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§本当の自分
        Original script by Ayano Kamikawa / studio "Horizon" 2001

連載第1回


 2001年6月

 それは、自分にとっては必然だったのかもしれない。
 でも、もし自分が認めてしまえば、今まで生きてきた事すべてを否定しなけ
ればならない気がしている。どう結論づければいいのかもわからず、結局悩み
に悩み続け、あれからもう、2ヶ月が経とうとしている。
「しっかり食事はとりなさい・・・。食堂に用意しておくから。」
 母は、毎朝、僕に部屋のドアの向こうから、ほとんど同じ時間に告げると、
仕事先に出かけていく。父が病死して、もう11年になる。本当に幼かったか
ら、人の死の意味も分からなかった。父との思い出も、ほとんどない。
 いまの僕は、俗に言う、引きこもりと思われているのかもしれない。近所の
人に、なにを言われているかは分からないけど、時々閉じたカーテン越しに外
を見ると、近所の母くらいのおばさんたちが、何かくだらない話を、何時間も
続けている。
 
 登校拒否と言われているかもしれない。義務教育を受けているはずの年の自
分に、俗世間はどのような評価をしているかなんてことも、こんな僕でも、心
の隅に残っている。

 すくなくとも、あの学校に入学がきまり、最初の3週間までは、まともに学
校に通っていた。その特徴のある制服で、近所の人たちから噂されていた。
「柏木さんのお子さん、あの名門校に入学されたみたいよ・・・」
 僕が入学した中学校は、県内ではトップクラスと噂されている名門男子校だっ
た。姉妹校として、東京校がある。逆進出を果たしているくらい有名な私立校
だ。ここに入学できれば、将来は約束されている感がある、そんな学校だった。

 あの時が来るまでは、毎日の学校が、忙しく、そして勉強も難しいけど、そ
れでも楽しかった。
 
 でも、現在(いま)は違う。

 毎朝ドア越しに聞く母の声は、おそらく、相当悩み、そして疲れきってしまっ
ているように聞こえる。母には申し訳ないと思い続けながら、いまはこうして
いる自分が精一杯になっている。

”ごめんね、お母さん・・・”



 2001年5月

 いまからちょうど1ヶ月ほど前、まだ中学に入ってまもない、初夏を感じさ
せるような日に、それは突然やってきた。
 学校の健康診断で、初めて撮影されたレントゲン写真の結果に、あるあって
はならない状態が発覚されたのだ。幼い頃に病気で父を亡くし、片親ですべて
をがんばってきた母のために、がんばった結果が、いまの学校への入学だった。
 ここに入学できれば、将来は保証されたような物である。そんな学校に、特
待生の待遇を得て合格したのだ。
 有名な私立校のせいか、僕は入学して初めて、しっかりとした健康診断を受
けた。入学してまもなく、4月の上旬のこと。小学校の健康診断でもあったよ
うな基本的な事柄から、レントゲンはもとより、心電図検査や血液検査もした。

 そして、その健康診断の結果がでようとしていた3週間後、突然母とともに、
僕は学園長室に呼び出される事になる。特に問題を起こしたわけでもないのに、
なぜ突然呼び出されたのか、理由は分からない。放課後に、母と一緒に校内に
いる僕を見かけたクラスメイトたちからも、怪訝そうな顔でその様子を見られ
るくらいでしかない。
 
 そして、呼び出された原因が健康診断の結果であったとは、思ってもいなかっ
た。
 母と僕は、放課後の約束の時間の20分前には、職員室に着いていた。そし
て、担任からは、学園長室で・・・ということを聞いた。ますます、不安になっ
た。
『なんで、学園長室・・・?』
 職員室に着くと、すぐに担任が手配してくれたらしく、職員室と繋がってい
る方のドアから、学園長室に通された。
 そこには、偉そうにソファーに腰掛けている学園長と、そのとなりに立つ教
頭の姿があった。担任は、学園長室には入らない。
「1年A組の柏木悠君とそのお母様ですね。今年入学された・・・。」
 母と僕をみて、教頭のその言葉は、普段廊下で走る生徒を怒るような大きな
声とは対照的な、細い声だったのが印象的だった。
「はい、そうです、柏木悠と、母です。」
母が教頭に答える。すると、学園長が、
「まぁ、こちらにお掛けください。」
と、右手でソファーの方を指す。僕と母は、ソファーに腰掛けた。腰掛けた僕
と母を前に、
「悠君のお母様。今日は、特別な事情から、学園の方にご足労いただきまして、
ありがとうございます。」
 学園長のその声は、ごく普通の印象の声。
「あ、あの・・・それで、家の悠が、なにか・・・?」
 母が、非常に細い声で話す。普段聞く声とは、全く違う。
「いや、悠君は、今年当学園の入学試験では、非常に優秀な成績でしたし、学
校での生活にまったく問題はございませんが・・・」
 そう言いながら、教頭は、ソファーとセットになっているテーブルに置かれ
ていた、A3版の封筒を手に取る。
「入学されて1週間が経ちました時、全新入生に健康診断を実施いたしました。
その結果なのですが・・・」
「え、悠になにか病気でも・・・?」
 とっさに、母が心配そうな声。自分も、その教頭の言葉に、不安を感じる。
自分は、何も言わず、教頭のほうを見つめる。
「いえ、その・・・なんと申し上げたらよろしいのでしょうか・・・。」
 教頭はどもり気味に言うと、封筒の中から1枚のレントゲン写真と、数枚の
A4版のプリントを取り出す。
「その・・・悠君はですね。実に申し上げにくいのですが・・・」
「なんでしょう?」
 母は、すぐに答えるが、教頭は、すぐには言おうとしなかった。数秒間を置
いてから、
「あの・・・悠さんは・・・ご子息様ではなくて、お嬢様ではありませんか?」
「えっ?」
「えっ!?」
 その教頭の言葉に、母よりも自分が大きな声で相づちをする。
「こちらに、医師の診断結果がございます。当学園としては、悠さんに精密検
査を受けていただきまして、今後のことを検討していただきたく思います。」
 学園長が、そう続けた。





 あの、学園長から告げられた日から、すでに1ヶ月が経とうとしている。有
名進学校に入学したはずの僕の勉強机は、その主を失ってしまった。学校に通
わなくなってしまってから、ほとんど勉強はしていない。母は、隣の市で仕事
をしていて、いつも帰りは遅い。僕が健康診断で受けた結果がどうであれ、母
の生活は変わってはいないようだ。仕事が忙しい母は、朝、時間に追われて時
々僕の昼食を作れない時があった。いまの僕には、そのときに母が置いておく
昼食代が、小遣いになっていた。
 その、母が置いていく1枚の札を、僕は財布にしまい続けた。もう、ぱっと
見た目ですぐには、何枚あるかは、数えられない。

 夕方になると、僕は時々外に出た。でも、出来るだけ誰にも僕を見られない
ように。

「そういえば隆博たち、どうしてるかな・・・。」 
 小学生の頃、よく近所の友達と遊んだ公園で一人、僕はブランコに乗ってい
る。公園には、近所から来たのだろうか、小学生や母親に連れられた幼児たち
が思い思いに遊んでいる、普段の変わりない風景の中で、悠は一人だけ浮いた
存在になっていた。
 悠は、ブランコに座りながら、ふと空を見上げる。赤く染まろうとしている
西の空が、とても綺麗に感じた。彼は、その光景が、いつの間にか好きになっ
ていた。あのころ、ほとんど毎日日が暮れるまで幼なじみや友達と遊んでいた
自分が、時々分身となって視界に現れてくるような気がして。
「そういえば、祐希(ゆき)も、もうこの街にはいないんだよな・・・。」
 僕は、ふと幼なじみのあいつの事を思い出す。その時、悠の胸中に、あの時
の思い出が鮮やかに浮かび上がる。
「・・・僕も、ああなっちゃうのかな・・・。」

 悠は、ブランコに座りながら、つぶやいた。その時、ふと足下に、ピンク色
のゴムボールが転がってきた。砂場の近くから、まだ幼稚園くらいの女の子と、
その母親だろうか、そのボールを拾いにやって来るのが見える。
「あ・・・・。」
 悠は、そのブランコから立ち、屈むとそのボールを左手で取る。そして、そ
のボールを持ち、彼の方にやってくる幼い女の子の前でしゃがんだ。
「はい、これね。ボールだよ。」
 一瞬、女の子は怖くて怯むように、顔を曇らせたが、悠の優しい笑顔に安心
したのか、悠が差し出した左手から、ボールを手に取った。
「あ、ありがとうございます。」
 女の子の母親だろうか、その様子を見て、悠に軽くお辞儀をしながら言う。
「ほら、春菜・・・」
 母親は、小さな女の子、春菜ちゃんに何かを言おうして、再び悠の姿をみた。
「おにい・・・おねえちゃん・・・?」
「あ、男です・・・。」 
「ああ、ごめんなさいね。お兄ちゃんに、ありがとうって言わないとね。」
 春菜ちゃんは、母親の方を見上げながらその言葉を聞くと、
「おにいちゃん、ありがとう。」
 と、にこやかに言った。


 そんなことが、いつもの公園で会った日、自宅に帰った悠は、洗面台でうが
いをすませ、また手を洗っていた。あの日以来、できるだけ鏡に映る自分の姿
を見ないようにしていたから、できるだけ陶器の方を見るだけ。

 そういえば、学校に行かなくなってから、床屋にも行かなくなっていた。2
ヶ月も経つと、耳に髪がさわり始める。ふと、鏡のほうを見てしまった。
”・・・・もう、こんなに髪は長くなっちゃったのかー。そろそろ切りに行か
ないとだめかなぁ・・・”
 なんて思ったが、それでも彼は不思議と、
”このまま伸ばしてみるのもいいのかもしれないなぁ・・・”
 とも、思ってしまった。結局、しばらく様子を見ることにした。


 どうも、神川です。
 以前、この作品は第2回まで掲載させていただいたのですが、どうも納得いく
レベルではなく、連載中でありながらも書き直してしまったバージョンとなります。
夏の恒例イベント、「夏混み」が終了してから、書き直し&新規部分を継続して
創作しております。
 近日のうちに、新しいバージョンの第2回(この続き)を投稿しようと思います
ので・・・よろしくお願いいたします。

 かみかわあやの
 http://www.studio-horizon.org/  ayano_k@studio-horizon.org

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