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本当の自分

作:神川綾乃

【第2回】


 僕が変わってしまってから、1ヶ月経過していた。有名進学校に入学したはずの僕の勉強机は、誰にも使われていないような状態になり、次第に埃によって色が変わろうとし始めている。
 母は、隣の市で仕事をしていて、いつも帰りは遅い。仕事が忙しい母は、朝、時間に追われて時々僕の昼食を作れない時があった。いまの僕には、そのときに母が置いておく昼食代が、小遣いになっていた。
 その、母が置いていく1枚の札を、僕は財布にしまい続けた。もう、ぱっと見た目ですぐには、何枚あるかは、数えられない。

 夕方になると、僕は時々外に出た。でも、出来るだけ誰にも僕を見られないように。
「そういえば隆博たち、どうしてるかな・・・。」
 もう少しで、世間には5月のゴールデンウィークがやってくる。今、毎日休みの僕には
そんな事はどうでも良かった。
 小学生の頃、よく近所の友達と遊んだ公園で一人、僕はブランコに乗っている。
 赤く染まった西の空が、とても綺麗に感じた。あのころ、ほとんど毎日日が暮れるまで
遊んでいた自分が、時々分身となって視界に現れてくるような気がして、そんな公園(ここ)に来ることが、いつのまにか日課になっている。
「そういえば、祐希(ゆき)も、もうこの街にはいないんだよな・・・。」
 僕は、ふと幼なじみのあいつの事を思い出す。その時、悠の胸中に、あの時の思い出が鮮やかに浮かび上がる。
「・・・僕も、ああなっちゃうのかな・・・。」
 悠は、ブランコに座りながら、つぶやいた。


「そんな事なんて!!」
 突きつけられた事実を、悠は頑なに拒み続けていた。今までに、こんなに強く人に当たったことはないくらい、彼は大きな声で母に言いつける。
「でも、もしこのまま悠が何もしないっていうなら、悠には、あと1年も命がないのよ!」
 母は泣いていた。彼の瞳からも、涙が流れている。あくまで、ふたりの話は平行線をたどり続けていたが、5日目の夜、最後に母はこう告げると、悠の部屋を後にした。

『お願い、もう、母さんを一人にしないで・・・。』


 でも、公園に来て、何か思うたび、悠の脳裏に現れる母の言葉は、そのたびに悠の心を複雑な心境にさせ続けている。
「一人にしないで・・・か・・・」




 今からちょうど3週間前の事である。

「息子さんの症状ですが、最初に結論から言います。酷かもしれませんが、現在の段階であれば、かならず完治出来るでしょう。息子さんには、ガンの疑いが出ています。」
「え・・・??」
 翌週、悠は、学校に指示されたとおりに、市立病院で精密検査を受けていた。そして、さらに、その結果を母が病院に赴いて聞いている。悠はというと、とりあえず学校の方に通学していた。
 そして、学校での健康診断の結果と、今回の病院での精密検査の結果に、悠の母はずっと驚愕させられ続けている。
「ガンですか・・・?」
「はい。まぁ、それには原因がありまして・・・。しかしながら、当病院の設備では、息子さんを正確に診断するにはまだ無理があります。よろしければ、東京の大学病院で、さらに検査していただくことをお奨めします。私の友人で、息子さんの症状に精通している医者がいますので、そちらに紹介させていただければと・・・。」
「東京・・・といいますと・・・」
「弁応大学になります。」
「弁応大学・・・ですか・・・。」
 市立病院の医師は、東京六大学の中の一つとされる名門私立大学の名前をあげた。
「弁応大学ならば、メンタル的な部分でも十分な対応が出来るでしょう。何しろ、セラピスト育成の最先端でもありますし・・・。」
 医師は、右手にボールペンを持つと、カルテにドイツ語であろうが、何かいろいろと書き込みながら言った。
「メンタル・・・セラピスト・・・ですか?」
「ええ。息子さんの事ですから、この時点で分かった事といえば、息子さん・・・悠さんには・・・」
 医師は、視線を悠の母の顔と、机上に置かれた悠のカルテを往復させながら続ける。
「おそらくですが、なんらかの理由ででしょうがー・・・男性と誤認されてしまった女性かもしれません。」
「え、ガンではなくて・・・?」
 問いかける悠の母の姿を見ると、医師はボールペンを机上に置き、彼女の方をしっかり向く。
 そして、言い放った。

「とにかく、現時点でここで息子さんを診断し、治療しきるのは無理なのです。」




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