中で一人という生活が始まったのである。



「高坂に、あいつに見られちゃったよ………」
元々女っぽいといわれて、それなりにコンプレックスを持っていた。でも、それはいつのまにか慣れっこになっていた。
 でも、本当は自分が女だった、両親から、そして医師からそう説明を受け、また名前も変えられてしまった事。そして、突然男子生徒から女子生徒となり、高坂に女子生徒指定のピンク色のジャージ姿である自分の姿をみられた事。

 ジャージ姿とはいえ彼女にはショックだった。まだ、自分でさえ受け入れる事はできなかったのだから…………。

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