特務機動部隊シュガーエンジェルス



オープニング 『再会』

作:神川綾乃
(C)Ayano Kamikawa 2002 / studio "Horizon"


「―――ねぇ、覚えてる?あの頃のこと。」
「ああ、覚えているさ。忘れるわけないだろう?」
「そうね、そう………よね。大切な思い出だもの。」
「でもさ、こうして、また結城と話すことが出来るなんてな、夢にも思わなかったよ。」
「結城か………。」
彼女は、無精髭を生やした彼に、以前の名前だった結城、その名を言われると、結城と呼ばれてピンクダイヤモンド、この店のオリジナルカクテルをゆっくりと口に注いでいく彼女の姿は、紛れもなく”大人の女”だった。彼女がグラスを口から離すと、ダークレッドのルージュがグラスに僅かに残る。
「でも、今はね、この選択が正しかったってこと。私はそう思うけど。」
「そっか。」
「そうよ、あれからもう10年は経つのよ。人は変わるものよ。」
「ま、こうしてこんなところで酒を飲むなんてことは、夢のようだったからな。それに、結城がこんな姿になって、再び俺の目の前に現れるなんてな。もう二度と、会えないと思っていたさ。」
彼は、そう言うと、ストレートのバーボンを飲み干した。その姿を、涙で潤みそうになった瞳で、彼女は見つめていた。

 彼らが出会ったのは、中学の時、第3次世界大戦が始まる前の事だった。
 彼らが当時、通っていた中学校は、2つの小学校の校区が一つにまとめられた中学で、小学校時代はお互いに違う小学校に通学していた。
 もともと、体の小さかった結城、そして彼を庇うかのように毎日を共に過ごしていた、中司の姿があった。
 彼らは、特に共通する話題なんてなかったけれど、中学の新入生の初日、クラスが告知され、教室でたまたま最初に適当に座った席の隣同士、そこから二人の関係が始まったのである。
 それは、偶然だった。

「なぁ、結城。お前は今でも、あの仕事、してるのか?」
「あの仕事?」
「そう、あの仕事。」
中司に、あの仕事、問いただされて、彼女は少し言葉を選んでから答える。
「しているわけ、ないじゃない。してたら、こんなところで、一緒にお酒なんて飲んでるわけないじゃない?それに、どうして私の事、知ってるわけ?」
「君は、当時は有名人だったからさ。同じ名前だったし、まさかな、とは思っていたさ。」
「あら、そうだったかしら。私、みやびって名乗っていたけど。」
「でも、うちの部署にはさ、君の名前は漢字で書かれていたしさ。」
「そっか。でも、ずいぶんと昔の事よ。戦争も終わって、いまこうして、再び平和な暮らしも出来るようになったわ。今は、一介の女教師に過ぎないわ。」
彼女はそう言うと、黒の革製のポシェットから、シガーケースを取り出す。
「ん?結城、煙草吸うのか?」
「普段は吸わないけどね、こういうときだけは吸うのよ。」
「そうか。」
彼女は、シガーケースから、細長い煙草を取り出し、火をつける。

「中司君、新しい任務(しごと)は、この女の現在についての詳報調査だ。」
何枚かの写真と、A4版の数十枚に及ぶ資料。それを前に、二人の男が話している。
「これは………。」
中司は、机の上に置かれた写真を一目見て、そして資料を手に取ると、一読する。
『柏木雅、元日本海軍特務機動部隊シュガーエンジェルス隊隊長、か……。』
「君も知っておろう。先の大戦で、日本の首都圏を死守し、決定的な奇襲による首都炎上を防いだ人物だ。まぁ、詳しい実態は、依然分からぬままではあるが………。」
「はい、知っています。当時私は諜報部に在籍していましたから。しかし、この組織は、すでに解体したのでは?」
「組織は解体されたが、人は生きておる。そこが重要なのだ。日本が開発した、という人型汎用兵器の所在についても、いっさい不明のままだ。あれは幻だったのか、それとも実在したのかさえもわからん。」
「それで、この私を?」
「そうだ。」
「任務(しごと)とあれば、従うのみです。」
「分かってくれたまえ。どうやら、君と彼女には、個人的な関係があるようではあるが、私情は持ち込むな。ま、逆に、だから君が適任者なのかもしれないが。」
「……………。」
上官のその言葉に、中司は返す言葉は無かった。

「ここが、あいつが教師をやっているっていう学校か。ずいぶんと立派なもんだな。」
中司は、その任務のため、柏木雅(みやび)が、現在教師として教鞭をふるっている、神奈川県横浜市の私立学園に潜入することになった。同じ、教師として。裏で、中司が所属する組織の力がある。私立学園の教師として潜入するのは、たやすいことであった。
 そして、新任の教師と言うことで、校長と教頭に連れられ、はじめて職員室に入った時、そこにいたのが、あの結城、否、柏木雅だった。
「おはようございます、校長、教頭。そちらにいらっしゃる方は、失礼ですけれど?」
彼女は、いくつかの茶封筒を両手で胸に抱きながら、話す。
「ああ、柏木先生。おはよう。こちら、来週から当私立学園で教鞭をふるって貰うことになった、中司真也先生です。専門教科は………。」
校長は、言葉を詰まらせ、中司の顔に視線をずらす。
「はじめまして。中司です、専門は英語です。」
「そうそう、中司先生は専門は英語ですな。こちらは、柏木雅先生、1年部の英語を担当してもらっています。」
校長が柏木の簡単な紹介を続け、一息つくと、今度は教頭が、
「中司先生にも、柏木先生と同じく1年部と2年部の半分のクラスの英語を担当して頂きますので。」
「はい、そうですか、わかりました。よろしくお願いいたします。」
中司は、そう言うと、左手をすっと柏木に差し出した。
「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ、中司先生。」
すると、ごく自然に、柏木は左手を差し出し、握手を交わした。中司の手に、柏木の感触が伝わってくる。それは、たしかに大人の女の手、細くてしなやかな感触。柏木の爪には、薄いピンク色のマニキュアが施されていた。
「それでは、参りましょう。他にも案内する場所がありますから。」
校長に促され、教頭と中司は職員室から出て行く。
「…………中司真也………、まさか………ね。」
職員室に残る彼女の口から、小さな声が漏れた。

「まさか、あの時は、本当に真也君だとは思わなかったけれど。」
「はは、ひどいな、そりゃ。」
今、中司の新任歓迎会の3次会を、柏木が良く行くというバーで二人、という訳である。
「それにしても………?」
「それにしても?」
「結城、本当に女になってたんだな、お前………。」
美しい高めの声。長く伸びる黒髪はストレート。口にはダークレッドのリュージュ。赤いタイトなスーツは、彼女の豊満な胸を主張する。スカートはミニスカートで、伸びる足にはダークブラックのストッキング。そして、黒い色のハイヒール。そして、色は白く、傍目からすると、かなりのレベルの美女である。
 どこをどうみても、軍に入隊が決定し、別れた時のあの頃の面影は、どこにも見あたらない。
「あら、いろいろ、大変だったんだから。真也君、貴方も私みたく、女になればよかったのかしら?」
「あはは。それは勘弁してほしいな。」
「でも、一度くらいはアレとか体験してみれば、女の気持ち、わかるんだから。」
「そう?」
「そういうものなのよ。言ったでしょ、人は10年も経てば変わるって。」
「そう、かもしれないな。」
「だって、真也君、あの貴方が、うちみたいな学校の教師でしょ?貴方も、人のことなんて言えないんじゃなくて?」
「そうか、そういうものかな。」
「きっと、そうなのよ。」

 二人の三次会は、こうして、夜遅くまで続いていった――――


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